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「日韓関係の悪化は長期的には日本の敗北で終わる」、とは。

 Yahooニュースは2019年8月17日、古谷有希子(以下、「古谷」)(ジョージメイソン大学大学院社会学研究科博士課程)の「日韓関係の悪化は長期的には日本の敗北で終わる」、との記事を伝えた。
ちょっと気になる見出しである。
この「古谷」の記事を考えてみた。
 「古谷」は、①「韓国はなぜ対日関係を悪化させるようなことをするのか?」、②「韓国はなぜ今になって強気に出ているのか?」、③「日本の政府要人が繰り返す歴史修正主義的発言の裏にあるのは植民地主義的差別心」、との筋立てをしている。
まず、①について次のように指摘する。


(1)8月15日は日本では終戦忌念日として認識されているが、韓国では光復節、つまり独立記念日である。韓国のアイドルグループBTSのメンバーが身に着けていた光復節記念のTシャツに原爆のイメージがプリントされていたことが日本で物議を醸したのは記憶に新しい。
(2)韓国の人々にとって、日本による植民地支配というのは「歴史」ではなく、今も続く忌まわしい記憶であり、いつかまた起こるかもしれない可能性の問題でもある。
(3)いつかまた同じ屈辱を味わう羽目にならないように、過去を記憶し続け、警戒し続け、少しでも問題があると考えれば早めにその芽を潰しておく、それが韓国の人々の大日本帝国による植民地支配への基本的な態度である。
(4)日本では韓国の人々のそうした態度や社会的雰囲気は、民族主義を押し出した国ぐるみの反日教育によってなされていると考えがちだが、そもそもこうした歴史観は政府主導で生み出されたものではない。日本で「反日」と考えられている親日清算問題は、80年代以降の軍事独裁の終焉、民主主義運動、民主主義社会の醸成によって、民衆やリベラル知識人たちが真実を求める声として強まったものである。彼らは、独裁政権が「親日派」「親日行為」の問題を明らかにせず、日本に対する十分な責任追及をすることなく、国民に真実を隠した状態で植民地問題を「金で解決」したことそのものを、問題視してきた。(5)民主化以降、韓国ではNGO・NPOによる草の根市民運動が盛んになり、市民社会の発展が目覚ましい。市民社会の発展は、人権、個人の権利、女性の権利などに対する意識の高まりをもたらした。こうした市民運動の広がりは、韓国社会における植民地支配の再認識にも寄与した。一般市民に隠匿されていた歴史の真実を求めるとともに、植民地支配当時は強く認識されることの無かった事象を、ポストコロニアルな視点から再発見し「過去清算」する意識が韓国社会に根付いていった。そして、人権の回復、履行を求めて、国内外の政府、企業、団体を相手取った裁判が頻繁に起こるようになった。
(6)民主化の流れを汲んで「過去清算」を希求する新たな歴史認識の台頭は、植民地支配について「日本が悪かった」といった単純な理解から脱却し、なぜ植民地支配が起こったのか、植民地支配とはどのようなものだったのかを、政治・経済・社会・文化など様々な側面から分析し、過去を断ち切り、民主社会韓国として新たな時代を迎えようという動きでもあった。
(7)端的に言って、韓国の人々にとって、民主化前と後では国家自体が全く異なる存在なのである。
(8)それは多くの日本人が、大日本帝国と戦後の日本を全く異なる存在として認識している感覚とも似ている。あるいは、徳川幕府下の日本と明治以降の日本くらい違うと言ってもいいかもしれない。このことを理解していれば、なぜ現在の韓国政府が日韓基本条約締結以降、日韓政府の間の共通認識となってきた請求権協定に対して、それを覆すような態度を取るようになったのかも理解しやすい。
(9)喩えるなら、日米修好通商条約が現在のアメリカと日本の間では全く無効であるのと似たようなものである。国民によって選ばれ、国民を代表する政府が取り交わした条約でないものが、現在の民主国家としての韓国の人々にとって受け入れられないのも、感情としては当然といえるだろう。
(10)さらに、民主化によって新たな権利意識を持ち、植民地支配についてもより構造的な問題を扱うようになった韓国社会が、軍事独裁下で国民の多くに真実を隠す形で締結された条約に違和感を持つのも自然ななりゆきである。そして、民主主義国家である以上、社会・市民の変化が司法・行政・立法府に反映されるのも当然である。
(11)民主化運動を経て、民主主義に基づいた市民社会への歩みを進めたことで、歴史問題に対して歴史修正主義的態度を改めてこなかった日本に具体的な変化を求めるようになった結果、日本側から見れば「対日関係を悪化させる態度」を取るようになったのである。


 次に、②について次のように指摘する。


(1)一方、韓国の民主化は1980年代になされたもので、韓国政府の態度の変化によって2000年代後半から日韓関係が大きく変化するまでに20年もの時間が空いている。それまでも歴史問題で軋轢のあった日韓両国だが、それが両国関係に深刻な影響を与えるようになったのは2000年代に入ってからである。
(2)具体的には、韓国政府が個人請求権は消滅していないとの認識を示すようになったのが、2005年の廬武鉉政権下であった。韓国の態度の変化には、前述した韓国社会の民主化のほかに、1)日本の重要性の低下、2)日本の政府要人の度重なる歴史修正主義的発言・態度、という二つの側面が影響している。
(3)民主化以降の20年の間に、韓国の国際競争力の上昇と日本の国際競争力の低下、そして韓国にとっての日本の相対的重要性が低下した。
(4)植民地下の朝鮮が日本経済と強く結びつき、解放後もその影響が強く残っていたのは当然のことだが、朝鮮戦争の停戦、日本との国交回復を経て、60年代から70年代の韓国にとって、日本は貿易対象国としても、また国家の発展モデルとしても重要な存在であった。だが、韓国にとっての日本の重要性は時を経て徐々に下がっていく。1960年の貿易対象国の中では、日本は輸出の約6割を占めていたが、1975年には25%、1985年には15%、そして2005年には8%にまで下がっている。また、輸入においても日本は1960年には21%、その後70年代は30%を維持するも、80年代から90年代までに20%台に下がり、2005年には19%を切っている。(出典:吉岡英美(日韓経済関係の新展開ー2000年代の構造変化を中心に(韓国語)))
(5)また、韓国に対する外国人投資の推移においても、70年をピークに日本人(日本法人)による投資は徐々に下がり続けている。(同上)。2000年代以降は貿易相手国として中国の台頭が目覚ましく、日本の存在感はますます霞んでいった。
(6)日本の経済的重要性が低下しても、日本の政治家は一貫して歴史修正主義的な発言を繰り返してきた。侵略と植民地支配を肯定し、戦犯のまつられる靖国神社に参拝し、従軍慰安婦被害者を侮辱し、サンフランシスコ講和条約以降の国際秩序の土台を揺るがすような発言を平然と口にする政府要人が後を絶たない。いくら公式談話で謝罪を口にしても、いくら補償・賠償として金銭を提供しても、こうした発言・態度を示す政府要人(首相含め)が罰されることもない日本を信用しろと、被害国であり、被害者が生存している韓国に求める方が無理な話である。
(7)教科書問題、靖国参拝問題など、日本の政治家によって繰り返される歴史修正的な発言や態度について、当時の廬武鉉大統領は強い批判を行った。また、従軍慰安婦問題や徴用工問題などの植民地支配における問題については、人権派弁護士、草の根市民運動のバックグラウンドを持つがゆえに、人権問題としての側面からのアプローチに大きく舵を切った。
(8)現在の文在寅大統領も民主化運動、人権運動をバックグラウンドとする運動家であり、廬武鉉元大統領の側近であった。廬武鉉元大統領と同様に、人権派弁護士、民主化運動家として従軍慰安婦問題や徴用工問題を取り扱おうとしていることは明白である。しかも、歴史問題で日本との軋轢を避けるために司法に不当な介入をしたとされる朴槿恵前大統領、さらにその前の李明博元大統領と、いずれも不正によって逮捕された保守・右派の大統領の次を担うリベラル・左派大統領として、市民の期待も大きい。人権派弁護士、市民運動家というバックグラウンドを持ち、それを前面に押し出してリベラル・左派大統領として選ばれた以上、人権問題としての従軍慰安婦問題や徴用工問題において「正しい発言」「正しい態度」を取らないわけにはいかない。
(9)しかも、三権分立の制度下において、司法の決定を行政が覆すことは不可能である。
司法が個人請求権を認めた以上、政府はその決定に従うほかない。


 さらに、③について、次のように指摘する。


(1)戦後、日本の政府要人は歴史修正主義的発言や態度を繰り返してきた。韓国はそのたびに反発してきたが、2000年代以降韓国が日本に対して強気な態度を取る後押しとなっているのは明らかに、韓国にとっての日本の重要性が低下したこと、韓国自体が日本の競争相手として台頭してきたこと(もはや一人当たりGDPは3000ドル程度の僅差に迫っている)、またソフトパワーにおいては日本をしのぐ世界的な存在感を示し始めていることなどが挙げられる。
(2)日本政府はこの問題については静観しつつ、政府要人が歴史修正主義的発言や態度を行って韓国をこれ以上刺激しないように注意深く静観し続けるのが正解だったのではないだろうか。だが、繰り返される日本の政治家の歴史修正主義的発言の裏には、結局のところ植民地主義丸出しの韓国・朝鮮(韓国人・朝鮮人)に対する差別意識がある。「韓国ごとき」「日本より格下」といった意識があるからこそ、対等な相手として、無用に刺激してはならない相手としてではなく「馬鹿にしていい相手」「何してもやり返せない相手」として扱い続けてきたのである。
(3)その認識を改めない限り、日本はいつまでも韓国を相手に歴史問題で先に進むことができない。
(4)時代は移り、世界の中での韓国の地位が上がる一方で日本の地位が下がり、両国は対等に向き合うべき相手となった。たとえ貿易戦争で一時的に国民をスカッとさせるような結果を得ても、歴史修正主義に立った「歴史戦」は日本の外から見れば明らかに日本の劣勢であり、長期的に見れば勝ち目のない戦いである。
(5)韓国側に何も問題が無いとは言わないが、国民をスカッとさせるのが外交政策としてまかり通るなら、それは民族主義に踊らされたポピュリズムにすぎない。
(6)日本政府はこの問題については静観しつつ、政府要人が歴史修正主義的発言や態度を行って韓国をこれ以上刺激しないように注意深く静観し続けるのが正解だったのではないだろうか。だが、繰り返される日本の政治家の歴史修正主義的発言の裏には、結局のところ植民地主義丸出しの韓国・朝鮮(韓国人・朝鮮人)に対する差別意識がある。「韓国ごとき」「日本より格下」といった意識があるからこそ、対等な相手として、無用に刺激してはならない相手としてではなく「馬鹿にしていい相手」「何してもやり返せない相手」として扱い続けてきたのである。
(7)その認識を改めない限り、日本はいつまでも韓国を相手に歴史問題で先に進むことができない。
(8)時代は移り、世界の中での韓国の地位が上がる一方で日本の地位が下がり、両国は対等に向き合うべき相手となった。たとえ貿易戦争で一時的に国民をスカッとさせるような結果を得ても、歴史修正主義に立った「歴史戦」は日本の外から見れば明らかに日本の劣勢であり、長期的に見れば勝ち目のない戦いである。


 まず最初に、この「古谷」の指摘にも含まれるが、今回の日韓両国のやり取りの発端と言われる徴用工問題については、「三権分立の制度下において、司法の決定を行政が覆すことは不可能である。司法が個人請求権を認めた以上、政府はその決定に従うほかない。」(古谷)、というものでしかないことを確認する必要がある。
 この上で、「古谷」の指摘から受け取るものは次のことである。


1.「 韓国の人々にとって、日本による植民地支配というのは『歴史』ではなく、今も続く忌まわしい記憶であり、いつかまた起こるかもしれない可能性の問題でもある。」、ということ
2.「端的に言って、韓国の人々にとって、民主化前と後では国家自体が全く異なる存在なのである。」、ということ。
3.現在の「歴史観は政府主導で生み出されたものではない。日本で『反日』と考えられている親日清算問題は、80年代以降の軍事独裁の終焉、民主主義運動、民主主義社会の醸成によって、民衆やリベラル知識人たちが真実を求める声として強まったものである。」、ということ。
4.このような「民主化の流れを汲んで『過去清算』を希求する新たな歴史認識の台頭は、植民地支配について『日本が悪かった』といった単純な理解から脱却し、なぜ植民地支配が起こったのか、植民地支配とはどのようなものだったのかを、政治・経済・社会・文化など様々な側面から分析し、過去を断ち切り、民主社会韓国として新たな時代を迎えようという動きでもあった。」、ということ。
5.こうした中で、「民主化運動を経て、民主主義に基づいた市民社会への歩みを進めたことで、歴史問題に対して歴史修正主義的態度を改めてこなかった日本に具体的な変化を求めるようになった結果、日本側から見れば『対日関係を悪化させる態度』を取るようになったのである。」、ということ。
6.また、こうした「民主化以降の20年の間に、韓国の国際競争力の上昇と日本の国際競争力の低下、そして韓国にとっての日本の相対的重要性が低下した。」、という事実が生まれたこと。
7.そうした中で、日本の側は、「日本の経済的重要性が低下しても、日本の政治家は一貫して歴史修正主義的な発言を繰り返してきた。侵略と植民地支配を肯定し、戦犯のまつられる靖国神社に参拝し、従軍慰安婦被害者を侮辱し、サンフランシスコ講和条約以降の国際秩序の土台を揺るがすような発言を平然と口にする政府要人が後を絶たない。』との実態を続けてきた。
8.結局、日本の側から引き起こしたことは、「いくら公式談話で謝罪を口にしても、いくら補償・賠償として金銭を提供しても、こうした発言・態度を示す政府要人(首相含め)が罰されることもない日本を信用しろと、被害国であり、被害者が生存している韓国に求める方が無理な話である。」、との韓国側の思いの積み重ねであったこと。
9.結局、「たとえ貿易戦争で一時的に国民をスカッとさせるような結果を得ても、歴史修正主義に立った「歴史戦」は日本の外から見れば明らかに日本の劣勢であり、長期的に見れば勝ち目のない戦いである。」、という結論にたどり着くしかないこと。



by asyagi-df-2014 | 2019-08-26 07:18 | 持続可能な社会 | Comments(0)

沖縄-辺野古-沖縄 高江から-2019年8月25日

翁長雄志のすごさと疲弊を改めて感じる。
「知事選出馬以降の話題に入ると樹子さんは声を落とした。知事になった翁長さんは新基地建設を阻止しようと、政府に何度も直訴したがなしのつぶて。『それまでの政治家人生は全身全霊喜びにあふれていた。知事の頃はほとんど心から笑っているのを見たことがない気がする』と吐露した。樹子さんは言葉を詰まらせながら、翁長さんが『政治家は使い捨て』と悲しい言葉を口にしながら、後進に期待していたことを説明。その上で、遺志を継ごうと集まった多くの県民に感謝した。」、と琉球新報。


 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2019年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2019年8月25日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-旧日本陸軍資料、相次ぐ出版 毒ガス戦や731部隊、活用期待-2019年8月24日 23:58


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「旧日本陸軍が中国で実施した毒ガス戦を詳述した新たな報告書や、人体実験をした731部隊に関する資料が、戦後70年以上を経て相次ぎ出版されている。貴重な陸軍の1次資料が広く活用できるようになり、報告書を発掘した歴史研究者の松野誠也さんは『日中戦争期に戦場で何があったのかは、まだ分からないことが多い。悲惨な歴史を繰り返さないために実態を学び、考えるきっかけにしてほしい』と訴える。」
②「報告書は、毒ガス戦部隊の迫撃第5大隊が戦闘状況などをまとめた『戦闘詳報』が中心で、松野さんが昨年、入手した。毒ガス戦部隊が自ら使用の実態を記した戦闘詳報は初めての発見だ。」


(2)琉球新報-妻が明かす 翁長雄志前知事がプロポーズの言葉に込めた政治家としての覚悟-2019年8月23日 10:05


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「翁長雄志さんをしのぶ会でお礼の言葉を述べた妻の樹子さん(63)は、参列者に感謝するとともに政治家として生きた翁長さんの素顔を紹介した。知事として名護市辺野古の新基地建設問題という重大な政治課題に立ち向かった翁長さん。共鳴した多くの県民が参列したことに『仏前に【皆さんが本当に心からしのんでくださった】と報告したい』と涙ぐんだ。」
②「樹子さんは翁長さんからのプロポーズが『政治家になりたい。選挙で選ばれず、何回も挑戦するかもしれない。僕に無理なら若い子を育てる。一生政治から離れられないかもしれない』と覚悟を迫る言葉だったと説明。それにも二つ返事で応えた。市議、県議と政治家の歩みを進めたが、帰りは遅く明け方になることも多かった。それが念願だった那覇市長に就任するとまっすぐ家に帰るようになり『とても困った。年に何回かしか作らなかった彼の夕飯を毎日作るようになった』と振り返った。」
③「知事選出馬以降の話題に入ると樹子さんは声を落とした。知事になった翁長さんは新基地建設を阻止しようと、政府に何度も直訴したがなしのつぶて。『それまでの政治家人生は全身全霊喜びにあふれていた。知事の頃はほとんど心から笑っているのを見たことがない気がする』と吐露した。」
④「樹子さんは言葉を詰まらせながら、翁長さんが『政治家は使い捨て』と悲しい言葉を口にしながら、後進に期待していたことを説明。その上で、遺志を継ごうと集まった多くの県民に感謝した。」


(3)沖縄タイムス-宮古島に弾薬庫、10月着工へ 中距離多目的誘導弾ミサイルや迫撃砲の弾薬が保管-2019年8月24日 16:30


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「【東京】陸上自衛隊の配備で宮古島市城辺保良で計画される弾薬庫設置を巡り、防衛省が10月にも工事を着工する方針であることが23日、分かった。用地取得に進展があったとみられるが、同省は『相手があること』として取得状況を明らかにしていない。弾薬庫には中距離多目的誘導弾ミサイルや迫撃砲の弾薬が保管される。同省によると、用地は2018年度に取得する予定だったが、手続きが現在まで続いている。21年度の使用開始を目指すという。」
②「宮古島市の下地敏彦市長は、市城辺保良の採石場『保良鉱山』での弾薬庫などの整備計画について、防衛省から説明を受けていないとした上で『10月の着工を目指すということは、防衛省としては【要件が整った】とみているのではないか』との認識を示した。」
③「また、予定地に隣接する保良と七又の両部落会が総会で配備反対の決議案を可決していることから『防衛省は住民説明会を開き、地域住民の理解を得る必要がある』と述べた。」
④「防衛省は3月、宮古島市上野野原のゴルフ場跡地に陸上自衛隊宮古島駐屯地を整備し宮古警備隊を発足。また地対空・地対艦ミサイル部隊を19年度末にも配備予定だ。」
⑤「弾薬庫を巡っては4月、住民へ説明しないまま陸自宮古島駐屯地に中距離多目的誘導弾ミサイルなどを保管していたことが明らかになり、住民の強い反発を招いた。防衛省は弾薬庫が完成するまで、これらの弾薬を島外で保管する。」
⑥「この問題を受け、岩屋毅防衛相は下地市長や駐屯地の地元・千代田区の代表者らに謝罪したが、その後、与那国町の陸自駐屯地でも弾薬庫を巡る政府の周知がされていなかったと問題視する声が上がるなど、政府の説明姿勢に疑問を持つ住民も多い。」


(4)沖縄タイムス-「知事は承認の再撤回を」「現時点で検討せず」 県民投票の民意どう尊重、有識者の見方-2019年8月25日 14:49


①「名護市辺野古の埋め立ての賛否を問う今年2月の県民投票から24日で半年。投票総数の7割以上が反対票を投じた結果について、住民投票に詳しい成蹊大学法科大学院の武田真一郎教授は『(公益性を理由に)再撤回の準備を進めるべきだ』と主張する。一方、県弁護団の加藤裕弁護士は17日のシンポジウムで『県は現時点で再撤回を検討しておらず、将来的にも議論が必要』と慎重な見方を示した。」
②県民投票から早くも半年が過ぎた。辺野古埋め立て工事に反対する意見は投票総数の7割に達したが、工事は強行されている。
③「『知事は承認の再撤回を』成蹊大学法科大学院教授(行政法)武田真一郎氏」
④「知事は投票結果を尊重する義務を負っている。そのために、いま何をすべきなのか。端的に結論を言えば、投票結果と軟弱地盤を理由として、埋め立て承認を再撤回することである。県民が強く反対する埋め立てが『国土利用上適正かつ合理的』(公有水面埋立法4条1項1号)であるはずがない。そして前例のない軟弱地盤の存在により、7万7千本もの杭の打設を必要とする埋め立てが『環境保全および災害防止に十分配慮されたもの』(同項2号)であるはずがない。埋め立て承認やその取り消し・撤回は知事の裁量行為である。上記の理由で知事が撤回すれば、裁判所も裁量権の逸脱濫用がある、つまり社会通念上著しく不合理であると判断することはできず、撤回は適法とされ、埋め立て承認はいったん白紙に返るだろう。これが県民投票条例を直接請求した際に県民投票の会が描いたシナリオである。この実現のために最も必要なのは、県が7月に提起した裁決取消訴訟(国の関与取消訴訟)で勝訴することである。
⑤「県が勝訴すれば、国が行政不服審査法を使っていわば身内の判断で撤回を違法とすることを裁判所が否定したことになる。その結果として、知事が再撤回すれば国が再び身内の判断で違法とすることはできなくなる。翁長雄志前知事が埋め立て承認を取り消したときも、裁判所は行審法ではなく地方自治法に基づいて解決するように和解勧告したのだから、この訴訟で県が勝訴する可能性は高い。」
⑥ところが県は再撤回には消極的であり、関与取消訴訟においても地方自治法に基づいて解決すべきことを十分に主張していない。その理由はおそらく昨年8月にした撤回に固執しているからである。実際に県はこの撤回の適法性を主張して、行政事件訴訟法に基づき、裁決取消訴訟(抗告訴訟)を提起した。しかし、抗告訴訟は国民の権利利益を保護する制度であり、自治体の権限を保護する制度ではないというのがこれまでの確立した裁判例である。裁判所がこの訴えを却下する可能性はきわめて高いだろう。よって知事は実務的に堅実な関与取消訴訟に傾注し、同時に再撤回の準備を進めるべきである。それが埋め立てを白紙に返し、投票結果を尊重するための最も確実な方法である。」
⑦「『裁判ではまだ主張せず』 県弁護団弁護士 加藤裕氏」
⑧「県が国を相手に起こした二つの訴訟で、県民投票の結果を主張できるか。まず「国の関与取消訴訟」では、国交相に裁決する権限があるか、ないかのみを形式的に争うため、県民の民意は関係ない。次に、抗告訴訟では、一般的に行政機関が処分し、それが裁判になったとき、処分の理由として示したこと以外を対象とすることはできない。今回の埋め立て承認撤回処分は、公有水面埋立法の『国土利用上適正かつ合理的であるか』『環境保全や災害防止に十分配慮しているか』といった承認要件が事後的に損なわれたことを理由とする。それとは別の理由の『県民投票で民意が示された』ことを裁判で争えるかどうか。県は現時点で主張していない。
⑨「『再撤回』できるか、どうか。今は県の承認撤回を、国交相の裁決で取り消した状態。国交相の裁決は『無効な処分』か、『取り消しうる処分』か。『無効』は重大明白な瑕疵(かし)があるためにそもそも効力が発生しない処分。『取り消しうる』は今は効力が発生するが、適切な手続きで効力を失わせることができる処分だ。無効な処分と取り消しうる処分というのは法的な考え方では論理的に違うが、実態として区別する必要はないのではないか。現時点で県は『裁決は無効』、つまり『承認撤回は有効』と訴えている。県の立場を前提に再撤回できるか、どうかを考えてほしい。」
⑩「では将来の話、二つの訴訟で県が敗訴し、国交相の裁決が有効となった場合、県民投票の結果を理由に再撤回できるか、どうか。一般的に新たな理由があれば撤回できる。ただ、県民投票の結果のような『公益性』を理由とした撤回は議論が割れている。一般的に公益上の撤回ができるのは、例えば無線の周波数帯を特定する免許で事後的に利用者が増え、周波数帯を変更しないといけない。そのため、公益上、免許を撤回することはあり得る。また、民間の使用していた公有施設を自治体が自ら使用するから使用許可を公益上の理由で取り消すことは裁判で認められた。今回のように、民意とか、県民全体の利益ということを理由に公益上の撤回が裁判で直接争われたケースはない。『できるか』『できないか』は、『公益上の撤回はできる』、ただ民意を理由とした公益上の取り消し、撤回は裁判例がないから『できる』とも『できない』とも、今の時点で言うことはできない。法律家で議論してほしい。」


(5)沖縄タイムス-家族だんらんの夢、目覚めると1人…「あの虚しさは今でも」 戦火のサイパン、引き裂かれた一家-2019年8月25日 15:29


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「サイパン島、テニアン島の県出身者計約9千人が犠牲になった地上戦から75年。50回目を迎える南洋群島帰還者会主催の慰霊の旅は、今年で最後となる。一方、体調などを理由に参加できない人たちもいる。25日からの出発を前に、参加者へと託す思いを聞いた。」(社会部・新垣卓也)
②「ジャングルを逃げ惑っていたさなか、20~30メートル先のサトウキビ畑から突然、人影が現れた。一歩一歩近づいて見ると、明らかに米軍兵だった。『母さん、あれは敵だよ!』。
③「太平洋戦争時、日本の委任統治領だった旧南洋群島のサイパン島で、日本軍の組織的戦闘が終わった後の1944年7月中旬。当時12歳だった高宮城清さん(87)=北谷町=は、一緒に島中をさまよっていた母に向かって叫んだ。後ろを振り返らず、一目散にジャングルへ逃げたが、乳飲み子の弟をおぶっていた母は捕まった。米軍の捕虜になったら辱めを受けて殺される-。そんな『戦前の教え』が頭をよぎり、母と弟の死を覚悟した。」
④「その1週間ほど前、父と8歳下の弟、妹2人を艦砲射撃で失った。家族7人で大木の根元に身を隠したが、艦砲の集中攻撃を受け、妹2人と弟は弾の破片で頭をやられて即死。腹に破片が刺さった父も、翌日の昼には息を引き取った。残ったのは『自分一人だけだ』。高宮城さんはそう思い込み、島の北東部から、サイパンで最も高いタッポーチョ山を目指して南下した。崖や畑を歩き回り、唯一持っていたかつお節の塊で、なんとか空腹を抑えた。歩き疲れ、ススキの茂みに隠れて眠った時、夢で見たのは家族だんらんの楽しい光景。目が覚めると、誰もいない現実に引き戻され、むなしさだけが募った。」
⑤「『戦時中はいろんなことがあったけど、あの時の気持ちはね、今でも言い表せないですよ』。当時を思い出し、高宮城さんは声を詰まらせた。」


(6)沖縄タイムス-密猟防止で沖縄の北部の村、夜間通行止め 24時間、カメラで監視-2019年8月25日 05:00


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「やんばる地域の希少な野生生物を密猟から守るため、県は環境省や国頭村、林野庁と協力し、同村全域の林道の夜間の通行止め実証実験を実施する。8月26日から10月21日までの約2カ月間、午後7時から午前5時まで、毎日通行止めゲートを設置。カメラも設置し、監視体制を整備する。」
②「同地域ではこれまでも、パトロールなどで密猟防止を図ってきたが、昨年国の天然記念物のリュウキュウヤマガメが密輸され香港で摘発されるなど、密猟が発生している。環境省が2011年から実施しているパトロールでも、密猟者が仕掛けるトラップが年平均15件見つかっている。」
③「実証実験では、林道の夜間通行を制限し監視カメラを24時間稼働する。期間中、交通量やトラップの件数を調査する。」
④「県庁で23日会見した県の棚原憲実環境部長は『住民に悪影響がなく効果が高い密猟対策を検証していきたい』と理解を呼び掛けた。国頭村の宮城久和村長は『資源を守り、世界自然遺産登録に向けた機運を高めていきたい』と話した。」



by asyagi-df-2014 | 2019-08-25 17:28 | 沖縄から | Comments(0)

「あすへのとびら 転機の消防団 時代が求める新たな姿は」、と信濃毎日新聞。

 地域社会の一員としての自覚があって初めて、気づかされることがある。
濃毎日新聞(以下、「「信毎」)の2019年8月18日の社説(「あすへのとびら 転機の消防団 時代が求める新たな姿は」)もまた、自らの問題として、目に留まった。
「信毎」の社説は、このように始まる。


「『父親を毎日のように取られては子育てがつらくてたまらない』。昨年6月、本紙くらし面に、「消防団、在り方に疑問」と題する30代女性の訴えが載った。ポンプ操法やラッパ奏法の大会練習で夫が不在がちになり、0〜5歳の3人の子育てがのしかかる苦境をつづった内容だ。」


 どういうことなのか。
「信毎」の次のように示す。


(1)当時の県消防協会長、古村幹夫さんは『そういう思いを持つ人はいるよな』と思った。団員家庭の負担の重さは、団長を務める地元の辰野町消防団でも以前から問題になっていたからだ。毎年6月の大会の1カ月以上前から週5日ほど、分団ごとに午前5時ごろから2時間弱練習するのが習慣だった。県大会まで進めば7月下旬ごろまで続く。
(2)ポンプ操法は、火元に見立てた標的に放水して素早さや規律を審査する競技だ。古村さんも熱心に取り組んできた。高まる団結力がやりがいになった。だが近年は、大会そのものへの疑問も感じ始めていた。実際の現場でどれだけ役立つのか、災害時の避難誘導や平時の防災指導など大会の競技より力を入れるべきことがあるのではないか、と。
(3)辰野町消防団は今年、大会開催を取りやめ、地区大会や県大会の出場も見送った。消防団の在り方に一石を投じることになった。


 ここにも、地域社会の変化を感じる。
 それは、変わることを求められた結果でもあるのだが。
「信毎」は、「社会や災害の変化」について続ける。


(1)総務省消防庁によると、消防団の起源は江戸時代の町火消しにさかのぼる。各火消し組は組の名誉をかけ、競い合って働いた。町奉行の監督下にはあったものの、住民主体の自治組織だった。明治時代の「消防組」などを経て戦後、いまの消防団の形になった。消防本部などの「常備消防」を備える市町村は1970年時点で約3割。普段は他の仕事をしている住民が火事や災害が起きれば現場に駆けつけるスタイルが、長く消防の主体を担ってきた。
(2)しかし、高度経済成長期を経て多くの地域は、住民のサラリーマン化、多忙化、高齢化が進んだ。消防団員は減り続けた。55年の194万人から85年は103万人に。2018年は84万人となった。100%近い市町村が常備消防を置くようになったいまも、消火活動で重要な役割を果たしている地域は多い。
(3)消防団は、地域の青壮年の結び付きを強める役割も果たした。消防技術は先輩から後輩に受け継がれる。現場に出動する以上、規律は欠かせない。操法大会に熱を入れるのもその延長にある。
(4)一方、就業構造や住民意識の変化を踏まえると、地域の結束や伝統を前面に立てて負担を強いることは難しくなった。そんな現実に消防行政や消防団の指導者は、十分に向き合ってきただろうか。


 また、「信毎」は、私たちが知らなかったことを指摘する。


(1)団員減少が続く中、13年に消防団重視を掲げる法律が成立している。「消防団を中核とした地域防災力の充実強化に関する法律(地域防災力充実強化法)」だ。
(2)背景には、阪神大震災や東日本大震災がある。常備消防がカバーしきれない災害が現実となり、住民の主体的な防災活動が求められるようになった。その中心に消防団が位置付けられた。
(3)重要性は近年、高まる一方だ。昨年の西日本豪雨では、消防団員ら住民の呼び掛けで避難に踏み切れた人も少なくなかった。


 さらに、「信毎」は、「団員の負担軽減を図りつつ、災害多発時代にどう対応するか。」、ということを、「地域防災の要」をどのように作り上げていくのかという視点から、問いかけるのである。


(1)辰野町消防団では、分団ごとに訓練を工夫し始めた。参加しやすい日程に変え、大会の選手が重点的に扱いを身に付けていたポンプやホースを誰もが使えるようにする、といった取り組みだ。
(2)目指すべき消防団の姿は、単純ではない。都市と農村、想定される災害時の状況など、地域による違いは大きい。大会も引き続き重視しながら、参加しやすい訓練の在り方を模索する消防団もある。試行錯誤が必要だろう。
(3)団員の全体数が減る一方、女性団員や学生団員は増加傾向だ。地域防災力充実強化法は、学校や企業に消防団に協力することも求めた。連携できるよう、県や市町村は支援を強めてほしい。
(4)訓練や団員確保のほかにも課題はある。非常勤の公務員である消防団員に出る報酬の扱いがその一つ。プールして活動費に充てる方式には、不透明さを指摘する声がある。個人支給への切り替えなど透明性の確保が求められる。
(5)消防団の改革を進めていく上で前向きに捉えたいのは、災害が多発する時代に入り、防災や被災者支援で役に立ちたいと考える人は増えているという点だ。
(6)被災地には全国から大勢のボランティアが集まる。災害や防災の知識を身に付けた「防災士」の資格を取る人も急増している。


 「信毎」は、最後に、「地域に住む一人一人の意識を喚起し、受け止める組織へと脱皮できるかが問われている。」、と結ぶ。


 確かに、私の住む地域社会は、「しかし、高度経済成長期を経て多くの地域は、住民のサラリーマン化、多忙化、高齢化が進んだ。消防団員は減り続けた。55年の194万人から85年は103万人に。2018年は84万人となった。100%近い市町村が常備消防を置くようになったいまも、消火活動で重要な役割を果たしている地域は多い。」(「信毎」)や「一方、就業構造や住民意識の変化を踏まえると、地域の結束や伝統を前面に立てて負担を強いることは難しくなった。」(「信毎」)、という事実のなかにある。
 災害が多発する時代背景の中で、まずは、自分たちの地域と消防団の関係を見つめ直す時が来ている。



by asyagi-df-2014 | 2019-08-25 08:45 | 持続可能な社会 | Comments(0)

沖縄-辺野古-沖縄 高江から-2019年8月24日

 米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の埋め立ての賛否を問う県民投票が2月24日に実施されてから半年が経過した。それは、投票総数60万5385票のうち7割を超える43万4273票が「反対」との意思を示す沖縄の「民意」を際立たせたものだった。
 半年経った辺野古の今を見る。
「辺野古の全体の埋め立て予定面積は約160ヘクタールで、県は5月末時点までの全体の進捗(しんちょく)について約2・8%と試算している。沖縄防衛局が昨年12月に土砂投入を開始した区域(約6・3ヘクタール)の埋め立ての進捗状況は7月末時点で約7割で、今年3月に着手したその隣接区域(約33ヘクタール)は1割以下にとどまる。埋め立て区域東側には軟弱地盤が広がっており、工事着手のめどはたっていない。沖縄防衛局が地盤改良に伴う計画変更を申請し、県から承認を得る必要があり、長期化が見込まれている。」(琉球新報)。
「また、県は国土交通相が県の埋め立て承認撤回を取り消す裁決をしたことを受け、裁決取り消しを求める関与取り消し訴訟、抗告訴訟の2件の訴訟を起こした。県は沖縄防衛局から申請されているサンゴ移植のための特別採捕申請など、埋め立て承認を前提とする各種申請の判断を裁判後に先送りする方針を固めている。二つの訴訟のうち少なくとも一つの訴訟で司法の最終判断が出るまで各種申請は保留され、防衛局は移設のためのサンゴ移植などに着手できない。」(沖縄タイムス)。
今、必要なものは、この声に応えることかもしれない。
「『辺野古』県民投票の会元代表の元山仁士郎さん(27)は『沖縄の明確な民意を示し、それをきっかけに全国でさまざまな取り組みが生まれている。やって良かったと思う』と振り返る。一方、工事が止まっていないことは悔しく思う。政府は民意を尊重して埋め立てを止めるべきだとして、『県と政府で新基地建設を巡る裁判が続くと思うが、示された民意を裁判でもしっかり判断してほしい』と求めた。」(沖縄タイムス)。


 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2019年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2019年8月24日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-民意 県主張後押し 辺野古県民投票から半年-2019年8月24日 08:00


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の埋め立ての賛否を問う県民投票が2月24日に実施されてから今月24日で半年が経過した。投票総数60万5385票のうち7割を超える43万4273票が「反対」で、圧倒的多数の民意が示されたにもかかわらず、政府は結果を無視して埋め立て工事を続けている。17日に那覇市で開かれた『県民投票とその後~私たちは何をすべきか、何を求めるべきか』(「新しい提案」実行委員会主催)の登壇者による発言内容を紹介するとともに、県民投票の結果の行方などを検証した。」
②「昨年8月に埋め立て承認を撤回した県は、撤回を取り消した国の決定が違法だとして今月7日に抗告訴訟を提起した。県は軟弱地盤や活断層の問題などの主張を盛り込み、実質審議を求めているほか、県民投票で示された埋め立て反対の民意を尊重するよう訴えており、司法の場で県民投票がどう評価されるかも注目される。」
③「辺野古の全体の埋め立て予定面積は約160ヘクタールで、県は5月末時点までの全体の進捗(しんちょく)について約2・8%と試算している。沖縄防衛局が昨年12月に土砂投入を開始した区域(約6・3ヘクタール)の埋め立ての進捗状況は7月末時点で約7割で、今年3月に着手したその隣接区域(約33ヘクタール)は1割以下にとどまる。」
④「埋め立て区域東側には軟弱地盤が広がっており、工事着手のめどはたっていない。沖縄防衛局が地盤改良に伴う計画変更を申請し、県から承認を得る必要があり、長期化が見込まれている。」
⑤「玉城デニー知事は22日の定例記者会見で『普天間飛行場の一日も早い危険除去や県民投票の結果を踏まえた辺野古移設の断念など、沖縄の過重な基地負担軽減に向けた機運を高めるために全国キャラバンを行っている』と述べ、法廷闘争と並行して世論に辺野古移設阻止を訴えていく考えを示した。」


(2)沖縄タイムス-辺野古「反対」7割の県民投票から半年 工事を止めない政府 沖縄県は世論喚起へ-2019年8月24日 06:46


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「米軍新基地建設に必要な沖縄県名護市辺野古の埋め立ての賛否を問い、投票総数の7割超が『反対』を示した今年2月の県民投票から24日で半年となった。玉城デニー知事は投票条例に基づき日米両政府に結果を通知したが、日本政府は工事を強行し続けている。玉城知事は全国で基地問題への理解を広げるキャラバンを展開し、世論の高まりを背に訪米し改めて米側に県民投票で示された民意を伝える考えだ。」
②「『辺野古』県民投票の会元代表の元山仁士郎さん(27)は『沖縄の明確な民意を示し、それをきっかけに全国でさまざまな取り組みが生まれている。やって良かったと思う』と振り返る。一方、工事が止まっていないことは悔しく思う。政府は民意を尊重して埋め立てを止めるべきだとして、『県と政府で新基地建設を巡る裁判が続くと思うが、示された民意を裁判でもしっかり判断してほしい』と求めた。」
③「玉城知事は『辺野古埋め立ての一点に絞り、圧倒的に民意を示すことができた』と改めて評価し、その後も国政選挙などで『辺野古』反対を訴えた候補が当選したことを挙げ、「民意は揺るぎない」とした。」
④「名護市辺野古の埋め立ての賛否を問う今年2月の県民投票で投票総数の7割超が『反対』の意思を示して24日で半年となった。政府は初めて辺野古の賛否に絞った投票で示された民意を無視する形で新基地建設を続けている。玉城デニー知事は日米両政府への結果の伝達や世論喚起、訴訟など『あらゆる手段』で辺野古反対の民意の実現を模索する。」
⑤「玉城知事は3月に安倍晋三首相、ジョセフ・ヤング駐日米首席公使と面談し投票結果を通知したが、安倍首相は普天間飛行場の危険性除去を理由に辺野古の工事を継続する考えを示した。玉城知事は日米特別行動委員会(SACO)に『With Okinawa(沖縄と共に)』を加え普天間を含めた基地問題を検証するSACWO(サコワ)の設置を提言したが、日本政府は応じていない。」
⑥「また、県は国土交通相が県の埋め立て承認撤回を取り消す裁決をしたことを受け、裁決取り消しを求める関与取り消し訴訟、抗告訴訟の2件の訴訟を起こした。県は沖縄防衛局から申請されているサンゴ移植のための特別採捕申請など、埋め立て承認を前提とする各種申請の判断を裁判後に先送りする方針を固めている。二つの訴訟のうち少なくとも一つの訴訟で司法の最終判断が出るまで各種申請は保留され、防衛局は移設のためのサンゴ移植などに着手できない。」
⑦「玉城知事は県民投票後、基地問題のトークキャラバンを東京と名古屋市で開催し、今後は大阪、札幌、福岡、仙台などでの実施も予定。全国世論を喚起した上での訪米を検討する。ただ、米議会では10月頃に成立が見込まれる国防権限法案を巡り、在沖海兵隊の分散配置の検証が盛り込まれる可能性がある。知事は同法案の議論など米国内動向を見据えながら訪米時期を判断する考えだ。」


(3)琉球新報-辺野古軟弱地盤改良で有識者会議 政府、9月初旬に初会合 工事の正当性主張が狙い-2019年8月24日 09:34


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設を巡り、政府は埋め立て予定海域の大浦湾側に広がる軟弱地盤の改良工事について、土木工学の専門家らでつくる有識者会議を設置する方針を固めた。9月上旬に東京都内で初会合を開く。地盤改良を進めるためには防衛省が県の玉城デニー知事に計画変更を申請して承認を得る必要があり、有識者の“お墨付き”を得て工事の正当性を高めたい狙いがあるとみられる。」
②「今年3月に防衛省が国会に提出した地盤改良に関する報告書によると、改良が必要な海域は大浦湾側を中心に73ヘクタールあり、地盤を固めるために海底に砂ぐい約7万7千本を打ち込む工法を用いる。地盤改良は海上から実施する工事に3年8カ月、陸上で実施する工事に1年1カ月をそれぞれ見込む。」
③「現在、沖縄防衛局の委託業者が設計変更に関する作業を進めており、今後焦点となる県への変更申請は、年明け以降にずれ込む可能性もある。」


(4)琉球新報-容疑者死亡のまま米兵を殺害容疑で書類送検 沖縄女性殺害 動機不明のまま捜査終結-2019年8月24日 09:55


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「北谷町桑江のアパートで4月、在沖米海兵隊所属の米海軍3等兵曹ガブリエル・オリベーロ容疑者=当時(32)=が住人の会社員女性=当時(44)=を殺害し、その後に自殺した事件で県警刑事部捜査1課は23日、容疑者死亡のまま殺人容疑で那覇地検に書類送検し、受理されたと発表した。容疑者死亡のため詳しい犯行の動機は分からないままだが、県警は『一連の捜査を終えた』とし、事実上の捜査終結を宣言した。」
②「県警によると、女性の首や顔にはナイフによる数え切れないほど複数の刺し傷があり、同じ部屋で死亡していたオリベーロ容疑者と共に死因は失血死だった。県警は現場の状況や同居する女性の子どもの証言から『第三者の介在の余地がない』として同容疑者の犯行によるものと断定した。」
③「事件を巡っては2018年10月、交際関係にあったオリベーロ容疑者が女性宅でトラブルを起こし、女性は県警に相談を寄せた。19年1月には女性から『性的暴行を受けた』との通報を受けた米軍憲兵隊が県警に連絡、県警は女性を保護対象者に指定して定期的に近況を確認していた。一方、海兵隊は同容疑者が女性との接触や連絡をすることを禁ずる軍事保護命令『MPO(ミリタリー・プロテクティブ・オーダー)』を発令していた。」
④「そのような状況下、オリベーロ容疑者は来沖した母親との面会を理由に軍から外泊許可を得て、女性宅に押し掛け凶行に及んだ。」
⑤「国際家事相談の支援を行う『ウーマンズプライド』のスミス美咲代表(42)は、基地内で発令される軍事命令などの不明瞭さを指摘し『ルールをもう少し日本側に開示すべきではないか』と語った。一方で、基地内の事情に詳しい専門家の少なさも課題に上げた。『県内外問わず、多くの相談を受けている。基地から派生する問題があるからこそ、研究すべきだ』と訴えた。」


(5)琉球新報-「戦争終わったよ」投降を呼び掛けた命の恩人は日本兵に殺された 沖縄・久米島での住民虐殺-2019年6月22日 10:05


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「【東京】沖縄戦で本島における日本軍の組織的戦闘の終了後、久米島に配備されていた日本軍にスパイ容疑で虐殺された仲村渠明勇さんに命を救われた少年がいた。現在、東京都練馬区で暮らす渡嘉敷一郎さん(80)だ。渡嘉敷さんは久米島に上陸した米軍に捕らわれるのを恐れて池に飛び込んで命を絶とうとしたところ、仲村渠さんの呼び掛けで思いとどまった。同じ久米島出身の妻政子さん(80)が住民虐殺の歴史を語り継ぐ活動を続けており、一郎さんも参加して語り始めた。本紙に体験を語るのは初めてで『一番怖かったのは日本兵だった』と振り返る。」
②「沖縄本島で捕らわれた仲村渠さんは1945年6月26日、米軍と共に久米島に上陸し、住民に投降を呼び掛けていた。日本のポツダム宣言受諾後の8月18日、島にいた日本軍の通称『山の部隊』(鹿山正海軍通信隊長)の兵士に妻子と共に殺された。」
③「渡嘉敷さんは旧具志川村(現久米島町)仲泊の出身で、戦争中は50~60人で避難生活を送っていた。『ヒージャーミー(米国人)に殺される』との話が住民の間に広まっていった。米軍上陸後、母親の親戚と一緒に逃げていた渡嘉敷さんは、池に飛び込もうとしていた矢先、『もう戦争は終わったよ。もう死ぬことはないぞ』という仲村渠さんの呼び掛けを聞いた。『あれは西銘(集落)の明勇だ』と誰かが叫び、われに返った渡嘉敷さんは投身を思いとどまった。」
④「当時、島では日本軍の隊長からは『山に上がって来ない者は殺す』との命令が下されていた。上陸してきた米軍からは、日本兵が軍服を捨てて住民にまぎれこんでいることから『家に戻りなさい。戻らなければ殺す』と投降の呼び掛けが出ていたという。どちらを選択しても死を迫られるという苦しい状況に住民は置かれていた。」
⑤「渡嘉敷さんは『明勇さんは案内人として米軍に連れてこられていた。村人が隠れているところを回って、投降を説得するのが役割だった。明勇さんに命を助けられた。島の人にとっては恩人。それを、逃げるところを後ろから日本刀で切って殺されたと聞いた』と悔しそうな表情を浮かべた。」
⑥「久米島では日本軍による住民虐殺がほかにも起きている。渡嘉敷さんの妻政子さん(80)=同村仲地出身=は『島の人も関わったとされタブー(禁忌)となってきたが、何らかの形にして事実として伝えていかないといけない』と東京で島の沖縄戦について語り続けている。」
⑦「日本兵による住民虐殺は当時から住民の間でうわさになった。政子さんは『大人たちが屋号で【どこどこの誰々が殺されたよ】【部落の方で異様なことが起こっているよ】と話していたのを聞いていた』と話す。」
⑧「戦後も虐殺があったと聞いた場所に来ると、カヤを結んだ魔よけを手に通ったものだった。『子ども心にも、その時のことが思い出され、たまらない気持ちになった』。大人になって久米島の戦争の本を読んで、『ああ、あの話はそうだったのか』と記録と記憶がつながっていった。小学校1年で教えてくれた教諭が、島に配置されていた中野学校出身で『上原敏雄』を名乗る残置工作員だった。ある時、学校に米軍の憲兵が来て、2人で教諭を羽交い締めにして軍用車両で連行していった。その後の消息は知らないという。」
⑨「住民虐殺というテーマを語り継ぐのは重いため、得意の三線も交えて伝えている。島の悲劇にあえて向き合う夫婦。『今も残された者も重荷を背負いながら生きている』との思いを背に語り継いでいる。今年の慰霊の日は午後2時から、東京都練馬区立男女共同参画センター『えーる』で、久米島の沖縄戦について政子さんと一郎さんが語る会が催される。」
(滝本匠)
⑩「久米島における沖縄戦での住民虐殺:久米島に駐留した日本軍の通称『山の部隊』(鹿山正海軍通信隊長)が、6月26日の米軍上陸後にスパイ嫌疑で住民20人を殺害した。米兵に拉致された住民を『スパイ』と見なし、目隠しのまま銃剣で刺し、家に火をつけて焼き払うなどした。朝鮮人家族も犠牲になった。島には残置工作員が具志川村に上原敏雄、仲里村に深町尚親を名乗る2人(いずれも偽名)が小学校に配置されており、住民虐殺への関与が疑われている。」


(6)沖縄タイムス-政府有識者会議、新基地「お墨付き」狙う 工事に反対の沖縄県をけん制か【深掘り】-2019年8月24日 14:00


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「政府が名護市辺野古の新基地建設を巡る軟弱地盤の改良工事に向け、有識者会議を設置する方針を固めた。識者からの「お墨付き」を得ることで、工事に反対する県の主張をけん制する構えを見せる。」(東京報道部・又吉俊充)
②「工事を進める上で、政府が政策実現に誘導する環境をつくり出そうとする動きはこれが初めてではない。2018年11月の国会審議では、防衛省内に『普天間飛行場代替施設建設事業推進チーム』が設置されて以降、国交省から延べ18人の出向者がいたことが明らかに。海洋土木工事などに関する知見を有する職員を迎え、大臣官房審議官などの幹部ポストにも出向者を充ててきた。防衛省が国交省に工事に伴う申し立てを行う際、こうした人事が公正さを損なうとして国政野党から『制度の乱用だ』との批判も出ていた。」
③「また、仲井真弘多元知事が名護市辺野古の埋め立てを承認する『事実上の条件』として設置を求めた環境監視等委員会を巡っては、副委員長を務めた故東清二琉球大名誉教授が『基地を造る前提で、委員の意見が反映されず、専門家のお墨付きをもらうための意味がないもの』と委員会を問題視し、辞任した。」
④「防衛省は現在も工事を巡る手続きにおいて、環境監視等委員会の『指導』が工事の正当性を担保する主要な根拠の一つとするが、同会を巡ってはこれまでも資料の改ざんや会議の不透明性が指摘されてきた。」
⑤「なぜ、今、有識者会議の設置なのか。そもそも、政府はこれまで『一般的で施行実績が豊富な工法により、地盤改良工事で工事の安定性を確保する』(安倍晋三首相)などと説明するなど、辺野古新基地建設工事は可能だ、という姿勢を示してきた。工事を巡る県との訴訟が控える中での有識者会議設置は『結論ありきの政治利用』との批判を浴びかねない。」


(7)沖縄タイムス-日韓関係悪化で沖縄観光に影響 必要な対策とは? 下地芳郎OCVB会長に聞いた【深掘り】-2019年8月24日 15:00


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「日韓関係の悪化で、沖縄を訪れる韓国客の旅行キャンセルや、航空路線の運休・減便が相次いでいる。政治や経済情勢に左右されやすい観光を基幹産業に位置付ける沖縄に、必要な対策は何か。25日に訪韓する沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)の下地芳郎会長に聞いた。」
(聞き手=政経部・仲本大地)
②「-日韓関係の悪化が沖縄観光にも影を落としている。打開策は。:『2001年の同時多発テロや、18年の麻疹(はしか)の流行とは異なり、今回は2国間の摩擦のため、誘客キャンペーンなど直接的な対策が打ちにくい。ただ、航空路線が最大で半数近く運休・減便するなどの影響が先鋭化している』『現状としては、来沖する韓国客を丁寧に迎え入れ、送り出すことが重要だ。OCVB職員らによる空港での出迎えも地道だが必要な努力だ。また、韓国の航空各社に、来沖を感謝するメッセージカードの配布ができないか打診している。25日からの訪韓では、韓国の航空会社7社と旅行業協会を訪れ、現地の情報を収集して対策を練りたい』」
③「-東アジア情勢は日韓関係に限らず各地で不安定だ。:『沖縄を訪れる外国客の大多数が東アジアの国や地域だ。ただ、政治や経済情勢に左右されやすく、観光客減につながるリスクが高い。那覇空港第2滑走路の運用に伴う受け入れ拡充を見据え、東南アジアやオセアニアなど、新たな地域からの誘客に力を入れ、リスクの分散化につなげる必要がある』」
④「-新たな市場を得るために必要な受け入れ側の課題は。:『沖縄観光は、那覇や本島西側に観光拠点が集中している。離島や北部地域、東海岸方面へ観光客の分散化が課題だ。南部や中部、北部、離島といったくくりではなく、よりエリアを細分化した観光拠点の形成が必要だ』『例えば北部を12市町村でまとめるのではなく、クルーズ拠点ができる本部エリア、世界自然遺産登録の機運が高まっている国頭・大宜味・東村エリアなど、各地域の特徴を集め、それぞれに合った観光戦略をつくる。エリアを細分化することで、県が導入を目指す観光目的税の使途も具体化するはずだ』」
⑤「-今の沖縄観光やOCVBに求められていることは。:『観光客数に重きを置いた視点から【観光客】【県民】【産業(経済効果)】の三つの視点を重視すべきだ。観光に対する満足度が、観光客も、受け入れる県民も低下していないか。観光客増に対して県民所得や経済効果が比例しているかなど、観光統計の精度を高め、実態を見える化する必要がある。実態を基に、各エリアで観光地の質を高めるマネジメントが、OCVBに求められている』」




by asyagi-df-2014 | 2019-08-24 20:35 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄-辺野古-沖縄 高江から-2019年8月23日

こんな記事が取り沙汰されるとはどういうことなのか。
「【ワシントン共同】トランプ米大統領は20日、9月初めに予定していたデンマークのフレデリクセン首相との首脳会談を延期するとツイッターで発表した。米メディアによると、訪問自体を中止。世界最大の島グリーンランドの売却を拒否されたのが理由で、突然の訪問中止に買収への意欲が『本気だったのか』と驚きの声が広がっている。」、と沖縄タイムス。
背景として、「グリーンランドには米空軍の基地があるほか、中国も関心を示している。中国やロシアが天然資源の豊富な北極圏進出を進める中、グリーンランドの地政学的な重要性も高まっている。」(沖縄タイムス)があるとしても、米国大統領の手法は、余りにも、愚かである。


 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2019年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2019年8月23日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)沖縄タイムス-「いつまでも忘れないこと」 吉永小百合さん 対馬丸記念館へメッセージ 戦争で撃沈、犠牲の児童らに想い-2019年8月22日 19:56


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「対馬丸記念館(沖縄県那覇市)の開館15周年に当たる今年、記念館のプロモーションビデオでナレーションを吹き込んだ女優の吉永小百合さんが記念会にメッセージを寄せた。プロモーションビデオは対馬丸の沈没の経緯や記念館の概要などを伝える内容で、対馬丸記念会が吉永さんにナレーションを依頼。開館前からPR活動で使用されていた。」
②「吉永さんはメッセージの中で対馬丸で犠牲になった子どもたちについて触れ、『私達はしっかりと胸に刻んで、いまを生きる。いつまでも忘れないことが大切です。二度と戦争をしないという強い思いのなかで 吉永小百合』と色紙にしたためた。」
③「慰霊祭では、色紙と原寸大に印刷されたメッセージが参加者に配布され、受け取った人たちはじっくりと見入っていた。」
④「吉永さんは、過去に映画『あゝひめゆりの塔』(日活、1968年)で女学生を演じた。各地で原爆詩の朗読も長年続けている。」


(2)沖縄タイムス-トランプ米大統領「グリーンランド買いたい」→デンマーク「売らない」→訪問を延期-2019年8月22日 17:00


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「【ワシントン共同】トランプ米大統領は20日、9月初めに予定していたデンマークのフレデリクセン首相との首脳会談を延期するとツイッターで発表した。米メディアによると、訪問自体を中止。世界最大の島グリーンランドの売却を拒否されたのが理由で、突然の訪問中止に買収への意欲が『本気だったのか』と驚きの声が広がっている。」
②「デンマーク女王マルグレーテ2世の招待を受けて訪問の予定だったが、トランプ氏は『デンマークは素晴らしい人々が住む特別な国だが、首相はグリーンランド売買を話し合うことに関心がない』などと説明した。」
③「デンマーク領グリーンランドは北極海と北大西洋の間に位置し、米国はこれまでも買収を提案したことがある。米メディアが最近、トランプ氏が買収に関心を示していると報道。トランプ氏も18日、記者団に『大きな不動産取引だ』と認める一方「(今回のデンマーク訪問で)最重要課題ではない」と述べていた。」
④「グリーンランドには米空軍の基地があるほか、中国も関心を示している。中国やロシアが天然資源の豊富な北極圏進出を進める中、グリーンランドの地政学的な重要性も高まっている。」
⑤「トランプ氏のグリーンランド買収への関心を巡っては、デンマーク側では『売り物ではない』『冗談に違いない』と困惑や反発が広がっていた。」


(3)沖縄タイムス-「うるさくて眠れない」 米軍機が4日連続の深夜訓練 沖縄を守るためと司令官-2019年8月23日 15:24


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)で22日も、午後11時半すぎに米軍機の飛行が確認された。同じ時間帯の飛行は19日から4日連続。宜野湾市が設置している『基地被害110番』では、『うるさくて眠れない』といった市民からの苦情が19日から21日まで18件に上った。」
②「騒音防止協定では、夜間早朝(午後10時から翌午前6時まで)の米軍機の飛行は制限されている。22日は午後11時53分、オスプレイ3機が着陸した。」
③「宜野湾市の松川正則市長は20日、普天間飛行場のデイビッド・スティール司令官との定期的な面談で、前回同様に夜間騒音の改善を要請したばかり。司令官は『沖縄の文化は大切にしたいが、日米安保に基づいて沖縄を守るための訓練』と述べたといい、普天間所属機であっても各部隊の訓練の管理権は司令官自身にはないと話したという。」
④「普天間飛行場では、外来機による日中の騒音も激化している。旧盆の初日と中日には最新鋭ステルス戦闘機F35やFA18戦闘機が離着陸した。」


(4)沖縄タイムス-底見えるトラックの土砂、少量でも満載と同じ支払い額? それとも適切? 辺野古新基地-2019年8月23日 07:39


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「名護市辺野古の新基地建設を巡り、名護市安和の桟橋と本部港塩川地区に業者が土砂をトラックで運び入れる際、荷台の底が見えるほど積載量が少量なケースが散見されている。」
②「新基地に反対する市民によると、昨年12月から今年にかけて複数回、運搬する土砂が少量のトラックが確認された。沖縄平和市民連絡会の北上田毅氏は『土量のチェックがずさんで、少ししか積んでいなくても満載と同様に費用が支払われているのでは』と指摘する。」
③「沖縄防衛局は沖縄タイムスに『土量は積み込んだ後に船上で確認している。業者は過積載に注意し、1台当たりの土量を適切に管理している』と説明した。」
④「一方、北上田氏は『土量を、トラック1台ずつ確認しないのは不自然だ。業者が土を少しずつ運べば燃料や人件費が増え、損をするはず。整合性も取れない』と疑義を呈している。」




by asyagi-df-2014 | 2019-08-24 15:04 | 沖縄から | Comments(0)

「日本は植民地主義を乗り越えるチャンス」、と。

 Yahooニュ-スは2019年8月14日-「『日本は植民地主義を乗り越えるチャンス』…'日韓通'の韓国市民運動家が見る日韓の葛藤」、と報じた。
 これを、掲載する。


日本の韓国「ホワイト国」除外決定により一層深まった日韓の葛藤。その発端となった昨年10月の韓国大法院判決の経緯と意味をよく知る「日韓通」の市民運動家に、現状と解決策、日韓市民連帯などについて聞いた。

●「市民の連帯があれば解決できる」

「私が日韓関係に摩擦をもたらしていると言う人もいる」と複雑な表情で明かした金英丸(キム・ヨンファン)さんは1972年生まれ。ソウル市内にあるNGO『民族問題研究所』で対外協力室長を務める。

1997年から北海道の強制徴用者の遺骨発掘運動で日本との関わりを持ち、2002年から06年まで高知県の平和資料館・草の家の事務局長を務めた。日本語が堪能な上に温和な人柄で、日韓市民の交流の橋渡しを長い間続けてきた。日韓の市民社会で広く知られた人物だ。
徴用工裁判には14年から本格的に関わり始めた。今は市民団体の連帯組織である「強制動員問題解決と対日過去清算のための市民社会共同行動(以下、共同行動)」で政策委員長を務めている。

金英丸(左端)さんは、8月15日の「光復節」を控え最近とみに忙しい日々を送っている。14日には外信記者クラブでの強制徴用被害者や支援者の記者会見をセッティングした。

12日、民族問題研究所で筆者とのインタビューに応じた金室長は、2018年10月の大法院判決について「日本の市民運動が無ければここまでできなかった」と、日韓の市民の成果であると何度も強調した。

さらに「判決は『65年体制』による日韓の政治的な結託、言い換えれば朝鮮半島の分断体制、冷戦体制を維持する日米間の軍事同盟が崩れてきた決定的な結果」と位置付け、理解を求めた。

その上で今を「当事者が生きている間に日本政府がこの問題を解決できる最後のチャンス」と見なし、「被告企業と原告側が判決にしたがい、賠償についての協議を始めることが重要」と訴えた。

そして「市民たちの連帯があれば、この問題を解決することができる。今本当に必要なのはその部分」としつつ、「日本では8月15日前後になると、原爆被害者や戦争被害についての番組で物語が多く語られる。その痛みを分け合う気持ちを持ってほしい。同じ場所で苦労した韓国の人がいる」と、政府の問題ではなく人間の、そしてヒューマニズムの問題であることを強く主張した。

以下は詳細なインタビュー。

(1) 2018年10月の韓国大法院判決をどう受け止めたか。

基本は1997年から日本で裁判をやって、日本の最高裁で負けて2003年から韓国に舞台を移して続けてきた。90年代以降の、日本の市民社会と韓国の市民社会が戦ってきた結果だ。1991年の金学順さんのカミングアウト(※1)から始まった戦後補償の運動、つまり民主化した韓国で、それまで話すことができなかった韓国の被害者がみずから声をあげたのが始まりだった。

裁判の過程で(1965年の)請求権協定が壁になったから、当時の日韓会談で何があったのか話をしましょうと情報公開を求める流れになった。そして裁判の結果、韓国政府の資料が公開され、そこから「慰安婦」、サハリン残留韓国人、原爆被害者の補償問題が明らかになり、韓国の憲法裁判所から「韓国政府が日本政府に対しはたらきかけるべきだ」という違憲判決(2011年)を引き出した。

その間、日韓の政府がやったことは一つもない。すべてが被害者、あるいは日韓の市民社会が闘って勝ち取ってきたもので、そうした結果が、2018年の10月31日の韓国の大法院の判決といえる。

※1:金学順(キム・ハクスン、1924~1997)。韓国の女性運動家。1991年に韓国で初めて自身の日本軍「慰安婦」としての経験を証言し、日本政府を相手に訴訟を起こした。これにより、同様の被害にあった人々が韓国以外の国からも名乗り出、問題が表面化した。証言をした8月14日は2018年に韓国政府により「慰安婦被害者を悼む」国家記念日に指定された。

(2) 大法院の判決について、日本政府は今なお「65年協定でこの問題は完全かつ最終的に解決済み」という立場を崩していない。

知っての通り今、日本政府が強硬な態度に出ている。こうした状態で韓国政府が代わりにお金を出す場合、「日本政府の脅かしに屈服した」と受け止められる。このため日本側が強く出るほど、韓国政府の動ける範囲を狭めているという部分がある。

さらに日本側が一方的に請求権協定の3条に基づいて対話を求めているが、今回の判決は請求権協定の外にあるため、韓国側ではそれに当たらないという解釈だ。だが、何らかの形で政府としても話し合いをする必要がある。

強制動員について日本政府の責任もある。政府の許可がないと、日本の企業も人を使えないのは歴然としている。日本政府がやるのは資料を提供すること。歴史問題の解決に求められるのは「正義」に対する気持ち。被害者が何を求めているのか考えることなどだ。

(3) 河野外相は解決策を提案する駐日韓国大使に「極めて無礼」と声を荒げるなど、日本側は非常にドライな印象だ。

これまで日本で行ってきたほとんどの裁判で負けている。その際、韓国政府は日本の大使に対して文句を言ったり抗議するなどは一切していない。司法主権というものがある。これは尊重されるべきもので民主主義の基本だ。先にも述べたように、被害者たちが裁判をずっと戦ってきた結果、ここまで来ている。

一方、企業側も20年以上裁判所で戦ってきている。和解したこともある。それなのに、判決が出たら連絡もすべて無視し、交渉にも応じない。被害者が訪問しても門前払いにする。私人の関係でもこうはしないだろうと思う。

被害者が過去に自分の会社で働いた人であるという強制動員の事実は、日本の裁判所も認めている。個人の請求権は生きていると。国の立場で駆け引きをするものではなく、被害者の人権に向き合ってはどうか。明らかな人権問題であると理解する必要がある。今がある意味で最後のチャンスだ。

ソウル市龍山区に位置する民族問題研究所と付属の植民地歴史博物館。1991年に設立された同団体は、1万3000余人の会員を持つ大型NGOだ。

(4) 「最後のチャンス」とはどういう意味か。

当事者が生きている間に日本政府がこの問題を解決できる最後のチャンスということだ。慰安婦問題もそう。歴史問題すべてがそうではないが。この問題にフタをして生きるのかという分かれ道だ。フタをする場合は、真の意味での関係改善ができないという本質的な問題にぶつかる。

例えば今、日韓の自治体が多く交流しているが、その中で歴史問題を避けてきた。日の丸と太極旗(韓国の国旗)を掲げて、お互いに未来志向という交流をしてきたが、心の奥の歴史問題を語れなかった。そういう交流は基盤が弱く、すぐに切れてしまう。

私の周囲でも歴史問題を扱う交流は今も途切れず続いている。日中韓の歴史教科書を作るキャンプ、高知の高校生の平和ゼミナールも釜山との間で10年続いている。北海道で強制徴用者の遺骨を発掘する東アジア共同ワークショップもそう。

こうした脈絡で、日本社会にとって歴史問題にしっかり向き合うチャンスであるにもかかわらず、まるで「金をやりたくない金持ちによる、蔑んだ感じ」の対応は、日本社会にとって損なことである。

(5) 韓国の反応も強い。

韓国社会の反応は「反日デモ」でなく、「反安倍デモ」であることがはっきりしている。政治家たちに利用されるナショナリズムには絶対にのっかりたくない。それくらい成熟している。

韓国の人がなぜこれほど怒っているのかを考えてみると、やっぱり昔とは違うというものがある。特に昔は日本が経済的に上だったが、今の韓国の若者にはそんな意識がまったく無い。その代わり過去の歴史による日本に対する偏見もない。日本が好きで旅行に行く人がたくさんいる。

そんな彼らがなぜ怒っているのか。それは日本に無視されていると思うからだ。若者世代は正義感や公正公平に敏感だ。世代間の待遇の差、非正規雇用の問題などは彼らにとって正義に反する問題だ。今回の一連の騒動をきっかけに若者が歴史問題に向き合うことになったという点がある。

歴史認識に根ざした日韓の真の連帯は、20年以上も途切れず続いてきた。8月15日前後には日本から韓国にたくさんの人が来る。安倍政権に一緒に反対するというのは、東アジアの平和を考える上で重要だ。

(6) 文政権の対応はどう評価するか。「(昨年10月末から)8か月間、何をしてきたのか」という声も韓国内にはある。

政府は公式に被害者の声を聞いていない。政府側と接触はあったがそれは非公式なものに過ぎない。「共同行動」でも6月20日に声明を出し、政府を批判した。政府に言いたいことはたくさんある。もう少し見守って、それでも変わらないようならば会見を行うつもりだ。

韓国政府にも責任がある。朴槿恵時代に外交部が徴用工裁判の判決に介入している。1965年に被害者を救済することができなかった点もそうだ。だから本当に被害者を中心において、「外交的惨事」だった2015年の慰安婦合意から学ばないといけない。被害者が求めるものはなんなのか。

政府は被害者に対しずっと何もしてこなかった。その被害者がここまでやっているのだから、政府が正義をもって被害者のことを考えるべきだ。判決がすでに出ているにもかかわらず、日本側と中途半端に妥協してしまう場合、本格的にこんがらがることになる。

※編注:当時、韓国政府は日韓の企業がお金を出し合う「1プラス1」の財団案を発表し、日本政府に提案したが、日本政府は即座にこれを拒絶した。「共同行動」は声明文で、「政府は各界の人士の意見および議論を聴取したとするが、被害者の意見をまったく反映していない」、「2015年の慰安婦合意の失敗をふたたび繰り返す政府に大きな失望を隠せない」、「今からでも強制動員被害者の声に耳を傾け、被害者中心主義に基づくべきだ」とした。(連合ニュースより)

(7) 文在寅政権に望むことは。

今こそ日本政府との対話に全面的に出るべき。また、この問題を解決する平和の同伴者として、市民たちの交流を活発にできるようにしてほしい。対決に進んではいけない。

対話を通して被害者たちの声を生かしていく。朴正煕(パク・チョンヒ、1965年)、朴槿恵(2015年)親子のように下手に政治的決着として妥協しないで、苦難の道でも乗り越えていくべきだ。

また、韓国では歴史問題に関して「慰安婦」、強制連行、在日コリアンの未解決の課題などがたくさんある。これに対し、その都度、臨機応変に対応するのではなく、総括的に解決できる大きな研究調査支援アーカイブを備えた責任ある機関を作るべきだと考える。後の世代のためにも、総合的に歴史問題をあつかう必要がある。国家の品格に関わる問題だ。
(8) 日本側は具体的に今後、どんな解決策を考えることができるか。

11日に東京であった、今回の訴訟に関わる日韓の弁護士が開いた会見でも話をしたが、被告企業と原告側が判決にしたがい、賠償についての協議を始めることが重要だ。この協議によっては、差し押さえている韓国内の被告企業の資産の売却(現金化)を停止することも考えている。日韓両政府はこの協議を支持するべきだ。

(9) 日本の世論では、2015年の慰安婦合意により、まるで日韓のすべての歴史認識問題が「最終的かつ不可逆的な解決」をしたかのような反応だ。2015年の「子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」という安倍談話もある。

慰安婦合意で安倍首相が朴槿恵大統領に電話で謝罪したというのは、謝罪にならない。謝罪というのは受け入れる方の気持ちが大切だ。例えば争いになって手を出してしまったが、当事者でもない人に謝罪しておいて「解決した」という感覚は有り得ないと思う。

安倍首相は被害者に謝罪しないといけない。なぜそれができないのか。そのひと言がなぜ難しいのか。被害者に対しての配慮や人権の感覚が無いと言う他にない。

「慰安婦」の被害者に10億円を出したというが、お金で決着させようとする感覚自体がおかしい。歴史認識問題であるにもかかわらず「不可逆的、完全な解決」という言葉が当然のように使われるというのは、この問題を自分のこととして考えていない証拠だ。

民族問題研究所が2009年に発刊した『親日人名辞典』。日本軍将校出身の朴正煕元大統領などが含まれ、「大日本帝国時代の親日派とは何なのか」という論争を呼んだ。

(10) それでも日本政府や世論の態度を変えるのは難しいと思う。

私も難しいと思う。少し違った視点から見てみたい。日本の場合、国交を結んでいるロシアと中国と韓国、すべての国と国境問題がある。こうした問題はすべて歴史問題から来ている。先の戦争のことを今も解決していないという歴史的な証拠だ。

なぜ沖縄の人々が政府に抵抗しているのか。(基地問題は)戦争の遺産ということだ。毎年、沖縄を訪れる安倍首相がやじを受けるのも、沖縄の基地問題にきちんと対処していないからだ。重く受け止める必要がある。

(11) 韓国は「反安倍」と言い、日本の市民への信頼を寄せるが、日本の世論は想像以上に悪い。

この問題は「65年体制」が何かという問題だ。日本社会の根本にある戦後体制というのが、戦前の、例えば朝鮮人に対する蔑視意識や植民地主義から脱却しているのか自問してみるべきだ。安倍首相はこれが思想的にできていない。

2002年から06年まで日本にいた当時、小泉首相と金正日委員長の日朝平壌宣言から第二次核危機が報じられる様子を見てきた。北朝鮮に対するバッシングは戦前の朝鮮人蔑視、植民地主義のあらわれだと思っていた。それがずっと続いている。北朝鮮の拉致問題、核問題を安倍政権が利用してきている。

それが今は韓国にまで拡大した。以前は、日韓は良い関係に見えたのだが、今はあからさまにヘイトスピーチがなされ、朝鮮学校無償化は止まり、平和の少女像も置けない。愛知(トリエンナーレ)の事件は特に危ないと思う。政治家が過激な発言をし、右翼がそれに乗っかって脅迫をする。

日韓の葛藤を煽る悪意に満ちた報道が流れている。韓国の保守メディアとのつながりも感じる。韓国のデモも「反日デモ」や「親北朝鮮勢力がやっている」と簡単に片付けてしまってはいけない。日本メディアの罪は大きい。

最近では日本の保守派と近い韓国の保守団体も「反安倍デモ」に乗り出している。

(12) 「謝罪」とはどういうものか。

ある自民党議員が「日本政府は世界で『平和の少女像』拡散を防いでいる」と述べたが、そこに使うお金で、それこそ日本の国会内に少女像を作ることも考えられる。

ドイツ・ベルリンの中心にホロコーストの碑などの過去を振り返るモニュメントがたくさんある。あそこまでやっても、ネオナチみたいなのが出てくる。それを踏まえて、ドイツでは『まだ足りない』としている。

日本社会自身のために必要なことだ。日本人の立場では「一生懸命やっているのにいつも足りないと言われる」という気持ちは嫌かもしれない。だが本当の謝罪というのは謝罪してからがスタートだ。

豪州でアボリジニの「盗まれた世代(編注:1910年代から1970年代までアボリジニへの同化政策として子供を親元から強制的にひきはがし、白人家庭の養子にした。被害者は数万人にのぼる。08年政府が謝罪した)」について、首相が国会の前に被害者アボリジニの代表を呼んで、「謝罪は第一歩」と語った。

謝罪をしてその後どうするのかというのが、謝罪の中身を問うものなので、本気かどうか測るものだ。それなのに「不可逆的」などと言うのは日本社会にとっても良くないと思う。逆の立場で考えてほしい。いくら「村山談話を踏襲する」と何百回言っても、安倍首相の行動を見て信じるのか、と。

(13) 韓国では16年末から17年にかけて、朴槿恵政権を倒した「キャンドルデモ(キャンドル革命)」があった。日韓の市民意識の温度差もあるようだ。

その影響はあるだろう。特に、韓国で「司法ろう断」があった。「65年体制」つまり朴正煕(パク・チョンヒ)から始まる日韓の政治権力の「野合の体制」の姿があからさまになった。韓国の司法に政府や外交部が直接介入していた。これこそが「キャンドル革命」の結果、明らかになったものだ。当時の大法院長(最高裁判所長官)の梁承泰(ヤン・スンテ)もこの疑惑で逮捕されている。

だから、去年の大法院判決は「65年体制」による日韓の政治的な結託、言い換えれば朝鮮半島の分断体制、冷戦体制を維持する日米間の軍事同盟が崩れてきた決定的な結果といえる。だから安倍首相があれほどまでに反発するのではないか。

ある日本の知識人は「有り得ない判決」という安倍首相の反応を「怖いからではないか」と説明した。この判決の破壊力はそれほど大きい。危機感があると思う。今さら韓国の方に、韓国が裁判所になんとかしろというのは民主主義、三権分立の問題から難しい。

韓国は市民の力によって三権分立を無視してきた李明博・朴槿恵の勢力をひっくり返した。日本で話題になった「モリカケ」の構造は、「キャンドルデモ」のきっかけとなった崔順実=朴槿恵ゲートとまったく同じと感じる。日本の民主主義が問われているのではないか。

(14) 金さんは長く、市民の目線で国家の問題に相対してきた。日韓の市民は一連の日韓葛藤の中で、どう受け止めればよいのか。

日韓で合わせて1000万人が交流する時代だ。今、観光キャンセルで自治体が打撃を受けているが、日本社会が批判する先は韓国ではなく安倍政権ではないか。被告企業が判決を履行していれば、日本政府が絶対に正しいという立場がなければ、事態はここまでひどくなっていない。

それくらい、日韓の溝が深くなっている。だがこれは、取り戻すことができる。日韓ともにナショナリズムを国内政治に利用すると、いつか問題になる。それほど市民の認識はバカではないということを見せようと、日本の社会に訴えたい。あと今、韓国に来ても危ないというのは一切ない(笑)。

(15) 日韓市民の連帯の未来は。

平和を願う新しい市民の連帯というのがこれから芽生えると思う。日本の若者、市民におおいに期待している。安倍政権が続いて日本は幸せなのか、日本人自身が考えるべき。

また、平和憲法は日本人だけのものではない。朝鮮半島やアジアの人々がどれほど犠牲を払ってできたものかを考えてほしい。結局、植民地主義を乗り越えるというのは、日本の市民一人ひとりが歴史問題と向き合うときに可能になる。それを今、日本社会でも韓国社会でも考えるチャンスが来た。

また、南北がなぜ分断されたのか、そこに日本の責任がないのかも考えてほしい。「関係ない」という歴史修正主義が浸透しているのに危機感を感じる。

(16) 民族問題研究所は、植民地歴史博物館も運営している。日本からはどの程度、観覧客が訪れるのか。

けっこう来ている。全観覧客の10%が日本人だ。毎月100人近くは来ていると思う。述べ1000人を超えている。日本の市民の応援の電話も少なからず来る。「日本に植民地歴史博物館を建てるべき」という話も多い。なお、植民地歴史博物館を建てる際に、日本から1000万円以上の寄付があった。

(17) 最後に、日本の市民にひと言。

繰り返しになるが、東アジアの人権の問題に政治的決着でフタをしてきた歴史が、被害者たちの戦いによってようやくここまで来た。国際人権問題の観点から言っても、国家権力が勝手に個人の権力を消滅させることはできない。

1965年は国に自由にものが言えなかった時代だから、それが可能だったかもしれないが、世界の民主主義の発展の流れとして受け止めたい。だからこそ一方的な力関係でおどかしては絶対に解決できない問題だと思う。

この問題は、日本の市民運動が無ければここまでできなかった。市民たちの連帯があれば、この問題を解決することができる。今本当に必要なのはそこだ。

日本で8月15日前後になると、原爆被害者や戦争被害についての番組で物語が多く語られる。その痛みを交換する気持ちを持ってほしい。同じ場所で苦労した韓国朝鮮の人がいると。

そういう人たちが自分のお爺ちゃん、お婆ちゃんだったら、どう思うのか。

政府間の話し合いではなく、被害者の声に耳を傾けてほしい。映像でも映画でもいいから、直接、被害者に会ってほしい。韓国の水曜デモに行ったり、歴史博物館に行ったり、今だからこそ日本と韓国が親密に交流を深めてほしい。その機会をぜひ作ってほしい。(了)


徐台教-ソウル在住ジャーナリスト。「コリアン・ポリティクス」編集長

群馬県生まれの元在日コリアン3世。韓国・高麗大学東洋史学科卒。1999年から延べ15年以上ソウルに住みながら、人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年、韓国に「永住帰国」すると同時に独立。2016年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。その過程をまとめた「韓国大統領選2017」が多くのアクセスを集める。2017年5月からは韓国政治、南北関係を扱う日本語オンラインニュース「The Korean Politics(コリアン・ポリティクス)」を創刊し、現在は編集長。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。




by asyagi-df-2014 | 2019-08-24 09:45 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

本からのもの-「福島第一原発は津波の前に壊れた」

著書名;「福島第一原発は津波の前に壊れた」
著作者:木村俊雄
出版社;文藝春秋2019 9月号


 本当に、久しぶりに、文藝春秋を読むことになった。
木村俊雄(以下、「木村」)さんは、文藝春秋9月号に、「福島第一原発は津波の前に壊れた」を掲載した。
この 「福島第一原発は津波の前に壊れた」で、原発そのものについて考える。
「木村」さんは、原発に対して、どのような考え方を持っているのか、また、福島第一原発の過酷事故の原因について、このように記している。


1.問題意識-再稼働の現状

①現在停止中の原発も、多くが再稼働に向けて動き出しています。原発メ-カ-日立製作所の会長で経団連会長も務める中西宏明氏も、今年4月の記者危険で「再稼働していくことが重要」と発言しています。かって、福島第一原発で原子炉の設計・管理業務に関わった者として、私はこの動きを非常に危惧しています。原発事故の原因の検証がいまだに十分になされていないからです。
②再稼働のためには、「事故原因」を踏まえた新たな「安全対策」が絶対条件となるはずです。けれども「安全対策」どころか、肝心の「事故原因」すら曖昧にされているのが現状なのです。


2.問題意識-何かがおかしい。事故原因について

①東電の事故報告書は、「津波想定については結果的に甘さがあったと言わざるを得ず、津波に対する備えが不十分であったことが今回の事故の根本的な原因」と結論づけています。
②実は「津波」が来る前からすでに、「地震動」により福島第一原発は危機的状況に陥っていたことが分かったのです。メルトダウンの第一の原因は、「津波」ではなく「地震動」だった可能性が極めて高い、ということです。「津波が原因」なら、「津波対策を施せば、安全の再稼働できる」ことになりますが、そうではないのです。


3.わかったこと-東電が重要デ-タを公開していないこと

①「何かがおかしい」。「東電は、すべてのプラントデ-タを公開していない」と、とくに気になったのは、炉心内の水の流れを示す「炉心流量」に関連するデ-タが一切公開されていなかったことでした。
②これは、「過度現象記録装置」という計算機が記録するデ-タで、航空機でいえば、フライトレコ-ダ-やボイスレコ-ダ-に相当するものです。

4.わかったこと-燃料がドライアウトという事実

①開示されたデ-タを分析したところ、過度現象記録装置は、地震発生後、プラントの全計測デ-タを百分の一秒周期で収集し、計算期内に保存していました。
②BWR(沸騰水型)では、水が原子炉圧力容器内で、「自然循環」していれば、電源喪失で電気が止まっても、炉心の熱を訳五〇%出力まで除去できる仕組みになっています。「自然循環」はBWRの安全性を保障する極めて重要な機能を担っているのです。
③逆に言えば、「自然循環」がなくなれば、BWRは危機的状況に陥ります。「自然循環」による水流がなくなると、炉心内の燃料パレット(直径・高さともに一センチ程度の円筒形に焼き固めた燃料)が入っているパイプ(燃料被覆菅)の表面に「気泡」がびっしり張り付きます。この「気泡」が壁となり、熱を発している燃料被覆菅と冷却水を隔離してしまい、冷やすことができなくなり、次々に燃料が壊れてしまう。これを「ドライオウト」と言います。

④過度現象記録装置のデ-タを解析して分かったのは、地震の後、わずか一分三十秒後に、「ドライアウト」が起こっていた可能性が高い、ということです。
⑤ではなぜ、「自然循環」が止まってしまったのか、私が分析したデ-タや過去の故障実績を踏まえると、圧力容器につながる細い配管である「ジェットポンプ計測配管」の破損が原因である可能性が極めて高い、と考えられます。
⑥「運転員の過失」というより、「設計上・構造上の欠陥」なのです。
⑦いずれにせよ、津波の第一波が到達したのは、地震の四十一分後の十五時二十七分ですが、そのはるか前に炉心は危機的状況に陥っていた、ということです。

5.わかったこと-東京電力の過ち

①私のデ-タ分析に対して、東電は「炉心流量の計測には、ロ-カットフィルタリングという回路があり、そういった処理が数値上なされているだけで、実際には数量は止まっていない。自然循環は残っている。だから自身によってドライアウトが起こったわけではない」という主張を繰り返してきました。
②ところが、五月の公判で東電側は、「反対尋問の資料」として原子炉のメ-カ-の設計書を出してきたのです。その設計書を読んでみると、驚くことに、私が解析に使用した炉心流関連デ-タのほぼ全てが、ロ-カットフィルタリング回路を通す前段のデ-タであることが判明したのです。つまり、ロ-カットフィルタリング回路による処理のないデ-タでした。東電は、自分の主張を否定するような証拠を自ら提出してきたわけです。
③恥ずかしながら、私自身も事故情報の隠蔽に加担したことがあります。デ-タの改竄も行っていました。
④「安全性」よち「経済合理性」を優先する企業体質でもありました。一九九〇年代後半から電力自由化の動きが始まると、原子力の優位性を示そうと、発電単価を下げるための圧力が現場にも押し寄せてきました。そのため、法令で定められた運転期間を延長したり、二十四時間休みなしの作業で定期検査機関を短縮するような行為も日常茶飯事でした。

問題意識-原発そのものについて

①原発にはそもそも無理があるというのが、長年、現場経験を積んできた私の実感で、私は「反原発」です。
②安全基準作りの根拠となるべき事故原因の究明すら、いまだなされていないのです。
③東電は「津波によってメトルダウンが起きた」という主張を繰り返しています。。そしてその「津波」は、「想定外の規模」で原子力損害賠償法の免責条件にあたるとしています。しかし、「津波が想定外の規模だったかどうか」以前に、「津波」ではなく「地震動」で燃料破損していた可能性が極めて高いのです。
④私が分析したように、「自然循環」停止の原因が、ジェットポンプ計測配管のような「極小配管の破損」にあったとすれば、耐震対策は想像を絶するものとなります。細い配管のすべてを解析して耐震対策を施す必要があり、膨大なコストがかかるからです。おそらく、費用面で見て、現実的には、原発はいっさい稼働できなくなるでしょう。


 最後に、「木村」は、次のように警告します。


「原発事故からすでに八年が経ちますが、この問題は、決して、“過去の話”では在りません。不十分な事故調査にもとづく不十分な安全基準で、多くの原発が今も稼働し続けているからです。」


 この「木村」の告発の書から、「不十分な事故調査にもとづく不十分な安全基準で、多くの原発が今も稼働し続けている」、ということを改めて確認する。
また、日本政府と東電による「『津波によってメトルダウンが起きた』という主張を繰り返しています。そしてその『津波』は、『想定外の規模』で原子力損害賠償法の免責条件にあたる」(木村)、との主張はごまかしであり、すでにその理屈は事実の前に崩壊している。
 したがって、「『津波が想定外の規模だったかどうか』以前に、『津波』ではなく『地震動』で燃料破損していた可能性が極めて高い。」(木村)、との事実を日本の原発を考える上での判断基準にしなければならない。




by asyagi-df-2014 | 2019-08-23 07:02 | 本等からのもの | Comments(0)

沖縄-辺野古-沖縄 高江から-2019年8月22日

沖縄県竹富島からの挑戦。
「【竹富島=竹富】年間約50万人の観光客が訪れる沖縄県竹富町竹富島で、1人300円の入島料が9月1日から導入される。主に観光客が対象で、支払いは任意。支払われた入島料は主に島の景観や自然を維持・保全する活動に使われるほか、一部は外部資本に買い占められた土地の買い戻し運動(トラスト活動)にも充てられる。」、と琉球新報。
このトラスト活動については、「島の無秩序な開発を防ぐために行われ、主な資金は全国から募る寄付金で賄う。必要に応じて入島料の3分の1以内がトラスト活動に充当される仕組みだ。」(琉球新報)と。
 また、その挑戦の意味を、「21日に町役場で開かれた会見で、財団の上勢頭篤理事長は『支払った入島料が島の自然や環境につながっていると実感してもらえるように頑張りたい』と語った。西大舛高旬町長は『竹富島の動きを見ながら、将来的には町内の他の島にも広げていければ』と述べた。」(琉球新報)、とも。


 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2019年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2019年8月22日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-教科書、2人の遺骨代わり 対馬丸撃沈で姉と兄犠牲・久保さん、記念館に寄贈-2019年8月22日 07:00


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「児童や一般の疎開者を乗せた『対馬丸』が米潜水艦の魚雷に沈められて22日で75年を迎える。姉と兄が犠牲になった鹿児島県姶良市の久保光子さん(81)=那覇市出身=は今年6月、遺骨代わりに大切に保管してきた遺品の教科書を対馬丸記念館(那覇市)に寄贈した。教科書は22日から始まる特別展で展示される。久保さんは『子どもたちに犠牲になった姉たちが使っていた教科書を見てもらい、平和のありがたさを感じてほしい』と願う。」
②「犠牲になった2人は岩城初枝さん=当時(11)=と宗英さん=同(8)。当時5歳だった久保さんは、初枝さんと駄菓子を買いに行ったり宗英さんとセミ捕りしたりした日々を懐かしむ。年が近かった宗英さんとは、よく遠出して家に帰るのが遅くなり、父に怒られたことが思い出だ。 久保さん一家は対馬丸撃沈の直後、憲兵だった親族から『日本は戦争に負ける。沖縄は危ないから病院船に乗って逃げなさい』と助言され、那覇から鹿児島県に移った。久保さんは対馬丸が撃沈されたことは聞かされておらず『九州に行けば会えるだろうと思っていた』という。」
③「鹿児島に移った2年後、2人の名前が記された柳ごうりが熊本県内の海岸に打ち上げられている、と警察から連絡があった。柳ごうりには、対馬丸乗船時に持たせた衣類や教科書が入っていた。父がそれらを熊本から持ち帰り、久保さんら残ったきょうだいに2人の死を打ち明けたという。さらに、母から聞かされて驚いたことがある。母は久保さんも一緒に疎開させようとしていた。ただ、幼い久保さんは『船内で泣くだろうから迷惑』と、姉が拒否したのだという。久保さんは『今考えれば、姉が私の命を救ってくれたんですね』と涙する。」
④「戦後、教科書は風呂敷に包んで花と共に棚に供え、家族で手を合わせてきた。『2人の遺骨の代わりに、大切にしてきた』。両親の死後は残ったきょうだいで大切に保管してきたが、年齢を考えて今年6月末、記念館に寄贈したのだという。久保さんは『記念館で活用していただければ、2人の供養にもなると思う』と話している。」(高田佳典)
⑤「対馬丸記念会(高良政勝理事長)は22日午前11時から、那覇市若狭の旭ケ丘公園にある小桜の塔で慰霊祭を行う。午後10時からは公園内にある対馬丸記念館の屋上で追悼集会を開き、攻撃を受けた午後10時12分に合わせて関係者が祈りをささげる。」
⑥「対馬丸には児童や一般の疎開者ら1661人を含む1788人が乗船したとされ、名前が確認された犠牲者は1484人に上る。開館15年を迎える記念館では22日から9月29日まで特別展『対馬丸75年の想い』が催される。遺族が寄贈した教科書や直筆のはがきなどの、初公開の資料が展示される。」
⑦「太平洋戦争時、日本政府は南西諸島での戦闘の『足手まとい』になる住民を移動し、軍の食料を確保することを主な目的として、県民を九州や台湾に疎開させることを決めた。県内の国民学校から集められた児童らを中心に、『対馬丸』には疎開児童や船員ら計1788人が乗船。撃沈で児童784人を含む1484人(氏名判別者数、2019年8月21日時点)が犠牲になった。県関係の戦時遭難船舶は26隻あるが、対馬丸は最も多くの犠牲が出たとみられる。」
⑧「県外への疎開には、日本軍の兵士らを沖縄に乗せてきた貨物船や軍艦が利用された。1944年8月19日に対馬丸、暁空(ぎょうくう)丸、和浦(かずうら)丸の貨物船3隻で中国から数千人の兵士を運んで那覇港へ入港。この時、既に米潜水艦ボーフィン号に追跡されていた。同21日には疎開する児童らが対馬丸に乗り込み、午後6時35分に長崎へ向けて那覇港を出港した。途中、米軍のレーダーを探知した船団は、潜水艦の魚雷を避けるため蛇行航行して九州へ向かおうと試みる。だが対馬丸は老朽船で、船団の中で速度が最も遅く、潜水艦の格好の標的となった。」
⑨「米軍は日本側が使用していた暗号の解読に成功しており、ボーフィン号は船団が通過する悪石島海域に先回りして待ち伏せた。22日午後10時12分、対馬丸に向けて発射した魚雷攻撃が命中し、黒煙を上げて同10時23分、沈没した。10分足らずで沈没して、船内から逃げ出せなかった児童らの多くが犠牲になった。生存者は、漁船や哨戒船に救助されたり、周辺の島に漂流したりした約280人だけだった。」


(2)琉球新報-竹富、来月から入島料 環境保全活用 島民外、任意で一人300円-2019年8月22日 07:30


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「【竹富島=竹富】年間約50万人の観光客が訪れる沖縄県竹富町竹富島で、1人300円の入島料が9月1日から導入される。主に観光客が対象で、支払いは任意。支払われた入島料は主に島の景観や自然を維持・保全する活動に使われるほか、一部は外部資本に買い占められた土地の買い戻し運動(トラスト活動)にも充てられる。」
②「竹富町によると今回の入島料導入は、地域自然資産法に基づく全国初のケース。県内自治体では法定外目的税として伊是名村や伊平屋村、渡嘉敷村、座間味村が住民も対象とした制度を導入しているが、同法に基づくことで島民らを支払い対象外とした。」
③「入島料は石垣島の石垣港離島ターミナルと竹富島の竹富港ターミナルに設置される券売機で支払う。活動主体となる竹富島地域自然資産財団は、当面の収受率の目標を40%に設定する。観光事業所などでは入島料支払者への特典提供を検討する動きもあるという。」
④「トラスト活動については、島の無秩序な開発を防ぐために行われ、主な資金は全国から募る寄付金で賄う。必要に応じて入島料の3分の1以内がトラスト活動に充当される仕組みだ。」
⑤「21日に町役場で開かれた会見で、財団の上勢頭篤理事長は『支払った入島料が島の自然や環境につながっていると実感してもらえるように頑張りたい』と語った。西大舛高旬町長は『竹富島の動きを見ながら、将来的には町内の他の島にも広げていければ』と述べた。」


(3)琉球新報-横田オスプレイ 嘉手納飛来で抗議 三連協、日米に文書で-2019年8月22日 08:00


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「【中部】嘉手納飛行場に関する三市町連絡協議会(三連協、会長・當山宏嘉手納町長)は19日、米軍横田基地から17日にCV22オスプレイが飛来したことについて文書で抗議した。同機を嘉手納基地で運用しないよう求めた。」
②「抗議文で、既に外来機の暫定配備などで騒音が増大していることなどを挙げて『安全性に不安のあるCV22オスプレイの運用が常態化することで、周辺住民の基地負担が一層増大することが危惧される』と指摘した。」
③「抗議文は米空軍嘉手納基地第18航空団、沖縄防衛局、外務省沖縄事務所、在沖米国総領事館に郵送した。」


(4)沖縄タイムス-長崎へ向かう途中だった 1484人が犠牲になった「対馬丸」、うち半数が子ども-2019年8月22日 09:28


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「アジア・太平洋戦争の最中の1944年8月22日、国の疎開命令で学童ら1788人が乗船した疎開船『対馬丸』が、米潜水艦ボーフィン号の魚雷攻撃で沈められた日から22日で75年を迎える。44年7月、サイパン島で日本軍が玉砕し米軍の沖縄上陸が必至と判断した政府は、沖縄本島などから本土へ8万人、台湾へ2万人を送る疎開命令を沖縄県へ伝えた。疎開は軍の食料を確保し、戦略の足手まといになる女性や子どもらを立ち退かせるのが目的だった。」
②「対馬丸事件の以前にも、沖縄関係者を乗せた船が周辺海域で17隻沈められていたが、軍事機密としてかん口令が敷かれ、県民へ正確な情報は伝わっていなかった。」
③「対馬丸は44年8月21日午後6時35分、学童らを乗せて那覇から長崎へ出発。だが、南西諸島の海域は既に日本の補給路を断とうとする米潜水艦の動きが活発化。日本側の軍事情報は米軍に傍受され、対馬丸の船団もボーフィン号に追跡を受けていた。当時、建造から30年がたった老朽船は速度が遅く、翌22日午後10時12分、鹿児島県悪石島の北西約10キロで魚雷を受け、11分後の同23分に沈没した。」
④「対馬丸記念館によると、乗船者のうち氏名が判明している1484人(2019年8月22日現在)が犠牲になった。うち半数以上の784人が学童だった。」
⑤「自らの体験を描いた上原清さん(85)=対馬丸記念会評議員・対馬丸語り部の会会員=の話 戦争で真っ先に犠牲になるのは子どもたちだ。今まで120~130枚の絵を描いてきた。文字だけではなかなか伝わらないこともある。多くの世代の人に絵と対話し、いろんなことを感じてほしい。」
⑥「対馬丸記念会理事長 高良政勝さん(79):『当時私は4歳で、対馬丸には両親やきょうだいら計11人が乗っていたが、生き残ったのは17歳の姉と私だけだ。私の記憶は、とても大きな船だったこと、(沈没後に)1人でいかだにつかまって海に浮いていたこと、塩水が何度も顔にかかって顔を拭きたいが、手を放すと海に落ちてしまうからそれもできずにとても苦しかったことぐらいだ。しかしその後、乗船していなかった兄が祖父母に送った手紙で、実は私は海に1人で浮いていたのではなく、父が抱えていたことが分かった。父は3日間、命懸けで僕を抱きかかえ、いかだにしがみついていたのだと思う。船員に引き上げられて僕は助かったが、父は海に沈み、帰らぬ人となった。父がいなければ今の自分はいない。』『対馬丸の犠牲者は、一般や軍人、船員と比べて学童の割合が高い。乗船者の生存率は引率・一般で約14%、軍人で約49%、船員は約72%だが、学童はわずか約7%だ。戦争は軍人だけではなく、むしろ子どもたちの犠牲が多い。対馬丸記念館は日本でも唯一の子どもの戦争記念館だ。ぜひ残していきたい。継承に向けて、記念館は那覇市教育委員会と共催で、市内小中学校の平和教育担当の教職員を対象にした研修会を毎年実施しており今後も継続していきたい。生存者も高齢化する中、語り部も育てていきたい。」                                 (社会部・伊集竜太郎)
⑦「芥川賞作家「悪石島」著 大城立裕さん(93):『1960年、対馬丸のノンフィクションについて書いてほしいと遺族会から頼まれ、親や生存者を訪ね歩き、共著で【悪石島-疎開船学童死のドキュメント】(61年)を出した。今でも悔しく思うのは、溺れ死にゆく最中の子どもたちの意識を書ききれなかったこと。いくら想像しても書くことはできなかった。ただ、対馬丸を考える時、われわれは悲しい悲劇だと捉えることに留まってはいけない。対馬丸について、私は著書で【行くも地獄、残るも地獄】と表現した。44年7月にサイパンが玉砕した後、次は沖縄が戦場になろうとしていた。軍は沖縄戦に備え、戦場では足手まといになる女性や子どもらを疎開させたが、海もすでに戦争状態だった。もう引き返しのできない時代であり、その【時代精神】の犠牲が、対馬丸の撃沈だったと言える。来年で終戦から75年を迎え、メディアで戦後75年という言葉が増えるだろう。だが、地上戦の前年に起きた対馬丸を考えた時、区切ることのできない時代の流れを意識できるはずだ。戦争はいきなりはやって来ず、何年もかけて、戦争へ向かう精神が国全体に育っていく。対馬丸がなぜ起きたのかを見つめ直して今の時代に重ね、今がどういう時代なのか気付いていくことが私たちに求められている。』」          (社会部・國吉美香)


(5)沖縄タイムス-「忘れない」吉永小百合さんがメッセージ 対馬丸撃沈から75年、那覇市で慰霊祭-2019年8月22日 11:49


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「子どもら1788人を乗せた学童疎開船『対馬丸』が米軍の魚雷で撃沈してから75年を迎えた22日、那覇市若狭の慰霊碑『小桜の塔』で慰霊祭が開かれ、遺族ら約400人以上が家族への思いを胸に集まった。」
②「対馬丸記念館によると、対馬丸の正確な犠牲者数は明らかになっておらず、氏名が判明しているだけで1484人、うち学童784人(22日時点)の犠牲が確認されている。記念館では犠牲者の申請も受け付けているが、昨年の慰霊祭から今年まで新たな申し出はなかった。一方、これまで遺影がなかった学童4人、船員1人の計5人について、遺族から提供を受け追加展示した。遺影は犠牲者の約4分の1に当たる387人分、340枚になった。」
③「22日の慰霊祭では冒頭、場内に船の汽笛が流され、参加者が黙とうをささげた。」
④「主催する対馬丸記念会の高良政勝理事長(79)は『皆さまの帰りをひたすら待ち続けていたご遺族も年を追うごとに少なくなりましたが、慰霊祭への参加は子、孫へと引き継がれてたくさんの人にご参列いただきました』と語り掛け、『争いや戦争のない世界を希求し、安らかなご冥福を祈ります』とあいさつ。」
④「玉城デニー県知事は『遺影を見るたびに、胸が張り裂けそうな思いに駆られます。このような痛ましい悲劇が二度と繰り返されることのないよう、教訓を次の世代へ正しく語り継ぎ、世界の恒久平和の実現に向けて全身全霊をささげていくことをお誓い申し上げます』とメッセージを寄せた。」
⑤「また、記念館のプロモーションビデオにナレーションを吹き込んだ女優の吉永小百合さんのメッセージも紹介された。」
⑥「22日夜には、対馬丸が沈んだ午後10時12分に合わせて遺族らが記念館に集い、追悼式を開く予定。例年は昼の慰霊祭のみだが、今年は撃沈から75年の節目に当たるため、夜の追悼式を開く。」


(6)琉球新報-新基地建設現場上空をオスプレイ旋回 市民、海上作業に抗議-2019年8月22日 15:06


 琉球新報は、「【辺野古問題取材班】米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古での新基地建設で、沖縄防衛局は22日、大浦湾側にあるK9護岸で埋め立て用土砂をトラックに積み替える作業を続けた。海上で作業が続けられる中、上空ではオスプレイが旋回していた。新基地建設に反対しようと、抗議船1隻とカヌー3艇が海に繰り出して抗議した。名護市辺野古の米軍キャンプシュワブゲート前では、強い日差しが照りつける中、新基地建設に反対する市民が座り込んで抗議した。」、と報じた。




by asyagi-df-2014 | 2019-08-22 17:03 | 沖縄から | Comments(0)

目をこらし、耳をすませること。

 目をこらし、耳をすませること。

朝日新聞(以下、「朝日」)はハンセン病家族訴訟がもたらしたものについて、このように説く。
「朝日」の社説、「ハンセン病と差別 理解と克服への道を探る」を考える。
「朝日」は、次のように示す。


(1)ハンセン病の元患者を隔離した国策をめぐり、政府はその家族も差別と偏見にさらされてきたことを認め、補償と名誉の回復に取り組むことになった。隔離政策の開始から110年余。2001年に過ちを認め、元患者への補償に乗り出してからも18年が過ぎた。なぜこんなにも長い年月を要したのか。
(2)愚かな政策の転換と償いが遅れた国を責めるだけでは、十分な解はみつかるまい。それを受け入れてきた社会のありようも問われている。


 だから、「元患者らが、そしてその声を受け止めた人たちが、さまざまに発信を続けている。目をこらし、耳をすませたい。」、と。
一つには、「芸術家とともに」。


(1)一周7キロ、高松市沖の大島は、療養所がある「隔離の島」として知られる。いまは3年に1度の現代アートの祭典、瀬戸内国際芸術祭のまっただ中だ。
(2)かつて元患者がつかっていた家屋に、11の作品が点在する。
(3)『Nさんの人生・大島七十年』は、絵本作家の田島征三さんの作。16歳での離郷、療養所で重症者の看護を命じられた強制労働、同じ病の女性との結婚と妊娠、中絶……。廊下を進むと、部屋ごとにNさんの苦難の歩みが絵巻物風に示される。
(4)美術家の山川冬樹さんが出品したのは「海峡の歌」だ。島外に出ることを禁じられた人々は、自由を求めて対岸へ泳いで渡ろうとした。山川さんは同じ海を泳ぎ、その姿を撮った映像を見せながら、子どもたちが朗読する短歌を流す。「飼い殺しなどと言はれて枠の中に生きて死にたる者ら甦(よみがえ)れ」
(5)社会から排除されてきた島に転機が訪れたのは、10年ほど前のことだった。瀬戸内一帯の島々で芸術祭が催されることになり、大島も参加を打診された。「人間を棄(す)ててきた島に価値はない。誰も来ない」。そんな声が強かったが、療養所自治会の森和男さんは「何があったか知ってもらうためにも、できるだけ多くの人に来てほしい」と考え、島の「開放」を進めた。
(6)芸術祭の作品には、隔離政策の告発のほか、人間としての誇りやつながりの再生を願う思いなどが様々に込められている。孤絶の世界で何を希望に生きてきたのか――。そう考えさせるような展示は、元患者との交流と対話を重ねた結晶だ。


  一つには、「『共感』促す試み」。


(1)次々と訪れる観光客には、隔離の記憶を刻む島だと知らない人も多い。だが元患者の人生を映した作品に触れ、故郷を失った人の納骨堂や強制中絶で命を奪われた胎児を悼む碑をガイドと歩き、共感が生まれる。「選択肢のない人生ってどういうものか考えた」(東京都の32歳男性)。「支え合い、生き抜いた人を尊敬する」(兵庫県の31歳男性)。何度も足を運ぶ大阪市の女性(41)は自宅近くで「語る会」を開き、岡山市の男性(49)はボランティアでガイドを務めるようになった。
(2)大島以外でも、垣根を越えていく、さまざまな試みがある。
(3)岡山県では、療養所がある長島などの島々をめぐるクルージングツアーが催されている。高齢化が進む元患者らが、問題を風化させまいと主催する。長島に残る収容施設や監房跡などを学芸員とまわる。構えずに参加してもらおうと牡蠣(かき)で知られる人気の港を発着場所にした。9月までに7回あるツアーは、すでに予約でいっぱいだ。
(4)全国に13ある国立療養所の大半には資料館がある。その中心が、東京都東村山市の国立ハンセン病資料館だ。関連する映画や絵画、小説、音楽などがつくられてきたことを意識し、それぞれの分野の愛好家を呼び込む企画展やワークショップを開く。今春には元患者らの話を動画投稿サイトで配信し始めた。


 一つには、「一人ひとりが動く」。


(1)ハンセン病をめぐっては、特効薬の開発と普及などで1960年ごろには隔離は不要とされていたのに、打ち切りは96年まで遅れた。元患者への補償へと舵(かじ)を切った01年以降、人権に関する学習活動や啓発事業が行われてきたが、家族は置き去りにされた。
(2)6月末の熊本地裁判決が元患者の家族への賠償を命じた後、安倍首相は控訴を断念し、家族に謝罪した。今後、元患者への補償金支給と名誉回復を掲げる二つの法律が改正され、家族も被害者だと位置づけられる見通しだ。
(3)ただ、それだけで差別と偏見がなくなるわけではない。元患者は隔離によって個人の尊厳を著しく傷つけられた。その家族は就学や就職、結婚などを妨げられた。そうした「人生被害」は想像を絶する。
(4)隔離政策を推進した国が厳しく批判されるのは当然だが、元患者と家族を追い込んだのは地域の住民だったことを忘れてはならない。


 「朝日」は、最後に、「目をこらし、耳をすませること。」とは、「ハンセン病にまつわる歴史を知ろうと、一歩を踏み出す。差別や偏見について考え、自らに問う。一人ひとりのそうした取り組みが、過ちを繰り返さないための礎となる。」、ということだよと。



by asyagi-df-2014 | 2019-08-22 09:51 | ハンセン病 | Comments(0)

沖縄-辺野古-沖縄 高江から-2019年8月21日

「体験していないからこそ『一緒に思いをはせよう』と呼び掛けることができるのではないか-。そんな思いを胸に、ことし、語り部としての活動を始めた遺族がいる。」、と琉球新報。
対馬丸にこんな話があったとは。
「哲一さんは女きょうだいに囲まれた一人息子。家族は跡取りとして大切だからこそ学童疎開を選んだという。しかし出航から数日後、対馬丸が沈められたらしいとのうわさが親族たちの間に流れ始めた。哲一さんの母カマドさんは息子の消息を求め懸命に那覇の街を尋ねて回った。当時、沈没のことは語ってはいけないとされ、住民たちにはかん口令が敷かれていた。息子の消息を尋ね回るカマドさんは『流言飛語を流す非国民』として、憲兵に捕まり留置場に一晩入れられた。」(琉球新報)
遺族の思い。
「体験者が少なくなった今『聞いたことを伝えることで子どもたちの知識に血が通うようになってほしい』と願う。対馬丸の体験を聞いた者として、バトンを渡すことが役割だと考えている。」(琉球新報)。
体験を引き継ぐことが、人としての役割となる。


 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2019年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2019年8月21日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-一人息子を乗せた船が撃沈 うわさ聞き探し回ると「非国民」 義母の体験 次代に残すため語り部に-2019年8月20日 18:00


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「体験していないからこそ『一緒に思いをはせよう』と呼び掛けることができるのではないか-。そんな思いを胸に、ことし、語り部としての活動を始めた遺族がいる。謝花奈津子さん(68)=那覇市。75年前、夫の母の弟、我喜屋哲一さんが対馬丸に乗り亡くなった。哲一さんは天妃国民学校5年生の11歳だった。」
②「ことし6月の天妃小学校。子どもたちの前で語る奈津子さんの姿があった。『みんなのお母さんも、みんなが夜遅くまで帰って来なかったら、心配するでしょう。生きるか死ぬかのことで、カマドおばあさんも必死に哲一おじさんを探し回ったの』」
③「哲一さんは女きょうだいに囲まれた一人息子。家族は跡取りとして大切だからこそ学童疎開を選んだという。しかし出航から数日後、対馬丸が沈められたらしいとのうわさが親族たちの間に流れ始めた。哲一さんの母カマドさんは息子の消息を求め懸命に那覇の街を尋ねて回った。当時、沈没のことは語ってはいけないとされ、住民たちにはかん口令が敷かれていた。息子の消息を尋ね回るカマドさんは『流言飛語を流す非国民』として、憲兵に捕まり留置場に一晩入れられた。」
④「哲一さんが亡くなったことがはっきりしたのは終戦後だが、以降、カマドさんは哲一さんのことをほとんど口にしなかったという。『あまりの悲しみで話せなかったんだと思う』。カマドさんが亡くなったとき、たんすからは風呂敷に丁寧に包んだ哲一さんの着物が出てきた。奈津子さんは『着物にはカマドさんの苦しみや後悔や愛情などすべてが詰められていた』と振り返る。」
⑤「奈津子さんがそんな家族の歴史を知ったのは対馬丸記念館が開館した15年前のことだ。夫の寛営さん(68)が同館の役員として関わったのを機に、関係者から当時のことを聞き取るようになった。その同館からの依頼で語り部としての活動を始めた。哲一さんの疎開先を、本土か、姉のいた台湾かで悩んだこと。『哲ちゃんが行くなら自分も行く』と乗船した叔父の同級生がいたこと-。聞き取りを通して奈津子さんは『子どもたちを乗船させた家族は被害者なのに、加害者のような責めまで負わざるを得なかったことを知った』と話す。」
⑦「体験者が少なくなった今『聞いたことを伝えることで子どもたちの知識に血が通うようになってほしい』と願う。対馬丸の体験を聞いた者として、バトンを渡すことが役割だと考えている。」(社会部・下地由実子)


(2)沖縄タイムス-「知事が出たのはびっくり」 名古屋のラジオに沖縄知事が出演 DJ出身、軽快なトークを披露-2019年8月21日 06:00


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「【名古屋で大城大輔】東海ラジオ(名古屋市)の番組『タクマ・神野のどーゆーふー』で沖縄文化を発信している浜盛重則さん(69)=与那国町出身=のコーナー『ハイサイ~沖縄』に20日、玉城デニー知事が出演した。ラジオDJだった経歴を持つ知事は軽快なトークを披露した。」
②「浜盛さんが美ら島沖縄大使であることや、知事が基地問題を訴える全国キャラバンで名古屋市を訪れるタイミングと重なったことから、知事側の希望で共演が実現した。」
③「『知事、イッペーニフェーデービル、メンソーレー』と浜盛さんが紹介すると、知事は『ハイサイ、名古屋のグスーヨー、チューウガナビラ』とあいさつ。旧盆明けだったこともあり冥銭の『ウチカビ』などの話題で盛り上がった。」
④「番組では4月28日(サンフランシスコ講和条約)、5月15日(本土復帰の日)、6月23日(沖縄慰霊の日)などの沖縄に関わる節目には、この日がどういう意味をもつのか紹介している。基地問題に関して『本土と沖縄には温度差がある』と感じているとした浜盛さん。『身近な文化から沖縄のことを分かってもらえたら』と話した。」
⑤「別のラジオ局も含め浜盛さんの活動は18年目。『知事が出たのはびっくり。20年は頑張らんといけんな』と笑顔を見せた。番組はパソコンやスマートフォンのアプリ『radiko』でも聴ける。」


(3)沖縄タイムス-昭和天皇発言、今の沖縄に直結 1953年拝謁記、石原昌家・沖縄国際大名誉教授に聞く-2019年8月21日 14:51


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「初代宮内庁長官を務めた故田島道治が昭和天皇とのやりとりを記録した『拝謁記』の中で、日本国内で1950年代に基地反対闘争が激化したことに否定的な考えを示していたことについて、石原昌家沖縄国際大学名誉教授に聞いた。」
②「公開された拝謁記を読むと、在日米軍基地についての昭和天皇の考えが包み隠さず語られていると感じた。昭和天皇は戦後も日本の元首だという気持ちがあったのではないかということがうかがえる。『全体の為ニ之がいいと分れば、一部の犠牲ハ已(や)むを得ぬ』などの発言は、昭和天皇が戦後にロシアの共産主義の脅威を恐れ、米国が琉球諸島を軍事占領することを求めた1947年9月の『天皇メッセージ』を踏まえたものだとも言える。」
③「天皇メッセージの内容は51年の対日講和条約の締結で具体化した。米国が国連に琉球諸島の信託統治を提案し、事実上の軍事占領が国際的に確約されたことで、日本は沖縄での基地反対運動の対応を米軍に任せることができた。そのため、拝謁記では直接、沖縄の基地には言及していない。理由は、沖縄は米軍に任せて安心していたためだろう。」
④「しかし、日本国内で朝鮮戦争の最中に石川県内灘で米軍基地反対闘争が起き、昭和天皇は『平和をいふなら一葦帯水(いちいたいすい)の千島や樺太から 侵略の脅威となるものを先づ去つて貰ふ運動からして貰ひたい、現実を忘れた理想論ハ困る』など反対運動に否定的な発言をしている。米国に国防を任せる以上は我慢して土地を提供しなければならず、退去するよう仕向けられないという考えだ。米軍に『感謝し報いるべきだ』とも述べている。現在の米軍への思いやり予算や名護市辺野古の新基地建設の問題での政府の姿勢は、昭和天皇のこうした発言の意を酌んでいるかのようで、現在にもつながっている。」
⑤「天皇メッセージは米軍基地が集中する現在の沖縄にストレートに直結する。戦後、戦争責任を感じ沖縄に行かなければいけないという状況だったはずが、最後まで訪れることはできなかった。自らの責任をよく知っていたからこそ、顔向けができないとも感じていたはずだ。」
⑥「拝謁記を読めば、昭和天皇にとって沖縄戦は天皇制を保持するための戦闘で、多くの住民が犠牲になったのはやむを得ないという考えが透けて見える。昭和天皇の考えが包み隠さず、赤裸々に語られており、これまで明らかになった資料の中で最も本音を示した内容だ。(平和学)(談)」


(4)沖縄タイムス-「『沖縄』を知らない安倍首相へ」雑誌の特集相次ぐ 保育園に落下物、声を上げる親たち-2019年8月21日 09:33


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「2017年12月に沖縄県宜野湾市の緑ヶ丘保育園に米軍ヘリの部品が落下した事故や、その後に園の保護者らでつくった『チーム緑ヶ丘1207』の活動が雑誌で相次いで紹介されている。米軍機の飛行停止を求めるメンバーは『顔と名前を出せる保護者は少ない。取材は毎回緊張して慣れないけれど、依頼がある限り自分たちがちゃんと受けなければと思う』と話す。」
②「週刊誌『週刊女性』は8月13日号で『【沖縄】を知らない安倍首相へ』と題した10ページの特集を組んだ。名護市辺野古の新基地建設問題のほか、落下事故でチーム緑ヶ丘のメンバーにインタビュー。部品を落下させた事実を米軍が今も認めていないことなどを伝えた。」
③「季刊誌『モモト』の夏号(39号)は『空を飛ぶのは小鳥だけがいい』と米軍機の飛行停止を求める保護者の思いを6ページにわたり掲載。5月24日号の『週刊金曜日』も『今週の巻頭トピック』でチーム緑ヶ丘を取り上げた。」
④「メンバーは仕事の不利益や子どもへの嫌がらせなどの不安も抱える。実際、フェイスブックに誹謗(ひぼう)中傷が相次ぎ投稿削除を余儀なくされたこともある。それでも国内外の新聞やテレビ、雑誌から取材の申し込みは絶えない。与那城千恵美さん(46)は『関心を持って支えてくれる皆さんがいるから、心が折れることもあるけれど活動できる』と語った。」


(5)沖縄タイムス-「離島」は差別用語ではないか? 国内最西端の町長が提起 「島しょ」使って-2019年8月21日 08:19


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「『離島』ではなく『島しょ』を使って-。『沖縄21世紀ビジョン基本計画』の総点検をする県振興審議会離島過疎地域振興部会(部会長・嘉数啓琉球大学名誉教授)で20日、島の表記に関する議論があった。」
②「県離島振興協議会会長の外間守吉与那国町長は『離島という表現は差別用語ではないか』と疑問を呈した。嘉数名誉教授は戦前は『島しょ』と使われていたが、1953年の離島振興法で初めて『離島』と使われるようになったのではないかと説明。本土や本島から離れたという意味があるため『ぜひ島しょと使ってほしい。法律を変えるのは大変だが使い方を考えて』と求めた。」
③「県は『沖縄21世紀ビジョン離島振興計画』は分かりやすくした副題で『住みよく魅力ある島づくり計画』が主題としつつ『差別につながらないようなタイトルにするよう考えていきたい』と答えた。」
④「委員らは、航路や航空路など交通ネットワークや介護医療を担う人材の不足は深刻と指摘。観光客が増えると産業が伸びる一方で、住民が困るケースもあるとし、島ごとに観光客数や収入を分析し、住民の意向に添った計画を立てるよう求めた。」


(6)沖縄タイムス-「琉球を失つた事は書いてあつたか」 昭和天皇が沖縄について言及-2019年8月21日 19:00


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「戦後、初代の宮内庁長官を務めた故田島道治が昭和天皇とのやりとりを記した『拝謁記』では、昭和天皇が沖縄について言及した部分もある。」
②「サンフランシスコ講和条約発効による日本の主権回復を前にした1952年2月26日、田島氏が『おことば』の下書き案を説明した際、昭和天皇は『琉球を失つた事は書いてあつたか』と述べた。これに田島氏が『国土を失ひ』とある、と説明すると、その後『そうか、それはよろしいが、戦争犠牲者に対する厚生を書いてあるか』などと発言したとされる。」
③「また、日本が主権回復する前年の1951年7月26日には、『媾和は(略)素(もと)ヨリ敗戦ノ結果デアリ 領土ノ一部ヲ失フトウフコト 戦死傷者ノコト 未帰還者ノコト等 戦争ニツイテノ 犠牲者ノコトヲ考フレバ 少シモ喜ブベキデナイ』などと発言したとされ、サンフランシスコ講和条約の発効で日本から切り離された沖縄などについても言及している。」
④「その一方で、米軍基地反対闘争については53年6月17日に『日本の軍備がなければ米国が進駐して 守つてくれるより仕方ハないのだ』、同11月24日には『誰かがどこかで不利を忍び犠牲を払ハねばならぬ その犠牲ニハ 全体が親切ニ賠償するといふより仕方ないと私ハ思うがネー』などと述べたと記されている。」




by asyagi-df-2014 | 2019-08-21 21:02 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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