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2019年6月23日、沖縄慰霊の日を迎えて。(1)

 6月23日、沖縄は、慰霊の日を迎えた。
 私たちは、この日をどのように迎えることができたのか。
 じっくりと考えてみたい。

 沖縄タイムス(以下、「タイムス」)は2019年6月23日、「[きょう慰霊の日]埋もれた声に思い寄せ」、と社説で訴えた。
「タイムス」の語りかけは、次のように始まる。


「『十・十空襲』の後、北部への避難を決めた家族に向かって、視覚障がいの女性が『自分を置いて早く逃げて』と言った、その言葉が心に刺さったという。周りに迷惑をかけたくないとの思いが痛いくらい分かったからだ。『僕だったらどうしただろう』。南風原町に住む上間祥之介さん(23)は、障がいのある当事者として障がい者の沖縄戦について調査を続けている。発刊されたばかりの『沖縄戦を知る事典』(吉川弘文館)では『障がい者』の項を担当。母親が障がいのある子を『毒殺する光景を目の当たりにした』という証言や、自身と同じ肢体不自由者が『戦場に放置されて亡くなった』ことなどを伝える。」


「タイムス」は同日、「無音の戦火、母のサインだけが頼り 耳の聞こえぬ少女が見た“地獄” 初めて語る沖縄戦」、と沖縄戦を障がい者として語り始めた友寄(旧姓・上原)美代子さん(85)の声を伝えている。


「指で眉間から鼻の頭をなぞり、高い鼻を表現するサインは『米兵』、歯を指せば『白人』、髪を指すのは『黒人』−。無音の中、母の身ぶりを頼りに沖縄戦下の南部一帯を逃げた。聴覚障がいのある友寄(旧姓・上原)美代子さん(85)=沖縄県浦添市=は今年5月、初めて戦争体験について証言した。『ずっと若い世代に戦争のことを伝えたかった。でも話すすべがなかった』。74年間抱え込んだ記憶を、信頼する聴覚障がい者の知人と手話通訳士の力を借りていま語る。」                       


 6月23日慰霊の日とは、改めて、沖縄戦のあの日の沖縄の声群れにじっと心を傾ける日なのだ。
 そして、魂とともに見れるものは、すべてその声群れとともに刻み込む日なのだと。

 「タイムス」の声もまた聞こえてくる。


(1)国家への献身奉公が強調され、障がい者が「ごくつぶし」とさげすまれた時代。これまでの聞き取りで浮き上がってきたのは、家族や周囲の手助けが生死を大きく分けたという事実である。
(2)「戦争では皆、自分が逃げるのに精いっぱい。真っ先に犠牲になるのは障がい者や子どもやお年寄り」
(3)沖縄戦における障がい者の犠牲は、はっきりしていない。当時の資料も証言も少ない。話すこと、書くことが難しかったという事情はあっただろうが、沈黙を強いているのはその体験の過酷さである。
(4)優生思想は決して過去のものではない。もし今、自分の住む町が戦場になったら…。上間さんは戦争と差別という二重の暴力の中で「語られなかった体験」の意味を考え続けている。

    ■    ■

(1)沖縄盲学校の教師を長く勤め、視覚障がい者教育に尽くした故中村文さんは、戦後、盲学校が再建されるまでの苦労を講演などでよく語った。
(2)中村さんが盲教育に情熱を傾けるようになったのは、戦地で失明した弟の帰郷がきっかけである。盲唖学校再建の陳情書を作成し、軍政府や民政府に再三足を運ぶが、なかなか取り合ってもらえず、設立の許可が下りたのは1951年のこと。普通学校より6年遅れての再開だった。
(3)戦時中の障がい者の苦労を知っていたからだろう。開校1周年に合わせ中村さんが作詞した校歌には「平和の鐘を聞く時ぞ」のくだりがある。当時の思いを自著で「集まった生徒、父兄、職員は、鉄の暴風の吹きあれる中を生きのびてきた者たち。平和の鐘を聞くことのできる喜びは例えようもありませんでした」とつづっている。
(4)おととし43年ぶりに刊行された『県史 沖縄戦』は、これまで取り上げられることの少なかった「障がい者」や「ハンセン病」「戦争孤児」などにまなざしを向けた。体験を語れなかった、語ろうとしなかった人たち。戦場に放り出され、十分な保護を受けることができなかった人たち。彼ら、彼女らの戦中・戦後の苦難に触れることによって、私たちは沖縄戦の多様な実相を学ぶことができる。それは今も残る差別の問題を学び直すことでもある。


 「きょうは『慰霊の日』。」。
 「タイムス」のこの呼びかけは、私たちに、響く。
 

「体験を語れなかった、語ろうとしなかった人たち。戦場に放り出され、十分な保護を受けることができなかった人たち。彼ら、彼女らの戦中・戦後の苦難に触れることによって、私たちは沖縄戦の多様な実相を学ぶことができる。それは今も残る差別の問題を学び直すことでもある。」


 「6.23慰霊の日」を考えるということは、「優生思想は決して過去のものではない。もし今、自分の住む町が戦場になったら…。上間さんは戦争と差別という二重の暴力の中で「語られなかった体験」の意味を考え続けている。」、との声群れを自分自身に問いかけることである。



by asyagi-df-2014 | 2019-07-01 06:48 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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