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国労闘争団岩崎松男さんの偲ぶ会が開かれた。

 レイバ-ネットは、2017年6月25日、「ブレない不器用な男のたたかい~国労闘争団『岩崎松男さんを偲ぶ会』開かれる」、と伝えた。
 会場には、2000年「四党合意」で国鉄闘争が危機に陥ったときに「四党合意」反対の先頭に立っていた岩崎さんの勇姿が流されたという。
 国鉄闘争での国労闘争団岩崎松男さんの姿が脳裏にあるだけに、68歳で亡くなられたことに、心からの哀悼の意を表します。
 この偲ぶ会の様子を、レイバ-ネットは、次のように伝えてくれています。


(1)6月24日、東京・スペースたんぽぽで「岩崎松男さんを偲ぶ会」が開かれた。岩崎さんは元国労闘争団で、30年前の国鉄分割・民営化で解雇された1047人の一人。鹿児島で解雇されたが上京して専従としてたたかってきた。近年は地元の反原発運動にも関わっていたが、今年2月がんのため68歳で亡くなった。韓国民衆歌謡グループ「コッタジ」応援団の中心メンバーでもあり、偲ぶ会には韓国からコッタジ関係者が2名来日した。コッタジ歌手のパク・ヒャンミさんは金芝河の詩に歌をつけた「鳥」を歌って追悼、会場を魅了した。
(2)「偲ぶ会」は本人にふさわしく明るく楽しい集いになった。呼びかけ人のスピーチで名古屋哲一さんは「私は郵政だったが、同じ解雇仲間でウマがあった。かれは上が変わってもブレなかった。たぶんブレたり他の選択を考える頭がなかっただけかも…。不器用な人間だった」と笑わせた。そして「とにかく本をよく読んでいて教えてもらった」という。同じ闘争団仲間の成田雄一さんは「闘争団で一番尊敬できる先輩。遺志を継いでいきたい」と語った。ビデオプレスの佐々木有美さんは、エピソードを話そうとしたが思いがこみあげて絶句。代わりにこの日のために書いたメッセージを読みあげた。
(3)会場に流された映像は、2000年「四党合意」で国鉄闘争が危機に陥ったときに「四党合意」反対の先頭に立っていた岩崎さんの勇姿だった。臨時大会の「演壇占拠」のシーンも流れた。この日は国労関係者も多く、「俺はあの時あそこにいて壇上に突っ込んだ」「俺は呼び水をつくった」など「自慢話」に花が咲いた。全部で51人が参加したが、参列者は次々とマイクを握り、岩崎さんのエピソードや思い出を語った。国労関係だけでなく、「東京総行動」で一緒にたたかった仲間、「コッタジ応援団」の仲間、「労働情報」のメンバーなど幅広い人たちだった。
(4)『地域と労働運動』編集長の川副詔三さん(写真上)は「四党合意は、国鉄闘争が敗北するか生きのこるかの分岐点だった。あのとき岩崎さんは仲間と『貫徹グループ』をつくり、四党合意をつぶすことに人生を賭けた。そして四党合意はつぶれ、その結果2010年の名誉ある解決につながった。これはかれの人生の勲章だと思う」と岩崎さんのたたかいと生き方を讃えた。
(5)鹿児島の妻(幸子さん)からは、鹿児島焼酎の差し入れとお礼の手紙が寄せられた。そこには「主人は全身全霊で自分の信念を貫き、それに伴う人と人との結びつきを唯一の喜びとし、残された命を鹿児島の地で変わることなく全うしたのだと思います」と記されていた。
       (松原明)


                           




by asyagi-df-2014 | 2017-06-25 21:46 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

在特会と桜井誠前会長は、大阪高裁で再び敗訴。

在特会と桜井誠前会長は、大阪高裁で再び敗訴。



 朝日新聞は2017年6月19日、標題について次のように報じた。


(1)「民族差別的な発言で名誉を傷つけられたとして、在日朝鮮人のフリーライター、李信恵(リシネ)さん(45)が『在日特権を許さない市民の会』(在特会)と桜井誠・前会長に計550万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が19日、大阪高裁(池田光宏裁判長)であった。高裁は、在特会側に77万円の支払いを命じた一審・大阪地裁判決を維持した。」
(2)一審では桜井氏が2013~14年にインターネット放送で『朝鮮ババア』と発言したことなどを侮辱と認定。高裁は、発言が李さんの容姿をおとしめていたとも指摘し、新たに『女性差別との複合差別に当たる』と述べた。」
(3)賠償額の増額はなかった。在特会側に加え、李さんも一審判決に一部不服があるとして控訴していた。





by asyagi-df-2014 | 2017-06-25 20:29 | 書くことから-ヘイトクライム | Comments(0)

沖縄-辺野古- 高江-から-2017年6月25日

 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2017年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。


 「軍事主義を許さない国際女性ネットワーク会議in Okinawa 2017」が、沖縄県那覇市で開催されている。
その中で出された ハワイで起こっていること。
 「『米本土の人々はハワイを帝国主義的な考え方で見ている。そこに人種差別と性差別が加わり、(住民にとっても)日常化している』と指摘し、構造的な差別が被害を見えにくくしていると断じた。」、と。
 またもや、世界のどこかで指摘され続けている差別構造の確認。


 2017年6月25日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-軍隊の性暴力、根底に差別 那覇の国際女性会議、各国に申し入れへ-2017年6月25日 08:30


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「沖縄県那覇市で22日に始まった『軍事主義を許さない国際女性ネットワーク会議in Okinawa 2017』は24日、那覇市の沖縄大で分科会を開いた。米軍基地などを抱えるハワイ、フィリピン、韓国、グアム、沖縄などからの参加者が軍隊による性暴力と人権侵害、基地と環境汚染、安全保障の再定義などをテーマに4分科会で討議した。参加者らは後を絶たない性暴力の背景に人種差別や性差別、抑圧があると指摘した。各地域の課題を共有し、連帯して国際機関や各国政府に申し入れる方向を確認した。」
②「『軍隊と性暴力、女性、子どもの人権』をテーマにした分科会は約20人が意見を交わした。ハワイで脱軍事化に取り組む団体『Women,s Voices Women Speak』のリサ・グランディナッティさんは、米兵による性暴力に対し『抗議する団体がなく、性暴力が表立って語られない』と懸念を示した。その背景について『米本土の人々はハワイを帝国主義的な考え方で見ている。そこに人種差別と性差別が加わり、(住民にとっても)日常化している』と指摘し、構造的な差別が被害を見えにくくしていると断じた。」
③「フィリピンからは『ブックロードセンター』のアルマ・ブラウンさんが発言した。ブラウンさんは1992年ごろまで、フィリピン政府と米軍が性産業に従事する女性を対象に性病検査を義務付けていたと説明した。性病が見つかると、米兵らにはバーへの立ち入りを禁じたが『女性を保護するような取り組みはなかった』と性搾取が問題視されずに、米兵のみを保護してきたとして批判した。」
④「25日午前9時~午後5時まで那覇市の沖縄大学で、一般参加も可能なフォーラム『軍事主義に抗し、持続可能な未来を!』が開かれる。参加費千円。」


(2)沖縄タイムス-「辺野古新基地イラナイ」プエルトリコのアナヤさん 自国の歴史重ね-2017年6月25日 12:07


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「県内で開催中の『第9回軍事主義を許さない国際女性ネットワーク会議』の海外参加者が24日、名護市辺野古の新基地建設現場を訪れた。抗議船に20人以上が分乗して米軍キャンプ・シュワブ内の砂浜で進む護岸工事に対し、スペイン語や英語、覚えたての日本語で『基地いらない』と声を上げた。」
②「ドミンガ・フローレス・アナヤさん(64)は2003年、ビエケス島の米軍射爆撃場を撤去させた米自治領プエルトリコからやって来た。『米軍との闘い方を学ぶ』ため、自ら米陸軍に志願して22年間の軍隊生活を送った。内側から見た軍の論理は『貧困をつくり、軍隊に取り込み、地元の人間同士を争わせる』ことだった。」
③「米軍基地を造るはずの辺野古の海上にも米兵は見当たらず、日本人同士、沖縄人同士が衝突する。共通の構図を見抜いたドミンガさんは『それでも私たちは米軍と闘い、追い出した。次はここで同じことが起きる』と語った。プエルトリコの小旗を誇らしげに掲げ、闘争の中で歌い継がれてきた歌を歌った。『やつらは恐れている 私たちが恐れないことを知っているから』-。初めての来沖で、『帰ったら沖縄のことを訴える運動を始める。ビエケスでも国際社会が力になってくれた』と語った。」
④「国際女性ネットワーク会議の公開シンポジウムと分科会は25日午前9時~午後5時、沖縄大学で開かれる。」


(3)沖縄タイムス-山城博治氏、外国特派員協会で講演「反日や反米、反中国の感情ない」-2017年6月25日 10:10


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「沖縄平和運動センターの山城博治議長は『慰霊の日』の23日、都内の日本外国特派員協会で会見し、沖縄が基地建設を反対する理由について『沖縄戦で県民は悲劇、地獄を見た。二度と戦争を繰り返したくないという思いだ』と強調した。」
②「山城議長は『政府は台頭する中国に対抗するために沖縄にたくさんの基地を造ろうとしている』と説明。『私たちは反日や反米、反中国という感情で動いていない。沖縄の地域社会を中心とする極東アジアが平和であることを望んでいる。政府から抑圧され続ける沖縄の思いを理解してほしい。国際社会の力が必要だ』と訴えた。」
③「抗議活動中に逮捕された山城議長は、保釈条件として事件関係者との接触が禁止されているため、現場に復帰できていない。『裁判が終われば現場に行って、みんなと一緒に抗議の声を上げたい』と語った。」


(4)琉球新報-「闘いはまだ続く」 東村高江で座り込み10周年報告会-2017年6月25日 14:25


 琉球新報は、「東村と国頭村に広がる米軍北部訓練場に新たなヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)が建設されたことを受け、ヘリパッドいらない住民の会は25日午後、東村農民研修施設で『高江座り込み10周年報告会』を開いた。約250人が訪れ、登壇者の話に耳を傾けた。米国出身の詩人アーサー・ビナードさんも講演する。」、と報じた。
 また、「新たなヘリパッド六つは東村高江区を取り囲むように建設され、2007年から東村高江区の住民らが中心となって反対運動を続けてきた。ヘリパッドいらない住民の会の安次嶺現達さんは『10年は長いようで短かかった。数人で始まった闘いが全国的に広まって、皆さんと一緒に運動に携われたのは良かった。ヘリパッドが完成したと言っても赤土が海に流れるなどしている。これからも運動が広まっていけばいい』とあいさつした。」、と報じた。


(5)沖縄タイムス-飲酒検知を拒否、米空軍兵を逮捕 沖縄署 酒のにおいさせ運転-2017年6月25日 14:27


 沖縄タイムスは、「沖縄署は25日、飲酒検知の呼気検査を拒んだとして、米軍嘉手納基地所属の米空軍上等兵(22)を道交法違反(飲酒検知拒否)の疑いで現行犯逮捕した。
逮捕容疑は同日午前6時5分ごろ、北谷町美浜1丁目付近の道路で、巡回中の警察官がスピードを出していた車を停止させ、職務質問したところ、容疑者から酒のにおいがしたため呼気検査を求めたが拒んだ疑い。」、と報じた。





by asyagi-df-2014 | 2017-06-25 18:07 | 沖縄から | Comments(0)

「弁護士と経済学者有志による緊急声明」を読む。

 経済学者と弁護士の有志が、2017年6月9日、緊急の声明を発表しました。
この声明を要約します。


Ⅰ.日本の現状への警鐘


 今国会で何度となく取り上げられた森友学園問題や加計学園問題などから明らかな通り、今や日本では首相官邸そのものによって、行政や司法の公平性が著しく歪められてしまい、その結果、法の支配が脅かされ、「人による支配」というべき状況が生じている。政権と近い者、政権と縁故を持つ者に対し恣意的に利益が誘導されるという状況は、客観的な予測可能性が乏しくリスク管理が機能しなくなるため、ビジネスにとっても重大な悪影響を及ぼす。


Ⅱ.根拠


(1)そもそも資本主義社会において何より重要なのは、公平、公正、平等な競争が確保されていることにある。これが確保されず、縁故による優遇が入り込めば、新規参入は行いづらく、海外企業の参入も阻まれ、ビジネスの健全な発展が阻害されることは明らかである。安倍政権がここまでコンプライアンス遵守の精神が乏しいというのは、極めて由々しき事態である。また、ビジネスにおいては、計画したプロジェクトの実行についてその結果及びリスクの予測可能性が不可欠であるが、金融商品取引法や税法違反の罪についてまで要件のあいまいな共謀罪が創設されると、ビジネス計画の立案の過程における議論に重大な悪影響を与え、ビジネス活動に対する萎縮効果が大きい。
(2)これほど政治家の質が下がり、政治が乱暴に、政府が横暴になったことはいまだかつて例がない。わが国の民主政治の危機はまさに頂点に達しており、三権分立の原則、立憲主義(法の支配)は政府と国会多数派の数の横暴で蹂躙されていると言わねばならない。この政権が今、市民の自由を脅かし監視社会をもたらす組織犯罪処罰法改正案(「共謀罪」法案)を成立させようとしていることは、戦慄すべき事態である。


Ⅲ.主張


(1)り返ってみれば、1990年代以降、「政治主導」によって官僚支配や政官業の癒着を打破することを標榜し、政治改革や行政改革が勧められ、小選挙区制の導入や中央省庁再編などを通じて、首相権限(官邸機能)の強化が進められてきたが、現在の安倍政権で現実のものとなってしまったのは、政治主導でも政官業の癒着打破でもなく、首相個人そして首相夫人による、公権力と公有財産の私物化ではないのか。
(2)法の支配や行政の公平性など、近代国家の土台そのものが、首相官邸によって蝕まれているのではないかという疑惑が国民の間に広がる根強いなかで、強引に国会を閉じて事態の幕引きを測ることは許されない。まずは、共謀罪審議を停止し、森友学園・加計学園問題に関する公権力と公有財産私物化の疑惑を、国会で徹底的に究明することを求める。  



 確かに、根本は、「安倍政権がここまでコンプライアンス遵守の精神が乏しいというのは、極めて由々しき事態である。」、ということにある。
 残念ながら、今こそ認識しなければならないのは、「安倍政権で現実のものとなってしまったのは、政治主導でも政官業の癒着打破でもなく、首相個人そして首相夫人による、公権力と公有財産の私物化」であるということになる。
 だからこそ、まずは、「共謀罪審議を停止し、森友学園・加計学園問題に関する公権力と公有財産私物化の疑惑を、国会で徹底的に究明することを求める。」、ことに繋がろう。




by asyagi-df-2014 | 2017-06-25 08:32 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

沖縄-辺野古- 高江-から-2017年6月24日

 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2017年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。


 「安倍晋三首相が23日の沖縄全戦没者追悼式に出席後、記者団に辺野古移設について『(昨年3月の)和解に従って誠実に対応する』と述べたことに対し、翁長雄志知事は同日、『解釈が全然違う』と強く反発した。」、沖縄タイムスは伝える。
 安倍晋三政権の唯我独尊的解釈には、「住民の平穏な暮らしと安心・安全があっての平和だ。これが確保されない中で、日本全体の安全保障が守られているのでは、沖縄県民はやるせない」という知事の声も全く届かない。


 2017年6月24日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)沖縄タイムス-F16戦闘機、離陸途中に炎上 米テキサス州 嘉手納基地にも12機配備-2017年6月23日 15:55


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「米テキサス州ヒューストン市南東のエリントン空港で21日午前10時半ごろ、戦闘機F16が離陸途中にエンジンから出火し、機体が炎上する事故が発生した。操縦士は緊急脱出し、軽傷を負った。事故原因は調査中。」
②「事故機はオクラホマ空軍州兵の第138戦闘航空団所属機。ヒューストン市によると、操縦士は脱出後に近くの病院に収容された。地元テレビ局NBCは、事故発生直後に巨大な火の玉が上がり事故現場周辺の民間住宅にも緊急避難命令が発令されたなどと報じた。」
③「エリントン空港は軍民共用でテキサス陸軍州兵基地としても使用されている。」
④「米空軍嘉手納基地には、現在12機のF16戦闘機がコロラド州空軍州兵基地から暫定配備されている。」


(2)琉球新報-「辺野古建設中止を」 ラブソン氏が米紙に寄稿 沖縄の訴えなど紹介-2017年6月23日 11:35


 琉球新報派、標題について次のように報じた。


①「米ブラウン大のスティーブ・ラブソン名誉教授は21日、バージニア州の地元紙『リッチモンド・タイムス・ディスパッチ』(電子版)に沖縄の米軍基地問題の現状について寄稿した。日米両政府が進める名護市辺野古への米軍普天間飛行場移設や、高江、辺野古での市民の抗議運動、米兵などによる女性暴行事件を伝え、『米国とアジアの同盟国のためにも、基地建設は中止されるべきであり、沖縄の海兵隊の多くは他の場所に移すべきだ』と指摘した。」
②「『沖縄は米国の基地建設に一層反対する』と題した寄稿文には、沖縄の人々が国政、地方選挙を通して基地負担の軽減を訴えてきたことなどを伝えた。また、市民の抗議運動に対する機動隊の押さえ込みや基地建設反対運動のリーダーの長期拘留があり、米軍に対する抗議運動は一層高まっていると指摘した。」
③「ネット上で読者からのコメントが書き込まれ、『米兵による女性への暴行事件は、それだけでも沖縄の住民が基地に反対する正当な理由だ』『米軍はあまりに多くの基地を持ち過ぎだ』などの感想が寄せられた。」
④「海洋生物学者のキャサリン・ミュージックさんもコメントし、『辺野古移設は、日本で最も美しく、唯一残っている多様なサンゴ礁の生態系を破壊するだろう』と警鐘を鳴らした。」


(3)琉球新報-屋嘉収容所跡で追悼演奏 捕虜つくった「屋嘉節」響かせる-2017年6月23日 16:33


 琉球新報派、標題について次のように報じた。



①「沖縄戦で多くの日本兵が収容された金武町の屋嘉捕虜収容所跡地に建つ石碑前で23日、琉球古典音楽野村流音楽協会石川支部の吉野久一師範(69)と門下生ら人が追悼演奏した。追悼演奏は昨年から慰霊の日に合わせて行われている。披露された民謡は『無情節』の曲調で歌われた『屋嘉節』を含む民謡7曲と舞踊2曲。」          ②「『屋嘉節』は収容所にいる捕虜によって作詞されたといわれている。収容所には当時、日本兵約7千人が収容され、236人が収容所で命を落とした。そのうち56人の名字が沖縄にある名字だったという。また約3千人がハワイ州オアフ島へ移送され、12人が命を落とした。」
③「正午を知らせる時報が鳴ると、追悼演奏のために石碑前に集まった参加者らは1分間の黙とうをささげ、追悼演奏をした。」
④「屋嘉区の伊芸菊博区長は『戦時中や戦後に何が起こっていたのかを後世に伝えることは大切だ。今後も追悼演奏を続けたい』と話した。」
⑤「追悼演奏の発案者である吉野さんは『何もない収容所の中で、日本兵がカンカラ三線を手に取り、できあがったのが無情節の曲調で歌われた【屋嘉節】だった』と説明した。『当時の人がどのような気持ちでこの歌を作ったのか、考えながら演奏した』と話した。吉野さんは『屋嘉節』を演奏するときだけは、自ら作ったカンカラ三線をつま弾いた。 演奏した前田健次町議は収容所跡に慰霊碑がないことに触れた上で『多くの人が犠牲になった場所に慰霊碑がないことはおかしい』と慰霊碑設置の必要性を説いた。」


(4)沖縄タイムス-「解釈、全然違う」翁長知事、安倍首相の辺野古和解発言に反発-2017年6月24日 08:08


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「安倍晋三首相が23日の沖縄全戦没者追悼式に出席後、記者団に辺野古移設について『(昨年3月の)和解に従って誠実に対応する』と述べたことに対し、翁長雄志知事は同日、『解釈が全然違う』と強く反発した。安倍首相らを見送った後、那覇空港で記者団の取材に答えた。」
②「翁長知事は、昨年3月の辺野古訴訟の和解にある『判決に従う』とは、今回県議会に議案として提案した工事差し止め訴訟ではなく、最高裁で県敗訴が確定した違法確認訴訟に適用されるとの認識を示し、『もう負けたんだからお前たち何も言うな、というものでは全くない』と批判した。」
③「追悼式での平和宣言で、米軍オスプレイの墜落や地元無視の訓練強行などに言及したことには『住民の平穏な暮らしと安心・安全があっての平和だ。これが確保されない中で、日本全体の安全保障が守られているのでは、沖縄県民はやるせない』」と述べ、政府が強調する基地負担軽減とは逆行している現状を強調した。」
④「嘉手納基地の旧海軍駐機場の継続使用問題に触れたことにも、『住民生活への配慮で移したのに、毎日飛来してくるものを(政府に)負担軽減が進んでいると言われたら、(実態を)言わなければならない』と語気を強めた。」
⑤「日米特別行動委員会の合意を無視した嘉手納基地でのパラシュート降下訓練などを理由に、嘉手納町長らが同基地司令官の交代式に不参加の意向を示していることにも『どれだけの怒りを持っているかが分かる』と指摘した。」


(5)沖縄タイムス-「和解に従い対応」 安倍首相、辺野古移設止めぬ意向 追悼式では基地負担減を強調-2017年6月24日 08:50


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「安倍晋三首相は23日の沖縄全戦没者追悼式で、昨年12月の北部訓練場の過半返還を『本土復帰後最大の返還が実現した』と強調し、今後も『できることはすべて行う』と基地負担軽減に取り組む考えを示した。名護市辺野古の新基地建設を巡り、県が来月にも提起する方針の工事差し止め訴訟について、追悼式後、記者団に『(昨年3月の)和解に従って誠実に対応する」と述べ、建設工事を止めない意向を示唆した。」
②「北部訓練場の過半返還は1996年に日米で合意。東村高江集落周辺に六つのヘリパッドを建設するのが条件で、沖縄防衛局は2007年に着手したものの、住民らの反発に遭い、停滞していた。政府は昨年7月、住民らを排除する目的で最大800人の警察機動隊を動員し、民間警備の費用に1日当たり1800万円を支出している。」
③「安倍首相は一部地域の負担が増えることや、現場で混乱が生じている状況には触れず、県内の米軍施設・区域の約2割の面積が返還されたことによる『負担軽減』の成果のみを前面に押し出した格好だ。基地負担については『沖縄の方々には長きにわたり、米軍基地の集中による負担を担っていただいており、是認できるものではない』と指摘。『基地負担軽減のため、一つ一つ確実に結果を出す』と決意を見せた。基地の跡地利用にも地元の意向を聞きながら支援する姿勢を示した。さらに沖縄の美しい自然や豊かな文化、アジアの玄関口に位置する優位性を取り上げ、『尽きることのない魅力にひかれ、この地を訪れる人々、外国クルーズ船の数は増え続けている』と述べ、沖縄振興を前進させると説明した。」
④「一方、翁長雄志知事が平和宣言の中で、辺野古の新基地建設を阻止する考えを重ねて示したことに、安倍首相は『昨年の和解条項に従って政府として誠実に対応する』と繰り返した。記者団の質問に答えた。」
⑤「普天間飛行場の固定化を避けるためにも『国と県が協力する、ともに努力することが求められている』と説明した。国が県を訴えた代執行訴訟などの昨年3月4日の和解では、国と県で認識に大きな違いが出ている。」


(6)琉球新報-辺野古強行「容認できない」 知事、平和宣言で政府対応批判-2017年6月24日 07:30


 琉球新報派、標題について次のように報じた。


①「翁長雄志知事は23日の沖縄全戦没者追悼式の平和宣言で、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設計画について『沖縄の民意を顧みず工事を強行している現状は容認できるものではない』と政府の対応を批判した。その上で『私は辺野古に新たな基地を造らせないため、今後も県民と一体となって不退転の決意で取り組む』と述べた。」
②「知事が平和宣言で辺野古新基地建設問題に言及するのは就任以来3年連続。日米地位協定の抜本改定も改めて求めた。知事はまた、昨年発生した米軍属女性暴行殺人事件、オスプレイの名護市安部での墜落、最近の嘉手納飛行場でのパラシュート降下訓練の強行や相次ぐ外来機の飛来、移転合意された旧海軍駐機場の継続使用問題などにも言及。『基地負担の軽減と逆行している』と述べた。」
③「国土面積の0.6%の沖縄に在日米軍専用施設の70.4%が集中している現状にも触れ、『日本の安全保障の問題は国民全体で負担してほしい』と訴えた。知事が辺野古新基地建設に関する政府の工事強行を批判すると、式典会場からは拍手が上がった。」


(7)琉球新報-名護市、サンゴ調査同意せず 「新基地前提」、防衛局に回答-2017年6月24日 06:30


 琉球新報派、標題について次のように報じた。


①「米軍普天間飛行場移設に伴う名護市辺野古への新基地建設で、沖縄防衛局が計画している周辺海域へのサンゴ幼生の流入調査に対し、名護市は20日に『同意できない』と回答した。防衛局が9日付で計画への意見を市に求めていた。防衛局は21日、調査実施許可を求め、許可権者の県に対して、市の意見を添えて国有財産法に基づく公共用財産使用協議書を提出した。」
②「名護市は、調査に『同意できない』とした理由について(1)新基地建設を前提としている(2)建設によって環境に大きな影響があるとすでに繰り返し主張している(3)専門家の意見として、サンゴ幼生が流入、着床するかどうかはその年の潮や天候で変わり、調査で着床しなかった場所には幼生が来ないとはならず、この調査に意味がない-を挙げた。」
③「沖縄防衛局によると、着床調査の計画は仲井真弘多前知事が2013年に承認した公有水面埋立申請書に事後調査として挙げられていた。大浦湾埋め立てによる影響を調査するため周辺海域でサンゴ幼生の流入状況を調べる。名護市安部から豊原にかけての海域に48台の『着床具』と、それを支える架台2機をそれぞれ設置する。約3カ月ごとに観察を行う。調査期間は県との協議が成立した日から、翌年3月31日までとしている。」


(8)沖縄タイムス-「誤解」払拭へHPフル活用 沖縄県、辺野古工事差し止め訴訟で発信中-2017年6月24日 13:40


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「沖縄県は名護市辺野古の新基地建設問題で県の主張を全国に発信するため、21日から県公式ホームページ(HP)で新たな発信を始めた。HPのトップ画面に『辺野古問題最新情報』のバナーを設け、翁長雄志知事が発表した辺野古工事差し止め訴訟に関する県の認識を掲載している。」
②「辺野古問題を巡っては、最高裁判決での県側敗訴をもって国側が『なぜ県は判決に従わないのか』などと県の姿勢を批判。市民の中にも差し止め訴訟や新基地に反対し続ける県の手法を疑問視する声がある。」
③「県は、裁判の和解や最高裁判決は今回の差し止め訴訟と無関係であることを、解説を付けて分かりやすく説明。県内外に広く伝えることで、一人歩きする『誤解』を払拭(ふっしょく)したい考えだ。県は、訴訟提起時の知事会見など、今後も節目ごとに随時情報を更新していく。」





by asyagi-df-2014 | 2017-06-24 17:16 | 沖縄から | Comments(0)

国連人権理事会は、ハンセン病に関わる偏見や差別の撤廃に取り組む「特別報告者」を新たに任命することを決定。

 NHKは、国連人権理事会のハンセン病に関わる「特別報告者」の任命について、次のように報じた。


(1)国連人権理事会はハンセン病に関わる偏見や差別の撤廃に取り組む「特別報告者」を新たに任命することを決め、今後、理事会が任命する独立した専門家が世界各国の現状を調査して、改善に向けた勧告などを行うことになりました。
(2)スイスのジュネーブで開かれている国連人権理事会の会合で22日、日本が中心となり43か国が共同で提案した「ハンセン病差別撤廃決議」が採択されました。決議では「ハンセン病の患者やその家族に対して、根拠のない偏見や差別が世界の各地で今も根強くある」と指摘していて、偏見や差別の撤廃に取り組む「特別報告者」が新たに設けられることになりました。
(3)ハンセン病を専門に扱う特別報告者の設置は初めてで、今後、人権理事会が任命する独立した専門家が世界各国の現状を調査して、改善に向けた勧告などを行うことになります。
(4)ジュネーブ国際機関日本政府代表部の志野大使は「日本が中心となって設置できたことを誇りに思う。根拠のない差別を世界からなくすためにも、日本としても新たな特別報告者を最大限支援していきたい」と話しています。





by asyagi-df-2014 | 2017-06-24 12:34 | 人権・自由権 | Comments(0)

沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第70回

沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。


 今回の報告は、「その席でヒロジさんは意外な話を切り出した。『僕は拘置所でもたくさんの本を読みなおしたりして、ますます宮古・石垣の自衛隊配備の問題、これは大変なことになるんじゃないかと危惧している。辺野古の現場に行けないという制約が付けられた。それならこのチャンスに先島に行きたい』」、から始まる物語。


(1)すでに宮古島と石垣島の上映は終わっていた。でも、4月末には石垣市民会館での自主上映がある。その時に軍事ジャーナリストの小西誠さんも石垣、宮古と回るので私も行くつもりだと伝えると、「よし、一泊二日なら裁判所も許可するのでそれで行こう」と即決。二泊以上だと逃亡の恐れありということで裁判所から認められないそうだ。
(2)早速その場で石垣島の山里節子さんに電話。彼女は素っ頓狂な声を上げて、電話口で泣きながら喜んでいた。節子さんはヒロジさんが勾留中に名護署の下でマイクを握って応援演説したり、辺野古座り込みの現場で「ヒロジさんの解放を求めるとぅばらーま」を歌ったことは、このコラムの第65回でも紹介した通りだ。今回の動画でも、最後に本人を前にしてその「綱解きとぅばらーま」を歌うシーンがあるのでぜひ最後まで見てほしい。
(3)そうして、一泊二日で石垣と宮古を回るヒロジさんとの旅が決行された。今回はその石垣編を編集したのだが『標的の島 風かたか』をご覧いただいた皆様には、あの映画の番外編としてお楽しみいただけると思う。ヒロジさんのほか、山里節子さん、小西誠さん、そして自衛隊建設予定地に近い於茂登地区の嶺井善さんなど、映画の重要人物が石垣で顔を合わせているからだ。そして今回の映像は、これまで私の映像作品でもあまりお伝えできていなかった、素のヒロジさんの姿が捉えられていると思う。彼が闘争の現場以外でどんな顔を見せる人なのか、私たちはよく知ってるけど、きっと全国の皆さんには意外な姿なのかもしれない。
(4)私は長いお付き合いなので、山城博治さんという県の職員が平和運動センターの中心人物になって、「ミスター・シュプレヒコール」と呼ばれ、現場になくてはならない存在として人気者になっていく過程を、15年ほどずっと面白く見つめてきた。しかし普段は腰の低い、気遣いの細やかな、公務員らしい常識人として過ごしているのも当然知っている。しかし私は反省すべきなのかもしれない。私が切り取って世に出してきた場面といえば、タオルを挟んで帽子をかぶり、機動隊相手に拳を上げて現場を指揮する雄々しい姿。怒りで激高、慟哭し、国と対峙する沖縄のリーダー像として迫力ある彼の姿ばかりを選びすぎたのかもしれない。
(5)沖縄バッシングが大きくなると同時に、「過激すぎる反対運動」とレッテルを貼りたい人たちが、ヒロジさんの人物像を捻じ曲げていく。過激派リーダー、テロ行為、県民も迷惑している云々。そのイメージ操作に利用されかねない場面を私たちが提供してきたとしたら、それは多大な迷惑をかけてしまっているとしか言いようがない。
(6)この2ケ月、実はあちこちでヒロジさんと一緒に移動したり、イベントに出たりしてきた。もちろん、私が全国公開の映画という形で世に示した山城博治像がファンを増やしただけではなく、実際に辺野古に足を運んだ人たちが彼を支持していることが根底にあるのだが、各地の熱狂的ともいえる人気ぶり、とくに5ヶ月の勾留を経て解放を待っていた人々の涙とハグの嵐に、ご本人も戸惑っていた。「三上さんの映画のせいで、こりゃ大変なことになってるなあ」。苦笑いもしながら、声援にこたえ、沖縄への連帯を呼びかけて精力的に県内外を行脚していた。
(7)そんな移動続きで疲れているであろう飛行機の中でも、シートベルト着用サインが消えるとニコニコと私の隣の席に移動してきて遠足のように楽しんでいる。本当は眠りたいのに気を遣ってくれているのか、根っから人なつっこいのか。現場から引き離されてしまったからこそ、穏やかでいたずらっぽくて笑顔を絶やさない元来のお人柄に改めて接する時間があって、「ああ、こういう面こそ伝えないといけないんだなあ」と痛感した。だからこそ、今回の石垣編の動画を見てほしいのだ。
(8)石垣島は、彼の思い入れの強い場所だった。八重山支庁に2、3年勤務していた時に待望の子宝を授かった、家族の思い出の地なのだそうだ。ヒロジさんが税金の徴収の仕事をしていた頃、まさに今自衛隊基地建設が予定されている於茂登岳のふもとの開墾地に入ったときの話を、空港で私に打ち明けてくれた。
 「そこには税金の話をしに行ったんだけれどもね、家畜小屋と家族の生活が一緒になっていて、どの農家もかなり苦しい様子が見てとれてね。話を聞くと沖縄本島から米軍に土地を奪われてきた人たちが、必死に土地にしがみついて踏ん張っていた。とても税金の話なんてできずに市街地に戻った。すると娘さんが追いかけてきてね、『あなたはもしかして税のことでいらっしゃったのでは。払わないというつもりではないんです』、と悲しそうに話されて、いえ大丈夫ですよと言った。胸が詰まる思いだった。あの地域の人たちが、また今度は自衛隊の基地で居づらくなるなんてことは、あってはならないよね」
 当時彼が訪ねた集落が、いま現在全員が自衛隊基地建設に反対している於茂登集落かどうかは記憶があいまいだそうだが、そのあたりに行ってみたいというので、元公民館長の嶺井さんの畑を訪ねた。お互いを映画で見ました、というぎこちないあいさつの後、二人の話が訥々と続き、心が通い合って行く様子がよく分かった。ヒロジさんも農家の生まれだからこそ、土地に向き合って生きる人々の肌合いがよくわかるのだろう。
⑨「安全保障について真剣に話し合うというならやる価値はある。でも推進派は、商店が儲かるとかそんな話ばかり。目の前の小銭のために、子孫に笑われ先人の方々に馬鹿にされるようなことはできない」。きっぱりとそう言う嶺井さん。同じ娘を持つ父親同士、那覇の大学に進学した娘さんの話になり、「寂しくなったでしょう」というヒロジさんに対して、嶺井さんは照れながらも「いつでも帰ってこられるよう、こちらはいい環境を残しておきたい」と話した。
 素朴な、ごく当たり前の父親の思い。農地を磨き上げてきた農民の、先祖から子孫へ渡す大切で確かな証。それがこの土地をこのままで守り抜くことなのだ。「国防」の名のもとに、かけがえのない暮らしが切断されるかもしれないという恐怖が、突如ここに舞い降りてきたことを私は呪う。
⑩長年手塩にかけて整備され、今はすっかり豊かな農地になった「自衛隊予定地」を前にして、ヒロジさんはこう言った。
 「僕が石垣にいた頃に市長だった大浜長照さんは、こんなことを言ってた。国家が国境の海に緊張をもたらしても、我々国境の島々は、緊張の海を平和の海にしなければ生きていけない。国はどうあれ、私たちの島は戦争のトゲは用意いたしません、限りなく友好を求めて平和を願うものです。我々のリーダーがそう発信すれば、それは対岸の国に届く。こちらが構えれば、あっちも構える。緊張の海を作り出してはいけない」
 だからこそ、今沖縄県のリーダーは、一大出撃基地になってしまう辺野古の新基地建設には反対をしている。県土を軍事要塞化されたらあとがない。そうであれば、辺野古だけではない。宮古島・石垣島のミサイル基地建設は国境の緊張を強いるもので、沖縄県としては友好と平和の観点からこれ以上の基地強化は望まないのだというメッセージを発し続けてほしい。ヒロジさんはそう語った。」
⑪翁長知事は目下、強権的に辺野古の基地建設を進めようとする国と真っ向から対立し、苦境を踏ん張っている。あれも反対これも反対では物事は進まないから、今のところ先島への新たな自衛隊配備について明確に反対はしていない。日米安保体制を支持してきた政治家であるし、自衛隊そのものに反対するはずもない。それはそれでいいとしても、沖縄県の理想、国境を抱える地域の立ち位置というものは、もっと多様に掲げてもいいと思う。


 最後に、三上さんはこう訴える。


 「国家対国家の論理の中で、外交上の不安材料というものは流動的に変化していくだろうが、その都度『威嚇のトゲ』を国境の島に設置されたら、島々はたまらない。我々島嶼県としては、限りなく平和を愛するものです。平和の海を維持するために最大限の努力を対岸の国の人々とともに重ねていきたいと望んでいます。そういうメッセージを発信し続けることは、既存のどのイデオロギーともぶつからず、また沖縄県民全体の理想と一致するものだと思う。」

 「すでに国防上の負担は応分以上に負っているし、普天間以外の基地についても今後も引き受けるスタンスだ。しかし、これ以上周辺国を唸らせるような要塞の島に変貌し、緊張を発信していくことは沖縄県の本意ではない。アジアの懸け橋になりたいと平和の海を駆け回った沖縄の先人たちの気概にこそ、我々沖縄県民は希望と理想の照準を合わせていきたいと願っているのです。そんなビジョンをことあるごとにリーダーが語り続けること、それを常に耳にすることは、わたしたち県民自身も陰謀論におびえない強さや誇りを獲得することに繋がる。ヒロジさんと訪ねた石垣島で、私は大切なヒントをもらった気がした。」


三上智恵監督・継続した取材を行うために製作協力金カンパのお願い

 皆さまのご支援により『標的の島 風かたか』を製作することが出来ました。三上智恵監督をはじめ製作者一同、心より御礼申し上げます。
 『標的の島 風かたか』の完成につき、エンドロール及びHPへの掲載での製作協力金カンパの募集は終了させていただきます。ただ、今後も沖縄・先島諸島の継続した取材を行うために、製作協力金については、引き続きご協力をお願いします。取材費確保のため、皆様のお力を貸してください。
 次回作については、すでに撮影を継続しつつ準備に入っています。引き続きみなさまからの応援を得ながら制作にあたり、今回と同様に次回作のエンドロールへの掲載などを行うようにしていきたいと考えております。しかし完成時期の目処につきましても詳細はまだ決まっておりませんので、お名前掲載の確約は今の時点では出来ないことをあらかじめご了承下さい。


■振込先
郵便振替口座:00190-4-673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

◎銀行からの振込の場合は、
銀行名:ゆうちょ銀行
金融機関コード:9900
店番 :019
預金種目:当座
店名:〇一九 店(ゼロイチキユウ店)
口座番号:0673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会




by asyagi-df-2014 | 2017-06-24 06:12 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄-辺野古- 高江-から-2017年6月23日

 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2017年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。


 2017年6月23日。
 沖縄は、72回目の「慰霊の日」を迎えた。
沖縄は、「沖縄のこころ」を、平和を編んでいく。
 石垣市立大本小学校とうるま市立宮森小学校の児童が平和学習交流会を開く。
兵士・住民目線で戦争記録を公開する。
 沖縄全戦没者追悼式で朗読した平和の詩『みるく世がやゆら』を刻んだ記念碑を、具志川アシビナーに建立。詩は『今の世は平和でしょうか』と問いかける。
 対馬丸の悲劇、生存者の84歳は「命ある限り語り継ぐ」。


 2017年6月23日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-沖縄、きょう慰霊の日 戦没者のみ霊を慰め、恒久平和願う-2017年6月23日 06:00


 沖縄は23日、「慰霊の日」を迎えた。20万人余の尊い命が失われた沖縄戦から72年がたった。糸満市摩文仁の平和祈念公園では午前11時50分から沖縄全戦没者追悼式が開かれ、戦没者のみ霊を慰め、世界の恒久平和を希求する。式には安倍晋三首相、関係閣僚、衆参両院議長らも参加する。

 追悼式では宮古高校3年の上原愛音(ねね)さん(17)が「平和の詩」に選ばれた「誓い~私たちのおばあに寄せて」を朗読する。翁長雄志知事は慰霊の日に合わせて「『命どぅ宝』という平和を願う沖縄のこころを世界に発信し、平和な未来を築いていく」との知事メッセージを出した。「平和の礎」には本年度の追加刻銘を含め24万1468人の名前が刻まれている。


(2)琉球新報-平和、地域の歴史から学びあう 大本小・宮森小-2017年6月23日 05:00


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「23日の慰霊の日を前に、石垣市立大本小学校とうるま市立宮森小学校の児童が20日、インターネットテレビ電話『スカイプ』を使い、平和学習交流会を開いた。両校とも初めての試みで『地域で起こったことを、多くの人に知ってもらいたい』との思いから、大本小が宮森小に提案して実現した。各地域の特徴的な歴史を相互に発表し合い、平和の尊さや命の大切さなどについて考えた。大本小は戦争マラリア、宮森小は米軍ジェット機墜落事故について発表した。発表前には『月桃』を合唱し、戦没者の冥福を祈った。」
②「うるま市立宮森小学校5年1組の約30人は、1959年6月30日に起こった『宮森小米軍ジェット機墜落事故』について発表した。担任の嘉陽哲子教諭は『記憶を風化させないためには、まず自分たちの中で再認識させることが大切。そうしないと他者への発信はできない』と、交流会の意義について説明した。児童は図書館にある資料や証言集などを読み込み、6グループに分かれて事故の被害状況や慰霊碑『仲よし地蔵』などについて、絵や紙芝居を使って説明した。」
③「兼本青空(そら)さん(11)は、大本小の発表を聞き『マラリアにかかったら、1週間で死んでしまうなんて怖かった』と感想を述べた。」
④「大本小学校の全児童9人は、八重山で多くの犠牲を出した『戦争マラリア』について発表した。低学年の児童4人は避難先でマラリアにかかり両親を失った体験を描いた紙芝居で、戦争マラリアの悲惨さを伝えた。高学年の5人は八重山平和祈念館で学習したマラリアの歴史や症状などを報告した。5年生の小林はなさん(10)は『ジェット機墜落を初めて知り、戦争の後にもこのようなことが起こったことに驚いたし、すごく残念だと感じた。八重山の戦争も、他の地域の人にも知ってほしい』と話した。」
⑤「漢那ひとみ校長は『お互いの地域の戦争体験を知る良い機会になった。戦争マラリアについての児童の理解も深まった』と交流授業の成果を語った。」


(3)琉球新報-沖縄から鉄道が消えた理由 慰霊の日に考える-2017年6月23日 06:00


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「沖縄戦で奪われたものは、住民の命だけではなかった。戦前から沖縄の人々の暮らしを支えてきた重要な公共交通だった県営の県軽便鉄道(ケービン)や「ちんちん電車」も空襲などで破壊された。それらは戦後の米施政権下でも復興されず、日本復帰後も鉄軌道が敷設されることなく沖縄の車社会が形成され、深刻な交通渋滞を引き起こしている。現在はかつての鉄道に代わって、県都那覇市に沖縄都市モノレールが敷かれて新たな県民の足として利用されている。戦後72年がたつ現在は那覇市に隣接する浦添市へのモノレール延伸が着々と進められている。さらには那覇と名護の沖縄本島を南北で結ぶ鉄軌道の検討も進む。」
 戦争で消えたレール 米軍は再建せず
②「沖縄県内の鉄道は明治時代から民間資本での建設が計画されてきたが、資金不足などで計画倒れになってきた。民間敷設が困難な中で県による敷設が模索され、1914年(大正3年)に機関車が走る県軽便鉄道(後に県鉄道)の那覇―与那原線が開通。民間会社の沖縄電気軌道による電車も同じ年に走り始めた。」
③「軽便鉄道の敷設は、国が地方の鉄道網整備を目的に法規制を緩和した軽便鉄道法を制定したことで実現に拍車がかかった。那覇―与那原線に次いで那覇―糸満、那覇―嘉手納も開通し、営業距離は47・8キロ。本来は『ケイベン』と読むが、県民には『ケービン』『ケービングヮー』の呼称で親しまれた。那覇―与那原間の運賃は2等で18銭。定期もあり、通勤、通学の足としても利用された。高めの価格設定ということで無賃乗車もあったという。高学年の生徒が乗ると優先して席に座ることになっていたと、学生だった住民は語っている。当時の与那原町は、沖縄本島のやんばるからの船が入港する一大物流拠点。通常は機関車に、3両ほどの客車のほか、後ろに貨車も接続され、物流網としても機能していた。」

④「それが沖縄戦に入ると軍事物資の輸送路として活用されることになる。通常列車の合間に兵員や軍事補給物資を輸送する臨時列車が走った。軍事物資を載せた車両が爆発し、犠牲者を出す事故も起こった。1944年10月10日の大空襲『10・10空襲』で那覇駅が焼失。唯一のコンクリート製の駅舎だった与那原駅も損壊した。嘉手納線は米軍の沖縄本島上陸を目前に控えた1945年3月23日ごろ、与那原、糸満線が28日ごろを最後に運行を停止した。」
⑤「15歳で沖縄戦を体験した具志堅貞子さん(86)=与那原町=は『毎週ケービン(軽便鉄道)に乗るのが一番の楽しみだった。那覇まで行って買い物をした。終戦後、ぼろぼろに崩れた与那原駅を見たときは何も言葉が出なかった』と小さな声で語った。」
⑥「戦後、沖縄を占領した米軍政府は、新たな輸送手段として鉄道復興を計画していた。
志喜屋孝信・沖縄民政府知事からの要請に対し、ウィリアム・H・クレイグ軍政府副長官が『沖縄本島の運輸機関の欠乏は深刻で、軍政府も鉄道再建に必要な資材を獲得する特別な努力を続けている』と建設へ前向きな姿勢を示していた。しかし米側が鉄道を再建することはなかった。」
 沖縄県民待望のモノレール ウチナータイムに影響も?
⑦「この沖縄に鉄軌道が〝復活〟するのは2003年の沖縄都市モノレール開通まで待たなければならない。那覇空港駅から首里城のある首里駅までを結ぶ沖縄都市モノレール(通称・ゆいレール)。かつての県軽便鉄道のように、沖縄県民の通勤・通学の足として活用されているほか、増加する観光客の利用もめざましい。2016年度の乗客数は、前年度比116万7086人増(7・22%増)の1732万3988人を記録、2003年の開業以来の過去最高を更新した。年間乗客数は7年連続で増えている。それに伴い2016年度決算では、売上高に当たる営業収益が過去最高となり、純損益は2億2053万円の黒字で開業以来で初めての単年度黒字となった。ゆいレールの定時運行が、時間のルーズさを表す『ウチナータイム』への影響を指摘する声も出るなど、県民生活に大きく影響を与えている。」
⑧「2014年10月には沖縄初のIC乗車券『OKICA(オキカ)』を導入した。SUICAなど全国的な交通系ICカードとは連携していない『独立系ICカード』だが、乗客の約4割が使用している。今後SUICAなどがゆいレールでも使える仕組みも検討されている。」
 それでも深刻な交通渋滞 新たな鉄軌道はできるか
⑨「戦後72年がたった現在、沖縄県内では南北を骨格軸とし、那覇―名護間を1時間で結ぶ鉄軌道の導入が検討されている。県が7つのルート案を提示していて、利用者数や事業費などから最終的に1ルートに絞って計画案としてまとめ、国に整備を求める予定だ。
鉄軌道導入により、県は①県土の均衡ある発展②県民や観光客の移動利便性向上③中南部都市圏の交通渋滞緩和④駐留軍用地跡地の活性化―などが図れると期待している。とりわけ交通渋滞は深刻で、平日の渋滞時の交通速度(混雑時旅行速度)の2012年度調査時に那覇市は時速16・9㌔で、全国県庁所在地の中で最も遅かった。」
⑩「県は計画案をまとめるまでの工程を5段階に分類していて、現在、4段階目まで進めている。導入に当たり、初期費用が多額に上ることから、県は全国の新幹線で採用された公設民営による『上下分離方式』での事業着手を内閣府や国土交通省などに要望している。県は当初、2016年度中に計画案をまとめて国に提出する予定だったが、事業費などの比較に時間がかかり、ルートの絞り込みも含めていまだ決定しきれていない。」


(4)琉球新報-兵士・住民目線で戦争記録 伊佐さん、祖父の雑記帳公開へ-2017年6月23日 06:30


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「幸地さんは1907年に生まれた。雑記帳は、2度目となった38年の中国出征の記述から始まり、『上海陥落』『首を斬つて』『涙』といった言葉が断片的に書き付けられている。39年に帰還。第32軍が沖縄に配備された後は、南風原村新川で供出係を務めた。雑記帳には『豚供出割当』『山羊(やぎ)九三羽』などの文字が、個人名と共に記されている。」
②「45年3月23日、米軍の沖縄本島上陸を前に『戦争其(そ)ノ日ヨリ毎日戦戦デス』の記述。さらに『四月一日ヨリハ毎日防空ゴ生活になりました』(4月4日)、『朝カラバクダンニオイマワサレテ』(5月6日)と続く。」
③「幸地さんの三男、賢造さん(81)=西原町=によると、5月上旬に新川の自宅を出た。山道を歩き、中旬には現在の糸満市に到着。一家は幸地さんを含め8人だった。長女の伊佐良子さん(89)=那覇市=は『父は手帳と鉛筆を胸ポケットに入れて、避難先で時間ができると書いていた』と振り返る。」
④「最後の記述は6月4日。『我等(ら)と共命がけ話し さあ此(こ)れからだ 運命』。その9日後の6月13日、幸地さんは米軍の爆撃で亡くなった。一家で唯一の犠牲者だった。」
⑤「生前、幸地さんは良子さんに対し『自分の形見だから、あなたが持っておきなさい』と雑記帳を手渡していた。あれから72年。雑記帳はカバーと共に3分の2ほどが消失し、現在60ページが残っている。記述を全てパソコンで打ち直した伊佐さんは『戦争中は書くこと自体が大変だった。公開する意味があると思う』と話す。沖縄国際大学の吉浜忍教授(沖縄近現代史)も『軍と住民の関係が分かり、住民の記録として非常に価値がある』と評価した。」(真崎裕史)


(5)沖縄タイムス-「今の世は平和でしょうか」 2年前の沖縄慰霊の日で朗読された詩 石碑に刻む10代の問い-2017年6月22日 20:00


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「沖縄県うるま市具志川区は、戦後70年の2015年に同区出身の知念捷(まさる)さん(19)が沖縄全戦没者追悼式で朗読した平和の詩『みるく世がやゆら』を刻んだ記念碑を、具志川アシビナーに建立した。詩は『今の世は平和でしょうか』と問い、戦争の惨めさを詠む。25日の式典で2年ぶりに詩を朗読する知念さんは『慰霊塔とともに具志川から静かに平和を訴える礎になってほしい』と願う。」(中部報道部・大城志織)
②「県平和祈念資料館によると、平和の詩を刻銘した碑は県内で初めて。碑の建立は、老朽化した区の慰霊塔の改修とともに、1年前の区民総会で全会一致で決定。戦争で夫を失った祖父の姉をつづった詩に感銘を受けた区民から建立の提案が相次いだという。元うるま市長で碑建立実行委員長の知念恒男さん(76)は『平和を希求する県民の思いがこもった素晴らしい詩だ。戦争の惨禍を忘れることなく、慰霊塔と碑を大切にしていきたい』と語る。」
③「当時、与勝高校3年生だった知念さんは現在、東京の大学に通う。『慰霊塔に刻まれている名前の奥には、具志川で生活を営み、喜怒哀楽を経験したであろう方々のそれぞれの物語がある。詩を通して少しでもその物語を感じてもらえればうれしい』と期待した。」
④「慰霊塔は1947年に具志川グスクに建てられ、57年に現在の場所に移転した。今回、追加刻銘した102人と合わせ、沖縄戦などで犠牲になった具志川出身者271人の名が刻まれている。知念さんの祖父の姉の夫、故義雄さんも刻銘されている。慰霊塔の改修と碑建立の費用は約1千万円で、ハワイとブラジルの字具志川同志会からの支援金約100万円や、区出身者の寄付金などを充てた。」
⑤「同区は25日午後3時から、具志川アシビナーで記念式典と慰霊祭を開く。問い合わせは具志川公民館、電話098(973)3407。」


(6)沖縄タイムス-忘れたかった対馬丸の悲劇、でも今は… 生存者の84歳「命ある限り語り継ぐ」-2017年6月23日 05:19


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「1944年8月22日の夜、米軍潜水艦の魚雷を受けて沈没した『対馬丸』。生存者の久高将吉さん(84)=沖縄県南城市つきしろ区=は『事件が風化しないうちに戦争を知らない世代に話しておきたい』と体験を語り継ぐ活動を始めた。11日につきしろ公民館であった平和講演会では区内外の約70人の聴衆を前に、初めて自身の体験を語った。」
②「当時11歳の久高さんは疎開のため、父、母、兄の一家4人で宮崎に向かう途中で事件に遭遇した。魚雷が命中した船が沈みゆく中、父母と一緒にいかだにしがみついた。兄も隣のいかだにつかまっており『全員大丈夫だ』と思った。夜が明けると、そこら中にあったいかだは周囲に一つもなく、兄も行方知れずとなった。3人は飢えや喉の渇きに苦しみながら6日間漂流。『水が飲みたくて、水がめが浮いている幻覚を何度も見た』。台風にも遭遇し、10メートルを超える高波にもまれ、必死でいかだのロープを握りしめて耐え抜いた。一家は警戒中の日本軍の爆撃機に発見され、対馬丸沈没から6日後の28日に救助された。」
③「戦後、兄は奄美大島の宇検村に遺体で流れ着き、他の犠牲者と一緒に埋められたことを知った。『一緒のいかだに乗せていれば』。父は幾度となくつぶやいた。他の遺族と共に、父は奄美に渡り遺骨を収集、糸満市米須の魂魄(こんぱく)の塔に納めた。」
④「久高さんは毎年8月22日に那覇市若狭の小桜の塔で開かれる慰霊祭に参加した後、魂魄の塔に行き手を合わせる。しかし、生存者も高齢化し、慰霊祭に参加するのは4、5人までに減ったという。『今までは対馬丸のことは忘れたいと思っていた』という久高さん。体験者が減っていく現実の中で、自身が語り部として次世代に伝えていかなければと思うようになった。『戦後72年がたち、喉元過ぎれば熱さを忘れる。戦争を知らない世代に悲惨な体験を伝えないと、戦前のような国に戻るのではと心配だ』」
⑤「久高さんと親交の深い、つきしろ自治会の新城辰夫自治会長(77)は『今の基地問題につながる原点は沖縄戦にある。体験者の話を聞くことで平和の尊さをつなぐことができる』と語った。」
⑥「久高さんは「戦争は二度とあってはいけない。命ある限り、この体験を語り継いでいきたい」と力強く誓った。」


(7)琉球新報-島包む祈り 世界平和 誓う-2017年6月23日 12:30


琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「沖縄は23日、沖縄戦の組織的戦闘の終結から72年となる『慰霊の日』を迎えた。沖縄戦で犠牲になった20万人余のみ霊を慰め、世界の恒久平和を誓う『沖縄全戦没者追悼式』(県、県議会主催)が23日午前11時50分から、最後の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園で開催された。」
②「平和祈念公園には早朝から多くの遺族らが訪れ、2017年度に新たに追加刻銘された54人を含む24万1468人の名前が刻まれた『平和の礎』に手を合わせた。県内各地で慰霊祭が開かれ、沖縄は鎮魂の祈りに包まれている。」
③「追悼式には安倍晋三首相をはじめ、関係4閣僚、衆参両院議長らが参列した。参列者らは正午の時報に合わせて黙とうした。追悼式で翁長雄志知事は平和宣言を読み上げ、米軍専用施設面積の70%が集中する不条理な現実を訴え、日米地位協定の抜本的な見直しや米軍基地整理縮小による過重な基地負担軽減を求めた。12日に他界した大田昌秀元知事が平和の礎を建立したことに触れ、平和の尊さを次世代に受け継ぐ決意を語った。」
④「平和宣言の後、県立宮古高校3年の上原愛音さん(17)が平和の詩『誓い~私達の


おばあに寄せて」を朗読した。県遺族会が主催する平和祈願慰霊大行進は午前9時に糸満市役所を出発し、追悼式に合流した。」


(8)琉球新報-鎮魂の祈りに包まれ 戦後72年の慰霊の日-2017年6月23日 08:09


 琉球新報派、「沖縄は23日、沖縄戦の組織的戦闘の終結から72年となる『慰霊の日』」を迎えた。沖縄戦で犠牲になった20万人余のみ霊を慰め、世界の恒久平和を誓う『沖縄全戦没者追悼式』(県、県議会主催)が23日午前11時50分から、最後の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園で開催される。」、と報じた。
 また、「平和祈念公園や魂魄の塔などには早朝から多くの遺族らが訪れた。2017年度に追加刻銘された人々を含む24万1468人の名前が刻まれた『平和の礎』には早朝から遺族らが次々と訪れ、石版に刻まれた亡き肉親らの名前に向かって手を合わせた。沖縄は鎮魂の祈りに包まれている。」、と報じた。


(9)沖縄タイムス-戦後72年の「慰霊の日」 沖縄戦20万人超の犠牲者悼む-2017年6月23日 12:27


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「戦後72年の「慰霊の日」を迎えた23日、県内では沖縄戦で亡くなった20万人を超える犠牲者を追悼し、恒久平和を希求する祈りに包まれた。」
②「糸満市摩文仁の平和祈念公園内にある「平和の礎」や、同市米須の「魂魄(こんぱく)の塔」などには、朝早くから多くの戦争体験者や遺族らが訪れ、亡き肉親や友人らの魂を慰めた。子や孫らと一緒に線香や花を手向け、祈りをささげる姿もみられた。」
③「同公園では、午前11時50分から、沖縄全戦没者追悼式(主催・県、県議会)が執り行われた。安倍晋三首相や衆参両院議長のほか外務、防衛、厚生労働、沖縄担当の関係閣僚らが出席。正午の時報に合わせて黙とうした。」
④「沖縄には戦後72年たっても、全国の米軍専用施設の約70%が集中し、県民生活や経済活動に影響を及ぼしている。過重な基地負担に抗議し、平穏な暮らしを求める県民の思いに反し、昨年は米軍関係者による凶悪事件や、米軍普天間飛行場所属MV22オスプレイの名護市安部海岸での墜落事故が発生。県民が負担軽減を実感することのないままに、名護市辺野古では県民の民意を顧みず、政府による新基地建設が強行されている。」
⑤「沖縄戦では一般県民約9万4千人と、日米軍人・軍属などを合わせて20万人余が亡くなった。敵味方を問わず、沖縄戦の戦没者らの名を刻む平和の礎には、今年新たに54人(県内31人、県外8人、海外15人)が加わり、計24万1468人が刻銘されている。」




by asyagi-df-2014 | 2017-06-23 17:22 | 沖縄から | Comments(0)

安倍晋三政権による沖縄への「印象操作」。

 琉球新報は2017年6月12日、「名護市辺野古の新基地建設で翁長雄志知事が国を相手に工事の差し止め訴訟を起こす方針を表明したことに関連して政府側からは、2016年12月の県敗訴の最高裁判決などを引き合いに、翁長知事が判決に従っていないという印象を与える発言が出ている。」、と伝える。
 このことについて、琉球新報は、次のように図式してみせる。


((琉球新報2017年6月12日)
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 問題の起こりは、またもや管官房長官の会見である。琉球新報が次のように伝える。


 「菅義偉官房長官は8日の会見で、辺野古埋め立て承認取り消しを巡る最高裁判決が出た違法確認訴訟より前の代執行訴訟における和解を持ち出した。『知事も裁判の過程で行政の長として裁判所の判断には従うと明言してきた。和解条項でも、判決の主文およびその理由の趣旨に従って互いに協力して誠実に対応するという合意があるにもかかわらず、翁長知事はこういう行動に出て極めて残念』と強調してみせた。
 菅官房長官が和解条項を持ち出すのは今回が初めてではない。翁長知事が辺野古埋め立て工事を止める姿勢を示すたびに持ち出し、知事が和解で定めた内容に従わず約束違反しているとの印象を繰り返し発信してきた。」


 この会見について、琉球新報は、「菅官房長官の発言はあえて訴訟の違いには触れず、別の訴訟で交わした和解内容を順守していないという点を現在においても強調している。」、と批判するのである。
 つまり、意図的な「印象操作」をまたぞろ行っているのである。
上記の図を見れば、管官房長官の悪意のある意図は明白である。
 あくまで、「辺野古代執行和解条項」では、「是正の指示の取り消し訴訟判決確定後は、直ちに、同判決に従い」と規定されているだけである。
だから、琉球新報はこの「悪意」について、「一般的に和解内容はその中で合意した内容に拘束される」と指摘し、「和解条項の中で個別の判決を示す訴訟名には触れずに、判決に従う義務の部分を引用して、知事に履行を迫る形になっている」、と批判する。
 もっと辺野古の現場で起こっている実情に即して言えば、「官房長官のコメントはずいぶん拡大的な解釈をしているようだ。(辺野古の工事の)物事を一切従えという口ぶりだ」、と切ってみせる。
琉球新報は、この問題について、次のように結論づける。


 「県弁護団の松永和宏弁護士は、今回の提訴が漁業権の有無に伴う岩礁破砕許可の確認であると強調した。『那覇空港もそうだが、公有水面埋め立て承認を得て、岩礁破砕の許可申請をして許可している。日本は法治国家で当然法律は守らなければならないという話。もう和解とは何の関係もない。(菅官房長官の指摘は)全く非論理的な話だ』と批判した。」


 さて、安倍晋三政権の沖縄への「印象操作」という政治手腕を問う上で、2017年6月12日の沖縄タイムスの平安名純代・米国特約記者の次の記事を取りあげる必要がある。
 実は今、何が事実であるかという意味で。


 「米海軍安全センターがまとめた事故評価報告書で、米海兵隊航空機の2017米会計年度(16年10月~17年6月6日時点)の10万飛行時間当たりの重大(クラスA)事故率が過去10年間で最高の4・51件に達していることが分かった。発生件数は7件で、昨年12月に沖縄県名護市安部の沿岸で垂直離着陸型輸送機MV22オスプレイが大破した事故も含まれている。機種別にみると、オスプレイ1件のほか、最も多かったのが戦闘攻撃機FA18で3件、次いで大型輸送ヘリコプターCH53が2件、ステルス戦闘機FA35の1件となっている。」


 果たして、この記事の前で、日本国の為政者は底の見える「印象操作」を行うことが本当の意味でできるのかということである。
 こういった「印象操作」は、相次ぐ米軍機の緊急着陸が続く沖縄の危険な現実を前にして、決して沖縄の人々の命を守る施策には繋がらないことは、確かである。




by asyagi-df-2014 | 2017-06-23 06:06 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

沖縄-辺野古- 高江-から-2017年6月22日

 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2017年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。


 「米軍機による日本軍の輸送船への攻撃で亡くなった朝鮮人を含む軍属ら14人が本部町健堅に埋葬された」ことを受けて、「沖縄戦遺骨収集ボランティア『ガマフヤー』、韓国で強制連行被害の補償を求める市民団体、本部町の関係者らが21日、埋葬地を視察した。」、と琉球新報は報じる。
 こうした日韓合同による埋葬地調査が行われることは、新しい地平を気づくことに繋がる。


 2017年6月22日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-本部の埋葬地調査へ 空襲の朝鮮人犠牲者 日韓団体が共同で-2017年6月22日 08:30


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「米軍機による日本軍の輸送船への攻撃で亡くなった朝鮮人を含む軍属ら14人が本部町健堅に埋葬されたことを報じた本紙報道を受け、沖縄戦遺骨収集ボランティア『ガマフヤー』、韓国で強制連行被害の補償を求める市民団体、本部町の関係者らが21日、埋葬地を視察した。『ガマフヤー』の具志堅隆松代表は埋葬地の遺骨を『日韓友好事業』として、韓国側や地元の有志らと共同で調査する方針を示した。土地所有者の親族で山梨学院大名誉教授の我部政男さんによると、所有者も遺骨調査に協力する意向を示しており、日韓の団体は近く調査に向けて具体的な協議を始める。」
②「北海道幌加内町朱鞠内で1997年、戦時中に朝鮮半島から強制連行され、ダム建設や道路工事などで命を落とした犠牲者の遺骨を日韓友好事業で掘り出そうと、若者らが中心となって実施した事例がある。このケースを参考に、日韓の若者や支援団体、地元の関係者らが協力して収集を進める。」
③「具志堅さんは『亡くなった方の遺骨をどうにかして返してあげたい。仮に遺骨が見つからなかったとしても、亡くなった方に近づこうとすることが大事だ』と強調した。その上で『北海道で日韓が協力した実績を参考に、遺骨収集を通して平和な未来がつくっていければと思う』と日韓共同調査の意義を語った。」
④「視察には約20人が参加し、周辺住民などが埋葬時の土地の状況などを語った。住民らによると、埋葬された土地は当時、我部さんの父・我部政良さんが畑として使っていた土地で、当時よりも約2メートル盛り土されているという。」
⑤「韓国から来沖した李熙子(イヒジャ)さん(74)は埋葬された土地で『長い間お待たせしました』と語り、韓国から持ってきたお酒をささげて亡くなった人たちの冥福を祈った。李さんは『報道で明らかになるまで、公となってなかったことに心が痛む。(本部町の)地元の方々に感謝しつつ、遺骨を返すために取り組んでいきたい』と語った。」
⑥「日本軍の輸送船『彦山丸』は1945年1月22日、米軍からの銃撃や爆弾投下を受けた。」


(2)琉球新報-戦没者DNA鑑定募る 集団申請へきょう集会-2017年6月22日 07:30


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」の具志堅隆松代表らが21日、県庁で記者会見し、22日に浦添市社会福祉センターで開く『戦没者遺骨を家族の元へ6・22沖縄集会』への参加を呼び掛けた。戦没者遺骨のDNA鑑定を厚生労働省へ求める集団申請に向け、ガマフヤーは希望者の名簿をまとめ、7月上旬にも厚労省へDNA鑑定を申請する予定だ。」
②「厚労省は従来、DNA鑑定で、戦死場所を記した日本軍の部隊記録などを基に軍人・軍属の遺族だけに戦没者遺骨のDNA鑑定の希望者を募ってきたが、民間人にも対象を広げ、7月にも鑑定希望者を募る。これを受け、ガマフヤーは軍民や国籍などを問わずに幅広く希望者を募ってDNA鑑定を申請する。」
③「具志堅代表は会見で『国が遺族を選定するのではなく、希望する遺族全てを対象にしてほしい。高齢化した遺族に対し、(鑑定対象の条件に)高いハードルを設けるのはやめてほしい』と強調し、広く集会への参加を呼び掛けた。」
④「会見には韓国から来沖した太平洋戦争被害者補償推進協議会の李熙子(イヒジャ)共同代表や金英丸(キムヨンファン)対外協力チーム長、張完翼(チャンワニク)弁護士も同席し、朝鮮人戦没者の遺骨もDNA鑑定を求める考えを強調した。集会は午後2時から。当日、集団申請への参加者を受け付ける。問い合わせはガマフヤー(電話)090(3796)3132。」


(3)沖縄タイムス-高江ヘリパッド使用めど立たず “完成”から半年 米軍「まだ作業必要」-2017年6月22日 09:14


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「米軍北部訓練場の一部返還を条件に、東村高江周辺に建設した四つの新たなヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)の米軍の使用開始時期の見通しが立っていないことが分かった。在沖米海兵隊が21日、本紙の取材に回答した。米軍は『使用開始に先立ち、着陸帯を含む訓練場の安全性を確実にする厳格なプロセスを経る』と回答。『この作業が完了した後、使用を開始する』として、安全に訓練ができる環境が整うことが条件との認識を示した。」(政経部・大野亨恭)
②「四つのヘリパッドを巡り、日米両政府は昨年12月21日に米側への提供で合意した。しかし、その後、大雨でヘリパッドの一部が崩落。また、G地区と東海岸に流れる宇嘉川を結ぶ歩行ルートは未完成の状態だ。工事再開はノグチゲラの営巣期間が明ける7月1日以降となり、全ての完成は8月以降になる見通し。」 
③「ヘリパッド建設を巡っては、昨年7月、政府が『年内完成』を目指し、市民の反対などで2年近く止まっていた工事を再開。抗議の市民を排除するため県外から800人規模の機動隊を動員し、資材搬入に自衛隊機を導入するなど工事を強行した。しかし、施設提供から半年以上たっても米軍の使用条件が整っていないことが明らかになったことで、政府が負担軽減をアピールするために『年内完成』を急いだ姿勢が浮き彫りになった形だ。」


(4)琉球新報-梅雨明け後の炎天下、200人抗議 辺野古新基地-2017年6月22日 11:50


 琉球新報は、「米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設を巡る新基地建設で22日、工事に反対する約200人が米軍キャンプ・シュワブのゲート前に集まり『子の未来守るため行動しよう』『新しい基地はいらない』と抗議の声を上げた。梅雨明けした強い日差しの中、日傘を差したり帽子をかぶったりして『勝つまであきらめないぞ』とシュプレヒコールを繰り返した。午前11時現在で工事車両の搬入はない。」、と報じた。
 また、「米軍キャンプ・シュワブ沿岸の『K9護岸』工事現場では、粉じんを巻き上げながら砕石を海に投下する作業が続けられた。抗議船の船長らは『洗ってない石を海に投下するのはやめろ』と抗議した。カヌー11艇、抗議船2隻で抗議行動した。うち8艇9人はフロートを越え、一時海上保安庁に拘束された。」、と報じた。


(5)沖縄タイムス-「新基地は造らせない」 平和祈願祭で初言及 稲嶺名護市長-2017年6月22日 15:00


 沖縄タイムスは、「】名護市久志地域の平和祈願祭が21日、辺野古新基地建設工事が進む大浦湾に面した市瀬嵩で開かれ、新基地への不安の声が相次いだ。稲嶺進市長は戦没者に対し、『皆さまが愛した古里はいまだ新基地建設問題に揺れている。私はこの地に決して新たな基地を造らせないことをあらためて誓う』と語り掛けた。稲嶺市長が平和祈願祭で新基地反対に触れるのは初めて。『目の前で戦没者が願った平和に反する工事が始まった。ことしは触れざるを得なかった』と語った。式のさなか、オスプレイの騒音も響いた。」、と報じた。
 また、「市議会の屋比久稔議長は『ここ数年の日本の動きは戦前回帰が危惧される』、遺族会代表の城間正昭さん(72)は『基地が平和を脅かしている。軍隊こそが平和を阻害する要因だ』。生徒代表の古波蔵旺我(おうが)さん(久辺中3年)も『米軍基地によって私たちの生活が危険にさらされている』と訴えた。」、と報じた。


(6)沖縄タイムス-不発弾、沖縄で年間612件処理 前年比31件増 旧石垣空港跡で多数発見-2017年6月22日 10:39


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「沖縄県内の2016年度の不発弾処理実績は612件、重さで27トンとなり、前年度より31件(5・3%増)、重さで6トン(28・6%増)上回ったことが21日、分かった。石垣空港跡地に新しい県立八重山病院を建設する計画に伴い、72発、約3・6トンの不発弾を処理しており、全体量を押し上げる一因となった。」
②「県によると、旧石垣空港は戦時中に旧日本軍の飛行場として利用されたことから、不発弾の多い地域。新病院は旧石垣空港の滑走路に当たる部分に建設予定で、敷地面積約4万平方メートルで県が「広域探査発掘加速事業」を実施している。建設予定地以外に範囲を広げればさらに不発弾が見つかる可能性もある。」
③「その他、沖縄戦の激戦地だった糸満市や八重瀬町など本島南部地域でも『広域探査事業』を実施。385発、約5・7トンの不発弾を処理した。」
④「16年度に処理した不発弾の内訳は、民間工事などで見つかった『発見弾』が605件、17・4トンと件数全体の99%を占める。『広域探査事業』や、主に個人住宅や民間施設が対象の『住宅等開発磁気探査支援事業』など。国の交付金事業で見つかった『埋没弾』は7件、9・6トンだった。」
⑤「県は16年度の不発弾等処理対策経費として『広域探査事業』で14億4600万円、『住宅探査事業』で6億3100円など、全体で23億1800万円を支出した。事業費の9割は国からの交付金を受けた。」
⑥「17年度の計画では『広域探査事業』を石垣市、糸満市など6市町村の47万2000平方メートル、『市町村支援事業』を那覇市など12市町村で実施する。事業費は全体で31億1100万円を見込む。」
⑦「協議会では、密閉した鋼製の容器内で不発弾の信管を処理することで、発見から処理までを迅速化する『耐爆容器』の導入を検討しており、安全性を検証するワーキングチームを設置したと報告があった。」





by asyagi-df-2014 | 2017-06-22 18:11 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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