カテゴリ:本等からのもの( 75 )

本からのもの-「逃げられないのになぜ再稼働なのか!」


著書名;DAYS JYAPAN 2015年12月号 逃げられないのになぜ再稼働なのか!
著作者;話/阿部悦子 草薙順一 写真/広河隆一 まとめ/丸井春 
出版社;DAYS JYAPAN 


 見開きの伊方原発の俯瞰図と「県指定の災害危険箇所418 佐田岬半島危険地図」が、見る者を圧倒する。
 不安から、思わず周りを見回す。
 これで、本当に、再稼働なのかと。

 

 三つの指摘を挙げる。

(1)伊方町の原子力災害時避難行動計画では、原発から5キロ圏外の住民は、原発の状況がA~Dの4段階のうち、3段階目のCレベル「全面緊急事態段階」になっても、基本的には「屋内待機の指示を実施する」と書かれている。伊方原発をとめる会の草薙順一事務局長は「自宅待避をさせた後、放射能が充満する場所に誰が助けに来られるんですか?買い物にも行けない、助けも来ない、ライフラインも使えるかどうかも分からない。『屋内退避じゃなくて、これは屋内安楽死だよ』と言う人たちもいます。」と話す。
 さらに同計画には、住民への事故の周知に際して、Cレベルまでは、「現在のところ、環境の放射能の影響はありません」とアナウンスし、最悪段階の「運用上の介入レベル事象」になってはじめて「避難の際にはマスクの着用や、ハンカチなどで口を覆うなどしてください」というアナウンスを入れることが明記されている。
 これが福島原発事故を経験した日本の安倍首相が「合理的」だと「評価」した避難計画なのだ。

(2)「河田恵昭さんという、国の中央防災会議・南海トラフ巨大地震対策検討ワ-キンググル-プの主査を務めた関西大学の教授が、南海トラフ地震が来たら、四国は全部の火力発電所が津波で被災し、5ヶ月以上停電するという論文を出しています。5ヶ月停電したらどうなるか。非常用外部電源の燃料は10日分しか備蓄がありません。外部電源喪失が原因でメトルダウンした福島の二の舞が伊方原発で起こります。浄水場のポンプも電気を使いますから水も来ない。愛媛県は、南海トラフ巨大地震が起きたときの断水などによる水の被害人口を、約140万人の県民のうち地震直後で110万人、1ヶ月後でも40万人と想定しています。断水などによる避難者は5ヶ月停電を考慮せずに約56万人です。 県は、このような地震時の想定シュミレ-ションを出しながら、他方で避難計画も曖昧なままに原発の再稼働を容認しているのだ。

(3)11月2日付けのの愛媛新聞によると、中村愛媛県知事は当初より「再稼働の是非の最終判断は、防災訓練とリンクしない、と強調」し続けてきたという。再稼働を容認した26日にも「訓練は未来永劫続けるので、(再稼働とは)切り離して考えた」と発言している。

 この記事は、最後にこう結ぶ。


 草薙さんは言う。
 「万が一を許さないこと。それが一番大事なんじゃないですか?」この原発を、絶対に動かしてはいけない。

 あらためて、最初の草薙さんの言葉に戻らせる。


「事故が起きた後だけが大変なのではなくて、原発を再稼働させるということは、人々を不安の奴隷にするということですよ」


by asyagi-df-2014 | 2015-11-23 17:22 | 本等からのもの | Comments(0)

本からのもの-「ヘイトスピ-チ」を考える

著書名;「ヘイトスピ-チ」を考える
著作者;中村 一成
出版社;在日総合誌 抗路


 「暴力悪いんは分かってる。でもうちのムラで奈良みたいなんが起きたら、懲役行く覚悟だけはしといてくれ」 
中村一成(以下、中村とする)さんの文は、このように始まる。
 この「覚悟」という言葉の持つ意味は、ヘイトスピーチ(以下、HSとする)をどのように理解するのかということを頭の中だけに終わらせ、居心地のいい場所に安住するのではなく,HSを自分の存在と対峙させる必要がある、ということを説くものである。
 このことについて、中村は、次のように指摘する。


 「在特会レベルの政治家が主流の立法府では、人種的差別撤廃のための基本法すら成立の目途は断たず(二〇一五年七月七日現在)、レイシストたちは今も警察に守られながら差別を楽しむ。その状況で『暴力はいけない』と語るなど、日々尊厳を踏みにじられる当事者にとっては無意味などころか更なる暴力に等しい。マジョリティだから言える常識『暴力はいけない』で、マイノリティから『最低の手段』を奪おうというのか?そもそも人間を人間以下に貶めるHSこそ看過できない暴力だ。それが『犯罪』とされず、尊厳を踏みにじられ者の抵抗手段が場合によっては『犯罪』となってしまう。その現状こそが問われるべきではないか。」


この上で、中村は、「必要なのは、『暴力はいけない』ではない。『被害者が暴力を振るわなくて済む』社会のありようへの展望である。」、とHSを考えるための方向を示す。

上記のナラとは、「二〇一一年一月、『在日特権を許さない市民の会』の副会長(当時)が、水平社博物館(奈良市)で開催中だった特別展『コリアと日本-『韓国併合から100年』へ抗議に押し掛け、『従軍慰安婦』問題を否定し、『出てこい、ドエッタ』『非人』などと一時間に亘って凱旋した事件」、のことを指す。


 中村は、HSの害悪について、次のように指摘する。


(1)「即自的暴力性」の問題。
 属性に切り付ける罵詈雑言は、個人を特定していなくとも(しないがゆえに)同じ属性を持つ者たちの内面を言葉のナイフで切り裂く。人間性を否定し、劣った存在とする罵詈雑言は、攻撃対象となった者の「自尊」を根こそぎにしようとする。言い換えればHSは、「私は私でいい」「この世界は生きるに値する有意義な場である」「むやみに傷つけられない」といった、人間が社会で健やかに生きていくうえで不可欠の前提-それは「円満な国民様≒マジョリティ」の多くが自問することもない前提だ-を破壊してしまう。
(2)「社会的不平等」の固定、強化の問題。
 サイバ-スペ-スから飛び出したヘイトデモで日々、まき散らされている罵詈雑言の共通項は、攻撃対象を同じ人間と見なさない、人間以下の存在に貶める、ということだ。
 数他の虐殺への道を開いた「表現」は、「朝鮮人を保健所で殺処分しろ」「新大久保を更地にしてガス室をつくり、朝鮮人を皆殺しにしろ」などと叫ぶ日本のレイシストたちにも受け継がれている。在日朝鮮人を「殺してもいい存在」として貶めるこれらHSは、彼らの生を取り巻く「国民様」とのさまざまな権利格差-国籍を理由にした差別-たとえば「四、五世になっても地方参政権すらない」「今もすくなからぬ在日高齢者、障害者は無年金のまま」「在日外国人への生活保護は権利ではない『恩恵』である」など、人権上はもちろん、何よりも歴史的責任を踏まえて解決されるべき「悪」を「当然視」する空気を蔓延させる。
(3)「より激しい暴力の誘発」の問題。
 在特会発足から少なくとも八年が経過した。この間、路上のヘイトでもが黙認された結果、二〇一四年一月以降、実際に「在日朝鮮人」を対象にしたヘイトクライム事件が頻発している。
 米国社会学の蓄積が示すように、特定の属性を持つ集団への差別や憎悪は、噂や冗談など、「先入観による行為」から誹謗中傷や意図的な差別表現など「偏見による行為」へと進み、就職や入居差別といった「差別行為」に到る。それはやがて現行刑法にも抵触する「暴力」へと至り、最悪の場合、「ジェノサイド」に突き進む。これが「ヘイト暴力のピラミッド」である。


 中村は、日本という国は、適切なHSの対応を間違ったために、HSは現在では、「より激しい暴力の誘発」の段階に達しており、この状況は、最悪の場合、「ジェノサイド」に突き進む、と警告するのである。

 また、中村は、HS問題の対処を巡って、慎重、反対意見を述べる人たちには、「『私たちの市民的自由のためにあなたたちは侮辱され、人間性を否定されるのを我慢してください』と言っているに等しいということをどれだけ認識しているのか。」、と逆に、投げかける。

 「得てしてマジョリティにとっては「不快」「醜悪」に留まるHSだが、属性を切り付けられるマイノリティ当事者にとってそれは、存在自体を根こそぎにする暴力である。HS問題への対処を巡り、「表現の自由」が脅かされるなどとして法規制に慎重、反対意見を述べる憲法学者や弁護士らの発言が得てして軽薄に聞こえるのは、これらHSの被害を巡る、当事者と非当事者の非対称性への想像力を欠いているからである。『私たちの市民的自由のためにあなたたちは侮辱され、人間性を否定されるのを我慢してください』と言っているに等しいということをどれだけ認識しているのか。」

 この「構造的差別の問題」は、今沖縄から投げかけられている言葉と、何と、似通っているか。

 さらに、中村は、民族教育権への社会的感度の低さという課題を次のように指摘する。

 「HS問題を感がえるうえで外してはならないもう一つの課題は、民族教育権への社会的感度の低さだった。京都事件がマスコミの耳目を集めたのは、事件発生でも民事訴訟提訴でもなかった。あくまで二〇一三年二月以降のHSの社会問題化-すなわちマス・メディアのネタ化-に伴い、『その原点』として注目されたのだ。民事訴訟に踏み切った時、原告たちが掲げたのは『ヘイト・クライムのない社会を』『民族教育を保障しよう』だった。原告側の肝は後者だったが、メディアの熱、社会的関心度は、後者をスルーした形で高まって行った。
 この経過は、もっと批判的に検証されていい。裁判所と同様、マス・メディアとは『多数派の常識』を反映する。『当事者の思い』を置き去りにした『注目の高まり』は、レイシズムの一表出である。『HS現象』への感心が、朝鮮人への差別それ自体を根源的に問うことに繋がっていかない事実を示している。
 在日朝鮮人の人権問題を巡り、残念ながら今も言われる枕詞『同化か排除』が示すように、レイシズムの代表的な形態は『排外』と『同化』である。朝鮮学校とはまさに後者の『同化主義』に抗う場として設立され、暴力から兵糧攻めと続く弾圧の中でもその命脈を繋いできた。だからこそ露骨で暴力的な『排外デモ』の標的にされたのである。裁判と同時進行で進んだ、政府による高校無償化からの補助金ストップや廃止は、まさに公による同化の強要(レイシズム)そのものである。だが報道の切り口は、一部の例外を除き、『HSに司法が『否』ばかりだった。
 新大久保や鶴橋の『過激』で『下品』で『大音量』のデモを採り上げる一方、『同化主義』というレイシズムはどこまでと問われてきたか。路序の差別主義者を『レイシスト』と非難することは必要だが、それはあくまでレイシズムの一表出形態なのだ。マス・メディアがHSを『憎悪表現』と訳すことの問題はそこにある。」


 中村は、HSを考える時、「歴史的・構造的差別から切り離し、問題を街頭での下品下劣な怒号のみに矮小化して、レイシズムそれ自体を社会的蔓延に対応できるのか?」、と日本社会に問うのである。
 中村は、最後に、「今後、レイシストグル-プの中から、『選良』を目指す動きは加速するだろう。路上での罵詈雑言はHSの一形態であり、レイシズムの一形態である。HS現象にあらゆる資源を動員して闘うことと同時に、植民地主義、侵略、不公正・不平等な社会システムを温存する資源であるレイシズムを問う。それがまさに、極右カルト政権がやりたい放題を重ねるこの社会で必要なことである。」。とまとめる。
 この文章については、この間出会った沖縄関連の本の主張を何と重なるのであろうと、あらためて感じている。
 なお、「日本でのHS問題を考えるうえでの出発点である」旧京都朝鮮第一初級学校襲撃事件については、別の場で触れたい。


by asyagi-df-2014 | 2015-11-11 05:35 | 本等からのもの | Comments(0)

本からのもの-「子どもの貧困Ⅱ-解決策を考える」


著書名;子どもの貧困Ⅱ-解決策を考える
著作者;阿部 彩
出版社;岩波新書


 阿部彩(以下、阿部とする)さんは、あとがきに、この書を著す意味をこう記している。
 
 「日本の貧困の現状」が、深刻な状況に陥っていることは、大多数とはいわないまでも多くが納得するようになっている。今の問題は、子どもの貧困が社会問題であると社会に説得することではなくなったのである。何をすれば、子どもの貧困が解消できるのか、その解決の道筋を示すことなのである。


 また、次のように、その思いを記している。


 日本の社会問題について、手法的な問題を扱った本はあまり見当たらない。多くが、「問題を描写」する本なのである(筆者の前著もそうである)。問題を描写するだけでなく、「何をすればよいのか」その糸口が見えるような本を書かなくては、という焦りが五年間の私の中で積もりに積もっていた。


 そして、この本の核心は、阿部の「私たちが、みんなつながれば子どもの貧困は必ず解消すると確信している。」という言葉に詰まっている。


 まずは、第一章「子どもの貧困の現状」からをみてみる。

 阿部は、「子どもの貧困」の問題点について、次のように位置づける。

 これは由々しき問題である。なぜなら、子ども期の貧困は、その後の人生に深い爪痕を残すからである。貧困状況に育った子どもは、学力や学歴が低いリスク、健康状態が悪いリスク、大人になっても貧困であるリスクが、そうでない子どもに比べて高い。統計的には、子ども期の貧困は、成人となってからの賃金や生産性も低くするので、社会経済全体にも大きな損失となる。高齢者の貧困ももちろん問題ではあるが、子どもの貧困はその社会的インパクトという点でより大きな問題なのである。

 また、その視点は、「いったい、どれほどの日本の子どもが貧困状況にあるのか。そして、貧困に育つことは、どのような影響を子どもに及ぼしているのであろうか。」、に置かれ、「そのうえで、貧困を放置することが、どれほどの社会的な損失になるかという点について、いくつかの知見を紹介する。これによって、貧困は、その子どもや家族にとっての困難であるだけでなく、社会全体の利益からみても損失である点を示す。」、とこの本の主旨を規定する。
 あわせて、子どもの貧困の解決のためには大きな弊害となってきた「景気回復という貧困対策」という主張に対して、「景気回復のみによって貧困が解決されるのであれば、貧困削減のための独自の政策は不要であり、本書の残りの章は必要でなくなる。この問いの答えが『NO』であること」の論拠を展開する。

 阿部は、最初に、子どもの貧困の状況を最初に次のように確認する。

(1)就学援助費の受給率は少なくとも日本の子どもの貧困の規模を示す手っ取り早い目安である。近年、この割合が激増している。一九九七年度には、公立小学校に通う子どもたちの6.6%であった受給児童数が、二〇一一年度には15.8%まで増加している。公立小学校に通う子どもたちの六人に一人の家庭が所得制限以下と認知されていることは、子どもの貧困がごく一般的な世帯においても進行していることを表している。 
(2)相対的貧困率は、貧困の「量」と「動向」を的確に捉える指標の一つである。厚生労働省が発表した二〇一一年七月の「平成二二年国民生活基礎調査」から、重要な点を三点あげる。
 その第一は、一九八五年の時点においてさえ、日本の子どもの貧困率はすでに10.9%であったことである。この時でさえ、一〇人に一人の子どもは相対的貧困状況にあったのである。すなわち、「子どもの貧困」は決して、リ-マン・ショック以降の「新しい」社会問題ではない。
 第二は、一九八五年から二〇〇九年にかけて、多少の増減はあるものの、子どもの貧困率が右肩上がりに上昇し続けていることである。より大きなトレンドとして、子どもの貧困率も国民全体の貧困率も上昇している。これは、貧困率の上昇が、単なる景気動向に影響されているものではないことを表している。
 第三は、子どもの貧困率の上昇のペースが、社会全体の貧困率の上昇のペ-スに比べて早いことである。人生の中で、最も貧困リスクが高い時期が子ども期である、という現象が起こってきているのである。
(3)子どもの貧困率の国際比較をみると、日本は二〇カ国中四番目に子どもの貧困率が高い国となる。とくに、日本のひとり親世帯に育つ子どもの貧困率は五八.七%と突出しており、OECD諸国の中で最悪である。これは、ひとり親世帯の大半を占める母子世帯の貧困率が特に高いためである。
(4)日本の貧困率の特徴は、「ワ-キング・プア」(働いているのに所得が貧困基準を超えない人びと) が多いことであり、その背景には巨大な低賃金の非正規労働者層が存在する。また、世帯構造以外の特徴としては、子どもが多い世帯(三人以上) において貧困のリスクが高い。さらに、親の学歴(世帯内で最も高い学歴)別に貧困率をみると、学歴による格差は明らかである。

 上記のこうした状況を貧困の「広がり」と捉えた上で、阿部は、貧困の「深さ」に着目し、次のように指摘する。
 それは、「相対的貧困率や就学援助費の受給率は、『他の子どもたちに比べて』相対として経済的に恵まれていない子どもの数を表しているだけであり、社会問題とはいえないという声もある。多少、家にモノが少なくとも、義務教育によって学校いに行くこともできるし、勉強をがんばって成功することだって可能である、という意見である。」、への反論でもある。
(1)現代社会においては、家庭の経済状況と子どもの様々な指標には密接な相関があることがわかっている。
(2)教育学においては、親の所得と子どもの学力がきれいな比例の関係にあることが実証されており、さらには、特に、経済的困難を抱えている生活保護受給世帯に育つ子どもたちや、児童養護施設に育つ子どもたちの、極端な学力不足が報告されている。
(3)子どもの健康状態についても、貧困層の子どもとそうでない層の子どもには、統計的に有意な差がある。
(4)懸念されるのは、貧困が子どもから自己肯定感や将来の希望を奪ううことである。筆者らが行ったA市の小中学生の調査からは、「将来の夢がない」と答えた小学五年生の割合は、親の所得が低いほど高かった。
(5)最新の海外の研究によると、相対的貧困が子どもに及ぼすいちばん大きな悪影響は、親や家庭内のストレスがもたらす身体的・心理的影響だという。現代社会におけるストレスの最大要因は、他社に比べられることによる劣等感や絶望感、継続的な金銭的困窮など、貧困に深く関係している。
 また、「貧困の連鎖」について、「社会学の分野では、親の階層と子の階層の間に深い関係があることはかねてからよく知られており、親の学歴と子の学歴、親の職業と子の職業には相関関係がみられることがわかっている。驚くべきなのは、このような学歴や職業階層の世代間の継承の『度合い』が、年を追って強まっていることである。」、と押さえる。
 さらに、「機会の平等」について、「現代の日本において、『機会の平等』は存在しない。『機会の平等』どころか、とっくの昔に国民すべてが克服したと考えていた医療サ-ビスや基礎的な義務教育の学力さえもできていない子どもが存在している。」、と指摘する。

 次に、阿部は、「『機会の不平等』を是正するために、どれぐらいの費用を社会が負担するべきか」ということ 、つまり「貧困の社会的コスト」の問題に触れる。
(1)諸外国においては、「貧困の社会的コスト」という観点から、貧困対策の費用を捻出する根拠を導いている。
(2)長い目で見れば、子ども期の貧困対策は、「ペイ」する可能性が高い。逆にいえば、貧困を放置することは、お「高く」つく。これが「貧困の社会的コスト」である。
(3)一見、「お高い」ように見える貧困対策も、格好の「未来への投資」として光だしてくる。
 そして、阿部は、「景気回復は貧困対策となり得るか」ということに、次のように結論を出す。
(1)この主張を掲げるものは、「トリクルダウン理論」をもちいる。この「トリクルダウン理論」ついて、阿部は、下記のように説明する。
 「貧困者に対する職業訓練のように、貧困そのものに対処する試みをしなくとも、社会全体の経済需要さえ改善すれば貧困はおのずと解消していくという議論がある。いちばん必要なは『景気対策』『経済成長』であるという考えである。経済成長の足をひっぱる(かもしれない)手厚い福祉政策にお金をつぎ込むのではなく、何よりも、経済成長を優先するべきではないか。そうせれば、経済成長の恩恵は、最初は富裕層にもたらされるかもしれないが、徐々に、貧困層にまで浸透していくであろう。景気さえ回復すれば、人びとの賃金も上がり、大人、すなわち親の所得が上昇し、子どもの貧困も解消する、という考えである。」
(2)社会学者のレ-ン・ケンワ-シ-の分析(一九七九年から二〇〇七年の約三〇年間の主要先進一七カ国のデータ)で、最貧層の勤労所得は、どの国も上昇していないことがわかった。
(3)先進諸国においては、経済成長の便益が、市場経済を通して、自然に、貧困層に「トリクルダウン」するわけではない。経済成長が、最貧層の所得の増加と結びつくためには、政府からの現金給付というメカニズムが必要だったのである。
 この上で、阿部は、「日本は、すでに、『成長』によってすべての人、とりわけ貧困層に恩恵が『したたり落ちる』状況ではないことは確かである。だとすれば、貧困削減そのものを目的とした具体的な政策を立てなければいけない」、と 日本国内の政策を提起する。


 第二章「要因は何か」で、阿部は、「なぜ、貧困であることが子どもに悪影響を与えるのか、なぜ「貧困の連鎖」が起こるのかを考えてみたい。これは、いわば「連鎖の経路」を探ることである。子ども期の貧困と、大人となってからの貧困を繋ぐ因果関係。これが「連鎖の経路」である。」、と定義し、「連鎖の経路」を次の区分により解明を行う。
(1)金銭的経路として、①投資経路、②家計の逼迫、③資産
(2)家庭環境を介した経路として、①親のストレス、②親の病気、③親との時間、④文化資本説、⑤育児スキル・しつけスタイル、⑥親の孤立
(3)遺伝子を介した経路として、①認知能力は遺伝するのか、②そのほかの遺伝的要素(身体的特徴・性格・発達障害)
(4)職業を介した経路として、①職業の伝承
(5)健康を介した経路として、①健康という経路、②発達障害・知的障害
(6)意識を介した経路として、①意欲・自尊心・自己肯定感、②福祉文化説
(7)その他の経路として、①地域・近隣・学校環境、②ロ-ルモデルの欠如、③早い離家・帰る家の欠如
 この分析のうえで、「社会科学的に『どの経路がいちばん重要か』という答えに対して解答を出すのは事実上不可能である。」、としながらも、二つの研究を紹介する。その中で、「『貧困の連鎖』の一つのパタ-ンが確認できる。すなわち、子ども期に貧困であることが、低学歴となることを誘因し、低学歴が非正規労働者となるリスクを高め、非正規労働者であることが現在の所得が低いことを誘発し、低所得であるので生活に困窮している、というパタ-ン」を紹介する。
 そして、阿部は、「このような貧困研究の状況のなかで、貧困に対する政策としてはどのようなものを打っていけばよいのだろう。たしかなことは、私たちには、貧困の要因の完全解明を待つ余裕はないということである。完全解明が永久にない可能性だってある(むしろ、その可能性が高い。)だとすれば、要因の完全解明がないなかでも、できることをやっていく必要がある。」、とその姿勢を明確に位置づける。


 第三章「政策を選択する」で、「日本への示唆」として、「子どもの貧困に対する政策は、短期的には社会への見返りはないかもしれない。しかし、長期的にみれば、これらの政策は、その恩恵を受けた子どもの所得が上がり、税金や社会保険料を支払い、GDPに貢献するようになるので、ペイするのである。すなわち、子どもの貧困対策は『投資』なのである。」、「とくに厳しい状況に置かれている子どもを優先するような政策を選択していくことである。」、と示唆する。 


 第四章「対象者を選定する」で、どのような人を対象とするかという問題は、プログラムを制度設計していくうえで最も重要な問題である。」、という位置づけから、普遍主義と選別主義について触れる。
 阿部は、このことに関して次の定義づけを行う。
 「どのような子どもも対象とする制度を『普遍的制度』(またはユニバ-サル制度)、貧困の子どもに対象を絞っている制度を『選別的制度』(またはタ-ゲテッド制度)と呼ぶ。「タ-ゲット」とは英語で『的』の意味であり、タ-ゲテッド制度とは、『的を絞った制度』という意味である。」
①貧困に対する対策には、「川上政策」と「川下政策」がある。「川上政策」とは、貧困が発生する前に手を打つ策である。すなわち貧困をつくりださない社会の仕組みや制度を構築する政策を指す。ととえば、義務教育の徹底や、最低賃金などの労働規制や誰でも受診できる医療サ-ビスなどがこれに当たる。一方で、「川下政策」とは、貧困に陥ってしまった人びとが最低限の生活を保てるようにする策である。生活保護制度や就学援助費のような現金給付や、低所得者のための無料低額医療サ-ビスのていきょうなどがわかりやすい例である。現物給付であっても、現金給付であっても川上と川下の政策がある。この二つの決定的な違いは、「貧困者」や「弱者」を選別するかどうかである。
②「救済」なのか「権利」なのか。この二つには、給付をする側にも、給付を受け取る側にも、決定的な意識の差がある。
③選別主義の批判として、第一に、政治的なものであること、第二に、川下政策で受給することは、しばしば偏見の対象となり、受給者を社会から孤立させること、第三に、選別にかかる費用がばかにならないこと、第四に、所得制限があることによるロウドウインセンティブの低下があること、第五に、「漏給」の問題があること。
④普遍主義の最大の欠点は、選別制度の最大利点でもある、財政負担が大きいことである。⑤選別精度は、ニ-ズに基づく給付であるのに対し、普遍的制度は、政治的な票集めにしか過ぎないという批判もある。 
 この上で、阿部は、「どちらが費用削減に効果があるか」ということについて、「結論からいうと、『普遍主義に軍配があがる』というのが、社会学者の定説であった。」、とまとめ、「多数の先進諸国のデータを分析した結果、普遍的な制度を持つ国ほど、所得格差を縮小することに成功していたのである。普遍的制度を持つ国の代表はスウェーデン、選別的制度の代表はアメリカである。選別制度のほうがダイレクトに格差縮小に役立つはずであるのに、その反対の結果となった。これをコーピとパルムは「選別主義のパラドックス」と名づけた。」、と説明した。
 結局、阿部は、「貧困削減に有効であるのかどうかにいちばん効いてくるのは、再分配のパイの大きさであって、普遍主義か選別主義かという違いではなさそうである。普遍主義であっても、小さいパイであるのであれば、貧困削減は進まない。選別主義であっても、小さいパイでは貧困は解消できない。」、と結論づけた。
 次に、「的の絞り方」について、阿部は、子どもの貧困対策として普遍的な制度が選択される可能性が小さいことから、「選別的制度の欠点を最小にしつつ、効果的に対象者を選別する制度設計を考えていかなければならない。」、とする。


 第五章「現金給付を考える」と第六章「現物(サービス)給付を考える」は、省略。


 第七章「教育と就労」で、阿部は、「子どもの貧困対策の大きな柱の一つが教育である」、と位置づけ、「教育は、子どもの可能性を広げる未来への投資であり、貧困の連鎖を断つ希望である。」、定義づける。
また、子どもの貧困政策の解消を目指す教育政策を、第一に、教育費の格差を縮小する政策、第二に、学力格差を縮小する政策、第三に、学校生活を保障する政策、と三つに区分する。
 具体的課題として、①教育費の問題、②学力格差の縮小、③学校生活への包摂、④教育のセーフティーネットの強化、⑤教育から就労への移行支援、を挙げている。
 特に、子どもの貧困を考えるうえで、「学校生活への包摂」が実は一番大事であるとして、次のように記述する。
「『包摂』という言葉は、『社会的包摂』という文脈で用いられ、EUなどにおいて、社会政策の基本概念となってきた理念である。社会的包摂とは、一人一人社会のメンバーとして認められ、さまざまな活動に参加し、小さくてもかけがえのない『役割』をもち、自己実現ができる状態を指す。一方、社会包摂とは逆の『社会的排除』は、誰からも認められず、社会の私的・公的なさまざまな交流や活動から排除され、居場所を失っていくさまをいう。」
「子どもにとって、社会の大きな部分は学校であり、そこで包摂されることが、子どもの貧困対策の大前提となる条件であるからである、学校は、ただ単に勉強を学ぶ場所であるわけではない。学校において、子どもは社会性を育み、友だちを得、事故を確立していく、学力向上や学歴の達成云々という前に、まず、子どもが学校を楽しい場所と感じ、友だちや先生から、認められており、自分の居場所が学校にあると思えるということが先決なのではなかろうか。」


 終章「政策目標としての子どもの貧困対策」で、阿部は、二〇一三年六月九日に成立した「子どもの貧困対策の推進に関する法律」について、「つい数年前までは、『【子ども】と【貧困】を同じ文章のなかで使うな。国民に誤解を与える』などと上司から論考に赤ペンを入れられていた筆者にとって、『子ども』と『貧困』が『の』で繋がり、しかも、それに対抗する必要性が明記された法律が日本で成立するとは、『夢のまた夢』の進展であった。 」、と記している。
 私自身の個人史からも、このことについて、質の違いはあれ、同じ感慨を持つ。
 ただし、阿部は、「『これで日本の子どもの貧困対策は万全だ。』と諸手をあげて喜ぶことはできない。子どもの貧困に関わる関係者の心情を表せば、期待が高まっているだけに、むしろ、それを裏切られた時の失望が怖いといったところであろうか。これまでも、いわゆる『理念法』といわれるものは成立したものの、実効性のある政策を伴わなかった例は数多くあるからである。日本の財政事情が非常に厳しいなか、子どもの貧困対策法がその一つになる可能性は、十分に高い。」、と冷静に分析する。
 このことは、安倍晋三政権の成長戦略のあり方をみる時に、阿部の心配がそのまま当てはまってしまう危険性は大きい言える。


 阿部のこの本は、「私たちが、みんなつながれば子どもの貧困は必ず解消すると確信している。」という思いが、確かに伝わってくるものであった。
 また、その分析は、どこかで、私自身が有効的に使わさせてもらうことになると感じている。


by asyagi-df-2014 | 2015-11-07 13:39 | 本等からのもの | Comments(0)

本からのもの-「沖縄の自己決定権」


著書名;沖縄の自己決定権
著作者;琉球新報社 新垣 毅
出版社;高文研


 「Ⅰ章、Ⅱ章関連=略年表」の事実が、現在の沖縄の状況、日本の状況を如実に語っている、と新垣は指摘する。
 これを書き出してみる。

・1854   琉米修好条約締結
・1855   琉仏修好条約締結
・1859   琉欄修好条約締結
・1879   松田、武装警官160人余、鎮台兵400人を引き連れて3度目の来琉。「処分」を断行、首里城明け渡しを迫る。


 この米仏欄との修好条約が、また「琉球処分」が、どのような位置づけや意味づけを持っているのかについて理解することが、沖縄の自己決定権を捉える指標となる。
例えば、大城立裕の言葉を引く。

「『琉球処分』は日本政府からの言い分であり、客観的に見ると日本国による極めて暴力的な琉球王国の併合だ。半面、ウチナンチュ-は昔から日本への同化の機会が四度あった。(この同化の失敗について問われて)失敗の原因は、沖縄差別であり、今も続く日本の帝国主義だ。沖縄を国防の前線としてしか認めていない。ただ、沖縄にとって不幸なのは、沖縄の生活文化の中に、日本についていこうという習慣がある。この矛盾だ。潜在意識には同化思考がある。」

 確かに、大城のこの言葉は、沖縄と日本の関係を言い当てている。
 また、この同化ということについては、「民衆にまで浸透した同化思考は、『天皇陛下万歳』と叫び『立派な日本人』として死ぬ、沖縄戦の戦場動員へとつながっていく。」、と新垣は指摘する。
 こうした状況を踏まえて、「沖縄の自己決定権」を考える上で、「琉球処分」について正しく捉え直すことが重要であるとする。
 なぜなら、「『琉球処分』は『不正』という認識は、沖縄の自己決定権追及の重要な根拠となりうる。」から、と説明する、
 この「不正」の根拠を新垣は次のように上げる。

①「だが、政府は、一八七二年にでっち上げた、天皇による”抜き打ち疑似冊封の君臣関係”を根拠に琉球国の権限放棄を命じ、それに従わなかったことを理由に武力で威嚇し、琉球国をつぶしたのだった。」
②「『琉球処分』という言葉は、でっちあげた天皇との”君臣関係”を根拠にしている。中国との外交禁止や裁判権移譲などに従わず『天皇の命令に背いた』として、一方的に罪を琉球にかぶせ、王国を葬り去る政府の意図が、『処分』の二字に含まれている。」
③「明治政府はあえて、『処分』という言葉を使い続けた。琉球併合を国内問題に矮小化し覆い隠す姿勢がそこに表れていた。政府の姿勢は、琉球併合の国際法上の位置づけなどについて説明責任を果たさない今も変わらない。『琉球処分』『頑固党』『脱清人』などの言葉を『処分官』の目線で無批判に使うことへの検証が求められている。」
④「日本政府は、『廃藩置県』からまだ約1年しかたたないのに『琉球はわが所属』とする『廃藩置県』の前提をみずから覆し、中国市場からの利益と引き換えに琉球の一部である宮古・八重山を中国に引き渡す案を提起したのだ。」
⑤「沖縄県は一九二〇年代まで、政府の補助金よりも多くの税金を納めた。例えば、一九二一年(大正一〇年)は補助金191万円に対し、納めた税金は743万円だった。」
⑥「本土では、一八九〇年(明治23)に府県制が公布され、同時に第1回衆議院選挙が実施されたが、沖縄での府県制施行は一九〇九(明治42)年で、最初の衆議院選挙は一九一二年だった。」

 これに加えて、「琉球処分」の「不正」を国際法の観点から追及し、その結論を次のように展開する。

「一八七九年の『琉球処分』について、今日の国際法研究者は、琉球国が米国など三カ国と結んだ修好条約を根拠に『国際法に照らして不正だ』との見解を示している。研究者は三条約締結の事実から『琉球は国際法上の主体であり、日本の一部ではなかった』と指摘する。その琉球に対し、軍隊や警察が首里城を包囲し、『沖縄県設置』への同意尚泰王に迫った日本政府の行為は、当時の慣習国際法が禁じた『国の代表者への強制』に当たるという。しかも、慣習法を成文化したウィ-ン条約法条約51条を基に、現在からさかのぼって主権=自己決定権の保障を要求できるというものだ。」

 つまり、「国際法の研究者は、米仏欄の三国と結んだ修好条約を根拠に、国際法に照らして不正との見解を出しており、ウィ-ン条約法条約51条を基に現在からさかのぼって主権=自己決定権の保障を要求できる」、と新垣は沖縄の自己決定権の根拠を明確にする。
 また、「国際法に違反した国家は、違反行為の停止、真相究明、謝罪、金銭賠償などの義務を負う。琉球併合の場合は『自己決定権の行使を沖縄に保障するなどの観点から、今日的議論につなげられる』」、とも評価している。
 琉球新報は2014年5月に、このことについて外務省に質問書を出している。
政府の回答は、「『琉球処分』の意味するところについては、さまざまな見解があり、確立した定義があるとは承知しておらず、外務省として確定的なことを述べるのは困難である。」、であった。琉球新報は、「曖昧模糊とした回答だったが、明確に否定もしなかった。」、と分析する。
 なお、この米仏欄の三国と結んだ修好条約の原本は日本政府は没収し、現在、外務省が保持している。これに関連して、2013年6月12日那覇市議会で平良識子市議は、「本来ならば沖縄が所有すべきだ」と那覇市に条約返還を国に求めるよう要求し、その後も返還を求める声を上げ続けている。
 元外務相勤務の佐藤勝は「琉球が国際法の主体だったのは間違いない。そうでないと条約を結べない。フランス、オランダとも条約を結んだ。琉球が国際法の主体と認められていたことが重要だ。ならば今、東京の外交史料館に原本があるのか。政府は説明責任がある。」、と指摘している。
この問題は、さらに、「アジア史研究では、『韓国併合』と『琉球併合』の様相は近似しいるとの指摘がある。どちらの『併合』も伊藤博文が主導した。」、と展開されていく。 このことの追及、植民地主義の克服が、今後、より一層重要になってくる。
これについては、上村英明の次の指摘が参考になる。


「韓国の研究者や政府も51条に照らして韓国併合条約は無効だと主張している。日本政府はそれを認めていない。琉球の場合、無効か有効化の議論よりも、併合の構造が米軍基地問題など、現在の権利侵害に直結していることが重要だ。米国は琉球を国際法の主体と認識し条約を締結し、批准した。日本の武力併合に『おかしい』と言うべきだった。琉球人が、『米国はなぜ不正義の上に権利を確保しているのか』と国際社会に訴えてもおかしくない。」


 Ⅳ章「自己決定家確立へ向かう世界の潮流」と、Ⅴ章「『自治』実現への構想」については、非常に参考になるものを、書き出してみた。

 まずは、「2 非核非武装の独立国・パラオ」から、パラオ自治政府が1981年に施行した憲法第13条について。

①「戦争に使用するための核兵器、化学兵器、ガズもしくは生物兵器、原子力発電所やそこから生じる核廃棄物のような有害物質は、国民投票数の4分の3以上の承認がなければ、パラオ領域内で使用し、実験し、処理してはならない。」
② 次に、非核憲法派の指導者のベラ・サクマさんの「太平洋で同じ船に乗っている」という言葉。
③「子どもや家族、生活を守るには自己決定権が必要だ。パラオは小さいが独立し、大国と同じ権利を持つ国連の一員だ。時代は変わり、、国は互いに自己決定権を尊重し合う時代だ。非武装でもやっていける。」
④「ジュゴンがいるのは太平洋では沖縄とパラオだけだ。海はつながっている。太平洋で同じ船に乗っている。一緒に闘いを続けよう。」

 また、パラオの闘いの歴史と現状について、次のように紹介する。

「島の苦しい経験があった。他国による占領。戦争、マーシャル諸島の核実験に、住民は傷ついた。さらに、『動物園政策』と呼ばれた米国の支配が続いた。太平洋戦争後、米国はミクロネシア地域への出入りを行政官などに限定し、経済活動を徹底管理したのである。この状況を脱しようと、パラオの人びとはを求めた。92%高支持率で憲法を承認し、米国による国連信託統治の下、一九八一年に自治政府を勝ち取る。サクマさんは、この歴史の教訓が刻印されている憲法は『パラオ人の精神的支柱だ』と強調する。パラオは非核・非武装憲法を維持したまま、独立を果たす。現在は、米軍の施設は事務所や住宅が数棟だけの小規模施設が1つあるだけだ。実戦部隊はいない。協定で演習場で合意した地域も使われていない。」 

 このパラオの実践は、沖縄の現実を、「パラオ人には、島は家(ホーム)だという精神がある。米軍基地や核はホームを破壊する。日本や米国は私らを『守ってあげる』という口実で勝手に島を使っただけで、多くの被害をもたらした」という言葉として、あたかも告発しているように読み取れる。

 一九八九年のスイスでの国の非武装化の賛否を問う国民投票の指導者であったクリストフ・バルビー弁護士のじっくり噛み締めたい次の言葉。

「軍隊を捨てるというのは、権利を諦めることではない。創造的、人道的な解決法があるのを示すことだ。暴力のない世界をつくることは可能だ。」 

 北海道大公共政策大学院院長の山崎幹根教授の日本の地域民主主義への提言。
 この言葉は、辺野古新基地建設や東村高江の米軍ヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設の問題点を端的に説明する。

「国策によるアメとムチで地方に自発的服従を強い、中央各省の裁量の範囲で部分的に分権や特区を認める手法はもう限界だ。」

 中国新華社の2014年11月の沖縄知事選挙の記事。「中国脅威論」へのもう一つの提示。

「知事選は本質的には県民が自己決定権を追求する闘いだった。県民は沖縄の発展の道を選択する権利があるか否か、あるいは東京の決定に従うしかないのか、沖縄の長期にわたる大衆運動には、こうした人権、自治権、自主権への要求に終始貫かれている」


 最後に、新垣は、「沖縄の民意が日本政府に無視され続けている中、日本の国民世論の喚起はもとより、国際世論の喚起が事態打開の鍵を握る。沖縄の自己決定権が保障されるよう粘り強く主張し続け、国連などに訴えていくことが課題となっている。」とまとめている。


by asyagi-df-2014 | 2015-10-20 05:30 | 本等からのもの | Comments(0)

本からのもの-「沖縄の米軍基地」

著書名;沖縄の米軍基地
著作者;高橋 哲哉
出版社;集英社新書



 私たちは、この間の辺野古新基地建設の動きの中で、1995年に「本土」に突きつけられた「沖縄からの異論」が、実際は「沖縄の構造的差別」を表すものであったことに気づかされてきた。
だから、沖縄の米軍基地問題が、「安全保障を求めるなら、また平和や『安保廃棄』を求めるなら、基地を引き取りつつ自分たちの責任でそれを求めるべきである」ということにたどり着かざるを得ないことについて、どこかの場面では薄々は気づいていたのではないか。
 実は、高橋哲哉(以下、高橋とする)は、この本で、このことを整理してみせたのである。

 高橋のこの本での結論は、次のものである。
 「県外移設は、平和を求める行為と矛盾しないのはもとより、『安保保障』の主張と矛盾するものではない。『本土』の人間が安全保障を求めるなら、また平和や『安保廃棄』を求めるなら、基地を引き取りつつ自分たちの責任でそれを求めるべきであり、いつまでも沖縄を犠牲にしたままでいることは許されない。県外移設が『本土』と沖縄、『日本人』と『沖縄人』の対立を煽るとか、『連帯』を不可能にするなどという批判は当たらない。県外移設で差別的政策を終わらせてこそ、『日本人』と『沖縄人』が平等な存在としてともに生きる地平が拓けるのである。」、と。
 つまり、沖縄からの県外移設の要求に答えるのが「本土」の人としての責任ではないか、と。
 「『本土』の人間が安全保障を求めるなら、また平和や『安保廃棄』を求めるなら、基地を引き取りつつ自分たちの責任でそれを求めるべきである」、と説くのである。
 高橋は、もういいかげんにして、構造的差別を沖縄に押しつけたままにするのを見直せと、言っているのである。


また、高橋はこの本で、本土の人間は「基地を引き取りつつ自分たちの責任でそれを求めるべきである」であること述べるとともに、このことについての「本土」の側と沖縄からの批判を取りあげ、明快にきちっと反論してみせる。
まずは、「私は、沖縄に向き合うために、すなわち『憲法九条を守る』というだけではどうしても足りない現実があることを認めざるを得ない。」、と視点を定める。その上で、沖縄の構造的差別について、それをもたらしてきた「本土」の側の考え方を、例として、沖縄戦における参謀本部作戦課長・服部卓四郎大佐の言葉を引く。
 「沖縄は本土のためにある!それを忘れるな。本土防衛が遅れている今、沖縄のために本土の兵力を割くわけにはいかん。」。
 これは、日本が沖縄に対してとり続けてきた対応を、単に戦後という枠組みだけでなく、象徴的に現した言葉である、と紹介する。
 そして、この言葉を高橋は、「日米安保体制、自衛隊、憲法九条の三者セットで成り立ってきた戦後日本の『平和』は、沖縄を犠牲とすることで初めて可能だったのではないか。戦後の『平和』の『現状維持』論は、沖縄の米軍基地問題を放置することにならないか。」、という指摘に結びつける。
 一方、戦後の沖縄の側の思いは、「保守は基地容認、革新は安保廃棄・基地即時撤去という従来の政治地図のなかでは、基地負担の異常な不平等の解消を理由に『本土』への移設を求める意見は、なかなか形になりにくかっただけではない。基地被害の実態を知ればこそ、嫌がる『本土』の人々に基地引き取りを要求するには勇気がいる。」ということにあった、と指摘する。
 そして、現在の沖縄の人々の思いを、「そのあとの日本政府や日本人の対応を見て、自分達がそう考えても、『本土』の人間は沖縄の基地問題にまったく関心がない、というのがよく分かった。だから今では、『本土』に持っていけばいいんじゃないか、という意見が当たり前のように出るようになっている。『本土』のことを思いやっても、向こうはそれを利用して踏みつけにするだけだ、というのがよく分かったわけです。・・・『本土』の人間の無関心に応じて沖縄人も変わってきていると思います。」という目取真俊の言葉として指摘する。


 高橋は、今までの沖縄と「本土」の関係を理解するために、社会学者野村浩也氏の「ポジショナリティ」分析から、その考え方を発展させる。
 一つには、「日本人は、植民者であり、沖縄人は被植民者である。沖縄に米軍基地を押しつけてきたのは、日本人だから、日本人は、植民地支配者であり、差別者であるという自分の政治的権力的な位置-『ポジショナリティ』と呼ばれる-を離れるためには、沖縄に押しつけてきた米軍基地を引き取らなければならない。」、と。
 もう一つは、「日本人は、自らの植民地主義を暴露されるような問いを向けられたとき、沈黙するだけで現状を維持し、自分達の利益を守ることができる、と野村氏は言う。それが、植民者の被植民者に対する『権力的沈黙』である。この場合の『沈黙』は、無視であったり、はぐらかしであったり、居直りであったり、種々の形態をとることができる『応答の拒絶』である。」、と。

 高橋は、こうして、「安保が必要だと言うなら、『本土』も応分の負担をすべきではないのか。基地は全国で平等に負担すべきではないのか。安保を必要としている『本土』に引き取るべきではないのか。日本人は、安全保障の代価を沖縄人に押しつけず、自らの責任において引き受けるべきではないのか」、と米軍基地の県外移設の意味を説明する。
いやむしろ、「なぜ沖縄だけは、『政治的に許容できるところ』になってしまうのか。それは、沖縄に対して圧倒的な権力を有する日本政府と『本土』の日本人が、沖縄の人々の声をまさに、『権力的沈黙』によって無視しているのではないか。」と、問い返す。


また、高橋は、在日米軍基地をめぐる根本的な矛盾について、次のように言い当てる。
「在日米軍基地を必要とし、それを置くことの利益を享受しながら(日米安保条約は『日本の平和と安全に役立っている』と感じながら)、米軍基地を置くリスクを負うことは拒絶する。これは端的に言って、無責任、ということではないだろうか。もしも『本土』の日本国民が米軍基地を必要とし、それを置いているならば、それを置くことに伴うリスクは、自らこれを引き受ける責任があるはずだ。その責任を負わずに、リスクは他者に、その大きな部分を沖縄という小さな他者に負わせて、利益を享受している。基地のない『本土』の地域住民が享受している利益は、『日本の平和と安全』という利益だけではない。沖縄の人々が集中的に負わされている基地負担を免れる、という利益をも享受しているのである。」、と。

 こうした論理展開の中で、高橋は、米軍基地の県外移設の意味について、次のように更に明確に位置づける。
 「沖縄にある米軍基地は、本来、『本土』の責任において引き受けるべきものなのに、『本土』はその責任を果たしていない。県外移設要求は、その責任を果たすことを求めているのである。日米安保条約下では、沖縄にある米軍基地は、本来『本土』にあるべきものなのだ。日米安保体制を成り立たせている『本土』にではなく、小さな沖縄にその意に反して多くの基地が置かれているところに、在日米軍基地をめぐる根本的な矛盾がある。県外移設とは、この矛盾を解消し、在沖米軍基地を、安保体制下において本来あるべき場所に戻すという意味を持っているのである。」、と。

 続いて、高橋は、米軍基地の県外移設を阻むものに、「反戦平和運動」の限界からくるものがある、と次のように提起をする。
 「反戦平和運動は、日米安保条約を廃棄すれば在日米軍基地を撤去でき、したがって沖縄の米軍基地もなくすことができる、と主張してきた。だが実際には、『安保廃棄、全基地撤去』を金科玉条のように唱え続けることで、むしろ県外移設に反対する側に立ち、『県外移設』という考え方をタブ-化する傾向さえあった、というのが現実である。現在の『護憲派』(「リベラル左派)」などという表現もある)に位置する人びとは、今やこの点で根本的な自己点検を求められている、と言わざるをえない。」、と。
 何故なら、「反戦平和運動」として唱えられてきたこうした考え方は、「問題は、その何十年の間、米海兵隊の今普天間基地にある軍団は、どこに置けばいいのだろうか、ということだ。」という問いに答えきれないでいるから。
 つまり、沖縄にとっての「いつまで待たせるのか」という根本的かつ切実な問いに、答えきれていないのが、日本『本土』の歴史であったのではないか、と高橋は説くのである。。

 あわせて、県外移設要求に関して、「連帯ができなくなるからよくない」や「運動の分裂を招くからよくない」といった批判について、「県外移設要求が連帯を困難にするとしたら、それは『本土』が県外移設を拒むからにほかならない。その責任は『本土』の側にあるはずなのに、『連帯できなくなるからよくない』と言うならば、県外移設を要求すること自体に問題があるかのようにして、県外移設要求を封殺する結果を招いてしまうことになる。」、ときちっと反論する。
 その上で、戦後の護憲運動や平和運動が、ある種の差別性を内在していたという指摘を次のように展開する。
 「『本土』では停滞を余儀なくされている反戦平和運動が、自らにとっての『カンフル剤』として、場合によっては『アリバイ』として、沖縄の運動との『連帯』を利用し、沖縄を『反戦平和の聖地』に祭り上げていく傾向があったのではないか。そこに真摯な意図がある場合でも、沖縄の運動を日本の運動の『前衛』と称し、日本の運動を存続させる目的でそれを利用してきた傾向はなかったか。」、と。
 そして、こうした構図への違和感を、「私が違和感を持つのは、多くの日本人が、沖縄が『基地の島』であることを当然視しているだけでなく、日本の反戦平和運動家の多くが、お謹話に反基地運動があることを当然視していることである。まるで沖縄は『反基地運動の島』であるかのように。まるで沖縄は反戦平和運動のためにあるかのように。」、と吐露する。


 こうして、高橋は、論理展開の帰結として、次のことを、結論づける。
 「運動家であれ、ジャーナリストであれ、市民であれ、『本土』の側がおとぎ話の反基地運動を賞賛したり、その存在を自明視したりするのはおかしい。『本土』の側がなすべきことは、とりわけ反戦運動家であればなおさらなすべきことは、沖縄を反基地運動の必要がない島に戻すこと、沖縄の人びとが普通の生活者として安心して暮らしていけるようにすること、すなわち、沖縄の米軍基地問題を『本土』の責任で解消することである。」、と。
 高橋は、「安保条約をどうするかは、」『本土』の有権者の意志にかかっているのであって、『本土』の国民の責任なのだ。日本の反戦平和運動は、県外移設を受け入れたうえで、『安保廃棄』は『本土』で自分たちの責任で追及するのが筋なのである。」、と。

 高橋は、これまでも、「日米安保体制は沖縄の犠牲のうえにのみ成り立ってきた『犠牲のシステム』であると論じてきた。
 県外移設はこの犠牲を沖縄から『本土』に写すだけで、『犠牲のシステム』の解消にならないのではないか」という予想される意見にも、このように答える。
 まず第一に、「沖縄の米軍基地と『本土』の米軍基地を同じ『犠牲』という言葉で語ってよいのかどうか。『天皇メッセージ』の言葉を想起すれば、『米国の利益』と『日本の防衛』のために『軍事占領』状態が継続されてきたのであり、『本土』の国民はそこから利益を得る一方、沖縄は犠牲を払わされてきたのである。しかし『本土』にとっては、安保も米軍基地も押しつけられたものではない。日米安保条約を維持して在日米軍に安全保障を託すべく、多数の国民が政治的選択をして今日に至っているのである。『本土』の国民にとって米軍基地負担は、自らの政治的選択の結果として、本来引き受けるべき責任と言うべきのではなかろうか。もしも県外移設によって米軍が沖縄から『本土』に移転し、それによって耐えがたい犠牲を生じるというのであれば、それは『本土』が自らの責任で除去すべきののではないか。」、と。
 第二に、「沖縄の犠牲を『本土』に移転してよいのか、と言うとき、具体的に、県外移設によって、『本土』にどれだけの負担が生じると考えられているのか。これほど大きな格差のある負担を、同じ『犠牲』の移転だと言って拒んでよいのだろうか。」、と。

 「本土の沖縄化」という言葉にも、「『本土』で米軍の基地機能や訓練が強化されると、計画等が報じられると、『本土』の運動家や知識人から、「『本土の沖縄化』に反対する」という声がしばしば聞かれる。・・・『本土の沖縄化に反対』という言葉は、沖縄の負担は仕方がないが『本土』の負担は困るという『本土』の意識を批判せず、それを助長してしまうのではないか。米軍の沖縄集中(『隔離』)を自明とし、その被害が内包されているのではないか。」、とその違和感を指摘する。
 その上で、「県外移設は『本土の沖縄化』ではないし、ありえない、と付け加えたい。何故ならすでに見たように、在日米軍基地の七割以上が集中する沖縄の全基地を『本土』に移設したとしても、現在の沖縄のようになることはありえないからである。」、と言い切る。

 高橋は、こうした理論の延長上で、石田武氏と新城郁夫氏への反論を展開しているが、このことについては、これまで触れてきたことと重なることになるので割愛する。

 さて、高橋は最終的に、次のように二つの押さえをする。
 一つ目は、「何よりも重要なことは、野村氏が言うように、ポジショナリティとしての『日本人』は『やめることができる』ということである。ポジショナリティとしての『日本人』をやめるとは、『沖縄人』に対する差別者、意識的・無意識的な植民地主義者であることをやめる、ということにほかならない。差別者と被差別者として対立することは、不幸なことである。県外移設要求は、そうした差別・被差別の関係を平等な関係に変え、不幸な関係を終わらせようという『沖縄人』からの、『呼びかけ』なのである。」、と。
 二つ目は、「『日本人』と『沖縄人』のポジショナリティ(政治的権力的位置)を問題にすると、『二項対立』だと言って、ただちに問題の無効を宣言する人びとがいる。それも、しばしばデリダの名前をちらつかせながら。・・・日本人と沖縄人という政治的権力的位置の違いから、前者が後者を差別したり支配したるする構造があるとき、両者の『対立のかなたにただちに飛躍』して『連帯』しようとしたり、日本人でも沖縄人でもない『ある種の中立化にあまりにてっとり早く移行すること』は『以前の領域を元のまま放置する』結果になってしまう。デリダの言う『転倒の局面』は、差別されてきた沖縄人として平等の権利を要求して立ち上がること、声を上げること、差別してきた者を『日本人よ!』と名指し、『今こそ基地を引き取れ』と要求すること、と理解することもできるだろう。このようにして権力関係の領野に『介入』し、これを『変形』し支配・従属の関係とは別の関係に向けて両者を解放していく、そうした行為こそ、『日本人/沖縄人』の二項対立を脱構築することであり、『日本人/沖縄人』の概念を最初から無効として切り捨てるのは、現に存在する権力関係を否認することにほかならない。」、と。
 あわせて、「中国脅威論」と沖縄問題について、「『日本を取り巻く安全保障環境の変化』として、南西方面への中国軍の進出の活発化を強調し、沖縄に基地を置かざるを得ないと主張する議論が目につく。」と分析し、このことについては、「この論理は、まさに沖縄を『日本防衛』のための軍事要塞としてもっぱら『本土』のために利用してきた、従来の論理の反復ではないか。沖縄を『皇土防衛』のための『捨て石』にした沖縄戦の発想とどこが本質的に違うのか。」、と喝破し、次のようにまとめる。
 「沖縄が、米軍基地の存在ゆえにミサイル攻撃や空爆の標的になることは十分考えられる。沖縄の人びとがそれを認めないのは当然で、『中国の脅威』に対抗して米軍の日本駐留が必要だと言うなら、そのリスクと負担は『本土』で引き受けるべきだろう。『中国の脅威』を理由に沖縄に軍事基地を押しつけるのは、かっての韓国併合の論理と瓜二つである。ロシアの南下に対抗するためには朝鮮半島が必要であり、そのためには併合しかなかった、日本に併合されたほうが朝鮮半島の人びとにとってもよかったのだ、云々。中国の進出に対抗するためには沖縄の軍事拠点化が必要であり、そのためには米軍駐留もやむをえない。そのほうが沖縄の人びとにとっても安全なのだ、云々。これらの論理がそっくりなのは、両者とも本質的に植民地主義の論理だからである。韓国併合の場合も沖縄の軍事拠点化の場合も、日本にとって重要なのは『本土』の利益・国益であって、朝鮮半島も沖縄も、大江氏の言う『日本の【中華思想】的感覚』『本土の日本人のエゴイズム』に奉仕させられているのである。」、と。

 高橋の「沖縄の米軍基地」を受けとめるとすれば、「今、求められているものは、この高橋の問題提起を、緊急な課題として、「本土」の一人ひとりが真摯に受けとめることである。」、ということになる。


 最後に、高橋は、本書の中で、「県外移設」に関わって、「熟慮したいのは、日本の安全保障のために米軍に便り、その米軍の駐留先として沖縄を利用するという構図が、この『天皇メッセージ』から今日の日米安保体制に至るまで貫かれているのではないか、ということだ。一方は天皇の意志、他方は日本政府とそれを成り立たせる主権者・国民の意思という違いを超えて、共通の構図がここには存在している。この構図を崩さない限り、私もその一人である現在の日本国民は、戦後直後の昭和天皇の発想から何ほども抜け出られていないということになるだろう。」、ともう一つの大事な提起をしている。
このことについて、この書のなかでは詳細には言及されていないが、是非とも今後、理論展開してほしいものである。




by asyagi-df-2014 | 2015-10-11 05:50 | 本等からのもの | Comments(0)

本からのもの-「特集 福島・これでも帰還か!

著書名;DAYS JYAPAN 2015年10月号
著作者; 満田夏花 ・  おしどりマコ
出版社;DAYS JYAPAN 


 DAYS JYAPAN 2015年10月号の「特集福島・これでも帰還か!」に掲載された「2015年9月4日の楢葉町の『民家にほど近い場所に山積みにされた触れコンバック』」の写真には、「この近くの路上からは国の定める年間被爆限度の毎時0.23マイクロシ-ベルトを越える線量が次々に観測された」との説明がされている。
 また、死亡・人身災害が相次いだ折りの、東京電力はの再発防止対策中には、安全意識の背後要因として、「管理職を含めた社員の中で、福島第1の現場環境では、事故が発生してもやむを得ないという考えがあった」と、書かれていたという。

 この「小児甲状腺がん多発と帰還促進」(満田夏花)と「作業員が『まるで戦場』と語る混乱の現場」(おしどりマコ)の二つの記事は、東京電力福島第1原発事故を、政府や東京電力だけでなく、自分達が余りにもないがしろにしてきたのではないかという大きな反省を感じさせるものである。
 例えば、おしどりの「燃料デブリ(高濃度廃棄物)」の指摘も、恥ずかしながら全く知らなかった。
 これから、福島第一原発事故に、きちっと向き合うために、この二つの記事から大事な部分を取り出してみる。


(1)「小児甲状腺がん多発と帰還促進」(満田夏花)

①東京電力福島第1原発事故による避難指示解除を進め、支援や賠償を打ち切り、被害をあたかも「なかったこと」にするかのような動きが進んでいる。
②このような政策は、避難の実態や避難を継続したいという住民の意思、被曝リスクを無視したものだ。支援や賠償の打ち切りは経済的にも精神的にも避難者を追い詰め、結果的に帰還の強要に繋がる。
③福島県によると、現在、原発事故によって福島県内外に避難している人は約11万人。その多くが、災害援助法に基づく借り上げ住宅制度(みなし仮設住宅)を利用している。借り上げ住宅制度とは、地方公共団体が公営住宅、民間の賃貸住宅を借り上げ、避難者に無償で提供する制度。最終的にはその費用の9割を国が、1割を福島県が負担する。ところが、福島県は、政府指示区域以外の避難者に対して、この支援を2017年3月末で終了させる方針を決定した。
④「原発事故で故郷を追われ、避難先で必死で自立しようとしている私たちの命綱を切るのですか?」「国は自立自立というが、住む場所がなくなるかもしれないのに、“自立”できるわけがない。生活の基盤を奪って何を言うのか」「私たちの意志を無視して、無理やり帰還させようとしている」。参加したさまざまな避難者から、怒りと絶望の声が上がった。
⑤一方で、国が「新たな住宅支援」として揚げる「公営住宅への入居の円滑化」は、応募書類の発行が50件にとどまるなどまったく機能していない。
⑥政府は解除の要件として、1空間線量率で推定された年間積算線量が20ミリシ-ベルト以下になることが確実であること、2生活インフラが復旧していること、3県、市町村、住民との十分な協議、をあげている。この年間20ミリシ-ベルトを非難・帰還の基準とする政府の要件は、内外から多くの批判の声があがっている。そもそもICRP(国際放射線防護委員会)による勧告、また、原子炉等規制法など日本の国内法令による公衆の年間の線量限度は1ミリシ-ベルト、放射線管理区域でも年間5.2ミリシ-ベルト相当である。さらに、この解除要件は土壌汚染レベルをまったく考慮していない。
⑦2014年12月に解除となった南相馬市の特定避難勧奨地点の場合、指定解除の説明会で発言した住民はすべて、解除反対を表明した。住民たちは、「除染しても市内の避難区域より線量が高い」「再除染してから解除すべきだ」「年間1ミリシ-ベルト以下でないと解除に反対」など口々に発言。しかし、高木経済産業副大臣は、「積算線量20ミリシ-ベルトを下回っており、健康への影響は考えられない」と述べ、政府は12月28日に恐慌的に解除を通知した。それを受けて、南相馬の住民たちは今年4月17日、国を相手どり、解除の取り消しを求め、東京地裁に提訴した。
⑧8月31日、福島県で開かれた第20回「福島県県民健康調査」検討委員会で、小児甲状腺がんの悪性または疑いを診断されたこどもは、138人となった(うち手術後確定が104人)。うち、2014年から始まった2巡目検査で甲状腺がんまたは疑いとされた子どもたちは25人。この中には、1巡目の検査で、問題なしとされた子どもたち23人が含まれている。
⑨被曝を軽視する政府の政策は、科学的な根拠に基づくものではなく、「放射線被曝による健康影響がたとえ生じても、因果関係の立証は困難で、立証できたとしても時間がかかる」ことを見越した、その場しのぎのものだ。復興の名の下に事実上の帰還の押しつけが進んでいることは許されるものではない。被災者自身が、避難・居住・帰還を選択できる環境を保障すべきであろう。多くの被害者・支援者・専門家が連携し、データや知見を蓄積しつつ、政府に対抗していくことが求められている。


(2)「作業員が『まるで戦場』と語る混乱の現場」(おしどりマコ)


①最も古い1号機の使用済み燃料プ-ルには、原発事故の25年も前から取り出せない破損燃料が70体ある。東電によると、この破損燃料を取り出す技術は「将来に開発される予定」とのこと。
②各号機における原子炉の燃料デブリの取り出しは、「まず使用済み燃料プ-ルに集中する。原子炉の燃料デブリ取り出しはいったん計画から取り出す」(東電)ということで、時期の目途すら立っていない。各号機とも、原子炉の中の燃料デブリがどのような状態か、どこにあるのかも分かっていないのが現状なのだ。
※燃料デブリとは、核燃料や格納容器、それらに付随する構造物などが、メルトダウンによっていちど溶けたあと冷やされて塊になった物体。高レベル放射性廃棄物。
③福島第1原発内では今年1月に死亡・人身災害が相次ぎ、その際、東京電力は、再発防止対策を作成した。その中にはこう書かれていた。「安全意識の背後要因:管理職を含めた社員の中で、福島第1の現場環境では、事故が発生してもやむを得ないという考えがあった」
④福島第1原発事故で、最も犠牲を強いられているのは作業員の方々だと思う。2012年に福島第1原発の医療室で看護師をしていた染森信也氏も、「8月に3人亡くなったというのは思ったより少なかった。亡くなる方がもっと多くても不思議はない過酷な状況。福島第1原発の作業員はもっと保障があるべき。雇用保険から安定化基金を出すとか、特別支援金の制度を作るとか。福島第1原発の作業員のための病院がなぜできないのか」と話していた。
⑤新規性基準が決まってから、東京電力などの事業者は消防車を自前で準備し、社員が大型免許を取得するため、全国の自動車学校が混雑したという。「指示されたから免許を取得したが、本当に自分たちが対応できるんだろうか?」と、東電社員などらが話しているのを聞いた。いま、安全保障関連法案でテロの問題が様々語れているが、原発のテロ対策は本当にお粗末なものである。そして、これが安倍首相のいうところの「世界一厳しい」全国の原発再稼働の新規性基準なのだ。
⑥このお盆休みに、九州電力が試験運転を決めたのは偶然だろうか?私はそうは思えない。意図的にお盆休みにして、問題が発生しても規制庁や報道が迅速に対応できない時期にしたのではないのか。そして川内原発の起動にも関わらず、そのまま休みの体制をとるのが今の規制庁の体制だ。万が一事故が起こった場合の規制側の体制すら整っていない。それが「世界一厳しい安全基準」の実態である。
⑦私はずっと継続して迫っている問題に、福島原発内の「」/2号機排気筒」がある。この煙突に2013年9月、高さ66メ-トル部分の東西南北4方向に8か所の破断や切れ目が見つかった。同12月、1/2号機排気筒の根本のSGTS配管に、毎時25シ-ベルトと毎時15シ-ベルトの部分があることが測定された。これは現在、福島第1原発の敷地内で最も高線量の部分である。
⑧現在の東電会見では、「発表する意味があるかどうか、出す情報は東京電力が判断して選ぶ」という体制になっており、質問しても回答がないことが多い。しかし、記者会見だけでなく、原子力規制庁にも同様の態度を取っていることに驚いた。
規制庁の役割がまるで果たされていない。
⑨私が30日の東京電力記者会見で東電の担当者に質問すると、彼は「東電として報告が遅れたとは思っていない。なぜなら、報告しろという指示はもともとなかったから」と答えた。規制庁は、私が4月に指摘するまで点検の際の写真が存在することさえ知らなかったのだ。それなのに1月に報告の指示ができるわけがない。これが、原発事故を起こした東京電力が原子力規制庁にとっている態度であり、規制庁の規制側としての監視能力である。原子力規制庁は事業者を規制できているのか?新規性基準は安倍首相の言うように「世界一厳しい」のか?残念ながら答えは両方ともNOである。


 ここで示されているのは、 「世界一厳しい」ものとはかけ離れた、またしても無答責体制ではないか。


by asyagi-df-2014 | 2015-09-24 05:41 | 本等からのもの | Comments(0)

本からのもの-「『靖国参拝』の何が問題か」

著書名;「靖国参拝」の何が問題か
著作者;内田 雅俊
出版社;平凡社新書


 内田雅俊のこの本で、「靖国参拝」の何が問題かについて、改めて確認した。
 特に、付論1と2は、このことについて大きな整理をするものになった。

 この中で、韓国と中国の靖国に対する見解を説明する。
 韓国で、何故、靖国が問題になるのかについて、内田は、次のように説明する。


「韓国憲法前文に『悠久の歴史と伝統に輝くわが大韓国民は、三.一運動によって建立された大韓民国臨時政府の法統、及び不義に抗拒した四.一九民主理念を継承し、・・・』とあるように、韓国は一九一九年三月一日、ソウルで行われた、植民地からの解放を求める三.一独立運動、上海臨時政府による独立宣言を建国の礎としている。これは日本国憲法前文『政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し』という日本の戦後の出発と連動したものである。」


 一方、靖国神社の歴史認識は、「靖国の歴史観はこれと真逆なものである。」し、「韓国の建国の礎に対し真っ向から挑戦しようとしているのが靖国神社の歴史観」であるとと説明する。
 つまり、韓国にとっては、靖国の歴史観が、韓国の建国の礎を貶めるものなのだということに、日本人は気づく必要があるのだということである。
 内田は、このことを、「靖国神社は韓国憲法の基本理念や文明国家の普遍的価値に反する存在なのである。」と指摘し、「先の大戦をアジア解放の戦争であったとする靖国神社の歴史認識が、戦後の文明国家の普遍的価値に真っ向から挑戦するものであるからである。」と、説く。

 次に、中国で、何故、靖国が問題になるのかについて、内田は、一九七二年九月二九日の「日中共同声明」の重要性について、これまでも指摘してきているが、その第五項に関連して次のように説明する。


「日中共同声明第五項は、『前文』中の『日本側は、過去において、日本国が、戦争を通じて、中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する』を受けて、『中華人民共和国政府は、中日両国民の友好のために日本国に対する賠償責任の請求を放棄することを宣言する』としている。」


 この日中共同声明によって、中国政府が負ったものは、「中国政府がこの戦争賠償の放棄を中国民衆に納得させることはたいへん困難なことであった」であることは、容易に理解できるものである。
 内田も、その困難さを、「中国民衆を説得した(抑え込んだ。)」と表現している。
 だから、「先の戦争をアジア解放の『聖戦』だと主張する靖国神社に東条英機らA級戦犯が、『靖国の英霊』として合祀され、そこに日本首相らが参拝することは、中国とすれば、話が違うのではないかということになるのは当然であろう。」と、内田は説くのである。

 韓国及び中国にとって靖国参拝が何故問題になるのかを、日本人が理解しなければならないことの根本を、内田は、このように説明している。


 さて、もう一つ、「国立追悼施設」について触れる。
 これまた、すとんと落ちる内田の理論展開になっている。
 まず、「戦後の護憲運動は、『平和憲法』の下、戦没者と真摯に向き合うことを十分にはせず、靖国史観との対峙を回避してきた。沖縄の米軍基地についても同様であった。」と、内田は指摘する。
 次に、内田は、「死者を追悼する」ことについて、一方で、加藤典洋の「悪い戦争を戦ってなくなった自国民をどう追悼するのかという困難な課題」という発言を引きながら、その難しさを認識した上で、次のように提起する。


「ただひたすらに追悼し、決して死者を称えない。称え、感謝した瞬間から死者の政治利用が始まり、死者を生み出した者の責任があいまいにされる。非業の死、無念の死を強いられた死者たちの声に真摯に耳を傾ける。」


 内田は、死者を追悼することは、「ただひたすらに追悼し、決して死者を称えない。」ことにあると、する。
 そして、内田は、「戦後の反戦護憲運動にはこのことが十分ではなかったのではなかろうか。」とするともに、「国は、遺族らのこの思いに答えるべきである。」と、結論づける。 だから、「戦没者の追悼を一宗教法人にすぎない靖国神社にゆだねるのではなく、国自らが、だれでもいつでも参拝できる、無宗教の国立追悼施設を設け、不断に死者たちの声に耳を傾けるべきである。そこでは天皇の兵士の死者だけでなく、すべての戦没者が祀られる。靖国問題解決の第一歩はここにある。」と、まとめる。
 このことのために、一九五二年五月一日に発足した「全日本無名戦没者合葬墓建設会」の設立趣意書を紹介する。

「・・・同社は主として戦死軍人軍属の御霊を祀る所で、一般戦没者には及ばず、しかも御遺骨を埋葬する場所ではありません。その上、神道以外の宗教とは相いれない者があって、友邦の外交使節の参拝を受けることもどうかと存じますから、御遺骨の実体、各宗派の立場、外交上の儀礼の点から考えても、靖国神社とは別に霊場を造営する必要があります。・・・」

 内田は、こうした「国立追悼施設」が過去目指されていたこが戦後あったことを、あわせて指摘するのである。

 結局、「靖国参拝」が何故問題であるのか、それは、靖国神社の歴史認識(聖戦史観)にあることを、再確認した。


by asyagi-df-2014 | 2015-09-13 05:45 | 本等からのもの | Comments(0)

趙博の「怒!阿呆陀羅経」に出会いました。

f0345938_08493858.jpg

 趙博(パギヤン)の第13集CDが届きました。
音楽とはあまり縁のないどちらかというと活字人間として育ちましたから、音楽性はどうなのかといったことを聞かれると困るのですが、自分なりに音を感じることもできました。
 もしかして、ラップって、こういうものだったのかもなと。
 もちろん。
 「フクシマと結ぶ、音の力いのちの言葉」という表現は、私自身のあり方を揺するものとして、骨身にしみています。
 例えば、「3 釜石小学校校歌」は、私自身が、こうした校歌を作ろうとする側に、果たして立ち続けることができてきたのかと。

 あらためて、趙博からのメッセージを書き起こします。


私は、私一人になっても闘う。
安倍がなんと言おうと、
公明党がどれだけ裏切ろうと、
連合がいくらフヌケでも、
私は、私を一度も守って
くれなかった「日本国憲法」を
死守する。そして、何時の日か
「天皇制は、これを永久に放棄する」
と改憲するのだ。
闘う者たちよ!「安倍vs国民」という図式だけはやけてくれ。
非国民の私たちも、君たちと同じ隊伍にいることを忘れるな。
「国民、なめるな。非国民を舐めるな!」
「怒!阿呆陀羅経」に込めた思いの丈を、
君に聞き取ってほしい。      パギやん。 排。

 今、正当な怒りが、人を繋ぐと実感しています。


by asyagi-df-2014 | 2015-08-24 05:47 | 本等からのもの | Comments(0)

本からのもの-「自己決定権 とはどういう権利か」

著書名;「自己決定権 とはどういう権利か」
著作者;島袋純
出版社;沖縄タイムス 2015年7月20日・21日・22日掲載 

 島袋純さんは、「沖縄には自己決定権などない。したがって沖縄の合意を事前に取り付ける必要などなく日米両国の政府による合意だけで基地について決定できる。それが戦後一貫した日米両政府の沖縄への取り扱いである」という現在の沖縄への状況認識を基に、これを打破するために必要なことは、「沖縄が国連を中心として国際立憲主義に基づく『人民の自己決定権』を持ちうる人民に該当すると自己規定するという共通認識を持つ」ことであると、結論づける。
 そのために、「沖縄が今なすべきことは少なくとも自己決定権を持つ集団として自己規定し、その権利宣言を行うことである」と、説く。
 また、その具体的な行動指標について、「まず、沖縄県議会は、国連植民地独立付与宣言を引用した1962年2.1決議を採択し世界に発信した琉球立法院の後継としての自負があるならば、決議としてのこの権利宣言を行うべきだろう。第2に、この宣言に基づいて、世界にそして日米両政府に基地についても沖縄に自己決定権あるとしてその権利を発信し発言していく必要がある。少なくとも自己決定権に基づく協議の場を設定しなければならない。」と、提起する。
 こうした結論を導くために、島袋は、「自己決定権とはどういう権利なのか」ということを理論的にこのなかで展開する。

 島袋は、まず最初に、その理論の目的を、「沖縄の基地問題を解決しうるあるいは辺野古の基地建設を阻止しうる自己決定権とは、いかなる法規範や考え方に基づくものなのか明らか」にし、その上で「国際人権法と国際立憲主義に基づいて沖縄の自己決定権を明らかにし、この権利回復の道筋を考える」ことに置く。

 島袋は、自己決定権の意味を、次の三つに定義する。
 第1の定義は、自己決定権を個人の権利(幸福追求権、人格権等)として見る捉え方。憲法13条をこの権利の憲法的裏付けとするすることもある。
 第2の定義は、自治体の権利、つまり「自治権」とほぼ同義として用いる場合もある。憲法では、92条から95条に裏付けられた権利ということができる。
 第3の定義は、「人民」という集団に与えられた集合的権利の意味で自己決定権(Right to Self-Determination)を用いる場合がある。ここでの自己決定権は、「主権」に近い概念で、権利の主体は「人民(people)」という集合体である。  
 島袋は、このように自己決定権の意義を整理した上で、「日本の法令によって認められた自治体および住民の自治の権利は、47都道府県および住民全てに等しく与えられている。沖縄にそのような一般的な自治権を上回る権利があってしかるべきではないか。」という問題提起を行う。
 島袋は、国際人権法等の国際的規範として確立している強固な自決の権利である上記の第3の定義を、この問題の解決のために取り入れる。
 なぜなら、この第3の定義は、「憲法および地方自治法上に保障された自治権よりもはるかに強い権利を意味する。国際人権規約第1条において、すべての人民が自己決定権を持つと規定される。『人民』は既存の主権国家の国民と同義ではなく、国家内ににおける特定集団(先住民族等)も『人民』とされ、自己決定権があるという国際的な規範が確立されている。」ものであるから、とする。

 島袋は、次の論理展開として、、「(1)『沖縄の人々は自己決定権を持つ人民に該当するか否か』、(2)「自己決定権の具体的な中身は何か」の二点について明らかにする。
 まず、(1)「沖縄の人々は自己決定権を持つ人民に該当するか否か」について、 二つの考え方を提示する。
 第1に、「既存の主権国家内において自己決定権を持つ『人民』であるとされる要件は、まず沖縄の人々を、『差別される少数派』ととらえることである」とする考え方である。しかし、この考え方には非常に難しい立証責任が生じるという問題点がある。また、この根拠規範は、国連友好関係原則宣言(1970年国連総会決議)であるが、完全に確立した国際規範とは言い切れない部分もある。
 第2に、「国連や国際法の疑念でいう『先住民族』に該当する場合である。」。この場合、沖縄の人々が国際法的に先住民族に該当するかどうかということである。
 もちろんこの場合の先住民族とは、通俗的にいう「未開の原住民」的なニュアンスではなく、「主権国家建設の際にその意思に背き強制的に併合された集団のことである。その集団が、多数集団と比べ未開であるかどうか、人種的民俗学的に同じか否かについては、全く関係がない。」ものであり、「主権国家建設の際の強制併合の歴史的実を確認すればよく歴史学的また政治学的な立証が可能である。」とされる。この場合の根拠規範は、先住民族権利国連宣言(2007年国連総会決議)やJLO169号条約による。
 実は、この第2に関連して、沖縄の人々が自己決定権を持つ『人民』に該当するか否かにについては、すでに、国際人権(自由権規約)委員会第5回日本政府報告書審査総括所見(2008年10月30日付)で、「委員会は、アイヌ民族及び琉球・沖縄の人々を特別な権利や保護を受ける視角がある先住民族として締結国(日本)が公式に認めていないことに、懸念を持って留意する(規約27条)、締結国は、アイネと琉球・沖縄の人々を国内法で先住民族と明確に認め、彼らの継承分化や伝統的生活様式を保護、保存及び促進する特別な措置を講じ、彼らの土地についての権利を認めるべきである」と、結論が出されている。 島袋は、沖縄の人々については、第2の観点で、「特別な権利、自己決定権を持つ先住民族である」という認識が、国際的にすでに成り立っているとする。

 次に、(2)「自己決定権の具体的な中身は何か」について、島袋は明らかにする。
 その具体的な中身は主に三つあるとする。
それは、国際自由権規約及び社会権規約第1条から導き出されるもので、①「政治的地位の自由」の権利、②「経済的、社会的及び文化的発展の自由」の権利と、国連先住民族権利宣言およびILO169号条約等に明記された、③土地や資源等に関する集合的な権利、の三つの権利であるとする。
この自己決定権に関わっての具体的に権利についてのそれぞれについて、島袋は説明していく。
 最初に、①「政治的地位の自由」の権利とは、「主権国家、国家連合、連邦制、自治州、自治体等々のいずれの形であれ、自分たちで政治体制、つまりいかなる権限と構造を持つ政府をつくるか、自分たちで選択し決定できることである。」。ただし、この「選択肢には幅がある」、と。
 これを、沖縄の自己決定権に当てはめると、「主権国家として独立する権利もあり、連邦的な仕組みの中で高度な自治権を持つ自治州政府として基本法をつくっていくことも選択しにあり、また既存の県の仕組みのなかで自己決定権を持つ存在といて、基地を含む沖縄のすべての問題に対して、その代表が対等な立場で参加する公式的定期的な政府との協議および決定の場を設けることもできることになる。」ということになる。この場合、その選択は、「沖縄の人々の意志に基づく」ことになる。
 次に、②「経済的、社会的及び文化的発展の自由」の権利について、「経済的」・「社会的」・「文化的」の発展の3つに分けて、それぞれ説明を加える。
 「経済的発展」の権利とは、「単に特別な経済振興計画や経済振興策があればいいというのではない。独自の社会的および文化的な発展の自由を犠牲にすることなくより調和し、その発展の自由を助長する形で経済発展が達成されているかどうかがじゅうようである。」と、する。「社会的および文化的発展」の権利とは、「社会的な格差や亀裂を解消し、連帯を強化していく」と、される。特に、独自の文化の継承と発展については、「言語教育、歴史教育を含め世紀の教育課程の中に独自の文化的継承と発展が保障されていることなどが極めて重要となる。また歴史および自然遺産の保全と継承は自己決定権の最も重要な権利の一つである・」と、押さえる。 

 ③「土地や資源等に関する集合的な権利」とは、2007年の国連総会において議決された先住民の権利に関する国連宣言に明記されており、沖縄にとって大きな意味を持つものである。
 島袋は、沖縄の自己決定権を、この『「人民』という集団に与えられた集合的権利の意味で自己決定権」として位置づけている。
これに基づくと、「沖縄の土地、沿岸域と海洋資源の保全と活用については、沖縄の人々の集合的な権利であるということである。沖縄の人々が集合的に利用してきた土地について、個人や政府の権利に優先する重要性を与えられている。沖縄の人々の集合的な意志として利用に制限をかけることができるのである。それは、沖縄の人々が先祖伝来の保全と活用の対象としてきた沿岸域においても適用される。」ということになる。
 だから、当然、辺野古新基地建設は、「辺野古の海の埋め立ては、このような土地および沿岸域いよび海の資源に関する集合的な権利の侵害であり且つ明らかにFPIC(自由で事前の情報に基づいた同意)原則に違反する、一方的な軍事基地建設であり、沖縄の自己決定権を侵害しているとしか言いようがない。」と、いうことである。

 こうした問題を捉えるために、島袋は、沖縄の実態を突きつける。
「施政権返還後、沖縄振興計画に基づく沖縄振興予算により、沖縄の経済振興が推し進められてきたが、自由な予算編成権が沖縄になく、日本政府の予算編成による統制に従属せざるを得ない問題があった。結果は特定分野の過剰供給とまた必要分野への過小供給の構造的な問題があり、最貧困地域から現在に至るまで抜け出すことができないでいる。それにより、経済格差は拡大し、貧困率が特出して高い地域であり、社会的な発展と連帯の強化に極めて重大な障害をもたらしている。
 また、独自文化の継承については、正規の教育課程の中で、琉球史・琉球語などが必修化されておらず、文化継承の権利が侵害されている。さらに米軍基地の存在と立ち入りを拒否できる米軍の特権は、歴史的遺産自然遺産の保全と継承に極めて大きな障害となっており、沖縄の人々の権利を侵害している」

 さらに、人種差別撤廃委員会2013年3月の日本政府への「最終見解」での指摘を取りあげる。この委員会は、次のようにまで、指摘している。

「委員会は、沖縄の独自性について当然払うべき認識に関する締結国(=日本)の態度を遺憾に思うとともに、沖縄の人々が被っている根強い差別に懸念を表明する。沖縄における不均衡な軍事基地の集中が住民の経済的、社会的、文化的な権利の享受を妨げいるとする、人種主義・人種差別に関する特別報告者の分析をさらに繰り返し強調する。委員会は締結国に対し、沖縄の人々が被っている差別を監視し、彼らの権利を推進し、適切な保護措置・保護政策を確立することを目的に、沖縄の人々の代表と幅広い協議を行うよう奨励する。」(21パラグラフ)


 島袋は、最後に、このように結んでいる。

「国連人権諸機関では、沖縄の人々を『先住民族』に該当するとして、沖縄が独立するか否かを含めて政治的な地位決定の自由と、沖縄の経済振興と社会的文化的な発展に関して沖縄が自由に決定する権利があること、つまり国政の都合を優先させない。自らの意志を優先させる権利=自己決定権を持ちうる存在であること、そして集合的な権利としての土地や海、資源の権利を持ちうる存在であることが共通認識となっている。だからこそ、国際人権法と国連の解釈に基づく勧告から、辺野古建設を阻止する自己決定の権利を沖縄が持つ、ということが引き出せる。」
 「解決策として国連機関は最低限、日本政府が『沖縄の人々の代表との幅広い協議』の場を設けることを要求している。民主的に正当に選出され、選出の際の沖縄の人々との公約=民意に基づく代表制を備えた代表が、沖縄の人々に人民の自己決定権があるということを前提として、沖縄の政治行政に関する多方面にわたる日本政府と協議の場を設けよ、という意味である。」

 そして、島袋は、現代階、緊急に可能な道筋として、「協議」の場の設定を提起する。

 「その協議において事前に自由にアクセスでき開かれた情報の提供がなされることが前提であり、そのような情報に基づいた同意または拒否の権利を沖縄側が持つ会議体でなければならず、またその場の形成においては沖縄の人々の意志が適切に反映されなければならない。それが現代階、緊急に可能な沖縄の人々の自己決定権の保障の道筋である。」


 現在の状況を見つめたとき、「私たちは、島袋の指摘・提起から何を受け取ることができるのか」を、緊急な課題として問われている。



by asyagi-df-2014 | 2015-07-27 05:40 | 本等からのもの | Comments(0)

本からのもの-「沖縄に内在する東アジア戦後史」


著書名;「アジアのなかで沖縄現代史を問い直す」-「沖縄に内在する東アジア戦後史」
著作者;孫歌(中国社会科学院文学研究所研究員)
出版社;沖縄大学地域研究所ブックレット11 

 この文章は、新崎盛暉「沖縄現代史」中国版の解説として書かれたものであり、2008年初夏に開催されたシンポジウム「来たるべき〈自己決定権〉のために、沖縄・アジア・憲法」に資料として出されたものである。
 
 著者は、すべての理解の始まりとしての象徴的な沖縄人との出会いを描写する。

「沖縄を離れる前、私はコーヒーショップである社会活動家の方と待ち合わせをしていた。彼女はいそいそとやって来て、コーヒーを一杯飲んだかと思うと、すぐに行ってしまった。この思い出のなかで、私は深い印象を持った。この短い会話のなかで、彼女は私にこのように語った。-沖縄の社会活動家は持続的に米軍基地に対抗する運動に力を注いでいるが、これはまさに消耗戦である。何故なら、どんな大衆運動もその始まりにおいて決起と組織化が必要になるのだが、その後どのようにその力を堅持するかということでは、その精神の消耗にもやはり限界がある。だから、米軍基地の沖縄での展開に抵抗すること、とくに米軍を沖縄から立ち退かせることはいつ終わるともしれない持久戦であり、社会運動家はときに応じて大衆運動に力を注ぎ、そして闘争の変質を食い止め、持続を保持しなければならないのだ、云々と。」

「その活動家はまた私にこう言った-米国は最終的には沖縄の基地を撤退させねばならないだろう、しかしそれは必ずしも沖縄人の勝利、米国の敗北を意味するわけではない。何故なら、沖縄を出た米軍基地は直ちに太平洋の別の島に再設置されることになるだろう。すべての島々が沖縄のように米軍基地に反対する力を有するものではない。米国は既にいくつか選択できる基地設置の方針を持っており、沖縄の抵抗によって在沖の米軍基地が追い出せても、米軍を本当に米国本土に引き揚げさせられるわけではない、云々と。」
 
 この上で、著者は、「私はこの活動家の析に感服した。彼女の眼差しのなかでは、沖縄人の闘争の目標は米国を自身の土地から追い出すことだけではなく、米国のその国土の外側の軍事基地をなくすこと、本当の意味で戦争の潜在的な脅威を消滅させることにあった。これはなんという政治的責任感だろう!」と。

 こうした出会い、気づきは、ヤマトの人間として私自身の沖縄との出会い、気づきの衝撃の度合に近いものでもある。

 著者は、この中で、沖縄の闘いの厳しさについて次のように言い当てる。

「沖縄の民衆と沖縄の思想家が日々継続している闘いは、いまだ東アジアの共有する精神的財産になっていない。この半世紀余りも続いた闘いの幾度もの紆余曲折は東アジアの国際的局面を動かし、また『島ぐるみ』の闘争行動は沖縄人の世界平和のために直接的に米軍の手足を縛りもした。膨大な力を費やしたが、しかし、沖縄人は孤独のなかで闘うしかなかった。彼らの孤独さは、日本政府によっていくたびも売り渡されたことにだけ起源があるわけではない。沖縄以外の地域での深い理解者と同盟軍が見出せなかったことにもその起源がある。」

 沖縄人と本土の、言わば「ねじ曲がった」関係について、その深刻なズレに触れる。

「実際に本土の進歩人士は沖縄に向き合うとき、常々問題の複雑さを感じ取り、為す術もなくなってしまう、ということである。本土日本人のなかの良識者は、沖縄の近代以降に遭遇したことに深刻な罪悪感を持つことで、沖縄と沖縄人と向き合うとき、彼らはいつも、『沖縄が独立すべきだ』、あるいは『沖縄は日本ではない』などと自身の心情を表現する。実際、彼らの感情はこのような表現よりもさらに複雑なものであるが。私の観察では、本土の進歩的知識人の現実離れした批判的態度は沖縄においてその立脚点の基礎を築けないし、本土の良心的知識人が沖縄に向かい合うときのまじめな『負い目』というものも沖縄社会が真に期待し要求するものとも言えない。この深刻なズレに、沖縄の人々も苦しめられ、また同様に本土の良心的知識人も苦しむのである。」

 この上で、著者は、初歩的(著者による)な一つの問題を取りあげる。
それは、「沖縄が米国に占領されて二十余年、まさに安保条約が不断に日本に浸透し、『不戦国家』から『戦争ができる国家』に変わりつつある時期、安保条約という極東の平和を守ると称する軍事条約によって、米国の東アジアにおける軍事担当者の地位が合法化され、また不断にそれが『日本化』されるなど、沖縄の基地がどうなるかは、まさに安保条約の最も核心的な問題となっている、ということである。」ということについてである。
 これに関して、次のように押さえる。なお、著者の情勢の把握は、2008年のものである。

「日本本土の思想界は意識不足と言うことではない。しかし、厄介な問題は、沖縄問題の性格が完全にの国家という視角だけに回収できないということであり、日本の進歩的知識人は沖縄現代史の困難に対して有効な視角を打ち立てることができていない。これが本書(沖縄現代史)において批判しているところの、本土安保運動の致命的な弱点の要因である。本書の筆者からすれば、本土の安保条約反対の大衆運動と沖縄民衆の闘争はお互いにズレており、このズレが沖縄民衆の反基地闘争の孤立無援な困難に繋がっている、ということになる。」 

 著者は、また、こう続ける。

「沖縄は、今日の世界において、屈辱を嘗め、本当の意味で尊敬を受けて来なかった場所である。人々が今日においていまだに理解し難いのは、沖縄は同情を欲しているのではないということである。必要なのは、『沖縄の論理』への理解と尊重であり、理解と尊重に立脚した思想と行動への支援なのである。」

 この著者の理解は、本土の進歩的知識人に向けられたものでがあるが、昨今の「言論弾圧事件」の経緯は、作家百田を始め、本土の人間にそのまま適用されるものでもある。
 それは、沖縄の論理への理解と尊重が必要なのである。

 さらに、ここで著者は、「沖縄のような社会では、帰属という、主権ともまたアイデンティティとも関連する問題は相対的なものであらざるを得ない。沖縄の思想家は、無条件の日本復帰にも、また絶対化された沖縄独立にも同様に警戒感を持っている。それはまさに、朝貢期の古琉球、及び傷ついた現代沖縄がともに与えた貴重な思想資源であるかもしれない。沖縄人はなぜ闘うのか?彼らの抵抗の方向はどのようなものであるのか?彼らは世界にどのような貢献を為しているのか?」と、もう一つの問題を取りあげる。

 このことについて、著者は、このようにまとめてみせる。

「息つく暇もない日米軍事覇権に反対する第一戦で半世紀余り戦ってきた沖縄人は、まだ彼らの『世界に通じる言葉』を練り上げる十分な時間が与えられていない。しかし、差別された苦しみ、悲惨な代償を払った沖縄人は、単に被害者として見られることも拒否し、同時に彼らの『辺境』の位置を中心へと取り替えることも拒否するとき、彼らは我々のために人類の未来の理念を生産しているのである。外側からの想像力で言えば、あるいは米国、日本から離脱すること、歴史のなかの琉球に帰ること、新たに独立自治を勝ち取ること、そういったことが沖縄人の闘争の最終到達点であるように見える。ただ沖縄人からすれば、彼らの闘争目標はそれら想像されるものよりも高いものである。彼らの具体的な奮闘は、それらの目標が設定する内容よりも豊富でしかも屈折に富んでいるものである。こういったことから、沖縄人の奮闘は、自身の困難を解決手段にとどまらないもので、むしろそれによって原理を創り出すことなのだ。」

 豊富でしかも屈折に富んだ現在の辺野古新基地建設反対の運動を含んだ沖縄の闘いは、「世界に通じる言葉」の発信の領域に届きつつあるのではないか。

 著者は、このように記述して終わる。

「沖縄人が既に実践のなかで探し出した政治表現の方法は、必要な転化を通じてしか我々の実際の問題意識に繋げられないものであろう。我々は、直接的にそれらの貴重な思想経験を利用することはできない。しかし、たとえ、そのような意味で沖縄に学ぶことができないものであっても、少なくとも我々は手を胸に当てて自問してみたい。沖縄人の反戦平和における国際的な視野、沖縄人が覇権に反対する平等共生の理念、沖縄の思想家がアイデンティティの問題について表す覚めた判断力は、まさに中国に欠けているコンセンサスではないだろうか?ということである。」


by asyagi-df-2014 | 2015-07-26 05:45 | 本等からのもの | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
画像一覧
更新通知を受け取る