カテゴリ:書くことから-憲法( 183 )

安倍晋三政権を批判し続けること。

 琉球新報(以下、「新報」)は2019年5月8日、「安倍首相の改憲姿勢 憲法軽視の弊害もたらす」、と社説で批判した。
 何と当たり前のことを、と笑ってはいけない。
間違っていることを指摘続けることの大変さと意義を、沖縄の闘いから学んできているから。
 安倍晋三首相の薄ら笑いが耐えがたいとしても。
今回の「新報」の指摘は次のものである。


(1)安倍晋三首相は3日に公開したビデオメッセージで、憲法9条への自衛隊明記を軸とした改憲に意欲を示し、2020年施行の目標も堅持していると明言した。しかし、国民の中に改憲を求める声は高まっていない。改憲自体が目的になった政権と与党自民党の、乱暴な手続きや発言が目に付くだけだ。
(2)自民党は18年3月に(1)9条への自衛隊明記(2)緊急事態条項の新設(3)参院選「合区」解消(4)教育無償化・充実強化―の改憲4項目をまとめた。      (3)このうち参院選の合区解消は、二つの県にまたがって一つの選挙区とする「合区」を改めるものだが、選挙制度の議論であり憲法のテーマとして唐突感が否めない。合区の解消は1票の格差を是認するものだ。国民の権利に関わる重大な問題であるにもかかわらず議論が不足している。
(4)教育の充実強化については憲法ではなく教育基本法など関連法で十分に対応が可能な内容だ。
(5)自衛隊を憲法9条に明記することと、緊急時に国民の権利を制限できる「緊急事態条項」を憲法に加えることにこそ真の狙いがある。聞こえのいい教育無償化を付け焼き刃で盛り込み、安倍首相が悲願とする改憲のハードルを下げる思惑ばかりがちらつく。


 「新報」の指摘、批判は続く。


(1)自民党の萩生田光一幹事長代行は4月にインターネットテレビ番組に出演した際、今通常国会で一度も開催されていない衆参両院憲法審査会の運営を巡り「新しい時代(令和)になったら、少しワイルドな憲法審査を進めていかないといけない」と発言した。野党の批判で陳謝に追い込まれたが、改正憲法施行に躍起な自民党の本音が表れている。
(2)それまでの自民党の改憲草案は「自衛軍」の創設や、前文に「国や社会を自ら守る責務」をうたうなど、公益重視の内容だった。国家権力を縛るべき憲法を、国民の権利を制限する方向へと変えていこうというのが首相や自民党が本来持っている憲法観だ。共同通信が2~3月に実施した世論調査によると安倍政権下での改憲には反対が54%で、賛成42%を上回った。国民に理解が深まっているとは言えず、それ自体が目的化した改憲の怪しさを国民は見透かしている。


 最後に、「新報」は、日本の現状に警告する中で、次のようにまとめる。


「14年6月にさいたま市で、憲法9条を守ろうというデモを題材にした俳句が、『公平性、中立性を害する』との理由で公民館だよりへの掲載を拒否された。作者への賠償を市に命じる判決が昨年12月に確定した。憲法を尊重する義務のある公務員が、憲法を守ろうという内容の表現に「政治的」とレッテルを貼り、排除することは異常というほかない。安倍政権の改憲姿勢が憲法軽視の風潮を生んでいるのではないか。政権がもたらした弊害と言っていい。安倍首相は国民の理解が得られない改憲は直ちに断念すべきだ。」


 確かに、安倍晋三政権は、改憲は直ちに断念しなければならない。



by asyagi-df-2014 | 2019-05-17 07:05 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

日本国憲法を手に取ってみる。(4)

2019年5月3日、毎日新聞(以下、「毎日」)は、「令和の憲法記念日に 国会の復権に取り組もう」、と社説で論評した。
やはり、日本国憲法をめぐる状況は危機的なものであるに違いない。朝日新聞に続いて「毎日」もまた安倍晋三政権を批判せざるを得ないところまで来ている。
 「毎日」は、次のように指摘する。


「憲法は国の背骨と言われる。日本国憲法が施行から72年の時を刻み、姿を変えずに令和の時代へとたどり着いたのは、基本的によくできた憲法であるからだろう。ただし、憲法典そのものが修正なしの長寿を保っているからといって、現実の国家運営が健全だということにはならない。大事なのはむろん現実の姿だ。国民の代表が集う国会は、絶えず憲法について論じ、その価値体系に磨きをかける努力が求められる。安倍晋三首相が政権に復帰して6年半になる。歴代で最も改憲志向の強い首相は『改憲勢力』の拡張に執念を燃やし、選挙でそれなりに勝利してきた。それでも衆参両院の憲法審査会は停滞したままだ。」

 「毎日」は、「なぜだろうか。」、と重ねる。


(1)野党の硬直的な態度が一因であることは確かだろう。しかし、本質的な原因は物事の筋道を軽んじる首相の姿勢にあるのではないか。
(2)ちょうど2年前、安倍首相は改憲派集会向けのビデオで憲法9条への自衛隊明記案を打ち上げ、「東京五輪のある2020年に新憲法施行を」と期限まで付けた。
(3)いずれも自民党内での議論を積み上げたものではない。国会で真意をただした野党議員には「(インタビューを掲載した)読売新聞を熟読してもらいたい」と言い放った。(4)昨秋、党総裁3選を果たすと、憲法に関わる国会や党の要職を側近で固め、与野党協調派を排除した。今年2月の党大会では、憲法が自衛隊を明記していないから自治体が自衛官募集に協力しないと、言い掛かりのようなことまで言っている。
(5)首相の軌跡をたどると、やはり幾つもの無理が積み重なっている。


 「毎日」は、「無理を積み重ねた首相」、と具体例をさらに積み重ねる。


(1)国内最強の実力組織である自衛隊を憲法上どう位置づけるべきか。その問題提起は間違っていない。ただ、日本の防衛政策は憲法9条と日米安全保障条約のセットで成り立っている。9条に自衛隊と書けば、自衛官は誇りを持てるといった情緒論に矮小化すべきではない。
(2)ましてや9条改正で日本の抑止力が増すかのような右派の主張は、少子化対策と憲法に書けば人口減が止まると言っているようなものだ。
(3)だから9条の見直し議論は、日米安保体制や、不平等な日米地位協定の改定を含めてなされるべきだ。その作業を避ける限り、政権として「戦後レジームからの脱却」をうたいながら、沖縄には過酷な戦後レジームを押しつけるいびつさが続く。
(4)今、憲法をめぐって手当てが必要なのは、9条の問題よりもむしろ、国会の著しい機能低下だろう。その最たるものは首相権力に対する統制力の乏しさだ。議院内閣制にあって、国会はあらゆる政治権力の源泉である。国会の多数派が首相を選び、首相は内閣を組織して行政権を行使する。ところが、「安倍1強」が常態化してくるにつれ、内閣は生みの親に対してさほど敬意を払おうとしなくなった。親にあれこれと指図する場面さえも目立ってきた。
(5)昨年の通常国会では森友学園をめぐって財務官僚による公文書改ざんが発覚した。行政府が国会を欺くという前代未聞の事態なのに、国会による真相究明はまったくの尻すぼみで終わった。首相が麻生太郎財務相を更迭することもなかった。
(6)国会の最も重要な役割は、社会一般のルールとして法律を制定することだ。多くの国民の利害にかかわるため、法案の妥当性は多方面から注意深く吟味されなければならない。それには正確な情報が要る。
(7)しかし昨秋、外国人労働者の受け入れ拡大に向けて政府が提出した入管法改正案は、新制度の具体的な内容をことごとく法務省令に委ねる立法府軽視の形式になっていた。


 施行72年目の日に、「毎日」は次のようにまとめる。


(1)憲法の基本思想は権力の分立による「抑制と均衡」だ。立法府が行政府に必要な統制力を働かせて初めて健全な憲法秩序が生まれる。
(2)平成期を通した一連の政治改革で首相権力が飛躍的に拡大したのに、国会の行政監視機能は貧弱なままに留め置かれた。ここに国政の構造的な問題があるのは明らかだろう。(3)平成の目標が首相官邸機能の強化だったなら、令和の目標は国会の復権であるべきだ。国政調査権の発動要件に、西欧のような野党配慮を盛り込むだけでも国会は変わる。(4)国会と政府の均衡を取り戻すことが、生産的な憲法対話の近道だ。
.


 確かに、「憲法の基本思想は権力の分立による「抑制と均衡」だ。立法府が行政府に必要な統制力を働かせて初めて健全な憲法秩序が生まれる。」(「毎日」)、であることに違いない。



by asyagi-df-2014 | 2019-05-14 07:08 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

日本国憲法を手に取ってみる。(3)

2019年5月3日、朝日新聞は(以下、「朝日」)は「AI時代の憲法 いま論ずべきは何なのか」、と社説で論評した。
今回は、AI時代とは何なのかというちょっとした違和感の中から、施行72年目の日本国憲法を見る。
「朝日」は、「AI(人工知能)が日本国憲法の前に立ちはだかる――。」、と始める。
「朝日」のAI時代の憲法への指摘-揺らぐ「個人の尊重」-は、次のものである。


(1)SFの世界の話ではない。学界や経済界では、現実に起こりうる課題として真剣な議論が交わされている。一部では、もはや人ごととは言えない状況がすでに生まれつつあるといってもいい。
(2)「AIによる人間の仕分けが、差別や深刻な排除を生む可能性があります」
(3)憲法学が専門で、昨年夏、さまざまな分野の専門家とともに『AIと憲法』を出版した山本龍彦慶応大教授はそう語る。
(4)懸念されるのは、たとえばこんな事態だ。
(5)企業の採用や人事、金融機関の融資の審査といった場面で、さまざまな個人情報に基づいてAIが人間に点数をつける。いったんAIからだめ出しをされると、その理由の説明もないまま、否定的な評価が知らぬ間に社会で共有され、ずっとついて回る。まさに、「個人の尊重」(13条)や「法の下の平等」(14条)という日本国憲法の基本的な原理に関わる問題だ。
(6)山本氏はAI自体に否定的なわけではない。経済合理性や効率性の追求に目を奪われるのではなく、「憲法と調和的なAI社会」の実現が必要だという。
(7)「激変する社会における新しい憲法論」。経済同友会の憲法問題委員会が先月、公表した報告書の一章だ。
(8)個人の購買履歴やウェブサイトの閲覧履歴などから、その人の趣味嗜好(しこう)、健康状態までAIに予測させるプロファイリングは、個人の尊厳やプライバシーを侵害しないか。
(9)選挙において、SNSを使って有権者を特定の投票行動に心理的に誘導する手法は、国民主権の原理を根底から揺るがす危険がないか。


 どうやら、「朝日」の「AI(人工知能)が日本国憲法の前に立ちはだかる――。」との意味は、「AIやビッグデータの活用など急速に進む技術革新が、私たちの生活を豊かにする一方で、人権や民主主義を脅かしかねないと警鐘を鳴らした。」、ということになる。
 確かに、この指摘は、よくわかる。
 さて、「朝日」は、一方、「時代の変化に応じて、憲法が定める普遍的な原理をどのように守っていくのか。徹底した議論の先に、あるいは憲法の条文を見直した方がよいという結論に至る可能性もあろう。しかし、今の安倍政権の憲法論議は、そうした真摯なアプローチとは全く逆の姿に見える。」、と明確にし、「改憲ありきのひずみ」と批判を次のように加える。


(1)3月半ば、神奈川県横須賀市の防衛大学校の卒業式。訓示の終盤で安倍首相は、司法が唯一、自衛隊を違憲とした1973年の札幌地裁の「長沼ナイキ訴訟」判決を取り上げた。会場には、判決当時、防大で学んでいた卒業生もいた。「皆さんも、心ない批判にさらされたかもしれません」。首相はそう語ったうえで「自衛隊の諸君が強い誇りをもって職務をまっとうできるよう環境を整えるため、全力を尽くす決意です」と、9条改正に意欲を示した。
(2)首相は2年前のきょう、9条への自衛隊明記を打ち出し、2020年を新憲法施行の年にしたいと表明した。しかし、この改憲で自衛隊の役割や位置づけは何も変わらないという。一方で、改正が必要な根拠については時々で力点が変わっている。
(3)憲法学者の多くが自衛隊を違憲といい、教科書にも「違憲」と書かれている。自衛官の子どもが肩身の狭い思いをしている……。今年に入ってからは唐突に、自衛官募集に自治体の協力が得られないことを理由に挙げだした。
(3)正確な事実を踏まえず、自衛隊が国民の間にすっかり定着している現実をも無視した首相の主張は、「改憲ありき」のご都合主義にしか映らない。


 「朝日」は、現状への分析のあり方や現状への批判に加えて、「主権者こそが考える」と72年目を迎えた日本国憲法の今の意味をこの様に位置づける。


(1)昨年のきょうの社説は、森友・加計問題などで国の統治の根幹がないがしろにされる中、安倍政権が「憲法改正を進める土台は崩れた」と書いた。それから1年。森友・加計問題の解明はたなざらしのうえ、国の政策立案の基礎となる統計の不正も明るみに出た。政治や行政への信頼回復は道半ばであり、土台は崩れたまま、と言わざるを得ない。
(2)憲法に照らして、いま考えなければいけないテーマは、AI以外にもさまざまある。
(3)非正規の増加などで貧困が広がる中、憲法25条が国民の権利とした「健康で文化的な最低限度の生活」をどう描くのか。
(4)人口減少が進み、外国人労働者がますます増える「多民社会」の下、外国人の基本的人権をどう守るのか。
(5)「安倍1強」が極まり、首相官邸の「下請け機関」化したとも形容される国会の機能の立て直しや、時の首相による乱用を防ぐための衆院の解散権のあり方など、統治機構をめぐる議論も活性化させたい。


 この上で、「朝日」は、「憲法に縛られる側の権力者が、自らの思い入れで、上から旗をふる改憲は、社会に亀裂をもたらし、憲法の価値をかえって損なう恐れもある。豊かな憲法論議は、主権者である国民が主導するものであるべきだ。」、と断じる。


 確かに、本来「憲法に縛られる側の権力者が、自らの思い入れで、上から旗をふる改憲」(「朝日」)は、社会に亀裂をもたらし、憲法の価値をかえって損なうことは、間違いない。



by asyagi-df-2014 | 2019-05-13 06:48 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

日本国憲法を手に取ってみる。(2)

2019年5月3日、琉球新報(以下、「新報」)は、「憲法施行72年 令和の時代も守り続けて」、と社説で論評した。
今回も、施行72年の日本国憲法を、日本国憲法が適用されなかった沖縄から見る。
「新報」は、「2020年の改正憲法施行を唱える安倍晋三首相の下で憲法は危機を迎えている。辺野古新基地建設のため昨年12月に政府が強行した土砂投入にこそ、人権よりも国家や軍事を優先する安倍改憲の本質が表れている。民主主義をないがしろにする政権の暴走を止めなくてはならない。」、と琉球新報社としての見解をまず最初に明示する。
 「新報」の指摘は、次のものである。


(1)天皇の代替わりの中で、日本国憲法は施行から72年を迎えた。新しい時代も平和が続くことを願う国民の期待を踏まえると、今年ほど憲法の持つ意義と価値を見つめ直す機会もないだろう。
(2)平成の30年余は、現憲法の下で即位した象徴としての天皇が、一つの元号を全うする初めての時代になった。
(3)上皇さまは1989年の即位に当たり「憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓う」と語り、在位中で最後の昨年12月の誕生日記者会見で「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)している」と胸の内を明かした。
(4)憲法99条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と、憲法の尊重擁護の義務を定める。先の大戦の反省に立ち、権力者が暴走して国家を思うままに操ることがないよう、法によって国家権力を縛る「立憲主義」を規定した条文だ。憲法の擁護者としての上皇さまの姿勢は単に個人の心掛けではなく、憲法により主権者となったわれわれ国民との最も重要な約束事だった。


 ここから、「新報」は安倍晋三政権への批判に移る。


(1)ところが内閣の長として同じく憲法尊重義務を負う安倍首相は、ことあるごとに改憲への意欲を語ってはばからない。2017年の憲法記念日には憲法9条に自衛隊を明記することを柱に「20年の改正憲法施行」の号令をかけ、自民党は改憲4項目の条文案をまとめた。
(2)集団的自衛権を認めていない憲法解釈をねじ曲げて安全保障法制を成立させ、自衛隊による米軍支援の領域を地球規模に拡大した。憲法を無視して現実を変更しておきながら、「現実に即した」憲法にすると改憲を正当化する論法は詭弁(きべん)と言うほかない。
(3)辺野古埋め立て反対の明確な意思を示した県民投票を顧みず、「辺野古が唯一」と開き直る政府の姿勢は憲法が保障する基本的人権を侵害するものだ。民主的な手続きを無視し、日米同盟の名の下に軍事強化を押し付ける。これで法治国家と呼べるのか。
(4)自衛隊明記の改憲がなされれば、戦力不保持を定めた9条は空文化する。南西諸島への配備が進められる自衛隊の存在は周辺地域との緊張を高め、沖縄の島々が再び戦禍に巻き込まれる危険がある。


 この上で、「新報」は、「令和も戦争がない時代にするためには、国家権力を制約する平和憲法を守り続けていくことが不可欠だ。首相は憲法尊重擁護の義務を踏まえ、辺野古の埋め立て工事を直ちに断念すべきだ。」、と断じる。


 今回の「新報」の見解は、施行72年目を迎えた日本国憲法と沖縄という「構図」から分析はされなかった。
 ただ、「自衛隊明記の改憲がなされれば、戦力不保持を定めた9条は空文化する。南西諸島への配備が進められる自衛隊の存在は周辺地域との緊張を高め、沖縄の島々が再び戦禍に巻き込まれる危険がある。」、との指摘は、まさしく、安倍晋三政権の狙いそのものである。




by asyagi-df-2014 | 2019-05-12 07:37 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

日本国憲法を手に取ってみる。(1)

 施行72年の日本国憲法を、日本国憲法が適用されなかった沖縄から見る。
2019年5月3日、沖縄タイムス(以下、「タイムス」)は「[憲法と地位協定]生活視点で問い直しを」、と社説で論評した。
「タイムス」は、沖縄は、「米国の施政権下にあった復帰前の沖縄に、憲法は適用されなかった。『本土並み』になったのは施政権が返還された1972年5月15日以降のことである。」でしかないと示す。その上で、「『憲法が凍結された社会』が、どのような社会なのか、体験のない若い世代には想像しにくいかもしれない。」、と始める。
また、「タイムス」は、沖縄の日本国憲法適用の闘いと憲法適用と同時にもたらされた安保条約日米地位協定適用が引き起こした現実を示す。
 それは、「憲法や国内法で定められた権利は、米軍の特権などを定めた地位協定や関連取り決めによって侵食され、虫くい状態である。」、という次の指摘である。


(1)自治や人権など憲法にうたわれたさまざまな権利をどのように獲得していくかが、当時の大きな課題だった。
(2)65年4月、立法院は5月3日を憲法記念日とする「住民の祝祭日に関する立法」の改正案を全会一致で可決した。「憲法のわが沖縄への適用を期す」との願望を込めて。
(3)その年の9月、沖縄の住民は、日本への渡航拒否に対する損害賠償と、沖縄在住被爆者への医療費支給を求め、国を相手取って、東京地裁に違憲訴訟を起こしている。判決前に施政権返還が実現し、訴えは取り下げられたが、講和条約に基づく沖縄統治の理不尽さに対し、住民はさまざまな形で権利のための闘いを組織した。
(4)施政権返還によって憲法と同時に、日米安保条約と地位協定が適用された。政府はこれを「本土並み」だとアピールしたが、米軍基地が集中する社会に、地位協定が適用されると、どういうことになるか。復帰から47年。

 
 あわせて、「タイムス」は、沖縄の置かれてきた「構図」への違和感のひろがりを指摘する。


(1)沖縄返還協定の調印の際、当時の屋良朝苗主席は「本土並みといっても沖縄の基地は規模と密度と機能が違う」と指摘し、形式的な本土並み論に強い不満を表明した。
(2)沖縄の過重負担という基本的な構図は、あの時から変わっていない。
(3)ただ、米軍再編と日米一体化が進んだことによって、地位協定を巡る問題は、いっきに全国に飛び火した。
(4)オスプレイは県外での訓練の途中、各地に緊急着陸するようになった。米軍横田基地(東京)の周辺空域は、今も米軍が管制権を握っており、日本の航空機は自由に飛ぶことができない。その異常さに多くの都民が気付くようになった。
(5)全国知事会は昨年8月、地位協定の抜本的な見直しを日米両政府に提言した。
(6)作家の高村薫さんら有識者でつくる「世界平和アピール七人委員会」も4月、抜本的改定を求めるアピール文を発表した。


 72年目の施行の日、「タイムス」はこう訴える。


「憲法記念日というと、決まったように「護憲派」と「改憲派」の主張が紹介され、9条改憲を巡る安倍政権の動きが取り上げられる。だが、9条改憲以上に、生活に根ざした、優先して取り組むべき課題は多い。共同通信社が3月に実施した全国電話世論調査によると、安倍晋三首相の下での憲法改正に51・4%が反対、賛成は33・9%にとどまった。沖縄にとって切実なのは地位協定の抜本的な改定である。9条改憲よりも国内法の原則適用を急ぐべきだ。」


 確かに、「憲法や国内法で定められた権利は、地位協定や関連取り決めによって侵食され、虫くい状態である。」(「タイムス」)、という状況の早急な改善が必要である。




by asyagi-df-2014 | 2019-05-11 07:21 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

「自民党職員の改憲ソング」だって。その手には乗らない。

 毎日新聞(以下、「毎日」)は2019年3月3日、「自民党職員の改憲ソングに漂う“軽さ” 国家の規範も「もう替えよう」?」、との記事を掲載した。
第一印象は、ここまできたか。
 でも、その手には乗らない、とも、
 「毎日」は、「歌を聴いて、安倍晋三首相が目指す改憲路線を考えてみた。」、と次のように紹介する。


(1)♪憲法なんてただの道具さ♪ 憲法を改正しようと高らかに歌う「改憲ソング」が、2月に発売された。企画したのは自民党本部の職員で、自身が歌っている。「個人の作品で、自民党とは無関係だ」と強調する。耳になじみやすいメロディーだが、曲全体に漂う「軽さ」は何だろう。歌を聴いて、安倍晋三首相が目指す改憲路線を考えてみた。     【江畑佳明/統合デジタル取材センター】
(2)タイトルは「憲法よりも大事なもの」(CDシングル、1080円)。2月6日に発売された。アマゾンなどで購入でき、動画投稿サイト「ユーチューブ」でも視聴できる。メロディーはややアップテンポのフォーク調で、なじみやすい。問題は歌詞だ。
(3)♪いつまでも同じ服は着られない 大人になったらもう着替えよう♪と、まずは改憲の必要性を訴え、サビの部分で、こう呼びかける。 ♪憲法なんてただの道具さ 変わること恐れないで 憲法よりも大事なものは 僕たちが毎日を幸せに安全に暮らすことさ♪
(3)「原案」と歌を担当したのは、自民党政務調査会の前審議役、田村重信さん(66)。これまで安全保障政策や憲法問題に取り組み、著書は共著を含め「防衛政策の真実」(扶桑社)や「改正・日本国憲法」(講談社)など約50冊に及ぶ。昨年1月に定年退職し、その後嘱託職員として再雇用された。
(4)憲法改正を目指す自民党の広報戦略なのかと思いきや、本人は「セカンドライフを充実させたいという思いから作った。党は全く関係ない」と、あくまで個人の仕事だと主張する。以前から歌うことが好きで、CDを出した経験もある。作詞と作曲は、音楽プロデューサーの坂本裕介さんが担当した。田村さんは「旧知の間柄で、憲法についても議論してきた」と語る。
(5)改憲ソングといえば、中曽根康弘元首相が作詞した「憲法改正の歌」(1956年)が知られる。やや勇ましい曲調で、歌詞は「押し付け論」に基づき、とにかく硬い。
(6)♪平和民主の名の下に 占領憲法強制し 祖国の解体を計りたり♪
(7)田村さんは自身の改憲ソングについて「中曽根さん以来ではないか」と胸を張る。
(8)田村さんの歌詞は「憲法改正の歌」と異なり、改憲を声高に叫んでおらず、全体的に抽象的な内容だ。「憲法に興味のない人や改憲に反対の人たちに届くように、聞きやすいものにしたかったから」(田村さん)。「日本は経済の停滞など、さまざまな閉塞感が漂っている。今の日本はこれでいいのか。世の中の変化に合わせて、憲法改正だけではなく、前に向かって一歩踏み出そうじゃないか。そんなメッセージを込めた」とも。
(9)それにしても、「毎日を幸せに暮らすこと」が「憲法」より大事だと言うが、現行「憲法」のもとでは「幸せ」に「安全」に暮らせないのか。
(10)さらに、歌詞にこうある。
 ♪誰かの助けを待つんじゃない 自分の力で立ち上がろう♪
 ここは、他国からの侵略をにおわせ、9条の改正を想起させる。「戦後、日本が平和だったのは憲法があったからではない。その考えは幻想で、日米安全保障体制と自衛隊によって守られた」と田村さんは持論を展開した。
(11)改憲ソングを、専門家たちはどう見るのか。九州大法学部の南野森(みなみの・しげる)教授(憲法)は「『憲法は道具』という表現は、確かにその通りです。憲法は国民を幸せにするためのものだから」と一定の理解を示しつつも、「いつまでも同じ服は着られない 大人になったらもう着替えよう」の部分を「憲法のたとえとしては不適切だ」と批判する。「本当に改憲したいなら、どの条文をどのように変えたいかの具体的な訴えがあってしかるべきだ。『もう着替えよう』からは『時代が変わったし、細かいことは考えなくていいから……』というニュアンスを感じる。憲法について真剣に考えているのか疑問です」と首をかしげる。その上で、南野さんは改憲ソングを「安倍首相がこれまで唱えてきた改憲論の延長線上にある」と指摘する。
(12)安倍首相はかつて、憲法の国会発議のハードルを下げようと96条(憲法の改正手続き)を改正しようと主張した。しかし、憲法学者の小林節氏に「裏口入学だ」と厳しく批判され、世論の反発でトーンダウンした。その後、東日本大震災への対処が不十分だったなどとして政府に一時的に強大な権限を与える「緊急事態条項」新設に意欲を示した。だが、これもトーンダウン。現在は9条への自衛隊明記にこだわり、「自衛官の息子が『お父さん、憲法違反なの』と涙を浮かべた」というエピソードを説いて回る。南野さんは言う。「安倍政権は、改憲の中身は関係なく、改憲そのものを目的としている。今回の歌にもその考えが表れています」
(13)「憲法のコモディティー(商品)化だ」と懸念するのは文筆家の平川克美さんだ。「グローバリズムという病」(東洋経済新報社)などの著書がある。平川さんは、服のたとえの部分を問題視している。「例えば『パソコンが古くなったから新しく買い替えよう』というのと同じ発想だ。憲法には先人たちが積み上げてきた歴史的な英知が反映されている。『時代が変わったから』というような短期的な理由で、国家の規範が変更されないために憲法が存在している。そういう基本的な憲法の精神を無視している」と批判する。そして「この『買い替えよう』という考え方は、経済発展を遂げた日本で受け入れられやすい。簡単に改憲していいという風潮が広がる可能性がある」と憂慮する。
(14)「政党による政治的宣伝は「プロパガンダ」と呼ばれる。田村さんは改憲ソングを自民党とは無関係だと強調するが、「たのしいプロパガンダ」(イースト・プレス)などの著書がある近現代史研究家、辻田真佐憲さんは「この歌もプロパガンダのひとつと言わざるをえない」と指摘する。この曲は「ヒット」するのだろうか。辻田さんは「効果の大きいプロパガンダは、人気歌手が歌うなどエンターテインメント性が高い。今回は大きな広がりにはならないのではないか」と否定的だ。それでも、気になる点があるという。「今後もし憲法改正の国民発議が行われ、国民投票が実施される段階になると、CMなどで改憲派と護憲派が主張を激しくぶつけ合う宣伝合戦となる事態が考えられる。その時に冷静に判断できるよう、日ごろからプロパガンダに備えておく必要がある」と警鐘を鳴らす。


 その手には乗らない。

「時代が変わったし、細かいことは考えなくていいから」ね。
だって、CDもでてるよ。
 ちょっと、車の乗り換え気分でやればいいんだよ。

やはり、その手には乗らない。



by asyagi-df-2014 | 2019-03-14 07:51 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

日本国憲法第99条の憲法尊重擁護義務に反すること。

 沖縄県民が2019年2月24日に沖縄県民投票で示した民意については、「住民自治の原則及び憲法95条の趣旨に照らし、最大限に尊重されるべきである」ことは、明白である。
 だとすると、安倍晋三政権が散り続けている行為は、日本国憲法第99条の憲法尊重擁護義務に違反するものである。
例えば、このことに関して、琉球新報は(以下、「新報」)2019年3月2日、「知事が投票結果伝達 首相の民意黙殺許されぬ」との見解を示した。
「新報」は、「辺野古新基地建設は直ちにやめることだ。」、と次のように指摘する。


(1)玉城デニー知事が安倍晋三首相と会談し、辺野古新基地建設に伴う埋め立てに7割超が「反対」した県民投票の結果を伝えた。安倍首相は「(米軍普天間飛行場の)危険な状況を置き去りにするわけにはいかない」と述べ、沖縄の民意を拒絶した。
(2)首相の言葉は明らかに矛盾している。普天間の危険性除去は喫緊の課題だ。2013年に政府が発表した現行計画では、普天間飛行場の返還期日は「22年度以降」となっている。しかし、政府が目指す普天間の代替施設としての辺野古新基地の工事は始まったばかりだ。しかも埋め立て海域には、首相自ら改良工事が必要と認めた、「マヨネーズ状」と称される軟弱地盤の問題がある。首相は国会で「今後の工期や費用について確たることを申し上げることは困難」と答弁し、明言できない。工期が長期化する可能性は極めて大きい。
(3)普天間の危険を置き去りにしないために政府は、今すぐ米国と交渉し、普天間の運用停止に取り組むべきだ。辺野古新基地建設は直ちにやめることだ。


 「新報」は、指摘の根拠を次のように示す。


(1)2月24日投開票の県民投票は辺野古の埋め立てに「反対」が72・15%、「賛成」19・1%、「どちらでもない」8・75%だった。玉城知事は県民投票条例に基づき、首相と在日米大使館に投票結果を手渡した。
(2)安倍首相との面談で玉城知事は2点を求めた。反対が7割超となった県民投票の民意を尊重し、埋め立て工事を中止すること、沖縄の負担軽減を決めた日米によるSACOに沖縄を加えた新しい三者協議の場をつくることだ。
(3)いずれも正当な要求だ。辺野古の埋め立てという、ただ一つの賛否が問われた県民投票で、反対が7割超となった。政府は辺野古新基地を「唯一の選択肢」と言い続けてきたが、さまざまな利害調整を経て課題解決を図る政治の問題で「唯一」はあり得ない。
(4)在日米軍専用施設の7割を負わされる沖縄が、負担軽減を話し合う枠組みに入っていない問題は繰り返し指摘されてきた。
(5)SACOで合意された基地返還のうち、普天間をはじめとしてキャンプ・キンザー(牧港補給地区)、那覇軍港など主だった基地は返還が進んでいない。いずれも沖縄の要望を聞くことなく県内移設が条件とされたからだ。


 結局、今回の「話し合い」でも、安倍晋三政権の意向は、沖縄県の民意を否定するもであった。
 やはり、「新報」は、こう主張するしかない。


「安倍首相は玉城知事との面談で県民投票の結果については『真摯に受け止める』としたものの、『日米合意から20年以上がたつ中において、もはやこれ以上の先送りはできないと考えている』と民意を突っぱねた。玉城知事の要望2点に対する言及はなかった。安倍首相が置き去りにしているのは、沖縄の民意だ。黙殺することは断じて許されない。沖縄の声を受け止め行動するのは政府の務めだ。」


 確かに、この「新報」の主張には、「安倍晋三政権が散り続けている行為は、日本国憲法第99条の憲法尊重擁護義務に違反するものである。」、との論理が込められている。




by asyagi-df-2014 | 2019-03-12 08:38 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

日本国憲法の立憲主義の意味を全く理解していないこと。

 一国の大臣が戯れ言を言っているのではない。
 驚くことに本心であるというのだ。
 いかに、この国が、憲法を軽んじているのかということではあるのだが。

沖縄タイムス(以下、「タイムス」)は2019年2月28日の社説を、「[国には国の民主主義]そこまで言うんですか」、と論評した。
「タイムス」は、「県民投票で示された民意を政府はどう考えているのだろうか。」、と始める。
「タイムス」の指摘は次のものである。実は、当たり前の指摘である。


(1)菅義偉官房長官は、名護市長選で政府・与党が推す候補が当選したとき、「選挙は結果がすべて」だと言った。けれども、知事選で辺野古反対の翁長雄志氏や玉城デニー氏が大差で当選したときは「結果がすべて」だとは一言も言わなかった。
(2)選挙にはいろいろな要素がある、と口を濁し、政府方針に影響がないことを強調するだけであった。これを二重基準と呼ぶべきか、ご都合主義と言うべきか。
(3)ならば、県民投票で辺野古埋め立てに対する反対票が投票総数の7割超に達した事実はどう評価するのか。
(4)岩屋毅防衛相は26日の記者会見で、「沖縄には沖縄の民主主義があり、しかし国には国の民主主義がある」と、あ然とするような民主主義観を披露した。「沖縄には沖縄の、国には国の民主主義がある」とは初めて聞く話である。戦後27年間、憲法が適用されなかった沖縄に、本土同様の民主主義がなかったのは確かだ。だが、今回の県民投票は、地方自治法に基づいて住民が必要な署名を集め、条例制定を県に直接請求し、県議会で成立した投票条例に基づいて行われたもの。住民投票は制度化された直接民主制の一形態である。
(5)投票結果が気に食わないからといって「沖縄には沖縄の、国には国の民主主義がある」と言うのは論理が飛躍しており、あまりにも乱暴だ。


 また、次のように、具体的に反論する。


(1)岩屋防衛相は昨年12月、辺野古移設について、視察先の北海道で「日米同盟のためではない。日本国民のためだ」と記者団に大上段に語った。果たすべき説明責任を果たさず、「この紋所が見えないか」とすごんでいるような言い方である。「日本国民のため」であれば、なおさらのこと、米軍専用施設の約7割が集中する沖縄に建設すべきではない。政府は一地域に偏らない公正・公平な負担の実現をめざすべきである。
(2)岩屋防衛相は25日、県民投票結果を「一つの沖縄の民意」だと認めつつ、「普天間基地を返還してもらいたいということも、沖縄の皆さんの強い民意だ」と強調した。県議会は昨年2月、オスプレイなどの相次ぐ事故に抗議し、「普天間飛行場の即時運用停止」を全会一致で決議した。普天間返還が沖縄の民意であることは、言われるまでもない。
(3)普天間飛行場返還に向けた当初の日米合意は、既存の基地内にヘリポートをつくる、というものだった。当時、橋本龍太郎首相は、沖縄の頭越しには進めない、とも強調していた。辺野古移設が固まった段階でも橋本氏は、撤去可能な海上基地にこだわった。それが後退に後退を重ね、当初案とは似ても似つかない新基地建設計画に変わったのである。
(4)軟弱地盤の改良工事によって工期は大幅に延び、経費も膨大な額に膨らむ。


 結局、「タイムス」は、「2月24日」の結論-「辺野古に固執すればするほど普天間返還は遅れる。」-を突きつける。




by asyagi-df-2014 | 2019-03-07 08:37 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

神奈川県弁護士会及び鳥取県弁護士会の会長声明を読む。

 神奈川県弁護士会は2019年1月24日に「辺野古沿岸への土砂投入を中止し,普天間飛行場代替施設の建設について 根本的に見直すことを求める会長声明」、鳥取県弁護士会は2019年1月25日に「沖縄県民の民意を尊重し、辺野古新基地建設の停止を求める会長声明」をそれぞれ発表した。
この二つの県の弁護士会会長声明を読む。


1.声明の根拠

(神奈川県弁護士会)
(1)昨年12月14日、政府は、普天間飛行場代替施設の建設予定地である沖縄県辺野古沿岸部に土砂投入を開始した。これに先立ち、同月10日、沖縄弁護士会は、政府に対し沖縄県民の民意を尊重することなどを求める総会決議を可決した。同総会決議でも言及されているとおり、普天間飛行場代替施設の建設については、かねてより多くの沖縄県民が強い反対の意思を表明してきたところである。2014年11月には故翁長雄志氏が、2018年9月には玉城デニー氏が、それぞれ、建設の反対を掲げ、県知事選挙に当選したが、このことにも沖縄県民の民意は端的に表れている。
(2)そもそも、今回の土砂投入は、沖縄県が、埋め立て予定地に軟弱地盤が存在していることが明らかになったことなどの新たな事情を理由に埋め立て承認を撤回したにもかかわらず、沖縄防衛局が行政不服審査法に基づき、国土交通大臣に対し、審査請求と執行停止申立を行ない、執行停止が決定されて実施されている。しかしながら、行政不服審査法は、「国民の権利利益の救済」を目的としているところ、国が公有水面埋立法によって与えられた「固有の資格」にありながら、一般私人と同様の立場で審査請求や執行停止申立を行うことは許されないと言わざるをえない。この点、多数の行政法学者も「行政不服審査制度を濫用するものであり、法治国家にもとるものといわざるを得ない」という声明文を公表し、厳しく指弾しているところである。

(鳥取県弁護士会)
(1)現在、政府は、普天間飛行場の代替用地を米国軍に提供するため、沖縄県北部の辺野古崎海域で埋め立て工事を行っている。しかし、基地建設の是非を主たる争点とする過去二度の沖縄県知事選挙ではいずれも基地建設に反対する候補が大差で勝利しており、いまも沖縄県民の多くが新基地の建設に反対している。
(2)辺野古新基地建設は、辺野古・大浦湾の豊かな自然環境を不可逆的に破壊するものであるとともに、戦後70年もの長きにわたり基地の負担に耐え抜いてきた沖縄県及び沖縄県民に重ねて過重な基地負担を強いるものであるから、当該基地の建設がわが国の防衛上唯一の解決策であることの合理的な説明がないままに、沖縄県民の意に反した建設工事を継続することは、沖縄県民の自主的判断を軽視し、その尊厳を踏みにじる結果につながるものだといわざるをえない。


2.声明の主張

(神奈川県弁護士会)
(1)すでに沖縄県には、国土の0.6パーセントの土地に米軍専用基地の70パーセント程度が集中しており、米軍基地を原因とする深刻な事件や事故が絶え間なく発生しているばかりか、騒音等の被害も著しく、生活環境や自然環境の不可逆的破壊などの甚大な被害が継続している。
(2)普天間飛行場代替施設の建設は、それに加えてさらなる重い負担を沖縄県民に負わせるものであり、沖縄県やその住民の意思を無視してそれを強行することは、地方自治や民主主義という憲法の根本理念を踏みにじるばかりか、沖縄県民を差別しその尊厳を傷つけるものであると断言せざるを得ない。
(3)そして、神奈川県においても、例えば厚木基地では、深刻な騒音被害が続いているが、それに加えて2018年だけで数十回もオスプレイが離発着している。また、2018年10月には、多くの地元住民が不安を訴える中、横田基地にオスプレイが5機正式配備されており、今後首都圏上空で極めて危険な低空飛行訓練等が行われることも想定され、ひとたび墜落等の事故が起きれば取り返しのつかない大惨事が発生しかねない。さらに昨年10月には、相模総合補給廠に、米軍の国内の弾道ミサイル防衛部隊を指揮する新司令部が駐留を始めており、米軍の一方的な意向で同補給廠の機能が強化されている。このように沖縄県で行われている自治体や県民の意向を無視した米軍の基地強化は、神奈川県内の住民にとっても同じように非常に切実で重大な問題である。
(4)よって、当会は、2016年2月10日の会長声明に続き、国に対し、地方自治体及び住民の意向を十分に受け止めて判断するため、辺野古沿岸への土砂投入を直ちに中止し、改めて普天間飛行場代替施設の建設について根本的に見直すことを求めるものである。

(鳥取県弁護士会)

(1)沖縄県民が現に強いられている新基地建設の問題は、沖縄と政府だけの問題ではない。このことは自国の防衛の問題として、国民全体が自分たちのこととして捉えなければならない。自国の防衛は国が重点的に担う事項であり、平和の恩恵を受ける対価として国民が一定の負担を甘受すべきだとするならば、その負担は合理的な理由のない限り、すべての国民が等しく負うべきであり、特定の地域の国民にのみその大部分を担わせる不平等があってはならない。
(2)沖縄県民が現に強いられている新基地建設の問題を、仮に自分たちの県下の問題として想像してみた場合、これを対岸の火事として拱手傍観することはできないはずである。
(3)2018年12月10日、沖縄弁護士会は「辺野古新基地建設が、沖縄県民にのみ過重な負担を強い、その尊厳を踏みにじるものであることに鑑み、解決に向けた主体的な取り組みを日本国民全体に呼びかけるとともに、政府に対し、沖縄県民の民意を尊重することを求める決議」を可決させた。当会は、この沖縄弁護士会の決議に深く賛同の意を表するとともに、沖縄県民の民意を尊重し、辺野古新基地建設を停止するよう政府に要望するものである。


 辺野古新基地建設とは、どういうものなのか。
 鳥取県弁護士会会長声明は、特に、深く響くものである。


「沖縄県民が現に強いられている新基地建設の問題は、沖縄と政府だけの問題ではない。このことは自国の防衛の問題として、国民全体が自分たちのこととして捉えなければならない。自国の防衛は国が重点的に担う事項であり、平和の恩恵を受ける対価として国民が一定の負担を甘受すべきだとするならば、その負担は合理的な理由のない限り、すべての国民が等しく負うべきであり、特定の地域の国民にのみその大部分を担わせる不平等があってはならない。
 沖縄県民が現に強いられている新基地建設の問題を、仮に自分たちの県下の問題として想像してみた場合、これを対岸の火事として拱手傍観することはできないはずである。」




by asyagi-df-2014 | 2019-02-13 06:56 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

「辺野古新基地建設の強行に反対する憲法研究者声明」が示すもの。(2)

 憲法研究者の131人が、2019年1月24日、「辺野古建設強行は違憲」と辺野古新基地建設の中止を求めた「辺野古新基地建設の強行に反対する憲法研究者声明」(以下、「声明」)を発表した。
このことに関して、琉球新報(以下、「新報」)は2019年1月28日、「学者ら新基地違憲声明 『法治』外れた強権やめよ」、と社説で論評した。
この社説は、「安倍晋三政権の強権に直面する沖縄にとって、学問的見地からの心強い味方を得た。」、と始められる。
この表現に接した時、正しいことを貫く姿勢のつらさや厳しさが一度に伝わった、
それは、「民主主義を守るためにも、国民がわが事として考える契機になってほしい。」、との訴えとともに伝わる。
 「新報」の指摘は、次のものである。


(1)国内の憲法研究者131人が、辺野古新基地建設は違憲だとして反対する声明を発表した。埋め立ての賛否を問う県民投票の結果が出るまで、工事の中止も求めている。
(2)声明は「新基地建設強行は『基本的人権の尊重』『平和主義』『民主主義』『地方自治』という、日本国憲法の重要な原理を侵害、空洞化するものである」「政府が強行し続ければ、日本の立憲民主主義に大きな傷を残すことになる」と指摘している。
(3)これまで県民は、辺野古新基地を争点にした知事選や国政選挙などで新基地反対の民意を何度も示してきた。過去の県民世論調査でも7~8割が県内移設に反対している。明確な民意があるにもかかわらず、これを無視する安倍政権は、憲法が保障する平和的生存権を踏みにじり、沖縄の地方自治と民主主義を侵害しており、断じて許されない。
(4)憲法学者らが辺野古新基地問題で声明を出すのは初めてだ。工事が強行される現状を見て、研究者の良心に基づき警鐘を鳴らしたと言えよう。


 一方で、安倍晋三政権の対応について厳しい批判を行う。


(1)この声明に対し、菅義偉官房長官は「地元市長や知事の了解を得て閣議決定した。まさに憲法の中の手続きをしっかり取った上で実行している」と反論した。
(2)明らかに間違いだ。1999年に県が受け入れた際は「15年使用期限」「軍民共用空港」という条件付きだった。その後、現行のV字案に変更され、2006年の閣議決定で県の条件は破棄された。
(3)地元の合意を得ようとしない政府の態度は一貫しており、この間、法を逸脱した手続きを繰り返している。
(4)県が埋め立て承認を撤回した後、本来は私人の権利を救済するための行政不服審査制度を使って工事を再開した。行政法研究者110人が「違法行為」「制度の乱用」と厳しく批判した手法だ。
(5)土砂の搬出場所も、県に届け出た本部港が使えなくなったため、変更申請をせずに名護市安和の桟橋に変更し、搬出を強行した。埋め立て用土砂も、県の承認を得ずに赤土などの割合を増やしていた。
(6)菅官房長官が連呼する「法治国家」が聞いてあきれる。一連の行為は法治主義から大きく懸け離れている。沖縄の民意を抑え込むためなら、国家権力は何でもできるとの高圧的な姿勢は、まさに強権国家でしかない。


 さらに、「新報」は、「憲法や行政法の専門家の声を政府は聞き入れるべきだ。」、と批判を続けるとともに、このように訴える。


 声明は、沖縄県民の人権問題であると同時に、民主主義の観点から「日本国民全体の問題である」とも言及する。全くその通りだ。辺野古新基地が強行されてしまうと、国家方針に反する地元の声は無視できるというあしき前例になる。全国でも起こり得ることだ。民主主義を守るためにも、国民がわが事として考える契機になってほしい。
 


 新しい風を吹かせよう。
 憲法研究者は、「辺野古新基地建設の強行に反対する憲法研究者声明」で安倍晋三政権が行っていることは憲法違反だと明確に示した。
辺野古新基地建設は、日本の民主主義が一人一人に問われていることだということを肝に銘じよう。



by asyagi-df-2014 | 2019-02-02 21:11 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
画像一覧
更新通知を受け取る