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「自民党職員の改憲ソング」だって。その手には乗らない。

 毎日新聞(以下、「毎日」)は2019年3月3日、「自民党職員の改憲ソングに漂う“軽さ” 国家の規範も「もう替えよう」?」、との記事を掲載した。
第一印象は、ここまできたか。
 でも、その手には乗らない、とも、
 「毎日」は、「歌を聴いて、安倍晋三首相が目指す改憲路線を考えてみた。」、と次のように紹介する。


(1)♪憲法なんてただの道具さ♪ 憲法を改正しようと高らかに歌う「改憲ソング」が、2月に発売された。企画したのは自民党本部の職員で、自身が歌っている。「個人の作品で、自民党とは無関係だ」と強調する。耳になじみやすいメロディーだが、曲全体に漂う「軽さ」は何だろう。歌を聴いて、安倍晋三首相が目指す改憲路線を考えてみた。     【江畑佳明/統合デジタル取材センター】
(2)タイトルは「憲法よりも大事なもの」(CDシングル、1080円)。2月6日に発売された。アマゾンなどで購入でき、動画投稿サイト「ユーチューブ」でも視聴できる。メロディーはややアップテンポのフォーク調で、なじみやすい。問題は歌詞だ。
(3)♪いつまでも同じ服は着られない 大人になったらもう着替えよう♪と、まずは改憲の必要性を訴え、サビの部分で、こう呼びかける。 ♪憲法なんてただの道具さ 変わること恐れないで 憲法よりも大事なものは 僕たちが毎日を幸せに安全に暮らすことさ♪
(3)「原案」と歌を担当したのは、自民党政務調査会の前審議役、田村重信さん(66)。これまで安全保障政策や憲法問題に取り組み、著書は共著を含め「防衛政策の真実」(扶桑社)や「改正・日本国憲法」(講談社)など約50冊に及ぶ。昨年1月に定年退職し、その後嘱託職員として再雇用された。
(4)憲法改正を目指す自民党の広報戦略なのかと思いきや、本人は「セカンドライフを充実させたいという思いから作った。党は全く関係ない」と、あくまで個人の仕事だと主張する。以前から歌うことが好きで、CDを出した経験もある。作詞と作曲は、音楽プロデューサーの坂本裕介さんが担当した。田村さんは「旧知の間柄で、憲法についても議論してきた」と語る。
(5)改憲ソングといえば、中曽根康弘元首相が作詞した「憲法改正の歌」(1956年)が知られる。やや勇ましい曲調で、歌詞は「押し付け論」に基づき、とにかく硬い。
(6)♪平和民主の名の下に 占領憲法強制し 祖国の解体を計りたり♪
(7)田村さんは自身の改憲ソングについて「中曽根さん以来ではないか」と胸を張る。
(8)田村さんの歌詞は「憲法改正の歌」と異なり、改憲を声高に叫んでおらず、全体的に抽象的な内容だ。「憲法に興味のない人や改憲に反対の人たちに届くように、聞きやすいものにしたかったから」(田村さん)。「日本は経済の停滞など、さまざまな閉塞感が漂っている。今の日本はこれでいいのか。世の中の変化に合わせて、憲法改正だけではなく、前に向かって一歩踏み出そうじゃないか。そんなメッセージを込めた」とも。
(9)それにしても、「毎日を幸せに暮らすこと」が「憲法」より大事だと言うが、現行「憲法」のもとでは「幸せ」に「安全」に暮らせないのか。
(10)さらに、歌詞にこうある。
 ♪誰かの助けを待つんじゃない 自分の力で立ち上がろう♪
 ここは、他国からの侵略をにおわせ、9条の改正を想起させる。「戦後、日本が平和だったのは憲法があったからではない。その考えは幻想で、日米安全保障体制と自衛隊によって守られた」と田村さんは持論を展開した。
(11)改憲ソングを、専門家たちはどう見るのか。九州大法学部の南野森(みなみの・しげる)教授(憲法)は「『憲法は道具』という表現は、確かにその通りです。憲法は国民を幸せにするためのものだから」と一定の理解を示しつつも、「いつまでも同じ服は着られない 大人になったらもう着替えよう」の部分を「憲法のたとえとしては不適切だ」と批判する。「本当に改憲したいなら、どの条文をどのように変えたいかの具体的な訴えがあってしかるべきだ。『もう着替えよう』からは『時代が変わったし、細かいことは考えなくていいから……』というニュアンスを感じる。憲法について真剣に考えているのか疑問です」と首をかしげる。その上で、南野さんは改憲ソングを「安倍首相がこれまで唱えてきた改憲論の延長線上にある」と指摘する。
(12)安倍首相はかつて、憲法の国会発議のハードルを下げようと96条(憲法の改正手続き)を改正しようと主張した。しかし、憲法学者の小林節氏に「裏口入学だ」と厳しく批判され、世論の反発でトーンダウンした。その後、東日本大震災への対処が不十分だったなどとして政府に一時的に強大な権限を与える「緊急事態条項」新設に意欲を示した。だが、これもトーンダウン。現在は9条への自衛隊明記にこだわり、「自衛官の息子が『お父さん、憲法違反なの』と涙を浮かべた」というエピソードを説いて回る。南野さんは言う。「安倍政権は、改憲の中身は関係なく、改憲そのものを目的としている。今回の歌にもその考えが表れています」
(13)「憲法のコモディティー(商品)化だ」と懸念するのは文筆家の平川克美さんだ。「グローバリズムという病」(東洋経済新報社)などの著書がある。平川さんは、服のたとえの部分を問題視している。「例えば『パソコンが古くなったから新しく買い替えよう』というのと同じ発想だ。憲法には先人たちが積み上げてきた歴史的な英知が反映されている。『時代が変わったから』というような短期的な理由で、国家の規範が変更されないために憲法が存在している。そういう基本的な憲法の精神を無視している」と批判する。そして「この『買い替えよう』という考え方は、経済発展を遂げた日本で受け入れられやすい。簡単に改憲していいという風潮が広がる可能性がある」と憂慮する。
(14)「政党による政治的宣伝は「プロパガンダ」と呼ばれる。田村さんは改憲ソングを自民党とは無関係だと強調するが、「たのしいプロパガンダ」(イースト・プレス)などの著書がある近現代史研究家、辻田真佐憲さんは「この歌もプロパガンダのひとつと言わざるをえない」と指摘する。この曲は「ヒット」するのだろうか。辻田さんは「効果の大きいプロパガンダは、人気歌手が歌うなどエンターテインメント性が高い。今回は大きな広がりにはならないのではないか」と否定的だ。それでも、気になる点があるという。「今後もし憲法改正の国民発議が行われ、国民投票が実施される段階になると、CMなどで改憲派と護憲派が主張を激しくぶつけ合う宣伝合戦となる事態が考えられる。その時に冷静に判断できるよう、日ごろからプロパガンダに備えておく必要がある」と警鐘を鳴らす。


 その手には乗らない。

「時代が変わったし、細かいことは考えなくていいから」ね。
だって、CDもでてるよ。
 ちょっと、車の乗り換え気分でやればいいんだよ。

やはり、その手には乗らない。



by asyagi-df-2014 | 2019-03-14 07:51 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

日本国憲法第99条の憲法尊重擁護義務に反すること。

 沖縄県民が2019年2月24日に沖縄県民投票で示した民意については、「住民自治の原則及び憲法95条の趣旨に照らし、最大限に尊重されるべきである」ことは、明白である。
 だとすると、安倍晋三政権が散り続けている行為は、日本国憲法第99条の憲法尊重擁護義務に違反するものである。
例えば、このことに関して、琉球新報は(以下、「新報」)2019年3月2日、「知事が投票結果伝達 首相の民意黙殺許されぬ」との見解を示した。
「新報」は、「辺野古新基地建設は直ちにやめることだ。」、と次のように指摘する。


(1)玉城デニー知事が安倍晋三首相と会談し、辺野古新基地建設に伴う埋め立てに7割超が「反対」した県民投票の結果を伝えた。安倍首相は「(米軍普天間飛行場の)危険な状況を置き去りにするわけにはいかない」と述べ、沖縄の民意を拒絶した。
(2)首相の言葉は明らかに矛盾している。普天間の危険性除去は喫緊の課題だ。2013年に政府が発表した現行計画では、普天間飛行場の返還期日は「22年度以降」となっている。しかし、政府が目指す普天間の代替施設としての辺野古新基地の工事は始まったばかりだ。しかも埋め立て海域には、首相自ら改良工事が必要と認めた、「マヨネーズ状」と称される軟弱地盤の問題がある。首相は国会で「今後の工期や費用について確たることを申し上げることは困難」と答弁し、明言できない。工期が長期化する可能性は極めて大きい。
(3)普天間の危険を置き去りにしないために政府は、今すぐ米国と交渉し、普天間の運用停止に取り組むべきだ。辺野古新基地建設は直ちにやめることだ。


 「新報」は、指摘の根拠を次のように示す。


(1)2月24日投開票の県民投票は辺野古の埋め立てに「反対」が72・15%、「賛成」19・1%、「どちらでもない」8・75%だった。玉城知事は県民投票条例に基づき、首相と在日米大使館に投票結果を手渡した。
(2)安倍首相との面談で玉城知事は2点を求めた。反対が7割超となった県民投票の民意を尊重し、埋め立て工事を中止すること、沖縄の負担軽減を決めた日米によるSACOに沖縄を加えた新しい三者協議の場をつくることだ。
(3)いずれも正当な要求だ。辺野古の埋め立てという、ただ一つの賛否が問われた県民投票で、反対が7割超となった。政府は辺野古新基地を「唯一の選択肢」と言い続けてきたが、さまざまな利害調整を経て課題解決を図る政治の問題で「唯一」はあり得ない。
(4)在日米軍専用施設の7割を負わされる沖縄が、負担軽減を話し合う枠組みに入っていない問題は繰り返し指摘されてきた。
(5)SACOで合意された基地返還のうち、普天間をはじめとしてキャンプ・キンザー(牧港補給地区)、那覇軍港など主だった基地は返還が進んでいない。いずれも沖縄の要望を聞くことなく県内移設が条件とされたからだ。


 結局、今回の「話し合い」でも、安倍晋三政権の意向は、沖縄県の民意を否定するもであった。
 やはり、「新報」は、こう主張するしかない。


「安倍首相は玉城知事との面談で県民投票の結果については『真摯に受け止める』としたものの、『日米合意から20年以上がたつ中において、もはやこれ以上の先送りはできないと考えている』と民意を突っぱねた。玉城知事の要望2点に対する言及はなかった。安倍首相が置き去りにしているのは、沖縄の民意だ。黙殺することは断じて許されない。沖縄の声を受け止め行動するのは政府の務めだ。」


 確かに、この「新報」の主張には、「安倍晋三政権が散り続けている行為は、日本国憲法第99条の憲法尊重擁護義務に違反するものである。」、との論理が込められている。




by asyagi-df-2014 | 2019-03-12 08:38 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

日本国憲法の立憲主義の意味を全く理解していないこと。

 一国の大臣が戯れ言を言っているのではない。
 驚くことに本心であるというのだ。
 いかに、この国が、憲法を軽んじているのかということではあるのだが。

沖縄タイムス(以下、「タイムス」)は2019年2月28日の社説を、「[国には国の民主主義]そこまで言うんですか」、と論評した。
「タイムス」は、「県民投票で示された民意を政府はどう考えているのだろうか。」、と始める。
「タイムス」の指摘は次のものである。実は、当たり前の指摘である。


(1)菅義偉官房長官は、名護市長選で政府・与党が推す候補が当選したとき、「選挙は結果がすべて」だと言った。けれども、知事選で辺野古反対の翁長雄志氏や玉城デニー氏が大差で当選したときは「結果がすべて」だとは一言も言わなかった。
(2)選挙にはいろいろな要素がある、と口を濁し、政府方針に影響がないことを強調するだけであった。これを二重基準と呼ぶべきか、ご都合主義と言うべきか。
(3)ならば、県民投票で辺野古埋め立てに対する反対票が投票総数の7割超に達した事実はどう評価するのか。
(4)岩屋毅防衛相は26日の記者会見で、「沖縄には沖縄の民主主義があり、しかし国には国の民主主義がある」と、あ然とするような民主主義観を披露した。「沖縄には沖縄の、国には国の民主主義がある」とは初めて聞く話である。戦後27年間、憲法が適用されなかった沖縄に、本土同様の民主主義がなかったのは確かだ。だが、今回の県民投票は、地方自治法に基づいて住民が必要な署名を集め、条例制定を県に直接請求し、県議会で成立した投票条例に基づいて行われたもの。住民投票は制度化された直接民主制の一形態である。
(5)投票結果が気に食わないからといって「沖縄には沖縄の、国には国の民主主義がある」と言うのは論理が飛躍しており、あまりにも乱暴だ。


 また、次のように、具体的に反論する。


(1)岩屋防衛相は昨年12月、辺野古移設について、視察先の北海道で「日米同盟のためではない。日本国民のためだ」と記者団に大上段に語った。果たすべき説明責任を果たさず、「この紋所が見えないか」とすごんでいるような言い方である。「日本国民のため」であれば、なおさらのこと、米軍専用施設の約7割が集中する沖縄に建設すべきではない。政府は一地域に偏らない公正・公平な負担の実現をめざすべきである。
(2)岩屋防衛相は25日、県民投票結果を「一つの沖縄の民意」だと認めつつ、「普天間基地を返還してもらいたいということも、沖縄の皆さんの強い民意だ」と強調した。県議会は昨年2月、オスプレイなどの相次ぐ事故に抗議し、「普天間飛行場の即時運用停止」を全会一致で決議した。普天間返還が沖縄の民意であることは、言われるまでもない。
(3)普天間飛行場返還に向けた当初の日米合意は、既存の基地内にヘリポートをつくる、というものだった。当時、橋本龍太郎首相は、沖縄の頭越しには進めない、とも強調していた。辺野古移設が固まった段階でも橋本氏は、撤去可能な海上基地にこだわった。それが後退に後退を重ね、当初案とは似ても似つかない新基地建設計画に変わったのである。
(4)軟弱地盤の改良工事によって工期は大幅に延び、経費も膨大な額に膨らむ。


 結局、「タイムス」は、「2月24日」の結論-「辺野古に固執すればするほど普天間返還は遅れる。」-を突きつける。




by asyagi-df-2014 | 2019-03-07 08:37 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

神奈川県弁護士会及び鳥取県弁護士会の会長声明を読む。

 神奈川県弁護士会は2019年1月24日に「辺野古沿岸への土砂投入を中止し,普天間飛行場代替施設の建設について 根本的に見直すことを求める会長声明」、鳥取県弁護士会は2019年1月25日に「沖縄県民の民意を尊重し、辺野古新基地建設の停止を求める会長声明」をそれぞれ発表した。
この二つの県の弁護士会会長声明を読む。


1.声明の根拠

(神奈川県弁護士会)
(1)昨年12月14日、政府は、普天間飛行場代替施設の建設予定地である沖縄県辺野古沿岸部に土砂投入を開始した。これに先立ち、同月10日、沖縄弁護士会は、政府に対し沖縄県民の民意を尊重することなどを求める総会決議を可決した。同総会決議でも言及されているとおり、普天間飛行場代替施設の建設については、かねてより多くの沖縄県民が強い反対の意思を表明してきたところである。2014年11月には故翁長雄志氏が、2018年9月には玉城デニー氏が、それぞれ、建設の反対を掲げ、県知事選挙に当選したが、このことにも沖縄県民の民意は端的に表れている。
(2)そもそも、今回の土砂投入は、沖縄県が、埋め立て予定地に軟弱地盤が存在していることが明らかになったことなどの新たな事情を理由に埋め立て承認を撤回したにもかかわらず、沖縄防衛局が行政不服審査法に基づき、国土交通大臣に対し、審査請求と執行停止申立を行ない、執行停止が決定されて実施されている。しかしながら、行政不服審査法は、「国民の権利利益の救済」を目的としているところ、国が公有水面埋立法によって与えられた「固有の資格」にありながら、一般私人と同様の立場で審査請求や執行停止申立を行うことは許されないと言わざるをえない。この点、多数の行政法学者も「行政不服審査制度を濫用するものであり、法治国家にもとるものといわざるを得ない」という声明文を公表し、厳しく指弾しているところである。

(鳥取県弁護士会)
(1)現在、政府は、普天間飛行場の代替用地を米国軍に提供するため、沖縄県北部の辺野古崎海域で埋め立て工事を行っている。しかし、基地建設の是非を主たる争点とする過去二度の沖縄県知事選挙ではいずれも基地建設に反対する候補が大差で勝利しており、いまも沖縄県民の多くが新基地の建設に反対している。
(2)辺野古新基地建設は、辺野古・大浦湾の豊かな自然環境を不可逆的に破壊するものであるとともに、戦後70年もの長きにわたり基地の負担に耐え抜いてきた沖縄県及び沖縄県民に重ねて過重な基地負担を強いるものであるから、当該基地の建設がわが国の防衛上唯一の解決策であることの合理的な説明がないままに、沖縄県民の意に反した建設工事を継続することは、沖縄県民の自主的判断を軽視し、その尊厳を踏みにじる結果につながるものだといわざるをえない。


2.声明の主張

(神奈川県弁護士会)
(1)すでに沖縄県には、国土の0.6パーセントの土地に米軍専用基地の70パーセント程度が集中しており、米軍基地を原因とする深刻な事件や事故が絶え間なく発生しているばかりか、騒音等の被害も著しく、生活環境や自然環境の不可逆的破壊などの甚大な被害が継続している。
(2)普天間飛行場代替施設の建設は、それに加えてさらなる重い負担を沖縄県民に負わせるものであり、沖縄県やその住民の意思を無視してそれを強行することは、地方自治や民主主義という憲法の根本理念を踏みにじるばかりか、沖縄県民を差別しその尊厳を傷つけるものであると断言せざるを得ない。
(3)そして、神奈川県においても、例えば厚木基地では、深刻な騒音被害が続いているが、それに加えて2018年だけで数十回もオスプレイが離発着している。また、2018年10月には、多くの地元住民が不安を訴える中、横田基地にオスプレイが5機正式配備されており、今後首都圏上空で極めて危険な低空飛行訓練等が行われることも想定され、ひとたび墜落等の事故が起きれば取り返しのつかない大惨事が発生しかねない。さらに昨年10月には、相模総合補給廠に、米軍の国内の弾道ミサイル防衛部隊を指揮する新司令部が駐留を始めており、米軍の一方的な意向で同補給廠の機能が強化されている。このように沖縄県で行われている自治体や県民の意向を無視した米軍の基地強化は、神奈川県内の住民にとっても同じように非常に切実で重大な問題である。
(4)よって、当会は、2016年2月10日の会長声明に続き、国に対し、地方自治体及び住民の意向を十分に受け止めて判断するため、辺野古沿岸への土砂投入を直ちに中止し、改めて普天間飛行場代替施設の建設について根本的に見直すことを求めるものである。

(鳥取県弁護士会)

(1)沖縄県民が現に強いられている新基地建設の問題は、沖縄と政府だけの問題ではない。このことは自国の防衛の問題として、国民全体が自分たちのこととして捉えなければならない。自国の防衛は国が重点的に担う事項であり、平和の恩恵を受ける対価として国民が一定の負担を甘受すべきだとするならば、その負担は合理的な理由のない限り、すべての国民が等しく負うべきであり、特定の地域の国民にのみその大部分を担わせる不平等があってはならない。
(2)沖縄県民が現に強いられている新基地建設の問題を、仮に自分たちの県下の問題として想像してみた場合、これを対岸の火事として拱手傍観することはできないはずである。
(3)2018年12月10日、沖縄弁護士会は「辺野古新基地建設が、沖縄県民にのみ過重な負担を強い、その尊厳を踏みにじるものであることに鑑み、解決に向けた主体的な取り組みを日本国民全体に呼びかけるとともに、政府に対し、沖縄県民の民意を尊重することを求める決議」を可決させた。当会は、この沖縄弁護士会の決議に深く賛同の意を表するとともに、沖縄県民の民意を尊重し、辺野古新基地建設を停止するよう政府に要望するものである。


 辺野古新基地建設とは、どういうものなのか。
 鳥取県弁護士会会長声明は、特に、深く響くものである。


「沖縄県民が現に強いられている新基地建設の問題は、沖縄と政府だけの問題ではない。このことは自国の防衛の問題として、国民全体が自分たちのこととして捉えなければならない。自国の防衛は国が重点的に担う事項であり、平和の恩恵を受ける対価として国民が一定の負担を甘受すべきだとするならば、その負担は合理的な理由のない限り、すべての国民が等しく負うべきであり、特定の地域の国民にのみその大部分を担わせる不平等があってはならない。
 沖縄県民が現に強いられている新基地建設の問題を、仮に自分たちの県下の問題として想像してみた場合、これを対岸の火事として拱手傍観することはできないはずである。」




by asyagi-df-2014 | 2019-02-13 06:56 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

「辺野古新基地建設の強行に反対する憲法研究者声明」が示すもの。(2)

 憲法研究者の131人が、2019年1月24日、「辺野古建設強行は違憲」と辺野古新基地建設の中止を求めた「辺野古新基地建設の強行に反対する憲法研究者声明」(以下、「声明」)を発表した。
このことに関して、琉球新報(以下、「新報」)は2019年1月28日、「学者ら新基地違憲声明 『法治』外れた強権やめよ」、と社説で論評した。
この社説は、「安倍晋三政権の強権に直面する沖縄にとって、学問的見地からの心強い味方を得た。」、と始められる。
この表現に接した時、正しいことを貫く姿勢のつらさや厳しさが一度に伝わった、
それは、「民主主義を守るためにも、国民がわが事として考える契機になってほしい。」、との訴えとともに伝わる。
 「新報」の指摘は、次のものである。


(1)国内の憲法研究者131人が、辺野古新基地建設は違憲だとして反対する声明を発表した。埋め立ての賛否を問う県民投票の結果が出るまで、工事の中止も求めている。
(2)声明は「新基地建設強行は『基本的人権の尊重』『平和主義』『民主主義』『地方自治』という、日本国憲法の重要な原理を侵害、空洞化するものである」「政府が強行し続ければ、日本の立憲民主主義に大きな傷を残すことになる」と指摘している。
(3)これまで県民は、辺野古新基地を争点にした知事選や国政選挙などで新基地反対の民意を何度も示してきた。過去の県民世論調査でも7~8割が県内移設に反対している。明確な民意があるにもかかわらず、これを無視する安倍政権は、憲法が保障する平和的生存権を踏みにじり、沖縄の地方自治と民主主義を侵害しており、断じて許されない。
(4)憲法学者らが辺野古新基地問題で声明を出すのは初めてだ。工事が強行される現状を見て、研究者の良心に基づき警鐘を鳴らしたと言えよう。


 一方で、安倍晋三政権の対応について厳しい批判を行う。


(1)この声明に対し、菅義偉官房長官は「地元市長や知事の了解を得て閣議決定した。まさに憲法の中の手続きをしっかり取った上で実行している」と反論した。
(2)明らかに間違いだ。1999年に県が受け入れた際は「15年使用期限」「軍民共用空港」という条件付きだった。その後、現行のV字案に変更され、2006年の閣議決定で県の条件は破棄された。
(3)地元の合意を得ようとしない政府の態度は一貫しており、この間、法を逸脱した手続きを繰り返している。
(4)県が埋め立て承認を撤回した後、本来は私人の権利を救済するための行政不服審査制度を使って工事を再開した。行政法研究者110人が「違法行為」「制度の乱用」と厳しく批判した手法だ。
(5)土砂の搬出場所も、県に届け出た本部港が使えなくなったため、変更申請をせずに名護市安和の桟橋に変更し、搬出を強行した。埋め立て用土砂も、県の承認を得ずに赤土などの割合を増やしていた。
(6)菅官房長官が連呼する「法治国家」が聞いてあきれる。一連の行為は法治主義から大きく懸け離れている。沖縄の民意を抑え込むためなら、国家権力は何でもできるとの高圧的な姿勢は、まさに強権国家でしかない。


 さらに、「新報」は、「憲法や行政法の専門家の声を政府は聞き入れるべきだ。」、と批判を続けるとともに、このように訴える。


 声明は、沖縄県民の人権問題であると同時に、民主主義の観点から「日本国民全体の問題である」とも言及する。全くその通りだ。辺野古新基地が強行されてしまうと、国家方針に反する地元の声は無視できるというあしき前例になる。全国でも起こり得ることだ。民主主義を守るためにも、国民がわが事として考える契機になってほしい。
 


 新しい風を吹かせよう。
 憲法研究者は、「辺野古新基地建設の強行に反対する憲法研究者声明」で安倍晋三政権が行っていることは憲法違反だと明確に示した。
辺野古新基地建設は、日本の民主主義が一人一人に問われていることだということを肝に銘じよう。



by asyagi-df-2014 | 2019-02-02 21:11 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

「辺野古新基地建設の強行に反対する憲法研究者声明」が示すもの。

 憲法研究者の131人は2019年1月24日、沖縄県名護市辺野古の新基地建設について、『安倍政権が沖縄の民意に反して強行しているのは憲法違反』として、辺野古の埋め立て工事の中止を求める「辺野古新基地建設の強行に反対する憲法研究者声明」(以下、「声明」)を発表した。
 この「声明」が示すものを考える。


1.「声明」が示すもの。


 「声明」は、1「民主主義」「地方自治」を侵害する安倍政権、2沖縄県民が辺野古新基地建設に反対する歴史的背景、3沖縄における「基本的人権」の侵害、4「平和主義」の侵害、5「辺野古が唯一の選択肢」という安倍政権の主張の欺瞞、との五つの観点から、
『安倍政権が沖縄の民意に反して強行しているのは憲法違反』、と導き出している。
また、この「声明」は、憲法研究者が新基地建設に関する声明を出すのは初めてという意味を持っている。
まず、「声明」は、この「声明」を出す理由と自らの「見解」について、次のように指摘する。


(1)安倍政権による辺野古新基地建設強行は「基本的人権の尊重」「平和主義」「民主主義」「地方自治」という、日本国憲法の重要な原理を侵害、空洞化するものである。
(2)辺野古新基地建設問題は、憲法9条や日本の安全保障の問題であると同時に、なによりもまず、沖縄の人々の人権問題である。また、選挙で示された県民の民意に反して政府が強引に建設を推し進めることができるのか、民主主義や地方自治のあり方が問われているという点においては日本国民全体の問題である。政府が新基地建設をこのまま強行し続ければ、日本の立憲民主主義に大きな傷を残すことになる。


 この上で、辺野古新基地建設に対する憲法研究者の立ち位置を明確にする。


(1)私たち憲法研究者有志一同は、辺野古新基地建設に関わる憲法違反の実態および法的問題を社会に提起することが憲法研究者の社会的役割であると考え、辺野古新基地建設に反対する声明を出すものである。
(2)日本の立憲民主主義に大きな傷を残すことになる。こうした事態をわれわれ憲法研究者は断じて容認できない。直ちに辺野古埋め立ての中止を求める。


 「声明」は、辺野古新基地建設に対するこうした『見解』と『立ち位置」の根拠について、具体的に5つの観点から、次のように示す。


Ⅰ.「民主主義」「地方自治」を侵害する安倍政権による辺野古新基地建設の強行は、「地方自治」はもちろん、日本の「民主主義」そのものを侵害するものであること。
Ⅱ.沖縄県民が辺野古新基地建設に反対する歴史的背景-そもそも沖縄の市民がなぜここまで辺野古新基地建設に強く反対するのかについて、私たちはその事情に深く思いを寄せる必要があること。
Ⅲ.沖縄における「基本的人権」の侵害-米軍や米軍人等により、沖縄の市民が耐えがたい苦しみを受けている状況は現在も変わらない。在沖米軍や軍人たちの存在により、憲法で保障されたさまざまな権利、とりわけ「平和的生存権」や「環境権」が著しく侵害、脅かされてきたこと。
Ⅳ.「平和主義」の侵害-辺野古新基地建設は基地機能の強化となるものであり、憲法の基本原理である「平和主義」とは決して相いれないこと。
Ⅴ.「辺野古が唯一の選択肢」という安倍政権の主張の欺瞞に過ぎないこと。


 この上で、「声明」は、次のように結論づける、


(1)日本本土の約0・6%しかない沖縄県に全国の米軍専用施設の約70・6%が集中するなど、沖縄には米軍基地の負担が押し付けられてきた。そこで多くの沖縄の市民は、これ以上の基地負担には耐えられないとの思いで辺野古新基地建設に反対してきた。  (2)ところが安倍政権は沖縄の民意を無視して基地建設を強行してきた。18年12月14日には辺野古湾岸部で土砂投入を強行した。ここで埋め立てられているのは辺野古・大浦湾周辺の美しい海、絶滅危惧種262種類を含む5800種類以上の生物だけではない。「基本的人権の尊重」「民主主義」「平和主義」「地方自治」といった、日本国憲法の重要な基本原理も埋め立てられているのである。                  (3)辺野古新基地建設に反対する人たちに対しては、「普天間の危険性を放置するのか」といった批判が向けられることがある。しかし「普天間基地」の危険性を除去するというのであれば、普天間基地の即時返還を求めれば良いのである。そもそも日本が「主権国家」だというのであれば、外国の軍隊が常時、日本に駐留すること自体が極めて異常な事態であることを認識する必要がある。                         (4)「平和」や「安全」が重要なことはいうまでもないが、それらは「軍事力」や「基地」では決して守ることができないことを、私たちは悲惨な戦争を通じて歴史的に学んだ。アメリカと朝鮮民主主義人民共和国の最近の関係改善にもみられるように、紛争回避のための真摯(しんし)な外交努力こそ、平和実現には極めて重要である。        (5)日本国憲法の国際協調主義も、武力による威嚇や武力行使などによる紛争解決を放棄し、積極的な外交努力などを通じて国際社会の平和創造に寄与することを日本政府に求めている。東アジアの平和は「抑止力」などという、軍事的脅迫によって達成されるものではない。                                   (6)辺野古新基地建設は、平和的な外交努力などによる平和構築を目指す日本国憲法の精神にも逆行し、むしろ軍事攻撃を呼び込む危険な政治的対応である。


2.「声明」具体的な指摘。


(1)「民主主義」「地方自治」を侵害する安倍政権による辺野古新基地建設の強行は、「地方自治」はもちろん、日本の「民主主義」そのものを侵害するものであること。


①沖縄の民意は「新基地建設反対」という形で選挙のたびごとに示されてきた。ところが安倍政権はこうした民意を無視し、新基地建設を強行している。こうした安倍政権の対応は日本国憲法の原理たる「民主主義」や「基本的人権の尊重」、「平和主義」、そして「民主主義」を支える「地方自治」をじゅうりんする行為である。            ②「外交は国の専属事項」などと発言し、新基地建設問題については沖縄が口をはさむべきではない旨の主張がなされることもある。しかし自治体にも「憲法尊重擁護義務」(憲法99条)があり、市民の生命や健康、安全を守る責任が課されている以上、市民の生命や健康に大きな影響を及ぼす辺野古新基地建設に対して沖縄県が発言するのは当然である。安倍政権の辺野古新基地建設の強行は、「地方自治」はもちろん、日本の「民主主義」そのものを侵害するものである。


(2)沖縄県民が辺野古新基地建設に反対する歴史的背景-そもそも沖縄の市民がなぜここまで辺野古新基地建設に強く反対するのかについて、私たちはその事情に深く思いを寄せる必要があること。


①アジア・太平洋戦争末期、沖縄では悲惨な地上戦が行われた。日本の権力者は沖縄の市民に徹底抗戦を命じた。ところがそのような徹底抗戦は、本土決戦を遅らせるための「時間稼ぎ」「捨て石」にすぎなかった。沖縄に派兵された日本の軍隊および兵士の中には、沖縄の市民から食料を強奪したり、「スパイ」とみなして虐殺したり、「強制集団死」を強要するなどの行為に及んだ者もいた。「鉄の暴風」と言われるアメリカ軍の激しい攻撃や、日本軍の一連の行為により、犠牲となった沖縄の市民は9万4千人以上、実に県民の4人に一人にも及ぶ。アジア・太平洋戦争での日本軍の行動は、沖縄の市民に「軍隊は国民を守らない」という現実を深く印象付けることになった。
②その後、アジア・太平洋戦争が終結し、沖縄が米軍に占領された時代でも、「軍隊は国民を守らない」という現実は変わらなかった。朝鮮戦争や冷戦など、悪化する国際情勢の中、日本に新しい基地が必要だと判断した米軍は、いわゆる「銃剣とブルドーザー」により沖縄の市民から土地や田畑を強奪し、家屋を壊して次々と新しい基地を建設した。  ③現在、歴代日本政府が危険だと主張する「普天間基地」も、米軍による土地強奪で建設されたという歴史的経緯を正確に認識する必要がある。さらには米軍統治下でも、度重なる米兵犯罪、事故、環境破壊等により、沖縄の市民は耐えがたい苦痛を受け続けてきた。


(3)沖縄における「基本的人権」の侵害-米軍や米軍人等により、沖縄の市民が耐えがたい苦しみを受けている状況は現在も変わらない。在沖米軍や軍人たちの存在により、憲法で保障されたさまざまな権利、とりわけ「平和的生存権」や「環境権」が著しく侵害、脅かされてきたこと。


 ① 平和的生存権(憲法前文等)の侵害

 「平和的生存権」とは、例えば「いかなる戦争および軍隊によっても自らの生命その他の人権を侵害されない権利」として理解され、豊富な内容を有するものだが、沖縄ではこうした権利が米軍人等による凶悪犯罪、米軍機の墜落事故や部品などの落下事故、住民の生活を顧みない軍事訓練により侵害され、脅かされ続けている。その上、いざ米軍が戦争などをする事態に至れば、沖縄が攻撃対象となる危険性がある。01年のアメリカ同時多発テロの際、沖縄への観光客や修学旅行者は大幅に減少した。こうした事実は、有事となれば沖縄が米軍の戦争に巻き込まれて攻撃対象となると多くの人々が認識していることを示すものである。

 ②「環境権」(憲法13条、25条)の侵害

 次に在沖米軍により、「良好な環境を享受し、これを支配する権利」である「環境権」が侵害されてきた。たとえば米軍の軍事訓練が原因となって生じる「米軍山火事」は72年の沖縄復帰後から18年10月末までに620件も存在する。沖縄県の資料によれば、嘉手納基地や普天間基地周辺の騒音は、最大ピークレベルでは飛行機のエンジン近くと同程度、平均ピークレベルでも騒々しい工場内と同程度の騒音とされている。こうした騒音のため、学校での授業にも悪影響が生じるなどの事態も生じている。米軍基地内からの度重なる燃料流出事故の結果、土壌や河川が汚染され、沖縄の市民の生活や健康への悪影響も懸念されている。沖縄にはあらゆる種類の「基地公害」があり、沖縄の市民は「環境権」侵害行為にも苦しめられてきた。


(4)「平和主義」の侵害-辺野古新基地建設は基地機能の強化となるものであり、憲法の基本原理である「平和主義」とは決して相いれないこと。


①歴代日本政府は、「沖縄の基地負担の軽減」「抑止力の維持」を理由に辺野古新基地建設を進めてきた。しかし辺野古に建設が予定されている新基地には、航空機に弾薬を搭載する「弾薬搭載エリア」、航空機専用の燃料を運搬するタンカーが接岸できる「燃料桟橋」、佐世保の強襲揚陸艦「ワスプ」などの接岸できる、全長272mの「護岸」など、普天間基地にはない新機能が付与されようとしている。                  ②普天間基地には現在、「空飛ぶ棺おけ」「未亡人製造機」と言われるほど墜落事故が多い「オスプレイ」が24機配備されているが、辺野古新基地には100機のオスプレイが配備されるとの情報もある。以上のような辺野古新基地の建設は、「沖縄の基地負担の軽減」どころか「基地負担の増大」「基地機能の強化」であり、米軍の「出撃拠点基地」「後方支援基地」「軍事訓練基地」としての機能が一層強化される。           ③辺野古新基地建設は基地機能の強化となるものであり、憲法の基本原理である「平和主義」とは決して相いれない。


(5)「辺野古が唯一の選択肢」という安倍政権の主張は欺瞞であること。


①安倍政権は、東アジアにおける抑止力として在沖米軍基地が不可欠と説明する。しかし、沖縄に駐留している海兵隊は今後、大幅に削減されることになっている。しかも第31海兵遠征隊(31MEW)は半年以上も沖縄を留守にする、ほとんど沖縄にいない部隊である。                                      ②実際に東アジア有事を想定した場合、兵力は少なすぎる。第31海兵遠征隊に組み込まれるオスプレイやヘリコプター運用のための航空基地が必要とされるために普天間から辺野古に移転されるが、第31海兵遠征隊は自己完結性を持たず、長崎県佐世保の強襲揚陸艦が沖縄に寄港し、海兵隊を積載して任務にあたる。


3.「声明」の結論


 私たち憲法研究者有志一同は、平和で安全な日本、自然豊かな日本を子どもや孫などの将来の世代に残すためにも、辺野古新基地建設に対して強く反対する。



by asyagi-df-2014 | 2019-02-01 07:04 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

「5つの市町村長の対応は違法だ」、と小口幸人弁護士。

 辺野古の県民投票に参加しない判断について、小口幸人弁護士(以下、「小口」)は、2019年1月16日のFBで、「辺野古の県民投票に参加しない判断について、新たな切り口から批判します。以下私見です。自民党の宮崎議員の解釈が正しいとすると、・憲法改正の国民投票も・解散総選挙も、市町村長の裁量で拒否できるということになります。よって、宮崎議員の解釈は間違っており、5つの市町村長の対応は違法だと思います。」、と解説してくれています。
「小口」の批判は、次のものです。


1 宮崎議員の解釈(知ってる方は、読み飛ばしてもOK)
「資料の中で宮崎氏は、議会で予算が否決された場合に市町村長は「経費を支出することができる」という地方自治法177条の規定に触れている。この規定で市町村長は原案を執行することが「できる」のであって「議会で予算案が否決された事実を前に、これに反して市町村長が予算案を執行することは議会軽視であり、不適切である」としている。」
※2019/1/16琉球新報より

2 予算と選挙の仕組み(ご存じでした?)
市町村がお金を使うには、予算に基づかなければなりません。県や国から、交付金として補填される場合(一時立替えみたいな)でも、市町村の予算が必要です。
県民投票でも、県から交付金で補填されますが、市町村の予算が必要なのです。ところが、それが議会で否決され、市町村長も支出しないと宣言しているというのが現在の問題です。

 そして、このことは、公職選挙法に基づく選挙でも同じです。
衆議院の解散総選挙は、例によって突然行われるわけですが、総理が解散!としたとき、実は市町村が、慌てて予算を編成しています。議会を開催していれば補正予算。議会を開催していなければ専決処分をしています。

 憲法改正の国民投票を実施するときも同じです。市町村の選挙管理委員会が動きますので、市町村の予算は必要です(国が交付金で補填)。

3 議会との関係(地方自治法177条の話)
 市町村長と議会との関係は、地方自治法第7章第2節第4款(176~180条)で定められています。

 例えば、総理が突然解散総選挙をして、そのとき地方議会が開催されていないときはどうなっているかというと、市町村長が、地方自治法179条に基づいて専決処分というのをして、予算をつけています。
※ちなみに179条も「できる」であって「しなければならない」ではありません。

 そして、議会が予算を否決した場合に関する定めが、地方自治法177条です。

 地方自治法177条1項は、議会が予算を否決したり減額して議決したときは、その予算が、法律上の義務の履行による経費であるときは、市町村長は再議に付さなければならない、と定めています。
 つまり、安倍総理が解散総選挙をしたけれど、「あんな解散の仕方はおかしい、解散理由も不当で憲法違反だ」と議会が考え、解散総選挙に関する予算を否決したときであっても、市町村長は再議に付さなければなりません。

 そして、地方自治法177条2項は、再議が否決された場合をさだめており、議会が否決したときでも、市町村長は、その経費を予算に計上して支出することが「できる」と定めています。

4 177条2の「できる」の解釈(宮崎議員説)
 宮崎議員は、この177条の2には「できる」と書かれているから、市町村長は、議会が否決したことを尊重し支出しなくてもよい、つまり、するかしないか裁量があると主張しています。

 上記の例でいくと、議会の「あんな解散の仕方はおかしい、解散理由も不当で憲法違反だ」という判断を尊重して、市町村は経費を支出すべきではないと言うわけです。その市町村では解散総選挙が実施されなくなります。

 先に述べたとおり、憲法改正についても同じです。憲法改正の発議の仕方に問題がある、あるいは内容に問題があると思い、市町村議会が再議も否決したなら、市町村長は、議会が否決したことを尊重し、支出しなくてもよい、つまり、するかしないか裁量があるというのが宮崎議員の解釈になります。

 全国には1800を越える市町村がありますので、宮崎議員の解釈によるなら、全国一律で選挙を行うことなど不可能な気がしますし、憲法改正の国民投票については、実際にどこかの市町村が実施しなそうな気がします。

 こんな解釈はおかしい、と私は思うのですがいかがでしょうか?

5 正しい解釈
177条の2について、「行政法が専門の井上禎男琉球大学法科大学院教授は「地方自治法177条の枠だけで、市町村長の判断を正当化することはできない」と指摘」しています。
※2019/1/16の琉球新報より

つまり、177条の2の「できる」だけでは決まりませんよと。
法令で、当該事務を実施しなければならない法律上の義務を市町村が負っているときは、177条の2に「できる」と書いてあったとしても、市町村は、支出しなければならないこともあるんです、という指摘です。

私もこの解釈が正しいと思います。
つまり、法律上の義務を負っているときは、それが、解散総選挙のときも、憲法解散の国民投票のときも、そして県民投票のときも、市町村長は、支出しなければならないのです。

つまり、県民投票の経費を支出しないとしている、5つの市町村長の対応は違法という結論になります。





by asyagi-df-2014 | 2019-01-24 07:53 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

政府デマ抑止対策の危険性を忘れずに。

 どういうことかというと、琉球新報(以下、「新報」)は、「選挙や災害時のデマ拡散抑止に向けて、本格的な対策をまとめるため政府が検討を進めている。フェイク(偽)ニュースに影響を受けた人々の投票が選挙結果を左右しかねないという危機感が背景にあるという。額面通りに受け取っていいものだろうか。」、と表題について警鐘を鳴らす。
「新報」の社説(2019年1月16日付け)は、「政府デマ抑止対策 『表現の自由』が前提だ」、とこのことについて指摘する。
「新報」は、まず、現在の状況について把握する。


(1)昨年の沖縄県知事選では、明らかな偽情報や検証できない真偽不明の情報で候補者を誹謗(ひぼう)中傷する投稿がインターネット上で相次いだ。攻撃の矛先は専ら、政府と対立する玉城デニー氏(現在の知事)だった。
(2)模範となるべき国会議員までがツイッターで事実と異なる情報を発信した。会員制交流サイト(SNS)で怪情報を流布させ他候補のイメージダウンを図る手法を選良と呼ばれる人が平然とやってのける。政治家のモラルの低下を印象づけた。


 しかし、「新報」は安倍晋三政権のこの問題への思惑についての危惧感を明確にする。


(1)政府・与党はこのような異常な事態を放置し、傍観していた。ここへ来て唐突に「民主主義の根幹を揺るがす事態になる恐れもある」といった認識が示されるのはなぜか。
(2)参院選などを控え、政権批判の投稿をなくしたいという思惑が透けて見える。


 この上で、「新報」は次のように見解をまとめる。


(1)情報を配信している企業によって、誤った投稿内容への責任の在り方や防止策にばらつきがあるのは事実だ。一段の対応を促す必要はあるのだろうが、デマの判定は一筋縄ではいかない。
(2)SNSには虚偽情報があふれる一方、正当と思われる批判・指摘も多々ある。デマの拡散防止を迫られたとき、情報配信事業者はどう対応するだろうか。正当な論評とフェイクの区別がつかず、一緒くたにして処理することが起こり得るのではないか。
(3)政府は、憲法が保障する「表現の自由」に配慮し法制化は見送る方向だという。たとえ法律で規制しなくても、結果として、表現の自由が脅かされる恐れがある。
(4)災害時のデマの拡散防止で何らかのルール作りが必要であることに異論はない。人々を混乱させ、場合によっては人命に関わりかねないからだ。昨年の西日本豪雨では「レスキュー隊のような服を着た窃盗グループが被災地に入っている」という偽情報が飛び交った。北海道地震では、再び大きな地震が起きるとのデマが拡散した。
(5)取り組みが先行する欧州では、欧州連合(EU)が米IT企業やネット広告会社に行動規範の策定を求め、合意した。偽ニュースを流すアカウントの停止、政治広告の出稿者や出資者の明確化、ファクトチェック(事実確認)の強化などの対策も掲げる。
(6)総務省も米IT企業や情報配信事業者に自主的な行動規範の策定を求めることを視野に入れる。表現の自由の侵害につながることがないよう、あらゆる事態を想定し、慎重の上にも慎重を期すべきだ。
(7)SNSを利用する側には、デマの拡散に加担しないだけの分別が求められる。


 確かに、この問題については、①「表現の自由の侵害につながることがないよう、あらゆる事態を想定し、慎重の上にも慎重を期すべきだ。」ということの基本の上に、②私たちの側の「SNSを利用する側には、デマの拡散に加担しないだけの分別が求められる。」、ということになる。



by asyagi-df-2014 | 2019-01-23 07:17 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

県民投票への不参加の決定は、住民の自己決定権を奪うもの。民主主義の火を消してはいけない。

 私たちの『県民投票』についてのイメ-ジは、間違った方向に向かう流れを何とか変えようとする少数者の必死の取り組みとしてありました。
また、そこには、最近のスラップ訴訟と同様に、権力のあるものからの妨害が常にあるものでもありました。
しかし、地方自治の本旨を実現することが地方自治体の本来の任務であるにもかかわらず、沖縄県内の自治体で見られる現在の様子は、地方自治体そのものが住民の自己決定権をないがしろにしているように見えています。

 このことについて、沖縄タイムスと琉球新報は2018年12月27日、「[県民投票不参加]住民の権利は奪えない」「県民投票不参加 政治的思惑排して判断を」、と社説で論評しました。
 この両社の社説から、沖縄の県民投票を考えます。


1.沖縄の県民投票をめぐる状況

(「タイムス」)
(1)米軍普天間飛行場を抱える宜野湾市の松川正則市長は、来年2月24日に予定されている県民投票への不参加を表明した。議会の判断に従って首長が不参加を表明したのは、下地敏彦・宮古島市長に続き2人目となる。投票事務に必要な補正予算案を26日までに可決したのは、34市町村。賛成少数で否決したのは宜野湾、宮古島両市を含め7市町。ここにきて県民投票の実施に暗雲が漂い始めているのは確かだ。

(「新報」)
(1)米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の埋め立ての賛否を問う県民投票について、宜野湾市の松川正則市長が投票事務を行わない意向を明らかにした。市議会が関連予算を否決したことなどを理由に挙げている。不参加を表明した首長は下地敏彦宮古島市長に続いて2人目だ。


2.沖縄県の県民投票の目的の確認

(「タイムス」)
(1)否定派の中には「県民の意思は多様で、複雑だ。賛成と反対の2択に集約することはできない」という声が多い。「県民投票条例には普天間飛行場問題の原点である危険性除去の明記がない」との指摘もある。分かってほしいのは、県民投票は、意識調査や世論調査とはそもそも性格が異なる、という点だ。
(2)辺野古・大浦湾を埋め立て普天間飛行場の代替施設を建設することは、将来世代をも拘束する極めて重大な政策である。同時に、普天間飛行場の危険性除去も先延ばしが許されない急を要する課題である。この二つの側面について議論を深め、異なる意見にも耳を傾け、さまざまな情報を冷静に吟味し、討議や学習を重ね、主体的な判断で1票を投じる-そうやって県民の意思を確認するのが、県民投票の目的である。

(「新報」)
(1)投票したくてもできない人が出てくると公平性が損なわれる。有権者は、自らの投票権を放棄することまで首長や議員に判断を委ねてはいないはずだ。
(2)新基地建設は沖縄の将来を左右する重大案件である。埋め立ての賛否を問う意義は、いくら強調してもしすぎることはない。一方で、県民投票が一部地域を除く形で実施されれば、その意義が薄れるのも事実だ。県は全市町村で漏れなく実施できるようあらゆる手だてを講じるべきだ。


3.沖縄県の県民投票の自治体の不参加の場合の問題点

(「タイムス」)
(1)首長が県民投票への不参加を決めた場合、憲法や地方自治法に照らして重大な疑問が生じる。
(2)県民投票条例は、地方自治法に基づく住民の直接請求を受け、県が条例案を県議会に提出し、県議会の賛成多数で成立した。県民投票に必要な経費は県が負担、市町村は関連予算を「義務的な経費」として市町村に計上し、市町村が実際の投票事務を担う。議会が否決した予算案を長が再議に付すのは、議会の議決に異議がある場合だ。再議が県民向けの単なるポーズであってはならない。
(3)選挙権と、さまざまな参政権は、民主主義や地方自治を維持するのに欠かせない最も基本的な権利である。現職の議会議員は、県民投票を争点にした選挙で当選したわけではない。議員の反対でその地域の全有権者の投票権が行使できないという事態は、地方自治の基礎を土台から破壊するのに等しい。

(「新報」)
(1)民主主義の手続きによって選ばれた首長が、何故に民主主義の根幹である投票権を奪うのか。住民の口封じを図るのは、民主主義の自殺行為にほかならない。ぜひとも再考してほしい。
(2)首長と議会は車の両輪であり、一方が誤った判断をした場合、他方が正すというのが望ましい在り方だ。やみくもに議会に同調する姿勢は住民本位とは言えない。
(3)松川市長は、条例案などに普天間飛行場の危険性の除去についての対処法が盛り込まれていないとして「投票結果によっては同飛行場の固定化につながる懸念が極めて強い」とも述べた。果たしてそうだろうか。市街地の真ん中にある普天間飛行場が危険であることは日米両政府の共通認識だ。2003年に同飛行場を視察した当時のラムズフェルド米国防長官が強い懸念を示したほどである。固定化させることは、協議の前提条件を土台から崩壊させる愚挙であり、断じてあってはならない。
(4)むしろ、「辺野古移設か、普天間固定化か」という乱暴な二者択一を受け入れることが、結果的に危険性の放置につながる。新基地建設の進捗(しんちょく)次第で普天間の返還が際限なく先送りされることを認めるに等しいからだ。


4.主張

(「タイムス」)
(1)賛成反対だけでなく、白票も棄権も意思表示の一種である。そのような意思表示さえ不可能な「県民投票実施せず」の事態は避けるべきである。
(2)県民投票に法的な拘束力はない。どのような結果になっても辺野古埋め立ての方針は変わらない、と政府はけん制する。「基地はもともと沖縄にあったんだから、本土が嫌と言っている以上、沖縄が引き受けるべきだ。その代償としてカネをもらえばいい」。本土側に目立つそのような発想をどう考えるか。県民投票はそうした問題を真剣に考え、望ましい沖縄の将来像を考える機会でもある。

(「新報」)
(1)投票したくてもできない人が出てくると公平性が損なわれる。有権者は、自らの投票権を放棄することまで首長や議員に判断を委ねてはいないはずだ。
(2)戦後、米統治下にあった沖縄では1968年に現在の知事に当たる主席の公選が実施されるまで、全住民の代表を直接選ぶことさえ認められなかった。主席公選は自治権拡大闘争の最大の成果だ。当時、沖縄以上に民主主義のありがたさを知っている地域はなかっただろう。50年たって一部の首長、議会が住民の投票権を奪おうとしている。先人はどう見るか。事は民主主義の根本に関わる問題だ。政治的な思惑を排し、手続きを進めてほしい。


 どう考えても、首長、議会が住民の投票権を奪うことは間違っています。
確かに、県民投票には、「県民投票はそうした問題を真剣に考え、望ましい沖縄の将来像を考える機会でもある。」(「新報」)、との意義づけがあります。
 まさに、沖縄県の県民投票にきちっと向き合うことこそ、地方自治の本旨の実現であると言えます。
 だとしたら、今回の件に関しては、「民主主義の根本に関わる問題だ。政治的な思惑を排し、手続きを進めてほしい。」(琉球新報)、ということに尽きます。
 せめて、「県民投票に法的な拘束力はない。どのような結果になっても辺野古埋め立ての方針は変わらない、と政府はけん制する。」(「タイムス」)、と薄ら笑いを浮かべる者たちに真実の刃を突きつけるべきではないか。



by asyagi-df-2014 | 2019-01-04 07:15 | 書くことから-憲法 | Comments(1)

最高裁は、「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」の不掲載は、「句が掲載されると期待した女性の権利を侵害した」と二審判決を支持。

 朝日新聞(以下、「朝日」)は2018年12月22日、「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」と詠んだ俳句を公民館だよりに不掲載とした控訴審裁判で、「不掲載は違法、確定 公民館だよりに九条俳句 最高裁」、と次のように報じた。


(1)「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」。こう詠んだ俳句が秀句に選ばれたのに公民館だよりに載らず、精神的苦痛を受けたとして、作者の女性(78)がさいたま市に200万円の慰謝料などを求めた訴訟で、不掲載を違法とした判断が確定した。最高裁第一小法廷(小池裕裁判長)は、5千円の賠償を命じた二審判決を支持し、20日付の決定で市と女性の上告を退けた。
(2)一、二審判決によると、女性は2014年6月、集団的自衛権の行使容認に反対するデモに加わった経験から句を詠んだ。地元の句会で秀句とされたが、公民館は「公平中立の立場から好ましくない」として公民館だよりに載せなかった。
(3)一審・さいたま地裁は、公民館では3年以上、秀句を公民館だよりに載せ続けていたと指摘。秀句を掲載しなかったことは、思想や信条を理由にした不公正な取り扱いで「句が掲載されると期待した女性の権利を侵害した」として、5万円の慰謝料を認めた。
(4)二審・東京高裁は、集団的自衛権の行使について世論が分かれていても、不掲載の正当な理由とはならないとし「女性の人格的利益の侵害にあたる」と判断。不掲載の経緯などを踏まえ、慰謝料の額を減額した。
(3)作者の女性は「ほっとしました。早急に句の掲載を求めたい」とのコメントを出した。



「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」。
 情景が蘇る句である。
どう考えても、公民館側のあまりに恣意的な判断である。
社会教育の目的を大きく逸脱する行為であるし、文化というものの持つ力をあまりにも軽視するものである。






by asyagi-df-2014 | 2018-12-31 07:10 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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