カテゴリ:天皇制( 1 )

諦めるわけにはいかないから、きちんと主張する。(1)

 この国の状況を見た時、ふと立ち止まってしまう時がある。
 しかし、諦めるわけにはいかない。
 やはり、「否」をきちんと突きつけなければ。

大嘗祭について、沖縄タイムスは2019年11月15日に、琉球新報は2019年11月16日に、それぞれが、「[大嘗祭]政教分離の疑義消えぬ」、「大嘗祭への国費支出 政教分離に違反しないか」、ときちんと論評した。
 この二紙の主張に、きちんと向き合う。
まず、沖縄タイムス(以下、「タイムス」)は、次のように指摘する。


(1)皇位継承に伴う一代に一度しか催されない重要祭祀(さいし)「大嘗祭(だいじょうさい)」が14日夜から15日未明にかけ、皇居・東御苑を舞台に皇室行事として営まれた。首相ら三権の長や閣僚、全国の知事、各界の代表ら675人が招かれた。
(2)天皇は毎年11月、その年に収穫された新穀を神々に供え、自らも食し国と国民の安寧や五穀豊穣(ほうじょう)を祈る「新嘗祭(にいなめさい)」を執り行っている。即位後初めて行われる新嘗祭が特に大嘗祭と呼ばれる。7世紀後半に始まり、戦乱などの影響で約220年間中断した時期もある。もともと簡素な祭祀だったとされるが、天皇を神格化する国家づくりを進めた明治に巨大化した経緯がある。
(3)祭祀の舞台として建設された大小30余りの建物など、建設関係費に約24億4千万円の国費が支出される見通し。


 「タイムス」は、このことに関して、「問題は」と大嘗祭が公費で賄われることについて批判する。


(1)問題は、大嘗祭が天皇家の私的な祭祀で、神道形式の宗教色が強いことだ。それに国費を支出することは疑問である。大嘗祭は「秘事」とされ「神と一体化する儀式」との説もある。核心部分を含めほとんどが非公開だ。
(2)憲法20条の政教分離に違反するとの批判は根強い。政教分離原則は、明治以降、国家と神道が結び付いた国家神道への強い反省がある。
(3)平成の代替わりでは、国庫支出が憲法の政教分離原則に違反するとして市民らが国を相手にした訴訟を各地で起こした。大阪高裁は1995年3月、「神道儀式としての性格は明白」として、「政教分離規定に違反するのではないかとの疑義は一概に否定できない」との判断を示した。
(4)今回もすでに訴訟が提起されている。憲法違反との疑義が消えないのである。
(5)昨年11月、皇嗣秋篠宮さまは誕生日を前にした記者会見で「大嘗祭は皇室の行事として行われるもので、宗教色が強い。国費で賄うことが適当かどうか」と疑問を呈し、「身の丈にあった形で行うのが本来の姿」などと語った。
(6)公費ではなく、内廷会計という天皇家の私的費用で営む。政教分離と簡素化を念頭に置いた発言である。政府方針に皇室側からの問題提起だったが、議論が深まることはなかった。政府は昨年3月の式典準備委員会で、平成の代替わりを「前例踏襲」することを早々と決めたからである。議論の時間があったにもかかわらず、会合は3回しか開かれず、「結論ありき」で議論らしい議論はなかった。


 「タイムス」の大嘗祭に関してのまとめは、次のものである。


「明文化された大嘗祭は戦後、法令から消えた。しかし政府は平成の代替わりで次のような見解をまとめた。宗教上の儀式であることは否定できず国事行為として行うのは困難としながら、皇位の世襲制をとるわが国の憲法の下では公的性格があるとして、国費の支出を決定した。曖昧なのである。訴訟が提起されるのはそのためである。議論の棚上げは政府の怠慢と言わざるを得ない。大嘗祭を憲法の理念に基づくものにするにはどういう在り方が望ましいのか。時代にふさわしい儀式の在り方について、不断の議論が重要である。」


 次に、琉球新報(以下、「新報」)の「儀式は紛れもない『神事』であり、国費の充当は憲法が定める『政教分離』に抵触する疑いがある。」、との指摘は次のもの。


(1)皇位継承の重要祭祀「大嘗祭」の中心儀式「大嘗宮の儀」が営まれた。皇室の公的活動費である「宮廷費」から、総額24億4千万円が支出される見通しだ。
(2)儀式は紛れもない「神事」であり、国費の充当は憲法が定める「政教分離」に抵触する疑いがある。だが政府は昨年、十分な議論もなしに前例を踏襲することを決定した。憲法を軽視する姿勢と言わざるを得ない。
(3)大嘗祭は、新天皇がその年にとれたコメなどを神前に供え、自身も食べ、国と国民の安寧を祈り、五穀豊穣に感謝する儀式だ。大阪高裁は1995年、「即位の礼」「大嘗祭」への国費支出を巡り違憲の確認などを市民らが求めた訴訟の控訴審判決で「政教分離規定に違反するのではないかとの疑いは一概には否定できない」と指摘した。国費による執行は「国家神道に対する助長、促進になる行為」と述べている。内容を評価した原告は上告せず、判決が確定した。
(4)皇嗣秋篠宮さまが昨年11月の記者会見で「宗教色が強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と苦言を呈したのも無理はない。
(5)大嘗祭は7世紀後半ごろに始まったとされる。約220年間の中断を経て、天皇の神格化を進めた明治期に大規模化した。権威を高めることで、国民に対する支配力を強める狙いがあった。戦前は、天皇崇拝と結び付いた神社神道が国家から事実上、公認されていた。児童生徒らの参拝なども強要された。憲法の政教分離原則が定められた背景には、そのような過去の反省がある。
(6)大嘗祭が行われた皇居・東御苑の「大嘗宮」は悠紀殿、主基殿など30余りの建物で構成される。今回の儀式のためだけに特設された。一般公開を経て取り壊される。大部分の木材はなるべく再利用する方向で調整しているというが、国家予算の有効活用という観点からも疑問が残る。それ以前に、政教分離違反との批判は根強い。
(7)政府は「重要な伝統的皇位継承儀式」として、今回も公的な皇室行事と位置付けた。これに対し、皇室の私的行事として行うべきだという主張もあった。明治憲法で主権者とされていた天皇は戦後、新憲法の下で「象徴」に変わった。それでもなお戦前の形式にこだわるのはなぜか。


 「新報」は、最後に、次のようにまとめる。


「憲法との整合性を含め、国民の目に見える形で議論を深めるべきだった。重要な論点があいまいにされたまま既成事実化が進むことに危うさを感じる。大掛かりな儀式で殊更に権威を高める手法には警戒しなければならない。国民を統制する手段として天皇が利用される懸念があるからだ。かつて天皇の名の下に戦争に突入し、おびただしい数の人命が失われた歴史を思い起こす必要がある。」


 確かに、この両社は、「大嘗祭の公費の支出は、日本国憲法の「政教原理」原則に違反する」、との見解についてはきちんと表明することができている。



by asyagi-df-2014 | 2019-11-18 07:05 | 天皇制 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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