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沖縄タイムスの【教科書のいま】を読む。(4)

 宜野湾海浜公園で、2007年9月29日、復帰後、最大規模の大会になった「教科書検定意見撤回を求める県民大会」が、11万6千人(主催者発表)が参加し開催された。
 この日から、10年がたった。
 沖縄タイムスは、「2006年度の教科書検定で、高校日本史の沖縄戦『集団自決(強制集団死)』を巡り、日本軍の加害性の記述が大幅に薄められた。11万6千人(主催者発表)が参加した07年9月29日の県民大会を経て、記述はある程度回復したものの、『軍の強制』は認められていない。国の歴史観と、県民の『記憶』とのせめぎ合いが続く『教科書のいま』に焦点を当てる。」、と特集の連載を始めた。
 この沖縄タイムスの特集を読む。
第4回は2017年9月29日、「教科書のいま・4】石垣市の副読本問題 「慰安婦」触れ出版難航 市側、本年度は見送り」(社会部・鈴木実)。
 沖縄タイムスは、今の「教育をゆがめる圧力」の様子を伝える。


(1)市議「慰安婦を強制連行したという証拠は全くなかったというのが政府見解。訂正すべきだ」
 市長「政府見解とは多少異なる記述で副読本が作られている。しっかり検証しながら、新たな形で発行すべきだろうと考えている」
 昨年6月の石垣市議会の定例会。市議と中山義隆市長との間で、こんなやりとりがあった。
(2)問題になったのは、石垣市教育委員会が市内の中学生向けに作成した副読本『八重山の歴史と文化・自然』。一括交付金を使い、郷土の専門家ら約30人が2年かけて執筆や編集を担った。全編オールカラー、220ページを超える力作で、2014年度末に会見した当時の市教育長は「中学生が島を学ぶ入門書として活用してほしい」と呼び掛けた。
(3)しかし、副読本は船出から難航する。
(4)翌15年度に入っても配布されず、しびれを切らした執筆者らが文書で問い合わせたが「教科書採択への影響を避けるため」「誤字脱字などがあり、市教委の責任で訂正する」などといった理由で延び延びになった。
(5)「教科書に『慰安婦』のことは載っていない。副読本からおろせないか」。会見から8カ月ほどたった15年11月、執筆者の一人である三木健さん(77)は、市教委からの電話に「ついに本音が出たか」と直感した。
 三木さんは副読本の中で、「慰安婦」や「南京事件」について触れていた。八重山で10カ所ほどの慰安所が置かれていたことや、南京占領の際にはちょうちん行列がまちを練り歩いた事実を盛り込むことで、「郷土の戦争」を知ってもらうためだった。一方で南京事件の犠牲者数は明記しないなど、表現には配慮したつもりだった。
(6)再三の交渉を経て、最終的には同年12月に生徒たちに配られたものの、翌16年度の議会でやり玉に。執筆者は17年度も発行を希望していたが、市教委は「見解が分かれる事案」「公金支出は市長や市議会、市民の理解が得られにくい」として刊行を見送った。
(7)近隣諸国との緊張関係が増し、自衛隊配備計画も控える「国境の島」。三木さんには、「加害」の歴史を見直そうという動きが力を伸ばしつつあるように見える。「歴史教育の出発点は、郷土で何があったかを知ること。座標軸が『右』へ『右』へと流れる中で、都合の悪いことから目を背けようとしていないか」と問う。(社会部・鈴木実)


 「歴史教育の出発点は、郷土で何があったかを知ること。座標軸が『右』へ『右』へと流れる中で、都合の悪いことから目を背けようとしていないか」、との三木健さんの指摘は、教科書問題だけでくくるものではなく、学問・研究のあり方の基本でもある。
まさしくこうした『閉塞』社会を変えることこそ、「大人」の責任である。



by asyagi-df-2014 | 2018-04-13 12:33 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

沖縄タイムスの【教科書のいま】を読む。(3)

 宜野湾海浜公園で、2007年9月29日、復帰後、最大規模の大会になった「教科書検定意見撤回を求める県民大会」が、11万6千人(主催者発表)が参加し開催された。
 この日から、10年がたった。
 沖縄タイムスは、「2006年度の教科書検定で、高校日本史の沖縄戦『集団自決(強制集団死)』を巡り、日本軍の加害性の記述が大幅に薄められた。11万6千人(主催者発表)が参加した07年9月29日の県民大会を経て、記述はある程度回復したものの、『軍の強制』は認められていない。国の歴史観と、県民の『記憶』とのせめぎ合いが続く『教科書のいま』に焦点を当てる。」、と特集の連載を始めた。
 この沖縄タイムスの特集を読む。
第3回は2017年9月27日、「【教科書のいま・3】「慰安婦」記述に強まる圧力 学校に抗議続々、教科書会社倒産も」(社会部・鈴木実)。
 沖縄タイムスは、今の「現場」の様子を伝える。


(1)今年夏。昨年度から使われている歴史教科書を巡り、関西の名門中学校に組織的とみられる大量の抗議はがきが送りつけられていることが発覚した。「『反日極左』の教科書」「なぜ採択したのか」などと書かれ、採択の理由を問いただす政治家からの電話も同校にあったとされる。
(2)標的となったのは、新規参入の「学び舎(しゃ)」の教科書。沖縄戦や沖縄の基地問題に関する記述が手厚く、中学校の教科書としては唯一「慰安婦」について取り上げたことでも話題になった。執筆者の一人は「教科書そのものに対する批判や提言は受け止めるが、採択した学校への『圧力』は見過ごせない。教育の自由がゆがめられる」と懸念する。
(3)「慰安婦」を巡っては、金学順(キム・ハクスン)さんが1991年に名乗り出たのをきっかけに、90年代の一時期には全ての中学校歴史教科書が取り上げた。一方、90年代半ばに発足した自由主義史観研究会や「新しい歴史教科書をつくる会」は、こうした記述を「自虐的」として矛先を向ける。教科書会社は、次第に及び腰になった。
(4)中学の歴史分野の大手だった日本書籍はこの年、深刻な経営危機に襲われる。ほかの教科書が「慰安婦」記述を控える中、従来通り掲載した同社は集中砲火を浴び、採択を控える教育委員会が相次いだためだ。結局、同社は数年後に倒産。中学校教科書から「慰安婦」の記述が途絶えた。
(5)10年以上の時を経て、再び「慰安婦」に触れたのが学び舎の教科書だった。「河野談話」を紹介する文脈であり、「強制連行を直接示すような資料は発見されていない」という政府見解も載せていたが、「反日」と決め付けられた。
(6)高嶋伸欣琉球大学名誉教授は「国内有数の進学校にも選ばれたため、『つくる会』系の勢力が焦りを感じたのだろう。不当なレッテルを貼ることで『慰安婦』を削除させ、ほかの教科書会社にも記述が広がらないよう牽制(けんせい)する意図があるのでは」とみる。
(7)インターネット上に掲載された文章で、抗議はがきを受けた校長は「多様性を否定し、一つの考え方しか許されないような閉塞(へいそく)感の強い社会」に強い憂慮を示した。国の歴史観に従わせようとする「圧力」が、教育現場や教科書会社を覆っている。


 教育現場の実態は、実は日本の言論の自由や基本的人権の実態である。、
それは、「多様性を否定し、一つの考え方しか許されないような閉塞(へいそく)感の強い社会」、ということである。
この『閉塞』社会を変えることこそ、「大人」の責任である。





by asyagi-df-2014 | 2018-04-12 12:21 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

沖縄タイムスの【教科書のいま】を読む。(2)

 宜野湾海浜公園で、2007年9月29日、復帰後、最大規模の大会になった「教科書検定意見撤回を求める県民大会」が、11万6千人(主催者発表)が参加し開催された。
 この日から、10年がたった。
 沖縄タイムスは、「2006年度の教科書検定で、高校日本史の沖縄戦『集団自決(強制集団死)』を巡り、日本軍の加害性の記述が大幅に薄められた。11万6千人(主催者発表)が参加した07年9月29日の県民大会を経て、記述はある程度回復したものの、『軍の強制』は認められていない。国の歴史観と、県民の『記憶』とのせめぎ合いが続く『教科書のいま』に焦点を当てる。」、と特集の連載を始めた。
 この沖縄タイムスの特集を読む。
第2回は2017年9月26日、「【教科書のいま・2】「集団自決」修正の標的 政治介入に警鐘」(社会部・湧田ちひろ)。
沖縄タイムスは、教育への政治介入という問題を、こう伝える。



(1)1991年10月、東京高裁。沖縄国際大教授(当時)の石原昌家さん(76)は、沖縄戦の研究者として法廷に立っていた。「住民が自主的に死んだのではなく、日本軍のために必然的に死に追い込まれました」。これまで聞き取った数千人の証言者と戦没者の思いを胸に、「集団自決(強制集団死)」の実相を語った。石原さんが出廷したのは、高校日本史教科書の執筆者である家永三郎さんが84年に起こした第3次家永訴訟。家永さんが日本軍による「住民殺害」を教科書に記述したことに対し、当時の文部省は「集団自決」も併記するよう求めた。
(2)文部省は「集団自決」を、国のために自ら命を絶った「殉国死」として書かせようとしている-。そう国の意図を感じ取った家永さんは反発し、検定の違法性を訴えて提訴した。石原さんも裁判で「日本軍の強制という意味での『集団自決』」と、枕ことばを付けて国の歴史観にあらがった。
(3)沖縄戦の記述が最初に変更させられたのは、さらに81年度検定にさかのぼる。日本史の教科書で江口圭一さんが執筆した「日本軍による住民殺害」の記述が全面削除された。県民の怒りとともに戦争体験者による新しい証言が相次ぎ、県議会も意見書を可決した。
(4)これらを受け、文部省は83年度検定からは「住民殺害」の記述を認めるよう軌道修正する。しかし同時に美談としての「集団自決」も書かせようとし、家永訴訟につながっていく。
(5)石原さんらの証言や裁判を巡る議論は、沖縄戦の実相がより深く理解される契機となった。教科書会社の抵抗もあり、80年代には「軍の強制」の記述が定着する。
(6)状況が一変したのは、2006年度の教科書検定。歴史修正主義の台頭を背景に、「集団自決」を巡る従来の記述に軒並み検定意見がついた。県民の猛反発で「軍の関与」は復活したものの、軍の「強制」や「命令」を明記することは今も認められていない。
(7)80年代に国の思惑で書かされ、そして20数年後に再び国の思惑で修正させられた「集団自決」。翻弄(ほんろう)され続ける「史実」に、石原さんは「国民を軍民一体で戦争へと駆り立てていくために、戦前から教科書を通じて思想教育や洗脳が行われてきた。教科書への政治の介入を許してはいけない」と警鐘を鳴らす。(社会部・湧田ちひろ)


 確認しなければならないのは、集団自決(集団強制死)の記述は、80年代に国の思惑で美談として書かされ、そして20数年後に再び国の思惑で修正させられた、という事実。
「国民を軍民一体で戦争へと駆り立てていくために、戦前から教科書を通じて思想教育や洗脳が行われてきた。教科書への政治の介入を許してはいけない」、との石原昌家さんの警鐘は、今を撃つ。




by asyagi-df-2014 | 2018-04-11 12:10 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

沖縄タイムスの【教科書のいま】を読む。(1)

 宜野湾海浜公園で、2007年9月29日、復帰後、最大規模の大会になった「教科書検定意見撤回を求める県民大会」が、11万6千人(主催者発表)が参加し開催された。
 この日から、10年がたった。
 沖縄タイムスは、「2006年度の教科書検定で、高校日本史の沖縄戦『集団自決(強制集団死)』を巡り、日本軍の加害性の記述が大幅に薄められた。11万6千人(主催者発表)が参加した07年9月29日の県民大会を経て、記述はある程度回復したものの、『軍の強制』は認められていない。国の歴史観と、県民の『記憶』とのせめぎ合いが続く『教科書のいま』に焦点を当てる。」、と特集の連載を始めた。
 この沖縄タイムスの特集を読む。
第1回は2017年9月25日、「【教科書のいま・1】私は「集団自決」の生き残り 慶良間の教訓、伝える決意」(社会部・新崎哲史)。
沖縄タイムスはこう伝える。


(1)11万人が静かに聞き入る宜野湾海浜公園で、吉川嘉勝さん(78)は意を決して語り始めた。「私は渡嘉敷島北山(にしやま)の『集団自決』の生き残りです」。日本軍に渡された手榴弾(しゅりゅうだん)や持参したカマ、カミソリで家族の命を絶たされた島の人々のこと。被害と加害の記憶に苦しんできたこと。長年口を閉ざしてきたが、日本軍の「罪」を消そうとする動きに怒りがあふれた。2007年9月29日の「教科書検定意見撤回を求める県民大会」。復帰後、最大規模の大会に発展した。
(2)県民大会のきっかけとなったのは、文部科学省による06年度の教科書検定。渡嘉敷島や座間味島などで起きた「集団自決(強制集団死)」で日本軍の「強制」記述が消された。「軍の責任逃れは許せない」。それまで数度しか証言したことがなかった吉川さんは県民大会の壇上に立った。沖縄戦当時6歳。家族で手榴弾を囲んだが爆発せず「死ぬのはいつでもできる。逃げよう」との母の叫びで命をつないだ。
(3)慶良間諸島では、日本兵は「いざとなれば自決しろ」と多くの住民に伝えていた。軍命による住民の招集、軍管理の手榴弾が家庭に配られ「隊長命令があった」と確信している。
(4)吉川さんは、ある防衛隊員の妹から証言を聞いた。軍人経験者だった防衛隊員は「集団自決」の直前、知り合いから「手榴弾の扱いに慣れているだろ。私の旧式と換えてくれ」と頼まれ、新式手榴弾を手渡した。その知り合いの家族は爆発で死亡。しかし、交換した旧式手榴弾は不発で防衛隊員の家族は生き残った。「生存者は相手を犠牲にした傷を負う。被害と加害が複雑に絡み合い、小さな島社会では『語らず』が生きるすべだった。そこが狙われた」
(5)県民大会と前後して、住民たちは「あの日」について語り始め、軍命を裏付ける証言が相次いだ。吉川さんも平和ガイドを始め、10年間で350組以上に戦争の実態を伝えてきた。「教科書検定問題で慶良間の戦争の実態は広く知られるようになった」と感じる一方、近年のインターネットなどによる史実を歪曲(わいきょく)する言説に神経をとがらす。「真実が隠され、追い込まれた先に『集団自決』が起きた。史実を曲げる目的の先には戦争が見える。悲劇を繰り返さないために慶良間の教訓を伝えたい」と力を込める。(社会部・新崎哲史)


 確かに、10年前のあの感動を覚えている。
 今、必要なことは、まずは、「私は渡嘉敷島北山(にしやま)の『集団自決』の生き残りです」と証言者となった、吉川嘉勝さんの「真実が隠され、追い込まれた先に『集団自決』が起きた。史実を曲げる目的の先には戦争が見える。悲劇を繰り返さないために慶良間の教訓を伝えたい」、との声にじっくり耳を傾けることではないか。





by asyagi-df-2014 | 2018-03-23 08:15 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

慰安婦合意の検証結果を考える。

 慰安婦合意の検証結果をどのように捉えればよいのか。
 朝日新聞は2018年12月28日、次のように報じていた。


(1)「韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領は28日、慰安婦問題を巡る日韓合意について『手続き上も内容上も重大な欠陥があったと確認された』と指摘し、『両首脳の追認を経た政府間の公式的な約束という重みはあるが、大統領として、この合意では慰安婦問題は解決されないと再び明らかにする』と表明した。」
(2)「韓国の外相直属チームが27日に発表した日韓合意の検証結果を受けて、大統領府報道官を通じて声明を出した。声明では『被害者中心の解決という原則の下、早急に後続措置を用意してほしい』と関係部署に検討を指示したことを明らかにした。後続措置の具体的内容や、合意を維持するかどうかは言及していない。」
(3)「文氏は5月の大統領選で合意は『誤りだ』として再交渉を公約。だが就任後は『再交渉』という言葉を封印している。一方で声明では『歴史問題の解決とは別に、韓日間の未来志向的な協力のために、正常な外交関係を回復していく』とも主張した。」
(ソウル=武田肇)


 この日韓(韓国側からは韓日)慰安婦合意の問題について、朝日新聞、毎日新聞及びハンギョレの社説から考える。
 三紙は、朝日新聞社説-「日韓合意 順守こそ賢明な外交だ」-、毎日新聞社説-「文政権の『日韓合意』検証 再燃回避へ指導力発揮を」-、ハンギョレは-「日本は『慰安婦』被害者の名誉回復の意義に立ち返れ」、とそれぞれ2017年12月28日に論評した。
 まず最初に、ハンギョレの主張・見解をみてみる。


(1)「韓日慰安婦合意の経緯を検討したタスクフォース(検証結果)の発表で、2015年の韓日政府間の合意の隠されていた部分が明らかになり、国民の怒りが煮えたっている。文在寅(ムンジェイン)大統領は28日『重大な欠陥があったことが確認された』として『この合意で慰安婦問題が解決されることはできないという点を国民と共にはっきりと明らかにする』と述べた。事実上の『追加協議』を示唆すると解釈することもできる。」
(2)日本が指摘する『合意形式の妥当性』にはもちろん一理がある。しかし『合意を守りなさい』と声を高める日本のマスコミでさえ『慰安婦合意の核となる精神は、慰安婦被害者の名誉と尊厳の回復にある』(朝日新聞)、『日本政府も【被害者の視点を欠いていた】とする報告書の指摘に謙虚に耳を傾けてほしい』(東京新聞)と言及している点に日本政府も注目すべきである。
(3)「韓日両政府は合意をなぜ成そうとしたのかその根本的な理由に立ち返るべきである。長い年月が経ったのでもう『未来』だけ見て適当にふたをして過ぎ去らせようとしたのではなかろうか。2015年の合意案に『被害者の名誉や尊厳の視点』が入っていると果たして言えるだろうか。当時の主な内容を『非公開』にしたのは誰のためだったのか。結局は政権に負担になる内容を隠そうとしたのではないか。このような問いに当時合意をした両国政府の当局は明確に答えねばならない責任がある。」
(4)「それでも『とにかく合意をしたのだから守りなさい』と主張するのは『慰安婦被害者の名誉』はもちろん、国際社会での日本の地位向上にも全く役に立たないだろう。」
(5)「慰安婦問題の合意は、互いに有利なことをやりとりするような通商協定とは性格が全く違う。歴史的意味と人類共通の価値を再確認する崇高な作業だ。
(6)「これを密室でやりとりするように『取り引き』して両国国民に隠して嘘をついていたことは容認できない。単に朴槿恵(パク・クネ)政権の無能と身勝手ぶりだけを恨むのではなく、日本の安倍政権もまたこの責任を厳重に負うのが当然だ。日本政府は両国が合意になぜ乗り出したかを今からでも振り返り、いかにすることが韓国と日本の未来指向的関係に役立つのか、深く考えるべきである。」


 結局、ハンギョレは、韓国にとって、この慰安婦合意の検証によって明らかになったことは、一つには、この合意で慰安婦問題が解決されることはできないということ、二つには、『慰安婦問題の合意は、互いに有利なことをやりとりするような通商協定とは性格が全く違う。歴史的意味と人類共通の価値を再確認する崇高な作業』である以上、2015年12月の慰安婦合意はこうした作業には値しない、という見解を主張をする。したがって、この検証を受けて、「日本政府は両国が合意になぜ乗り出したかを今からでも振り返り、いかにすることが韓国と日本の未来指向的関係に役立つのか、深く考えるべきである。」、と主張する。


 これに対して、日本側の朝日新聞と毎日新聞は、それぞれ次のように主張する。
 朝日新聞は、主張は、次のものである。


(1)「交渉の過程にいくつかの問題点があったとし、韓国に不利な『不均衡な合意』となったとの評価を示した。」
(2)「全体的に、朴槿恵(パククネ)・前政権の失政を強調したい文在寅(ムンジェイン)政権の姿勢がにじみでている。合意をめぐる世論の不満に対処するための、国内向けの検証だったというべきだろう。文政権はこの報告を踏まえた形で、政府見解を来年にまとめるという。いまの日韓関係を支える、この合意の意義を尊重する賢明な判断を求めたい。」
(3)「調査は、韓国外相直属で官民の有識者らがあたった。報告書は問題点として、韓国政府が元慰安婦たちの意見を十分に聞かなかった▽秘密協議で交渉が進められ、非公開の合意があった――などを挙げた。日本側の要求への批判よりも、もっぱら前政権の不手際を強調。そのうえで現状のように国内の不満が広がるのもやむをえないとの認識を示した。
(4)「対日関係は改善したい一方、世論を案じる文政権の苦しい立場がうかがえる。だが、今春の大統領選で合意の見直しを公約にしたのは文氏自身だ。政権を担う今、理性的な外交指針を築く覚悟が求められている。言うまでもなく、外交交渉では、片方の言い分だけが通ることはない。とりわけ慰安婦問題は長年に及ぶ懸案だ。合意は、その壁を乗り越え、互いに歩み寄った両国の約束である。
(5)「核となる精神は、元慰安婦らの名誉と尊厳を回復することにある。文政権は合意の順守を表明し、彼女らの心の傷を少しでも癒やせるよう、日本政府とともに着実に行動していくべきである。」
(6)「ソウルの日本大使館前に立つ少女像の移転問題についても、文政権は市民団体などへの説得に注力しなくてはならない。」
(7)「一方、日本政府の努力も欠かせない。政府間の合意があるといっても、歴史問題をめぐる理解が国民の胸の内に浸透していくには時間がかかる。合意に基づいて設けられた韓国の財団は元慰安婦への現金支給を進め、7割以上が受け入れを表明した。関係者は『全員がいろんな思いがある中、苦悩しつつ決断した』と話す。さらに日本政府にできることを考え、行動する姿勢が両国関係の発展に資する。」
(8)「この合意を、真に後戻りしない日韓関係の土台に育て上げるには、双方が建設的な言動をとり続けるしか道はない。」


 また、毎日新聞の主張は、次のものである。


(1)「慰安婦問題を巡る一昨年12月の日韓合意に関する検証結果が公表された。韓国政府が専門家に委嘱し、5カ月かけて進めてきたものだ。検証報告書の核心は、朴槿恵(パククネ)前政権が当事者である元慰安婦の思いを十分にくみ取らなかったと批判している点だ。だが、朴前政権による元慰安婦や支援団体への説得努力が不十分だったとしたら、それは後任の政権が引き継ぐべきものだ。」
(2)「日韓合意は『最終的かつ不可逆的な解決』をうたっている。政府間の約束は政権交代したからといって簡単に変更できるものではない。感情的対立に発展しやすい歴史問題では、なおさらだ。」
(3)「支援団体が反対する場合には韓国政府が説得するという非公開の合意があったことも問題視された。しかし、元慰安婦の7割以上は合意に基づいて設立された財団の事業を受け入れている。一部の元慰安婦や支援団体の反対を根拠に、政府間で解決を宣言しても問題は再燃するという見方は一方的にすぎる。」
(4)「日本側が抱く疑念の背景には、慰安婦問題に関して文在寅(ムンジェイン)大統領が見せてきた姿勢がある。文氏は選挙で『再交渉』を公約にしていた。当選後は『再交渉』という言葉を使わなくなったが、合意に否定的な国民感情を強調し、慰安婦の記念日制定などを進めた。トランプ米大統領が韓国を訪問した際の夕食会に元慰安婦を招いてもいる。その中で出た検証結果である。合意の『破棄』や『再交渉』を勧告したわけではないが、日本側が警戒感を強めるのは当然であろう。」
(5)「文政権は改めて元慰安婦や支援団体の意見を聞くという。康京和(カンギョンファ)外相は報告書発表にあたり、日韓関係への影響を考慮しながら今後の方針を決める考えを示した。来年2月の平昌冬季五輪への出席を安倍晋三首相に求めていることから、決定を五輪後に先送りするとの観測がある。仮に首相が訪韓しなければ、文政権は再交渉を言い出すということだろうか。」
(6)「北朝鮮情勢は緊迫の度を高めており、日韓関係を再び悪化させることは絶対に避けねばならない。文氏は韓国内で問題が再燃しないよう指導力を発揮すべきである。」


 朝日新聞の主張は、慰安婦合意は、「いまの日韓関係を支える」ものである以上、「この合意の意義を尊重する賢明な判断を求めたい。」、ということにある。だから、「対日関係は改善したい一方、世論を案じる文政権の苦しい立場がうかがえる。」、とさえ自らの問題というよりも相手側の問題として押さえる。
 つまり、この慰安婦検証問題は、韓国の国内問題に過ぎなく、「全体的に、朴槿恵(パククネ)・前政権の失政を強調したい文在寅(ムンジェイン)政権の姿勢がにじみでている。合意をめぐる世論の不満に対処するための、国内向けの検証だったというべきだろう。」、と反論している。
 毎日新聞は、「北朝鮮情勢は緊迫の度を高めており、日韓関係を再び悪化させることは絶対に避けねばならない。文氏は韓国内で問題が再燃しないよう指導力を発揮すべきである。」、とさえ主張してしまっている。
 ただ、この毎日の主張は、安全保障の問題を、軍事だけに限定する間違いを起こしている、という指摘だけで十分であるが。


 慰安婦合意の検証について、私たちが、まず大事にしなければならないのは、被害者側が「この合意で慰安婦問題が解決されることはできない」という立場に立った時、加害者側は、まず、そのことの意味の「本質」を冷静に掘り下げる必要があるのではないか。
 特に、この合意に当事者性が不足していると判断されるのであれば、当事者性が充分に保障される方向に持って行くべきではないのか。
 このことからすれば、朝日新聞の指摘でもある「とりわけ慰安婦問題は長年に及ぶ懸案だ。合意は、その壁を乗り越え、互いに歩み寄った両国の約束である。」、という重たい「合意」という事実(麻によると、核となる精神は、元慰安婦らの名誉と尊厳を回復することにある。)-それは、ハンギョレのいう「歴史的意味と人類共通の価値を再確認する崇高な作業」-が、適正なものであるのかどうかという検証を、日本と韓国の両方で行っていくことが必要になっているのではないか。
このことは、安倍晋三政権と朴槿恵政権の間で交わされた外交合意の持つ意味を、例えば、当事者性を持たせるといったことで、改革していくことに繋がるのではないか。




by asyagi-df-2014 | 2018-01-02 17:36 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

ソウル高裁は、「帝国の慰安婦」著者に、1審の無罪判決を破棄し、罰金1000万ウォン(約100万円)の有罪判決を言い渡した。

 毎日新聞は2017年10月27日、表題について次のように報じた。


(1)「【ソウル大貫智子】著書『帝国の慰安婦』で虚偽の記述をし、元慰安婦の名誉を傷つけたとして名誉毀損(きそん)罪で在宅起訴された韓国・世宗(セジョン)大の朴裕河(パク・ユハ)教授に対する控訴審判決で、ソウル高裁は27日、『歴史的事実をねじ曲げ、被害者たちに大きな精神的苦痛を与えた』として、1審の無罪判決を破棄し、罰金1000万ウォン(約100万円)の有罪判決を言い渡した。判決後、朴教授は記者団に対し『大変不当で遺憾だ』と述べ、上告する方針を明らかにした。」
(2)「高裁は、旧日本軍の従軍慰安婦を『性奴隷』と表現した1996年の国連報告書(クマラスワミ報告)などを根拠に、朝鮮人慰安婦は自らの意思に反して連行されたことが明らかだと指摘。著書の『元慰安婦は根本的に【売春】のくくりにいた女性たち』などを虚偽と認定した。そのうえで『大半の朝鮮人慰安婦が、まるで自発的に性売買をして日本とともに戦争を遂行したと、読者に受け取られる』とし、名誉毀損の意図があったと認定した。」
(3)「一方、朴教授が慰安婦問題に関する従来の解決方法を批判する中で事実がねじ曲げられたとみられるとし『被害者を誹謗(ひぼう)したり苦痛を与えたりする目的はなかった』と判断、朴教授の主張を一部取り入れた。また『学問や表現の自由は保障されるべきだ』として、誤った考えか否かは司法が判断する問題ではないと付け加えた。」
(4)「著書をめぐっては、元慰安婦らが2014年6月、朴教授を刑事告訴し、検察が15年11月に在宅起訴。検察側は懲役3年を求刑したが、ソウル東部地裁は今年1月、無罪を言い渡した。1審判決では、検察側が主張した名誉毀損にあたるとの表現について、大半は『資料の分析や評価であって具体的な事実関係を示したと見るのは難しい』と判断。事実関係の提示にあたる部分も、告訴した元慰安婦を特定していないなどとして、いずれも名誉毀損にはあたらないとしていた。控訴審で検察側は今年9月、1審通りの求刑をした。」




by asyagi-df-2014 | 2017-10-27 14:23 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

「強制徴用問題」を考える。

 毎日新聞は2017年8月17日、標題について、「韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は17日午前、就任100日を迎えた記者会見を開いた。日本の植民地時代の徴用工問題について文氏は『徴用者問題も、(日韓)両国間の合意が個々人の権利を侵害することはできない』と述べ、元徴用工の個人請求権は消滅していないとの立場を初めて示した。韓国政府はこれまで徴用工問題は1965年の日韓国交正常化時に解決済みとの立場を取り、個人請求権問題への言及を避けてきた。国家間で外交的に解決した後も問題は残るとして、日本政府に善処を促す狙いがありそうだ。」、と報じた。
 この問題について、高知新聞は「【徴用工問題】過度の外交論争を避けよ」、徳島新聞は「徴用工問題 韓国は火種をつくるな」、山陽新聞は「韓国徴用工発言 積み重ねは尊重すべきだ」、信濃毎日新聞は「徴用工問題 大統領の姿勢を危ぶむ」、と2017年8月21日に、各紙の社説で論評した。また、朝日新聞は2017年8月18日に「徴用工問題 歴史再燃防ぐ努力こそ」と評した。
この5紙の主張とハンギョレの二つの記事を比較して、改めてこの問題を考える。
 まずは、各紙の主張は次のものである。
 ただ、各紙の見出し文だけで日本側(5紙だけを見ているわけではあるが)の主張は予想できるのであるが。


Ⅰ.高知新聞
(1)強制連行されて日本企業などで働かされた韓国人の徴用工問題は、元従軍慰安婦への謝罪や補償とともに日韓の癒えない歴史問題の一つだ。目を背けることができない。それでも文氏の今回の発言は首をかしげざるを得ない。
(2)こうした状況を踏まえ、徴用工問題を過度の外交論争にすることは避けなければならない。日本政府内では「蒸し返しだ」と反発する声が少なくないが、日韓ともに冷静な対応が求められる。


Ⅱ.徳島新聞
(1)徴用工問題は、両国政府が解決済みとしてきたものだ。それを今になって否定するとは、全く理解に苦しむ。歴史問題を蒸し返し、新たな火種をつくることが、一国のリーダーとしてふさわしい行動なのか。文氏はよく考えてもらいたい。
(2)文氏は、過去の歴史が未来志向の日韓関係の障害になり続けるのは望ましくないとも語っている。そうであるなら、国民に迎合し、感情をあおるような言動は慎むべきだ。このままでは、韓国は約束を守れない国と見なされるのではないか。国際的な信用が問われかねないことを、文氏は認識しなければならない。


Ⅲ.山陽新聞
(1)植民地支配からの解放を記念する15日の「光復節」の記念式典では、解決に向け「日本の指導者の勇気ある姿勢」を求めた。日本にアジア諸国への加害責任があることは確かである。しかし、日本政府は日韓請求権協定で韓国に3億ドルの無償資金などを支払い、韓国人の個人請求権は消滅したとの立場だ。韓国政府も2005年、従軍慰安婦らは協定の対象外とする一方、元徴用工への日本の補償措置は解決済みと認めている。文氏の発言はこれを覆すもので、到底受け入れられるものではない。文政権は慰安婦問題についても、15年の日韓合意の成立過程を検証中で、結果次第で日本に再交渉を求めることも想定される。
(2)北朝鮮情勢の緊迫化で韓国との協調関係が重要性を増す中、文氏の真意は慎重に見極める必要もある。発言の背景には韓国内で続く保守と革新の対立があり、革新系大統領としての国内向けアピールの側面が強いという指摘もある。
(3)歴史問題は国民感情を刺激しやすく、慎重な対応が求められる。文氏はもちろん、日本側もその自覚が大切だ。


Ⅳ.信濃毎日新聞
(1)韓国の国際的信用と日韓関係を損なう危険をどこまで見据えたのか、疑問が募る。
(2)「両国間の合意が個々人の権利を侵害することはできない」。大統領の発言だ。最高裁判断を追認した形である。大統領が言うように、個人の権利は国家間の合意では侵害されないとするのは一理ある考え方だ。例えば独裁者が外国からの援助と引き換えに国民の請求権を勝手に放棄した場合、その行為を是認するのは難しい。しかし65年の協定を韓国国民の権利の不当な侵害と見なすのは一方的に過ぎる。韓国政府は当時の国家予算の2年分に当たる資金を日本から受け取って経済建設に充てた。そして高度成長軌道に乗ることができた。韓国は盧武鉉政権のとき無償経済協力に徴用工問題解決の資金も含まれているとの見解を発表している。今になって過去の経緯を無視するのは筋が通らない。


Ⅴ.朝日新聞
(1)植民地時代の元徴用工らへの補償問題について、これまでの韓国政府の見解から逸脱するかのような認識を示した。個人の賠償請求権を認めた韓国の裁判所の判断に触れ、「政府はその立場から歴史認識問題に臨んでいる」と語った。文氏は、その2日前の植民地解放の式典でも、慰安婦問題と徴用工問題を並べて取りあげ、「日本指導者の勇気ある姿勢が必要」だと訴えている。その真意には不明な点もあるが、歴史問題はとくに慎重な扱いを要する政治テーマである。文氏の言動には、あやうさを感じざるをえない。
(2)日本が植民地支配により、多くの人々に多大な損害と苦痛を与えたのは事実である。
日本側は法的な問題に閉じこもらず、被害者たちの声に真摯(しんし)に向きあい、わだかまりをほぐすための方策を探り続けるのは当然の責務だ。ただ、歴史問題は一方の当事者だけで解決できるものではない。今を生きる両国民の距離を縮めていくには、双方の政治指導者の深慮と行動を要する。
(3)歴代政権が積み上げた歩みをまず尊重する。それが歴史問題の再燃を防ぐ出発点である。


 どうやら、日本の側の5紙の主張は、「『歴代政権が積み上げた歩みをまず尊重する。』(朝日新聞)必要だ」、ということにまとまる。どうやらそれは、「歴史問題の再燃を防ぐ出発点である。」(朝日新聞)という恫喝的な言葉に収斂されるものである。
 この歴代政権の積み重ねについて、高知新聞が次のように押さえている。


(1)日韓両政府は1965年に請求権協定を結んでいる。日本政府は協定に基づき、3億ドルの無償資金を提供した。元徴用工への補償は「解決済み」との立場だ。(2)
(2)韓国政府もそれを認めてきた。2005年、3億ドルは慰安婦らを除き「強制動員の被害補償問題を解決する」資金だとして、日本政府による徴用工らへの補償措置は終わっているとの立場を示した。
(3)12年に、韓国最高裁が元徴用工の個人請求権を認める判断を示した際も韓国政府は「個人と企業間の訴訟だ」と距離を置いた。その後、日本企業に損害賠償を求める訴訟が相次いだが、やはり静観してきた。


 しかし、この論には、大きな問題が二つある。
 一つには、「蒸し返し」といった安易な言説に陥ることなく、「歴代政権が積み上げた歩み」という事実の検証がやはり必要であるということ。また、韓国政府への批判は、当然、日本政府への批判に当てはまるものでもあるということに気づかなければならない。
 二つ目には、いみじくも、信濃毎日新聞が「過去の行為が時を超え世代をつないで非難され続ける。植民地支配とは何と割に合わないものかとの思いが改めて込み上げる。」と慨嘆する植民地主義に関わるものである。まさしくそれは、植民地問題への理解と「克服」についてである。
 例えば、この問題についても、5紙の中で「植民地」という言葉を使用したのは、「日本の植民地支配下での徴用工問題」(山陽新聞)、「植民地時代の元徴用工らへの保障問題」(朝日新聞)「日本が植民地支配により、多くの人々に多大な損害と苦痛を与えたのは事実である」(朝日新聞)、と3社の標記だけに限られている。
 したがって、「強制徴用問題」を考えるとは、実は、この二つの問題を考えるということでもある。


 まず、一つ目の「歴代政権が積み上げた歩み」について。
ハンギョレは2017年8月17日、「日本の『慰安婦・強制徴用問題解決済』主張は正しくない」、と次のように報じている。


(1)文在寅(ムン・ジェイン)大統領は「慰安婦問題が(1965年の)韓日会談で解決された」という日本の記者の質問に「慰安婦問題が知られて社会問題になったのは、韓日会談以後のことだった。韓日会談ですべて解決されたというのは誤りだ」として立場を明らかにした。
(2)大統領は「強制徴用問題については、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時代に、韓日基本条約で解決されたことが確認されている」という質問にも「強制徴用者問題も両国間の合意が一人一人の権利を侵害することはできない。両国間の合意があろうとも、徴用者、徴用された強制徴用者個人が三菱をはじめとする相手会社に対して持つ民事上の権利はそのまま残っているということが韓国の憲法裁判所や最高裁(大法院)の判例」として「政府はそのような立場で過去の問題に臨んでいる」と強調した。


 このように、ハンギョレは、「歴代政権が積み上げた歩み」についての韓国政府の明確な立場を説明する。
この場合の韓国政府の明確な立場が、「『強制徴用者問題も両国間の合意が一人一人の権利を侵害することはできない。両国間の合意があろうとも、徴用者、徴用された強制徴用者個人が三菱をはじめとする相手会社に対して持つ民事上の権利はそのまま残っているということが韓国の憲法裁判所や最高裁(大法院)の判例』として『政府はそのような立場で過去の問題に臨んでいる』」、にあると。
であるとしたら、この韓国政府の見解が、「韓国の国際的信用と日韓関係を損なう危険」(信濃毎日新聞)といったものなのかというこになる。
 やはり、少なくとも、「歴代政権が積み上げた歩み」という「政治的」国際関係のなかで作られた政治的合意に対して、どこかで個人としての拒否権はあるべきではないだろうか。

 この指摘にあわせて、ハンギョレは2017年8月15日、「文大統領『韓日は過去に足を引っ張られてはならないが、歴史問題にふたはできない』」、と次のように報じている。


(1) 韓日関係で「被害者中心」の歴史問題解決を言及した部分も注目に値する。文大統領は「日本軍慰安婦と強制徴用など、韓日間の歴史問題の解決には人類の普遍的価値と国民的合意に基づく被害者の名誉回復と補償、真実究明と再発防止の約束という国際社会の原則がある」と述べた。
(2)さらに、「韓国政府はこの原則を必ず守る」とし、「日本の指導者たちの勇気ある姿勢が必要だ」とつけ加えた。政府が韓日の過去の被害者問題について、日本との間の両者関係ではなく「国際社会の原則」を挙げてアプローチしたものだ。


 ハンギョレは、今回の韓国大統領の発言は、「『国際社会の原則』を挙げてアプローチしたものだ。」、と説明する。
 つまり、日本と韓国の間の歴史問題を真に解決するには、「人類の普遍的価値と国民的合意に基づく被害者の名誉回復と補償、真実究明と再発防止の約束という国際社会の原則」が必要であると。
 さて、ハンギョレと日本国内5紙のどちらの主張が真理を突いているのか。


 次に、植民地問題への理解についてである。
 植民地主義の克服を考える時、まずは、植民地支配を行った側の「植民者」としての自覚が必要である。両国政府の歴史問題の根本の解決には、このことを抜きには「克服」への過程には進めないはずである。
しかし、例えば、日本軍慰安婦の問題について、日本の政府は、特に安倍晋三政権は、こうした「国際社会の原則」を無視続けているのが実態である。
 ここでもまた、なにを受けとめるのかということになる。
 やはり、受けとめなければならないのは、「人類の普遍的価値と国民的合意に基づく被害者の名誉回復と補償、真実究明と再発防止の約束という国際社会の原則」ということになるのではないだろうか。


 最後に、ハンギョレは2017年8月15日、「米軍慰安婦、日本軍慰安婦」というコラムの中で、「克日」ということについて、次のように記している。


(1)韓国の内部問題をヒューマニズムの尺度できちんと見ることができるならば、外側に地平を拡げることができる。私たちが日本軍「慰安婦」被害者と連帯して共に戦うのは、日本に支配された民族的鬱憤を晴らすためではなく、彼女たちの踏みにじられた魂を慰労し、その辛酸たる苦痛に対する補償を受けるようにするためだ。10年前、米下院が慰安婦決議案を初めて採択したのは、そのヒューマニズム的響きに世界が共感したためだ。
(2)韓日関係は悪循環に陥っているが、そうであるほど普遍的基準に基づかなければならない。かつてのアイルランドの頻繁な暴力事態に見るように、隣り合った両国が植民支配-被支配であった場合、関係は険悪にならざるをえない。合理的に見るより民族の観点が優先する。慰安婦問題は安倍の逸脱的な逆回りで大幅に悪化したし、李明博(イ・ミョンバク)・朴槿恵(パク・クネ)政府の没歴史的対応で道に迷った。解決までに時間がかかっても、普遍的価値に立脚し不変の主張と要求を続けるしか道はない。
(3)克日(日本を克服すること)は被害意識に捕われて日本に常に何か出せと脅かしていても実現しない。そのような形で毎度接近すれば、韓国は常に日本に対して被害者であり抑鬱された民族になる。
(3)克日の次元で少女像問題にももう少し幅広く接近すれば良い。日本大使館前の少女像を平安なところにきちんとむかえる日が来ることを望む。光化門(クァンファムン)広場に迎えても良いし、慰安婦展示館を作って迎えることもできる。もちろん、そうなるためには日本の誠意ある謝罪と賠償が必要だ。その過程は迂余曲折がありえるが、そうなるように両国が知恵を集めなければならない。
(4)今年初め、裁判所は米軍慰安婦訴訟で国家の強制隔離を不法と判決した。彼女たちの人権侵害を調査する法案も国会で発議された。来年にはベトナム戦争当時韓国軍により犠牲になった民間人問題を扱う市民法廷が開かれる。韓国社会がこれらの問題に熱心であるほど、日本軍慰安婦問題の解決を要求する声にも説得力が増す。
(5)光復(解放)72周年をむかえ、あらためて克日を考える。私たちが一歩後退することによって本当に勝利する、普遍性と客観性を取得することによって、精神的にも物質的にも優位に立つ民族として新たに出ることができるのではないだろうか。


 確かに、今は、「強制徴用問題」を真摯に考える時である。




by asyagi-df-2014 | 2017-08-28 09:40 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

ハンギョレのコラム-米軍慰安婦、日本軍慰安婦-を読む。

 ハンギョレは2017年8月15日、「[コラム]米軍慰安婦、日本軍慰安婦」を掲載した。 ハンギョレのペク・キチョル論説委員によるこのコラムをどう捉えることができるのか。
それは、「光復(解放)72周年をむかえ、あらためて克日を考える。私たちが一歩後退することによって本当に勝利する、普遍性と客観性を取得することによって、精神的にも物質的にも優位に立つ民族として新たに出ることができるのではないだろうか。」、との提言を、私たちの日本軍慰安婦問題として捉え直すことができるのかということでもある。
 その意味で、このコラムを考える。
コラムは、まず、米軍慰安婦について次のように押さえる。


(1)在韓米軍基地村女性、言い換えれば米軍慰安婦問題が韓国のマスコミに本格的にスポットを当てられたのは「キム・ジョンジャ、私は誰か」(2014年7月5日付ハンギョレ 1面)という記事が最初だった。それから1年余り後、東京で開かれた韓日言論人の集いに参加したことがある。当時両国関係は悪化の一途を辿っていた。
(2)半日討論して、あまりに異なる両国の人々の考えを貫く共通基盤はないだろうかと考えた。ふと米軍慰安婦のことが頭をよぎった。国家が集娼村を事実上管理し、性病検査を実施して強制的に隔離して、「米軍によくすれば韓国がよくなる」という精神教育までさせた。


 続いて、米軍慰安婦と日本人慰安婦を通して、日本人慰安婦問題を指摘する。


(1)当時私は、韓国では米軍慰安婦にスポットを当てているのに、先進国である日本がはるかに深刻な日本軍慰安婦に目を閉ざすのは誤りだと主張した。米軍慰安婦が戦後のことであり、日本軍慰安婦は戦時に遠い異国の地でそれも植民地の女性が帝国の軍隊に踏みにじられた。同じ人権蹂躪とは言っても、その強度には差が大きい。
(2)韓日問題は民族の観点とは別個に、人類の普遍的価値という共通基準で見れば輪郭が明確になる。例えば、『帝国の慰安婦』の著者朴裕河(パク・ユハ)を検察が起訴すると、韓国国内で反対声明を出したのはその主張に同意するからではなく、学問の自由のためだった。産経新聞ソウル支局長の起訴についてもやはり、言論の自由の観点から批判的だった。
(3)韓国の内部問題をヒューマニズムの尺度できちんと見ることができるならば、外側に地平を拡げることができる。私たちが日本軍「慰安婦」被害者と連帯して共に戦うのは、日本に支配された民族的鬱憤を晴らすためではなく、彼女たちの踏みにじられた魂を慰労し、その辛酸たる苦痛に対する補償を受けるようにするためだ。10年前、米下院が慰安婦決議案を初めて採択したのは、そのヒューマニズム的響きに世界が共感したためだ。
(4)韓日関係は悪循環に陥っているが、そうであるほど普遍的基準に基づかなければならない。かつてのアイルランドの頻繁な暴力事態に見るように、隣り合った両国が植民支配-被支配であった場合、関係は険悪にならざるをえない。合理的に見るより民族の観点が優先する。慰安婦問題は安倍の逸脱的な逆回りで大幅に悪化したし、李明博(イ・ミョンバク)・朴槿恵(パク・クネ)政府の没歴史的対応で道に迷った。解決までに時間がかかっても、普遍的価値に立脚し不変の主張と要求を続けるしか道はない。
(5)今年初め、裁判所は米軍慰安婦訴訟で国家の強制隔離を不法と判決した。彼女たちの人権侵害を調査する法案も国会で発議された。来年にはベトナム戦争当時韓国軍により犠牲になった民間人問題を扱う市民法廷が開かれる。韓国社会がこれらの問題に熱心であるほど、日本軍慰安婦問題の解決を要求する声にも説得力が増す。


 また、コラムは、次のような視点を提起する。


(1)克日(日本を克服すること)は被害意識に捕われて日本に常に何か出せと脅かしていても実現しない。そのような形で毎度接近すれば、韓国は常に日本に対して被害者であり抑鬱された民族になる。
(2)克日の次元で少女像問題にももう少し幅広く接近すれば良い。日本大使館前の少女像を平安なところにきちんとむかえる日が来ることを望む。光化門(クァンファムン)広場に迎えても良いし、慰安婦展示館を作って迎えることもできる。もちろん、そうなるためには日本の誠意ある謝罪と賠償が必要だ。その過程は迂余曲折がありえるが、そうなるように両国が知恵を集めなければならない。


 さて、韓国で「克日」が実践される時、私たちは、どのような視点を持つことができるのか、を問われている。
 確かに、次の指摘は、重要である。


Ⅰ.「私たちが日本軍「慰安婦」被害者と連帯して共に戦うのは、日本に支配された民族的鬱憤を晴らすためではなく、彼女たちの踏みにじられた魂を慰労し、その辛酸たる苦痛に対する補償を受けるようにするためだ。」
Ⅱ.「韓日関係は悪循環に陥っているが、そうであるほど普遍的基準に基づかなければならない。」
Ⅲ.「かつてのアイルランドの頻繁な暴力事態に見るように、隣り合った両国が植民支配-被支配であった場合、関係は険悪にならざるをえない。合理的に見るより民族の観点が優先する。」
Ⅳ.「慰安婦問題は安倍の逸脱的な逆回りで大幅に悪化したし、李明博(イ・ミョンバク)・朴槿恵(パク・クネ)政府の没歴史的対応で道に迷った。解決までに時間がかかっても、普遍的価値に立脚し不変の主張と要求を続けるしか道はない。」




by asyagi-df-2014 | 2017-08-25 05:53 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

韓国の文在寅大統領、元徴用工の個人請求権は消滅していないとの立場を示す。

 毎日新聞は2017年8月17日、標題について次のように報じた。


(1)韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は17日午前、就任100日を迎えた記者会見を開いた。日本の植民地時代の徴用工問題について文氏は「徴用者問題も、(日韓)両国間の合意が個々人の権利を侵害することはできない」と述べ、元徴用工の個人請求権は消滅していないとの立場を初めて示した。韓国政府はこれまで徴用工問題は1965年の日韓国交正常化時に解決済みとの立場を取り、個人請求権問題への言及を避けてきた。国家間で外交的に解決した後も問題は残るとして、日本政府に善処を促す狙いがありそうだ。
(2)文氏は会見で、慰安婦問題は国交正常化に向けた日韓会談で議論されなかったため未解決との従来の韓国政府の認識を追認。徴用工問題についても2012年、韓国最高裁が個人請求権は消滅していないとの判決を出したことに触れ「両国間の合意にもかかわらず、強制徴用者個々人が三菱(重工業)など(徴用された)企業を訴える権利はそのまま残っているというのが判例だ」と述べた。
(3)文氏は15日の演説で、徴用工問題と慰安婦問題を並べ「被害者の名誉回復と補償、真相究明と再発防止の約束という国際社会の原則を政府は必ず守る」と徴用工問題でも日本側の対応を求めた。ただ、12年の最高裁判決をめぐっては韓国内でも批判があり、最高裁は差し戻し審の判決言い渡しを保留している。
(4)一方、文氏は北朝鮮の核・ミサイル開発の「レッドライン(越えてはならない一線)」について「大陸間弾道ミサイル(ICBM)を完成し、核弾頭を武器化することだ」と明言。「北朝鮮はレッドラインに近づいている」と危機感をにじませた。また「南北関係改善や核問題解決にプラスになるなら、北朝鮮への特使も十分考慮できる」と述べた。
(5)今回の会見は、あえて事前に質問を通告しない「脚本なし」のもので、青瓦台(大統領府)は国民とのコミュニケーション重視の姿勢とアピール。朴槿恵(パク・クネ)前政権時代は、事前に記者団が質問内容を青瓦台に通告し、朴前大統領が用意された回答を読み上げる方式で、国民の強い反発を招いた。


 このことの関連して、ハンギョレは2017年8月17日、次のように報じている。


(1)文在寅(ムン・ジェイン)大統領は「慰安婦問題が(1965年の)韓日会談で解決された」という日本の記者の質問に「慰安婦問題が知られて社会問題になったのは、韓日会談以後のことだった。韓日会談ですべて解決されたというのは誤りだ」として立場を明らかにした。文大統領は「強制徴用問題については、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時期に、韓日基本条約で解決されたことが確認されている」という質問にも「強制徴用者問題も両国間の合意が一人一人の権利を侵害することはできない。両国間の合意があろうとも、徴用者、徴用された強制徴用者個人が三菱をはじめとする相手会社に対して持つ民事上の権利はそのまま残っているということが韓国の憲法裁判所や最高裁(大法院)の判例」として「政府はそのような立場で過去の問題に臨んでいる」と強調した。
(2)文大統領は「ただし私が強調しているのは、過去の問題が韓日関係の未来指向的発展にとって障害物になってはならない。過去の問題は過去の問題として、韓日間の協力は協力として別に対応することが必要だ。前回の慰安婦合意に対して自分の考えを明らかにしたことがある。外交部自らチームを構成して、合意の経緯と合意に対する評価作業を進めている。その作業が終わり次第、外交部がそれに対する方針を定めるだろう」と付け加えた。




by asyagi-df-2014 | 2017-08-24 05:59 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

結局、「空襲被害者救済法案」は、法案の提出にも至らなかった。

 戦後補償から排除された民間の空襲被害者らを救済する「空襲被害者救済法案」は、安倍晋三政権下で、法案の提出さへ行われなかった。
このことについて、毎日新聞は2,017年8月21日、「見送り 『国の謝罪一言ほしい』」、と次のように報じた。


(1)戦後補償から漏れた民間の空襲被害者らを救済する新法ができないまま、戦後72年の夏が過ぎようとしている。先の通常国会では成立が期待されたが、結局は法案の提出にも至らなかった。「このまま見捨てられるのか」。被害者に残された時間は多くない。
(2)「なぜ、もっと早く実現できないのか。補償すべき被害者が死んで減るのを待っているのか、と勘ぐってしまう」
(3)今春、議員立法による空襲被害者救済法案の骨子素案が公表されたとき、浜田栄次郎さん(87)=大阪狭山市=は、歓迎よりも国への不信感を拭えなかった。1945年3月13日深夜からの大阪大空襲に遭い、やけどで右手の皮膚が垂れ下がるほどの重傷を負った。植皮手術を受けても治らず、反り返った指は今も自由に動かせない。「字を書くときなど、人に右手を見られるのは今でも嫌だ」と言う。
(4)骨子素案には「障害者の長期間にわたる労苦を慰藉(いしゃ)する」と趣旨が記された。国の責任を認める「補償」ではない。浜田さんは80年に障害者手帳を取ったが、国に放置されてきたという思いが強い。大阪大空襲などの被害者らが損害賠償を求めた集団訴訟(2014年に敗訴が確定)に原告として参加した。法廷や記者会見で繰り返し訴えた。「国が始めた戦争で傷を負ったのに、今までほったらかしにしてすまなかったと、謝罪の一言がほしい」
(5)法案が成立しても全ての被害者が救済されるわけではない。戦後に不発弾の爆発で両目の視力と両手を失った元盲学校教員の藤野高明さん(78)=大阪市東淀川区=は骨子素案では対象外だが、「突破口を開いてもらいたい」と期待する。国民学校2年だった1946年7月18日朝、福岡市内の自宅で2歳下の弟と一緒に、前日に拾った単4電池ぐらいの円筒形の金属を触っていた。くぎを差し込んだ瞬間、爆発した。弟は即死した。
両手を失い点字が読めないので盲学校に入学できなかった。12回の手術でも視力は戻らなかった。18歳の時、看護実習生が読んでくれた本で全盲のハンセン病患者が唇や舌で点字を読んでいることを知り、道が開けた。20歳で大阪市立盲学校中学部に編入。大学の通信教育部に進み、72年に同盲学校の世界史教員となった。大学生の頃、補償を求めて福岡市内にある国の出先機関を2回訪ねた。事故当時の新聞記事を示して障害の説明をしたが、担当者から「補償する手続きがない」などと断られた。
(6)骨子素案は支給金額などで課題があるが、藤野さんは救済への第一歩となる重みを考える。ただ、譲れないことがある。「国は戦争で多数の被害者が出た責任として、謝罪しないといけない」。二度と同じ被害者を出さないための訴えだ。【宮本翔平】
(7)法案の骨子素案は4月27日、超党派の議員連盟(会長・河村建夫元官房長官)が総会で決定した。6月に閉会した通常国会で提出を目指していたが、与野党対立のあおりなどで実現しなかった。内容は太平洋戦争開戦の1941年12月8日から沖縄戦が終結した45年9月7日の間、現在の日本領土で空襲や艦砲射撃などの戦災で負傷した身体障害者らが一時金(一律50万円)の支給対象。国籍による除外はないが、旧満州(現中国東北部)や樺太(サハリン)での被害者、戦後に不発弾や機雷の爆発で負傷した人は含まない。
(8)戦争被害に対する国の補償は旧軍人・軍属らが中心で、民間人は原爆被爆者や海外からの引き揚げ者の一部などに限られた。空襲被害者に軍人・軍属らと同様の補償を求めた「戦時災害援護法案」が70〜80年代に計14回、野党により国会提出されたが全て廃案になった。名古屋、東京、大阪で提起された賠償を求める訴訟は、いずれも原告側が敗訴した。
【宮本翔平】


 あらためて、戦争ができる国とはどういう意味を持つのかということを考えさせられる。
 また、戦後、政治的課題の中で処理されてきた「戦後補償」のあり方についても。




by asyagi-df-2014 | 2017-08-23 05:57 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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