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内閣総理大臣談話と政府声明を受けての声明。

2019年7月12日、安倍晋三政権は、「ハンセン病家族国家賠償請求訴訟の判決受入れに当たっての内閣総理大臣談話」(以下、「談話」)と「政府声明」(以下、「声明」)を公表した。
ハンセン病家族訴訟原告団とハンセン病家族訴訟弁護団(以下、「原告団弁護団)は同日、「談話」及び「声明」に対して、「原告団弁護団」としてそれぞれ声明を明らかにした。
安倍晋三政権からの「談話」と「声明」を通して、まず最初に感じさせられるのは、「何とまあ、この国の権力者達の姑息さはどうにかならないのか。」、ということである。
 何が姑息なのか。
原因は、「談話」で止めておけばいいものを、「声明」で「国家賠償法、民法の解釈の根幹に関わる法律上の問題点があることを当事者である政府の立場として明らかにする」、と言わないではおれない思想の貧しさにある。
「談話」及び「声明」と、そのことに対しての「原告団弁護団」の声明で、このことを整理する。


1.「談話」と声明


 内閣総理大臣談話を要約すると次のようになる。


(1)今回の判決では、いくつかの重大な法律上の問題点がありますが、極めて異例の判断で、敢えて控訴を行わない旨の決定、政府としては、本判決の法律上の問題点について政府の立場を明らかにする政府声明を発表し、本判決についての控訴は行わない。
(2)どのように責任を果たしていくべきか、どのような対応をとっていくべきか、真剣に検討を進めてきた。                              (3)ハンセン病対策については、かつて採られた施設入所政策の下で、患者・元患者の皆様のみならず、家族の方々に対しても、社会において極めて厳しい偏見、差別が存在したことは厳然たる事実であり、この事実を深刻に受け止める。
(4)患者・元患者とその家族の方々が強いられてきた苦痛と苦難に対し、政府として改めて深く反省し、心からお詫びする。
(5)確定判決に基づく賠償を速やかに履行するとともに、訴訟への参加・不参加を問わず、家族を対象とした新たな補償の措置を講ずることとし、このための検討を早急に開始する。
(6)関係省庁が連携・協力し、患者・元患者やその家族がおかれていた境遇を踏まえた人権啓発、人権教育などの普及啓発活動の強化に取り組む。
(7)家族の方々が地域で安心して暮らすことができる社会を実現していく。


 これを受けて、声明は、次のように評価している。



本日,内閣総理大臣は,ハンセン病問題について早期かつ全面的な解決を図 るべく,去る
(1)6月28日言い渡された熊本地方裁判所のハンセン病歴者の家族 に対する国の責任を認める判決に対し控訴せず、訴訟への参加不参加を問わず、ハンセン病患者家族を対象とする新たな補償措置を講じることとしている。
(2)このための検討を早急に開始するとの談話を公表した。            (3)この談話によって、内閣総理大臣による心から のお詫びのもと、国がハンセン病患者家族について全員一律救済を目指すこと が明らかにされ、ハンセン病患者家族が受けた被害を償うに足りる賠償が行な われるための道筋が示されたものとして高く評価する。
(4)今後は、謝罪広告等による名誉回復措置とハンセン病患者家族全員を対象とする立法措置等による全員一律救済の実現はもとより、国の責任を踏まえたハ ンセン病問題の全面解決を図るために、厚生労働省、法務省および文部科学省による横断的かつ重層的な差別・偏見解消に向けた施策の実施等が実現される必要がある。
(5)これらの施策ないし措置は、ハンセン病患者家族の「人生被害」を回復することを目的とするものでなければならないし、何より原告団・弁護団との協議に基づき、その意向を十分に踏まえたものでなければならない。そのために、内閣総理大臣による原告団との面会を速やかに実現するとともに、原告団・弁護団との継続的な協議の場を早急に設定すべきである。
(6)政府は、本判決の法律上の問題点として、消滅時効の起算点の認定が判例違反であるなどとする声明を公表しているが、こうした見解は、本判決の論旨を正しく理解しないものであり、本判決の法律的な判断は何ら揺らぐものではないし、本判決には政府の懸念するような国民の権利義務関係に影響を及ぼす内容は含まれていないものと考える。


2.「声明」と声明


 政府は、あえて、「本判決には、次のような国家賠償法、民法の解釈の根幹に関わる法律上の問題点があることを当事者である政府の立場として明らかにする」として、政府声明を公表した。
この「声明」の指摘は、次のものである。


1 厚生大臣(厚生労働大臣)、法務大臣及び文部大臣(文部科学大臣)の責任について(1) 熊本地方裁判所平成13年5月11日判決は、厚生大臣の偏見差別を除去する措置を講じる等の義務違反の違法は、平成8年のらい予防法廃止時をもって終了すると判示しており、本判決の各大臣に偏見差別を除去する措置を講じる義務があるとした時期は、これと齟齬しているため、受け入れることができません。
(2) 偏見差別除去のためにいかなる方策を採るかについては、患者・元患者やその家族の実情に応じて柔軟に対応すべきものであることから、行政庁に政策的裁量が認められていますが、それを極端に狭く捉えており、適切な行政の執行に支障を来すことになります。また、人権啓発及び教育については、公益上の見地に立って行われるものであり、個々人との関係で国家賠償法の法的義務を負うものではありません。

2 国会議員の責任について
 国会議員の立法不作為が国家賠償法上違法となるのは、法律の規定又は立法不作為が、憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制限するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などに限られます(最高裁判所平成27年12月16日大法廷判決等)。本判決は、前記判例に該当するとまではいえないにもかかわらず、らい予防法の隔離規定を廃止しなかった国会議員の立法不作為を違法としております。このような判断は、前記判例に反し、司法が法令の違憲審査権を超えて国会議員の活動を過度に制約することとなり、国家賠償法の解釈として認めることができません。

3 消滅時効について
 民法第724条前段は、損害賠償請求権の消滅時効の起算点を、被害者が損害及び加害者を知った時としていますが、本判決では、特定の判決があった後に弁護士から指摘を受けて初めて、消滅時効の進行が開始するとしております。かかる解釈は、民法の消滅時効制度の趣旨及び判例(最高裁判所昭和57年10月15日第二小法廷判決等)に反するものであり、国民の権利・義務関係への影響が余りに大きく、法律論としてはこれをゆるがせにすることができません。


 この政府声明による指摘を受けて、「原告弁護団」は、①らい予防法廃止後の国の責任を認めたこと、②国会議員の立法不作為に関する最高裁判例に違反すること、③消滅時効に関する最高裁判例に違反することの三つについて、次のように反論した。


1.らい予防法廃止後の国の責任を認めたこと

「長きにわたって違憲の隔離政策を継続してきた国が、らい予防法廃止後も、ハンセン病患者家族を隔離政策の被害者として位置付けることなくその「人生被害」を放置してきたことは争いようのない事実であり、本判決がハンセン病に対する偏見差別を除去するためには国の総力をあげての取り組みが必要であることを明らかにしたものであるにも関わらず政府がこれを否定することは、偏見差別を除去するために啓発活動に取り組んできた国のこれまでの基本姿勢に反すると言わざるを得ない。そもそも、平成13年熊本地裁判決は、厚生大臣の偏見差別を除去する措置を講じる等の義務違反の違法が平成8年のらい予防法廃止時をもって終了するとは判示しておらず、本判決は平成13年熊本地裁判決と何ら齟齬するものではない。

2.国会議員の立法不作為に関する最高裁判例に違反すること            

「本判決は、国会議員の立法不作為に関する最高裁判例の判断枠組に従い、らい予防法の隔離規定を廃止しなかったことについて国会議員の不作為の国家賠償法上の違法性を認める結論を導いているものであり、何ら最高裁判例に違反する点のない正当な判断である。声明は、最高裁判例の判断枠組を十分に理解していないものというほかない。」

3.消滅時効に関する最高裁判例に違反すること

「本判決は、消滅時効の起算点に関する最高裁判例に従い、行政 機関の長や国会議員の不法行為について損害賠償請求を行なうという本件訴訟の特殊性を踏まえ、損害および加害行為を認識することが著しく困難であったと判断したうえで、原告らが訴訟を提起しうる状態になったのは平成27年9月9日の鳥取訴訟判決以降に弁護 士から指摘があった後であったと判断したものであり、最高裁判例に違反しない正当な判断である。政府声明は、本判決の論旨を曲解するものであると言わざるを得ない。そもそも、本判決の指摘するハンセン病患者家族が差別・偏見を受けるような一種の社会構造の存在を前提とすれば、いかなる理由によっても消滅時効は成立し得ないはずであって、本判決の消滅時効に関する判断はむしろ当然の帰結である。」


 声明は、最後に次のように断じている。


「政府声明は、最高裁判例や本判決の論旨を正しく理解しない不当なものであると言わざるを得ず、本判決の法律的な判断は何ら揺らぐものではないし、本判決には政府の懸念するような国民の権利義務関係に影響を及ぼす内容は含まれていないものと考える。」



by asyagi-df-2014 | 2019-07-20 06:42 | ハンセン病 | Comments(0)

原告の思いよとどけ!-ハンセン病家族訴訟で、国の責任認める初の判決。(7)

 毎日新聞は2019年7月9日、「国は控訴を断念する方針を表明」、と次のように報じた。


(1)安倍晋三首相は9日午前、ハンセン病元患者家族への差別に対する国の責任を認めた熊本地裁判決を受け入れ、控訴を断念する方針を表明した。首相官邸で根本匠厚生労働相、山下貴司法相らと協議後、記者団に「筆舌に尽くしがたい経験をされたご家族のご苦労をこれ以上長引かせるわけにはいかない」と述べた。隔離政策が家族への差別も助長したと認定して初めて家族への賠償を命じた熊本地裁判決が確定する。
(2)熊本地裁判決は、世界保健機関(WHO)が隔離を否定した1960年以降も隔離政策を廃止しなかった厚労相らの義務違反などを認定。「隔離政策以前とは異質な家族への排除意識を生んだ」として、家族への偏見差別を除去する国の責任を認め、541人に1人当たり143万~33万円を支払うよう国に命じた。【杉直樹】


 このハンセン病家族訴訟を考えるために、ハンセン病家族訴訟原告団・ハンセン病家族訴訟弁護団によって出された「全面解決要求書」(2019年7月2日)と 「政府の控訴断念決定を受けての声明」(2019年7月9日)を取りあげる。
なお、「全面解決要求書」(以下「要求書」)は、7月2日に議員会館で開催された「ハンセン病問題の最終解決を進める国会議員懇談会」で提出されたものであり、「政府の控訴断念決定を受けての声明」(以下、「声明」)は政府の控訴断念決定を受けてのものです。
この「要求書」が突きつけているものは、1「責任の明確化と謝罪」、2「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律の改正」、3「恒久対策」、の要求です。
まず、第1の「責任の明確化と謝罪」については、「ハンセン病隔離政策が病歴者本人のみならずその家族らに対しても違法な 人権侵害であったこと、今日に至るまでなお、隔離政策による家族の被害を 認めず、その回復のための施策を講じなかったことにつき、責任を認め、真摯に謝罪すること。」、とされています。
第2の「名誉回復措置と損害賠償」については、「謝罪広告などにより、広く社会に対し、ハンセン病歴者家族らの名誉回復措置を採るとともに、家族らが受けた被害を償うに足りる賠償・補償をおこなうこと。」、とされています。
 第3の「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律の改正」みついては、「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律につき、①家族らも隔離政策の 被害者であったことを明確化する、②家族の被害回復をハンセン病問題に関 する施策の目的として位置付ける、③家族らに対する差別の禁止を明文化す る、④家族らのハンセン病問題に関する政策形成過程への参加を保障すると いった改正を行うこと。」、とされています。
 最後の第4の「恒久対策」については、差別・偏見の解消に向けた施策について、法務省、文部科学省も含め、国の行っているハンセン病問題の啓発活動全般につき、①国の加害責任を繰り返し明らかにする、②病歴者本人のみなら ず家族の被害を前提とする方向で、抜本的な見直しを行うこと。また、家族関係回復に向けての施策家族関係の回復に向けて、①それを目的とする社会福祉士や精神保健福祉士を、各療養所及び各都道府県に配置する等家族関係回復を促進するための仕組みを構築すること、②ハンセン病隔離政策による被害から立ち直ることを目的とする家族らのセルフヘルプグループの活動を援助する等の施策を講ずること。さらに、継続的な協議について、ハンセン病問題対策協議会に家族原告団代表の参加を認め、家族被害の解 消をこの協議会のテーマの一つとして位置付けること、とされています。
             

 さて、今回の国の控訴を断念する方針を表明を受けて、ハンセン病家族訴訟原告団・ハンセン病家族訴訟弁護団は、次のように声明を出しました。


(1)本日,安倍晋三総理大臣は、去る6月28日言い渡された、熊本地方裁判所のハンセン病歴者の家族に対する国の責任を認める判決に対し、政府として控訴をしない旨決定したことを表明した。
(2)同判決は、らい予防法及びハンセン病患者隔離政策により、ハンセン病家族が偏見差別を受ける地位におかれた被害及び家族関係形成が阻害される被害をこうむったことを認めるとともに、国会議員,厚生労働大臣(厚生大臣)、文部大臣(文部科学大臣)ならびに法務大臣の差別偏見解消義務等の作為義務違反を厳しく断罪したものである。
(3)安倍総理大臣は、かかる熊本地裁判決を深く受け止め,「筆舌に尽くしがたい家族のご苦労を長引かせるわけにはいかない」として控訴を断念したもので、われわれ原告団及び弁護団は、この決定によって、国のハンセン病家族に対する責任が確定したものと評価するところである。
(4)今後、われわれ原告団・弁護団は、確定した国の責任をふまえたハンセン病問題の全面解決をめざし、偏見差別の根本的解消に向けた国全体での取り組みを求めるとともに、その第一歩として、安倍総理が家族原告と面談し被害を直 接聴く場をもうけること、安倍総理が政府を代表して一人一人の心に響く謝罪を行うこと、ならびに被害者全員に対する一括一律の被害回復制度の創設を、早急に実現することを求めるものである。
(5)最後に、熊本地裁の勝訴判決から政府の控訴阻止にいたるまで絶大なる支援と協力をいただいた、市民、国会議員、ハンセン病回復者のみなさまに心より御礼を申し上げるとともに、ひきつづき、ハンセン病問題の全面解決のためのご理解とご協力をお願いする次第である。


 確かに、2019年6月28日の判決と7月19日の国の控訴を断念する方針の表を受けて、受け取るものは次のものである。
 『ハンセン病問題の全面解決』のために何ができるかのか、何をしなければならないのかを、一人一人がじっくり見つめ直し、一人一人が全面解決のために動く。




by asyagi-df-2014 | 2019-07-13 06:30 | ハンセン病 | Comments(0)

ハンセン病家族訴訟で、国の責任認める初の判決。(6)

 毎日新聞は2019年7月9日、「国は控訴を断念する方針を表明」、と次のように報じた。


(1)安倍晋三首相は9日午前、ハンセン病元患者家族への差別に対する国の責任を認めた熊本地裁判決を受け入れ、控訴を断念する方針を表明した。首相官邸で根本匠厚生労働相、山下貴司法相らと協議後、記者団に「筆舌に尽くしがたい経験をされたご家族のご苦労をこれ以上長引かせるわけにはいかない」と述べた。隔離政策が家族への差別も助長したと認定して初めて家族への賠償を命じた熊本地裁判決が確定する。
(2)熊本地裁判決は、世界保健機関(WHO)が隔離を否定した1960年以降も隔離政策を廃止しなかった厚労相らの義務違反などを認定。「隔離政策以前とは異質な家族への排除意識を生んだ」として、家族への偏見差別を除去する国の責任を認め、541人に1人当たり143万~33万円を支払うよう国に命じた。【杉直樹】


 また、2019年7月10日のこのことに関する各紙の主張は、次のものである。



(1)琉球新報社説-家族訴訟控訴せず 国は謝罪し被害者救済を
(2)朝日新聞社説-ハンセン病 差別との決別を誓う時
(3)毎日新聞社説-ハンセン病控訴せず 被害救済優先を評価する
(4)大分合同新聞論説-ハンセン病訴訟控訴せず 救済の道筋早急に示せ
(5)北海道新聞社説-ハンセン病訴訟控訴せず 救済の道筋早急に示せ
(6)河北新報社説-ハンセン病家族訴訟/国は救済と偏見解消を急げ
(7)岩手日報論説-ハンセン病訴訟 「人権重視」への転機に
(8)信濃毎日新聞社説-ハンセン病裁判 控訴見送りは当然として
(9)福井新聞論説-ハンセン病「控訴せず」 救済の道筋を早急に示せ
(10)神戸新聞社説-ハンセン病救済/首相は責任認めて謝罪を
(11)南日本新聞社説-[ハンセン病] 幅広く家族救済の道を
(12)東京新聞社説-ハンセン病救済 「人間回復」へ本腰を
(13)読売新聞社説-ハンセン病訴訟 控訴断念を差別解消の契機に
(14)佐賀新聞論説-ハンセン病訴訟控訴せず 救済の道筋早急に示せ


 この一連の主張の中で感じ取るものは、「ハンセン病家族の救済の道とはどういうものが必要なのか」ということであり、このことを日本という国の一人一人がきちんと把握することにあるということである。
 このことについて、社説・論説から見てみる。

(1)琉球新報社説
1.ハンセン病元患者の家族への人権侵害に政府がようやく目を向けた。国は誠意をもって被害者を救済すべきだ。
2.首相は「筆舌に尽くしがたい経験をされたご家族の苦労をこれ以上、長引かせるわけにはいかない」と述べた。その言葉が真実であれば、全ての被害者に対し、政策による幅広い救済措置を講じるのが筋であろう。まずは政府を代表し、全ての元患者とその家族に謝罪してほしい。
3.熊本地裁判決には問題もある。沖縄の米統治下の期間に家族が受けた損害については国の責任を認めていないのだ。立法措置を含めた解決策が不可欠だ。
4.偏見は今も残る。家族訴訟の原告の大半が匿名なのはそのためだ。首相が自ら先頭に立つなどして、ハンセン病は怖い病気ではないと広く啓発し、元患者らの名誉回復に全力を挙げるべきだ。旧優生保護法下の強制不妊手術を巡る国家賠償請求訴訟が全国の地裁、高裁で争われている。誤った国策のせいで人権が蹂躙された構図は同じだ。国はこれらの訴訟でも自らの責任を認め、被害者の救済に乗り出すべきだ。政権の人権感覚が問われている。


(2)朝日新聞社説
1.裁判の原告側は、首相との面会と謝罪を求めている。真摯(しんし)に対応すべきだ。そして、救済の具体策作りを急がねばならない。判決が確定すれば500人余りに総額3億7千万円が賠償されるが、それ以外の家族にも広く金銭で補償するための制度が必要になる。
2.今回の裁判の原告も、16年に提訴に踏み切るまで行動を起こせず、大半が匿名だった。その意味を一人ひとりが考えたい。ハンセン病だけではない。社会にはさまざまな差別や偏見がある。それらと決別し、根絶していくことを改めて誓う。控訴見送りを、その契機としなければならない


(3)毎日新聞社説
1.法治国家である以上、すべてが政治判断で乗り越えられるものではない。しかし、国が負うべき責任や被害者が受けた人権侵害の重大さに向き合う必要がある。
2.社会正義の実現という法の趣旨に照らせば、国は主張の一貫性を犠牲にしてでもこの問題に終止符を打ち、被害者救済を最優先にすべきだ。
3.救済策に向けてはハンセン病問題基本法を改正し、元患者の家族も対象に明記する必要がある。その際、どのような基準で範囲を定めるのか。高齢化が進む中、被害家族がどのくらいいるかもはっきりしない。


(4)大分合同新聞・北海道新聞社説・佐賀新聞論説・福井新聞論説
1.ハンセン病問題の全面解決に一歩近づいたのは間違いない。国策による重大な人権侵害に国は正面から向き合い、謝罪と補償はもちろん、生活再建支援など救済の道筋を早急に示すべきだ。
2.原告団などに心からの謝罪を行う必要がある。政府は「首相の政治決断」を強調するが、いまだ国の責任や謝罪には言及していない。そこをあいまいにしたまま形式的に救済を進めても、全面解決は望むべくもないだろう。


(5)河北新報社説
1.国は人権侵害の責任を重く受け止め、家族に謝罪し、訴訟に参加しなかった家族も含め、救済への道筋を速やかに示す必要がある。国会も、元患者の社会復帰支援などを定めたハンセン病問題基本法に家族も明記するなど改正が求められるだろう。
2.訴訟の弁護団は国に対し、患者や元患者と家族の関係回復に向けた協議を行うよう要請している。隔離政策で壊れた家族のつながりが編み直されるよう、今後の取り組みに期待したい。
3.国の隔離政策などが偏見差別を生む社会構造をつくったとはいえ、患者や家族を孤立させ、学校や地域から排除してきた社会全体の責任も問われよう。私たち一人一人が自らの問題として向き合うことが欠かせない。


(6)岩手日報論説
1.裁判で勝っても、偏見や差別が一挙に解消されるわけではない。あくまでスタートラインに立ったということだ。
2.ハンセン病を皮切りに、さまざまな病気や障害、偏見や差別の問題に目を向け、幅広く救済する政治を実現していく。控訴断念は、その転機になるか。政治判断の行く末を注視したい。


(7)信濃毎日新聞社説
1.矛盾を取り繕うのでなく、国の責任について明確な姿勢を示さなければならない。
2.控訴の見送りは出発点にすぎない。広く家族の被害への補償、救済を図る制度や施策をどう具体化していくか。政府、国会の今後の取り組みこそが問われる。元患者の生活保障などを国に義務づけたハンセン病問題基本法に家族を被害者として明記することを原告、弁護団は求めてきた。判決の確定を踏まえ、政府に協議の場を設けるよう訴える声が上がっている。何よりまず真摯(しんし)に当事者と向き合うことが欠かせない。


(8)神戸新聞社説
1.まず被害を招いた国の法的責任を明確に認め、謝罪する。それが、全面解決に向けて首相の果たすべき役割ではないか。
2.救済対象となる被害をどう認定するか。賠償額の算定基準をどうするか。早急に練り上げるべき課題は山積する。国会の責任も大きい。家族も含めた全面救済に向けて、議員立法で2009年に施行されたハンセン病問題基本法の改正なども検討を急ぐ必要がある。国を挙げて名誉回復や経済的支援の施策を急がねばならない。


(9)南日本新聞社説
1.国は、人権が著しく侵害された原告への補償と生活再建支援など救済策を早急に打ち出さなければならない。
2.ただ、差別被害を受けながら提訴していない家族も多いとみられる。こうした家族の支援も視野に入れた救済策が求められる。
3.元患者本人の訴訟では2001年に熊本地裁判決が確定し、他の地裁でも元患者との和解が順次成立した。判決内容と同じ基準で国が補償金を支払うハンセン病補償金支給法が施行され、隔離施設に入所した元患者には期間に応じて補償金が支払われた。また、非入所者や遺族は訴訟を起こして和解すれば和解一時金が支払われる仕組みがつくられた。こうした例を参考に、国は被害に遭った家族の掘り起こしに努めるとともに、幅広く救済できる基準を設けるなど道筋を付けることが欠かせまい。
4.安倍首相は原告らと直接向き会って謝罪し、決断の経緯などを丁寧に説明する必要がある。ハンセン病元患者の家族は、いわれなき差別に長年苦しめられてきた。正確な知識で問題への理解を深め、偏見と差別解消に社会全体で取り組んでいかなければ全面解決とは言えない。


(10)東京新聞社説
1.今回はさらに対策を加速させ救済と差別解消に本腰を入れねばならない。原告の家族らは首相との面会と謝罪を求めている。首相が本当に隔離政策は誤っていたと考えるのなら、まず面会して被害の訴えに耳を傾けるべきだ。今後は具体的な救済策を検討することになるが、被害者全員を救済の対象にする必要がある。
2.家族らは、救済策を話し合う協議の場の設置と一律の救済を求めている。被害者らが納得できる救済策をつくらねば意味がない。家族らも救済の対象に位置付ける法整備など実効性ある枠組みをつくることが大切である。
3.偏見や差別は社会が許してきた面もある。被害者の尊厳を取り戻す努力は社会全体に求められる。私たち自身の責任であるとの自覚を持ちたい。


(11)読売新聞社説
1.控訴の断念で、原告への総額3億7600万円の賠償義務が確定する。今後の課題は、裁判に参加しなかった家族の救済になる。原告以外の家族を救済する場合、元患者とどのような関係にあった人を対象にするのか。差別を受けたことをどう認定するか。救済の枠組みを作る必要がある。
2.2008年に成立したハンセン病問題解決促進法は、元患者の名誉回復や福祉の充実をうたった。原告らは、この法律を改正して家族も被害者だと明記し、被害回復を行うよう求めている。経済的な補償だけでなく、社会から差別をなくす施策を進めることも政府の責務となろう。
3.今回の訴訟を通じて明らかになったのは、家族への差別が、過去だけでなく、現在も続く実態だ。結婚での差別や、職場での嫌がらせに苦しむ人は少なくない。差別を社会が許してきたという現実に向き合わねばなるまい。関係省庁が正しい知識の普及や偏見の払拭ふっしょくに取り組むのはもちろん、人権を尊重する意識を一人ひとりが持つことが大切である。


 さて、まず最初に確認することは、「控訴の見送りは出発点にすぎない。広く家族の被害への補償、救済を図る制度や施策をどう具体化していくか。政府、国会の今後の取り組みこそが問われる。」(信濃毎日新聞)、ということである。それは、「国を挙げて名誉回復や経済的支援の施策を急がねばならない。」(神戸新聞)、との指摘に尽きる。
 今回の政府の控訴断念を生かしていくためには、大きな括りで言えば、「ハンセン病だけではない。社会にはさまざまな差別や偏見がある。それらと決別し、根絶していくことを改めて誓う。控訴見送りを、その契機としなければならない。」、という理念を持たなければならないこということである。
 そして、まずは、「社会正義の実現という法の趣旨に照らせば、国は主張の一貫性を犠牲にしてでもこの問題に終止符を打ち、被害者救済を最優先にすべきだ。」(毎日新聞)、ということに、政府及び国民は直ちに取り組まなければならない。
 具体的には、「原告団などに心からの謝罪を行う必要がある。政府は「首相の政治決断」を強調するが、いまだ国の責任や謝罪には言及していない。そこをあいまいにしたまま形式的に救済を進めても、全面解決は望むべくもないだろう。」(大分合同新聞等)との把握が重要になる。
もちろん、そのためには、「国は人権侵害の責任を重く受け止め、家族に謝罪し、訴訟に参加しなかった家族も含め、救済への道筋を速やかに示す必要がある。国会も、元患者の社会復帰支援などを定めたハンセン病問題基本法に家族も明記するなど改正が求められるだろう。」(河北新報)ということを行う必要がある。
また、「訴訟の弁護団は国に対し、患者や元患者と家族の関係回復に向けた協議を行うよう要請している。(河北新報)」との指摘のように「協議」の場が設定されなければならない。
 最後に、「ハンセン病家族の救済の道とはどういうものが必要なのか」を考え、実践していくためには、「国の隔離政策などが偏見差別を生む社会構造をつくったとはいえ、患者や家族を孤立させ、学校や地域から排除してきた社会全体の責任も問われよう。私たち一人一人が自らの問題として向き合うことが欠かせない。」(河北新報)、との日本国民の自覚が最も重要になる。




by asyagi-df-2014 | 2019-07-12 17:44 | ハンセン病 | Comments(0)

ハンセン病家族訴訟で、国の責任認める初の判決。(4)

はじめに


 毎日新聞は2019年6月28日、ハンセン病家族訴訟について、「約90年に及んだハンセン病患者への隔離政策により家族も深刻な差別を受けたとして、元患者家族561人が、国に1人当たり550万円の損害賠償と謝罪を求めた集団訴訟の判決で、熊本地裁は28日、国の責任を認め、原告541人に対し、1人当たり33万~110万円(総額3億7675万円)を支払うよう命じた。元患者の家族による集団訴訟の判決は初めて。」、と報じた。
 この判決を聞いた時の私自身の問題意識は、「裁判官は初めて聞かれる話ばかりだったかもしれないが、懸命に聞いておられた。ぜひ素直に受け止めてほしい」(朝日新聞)との原告の声に裁判所はどのように立ち向かうことができたのか、ということにあった。
  2019年6月28日の熊本地方裁判所民事第2部による判決主文の要旨は、次のものであった。


「被告に対し、原告(ハンセン病の元患者の家族。提訴後に死亡し訴訟承継が生じた者も含み,訴訟承継人『[訴訟係属中に死亡した原告の訴訟を相続により承継した者』は含まない。以下、特に断りがない限り同じ。) 1 6 7名につき1人当たり143万円(訴訟承継人についてはそれぞれ相続割合に応じた金額。以下同じ。) 、原告2名につき1人当たり100万円、原告5 9名につき1人当たり55万円、原告3名につき1人当たり33万円の支払を命じ,原告2 0名の請求を棄却した。請求を一部認容した原告(提訴後に死亡し訴訟承継が生じた者を含まない。)及び訴訟承継人は合計5 5 7名、認容額は総額3億7 6 7 5万円である。」


1.判決の意味


 この要旨を見た時、確かに、裁判官は原告の声に正面から向き合っていることがわかるのだが、次のことが気になった。


(1)熊本地方裁判所民事第2部の裁判官は、どのような理由で結論を出すことができたのか。
(2)平成14年以降、ハンセン病患者の家族に対する偏見差別のハンセン病隔離政策の寄与の程度が低いとする根拠は何なのか。
(3)「消滅時効」の壁をいかに越えることができたのか。


 このことに関して、この判決は次のように説明している。
 上記の(1)に関しては、「このとおり、ハンセン病患者の家族は、ハンセン病隔離政策等によって、憲法13条が保障する社会内において平穏に生活する権利(人格権)や憲法44条1項の保障する夫婦婚姻生活の自由を侵害されており、ハンセン病隔離政策等を所管した厚生大臣をはじめとして所管の大臣は、条理上、ハンセン病患者の家族に対し、ハンセン病隔離政策等を先行行為として、相応の作為義務を負う。」、との地平に裁判官が立つことができていることによる。
 また、(2)に関しては、「平成13年末頃にはハンセン病隔離政策等の国民らに対する影響が一定程度遮断される状況があったといえ、加えて、ハンセン病患者に対するホテルによる宿泊拒否が問題となった平成15年には,ハンセン病患者に対する偏見差別を許容せずに、反対の声を挙げる者が多数存在する状況となっていたこと、ハンセン病隔離政策等の誤りを認識しても直ちに、因習による差別意識や患者の後遺症による外貌の変形に対する差別意識が抜けず、その後も差別意識を抱く者がいることは十分にあり得ること等を考えると、平成14年以降、ハンセン病患者の家族に対する偏見差別のハンセン病隔離政策等の寄与の程度は大きくないといえる。」、と示されている。  
 さらに、(3)については、「平成13年の熊本地方裁判所の上記判決やその後の被告の一連の対応に関する報道によっても、ハンセン病患者の家族との関係においても被告が加害者であること及び被告の加害行為が不法行為を構成すると認識することは、一般人を基準にすると、著しく困難であったというべきである。本件と同様に、ハンセン病患者の家族との関係での被告の不作為が問われ、被告に損害賠償義務を認めた裁判例は存在しない上、原告らは、鳥取地方裁判所において平成27年9月9日に言い渡された判決をきっかけに、代理人弁護士らから被告が加害者であること及び被告の加害行為がハンセン病患者の家族との関係においても不法行為を構成する可能性を指摘されたことを受けて本訴に至ったことが窺われることからすれは、少なくとも、上記指摘を受けるまでは、原告らにおいて,被告が加害者であること及び被告の加害行為が不法行為を構成すると認識することは困難であったというべきである。その他、原告らが平成27年9月9日以後に代理人弁護士らから上記指摘を受ける以前に、ハンセン病患者の家族との関係において被告の不作為の違法性を基礎付ける事実を認識していたと認めるに足りる的確な証拠はない。したがって、上記指摘を受けた日である平成27年9月9日以降の日が消滅時効の起算点であると解するのが相当である。そして、平成27年9月9日から本件訴訟提起があった日までは3年を経過していないから、原告らのいずれについても消滅時効は完成していないというべきである。」、と説明されている。


 結局、今回の判決は、①「ハンセン病隔離政策等が遅くとも昭和35年には必要なかった」、②「厚生大臣及び厚生労働大臣に昭和35年以降平成13年末までハンセン病隔離政策等の廃止義務等とその義務違反の違法があった」、③「文部大臣及び文部科学大臣に平成8年以降平成13年末までの義務違反の違法があった」、④「国会議員に平成8年までらい予防法を廃止しなかった立法不作為の違法があった」、との各段階での責任をを明確にし、原告の国家賠償を認めたものであった。


 このことの意味を理解するために、判決要旨の「理由の要旨」を参考にする。
 これだけでも、画期的な判決であったと言える。


 今回のハンセン病家族訴訟の判決の骨子と要旨から、この判決の意味を考える。
判決の骨子から、主文の理由は次のようにまとめられる。


①内務省及び厚生省が実施したハンセン病隔離政策等が遅くとも昭和35年には必要なかったこと。②ハンセン病隔離政策等がハンセン病患者の家族に対する差別被害を発生させたこと等を理由に、厚生大臣及び厚生労働大臣に昭和35年以降平成13年末までハンセン病隔離政策等の廃止義務等とその義務違反の違法があったこと。                         ③法務大臣に平成8年以降平成13年末までハンセン病患者の家族に対する偏見差別を除去するための人権啓発活動を実施するための相当な措置を行う義務とその義務違反の違法があったこと。 ④文部大臣及び文部科学大臣に平成8年以降平成13年末まで上記偏見差別を除去するための教育等が実施されるようにする相当な措置を行う義務とその義務違反の違法があったこと。     ⑤国会議員に平成8年までらい予防法を廃止しなかった立法不作為の違法があったことを認めたこと。⑥一部の原告らを除いては、原告らが差別を受ける地位に置かれ、また,家族関係の形成を阻害されたとして、憲法13条の保障する人格権侵害及び憲法24条の保障する夫婦婚姻生活の自由の侵害により共通する損害が発生したとし、被告の消滅時効の主張は排斥して、国家賠償法に基づく損害賠償請求を一部認容したこと。


 つまり、今回の判決は、①「ハンセン病隔離政策等が遅くとも昭和35年には必要なかった」、②「厚生大臣及び厚生労働大臣に昭和35年以降平成13年末までハンセン病隔離政策等の廃止義務等とその義務違反の違法があった」、③「文部大臣及び文部科学大臣に平成8年以降平成13年末までの義務違反の違法があった」、④「国会議員に平成8年までらい予防法を廃止しなかった立法不作為の違法があった」、との各段階での責任をを明確にし、原告の国家賠償を認めたものであった。
 このことの意味を理解するために、判決要旨の「理由の要旨」を参考にする。
 これだけでも、画期的な判決であったと言える。
厚生大臣及び厚生労働大臣の過失の認定について、「作為義務の成否」の観点として次のようにまとめている。


1.内務省及び厚生省等が実施してきたハンセン病隔離政策等により、ハンセン病患者(元患者を含む。以下同じ。)の家族が大多数の国民らによる偏見差別を受ける一種の社会構造を形成し、差別被害を発生させ、また、ハンセン病患者を療養所に隔離したこと等により、家族間の交流を阻み、家族関係の形成の阻害を生じさせた。
2.この差別被害の実情としては、 ①学校側による就学拒否や村八分によって、人格形成等に必要な最低限度の社会生活を喪失し、②就学拒否等によって、学習の機会や人格形成の機会を喪失し、③結婚差別によって幸福追求の基盤として重要な婚姻関係等を喪失し、④就労拒否によって自己実現の機会の喪失や経済的損失、⑤差別を避けるために両親が死亡した等の嘘をつくなど、家族という社会生活を送る上での基本事項について重大な秘密を抱えたために、また、様々な差別があるために、進路や交友関係等多岐にわたって人生の選択肢が制限されたことによる人格形成や自己実現の機会の喪失、⑥差別を避けるためにハンセン病患者である家族と生活できず家族関係の形成が阻害されるといったものが含まれる。
3.これら差別被害は,個人の人格形成にとって重大であり、個人の尊厳にかかわる人生被害であり、また、かかる差別被害は生涯にわたって継続し得るものであり、その不利益は重大である。
4.家族関係の形成阻害による被害は、家族との同居や自由な触れ合いによって得られたはずの安定した生活の喪失、心身の健全な発達や知性、情操、道徳性、社会性などの調和のとれた円満な人格形成の機会の喪失であり、人格形成に重要な幼少期に親が隔離された場合などには、人格形成に必要な愛情を受ける機会を喪失し、かつ、かかる喪失によって生じた不利益は回復困難な性質のものである。


 こうした理由の基に、「このとおり、ハンセン病患者の家族は、ハンセン病隔離政策等によって、憲法13条が保障する社会内において平穏に生活する権利(人格権)や憲法44条1項の保障する夫婦婚姻生活の自由を侵害されており、ハンセン病隔離政策等を所管した厚生大臣をはじめとして所管の大臣は、条理上、ハンセン病患者の家族に対し、ハンセン病隔離政策等を先行行為として、相応の作為義務を負う。」、と結論づけている。


 また、続けて、厚生労働大臣等の「作為義務の内容」(当該人権侵害を除去する行為)について、次のように示す。


1.昭和3 5年までの医学の進歩や当時の国内外の知見等からすると、遅くとも昭和3 5年には、ハンセン病はもはや患者を隔離しなければならないほどの特別の疾患ではなくなっており、ハンセン病隔離政策等を遂行する必要性は消失していた上、当時厚生省がこれを十分に認識していたこと等から、,厚生大臣は,遅くとも昭和35年の時点において、ハンセン病隔離政策等の廃止義務があったといえ、全てのハンセン病隔離政策等の実施を廃止して、その廃止を表明すべきであった。
2.そしてそのためには、療養所への新規入所を廃止するとともに,すべての入所者に対し、自由に退所できることと自由に外出できることを明らかにする相当な措置を採るべきであった。より具体的には、まず、各都道府県において入所勧奨が実施されないよう指揮監督すべきであった。また、①らい予防法が内閣の法案提出により成立したものであるところ、昭和28年のらい予防法制定を審議した国会において、当時既にスルフォン剤によりハンセン病が治癒するようになっており、スルフォン剤が日本国内においても普及していたにもかかわらず、厚生大臣は、ハンセン病は根治が極めて困難で隔離以外にハンセン病予防の方法がないと説明していること、 ②らい予防法制定の審議やその後の国会審議において厚生省の担当者が隔離政策を含むらい予防法の必要性を説き続けたこと、③らい予防法廃止には、ハンセン病医療を所管し,国内外におけるハンセン病の専門的な医学的知見や詳細な治療の実態に関する情報を入手可能な厚生省の積極的な作業が必要とされ、平成8年のらい予防法廃止の経過によれば、実際にも、厚生省がらい予防法廃止について重要な役割を果たしたことからすれば、厚生大臣は、主任の国務大臣として、らい予防法を廃止する法案を作成して閣議請求をする諸手続を採るべきであった。
3.そもそも偏見差別が生じたのは,ハンセン病隔離政策等によってハンセン病を特別な病気と扱ったことに大きな原因があるのだから、ハンセン病を特別扱いするのではなく一般の感染症と同様に扱うことが必要となる。すなわち、厚生大臣としては、昭和3 5年以降、医療制度においてハンセン病を一般の感染症と変わらないようにし、それを周知させるため,少なくとも、療養所以外の一般の医療機関において入通院治療できるようにし、そのことを国民らに宣伝,広報すべき義務があった。
4.被告によるハンセン病隔離政策等の遂行によって、ハンセン病患者の家族に差別被害が生じ、人権が侵害されたことから、被告は、当該人権侵害を除去する作為義務を負う。被告によるハンセン病隔離政策等が開始される以前から,ハンセン病患者の家族に対する因習等による差別は存在していたものの、ハンセン病隔離政策等によって、遺伝病や業病であるといった従来の疾病観と異なって、恐ろしい伝染病であるという疾病観が多くの国民らに植え付けられ、また、ハンセン病隔離政策等開始前とは異質のハンセン病患者の家族に対する排除意識等が形成されてハンセン病患者の家族に対する差別被害が生じ、ハンセン病隔離政策等が戦前から戦後に亘り長年継続したため、ハンセン病患者の家族に対する偏見差別が維持強化され続けた。
5.このように,ハンセン病患者の家族の偏見差別に対するハンセン病隔離政策等が及ぼした影響は重大であり,ハンセン病隔離政策等を遂行してきた被告は、偏見差別を除去する義務をハンセン病患者の家族との関係でも負わねばならない。そして、ハンセン病治療の進歩等により、昭和35年以降、年々、ハンセン病隔離政策等を廃止すべきであることがより明確となっており、年々、放置することの不当、違法が明白になったし、昭和35年以降、らい予防法を廃止しハンセン病隔離政策等を止めることを検討するのに十分な機会と時、があったにもかかわらず、厚生大臣が、平成8年のらい予防法廃止に関する法律の成立に向けた諸手続を取るまで長年に亘って放置してきたこと等から、厚生大臣及び厚生労働大臣には、平成8年以降、より高い偏見差別除去義務が課せられる。
6.厚生大臣及び厚生労働大臣が負う偏見差別除去義務の具体的内容としては、昭和35年以降については、ハンセン病隔離政策等が原因でハンセン病患者の家族に対する偏見差別を形成、維持、さらには強固したことを明らかにした上、そのことについての謝罪とその周知がされる措置を取ることが必要で、その周知方法については、マスコミの発達に応じてマスコミ媒体、インターネット等を使ってそのことを宣伝するほか、各住戸にその旨を知らせるチラシを配り、各職場、町内会、自治会、老人会等を訪れて広報活動をすることを要し、しかも、平成8年以降は、アンケート調査をしてその効果を確認し、浸透していない場合には,頻回に宣伝,広報すべきだった。また、厚生大臣及び厚生労働大臣は、昭和35年の時点においては、ハンセン病は、病気や罹りやすい体質が遺伝することはなく、感染し発病に至るおそれが極めて低い感染症であり、隔離が必要な特別の疾患ではない上に、ハンセン病が医学の進歩によって治癒するようになったことや、治療後のハンセン病患者やハンセン病患者の家族から感染することがなく、治療後のハンセン病患者及びハンセン病患者の家族が社会内や家庭内で生活し、乳幼児を含めて濃密な接触をすることに公衆衛生上何ら問題がないことを説明すべきであった。
7.厚生大臣及び厚生労働大臣は、平成8年の時点においては、ハンセン病の正しい知識の普及の内容として、ハンセン病が在宅の服薬治療のみで後遺症を生じることなく早期に治癒する疾患であり、他の感染症予防と異なる特別の予防は必要なく、当時社会一般に求められていた衛生環境を維持すれば足り、治療中のハンセン病患者であっても感染源とならず、公衆衛生上も問題なく社会で生活できることを説明し、引き続き普及活動を行うべきであった。
8.戦後米国統治下にあった沖縄との関係においては、本土において昭和35年以降負う義務につき、昭和4 7年5月15日以降、同様の義務を負う。


 一方、判決では、次の判断を行っている。


1.原告らの主張する、地方公共団体や地域社会の責任の普及啓発については、被告とは主体が異なる以上、被告にその責任についてまで判断してそれを啓発する義務までは認めることができない。また、原告らの主張する医療福祉制度の充実は、家族関係の再形成にとって、有効であるといえるものの、必要不可欠とまではいえず、既存の医療福祉制度の利用が可能である以上は、厚生大臣及び厚生労働大臣においてハンセン病患者のための特別の医療福祉制度を現状以上に創設する義務をハンセン病患者の家族との関係において法律上負うものということはできない。           2.原告らは、政策を形成する過程に、ハンセン病患者の家族の実情及び意見を反映するため、同家族が政策を形成する過程に参加できるシステムを構築すべき義務を負うと主張するが、ハンセン病患者の家族の参加がなくても厚生行政担当者や学者研究者によって適切な政策を考案することは不可能ではなく、しかも、ハンセン病国連ガイドラインが策定されたのが平成2 2年12月であったこと等からいって、平成13年末までに、差別被害者に対して政策形成過程の参加の機会を与えることが必要であると厚労省が認識するような契機があったと一概にいえず、また,それを認めるに足りる的確な証拠も見当たらず、かかる義務を負うと認めることはできない。


 こうした観点から、「違法性及び過失」として、「厚生大臣及び厚生労働大臣は、上記において認めた義務を尽くしておらず、国家賠償法上の違法性があり,厚生大臣及び厚生労働大臣には,少なくとも過失があった。」、と結論づけている。
 しかし、「義務解消」の観点から、「平成14年以降について、被告の国家賠償法上の違法性を認めることはできず」、と次のように示す。


1.被告は、遅くとも平成25年2月14日には、被告や都道府県のハンセン病問題解決に向けた政策の実施等によって、ハンセン病隔離政策等がハンセン病患者の家族に及ぼした影響を無視し得る程度にまで除去できており、その時期以降に作為義務違反はないと主張するところ、平成2 5年に至っても、社会的に無視できない程度の数のハンセン病患者の家族に対する差別被害が生じているといえる。 2.もっとも、昭和60年代かららい予防法廃止までの期間、マスコミが段々と、ハンセン病に関する偏見差別、患者の人権問題を取り上げ一部の国民の間ではそのことが理解される状況となり、他方で,被告及び地方公共団体が平成13年末までに不十分ながらハンセン病に関する偏見差別を除去する活動や人権啓発活動を行いそれによる効果が一定程度生じたといえること、平成13年に熊本地方裁判所が下したハンセン病療養所に入所していた者らに対する国家賠償を認めた判決、同判決に対する被告の控訴断念、政府の談話発表及び国会謝罪決議採択に関する一連の新聞等の報道によって、多数の国民らにハンセン病隔離政策等の誤りやハンセン病患者が不当な差別を受け,家族も影響を受けてきたことが印象付けられたこと等からすると、平成13年末頃にはハンセン病隔離政策等の国民らに対する影響が一定程度遮断される状況があったといえ、加えて、ハンセン病患者に対するホテルによる宿泊拒否が問題となった平成15年には,ハンセン病患者に対する偏見差別を許容せずに、反対の声を挙げる者が多数存在する状況となっていたこと、ハンセン病隔離政策等の誤りを認識しても直ちに、因習による差別意識や患者の後遺症による外貌の変形に対する差別意識が抜けず、その後も差別意識を抱く者がいることは十分にあり得ること等を考えると、平成14年以降、ハンセン病患者の家族に対する偏見差別のハンセン病隔離政策等の寄与の程度は大きくないといえる。           
3.すなわち、平成14年以降に差別等の被害があったとしてもそれをもってハンセン病隔離政策等に基づくということはできないし、ハンセン病隔離政策等を先行行為として平成14年以降の偏見差別除去義務を認めることはできない。
4.したがって、平成14年以降について、被告の国家賠償法上の違法性を認めることはできず、同年以降,ハンセン病患者の家族に対する差別等の被害があっても、それをもって被告に対し損害賠償を求めることはできない。


 続けて、法務大臣及び文部大臣及び文部科学大臣の過失について、次のように押さえる。


 法務大臣の過失については、「法務省が竜田寮事件(ハンセン病患者の子らが小学校の登校を拒絶された事件)を認識して厚生省及び文部省と協議していたことや、らい予防法を廃止する法案についての国会審議における議員らの発言内容等からすると、法務大臣は、平成8年の時点において、ハンセン病隔離政策等によってハンセン病患者の家族に重大な差別被害が生じており、被告によるハンセン病患者の家族に対する偏見差別を除去するための人権啓発活動が必要であることを、容易に認識できたといえる。したがって,法務大臣には、少なくとも過失が認められる。」、と示す。
 文部大臣等の過失については、「文部省が竜田寮事件を認識して厚生省及び法務省と協議していたことや平成8年の国会審議における議員らの発言等からすると、文部大臣及び文部科学大臣には、少なくとも過失が認められる。」、と示している。


 さらに、国会議員に対して、「立法不作為」の過失を、次のように認めている。


1.遅くとも昭和35年には、ハンセン病のすべての患者との関係で隔離の必要性が失われており、らい予防法の隔離規定に従って合憲的に入所させることがおよそ考えられず、法令そのものが違憲となり、らい予防法の隔離規定に合理的な理由が存在しなくなっていたところ、昭和29年の国会審議において、ハンセン病患者の子がハンセン病の感染源と誤解され差別を受けていることが議題となっていたこと、昭和31年の国際会議においてはハンセン病に関する特別法の廃止が繰り返し提唱され、昭和33年に東京で開催された国際会議において、ハンセン病隔離政策の全面的破棄の勧奨が決議され、昭和38年の国際会議では、ハンセン病患者の強制隔離が時代錯誤であるとまでされていたこと、昭和38年のハンセン病患者団体によるらい予防法改正運動の際に、国会議員及び厚生省に対する陳情等がされ,陳情を受けた国会議員の中には「政府も早急に法改正に努力しなければならない。」とか、「このような予防法があることは国として恥かしい。」と述べた者もいたほどであり、国会議員としても、このころにらい予防法の隔離規定の適否を判断することは十分に可能であったこと等からすると、国会議員にとって、昭和40年にはらい予防法の隔離規定の違憲が明白であったと認められる。                      2.国会議員が平成8年までの30年以上もの長期間にわたってらい予防法の隔離規定を廃止しなかったことは,正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠ったと認められ、国会議員が平成8年までらい予防法の隔離規定を廃止しなかった立法不作為は、国家賠償法上違法の評価を受け、このような立法不作為には過失が認められる。


2.権利侵害及び損害の考え方


判決内容に関して、権利侵害及び損害の考え方を次のように示す。

1.原告らは、原告らに共通した権利侵害があり、それによって原告らに共通した損害が発生したと主張して包括一律請求を行っており、一部の原告らを除くと、具体的な差別体験に基づく各原告に発生した権利侵害,損害の個別立証を尽くしていないから、可能な範囲で共通性の見いだせるものを包括して慰謝料として賠償の対象とする。                       2.共通の権利侵害、損害が認められる原告らの間では、個々の原告間の被害の程度の差異については、より被害の小さい事例を念頭に置いて控えめに損害額を算定する。そこで、偏見差別を受ける地位と家族関係の形成阻害のそれぞれについて、共通の権利侵害を見いだせる範囲を述べ、次に、共通損害の内容及びその慰謝料額を述べる。
3.原告らには、ハンセン病患者の家族であることを理由とする具体的な差別体験があったとまでは認められない者もいる。もっとも、そのような具体的な差別体験があったとまでは認められない原告らは、被告の違法行為が認められる平成13年末までには、家族や親戚等の当該原告の周りのごく一部の者にハンセン病患者の家族であると知られていたとしても、当該原告の周りのほぼ全員には、ハンセン病患者の家族であることを知られていなかった者であり、周りに知られていた原告らは、具体的な差別体験を自覚しており、ハンセン病患者の家族には深刻な差別被害が多々生じていたこと等からすると、ハンセン病患者の家族は、平成13年末までは、ハンセン病患者の家族というだけで差別を受ける地位に置かれ、周囲にハンセン病患者の家族であることを知られると差別被害を受けることにより、被害が現実化したといえる。また、差別被害が実際に生じていなかったとしても、自らがハンセン病患者の家族であることと、ハンセン病患者の家族に生じてきた深刻な差別被害を認識することで、差別を理由として就業、結婚、友人や近隣における付き合い等の社会生活が制限され得ることを認識し、結婚、婚姻関係、交友関係、就労等に支障を生じるのではないかと大きな心理的負担を感じるとともに差別を受けることに対する恐怖を感じ、その現れ方はさまざまであるものの、社会生活上の不利益や心理的負担が生じたことは明らかであるから、差別経験の有無にかかわらず、差別を受ける地位におかれ,そのことを認識したことによって、被害が現実化したと認められる。したがって、以上の状況にあった原告らについては,共通の権利侵害が認められる。
4.周囲にハンセン病患者の家族であることが知られず、かつ、本人もハンセン病忠者であることを認識していなかった場合には、周囲から差別を受けることもなく、本人が恐怖感や心理的負担を感じることや、ハンセン病患者の家族であることを隠すために生活上の不利益が生じることもなく、何ら被害が現実化していないから、社会において平穏に生活する権利が侵害されたとはいえない。そこで、平成13年末までに、差別被害が現実化していない原告らは、被告の違法行為によって差別を受ける地位に置かれたことにより社会において平穏に生活する権利を侵害されたという共通の権利侵害を認めることはできない。
5.共通損害については、共通の権利侵害が認められる原告らは、いずれも、かかる権利侵害による精神的苦痛が生じているところ,具体的な差別体験によって生じた精神的苦痛は、具体的な差別体験をせずに一般的な差別被害を認識したにすぎない者に生じた精神的苦痛と同程度のものとは到底考えられず。具体的な差別体験に基づく精神的苦痛全体を原告らに共通した損害とみることはできない。また、社会生活上の不利益については、現に生じたとまでは認められない原告らもいることから、これによる精神的苦痛自体が原告らに共通した損害とまでは認められない。しかし、ハンセン病患者の家族に対する差別を要因とする点,社会において平穏に生活をする権利を侵害された点において共通し、精神的苦痛の内容についても,差別に対する恐怖感や心理的負担感を有するという面で共通性を有しているから、その限度で共通した損害と認められる。ただし、この損害を理由とする慰謝料額の算定に当たっては。自らがハンセン病患者の家族であること及びハンセン病患者の家族に対する差別被害を認識した時期に差異があることから、控えめに算定するために、平成13年までで上記の認識時期が最も遅い原告が考慮の対象になるところ、共通損害が認められる原告らのうちもっとも認識が遅いのは、熊本地方裁判所が上記判決を下した平成13年に認識した者であり、同時期に認識したことが算定の基準になる。以上を総合考慮して算定すると,当該慰謝料額は30万円をもって相当である。なお、原告らのうちには同額をもって偏見差別被害が慰謝されるとは到底考えられない者がいることは確かであるが、これまで説示したとおり、一律請求の性質上その限度で認めざるを得ない。
6.原告らの中には,ハンセン病患者の家族に対する偏見差別の存在が原告らとその家族との間の家族関係の形成に悪影響を生じさせたとまでは認められない原告らが存在することから,ハンセン病患者の家族であっても、必ずしも家族関係の形成が阻害されたと認めることはできず、原告ら全員が共通して家族関係を形成する権利が侵害されたと認めることはできない。もっとも、被告の違法行為が認められる時点である、沖縄以外の地域に所在する療養所については昭和35年以降、沖縄に所在する療養所については昭和4 7年以以降に、ハンセン病患者である家族が療養所に入所し、一定期間、ハンセン病患者である家族が帰宅せず別居していた原告らには、ハンセン病患者である家族が入所したことによって、一定期間離れ離れとなり日常生活を共有できず同人との家族関係の形成を阻害されたことが認められ、その限度で共通の権利侵害があったと認めることができる。
7.ただし、成人後に親が入所した場合など、一般的類型的にみると家族関係の形成が阻害されたことに疑いが生じる原告らについては、共通の権利侵害があったと認めることはできない。また、原告らには、ハンセン病患者の甥若しくは姪又は孫も含まれるものの,一般に、おじ、おば又は祖父母との交流を阻害されることで人格形成に影響が生じるなどの被害が発生するとまでは認められず、おじ、おばや祖父母が入所したことによって、ハンセン病患者の甥、姪又は孫に共通の権利侵害が生じたとまでは認めることはできない。
8.共通の権利侵害が認められる原告らにおいても,その生活状況やハンセン病患者である家族との関係性等はさまざまであるものの、いずれも、入所によって一定期間ハンセン病患者との家族間の交流が阻害されたという点において、共通する精神的苦痛が生じたと認められる。もっとも、親子及び夫婦間と、兄弟姉妹とでは、同居での生活の重要性や家族関係の形成を阻害されることによる人格形成等の影響が一般的に異なる。そこで、家族関係の形成阻害による損害の程度は、親子及び夫婦間と、兄弟姉妹とで、類型化し、その範囲で、一定の共通性を認めることが相当である。そこで、これらの原告らについて加算すべき慰謝料額としては、当該入所者が親子又は配偶者である場合には、一律100万円、当該入所者に親子又は配偶者がおらず兄弟姉妹のみである場合には、一律20万円と認める。


3.「消滅時効」


 これまで、国家賠償裁判においては、常に「消滅時効」が『壁』となってきた。
 今回の判決では「消滅時効」について次のように示されている。


1.本訴は、差別を受ける地位に置かれたこと及びハンセン病患者が入所したことなどによる家族関係形成阻害を理由とする損害賠償請求を求めるものであるところ、外形的にみると、原告らとの関係で差別を実際に行ってきたのは被告ではないから、差別による損害については、実際に差別を実施した相手方が加害者であると考えるのが通常であること、ハンセン病患者の入所についても外観上明らかな強制収容が実施されたものでもないことからすると、専門家ではない原告らが、当然に、損害賠償請求することが事実上可能な程度に加害者が被告であると早くから認識していたとはいえない。
2.本訴は、被告の行政機関の長に作為義務違反,国会議員に立法不作為があるとして損害賠償を求めた事案であり、不作為の違法は作為の違法と異なって、その違法性や加害者が外観上明確ではないうえに、本訴の特色として、違法性を判断するに当たっては、ハンセン病に関する差別の歴史的経緯、ハンセン病隔離政策等の具体的内容及び歴史的経緯、医学的知見の変遷,国際的知見、ハンセン病患者の家族に対する差別被害についての行政機関及び国会の把握状況等が前提となり、これらの事実を認識していなければ、不法行為を構成するか否かを判断することはできない。しかしながら、これらの事実を専門家でもない原告らが認識することは容易ではなく、現に原告らが早くから認識していたと認めるに足りる証拠はない。また、らい予防法廃止の際の厚生大臣の謝罪、平成13年の熊本地方裁判所の上記判決やその後の被告の一連の対応に関する報道によっても、ハンセン病患者の家族との関係においても被告が加害者であること及び被告の加害行為が不法行為を構成すると認識することは、一般人を基準にすると、著しく困難であったというべきである。
3.本件と同様に、ハンセン病患者の家族との関係での被告の不作為が問われ、被告に損害賠償義務を認めた裁判例は存在しない上、原告らは、鳥取地方裁判所において平成27年9月9日に言い渡された判決をきっかけに、代理人弁護士らから被告が加害者であること及び被告の加害行為がハンセン病患者の家族との関係においても不法行為を構成する可能性を指摘されたことを受けて本訴に至ったことが窺われることからすれは、少なくとも、上記指摘を受けるまでは、原告らにおいて,被告が加害者であること及び被告の加害行為が不法行為を構成すると認識することは困難であったというべきである。その他、原告らが平成27年9月9日以後に代理人弁護士らから上記指摘を受ける以前に、ハンセン病患者の家族との関係において被告の不作為の違法性を基礎付ける事実を認識していたと認めるに足りる的確な証拠はない。したがって、上記指摘を受けた日である平成27年9月9日以降の日が消滅時効の起算点であると解するのが相当である。そして、平成27年9月9日から本件訴訟提起があった日までは3年を経過していないから、原告らのいずれについても消滅時効は完成していないというべきである。


最後に


 最後に、判決の結論は、「主文のとおりの判決を言い渡し、被告に対し、原告ら合計557名(訴訟承継人を含む。)に対し、総額3億7675万円の支払を命じる。」、とされた。




by asyagi-df-2014 | 2019-07-12 06:22 | ハンセン病 | Comments(0)

朝日新聞のハンセン病家族訴訟に関する誤報。

 朝日新聞は2019年7月10日、表題について、「朝日新聞社記事、誤った経緯説明します」、と次のように報じた。


(1)元ハンセン病患者の家族への賠償判決に対する政府の控訴方針を報じた9日付記事は、政権幹部を含む複数の関係者への取材を踏まえたものでしたが、十分ではなく誤報となりました。誤った経緯について説明します。
(2)6月28日、熊本地裁が元ハンセン病患者の家族への賠償を国に命じた判決を受け、朝日新聞は政治部、科学医療部、社会部、文化くらし報道部を中心に、政府がどう対応するのかの取材を始めました。法務省や厚生労働省、首相官邸幹部は控訴するべきだとの意向で、あとは安倍晋三首相の政治判断が焦点でした。
(3)首相は7月3日の党首討論会で「我々は本当に責任を感じなければならない」などと発言しました。しかし官邸幹部への取材で、この発言を受けても、控訴の流れに変わりはないと受け止めました。
(4)8日、「ハンセン病関連で首相が9日に対応策を表明する」という情報とともに、控訴はするものの、経済支援を検討しているとの情報を得ました。さらに8日夕、首相の意向を知りうる政権幹部に取材した結果、政府が控訴する方針は変わらないと判断しました。このため朝日新聞は1面トップに「ハンセン病家族訴訟、控訴へ」との記事を掲載することを決めました。
(5)しかし、首相は9日朝、記者団に控訴しない方針を表明しました。首相の発言を受け、これを速報するとともに、おわびの記事を配信しました。
(6)私たちの取材は十分ではありませんでした。参院選が行われている最中に重要な政策決定をめぐって誤った記事を出し、読者や関係者の皆様に多大なご迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ありません。今後はより一層入念に事実を積み重ね、正確な報道を心がけて参ります。(政治部長・栗原健太郎)




by asyagi-df-2014 | 2019-07-10 07:55 | ハンセン病 | Comments(0)

ハンセン病家族訴訟で、国の責任認める初の判決。(3)

 毎日新聞は2019年6月28日、ハンセン病家族訴訟について、「約90年に及んだハンセン病患者への隔離政策により家族も深刻な差別を受けたとして、元患者家族561人が、国に1人当たり550万円の損害賠償と謝罪を求めた集団訴訟の判決で、熊本地裁は28日、国の責任を認め、原告541人に対し、1人当たり33万~110万円(総額3億7675万円)を支払うよう命じた。元患者の家族による集団訴訟の判決は初めて。」、と報じた。

 日本の司法の状況の問題が指摘されて久しい。
 この裁判で、「裁判官は初めて聞かれる話ばかりだったかもしれないが、懸命に聞いておられた。ぜひ素直に受け止めてほしい」(朝日新聞)との原告の声に、裁判所はどのように立ち向かうことができたのか。
 この判決の意味を考える。
 今回把握した29日に出された各紙の社説・論説の見出しは、次のもの。


(1)朝日新聞社説-ハンセン病 家族も深刻な被害者だ
(2)毎日新聞社説-ハンセン病差別と家族 画期的な被害認定の拡大
(3)読売新聞社説-ハンセン病訴訟 家族への差別を重く見た判決
(4)琉球新報社説-ハンセン病家族訴訟 国は控訴せず救済に動け
(5)沖縄タイムス社説-[ハンセン病家族訴訟]国策が招いた差別断罪
(6)南日本新聞社説-[ハハンセン病訴訟] 国は控訴せず救済急げ
(7)大分合同新聞論説-ハンセン病家族訴訟 “残された課題”全面解決を
(8)河北新報社説-ハンセン病家族訴訟/差別生んだ国の責任は重い
(9)岩手日報論説-ハンセン病家族訴訟 真の差別解消への一歩
(10)信濃毎日新聞社説-ハンセン病判決 家族の被害回復に道開く
(11)中国新聞社説-ハンセン病家族訴訟 人生被害、国は救済急げ
(12)佐賀新聞論説-ハンセン病家族訴訟 全面解決へ課題克服を


 その多くは、国の責任を追及し、ハンセン病家族訴訟の全面解決を求めている。
 この中で、朝日新聞と毎日新聞、国立療養所のある県で琉球新報と沖縄タイムスと南日本新聞、旧優生保護法下の強制不妊手術を巡る国家賠償請求訴訟との関連から岩手日報、河北新報の内容を紹介する。


1.判決の意味

(朝日新聞)
(1)国がかつてハンセン病患者を強制隔離した政策では、元患者本人だけでなく、その家族も被害者だ。いまも差別や偏見に直面する家族を放置し続けるわけにはいかない。元患者の子やきょうだいら561人が国に損害賠償などを求めた訴訟で、熊本地裁は大筋で原告の主張を認める判決を言い渡した。
(2)「憲法が保障する、社会で平穏に生活する権利や結婚生活の自由を侵害した」との判断はもっともで、誤った政策がもたらした「罪」の重さを改めて痛感する。目を引くのは、家族に対する差別や偏見を除去する措置を講じなかった政府の責任を、厳しく指摘したことだ。とるべきだった施策に具体的に言及するなど、異例の内容になっている。
(3)隔離を定めた「らい予防法」の廃止が遅れた国会の責任や時効の成否をめぐる判断など、判例や法理論に照らして踏み込んだ部分も多く、議論を呼ぶのは必至だ。

(毎日新聞)
(1)ハンセン病患者の隔離政策で家族も差別を受け、人権を侵害されたとして熊本地裁が国に賠償を命じた。これまで光が当てられていなかった家族の被害を司法が初めて認め、救済の道を開いたことは画期的だ。
(2)隔離政策を巡っては熊本地裁が2001年、患者の人権侵害を違憲と判断した。国は元患者らには補償などを行ってきたが、家族の被害は認めず、謝罪も拒否してきた。判決は、隔離政策が家族への偏見・差別を助長したにもかかわらず、国がそれを放置したとして、賠償責任を認め、総額約3億7000万円の支払いを命じた。

(琉球新報)
(1)ハンセン病元患者の家族が味わわされた深刻な差別に裁判所が光を当てた。
(2)沖縄在住の250人を含む元患者の家族561人が1人当たり550万円の損害賠償と謝罪を国に求めた訴訟の判決で、熊本地裁が国の責任を認め、計約3億7千万円の支払いを命じたのである。元患者の家族による訴訟で賠償を命じた判決は初めてであり、画期的だ。差別を完全になくすための第一歩となることを期待したい。
(3)「隔離政策は患者を対象として実施された。患者家族はその対象に含まれていない」という)国の主張は、言葉で言い表せないほどの苦難を味わわされた人々を、二重、三重に傷つけるものだ。

(沖縄タイムス)
(1)ハンセン病元患者の家族ら561人が国に損害賠償と謝罪を求めた訴訟の判決で、熊本地裁は原告541人に対し、計約3億7600万円を支払うよう命じた。判決は「違法な隔離政策で家族も差別され、生涯にわたり回復困難な被害を受けた」と国の責任を認定した。国の隔離政策で差別が家族にも及んでいたことを明確に認めた意義は大きい。原告の全面勝訴に近い判決だ。
(2)家族も偏見や差別にさらされたとの原告の主張について、医学の進歩や国内外の知見などからみて、遅くとも1960年にはハンセン病は隔離しなければならないほどの特別の疾患ではなくなっていた。判決は国が隔離政策をやめなかったことを違法とした上で、国会が96年までらい予防法の隔離規定を継続したのは立法不作為であるとした。
(3)国は患者家族が大多数の国民から偏見や差別を受ける社会構造をつくったのである。
(4)もう一つの原告の主張である家族関係の阻害については、隔離政策が家族間の交流を妨げたと認定した。被害の実情について村八分や結婚差別、就学や就職拒否、進路や交友関係など人生の選択肢の制限など具体的に挙げた。個人の人格形成にとって重大で、個人の尊厳に関わる「人生被害」と指摘した。
(5)憲法13条が保障する社会で平穏に生活する権利(人格権)や24条が保障する婚姻の自由が侵害されたのである。
(6)国の隔離政策を違憲と判断した2001年の熊本地裁判決でも元患者らを人生被害と表現した。今回の判決で家族もまた人生被害を受けたと捉えたのである。

(南日本新聞)
(1)原告は国立療養所「星塚敬愛園」(鹿屋市)と「奄美和光園」(奄美市)を含む全国13療養所の入所者の配偶者や子供ら561人。1人当たり550万円の損害賠償を求めた。元患者本人に対する国の責任については2001年5月、熊本地裁が強制隔離政策は違憲だったとして国に賠償を命じる判決を言い渡した。国は控訴を断念、補償を進めてきた。だが、家族への支援はなく、国などに損害賠償を求めた訴訟では鳥取地裁、高裁支部とも家族側が敗訴している。それだけに国の責任を認めた今回の判決は画期的と言えよう。

(河北新報)
(1)ハンセン病患者の隔離政策で、差別と偏見に苦しんできたのは患者本人だけでなく、家族も同様だった。家族の受けた被害と国の賠償責任が初めて認められた。家族の救済へ道を開く画期的な判決と言っていい。
(2)元患者の子どもら家族561人が損害賠償と謝罪を国に求めた訴訟の判決で、熊本地裁はきのう、国の責任を認めて賠償を命じた。ただ、賠償額は家族それぞれの状況に応じており、原告が求めた1人当たり550万円と比べて低額となった。
(3)判決は、隔離政策で患者家族も差別される立場に置かれたと認定。国は差別被害を取り除く義務を怠り、国会も施策の基となる「らい予防法」を廃止しなかった立法不作為の違法があったと認めた。
(4)国がハンセン病を「極めて強烈な伝染病」として、地域社会に偏見・差別を広げた責任は重い。誤った政策の結果、家族は地域社会から疎外され、子どもは就学を拒まれるなどした。就職や結婚などで差別された例もある。
(5)判決が認める通り、家族関係の形成も阻害された。多くの家族は差別から身を守るため、親やきょうだいの病歴を隠して生きることを余儀なくされた。境遇を恨むなどして家族関係も壊された。
(6)今回の判決で、それは国の責任だと明確になった意義は大きい。心に抱えてきた悔恨などの重荷から解放される

(岩手日報)
(1)原告側は、数々の偏見や差別を受けたにもかかわらず、国は対策を怠り、平穏に暮らす権利が侵害されたと訴えた。一方、国側は「家族は隔離の対象ではなく、差別や偏見を直接助長していない」などと主張していた。
(2)「直接」ではなかったにしても、地域社会にハンセン病に対する強固な偏見、差別感情を植え付けた原因は国の隔離政策だ。家族の苦しみに寄り添い、国の無策を断じた地裁の判断は納得できる。


2.判決が明らかにした事実

(朝日新聞)
(1)ハンセン病はらい菌による弱い感染症だ。1900年代初めに隔離政策を始めた政府は、特効薬が開発されるなどしたあとも方針を変えず、予防法を廃止する96年まで隔離を続けた。元患者については01年、隔離を違憲として賠償を命じた熊本地裁判決が確定。政府と国会は謝罪し、法律を作って補償金を支払うなど様々な対策を展開してきたが、家族への施策はとらなかった。
(2)しかし、家族も被害を受けてきたことは厳然たる事実だ。一家の暮らしが壊され、とりわけ親を奪われた子どもは大きな影響を受けた。家族に患者がいることが知られて学校や職場、地域での居場所を失い、就職や結婚を拒まれた例も相次いだ。患者を隠し、縁を切るまでに追い込まれた人が多くいる。
(3)人生の様々な場面で自己実現の機会を奪われたことは「人生被害」と呼ばれる。差別が今もなくなっていないことは、今回の裁判で原告の大半が匿名だったことに端的に表れている。

(毎日新聞)
(1)判決で示された家族の差別被害は、学校側の就学拒否や村八分、結婚差別、就労拒否など多岐にわたった。判決は、これらの差別が患者だけでなく家族にも「個人の尊厳にかかわる人生被害」をもたらしたと断じた。家族も患者と同様の被害を受けたと司法が認めた意義は大きい。
(2)国が「被害がない」と主張した13年時点でも社会的に無視できない程度の差別被害があったと指摘した。
(3)今回の訴訟を機に母親が元患者だと妻に初めて伝えた男性は、これを理由に離婚された。男性は母親と共に妻の実家で土下座したが、妻の親族から罵声を浴びせられたという。肉親間の断絶も招いた。家族は差別を受けないように患者を隠した。生きているにもかかわらず、死んだことにした原告もいた。肉親の存在を秘密にせざるを得ない生き方を強いられた。
(4)戦前戦後と続いた「無らい県運動」は、地域から根こそぎ患者を強制収容する究極の隔離政策だった。「恐ろしい伝染病」の患者予備軍として家族も迫害された。

(琉球新報)
(1)ハンセン病は、らい菌という細菌による感染症だ。感染力は極めて弱い。主に皮膚と末梢神経に病変が表れる。治療せずに放置すると、体の一部が変形するなどの障がいが残ることがある。1943年に米国で治療薬が開発されて、治る病気となり、今では日常生活の中でハンセン病にかかる可能性はなくなっている。
(2)国は明治後期から患者を強制的に収容し隔離政策を続けた。48年に成立した旧優生保護法によって不妊手術が患者に強制された。隔離政策を固定化させた53年制定の「らい予防法」は、療養所に入所する人の外出禁止などを盛り込んだ。
(3)ハンセン病の治療法は早くから確立されていたが、国は96年まで同法を廃止しなかった。遅くとも60年には隔離政策の必要性が消失していたと判決は指摘した。元患者らを虐げ、人権を踏みにじり、いわれのない差別を増大させた国の責任は、限りなく重い。
(4)元患者本人の訴訟では2001年5月に熊本地裁が隔離政策を違憲とし、約18億2千万円の賠償を国に命じた。国は控訴を断念し謝罪した。だが、その後に創設された補償制度の対象に家族の被害は含まれなかった。親族が元患者という理由で村八分にされたり、結婚を拒まれたり、就職を断られたりした事例は数多い。学校でのいじめもあった。
(5)家族までもが厳しい差別を受けたのは、国がハンセン病を「恐ろしい病気」と喧伝(けんでん)し、隔離政策を続けたからだ。国民に誤った認識を植え付けたことで、家族も潜在的な感染者と見なされた。就職や結婚の際に、肉親が元患者であることを隠すケースも少なくなかった。後に事実を知られ、離婚に追い込まれた人もいる。原告の大半が匿名なのは差別を恐れるからだ。

(沖縄タイムス)
(1)原告561人のうち沖縄在住者が約4割の250人。問題の根深さがうかがえる。過酷な体験を集会や審理で証言してきた。原告の60代男性は学校の先生が「病気がうつるので、ハンセン病患者の洋服を借りて着てはいけません」と言っていたことを忘れない。
(2)ある原告は、幼いころから「ばい菌近づくな」などといじめられ、仲良くなった子の親から突然一緒に遊ぶことを拒否された。別の原告は両親と引き離され、預け先の親戚からも近所の人たちからも偏見のまなざしで見られ、差別を受け続けた。このため他人との深い付き合いを避け、友人にも心を許すことができなくなったと証言した。
(3)家族が受けた苛烈な被害をみれば元患者と一体である。

(南日本新聞)
(1)ハンセン病患者の違法な隔離政策によって本人だけでなく家族も深刻な差別を受けた-。
(2)原告らは審理で、親が元患者であることを理由に就職や結婚で深刻な差別や偏見に苦しめられ、平穏に生活する権利を侵害されたと訴えた。さらに、国の強制隔離政策は家族も標的になり、国には偏見・差別の被害を回復する責任があったと主張した。
(3)これに対し国は、家族は隔離政策の対象でなく、ハンセン病を巡る偏見・差別は隔離政策前からあり、直接助長してはいないと責任を否定した。
(4)判決は、国が1960年の時点で隔離政策をやめなかったことを違法とし、国会が96年までらい予防法を廃止しなかったことを立法不作為と判断、損害賠償請求権の時効が成立しているとした国の主張も退けた。


3.各新聞社の主張

(朝日新聞)
(1)一方で、政府と国会は、この判決を家族の被害と向き合うきっかけにしなければならない。
(2)09年に施行されたハンセン病問題基本法は、患者本人への補償金の支給を踏まえ、さらに対策を講じるよう国に義務づけた。原告と弁護団は、基本法を改正して家族も被害者だと明記するよう主張している。法廷に立つことをためらう家族を励まし、後押ししたのは、高齢になった元患者本人だった。家族への支援は元患者の癒やしにつながる。そうした視点も踏まえ、教育の場や地域社会で偏見と差別をなくす取り組みを強めていかねばならない。

(毎日新聞)
(1)国は判決を真剣に受け止め家族に謝罪すべきだ。元患者が対象のハンセン病問題基本法を改正し、家族も被害者だったと明記することも検討の余地があるのではないか。
(2)ハンセン病は感染力の弱い感染症であり、遺伝はしない。現代の日本では新規の患者は皆無に近く、発症しても完治する。正しい知識を普及啓発することも重要だ。
(3)誤解に基づく人間の差別心を改めて浮き彫りにした訴訟だった。私たちもハンセン病に抱く偏見から今度こそ決別しなければならない。

(琉球新報)
(1)判決は「違法な隔離政策で家族も差別され、生涯にわたり回復困難な被害を受けた」として、国の責任を認めた。損害賠償請求権の時効が成立したとする国側の主張も退けた。妥当な判断と言えよう。これ以上の責任逃れは許されない。国は控訴などせずに、救済に乗り出すべきだ。

(沖縄タイムス)
(1)01年の熊本地裁判決では小泉純一郎首相が控訴断念を政治決断した。今回も国は控訴を断念すべきだ。声を上げられなかった家族の実態把握と救済策を急ぐべきである。
(2)恐怖心をあおり、社会の偏見や差別を助長し、孤立させた責任はマスコミを含めた私たちの社会にある。今も偏見と差別がなくなったとはいえない。多くの原告が実名ではなく原告番号の匿名で訴えていることからもうかがえる。
(3)旧優生保護法下の強制不妊手術を巡る国家賠償請求訴訟とも重なる問題だ。偏見と差別のない社会を実現するため一人一人が「わが事」として向き合わなければならない。

(南日本新聞)
(1)ハンセン病元患者の家族が国に損害賠償と謝罪を求めた訴訟の判決で熊本地裁はきのう、家族の差別被害を認定、国の責任を認めて計約3億7000万円の支払いを命じた。元患者の家族が起こした訴訟で賠償を命じた初の判決で、原告の主張をほぼ認める内容だ。国は控訴せず、元患者家族らの名誉回復と救済の枠組みづくりに早急に取り組むべきだ。
(2)隔離政策に終止符が打たれて既に20年以上がたつ。だが、原告の多くが匿名であり、詳しい所在地も公表されていないのは、今なお差別や偏見が根強いことの表れに違いない。「全ての家族が堂々と生きられる世の中になってほしい」。原告の訴えは切実だ。国は判決を重く受け止め、原告が味わってきた苦難に報いるべきだ。
(3)国民も無関心であってはならない。一人一人がハンセン病問題と向き合い、元患者やその家族の願いに応えていきたい。

(河北新報)
(1)国は判決を重く受け止め、控訴せず、家族に謝罪し救済を進めるべきだろう。施策の非と責任を認め、今でも残るハンセン病への偏見、差別の払拭(ふっしょく)にも努めてほしい。
 元患者本人の訴訟では、2001年の熊本地裁判決が隔離政策を違憲とし、国に賠償を命令。国は控訴を断念して謝罪したが、補償の対象に家族は含まれなかった。
 今回の家族訴訟は、社会には今なお、ハンセン病への偏見が根強く残る現実をあぶり出した面もある。訴訟に加わったことで、元患者の家族と分かって離婚に至った原告が何人もいる。何より、偏見や差別を恐れ、原告の多くは本名を明らかにしていない。
 原告のうち、東北からの参加者は20人いる。訴訟に加わらなかった人を含め、私たちの周りにも沈黙せざるを得ない元患者、家族がいることにも思いをはせたい。
 家族がハンセン病だったことを隠す必要のない社会をどう築くのか。国だけでなく、われわれも訴訟が問い掛けた問題を心に刻む必要がある。

(岩手日報)
(1)根本匠厚生労働相は「今後の対応は関係省庁と協議したい」と述べた。01年の熊本地裁判決の際と同様、政治判断で控訴を断念することが、真の差別解消へ力強いメッセージになるはずだ。速やかに家族に謝罪するとともに、家族の被害実態の全容解明も求められる。
(2)原告勝訴の判決は、旧優生保護法下で不妊手術を強いられた障害者らにとっても、希望の光になるのではないか。被害者が国に損害賠償を求めて提訴したのを機に救済の機運が高まり、今年4月、被害者に一時金を支給する救済法が議員立法で成立した。ハンセン病の救済策などを参考にしたが、一時金支給の対象は被害者本人のみで、配偶者らは除外されている。国は配偶者の苦しみにも向き合い、一時金の支給対象を拡大すべきだ。
(3)今回の訴訟と優生手術訴訟の共通点は、原告の多くが匿名であること。偏見や差別が根強い表れと言えよう。安倍晋三首相は優生手術被害の救済法成立に際し、「全ての国民が疾病や障害の有無で分け隔てられることのない共生社会の実現に向けて、最大限の努力を尽くす」との談話を発表した。
(4)疾病や障害で苦しむのは本人だけではない。家族も苦しんでいる。本人も家族も支える仕組みづくりへ最大限努力することが、差別を解消し、共生への道を開く。


 さて、今回の判決は、次のことを投げかける。
 ハンセン病家族訴訟判決の骨格は、「家族までもが厳しい差別を受けたのは、国がハンセン病を「恐ろしい病気」と喧伝(けんでん)し、隔離政策を続けたからだ。国民に誤った認識を植え付けたことで、家族も潜在的な感染者と見なされた。就職や結婚の際に、肉親が元患者であることを隠すケースも少なくなかった。後に事実を知られ、離婚に追い込まれた人もいる。原告の大半が匿名なのは差別を恐れるからだ。」、との琉球新報の指摘にある。
 また、「個人の人格形成にとって重大で、個人の尊厳に関わる『人生被害』」との判決での指摘は、国が「患者家族が大多数の国民から偏見や差別を受ける社会構造をつくった」(沖縄タイムス)ことから起こったものであること示した。まさしく、憲法13条が保障する社会で平穏に生活する権利(人格権)や24条が保障する婚姻の自由が侵害されたのである。
確かに、今回の判決を受けて、次のことが言える。


(1)判決を真剣に受け止め、国は家族に謝罪し、家族の名誉回復と救済を早急に行うこと。
(2)国は控訴をしないこと。
(3)現在のハンセン病問題基本法を、家族も被害者だったと明記し、改正すること。
(4)国は、ハンセン病についての正しい知識を普及啓発すること。
(5)私たち一人一人が、ハンセン病に抱く偏見から解放されなければならないこと。
(6)旧優生保護法下の強制不妊手術を巡る国家賠償請求訴訟も同様に捉えなければならないこと。


そして、この判決で、何よりも受け止めなくてはならないのは、「偏見と差別のない社会を実現するため一人一人が『わが事』として向き合わなければならない。」(沖縄タイムス)、ということである。




by asyagi-df-2014 | 2019-07-10 06:24 | ハンセン病 | Comments(0)

「ハンセン病家族訴訟 首相が控訴断念 国の責任認めた判決確定 賠償へ」、と毎日新聞。

 毎日新聞は2019年7月9日、表題について次のように報じた。


(1)安倍晋三首相は9日午前、ハンセン病元患者家族への差別に対する国の責任を認めた熊本地裁判決を受け入れ、控訴を断念する方針を表明した。首相官邸で根本匠厚生労働相、山下貴司法相らと協議後、記者団に「筆舌に尽くしがたい経験をされたご家族のご苦労をこれ以上長引かせるわけにはいかない」と述べた。隔離政策が家族への差別も助長したと認定して初めて家族への賠償を命じた熊本地裁判決が確定する。
(2)熊本地裁判決は、世界保健機関(WHO)が隔離を否定した1960年以降も隔離政策を廃止しなかった厚労相らの義務違反などを認定。「隔離政策以前とは異質な家族への排除意識を生んだ」として、家族への偏見差別を除去する国の責任を認め、541人に1人当たり143万~33万円を支払うよう国に命じた。【杉直樹】




by asyagi-df-2014 | 2019-07-09 09:26 | ハンセン病 | Comments(0)

元ハンセン病患者の家族への賠償を国に命じた熊本地裁判決への国の対応に二つの報道。

 朝日新聞は2019年7月9日、表題について次のように報じた。、


(1)元ハンセン病患者の家族への賠償を国に命じた熊本地裁判決について、政府は控訴して高裁で争う方針を固めた。一方、家族に対する経済的な支援は別途、検討する。政府関係者が8日、明らかにした。国側の責任を広く認めた判決は受け入れられないものの、家族への人権侵害を認め、支援が必要と判断した。
(2)今回の訴訟は、ハンセン病患者に対する国の隔離政策で差別を受けて家族の離散などを強いられたとして、元患者の家族561人が国に損害賠償と謝罪を請求。熊本地裁は先月28日、国の責任を認め、総額3億7675万円の支払いを命じた。元患者家族の被害に対し、国の賠償を命じる司法判断は初めてだった。
(3)一方、母親が患者だった鳥取県の男性が2010年に起こした裁判では、一審の鳥取地裁が民法上の時効が過ぎているとして賠償請求を棄却。一般論として、差別に対して国は賠償責任を負うと判断したものの、18年の広島高裁松江支部の判決では、国の差別解消の法的責任も否定している。
(4)この訴訟は最高裁で係争中。このため、政府内では今回の判決に対して控訴せず確定させることはできないとの意見が強く、控訴期限の12日を前に控訴する方針。一方で、元患者に対する国の隔離政策などの責任を認め、国に賠償を命じる判決が01年に確定していることなどを考慮し、家族に経済的な手当てをするあり方なども検討することとした。安倍晋三首相は3日の日本記者クラブ主催の党首討論会で「患者や家族のみなさんは人権が侵害され、大変つらい思いをしてきた。我々としては本当に責任を感じなければならない」と語っている。
(5)今回の熊本地裁判決は、家族が訴えた被害は隔離政策が生じさせたと認め、「大多数の国民らによる偏見・差別を受ける社会構造をつくり、差別被害を発生させ、家族関係の形成を阻害した」と指摘。実際に差別体験があったと認められない原告も、結婚や就職で差別されることへの恐怖や心理的負担があり、共通の被害を受けたとした。


 一方、沖縄タイムスは同日、「ハンセン病家族訴訟、控訴せず 国の賠償確定へ」、と表題について、「ハンセン病患者の隔離政策で、本人だけでなく家族も差別を受けたことを認め、国に対して元患者の家族541人に計約3億7600万円の損害賠償を命じた熊本地裁判決について、国が控訴を見送る方針を固めたことが9日、分かった。政府関係者が明らかにした。安倍晋三首相の政治判断があったとみられる。控訴期限を12日に控えていた。」共同通院記事を報じた。



by asyagi-df-2014 | 2019-07-09 08:17 | ハンセン病 | Comments(0)

ハンセン病家族訴訟で、国の責任認める初の判決。(5)

 毎日新聞は2019年6月28日、ハンセン病家族訴訟について、「約90年に及んだハンセン病患者への隔離政策により家族も深刻な差別を受けたとして、元患者家族561人が、国に1人当たり550万円の損害賠償と謝罪を求めた集団訴訟の判決で、熊本地裁は28日、国の責任を認め、原告541人に対し、1人当たり33万~110万円(総額3億7675万円)を支払うよう命じた。元患者の家族による集団訴訟の判決は初めて。」、と報じた。
 このことに関して、日本弁護士連合会は2019年7月1日、ハンセン病家族訴訟判決に関する会長声明を公表した。
この声明は、次のものである。


(1)本年6月28日、熊本地方裁判所において、500名を超えるハンセン病病歴者の家族らが国を被告として提起していた国家賠償請求訴訟の判決が下された。
(2)本判決は、国による「らい予防法」に基づくハンセン病隔離政策により、ハンセン病病歴者の家族らも、憲法13条が保障する社会内で平穏に生活する権利(人格権)などが侵害されたとして、国家賠償法上の違法性を認めた。
(3)国が90年の長きに渡り遂行してきたハンセン病隔離政策は、ハンセン病に対する社会の差別偏見を形成・維持し、強固にし続けてきた。その中で、ハンセン病病歴者とその家族らは、家族関係を破壊され、また、社会生活上のあらゆる場面で深刻な差別偏見により人生そのものに重大な被害を受け、人格と尊厳が冒されてきた。
(4)2001年の熊本地裁違憲判決は、ハンセン病病歴者が国による隔離政策の被害者であると認め、本判決では、その家族らについても、隔離政策の被害者であることを正面から認め、家族らが受けた差別偏見による人権侵害の責任は国が負うことを明らかにしたものであり、当連合会も本判決を重く受け止める。
(5)ハンセン病病歴者の家族らが、国による憲法違反の隔離政策によって、長年にわたり、社会の中で激しい差別偏見を受け続け、家族関係の形成が阻害されてきたという人権侵害の重大性からすれば、一刻も早く家族らの被害回復を図るため、国は控訴を断念すべきであり、その上で、ハンセン病病歴者の家族らに対して、法的責任を認めて直ちに謝罪した上、名誉回復、損害賠償・経済的支援、差別偏見除去・家族関係回復のための啓発活動等の政策を早急に策定し、強力にこれを実行すべきである。
(6)当連合会も、ハンセン病病歴者の家族らの差別問題に正面から取り組んでこなかったことに対する責任を自覚して、ハンセン病病歴者の家族らに対する被害回復、差別偏見除去等の人権救済活動に全力で取り組み、ハンセン病問題の全面解決に向けて、今後も一層の努力をしていくことを改めて決意し、表明するものである。


 この「声明」で、今回の判決の意味を確認する。


Ⅰ.国による「らい予防法」に基づくハンセン病隔離政策によって、ハンセン病病歴者の家族は、憲法13条が保障する社会内で平穏に生活する権利(人格権)などを侵害されたこと。
Ⅱ.国は、国家賠償法上の違法な行為を行ってきたこと。
Ⅲ.国の病隔離政策は、ハンセン病に対する社会の差別偏見を形成・維持し、強固にし続けてきたこと。
Ⅳ.ハンセン病病歴者とその家族らは、①家族関係の破壊、②社会生活上のあらゆる場面での深刻な差別偏見を受けてきたこと。
Ⅴ.ハンセン病病歴者とその家族らは、そのことにより、人格と尊厳が冒され、人生そのものに重大な被害を被ってきたこと。
Ⅵ.こうした人権侵害の重大性から、一刻も早く家族らの被害回復が図らなけねばならないこと。
Ⅶ.国は控訴を断念しなけねればならないこと。また、ハンセン病病歴者の家族らに対して、法的責任を認めて直ちに謝罪しなけねばならないこと。さらに、名誉回復、損害賠償・経済的支援、差別偏見除去・家族関係回復のための啓発活動等の政策を早急に策定し、強力にこれを実行しなければならないこと。




by asyagi-df-2014 | 2019-07-07 06:46 | ハンセン病 | Comments(0)

ハンセン病家族訴訟で、国の責任認める初の判決。(1)

「裁判官は初めて聞かれる話ばかりだったかもしれないが、懸命に聞いておられた。ぜひ素直に受け止めてほしい」(朝日新聞)との原告の声に、裁判所はどのように立ち向かうことができたのか。


 毎日新聞は2019年6月28日、ハンセン病家族訴訟について次のように報じた。


(1)約90年に及んだハンセン病患者への隔離政策により家族も深刻な差別を受けたとして、元患者家族561人が、国に1人当たり550万円の損害賠償と謝罪を求めた集団訴訟の判決で、熊本地裁は28日、国の責任を認め、原告541人に対し、1人当たり33万~110万円(総額3億7675万円)を支払うよう命じた。元患者の家族による集団訴訟の判決は初めて。
ハンセン病を巡る主な経緯
(2)遠藤浩太郎裁判長(佐藤道恵裁判長代読)は「隔離政策により、家族が国民から差別を受ける一種の社会構造を形成し、差別被害を発生させた。家族間の交流を阻み、家族関係の形成も阻害させた。原告らは人格形成に必要な最低限度の社会生活を喪失した」と指摘した。
(3)2001年の同地裁判決は隔離政策を違憲とし、元患者への国の賠償責任を認定。国は控訴を断念して元患者に謝罪し補償や生活支援を講じたが、家族は救済対象から外された。今回の裁判では隔離政策が生んだ偏見や差別について、家族に対しても国の責任を問えるかどうかが最大の争点だった。
(4)原告は16年2月にまず59人が提訴し、追加提訴を経て561人に拡大。居住地は北海道から沖縄まで全国に及び、年齢も20~90代と幅広いが、差別被害を恐れて大半は匿名で裁判に加わった。原告一人一人は、学校でのいじめや患者の家族であることを理由とした離婚、地域社会からの排除など異なる差別被害を受けてきた。そのため、裁判で家族側は、さまざまな場面で差別される立場に置かれたことが患者家族共通の被害と主張。国は隔離政策によって原因を作ったのに、現在まで謝罪や被害回復の責任を怠り、違法だと訴えた。
(5)一方、国は「ハンセン病を巡る差別は隔離政策以前からあった」と指摘。隔離対象ではなかった家族に対しては直接的に偏見や差別を作り出したとも言えず、国は法的責任を負わないとして請求棄却を求めていた。
【清水晃平】


 また、判決が出される前に、朝日新聞は2019年6月28日、「いじめ激化『冬の池に落とされた』ハンセン病家族の苦悩」「『くされの子』と呼ばれ ハンセン病訴訟の原告団長語る」、とハンセン病家族の苦悩を伝えた。
この報告を肝に銘じて見つめる。


(1)元ハンセン病患者の家族が国に損害賠償を求めた訴訟の判決が28日、熊本地裁で言い渡される。患者を隔離した国の政策は、残された家族にも差別や偏見、家族関係の断絶をもたらした。原告を訪ね、聞いた。
(2)どすの子――。
(3)ある日を境に、同級生にそう呼ばれるようになった。クラスの席替えの時、1人だけ同じ机を使わされた。「同じ物を使いたくない」「うつる」と言われた。東北地方で暮らす50代男性の小学校時代の様子だ。「どす」は、ハンセン病患者の蔑称。男性の父がハンセン病療養所にいることに、同級生の一人が気付いたのがきっかけだった。男性が1歳の頃、父は療養所に入っていた。
(4)いじめはエスカレートした。ランドセルを隠され、真冬の氷が張った池に突き落とされた。修学旅行先では一人、押し入れで寝た。運動会では地域の人の輪から離れ、母とふたりで弁当を広げた。地域でものけ者にされ、祭りや子供会の行事に呼ばれなかった。いじめは中学3年まで続いた。
(5)2017年11月に父は亡くなった。いまわの際に男性は言葉の一つもかけられなかった。わだかまりがあったのかもしれない。「父は自分以上に差別に苦しんだはずなのに」。悔いが残った。それでも男性は今も、飲み会の席などで家族の話題に立ち入らない。自分に問い返されると困るからだ。「子や孫には、自分のような思いをさせたくない」と、元患者の家族が国に賠償を求めたハンセン病家族訴訟に加わったが、実名は明かしていない。裁判を支援してくれている妻も公表には反対した。「どんな影響が降りかかるかわからないから」。原告の561人のうち、実名公表はわずか数人にとどまる。
(6)国は裁判で「隔離政策の対象は患者本人」と主張し、責任を否定している。男性は言う。「金じゃない。国から誠意のある言葉がほしい」


(1)フロントガラス越しにその顔が見えた瞬間、反射的に顔を背ける自分がいた。大学を出た後、東京で暮らしていた30代の女性が、地元の沖縄に戻った3年前。街ですれ違ったその車に乗っていたのは、幼い頃に仲良しだった女の子の母親だった。「もう、うちに来ないで」。25年前に言われた言葉が、耳の奥にこびりついている。近所の少年も急に態度を変えて「ばい菌、近寄るな」。姉は少年から小便までかけられた。少年の家族は今も実家から見える所に住む。その庭に人影が見えると女性は外出をためらう。何を言われるかわからず、今も怖い。
(2)幼い頃の経験が、70代の母と関係があると知ったのは、近年のことだ。母は12歳で本島にあるハンセン病療養所、沖縄愛楽園に入った。進学をめざして本土へ渡り、長島愛生園(岡山県)にあった全国の療養所で唯一の高校へ進んだ。結婚して沖縄に戻った後、母の過去を知る人が近所に引っ越してきた。ある日、そこで事件が起きた。
(3)「らい、らい、らい~」。その人は、かつてハンセン病を指した言葉に拍子をつけ、家の2階ベランダで大声で歌った。母の病歴は近所に知れ渡った。母は子に何も語らず、しばしば愛楽園へ連れていった。「ママの友達がたくさんいる所」と思っていた女性がハンセン病という言葉を知り、母は患者だったのでは、と思い始めたのは中学に入る頃だ。しかし、母親は昔話をしても青年時代のことははぐらかしてばかりだった。立ち入ってはいけないことと思い、聞けなかった。
(4)16年の早春。母から電話で、唐突に家族訴訟への参加を切り出された。提訴の約1カ月前だった。いつもの母と違い、用件だけ言うと電話は切れた。母と一緒に那覇市で弁護士の聞き取りを受け、初めて母から病歴を聞いた。その経験を「墓場まで持っていきなさい」と亡き祖母に言われたことも。「偏見や差別に負けず、はねのける力をつけてほしい」。そう我が子に望む気持ちも。30年越しに告白した母は、泣いていた。女性も泣いた。
(5)女性は、きょうだいと共に原告になった。だが、そのことを、身近な人には伝えていない。きょうだいの伴侶や親族も知らない。差別と偏見の根深さを感じているためだ。「この裁判が、次の世代に偏見を引き継がないための教育や政策につながってほしい」


(1)都内に住む原告女性(67)は今月下旬、JR上野駅を訪れた。25歳の頃、北関東の街から列車で来た母と16年ぶりに再会した場所だ。あの日を思い起こした。
(2)年の瀬だった。駅前のアメヤ横丁で一緒に正月用の買い物をした。それ以外の記憶がない。「母という実感がなかった。自分を『見捨てた人』ですから」。女性が7歳だった1959年、父は東北地方のハンセン病療養所へ入った。母と自分、妹が残された。「お父さんは出稼ぎに行った」と聞かされた。しばらくして、知らないおじさんが家にいるようになった。幼心に、それは誰にも言ってはいけないことだと考えた。ある朝、ふらりと父が帰ってきた。おじさんは家の中にいる。「大変なことになる」と思う半面、うれしさもあった。これでおじさんはいなくなると思った。しばらくして両親は離婚。妹は母に、女性は父方の伯父の家に引き取られた。
(3)伯父家族との暮らしに不自由はなかったが、気兼ねがあった。夏休みに一人で汽車を乗り継ぎ、4時間余りかけて父のいる療養所へ遊びに行った。そこがどんな場所で、父がなぜそこにいるのかは誰も教えてくれない。でも、父には心から甘えられた。周りの人たちもかわいがってくれた。中学生になった頃、療養所でハンセン病を指す当時の言葉「らい」を耳にし、辞書を引いた。疑問が解けた気がした。
(4)父からこんな話も聞いた。療養所を訪ねた母が、突然、まだ幼かった自分と妹を置いて駆けだした。驚いた父が後を追い、引き留めたという。幼子を抱え、夫のいない暮らし。世間からの偏見。母も苦しんでいたのかもしれない。ただ、母と自分をかすかにつないでいたものが、ぷつりと切れた気がした。
(5)上野での再会は、女性の結婚後、母から連絡があったのがきっかけだった。それ以来、会ったのは5回もない。妹とも疎遠だ。夫はハンセン病を理解し、療養所の父にも会いに行ってくれた。だが、九州に住む夫の親族には伝えていない。どう思われるだろうかと恐れる。家族以外には父の病歴を隠してきた。「そんな病気です。いまだに」。裁判の先に社会がどう変わるのかを見つめている。
     

(1)この世に生を受けたのは偶然だった。
(2)沖縄県の女性(60)の母は旧優生保護法の下、ハンセン病療養所で堕胎の注射を打たれた。それが効かず、女性は生まれた。
(3)10年ほど前、元患者の証言集で父の文章を読み、事実を知った。両親がそんな話をしたことはなかった。
(4)1歳で親戚の元へ預けられた。「クンキャヌファ」(方言で「ハンセン病の子」)と呼ばれ、近所の子に石を投げつけられた。一番嫌だったのは「汚いものを見るような」大人たちの目つき。親戚の家でも、風邪をひいた時に「あっちへ行って吐け」と言われ、「母ちゃん」と泣きながら吐いた。学校で仲良くなった友達も、両親の病を知ると離れていった。「なぜこんなつらい思いをしないといけないのか」。親を疎ましくさえ思ったこともある。
(5)小学3年の頃、両親と一緒に暮らせるようになったが、親にどう甘えたらいいのか分からなかった。本音で話せない。悲しませたくなくて、いじめられたことも言えなかった。
(6)母は「目立つようなことは控えなさい」と言って、時に厳しい態度も見せた。今は、女性が差別を受けないようにするためだったと感じる。親の愛情がわかってきた。それでもまだ、女性の子どもの頃の生活や、親戚のことで聞けないことも多い。
(7)原告になったのは、父から訴訟の話を聞いたのがきっかけだった。背中を押したのは、療養所で堕胎された子どもたちの存在。ガラス瓶の中でホルマリン漬けにされていた。「私も生きられなかったかもしれない。自分一人の問題ではない」。声を上げられなかった命の分も、知られていない家族の被害を訴えなければ。国に誤った政策の責任を取ってほしい――。
(8)提訴後、他の原告の人が家族の病歴を理由に離婚されたと知った。「理解していると言う人も、自分の子が元患者の子と結婚するとしたら反対するのでは。国の政策でハンセン病への恐怖心が刷り込まれている」。裁判の当事者であることに不安もある。そんな社会の意識を訴訟で変えられるかどうかは、わからない。「いじめや差別、偏見はなくならないかもしれない。それでも、差別や偏見をなくす努力はしていくべきではないでしょうか」。そう確信している。(一條優太、田中久稔)


(1)林さんは大村市で生まれた。昭和初めの不況で父が事業に失敗し、幼少期に福岡市に移ったが、生活は苦しいままだった。父がアイスや牛のホルモンを売り歩いた記憶が残っている。
(2)林さんが小学校低学年のころ、父の体に異変が起きた。手が内側に湾曲し、汗が出なくなって暑がるようになった。ちょっとした傷口もなかなか治らない。「くされの子」と呼ばれると、林さんは相手を必死で追いかけた。
(3)1937年夏、父は鹿児島県鹿屋市の国立療養所星塚敬愛園に入所した。家を出る際、「おまえも見送らんのか」と3回呼びかけられた。でも、林さんは泣きそうでトイレにいた。たまらなく飛び出し、外で父の背中に呼びかけたが、父は振り向かなかった。「おそらく泣いていたのでしょう」。しばらくして家に突然、消毒車が来た。黒長靴の数人の男が無言のまま上がり込むと、家中に薬をまいた。「近所の家の中からこちらを見ている光景を今でも覚えています」。学校では「お前の近くに寄れん」の大合唱が待っていた。
(4)林さんは小学校の教師になると、同僚の女性に恋をした。手をつなぎ、電車まで見送った。しかし、ある日、職場で目も合わせてくれなくなった。父のことを聞きに人が訪ねてきたと後で耳にした。「その女性も、ハンセン病に対する社会の認識の過ちの中にいただけなのだと思います」。
(5)転機は、被差別部落問題との出会いだった。被差別地区に入ると、文字が読めない人が多いことに改めて驚き、識字運動を始めた。心が揺さぶられたのは、部落解放運動の原点、水平社宣言の一節だった。《吾々(われわれ)がエタである事を誇り得る時が来た》。なぜ父を隠し続けるのか。自分の中の差別意識と向き合った。
(6)林さんは1974年、ハンセン病元患者の息子であることを著書で公表した。父は約10年前に亡くなっていた。「差別は論理と感性の問題がある。他人事として話が分かっても、問題が自分に接近したとき、気持ちが動かなくなるんです」。
(7)訴訟の原告のほとんどは匿名で、いまも立場を公にすることをためらう現状がある。林さんは「私は公務員で、その後も大学で身分を保障されたから言えた。そうでなければ言えなかったかもしれない」と話す。まだ、ハンセン病問題への社会の理解は不十分だ。林さんは提訴以降、反響の少なさを気にかけつつ、判決に期待を寄せる。「裁判官は初めて聞かれる話ばかりだったかもしれないが、懸命に聞いておられた。ぜひ素直に受け止めてほしい」


※〈ハンセン病家族訴訟〉-「朝日」
 患者への国の誤った隔離政策で差別や偏見を受け、家族離散を強いられたとして、全国各地の元患者の家族が国に1人当たり550万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求めた集団訴訟。2016年2~3月、計568人が熊本地裁に提訴した。7人が訴えを取り下げるなどし、判決の対象は561人となる。
 原告側は、らい予防法(1996年廃止)に基づく隔離政策の推進で元患者だけでなく家族への差別や偏見も生じ、いじめを受けたり、離婚されたりするなど不利益を被ったと主張。家族関係の形成も阻害されたと訴える。国側は「隔離政策の対象は患者本人」と責任を否定。時効により損害賠償請求権が消滅したとも主張している。
 元患者を巡っては、熊本地裁が01年、特効薬の存在が確認されるなどして遅くとも60年以降の隔離政策の必要性は失われていたとする判決を出し、国が控訴を断念して確定した。国は元患者に謝罪し、1人あたり最大1400万円の一時金を支給することで原告側と合意したが、家族に対する補償などはなかった。


※ハンセン病と訴訟をめぐる主な経緯-「朝日」
1907年 法律「癩(らい)予防ニ関スル件」制定
  29年 無らい県運動の開始
  31年 「癩予防法」制定
  53年 「らい予防法」制定
  96年 らい予防法廃止
  98年 元患者が国に損害賠償を求めて熊本地裁に提訴
2001年 熊本地裁が国に賠償を命令、国は控訴断念。元患者に補償金を支払う「ハン      セン病補償法」成立
  09年 「ハンセン病問題基本法」施行
  16年 ハンセン病元患者の家族が熊本地裁に提訴


 やはり、ここでもまた、被害者側に、「国は裁判で『隔離政策の対象は患者本人』と主張し、責任を否定している。男性は言う。『金じゃない。国から誠意のある言葉がほしい』」(「朝日」)、と言わせるのが、日本という国の人権の実態。
何度でも、この証言に立ち返ろう。
 「理解していると言う人も、自分の子が元患者の子と結婚するとしたら反対するのでは。『国の政策でハンセン病への恐怖心が刷り込まれている』。裁判の当事者であることに不安もある。そんな社会の意識を訴訟で変えられるかどうかは、わからない。『いじめや差別、偏見はなくならないかもしれない。それでも、差別や偏見をなくす努力はしていくべきではないでしょうか』」。そう確信している。」



by asyagi-df-2014 | 2019-06-29 06:40 | ハンセン病 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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