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原発控訴審で審議を尽くせ。

 2019年10月6日付けの朝日新聞(以下、「朝日」)の社説は、「福島第一原発の事故をめぐり東京電力の旧経営陣3人が強制起訴された裁判で、検察官役の指定弁護士が控訴した。」、と始められる。
「原発事故控訴 疑問に応える審理を」と主張する「朝日」の論調は次のもの。まずは、東京地裁の無罪判決について。


(1)無罪を宣告された者を被告の立場におき続けることの是非については、かねて議論がある。だが、東京地裁の無罪判決には承服しがたい点が多々見受けられ、指定弁護士が高裁の判断を求めたのは理解できる。
(2)例えば、判決は「事故を防ぐには原発の運転を停止しておくしかなかった」と断じている。指定弁護士は、防潮堤の設置や施設の浸水防止工事、高台移転などの方策にも触れ、その実現可能性について証人調べも行われた。しかし判決は、詳細に検討することなく退けた。
(3)結果として、社会生活にも重大な影響が及び、きわめてハードルの高い「運転停止」にまで踏み込む義務が元幹部らにあったか否かが、判決を左右することになった。被災者や複数の学者が疑問を呈し、「裁判所が勝手に土俵を変えた」との批判が出たのはもっともだ。


 また、「原発の安全性に関する判断にも首をかしげざるを得ない。」、と続ける。


(1)判決は、国の防災機関が02年に公表した「三陸沖から房総沖のどこでも、30年以内に20%程度の確率で巨大地震が起こりうる」との見解(長期評価)の信頼性を否定した。根拠として、一部に異論があったこと、電力会社や政府の規制当局が事故対策にこの見解をとり入れていなかったことなどを挙げた。
(2)一体となって原発を推進した国・業界の不作為や怠慢を追認し、それを理由に、専門家らが議論を重ねてまとめた知見を否定したものだ。さらに判決は、当時の法令は原発の「絶対的安全性の確保」までは求めていなかったとも述べた。


 「朝日」は、最後に、「万が一にも事故が起こらぬように対策を講じていたのではなかったのか。巨大隕石(いんせき)の衝突まで想定せよという話ではない。実際、この長期評価をうけて、東電の現場担当者は津波対策を検討して経営陣にも報告し、同じ太平洋岸に原発をもつ日本原電は施設を改修している。こうした事実を、地裁は適切に評価したといえるだろうか。」、と批判した上で、「指定弁護士が高裁の判断を求めたのは理解できる。」とした根拠について、次のように断じる。


「組織や人が複雑に絡む事故で個人の刑事責任を問うのは容易ではない。有罪立証の壁の厚さは織り込み済みだったが、問題は結論に至る道筋と理屈だ。政府や国会の事故調査ではわからなかった多くの事実が、公判を通じて明らかになった。判決には、それらの一つ一つに丁寧に向きあい、事故との関連の有無や程度を人々に届く言葉で説明することが期待されたが、それだけの内容を備えたものになっていない。高裁でのレビューが必要なゆえんである。」


 確かに、原発控訴審で審議を尽くせ、ということになる。




by asyagi-df-2014 | 2019-10-19 06:20 | 書くことから-原発 | Comments(0)

関電よ。「3.11」とはあなた達にとって何だったのか。(5)

「安全神話」を振りかざし、人びとを脅しつけてきた輩の姿は、残念なことにこんなもんだったということ。それも、ことは、東日本大震災が起きた2011年以降の7年間というのだから、本当に耐えられない。
 しかし、「3.11」の意味をきちんと振り返る必要がある。


 朝日新聞(以下、「朝日」)は2019年10月3日、「関電金品受領 原発は『聖域』なのか」、とこの事件について論評した。
「原発は『聖域』なのか」、と問う「朝日」の批判は次のものである。
まずは、関電が、公表を拒否した「社内調査報告書」について。


(1)関西電力がきのう、高浜原発がある福井県高浜町の元助役(故人)から首脳らが金品を受け取っていた問題で2度目の会見を開き、公表を拒んできた社内調査報告書を開示した。現金のほか商品券や仕立券付きスーツ生地、金貨、米ドル……。一度に1千万円の現金授受をはじめ、総額が1億円を超えた役員が2人。関電が「20人で3・2億円」としていた受領の中身を知り、その非常識ぶりに改めてあぜんとする。
(2)さらに、地元の有力者だったという元助役と関電、とりわけ原子力事業本部との異様な関係と、直面する問題に当事者として向き合おうとしなかった企業統治の不在もあらわになった。
(3)報告書によると、関電が原発増設などで協力を仰いできた元助役は、金品を受け取らないと厳しく叱責することが多々あった。機嫌を損ねては原発事業に影響しかねないとの心配から受け取り、「返却の機会をうかがいながら個人として保管していた」とするが、理解しがたい。


 とくに、今回誰もが疑問に思う「返却の機会をうかがいながら個人として保管していた」、との回答について次のように指摘する。


(1)金品を受け取っていたのは原子力事業本部の幹部が大半で、授受は同本部で引き継がれていた。一部からは金品を会社で管理できないかと相談があったが、本部の責任者は個人で対処するよう回答。調査に対して「会社として対応すると会社全体の問題になってしまう」との声もあったという。
(2)関電は1年前に報告書をまとめ、岩根茂樹社長と八木誠会長が報酬を一部返上するなど社内処分もしたが、一連の対応を非公表としたばかりか取締役会に報告しなかった。社内の役員で情報は共有したとするが、かねて閉鎖性を指摘されてきた原発事業の実態にがくぜんとする。
(3)八木氏や原子力事業本部の幹部らは金品を受領したまま昇進を重ね、岩根氏も社長就任祝いで受け取った。報告書は「前例踏襲主義」を批判したが、経営の根幹にかかわる事態である。
(4)関電は、社外の弁護士らだけからなる調査委員会を新設し、調査の対象や時期を拡大して調べ直すと発表した。
(5)元助役は、関電の工事を受注し、関電に流れた資金を用意した地元の土木建築会社をはじめ、原発事業にかかわる複数の会社で要職に就き、関電の子会社でも顧問として報酬を受け取っていた。関電は元助役に対し、地元で発注予定の工事の概算額や時期の見通しを伝えていた。社内報告書は「実際の発注に影響はなかった」とするが、元助役や土木建築会社からの聞き取りはしておらず、新委員会での検証が欠かせない。


 結局、「朝日」の結論は、「岩根、八木両氏は引責辞任を否定する。しかし、責任は明白である。」、と断じる。


 「3.11」が示した安全神話の崩壊は、実は、虚妄の神話を維持していくための「構造的虚構」の犯罪性をも明らかにしている。




by asyagi-df-2014 | 2019-10-09 07:01 | 書くことから-原発 | Comments(0)

関電よ。「3.11」とはあなた達にとって何だったのか。(3)

「安全神話」を振りかざし、人びとを脅しつけてきた輩の姿は、残念なことにこんなもんだったということ。それも、ことは、東日本大震災が起きた2011年以降の7年間というのだから、本当に耐えられない。

 関電は、どういうことを行ってきたのか。
朝日新聞(以下、「朝日」)は2019年9月27日、「関電20人に金品3.2億円 岩根社長『一時的に保管』」「『関電、モラルの感覚失っている』 金品授受に厳しい声」、と伝えた。
どう考えても、許される問題ではない。
 こういう時に、各新聞社が、このことについてどれぐらい言及できるのかが問われているとも言える。
 今回取りあげた新聞社は8社である。その社説の見出しは次のもの。


・東京新聞社説-関電不正 原発マネーの闇を暴け
・信濃毎日新聞社説-関電幹部へ資金 原発巡る闇 徹底解明を
・新潟日報社説-関電金品授受 またも原発マネーの闇か
・神戸新聞社説-関電役員に金品/原発マネーの闇を許すな
・高知新聞社説-【原発マネー】闇の解明へ徹底調査を
・読売新聞社説-関電の金品授受 原発事業への不信を招くな
・朝日新聞社説-関電金品受領 経営陣は責任を免れぬ
・日本経済新聞社社説-関西電力に原発事業担う資格はあるか


 どう考えても、普通は、「原始マネーの闇」の追求か「徹底的解明」の追求が結論にならざるを得ないと思えるのだが、読売新聞(以下、「読売」)と日本経済新聞(以下、「日経」)は、現状路線肯定の上に主張を展開している。
 それは、「日経」で言えば「原発を担う資格があるのかどうか疑問である。」との表現であり、「読売」で言えば「原発は安定的に発電できる基幹電源」「原発事業に対する不信を招きかねない愚行」との表現である。
最初に、この二社の主張を取りあげる。それぞれの主張を区分してみた。


1.今回の事件をどのように把握しているのか。

(日経)
(1)原子力発電所の立地・運営や、原発に関する行政への信頼を大きく損なう事実が発覚した。関西電力の八木誠会長や岩根茂樹社長ら20人が、高浜原発がある福井県高浜町の元助役(故人)から多額の金品を受け取っていた。儀礼的なもの以外はすでに返却したというが、総額は計3億2千万円相当にのぼる。
(2)電力会社と地元の癒着という、前世紀の悪弊を思わすような行いに驚きと失望を禁じ得ない。
(3)しかも金品のやり取りがあったのは、東日本大震災で福島第1原発が事故を起こした2011年から18年にかけてだという。事業者や国が被害対応や信頼回復に努めていたまさにその時期に、である。関電経営者らの行いは原発事故の被害者や立地住民の不信を増幅させ、信頼回復に汗をかく関係者の取り組みに泥を塗るものといっていい。
(4)金品を渡した側の元助役は地元の有力者であり、記者会見で岩根社長は「関係悪化を恐れて返せなかった」などと説明した。受け取った役員らの社内処分はすでに行ったというが、詳細は明らかにせず、自身の辞任も否定した。


(「読売」)
(1)原発事業に対する不信を招きかねない愚行である。経営陣は猛省しなければならない。
(2)関西電力の八木誠会長や岩根茂樹社長を含む幹部ら20人が、高浜原子力発電所が立地する福井県高浜町の元助役から、3億2000万円相当の金品を受け取っていた。元助役は町の有力者で、高浜原発の工事を請け負っていた町内の建設会社から、手数料名目で約3億円を提供されていたという。岩根社長は、金品授受が工事発注の見返りではない、と釈明しつつ、「元助役との関係が悪化した場合、原子力の事業運営に悪影響が出るのではないかと思い、なかなか返せなかった」と語った。不透明な癒着を疑われても仕方がないのではないか。
(3)菅原経済産業相が、記者会見で「立地地域の信頼に関わる。極めて重要な事案で厳正に処する」と語ったのはもっともである。
(4)原発は安定的に発電できる基幹電源である。社会に対して重要な事業を担っている以上、電力会社の経営陣が、襟を正さなければならないのは当然のことだ。原発の運転には地元自治体や住民の理解が欠かせない。だからこそ経営陣には、透明性の高い、節度あるつき合いが求められる。


2.今後どのようにあるべきと考えているのか。
(日経)
(1)関電のガバナンス(企業統治)、コンプライアンス、説明責任のすべてが問われる事態である。原発は公正性や透明性がもっとも求められる事業の一つだ。関電が今回の問題を、この程度の対応でやり過ごせると思っているのだとすれば、原発を担う資格があるのかどうか疑問である。徹底した社内調査と情報の公開が必要だ。
(2)元助役は在職中から関電と深い付き合いがあり、退職後も影響力を持っていたとされる。元助役からの金品の提供は、原発関連工事を担う地元建設会社からの資金がもとになったとみられている。原発関連の工事が立地地域にもたらす恩恵は大きい。交付金や補助金など、国から様々な支援も受ける。立地自治体にとって、こうした支援や税収が有力な財源になっているのも事実だ。
(3)今回の問題の根底に、関電と立地地域との間の、長年にわたるなれ合いの構図はなかったか。さらに高浜以外の原発や、他の電力会社で同じような問題は起きていないか。行政や税務当局は厳しくチェックすべきであろう。
(4)国は安全を確認できた原発については再稼働を進める方針だ。安全性に加え、事業者に対する信頼がなければ成り立たない。


(「読売」)
(1)金品の授受は、少なくとも2011年から昨年まで続いた。中元や歳暮、就任祝いといった名目で、現金やスーツの仕立券を手渡しされた。安易に受け取っていたのは、あまりにも認識が甘すぎる。
(2)関電は、金沢国税局から指摘を受けて社内調査を行い、会長や社長らの報酬返上などの処分を行った。これまでに「儀礼の範囲内のもの以外は返却した」というが、それで済む話ではあるまい。
(3)関電の社内規定には、金品を受け取った場合、会社に報告する義務はなかった。コンプライアンス体制がきちんと整備されていなかったことが、規範意識の低下につながった側面もあるだろう。再発を防止するためには、経営陣をはじめとする全社的な意識改革が急務である。
(4)1970年に大手電力会社として初めて原発を稼働させた関電は福井県内に美浜、高浜、大飯の3原発を保有する。東日本大震災後の新規制基準に適合した高浜3、4号機は再稼働済みで、1、2号機では再稼働に向けた安全対策工事が続く。
(5)今後の再稼働を円滑に進めていくためにも、関電は今回の事態を重く受けとめ、信頼の回復に努める必要がある。


 この二社が現状路線肯定の主張であるとはいえ、「徹底した社内調査と情報の公開が必要」「今回の問題の根底に、関電と立地地域との間の、長年にわたるなれ合いの構図はなかったか。さらに高浜以外の原発や、他の電力会社で同じような問題は起きていないか。行政や税務当局は厳しくチェックすべきであろう」(「日経」)と「今後の再稼働を円滑に進めていくためにも、関電は今回の事態を重く受けとめ、信頼の回復に努める必要」(「読売」)との間には、大きな格差がある。
 この二社の格差は、ジャーナリズムの規範の受け止め方の違いとして生じてきているのではなかろうか。


 一方、今回の事件をより重く受け止めた新聞社側の主張をみてみる。ここでは、東京新聞(以下、「東京」)と信濃毎日新聞(以下、「信毎」)を取りあげる。
「東京」は「原発マネーの闇」、「信毎」は「原発めぐる闇」、とそれぞれの社説で、「暴け」「徹底解明」と社説で主張した。
まず、「東京」は、この「言語道断」事件の何が問題なのかを明らかにする。


(1)原発の立地対策にと、電力会社が地元に流した資金が、当の電力会社のトップのもとへ還流されていたという。本はといえば電気料金か。にわかには、信じ難い事件である。原発マネーの闇は深い。
(2)菅原一秀経済産業相のコメントを待つまでもなく「事実なら言語道断」の事件である。
(3)関西電力の八木誠会長、岩根茂樹社長らが、関電高浜原発が立地する福井県高浜町の元助役(故人)から二〇一八年までの七年間に総額約三億二千万円を受け取っていたことが金沢国税局の税務調査などで明らかになった。関電から高浜町内の建設会社に支払われた原発関連の工事費の一部が、「顔役」と呼ばれる元町助役の仲介で、還流されていたという。元助役には工事受注に絡む多額の手数料が渡っていたとみられている。電力会社から地域に流れた「原発マネー」が、巡り巡って電力会社の経営トップのもとへ-。ならば前代未聞の不祥事だ。
(4)原発を引き受けてくれた自治体には、電源三法交付金など巨額の原発マネーが流れ込み、「ハコモノ」づくりに注ぎ込まれ、多くの利権を生んできた。歳入の大部分を原発マネーに依存してきた自治体では、財政のゆがみのもとにもなってきた。
(5)今回、関電トップに還流されたとみられる資金も、本はといえば、恐らく電気料金だ。
(6)福島の事故以前、発電量の五割以上を原発に依存してきた関電は「原発停止で発電コストがかさむ」と言い、値上げをちらつかせながら「早期再稼働が必要だ」と訴えてきた。


 最後に、「東京」は問題点を明確にするなかで、「地元住民のみならず、電力消費者に対しても重大な背信行為である。」、と断じる。


(1)3・11後、再稼働した原発は計九基。このうち四基が関電の原発だ。今年四月、原子力規制委員会が、期限までにテロ対策を完了できない原発の停止を求める方針を打ち出した。その時も「電気料金を値上げする事態もある」と、幹部が不満を漏らしていた。
(2)経営者個人に還流される資金があれば、電気料金の維持や値下げに回すべきなのだ。
(3)八木会長は三年前まで、原発推進の旗振り役である電気事業連合会の会長だった。原発そのものに対する不信も一層深まった。事態はもはや、社内調査の域にはない。国税、そして検察当局は速やかに摘発のメスを入れ、原発マネーによる底知れぬ汚染の闇を暴くべきである。


 「今回、関電トップに還流されたとみられる資金も、本はといえば、恐らく電気料金だ。」(「東京」)の指摘は、あまりにも重い。

 もう一つの「信毎」は、この事件について、「関西電力の会長や社長ら20人に、関電高浜原発が立地する福井県高浜町の元助役から、総額約3億2千万円の資金が渡っていたことが分かった。金沢国税局の税務調査の結果である。今年3月に死去した元助役は生前の調査に、資金提供を『お世話になっているから』と説明した。元助役には、原発関連工事を請け負う地元の建設会社から約3億円が流れていた。工事受注に絡む手数料という名目だ。電気料金を原資とする工事代金の一部が、関電幹部に還流していた疑いが強い。不自然極まりない資金の流れである。」、と明確にする。
 この上で、次のように指摘する。


(1)関電の岩根茂樹社長は記者会見で、返却を試みても拒絶されたため「一時的に個人の管理下で保管していた」と説明している。資金授受が判明しているのは2017年までの7年間だ。無理に押しつけられて返還できなかったのなら、会社に報告した上で会社が資金を管理し、元助役に返還するのが当然だ。個人的に資金を受領したと考えざるを得ない。
(2)原発は地域や経済に多大な影響を与える。東京電力福島第1原発事故で不信感も根強い。事業は公正に実施しなければならない。
(3)一部の役員らは元助役への税務調査が始まった昨年に返還を始めているものの、責任は免れない。言語道断である。


 さらに、「信毎」は、「解明するべきことは多い。」、と次のように指摘する。


(1)まず資金の流れだ。誰にいつ、いくらの資金が、どういう名目で渡されたのか。資金はどう管理されていたのか。関電は解明して、公表するべきだ。税務調査は時効の関係で過去7年しか調べない。それ以前に資金授受はなかったのか調査する必要もある。
(2)会見では、資金の具体的な流れも、社内処分の内容も詳細に説明しなかった。関電は責任を果たしていない。経済産業省が調査を主導するべきではないか。
(3)次に資金提供と工事発注の関連だ。発注に影響を与えていれば会社法の「会社取締役の収賄罪」に問われる可能性もある。岩根社長は「問題はない」としているものの説得力は乏しい。根拠を明確に示すのが筋だ。
(4)産業が乏しい地方にとって、多額の交付金や固定資産税などが見込める原発誘致は、経済振興に有効だった。ただし、原発に頼るほど地域経済は原発抜きで維持できなくなる側面を否定できない。関電との関係を強める中で今回の不透明な資金の流れが生まれたとしたら、地域と原発の関係も問い直さなくてはならない。


 確かに、この事件の本質は、「資金授受が判明しているのは2017年までの7年間だ。無理に押しつけられて返還できなかったのなら、会社に報告した上で会社が資金を管理し、元助役に返還するのが当然だ。個人的に資金を受領したと考えざるを得ない。」(「新報」)、ということにある。
 これは、まさしく「会社取締役の収賄罪」を含めた犯罪行為である。




by asyagi-df-2014 | 2019-10-08 07:08 | 書くことから-原発 | Comments(0)

関電よ。「3.11」とはあなた達にとって何だったのか。(2)

「安全神話」を振りかざし、人びとを脅しつけてきた輩の姿は、残念なことにこんなもんだったということ。それも、ことは、東日本大震災が起きた2011年以降の7年間というのだから、本当に耐えられない。

 関電は、どういうことを行ってきたのか。
朝日新聞(以下、「朝日」)は2019年9月27日、「関電20人に金品3.2億円 岩根社長『一時的に保管』」「『関電、モラルの感覚失っている』 金品授受に厳しい声」、と伝えた。
このことについて、朝日新聞(以下、「朝日」)は2019年9月28日、「関電金品受領 経営陣は責任を免れぬ」、と社説で論評した。
「朝日」は、この社説を「驚くべき事態である。」、と始める。
「朝日」の指摘は次のもの。


(1)関西電力の岩根茂樹社長や八木誠会長を含む役員と社員計20人が18年までの7年間、同社の高浜原発がある福井県高浜町の元助役から、就任祝いなどとして計3億2千万円の金品を受け取っていた。
(2)発覚のきっかけは、原発工事を受注した土木建築会社への税務調査だった。この会社から元助役へ約3億円が流れ、その一部が関電側にわたっていたことが判明。これを受けて関電が昨年に調査したという。
(3)元助役は原発誘致に大きな役割を果たした人物で、関電も「助言・協力をいただいた」と認める。岩根社長は「返却を強く拒絶され、関係の悪化を恐れて、一時的に個人の管理下で保管していた」などと釈明し、「儀礼の範囲内」の分を除いて既に返却したと説明した。


 当然の「朝日」の結論は、「とうてい納得できない。そもそも、多額の金品を受け取ること自体が失格だ。お金の出所や趣旨をただしつつ受け取らないのが当然の対応である。」、となる。
 また、「朝日」は、「税務調査の結果からは、関電が土木建築会社に支払った工事代金の一部が関電側に還流した構図が浮かび上がる。元をただせば契約者が支払った電気料金だ。経営陣の責任は免れない。」、とも。
 さらに、「会見での説明も、調査自体も、全く不十分だ。」、と指摘は続けられる。


(1)1年余り前に調査結果をまとめながら公表してこなかった。会見では受け取った人数や総額は示したが、社長と会長以外は役職も示さず、受領時の詳しい状況や認識も語らなかった。
(2)税務調査を受けて7年間に限って調べたというが、なぜさらにさかのぼらないのか。調査には社外の弁護士も加わったものの、要は社内調査である。独立した第三者検証組織を設け、高浜原発事業の着手時にさかのぼって徹底的に調べるべきだ。
(3)土木建築会社から元助役への資金提供については、東京電力の福島第一原発事故で原発事業全体が厳しさを増すなか、工事の受注を期待していたのでは、との見方も出ている。そもそも原発をめぐっては、とりまとめ役となる地元有力者と電力会社との不明朗な関係が繰り返し指摘されてきた。そんな癒着の構図を断ち切らねばならない。
(4)関電の八木会長は「個人的なことについては一切答えない」と語ったが、公益企業のトップとしての自覚を欠いた発言というほかない。菅原経済産業相は、事実関係を踏まえて関電に厳正に対処する考えを表明した。当然だろう。


 「朝日」は、一つの結論を出す。
 「関電は、高浜原発3、4号機を再稼働させ、1、2号機でも再稼働に向けて対策を進めている。しかし、問題の全容を解明し、説明するのが先だ。」(「朝日」)、と。


 今回の関電の犯罪行為について、次のことを確認する。


1.犯罪行為である以上、「税務調査の結果からは、関電が土木建築会社に支払った工事代金の一部が関電側に還流した構図が浮かび上がる。元をただせば契約者が支払った電気料金だ。経営陣の責任は免れない。」(「朝日」)、ということ。
2.犯罪行為である以上、「税務調査を受けて7年間に限って調べたというが、なぜさらにさかのぼらないのか。調査には社外の弁護士も加わったものの、要は社内調査である。独立した第三者検証組織を設け、高浜原発事業の着手時にさかのぼって徹底的に調べるべきだ」(「朝日」)、ということ。
3.この犯罪行為の摘発を通して、「原発をめぐっては、とりまとめ役となる地元有力者と電力会社との不明朗な関係が繰り返し指摘されてきた。そんな癒着の構図を断ち切らねばならない。」(「朝日」)、ということ。
4.関電は、高浜原発3、4号機の再稼働及び1、2号機の再稼働に向けて対策を進める状況であるが、この犯罪行為の全容解明と説明が、すべてに優先されること。




by asyagi-df-2014 | 2019-10-07 07:09 | 書くことから-原発 | Comments(0)

日本の司法の醜態。(4)

 東京地裁は2019年9月19日。2011年3月11日の京電力福島第一原発事故をめぐり、旧経営陣3人が業務上過失致死傷罪で強制起訴された裁判で、勝俣恒久・元会長、武黒一郎・元副社長、武藤栄・元副社長の3被告にいずれも無罪の判決を言い渡した。
 さて、この判決をどのように捉えるのか。
 今回は、いつも参考にしている朝日新聞、毎日新聞、信濃毎日新聞、琉球新報の各社説で考える。
 なお、各紙の社説を、1.判決内容批判、2.原子力行政の在り方(国・民間レベル)や刑事裁判の在り方、3.強制起訴裁判の意味、の三点に区分してみた。


1.判決内容批判

(朝日新聞)
(1)腑に落ちない判決だ。2011年の福島第一原発事故をめぐり、東京電力の旧経営陣3人が強制起訴された裁判で、東京地裁は全員に無罪を言い渡した。判決は、事故を防ぐにはあらかじめ原発の運転を停止するしかなかったという前提に立ち、そうしなければならないだけの確かさをもって、津波の襲来を予測できたかを検討した。そして、国の機関が02年に公表した「三陸から房総沖のどこでも巨大地震が起こり得る」との見解(長期評価)を、根拠を欠き、信頼性に疑問があると指摘。原発は社会生活や経済活動を支える重要なインフラであり、旧経営陣に運転を止める義務はなかったと結論づけた。
(2)事故の被災者が国や東電に損害賠償を求めた訴訟では、この長期評価に基づき、「津波は予測できた」との判断が積み重ねられてきた。非常用電源を高台に移転させるなど、簡易な対策を講じていれば事故を防げたとした判決も複数ある。民事裁判に比べて刑事裁判では厳格な立証が求められるとはいえ、あまりの乖離に驚く。未曽有の大災害を引き起こしながら、しかるべき立場にあった者が誰一人として責任を問われない。人々が納得できるだけの説明が尽くされたか、大いに疑問が残る裁判となった。

(毎日新聞)
(1)刑事裁判のハードルの高さを示した判決だった。
(2)判決は、3人が部下からの報告や会議で巨大津波が第1原発を襲う可能性があることを認識していたと認めた。一方で、こうした報告などは根拠に欠け、事故回避に向けて原発の運転を停止する義務を負うほどではなかったと指摘した。
(3)刑事裁判で有罪になれば、身柄を拘束されることもある。そのため、民事裁判よりも厳格な事実認定が求められる。切迫感をもって被害を予見できたのでなければ、過失罪の認定には至らない。そこが判断の分かれ目となった。
(4)問題になった報告は、政府の地震調査研究推進本部が2002年に公表した地震予測の「長期評価」に関するものだ。「福島沖でも巨大津波が起こりうる」という内容だった。判決は、この長期評価そのものの信頼性も否定した。
(5)しかし、この判決により、事故に対する責任がそもそも東電になかったということにはならない。事故の背景について、政府の事故調査委員会は政府や東電に「複合的な問題点があった」と指摘した。国会事故調などは「人災」と判断した。今回の判決でそれがくつがえるわけではない。

(信濃毎日新聞)
(1)事故を防ぐ義務を怠った過失はなかったという判断である。原発事故は住民や国土に多大な影響を与える。判決はこの特殊性をどこまで考慮したのか疑問だ。原発を運用する責任を軽視しているのではないか。
(2)裁判の争点は主に二つだった。事故を予見できたか、被害の発生を防げたか―である。判決はいずれも否定した。
(3)争われたのは、国が2002年に公表した地震予測「長期評価」を基に、東電が得た試算の信頼性だ。原発の敷地を最大15・7メートルの津波が襲うという内容である。旧経営陣は報告を受けていたのに対策を講じなかった。検察官役の指定弁護士は「長期評価は専門家が十分議論して公表したもので信頼できる」と主張。弁護側は「具体的な根拠が示されておらず、信頼性がなかった」と反論していた。指定弁護士が論告で強調したのは「情報収集義務」だ。3人には安全を確保する義務と責任があったのに、報告を受けた後も積極的に情報を集めず、的確な判断をしなかったという指摘である。原発事故が甚大な被害をもたらすことは、チェルノブイリ原発事故などで明白だった。指定弁護士の論理構成は納得できる。
(4)判決は、長期評価は「十分な根拠があったとは言い難い」とし、情報収集義務も「担当部署から上がってくる情報に基づいて判断すればいい状況にあった」と退けた。従来の枠組みで過失責任を判断したといえる。避難者らが国や東電に損害賠償を求めた民事訴訟では、東電は津波を予見できたと判断し、電源の高台移転などの対策を取らなかった過失を認めた判決も出ている。

(琉球新報)
(1)2011年3月に起きた東京電力福島第1原発事故を巡り業務上過失致死傷罪で強制起訴された東京電力の旧経営陣3被告に、東京地裁が無罪の判決を言い渡した。事故回避のために原発を止める義務を課すほどの大津波の予見可能性はなかったと判示した。
(2)避難者が集団で国や東電に損害賠償を求めた民事訴訟では、津波を予見でき事故を回避できたとする判決が多い。刑事裁判では過失立証のハードルが高い。そうだとしても、未曽有の被害をもたらした原発事故で誰も刑事責任を負わないのは納得し難い。
(3)今回の判決は、自然災害に対し、事故が絶対に起きないレベルの安全性が求められたわけではない―と指摘している。政府の主張がうそ偽りだったことを改めて浮かび上がらせた。「あらゆる可能性を考慮して必要な措置を義務付けられれば、法令上は認められた運転が不可能になる」とも判決は断じた。事故当時、「絶対安全」を確保しつつ原発を稼働させることなどできなかったわけだ。ここでも政府の欺瞞が浮き彫りになる。
(4)起訴状によると、3被告は大津波を予測できたのに対策を怠り、原発事故によって長時間の搬送、待機を伴う避難を余儀なくさせるなどして、44人を死亡させたとされる。電源設備を高台に移し浸水しないように適切な対策を講じていれば、事故は回避できたはずだ。遺族、被害者の無念はいかばかりだろうか。市民感覚から懸け離れた東京地裁の判決である。


2.原子力行政の在り方(国・民間レベル)や刑事裁判の在り方
(朝日新聞)
(1)過去の話、あるいは東電特有の体質として片付けられるものではない。
(2)最近、火山噴火やテロへの備えなど、原発の安全性をめぐって新たな課題が次々と浮上している。だが電力各社は、手当てするには膨大な時間と金がかかるとして、対策の先延ばしを認めるよう原子力規制委員会に働きかけている。福島事故からいったい何を学んだのだろう。
(3)確率は低くても、起こり得る危機に対する鋭敏さをどう培うか。規制はいかにあるべきか。災害列島というべき日本で、原発に未来はあるのか――。裁判が突きつけた重い課題に、社会全体で向き合わねばならない。

(毎日新聞)
(1)1986年のチェルノブイリ原発事故の後、政府や東電をはじめとする電力業界は「日本では事故は起きない」と繰り返した。それでも、事故は起きた。電力会社が自然災害を含めたあらゆる事態に備え、安全を最大限に追求するのは当然だ。原発事故がいったん起きてしまうと、人々は故郷を奪われる。福島では事故などにより、今も県内外で4万人以上が避難生活を送っている。犠牲があまりに大きすぎる。
(2)旧経営陣は無罪判決を受けたものの、東電は組織として信頼回復のための努力を続ける必要がある。

(信濃毎日新聞)
(1)刑法は個人に処罰を科す。今回の判決は、組織の決定に対する個人の責任を問うことの難しさを改めて浮き彫りにした。企業や法人に対する組織罰の導入を検討しなければならない。

(琉球新報)
(1)国は「絶対安全」と強調し、各地で原発の設置を推進した。万全の用意があって初めてそう言える。現実には、「絶対安全」だから最高水準の対策は不要という、倒錯した理屈がまかり通った。原子力政策を所管する経済産業省、原発を運転する東電など、産官学から成る原子力ムラは本来、原発事故に対して連帯して責任を負わなければならない立場にある。規制等を担う国と東電は「共犯」関係にあったと言えよう。
(2)「事故が起きないように、また起こったとしても人体や環境に悪影響をおよぼさないよう、何重にも対策が取られています」「大きな津波が遠くからおそってきたとしても、発電所の機能がそこなわれないよう設計しています」。文部科学省と経産省が10年に発行した小学生・中学生向けのエネルギー副読本「わくわく原子力ランド」「チャレンジ!原子力ワールド」に、このような記述がある。政府は、教育現場を含め、さまざまな機会をとらえて「安全神話」を植え付けようとした。


3.強制起訴裁判の意味
(朝日新聞)
(1)公開の法廷で審理が行われた意義は大きい。政府や国会などの調査では言及されなかった重要な事実が、いくつも明らかになったからだ。
(2)東電内部では長期評価を踏まえて防潮堤建設などの検討が進み、最高経営幹部が出席する会議でも津波対策が話題になった。だが勝俣恒久元会長は公判で、「関心を持たなかった」と述べた。他の2人の被告も「記憶にない」を繰り返し、権限を互いに押しつけ合って、自らの無罪を主張した。原発の運転がこのような組織と人物に委ねられ、監督すべき政府もそれで良しとしてきた。その帰結があの事故だった。

(信濃毎日新聞)
(1)今回の裁判は、東京地検の不起訴処分を受け、検察審査会で強制起訴が決まった。原発事業者に高い注意義務を求める市民感覚の表れといえるだろう。深刻な被害を出した事故の刑事責任をだれも負わないことは、ほかの原発事業者や経営陣に甘えも生みかねない。


 確かに、今回の記事報道を目にした時、まず思い浮かべるのは、「未曽有の大災害を引き起こしながら、しかるべき立場にあった者が誰一人として責任を問われない。人々が納得できるだけの説明が尽くされたか、大いに疑問が残る」(朝日新聞)、ということである。
裁判の判決そのものについては、「事故の被災者が国や東電に損害賠償を求めた訴訟では、この長期評価に基づき、「津波は予測できた」との判断が積み重ねられてきた。非常用電源を高台に移転させるなど、簡易な対策を講じていれば事故を防げたとした判決も複数ある。民事裁判に比べて刑事裁判では厳格な立証が求められるとはいえ、あまりの乖離に驚く。」、との朝日新聞の指摘は、今回の裁判の判決内容そのもの限界を示している。 だから、「福島事故からいったい何を学んだのだろう。」(朝日新聞)、との疑問を投げかけざるを得ない。「3.11」をどのように生かして行くのかかが、根本的問題であるにもかかわらずである。
まさしく、「原発を運用する責任を軽視しているのではないか。」(毎日新聞)とこれまでと同様に営利主義でご都合主義のやり方を踏襲しているものでしかない。
 やはり、今回の判決内容によっても、「事故の背景について、政府の事故調査委員会は政府や東電に『複合的な問題点があった』と指摘した。国会事故調などは『人災』と判断した。今回の判決でそれがくつがえるわけではない。」(毎日新聞)、と押さえる必要がある。



by asyagi-df-2014 | 2019-10-03 10:06 | 書くことから-原発 | Comments(0)

「関西電力、2人が1億円超受領 金品対応、口頭で引き継ぎ共有」、と共同通信。

 共同新聞は2019年10月2日、表題について、「関西電力の役員らが高浜原発が立地する福井県高浜町の元助役森山栄治氏(故人)から多額の金品を受領していた問題で、最多は原子力事業本部の本部長代理を務める鈴木聡常務執行役員(59)の約1億2千万円だった。原子力事業本部長を務めた豊松秀己元副社長(65)も1億円以上だった。関電が2日に明らかにした調査報告書で分かった。1回で1千万円の現金を受け取った幹部もいた。森山氏からの金品は個人で管理し、タイミングを見計らって返却するよう幹部らが口頭で対応を引き継ぎ共有していたことも判明した。社内では金品受領に疑問を呈する声もあったが、慣例で続けられていた。」、と報じた。


by asyagi-df-2014 | 2019-10-02 18:00 | 書くことから-原発 | Comments(0)

日本の司法の醜態。(3)

 東京地裁は2019年9月19日。2011年3月11日の京電力福島第一原発事故をめぐり、旧経営陣3人が業務上過失致死傷罪で強制起訴された裁判で、勝俣恒久・元会長、武黒一郎・元副社長、武藤栄・元副社長の3被告にいずれも無罪の判決を言い渡した。
 さて、この判決をどのように捉えるのか。
今回は、「人災」の観点から、東京新聞(以下、「東京」)の社説を見てみる。
「東京」は2019年9月20日、「東電旧経営陣に無罪 「人災」の疑問は残る」、と論評した。
 「東京電力の旧経営陣は『無罪』-二〇一一年の福島第一原発事故で検察審査会が強制起訴した裁判だった。本当に予想外の事故だったのか疑問は残る。」、と主張する「東京」の指摘は次のものである。


(1)事故の三年前まで時計の針を戻してみよう。国の地震予測である「長期評価」に基づく津波の試算が最大一五・七メートルにのぼるとの報告がなされた。東電社内の会合で元副社長に「『(津波想定の)水位を下げられないか』と言われた」-担当していた社員は法廷で驚くべき証言をした。元副社長は否定し、「そもそも長期評価は信頼できない」と反論した。
(2)社員は「津波対策を検討して報告するよう指示された」とも述べた。だから、その後、防潮堤を造る場合は完成までに四年を要し、建設に数百億円かかるとの報告をしている。元副社長は「外部機関に長期評価の信頼性を検討してもらおう。『研究しよう』と言った」と法廷で応じている。
(3)てっきり対策を進める方向と思っていた社員は「想定外の結論に力が抜けた」とまで証言した。外部機関への依頼は、対策の先送りだと感じたのだろう。実際に巨大津波の予測に何の対策も講じないまま、東電は原発事故を引き起こしたのである。
(4)この社員は「時間稼ぎだったかもしれないと思う」「対策工事をしない方向になるとは思わなかった」とも証言している。
(5)社員が認識した危険性がなぜ経営陣に伝わらなかったのか。あるいは対策の先送りだったのか。これはぬぐえぬ疑問である。


 また、旧経営陣の業務上過失致死傷罪の責任について、判決内容に関して指摘を行う。


(1)旧経営陣の業務上過失致死傷罪の責任を問うには①原発事故との因果関係②大津波などが予見できたかどうか③安全対策など結果回避義務を果たせたか-この三点がポイントになる。
(2)東京地裁は争点の②は「敷地高さを超える津波来襲の予見可能性が必要」とした。③は「結果回避は原発の運転停止に尽きるが、原発は社会的有用性があり、運転停止だと社会に影響を与える」ため、当時の知見、社会通念などを考慮しての判断だとする。
(3)原発ありきの発想に立った判決ではないか。「あらゆる自然現象の想定は不可能を強いる」とも述べたが、それなら災害列島に原発など無理なはずである。


 「東京」は、指摘を続ける。


(1)宮城県に立地する東北電力女川原発との違いも指摘したい。女川原発が海抜一五メートルの高台に建てられたのは、八六九年の貞観地震を踏まえている。だから東日本大震災でも大事には至らなかった。
(2)〇八年の地震予測「長期評価」が出たときも、東北電力は津波想定の見直しを進めていた。ところが、この動きに対し、東電は東北電力に電子メールを送り、津波対策を見直す報告書を書き換えるように圧力をかけた。両社のやりとりは公判で明らかにされた。
(3)「危険の芽からは目をそらすな」-それは原発の事業者にとって常識であるはずだ。旧ソ連のチェルノブイリ事故が示すように、原発でいったん事故が起きれば被害は極めて甚大であり、その影響も長期に及んでしまう。それゆえ原発の事業者は安全性の確保に極めて高度な注意義務を負う。最高裁の四国電力伊方原発訴訟判決でも「(原発の)災害が万が一にも起きないように」と確認されていることだ。
(4)「最大一五・七メートルの大津波」という重要なサインが活かされなかったことが悔やまれる。〇四年にはスマトラ沖地震の津波があり、インドの原発で非常用海水ポンプが水没し運転不能になった。〇五年の宮城県沖地震では女川原発で基準を超える地震動が発生した。これを踏まえ、〇六年には旧経済産業省原子力安全・保安院と電力会社による勉強会があった。そのとき福島第一原発に敷地高一メートルを超える津波が来襲した場合、全電源喪失から炉心損傷に至る危険性が示されている。
(5)勉強会が活かされたらとも悔やむ。防潮堤が間に合わなくとも電源車を高台に配備するなど過酷事故対策が考えられるからだ。福島第一原発の非常用電源は地下にあり、水没は容易に発想できた。国会事故調査委員会では「明らかな人災」と厳しく非難している。
(6)今回の刑事裁判は検察が東電に家宅捜索さえ行わず、不起訴としたため、市民の検察審査会が二度にわたり「起訴すべきだ」と議決したことによる。三十七回の公判でさまざまな事実関係が浮かんだ意義は大きい。


 最後に、「東京」は、「地震の歴史は繰り返す」として「安全神話が崩れた今、国の原発政策に対する国民の目は厳しい。歴史は繰り返す。地震の歴史も繰り返す。重大なサイン見落としによる過酷事故は、やはり『人災』にも等しい。繰り返してならぬ。苦い教訓である。」、と断じる。


 確かに、「東京」より次のことを受け取る。


(1)今回の判決は、「原発ありきの発想に立った判決ではないか。『あらゆる自然現象の想定は不可能を強いる』とも述べたが、それなら災害列島に原発など無理なはずである。』、という当たり前のこと。
(2)重大なサイン見落としによる過酷事故は、やはり「人災」、であるということ。
(3)今回の強制起訴された裁判は判決内容ではなく、「今回の刑事裁判は検察が東電に家宅捜索さえ行わず、不起訴としたため、市民の検察審査会が二度にわたり『起訴すべきだ』と議決したことによる。三十七回の公判でさまざまな事実関係が浮かんだ意義」そのものが大きいこと。




by asyagi-df-2014 | 2019-10-02 07:09 | 書くことから-原発 | Comments(0)

日本の司法の醜態。(2)

 東京地裁は2019年9月19日。2011年3月11日の京電力福島第一原発事故をめぐり、旧経営陣3人が業務上過失致死傷罪で強制起訴された裁判で、勝俣恒久・元会長、武黒一郎・元副社長、武藤栄・元副社長の3被告にいずれも無罪の判決を言い渡した。
 さて、この判決をどのように捉えるのか。
 こうした中で、日頃、なかなか参考にはしにくい、日本経済新聞(以下、日経)の社説が目を引いた。
 それは、「事故がもたらした結果の重大性を考えれば、だれ一人責任を問われない判決は、市民感覚として腑に落ちるものではない。」、と論評している。
 日経の社説-「『無罪』で終わらぬ東電の責任」(2019年9月20日)-の指摘は次のもの。


(1)福島第1原発の事故をめぐり、業務上過失致死傷罪で強制起訴された勝俣恒久元会長ら東京電力旧経営陣3人に、無罪判決が言い渡された。「東日本大震災の大津波を予見し、対策を講じて事故を避けることは難しかった」。東京地裁はそう判断した。
(2)メルトダウン(炉心溶融)や水素爆発まで起きた事故である。いまなお避難生活を送る人も多い。事故がもたらした結果の重大性を考えれば、だれ一人責任を問われない判決は、市民感覚として腑(ふ)に落ちるものではない。
(3)だが個人の刑事責任を問う業務上過失致死傷罪が成立するには漠然とした危惧などでは不十分で、具体的な危機の認識が要件となる。ここを広くとらえると処罰の対象が広がり、経済や社会への影響が大きくなりすぎるからだ。
(4)裁判では、政府の予測をもとに「最大15.7メートルの津波の可能性がある」とした試算結果をどう評価するかが、最大の争点となった。地裁は当時のこの予測について「信頼性、具体性に疑いが残る」とし、3被告が大津波の襲来を予見できなかったと認定した。
(5)当然のことだが、無罪判決で東電や旧経営陣の社会的責任が消えてなくなるわけではない。事故が与えた影響の大きさを改めて胸に刻み、操業の安全により力を注ぐべきである。被災者らの補償などについても、改めて誠実な対応に努めてほしい。


 こうした論調とともに、日系は、次の指摘を行う。


(1)原発の稼働をめぐっては、原子力規制委員会が求めるテロ対策施設の設置が間に合わないとして期限延長を求める声が電力会社から相次いだ。震災前を思わせるような「テロはまず起きないだろう」という甘い体質が残ってはいないだろうか。自省を求めたい。
(2)今回と同じように、福知山線の脱線事故をめぐってJR西日本の旧経営トップらが強制起訴された裁判でも無罪判決が出て、確定している。法人に刑罰を科す制度を導入することの適否などを含め、刑罰法令や強制起訴のあり方を見直す時期にきている。


 日系の主張は、やはり、「当然のことだが、無罪判決で東電や旧経営陣の社会的責任が消えてなくなるわけではない。事故が与えた影響の大きさを改めて胸に刻み、操業の安全により力を注ぐべきである。被災者らの補償などについても、改めて誠実な対応に努めてほしい。」、ということにある。
 また、「個人の刑事責任を問う業務上過失致死傷罪が成立するには漠然とした危惧などでは不十分で、具体的な危機の認識が要件となる。」などから、「法人に刑罰を科す制度を導入することの適否などを含め、刑罰法令や強制起訴のあり方を見直す時期にきている。」ことを主張する。


 この日系の指摘する刑事裁判の問題を、同様に指摘したのが、南日本新聞(以下、南日本)の社説である。
 南日本は2019年9月20日、「[東電無罪判決] 刑事裁判の限界見えた」、と論評した。
南の指摘は次のものである。


(1)2011年3月の東京電力福島第1原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電旧経営陣の3被告に、東京地裁はいずれも無罪判決を言い渡した。個人の過失責任は問えないとの結論である。元々、検察が専従班を設けて1年以上かけて捜査し、予見可能性はなかったなどとして起訴を見送った事件である。市民感覚を反映し強制起訴したとはいえ、刑事責任を追及するハードルの高さを示したと言える。
(2)だが、事故から8年半たった今も、多くの人が避難生活を送り、元の暮らしにいつ戻れるのか、めどはついていない。事故を招いた責任を問う被災者らの声に東電は真摯(しんし)に向き合っていかなければならない。
(3)起訴状によると、東電の勝俣恒久元会長ら3被告は大津波を予見できたのに対策を怠り、東日本大震災による津波の浸水で原発の電源が喪失。水素爆発が起き、長時間の避難を余儀なくされた双葉病院(福島県大熊町)の入院患者ら44人を死亡させるなどした。裁判の主な争点は(1)第1原発の敷地の高さ(10メートル)を超える大津波を具体的に予見できたか(2)対策を講じていれば、事故を防ぐことが可能だったか-の2点だった。
(4)検察役の指定弁護士は、国の地震予測「長期評価」に基づいた最大15.7メートルの津波試算が08年には出ていることなどを根拠に「予見できた」と指摘。「津波の詳細かつ最新の情報を収集し、原発を止めたり安全対策を取ったりする義務を怠った」と主張した。
(5)一方、3被告は「長期評価には信頼性がなく、予見できなかった」と反論、想定されていなかった規模の地震と津波で事故は防げなかったと訴えた。
(6)東京地裁は判決で、長期評価について「十分な根拠があったとは言い難く、信頼性には限界があった」と判断した。さらに「3被告は高さ10メートルを超える津波が襲来することについて、運転停止措置を講じるべき結果回避義務にふさわしい予見可能性があったとは認められない」とした。
(7)第1原発事故の責任を巡っては民事訴訟でも争われている。これまでに、具体的な予見可能性を否定する判決が出ている一方で、「東電は津波を予見でき、事故を防げた」と東電の過失を認めた判決も少なくない。


 南日本は、「国が推し進めてきた原子力政策の在り方を改めて検証する契機としたい。」、と断じるとともに、次のようにまとめる。


「厳格な立証が求められる刑事裁判で無罪になったからといって、東電に責任がないとは言えまい。被害者らに償っていく社会的な責任もある。刑事裁判の限界が見えたとはいえ、強制起訴によって、旧経営陣がどのような情報に接し、どう判断し対応したかなど一定程度、法廷で明らかになったことは意義がある。」





by asyagi-df-2014 | 2019-10-01 07:14 | 書くことから-原発 | Comments(0)

日本の司法の醜態。

 東京地裁は2019年9月19日。2011年3月11日の京電力福島第一原発事故をめぐり、旧経営陣3人が業務上過失致死傷罪で強制起訴された裁判で、勝俣恒久・元会長、武黒一郎・元副社長、武藤栄・元副社長の3被告にいずれも無罪の判決を言い渡した。

 この場合の「強制捜査」に関して、朝日新聞は、「〈強制起訴制度〉:検察が容疑者を不起訴にしても、市民で構成する検察審査会が2度にわたって『起訴すべきだ』と議決すれば、必ず起訴される制度。議決には2回とも審査員11人中8人以上の賛成が必要になる。裁判所が指定する弁護士が検察官役となって起訴し、有罪の立証をする。司法制度改革の一環で、2009年5月に裁判員制度とともに導入され、これまでに9事件で13人が強制起訴された。2件2人の有罪が確定したが、明石歩道橋事故やJR宝塚線脱線事故などでは公訴時効による免訴や無罪などが確定している。」、と説明している。


 さて、この判決をどのように捉えるのか。
 例えば、20日から21日までの新聞社の社説・論説の見出しは次のものである。


(1)朝日新聞社説-原発事故判決 釈然としない無罪判断
(2)河北新報社説-東電旧経営陣に無罪/企業の社会的責任は免れぬ
(3)秋田魁新報社説-東電原発事故判決 原因究明、在り方議論を
(4)福島民友新聞社悦-東電元幹部に無罪/課題向き合い今後に生かせ
(5)信濃毎日新聞社説-福島原発判決 対策取らなかった責任は
(6)新潟日報社説-旧経営陣無罪 福島事故の責任忘れるな
(7)中日新聞社説-「人災」の疑問は残る 東電旧経営陣に無罪
(8)福井新聞論説-東電元幹部に無罪判決 市民感覚との乖離著しい
(9)京都新聞社説- 東電元幹部無罪  被災者の納得を得られるか
(10)神戸新聞社説-東電無罪判決/企業責任問う手段が要る
(11)山陽新聞社説-原発事故で無罪 市民感覚には厳しい判断
(12)中国新聞社説-東電原発事故無罪判決 企業責任問う仕組みを
(13)愛媛新聞社説-東電旧経営陣に無罪 原発事故 誰も責任負わないのか
(14)高知新聞社説-【東電3被告訴訟】無罪は一区切りではない
(15)西日本新聞社説-東電原発事故 「無罪」でも責任は免れぬ
(16)佐賀新聞論説-東電旧経営陣に無罪 原因究明の在り方探れ
(17)南日本新聞社説-[東電無罪判決] 刑事裁判の限界見えた
(18)毎日新聞社説-東電旧経営陣に無罪 信頼の回復へ努力継続を
(19)東京新聞社説-東電旧経営陣に無罪 「人災」の疑問は残る
(20)日本経済新聞社説-「無罪」で終わらぬ東電の責任
(21)琉球新報社説-東電旧経営陣無罪 原子力ムラ擁護の判決だ


 この見出しから窺えるものは、①無罪判決の意味、②無罪判決後について、ということになる。それぞれを区分してみた。
 最初の「無罪判決の意味」について、「釈然としない無罪判断」「対策取らなかった責任は」「福島事故の責任忘れるな」「『人災』の疑問は残る」「市民感覚との乖離著しい」「被災者の納得を得られるか」「市民感覚には厳しい判断」「誰も責任負わないのか」「原因究明の在り方探れ」「刑事裁判の限界見えた」「原子力ムラ擁護の判決だ」、となる。
 次に、「無罪判決後」について、「企業の社会的責任は免れぬ」「原因究明、在り方議論を」「課題向き合い今後に生かせ」「企業責任問う手段が要る」「無罪は一区切りではない」「信頼の回復へ努力継続を」、となる。
 どうやら、今回の判決は、市民感覚との乖離著しく 、刑事裁判の限界見えた原子力ムラ擁護のものでしかない、ということである。
 だから、今回の無罪は一区切りではなく、原因究明や、原発の在り方議論を通して、信頼の回復へ努力継続をしなけねばならない、ということになる。


 やはり、 この無罪判決は、「日本という国の持続可能性は担保できない。」、ということを示している。



by asyagi-df-2014 | 2019-09-29 08:40 | 書くことから-原発 | Comments(0)

関電よ。「3.11」とはあなた達にとって何だったのか。

「安全神話」を振りかざし、人びとを脅しつけてきた輩の姿は、残念なことにこんなもんだったということ。それも、ことは、東日本大震災が起きた2011年以降の7年間というのだから、本当に耐えられない。

 関電は、どういうことを行ってきたのか。
朝日新聞(以下、「朝日」)は2019年9月27日、「関電20人に金品3.2億円 岩根社長『一時的に保管』」「『関電、モラルの感覚失っている』 金品授受に厳しい声」、と次のように伝える。


(1)関西電力の岩根茂樹社長は27日に記者会見し、岩根社長、八木誠会長を含む役員ら20人が2018年までの7年間に、個人から私的に計3億2千万円分の金品を受け取っていたことを発表した。関係者によると、金品を渡したのは関電高浜原発が立地する福井県高浜町の森山栄治元助役=3月に90歳で死亡。元助役には原発工事の関連会社から資金が流れていた。
(2)関電や関係者によると、金沢国税局による元助役への税務調査で、元助役が原発工事に関わった建設会社から約3億円を受け取り、関電側にその一部が渡っていたことが判明した。元助役は生前、地元の顔役として関電側との接触があった。役員らは所得の一部について修正申告し、すでに所得税の追徴分などの納付にも応じたという。
(3)岩根社長は記者会見の冒頭、「社会に多大な心配をかけたことを深くおわびする」と謝罪。「受け取りを拒んだり、返却を申し出たりしたものの、強く拒絶されるなど返却困難な状況があった。返却の機会をうかがいながら、一時的に個人の管理下で保管していた」と釈明した。「受け取った金品は儀礼の範囲内をのぞいて返却した」といい、社内処分も行ったという。
(4)工事発注との因果関係は否定し、「コンプライアンス(法令や社会規範の順守)上、疑義をもたれかねないと厳粛に受け止めている」と再発防止に努めるとした。自身の引責辞任については否定した。岩根社長は、勝野哲氏(中部電力社長)の後任として、今年6月に大手電力10社でつくる電気事業連合会の会長に就任したばかり。八木会長も勝野氏の前任として、11年4月から16年6月まで電事連会長を務めた。同連合会は「報道などは承知しているが、コメントは差し控えたい」としている。八木会長は27日朝、自身の金品の受け取りについて報道陣に問われ、「個人的なことについては一切答えない」とだけ答えた。
(5)東京電力福島第一原発事故の後、「経営が厳しい」として電気料金を値上げしてきた関西電力。利用者に負担を強いる一方で、そのトップらが立地自治体の元助役から多額の金品を受け取っていた。「原発マネー」が還流したのでは――。説明責任を果たすよう求める声が高まっている。
(6)岩根茂樹社長の会見は午前11時、大阪市北区の関西電力本店で始まった。冒頭、「多大なご心配やご迷惑をおかけし、深くおわびします」と謝罪し、10秒近く頭を下げた。「信頼を失墜させた」とも述べたが、授受した金品の中身などについては「詳細は差し控える」と繰り返した。
(7)岩根社長を含む役員ら20人が福井県高浜町の森山栄治元助役(故人)から金品を受け取ったことが明らかになったのは、東日本大震災が起きた2011年以降の7年間。関電が原発の再稼働をめざし、社員への賞与支給を見送るなど合理化を進めつつ、電気料金を値上げしてきた時期とちょうど重なる。
(8)岩根社長は「せっかくなので受け取ったが、後でみると非常に高額なので受け取れないとなった」と釈明。各企業で行われている中元や歳暮など「儀礼の範囲」を超えれば返したとし、「そうめんなどは頂くが、金品に関わるものはすべて返すよう努力した」と述べた。だが、返した金額や岩根社長らの処分内容などについては「差し控える」。手元の書面に何度も目を落とし「見返りはない。発注も適切だ」「返せるものは返してきた」と繰り返した。処分を公表しなかったことについても「不適切だったが、違法な行為ではない」と説明した。
(9)会見では、岩根社長の受け取りや、返却の経緯についても質問が集中した。
(10)岩根社長は、社長就任祝いの「記念品」だったとし、自分で開封しなかったが、金額換算すると「儀礼の範囲を超える物品だった」と説明。返却時期も再三、質問されたが「できるだけ早く、社内の関係者に依頼して返した」「具体的にいつ返却したかは、記録はあるが差し控える」とかわした。
(11)関電には、美浜原発や大飯原発もある。だが、今回のケースは「かなり特殊な事案」と位置づけ、ほかの2原発についての調査は「現時点ではしていない」。将来、調査するかどうかも「今後の検討」と明言しなかった。一方、菅原一秀経済産業相がこの日、閣議後の会見で「事実だとすれば、極めて言語道断でゆゆしき事態」と述べ、関電から事情を聴く方針を示したことを受け、「真摯(しんし)な対応をしてまいりたい」と語った。
(12)福井県の杉本達治知事は27日、「重要な公益事業を担う企業のコンプライアンスのあり方として極めて遺憾。国民・県民に対し事実関係を明らかにし、しっかりと説明責任を果たす必要がある」とコメントした。
(13)同県高浜町の野瀬豊町長も「事実であるなら大変遺憾。原子力発電に対する社会的信頼を損ねることにもつながりかねない」などとする談話を出した。
(14)関西電力の筆頭株主である大阪市で3月まで市長を務めた吉村洋文大阪府知事は記者団に、「金品を受領していたのは大問題。公共性の高い会社でもあるので、事実関係は徹底的に解明し、オープンにすべきだ」と強く求めた。
(15)原発に反対する市民らでつくる「オール福井反原発連絡会」のメンバーは同日、福井県美浜町の関西電力原子力事業本部を訪れ、抗議文を手渡した。抗議文は、資金の流れの実態を徹底的に調査し、結果を明らかにすることなどを求めている。同県小浜市の住職中嶌(なかじま)哲演さん(77)は「やはりそうだったのか、という思いを禁じ得ない」と話した上で、「関電が自浄能力とモラルの感覚を失っていることの表れ。安全の問題に直結すると思う」と述べた。


 どうだろうか。
 「岩根社長は「せっかくなので受け取ったが、後でみると非常に高額なので受け取れないとなった」と釈明。」(「朝日」)などは、企業として、個人として、本当に許されると考えているのだろうか。




by asyagi-df-2014 | 2019-09-28 06:30 | 書くことから-原発 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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