カテゴリ:書くことから-原発( 300 )

九州電力の太陽光発電抑制て何なの。

 朝日新聞は2018年10月12日に、表題について次のように報じた。


(1)九州電力は12日、太陽光など再生可能エネルギーの発電事業者に一時的な発電停止を求める「出力抑制」を、13日に実施することを決めた。離島を除き、国内初の抑制に踏み切る。原発4基を再稼働させていることもあり、増える太陽光の電力を受け入れきれないと判断した。
(2)12日の午後4時ごろから、停止を求める事業者に電話やメールで周知を始めた。九電は同日夜、報道関係者向けに説明する。
(3)13日は好天が予想され太陽光の発電量が伸びるとみられる。一方、工場の稼働が減り、秋の過ごしやすい気温で冷房などの電力の使用量は落ち込むことが想定される。そのため電力の需要と供給のバランスをとるのが難しくなると考えた。午前9時~午後4時の間、43万キロワットを抑制する。
(4)電力はためることが難しく、常に需要と供給を一致させる必要がある。このバランスが崩れると、電力の周波数が乱れ、故障を防ぐために発電所が停止し大規模な停電につながるとされる。九電は14日にも、出力抑制を実施する可能性があるとしている。13日午後に最終判断し、事業者に通知する。実施する場合、13日の対象とは別の事業者を選ぶ。今後も、電力需要の低下する休日には出力抑制を行うケースが想定される。九電はその度に、停止回数が均等になるように対象の事業者を選ぶという。
(5)日照条件に恵まれた九州では、すでに800万キロワット程度の太陽光発電が接続されている。昨年の夏場に記録したピーク時の需要(1600万キロワット弱)のおよそ半分に当たる。
(6)さらに九電はこの夏までに、原発4基(計414万キロワット)を再稼働させた。国のルールは原発を「ベースロード電源」として優遇し、出力を抑えるのは太陽光や風力より後になっている。国は、原子力は発電量のこまめな調整が難しく、火力などより燃料費は安いとみているためだ。
(山下裕志)


 確かに、「国のルール」が問題だ。でも、九電さん、迷惑をかけないのは、原発を止めることだけど。




by asyagi-df-2014 | 2018-10-14 13:09 | 書くことから-原発 | Comments(0)

水俣病は、終わっていないということ。(2)-朝日新聞20180930-

 水俣病は、1968年9月26日に政府が水俣病を公害と認定してから50年の節目を迎えた。
「水俣病は終わっていない」ということの確認のために、朝日新聞(以下、「「朝日」」)の社説を見る。
 「朝日」は2018年9月3026日、「公害認定50年 『水俣病』は終わらない」、と社説で論評した。
まず、「朝日」は、「水俣病は終わっていない」ことがもたらしている今日の状況を、「熊本と新潟で発生した水俣病を、政府が『公害病』と認定してから50年になる。これだけの長い時間が経ったにもかかわらず、いまも訴訟が続き、患者に対する心ない中傷と差別、そして補償の有無や金額をめぐる対立・葛藤が、地域に暗い影を落とす。」、と描き出す。
 次に、この影の正体を、次のように指摘する。


(1)認定は68年9月26日。熊本で患者の発生が最初に報告(公式確認)されてから、実に12年が過ぎていた。原因企業のチッソはこの年の5月まで、大量のメチル水銀を不知火海に排出し続けた。対応の遅れは膨大な患者を生み、昭和電工による新潟水俣病の被害ももたらした。
(2)認定時に政府がとりまとめた見解にあらためて目を通すと、事実に基づかない、きわめて不誠実な内容に驚く。
(3)水俣湾内の魚介類を食べることを禁止し、チッソ工場の排水処理施設を整備したことによって、患者は60年以降出ていないとして「終息」を宣言。補償問題も民事上の和解が成立しているとして、幕引きを図った。
(4)だが摂食禁止は有名無実で、施設も水銀を完全に除く機能はなく、汚染は止まらなかった。和解も、圧倒的に強い立場のチッソが、新たな要求はしないと患者に約束させたうえで低額の見舞金を支払う内容で、73年に熊本地裁が「公序良俗に反する」と述べ、無効とした。その後も新たな患者の存在が次々と明らかになり、現在、新潟を含む全国の裁判所で1500人以上が被害を争い、水俣病と認定するよう申請している人は2千人にのぼる。


 この上で、「朝日」は、「『終息』にほど遠い状況を作りだした大きな原因は、行政のかたくなな態度にある。」、と断じる。
 また、次のことを日本政府に突きつける。


(1)患者の認定制度は対象を絞り込む装置として機能し続け、最高裁が幅広く救済する判決を言い渡しても、政府は基準を見直さない。このため司法に助けを求める動きが繰り返される。
(2)被害の実態も本当のところはわかっていない。民間医師団が自分たちの検診活動の結果と政策とのギャップに驚き、住民たちの広範な健康調査の必要性を訴えても、政府が一切応じないからだ。高齢になって症状の悪化を訴える被害者は少なくないが、その日常を支える体制も十分とはとても言えない。
(3)人の生命や健康よりも産業の振興が優先され、政官産学のもたれ合いの中で真相が覆い隠される。それが水俣病の歴史だ。そしてそのゆがんだ構造は、克服されないまま日本社会の中に厳然としてある。


 「朝日」は最後に、やはり、「公害病認定から半世紀。『水俣病』は終わっていない。」、と。


 確かに、「水俣病は終わっていない」ことの原因は、日本政府の不誠実さにある。




by asyagi-df-2014 | 2018-10-07 07:02 | 書くことから-原発 | Comments(0)

今回の広島高裁伊方原発の再稼働容認は許されない。(2)

 広島高裁は、2018年9月25日、2017年12月に判断した四国電力伊方原発3号機の「運転差し止め仮処分決定」を取り消した。
 この高裁の判断について、今回は、東京新聞(以下、「東京」)-伊方運転容認 “常識”は覆されたのに-の社説で、捉える。


 「東京」は、まず最初に、「四国電力伊方原発の運転差し止め決定が、同じ広島高裁に覆された。しかし例えば、どの原発の直下でも巨大地震は起こり得るという北海道地震の新たな教訓は、十分に考慮されたと言えるのか。」、とこの高裁判断を批判する。
 また、「東京」は「福島第一原発事故後、高裁レベルとしては初の運転差し止め決定は、いともあっさり覆された。」と続け、この判断の問題点を指摘する。


(1)今回、広島高裁は「大規模な破局的噴火が起きる可能性が根拠を持って示されておらず、原発に火砕流が到達する可能性は小さい」と指摘した。昨年末とは真反対。「運転期間中に破局的噴火を起こすという可能性は極めて低い」と強調する四国電力側の主張をそのま受け入れた形である。
(2)争点は火山だけではない。原発が耐え得る地震の強さについても、住民側は「過小評価」だとして争った。この点に関しても「詳細な調査で揺れの特性などを十分把握した」とする四国電力側の評価が判断の基本にあるようだ。


 したがって、「東京」は次のように批判を加える。


(1)だがたとえそうだとしても、それらは過去の知見になった。北海道地震が、地震そのものの“常識”をご破算にしたのである。
(2)これまで、地震に対する原発の安全性は、重要施設の直下に活断層があるか否かが、基準にされた。ところが活断層のあるなしにかかわらず、原発の直下でも震度7の大地震が起こり得るということを、北海道地震は知らしめた。
(3)活断層の存在は一般に地表に現れる。だが、北海道地震の震源は、今の科学では見つけようのない地中に埋もれた断層だった。北海道で起こったことは、日本中どこでも起こりうる。地震に対する原発の規制レベルも大幅に引き上げるべきだということだ。


 だからこそ、「毎日」は、次のように断じる。


「地震国日本は、世界有数の火山国。巨大噴火は予知できないというのは、それこそ学会の常識だが、大噴火のリスクに対する考え方も、そろそろ改めるべきではないか。“活断層なき大地震”の教訓が十分に反映されていない以上、古い地震科学や社会通念に基づいて原発の再稼働を認めることは、あまりに危険と言うしかない。」


 確かに、「3.11」は、日本という国が「偏った知見」に寄りかかることの危険性を知らしめたのではなかったのか。
「北海道地震が、地震そのものの“常識”をご破算にしたのである。」(「東京」)という新しい知見を得てしまった以上、今どの地点に立つのか、は明らかではないのか。
「東京」の主張を、あらためて再掲する。
「地震国日本は、世界有数の火山国。巨大噴火は予知できないというのは、それこそ学会の常識だが、大噴火のリスクに対する考え方も、そろそろ改めるべきではないか。“活断層なき大地震”の教訓が十分に反映されていない以上、古い地震科学や社会通念に基づいて原発の再稼働を認めることは、あまりに危険と言うしかない。」




by asyagi-df-2014 | 2018-10-05 07:03 | 書くことから-原発 | Comments(0)

今回の広島高裁伊方原発の再稼働容認は許されない。(1)

 広島高裁は、2018年9月25日、2017年12月に判断した四国電力伊方原発3号機の「運転差し止め仮処分決定」を取り消した。
 この高裁の判断について、毎日新聞(以下、「毎日」)-伊方原発の再稼働容認 リスクを直視していない-の社説で、捉える。

 「毎日」は、「高裁はきのう、昨年12月に出した四国電力伊方原発3号機(愛媛県)に対する運転差し止めの仮処分決定を取り消した。四電の異議を認めたもので、四電は再稼働に向け準備を始めた。」とはじめ、「同じ広島高裁が、1年もたたないうちに正反対の結論を出した。」、と言い切る。
 また、「毎日」は、今回の高裁の判断の問題点について、次のように指摘する。


(1)伊方から約130キロの距離にあり、9万年前に超巨大噴火を起こした阿蘇山(熊本県)のリスク評価が焦点だった。火砕流が山口県にまで達し、世界最大級の陥没地形(カルデラ)を形成したことから、破局的噴火とも呼ばれる。
(2)12月の決定は、原子力規制委員会の審査の手引書「火山影響評価ガイド」を厳格に適用し、「過去の破局的噴火で火砕流が到達した可能性が十分小さいとはいえない」として差し止めを命じていた。これに対し異議審では、巨大噴火の予知が困難なことを前提に「自然災害の危険をどの程度まで容認するかという社会通念を基準に判断せざるを得ない」と指摘した。
(3)国が破局的噴火のような災害に具体的対策を取っておらず、国民の大多数も格別に問題視していないとも言及して、破局的噴火が起きるリスクを火山ガイドの適用範囲から除外。立地に問題ないと判断した。だが、司法には国民一般が問題視していないリスクに警鐘を鳴らす役割もあるはずだ。破局的噴火のような巨大なリスクをどう評価するかについては、今回の広島高裁同様、判断が分かれているのが実情だ。さらなる議論が必要だろう。


 「毎日」は、「伊方原発は、大地震の恐れや地形条件などの点で、問題が多い場所に立地していると指摘されてきた。施設の近くには国内最大級の断層『中央構造線断層帯』が走り、想定を超える揺れが襲う危険性がある。また、細長い佐田岬半島の付け根付近に原発があり、半島に住む約4700人の避難経路が寸断されることが危ぶまれている。」という問題に、「決定はそうしたリスクを直視していないのではないか。」、と疑問を呈する。 この上で、「四電は伊方原発を主力に据え、再稼働できないと赤字が膨らむと主張する。しかし原発頼みの姿勢に固執すれば、万一の際の電力の安定供給にも不安を残しかねない。慎重に検討すべきだ。」、と断じる。


 ここでもまた、「巨大噴火の予知が困難なことを前提に「自然災害の危険をどの程度まで容認するかという社会通念を基準に判断せざるを得ない」と指摘した。」(「毎日」)との「社会通念」が立ちはだかる。
 この「社会通念」には、日本人が「3.11」とどのように立ち向かえるのかという真摯な理念ではなく、安易で迎合的に権力にすがりつく姿勢しかない。



by asyagi-df-2014 | 2018-10-04 05:56 | 書くことから-原発 | Comments(0)

大分地裁民事第1部は、伊方原発運転差止仮処分申請について、住民の請求を退けるという不当な決定を行った。

 2018年9月28日、大分地裁民事第1部(佐藤重憲裁判長、伊藤拓也裁判官、工藤優希裁判官)は、伊方原発運転差止仮処分申請について、住民の請求を退けるという不当な決定を行った。
 伊方原発運転差止大分裁判弁護団は、同日、「弁護団声明(大分地裁仮処分決定を受けて)」を発表した。
この大分地裁民事第1部の決定の問題点を弁護団声明で確認する。
まずは、この決定の骨子をみてみる。
その主文は、「1 第1事件及び第2事件の各債権者らの申立てをいずれも却下する。」及び「2 申立費用は,第1事件及び第2事件の各債権者らの負担とする。」、とされている。
 また、その決定の理由は、次のようになっている。


(1) 本件においては、審理・判断方法が問題となっているほか、 ①新規制基準の策定上の手続等及び規定内容等の合理性、 ②地震に対する安全性確保対策の合理性、③ 耐震設計における重要度分類の合理性、④使用済燃料ヒット等の安全性、⑤地すべりと液状化現象に対する安全性、⑥火山事象に対する安全性確保対策の合理性、⑦ シビアアクシデシト対策の合理性、⑧住民避難計画の合理性が主たる争点となっている。
(2)当裁判所は、基本的には、債務者が、新規制基準の内容に不合理な点がないこと及び本件原発が新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点がないこと、ないしその調査,審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落がないこと(専門的な知識を必要とする事柄について,その分野の知見に照らし、無理のない思考に基づいて適合性判断がされていること)を,債権者らによる指摘を踏まえ、相当の根拠,資料に基づき、主張疎明する必要があり,裁判所はこのような観点から審理・判断すべきであると解した上、債務者において,各争点に関して上記不合理な点がないこと等の疎明があると判断するなどし,結論として、本件申立ては,被保全権利である人格権に基づく妨害予防請求権についての疎明を欠き,理由がないとして、これをいずれも却下することとした。
   

 大分地裁民事第1部の決定は、どうやら、次のようになる。

(1)原子力規制委員会の新規制基準の内容に不合理な点がないこと。
(2)本件原発が新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点がないこと。また、原子力規制委員会の調査,審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落がないこと。
(3)よって、本件申立ては,被保全権利である人格権に基づく妨害予防請求権についての疎明を欠き,理由がないとして、これをいずれも却下することとした。


 この決定に対して、伊方原発運転差止大分裁判弁護団は声明で、次のように、厳しく批判を加えている。


Ⅰ.大分地裁民事第1部の決定の(1)(2)の判断に対して、「大分地裁の裁判体は、期日においても積極的に原発の危険性について審理しようという姿勢が著しく欠如していた。決定内容は、その姿勢を反映したものであり、四国電力株式会社の主張を鵜呑みにし、新規制基準と適合判断の合理性をほとんど無批判に認めるものとなっている。結論ありきの形だけの審理しか行わず、司法としての本来の責務を放棄したものといわねばならない。」、と反論する。
Ⅱ.特に、(1)に関して、「3日前の広島高裁決定でさえ、火山ガイドの不合理性が改めて認定されたにもかかわらず、大分地裁は原子力規制庁が作成した『原子力発電所の火山影響評価ガイドにおける【設計対応不可能な火山事象を伴う火山活動の評価】に関する基本的な考え方について』に沿って、火山ガイドの合理性を肯定した点は、権力側に追従しようという姿勢を如実に示すもので、断じて承服できない。」、と批判する。
Ⅲ.「3.11」がもたらしたのものは、「福島原発事故から7年半が経過しても,帰還困難区域は7市町村に及び,最も離れた地域は原発から30km以上離れている。避難指示が解除された地域でも、帰還する者は少なく、復興には程遠い現状である。甲状腺がん若しくは悪性疑いと判定された福島県内の事故当時18才以下だった子どもは、現在確認されているだけでも211人にのぼり、そのうち175人は既に手術がなされている。」、との実体が現実に残されていること。また、「大分県には伊方原発から40数kmしか離れていない地域もある。しかも間には瀬戸内海が広がり、放射性プルームを遮るものがない。ひとたび伊方原発で過酷事故が起これば、大分県にも甚大な被害が及ぶ危険性が十分にある。」、との伊方原発をめぐる大分県の実体を指摘する。
 Ⅳ.さらに、「特に地震や噴火などの複合災害時には,住民が安全に避難できる保証はまったくない。」、と。
Ⅴ.結局、「大分県民は,伊方の地に原発が建設されることを望んだことはなく、,その経済的な恩恵を受けたこともない。それにもかかわらず,伊方原発のリスクだけを引き受けなければならないのは、明らかに理不尽である。」、と断じる。


  伊方原発運転差止大分裁判弁護団は声明の最後で、「私たちは、大分県民が無用な被ばくや避難を強いられることなく、この恵み豊かな郷土を次の世代に繋いでいけるよう、今後も伊方原発の危険性を訴えていく。」、と結んでいる。


 日本の司法に対する苛立ち・不信感は、「大分県民は、伊方の地に原発が建設されることを望んだことはなく、その経済的な恩恵を受けたこともない。それにもかかわらず、伊方原発のリスクだけを引き受けなければならないのは、明らかに理不尽である。」との本来の生活者からの訴えを無視し、「四国電力株式会社の主張を鵜呑みにし、新規制基準と適合判断の合理性をほとんど無批判に認めるものとなっている。」との政治的権力への迎合や大企業のための経済的利潤追求手段の確保に安易に走るその実体にある。
大分地裁民事第1部の決定は、まさしくその典型である。
だとしたら、大分裁判弁護団の「私たちは、大分県民が無用な被ばくや避難を強いられることなく、この恵み豊かな郷土を次の世代に繋いでいけるよう、今後も伊方原発の危険性を訴えていく。」、との決意に繋がるしかない。
この伊方原発の危険性を改めさせ、日本の司法の危うさを裁判官の薄ら笑いを越えていくために、ともに、本訴に参加しよう。



by asyagi-df-2014 | 2018-10-01 06:06 | 書くことから-原発 | Comments(0)

大分地裁は、住民側の申し立てを却下する決定で3号機再稼働を容認。

 大分合同新聞は2018年9月29日、表題について次のように報じた。


(1)大分県内の住民4人が四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを求めた仮処分申請で、大分地裁は28日、住民側の申し立てを却下する決定をした。佐藤重憲裁判長は、東京電力福島第1原発事故後に導入された原発の新規制基準や地震、火山噴火に対する四国電の対策に「不合理な点はない」と、同機の再稼働を容認する判断を示した。住民側は福岡高裁に即時抗告する方針。
(2)伊方3号機は約130キロ離れた阿蘇山の巨大噴火リスクを理由に運転を禁じた昨年12月の広島高裁の仮処分決定を受けて停止していた。その判断も25日の異議審決定で覆り、運転再開が可能になった。大分地裁も追認し、10月27日の再稼働に向けて準備を進める。
(3)審理では▽新規制基準の合理性▽耐震設計の基準となる揺れ「基準地震動」の妥当性▽阿蘇山の巨大噴火のリスク―の3点が主な争点になった。
(4)決定理由で佐藤裁判長は、新規制基準が「専門性、透明性、中立性が確保された上で策定され、合理性が認められる」と指摘した。原発近くを通る国内最大級の活断層「中央構造線断層帯」などの影響を過小評価しているという住民側の主張に対しては、四国電の計算手法や規制委の審査結果に「不合理な点はない」と判断した。噴火リスクを巡っては、国の原子力規制委員会の審査内規「火山影響評価ガイド」を合理的だと認定した。巨大噴火について、原発運用期間中の発生が差し迫っているといえなければ「危険性は社会通念上、無視できる」との考えを提示。阿蘇山で運用期間中に発生する可能性は低いとする同社の主張を支持した。
(5)住民側は2016年6、7月に仮処分を申請。今年5月までに計12回の審尋が開かれた。同種仮処分の裁判は高松高裁と山口地裁岩国支部でも続いている。
(6)大分地裁では仮処分と並行して差し止め訴訟も継続中。大分県民514人が原告となり、住民運動による裁判としては同地裁で過去最大規模に発展している。



by asyagi-df-2014 | 2018-09-29 18:10 | 書くことから-原発 | Comments(0)

広島高裁は、広島高裁の仮処分決定について、四電の保全異議を認め、決定を取り消した。

 朝日新聞は2018年9月25日、表題について次のように報じた。


(1)四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転を差し止めた広島高裁の仮処分決定について、広島高裁(三木昌之裁判長)は25日、四電の保全異議を認め、決定を取り消した。四電はこれを受け、停止中の伊方原発の運転再開に向けた準備に入る。
(2)異議審では、阿蘇山(熊本県)の噴火リスクへの判断が焦点だった。決定で三木裁判長は、約9万年前と同規模の破局的噴火への対策を四電側がとることができるかについて、「現在の知見では、その前ぶれとなる現象を的確にとらえることはできず、具体的予防措置を事前にとることはできない」と指摘。「破局的噴火が伊方原発3号機の運用期間中に発生する可能性が相応の根拠をもって示されているとは認められない」として、「具体的な危険は存在しないことが証明された」と結論づけた。
(3)仮処分を申し立てたのは広島市と松山市の住民4人。広島地裁は昨年3月、住民側の申し立てを退けた。だが、広島高裁は昨年12月、これを不服とした住民側の即時抗告を認め、運転を差し止める決定を出した。伊方原発から約130キロ離れた阿蘇山が過去最大規模の噴火をした場合、火砕流の影響を受けないとはいえず、原発の立地は不適切と判断した。
(4)この決定に対して四電が申し立てた異議審で、四電は「過去最大規模の噴火を起こすようなマグマだまりはなく、大規模な噴火の可能性は十分小さい」とし、伊方原発に火砕流が届く可能性も小さいと主張した。一方、住民側は四電の説明に合理性が欠けるなどと反論していた。
(5)阿蘇山の噴火リスクをめぐっては、佐賀地裁が今年3月、九州電力玄海原発3、4号機(佐賀県)の再稼働差し止めを求めた住民らの仮処分申し立てを却下している。地裁は決定で「具体的な危険はない」と判断した。
(新谷千布美)




by asyagi-df-2014 | 2018-09-25 20:16 | 書くことから-原発 | Comments(0)

「もんじゅ」、30年に及ぶ廃炉作業にはいる。

 表題について、朝日新聞(以下、「朝日」)は2018年8月30日、次のように報じた。


(1)「廃炉が決まった高速増殖原型炉『もんじゅ』(福井県敦賀市)で30日、炉内外にある核燃料を取り出す作業が始まった。準備段階で機器のトラブルが相次ぎ、当初の7月開始予定から1カ月遅れで、30年に及ぶ本格的な廃炉作業に入った。」
(2)「作業開始前、運営主体の日本原子力研究開発機構の児玉敏雄理事長が職員らに訓示し、『安全、着実に進めることが信頼につながることを常に意識し、気を引き締めて取り組んでほしい』と呼びかけた。」
(3)「作業は午前10時半に始まった。原子力規制委員会が認可した廃炉計画では、2022年度までに原子炉と貯蔵槽で冷却材のナトリウムに漬かっている計530体の核燃料を洗浄し、水の入ったプールに移す。取り出した燃料の処分方法は決まっていない。全ての廃炉作業が完了するのは47年度末になる予定だ。」
(八百板一平)


 また、「朝日」は2018年8月31日、「もんじゅ廃炉 長く険しい道を着実に」、と社説で論評した。
この文殊廃炉をどのように捉えるのか。
「朝日」の社説で考える。
「朝日」の指摘は次のものである。


(1)「日本原子力研究開発機構の高速増殖原型炉もんじゅで、核燃料の取り出しが始まった。これから30年にわたる廃炉作業の本格的な一歩である。長く険しい道のりを、着実に進んでいかねばならない。」

(2)廃炉の作業は、燃料を取り出しつつナトリウムを抜き、機器類を撤去した後、建物を解体するという流れで進む。高速炉の廃炉は海外でも米英仏などで10例ほどしかない。慎重に作業を進めてもらいたい。」
(3)「プルトニウムは原爆の材料にもなる。核拡散の面で不要な懸念をもたれぬよう、燃料の取り出しに当たっては、国際原子力機関(IAEA)との情報共有を心がけることが大切だ。」
(4)「計画では22年度までに、炉心と炉外貯蔵槽に残る530体の燃料をナトリウムの中から取り出して洗浄し、水を張ったプールに移すことになっている。ナトリウムは不透明で、取り出す際、中の燃料を目視することはできない。もんじゅでプールまで移した燃料は過去に2体だけで、作業の経験者は10人ほどだという。8年前の試験運転では、燃料交換装置が炉内に落下するトラブルがあった。今回も各種の装置の不具合が相次ぎ、7月下旬の予定だった作業開始が1カ月も遅れた。今後も念には念を入れた点検が欠かせない。」
(5)「燃料の取り出し以外も気を抜けない。ナトリウムは水や空気に触れると激しく反応する性質があり、95年のナトリウム漏れの際には火災が起きた。放射能を帯びたナトリウムは、特に慎重に扱う必要がある。」
(6)「原子力機構は過去にさまざまなトラブルを起こし、安全意識の低さや気の緩みが批判されてきた。もんじゅと同時に東海再処理施設の廃止作業も70年かけて進める。長い期間、緊張感と士気を保たねばならない。」
(7)「もんじゅにはすでに1兆1千億円が投入され、廃炉には少なくとも3750億円がかかる。これらの大部分は税金だ。トラブルやミスで廃炉費用が大きく膨らむようでは困る。」
(8)「普通の原発の廃炉と同様の難問が待ち受けていることも忘れてはならない。取り出した燃料やナトリウム、解体で出てくる各種の放射性廃棄物の処分法はまだと決まっていない。政府は問題を先送りにせず、解決に取り組むべきである。」


 確かに、「もんじゅ」の廃炉作業には、次の問題が横たわっている。


Ⅰ.日本原子力研究開発機構がこれから30年にわたる廃炉作業(燃料の取り出しや放射能を帯びたナトリウムの処理など)を果たして担えるという疑問が拭えない。したがって、このことをきちっと確認する国側の監視システムが必要であること。
Ⅱ.現場の材料になるプルトニウムの管理について、国際原子力機関(IAEA)との情報共有が必要であること。
Ⅲ.取り出した燃料やナトリウム及び各種の放射性廃棄物の処分方法が決定されていない中での作業開始であり、大きな難題を未解決のままであること。
Ⅳ.廃炉費用は国民の税金で賄われること。このため、廃炉費用が膨らまないように、日本原子力研究開発機構と国の責任を明確にすること。




by asyagi-df-2014 | 2018-09-09 15:10 | 書くことから-原発 | Comments(0)

電力会社十社は、MOX燃料を再処理するための費用の計上を、二〇一六年度以降中止していた。

 東京新聞は2018年9月3日、表題について次のように報じた。


(1)「通常の原発でプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を燃やすプルサーマルを巡り、原発を持つ電力会社十社が、一度使ったMOX燃料を再処理して再び燃料として利用するための費用の計上を、二〇一六年度以降中止していたことが二日、分かった。政府は核燃料サイクル政策の一環としてMOX燃料を再利用する方針を掲げていたが、電力各社が費用計上をやめたことで資金面での根拠を失い、事実上、MOX再処理の断念となる。」
(2)「MOX再処理には新たな再処理工場の建設が必要で、巨額の費用がかかることが断念の理由とみられる。政府は七月に閣議決定したエネルギー基本計画で、使用済みMOX燃料の『処理・処分の方策を検討』と明記、初めて廃棄物として処分する選択肢にも言及した。MOX再処理ができなくなれば、核燃料の再利用は一度のみとなり、核燃料サイクルの意義は大きく崩れることになる。」
(3)「プルサーマルは、再稼働した関西電力高浜原発や四国電力伊方原発、九州電力玄海原発で実施中。政府と電力会社は国内外に保有する余剰プルトニウム削減のため、今後も順次プルサーマルの原発を増やしたい考えだが、使い終わったMOX燃料は再処理されないため、全て廃棄物となる恐れが出てきた。」
(4)「電力会社が出資する日本原燃は、青森県六ケ所村で使用済み燃料の再処理工場とMOX燃料の加工工場の建設を進めているが、総事業費は約十六兆円と巨額で操業延期も続く。MOX再処理には新たに『第二再処理工場』を造らなければならないが、さらなる費用確保は困難な情勢だ。」
(5)「これまで電力会社は再処理に関する費用を、通常の核燃料とMOX燃料に分けて将来の支払いに備える引当金や積立金の形で準備。十社は使用済みMOX燃料再処理のため一六年三月末時点で引当金計約二千三百億円を計上していた。一方、政府は一六年、新たに認可法人「使用済燃料再処理機構」を設立。通常の核燃料もMOX燃料も区別せず、原発で使った分に応じて機構に拠出金を支払う形になった。」


 確かに確認しました。
電力各社が、MOX再処理を断念したことを。




by asyagi-df-2014 | 2018-09-03 20:38 | 書くことから-原発 | Comments(0)

やはり、「3.11」を出発点に。~京都新聞20180826~

「日本には原発を動かす条件も環境も整っていない。そう考えざるを得ない。」、と京都新聞は主張する。
 どういうことなのか。
 京都新聞(以下、「京都」)は2018年8月26日、「原発事故の賠償  リスクの放置は無責任だ」、とその社説で論評した。
「京都」の主張は次のものである。


(1)「政府は原発事故に備えた原子力損害賠償法に基づく賠償金を現行の1200億円に据え置く方針を決めた。」
(2)「東京電力福島第1原発の事故の賠償金は、今年7月時点で8兆円を超えている。同法で定めた民間保険や政府補償による賠償上限を引き上げる必要性は以前から指摘されていた。政府の専門委員会は当然、引き上げで同意する方向だった。しかし、電力会社と政府の双方が引き上げに後ろ向きで、結果的に見送りとなった。」
(3)「万が一への備えが不十分なまま、原発の再稼働が進んでいくことになる。『原発のコスト』などの著書で知られる龍谷大の大島堅一教授(環境経済学)は『無保険で車を運転しているような状態』と指摘する。」
(4)「賠法は、民間保険と政府補償契約で賠償額を充当する仕組みで、賠償額の増額は電力会社の負担になる。電力会社は電気代値上げにつながるとして難色を示し、賠償額を増やすなら国が手当てしてほしいと要求した。電力自由化で競争が激化しているうえ、原発再稼働のための安全対策に費用がかかっているためという。原発の運転にお金がかかるから、万が一の事故に備えた賠償金を十分用意できない、というわけだ。それなら原発から撤退すればよい。税金をあてにするなど、論外ではないか。」
(5)「国も世論の反発を恐れ、財政出動による政府補償の増額を拒んだ。
 電力会社が十分な補償を用意して原発を運転しているかどうかを監督するのが、本来の国の役割ではないのか。「再稼働ありき」だから電力会社の言い分を聞くしかない、というなら極めて無責任である。」
(6)「『原発は比較的安価なエネルギー』。国と電力会社はこう繰り返しているが、万が一の事故に十分に備えれば、割が合わないのは明らかだ。」


 「京都」の次の指摘は、実に重たい。


(1)「今月10日、中国電力が建設中の島根原発3号機の新規稼働に向けて原子力委員会に審査を申請した。2011年の東日本大震災当時に建設中だった原発が審査を申請するのは2例目になる。」
(2)「島根3号機は、事故を起こした福島第1原発と同じ沸騰水型原子炉(改良型)である。中国電が3号機の稼働を目指す背景には、電力自由化による競争の激化がある。中国地方には新電力や関西電力が進出している。関電のように原発を再稼働させ、火力発電向け燃料負担を軽減し、増益を狙いたいというわけだ。」
(3)「こうした経営方針は、関電や九州電力、四国電力にも共通する。電力会社の表面的な経営改善のために、本来負うべきリスクへの対応が放置されたまま再稼働が進んでいる。」
(4)「米国のニューヨーク州は昨年、原発1基の廃止を決めた。都心部から80キロ圏内にあり、事故時の避難や補償が不可能だからだ。福島の教訓を生かした判断である。本来、日本がとるべき道ではないだろうか。」


 確かに、「京都」の「万が一への備えが不十分なまま、原発の再稼働が進んでいくことになる。『原発のコスト』などの著書で知られる龍谷大の大島堅一教授(環境経済学)は『無保険で車を運転しているような状態』と指摘する。」、との指摘は、言いえて妙である。
 「原発の運転にお金がかかるから、万が一の事故に備えた賠償金を十分用意できない、というわけだ。それなら原発から撤退すればよい。税金をあてにするなど、論外ではないか。」(「京都」)、「電力会社が十分な補償を用意して原発を運転しているかどうかを監督するのが、本来の国の役割ではないのか。「再稼働ありき」だから電力会社の言い分を聞くしかない、というなら極めて無責任である。」(「京都」)、もまた。
 まさしく、「京都」の「米国のニューヨーク州は昨年、原発1基の廃止を決めた。都心部から80キロ圏内にあり、事故時の避難や補償が不可能だからだ。福島の教訓を生かした判断である。本来、日本がとるべき道ではないだろうか。」、との指摘こそ日本が生かされる道である。




by asyagi-df-2014 | 2018-09-02 08:18 | 書くことから-原発 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
画像一覧
通知を受け取る