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経団連の電力政策についての提言とは。

 経団連が電力政策についての提言をまとめた。
 このことに関連して、朝日新聞(以下、「朝日」)は2019年4月10日、「経団連と原発 異論に向き合い議論を」、と社説で論評した。
 「朝日」の見解を次のものである。


(1)経団連が電力政策についての提言をまとめた。内容は多岐にわたり、再生可能エネルギーの拡大に必要な送電線網の整備や、老朽化が進む発電所への投資促進など、方向性はうなずけるものもある。
(2)しかし原発については疑問が多い。脱炭素化をめざす上で「不可欠なエネルギー源」と原発を位置づけ、運転期間の大幅延長の検討や新増設を進める方針の明示を、政府に求めた。


 「朝日」は、この原発についての疑問を次のように指摘する。


(1)原子力への逆風が国内外で強まっている現実を、踏まえるべきではないか。福島第一原発の事故以降、世論調査で原発に否定的な意見が多数を占めている。安全対策費用の上昇で、政府や電力業界が長年強調してきた原発の経済性は低下した。高レベル放射性廃棄物の処分地の検討も、依然進まない。
(2)提言では、こうした状況にどう対処するのか、具体的な言及は乏しい。解決の道筋を示さぬまま、原発の必要性を訴えるだけでは、説得力を欠く。
(3)化石燃料を使う火力発電に電力の8割を頼る現状への批判を強調し、原発推進の根拠とする一方で、多くの温室効果ガスを出す石炭火力の問題をほぼ素通りしている点も、ちぐはぐだ。日ごろ、炭素税などのカーボンプライシングに反対していることと合わせ、温暖化問題での経団連の姿勢は、目先の利害にとらわれすぎていないだろうか。


 「朝日」は、経団連提言と経団連の姿勢そのものについてへの指摘をさらに続ける。


(1)ほかに提言で目を引くのは、「社会全体が電力問題を自分ごとと捉え、国民的な議論が行われることが期待される」という記述だ。もっともなことだが、実際の動きを見ると、「言行不一致」と言わざるを得ない。
(2)経団連の中西宏明会長は最近、原発に理解が広がらない現状について「議論が不足している」と述べ、幅広い層を巻き込んだ議論を訴えている。ところが、脱原発と再エネ推進の政策提言をしている民間団体から公開討論を申し込まれると、「エモーショナル(感情的)な反対をする人たちと議論しても意味がない」と拒否した。
(3)エネルギー問題は複雑で、意見が分かれるテーマが多い。中でも原発をめぐっては、推進・反対派の双方とも内輪で固まる傾向が強く、建設的な政策論議はなかなか深まらない。状況を打開したいのなら、経団連が異論にも正面から向き合い、さまざまな専門家や市民らとの対話に踏み出すべきだ。原発を手がける日立製作所の経営者でもある中西会長こそ、その先頭に立ってもらいたい。


 「朝日」は、最後を、「開かれた話し合いは、論点や課題、それぞれの主張の長所や弱点を見えやすくする。社会に広く受け入れられる解決策を練り上げる、一歩となるはずだ。」、とまとめる。


 もちろん、日本の電力政策についての議論の根本には、やはり、「3.11」を置くことが必要であり、日本の基本政策がこのことから離れことは間違っている。




by asyagi-df-2014 | 2019-04-16 08:28 | 書くことから-原発 | Comments(0)

「裁判所は『社会通念』を重視する決定を出しているが、国民の思いとは大きく異なる。」、と大分合同新聞は主張。

 大分合同新聞(以下合同)は2019年3月16日、「『司法は住民を切り捨てた』―。四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転禁止を求める仮処分申請を却下した15日の山口地裁岩国支部決定に対し、住民側弁護団は『無責任だ』と怒りをあらわにした。」、
と伊方原発の仮処分却下の判断に、住民の怒りの声を対置させた。
また、合同はこの怒りの意味を、「伊方原発の仮処分却下 社会通念は安全神話か」、とその論説で論評した。
まず合同は、次のように抑える。


(1)福島第1原発の事故発生から8年が経過した。原発の稼働停止を求める住民側の訴えに対し、裁判所は原発の危険性について「社会通念」の判断から稼働を認めることが多い。老朽原発の運転延長なども含め、原発事故の風化さえ感じられる。
(2)四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを山口県内の住民3人が求めた仮処分申請について、山口地裁岩国支部は15日、却下する決定をした。


 次に、合同は、何が争点だったのか、司法の判断の問題について、次のように指摘する。。


(1)同支部で最大の争点になったのは、原発沖の活断層リスクをどう評価するかだった。
(2)審尋で住民側は小松正幸・愛媛大学元学長(地質学)の見解を基に、「伊予灘沖約8キロにある活断層帯は、中央構造線の本体ではない。本体はもっと原発に近く、地震を引き起こす可能性がある」と指摘した。
(3)原発が立地する際、場所を決めてから活断層などの調査を電力会社側がする。当然、立地を難しくする調査結果については慎重な姿勢になりがちだ。
(4)鈴木康弘・名古屋大学教授は著書「原発と活断層」で「最大の問題は、調査を全て電力会社に委ね、政府が責任を負わない点にある。活断層調査は、調査位置が数メートルずれただけで誤った結論を招く恐れもある」「“安全審査の手引”など策定中の議論で、従来の活断層認定には問題が多く、活断層が見落とされている事実に向き合わざるをえなくなった」と指摘する。
(5)2017年末、広島高裁は阿蘇山の巨大噴火リスクを理由に伊方原発3号機の運転を禁じる決定を出した。阿蘇カルデラは伊方原発から130キロに位置し、約9万年前に大爆発を起こしている。広島地裁で18年8月にあった仮処分申請の審尋で、火山学の専門家は「阿蘇からの火砕流は伊方に到達したと考えられる」と警告した。しかし、同年9月の異議審決定で広島高裁は「社会通念上、リスクは無視できる」と稼働を容認。山口地裁岩国支部も「巨大噴火の発生頻度は著しく小さく、(原発)運用期間中に巨大噴火が発生する具体的根拠があるといえない場合、社会通念上容認できる水準以下と評価できる」と同様の判断だった。


 特に、合同は、この間重要な争点となってきた「社会通念」のことについて、次のように明確に批判する。


(1)福島第1原発事故は、想定を上回る津波が発生することが指摘されていたのに、先送りしたことが取り返しのつかない大惨事につながった。
(2)日本世論調査会が実施した防災世論調査で、福島第1原発事故のような深刻な原発事故が起こる可能性について「心配が残る」と答えた人は86%にも達した。
(3)裁判所は「社会通念」を重視する決定を出しているが、国民の思いとは大きく異なる。過去起きたか、あるいは可能性がある最大規模の地震や火山噴火を検討材料から外しては、福島第1原発事故の要因ともなった“安全神話”になりかねない。可能性のある地震や火山噴火をクリアできない原発は廃止すべきだろう。


 ここで、こんなことを書くのは、相応しくないのだが、今回の合同の原発問題について論説は、私自身の合同への偏見を払拭する。
 確かに、「裁判所は『社会通念』を重視する決定を出しているが、国民の思いとは大きく異なる。過去起きたか、あるいは可能性がある最大規模の地震や火山噴火を検討材料から外しては、福島第1原発事故の要因ともなった“安全神話”になりかねない。可能性のある地震や火山噴火をクリアできない原発は廃止すべきだろう。」(合同再掲)に、繋がる。




by asyagi-df-2014 | 2019-03-22 07:07 | 書くことから-原発 | Comments(0)

「3.11」をあらためて。(3)

 「3.11」をあらためて捉え直す時。
 日本という国が、果てしなく壊れているとの実感の中にいる。
 「3.11」は、実は次への未来の基底として位置づけるということではなかったのか。
それは、「3.11」が次への新しい取り組みの始まりとすることができなくなっているということである、「3.11」そのものが歪められてしまったということでもある。
「3.11」をあらためて、中心に据えて捉え直すために。

 ここでは、とっかかりとして東京新聞、毎日新聞及び朝日新聞の2019年3月10日付けの社説で考えてみる。
今回は、朝日新聞(以下、「朝日」)の「原発被害からの復興 福島の『いま』と向き合う」との社説から。
「朝日」は、「3.11」の意味の一つを、「東日本大震災と東京電力福島第一原発の事故から8年。福島県で今も、人々の心に影を落とすのは、放射能をめぐる「風評」と「風化」の問題だ。」、と評する。
 また、このことについて、「原発周辺は住民の帰還が進まず、難しい課題を抱える一方、それ以外の多くの地域では、放射線量が平常の水準に下がっている。食品の安全対策も効果をあげている。だが県外を中心に、汚染の被害や健康への悪影響についての誤解、全体的に不安な印象などは消えていない。福島の現状は十分知られておらず、むしろ見聞きすることは減りつつある。」、とする。


 「朝日」は、「『風評』『風化』の悩み」について、続ける。


(1)地元では苦悩や葛藤が続く。
(2)例えば、原発の敷地にたまり続ける低濃度の汚染水をどうするのか。県産米の「全量全袋検査」をどう縮小していくか。汚染水問題で政府は、浄化処理して海に流す案を有力視する。だが、風評被害を心配する漁業団体や住民らが反発し、解決の糸口は見えない。
(3)風評は現実に復興の足かせとなっている。県内の農業産出額は事故前の9割にとどまる。観光業もまだ回復途上だ。福島産の農作物や魚は、厳しい検査で安全を確かめて流通している。米は15年産以降、「基準値超えゼロ」が続く。それでも、買い控えは解消していない。消費者庁の先月の調査では、放射性物質を理由に福島産の購入をためらう人は約13%。食品検査のことを知らない人は、約45%にのぼった。
(4)問題の根っこには、放射線についての知識や関心、「安心」の感覚は、人によって違いが大きいという実情がある。「福島への関心が時間とともに薄れる中、何となく悪いイメージがうっすら固定化した人は、かなり分厚く存在するのではないか」。放射能と食の問題に詳しい社会学者、五十嵐泰正・筑波大准教授は、こうみる。


 この上で、「朝日」は、「問題を克服するには」、と書き込む。


(1)風評を乗り越えるには、いくつものハードルがある。
(2)行政や関係業界は、放射線の科学的知識や安全対策の発信を続けている。事実を広めるアプローチは大切だ。しかし、それだけでは限界がある。放射能を特段、意識しない多くの消費者に福島産を買ってもらうには、まず売り場に置かれる必要がある。流通業者には商品を正当に評価する姿勢が望まれる。供給側が「おいしさ」などの魅力を磨き、イメージを高めることも欠かせない。ただ、漠然と不安を抱いたり、放射線のリスクに敏感で意識的に福島を避けたりする人もいる。福島の生産者側との間に溝やあつれきもみられる。
(3)事故の後、原発や放射線対策にかかわる行政や専門家への不信が社会に広がった。8年を経ても、放射能や風評がからむ課題について冷静に議論し、広く納得をえられる解決策を探る素地は整っていない。
(4)船に乗って、福島第一原発の沖で魚を釣る。放射性物質の濃度を測り、結果を公表する。福島県いわき市の地域活動家、小松理虔(りけん)さん(39)は、こんな取り組みを5年前から続けてきた。調査は約30回を重ね、数百人が「呉越同舟」した。放射能が気になる市民、行政や専門家、脱原発や復興支援の活動家……。そこで、人の心を動かす力に気づいたという。
(5)放射能が「何となく不安」な人にも、体験とデータが重なって納得感が生まれ、「何となく安心」に変わっていく。一緒に釣りをすると、立場を超えてみながよく笑う。小松さんが心がけるのは、楽しさを前面に出して興味をひくことだ。「当事者を限定せず、多くの人に福島にかかわってもらうことが、風評や風化にあらがう力になる。共通の体験は、『分断』を乗り越えるきっかけにもなりうると思う」
(6)事故の被害をめぐっては、「放射能が心配/気にしない」のほかにも、「避難を続ける/地元に戻る」「原発はなくすべき/必要」など、多くの分断の軸が交錯する。ネット上では激しい攻撃の言葉が飛び交う。多くの人にとって「ややこしそうな」テーマとなり、日常の中で話題にしにくい空気は地元にもある。


 こうして、朝日新聞は、次のように投げかける。


(1)この状況は、数十年かかる廃炉などの後始末や、住民が散り散りになった地域社会の再生をいっそう困難にしている。だが、原発推進の国策の末にもたらされた苦しみを取り除くのは、社会全体に課せられた重大な責任である。福島にどう向き合うか、問われ続ける。
(2)まずは等身大の姿を知り、情報やイメージを更新する。そして、こじれた状況を一つひとつときほぐし、人々がそれぞれの考えを尊重しながら建設的に語り合える環境を取り戻す。福島が開かれた復興の道のりを歩めるよう、世の中のスイッチを入れ直したい。


 確かに、「3.11」の意味を問うことは、常に「風評」との闘いを必然にする。
 では、どうしたら。
「まずは等身大の姿を知り、情報やイメージを更新する。」(「朝日」)、とは重要な指摘ではある。




by asyagi-df-2014 | 2019-03-17 07:37 | 書くことから-原発 | Comments(0)

「3.11」をあらためて。(2)

 「3.11」をあらためて捉え直す時。
 日本という国が、果てしなく壊れているとの実感の中にいる。
 「3.11」は、実は次への未来の基底として位置づけるということではなかったのか。
それは、「3.11」が次への新しい取り組みの始まりとすることができなくなっているということである、「3.11」そのものが歪められてしまったということでもある。
「3.11」をあらためて、中心に据えて捉え直すために。

 ここでは、とっかかりとして東京新聞、毎日新聞及び朝日新聞の2019年3月10日付けの社説で考えてみる。
今回は、毎日新聞(以下、「毎日」)の「過酷事故8年の原発 政策転換はもはや必然」との社説から。
「毎日」は、「原発の未来には持続可能性はない」、と評する理由を次のように示す。


(1)世界を震撼(しんかん)させた原発過酷事故から8年。東京電力福島第1原発の構内は整備が進んだが、当時の悪夢の爪痕は厳然として残る。
(2)メルトダウンした1~3号機の中には溶けて構造物と混じり合った燃料デブリ計約900トンがそのまま存在する。先月、特殊な器具でデブリに触れることはできたが、取り出しの見通しが立ったわけではない。
(3)廃炉のゴールは何十年先なのか。何兆円の費用がかかるのか。わかっているのは道のりの困難さだけだ。
(4)一方、この8年で誰の目にもはっきりしてきたことがある。持続可能性のない原発の未来像だ。こうした状況で、私たちがめざすべき道は何か。現実を直視し、エネルギー政策を転換していくことが急務だ。


 また、「毎日」は、「廃炉作業の道のり」について、次のように指摘する。

(1)東電は今後、燃料デブリを詳しく分析し、2021年から本格的な取り出しを始める計画だ。しかし、原子炉建屋内は放射線量が極めて高い。スケジュールありきで作業を急げば思わぬトラブルに直面するだろう。作業員の安全をないがしろにすることがあってはならない。
(2)事故直後からの課題である汚染水問題も作業の困難さを象徴する。対策の切り札とされた「凍土遮水壁」は完成したものの、原子炉建屋への地下水流入は止まらず、処理水は構内のタンクにたまり続けている。放射性トリチウムが残留するこの水をどうするか。薄めて海に放出すれば確かに作業の安全性は高まる。しかし、漁業者らから懸念の声が上がるのは当然のことだ。政府と東電は、透明性のある国民的な議論を積み重ねなければならない。
(3)こうした困難な廃炉作業を尻目に政府は「原発維持政策」を進めてきた。福島の事故以降、再稼働した原発は9基。例外だった運転40年を超える老朽原発の延命も「原則」となった。被災した老朽原発「東海第2」を再稼働させる計画さえあり、「原発依存度の低減」という政府の方針は有名無実化しつつある。
(4)一方で、小規模原発の廃炉決定も相次ぐ。東電の被災原発を除くと7原発11基。事故後に求められるようになった安全対策の費用が回収できないとの経済合理性からの判断だ。
(5)高額の安全対策費は「原発輸出」の破綻にもつながった。今年に入って日立製作所が英国での原発建設計画を凍結、三菱重工業もトルコでの建設計画から事実上撤退する見通しだ。東芝はすでに海外の原発事業から撤退。安倍政権が成長戦略と位置づけてきた原発輸出に経済性がないことはもはや明らかだ。


 「毎日」は最後に、「3.11」の意味を受けとる中でのこれからについて、「事故当事国である日本での原発新増設は事実上不可能」、「新たなエネルギー政策の構築に踏み出さねば、対応が後手に回るばかりだ。」、と次のように提起する。


(1)こうした状況をみれば事故当事国である日本での原発新増設は事実上不可能だ。少なくとも西側諸国では原発が持続可能性のない斜陽産業となったことを政府は認識すべきだ。 その上で、昨年改定したエネルギー基本計画の「30年度に原発比率20~22%」を見直し、新たなエネルギー政策の構築に踏み出さねば、対応が後手に回るばかりだ。
(2)中でも重要なのは再生可能エネルギーの「主力電源化」だろう。もちろん、それは簡単な課題ではない。太陽光や風力で従来の原発分をどう補うのか。変動する再生エネの調整に火力発電を使うと温暖化対策に逆行する、という問題をどう解決するのか。一朝一夕にはいかない。
(3)ただ、これまでの原発依存政策が再生エネの成長を妨げてきたことも確かだ。世界で拡大する太陽光パネルや風力発電機の市場で日本の影が薄くなってしまった背景にも、政府の失策があるだろう。今後は、再生エネを活用するための投資にこそ力を入れるべきだ。「国のインフラ」としての送電網の整備、原発優先の給電システムの見直し、原発廃炉で余った送電網の有効活用などが重要だ。
(4)同時に、再生エネを安定運用するための気象予測や電力需要予測、需要と供給のバランスを取るシステム、蓄電池の開発など、日本の得意分野をビジネスとして発展させる方向にかじを切ったほうがいい。
(5)今後、国内外で多数の廃炉が必要となることを思えば、廃炉人材を育成し、廃炉ビジネスを展開する戦略も立てるべきだ。
(6)事故炉と通常の原発の廃炉作業は異なるとはいえ、福島の経験を一般の廃炉に生かすこともできるはずだ。福島で得られる知見を統合し、一般の廃炉技術の開発につなげる。官民が協力し、「原発後」の産業にも活路を見いだしてほしい。




by asyagi-df-2014 | 2019-03-16 07:06 | 書くことから-原発 | Comments(0)

「3.11」をあらためて。(1)

 「3.11」をあらためて捉え直す時。
 日本という国が、果てしなく壊れているとの実感の中にいる。
 「3.11」は、実は次への未来の基底として位置づけるということではなかったのか。
それは、「3.11」が次への新しい取り組みの始まりとすることができなくなっているということである、「3.11」そのものが歪められてしまったということでもある。
「3.11」をあらためて、中心に据えて捉え直すために。

 ここでは、とっかかりとして東京新聞、毎日新聞及び朝日新聞の2019年3月10日付けの社説で考えてみる。
まずは、東京新聞(以下、「東京」)の「3・11から8年 再生の光、復権の風」との社説から。
 「東京」は、「国は福島県を『再生可能エネルギー先駆けの地』と位置付ける。でも、忘れないでほしい。太陽や風の電気には、脱原発の願いがこめられていることを。」、との言葉から始める。


 「東京」は、「3.11」の意味の一つを、「原発事故は『までい』な暮らしを引き裂いた。」、と指摘する。


(1)福島県飯舘村は、福島第一原発の三十キロ圏外にもかかわらず、あの日の風向きの影響で放射性物質が降り注ぎ、全村避難を余儀なくされた。おととし三月、避難指示は解除されたが、事故以前、約六千人いた村民は、一割しか戻っていない。
(2)高原の美しい風景が、都会の人に愛された。「までい」という土地の言葉に象徴される村人の生き方も。「丁寧、心がこもる、つつましさ」という意味だ。
(3)原発事故は「までい」な暮らしを引き裂いた。


 「東京」は、東北の「自信と尊厳を取り戻す」との歩みとその挫折を次のように説明する。


(1)二〇一四年九月に設立された「飯舘電力」は、「までい」再生の象徴だ。村民出資の地域電力会社である。設立の理念は、こうだ。
(2)<『産業の創造』『村民の自立と再生』『自信と尊厳を取り戻すこと』をめざして飯舘村のあるべき未来を自らの手により造り成すものとする->
(3)原発事故で不自然に傷つけられたふるさとの尊厳を、村に豊富な自然の力を借りて、取り戻そうというのである。
(4)現在、出力四九・五キロワットの低電圧太陽光発電所、計四十三基を保有する。年末には五十五基に増設する計画だ。当初は、採算性の高い千五百キロワットの大規模発電所(メガソーラー)を造ろうとした。ところが設立直後、東北電力送電網が一基五十キロワット以上の高圧電力の受け入れを制限することにしたために、方針を転換せざるを得なかった。
(5)三年目には、風力発電所を建設しようと考えた。やはり東北電力に「接続には送電網の増強が必要で、それには二十億円の“受益者負担”が発生する」と言われ、断念したという。
(6)「風車が回る風景を、地域再生のシンボルにしたかった…」。飯舘電力創設者の一人で取締役の千葉訓道さんは、悔しがる。
(7)送電線を保有する電力大手は、原発の再稼働や、建設中の原発の新規稼働も前提に、太陽光や風力など再生可能エネルギーの接続可能量を決めている。原発がいつ再稼働してもいいように、再エネの受け入れを絞り込み、場所を空けて待っている。「送電線は行列のできるガラガラのソバ屋さん」(安田陽・京都大特任教授)と言われるゆえんである。
(8)発電量が多すぎて送電網がパンクしそうになった時にも、国の定めた給電ルールでは、原発は最後に出力を制限される。


 どうやら、「3.11」が次の一歩を踏め出せないでいる理由の一つに、「大手による送電支配」のなかで、依然として克服されない「あれから八年。原発はいまだ特別待遇なのである。」、ということがあると、「東京」は指摘するのである。


(1)電力自由化の流れの中で、二〇年、電力会社の発電部門と送配電部門が別会社に分けられる。しかし今のままでは一六年にひと足早く分離した東京電力がそうしたように、形式的に分かれただけで、同じ持ち株会社に両者がぶら下がり、「送電支配」を続けるだろう。大手による送電支配がある限り、再エネは伸び悩む。
(2)先月初め、「東京電力ホールディングス」が出資する「福島送電合同会社」が、経済産業省から送電事業の許可を受けた。「先駆けの地」の先行例として、福島県内でつくった再生エネの電力を、東電が分社化した子会社の「東京電力パワーグリッド」の送電線で、首都圏へ送り込む計画だ。
(3)大手による実質的な送電支配は変わっていない。「発電事業にも大企業の資本が入っており、私たちには、何のメリットもありません」と、千葉さんは突き放す。福島県の復興計画は「原子力に依存しない、持続的に発展可能な社会づくり」をうたっている。千葉さんは、しみじみ言った。「私たちがお日さまや風の力を借りて、こつこつ発電を続けていけば、いつかきっと原発のいらない社会ができるはず-」

◆再エネ優先の送電網を


 だからこそ、「東京」は、「3.11」の捉え直しの中で次のように主張する。


「最悪の公害に引き裂かれたミナマタが、日本の『環境首都』をめざして再生を果たしたように、脱原発依存は、最悪の事故に見舞われたフクシマ再生の基本であり、風力や太陽光発電は、文字通り再生のシンボル、そして原動力、すなわちエネルギーではないのだろうか。脱原発依存は、最悪の事故に見舞われたフクシマ再生の基本原発優先の国の姿勢は、福島再生と矛盾する。例えば飯舘電力などに、地域再生の活力を思う存分注ぎ込んでもらうべく、再エネ最優先の電力網を全国に張り巡らせる-。今『先駆け』として、やるべきことだ。」


 もう一度再確認する。
「脱原発依存は、最悪の事故に見舞われたフクシマ再生の基本」(東京新聞)でることを。
まさしく、「3.11」の意味は、このことにあったはずである。



by asyagi-df-2014 | 2019-03-11 07:14 | 書くことから-原発 | Comments(0)

本当の話。東京電力福島第一原発事故の対応費用は、2016年の経済産業省の約22兆円をではなく総額81兆~35兆円。

 朝日新聞は32019年3月9日、表題について次のように報じた。


(1)東京電力福島第一原発事故の対応費用が総額81兆~35兆円になるとの試算を民間シンクタンク「日本経済研究センター」(東京都千代田区)がまとめた。経済産業省が2016年に公表した試算の約22兆円を大きく上回った。
(2)81兆円の内訳は、廃炉・汚染水処理で51兆円(経産省試算は8兆円)、賠償で10兆円(同8兆円)、除染で20兆円(同6兆円)。
(3)経産省試算との大きな違いは、汚染水の浄化処理費用を約40兆円と大きく見積もったことや、除染で発生する土壌などの最終処分費用を算入したことなど。また、この汚染水を、水で薄めたうえで海洋放出する場合は、廃炉・汚染水処理の費用が11兆円になり、総額も41兆円になるとした。これに加えて事故で溶け落ちた核燃料(デブリ)を取り出さずにコンクリートで封じ込める、いわゆる「石棺」方式を採用した場合は、廃炉・汚染水の費用が4・3兆円になり、総額も35兆円になるとした。ただ、「石棺」方式は、かつて「復興やふるさとへの帰還をあきらめることにつながる」などと問題になったことがある。
(4)同センターは2年前、総額70兆~50兆円に膨らむとの試算を出したが、その後の汚染水処理や除染などの状況を踏まえ、再試算した。試算を示したリポートはこの費用の増加を踏まえ、「中長期のエネルギー計画の中で原発の存否について早急に議論、対応を決めるときではないか」と指摘した。
(小森敦司)



by asyagi-df-2014 | 2019-03-10 21:18 | 書くことから-原発 | Comments(0)

「原発事故避難 国に5度目賠償命令 横浜地裁 東電の責任も認定」、と東京新聞。

 東京新聞は2019年2月20日、表題について次のように報じた。


(1)東京電力福島第一原発事故の影響で福島県から神奈川県などに避難している六十世帯百七十五人が、国と東電にふるさとでの生活を奪われた慰謝料など約五十四億円を求めた訴訟の判決で、横浜地裁(中平健裁判長)は二十日、両者の責任を認め、百五十二人に対する約四億二千万円の支払いを命じた。
(2)全国で約三十の同種の集団訴訟で八例目の判決。国が被告となった六件のうち責任を認めたのは五件目。
(3)訴訟では、原発事故を引き起こした巨大津波を国と東電が予見して対策を取ることが可能だったかや、避難区域外からの自主避難者への賠償が妥当かどうかが主な争点だった。
(4)中平裁判長は判決理由で、二〇〇九年の報告で敷地高を超える津波の到来を予見できたと指摘。非常電源設備を移設していれば、1号機の水素爆発は回避できたとし、「国はただちに行政上の手続きに着手すべきで、遅くとも一〇年には実現が可能だった」とした。
(5)自主避難については、原告の状況に応じて慰謝料を支払うのが妥当だとした。
(6)閉廷後、村田弘原告団長は「国の責任を認める司法判断が下されたのは大きい。賠償も大筋で認められ、全体では八分咲きという印象。事故は国と東電の人災。ただちに避難者の救済に責任を持って取り組んでほしい」と述べた。原告団事務局長の黒沢知弘弁護士は「今までの賠償額より前進しており、実質的な勝訴。国の責任が五回も断罪された。これ以上争うなと言いたい」と話した。
(7)<東京電力ホールディングスのコメント>事故により、福島県民の皆さまをはじめ、広く社会の皆さまに大変なご迷惑とご心配をお掛けしていることを改めて心からおわび申し上げる。横浜地裁の判決については、内容を精査し、対応を検討していく。
(8)<原子力規制庁のコメント>国の主張について裁判所の十分な理解が得られなかったと考えている。原子力規制庁としては引き続き適切な規制を行っていきたい。




by asyagi-df-2014 | 2019-02-20 19:20 | 書くことから-原発 | Comments(0)

安倍晋三政権の成長戦略の夢はついえた。それは、一つには、原発輸出の頓挫。

 河北新報は2018年12月18日、「頓挫する原発輸出/『成長戦略』の夢はついえた」、と断じた。
当然の指摘とは言え、地方新聞の目は、安倍晋三政権の政策の誤りを鋭く射貫く。
河北新報の「成長戦略と原発輸出を結び付けるのは、最初から無理があったのではないか。」、とする批判は、次のものである。


(1)安倍政権が「成長戦略」に位置付け、官民挙げて推進してきた原子力発電所の輸出がことごとくつまずいている。
(2)今月、三菱重工業がトルコとの間で進めてきた「シノップ原発」の建設計画が、断念の方向で検討に入ったことが明らかになった。さらに日立製作所が英国で計画していた原発も「凍結」になった。ベトナムやリトアニアでもこれまでに、計画撤回などに追い込まれている。原発の輸出ではないが、東芝が米国での原発事業に失敗し一時、経営危機に陥ったことも記憶に新しい。海外で本格的に原子力産業へ乗り出すことには、かなりの困難が伴うのではないか。
(3)そもそも東京電力福島第1原発事故の後始末にこれから何十年もかかるというのに、原発輸出に躍起となっているのは理解に苦しむ。日本国内で新規の建設・増設の見通しが立たず、メーカーは海外に活路を見いだそうとしてきたが、ほぼ全滅状態。
(4)成長戦略と原発輸出を結び付けるのは、最初から無理があったのではないか。


 また、河北新報は、日本企業の海外の原発計画のお粗末さを次のように指摘する。


(1) シノップ原発の受注が決まったのは2013年だった。事業費2兆2000億円のプロジェクトだったが、福島第1原発事故の影響で安全対策費などがかさみ、当初の2倍以上の5兆円にもなる見通しになった。トルコが負担できるかどうか不透明になり、断念の方向になった。
(2)リトアニアの「ビサギナス原発」を巡っては、12年に建設の是非を問う国民投票が行われ、反対が過半数に達している。ベトナムでも福島第1原発事故前の10年に受注が決まっていたが、16年に計画が撤回された。
(3)日立製作所などが英国の中西部の島で計画中の原発(2基)は、建設費が当初の1.5倍の3兆円に膨らみ、採算性が課題になっていた。出資企業の確保や電力買い取り価格などの議論が続いていたが、実現は遠のいた。
(3)日本企業が関係した海外の原発建設計画の経過をたどると、安全対策などによる建設費の高騰が大きな障害になっている。事故回避のためのコストは必要だとしても、負担できないほどの額になれば、建設そのものを考え直すしかなくなる。
(4)原発といえども採算性は大事。福島第1原発事故後に必要になった原子力特有の安全対策費が建設費を押し上げ、世界中で競争力を失いつつあるのではないだろうか。


 だから、河北新報は、「安倍晋三首相は就任以来、原発輸出に前のめりの姿勢を続け、メーカーと歩調を合わせて各国への売り込みを図ってきた。だが実績は皆無で、これから上向く見通しも立たないだろう。原発輸出はいったん立ち止まって再検討すべきだ。原子力産業の海外展開に国の成長の一端を委ねることが、多くの国民の支持を得られる政策だとも思えない。」、と結論づける。


 確かに、安倍晋三政権の成長戦略そのものが間違っている以上、その原発輸出戦略も否定せざるを得ないものである。
 そもそも、「3.11」が示したものは、「原子力産業の海外展開に国の成長の一端を委ねる」ことを止めるということであったはずだ。




by asyagi-df-2014 | 2018-12-26 07:19 | 書くことから-原発 | Comments(0)

経済産業省は、原発の新増設に新たな道を開く。小型原発の開発を進め、二〇四〇年ごろまでに実用化を目指すとする。

 東京新聞(以下、「東京」)は2018年12月1日、表題について次のように報じた。


(1)地球温暖化対策を名目に、経済産業省が新たな小型原発の開発を進め、二〇四〇年ごろまでに実用化を目指す方針を固めた。太陽光や風力などの再生可能エネルギーが世界的に普及している中、経産省は温室効果ガス削減には原発が必要と判断。将来の建設を想定しており、原発の新増設に道を開くことになる。
(2)新方針は十一月十四日、経産省内で開かれた非公開の国際会議で、同省資源エネルギー庁の武田伸二郎原子力国際協力推進室長が表明した。本紙は武田室長に取材を申し込んだが、応じていない。出席者らによると、武田室長は地球温暖化防止の枠組み『パリ協定』実現のために、原発を活用する方針を表明。国内の多くの原発が四〇年ごろに寿命を迎えることを受け、『将来も一定の原発比率を維持するには、新原発の建設に向けて今、準備を始める必要がある』と述べた。」
(3)開発目的は「再生エネが増えていくので、これをサポート(補完)する必要がある」とした。天候で変わる太陽光などの不安定な出力をならす必要があり、既存の大型原発より出力を調整しやすい小型原発が必要との見解を示した。また、使用済み核燃料から取り出したプルトニウムが国内外に大量に蓄積し、核不拡散の観点で各国の懸念が高まっていることから、プルトニウムを大量に燃やす原発が必要としている。東京など大都市圏の需要を満たすには大型の原発も必要とし、従来の軽水炉の改良も目指す。新しい方針は近く正式発表される。
(4)日本は今年から、原発を温暖化対策として進めるための国際的な枠組み「クリーンエネルギーの未来のための原子力革新(略称NICE(ナイス) Future(フューチャー))」に、米国やカナダと共に主体的に関わり、参加国を募っている。今後、参加国の政府や企業との連携を検討し、三年以内に具体的な計画を策定する。
(5)政府が今年夏に決定したエネルギー基本計画は新型炉の研究を進めるとしたが、新設には言及していなかった。世耕弘成(ひろしげ)経産相は国会で「新設、建て替えは全く考えていない」と答弁しており、新増設を想定した新方針は、従来の立場を翻すことになる。


 「東京」は、このことについて、「将来に大きな負の遺産」と次のよう批判した。


(1)東京電力福島第一原発事故から八年目、今も多くの人が避難生活を強いられている中で、政府は新型原発の開発方針を打ち出した。「温暖化対策」という国際的な約束を盾に、再生可能エネルギーとの共存を模索する。原発の生き残りを図ろうとする「原子力ムラ」の思惑が透けて見える。
(2)政府は、二〇三〇年度に発電量の20~22%を原発で賄う目標を立てたが、稼働期間を最長の六十年としても、達成は難しい。さらに、世界的に再生可能エネルギーが安くなり、事故対策でコストがかさむ原発は採算が合わない。
(3)そこで経済産業省が持ち出した理屈が「温暖化対策のための原発」。国際的な枠組み「NICE Future」参加国の政府や原子力産業などとの連携をもくろむ。今のうちに新設のめどを付け、将来にわたり原発を一定規模、維持する道筋をつける狙いだ。だが、地球温暖化問題では、今の世代が責任を持って、いかに「持続可能な社会」を実現するかが問われている。原発は発電時に温室効果ガスを出さないが、核のごみがたまる。小型原発でもこの点は同じだ。
(4)核のごみの最終処分場は、日本では見つかる見通しすらない。原発でごみを増やし続けるのは「持続可能」どころか、将来に大きな負の遺産を残す。矛盾を抱えた政策に巨額の税金を投入することに、国民の理解が得られるとは思えない。
(伊藤弘喜)

(5)「<小型原発>:現在主流の軽水炉より小型の原発。従来の原発の出力が100万キロワット前後なのに対し、3分の1未満の出力となる。主要機器を工場で製造して現地で据え付けるため、コストが安くなるとされる。出力を調整しやすいという特徴もある。各国は1980年代からさまざまなタイプを開発しているが、実用化には至っていない。」
(6)「<パリ協定>:地球温暖化を防ぐため、各国が温室効果ガスの排出削減に取り組むことを定めた国際協定。産業革命前からの気温上昇を2度未満、できれば1・5度に抑えることを目指す。2016年に発効し、現行の京都議定書を引き継ぎ、20年に始まる。」
(東京新聞)


 日本という国は、「温暖化対策のための原発」という詭弁が許される国なのだ。
 「原発の生き残りを図ろうとする『原子力ムラ』の思惑が透けて見える」(「東京」)というあからさまな強弁である。
それは、誰の目にも明らかなのは、「核のごみの最終処分場は、日本では見つかる見通しすらない。」(「東京」)という実態であるにもかかわらずである。
やはり、『否』を突きつけなくてはならない。






by asyagi-df-2014 | 2018-12-06 10:51 | 書くことから-原発 | Comments(0)

高松高裁は、申し立てを却下した松山地裁の決定を支持し、住民側の抗告を棄却した。

 朝日新聞は、表題について次のように報じた。


(1)愛媛県の住民が四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを求めた仮処分申し立ての即時抗告審で、高松高裁(神山隆一裁判長)は15日、申し立てを却下した松山地裁の決定を支持し、住民側の抗告を棄却した。この仮処分については、松山地裁が昨年7月、原子力規制委員会の新規制基準や四電の安全対策に「不合理な点はない」として申し立てを却下。住民側はこれを不服とし、高松高裁に即時抗告していた。
(2)即時抗告審では新規制基準や基準地震動(想定される最大の揺れ)の合理性、火山噴火の影響の評価などが争点になった。審尋は4回開かれ、地震の専門家らが住民側の参考人として出廷し、「四電の基準地震動の策定に関する調査は不十分」などと証言していた。
(3)この日の決定は「新規制基準の内容は不合理とはいえない。規制委員会の火山の影響評価も合理性がある」などと住民側の主張を退けた。一方、佐田岬半島の付け根にある原発の事故時の避難計画について、海路避難の輸送能力に懸念があるなどとして「不十分」と指摘。「対策の先送りは到底許されない」とした。ただ、計画がある以上は違法性はないと判断した。
(4)差し止めを求めていた松山市の松浦秀人さん(72)は「残念でならないし、怒りさえ覚える。福島の惨状を繰り返さないためには原発を止めなければいけない」と話した。四電は「伊方原発3号機の安全性は確保されているとのこれまでの主張が認められた妥当な決定」とのコメントを出した。
(5)伊方原発をめぐっては、広島高裁が昨年12月、熊本県の阿蘇山が過去最大規模の噴火をした場合、「火砕流が到達する可能性が小さいとはいえない」として運転を差し止める決定を出した。しかし、今年9月に同高裁の異議審で取り消され、四電は10月に運転を再開している。原発をめぐる仮処分申し立てでは、福井地裁が2015年4月、大津地裁が16年3月、関西電力高浜原発3、4号機(福井県)の運転を差し止める決定を出したが、その後の異議審や抗告審で決定は取り消されている。
(森下裕介)



by asyagi-df-2014 | 2018-11-15 15:40 | 書くことから-原発 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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