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安倍晋三政権、防衛省の姿勢は、沖縄から見れば「さもありなん」。

 「地元の声を顧みず、配備地ありきで物事を進める防衛省の姿勢は、沖縄からすればさもありなんと感じる。」(琉球新報)。
確かに、沖縄から見れば、そういうことだ。
琉球新報(以下、「新報」)は2019年6月28日、「イージス・アショア 配備の必要性から見直せ」、と社説で論評した。
問題は、どういうことだったのか。
 また、「新報」は、「地上配備型迎撃システム『イージス・アショア』」を巡り、秋田県の佐竹敬久県知事は27日の記者会見で、陸上自衛隊新屋演習場(秋田市)を配備候補地とする防衛省の計画に関し『われわれは相当厳しく対応する。白紙に戻した方が国にとって早道になるのではないか』と述べた。」、と伝えている。
「新報」は、事実を次のように示す。


(1)防衛省が進める地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」配備計画を巡り、秋田市の陸上自衛隊新屋(あらや)演習場を「適地」とした調査に重大なミスが記載されるなど不手際が相次いでいる。最初から新屋ありきで、調査とは名ばかりだったのではないか。不信は深まる一方だ。
(2)岩屋毅防衛相は「信頼回復に全力を挙げたい」と言うが、ずさんな調査に基づく配備地の選定を白紙にすることから始めなければ信頼の回復などあろうはずがない。大臣が更迭されてもおかしくない深刻な事態だ。防衛相の責任を不問に付す安倍晋三首相の指導力にも疑問符が付く。
(3)イージス・アショアはレーダーと指揮通信システム、迎撃ミサイル発射機などで構成する防衛システムだ。陸上に配備し、弾道ミサイルを迎撃する。防衛省が配備地とする地元住民からは、レーダーが発する強い電磁波による健康被害への懸念や有事に攻撃目標となる恐れから、不安の声が上がっている。
(4)防衛省は新屋演習場への配備を説明する調査資料で、同演習場以外は、周囲にレーダーを遮る山があるため配備地として「不適」と断じた。だが、これは山を見上げた仰角を実際よりも過大に記載していたものだった。
(5)誤りを報じたのは地元紙の秋田魁新報だ。地形のデータに疑問を覚え、独自に計算した上、測量業者にも依頼してミスを確認した。報道を受けて防衛省は、担当職員が机上で仰角を計算した際に、「高さ」と「距離」の縮尺が異なる地図を使ったために起きたミスだったと認めた。
(6)秋田魁新報の調査報道がなければ、防衛省は「唯一の適地だ」と住民の反対を押し切っていたのではないか。地元の声を顧みず、配備地ありきで物事を進める防衛省の姿勢は、沖縄からすればさもありなんと感じる。


 「新報」は、「地元の声を顧みず、配備地ありきで物事を進める防衛省の姿勢は、沖縄からすればさもありなんと感じる。」、との根拠を次のように指摘する。


(1)宮古島市の陸上自衛隊駐屯地では、住民に説明もなく中距離多目的誘導弾などが保管されていた。報道で発覚すると防衛省は「説明が不足していた」と謝罪し、弾薬を島外に搬出した。辺野古新基地でも工事の実現性に関わる軟弱地盤の存在を隠し続けた。
(2)旧日本軍の隠蔽(いんぺい)体質がどこかに残っているのではないかと疑いたくなる。
(3)政府は対外有償軍事援助(FMS)によってイージス・アショアを導入する。2基の本体購入費の一部として約1399億円を支払う契約を米政府と交わした。米側の提示額や納期を日本政府が受け入れるFMSは事実上、米側の言い値だ。
(4)イージス・アショアは、ハワイやグアムに届くミサイルを撃ち落とす米国の防衛システムとして運用される可能性も指摘される。米国の言いなりになって負担を肩代わりするのであれば到底容認できるものではない。配備の必要性も含め、事実をつまびらかにした上で再検証が必要だ。


 どうやら、安倍晋三政権の道理とは、米国の思いに沿うということにあるらしい。
この道理が大義名分となって、部下達は、媚びへつらう一方で肩を怒らせてみせることを任務とする。




by asyagi-df-2014 | 2019-07-18 07:13 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

『宮森小墜落事故60年』だということ。

 米軍のジエット戦闘機は、1959年6月30日午前10時40分ごろ、石川市(現うるま市)の住宅地域に墜落炎上し、宮森小学校の校舎に激突した。
2019年6月30日、墜落から60年を迎えた。


 「経験」を語り続けること。
 「経験」を未来に繋ぐことができること。
このことが問われている。
 『私たちは、死にたくなかった』、との死者の声を未来に紡いでいくために。


あらためて、『宮森小墜落事故60年』を考える。
2019年6月30日、沖縄タイムス(以下、「タイムス」)は「[宮森小墜落事故60年]悲しみを平和への力に」、琉球新報(以下、「新報」)は「宮森小墜落事故60年 危険な状況は変わらない」、と社説で論評した。
この二紙で「宮森墜落事故60年」を考える。
 この中で、まず、確認できること。


(1)事故後の米軍の対応は不誠実極まりないものであったこと。米軍は事故原因を『故障による不可抗力』と発表した。
(2)しかしその後、米空軍がまとめた事故調査報告書では、事故の「最大の要因は整備ミス」で、人為的な原因だったと結論付けていたこと。
(3)それも、整備不良だったのに整備監督者が飛行を認め、燃料が漏れてエンジン熱で引火したこと。


 「タイムス」と「新報」は、事故の様子を次のように伝える。


 「沖縄戦が終わって14年、戦場の辛酸をなめ尽くした人々が、ようやく生活の落ち着きを取り戻したころだった。1959年6月30日午前10時40分ごろ、嘉手納基地を離陸した米軍のジエット戦闘機が、石川市(現うるま市)の住宅地域に墜落炎上し、宮森小学校の校舎に激突した。死亡17人(児童11人、一般6人)、重軽傷210人(のち
後遺症で1人死亡)。全焼した教室のがれきと灰の中から見つかった4年生の女の子は、判別がつかないほど全身にやけどを負い、黒焦げの状態で命を落とした。墜落の衝撃でとっさに『戦争が来た』と叫び、教室の窓から逃げた男の子もいる。生き残った子どもたちには長くトラウマ(心的外傷)が残った。」(「タイムス」)

 「ミルク給食を待っていた児童たちを突然、ごう音と火の玉が襲った。死者18人、重軽傷者210人を出した石川市(現うるま市)の宮森小学校米軍ジェット機墜落から60年がたった。人為的ミスによる事故だったにもかかわらず原因は伏せられ、事故後の賠償も不十分だった。米施政権下の沖縄で、住民の命が軽んじられた象徴的な事故だ。そんな理不尽な戦後史を伝え続けなければならない。墜落事故は1959年6月30日に起きた。嘉手納基地所属の米軍ジェット機F100が石川市の住宅地に墜落し、衝撃で跳ね上がった機体が宮森小に突っ込んだ。犠牲者のうち児童は12人だった。パイロットはパラシュートで脱出し、けがはなかった。事故後の米軍の対応は不誠実極まりない。米軍は事故原因を『故障による不可抗力』と発表した。しかしその後、米空軍がまとめた事故調査報告書では、事故の「最大の要因は整備ミス」で、人為的な原因だったと結論付けていた。整備不良だったのに整備監督者が飛行を認め、燃料が漏れてエンジン熱で引火した。」(「新報」)


 また、この事故の背景にある米軍の理不尽さについて、米軍統治下の沖縄で起きた最大の墜落事故から60年になるにもかかわらず、「事故原因や損害賠償の交渉経過などがようやく明らかになった。」、と「タイムス」は指摘する。


(1)「思い出したくない」「そっとしてほしい」-事故について語るのを避け、口を閉ざしていた遺族が「忘れたくない」「忘れてほしくない」という気持ちを抱くようになったのは、単に時間の経過がそうさせただけではない。
(2)関係者がNPO法人「石川・宮森630会」を結成し、資料館の設置や証言集の発行など、積極的に記憶の継承に取り組んできたからだ。事故の全容解明作業に大きな転機をもたらしたのは、米公文書館所属の資料などを翻訳した「資料集 石川・宮森の惨劇」の出版である。


 「タイムス」は、「事故原因や損害賠償の交渉経過などがようやく明らかになった。」、と続ける。


(1)米軍は当初、「突然のエンジントラブルで、不可抗力だった」と語り、責任を認めなかった。だが、当時公表されることのなかった米軍内部の調査結果は「整備過失(メンテナンスエラー)」が事故の主な原因であることを認めていた。整備における注意義務違反が幾重にも重なった末に、大惨事を招いたのである。
(2)被害の適正補償を求める運動は、政党、団体などを網羅する形で燃え広がった。軍用地問題を巡って「島ぐるみ運動」を展開し、米軍から譲歩を引き出した組織・団体は、宮森小事故を巡っても「島ぐるみ運動」を組織し、交渉を進めた。
(3)米軍側と被災者の主張の隔たりが大きく、補償交渉は難航した。60年にアイゼンハワー米大統領の来沖や日米安保条約の改定を控えていたことから、米軍は反米感情が高まるのをおそれ、政治的な決着を優先させた。


 「新報」もまた、米軍の理不尽さと日本政府の主権喪失の様子を、次のように指摘する。


(1)人為的ミスによる事故だったにもかかわらず原因は伏せられ、事故後の賠償も不十分だった。米施政権下の沖縄で、住民の命が軽んじられた象徴的な事故だ。そんな理不尽な戦後史を伝え続けなければならない。
(2)墜落事故は1959年6月30日に起きた。嘉手納基地所属の米軍ジェット機F100が石川市の住宅地に墜落し、衝撃で跳ね上がった機体が宮森小に突っ込んだ。犠牲者のうち児童は12人だった。パイロットはパラシュートで脱出し、けがはなかった。
(3)事故後の米軍の対応は不誠実極まりない。米軍は事故原因を「故障による不可抗力」と発表した。しかしその後、米空軍がまとめた事故調査報告書では、事故の「最大の要因は整備ミス」で、人為的な原因だったと結論付けていた。整備不良だったのに整備監督者が飛行を認め、燃料が漏れてエンジン熱で引火した。
(4)そもそも墜落したF100戦闘機は開発段階から事故を繰り返し、47人のパイロットが死亡する“欠陥機”であった。しかし、事故原因も欠陥機であることも沖縄の人々に説明されることはなかった。事故の概要が分かるのは石川・宮森630会が地道に米軍資料や証言収集に取り組んできたことが大きい。
(5)60年前のこの事故は決して過ぎた出来事ではない。沖縄が日本に復帰してから今に至るまで米軍機の事故は相次ぎ、悲劇を生む構造は何も変わっていないからだ。


 「タイムス」と「新報」は、最後に、このように日本という国に投げかける。


「宮森小墜落事故から60年。何が変わったというのだろうか。当時、巡回教師として遺体安置所を担当した豊濱光輝さんは証言集3に一文を寄せ、こう締めくくっている。『亡くなった18人に今、言いたいことはありませんかと聞いたら、次の言葉が返ってくると思います。『私たちは、死にたくなかった』と。18人の無念の死と好対照なのは、パイロットが直前にパラシュートで脱出し、無事だったことである。基地を巡る沖縄の現実は今なお、あまりにも理不尽だ。」(「タイムス」)

「ことし6月4日、浦添市の中学校に米軍ヘリが羽についているゴムシートを落下させた。2017年12月には普天間第二小学校の運動場に約8キロもある米軍ヘリの窓が落ちた。その前には宜野湾市の保育園の屋根に米軍機の部品が落下している。幸いけが人はなかったが、子どもたちの上に落ちていたらどうなっていたか。これだけの事故が繰り返されながら、米軍の対応は60年前と同じだ。事故後も、原因を究明し公表する前に飛行訓練を再開し、学校の上空を飛び交っている。保育園の事故に至っては、部品が米軍の物だとは認めたが、落としてはないと主張している。米軍普天間飛行場にMV22オスプレイを配備する際も、防衛省は『事故率は他機種より低い。飛行時間の増加に伴い(事故率は)低下する』と説明してきた。しかし10万時間当たりのクラスA(重大)事故は配備時の12年の1・65から18年には2・85と逆に増えた。16年の名護市安部への墜落事故は記憶に新しい。日米両政府は宮森小の悲劇から何も学んでいないのではないか。県民の命は今も危険にさらされ続けている。」(「新報」)
 


 さて、私たち自身は、「宮森小墜落事故60年」をどのように受け取ることができたのか。
 




by asyagi-df-2014 | 2019-07-15 06:53 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

「終戦」という言葉では隠れてしまう事実とは。

 琉球新報(以下、「新報」)は2019年6月27日、<金口木舌>で「『終戦』から抜け落ちるもの」、と非常に興味深い意見を載せた。
「新報」は、「23日の慰霊の日。本土メディアも紙面や放送枠を割いて報じた。本土紙の記事で『沖縄戦の終結』との表現をいくつか見つけた。これには違和感が残った」、とした。
「新報」は、「終戦」という言葉が相応しいのかというのである。
「新報」が、次のように指摘する。


(1)県は、沖縄の第32軍司令官の牛島満中将らの自決で「組織的戦闘が終結」した節目として慰霊の日を定めている。だが誰にとっての「沖縄戦終結」なのか
(2)大本営が「沖縄終戦」を発表したのは6月25日。米軍は23日の後も掃討戦を続け、7月2日に沖縄作戦の終了を宣言した。沖縄での日本の降伏調印式は9月7日に越来村(現在の嘉手納基地)であった
(3)だが実際は23日以降も、壕や山に逃げ込んだ日本軍は住民を巻き込んだまま戦闘を続けた。沖縄作戦終了後も住民の犠牲者は増え、降伏調印式後も木の上に潜伏して戦いを続けた日本兵もいた。それが沖縄戦だった
(4)久米島では米軍が6月26日に上陸し、30日に占領を宣言した。山に逃げ込んだ日本軍は、住民をスパイ容疑で殺害、朝鮮人家族も殺された。米軍に捕らわれるのを恐れて自死する寸前で一命を取り留めた渡嘉敷一郎さん(80)は「一番怖かったのは日本兵だった」と証言する
(5)8月15日は「終戦記念日」だが、日本のポツダム宣言受諾は14日、降伏調印は9月2日。「敗戦」は「終戦」と言い換えられた。節目は過去を振り返る契機になるが、「終戦」という言葉では隠れてしまう事実が、まだある。


 「『終戦』という言葉では隠れてしまう事実が、まだある。」(「新報」)とは、
  確かに、「敗戦」の「終戦」への言い換えは、指摘されて長い。
 戦後の民主主義への「異論」の投げかけであった。
この「事実」とは、「構造的沖縄差別」の把握そのものであるのかもしれない。



by asyagi-df-2014 | 2019-07-11 06:15 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

「沖縄の自民党の3支部が名護市辺野古の新基地建設関連工事を受注した業者から献金」、とは。

 沖縄を取り囲む状況は、まさしく日本の崩壊状況を示すものであることがわかる。
またも、どういうことなのか。
沖縄タイムス(以下、「タイムス」)は2017年6月27日、「2017年10月に実施された衆院選期間中に、自民党の3支部が、名護市辺野古の新基地建設関連工事を受注した業者から献金を受けていたことが明らかになった。国場幸之助氏(九州比例)、宮崎政久氏(同)、西銘恒三郎氏(沖縄4区)が代表を務める3支部である。公示2、3日後にそれぞれ20万円の献金を受けていた。献金をしていたのは浦添市に本社のある総合建設会社で、衆院選当時、新基地建設に絡む護岸建設や仮設道路建設など3件、計約104億円の工事を沖縄防衛局から受注していた。」、とその社説を始める。
これだけで、「OUT」ではないか。
「タイムス」は、次のように批判する。


(1)3氏とも新基地建設を推進している政権与党の自民党議員である。
(2)今月中旬に東京新聞から取材を受けるまで辺野古工事の受注業者であることを知らなかった、と3氏は釈明している。にわかには信じ難いが、3氏の事務所は「誤解を招く」として献金を返金している。
(3)新基地建設の受注業者から自民党支部が献金を受け取るということは、業者から支部への還流と受け取られ、政治家と業者との癒着と批判されてもやむを得ない。有権者が政治不信を抱くのは当然である。
(4)業者は「担当者が不在」として回答を避けている。政治家も業者も説明する責任がある。
(5)看過できないのは、3氏とも前回14年の衆院選でも、公示前後に今回とは別の受注業者から献金を受け、同じように発覚後に返金していることである。
(6)3氏は再発防止をするどころか、同じ轍(てつ)を踏んでいることを深刻に受け止めなければならない。
(7)西銘氏は「もらう時にチェックできなかった」と話している。ずさんとしかいいようがない。
(8)国場氏と宮崎氏は選挙活動に対する献金ではなく、公選法に触れないとの認識を示している。だが、選挙期間中の献金である。市民感覚では選挙に関わる献金とみるはずで、説得力に欠けると言わざるを得ない。
(9)議員自身と同時に、一心同体である事務所にも厳しい姿勢を示さない限り、信頼は取り戻せないことを肝に銘じてもらいたい。


 「タイムス」は、最後に次のことを突きつける。


(1)前回の献金も公選法に触れる恐れが指摘されたが、罪に問われることはなかった。
(2)今回も同じ指摘がなされているが、おとがめなしなのだろうか。仮にそうだとしたら、公選法199条は形骸化しているというほかない。実効性のある公選法の改正が必要ではないだろうか。
(3)今回返金した各支部はこの際、公選法に触れるような献金がなかったのかどうか過去にさかのぼってチェックすべきだ。
(4)「政治とカネ」の問題に向き合うには政治家一人一人が事態を真(しん)摯(し)に受け止め、襟を正さなければならない。


 確かに、次のことが言える。
 「看過できないのは、3氏とも前回14年の衆院選でも、公示前後に今回とは別の受注業者から献金を受け、同じように発覚後に返金していることである。」(「タイムス」)の事実は、「政治とカネ」の問題に沖縄自民党がいかに無自覚であるということである。
驕り、たかりの政治姿勢は、間違っている。




by asyagi-df-2014 | 2019-07-08 05:55 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

沖縄タイムスの指摘する「辺野古 不可解な契約」とは。

 「またも『辺野古とカネ』の話である。」」
2019年6月26日付けの沖縄タイムス(以下、「タイムス」)の社説は、この様に始められる。
どういうことが起こっているのか。
 「タイムス」は、事実経過を示す。


(1)名護市辺野古の新基地建設を巡って、沖縄防衛局は、埋め立て用土砂(岩ズリ)を発注するため、見積価格の調査を実施した。2018年1月、防衛局がまとめた価格調査結果によると、見積りを依頼した13社のうち、回答があったのは1社だけだった。
(2)まず、それが不自然だ。12社が一斉に辞退するのは常識的にはありえない。
(3)結局、防衛局は1立方メートル当たりの単価を5370円としたその会社と、この金額で、契約を交わした。
(4)なんとも不思議なことに、業者に見積りを依頼する前の17年11月に作成された防衛局の設計図書でも、「岩ズリ1立方メートル5370円」と記載されていた。
(5)防衛局が事前に価格を決めた上で業者に見積りをさせ、その結果、防衛局の設定した額と業者の受注額がぴたり一致したのである。
(6)「調査結果を受けた後に価格を記載する修正をした」と防衛局は言う。だが、その説明だけでは説得力に欠ける。岩ズリの単価を巡っては、沖縄総合事務局が市場を参考に設定する単価と比べ、約1・5~1・8倍の設定となっていることが国会でも指摘された。透明性を欠いた「辺野古価格」が横行し、湯水のように税金が投入されているのではないか。疑念は膨らむ一方だ。


 このことに関して、「タイムス」は、「事実だとすれば官製談合の疑いが生じる。」、と「タイムス」は指摘する。
 これだけでは留まらない政府側の悪質な事例について、「タイムス」は示す。


(1)辺野古の埋め立て工事を巡っては、会計検査院が09年、旧那覇防衛施設局の当時の局長2人を懲戒処分にすべきだと要求したことがある。海底地質調査の予算が約8億円から雪だるま式に膨れ上がり、22億円を支払っていたことがわかったからだ。契約変更などの手続きを怠った悪質な「不当事項」だとみなされたのである。
(2)契約変更によって工事費が当初より150億円以上増えたケースもある。
(3)会計検査院は15~16年度に警備会社に発注した3件の契約について、海上警備に当たる警備員の人件費が約1億8880万円も過大に支払われていたことを明らかにした。実際には特別な技能を必要としないにもかかわらず、業務の特殊性を強調する警備会社の「言い値」で契約を交わした結果である。
(4)警備会社が警備の人数を水増しし、約7億4千万円を過大に請求したケースもある。その事実が発覚し、過大請求分は減額されたが、指名停止などのおとがめはなかった。


 やはり、今回もまた、「タイムス」は、「新基地建設には莫大な国費が投じられる。そのカネは、どのように支出されているのか。業者の選定は公正か。個々の契約の見積りは果たして適切か。国の工事を環境面から監視する防衛省の環境監視等委員会の委員3人が、受注した業者から寄付金を受けていたこともあった。国会の行政監視機能を高めることと、市民主体の監視体制の整備を同時に進める必要がある。」、と断じるのである。


 改めて確認させられている。
この国では、国会の行政監視機能を高めるだけでは収まらない状況がすでに生まれているということ。それは、社説で、「市民主体の監視体制の整備を同時に進める必要がある。」、との指摘ををせざるを得ない実態が定着させられてきたということ。
 辺野古新基地建設という全国的に注視されている問題で、この様なことが行われている以上、こうしたことが全国レベルで行われていることは想像がつくではないか。



by asyagi-df-2014 | 2019-07-05 07:06 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

朝鮮戦争の勃発から69年目となること。

 74回目の慰霊の日を迎えた沖縄県は、「6月25日の朝鮮戦争の勃発から69年となる日」について無自覚では居られない。
 他方には、あまりにも多くのことを知らないでいる自分たちがいる。
 まさしく、「構造的沖縄差別」を物語る。
 琉球新報(以下、「新報」)は2019年6月25日、「朝鮮戦争勃発69年 終結に向け環境づくりを」、と社説で論評した。
「新報」は、次のように指摘する。


(1)1950年に北朝鮮と韓国が朝鮮半島の主権を巡り衝突した朝鮮戦争の勃発から25日で69年となる。
(2)東西冷戦を背景に、西側自由主義陣営諸国を中心とした国連軍と東側諸国の支援を受ける中国人民義勇軍が参戦し、3年間の戦争で数百万人の死傷者を出した。国連軍と北朝鮮人民軍、中国人民義勇軍の3者は53年に休戦協定に署名し休戦に至った。終戦はいまだ実現せず、平和条約も締結されていない。北緯38度線付近は軍事境界線として残り、朝鮮半島の民族の分断は続いたままだ。
(3)朝鮮戦争には東西のイデオロギー対立が色濃く反映された。しかし89年のベルリンの壁崩壊などにより東西冷戦は終結した。冷戦の遺物でもある朝鮮戦争の完全な終結は、当時戦争に関わった米国、ロシア(旧ソ連)、中国などにも責任がある。世界的な課題だ。
(4)冷戦崩壊後も、北朝鮮がミサイル開発や核実験を繰り返すなど、緊張が高まった時期があった。しかし近年は米朝首脳会談が実現し、北朝鮮が「完全な非核化」を約束したほか、昨年は南北首脳が「朝鮮半島を恒久的な平和地帯とする」とした共同宣言を発表した。今月には中国の習近平国家主席が北朝鮮を訪れ、朝鮮半島情勢を好転させるために金正恩委員長と会談した。


 「新報」は、「これらの動きを止めてはならない。日本も含めた関係国は北東アジアの新たな平和秩序を築くためにも、さらなる努力を続け、取り組みを加速させてほしい。」、と次のように指摘を続ける。


(1)朝鮮半島の恒久平和の実現は、沖縄の過重な米軍基地負担の軽減にもつながる。沖縄の米軍基地は、常に朝鮮半島の危機と連動して存在してきた。在沖海兵隊は絶えず朝鮮半島情勢に注目し、有事に備えている。緊張が高まった際には激しい訓練を繰り返してきた経緯がある。
(2)名護市辺野古の新基地建設計画も、朝鮮半島に海兵隊を投入する米軍のシナリオの延長線上に位置付けられる。さらに、嘉手納基地や普天間飛行場、ホワイトビーチ地区といった米軍基地は朝鮮戦争で使用される国連軍基地でもある。朝鮮戦争が終結すれば、在沖米軍基地は国連軍基地ではなくなり、北朝鮮の攻撃対象から外れるだけでなく、在沖米軍基地の存在価値を低下させる。そうなると政府が「抑止力の維持」を理由に進める辺野古新基地建設の名分も説得力を失う。


 最後に、「新報」は、「今、北朝鮮と韓国の当事国をはじめ、米国、中国、ロシア、日本などの関係国も、『脅威』や『緊張』を前提とした朝鮮半島政策を転換する時機に来ている。対話によって紛争の火種を除去する外交戦略こそが求められている。それによって南北の融和を一層深め、朝鮮戦争終結宣言や平和協定締結を実現する環境をつくるべきだ。日本政府による辺野古新基地建設は、そんな環境づくりに逆行する愚策と言うほかない。」、と断じる。


 確かに、「朝鮮半島の恒久平和の実現は、沖縄の過重な米軍基地負担の軽減にもつながる。」(琉球新報)の一面を持つ。
 だかた。「朝鮮戦争が終結すれば、在沖米軍基地は国連軍基地ではなくなり、北朝鮮の攻撃対象から外れるだけでなく、在沖米軍基地の存在価値を低下させる。そうなると政府が『抑止力の維持』を理由に進める辺野古新基地建設の名分も説得力を失う。」、との「新報」の指摘は、正鵠を射っている。



by asyagi-df-2014 | 2019-07-04 05:57 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

ロシアのプーチン大統領が、北方領土でロシア国旗を降ろす「計画はない」と断言。

 共同通信は2019年6月23日、表題について次のように報じた。


(1)ロシアのプーチン大統領は22日放映のロシア国営テレビの番組で、北方領土でロシア国旗を降ろす「計画はない」と断言、日本への引き渡しを拒否する考えを明確にした。プーチン氏が公の場で、これほど明確に「北方領土を渡さない」と明言したのは、少なくとも、昨年11月のシンガポールでの安倍晋三首相との首脳会談で日ソ共同宣言を基礎に平和条約交渉を加速させることで合意、日本側で領土問題解決への期待が高まってからは初めてだ。交渉担当者のラブロフ外相は強硬姿勢を繰り返してきたが、大統領の発言は重みが違う。
(2)今回の大統領の発言を受け、いつものようにプーチン氏が「領土問題で日本をけん制」したと報じたメディアもあったが、けん制などという甘いものではない。ロシア国民に対し、金輪際、領土を引き渡すことはないと「公約」したに等しい。
(3)発言はロシア国営テレビのニュース番組「ベスチ・フ・スボーツ(土曜日のニュース)」でのインタビューで行われた。同番組は日曜日の「べスチ・ニェジェーリ(1週間のニュース)」と並ぶ国営テレビの看板ニュース番組で、著名ジャーナリストのセルゲイ・ブリリョフ氏が司会している。同氏はプーチン氏への全面的な支持を公言し、プーチン氏を一度も批判したことがない(当然ながら、だからこそ国営テレビのニュース番組司会者に抜擢された)ことで有名で、べスチ・ニェジェーリのキャスター、ドミトリー・キセリョフ氏と並ぶ「クレムリンのプロパガンジスト」(野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏)とも評される人物だ。
(4)こうした人が司会する国営ニュース番組に出演し、28日から始まる20カ国・地域首脳会議(G20大阪サミット)を前にインタビューで領土問題について話すというのは、それだけで大統領の現時点での考えをできるだけ広範な国民階層に知ってもらいたいというクレムリンの意向があると考えるのが自然だろう。今年3月にロシア経済界との非公開会合で、プーチン氏が日ロ交渉に言及し「テンポが失われた」と発言、有力紙コメルサントがその内容をすっぱ抜いたのとは全く違った次元の話なのだ。
(5)インタビューは政府発行のロシア新聞を含め多くのメディアが報道。一部メディアは北方領土の引き渡しをしないことを「プーチン大統領が公約」(ブズグリャド紙)、「プーチン氏は領土問題を終わらせた」(ニュースサイト「ガゼータ・ルー」)などと、日本との交渉は終わったかのような見出しで報じた。クレムリンがこうした意思決定をし国営テレビで“声明”を出した以上、「交渉は難航が予想される」どころか、G20大阪サミットの場での大筋合意はおろか、安倍首相の任期中の領土問題での大幅な前進はなくなったと考えるのが常識ではないか。
(6)日本にとっては厳しい話ではあるが、これも、民族意識の高まりやプーチン氏の支持率低下、外務省をはじめとする抵抗勢力の反対というロシアの国内情勢を甘く見て、拙速に「2島プラスアルファ」との妥協策で戦後未解決のこれほど困難な交渉をまとめようとした安倍政権の政策の当然いきつく結果ではなかったか。そうした動きを背景に、同様にロシア国内の状況を読み間違え領土問題の解決は近い、あるいは少なくとも大きな進展がある可能性を吹聴した報道も多くあった。北方領土問題の解決を外交の主要課題と明言してきた安倍政権は今後、交渉の頓挫を受けて今後、どのような総括をするつもりなのだろうか。
(7)インタビューで、プーチン氏は「ロシア政府が策定した南クリール諸島(北方領土)を含む極東地域の大規模な開発計画を実現していく」と表明。新しい空港など「インフラも整備していく」とした。ブリリョフ氏がさらに、「ロシア国旗を降ろすことにはならないか」と質問すると、プーチン氏は「そうした計画はない」と否定した。       (共同通信=太田清)



by asyagi-df-2014 | 2019-07-03 06:42 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

2019年6月23日、沖縄慰霊の日を迎えて。(2)

 6月23日、沖縄は、慰霊の日を迎えた。
 私たちは、この日をどのように迎えることができたのか。
 じっくりと考えてみたい。

 いつものように、6月22日から6月23日までの各紙の社説・論説を取りあげてみる。
 各社は、この沖縄慰霊の日を次のように表現している。
 

(1)朝日新聞社説-沖縄慰霊の日 日本のあり方考える鏡
(2)沖縄タイムス社説-[きょう慰霊の日]埋もれた声に思い寄せ
(3)琉球新報社説-慰霊の日 沖縄戦の教訓継承したい
(4)北海道新聞社説-沖縄慰霊の日 苦難を顧みぬ国の横暴
(5)茨城新聞論説-沖縄慰霊の日 「捨て石」の構図いつまで
(6)神戸新聞社説-沖縄慰霊の日/問われる平和と民主主義
(7)南日本新聞社説-[沖縄慰霊の日] 「痛み」忘れてはならぬ
(8)佐賀新聞論説-沖縄慰霊の日 2019 「捨て石」の構図いつまで
(9)大分合同新聞論説-沖縄慰霊の日 「捨て石」の構図いつまで


 さて、取りあげたのが9本であることをどう評価すれば良いのか。
 目の前の一人一人の苦痛に身を向けなくてなならない沖縄の二紙にとっては、当たる前のことでも、それを自らの問題にすることの難しさなのか。
 それでも、「日本のあり方考える鏡」「苦難を顧みぬ国の横暴」「『痛み』忘れてはならならぬ」や「『捨て石』の構図いつまで」まで、共有されているのは、沖縄戦を捉える視線である。

 ここでは、朝日新聞、北海道新聞、神戸新聞の社説を取りあげる。
 最初は、朝日新聞(以下、「朝日」)の主張を見てみる。
「朝日」は、まず、その命題を、「沖縄はあす、「慰霊の日」を迎える。第2次大戦末期の3カ月超に及ぶ地上戦で20万人以上が亡くなった。日本側の死者18万8千人のうち、沖縄県民が12万2千人を占める。県民の4人に1人が犠牲になったといわれる。なぜこんな凄惨(せいさん)な事態を招いたのか、原因は様々だ。個を捨て国家に殉ぜよという教育。戦局について虚偽情報を流し続けた果ての疎開の遅れ。本土侵攻を遅らせるために沖縄を「捨て石」にした作戦――。県民の命や権利よりも政府・軍の論理と都合が優先された。」、ということに置く。
 「日本のあり方考える鏡」(「朝日」)として、沖縄を置いて、次のように指摘する。


(1)15歳の少年や高齢者も現地召集され、女子生徒も構わず激戦地にかり出された。法的根拠のない「根こそぎ動員」だった。兵役年齢を広げ、女性にも戦闘部隊入りを義務づける法律が公布されたのは6月下旬。沖縄での日本軍の組織的戦闘が既に終わったころだった。
(2)それから74年。国策の名の下、県民を顧みず、定められた手続きなどに反しても、正当化して平然としている国の姿が、いまも沖縄にある。辺野古をめぐる状況もその一つだ。
(3)仲井真弘多(なかいまひろかず)知事(当時)が埋め立てを承認した際に条件とした県と国の事前協議などは、事実上ほごにされた。環境保全のため、埋め立て用の土砂が申請通りの成分になっているかを確認したいという県の求めを、国は無視し続ける。今月からは、県に提出した説明書とは異なる護岸を使って、土砂の陸揚げ作業を新たに始めた。玉城デニー知事が「国は法令順守の意識を欠いている」と批判するのはもっともだ。
(4)今月初め、浦添市の中学校のテニスコートに、米軍ヘリの部品のゴム片が落下した。米軍は「人や物に脅威をもたらすものではない」というが、県議会は自民党を含む全会一致で抗議の意見書と決議を可決した。
(5)学校上空を飛ぶのを「最大限可能な限り避ける」と約束しながら一向に守らず、事故を繰り返す米軍。手をこまぬいたまま、原因が究明されなくても飛行を容認する政府。両者への怒りと失望が、党派や立場を超えて意見書に凝縮されている。
(6)戦後、基地建設のため「銃剣とブルドーザー」で土地を取り上げた米軍への反対闘争にかかわった故国場(こくば)幸太郎さんが、本土復帰直後に若者向けに書いた「沖縄の歩み」が、岩波現代文庫から今月復刊された。「まえがき」にこうある。「沖縄の歴史を知ることは、(略)日本の真実の姿に照明をあて、日本の前途を考えるためにも必要なことです」。


 「朝日」は、「その言葉は、胸に一層響く。」、と締めくくる。


 次に、「朝日」に「日本のあり方考える鏡」とまで言わさせている「苦難を顧みぬ国の横暴」そのものについて、北海道新聞(以下、「北海道」)の社説から考える。
 「北海道」は、まず、時代背景を次のように指摘する。


(1)沖縄戦の組織的な戦闘が終結してから74年となった。きょう23日、糸満市摩文仁で沖縄全戦没者追悼式が行われ、県内各地の慰霊碑でも祈りがささげられる。親族の名が刻まれた平和の礎をなぞる高齢者の姿は年々少なくなっているように見える。本紙連載の「未来に伝える沖縄戦」で語る戦争体験者も最近はほとんどが当時子どもだった。体験者が減る中、戦争の悲惨さと、二度と戦争をしてはならないという思いを、確実に次世代へとつないでいかなければならない。
(2)今年の慰霊の日は、安倍晋三首相が悲願とする憲法改正が争点となる参院選が翌月にも控える。自民党は憲法9条に自衛隊を明記して「早期の憲法改正を目指す」とし、主要争点とする構えだ。安倍内閣が閣議決定で集団的自衛権の行使を認めたことは違憲と指摘されている。改憲によって正当化したいのだろうか。


 また、「北海道」は、沖縄戦における「苦難を顧みぬ国の横暴」について指摘する。


(1)軍隊を強くし、個人の尊厳より国益を優先する。現政権の姿勢に戦前の日本のありようが重なる。その帰結は沖縄戦であった。
(2)沖縄戦は日本兵よりも県民の死者がはるかに多かった。おびただしい数の住民が地上戦に巻き込まれたからだ。沖縄県史によると、沖縄戦での一般県民の死者は9万4千人、これに県出身の軍人・軍属約2万8千人が加わる。他都道府県出身兵は6万6千人弱だ。沖縄の防衛に当たる第32軍と大本営は沖縄戦を本土決戦準備のための時間稼ぎに使った。県出身の軍人・軍属には、兵力を補うために防衛隊などとして集められた17―45歳の男性住民が含まれる。沖縄戦ではこうして住民を根こそぎ動員した。
(3)さらにスパイ容疑や壕追い立てなど、日本軍によって多数の県民が殺害されたのも沖縄戦の特徴だ。
(4)住民は日本軍による組織的な戦闘が終わった後も、戦場となった島を逃げ回り、戦火の犠牲になった。久米島の人々に投降を呼び掛け、日本兵にスパイと見なされて惨殺された仲村渠明勇さんの事件は敗戦後の8月18日に起きた。


 「北海道」は、沖縄にのとっての「苦難を顧みぬ国の横暴」の策動を次のように指摘する。


(1)戦後、沖縄は27年も米施政権下に置かれ、日本国憲法も適用されず、基本的人権すら保障されなかった。沖縄が日本に復帰した後も米軍基地は残り、東西冷戦終結という歴史的変革の後も、また米朝会談などにみられる東アジアの平和構築の動きの中でも在沖米軍基地の機能は強化され続けている。
(2)74年前、沖縄に上陸した米軍は以来、居座ったままだ。米軍による事件事故は住民の安全を脅かし、広大な基地は県民の経済活動の阻害要因となっている。沖縄の戦後はまだ終わっていない。


 だから、「北海道」は、「苦難を顧みぬ国の横暴」の極みが、「『軍隊は住民を守らない』という沖縄戦の教訓」であるとし、「無念の死を遂げた沖縄戦の犠牲者への誓いとして、私たちはしっかり継承していかねばならない。」、と結ぶ。


 神戸新聞(以下、「神戸」)は、この「苦難を顧みぬ国の横暴」にどのように立ち向かうのかについて、「問われる平和と民主主義」、と指摘する。
「神戸」の視点は、「私たちは8月の広島、長崎の原爆の日に核廃絶を、終戦の日に不戦を誓う。6月のこの日も今を生きる者として平和と民主主義を守り、後世に引き継ぐ責務をかみしめる日としたい。」、ということにある。
この視点の根拠について、次のように示す。


(1)その沖縄で、平和と民主主義が揺らぐ事態が相次いでいる。
(2)沖縄県内では今、基地建設が進む。県民投票で反対が過半数を占めたにもかかわらず、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設工事は止まる気配がない。軟弱地盤が発見され工期や費用が計画を大きく上回ると県が指摘しても、安倍政権は意に介さない。
(3)たとえ移設が実現しても、在日米軍専用施設の約7割が沖縄に集中する現実は変わらない。日米合意では、辺野古完成後も条件が整わなければ普天間が返還されない可能性がある。その点に触れず、辺野古を「唯一の負担軽減策」と繰り返すのは、県民を欺くに等しい。
(4)並行して、海洋進出を活発化させる中国などを念頭に、政府は沖縄を含む南西諸島で防衛力強化を加速させている。宮古島に新設された陸上自衛隊駐屯地では、地元に小銃などの保管庫と説明していた施設に、中距離誘導弾や迫撃砲弾などを保管していたことが判明した。
(5)県民の4分の1が犠牲になった沖縄では、世代を超えて戦禍の記憶が語り継がれている。「戦争が起これば標的となり、再び捨て石にされる」との不安や疑念の声が漏れる。
(6)秋田では地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の配備計画を巡る調査ミスが発覚した。批判を受けて防衛省は再調査する考えを示したが、「結論ありき」で国策を押し通すような政府の姿勢は、辺野古や宮古島とも通じる。


 「神戸」は、「沖縄の問題は、日本の平和と民主主義が直面する危うさを示している。地方の意思を考慮しない政権の姿勢にも厳しい視線を向け続ける必要がある。」、と断じる。


 「沖縄慰霊の日」は、「沖縄戦が示すものは軍隊は住民を守らない」との視点を貫かなければならないことを教える。
実は、「沖縄慰霊の日」は、沖縄戦を通しての戦後の「構造的沖縄差別」を利用してきて日本政府とこれを支えてきた日本人を撃つ真実を持っている。
だから、「今を生きる者として平和と民主主義を守り、後世に引き継ぐ責務をかみしめる日としたい。」、という「神戸」の指摘は正鵠を撃つ正鵠を射るものなのである。



by asyagi-df-2014 | 2019-07-02 06:18 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

2019年6月23日、沖縄慰霊の日を迎えて。(1)

 6月23日、沖縄は、慰霊の日を迎えた。
 私たちは、この日をどのように迎えることができたのか。
 じっくりと考えてみたい。

 沖縄タイムス(以下、「タイムス」)は2019年6月23日、「[きょう慰霊の日]埋もれた声に思い寄せ」、と社説で訴えた。
「タイムス」の語りかけは、次のように始まる。


「『十・十空襲』の後、北部への避難を決めた家族に向かって、視覚障がいの女性が『自分を置いて早く逃げて』と言った、その言葉が心に刺さったという。周りに迷惑をかけたくないとの思いが痛いくらい分かったからだ。『僕だったらどうしただろう』。南風原町に住む上間祥之介さん(23)は、障がいのある当事者として障がい者の沖縄戦について調査を続けている。発刊されたばかりの『沖縄戦を知る事典』(吉川弘文館)では『障がい者』の項を担当。母親が障がいのある子を『毒殺する光景を目の当たりにした』という証言や、自身と同じ肢体不自由者が『戦場に放置されて亡くなった』ことなどを伝える。」


「タイムス」は同日、「無音の戦火、母のサインだけが頼り 耳の聞こえぬ少女が見た“地獄” 初めて語る沖縄戦」、と沖縄戦を障がい者として語り始めた友寄(旧姓・上原)美代子さん(85)の声を伝えている。


「指で眉間から鼻の頭をなぞり、高い鼻を表現するサインは『米兵』、歯を指せば『白人』、髪を指すのは『黒人』−。無音の中、母の身ぶりを頼りに沖縄戦下の南部一帯を逃げた。聴覚障がいのある友寄(旧姓・上原)美代子さん(85)=沖縄県浦添市=は今年5月、初めて戦争体験について証言した。『ずっと若い世代に戦争のことを伝えたかった。でも話すすべがなかった』。74年間抱え込んだ記憶を、信頼する聴覚障がい者の知人と手話通訳士の力を借りていま語る。」                       


 6月23日慰霊の日とは、改めて、沖縄戦のあの日の沖縄の声群れにじっと心を傾ける日なのだ。
 そして、魂とともに見れるものは、すべてその声群れとともに刻み込む日なのだと。

 「タイムス」の声もまた聞こえてくる。


(1)国家への献身奉公が強調され、障がい者が「ごくつぶし」とさげすまれた時代。これまでの聞き取りで浮き上がってきたのは、家族や周囲の手助けが生死を大きく分けたという事実である。
(2)「戦争では皆、自分が逃げるのに精いっぱい。真っ先に犠牲になるのは障がい者や子どもやお年寄り」
(3)沖縄戦における障がい者の犠牲は、はっきりしていない。当時の資料も証言も少ない。話すこと、書くことが難しかったという事情はあっただろうが、沈黙を強いているのはその体験の過酷さである。
(4)優生思想は決して過去のものではない。もし今、自分の住む町が戦場になったら…。上間さんは戦争と差別という二重の暴力の中で「語られなかった体験」の意味を考え続けている。

    ■    ■

(1)沖縄盲学校の教師を長く勤め、視覚障がい者教育に尽くした故中村文さんは、戦後、盲学校が再建されるまでの苦労を講演などでよく語った。
(2)中村さんが盲教育に情熱を傾けるようになったのは、戦地で失明した弟の帰郷がきっかけである。盲唖学校再建の陳情書を作成し、軍政府や民政府に再三足を運ぶが、なかなか取り合ってもらえず、設立の許可が下りたのは1951年のこと。普通学校より6年遅れての再開だった。
(3)戦時中の障がい者の苦労を知っていたからだろう。開校1周年に合わせ中村さんが作詞した校歌には「平和の鐘を聞く時ぞ」のくだりがある。当時の思いを自著で「集まった生徒、父兄、職員は、鉄の暴風の吹きあれる中を生きのびてきた者たち。平和の鐘を聞くことのできる喜びは例えようもありませんでした」とつづっている。
(4)おととし43年ぶりに刊行された『県史 沖縄戦』は、これまで取り上げられることの少なかった「障がい者」や「ハンセン病」「戦争孤児」などにまなざしを向けた。体験を語れなかった、語ろうとしなかった人たち。戦場に放り出され、十分な保護を受けることができなかった人たち。彼ら、彼女らの戦中・戦後の苦難に触れることによって、私たちは沖縄戦の多様な実相を学ぶことができる。それは今も残る差別の問題を学び直すことでもある。


 「きょうは『慰霊の日』。」。
 「タイムス」のこの呼びかけは、私たちに、響く。
 

「体験を語れなかった、語ろうとしなかった人たち。戦場に放り出され、十分な保護を受けることができなかった人たち。彼ら、彼女らの戦中・戦後の苦難に触れることによって、私たちは沖縄戦の多様な実相を学ぶことができる。それは今も残る差別の問題を学び直すことでもある。」


 「6.23慰霊の日」を考えるということは、「優生思想は決して過去のものではない。もし今、自分の住む町が戦場になったら…。上間さんは戦争と差別という二重の暴力の中で「語られなかった体験」の意味を考え続けている。」、との声群れを自分自身に問いかけることである。



by asyagi-df-2014 | 2019-07-01 06:48 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

捉え方の問題ではなく事実だ。

 琉球新報(以下、「新報」)は、「県民投票で示された民意を一顧だにせず、なりふり構わず工事を強行する。法治国家の衣をかなぐり捨てたかのような国の姿勢である。」、と断じる。
 「新報」は2019年6月13日、「辺野古の計画外工事 法治国家の衣投げ捨てた」と社説を著した。
安倍晋三政権が進める辺野古新基地建設が、法治国家の範疇を超える違法な手法だと指摘するのである。
 どういうことか。
「新報」は、事実をまず示す。


(1)米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設で、沖縄防衛局は新たに造成した「K8」と呼ばれる護岸を使って、埋め立て用土砂の陸揚げを始めた。
(2)2013年に防衛省が県に提出し14年に変更された公有水面埋立承認願書の「設計概要説明書」は、現在の工事区域の土砂搬入場所として大浦湾側の埋め立て区域の「中仕切岸壁」を明示している。「K8」護岸や、先に使用している「K9」護岸からの陸揚げについては触れていない。


 次に、政府が始めた埋め立て用土砂の陸揚げが違法である根拠を示す。

(1) 設計概要説明書に記載した事項は県に対する約束事である。護岸に係船機能を追加するのなら県の承認が必要になるはずだが、協議の申し出すらない。
(2)これについて岩屋毅防衛相は7日の記者会見で「具体的な陸揚げ場所までは特に限定されているわけではない。K8護岸からの搬入は問題ない」と言ってのけた。
(3)防衛相の発言は、提出した文書が単なる参考資料であって従う必要はないと表明したに等しい。そうであれば、このような説明書に何の意味があるのか。その場しのぎで作成したものだったのか。
(4)今後、埋め立てを伴う公共工事を国が進める際に提出される設計資料は、内容が予告なしに無断で変更されるという前提で受け取らなければならなくなる。ひとり沖縄だけの問題ではない。
(5)法令の順守を指導する立場にある政府が、本来取るべき手続きを無視して埋め立てを進めている。独裁国家と見まがうような振る舞いである。
 

 この安倍晋三政権による埋め立て用土砂の陸揚げの意味を、「新報」は、「土砂の搬入を急いだからといって、全体の工期が短縮されるとは思えない。埋め立て予定海域東側に軟弱地盤が広がっているからだ。既成事実を積み重ね、県民に無力感を味わわせ、諦めさせることが目的と言っていいだろう。」、と批判する。
その理由を、次に示す。


(1)軟弱地盤は最も深いところで海面から約90メートルに達する。広範囲にわたり改良工事が必要になるという。地盤強化のため砂を締め固めたくいを約7万7千本打ち込む工法が検討されているが、「現状では90メートルまで打ち込むのは技術的に不可能」ともいわれている。
(2)政府は埋め立て工事に要する総事業費を「少なくとも3500億円以上」と説明するだけで、明確な金額を示し切れていない。工期についてもあやふやだ。県の試算では、地盤の改良だけで1500億円、総工費は最大2兆6500億円まで膨らむ。


 だからこそ、「新報」は、「地元が強く反対する中、総工費や工期を明示できない状態で進められているのが辺野古の埋め立てである。このようなずさんな公共事業がかつてあっただろうか。民意を踏みにじるだけでなく、莫大な血税を浪費する荒唐無稽な工事である。直ちに中止すべきだ。」、と主張するのである。


 やはり、このようなずさんな公共事業が許されてはいけない。



by asyagi-df-2014 | 2019-06-20 05:22 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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