2019年 11月 30日 ( 3 )

中曽根康弘に送る。

 中曽根康弘に趙博さんの次の言葉を贈る。
闘い切れなかったとの思いとともに。


「僕は覚えている。国鉄分割民営化が強行された直後のテレビ番組に中曽根が出演して『戦後日本は様々な思想敵に晒された。ソ連の共産主義、フランスの唯物論、ドイツの観念論、アメリカの個人主義、これらは皆、日本の伝統に敵対する潮流です。その脅威の中にあって、階級闘争至上主義の総評が解体して、社民的な連合ができましたね。戦後政治の総決算はここからはじまる、いや、始まったばかりなのです』と意気揚々と語ったことを。左翼の同志諸君、覚えているか?覚えていないだろう。だから勝てなかったのだよ、キミたち。」




by asyagi-df-2014 | 2019-11-30 20:06 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

沖縄-辺野古-沖縄 高江から-2019年11月30日

「沖縄県名護市辺野古の新基地建設で沖縄県環境部は年度内に、県外の埋め立て土砂採取地の外来生物調査に着手する。県外土砂規制条例の施行以降、調査は2015年度以来4年ぶり2度目。新たに採取地の候補に挙がった地域の外来生物について、分布状況や土砂への混入の可能性を調べる。調査は来年3月まで。」、と沖縄タイムス。
これは、「防衛局は今年10月、採取場が閉鎖している地点があることなどを理由に、新たに20カ所を採取地の候補としていると明らかにした。」(沖縄タイムス)との理由による。
大事なことは、「土砂採取地でつくる『辺野古土砂搬出反対全国連絡協議会』の阿部悦子共同代表は『時宜を得た対応で調査自体は歓迎したいが、条例には外来種が見つかった場合に搬出中止命令ができるような拘束力がない。条例を改正し、実効性を高めてもらいたい』と求めた。」(沖縄タイムス)、ということ。


 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2019年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2019年11月30日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)沖縄タイムス-辺野古埋め立て:県外の土砂採取地、外来生物調査へ 沖縄県が4年ぶり2度目-2019年11月30日 06:00


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「沖縄県名護市辺野古の新基地建設で沖縄県環境部は年度内に、県外の埋め立て土砂採取地の外来生物調査に着手する。県外土砂規制条例の施行以降、調査は2015年度以来4年ぶり2度目。新たに採取地の候補に挙がった地域の外来生物について、分布状況や土砂への混入の可能性を調べる。調査は来年3月まで。」
②「埋め立て土砂の採取地について沖縄防衛局は当初、沖縄を含む7県21カ所としていた。県はこれに基づき15年度、鹿児島県奄美市や香川県小豆島など6県11市町村を対象に外来生物の調査を実施した。」
③「防衛局は今年10月、採取場が閉鎖している地点があることなどを理由に、新たに20カ所を採取地の候補としていると明らかにした。」
④「県環境部は26日から、外来生物分布調査事業の入札を公告。佐賀県や宮崎県など6県22市町村を対象に、外来生物の侵入・定着状況、防除方法を整理する。土砂への混入の可能性が高い外来種については、専門家に意見を聞き、混入経路などを予測する。」
⑤「土砂採取地でつくる『辺野古土砂搬出反対全国連絡協議会』の阿部悦子共同代表は『時宜を得た対応で調査自体は歓迎したいが、条例には外来種が見つかった場合に搬出中止命令ができるような拘束力がない。条例を改正し、実効性を高めてもらいたい』と求めた。」


(2)沖縄タイムス-首里城火災から1カ月「人的要因の可能性もゼロではない」 延べ800人投入、原因究明に時間-2019年11月30日 04:48


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「首里城火災発生から1カ月。出火原因の究明に向け実況見分を続ける沖縄県警と那覇市消防局は、これまで延べ800人(消防472人、県警約360人)を現場へ投入してきた。『9割以上が灰』(消防関係者)と化した中でめぼしい物的証拠は残っておらず、回収物の鑑定に時間を要している。捜査関係者は、出火要因の可能性として電気系統のトラブルを挙げる一方、『人的要因の可能性もゼロではない』としている。」
②「沖縄美ら島財団など関係者約50人への聴取と、首里城公園内約50台と周辺の防犯カメラの解析から、捜査1課は『外部侵入による可能性は低い』とする。」
③「実況見分は順次、エリアを広げて実施している。消防によると、正殿北側エリアを12分割して番号を振り、各エリアの灰やがれきを同じくエリア別に番号を振った御庭(うなー)に移動。灰をふるいにかけて微細な資料の選別収集を続けている。」
④「消防関係者によると、現在12エリアのうち8エリアで見分を終了。残り4エリアも順次実施する予定だ。」
⑤「回収物の鑑定は県警科学捜査研究所が現在続けているが、県警によると今後県外の専門機関に委託する可能性もある。」


(3)琉球新報-辺野古強行を批判 コスタリカの弁護士・サモラ氏 非武装の平和説く-2019年11月30日 15:11


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「沖縄の平和学習旅行に力を入れている富士国際旅行社(東京)の創立55周年を記念したイベントが29日午後、那覇市泉崎の琉球新報ホールで開かれた。約400人が会場に詰め掛けた。」
②「非武装の平和憲法を持つコスタリカのロベルト・サモラ弁護士が講演。米軍普天間飛行場移設に伴う名護市辺野古への新基地建設を強行する日本政府について、『国民の恐怖をあおって軍隊が必要だと思わせているがばかげている。防衛のために一番いいのは敵を作らず、友だちを作ることだ』と批判した。」
③「ジャーナリストの伊藤千尋さんがサモラ氏とコスタリカについて紹介。芸人の松元ヒロさんや、映画『ザ・おもいやり』のリラン・バクレー監督も登壇した。」


(4)沖縄タイムス-「右傾化のレール引いた」と戦争体験者ら 中曽根元首相死去 歴史を学び直す機会に-2019年11月30日 15:00


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「『戦後政治の総決算』を掲げ、首相として戦後初めて靖国神社を公式参拝した中曽根康弘元首相が亡くなった。県内の沖縄戦体験者からは、『右傾化のレールを引いた』とする批判や、歴史を学び直す機会にすべきだとの声が上がった。」
②「沖縄靖国訴訟の原告の崎原盛秀さん(86)=うるま市=は『天皇を中心とする戦前体制に回帰しようという意図が明々白々だった』と疑問を呈す。首相在任中、中曽根氏は、靖国公式参拝と国鉄民営化による国内最大規模だった国鉄労働組合(国労)の解体を断行した。崎原さんはいずれも民主的な世論を抑え、国民を統一するという狙いが共通していたとみる。『沖縄戦への謝罪もないまま靖国を参拝し【地上戦の総決算】を図った。国鉄の解体は労働運動への弾圧であり民主政治を守る運動の否定だった』と話す。」
③「首相在任1806日は戦後歴代5位を誇る中曽根氏について『右寄りの路線を引いて世論を盛り上げるという小泉純一郎氏や安倍晋三氏ら、後の首相に連なる手法を生んだ』と分析した。」
④「沖縄靖国訴訟原告団の団長を務めた彫刻家の金城実さん(80)=読谷村=は、元首相の死去に『改めて靖国参拝の問題を考えてほしい』と語る。1985年の終戦記念日。中曽根氏は靖国神社を公式参拝した。靖国には軍に志願し、戦死した金城さんの父もまつられている。『国のためにと、戦い亡くなった人を顕彰してまつる場所を参拝すること自体が戦争賛美だ。また沖縄が戦に巻き込まれることを危惧してしまう』と語気を強める。現職首相の参拝問題は今も続く。『現代の大きな課題だ。沖縄から靖国参拝とは何かを考えないといけない』と呼び掛けた。」


(5)沖縄タイムス-[解説]首里城再建、はっきりしない「県主体」 議論を急ぐ必要-2019年11月30日 14:26


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「沖縄タイムスが実施した首里城の再建に関するアンケートで、県議の過半数が再建は県と県民が主体的に取り組むべきだと回答した。ただ、国から県への所有権の移管や再建に向けた費用負担では意見が大きく割れた。主体的に取り組むとは、県の費用負担なのか、再建計画への県民の参画なのか。『主体性』を巡る議論を急ぐ必要がある。」
②「現在の首里城は、政府と都市再生機構(UR)が1986年度に国営沖縄記念公園首里城地区として整備を閣議決定。2018年度の御内原エリアなどの復元まで、約260億円かけ復元を進めてきた。火災を受け、県内からは『県民の手で再建を』との声が出ている。下地幹郎衆院議員(維新)は県の主体的な再建を後押しするため、政府にふるさと納税制度の特例を設けるよう要請している。」
③「一方、何をもって『県主体』なのかははっきりしない。県議アンケートでも、64%が『主体的に取り組むべき』と回答する一方、県が建設費の一部、全額を負担すべきだとしたのは19人にとどまった。」
④「国は『予算を含めて国が先頭に立って再建に当たる』(菅義偉官房長官)と支援に前向きな姿勢を見せている。国が予算を措置する根拠は首里城公園が国営であるためだ。仮に県予算で建設するなら、所有権移管の議論は不可避だ。」
⑤「さらに、全額県の予算で建設するなら、子どもの貧困問題など福祉、医療を中心に課題が山積する中で『150億円』(政府関係者)ともされる建設費や年間の維持管理費をどう工面するかも現実的な課題だ。」
⑥「『主体性』の議論は、国内外から集まった既に10億円を超える寄付金の使途にも大きく関わってくる。」                              (政経部・大野亨恭)


(6)沖縄タイムス-日本領域外の事故、通報するかどうかは米軍の裁量 日本政府の求めに応じず-2019年11月30日 12:55


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「【東京】米海兵隊岩国基地(山口県)所属機が2016年、沖縄本島東沖の日本領域外で接触事故を起こしたにもかかわらず日本側に通報しなかった件で、領域外の事故を通報するかどうかは米軍の裁量に委ねられていることが29日、分かった。日本政府は米軍に通報を求めているが、実現のめどが立っていない状況だ。」
②「米軍は通報しなかった理由を、事故の発生空域が嘉手納から約270キロの公海上で日本の領域外だったとし、日米合意の対象外と説明している。防衛省によると1997年の日米合意は、米軍は日本の領域内かつ公共の安全に影響を及ぼす事故を起こした場合に通報するとしている。」
③「沖縄防衛局は29日、県や沖縄市、嘉手納町、北谷町、県漁連などを回り、米側に通報体制の見直しを求めていることなどを伝えた。県庁では知事公室の金城典和統括監らに口頭で説明。金城氏は操縦席での不適切な行為などで、米軍内の綱紀粛正を要請した。」
④「河野太郎防衛相は15日の衆院安保委員会で『日本側に通報すべきだった』と米側に申し入れたと説明した。理由として、地元の安全に影響を与える重大な事案になり得たこと、在日米軍所属部隊による事故だったこと、事故機が嘉手納飛行場に着陸したことなどを挙げている。」


(7)沖縄タイムス-[解説]通報手続きを定めた日米合意の抜本的見直しを 米軍の裁量任せの対応、事故続発を招いた恐れ-2019年11月30日 13:22


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「2016年4月の本島東沖での米軍機による空中給油訓練事故で日本側へ通報がなかった件は、日米両政府間で再発防止策が十分に練られなかった事態を招き、約8カ月後に名護市で同様の訓練でオスプレイ墜落事故が発生した。米軍の裁量任せの対応が、事故の続発を招いた恐れがある。」
②「日本領域外での事故通報に加え、基地外で起きた事故の日本当局による現場立ち入りも、米軍の裁量に委ねられている。いずれも日米合意が障壁になっており、米軍機の事故対応で日本の主権が及ばないルールが積み重なっている。」
③「米軍は16年4月の事故と、18年に起き6人が犠牲になった高知県沖の墜落事故と状況が酷似しており『調査していれば防げた可能性がある』としている。」
④「名護市のオスプレイ墜落事故も、4月と同様に夜間の空中給油訓練中に起きており、再発防止策を練っていれば『防げた可能性がある』事故と言えるだろう。」
⑤「米軍機事故を巡っては、ことし10月の米空軍機の部品落下事故で、米軍から関係機関を通じた県への正式な情報提供が約1週間もかかるなど、通報手続きの遅れは常態化している。米軍の好意的な対応を期待するのでなく、通報手続きを定めた日米合意の抜本的見直しが求められている。」                           (東京支社・又吉俊充)



by asyagi-df-2014 | 2019-11-30 17:44 | 沖縄から | Comments(0)

フランシスコ教皇からのメッセージを。(1)

 2019年11月24日、長崎市の爆心地公園及び広島市の平和記念公園で行われたローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇(法王)のスピーチは、どのように響いたのか、いや、響くのか。
 長崎と広島でのスピーチをNHKのNEWS WEBから引用する。



教皇の日本司牧訪問
教皇のスピーチ
核兵器についてのメッセージ
長崎・爆心地公園
2019年11月24日



愛する兄弟姉妹の皆さん。

この場所は、わたしたち人間が過ちを犯しうる存在であるということを、悲しみと恐れとともに意識させてくれます。近年、浦上教会で見いだされた被爆十字架とマリア像は、被爆なさったかたとそのご家族が生身の身体に受けられた筆舌に尽くしがたい苦しみを、あらためて思い起こさせてくれます。

人の心にあるもっとも深い望みの一つは、平和と安定への望みです。核兵器や大量破壊兵器を所有することは、この望みへの最良のこたえではありません。それどころか、この望みをたえず試みにさらすことになるのです。わたしたちの世界は、手に負えない分裂の中にあります。それは、恐怖と相互不信を土台とした偽りの確かさの上に平和と安全を築き、確かなものにしようという解決策です。人と人の関係をむしばみ、相互の対話を阻んでしまうものです。

国際的な平和と安定は、相互破壊への不安や、壊滅の脅威を土台とした、どんな企てとも相いれないものです。むしろ、現在と未来のすべての人類家族が共有する相互尊重と奉仕への協力と連帯という、世界的な倫理によってのみ実現可能となります。

ここは、核兵器が人道的にも環境にも悲劇的な結末をもたらすことの証人である町です。そして、軍備拡張競争に反対する声は、小さくともつねに上がっています。軍備拡張競争は、貴重な資源の無駄遣いです。本来それは、人々の全人的発展と自然環境の保全に使われるべきものです。今日の世界では、何百万という子どもや家族が、人間以下の生活を強いられています。しかし、武器の製造、改良、維持、商いに財が費やされ、築かれ、日ごと武器は、いっそう破壊的になっています。これらは途方もないテロ行為です。

核兵器から解放された平和な世界。それは、あらゆる場所で、数え切れないほどの人が熱望していることです。この理想を実現するには、すべての人の参加が必要です。個々人、宗教団体、市民社会、核兵器保有国も、非保有国も、軍隊も民間も、国際機関もそうです。核兵器の脅威に対しては、一致団結して応じなくてはなりません。それは、現今の世界を覆う不信の流れを打ち壊す、困難ながらも堅固な構造を土台とした、相互の信頼に基づくものです。1963年に聖ヨハネ23世教皇は、回勅『地上の平和(パーチェム・イン・テリス)』で核兵器の禁止を世界に訴えていますが(112番[邦訳60番]参照)、そこではこう断言してもいます。「軍備の均衡が平和の条件であるという理解を、真の平和は相互の信頼の上にしか構築できないという原則に置き換える必要があります」(113番[邦訳61番])。

今、拡大しつつある、相互不信の流れを壊さなくてはなりません。相互不信によって、兵器使用を制限する国際的な枠組みが崩壊する危険があるのです。わたしたちは、多国間主義の衰退を目の当たりにしています。それは、兵器の技術革新にあってさらに危険なことです。この指摘は、相互の結びつきを特徴とする現今の情勢から見ると的を射ていないように見えるかもしれませんが、あらゆる国の指導者が緊急に注意を払うだけでなく、力を注ぎ込むべき点なのです。

カトリック教会としては、人々と国家間の平和の実現に向けて不退転の決意を固めています。それは、神に対し、そしてこの地上のあらゆる人に対する責務なのです。核兵器禁止条約を含め、核軍縮と核不拡散に関する主要な国際的な法的原則に則り、飽くことなく、迅速に行動し、訴えていくことでしょう。昨年の7月、日本司教協議会は、核兵器廃絶の呼びかけを行いました。また、日本の教会では毎年8月に、平和に向けた10日間の平和旬間を行っています。どうか、祈り、一致の促進の飽くなき探求、対話への粘り強い招きが、わたしたちが信を置く「武器」でありますように。また、平和を真に保証する、正義と連帯のある世界を築く取り組みを鼓舞するものとなりますように。

核兵器のない世界が可能であり必要であるという確信をもって、政治をつかさどる指導者の皆さんにお願いします。核兵器は、今日の国際的また国家の、安全保障への脅威からわたしたちを守ってくれるものではない、そう心に刻んでください。人道的および環境の観点から、核兵器の使用がもたらす壊滅的な破壊を考えなくてはなりません。核の理論によって促される、恐れ、不信、敵意の増幅を止めなければなりません。今の地球の状態から見ると、その資源がどのように使われるのかを真剣に考察することが必要です。複雑で困難な持続可能な開発のための2030アジェンダの達成、すなわち人類の全人的発展という目的を達成するためにも、真剣に考察しなくてはなりません。1964年に、すでに教皇聖パウロ6世は、防衛費の一部から世界基金を創設し、貧しい人々の援助に充てることを提案しています(「ムンバイでの報道記者へのスピーチ(1964年12月4日)」。回勅『ポプロールム・プログレッシオ(1967年3月26日)』参照)。

こういったことすべてのために、信頼関係と相互の発展とを確かなものとするための構造を作り上げ、状況に対応できる指導者たちの協力を得ることが、きわめて重要です。責務には、わたしたち皆がかかわっていますし、全員が必要とされています。今日、わたしたちが心を痛めている何百万という人の苦しみに、無関心でいてよい人はいません。傷の痛みに叫ぶ兄弟の声に耳を塞いでよい人はどこにもいません。対話することのできない文化による破滅を前に目を閉ざしてよい人はどこにもいません。

心を改めることができるよう、また、いのちの文化、ゆるしの文化、兄弟愛の文化が勝利を収めるよう、毎日心を一つにして祈ってくださるようお願いします。共通の目的地を目指す中で、相互の違いを認め保証する兄弟愛です。

ここにおられる皆さんの中には、カトリック信者でないかたもおられることでしょう。でも、アッシジの聖フランシスコに由来する平和を求める祈りは、私たち全員の祈りとなると確信しています。

主よ、わたしをあなたの平和の道具としてください。
憎しみがあるところに愛を、
いさかいがあるところにゆるしを、
疑いのあるところに信仰を、
絶望があるところに希望を、
闇に光を、
悲しみあるところに喜びをもたらすものとしてください。

記憶にとどめるこの場所、それはわたしたちをハッとさせ、無関心でいることを許さないだけでなく、神にもと信頼を寄せるよう促してくれます。また、わたしたちが真の平和の道具となって働くよう勧めてくれています。過去と同じ過ちを犯さないためにも勧めているのです。

皆さんとご家族、そして、全国民が、繁栄と社会の和の恵みを享受できますようお祈りいたします。



教皇の日本司牧訪問
教皇のスピーチ
平和記念公園にて
2019年11月24日、広島

「わたしはいおう、わたしの兄弟、友のために。『あなたのうちに平和があるように』」(詩編122・8)。

あわれみの神、歴史の主よ、この場所から、わたしたちはあなたに目を向けます。死といのち、崩壊と再生、苦しみといつくしみの交差するこの場所から。

ここで、大勢の人が、その夢と希望が、一瞬の閃光と炎によって跡形もなく消され、影と沈黙だけが残りました。一瞬のうちに、すべてが破壊と死というブラックホールに飲み込まれました。その沈黙の淵から、亡き人々のすさまじい叫び声が、今なお聞こえてきます。さまざまな場所から集まり、それぞれの名をもち、なかには、異なる言語を話す人たちもいました。そのすべての人が、同じ運命によって、このおぞましい一瞬で結ばれたのです。その瞬間は、この国の歴史だけでなく、人類の顔に永遠に刻まれました。

この場所のすべての犠牲者を記憶にとどめます。また、あの時を生き延びたかたがたを前に、その強さと誇りに、深く敬意を表します。その後の長きにわたり、身体の激しい苦痛と、心の中の生きる力をむしばんでいく死の兆しを忍んでこられたからです。

わたしは平和の巡礼者として、この場所を訪れなければならないと感じていました。激しい暴力の犠牲となった罪のない人々を思い出し、現代社会の人々の願いと望みを胸にしつつ、じっと祈るためです。とくに、平和を望み、平和のために働き、平和のために自らを犠牲にする若者たちの願いと望みです。わたしは記憶と未来にあふれるこの場所に、貧しい人たちの叫びも携えて参りました。貧しい人々はいつの時代も、憎しみと対立の無防備な犠牲者だからです。

わたしはつつしんで、声を発しても耳を貸してもらえない人々の声になりたいと思います。現代社会が直面する増大した緊張状態を、不安と苦悩を抱えて見つめる人々の声です。それは、人類の共生を脅かす受け入れがたい不平等と不正義、わたしたちの共通の家を世話する能力の著しい欠如、また、あたかもそれで未来の平和が保障されるかのように行われる、継続的あるいは突発的な武力行使などに対する声です。

確信をもって、あらためて申し上げます。戦争のために原子力を使用することは、現代において、犯罪以外の何ものでもありません。人類とその尊厳に反するだけでなく、わたしたちの共通の家の未来におけるあらゆる可能性に反します。原子力の戦争目的の使用は、倫理に反します。核兵器の保有は、それ自体が倫理に反しています。それは、わたしがすでに2年前に述べたとおりです。これについて、わたしたちは裁きを受けることになります。次の世代の人々が、わたしたちの失態を裁く裁判官として立ち上がるでしょう。平和について話すだけで、国と国の間で何の行動も起こさなかったと。戦争のための最新鋭で強力な兵器を製造しながら、平和について話すことなどどうしてできるでしょうか。差別と憎悪のスピーチで、あのだれもが知る偽りの行為を正当化しておきながら、どうして平和について話せるでしょうか。

平和は、それが真理を基盤とし、正義に従って実現し、愛によって息づき完成され、自由において形成されないのであれば、単なる「発せられることば」に過ぎなくなると確信しています。(聖ヨハネ23世回勅『パーチェム・イン・テリス―地上の平和』37〔邦訳20〕参照)。真理と正義をもって平和を築くとは、「人間の間には、知識、徳、才能、物質的資力などの差がしばしば著しく存在する」(同上87〔同49〕)のを認めることです。ですから、自分だけの利益を求めるため、他者に何かを強いることが正当化されてよいはずはありません。その逆に、差の存在を認めることは、いっそうの責任と敬意の源となるのです。同じく政治共同体は、文化や経済成長といった面ではそれぞれ正当に差を有していても、「相互の進歩に対して」(同88〔同49〕)、すべての人の善益のために働く責務へと招かれています。

実際、より正義にかなう安全な社会を築きたいと真に望むならば、武器を手放さなければなりません。「武器を手にしたまま、愛することはできません」(聖パウロ6世「国連でのスピーチ(1965年10月4日)」10)。武力の論理に屈して対話から遠ざかってしまえば、いっそうの犠牲者と廃墟を生み出すことが分かっていながら、武力が悪夢をもたらすことを忘れてしまうのです。武力は「膨大な出費を要し、連帯を推し進める企画や有益な作業計画が滞り、民の心理を台なしにします」(同)。紛争の正当な解決策として、核戦争の脅威による威嚇をちらつかせながら、どうして平和を提案できるでしょうか。この底知れぬ苦しみが、決して越えてはならない一線を自覚させてくれますように。真の平和とは、非武装の平和以外にありえません。それに、「平和は単に戦争がないことでもな〔く〕、……たえず建設されるべきもの」(第二バチカン公会議『現代世界憲章』78)です。それは正義の結果であり、発展の結果、連帯の結果であり、わたしたちの共通の家の世話の結果、共通善を促進した結果生まれるものなのです。わたしたちは歴史から学ばなければなりません。

思い出し、ともに歩み、守ること。この三つは、倫理的命令です。これらは、まさにここ広島において、よりいっそう強く、より普遍的な意味をもちます。この三つには、平和となる道を切り開く力があります。したがって、現在と将来の世代が、ここで起きた出来事を忘れるようなことがあってはなりません。記憶は、より正義にかない、いっそう兄弟愛にあふれる将来を築くための、保証であり起爆剤なのです。すべての人の良心を目覚めさせられる、広がる力のある記憶です。わけても国々の運命に対し、今、特別な役割を負っているかたがたの良心に訴えるはずです。これからの世代に向かって、言い続ける助けとなる記憶です。二度と繰り返しません、と。

だからこそわたしたちは、ともに歩むよう求められているのです。理解とゆるしのまなざしで、希望の地平を切り開き、現代の空を覆うおびただしい黒雲の中に、一条の光をもたらすのです。希望に心を開きましょう。和解と平和の道具となりましょう。それは、わたしたちが互いを大切にし、運命共同体で結ばれていると知るなら、いつでも実現可能です。現代世界は、グローバル化で結ばれているだけでなく、共通の大地によっても、いつも相互に結ばれています。共通の未来を確実に安全なものとするために、責任をもって闘う偉大な人となるよう、それぞれのグループや集団が排他的利益を後回しにすることが、かつてないほど求められています。

神に向かい、すべての善意の人に向かい、一つの願いとして、原爆と核実験とあらゆる紛争のすべての犠牲者の名によって、心から声を合わせて叫びましょう。戦争はもういらない! 兵器の轟音はもういらない! こんな苦しみはもういらない! と。わたしたちの時代に、わたしたちのいるこの世界に、平和が来ますように。神よ、あなたは約束してくださいました。「いつくしみとまことは出会い、正義と平和は口づけし、まことは地から萌えいで、正義は天から注がれます」(詩編85・11-12)。

主よ、急いで来てください。破壊があふれた場所に、今とは違う歴史を描き実現する希望があふれますように。平和の君である主よ、来てください。わたしたちをあなたの平和の道具、あなたの平和を響かせるものとしてください!

「わたしはいおう、わたしの兄弟、友のために。『あなたのうちに平和があるように』」(詩編122・8)。




by asyagi-df-2014 | 2019-11-30 07:19 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
画像一覧
更新通知を受け取る