2019年 11月 29日 ( 3 )

在特会の元京都支部長、西村斉に、京都地裁(柴山智裁判長)は罰金50万円(求刑・懲役1年6月)の有罪判決。

 毎日新聞は2019年11月29日、表題について次のように報じた。


(1)2017年4月に京都市で「ここに日本人を拉致した朝鮮学校があった」などとヘイトスピーチをして学校法人京都朝鮮学園の名誉を傷つけたとして、名誉毀損(きそん)罪に問われた「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の元京都支部長、西村斉(ひとし)被告(51)に対し、京都地裁(柴山智裁判長)は29日、罰金50万円(求刑・懲役1年6月)の有罪判決を言い渡した。ヘイトスピーチを巡って全国で初めて同罪で起訴された事件で、判決が注目されていた。
(2)判決によると、西村被告は17年4月23日、京都市南区の京都朝鮮第一初級学校の跡地近くの公園で、拡声機を使って「ここにあった朝鮮学校は日本人を拉致しております」「拉致した実行犯のいる朝鮮学校がありました」などと約10分間発言。その様子を動画で撮影してインターネットで配信し、京都朝鮮学園の名誉を傷つけた。京都地検に18年4月に在宅起訴されていた。
(3)公判では発言内容を認めた上で①大阪朝鮮学校の元校長が拉致事件の実行に関与し、国際手配を受けた②朝鮮学校を支配しているのは拉致事件に関与した朝鮮総連であり、京都朝鮮学園ではない――と主張。「発言中の朝鮮学校は朝鮮学校一般の意味。発言は重要部分で真実だった」「発言の目的は朝鮮総連の糾弾であり、京都朝鮮学園の名誉を損ねる意図はなかった」などとして無罪を訴えていた。
(4)柴山裁判長は「京都朝鮮学園の外部的評価を低下させる行為だった」と名誉毀損を認定した。「発言中に京都朝鮮第一初級学校の跡地の方向を指さしており、発言の指す学校が同校であったことは明らか。学校法人が朝鮮総連と一体ではなく、活動が形骸化していたとまでは言えない」と指摘。「発言を総合すると京都の学校の校長が拉致事件で国際手配されていると解釈され、真実性の証明も真実と信じる相当の理由もない」と結論付けた。
(5)量刑の理由については「すでにその場所に存在しない学校で、学校の業務を直接妨害したわけではなく、懲役刑を選択するほど重い罪ではない」と述べた。
(6)西村被告は08年ごろから在特会のメンバーとして活動し、09年12月に京都朝鮮第一初級学校前で仲間10人とヘイトスピーチをしたとして威力業務妨害と侮辱の罪で懲役2年、執行猶予4年の有罪判決が確定。この事件を巡る民事訴訟でも約1220万円の賠償を命じる判決が14年に確定した。17年2月以降は在特会設立者が代表を務める政治団体「日本第一党」で活動している。また、12年3月に韓国人女優をCMに起用したロート製薬に対し、竹島に関する見解を無理に回答させたとして強要罪で懲役1年の実刑が確定していた。                                  【添島香苗、国本ようこ、小田中大】



by asyagi-df-2014 | 2019-11-29 19:29 | 書くことから-ヘイトクライム | Comments(0)

沖縄-辺野古-沖縄 高江から-2019年11月29日

「28日午後2時ごろ、国頭村安波の「沖縄やんばる海水揚水発電所」の解体工事中に、重さ約350㌔のケーブルが落下し、下敷きとなった男性作業員2人が亡くなる産業事故が発生した。」、と琉球新報。また、「今回の事故を合わせると、2019年の産業事故による死亡災害は11人になる見通しで、18年の4人に比べ3倍近く増加することになりそうだ。沖縄労働局によると労働災害は10月末時点で既に924人(前年同期比68人増)で、このペースで推移すれば日本復帰以降過去最多だった73年の1277人を上回る可能性がある。」(琉球新報)とも。
何が原因なのかの検証が必要である。


 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2019年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2019年11月29日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-労働災害 10月末で924人 19年 復帰後最多上回る可能性-2019年11月29日 07:00


 琉球新報が、表題について次のように報じた。


①「28日午後、国頭村安波の『沖縄やんばる海水揚水発電所』の解体工事現場で350キロのケーブルが落下し、作業員2人が死亡した。今回の事故を合わせると、2019年の産業事故による死亡災害は11人になる見通しで、18年の4人に比べ3倍近く増加することになりそうだ。沖縄労働局によると労働災害は10月末時点で既に924人(前年同期比68人増)で、このペースで推移すれば日本復帰以降過去最多だった73年の1277人を上回る可能性がある。」
②「労働災害が多発傾向にある年末年始に向けて、沖縄労働局(福味恵局長)は28日午前、建設業労働災害防止協会沖縄支部と港湾貨物輸送事業労働災害防止協会沖縄総支部に労働災害防止対策の徹底を求める緊急要請をしたばかりだった。」
③「沖縄労働局の仁木真司労働基準部長は『亡くなった方の家族、関係者にお悔やみ申し上げたい』とした上で『労働災害防止を要請した矢先に死亡災害が発生したことは遺憾だ。今回の事故を踏まえて、労災防止をあらゆる機会を通じて促したい』と述べた。」
④「今年に入り、労働災害で亡くなった人は9人でうち、6人が建築や土木工事に従事する作業員だった。港湾荷役業では、休業4日以上の労働災害が5人で、前年同期を3人上回っている。県内の建設需要が旺盛なことや、年末年始に向けて工期内に工事を終わらせようとしたり、港湾で取り扱う貨物量が増えたりすることから、沖縄労働局は建設業と港湾荷役業の2業種に緊急要請した。」
⑤「福味局長は『年末にかけて業務が忙しくなり計画通りに進まないことも予想される。建設、港湾の業種では需要が増えている状況がある中、失われた人命は二度と戻らないことを念頭に安全対策の確認を徹底していきたい』と述べた。」


(2)琉球新報-350キロのケーブル落下で作業員2人が死亡 海水揚水発電所の解体作業中に-2019年11月28日 18:11


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「28日午後2時ごろ、国頭村安波の「沖縄やんばる海水揚水発電所」の解体工事中に、重さ約350㌔のケーブルが落下し、下敷きとなった男性作業員2人が亡くなる産業事故が発生した。」
②「同発電所によると、地下約150㍍に設置された発電機などの解体工事中の事故だった。地上から滑車を用いてケーブルをつっている最中に何らの原因で落下したとみられる。高さは約100㍍だった。」
③「名護署が事故原因を調べている。」
④「同発電所は世界初の海水を利用した揚水発電所として、電源開発(本社・東京、Jパワー)が1999年に設置し試験運用してきたが、商業ベースに乗せることができずに2016年に廃止となった。地下の発電所の解体工事は今年10月から来年1月まで実施される予定だった。」


(3)沖縄タイムス-沖縄県議会、米軍の部品落下事故や米兵事件に抗議 嘉手納で降下訓練の禁止求める-2019年11月28日 21:30


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「県議会(新里米吉議長)は27日、米空軍MC130J特殊作戦機の部品落下事故と相次ぐ米軍人による犯罪、米軍嘉手納基地でのパラシュート降下訓練に対する抗議決議、意見書を全会一致で可決した。」
②「10月18日に発生した部品落下事故に対し『一歩間違えば人命、財産に関わる重大な事故につながりかねず、あってはならないことだ』と批判。事故発生から7日後に部品が米軍伊江島補助飛行場内で発見されていたことを明らかにするなど、通報手続きの運用も極めて不適切だと指摘し、通報体制の検証や民間地上空の飛行訓練の中止、日米地位協定の改定による国内法の適用などを求めた。また、米軍人による飲酒絡みの事件が相次いでいることも問題視し、綱紀粛正と再発防止に向けた実効性ある措置も要求した。」
③「10月29日に米軍が嘉手納基地で実施した降下訓練には『基地負担軽減に逆行し、到底容認できない』とし、同基地での降下訓練の禁止と伊江島補助飛行場で兵士が基地外に降下した原因究明、再発防止を求めた。」


(4)沖縄タイムス-陸自配備巡る住民投票運動を敬遠か 石垣市自治基本条例「廃止」論-2019年11月28日 20:30


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「石垣市議会の与党議員で構成する調査特別委員会が、市自治基本条例を『廃止すべきだ』と結論をまとめたのは、条例を根拠にした1月の石垣島への陸上自衛隊配備計画の賛否を問う住民投票の運動を敬遠する思惑が透けて見える。」
②「住民投票の請求を巡っては、自治基本条例ではなく、地方自治法に基づく手続きで議会に諮られ否決された経緯がある。自治基本条例は第28条1項で『4分の1以上の者の連署』をもって市長に請求できると規定。同4項で『市長は請求があったときは所定の手続きを経て住民投票を実施しなければならない』と定めている。だが『所定の手続き』の規則がないため、やむなく地方自治法に基づいて請求した。」
②「ただ、市民側は自治基本条例をよりどころに1万4千筆余の署名を集めて直接請求したことから、市に実施義務があるとして市を提訴している。」
③「市民側は特別委の廃止の結論について異議申し立てへの『露骨な圧力』と受け止めており、公権力の行使と捉えられても仕方がない。」
④「裁判では同条例の解釈が焦点になっているだけに、市住民投票を求める会の金城龍太郎代表は『偶然とは思えない。市や議会にかみつくな、意見するなという見せしめ、圧力に感じる』と話す。」
⑤「『「自治体の憲法』といわれ、市政運営の最高規範と定められている同条例は石垣市民にとって重要な意味を持つ。特別委や与党議員は市民の声を真摯(しんし)に受け止め、なぜ廃止する必要があるのか、市民が納得できる説明が求められる。」        (八重山支局・粟国祥輔)


(5)沖縄タイムス-自治基本条例「廃止論」 行政法の専門家はどう見る 石垣市議会の特別委、市民定義を問題視-2019年11月28日 21:00


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「石垣市議会の自治基本条例特別委は市民の定義を問題視しているようだが、地方自治法第10条は地域に住居がある者はたとえ外国人であっても住民登録の有無に関係なく住民であると定めている。このような方々を含めて自治体が活性化しているからだ。」
②「石垣市に住む皆が島の環境やまちづくりに参加することができる。この地方自治の理念に従って考えないといけない。もし石垣市に1、2万人の外国人が住むようになれば、市は外国人と一緒になってまちづくりを考えないといけない。」
③「自治基本条例は地方自治の理念の到達点。自治体自らのあり方、到達点を考える契機になるとして各地で制定されている。これを廃止すると自治の後退につながる恐れもある。一体、何を問題にしているのか。なくすのなら石垣市の自治のあり方を示す必要がある。条例を廃止することが全て悪いわけではない。その後の自治をどう進化させられるかが問われている。」
④「議会の権限で廃止は可能だ。しかし、自治基本条例は住民の参加を求めて議会でも丁寧な議論をして丁寧な手続きを踏んで制定されたはずだ。廃止にするときも住民を入れて同じ手続きでやるべきだ。」


(6)沖縄タイムス-来年3月の利用開始に向け 整備着々 那覇空港第2滑走路-2019年11月29日 17:22


 沖縄タイムスは、「来年3月26日の供用開始に向けて、那覇空港第2滑走路の整備が着々と進んでいる。28日、本紙のカメラがチャーターヘリから捉えた写真では、航空機が離着陸する南北に延びた滑走路(約2.7キロメートル)はほぼ完成しており、白色の路面標識が確認できる。写真奥には、第1滑走路と第2滑走路をつなぐ誘導路が整備されている。沖縄総合事務局開発建設部空港整備課によると、現在は、滑走路脇の誘導路に路面標識を塗る作業と、周辺の緑化作業を進めているという。年内には大部分が完了し、フライトチェックが始まるという。完成後、安定的に運用できる年間発着回数は約24万回を見込んでおり、国内でも主要な航空拠点となる。」、と報じた。


(7)琉球新報-米軍機が那覇空港に一時着陸 強風を避けて目的地を変更有料-2019年11月29日 11:48


 琉球新報は、「28日午後2時31分、米軍機C146が那覇空港に着陸した。県などによると、米軍嘉手納基地に向かっていたが周辺の風が強かったため、ダイバート(目的地変更)した。その日の午後5時すぎに那覇空港を離陸した。関係者によると国外に向かった。沖縄防衛局が28日、県や那覇市、豊見城市にダイバートを伝えた。民航機への影響はない。那覇市によると、市民からの問い合わせや苦情はない。所属部隊や沖縄への飛来目的は不明。C146はドイツのドルニエ社が開発したプロペラ付きの航空機。米空軍は特殊作戦の支援用として人員や資材を輸送するのに使っている。」、と報じた。




by asyagi-df-2014 | 2019-11-29 18:13 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第95回

沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。


 今回の三上さんの報告は、「宮古島・弾薬庫建設阻止現場の一カ月」、そして宮古島の報告。


(1)あの山城博治さんが、マイカーを宮古島に運び込んだ。居候させてもらう家も決まった。長く辺野古の基地建設反対の現場の指揮を執ってきた博治さんだが、この1年は、辺野古の土砂を運び出す本部町安和や塩川港に詰めたり、複数の現場を行き来し、本土にも加勢を求めに行ったり、多忙な日々だった。それが、9月末から宮古島の弾薬庫建設が本格的に動き出したことから、「住民の阻止行動の立ち上げに腰を据えて向き合いたい」と、当分は宮古島をベースに生活するという。そして本当に長期滞在の構えに入ってしまった。やはり、巨大な弾薬庫を抱え込まされるという局面はそれほどに重大なのだ。博治さんの本気度に、私もいよいよなんだ、と覚悟を決める。
(2)沖縄の民俗学を学ぶならこの大学しかない、と決めて私が成城大学に入った時、すでに調査地は宮古島と決まっていた。なぜかというと、柳田国男の直弟子の末弟子で、唯一の女性だった鎌田久子教授が教鞭をとっていて、その鎌田先生は宮古島のシャーマニズムが専門だったからだ。さらに、成城大学には柳田国男の蔵書が書き込みごと見ることができる文庫も置かれていたし、社会人類学者で『沖縄池間島民俗誌』を書いた野口武徳教授もゼミを持っていて、私は幸福にもこの二つのゼミを渡り歩くことができた。
(3)必然的に調査地は宮古島になり、宮古島にまみれて幸せな学生生活を送った。当時は、池間島はおろか、来間島にも橋はかかっていなくて、ヤギや豚と一緒に小舟に乗せてもらって渡った。のちに社会人になってから入った沖縄国際大学で修士論文の舞台に選んだ大神島には、生半可な気持ちで行くなという先生の指導もあり、大学時代は渡ることもできなかった。その大神島にはこの二十数年で50回以上通い、本当の祖母以上に慕うおばあがいて、いつも実家のように過ごさせてもらっていた。
(4)その話を書き始めると本題に入れなくなるので稿を改めることにして、私は心の故郷である宮古島がどんどんその形を変えていくのを35年に渡って見てもきた。しかし5年前から島を引き裂いている自衛隊のミサイル基地建設問題は、とてもじゃないが時代の変化や島おこしというレベルの出来事ではなかった。ところが私の持つ危機感は、さほど沖縄県民に共有されず、全国の報道はおろか県内報道さえも振るわなかった。個人的な感情や感傷が入り込み過ぎているのか? 思い込みが強いのか? 何度も自問して過ごしてきたのだが、数年前からはあの博治さんが「辺野古米軍基地問題に衆目を引き付けておいて、本丸は自国軍による南西諸島の再軍事化ではないのか」と言い始め、先月から宮古島で寝起きをしている。やはり残念ながら杞憂ではなかったのだ。博治さんの行動で改めて事の重大さに身構える。
(5)ところが、私の悲壮な覚悟とは裏腹に、博治さんの現場からの電話報告の声は、なぜか朗らかですらあった。
(6)「三上さん。三上さんの大好きな宮古島はね、本当に素敵な人がたくさんいるよ」
そうやって博治さんは毎日のように、私に保良(ぼら)の人たちの魅力を語りだす。保良は弾薬庫が建設されようとしている地区の名前だ。デモ行進にトラクターを繰り出すおじいたち。農作業の合間を縫って少しでも、と参加してくれる人々。宮古伝統の踊り「クイチャー」の指南をしてくださる女性たち。その中でも、特に「ミサイル・弾薬庫配備反対! 住民の会」の共同代表で一日も欠かさずに現場に詰めている下地博盛(しもじひろもり)さんへの信頼を、日に日に厚くしていく様子がよく伝わってきた。
(7)下地博盛さんは、保良生まれの保良育ち。少年時代、島では馬やヤギの草を刈るのは子供の仕事で、今座り込んでいる建設現場の付近はよく草刈りに来て遊び、海沿いの湧き水で水浴びをして帰った思い出の場所だそうだ。合併する前の城辺(ぐすくべ)町役場に長らく勤めていた下地博盛さんは、保良の区長を3期も務め、また宮古島市議会議員にまでなった地域のリーダーだが、人となりはいたって真面目で物静か。声も小さくおとなしい印象で、声の大きな博治さんとは真逆のキャラクターと言ってもいい。住民の反対運動のリーダーになったらどんな風になるのだろうか、想像がつかないタイプだった。しかし、小柄で明るくて活発な妻のKさんと、そして本土から故郷に戻ってきた宮古美人の娘のAさんと、親子三人で必ず現場に、どんなに少人数の日でも欠かさずに立っていた。その誠実な人柄に、博治さんは絶大な信頼を置くようになっていた。
(8)69歳の下地博盛さんは、保良では「若手」だそうだ。今も毎日畑に出ている94歳のおじいが、博盛さんのところに駆け込んできてこう言ったという。「自衛隊の弾薬庫の工事が始まった。博盛がいながら、何であんなことをさせるんだ!」
(9)博盛さんという人間がいながら……、と古老に言わせるくらいの信頼を得ているということがよくわかる。言葉はぶっきらぼうなこのおじいは、別の日に「お前がやっている抵抗は役に立っているのか?」と聞いてきたので、さすがの博盛さんもカチンときて、「毎日精いっぱいやってるんだ!」と言い返すと、翌日コーラやジュースの缶がいっぱい入った袋をもって現場に来てくれた。これには博治さんも感激した。90歳を超えた大先輩が、現役で土に向き合い、この土地を守りたいと居ても立ってもいられない想いをしている。現場を激励してくれる。高齢化が著しい181世帯・312人の保良だが、誇りをもって生きてきた土地を、生活を、踏みにじられてなるものかという気概に満ちている。博治さんはこれまでの沖縄本島の闘いを、どうにかこの保良にいい形で生かしたいと、新たな闘いの構築にのめり込んでいた。
(10)元鉱山だった建設予定地に、毎日10台のトラックが朝から土を運んでくるのだが、ゲートの前に来られる人の数が、なんといっても少ない。博盛さんご夫妻しかいない時もある。最初の10日間は、座り込んでも、警察官が20人もくれば数分で排除。唇を噛んでトラックを見送る悔しい場面も多かった。少人数だと、警察官と対峙するのも気が重いものだ。そのうちに、排除されるぎりぎりまで抵抗したら、あとは立ち上がってできるだけゆっくり歩いてトラックをなかなか進ませない「牛歩」で抵抗する形に移行していった。30分でも、一時間でも作業を遅らせたい。そういう積み重ねで辺野古の基地も20年抵抗を続けてきたのだ。一応「歩いて」いるから警察官も力ずくでは移動させられない。そのうち、宮古伝統の「クイチャー」を踊りながら進むなど、宮古島ならではのアイディアも飛び出してきた。
(11)そうやって、やっとひと月が過ぎる頃、この5年ほど、ずっと辺野古の現場で頑張ってきた元気印の女性たち、通称「辺野古ネーネーズ」の6人が保良の現場にやって来た。彼女たちは歌って踊る辺野古の闘いを作り出していったパワフルな面々で、彼女たちのいるところには笑いと美味しいものがある。繰り出す替え歌も踊りも無尽蔵。辺野古の現場で培ったノウハウとエネルギーで宮古島の闘いを応援したいのと、病み上がりである博治さんの様子もチェックしながら、3泊4日で宮古島にやって来たのだった。
(12)「早く宮古に来たかった。弾薬庫は絶対に造らせてはだめ!」。「博治さん、いつ帰って来るの? と最初は思ったけど、宮古島に来てもらってよかったと思うわ!」。「この際、博治さんは知恵をいっぱい出して、宮古の人はたくさん教わってほしい」。「ここにしかない闘い方がある。少人数でもここまでできるのはすごい!」。「辺野古に帰ってクイチャー広げなきゃ」。一気にかしましくなった保良の闘いの現場。朝から夕方まで歌と笑い声が絶えなかった。博盛さんの妻のKさんは、同じ牛歩でも悲壮な顔で歩くのではなく、明るく楽しみながらやることを学びました、と大喜びだった。
(13)今回の動画は、マガジン9のこのコーナー始まって以来の30分を超える大作になった。全く新しい現場の新たな闘い方と、人々の願い、どうしても切りたくない歌、博治さんの宮古島への思い、そして何より保良の闘いの主役である下地博盛さんご一家、隠れた主人公?であるヤギ(博盛さんの家はヤギパラダイスだった!)まで、全く描かれてこなかった保良という地域の感触まで伝えたいと欲張ったので、長くなってしまった。片手間に見られる尺ではないので大変恐縮だが、30分、時間を作ってぜひ最後まで見て欲しい。今回は厳しいながらも、宮古島ならではの牧歌的な世界も味わっていただけたらと思う。


 そうなのだ。
 三上さんは、是非とも、この動画を見てほしいと、訴える。
そして、270年も解放されなかった宮古島の話を。


(1)ところで、今回のポイントになっている「クイチャー」という踊りについて少し解説が必要だと思う。数々の「クイチャー」大会があるほど、宮古島でこれを踊れない人はいないという宮古芸能の代名詞であるこの踊りは、もともと川がなく、干ばつのたびに命の危機にさらされてきた宮古島の人々の「雨乞いの踊り」だったと言われている。飛行機から見ると、まるで三角形に切り取った緑のフエルトを海に浮かべたような、山のない宮古島。山がないから川もなく、地下水だけが頼りの島なので、農業用水の確保が常にネックだった。
(2)その自然環境が厳しい島に、琉球王府は「世界一残酷な税」と評された「人頭税」を課した。これは廃藩置県後も明治36年まで宮古島を苦しめた悪税で、15歳から50歳まで、病人も何も関係なく、女性には織物、男性には穀物を納めさせた。これは宮古だけではなく八重山地方にも、つまり先島全体に課せられた重税で、一人頭で課税されたため、働けない障がい者や老人の分を誰かが負担する形になり、人減らしの悲しい伝説が各地に残っている。このクイチャーをはじめ、その悲しみと怨みは歌となって、今も先島に染みついている。それほど離島の人を絞り上げた財力で建てた首里城に対して、先島の人たちはどう見ているのか。今の首里城復興騒ぎも、保良の土に座り込んでいると全く別世界のように感じる。
(3)首里城はさておき、つまりこのクイチャーも、起源は雨ごいかもしれないが、一年間死ぬ思いで働いて税金を納めた時の歓喜、憂さ晴らし、腹いせが原動力になっている稀有な歌だ。米や粟を納めたのに、明日から家族が食べる分も不足しているという解放感と絶望の泣き笑いで、三日三晩、狂喜乱舞する島民が歌い、舞ったのがクイチャーなのだ。
(4)歌詞も踊り方も各地の特徴は違っているが、代表的な「漲水(はるみず)クイチャー」の歌詞の大意はこうだ。

 村の兄さんたち
 もう農具を手に取らなくてもよくなるよ
 漲水の船着き場の砂が
 粟になって 米に化けて 勝手に上がって来るよ

 島の姉さんたち
 大神島に打ち寄せるさざ波が
 糸になって 巻いた糸になって 上がってくれば
 もう苧麻を作らなくても 糸車を触らなくても
 よくなるのに

(5)私は宮古島の美しい浜に打ち寄せる波を見ては、この歌詞を思う。砂が米や粟になって勝手に打ち寄せてくればいいのに。波の花が美しい糸になって、綾なす織物になって私を解放してくれたらどんなに楽になれるだろう。そんな幻想を見るほどの苦しみから270年も解放されなかったこの島を思う。
(6)沖縄の中でも虐げられた先島の、その中でも根強い差別と闘わなければならなかった宮古島。島の人たちが人頭税廃止運動に立ち上がっても琉球士族や警察に潰され、帝国議会に請願書を出して廃止になったのは、実に明治36年。沖縄県は、この宮古島の不当な重税と、そこに起因する貧困と差別を長く座視していた。その歴史と、自衛隊による軍事要塞化にさらされ助けを求めている先島の声に、米軍基地と闘ってきた知恵と蓄積があるはずの沖縄本島の人たちが敏感に反応できていないことが、私には重なって見える。
(7)長く沖縄本島に住んでいても、そんな先島を黙殺する沖縄本島側の人間になりたくない一心で私はじたばたしている。しかし、博治さんが全く同じ気持ちを持っていてくれたことが、今回の取材でよく分かった。宮古にこだわった民俗学者である谷川健一にいたく傾倒していた青年期があって、離島の歴史と今を的確に捉える慧眼の主であることを改めて知り、尊敬の念を新たにした。そのことを語るとき、また動画にもあるように、若い世代である楚南有香子さんたちにも苦労を掛けていることを知ったとき、博治さんはすぐに涙ぐむ。今回の3日間で、宮古島の歴史を語る度に毎度涙目になる博治さんに向かって、辺野古ネーネーズは「ナチブー(泣き虫)ヒロジ! また泣いてるさぁー」と優しくはやし立てた。
(8)数日前から風が急に北に変わった。一カ月見事に雨が降らなかった保良のゲート前は、初めて雨交じりの強風に悩まされた。今日は雨具とカイロを持ってきてください、と呼びかけられている。宮古島の冬は風がとにかく強いので寒い。弾薬庫の工期は2年。テントも建てられない、トイレもない現場での抵抗の日々はまだひと月だ。1997年から辺野古の座り込みを見てきた私には、22年という年月の重みが刻まれているが、まだまだひと月、なんてとても言えない、毎日毎日が必死の保良の歳月がある。もちろん、保良だけではない、宮古島各地から通う方々、島外から来てくれる方々がいて、何とか繋いでいるこの現場のことを、私は映像と文章であなたに伝えます。


 今回、三上さんは、その最後をこのように結びます。


 現場は問います。

 国の安全のために我慢しろというのか。
 弾薬を枕に寝ろというのか。
 命があるだけましだとでも言うのか。
 私の安全は国に任せてるんだから、私は加害者ではないと言えるのか。

 せめて、悩んでほしい。最低限、知ってほしい。指先一つで、現場を体験できる映像を届けますから。携帯電話の窓から、パソコンの液晶越しでもいいから、あなたの30分を、宮古島に寄り添う時間を、下さい。


 じっと、手を見る。
 僕のできることは、今は、じっとパソコンをのぞき込むこと。


【追記】保良の住民の会が支援カンパを呼びかけています

振込先:ボラダンヤクコハンタイジュウミンノカイ
代表者:下地博盛
ゆうちょ銀行
記号 17000
普通預金 20481101
(ゆうちょ銀行以外からの振り込みの場合)
ゆうちょ銀行 店名七〇八(ナナゼロハチ)
店番 708
普通預金 2048110




by asyagi-df-2014 | 2019-11-29 07:12 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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