2019年 10月 11日 ( 3 )

沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第94回

沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。


 今回の三上さんの報告は、「古島で陸上自衛隊ミサイル基地の「弾薬庫」が着工された」。


(1)10月7日、ついに宮古島で陸上自衛隊ミサイル基地の「弾薬庫」が着工された。今年3月からすでに「自衛隊宮古警備隊」の駐留は始まっているが、島民が最も恐れている「ミサイル部隊」は、このミサイルを保管する弾薬庫が完成しないことにはやって来ない。
(2)火災になれば大爆発につながるし、何より有事には真っ先に標的になってしまう弾薬庫という物騒なものを、宮古島のどこに置くのか。二転三転して保良(ぼら)地区に決まったというが、集落ははっきり反対の声を上げていた。にもかかわらず、これ以上遅らせられないと10月着工が宣言され、3日には住民説明会が開かれた。防衛省が住民説明会を開いて住民の理解を得たとアリバイを作り、直ちに着工、というパターンは辺野古でも高江でも繰り返されてきた。そして今回もその通りになったわけだ。
(3)私はこの間、宮古島に行くことができなくてギリギリしながら遠くから推移を見守るしかなかったのだが、宮古島の友人が撮影してくれた映像を編集したので、ぜひこの状況を共有してほしい。


 是非とも、ブログの映像を見てほしい。
 さて、報告は続く。


(1)「弾薬」を巡っては、防衛局が宮古島市との約束を守らなかったため、3月末の陸上自衛隊駐屯地開設の初日から事態は紛糾した。地元には「弾薬庫ではなく、小銃などの保管庫」と説明しながら、迫撃砲弾や中距離多目的誘導弾などを千代田地区の駐屯地内に保管していたことを私が基地内で取材中に聞き出して、ここにも書いた。結局は、当時の岩屋毅防衛相が国会で謝罪し、一度持ち込まれたミサイルなどはいったん島外に撤去されていた。しかしそれがないとミサイル部隊が来ても機能しないわけで、防衛局は宮古島の南東の端にある城辺(ぐすくべ)保良に弾薬庫を完成させて、あらためて運び込むと宣言していた。
(2)その保良の弾薬庫予定地というのは、住宅地からわずか200メートルと接近した場所にある。陸上自衛隊の教範には「誘導弾が火災に包まれた場合には1キロ以上の距離に避難」とあるが、住民はその最低の距離も確保できていない場所に住んでいる。そこに造るというのはいったいどういうことか。また、火薬類取締法の保安基準から算定すると、200メートル先に民家があるなら2トンの弾薬しか保管できないはずだが、推計では地対艦ミサイルおよそ7トン、地対空ミサイルおよそ4.5トン、中距離多目的ミサイルと迫撃砲およそ13トンが弾薬庫に入る予定だということで、保安距離はおよそ380メートルとされる。そのような専門家の推定が報道されるようになると、防衛局は弾薬量を答えなくなってしまった。安全距離ラインの内側に、つまり危険エリアに、生きている人間が生活をしている。それを無視する「国土防衛」とは一体何なんだろうか。
(3)10月3日に保良地区の公民館で行われた説明会会場に掲げられた看板に、住民は憤った。「保良鉱山地区の建設工事について」としか書かれておらず、自衛隊の文字もなければ、住民が敏感になっている「弾薬庫」「火薬庫」という言葉もない。物騒な言葉を隠せばなんとなくやり過ごせるだろうという防衛局の姿勢に、誠実さのかけらもないその無礼さに、住民のプライドは踏みにじられた。一から十まで住民をだまし、はぐらかして、軍事施設の犠牲を押し付けるのか。うっかり誤魔化されるとでも思うのか。先祖から引き継いだ土地に築き上げてきた静かな暮らしを子や孫に手渡したい。この地域の未来の希望も、よりによってこんな形で奪っていくのか。悔しくてやりきれない保良の人たち100人は、会場まで来たものの中には入らず、地域を愚弄する説明会をボイコットした。保良の女性は言った。「千代田の駐屯地に、住民をだまして中距離多目的誘導弾を置いたが、怒りをかって謝罪して撤去した。それを保良に持ってくるって? 保良は、なんですか? 馬鹿にされてるんですか」。
(4)なぜ、保良にこんな酷いことができるのか。ここが選ばれた大きな理由の一つは、人口密集地である宮古島市街地から最も遠いからだ。今も不発弾の保管施設がこの地域に置かれているのも、何かあっても被害が小さいという、過疎地に、弱いところに、犠牲を押し付けていく残酷な考え方があるからだ。三角形の宮古島の底辺の右端。東平安名崎の付け根にある保良には、戦前にも旧日本軍が弾薬庫を置いていた。1944年2月、弾薬庫となっていた保良の木山壕周辺で兵隊らの手押し車から手榴弾が落下して爆発、少なくても二人の兵隊が爆死、作業を手伝っていた8歳の女の子と、その子がおぶっていた1歳の赤ちゃんも亡くなってしまった。かつて日本軍の弾薬庫をここに置かせてしまったために、抱え込まなくていい悲劇を抱えてしまった保良が、なぜまた同じ運命を強いられるのか。頭に破片がいっぱい刺さったまま息絶えたというその子は、「戦死」ではない。日本軍の起こした事故で死んだのだ。手伝わされていた危ない仕事に殺されたのだ。戦争でも天災でもない。軍事施設と共存する地域には必ずついて回る想定内の犠牲、明らかな人災である。幼い姉妹の命と引き換えに残された教訓を、私たちの世代が受け取らずにまた地域に同じ危険を引き込むなら、それは彼女たちを二度殺すことになるのではないのか。
(5)軍事基地化が同時多発的に進行する南西諸島の現状に対処するためには、辺野古だけにいるわけにはいかないと、山城博治さんも保良に駆けつけていた。沖縄の平和運動をけん引してきた平和運動センターを代表して、これまでも博治さんは石垣や宮古の自衛隊基地建設の現場にも足しげく通ってきた。今回も、地元保良の人々に相当遠慮し、地域のやり方を尊重しながらも、沖縄県民が長い米軍基地との闘いの中で培ってきた財産を宮古島の住民運動に繋げるために汗を流していた。緊張の局面を迎えてはいるものの、現地からの電話で博治さんの声は明るかった。「いやあ三上さん! 保良は素敵なところだねえ! ゆったりとした集落のたたずまいも、美しいし豊かだし、なんと言っても強い信念で静かに怒りを燃やす先輩たちがね、元気なんだよ。よく来てくれた、と迎えられてね、嬉しいねえ」。
(6)説明会翌日の朝は早くから工事の着工を警戒して公民館に集合がかかっていたのだが、博治さんが到着するとごっついトラクターが2台、待機していた。保良の人々の本気を示そうと、農家の誇りであるトラクターでデモ行進しようというアイディアだった。博治さんは感激した。保良らしい抵抗ができるぞ、と小人数ながらも意気揚々と建設予定地に向かった。この日は測量の作業が見られたが、大規模な搬入はなかった。やはり週明けか。月曜日には防衛局と交渉するため博治さんは本島に戻っていたが、予想通り、その月曜日、7日の朝から本格工事が始まってしまった。列をなす巨大な工事車両。立ちはだかる住民たちの必死な声、掻き消すようにメガホンで同じことを繰り返す防衛局員、島人同士が対立する構図、そこに到着する警察車両……。ここは本当に宮古島なのか? 辺野古なのか? 高江なのか? 米軍の横暴、ではない。日本の自衛隊も、こうやって力ずくで島に入って来るのか。この20年見てきた辺野古の反対闘争現場の胸が痛むばかりの日々は、場所を変えてさらに拡大していくだけなのか。なぜ止められないのだ? 宮古島の次は、やはり止められなくて、同じ苦しみの光景が石垣島でも展開されていくというのか。
(7)自衛隊基地建設が問題化した4年前から、立ち上がり、声を上げてきた人々を追いかけてきた。その人が、あの人が、落胆する姿をみたくなかった。絶叫する声を聞きたくなかった。でも、このままいけば、辺野古のおばあのように、高江のゲンさんのように、怒りのまなざしや、悲しみに満ちた目を見ることになる、とわかっていた。だからそれを止めるために、この4年私は死に物狂いで先島の自衛隊配備に立ち向かってきたつもりだ。それも無意味だったということなのか。


 今回の報告の最後は、三上さんの肉声で締められる。


(1)しかし、この期に及んで、私のそんな感傷など何の役にも立たない。日々進んでいく状況に向き合ってる人たちには凹んでいる余裕もないのだ。遠くにいて最大限応援してると言いつつ、その人間が現場の人より先にあきらめてどうするのだ。私は今までもそう努めてきたように、離島に押し込めて蓋をすれば国民にばれないとタカをくくっているこの国のお粗末な軍事基地政策を明るみに出し、国民の監視下に置き、また黙って下を向くことなく状況に立ち向かっていく人々の力強さ、清々しさを全国に届ける仕事をして、逆に全国から世界から応援が集中する状況を作る。大それた目標だが、それが機能すれば現場の負担は減り、先の見えない闘いに展望が生まれるだろう。大事な島と、大事な人たちが蹂躙されていく様を見て「心が折れた」と被害者ぶっても、それは楽な道を選んで何もしないのと同じではないか、と自分を叱咤する。
(2)保良には「地上覆土式一級火薬庫」4棟、発煙筒などを保管する「煙火火薬庫」1棟が建設され、ほかに室内型射撃訓練場もできる。地下水に頼る宮古島では排水処理の問題もシビアだ。だが、予定地が19ヘクタールと、環境アセスメントの対象基準となる20ヘクタールをぎりぎり下回る姑息なやり方で逃げ切ったため、市民が基地建設の詳細な情報を知ることや意見を言ったり追求したりする機会も奪われてしまった。しかし、かといって監視や追求を怠れば思うつぼで、もはや何を造られてしまっても何もわからないという住民側の完全な敗北が待っている。
(3)諦めず、即効性を求めず、仲間を増やし、小さな勝利も楽しみながら、いつか必ず軍事要塞の島を返上して、元通りの安心して暮らせる島になることを繰り返しイメージして、肝を据えてやっていくしかない。そう思う時、私が救われるのは、保良には、宮古島には、この人たちに寄り添いながら、喜怒哀楽を共にしながら、この問題に向き合っていけたら大事なものをもっと伝えられるかもしれない、と私が惹きつけられてしまう人々が何人もいることだ。博治さんが、こんな状況の中でもほれ込んでしまった保良のたたずまいも含めて、いつかちゃんと風景も人々も描きたい、と熱望している。


 改めて、つぎのことを確認する。


「その保良の弾薬庫予定地というのは、住宅地からわずか200メートルと接近した場所にある。陸上自衛隊の教範には『誘導弾が火災に包まれた場合には1キロ以上の距離に避難』とあるが、住民はその最低の距離も確保できていない場所に住んでいる。そこに造るというのはいったいどういうことか。また、火薬類取締法の保安基準から算定すると、200メートル先に民家があるなら2トンの弾薬しか保管できないはずだが、推計では地対艦ミサイルおよそ7トン、地対空ミサイルおよそ4.5トン、中距離多目的ミサイルと迫撃砲およそ13トンが弾薬庫に入る予定だということで、保安距離はおよそ380メートルとされる。そのような専門家の推定が報道されるようになると、防衛局は弾薬量を答えなくなってしまった。安全距離ラインの内側に、つまり危険エリアに、生きている人間が生活をしている。それを無視する『国土防衛』とは一体何なんだろうか。」




by asyagi-df-2014 | 2019-10-11 20:09 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄-辺野古-沖縄 高江から-2019年10月11日

「2017年10月に東村高江で米軍のCH53E大型輸送ヘリコプターが不時着・炎上した事故から11日で2年が経過した。事故現場となった牧草地の所有者、西銘晃さん(66)に対し国が約束していた損害補償は依然支払われず、西銘さんは『突然音沙汰もなくなり、まるで忘れられたようだ』と懸念を募らせている。事故原因も特定されないまま、同区では米軍機による60デシベル以上の騒音の記録回数が増え続け、住民は不信感を強めている。」、と琉球新報。
 薄ら笑いのこの国の首相が唱える「沖縄の基地負担軽減」とは真逆の実態である。
これが実態である。
「米軍機の夜間飛行は続き、午後11時すぎに自宅上空を飛び去っていくことも。西銘さんは『何事もなかったかのように畑や民家の上を飛ぶ。2年たつが何も変化はない』と語った。9日も米軍機2機が東村上空で訓練飛行する様子が目撃され、旋回飛行を繰り返した。ヘリは後部ドアを開き、乗組員が機関銃のようなものを外側に向ける様子も見られた。訓練を目撃したチョウ類研究者の宮城秋乃さんは『現在飛行しているCH53も、どの程度メンテナンスされているか分からない』と指摘する。『そんな危険な機体からさらに危険な銃を向けていた。環境や人間に対する配慮が足りない』と話した。」、と琉球新報。
 何とも無残な日本政府。


 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2019年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2019年10月11日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-住民 募る不信感 補償なく、原因今も不明 高江ヘリ炎上2年-2019年10月11日 06:30


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「【東】2017年10月に東村高江で米軍のCH53E大型輸送ヘリコプターが不時着・炎上した事故から11日で2年が経過した。事故現場となった牧草地の所有者、西銘晃さん(66)に対し国が約束していた損害補償は依然支払われず、西銘さんは『突然音沙汰もなくなり、まるで忘れられたようだ』と懸念を募らせている。事故原因も特定されないまま、同区では米軍機による60デシベル以上の騒音の記録回数が増え続け、住民は不信感を強めている。」
②「事故後、沖縄防衛局は牧草の品質が事故前に回復するまでの損害補償を約束し、18年10月~今年5月にかけて牧草の収穫量を3回にわたり調査。防衛局は本紙の取材に『関係規則などに基づき適切に対応しており、賠償状況は個人のプライバシーに関わるため回答は差し控える』と回答。西銘さんは『5月以降、連絡が途絶えた。担当者も代わったようで補償があるのかさえ分からない』と眉をひそめる。」
③「事故原因も特定されていない。防衛局は18年12月、米軍の調査結果から事故要因を『根本的な原因の特定には至っていない』と述べるにとどめた。その後も事故原因の説明はなく、住民の不安を払拭(ふっしょく)するには至っていない。『なぜ事故が起きたのか説明を求め続けている。ヘリがいつどこに落ちるか分からない状況では、住民に平穏な暮らしはない』」
④「米軍機の夜間飛行は続き、午後11時すぎに自宅上空を飛び去っていくことも。西銘さんは『何事もなかったかのように畑や民家の上を飛ぶ。2年たつが何も変化はない』と語った。」
⑤「9日も米軍機2機が東村上空で訓練飛行する様子が目撃され、旋回飛行を繰り返した。ヘリは後部ドアを開き、乗組員が機関銃のようなものを外側に向ける様子も見られた。訓練を目撃したチョウ類研究者の宮城秋乃さんは『現在飛行しているCH53も、どの程度メンテナンスされているか分からない』と指摘する。『そんな危険な機体からさらに危険な銃を向けていた。環境や人間に対する配慮が足りない』と話した。」


(2)琉球新報-人口100人の集落で起きたこと 米軍ヘリ炎上、発着場の建設、住民が国に訴えられる…沖縄・東村高江の12年-2019年10月11日 07:00


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「青々と茂る森や壮大な太平洋を見下ろせる高台が広がる。昼はヤンバルクイナやノグチゲラが鳴き、夜は満天の星空に包まれる。そんな自然豊かな沖縄本島北部、東村の端にある人口100人の小さな集落が高江だ。全国一の生産量を誇るパイン産業を生活の糧にする人が多い、のどかな集落に米軍普天間飛行場所属のCH53E大型輸送ヘリコプターが不時着、炎上して11日で2年になる。自然に囲まれたこの場所に米軍のヘリが不時着し炎上したのはなぜか。ヘリ炎上にとどまらず、ヘリ発着場(ヘリパッド)新設など米軍基地問題に翻弄(ほんろう)される高江住民の苦悩の12年間を当時の記事や写真を基にまとめた。」(田吹遥子)
②「不時着場所は民家からわずか200メートルしか離れていない牧草地だった。『死んでいたかもしれない』。牧草地を所有し隣接する民家で暮らす西銘晃さん(66)の妻・美恵子さんは当時、琉球新報の取材にこう答えた。収穫時期を迎えようとした牧草地に誰もいなかったことは奇跡に近かった。」
③「実は、高江は米軍基地に囲まれている。集落の周りを囲む森そのものが米軍の訓練場となっている。1957年に米軍に接収されて以来、7543ヘクタールが米軍の北部訓練場となった。沖縄県のホームページによると、ゲリラ訓練などができる訓練場のほか、ヘリ発着場が2019年現在、21カ所ある。ベトナム戦争の頃には、米軍が訓練場内に『ベトナム村』を造り、高江の住民をベトナム人役にさせていたこともあった。猛毒のダイオキシンを含む枯れ葉剤が散布されたとの証言もある。」
④「1996年12月、日米合同特別委員会(SACO)で、北部訓練場の過半に当たる3987ヘクタールの返還が決まった。しかし、返還地域の国頭側にある発着場6カ所を高江集落周辺に移設し、新たに建設することが返還の条件となった。普天間飛行場の名護市辺野古移設と同様、県内移設が高江住民に突き付けられた。」
⑤「高江住民はヘリパットの移設に伴う新設に強く反対した。幾度の決議で中止を求めてきた。しかし、2007年7月早朝、沖縄防衛局は工事に着手。大型トラックによる資材搬入を止めようと、高江住民たちが座り込みを始めた。08年には、防衛省と沖縄防衛局が8歳の子どもを含む住人15人(子どもは後に取り下げ)を相手取り通行妨害禁止を求める仮処分命令を那覇地裁に申し立てた。国が個人の表現活動を萎縮させる『スラップ訴訟』と、専門家から批判の声が相次いだ。裁判に発展し、14年に最高裁が住民の上告を棄却、住民側が完全に敗訴した。」
⑥「昼夜問わず座り込む住民をよそに、国は工事を強行し続けた。2014年までに南側のヘリパット(N4地区)の2カ所が完成。16年からは北側の4カ所(N1地区2カ所、G地区、H地区)の建設工事を再び開始した。ヘリパッドの工事再開は、参議院選挙投開票日翌日の2016年7月11日の朝だった。午前6時すぎ、国は100人の機動隊と20人の民間警備員を高江のゲート前に送り込んだ。高江住民をはじめ村外から駆け付けた市民60人と機動隊とのにらみ合いが始まった。それから5カ月間、双方が激しく対立する中、市民から逮捕者が出たり、記者が機動隊に囲い込まれて取材妨害を受けたり、機動隊が住民に対して差別発言をしたりするなど、さまざまな問題が噴出した。それでも国は工事を進め、16年12月までに全てヘリパッドが完成。北部訓練場の4010ヘクタールが返還された。国は、返還による沖縄の負担軽減を強調するとともに、返還跡地もやんばる国立公園に組み込み、世界自然遺産候補地として再推薦する方針だ。」
⑦「6カ所のヘリパットが完成し、南側の2カ所で米軍による運用が始まっていた2017年10月11日午後5時20分ごろ、事故は起こった。大型輸送ヘリが東村高江の車地区の牧草地に不時着し、炎上したのだ。機体は大破、しかし周辺住民や乗組員ともにけがはなかった。当時、事故現場周辺は消防や警察、米軍の車両が行き来し、赤色灯とライトで照らされた。油が燃える匂いが充満し、集落は騒然となった。」
⑧「牧草地を所有し近くに住むのは西銘晃さんの一家。事故当時、妻の美恵子さんは自宅の庭で草刈りをしていた。現場から100メートルの豚舎にいた義父の清さんに声を掛けられ、庭にあるタンクに上ると牧草地から黒煙が上がり、炎が上がっているのを目撃したという。西銘さん一家は、牛やヤギの餌になる乾燥させた牧草を売って生計を立てている。事故当時、牧草は収穫時期のピークを迎えていた。事故を受け、沖縄防衛局は牧草の品質が事故前と同等に回復するまで損害を補償することを決めた。国が約束していた損害補償は依然支払われず、西銘さんは『突然音沙汰もなくなり、まるで忘れられたようだ』と懸念する。西銘さんは『何事もなかったかのように畑や民家の上を(米軍機が)飛んでいく。2年たっても何も変化はない』と語った。」
⑨「米軍は事故現場となった牧草地の土壌を持ち去った。2004年の沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事故と同様の行動に出た。その一部は日本政府に知らせずに既に県外で処分していた。沖縄県民からは事故の実態を検証する重要な材料が失われたことへの反発が高まった。」
⑩「ヘリ炎上事故当時やヘリパッド建設で大規模な抗議行動があった2年前と比べ、高江に報道関係者や村外から駆けつける人の数も少なくなった。一見、集落住民に平穏な生活が戻ったかのように見えるが、南側のN4地区の発着場が米軍に提供された2015年2月以降、騒音が激化している。防衛局による調査では14年度(午前7時~午後7時)に牛道で記録した年間の60デシベル以上の騒音は1280回、提供後の15年度には3686回と約3倍。18年度は最多の5327回を記録した。深夜に及ぶ米軍機の飛行もあり、今も住民の静かな夜を脅かし続けている。」
⑪「ことし9月には約11キロ離れた隣村の国頭村安田の返還地に米軍がヘリを誤って着陸した。国は北部訓練場過半の返還で負担軽減を強調するが、住民は常に危険と隣り合わせの暮らしを強いられているのが現状だ。」
⑫「9月、高江の人たちは久しぶりの豊年祭の準備に精を出していた。ヘリパッド建設による混乱で開催せきなかった前回の豊年祭の分も取り戻すように、住民が毎日集まり、練習に励んでいた。集落の人口は、高齢化が進み、この6年で少なくとも50人減少した。かぎやで風の練習を見ていた仲嶺久美子区長(69)は『かぎやで風は中学生が踊る演目だけど、高江は中学生が1人しかいない。だから1人は小学生なんです』とつぶやいた。人口は少ないながらも、昔から住んでいる住民も県外から移住してきた人も一緒になって豊年祭を作り上げ、盛り上げていた。」
⑬「一番のみどころとなったのは成人会によるオリジナル劇『パイン太郎』。高江の自然を壊して開発をしようとする業者をパイン太郎とヤンバルクイナ、イノシシなどが止めるという物語。最後は自然を生かした村おこしを提案し、みんなが仲良くなってハッピーエンドで終わる。高江生まれ高江育ちの西銘芳さん(90)は『最高』の一言。高江に住む石原岳さん(49)は高江住民の苦悩を脳裏に思い起こしながらこう強調する。『(高江では)いろいろとあった。それでもまたみんなでつながりを確かめ合ってやっていく』。」


(3)沖縄タイムス-「朝からうるさい」嘉手納所属F15が急上昇・旋回 飛行訓練で騒音-2019年10月10日 21:00


 沖縄タイムスは、「沖縄県の米軍嘉手納基地で9日、同基地所属のF15戦闘機が朝から訓練を繰り返し、騒音をまき散らした。F15は1~2機編隊で飛行。着陸する前に滑走路上で急上昇し、周辺の上空を何度も旋回する様子が確認され、その度に騒音が発生した。周辺の嘉手納町、沖縄市、北谷町には同日、『朝から米軍機がうるさい』などの苦情が計3件寄せられた。」、と報じた。


(4)沖縄タイムス-陸のミツバチ、海のサンゴ守る 沖縄の村役場に養蜂箱 持続可能な赤土対策へ-2019年10月11日 05:00


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「2018年に『サンゴの村宣言』し、今年7月に『SDGs(持続可能な開発目標)未来都市』に選定された沖縄県恩納村(長浜善巳村長)は4日、ミツバチを使って赤土など流出からサンゴを守る『ハニー&コーラル・プロジェクト』の一環で村役場屋上に養蜂箱を設置した。養蜂業を広めることで、赤土対策の課題だった事業の持続性の確保を目指し、さらに観光資源としても活用する方針だ。」
②「海に流れ込む赤土は、全体流出量の8割を農地が占めるという現状がある。村はグリーンベルト植栽などによる赤土対策を実施するも補助には限りがあり、事業の持続性が課題だった。そこで同村農業環境コーディネーターの桐野龍さんは『緑肥からの採蜜』に着目。農産物収穫後の農地に緑肥作物を植え、養蜂業で得た利益を次年度の緑肥種子の代金に充てることで、持続的な対策ができると考え、取り組みを始めた。」
③「本年度は50キロの採蜜と商品化、2ヘクタールの蜜源緑肥を目指すほか、農家への養蜂講座などで普及に努める。花畑を増やすことで観光資源として活用し、ミツバチを介した環境学習も実施する方針だ。」
④「同プロジェクトには沖縄科学技術大学院大学(OIST)も携わる。ミツバチを攻撃し、被害を及ぼすダニの生態解明に取り組んでおり、村や農家と連携しながら研究を進めていく。長浜村長は『持続可能な赤土対策になればと期待している。花を植えることで、きれいな景観を観光客にも見てもらいたい』と話した。」


(5)琉球新報-軟弱地盤に杭7・7万本 辺野古工事で技術検討会 県、長期化と環境影響懸念有料-2019年10月11日 15:26


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「名護市辺野古の新基地建設を巡る軟弱地盤の改良工事で、政府は追加の地盤改良工事をすれば所要の安定性を確保して、工事を行うことが可能だと説明している。90隻を超える作業船を用いて約7万7千本の砂杭(ぐい)を海底に打ち込む政府の工事計画は大規模なものだ。県は工事の長期化や費用増大のほか、土砂による水の濁りなど海域生物に及ぼす環境への影響にも懸念を示している。」
②「政府は工期は海上工事で3年8カ月、陸上工事で1年程度を想定している。軟弱地盤は水面下約90メートルに達するが、水面下70メートルまでしか改良しない予定だ。未改良の部分が残り、経年的に地盤沈下が起こる可能性がある。国内には最大で70メートル程度の深さの地盤改良に対応する作業船しかない。」
③「海底に敷砂を投入した後に砂杭を打ち込む計画で、650・9万立方メートルの砂が必要だ。県内だけで調達しようとすると、3年半~5年ほどかかることになる。」
④「県は『サンゴ類、海藻草類などの海域生物や海域生態系に影響を及ぼす懸念がある』と指摘している。杭は水深のある施工箇所では汚濁防止膜などで覆っても海底まで届かず、巻き上げられた砂で濁りが広がる懸念がある。国は拡散シミュレーションを行っておらず、具体的な対策を示していない。」



by asyagi-df-2014 | 2019-10-11 17:49 | 沖縄から | Comments(0)

陸上自衛隊は、宮古島市で弾薬庫の工事に着手した。

 どういうことなのか。
 沖縄タイムス(以下、「タイムス」)は2019年10月8日の社説は、「陸上自衛隊は、宮古島市城辺保良の採石場『保良鉱山』で弾薬庫の工事に着手した。」、と始められる。
 また、その様子を、「宮古島に今年3月、警備隊約380人が配備された。弾薬庫建設はそれに伴うものだ。早朝に資材を積んだトラック1台が鉱山の敷地内に入ったのが確認された。作業員らが造成工事に向けた準備を進め、反対する住民らは発電機などを積んだトラック2台を一時阻止したが、警察に排除された。」、と伝える。

このことの何が問題なのか。
「新報」は、「弾薬庫に隣接する保良と七又集落は総会で建設に反対する決議をしている。住民理解を得ないまま不意打ちのような着工であり、とうてい認められない。防衛省は直前の住民説明会を『「弾薬庫』と明示せず開こうとしたため約100人が出席を拒否する中で約10人が参加しただけだった。とても説明会とは呼べない。」、と批判する。
 まず、「タイムス」は、「最大の問題は弾薬庫の建設場所が集落に近すぎることだ。」、とこ批判の根拠を次のように行う。


(1)保良集落の最も近い民家まではわずか約200メートルしか離れていない。爆発があれば住民の生命や財産に関わる。
(2)中距離多目的誘導弾や迫撃砲などの弾薬が保管されるとみられる。防衛省は貯蔵する爆薬量を明らかにせず火薬類取締法による保安距離が守られるかどうか検証できない。陸自の教範には「誘導弾が火災に包まれた場合には1キロ以上の距離、または遮蔽(しゃへい)物のかげなどに避難する」と記述。さらに弾頭が火災に包まれてから約2分間で爆発すると言っている。
(3)保良、七又の両集落には約310世帯、約510人が暮らす。高齢者が多い。短時間で、どこに逃げればいいというのか。住民から批判の声が上がるのは当然だ。


 また、「タイムス」は、こうした住民の不安感に加えて、住民の不信感そのものについて伝える。

 
(1)住民が不信と不安を募らせるのは今回のだまし討ちのような着工が初めてではないからだ。説明責任を果たさず、建設を強行するやり方で住民理解が得られるはずがない。
(2)今年4月、住民へ何の説明もないまま分屯地に中距離多目的誘導弾や迫撃砲などを保管していたことが発覚した。
(3)防衛省は弾薬類を保管している施設を「弾薬庫」とせず「保管庫」と呼称。保管するのは「警備に必要な小銃弾・発炎筒など」と住民説明会で繰り返した。弾薬庫は造らないとも明言していた。うそをついていたのである。
(4)住民らは「説明と違う」と猛反発。当時の岩屋毅防衛相が国会で陳謝し、弾薬は島外にいったん撤去された。その弾薬などを保良鉱山の弾薬庫に集約する考えなのだ。


 「タイムス」は、何が問題なのかを明確に指摘する。


(1)宮古島は飲料水のすべてを地下水に頼る。部隊配備と訓練、弾薬庫建設に伴い地下水を汚染する懸念が拭えない。
(2)防衛省は警備部隊に加え、本年度末ごろに地対空・地対艦ミサイル部隊を配備する。完成すればこれらのミサイルも保管することになる。
(3)中国を念頭に置いた軍事拠点化である。中国が大量に保有する弾道ミサイルは北海道から与那国島まで日本列島全域を射程内に収めている。
(4)有事になれば軍事施設が標的になる。沖縄本島では辺野古新基地の建設が進む。日米軍事一体化の中で偶発的な衝突が起き、沖縄が巻き込まれる恐れが消えない。


 さて、何が問題なのかを考えると、次のことになる。


1.「最大の問題は弾薬庫の建設場所が集落に近すぎることだ。」(「タイムス」)ということ。
2.「宮古島は飲料水のすべてを地下水に頼る。部隊配備と訓練、弾薬庫建設に伴い地下水を汚染する懸念が拭えない。」ということ。
3.「中国を念頭に置いた軍事拠点化である。」(「タイムス」)として沖縄が位置づけられていること。
4.そうしたなかでは、「日米軍事一体化の中で偶発的な衝突が起き、沖縄が巻き込まれる恐れが消えない。」ということ。
5.結局、沖縄は『標的の島』になるということ。



by asyagi-df-2014 | 2019-10-11 07:22 | 米軍再編 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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