2019年 10月 03日 ( 2 )

沖縄-辺野古-沖縄 高江から-2019年10月3日

 まさしく、米国と日本政府の思惑を示すもの。
 米国にとっての防衛戦は、「目下の同盟国」日本にとっては沖縄要塞化の好機。
「中距離核戦力(INF)廃棄条約が8月2日に破棄されたことで、条約が製造を禁じていた中距離弾道ミサイルの新型基を、米国が今後2年以内に沖縄はじめ北海道を含む日本本土に大量配備する計画があることが2日までに分かった。琉球新報の取材に対し、ロシア大統領府関係者が水面下の情報交換で米政府関係者から伝えられたことを明らかにした。その情報によると、米国は2020年末から21年にかけての配備を目指し日本側と協議する。配備されれば基地機能が一層強化され、核戦争に巻き込まれる恐れが高まり、沖縄の基地負担が飛躍的に増す。」、と琉球新報。
そうなのだ。こうした日米両国の思惑は、「沖縄の基地負担が飛躍的に増大」するということ。それは、沖縄が『標的の島』になるということ。


 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2019年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2019年10月3日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-米、沖縄に新型中距離弾道ミサイル配備計画 ロシア側に伝達、2年内にも 基地負担大幅増恐れ-2019年10月3日 06:00


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「中距離核戦力(INF)廃棄条約が8月2日に破棄されたことで、条約が製造を禁じていた中距離弾道ミサイルの新型基を、米国が今後2年以内に沖縄はじめ北海道を含む日本本土に大量配備する計画があることが2日までに分かった。琉球新報の取材に対し、ロシア大統領府関係者が水面下の情報交換で米政府関係者から伝えられたことを明らかにした。その情報によると、米国は2020年末から21年にかけての配備を目指し日本側と協議する。配備されれば基地機能が一層強化され、核戦争に巻き込まれる恐れが高まり、沖縄の基地負担が飛躍的に増す。」
②「米国の軍事戦略に詳しい専門家は『米軍基地が集中している沖縄は配備場所になり得る』と指摘。米メディアも沖縄配備の可能性に触れている。」
③「INF条約破棄後の軍事情勢に詳しい軍事評論家の前田哲男氏は、PAC3が既に配備されている嘉手納基地と、イージス・アショア配備予定の秋田市・新屋演習場、山口県萩市・阿武町のむつみ演習場に追加配備ないし用途変更される可能性を指摘した。神奈川県の横須賀や長崎県の佐世保、うるま市のホワイトビーチに、新型ミサイルを登載した原子力潜水艦が頻繁に寄港することを公にする公算も大きいとした。」
④「条約撤廃後、米中ロによる新型ミサイル開発競争が進む『新冷戦』といわれる情勢下で、沖縄は日本復帰前に大量の核兵器が置かれ、東西冷戦の最前線だった時代と似た危険な状態に陥る可能性が高まっている。ただ地元や世論の反発などにより、日本政府が配備に合意するかどうかは不透明な要素も残る。」
⑤「ロシア大統領府関係者によると、8月26日にワシントンで、INF条約失効を受けてアジアにおける米国の新戦略をテーマにした会議が開かれ、新型ミサイルの配備地として日本、オーストラリア、フィリピン、ベトナムの4カ国が挙がった。韓国も米国の同盟国だが、非核化に向けた米朝交渉が進められているため当面は除外された。」
⑥「日本配備は沖縄と、北海道を含む本土が対象で、中でも沖縄配備について米国は当然視しているという。同関係者は、近く新しく策定されるアジア太平洋地域での米軍プレゼンス拡大計画で、沖縄の米軍基地の重要性が再確認される可能性が大きいとも指摘した。尖閣諸島や南沙諸島を巡り米中が艦船を攻撃するなどの限定紛争が2、3年内に起きると想定し、米国は在沖米軍基地の機能を重視しているという。」
⑦「ロシアとしては、南方の沖縄であっても日本に新型ミサイルが配備されればロシアの極東も射程に入るため、北方領土交渉や日ロ平和条約締結は白紙になるとの見通しを示した。米国はロシア側に新型ミサイルのアジア配備はあくまで中国をけん制するための措置であり、ロシアは懸念する必要はないと説明しているという。しかし、ロシア側は新たな脅威と捉え、新防衛システムを導入する方針で、配備されれば、『そこにロシアのミサイルが向けられる』と明言した。」
⑧「米国が開発中の新型ミサイルは、車載・移動式と潜水艦搭載用新型トマホークがあり、いずれも核弾頭装備が可能。威力は10~50キロトンの範囲で選べ、最低でも広島に投下された原爆(12キロトン)級の威力がある。配備の是非を巡っては非核三原則との整合性も問われそうだ。」
⑨「配備計画の有無に関する琉球新報の質問に対し、米国務省は米国防総省に聞くよう返答し、国防総省は2日までに回答はない。」
 (新垣毅)


(2)琉球新報-復帰前の沖縄、核兵器1300発貯蔵 誤射や核攻撃命令も-2019年10月3日 13:38


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「沖縄に新型の中距離弾道ミサイルが配備されれば、大量の核ミサイルが配備されて東西冷戦の最前線に置かれた、日本復帰前の時代と似た危険な状態に置かれる。復帰前、辺野古弾薬庫や嘉手納弾薬庫には、1300発もの核兵器が貯蔵されていた。1959年には、米軍那覇飛行場配備のミサイルが核弾頭を搭載したまま誤射を起こし、海に落下する事故が起きた。」
②「62年には、米ソが全面戦争の瀬戸際に至ったキューバ危機の際、米軍内でソ連極東地域などを標的とする沖縄のミサイル部隊に核攻撃命令が誤って出され、現場の発射指揮官の判断で発射が回避されるという出来事もあった。ミサイルは、核搭載の地対地巡航ミサイル『メースB』で、62年初めに米国施政下の沖縄に配備された。」
③「沖縄の核兵器は日本復帰の際に撤去したとされるが、客観的に証明されていない。沖縄返還交渉の過程で日本政府は米国に非核三原則を保証する書簡を求めたのに対し、その条件として『核の確認や沖縄の貯蔵施設への査察をしないこと』を提示し、日本政府はこれを受諾している。」
④「一方で当時の佐藤栄作首相はニクソン米大統領との間で有事の際には沖縄に核を持ち込めるという密約を結んだ。」
⑤「2010年に当時の民主党政権は核密約は失効したとの認識を示したが、米国防総省の歴史記録書は『米国は危機の際にそれら(核)を再持ち込みする権利を維持した』と明記。米国にとって核持ち込みは『権利』として生きている。」
⑥「日本国内でも国内への核持ち込みに肯定的な動きがある。17年、自民党の石破茂元幹事長はテレビ番組で、北朝鮮の核実験強行を踏まえ、日米同盟の抑止力向上のため、国内への核兵器配備の是非を議論すべきだとの考えを示した。安倍政権下で外務事務次官を務める秋葉剛男氏は駐米日本大使館の公使時代の09年、沖縄への核貯蔵施設建設に肯定的な姿勢を米国に示していた。今後、北朝鮮・中国脅威論を強調し、新型ミサイルの日本国内配備を肯定的に捉える意見が表面化する可能性もある。」


(3)沖縄タイムス-米側に捜査への協力要請していなかった 政府、2016年オスプレイ墜落で-2019年10月3日 15:58


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「中城海上保安部が2016年のオスプレイ墜落事故で搭乗していた機長を氏名不詳のまま航空危険行為処罰法違反容疑で那覇地検に書類送検した件で、外務省沖縄事務所と沖縄防衛局が米側に、海保の捜査への協力要請をしていなかったことが分かった。外務省の川村裕沖縄大使と沖縄防衛局の田中利則局長が2日、日本維新の会県総支部(下地幹郎代表)の聞き取りに対し明らかにした。」
②「下地氏は、県内に事務所を構える両機関の役割は『日本側が捜査しやすいよう米側と調整することで、何もしない姿勢は無責任だ』と指摘。国会で、沖縄の出先機関の役割を追及していく姿勢を示した。」
③「川村氏は今回の海保の捜査で『日米地位協定が支障になったとは認識していない』と述べたという。」
④「下地氏は、海保が十分な裏付け捜査ができないまま、米側の事故調査報告書に基づき送検したことに言及。『地位協定の壁がなければ捜査し、人物を特定して送検できた。これでは県民は納得しない』と指摘した。この状況で送検した海保の姿勢も疑問視した。また、日米両政府が今年7月に合意した、提供施設区域外で米軍機事故が発生した際に日本側の早期立ち入りを認めるガイドラインに関し『今の状況では形骸化するだけだ』と批判した。」
⑤「捜査を巡っては海保が複数回、当時の乗員への聴取を米軍に要請したが、米軍は応じなかった。証拠物の機体も米軍が回収したため触れられず、不十分な形で終結した。」


(4)沖縄タイムス-またもや空砲発見 今度は416発 沖縄の北部訓練場跡地-2019年10月3日 10:30


 沖縄タイムスは、「【国頭】国頭村安田の米軍北部訓練場返還跡地で米軍のものとみられる空包などが見つかっている問題で、チョウ類研究者の宮城秋乃さんが2日までに、同地で新品を含む未使用や不発の空包計416発を新たに確認した。確認されたのは27日に未使用と不発の129発、1日に新品13発、2日に未使用の274発。」、と報じた。



by asyagi-df-2014 | 2019-10-03 17:35 | 沖縄から | Comments(0)

日本の司法の醜態。(4)

 東京地裁は2019年9月19日。2011年3月11日の京電力福島第一原発事故をめぐり、旧経営陣3人が業務上過失致死傷罪で強制起訴された裁判で、勝俣恒久・元会長、武黒一郎・元副社長、武藤栄・元副社長の3被告にいずれも無罪の判決を言い渡した。
 さて、この判決をどのように捉えるのか。
 今回は、いつも参考にしている朝日新聞、毎日新聞、信濃毎日新聞、琉球新報の各社説で考える。
 なお、各紙の社説を、1.判決内容批判、2.原子力行政の在り方(国・民間レベル)や刑事裁判の在り方、3.強制起訴裁判の意味、の三点に区分してみた。


1.判決内容批判

(朝日新聞)
(1)腑に落ちない判決だ。2011年の福島第一原発事故をめぐり、東京電力の旧経営陣3人が強制起訴された裁判で、東京地裁は全員に無罪を言い渡した。判決は、事故を防ぐにはあらかじめ原発の運転を停止するしかなかったという前提に立ち、そうしなければならないだけの確かさをもって、津波の襲来を予測できたかを検討した。そして、国の機関が02年に公表した「三陸から房総沖のどこでも巨大地震が起こり得る」との見解(長期評価)を、根拠を欠き、信頼性に疑問があると指摘。原発は社会生活や経済活動を支える重要なインフラであり、旧経営陣に運転を止める義務はなかったと結論づけた。
(2)事故の被災者が国や東電に損害賠償を求めた訴訟では、この長期評価に基づき、「津波は予測できた」との判断が積み重ねられてきた。非常用電源を高台に移転させるなど、簡易な対策を講じていれば事故を防げたとした判決も複数ある。民事裁判に比べて刑事裁判では厳格な立証が求められるとはいえ、あまりの乖離に驚く。未曽有の大災害を引き起こしながら、しかるべき立場にあった者が誰一人として責任を問われない。人々が納得できるだけの説明が尽くされたか、大いに疑問が残る裁判となった。

(毎日新聞)
(1)刑事裁判のハードルの高さを示した判決だった。
(2)判決は、3人が部下からの報告や会議で巨大津波が第1原発を襲う可能性があることを認識していたと認めた。一方で、こうした報告などは根拠に欠け、事故回避に向けて原発の運転を停止する義務を負うほどではなかったと指摘した。
(3)刑事裁判で有罪になれば、身柄を拘束されることもある。そのため、民事裁判よりも厳格な事実認定が求められる。切迫感をもって被害を予見できたのでなければ、過失罪の認定には至らない。そこが判断の分かれ目となった。
(4)問題になった報告は、政府の地震調査研究推進本部が2002年に公表した地震予測の「長期評価」に関するものだ。「福島沖でも巨大津波が起こりうる」という内容だった。判決は、この長期評価そのものの信頼性も否定した。
(5)しかし、この判決により、事故に対する責任がそもそも東電になかったということにはならない。事故の背景について、政府の事故調査委員会は政府や東電に「複合的な問題点があった」と指摘した。国会事故調などは「人災」と判断した。今回の判決でそれがくつがえるわけではない。

(信濃毎日新聞)
(1)事故を防ぐ義務を怠った過失はなかったという判断である。原発事故は住民や国土に多大な影響を与える。判決はこの特殊性をどこまで考慮したのか疑問だ。原発を運用する責任を軽視しているのではないか。
(2)裁判の争点は主に二つだった。事故を予見できたか、被害の発生を防げたか―である。判決はいずれも否定した。
(3)争われたのは、国が2002年に公表した地震予測「長期評価」を基に、東電が得た試算の信頼性だ。原発の敷地を最大15・7メートルの津波が襲うという内容である。旧経営陣は報告を受けていたのに対策を講じなかった。検察官役の指定弁護士は「長期評価は専門家が十分議論して公表したもので信頼できる」と主張。弁護側は「具体的な根拠が示されておらず、信頼性がなかった」と反論していた。指定弁護士が論告で強調したのは「情報収集義務」だ。3人には安全を確保する義務と責任があったのに、報告を受けた後も積極的に情報を集めず、的確な判断をしなかったという指摘である。原発事故が甚大な被害をもたらすことは、チェルノブイリ原発事故などで明白だった。指定弁護士の論理構成は納得できる。
(4)判決は、長期評価は「十分な根拠があったとは言い難い」とし、情報収集義務も「担当部署から上がってくる情報に基づいて判断すればいい状況にあった」と退けた。従来の枠組みで過失責任を判断したといえる。避難者らが国や東電に損害賠償を求めた民事訴訟では、東電は津波を予見できたと判断し、電源の高台移転などの対策を取らなかった過失を認めた判決も出ている。

(琉球新報)
(1)2011年3月に起きた東京電力福島第1原発事故を巡り業務上過失致死傷罪で強制起訴された東京電力の旧経営陣3被告に、東京地裁が無罪の判決を言い渡した。事故回避のために原発を止める義務を課すほどの大津波の予見可能性はなかったと判示した。
(2)避難者が集団で国や東電に損害賠償を求めた民事訴訟では、津波を予見でき事故を回避できたとする判決が多い。刑事裁判では過失立証のハードルが高い。そうだとしても、未曽有の被害をもたらした原発事故で誰も刑事責任を負わないのは納得し難い。
(3)今回の判決は、自然災害に対し、事故が絶対に起きないレベルの安全性が求められたわけではない―と指摘している。政府の主張がうそ偽りだったことを改めて浮かび上がらせた。「あらゆる可能性を考慮して必要な措置を義務付けられれば、法令上は認められた運転が不可能になる」とも判決は断じた。事故当時、「絶対安全」を確保しつつ原発を稼働させることなどできなかったわけだ。ここでも政府の欺瞞が浮き彫りになる。
(4)起訴状によると、3被告は大津波を予測できたのに対策を怠り、原発事故によって長時間の搬送、待機を伴う避難を余儀なくさせるなどして、44人を死亡させたとされる。電源設備を高台に移し浸水しないように適切な対策を講じていれば、事故は回避できたはずだ。遺族、被害者の無念はいかばかりだろうか。市民感覚から懸け離れた東京地裁の判決である。


2.原子力行政の在り方(国・民間レベル)や刑事裁判の在り方
(朝日新聞)
(1)過去の話、あるいは東電特有の体質として片付けられるものではない。
(2)最近、火山噴火やテロへの備えなど、原発の安全性をめぐって新たな課題が次々と浮上している。だが電力各社は、手当てするには膨大な時間と金がかかるとして、対策の先延ばしを認めるよう原子力規制委員会に働きかけている。福島事故からいったい何を学んだのだろう。
(3)確率は低くても、起こり得る危機に対する鋭敏さをどう培うか。規制はいかにあるべきか。災害列島というべき日本で、原発に未来はあるのか――。裁判が突きつけた重い課題に、社会全体で向き合わねばならない。

(毎日新聞)
(1)1986年のチェルノブイリ原発事故の後、政府や東電をはじめとする電力業界は「日本では事故は起きない」と繰り返した。それでも、事故は起きた。電力会社が自然災害を含めたあらゆる事態に備え、安全を最大限に追求するのは当然だ。原発事故がいったん起きてしまうと、人々は故郷を奪われる。福島では事故などにより、今も県内外で4万人以上が避難生活を送っている。犠牲があまりに大きすぎる。
(2)旧経営陣は無罪判決を受けたものの、東電は組織として信頼回復のための努力を続ける必要がある。

(信濃毎日新聞)
(1)刑法は個人に処罰を科す。今回の判決は、組織の決定に対する個人の責任を問うことの難しさを改めて浮き彫りにした。企業や法人に対する組織罰の導入を検討しなければならない。

(琉球新報)
(1)国は「絶対安全」と強調し、各地で原発の設置を推進した。万全の用意があって初めてそう言える。現実には、「絶対安全」だから最高水準の対策は不要という、倒錯した理屈がまかり通った。原子力政策を所管する経済産業省、原発を運転する東電など、産官学から成る原子力ムラは本来、原発事故に対して連帯して責任を負わなければならない立場にある。規制等を担う国と東電は「共犯」関係にあったと言えよう。
(2)「事故が起きないように、また起こったとしても人体や環境に悪影響をおよぼさないよう、何重にも対策が取られています」「大きな津波が遠くからおそってきたとしても、発電所の機能がそこなわれないよう設計しています」。文部科学省と経産省が10年に発行した小学生・中学生向けのエネルギー副読本「わくわく原子力ランド」「チャレンジ!原子力ワールド」に、このような記述がある。政府は、教育現場を含め、さまざまな機会をとらえて「安全神話」を植え付けようとした。


3.強制起訴裁判の意味
(朝日新聞)
(1)公開の法廷で審理が行われた意義は大きい。政府や国会などの調査では言及されなかった重要な事実が、いくつも明らかになったからだ。
(2)東電内部では長期評価を踏まえて防潮堤建設などの検討が進み、最高経営幹部が出席する会議でも津波対策が話題になった。だが勝俣恒久元会長は公判で、「関心を持たなかった」と述べた。他の2人の被告も「記憶にない」を繰り返し、権限を互いに押しつけ合って、自らの無罪を主張した。原発の運転がこのような組織と人物に委ねられ、監督すべき政府もそれで良しとしてきた。その帰結があの事故だった。

(信濃毎日新聞)
(1)今回の裁判は、東京地検の不起訴処分を受け、検察審査会で強制起訴が決まった。原発事業者に高い注意義務を求める市民感覚の表れといえるだろう。深刻な被害を出した事故の刑事責任をだれも負わないことは、ほかの原発事業者や経営陣に甘えも生みかねない。


 確かに、今回の記事報道を目にした時、まず思い浮かべるのは、「未曽有の大災害を引き起こしながら、しかるべき立場にあった者が誰一人として責任を問われない。人々が納得できるだけの説明が尽くされたか、大いに疑問が残る」(朝日新聞)、ということである。
裁判の判決そのものについては、「事故の被災者が国や東電に損害賠償を求めた訴訟では、この長期評価に基づき、「津波は予測できた」との判断が積み重ねられてきた。非常用電源を高台に移転させるなど、簡易な対策を講じていれば事故を防げたとした判決も複数ある。民事裁判に比べて刑事裁判では厳格な立証が求められるとはいえ、あまりの乖離に驚く。」、との朝日新聞の指摘は、今回の裁判の判決内容そのもの限界を示している。 だから、「福島事故からいったい何を学んだのだろう。」(朝日新聞)、との疑問を投げかけざるを得ない。「3.11」をどのように生かして行くのかかが、根本的問題であるにもかかわらずである。
まさしく、「原発を運用する責任を軽視しているのではないか。」(毎日新聞)とこれまでと同様に営利主義でご都合主義のやり方を踏襲しているものでしかない。
 やはり、今回の判決内容によっても、「事故の背景について、政府の事故調査委員会は政府や東電に『複合的な問題点があった』と指摘した。国会事故調などは『人災』と判断した。今回の判決でそれがくつがえるわけではない。」(毎日新聞)、と押さえる必要がある。



by asyagi-df-2014 | 2019-10-03 10:06 | 書くことから-原発 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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