2019年 07月 14日 ( 1 )

最高裁第一小法廷は、大崎事件の第三次再審請求審で、福岡高裁宮崎支部と鹿児島地裁の決定を取り消し、再審請求を棄却する決定。

 東京新聞は2019年6月27日、「大崎事件 再審取り消し 最高裁 鑑定の証明力否定」、と次のように報じた。


(1)鹿児島県大崎町で一九七九年に男性の遺体が見つかった「大崎事件」で、殺人罪などで服役した義姉の原口アヤ子さん(92)が裁判のやり直しを求めた第三次再審請求審で、最高裁第一小法廷(小池裕裁判長)は、再審開始を認めた福岡高裁宮崎支部と鹿児島地裁の決定を取り消し、再審請求を棄却する決定をした。再審を認めない判断が確定した。二十五日付。裁判官五人全員一致の意見。 
(2)最高裁は、一、二審が重視した弁護側が新証拠として提出した法医学鑑定を検討。鑑定は、確定判決が「窒息死と推定される」とした男性の死因について、「転落事故による出血性ショックの可能性が極めて高い」と指摘していた。
(3)最高裁は鑑定について、写真だけでしか遺体の情報を把握できていないことなどを挙げ、「死因または死亡時期の認定に、決定的な証明力を有するとまではいえない」と判断した。
(4)有罪の根拠となった「タオルで首を絞めた」などとする元夫ら親族三人の自白については、「三人の知的能力や供述の変遷に問題があることを考慮しても、信用性は強固だといえる」と評価。「法医学鑑定に問題があることを踏まえると、自白に疑義が生じたというには無理がある」とした。
(5)最高裁は「鑑定を『無罪を言い渡すべき明らかな証拠』とした高裁支部と地裁の決定を取り消さなければ著しく正義に反する」と結論づけた。
(6)弁護団は二十六日、東京都内で記者会見し、「許し難い決定だ」と批判。第四次再審請求を検討するとした。
(7)第三次再審請求審では、鹿児島地裁が二〇一七年六月、目撃証言の信用性を否定する心理学者の鑑定や法医学鑑定を基に、再審開始を認めた。一八年三月の福岡高裁宮崎支部決定は、心理鑑定の証拠価値は認めなかったが、「法医学鑑定と整合せず不自然」などとして親族らの自白の信用性を否定し、再審開始決定を維持した。


 この最高裁の判断について、朝日新聞(以下、「朝日」)は2019年6月28日、「大崎事件 再審の門を狭めるな」、と社説で論評した。
 「朝日」は、「冤罪はあってはならないという観点から事件を見直すことよりも、法的安定性を優先した決定と言わざるを得ない。」、との主張の根拠を次のように示す。


(1)40年前に鹿児島県大崎町で男性が遺体で見つかった事件で、最高裁が、裁判のやり直しを認めた地裁と高裁の判断をいずれも取り消し、再審を求めていた女性の訴えを退けた。極めて異例な事態である。
(2)もちろん確定した判決が簡単にひっくり返ってしまっては司法への信頼はゆらぎ、社会に悪影響を及ぼす。だが事件の経緯を振り返ると、最高裁の結論には釈然としない思いが残る。
(3)最大の争点は男性の死因だった。確定判決は「窒息死」としていたが、再審請求審で弁護側は、転倒事故による「出血性ショック死」の可能性が高いとする法医学者の新鑑定を提出。高裁は、これを踏まえると確定判決には様々な矛盾や不合理が生じるとして、裁判のやり直しを決めた。
(4)しかし最高裁は、遺体そのものではなく写真を基にしているなど、新鑑定がかかえる問題点を複数指摘し、「高裁の評価は間違っている」と述べた。
(5)この事件では、窒息死させる際に使ったというタオルが見つかっておらず、また、女性の共犯とされた関係者3人の供述は不自然に変遷していた。3人には知的障害があり、捜査員による誘導が生じやすいケースだ。そもそも窒息死という所見も、すでに腐敗していた遺体を解剖した医師が「消去法」で推定したものだと、当の医師が認め、後に見解を変えている。
(6)そんな脆弱(ぜいじゃく)な証拠構造の上にある判決であっても、いったん確定した以上は、よほど明白な事情がなければ覆すべきではない――。それが棄却決定を通して見える最高裁の考えだ。「疑わしきは被告人の利益に」という、再審にも適用される鉄則に照らし、妥当だろうか。
(7)女性が再審を請求したのは3回目で、1回目でも死因に疑問が呈され、地裁が開始決定を出している(後に取り消し)。つまり今回の最高裁決定以前に事件に関与した八つの裁判体のうち三つが、有罪としたことに疑問を抱いているのだ。


 最後に、「朝日」は、「近年、DNA型鑑定をはじめとする科学技術の進展や、検察の手持ち証拠の開示の拡大により、冤罪が晴れる例が続く。再審開始決定に従わず、上訴を繰り返す検察に疑問が寄せられ、そのあり方も含めて、再審に関する法制度を整備しようという機運が盛りあがっている。今回の決定で、こうした流れが逆行することは許されない。裁判に誤りがあった場合は速やかに正す。そのための最善の方策を追求し続けねばならない。」、と断じる。


 今回の最高裁の決定では、最高裁の考え方には、脆弱な証拠構造の上にある判決であるにもかかわらず、最高裁がいちど確定した以上、よほど明白な事情がなければ覆すべきではない、という強い意志が窺える。
 つまり、「冤罪はあってはならないという観点から事件を見直すことよりも、法的安定性を優先した決定と言わざるを得ない」(「朝日」)ということになる。
 また、「『疑わしきは被告人の利益に』という、再審にも適用される鉄則に照らし、妥当だろうか。」(「朝日」)という観点からすれば、この鉄則を大きく逸脱している。



by asyagi-df-2014 | 2019-07-14 07:00 | 人権・自由権 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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