2019年 05月 07日 ( 2 )

沖縄-辺野古-沖縄 高江から-2019年5月7日

2019年5月7日朝の沖縄タイムスの注目すべきいくつかの記事。
 ①「県が現地調査で面談したランベルト・ディーニ元首相は『米国の言うことを聞いている【お友達】は日本だけ』と指摘。地位協定の問題は政治家が動く必要があるとした。」
②「憲法で外国軍に厳しく:「憲法で外国軍隊に関する規定を『いかなる外国の軍隊も法律に基づかなければ、軍務に迎え入れられ、領土を占有または通過することはできない』と定めている。1962年には、外国軍が駐留する根拠を国内法として定めた。」
③「−1990年当時、米軍再編はどう進められたか。:『東西冷戦の終結で米軍の兵力は25〜30%削減された。米海兵隊はパウエル統合参謀本部議長時代(89〜93年)に第1次、第2次調査を終え、追調査を重ねる中、沖縄での駐留費の半分は日本負担だと経済的利点を強調していた』『目的はコスト削減でもあった。沖縄海兵隊のカリフォルニア移転は戦略的に可能だが、経費が2倍に跳ね上がる。米議会が【戻すなら部隊を削減しろ】というのは明白だったので選択肢になり得なかった。沖縄に不要なものは米本土でも不要、削減しろというわけだ』」


 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2019年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2019年5月7日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)沖縄タイムス-「お友達は日本だけ」? 米軍の地位協定、日本と欧州ではこんなに違う-2019年5月7日 05:56


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「日米地位協定の改定を主張する沖縄県の玉城デニー県政は、米軍が駐留する欧州各国で、米軍の地位協定や基地の管理権などを調査した報告書をまとめた。2017年からドイツ、イタリア、イギリス、ベルギーの4カ国を調査した。日本は米国と安全保障条約、地位協定を結んでいるが、4カ国は北大西洋条約機構(NATO)とNATO軍地位協定を締結。各国とも補足協定などで米軍に国内法を適用して活動をコントロールしており、米軍の運用に国内法が適用されない日本との差が明確になった。」          (政経部・銘苅一哲)
②<ドイツ>補足協定で国内法適用:「1959年、国内に駐留する外国軍隊の地位や基地使用に関する『ボン補足協定』を締結した。ただ、独側にとって領域や国民の権利の保護などの点で不利な点が多かった。80年代に環境や建築、航空などの国内法を外国軍に適用すべきだとする世論が高まった。88年には外国軍の航空機事故が相次いだ。90年の東西統一を経て、国民世論を背景にNATO軍を派遣する各国に協定の改定を申し入れた。この結果、93年に米軍への国内法適用を強化する大幅な改定を実現した。州や地方自治体が基地内に立ち入る権利を明記し、緊急時は事前通告なしの立ち入りも認めさせた。米軍の訓練も独側の許可、承認、同意が必要となっている。」
③<イタリア>米軍事故受け権限持つ:「1954年に米国との基地使用に関する協定を締結。98年に米軍機がロープウエーを切断する事故が起き、20人の死者が出たことで反米感情が高まった。米伊は米軍の飛行訓練に関する委員会を立ち上げ、米軍機の飛行を大幅に軽減する報告書がまとめられた。現在、米軍の活動はすべて国内法を適用させている。米軍は訓練などの活動を伊軍司令官へ事前通告し伊側と調整した上で承認を受ける。事故発生時の対応も、伊軍司令官が米軍基地内のすべての区域、施設に立ち入る権限を持っている。県が現地調査で面談したランベルト・ディーニ元首相は『米国の言うことを聞いている【お友達】は日本だけ』と指摘。地位協定の問題は政治家が動く必要があるとした。」
④<イギリス>駐留軍法を根拠に活動:「1952年に成立した駐留軍法を根拠に、米軍が活動している。英軍の活動を定めた国内法は、米軍にも同様に適用されることを規定。英議会でも、国防相は『在英の米軍は米国と英国の両方の法律に従う』と答弁している。英空軍が、米軍など外国軍の飛行禁止や制限を判断。在英米軍は、夜間早朝などの訓練を禁止する在欧米空軍の指令書に従っている。指令書は平日の午後11時~翌午前6時を静音時間帯とし、飛行場の運用を禁止。爆撃機やステルス航空機の配備を予定する際には英国防省の承認を得るなど、詳細な規定を設ける。米軍基地には英空軍の司令官が常駐。周辺自治体に演習や夜間の飛行訓練を説明するなど、米軍と地域の信頼関係の維持に努めている。」
⑤<ベルギー>憲法で外国軍に厳しく:「憲法で外国軍隊に関する規定を『いかなる外国の軍隊も法律に基づかなければ、軍務に迎え入れられ、領土を占有または通過することはできない』と定めている。1962年には、外国軍が駐留する根拠を国内法として定めた。さらに航空法で、軍用機を含めた外国籍機の飛行はベルギー側の許可が必要であると明記。必要な場合はベルギー国王が領空の飛行禁止措置を執ることができると規定した。90年、自国軍に高度80メートルまでの飛行を認める一方で、外国軍は低空飛行を禁止。ベルギー以外の軍隊は土曜日や日曜日、祝日の飛行を禁止するなど厳しい措置を執っている。」


(2)沖縄タイムス-米軍、訓練場として沖縄より本土を評価 日本政府は受け入れず ウィルカーソン氏一問一答-2019年5月6日 15:00


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「東西冷戦終結後、米海兵隊当局が、沖縄からの撤退を余儀なくされると予測していたことが分かった。当時、パウエル統合参謀本部議長の特別補佐官として、在沖米海兵隊の移転検証作業に関わったローレンス・ウィルカーソン氏に、沖縄の基地・演習場の戦略的な価値や日米両政府の対応などについて聞いた。」                 (聞き手=平安名純代・米国特約記者)
②「−1990年当時、米軍再編はどう進められたか。:『東西冷戦の終結で米軍の兵力は25〜30%削減された。米海兵隊はパウエル統合参謀本部議長時代(89〜93年)に第1次、第2次調査を終え、追調査を重ねる中、沖縄での駐留費の半分は日本負担だと経済的利点を強調していた』『目的はコスト削減でもあった。沖縄海兵隊のカリフォルニア移転は戦略的に可能だが、経費が2倍に跳ね上がる。米議会が【戻すなら部隊を削減しろ】というのは明白だったので選択肢になり得なかった。沖縄に不要なものは米本土でも不要、削減しろというわけだ』」
③「−当時の沖縄の演習場評価は。:『制限が多く実弾射撃や(米軍機からの)爆弾投下などの重要な訓練をカリフォルニアやフィリピン、その他の地域でやる必要があり、評価は低かった。複数の報告書は、沖縄からの撤退の必要性を強調していたため、海兵隊はわれわれに、日米安全保障上、沖縄駐留に政治的価値があるかとの観点に基づく検証を依頼してきた。当時の米国の指導者層は、(米軍の)地上部隊配備を同盟国との関係を計る指標にしていた。だから、答えは私も含め大半が【政治的に価値はある】だった。日本政府が容認すれば、沖縄を日本本土と言い換えることはもちろん可能だった』」
④「−海兵隊はどちらを好んだのか。:『日本本土だ。複数の拠点で海兵隊と自衛隊の共同訓練は順調で、移転すれば訓練の増加も可能だ。沖縄よりも訓練場としての適性は高く、海兵隊もそれを望んだが、日本政府は耳を傾けなかった。どこに部隊を配備するかを決めるのは日本政府であり、それが政治的現実だった』」
⑤「−当時、海兵隊は沖縄から撤退を検討したことはあったか。:『沖縄県内における海兵隊への抗議が年々強まっていた93年から94年当時、海兵隊は10〜15年以内に沖縄からの撤去を余儀なくされるだろうと予測していた。彼らの内部文書に【最終的にわれわれは沖縄から去らなければならなくなるだろう】と明記されていたのを覚えている。彼らは実際にそうした事態が発生した場合に備え、行く先を模索していた。演習場の適性評価の低さに加え、米兵による犯罪が起きるたびに日米地位協定が問題化し、抗議が強まり、外交問題へ発展する。この繰り返しで対応に追われていた』『海兵隊が支持した移転案は、規制の多い米領グアムよりオーストラリアだった。幅広い訓練が可能で言語も同じだ』」
⑥「−県民は新基地建設に反対している。:『沖縄県知事が理解すべきは、問題はワシントンではなく東京だと言う点だ。東京の問題はワシントンの問題だが、問題解決の鍵は東京にある。トランプ政権下のワシントンは、変化を好まない官僚や米議員たちであふれている。米国では気候変動が米軍基地に及ぼす被害が深刻だが、対策はほとんど取られていない。軟弱地盤の問題が指摘されても、米国防総省は新基地建設を止めようとはしないだろう』」
⑦「ローレンス・ウィルカーソン氏 1945年生まれ。31年間の陸軍勤務後、89〜93年にパウエル統合参謀本部議長の特別補佐官、93〜97年は米海兵隊戦略大学学長、米国務省を経て2002〜05年、パウエル国務長官の首席補佐官を務めた。現在は『海外基地再編・閉鎖連合』のメンバー。」


(3)琉球新報-辺野古、地盤工事の短縮に前向き 防衛相「できるだけ早く」-2019年5月7日 12:25


 琉球新報は、岩屋毅防衛相は7日の記者会見で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の同県名護市辺野古移設を巡り、埋め立て予定海域で見つかった軟弱地盤の改良工事の期間を短縮することに前向きな姿勢を示した。『できるだけ早く設計を行い、できるだけ早く沖縄県に申請して工事を着実に進めたい』と語った。防衛省は改良工事に関し、多数のくいを海底に打ち込み、地盤を強化する工法を検討。工期を3年8カ月と試算している。岩屋氏は具体的な短縮期間について『現時点で確たることを申し上げられない』と述べた。同時に、早期の辺野古の埋め立て工事完了と普天間飛行場の返還を目指す考えを強調した。」、と報じた。


(4)沖縄タイムス-辺野古の新基地建設 「K9」護岸で土砂の陸揚げ続く 海上で抗議した市民ら拘束-2019年5月7日 12:56


 沖縄タイムスは、「沖縄県名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ沿岸では、10連休明けの7日、午前9時すぎから新基地建設工事が進められた。『K9』護岸では、台船で運搬された土砂を、ショベルカーがダンプカーに積み込む作業が確認できた。新基地建設に反対する市民らはボート2隻、カヌー9艇で海上抗議。市民7人が海上保安官に拘束され、約1時間20分後に解放された。70代後半の男性は『(拘束時間が)今までで最も長いのではないか』と話した。ゲート前でも、新基地建設に反対する市民らが『工事はやめろ。諦めないぞ』と訴えた。」、と報じた。


(5)沖縄タイムス-沖縄撤退「連立」の壁 海兵隊巡る証言 細川政権の内情と符号-2019年5月7日 10:38


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


[識者評論]山本章子琉球大講師(安全保障論)
①「1993年8月、細川護熙首相率いる非自民連立政権が誕生する。前月の総選挙で、汚職と不祥事にまみれた自民党が議席の過半数を獲得できなかったことによる。同選挙で議席を半減させた社会党も連立政権に参加した。」
②「同じ年の11月に米国のレス・アスピン国防長官と会談した細川首相は、『沖縄の米軍基地・訓練の在り方』に『格段の配慮』を求める。大田昌秀沖縄県知事(当時)の要請を受けた発言だった。」
③「90年11月に革新統一候補として当選した大田知事は、社会党の仲介で初めて面会できた首相である細川に、県道104号線越え実弾射撃訓練の廃止などを強く訴え掛けていた。さらに94年1月の日米首脳会談で、細川首相はビル・クリントン大統領に米海兵隊の沖縄撤退を要請する。」
④「在沖米軍基地の撤去を公約とする大田知事は当時、93年3月の北朝鮮の核兵器不拡散条約脱退宣言に端を発する北朝鮮核危機が、基地の固定化につながる可能性を危惧していた。」
⑤「まさにクリントン政権は同年9月、ボトムアップレビューと呼ばれる国防計画の見直しを公表。前政権が冷戦終結に伴って実施した海外米軍兵力削減を中止し、アジア太平洋地域に約10万人の前方展開兵力を維持する方針を打ち出す。これは、95年2月に公表される『東アジア戦略報告』(通称「ナイ・レポート」)のもとになる。基地固定化を避けたい大田知事の必死の訴えが、細川首相に海兵隊の沖縄撤退を言わせた。」
⑥「だが、細川内閣期の社会党はまだ日米安保廃棄・自衛隊違憲という看板を下ろしておらず、棚上げした状態で連立政権に参加していた。公には安保・自衛隊を容認していない社会党にとり、海兵隊の日本本土移転は検討することさえ党の立場を危うくするものだった。『日本政府はまったく耳を傾けなかった』というウィルカーソン氏の証言は、安全保障政策を巡る議論ができない連立政権の内情を如実に物語っている。」




by asyagi-df-2014 | 2019-05-07 17:14 | 沖縄から | Comments(0)

4.28「屈辱の日」。今、改めて骨身に染みこませよう。

 琉球新報(以下、「新報」)は2016年4月28日に、「きょう『4・28』 沖縄『屈辱の日』を知ってますか?」、と報じている。
「新報」はこの記事で、「4.28」の意味について、「1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効してから28日で64年となった。敗戦後、連合国軍の占領下にあった日本は条約発効で独立を果たしたが、沖縄や奄美は日本から切り離された。沖縄が日本復帰するまで米施政権下にあった27年間、本土から沖縄へ基地が移転。日本国憲法が適用されず、人権が蹂躙された。過重な基地負担など現在の沖縄差別の源流ともなったこの日は『屈辱の日』と呼ばれる。」、と示す。
 また、「日本政府は52年7月、米国民政府との連絡を担う那覇日本政府南方連絡事務所(南連)を設置したが、沖縄の住民を『琉球住民』と定義し、沖縄在住で日本本土の国籍を持つ『日本人』とは区別していた。南連の沖縄政策は、『日本人』は保護の対象だが『琉球住民』は対象外としており、識者は『沖縄差別の源流ではないか』と指摘している。
2013年4月28日には、安倍晋三首相が主権回復の日式典を催し、沖縄からは強い反発の声が上がった。28日午後6時15分から、沖縄平和運動センターが県民集会とデモ行進を県庁前で開く。」、と続けている。
一方、2019年4月28日の「新報」は、「4・28『屈辱の日』 沖縄の切り捨て許されぬ」、と論評する。
この3年間に起こったことも含めて、「4.28」に何が横たわっているというのか。
 そこには、「今から67年前の1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効した。日本が独立する一方で、沖縄、奄美、小笠原は切り離された。この『屈辱の日』を決して忘れてはならない。」、との現実がある。
 どういうことなのか。
「新報」は、指摘する。


(1)沖縄は去る大戦で本土防衛の時間稼ぎに利用され、日本で唯一、おびただしい数の住民を巻き込んだ地上戦が繰り広げられた。戦いは凄惨(せいさん)を極め、日米合わせて20万人余が犠牲になった。このうち9万4千人が一般人で、現地召集などを含めると12万2千人余の県出身者が亡くなった。民間人の死者が際だって多いことが沖縄戦の特徴である。激戦のさなか、日本軍はしばしば住民を避難壕から追い出したり、食糧を奪ったりした。スパイの嫌疑をかけられて殺された人もいる。
(2)戦後は米統治下に置かれ、大切な土地が強制的に接収された。米国は、講和条約の下で、軍事基地を自由に使用することができた。
(3)72年に日本に復帰したものの、多くの県民の願いを踏みにじる形で米軍基地は存在し続けた。沖縄戦で「捨て石」にされたうえ、日本から切り離された沖縄は、今に至るまで本土の安寧、本土の利益を守るために利用されてきたと言っていい。


 沖縄では、「屈辱の日」がそのまま生かされてしまっている歴史の現実を今もなお背負わされている日々があるということ。
「新報」は、「1879年の琉球併合(琉球処分)から140年になる。沖縄はいまだに従属の対象としか見なされていない。」、と指摘を続ける。
つまり、「屈辱の日」の意味は継続されていると。


(1)そのことを象徴するのが、名護市辺野古の海を埋め立てて進められている新基地の建設だ。2月24日の県民投票で「反対」票が有効投票の72・15%に達したが、政府は民意を黙殺した。反対の意思は、昨年9月の県知事選、今月の衆院3区補選を含め三たび明確に示されている。それらを平然と無視し続けるメンタリティーの根底にあるのは、「切り捨て」にほかならない。問答無用でとにかく「国の方針に従え」という姿勢だ。
(2)安倍政権は、普天間飛行場の危険性除去と返還のためには「辺野古移設が唯一の解決策」と判で押したように繰り返す。できない理由をあげつらう前に、どうすれば県内移設を伴わない普天間飛行場の返還が実現できるかを追求すべきである。
(3)国土の0・6%しかない沖縄に、全国の米軍専用施設(面積)の7割が集中している現状は誰の目から見ても異常だ。沖縄に対する構造的差別としか言いようがない。
(4)基地から派生する凶悪事件、米軍機の墜落といった重大事故が繰り返され、軍用機がまき散らす騒音は我慢の限度を超える。有事の際に攻撃目標になるのが基地だ。この上、新たな米軍基地を造るなど到底、受け入れ難い。そう考えるのは当然ではないか。
(5)これまで繰り返し指摘してきた通り、県民が切望するのは平和な沖縄だ。政府はいいかげん、「切り捨て」の発想から脱却してほしい。


 確かに、「政府はいいかげん、『切り捨て』の発想から脱却してほしい。」(琉球新報)との主張は、この政府を支えている一人一人にも、向けられたものだ。
沖縄が負わされている刃物の傷を、自らの骨身に染みこませる必要がある。




by asyagi-df-2014 | 2019-05-07 07:16 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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