2018年 11月 24日 ( 2 )

沖縄-辺野古-沖縄 高江から-2018年11月24日

2018年5月18~20日に、石垣市、宮古島市で、『第15回ハンセン病市民学会総会・交流集会』(ハンセン病市民学会主催)が開催される。
開催の目的について、「大田さんは八重山地域に療養施設がないことに言及し、『故郷に帰りたくても帰れず、社会にも溶け込めない回復者がいるのが現状だ。病への根深い偏見はまだまだ拭えておらず、学会を通して少しでも多くの人にハンセン病のことを正しく理解してもらいたい』と述べた。」「ハンセン病家族訴訟の判決が来年3月末に出る。判決を受けて、まだまだ隠れて暮らしている人たちの今後の裁判参加への道をどう開いていくかも大きなテーマとなる」、と琉球新報は伝える。


 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2018年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2018年11月24日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-「ハンセン病、偏見なくそう」 市民学会 来年5月、先島で初開催-
2018年11月24日 05:30


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「【宮古島】来年5月18~20日に石垣市、宮古島市での開催を予定している『第15回ハンセン病市民学会総会・交流集会』(ハンセン病市民学会主催)の現地実行委員会が発足し、宮古島市の宮古南静園で18日、同委員らが開催概要などについて説明した。実行委の共同代表に就任した『沖縄ハンセン病回復者の会』代表の知念正勝さんは『ハンセン病はまだ終わっていない。退所者が隠れずに堂々と生きていける社会を実現するための大会にしたい』と強調した。」
②「市民学会は2019年5月18日に石垣市の石垣市民会館、19、20日には宮古島市のマティダ市民劇場、宮古南静園で開かれる。県内離島での開催は初。共同代表には知念さんのほか、『八重山のハンセン病問題を考える会』代表の大田静男さん、宮古南静園元園長の伊志嶺亮さんが就任した。」
③「大田さんは八重山地域に療養施設がないことに言及し、『故郷に帰りたくても帰れず、社会にも溶け込めない回復者がいるのが現状だ。病への根深い偏見はまだまだ拭えておらず、学会を通して少しでも多くの人にハンセン病のことを正しく理解してもらいたい』と述べた。実行委に参加しているハンセン病家族訴訟弁護団長の徳田靖之弁護士は『ハンセン病家族訴訟の判決が来年3月末に出る。判決を受けて、まだまだ隠れて暮らしている人たちの今後の裁判参加への道をどう開いていくかも大きなテーマとなる』と話した。
④「市民学会ではハンセン病回復者の抱える課題について考えるシンポジウムや、熊本県で現在係争中のハンセン病家族訴訟、ハンセン病療養所の歴史資料館の在り方について議論する分科会などを開く予定。」


(2)沖縄タイムス-化学兵器の県内移設を検討 サリンが漏れる前の1967年 米政府、事故を恐れ知花弾薬庫から-2018年11月24日 17:17


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「【平安名純代・米国特約記者】米国防総省が2015年に公開した歴史書で、米軍が1960年代に知花弾薬庫(現嘉手納弾薬庫)に貯蔵していた化学兵器を巡り、67年に事故が起きる可能性を懸念し、米政府内で県内移設を検討していたことが21日までに分かった。文書から読み取れるのは米軍が優先したのは、嘉手納基地の安定的な運用であって、住民の健康被害を考慮した記述はない。」
②「69年に同弾薬庫から猛毒サリンが漏れ、米兵ら24人が入院する事故が起きている。歴代国防長官を任期別にまとめた歴史書の第7巻(メルビン・レアード長官、1969〜73年)によると、米軍の最高機関の米統合参謀本部は61年に、陸軍に沖縄に最大1万6千トンの化学兵器の貯蔵を許可。63年に1万1千トンを搬入し、残りの5千トンも追加輸送する計画だった。」
③「しかし、67年に米国防次官補(施設・輸送担当)が嘉手納で事故が起きる恐れがあるとし、陸軍に県内移設を要請した。陸軍は、県内移設の代わりにグアムへの倉庫建設計画の策定を始めていたが、69年7月8日、基地内で猛毒サリンが漏れ、米兵23人と軍属1人の計24人が入院する事故が発生。事故から約1週間後の米紙ウォール・ストリート・ジャーナルの報道で、初めて在沖米軍基地内の化学兵器の存在が明らかになった。」
④「同歴史書によると、貯蔵されていたのは、マスタードガスやサリンなどの神経ガスだった。事故発生時、米政府は『日本政府は化学兵器が貯蔵されていることをまったく知らなかった』とし、『沖縄は米施政権下だったため、日本政府に通告の必要があると考えた者はいなかった』と記されている。」
⑤「当時、嘉手納と辺野古の両弾薬庫には、核・生物・化学(NBC)兵器が貯蔵されていた。」
⑥「[ことば]米軍知花弾薬庫(現嘉手納弾薬庫):1960年代のベトナム戦争当時、大量の化学兵器が貯蔵されていた。69年7月のサリン漏出事故を米紙が報道し、毒ガスなどの化学兵器貯蔵が明らかになった。県民の不安と反発が高まり、サリンを含む毒ガス兵器は71年1月に米国領土のジョンストン島に移送された。」


(3)沖縄タイムス-普天間返還「事故が契機」しかし本当は… 菅氏発言、問われる正確性-2018年11月24日 16:00


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「国会で沖縄の基地負担軽減を担当する菅義偉官房長官の発言の正確性が問われている。米軍普天間飛行場返還合意の経緯や、在沖米海兵隊のグアム移転に関するもので、名護市辺野古の新基地建設を進める国の『正当性』を強調した形だが、政府に都合のよい省略や解釈が目立ち、議員に間違いを指摘される場面もあった。菅氏の発言内容を検証した。」(東京報道部・大城大輔)
②「15日の参院内閣委員会。菅氏は1996年の橋本龍太郎首相とモンデール米駐日大使による普天間の返還合意を受け『3年後に地元の市長、県知事が合意し、辺野古について国が閣議決定を行った』と述べ、『地元との合意』を強調した。」
③「確かに政府は『辺野古』を閣議決定しているが、地元との合意を『反故(ほご)』にした経緯がある。99年、当時の岸本建男市長が『軍民共用』や『15年使用期限』などを前提条件に受け入れを容認。政府は、これら条件を盛り込み『辺野古沖移設』を閣議決定。2002年には政府と県、名護市が建設場所を騒音や危険性がより少ない辺野古集落から沖合約2・2キロとすることで合意していた。」
④「だが、06年に海を埋め立てV字形滑走路を造る現行計画を日米で合意。政府は1999年の閣議決定を一方的に廃止し、軍民共用や使用期限を白紙にした上で、改めて閣議決定した。当時の稲嶺恵一知事は閣議決定前に地元と十分な協議もなかったとして『極めて遺憾』と反発していた。」
⑤「菅氏は同委員会で普天間返還に関し、『今から22年前に【事故】があり、橋本元総理とモンデール米国大使との間で県内移設が合意された。政府としては危険除去をなんとしてもやり遂げたい』とも語った。」
⑥「普天間の危険性を強調し、辺野古移設の意義を示す狙いがあったとみられるが、普天間返還の契機は95年の米兵暴行事件だった。質問した木戸口英司氏(希望の会)も『きっかけは少女暴行の【事件】だ。逆に普天間の危険のすり替えに聞こえる』と指摘したが、菅氏は『事件もあったが、その以前に、事故もあったことも事実だ』と主張を曲げなかった。」
⑦「10月の記者会見で、菅氏が在沖米海兵隊のグアム移転に関し『辺野古移設と結果的にリンクしている』と発言したことも取り上げられた。日米両政府は2012年に双方を切り離して実施することで合意している。」
⑧今月14日の衆院外務委員会で玄葉光一郎元外相(無所属の会)は、菅氏が『民主党政権時に移設問題が進展しなかった時期に米議会で資金支出が凍結され、埋め立て承認を得て工事を進めた結果、凍結解除された』などと説明していることについて『その認識は間違いだ』と指摘。『もともと、米国政府が米議会にグアムの移転計画を出せと言われていたのを、出さなかった経緯があった。それを出したから資金の凍結解除が出された』と説明し『まるで沖縄をどう喝するかのようだ』と批判した。」


(4)沖縄タイムス-湧き水から高濃度の化学物質 「普天間」周辺 泡消火剤の影響示唆-2018年11月24日 13:14


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「沖縄県が8~9月に実施した水質調査で、米軍普天間飛行場周辺の湧き水や地下水の一部で、泡消火剤から分解生成されたと報告のある化学物質が高い濃度で検出されていたことが23日までに分かった。県環境保全課が公表した。県は結果を受けて、PFOSなどが勧告値を超えて検出される原因が『飛行場等で使用される泡消火剤である蓋然(がいぜん)性がより高まったと考えられる』とし、泡消火剤の影響を示唆した。」
②「県は今回の調査から泡消火剤から分解生成される化学物質の測定を始めた。PFOSなどが高濃度で検出された地点の一部で化学物質も高濃度で検出された。今回、米国の生涯健康勧告値(1リットル当たり70ナノグラム)を超える残留性汚染物質の有機フッ素化合物PFOSやPFOAは6地点で検出された。」
③「県が調査を始めた2016年以降最高値の1リットル当たり2千ナノグラムを宜野湾市喜友名のチュンナガーで検出。他にメンダカリヒーガーで650ナノグラム、ヒヤカーガー170ナノグラム、伊佐ウフガー280ナノグラム、喜友名の他2地点でもそれぞれ300ナノグラム、140ナノグラムと高濃度の値が出た。」
④「国内ではPFOS・PFOAの環境基準は設けられていない。県環境保全課によると、今回検出された6地点はいずれも米軍普天間飛行場の下流側に位置する湧き水だったという。今後もモニタリングを続け状況の把握に努める方針。」
⑤「米軍普天間飛行場を巡っては、PFOSやPFOAによって高濃度に汚染されていることが、本紙が米情報公開法を通じて入手した米海兵隊の内部資料によって明らかになっている。」
⑥「PFOS(ピーホス):水や油をはじく性質のあるフッ素化合物。以前は泡消火剤のほか油圧作動油、ワックスなどに幅広く利用されていたが、自然界ではほとんど分解されないため、2000年前後から体内蓄積によるがんや胎児・乳児の発育障害などの原因となる恐れが指摘され始めた。国内では現在、事実上の製造禁止。在日米軍に適用される『日本環境管理基準』の有害物質リストに16年追加された。」


(5)沖縄タイムス-米軍外来機、経路を逸脱 騒音苦情の増加を裏付け 嘉手納基地-2018年11月24日 11:52


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「ことし3月に沖縄市や北谷町で米軍外来機による騒音苦情が相次いだ問題で、沖縄市と嘉手納町、北谷町の「嘉手納飛行場に関する三市町連絡協議会」(三連協)は23日までに同基地に着陸する外来機が通常の経路を逸脱して市街地にまたがる広範囲で飛行や旋回していることを示す地図を作製した。騒音苦情と外来機の逸脱飛行の因果関係を裏付けた。」
②「2015~17年度に3市町の職員らで実施した米軍機の目視調査などを重ねて常駐機の大まかな通常ルートを割り出した。それによると、米軍機が同基地に着陸する際の飛行経路は、沖縄市側と北谷町側の2パターンあった。沖縄市側から進入する場合は滑走路を1度、通過して沖縄市コザ運動公園上空付近で左回りに旋回し、旧コリンザ付近を通過、そして市登川の上空を旋回し滑走路に着陸する。」
③「北谷町側からは町砂辺から滑走路に進入して右回りに旋回し、町上勢頭や町桑江のニライ消防本部上空を通って海域上空で旋回して着陸していた。」
④「三連協によると、米軍はこれまで常駐機が飛行する通常ルート『場周経路』を明らかにしていない。外来機の飛来により3月は、沖縄市北部で33件(前年2件)、同市中部で37件(同7件)、同市西部で19件(同0件)、北谷町で43件(同4件)の騒音苦情が寄せられた。」


(6)沖縄タイムス-「県民の理解を得るためには最も不適切な方法だ」 武田教授、国対応を批判-2018年11月24日 17:22


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「【東京】超党派の野党国会議員による沖縄等米軍基地問題議員懇談会(会長・近藤昭一衆院議員)が21日、国会内で開かれた。講演した成蹊大学法科大学院の武田真一郎教授は、名護市辺野古の新基地建設に伴う県の埋め立て承認撤回を巡り、沖縄防衛局による行政不服審査法(行審法)に基づく審査請求と執行停止申し立ての問題点を指摘した。『県民の理解を得るためには、最も不適切な方法だ』と批判した。」
②「武田教授は同法7条2項は、国が『固有の資格』において受けた処分は適用外となることに触れ、『私人が軍事基地建設のための埋め立ては到底できない。固有の資格で埋め立てをしていると言わざるを得ない』と指摘した。また、国の機関である防衛局の申し立てを同じ国の機関である国土交通相が審査することは『身内の判断となり著しく不公正』と問題視した。」
③「国と県の紛争は『地方自治法が定める手続きで解決するべきだ』とし、行審法に基づく執行停止決定を根拠に工事を再開することは、『極めて安直な対応で、県民の理解を得るためには最も不適切』と強調した。」



by asyagi-df-2014 | 2018-11-24 18:01 | 沖縄から | Comments(0)

米軍基地による沖縄の負担は解消されず、沖縄はその負担を負わされ続けている。

 琉球新報(以下、「新報」)は23018年11月19日、「B52墜落から50年 命脅かす駐留許されない」、と社説で評した。
どういうことなのか。
 「新報」は同日、「1968年、米軍嘉手納基地でB52戦略爆撃機が離陸に失敗、墜落した事故から19日で50年となった。住民ら16人が重軽傷を負い、周辺の住宅や学校など365件に窓ガラスが割れるなどの被害を出した事故は、大きな衝撃を与えた。しかし、今なお米軍機絡みの事故は絶えず、米軍基地による沖縄の負担は解消されていない。」、と伝える。
 このことについて、「新報」は、「その後も米軍機は墜落を繰り返している。県民の生命を危険にさらす環境は50年前も今も変わっていない。基地ある限り、同じ状況が続くのか。それを県民が引き受け続けるのはあまりに理不尽だ。」、と断じる。
 「新報」は何故、このように主張せざるを得ないのか。
「新報」はその理不尽さについて、次のように指摘する。


(1)7日前には南大東島の南西約140キロ沖にFA18戦闘攻撃機が墜落している。沖縄では72年の日本復帰から46年間で50機の米軍機が墜落した。年1回以上の頻度で、米軍機が空から落ちている。極めて異常ではないか。
(2)50年前に事故を起こしたB52は68年2月から嘉手納基地で常駐を開始した。当時、米国が戦争をしていたベトナムで絨毯(じゅうたん)爆撃を繰り返しており、多くの住民の命を奪った。このためベトナムでは「死の鳥」と呼ばれていた。事故当日も6機がベトナム出撃のため嘉手納基地を60秒間隔で離陸し、墜落したのは5機目の機体だった。20トンの爆弾を搭載していたため、墜落後、これらの爆弾も激しく爆発を繰り返した。
(3)沖縄から飛び立った爆撃機が当時、これらの爆弾をベトナムの人々に投下し続けた。あまりにも非人道的で残虐な行為だ。沖縄戦で肉親を奪われた住民は、やりきれない思いで出撃を見つめるほかなかった。
(4)地響きと爆風にさらされた近隣の住民は嘉手納基地がベトナム戦争の報復で攻撃を受けたと思った人もいた。住民4人が負傷し、民家159戸が被害を受けた。
(5)墜落事故は戦後の沖縄で連綿と続いた。59年にうるま市(旧石川市)の宮森小学校に米軍ジェット機が墜落し、児童11人を含む18人が死亡した。61年にうるま市(旧具志川村)の川崎で米軍ジェット機が墜落し、住民2人が命を落とした。
(6)住民の死傷者こそ出なかったが、2004年には沖縄国際大学に米海兵隊のCH53D型ヘリが墜落し、16年には名護市安部の海岸に垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが墜落した。


 「新報」は、最後に、こう要求する。


(1)墜落が起こるたび、米高官や軍幹部らは事故を過小評価する発言を繰り返してきた。B52墜落の後、国務省日本部長は「自動車や旅客機にも事故はある」と述べた。沖国大の墜落では在日米軍司令官が「人のいない所に持って行った。素晴らしい功績があった」と操縦士をたたえた。
(2)今年1月にも在沖米海兵隊政務外交部長が相次ぐ米軍機の事故について「車も故障する」と言った。米軍にとって、墜落事故など想定内の出来事なのかもしれない。しかし地上で暮らす県民はたまったものではない。
(3)これ以上、米軍駐留によって県民の暮らしと命が危険にさらされ、脅かされることは許されない。B52墜落から50年を機に、日米両政府はそのことを肝に銘じるべきだ。


 確かに、沖縄からの「声」は、次のことを確認させる。


 沖縄からの悲痛な叫びは、「沖縄から飛び立った爆撃機が当時、これらの爆弾をベトナムの人々に投下し続けた。あまりにも非人道的で残虐な行為だ。沖縄戦で肉親を奪われた住民は、やりきれない思いで出撃を見つめるほかなかった。」(琉球新報)、というものでもあった。
 だからこそ、「米軍駐留によって県民の暮らしと命が危険にさらされ、脅かされることは許されない。」(琉球新報)し、自らが殺戮に加担することも拒否するのである。




by asyagi-df-2014 | 2018-11-24 08:36 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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