2018年 10月 16日 ( 2 )

沖縄-辺野古-沖縄 高江から-2018年10月16日

名護市の渡具知武豊市長は、シュワブ内全7カ所の撤去を「公約」と明言した。
なぜなら、「米軍キャンプ・シュワブ内のヘリパッドを巡っては、2016年12月に名護市安部で米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが墜落した際に、辺野古、豊原、久志の久辺3区長らが当時の若宮健嗣防衛副大臣に撤去を求めた経緯がある。事故から2年近くたつが、ヘリパッド撤去の動きはない。米軍機が集落上空を通り、地元住民が騒音に悩まされている状態も続いている。」(琉球新報)、との実体。
これまた、沖縄の首長の命を預かる仕事。


 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2018年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2018年10月16日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-ヘリパッド撤去「公約に」 渡具知名護市長、議会で明言-2018年10月16日 06:00


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「【名護】名護市の渡具知武豊市長は15日、米軍キャンプ・シュワブ内にあるヘリパッド全7カ所の撤去の実現を求めていく考えを明らかにした。市議会本会議で『強く訴えていく』『(撤去を)公約と捉えて結構だ』と明言した。渡具知市長は2月の市長選ではシュワブのヘリパッド撤去を公約に掲げていなかった。市議会3月定例会では国立高専近くのヘリパッド撤去を求める考えを示していたが、シュワブ内全7カ所の撤去を『公約』と明言したのは初めて。」
②「東恩納琢磨氏への答弁。一般質問で東恩納氏が『ヘリパッドの全面撤去を掲げていると認識していいか』と問うと『これまで何度か発言している。私の公約と捉えて結構だ』と答弁した。特に、高専のグラウンドから約300メートルと近い位置にあるヘリパッドについて、渡具知市長は7月に小野寺五典防衛相(当時)を訪ね、早急に撤去するよう口頭で伝えたという。」
③「米軍キャンプ・シュワブ内のヘリパッドを巡っては、2016年12月に名護市安部で米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが墜落した際に、辺野古、豊原、久志の久辺3区長らが当時の若宮健嗣防衛副大臣に撤去を求めた経緯がある。事故から2年近くたつが、ヘリパッド撤去の動きはない。米軍機が集落上空を通り、地元住民が騒音に悩まされている状態も続いている。」
④「特に渡具知武豊市長が早期撤去を求めた国立高専裏のヘリパッド『LZフェニックス』は、高専のグラウンドから約300メートルの距離に位置し、オスプレイをはじめとする米軍機が離発着訓練を繰り返している。」
⑤「地元住民の意を酌んだ渡具知市長は防衛省に撤去を求め、今後も『強く訴えていく』と、本腰を入れる姿勢だ。ただ、ヘリパッド撤去までのプロセスを問われると、防衛省に口頭で求めたことを説明しただけで、具体的道筋は見えていない。撤去をどう実現させるか、手腕が問われてくる。」                           (阪口彩子)


(2)琉球新報-ハンセン病史 継承へ活動 「耳で聞き 心に刻んで」-2018年10月16日 05:00


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「ハンセン病の歴史を次世代に残そうと全国各地で奮闘している男性がいる。大阪を拠点に講談師として活動する伊藤貴臣さん(42)は言葉で差別の痛みを伝え、理解してもらおうと、『沖縄県ハンセン病証言集・沖縄愛楽園編』(愛楽園自治会発行)を朗読するラジオ番組の制作や元患者の体験を基にした講談の作成、上演に取り組んでいる。『文章を読むことが難しくても耳で理解できる。耳で聞き、心で想像することで胸に刻み込んでもらいたい』と語った。」
②「伊藤さんはトランスジェンダー(性同一性障害など心と身体の性に違和感のある人)だ。生まれた時の性別は女性だが、性自認は男性。ただそれだけで人は伊藤さんを拒否した。唾を吐きかけられたり、触れた物を目の前で洗われたりした。『ハンセン病元患者の皆さんの体験が私の体験と重なった。私だから伝えられることがあるのではないかと考えた』。ことし4月、名護市済井出の沖縄愛楽園を題材にした講談上演のために初めて同園を訪れ、金城幸子さん(77)や平良仁雄さん(79)らハンセン病元患者と交流した。元患者や家族が背負わされた苦しみと悲しみの歴史、さまざまな理由から亡くなってもなお古里に帰れぬまま納骨堂で眠る450人以上の元患者の存在を知った。」
③「『夢は今もめぐりて、忘れがたきふるさと』。9月6日、愛楽園納骨堂前に歌声が響いた。伊藤さんが作成した講談『ハンセン病講談風語り:煌(きら)めく百の物語 違憲国賠裁判/忘れがたき故郷編』での一幕だ。納骨堂に眠る元患者たちを思い、参加者が唱歌『故郷』を歌い上げた。」
④「客を話に参加させてはいけないという講談のご法度を破り、『故郷』合唱を取り入れた。『愛楽園があったから生きられたのではない、愛楽園でしか生きられなくされたんだ。この言葉の重みを伝えたかった。」
⑤「11月10日に愛楽園は開園80年を迎える。『生まれ育った場所、好きだった景色へ魂だけでも帰ってもらいたい。その願いを込めた』」
⑥「伊藤さんのラジオ企画『煌めく百の物語―沖縄愛楽園から未来へ送るメッセージ』は、伊藤さんの思いに共鳴した元アナウンサーや著名なナレーターなどプロの語り手が『沖縄県ハンセン病証言集・沖縄愛楽園編』を朗読する。証言集には116人の元患者の思いが詰まっている。すでに10月からインターネットラジオ『RADIO BALLOON (レディオ・バルーン)』で放送している。ラジオ局など県内での放送先も探している。伊藤さんは『過ちを繰り返さないよう、音が出る教科書として証言に命を吹き込んだ。全ての証言を放送するまで続ける』と力を込めた。」
⑦「『煌めく百の物語―沖縄愛楽園から未来へ送るメッセージ』の放送は、レディオ・バルーンで毎週月曜午後4時~同4時半。問い合わせは(電話)06(6365)6182。」(佐野真慈)
⑧「愛楽園開園80年 新報HPに特集:琉球新報では沖縄愛楽園の開園80年を前に、沖縄のハンセン病回復者の証言などを通し回復者や家族の苦しみを探る記事を掲載する。ホームページの特集コーナーに設けたページ『みるく世向かてぃ~沖縄のハンセン病~』で、最近報じたハンセン病に関する記事をまとめている。『煌めく百の物語―沖縄愛楽園から未来へ送るメッセージ』も第1回から随時、琉球新報ホームページで公開する。」


(3)沖縄タイムス-突然の事態「真っ白に」 辞職報道巡り議論 号外配る手が震え… 【翁長氏急逝 知事選へ 本紙記者取材ドキュメント・1】-2018年10月16日 07:00


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「2018年、県内最大の政治決戦だった沖縄県知事選は、8月8日の翁長雄志知事の急逝により劇的に局面が動きました。後継候補の人選は急転直下、翁長氏の生前の音声データで玉城デニー氏に決まり、政府与党が全面支援した前宜野湾市長の佐喜真淳氏に約8万票差で大勝する結果となりました。『想定外』が続いたこの約2カ月間、本紙の記者たちが何を取材し、思ったのか。新聞週間に合わせ、舞台裏を紹介します。」
【8月8日午後3時15分】意識混濁の情報
②「8月8日午後3時15分、那覇市泉崎にある県議会棟の記者室で、政経部県議会担当の大野亨恭(38)の携帯電話が鳴った。相手は東京報道部の上地一姫(33)。『知事が意識混濁との情報がある』との知らせ。謝花喜一郎副知事が県関係国会議員に伝えたという情報が端緒だった。大野がその場で野党国会議員に電話すると『意識混濁、いま説明を受けた』と明かした。」
③「翁長雄志氏が7月27日に名護市辺野古の埋め立て承認撤回を表明し、翌9日には防衛局の意見や反論を聴き取る県の『聴聞』が予定され事態は緊迫していた。11月実施予定の知事選での翁長氏の動向も注目されていた。『撤回も知事選も、どうなるんだ』。想定外の事態に大野の頭の中は真っ白になった。とにかく早く情報を共有しようと、社内メールで第一報を流した。」
④「数分後、8月11日の県民大会に向けた事前取材を終えた浦添市政担当の伊禮由紀子(28)の携帯電話が鳴った。『浦添総合病院に行ってほしい』。声の主は社会部フリーキャップの吉川毅(44)。キャップの声が珍しく動揺していた。胸騒ぎがした。病院へ急行したが、周辺に目立った動きはなく報道陣もいない。社内メールでひっきりなしに情報が入る。事態がどこへ向かうのか全く想像できないまま、1人で病院の出入り口を見つめた。」
⑤「午後4時、本社11階の編集局では各部デスクが集まり朝刊の内容を話し合う調整会議が始まった。次長の稲嶺幸弘(53)は『きょうは長い一日になる』と告げた。知事の容体や今後の進退を含めて、朝刊制作が締め切り時間ギリギリまでかかるとの見通しが念頭にあった。」
⑥「会議中の午後4時20分ごろ、琉球新報の『翁長知事、辞職へ』とのウェブ速報が参加者のスマートフォンなどに表示された。会議は重苦しい空気に包まれた。政経部だけでなく、警察担当など別の部署の記者もそれぞれのネットワークで情報収集していたが、『辞職』の事実はつかめない。県議会で取材中だった政経部の銘苅一哲(35)に、政経部長の宮城栄作(47)から『辞職へ、で速報を出せないのか』と電話が入った。銘苅は『辞職は自らの意志で申し出るもの。意識がないままでは辞職はできない。書けるとしても2期目が不透明に、が限界』と説明した。本社の混乱は分かるが、こんな時だからこそ記事は正確にするべきだと自分に言い聞かせた。現場からの情報が錯綜(さくそう)する中、宮城はネット速報や号外、翌日以降の展開を冷静に考えようとしていた。」
⑦「社会部厚生担当の石川亮太(38)は、約1カ月前に親しい医療関係者から知事の容体を懸念する意見を聞いていた。午後5時から始まった県庁6階の特別会議室での謝花副知事の会見。ノートにメモしながら『回復の見込みはあるのか』と考えていると、マナーモードにしていた携帯が震えた。社会部デスクの黒島美奈子(48)から『専門医に意見を聞いて』との指示だった。」
⑧「その頃、東京報道部の大城大輔(37)は、翁長氏のニュースを受けざわつく防衛省内で取材中だった。副知事会見のテレビ中継を見ていた職員も、衝撃を受けているように感じた。午後5時4分、『他紙が号外』の知らせが社内メールに流れた。編集局内では、『辞職へ』の号外発行を巡る議論が編集局三役、政経、社会のデスクで続いていた。『意識混濁の中で【自ら職を辞する】と表明できない以上、号外は出せない』との意見に、『本人の意識混濁で意思表明ができず、辞職は必至ではないか』として号外を出すべきだという反論も上がった。」
⑨「政治取材が長い次長の与那原良彦(49)は『政治家の進退にかかわる話は慎重にすべきだ』と声を上げた。最終的に辞職の記事出稿を取りやめ、印刷センターの職員を待機させていた号外発行準備も解除された。」
⑩「翁長氏が膵臓(すいぞう)がんのため死去したのは午後6時43分。編集局に一報が入ったのは午後7時7分、他局の社員が電話で『翁長さんが亡くなった』と、伝えてきた。たまたま一緒にいた翁長氏の市長時代の側近からの情報だった。編集局内は、再び騒然となった。『(側近は)誰から死去の情報を聞いたのか。ウラ(情報の確認)が取れたら号外を出す』。編集局長の与那嶺一枝(53)が叫ぶと同時に、社会部フリーキャップの吉川は携帯を手にしていた。側近に電話し、翁長氏の親族から連絡があったと確認した。当の親族に電話をするがつながらない。携帯をポケットに収めた時、折り返しがあった。『(親族が)今は電話しないでと言っている。(死去は)本当だから』。一報から数分後、与那嶺は号外発行のゴーサインを出した。」
⑪「知事死去を受け、県政キャップの福元大輔(41)は、12日前の最後の記者会見を思い出していた。承認撤回を表明する場で、知事の左側から質問した。『2期目に出馬する責任があるのではないか』。知事は珍しく福元の目を見て、諭すように説明した。『人生は昨日、おとといにはなかったものが、きょう外反母趾(ぼし)になり、歩きにくくなる。それを含めて考えてほしい』。死を覚悟していたんだと思うしかなかった。」
⑫「翌日紙面の展開は慌ただしく変わった。社会部フリーはこの日、県外出張中の記者が3人もいて、人員が足りない。社会部長の玉城淳(50)、デスクの大門雅子(45)、キャップの吉川は頭を抱えながら、ホワイトボードを見つめていた。県庁、病院、翁長氏の自宅やゆかりのある栄町周辺、辺野古関係や県民反応、追悼文や翁長氏の過去の発言のまとめなど、各支社や各部にも応援を求めて取材体制を整えた。」
⑬「次々と届く緊迫する事態をメールで把握していた学芸部の文化班。キャップの粟国雄一郎(45)と吉田伸(43)は翌週に予定していた文化面の原稿の全ての掲載を取りやめ、緊急連載の相談に入った。先が見通せない沖縄の針路を冷静に分析し、展望を示せる評者は誰なのか。そのリストアップに入った。学芸部長の中島一人(52)とデスクの内間健(50)は翁長氏の語録をまとめた。過去に掲載された記事をデータベースで調べ、記事化した発言は33本、約3500文字に上った。県民の心を打った数々の言葉がよみがえった。」
⑭「総合メディア企画局デジタル部長の平良秀明(51)は、ネットでニュースを県内外に伝えようと部員に声を掛けていた。午後7時20分『翁長沖縄知事が死去』の速報。ヤフーニュースのトップで掲載され、タイムスのサイトは国内外から過去最多のアクセスを記録。通信社を介して速報は世界を駆け巡った。」
⑬「社会部の榮門琴音(35)と特報班の下地由美子(37)は『翁長知事死去』の大見出しの号外を手に夜の久茂地を走っていた。榮門は入社以来何度も号外を配ったが、持つ手が震え足に力が入らない感覚は初めて。号外を手にした人が『えっ亡くなった?』と聞いてくる。『はい』と短く応えることしかできなかった。」
⑭「午後8時、沖縄市で開かれていた元衆議院議員の故上原康助氏をしのぶ会でも、翁長氏急逝の知らせが届いていた。中部報道部の宮城一彰(37)は、出席していた現知事の玉城デニー氏にも取材していた。この時、後継として知事選に挑むとは予想もしていなかった。」
⑮「 午後9時すぎ、南部報道部の堀川幸太郎(40)と中部報道部の比嘉太一(28)は、翁長氏のゆかりの場所である栄町を歩いていた。商店街に入ると翁長氏の急逝を悼む地元の人たちが集まっていた。涙ながらに翁長氏のことを語る人たちの声を聞きながらペンを握った。午後9時20分ごろ、翁長氏が自宅に戻る様子を取材するため、県警キャップの山城響(34)は那覇市の自宅前にいた。集まった報道各社に、次男の雄治氏が付近住民への影響や安全確保を理由に取材をやめるよう訴えたが、収拾がつかない。遺族の思いに寄り添うべきだと悩んだが、『県内公人トップの死去。全てを記録したい』との思いが勝った。」
⑯「午後10時ごろ、病院では、翁長氏に対面する関係者が出入りしていた。入社4カ月で県警担当の豊島鉄博(24)は、関係者の悲しみの声を無我夢中でメモした。午後10時15分、病院地下駐車場で待つ報道陣の前に、沈痛な表情の謝花副知事が姿を現した。社会部サブキャップの新垣綾子(40)はその5時間前、県庁で『一日も早い回復を…』と希望を口にしていた副知事の言葉との落差に胸が詰まった。」
⑰「翁長氏を乗せた車両が病院を出た後の午後10時28分、米軍のオスプレイが病院上空を通過した。基地の過重負担を国内外に訴えた翁長氏の死去と、それを無視するかのような運用を続ける米軍。政経部の伊集竜太郎(40)は言いようのない怒りを覚え、社内メールに通過の事実を送った。」
⑱「この日だけで社内メールの送受信は約200件。激動の1日は、現職知事の死去に伴う異例の知事選の日々へと続いていく。」


(4)琉球新報-「辺野古新基地建設に反対し、普天間飛行場の一日も早い閉鎖・返還を求める」 玉城知事が初の所信表明-2018年10月16日 10:40


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「玉城デニー知事の就任後初の県議会となる10月定例会が16日午前、開会した。議案の説明に先立ち、就任あいさつを行った玉城知事は『故翁長雄志前知事は【県民が心を一つにすること】を深く望み、自らの決意がいつも県民と共にあることを命を懸けて私たちに伝え続けてきた。この思いをしっかりと受け継ぎ、全身全霊で県政運営に取り組む』と述べ、前県政が打ち出した『誇りある豊かさ』の実現に向けた県政運営の所信を述べた。」
②「知事選で最大の争点となった米軍普天間飛行場の辺野古移設の是非についても『建白書の精神に基づき、辺野古の新基地建設に反対し、普天間飛行場の一日も早い閉鎖・返還を政府に強く求める』と辺野古新基地阻止の決意を改めて示した。」
③「また、3年半後に沖縄の日本復帰50年の節目を迎えることを踏まえ『沖縄らしい優しい社会を構築するため、アジアのダイナミズムを取り込むことなどにより、経済全体を活性化させ、持続的に発展する好循環を創り上げる』と自立型経済の確立に意欲を示した。」
④「玉城知事は、新県政が目指す基本的な方向性として『新時代沖縄の到来』『誇りある豊かさ』『沖縄らしい優しい社会の構築』の三つの視点を提示した。三つの視点に基づいて展開する諸施策として①海外との経済、文化交流を促進する産学官による『「万国津梁会議(仮称)』の新設②持続可能な世界水準の観光都市沖縄に向けた『観光・環境協力税(仮称)』の導入③中学・高校生のバス通学の無料化④母子保健と子育て支援が一体となった子育て世代包括支援センターの全市町村設置⑤基地返還跡地のまちづくりなどに資する社会資本としての鉄軌道の導入-など15の取り組みを公約に掲げた。」


(5)沖縄タイムス-米軍基地内に縄文遺跡 グスク時代含め18カ所 トリイ施設のキンザー移設計画エリア-2018年10月16日 09:27


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「【読谷】米空軍嘉手納基地より南の基地統合計画で牧港補給地区(キャンプ・キンザー)の倉庫などが移される米陸軍トリイ通信施設の移設計画エリア約20ヘクタールで、縄文時代の集落跡など18遺跡が見つかったことが15日分かった。村議会9月定例会で村文化振興課の上地克哉課長が明らかにした。上地榮議員への答弁。」
②「村によると、3遺跡は2700~2800年前の縄文時代晩期、15遺跡は700~800年前のグスク時代の集落跡とみられる。」
③「移設に向けて2015~16年度に実施された沖縄防衛局の文化財試掘調査で見つかり、現在は移設工事で影響が及ぶ2遺跡の本発掘調査を優先し進めているという。上地課長は取材に『今後の進ちょくをみないと成果は分からない』と述べた。」
④「統合計画は、牧港は25年度以降、キャンプ瑞慶覧は24年度以降に移設し、返還するとしている。防衛局は同日『埋蔵文化財の取り扱いは、村と協議しつつ適切に対応する。牧港などの返還時期に影響が出ることは想定していない』との認識を示した。」 
⑤「県内の遺跡に詳しい国立科学博物館の藤田祐樹研究主幹の話:県内でも縄文時代晩期の遺跡は確認例があるものの、さまざまな時代の遺跡が発掘されるということは重要な場所である可能性が考えられるので、しっかり調査をしてほしい。今後の本格的な調査で何が見つかるかを調べ、遺跡の評価を行ってほしい。」




by asyagi-df-2014 | 2018-10-16 17:21 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄の米軍基地を朝日新聞で考える。(1)

 朝日新聞(以下、「朝日」)は2018年10月7日、「全国の米軍専用施設の7割が集中する沖縄。新たな米軍基地建設の是非が最大の争点となった県知事選で、玉城デニー氏が過去最多得票で勝利しました。この問題にどう影響するのでしょうか。また、新基地は本当に沖縄に必要なのでしょうか。沖縄の抱える問題とヤマト(本土)の人々の向き合い方について、3回シリーズで考えます。」、と連載を始めた。

 
「朝日」が沖縄の問題をどのように切り込むのか。
米軍基地の問題を、この「朝日」で考えます。
 シリーズは次のように、9月30日付けの沖縄の状況から始められます。 


(1)「新基地建設は絶対に認めない。日本全体でどこに持って行くか考えてください。国民がこれ以上、米軍は必要ないというのであれば、米軍の財産はアメリカに引き取っていただく。それでいいと思います」
(2)9月30日夜、沖縄県知事選で初当選を果たした玉城デニー氏(58)が喝采と声援のなか支援者らに語った言葉です。名護市辺野古で進められる米軍基地建設に対し、明確に反対を訴えた玉城氏の勝利は、人々の切なる願いの表れでもありました。
(3)1996年に決まったこの計画は、中部・宜野湾市にある米海兵隊の普天間飛行場を返還し、代わりの軍用飛行場を建設するというもの。人口密集地での危険性を減らすなどが最初の目的でした。2006年、辺野古沿岸部を埋め立ててV字形滑走路を建設することで日米が合意。「負担軽減」と言っても辺野古にも人は住んでいます。ただでさえ多い基地を、また新たにつくることへの反対は根強く、今回まで6回の知事選でこの問題が問われました。
(3)沖縄には米軍の陸・海・空軍と海兵隊がいます。空軍は極東最大といわれる嘉手納基地(沖縄市など)があり、海軍には軍港ホワイトビーチ(うるま市)などがありますが、海兵隊の基地面積は最も広く、全体の約7割になります。陸海空の機能をあわせ持ち、緊急時の展開が可能とされ、その航空基地が普天間です。


 具体的に何が問題であるというのか。
 まず、「朝日」は、在沖米軍、特に在沖米海兵隊に関わって、次のように指摘しています。


(在沖米軍、特に在沖米海兵隊に関わって)
(1)近年、特に海兵隊に関わる事件や事故が問題になっています。04年、大型ヘリが沖縄国際大学に墜落。一昨年は名護市沖の浅瀬に大型輸送機オスプレイが墜落。昨年はヘリが民間地で炎上。飛行中のヘリから部品が落下……。95年、小学生を拉致、暴行する事件を起こしたのも海兵隊員らでした。一昨年は元海兵隊員が女性を殺害し、沖縄は悲しみと怒りに包まれました。
(2)海兵隊は沖縄にいる必要があるのでしょうか。疑問を抱く人は少なくありません。海兵隊を輸送する強襲揚陸艦などの母港は、800キロ近く離れた長崎・佐世保基地。そこから兵員を乗せるために沖縄まで来て、海兵隊はその艦船に乗って多くの期間、アジア各地へ移動して訓練などを行っています。
(3)安全保障問題に詳しい有識者によるシンクタンク「新外交イニシアティブ」(ND)は、部隊が結集する拠点を沖縄ではなく海外に置いても機能は損なわれないとして、海兵隊の国外移転を提案しています。
(4)では、海兵隊が存在することによって相手に攻撃を思いとどまらせる「抑止力」はあるのでしょうか。12年の日米合意で、在沖海兵隊のうち約9千人がグアムなどに移転することが決まりました。残る海兵隊の部隊だけでは大規模紛争には投入できません。また仮に海兵隊が撤収しても沖縄には依然、多くの米軍基地が存在し、「本土」にも第7艦隊(神奈川県横須賀市)などの強大な米軍兵力が駐留しています。


 だから、「朝日」は、「沖縄の抱える問題とヤマト(本土)の人々の向き合い方」について、「日米安保条約が締結されて67年。国内の米軍基地の意味を、私たちは真剣に議論してきたでしょうか。『抑止力』『辺野古が唯一』といった言葉の内実を、どの程度考えたでしょうか。沖縄の選挙結果は国民全体にそのことを問いかけています。(川端俊一)」、と問いかけの意味を焦点化します。ます。
 また、このことを考えるために、軍事ジャーナリストの田岡俊次さんと元沖縄タイムス論説委員の屋良朝博さんの意見を紹介します。


(1)「現状の態勢『抑止力』にならぬと軍事ジャーナリストの田岡俊次さん」


①沖縄の海兵隊の大部分はグアムなどに移転し、戦闘部隊で残るのは第31海兵遠征部隊。約800人の歩兵大隊にオスプレイなどの部隊が付きますが、戦争をできる兵力、装備ではなく、「抑止力」にはなりません。第一の任務は、戦乱や災害の時の在留米国人の救出。現地で空港や埠頭(ふとう)を一時確保し、そこに米国人を集めて脱出させることです。その部隊が沖縄に残るのは、朝鮮半島有事や中国での暴動を想定した場合、グアムからでは何日もかかるからです。
②鳩山政権の時、私は普天間の部隊を長崎県の海上自衛隊大村航空基地に移すことを提案しました。歩兵は佐世保市の陸自相浦駐屯地へ移せば佐世保基地の揚陸艦部隊とも近くなり、海兵隊に異論はないはずです。
③在日米軍は日本を守るためではなく、西太平洋、インド洋に出動するため待機しています。「日米防衛協力のための指針」によれば、尖閣諸島防衛や奪回に海兵隊が参加することはない。だが駐留経費の過半は日本が負担し、日本にいる方が安上がりだから駐留が続くという面もあります。


(2)「『安心』の恩恵と負担 どう考えると元沖縄タイムス論説委員の屋良朝博さん」


①玉城デニー新知事は辺野古新基地に反対し、選挙で圧勝しました。それでも政府は、普天間飛行場を一日も早く移転・閉鎖するには辺野古の基地建設が「唯一の選択肢」として、工事を強行する方針です。
②一日も早いとは? 辺野古の工事が完了し、普天間移転が実現するのは10年先といわれています。総事業費1兆円ともいわれる予算を投じ、10年先まで「一日も早く」と政府は言い続けるのでしょうか。
③普天間を使う海兵隊を沖縄から出せば問題は一挙に解決します。すでに米軍再編で海兵隊はグアムや豪州などへ主力部隊の分散移転を決めています。残る小ぶりな部隊だけでも「本土」が引き取るべきでしょう。嫌なら国外移転を検討すればいい。沖縄は、米空軍嘉手納基地だけでも負担は重いのです。新知事には、「安心」の恩恵と負担をどう考えるかを全国に問いかけてほしいと思います。

県外は他人事 負担軽減を

(3)「朝日新聞デジタルのアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。」


●「沖縄出身で現在は関東住みですが、遠くから沖縄のことを見させていただいてとても悲しい気持ちになっています。高校生時代に県外の高校生との交流を持つ場がありました。その際に基地案内をしたのですが、みなさん軍用機を写真に撮りながらカッコイイ!と言っていました。高校生ながら、嫌な気持ちになったのを今でも鮮明に覚えています。県外の方は他人事で、沖縄に住んでる方の中にも当然ですが基地容認で基地にお世話になっている方々もいます。もし沖縄から基地撤退してもらい雇用の面で保障があればもっと良い沖縄になっていくのではないかな?とずっと考えてるところです。私には力がなくそれは無理かもしれませんが」(千葉県・40代女性)
●「沖縄県民には、大戦中に日本国内で唯一、戦場化して多大な犠牲を課している。このことを本土にある者は決して忘れてはならない。いわば本土の人々の身代わり同然であったと言えよう。沖縄県民には政治、産業、教育、福祉にわたり格別の配慮をと願ってやまない。私自身は、東京空襲にからくも生き残った幸運に恵まれた」(海外・80代男性)
●「トランプの姿勢を見ていると、これからは米軍が頼りになるかは未知数に感じる。米軍基地に税金を投入するくらいなら自衛隊基地を増強すべきであると考える」(大阪府・40代男性)
●「僕は10代なので、教科書やニュースで沖縄問題を知った。基地をなくすことのメリット・デメリットは本当に悩ましいことだと思う。世界中が平和的な考えならそんな悩みさえ無いのだろうが」(宮崎県・10代男性)
●「ヘリが落ちた沖縄国際大学へ行き、実際に普天間基地を見てきた。市街地の真ん中に基地があり、そこから飛び立つヘリや戦闘機の爆音はすさまじいものであった。そんな環境に、さらにヘリの窓枠が落下したりオスプレイが不時着するような危険性があっては一刻も早く基地負担軽減をしなければならないと思う。また沖縄へ押し付けているという認識を本土の人はないがしろにしすぎではないか。戦略的に重要だとふんぞり返る前に、少なくとも日米地位協定の見直しを求めるなど沖縄の人々の負担を減らすことが必要ではないかと感じる」(埼玉県・20代男性)
●「沖縄は、地形上重要な位置にあり、米軍基地があることでアジア、東シナ海の安全を保てるのに、必要だと思います。沖縄の人たちに苦痛があるのは本当に心苦しいです。かといって日本のどこに、これ以上の場所があるでしょうか? 沖縄県民の方々の苦痛も減らし、基地との共存を探ること。難しいけどそれしかない」(愛媛県・60代女性)
●「沖縄以外も含めた在日米軍の必要性、仮に必要だとしても、どこにどの程度が妥当なのか、論理的な説明がまったくなされていない。核の傘、地政学リスク云々(うんぬん)との曖昧(あいまい)な言葉ばかりが並ぶ。現代においては、沖縄集中の後ろ盾となる根拠も無い。沖縄が受けている差別は解消されるべきだ。そのために、政府は尽力すべきだし、そうさせる責任は私たち国民にある」(千葉県・50代男性)
●「正直なところよく分からない。基地に対する日米の経済的負担の実情や安全保障の内容、米軍による事件や事故に対する各国の対応の比較、そもそもなぜ米軍の治外法権を許して基地を日本に置き続けなければならないのか。感情論やイデオロギー抜きで、客観的事実と防衛ついての基本的な学識にアクセスすることが非常に難しく、もどかしい」(愛知県・40代女性)


 さて、シリーズ1なので、「朝日」が今後どのように論理展開をするのか、楽しみに待つ。



by asyagi-df-2014 | 2018-10-16 07:19 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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