2018年 08月 16日 ( 2 )

沖縄-辺野古-沖縄 高江から-2018年8月16日

待ったなしの事実とは、辺野古新基地建設予定地に、『辺野古断層』」という『極めて危険な活断層』。
 「米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設で、埋め立て予定地に存在が指摘されている活断層が2万年前かそれより新しい時期に動いたもので、今後動く可能性が高い断層であることが分かった。東北大講師の遅沢壮一氏が実施した調査により、2万年前かそれより新しい時期に繰り返し活動した『極めて危険な活断層』と判断された。」、と琉球新報。



 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2018年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2018年8月16日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。



(1)琉球新報-辺野古断層「極めて危険」 2万年前以降活動 今後動く可能性大-2018年8月16日 06:30


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設で、埋め立て予定地に存在が指摘されている活断層が2万年前かそれより新しい時期に動いたもので、今後動く可能性が高い断層であることが分かった。東北大講師の遅沢壮一氏が実施した調査により、2万年前かそれより新しい時期に繰り返し活動した『極めて危険な活断層』と判断された。県が7月31日に防衛局に出した聴聞通知書に添付されている『不利益処分の原因となる事実』でも触れられており、新基地が建設された場合の危険性が改めて浮き彫りになった。」
②「これまで新基地建設予定地近くの陸上部に『辺野古断層』と『楚久断層』という2本の断層が存在することが指摘されてきた。その断層の延長線が交差する所に、断層によると考えられる深さ約60メートル以上の落ち込みが確認されている。」
③「琉球大の加藤祐三名誉教授は、この海底の落ち込みは数十万年前かそれより新しい時期に動いた活断層である可能性を指摘していた。遅沢氏の調査では、この海底の落ち込みは『辺野古断層』」と認定された。」
④「土木技術者の北上田毅氏は『原子力規制委員会は、将来活動する可能性の高い断層を約12万~13万年前かそれより新しい時期に動いたものと認定している。そのような断層が存在すれば、原子力発電所は建設できないとしている』と指摘。『原発でも建設できる基準が【十数万年前】だ。【2万年前】の活断層の上に基地を建設するのはとても危険だ』と強調した。」
⑤「沖縄防衛局は2017年に海底資源調査船ポセイドンで二つの断層周辺を調査したが、活断層の存在は認めていない。」                         (嶋岡すみれ)
⑥「『2万年』は昨日;加藤祐三琉球大名誉教授の話:「辺野古新基地の埋め立て予定地に活断層があり、それが数十万年前かそれより新しい時期に動いたものであることは以前から指摘していた。今回その活断層が2万年前以降に動いたものであるとされた。地質学的には2万年前の断層というのは非常に新しい断層で、つい昨日動いたようなものだ。年代が若ければ若いほど活発な証拠で、これから先も動く可能性が高い。この断層は2万年前かそれより新しい時期に繰り返し活動してきたはずで、今後もいつ再び動くか分からない状態だ。その上に新基地を建設することが非常に危険なことは言うまでもない。(防災地質学)」



(2)琉球新報-辺野古ゲート前 集中行動始まる-2018年8月16日 12:42


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「【辺野古問題取材班】米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設で、オール沖縄会議現地闘争部は16日、辺野古の米軍キャンプ・シュワブのゲート前で建設阻止の集中行動を始めた。18日まで続ける。」
②「16日午前中は約200人の市民らが集まり、新基地建設反対を訴えた。」
③「政府は17日に予定していた土砂投入の先送りを検討しており、県がいつ埋め立て承認を撤回するのかに注目が集まっている。市民らからは早期の撤回を求める声も上がった。阻止行動に参加した稲嶺進前名護市長は、政府が『(翁長雄志知事が亡くなり)喪に服す』ことを理由に土砂投入の先送りを検討すると県に伝えたことについて、『うそぶいている。今まで散々足蹴(あしげ)にしておいて、よくもそんなことが言える』と批判し、早期の撤回を訴えた。伊波洋一参院議員も知事選前に現県政で撤回する必要性を強調した。」
④「大阪から参加した教員の女性(34)は16、17の2日間、阻止行動に参加する予定。『土砂投入予定日だったので【止めないといけない】と思い駆け付けた。連帯し、沖縄から日本の民主主義を守りたい』と話した。」
【琉球新報電子版】


(3)琉球新報-辺野古撤回は先送りの公算 沖縄県、慎重に判断-2018年8月16日 09:46


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「米軍普天間飛行場の移設による沖縄県名護市辺野古の埋め立てを巡り、政府が当初17日に予定していた辺野古海域への土砂投入を先送りすることを検討すると県に伝えたことを受け、県による埋め立て承認の撤回は17日より後になる公算が大きくなっている。県幹部や県政与党の間では、土砂投入は知事選後になるとの見方があり、埋め立て承認の撤回という『最後のカード』(県幹部)はぎりぎりまで残しておくべきだという意見がある。一方で国の動向にかかわらず、早期撤回を求める声も根強い。県は撤回の時期を慎重に判断する考え。」
②「県は沖縄防衛局からの聴聞について聴聞調書と報告書を作成中。報告書が知事の職務代理者である富川盛武副知事に提出されると、県はその内容を踏まえて撤回に踏み切ることが可能となる。県は当初、政府が土砂投入予定日とした17日より前に撤回する構えだった。だが、翁長雄志氏の知事在任中の死去で知事選が前倒しとなり、政府は知事選への影響も踏まえて土砂投入のタイミングを先送り検討せざるを得なくなった。」


(4)沖縄タイムス-「選挙の駆け引きか」 辺野古の土砂投入を警戒、ゲート前に130人-2018年8月16日 13:27


 沖縄県名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前で16日午前、新基地建設の阻止に向けた集中行動が始まった。小雨の中、県内外から市民約130人が集い、新基地建設反対を訴えた。午後1時までにゲート前での工事車両の搬入はなく、海上工事も確認されていない。

集会で、前名護市長の稲嶺進さんは「未来の子どもたちに禍根を残すことは絶対にあってはならない」と強調。「翁長知事の思いをこれからもしっかりと引き継ぎ、諦めずに頑張ろう」と呼び掛けた。

 伊波洋一参院議員は建設予定地で指摘されている軟弱地盤や活断層などの問題に触れ「県政は、これまで翁長知事が示してきた意思を体現してほしい」と早期の埋め立て承認の撤回を求めた。

 辺野古の海への土砂投入を警戒してうるま市から訪れたという女性(69)は「県民の民意を無視して工事を進めてほしくない」と憤った。南城市の女性(66)は「投入の時期を延期するという報道があったが、政府は選挙の駆け引きに使っているのではないか。県は毅然とした態度で、早く撤回をしてほしい」と求めた。




by asyagi-df-2014 | 2018-08-16 17:55 | 沖縄から | Comments(0)

「魂の飢餓感」。こんな表現ができる人が政治家だった。(2)

 「魂の飢餓感」。
こんな表現ができる人が政治家だった。
 「政治の幅は生活の幅を上回れない」。
 この埴谷の言葉に挑戦する人だった。


ここは、沖縄タイムス(以下、「「タイムス」」)の社説を見る。
「タイムス」は、次のように記す。


(1)「翁長雄志知事が8日夕、膵臓(すいぞう)がんのため、入院中の浦添市内の病院で急逝した。67歳だった。」
(2)「そのわずか1時間半ほど前、謝花喜一郎副知事が県庁で記者会見し、知事の職務代理を置くことを発表したばかりだった。」
(3)「あまりにも突然の訃報というしかない。」
(4)「翁長知事は4月に膵臓の腫瘍の摘出手術を受け、ステージ2の膵臓がんだったことを公表していた。5月に退院した後は、抗がん剤治療を受けながら県議会や慰霊の日の式典など公務をこなしてきた。しかし新基地建設を巡り埋め立て承認撤回を表明した7月27日の会見以降、公の場には姿を見せていなかった。がんは肝臓にも転移し、7月30日に再入院していたという。」


 「タイムス」は、沖縄県知事翁長の『姿』をこう描写する。


(1)「糸満市摩文仁で開かれた慰霊の日の沖縄全戦没者追悼式で、知事は直前までかぶっていた帽子を脱ぎ、安倍晋三首相を前にして、声を振り絞って平和宣言を読み上げた。」
(2)「『新基地を造らせないという私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません』」
(3)「翁長知事は在任中の4年間、安倍政権にいじめ抜かれたが、この姿勢が揺らぐことはなかった。安易な妥協を拒否し、理不尽な基地政策にあらがい続ける姿勢は、国際的にも大きな反響をよんだ。」
(4)「知事は文字通り命を削るように、辺野古反対を貫き、沖縄の自治と民主主義を守るために政府と対峙し続けたのである。」
(5)「その功績は末永く後世まで語り継がれるに違いない。心から哀悼の意を表したい。」

 「タイムス」は、翁長さんの人となりを示す。


(1)「翁長知事は政治家一家で育った。」
(2)「旧真和志村長だった父助静さんは、軍用地の一括払いなどを巡る『島ぐるみ闘争』の超党派代表団に選ばれ、沖縄の声を全国に伝えた。」
(3)「元副知事の兄助裕さんは、1994年の知事選に立候補し『保革を超え、県民の心を一つにした県政を』と訴えた。」
(4)「翁長知事は父親や兄から保守中道の姿勢を受け継ぎ、県民が心を一つにして基地問題に取り組むことが必要だと説き続けた。」
(5)「仲井真弘多前知事が2010年11月、再選を期して立候補した時、辺野古反対を公約に掲げるよう仲井真氏に直談判したのは翁長知事である。」
(6)「4年前の知事選では翁長氏が仲井真氏に10万票近い大差をつけて当選、保革を超えた新しい政治潮流の台頭に全国から多くの期待が寄せられた。」


 新聞社である「タイムス」は、最後に、沖縄の政治状況を伝える。


(1)「公選法により後継を選ぶ知事選は、県選挙管理委員会に死亡を通知後、50日以内に実施される。9月中となる見込みだ。県政奪還を狙う自民党県連などでつくる候補者選考委員会は既に宜野湾市の佐喜真淳市長の擁立を決めている。」
(2)「県政与党や知事を支える県選出国会議員、オール沖縄の代表は、一日も早く今後の対応を協議し、志半ばに倒れた翁長知事の遺志を受け継ぐ後継候補を決めなければならない。」
(3)「県内政治の流動化が一気に加速しそうだ。」


 確かに、「魂の飢餓感」と言い切る感性と知識の人は、「安倍政権にいじめ抜かれたが、この姿勢が揺らぐことはなかった。安易な妥協を拒否し、理不尽な基地政策にあらがい続けた」(沖縄タイムス)との人でもあった。
 この「魂の飢餓感」を言い切るには、命を削ってでも、辺野古反対を貫き、沖縄の自治と民主主義を守るために政府と対峙し続けなくてはならなかった。
 政治家翁長は、個人の記憶の深く残る人となった。



by asyagi-df-2014 | 2018-08-16 06:11 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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