2018年 06月 04日 ( 2 )

沖縄-辺野古-沖縄 高江から-2018年6月4日

 今日も続けられる闘いの現場。
「建設に反対する市民らはカヌー15隻を出して、護岸工事現場の付近で抗議の声を挙げ続けた。工事現場を覆うように張り巡らされたオイルフェンスに市民らのカヌーが近づくと、沖縄防衛局の警備艇が『臨時制限区域に侵入しています』『やかに退去してください』と拡声器で機械的に呼びかける声が響いた。」
④「オイルフェンスを乗り越えた市民のカヌーは、すぐさま警備していた海上保安庁のゴムボートに拘束されていた。拘束されてもなお、『沖縄の未来は沖縄が決める』『ジュゴンを守れ』とプラカードで訴える市民も。ある女性は、カヌーの上に仁王立ちし『工事をやめてください』とかれた様子の声で作業員らに訴えかけていた。」、と琉球新報。  





 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2018年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2018年6月4日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-K4護岸2カ所で砕石投入 「沖縄の未来は沖縄が決める」と市民ら抗議-2018年6月4日 14:29


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「【辺野古問題取材班】名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ沿岸で進む新基地建設に伴う護岸工事では、4日午前も埋め立て区域の南端を覆うK4護岸の建設現場で、少なくとも二カ所で砕石の投入作業が確認された。」
②「砕石の投入作業は、護岸の端に設置されたクレーン車がダンプカーから砕石をすくい上げ、海中に投入する様子が何度も見られた。護岸上をダンプカーが何度も行き来し、約2分半でダンプ1台分のペースで砕石の投入を続けた。砕石は『バラバラ』と音を立て、水しぶきを上げながら海の中に消えていった。」
③「建設に反対する市民らはカヌー15隻を出して、護岸工事現場の付近で抗議の声を挙げ続けた。工事現場を覆うように張り巡らされたオイルフェンスに市民らのカヌーが近づくと、沖縄防衛局の警備艇が『臨時制限区域に侵入しています』『やかに退去してください』と拡声器で機械的に呼びかける声が響いた。」
④「オイルフェンスを乗り越えた市民のカヌーは、すぐさま警備していた海上保安庁のゴムボートに拘束されていた。拘束されてもなお、『沖縄の未来は沖縄が決める』『ジュゴンを守れ』とプラカードで訴える市民も。ある女性は、カヌーの上に仁王立ちし『工事をやめてください』とかれた様子の声で作業員らに訴えかけていた。」         


(2)琉球新報-真実の貴さ、後世に 画家・不染鉄氏 亀次郎氏に激励はがき-2018年6月4日 06:30


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「東京生まれの日本画家・不染鉄(ふせんてつ)氏(1891~1976)が1957年、米統治下の沖縄で那覇市長だった瀬長亀次郎氏に宛てた直筆のはがき3通が那覇市若狭の資料館『不屈館』で展示されている。米軍の圧政と闘う瀬長氏に向けて不染氏は、はがきで『眞実が正義が貴いことを人類に後世に現世に示して下さい』と激励している。」
②「はがきは、瀬長氏の次女で不屈館館長の内村千尋さん(73)が、自宅にある瀬長氏宛ての手紙やはがきなど約5千通を整理中に見つけた。昨年7月から同館で展示している。3通が送られたのは、いずれも不染が奈良県に住んでいたころ。米軍の圧政に対し、民衆の立場に立って抵抗する那覇市長の瀬長氏に米軍が業を煮やし、法律を改正して市長から追放する異常な状況が日本本土でも報じられていた。」
③「内村さんによると、不染氏と瀬長氏の間で直接の交流は確認できない。新聞報道などで沖縄の状況を知った不染氏が、瀬長氏へはがきを送ったとみられる」。
④「57年8月6日付のはがきは、市議選で瀬長市長を支持する勢力が勝利したことを受けたものとみられ『祝』と記し『アメ公を追ひはらへ』と記されている。9月14日付のはがきは『新聞を見ました』『「日本の最前線に立って闘はれている皆様』などと記した。11月26日付のはがきは『正義のために闘って下さい』『私共で出来る事がありましたら何なりと申しつけて下さい』と支援の思いも寄せた。」
⑤「内村さんは『(瀬長氏宛ての)約5千通の中から(差出人の)1人を調べただけでも多くのことが分かった。一つ一つに瀬長市長を励ます気持ちが表れている』と述べ、今も沖縄で続く過重な基地負担も全国や国際世論へ『訴えていく必要がある』と強調した。」


(3)沖縄タイムス-嘉手納基地に米空軍オスプレイ・CV22初飛来-2018年6月4日 14:54


 沖縄タイムスは、「【嘉手納】4日、米空軍のCV22オスプレイ3機が米軍嘉手納基地に相次いで着陸した。1機目は午後2時43分、2機目は同52分、3機目は午後3時30分ごろに着陸した。同機が嘉手納基地に飛来するのは初めて。沖縄防衛局や地元自治体への通知はなく、地元の反発は必至とみられる。CV22は特殊作戦用で、東京の米軍横田基地に今夏正式配備される予定。」、と報じた。


(4)沖縄タイムス-辺野古新基地:周辺3区の補助継続へ 名護市方針 再編交付金通じ支出-2018年6月4日 13:09


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「政府が廃止を検討している名護市辺野古の新基地建設現場に近い久辺3区(辺野古、豊原、久志)への直接補助金に関し、名護市が再編交付金を通じて支出する形で継続する方針を固めたことが3日、分かった。市議会9月定例会に2018年度分約1億2千万円の補正予算を計上する方針。政府関係者が明らかにした。また、政府はこの1億2千万円分を防衛省の既存の補助制度を使って名護市に補填(ほてん)することも検討している。」
②「防衛省は久辺3区への『再編関連特別地域支援事業補助金』で18年度予算に約1億2千万円を計上。辺野古が公園の遊具、豊原が区民広場、久志が倉庫の整備を要望している。」
③「政府は名護市の再編交付金再開に当たり、この直接補助金を廃止し、再編交付金を使用して事業を行う従来の仕組みに戻す方針で、既に3区などへ伝えた。区長らも理解を示しているという。ただ、市議会は野党が過半数を占めるため補正予算が否決される可能性もある。」


(5)沖縄タイムス-「辺野古」建設で発注ミス 土砂投入時の濁水流出防止対策 変更で事業費13億円増-2018年6月4日 08:33


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「名護市辺野古の新基地建設で、沖縄防衛局が埋め立て区域に土砂を投入する際の濁水の流出を防ぐ環境対策を巡り、業者に当初発注した内容を変更していたことが3日までに分かった。フィルターとして海砂を使用する方法から、防砂シートや汚濁防止シートを使用する方法に変更し、事業費は約13億円増加。防衛局は当初の発注が誤っていたためとしている。また、県幹部によると、那覇空港第2滑走路建設など県内の埋め立て工事は海砂をフィルターとして使用する方法が多く採用されているという。」         (政経部・銘苅一哲)
②「防衛局は辺野古側の埋め立てを1~5工区に分けて業者と工事を契約。現在護岸の整備が進む埋め立て区域(2)、(2)-1の2区域は工事契約では1~3工区(契約総額約272億円)に該当する。」
③「沖縄平和市民連絡会の北上田毅氏らが防衛省から入手した資料によると、昨年11月に作成された工事内容を示す『特記仕様書』で1~3工区の埋め立て資材は『海砂』と『岩ズリ』とし、工事内容を示す標準断面図では護岸の内側幅15メートルを海砂で埋める計画となっていた。防衛省は今年3月2日に業者と工事を契約したが、同月29日に契約内容を変更。特記仕様書の埋め立て資材は『岩ズリ』のみになり、標準断面図でも海砂は削除されていた。」
④「2013年に防衛局が県に提出した埋め立て申請の書類は区域(2)、(2)-1は岩ズリのみを使用するとしている。防衛局は沖縄タイムスの取材に『発注図書を作成する過程でさまざまな検討が同時並行的に進み、誤って特記仕様書に【海砂】を書き入れてしまった』と回答。」
⑤「濁水の流出防止については『(県に提出した)環境影響評価に従い適切に対応する』とし、5月28日の環境監視等委員会で防砂、汚濁防止シートによる対策を説明したとしている。」
⑥「汚濁防止策は、岩ズリと海砂の組み合わせと岩ズリと防砂、汚濁防止シートを組み合わせる方法がある。ただ、県幹部は『宜野湾マリーナの埋め立てでは近くにエビ養殖場があり環境対策を気にして海砂を使用した。場所や環境によって判断するが、沖縄での埋め立てではだいたい海砂を入れている』と指摘する。」
⑦「また、日本大学理工学部の鎌尾彰司准教授は『人工のシートならば汚濁防止の質が保証できる。一方で、海砂なら埋め立て地内の小さな生物が砂に潜り込み海へ逃げられるが、シートの場合は抜け出せないことが考えられる』と環境面に影響する可能性に言及した。」


(6)沖縄タイムス-嘉手納基地から大量の有害物質 約2年でドラム缶317本分、95件-2018年6月4日 08:48


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「【ジョン・ミッチェル特約通信員】米軍嘉手納基地で2016年1月から17年11月にかけてジェット燃料など有害物質の流出事故が少なくとも95件あり、確認されているだけでも2件は同基地の外へ流れ出していたことが、米空軍への情報公開制度で本紙が入手した内部資料で分かった。」
②「有害物質の流出総量は少なくとも6万3366リットル(ドラム缶317本分)。嘉手納基地の当局者が、基地外への流出について日本側への通報は必要ないと判断していた。基地外へは、胎児が影響を受けやすいとされる化学物質も流出していた。」
③「流出した有害物質はジェット燃料4893リットル、ディーゼル油869リットル、汚水が最も多く5万6781リットルだった。泡消火剤の量は不明。」
④「16年4月23日には、オペレーターが油水分離機を適切に整備していなかったため、下水溝にジェット燃料が漏れ出した。流出量は不明。内部のメールには、基地当局者が『嘉手納基地から排出される下水道から発生する燃料の匂いへの最近の北谷町の人々の社会的な関心』を踏まえ、当初『(日本側に)報告すべきだ』と分類していたが、その後『報告すべきでない』事案に判断が変更された。報告書に、理由は記されていない。」
⑤「17年8月21日には、泡消火剤が『オペレーターのミス』により飛散。報告書で当初流出量は『8~11リットル』としていた。しかしその後、飛散面積は30メートル四方で、回収に1003リットル容量の保管用バッグが必要だったとの記述があり、実際にはもっと大量だったとみられる。」
⑥「報告書では『かなりの割合の』泡消火剤が雨水排水管に入り込み、相当な量が風に吹かれて基地の外に飛ばされたと記述。泡消火剤には、重病につながり胎児が影響を受けやすい有害化学物質『パーフルオロオクタン酸(PFOA)』が微量含まれていた。」
⑦「16年から17年の間にあった汚水漏れは少なくとも3回。17年に2回あり計5万6781リットルが流出した。報告書の記述は、汚水が雨水溝に流入したことを示唆しているが、米空軍当局者は環境への影響を『ない』とし、日本側には知らせなかったと記している。」
⑧「嘉手納基地当局者は事故原因について、95件のうち33件は『人為的なミス』で、残りの大部分は設備の不具合によるものとしている。」
⑨「【ことば】泡消火剤に含まれるPFOA 残留性汚染物質「有機フッ素化合物(PFOS)」の類似有害化学物質。米空軍の内部文書で泡消火剤に含まれていると言及。米環境保護庁は、がんや甲状腺疾患を含む重病につながり、特に胎児が影響を受けやすいとしている。在日米軍に適用される「日本環境管理基準」では環境事故が起きた際、日本側当局に通報するとされている。PFOAはリストに記載されていないが、PFOSは16年に追加された。」


(7)沖縄タイムス-キャンプ・キンザー排水溝から有害物質 北谷町の基地周辺水路でも-2018年6月4日 09:19


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「名桜大学の市民講座が3日宜野湾市内であり、同大の田代豊教授が講演。2016年の調査で、浦添市の西海岸道路付近の米軍キャンプ・キンザーの排水溝から、有害化学物質のDDT類やクロルデン類が検出されたと報告した。『(物質は)基地から出てきた排水に含まれているもの。基地が発生源ではないか』と指摘している。」
②「調査は16年8月、田代教授が米軍普天間飛行場や米軍嘉手納基地など本島中部の基地周辺に生息するマングースの体内に蓄積・検出された有害物質と、中部を中心とした本島内の17河川の水路の底質を採取・分析した。」
③「田代教授は、北谷町美浜周辺のキャンプ・フォスターの水路とされる河川でもクロルデン類が検出され、生息するマングースの体内に同物質が蓄積されていたと指摘。周辺に民間地がないことなどから、基地と有害物質との関連性を示唆した。」
④「嘉手納基地内を流れ、北谷町砂辺の海に排出される水路からは、PCBが見つかり、嘉手納のマングースの体内もPCB傾向が高かったという。田代教授は水路が、ダイオキシンのドラム缶が埋設された沖縄市のサッカー場から排出された可能性があると説明。『キンザー同様、水を分析する必要ある』とした。」
⑤「このほか同講座では、琉球大学の渡嘉敷健准教授と『インフォームド・パブリック・プロジェクト(IPP)』の河村雅美代表が、米軍機の騒音や米軍基地からの汚染による水質の危険性について問題提起した。」




by asyagi-df-2014 | 2018-06-04 17:33 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第81回

沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。



 今回の三上さんの報告は、「文子おばあ、石垣島へ」。
 「文子おばあがノーベル平和賞にノミネートされた! 想像してもみなかった展開である。」、と始まる。
それは、「戦争と、基地問題で揺さぶられ続ける辺野古をつなぐ貴重な存在」、との話。


(1)「2006年、初めて彼女にインタビューした時、のっけから『なんね? あんたは。私は戦争の話はしないと言ってるの!』と怒られた。それでも、以後なんだかんだと私は文子おばあにまとわりついた。」
(2)「南部で地獄のような戦場を彷徨い、戦後は辺野古に住む文子さん。彼女にフォーカスした理由は、戦争と、基地問題で揺さぶられ続ける辺野古をつなぐ貴重な存在であるということにとどまらない。その短気で直感的な感性の持つ魅力、情に脆く、涙もろく、人を拒むように見せていながら自分の傷を隠そうとしない、意地と弱さのバランス。わたしが惹きつけられる要素をいくつもいくつも持っている女性だった。」
(3)「『あんたは不思議だね。怒られても、喧嘩しても、また【おばー】といって、ここにくるんだからね』。呆れたようにそういう島袋文子さんとわたしの奇妙な関係が、あれから12年続いているわけだが、まさかノーベル賞委員会からノミネートの知らせを受ける存在になるとは、思ってもみなかった。まあ、正確にいうと、70年余り平和運動に取り組んできた沖縄の人たち、という位置付けで、翁長雄志知事や山城博治さんを含む8氏2団体がグループで推薦されて、見事ノミネートに至ったというもの。文子さんはワンノブゼム、である。」
(4)「2018年のノーベル平和賞には330の個人と団体がノミネートされているというから、10月に見事受賞という運びになるかどうかは大変狭き門である。が、沖縄の人たちの平和を希求するたゆまぬ努力が国際社会で認知されていることは、何より勇気づけられる事実だ。その中でも、我らが文子おばあが大切な存在だと認められているのも、勝手な身内感覚ながら誇らしい。」


 さて、今回の報告は、その文子おばあの話である。


(1)「その文子おばあは先月上旬、体調を崩し入院していた。相当きつかったようで、あとで聞いたのだが、入院中、わたしもいよいよこれまでかなと思ったそうだ。ところが退院してすぐにわたしに電話があり、唐突に『八重山に行きたい』と言う。なんでも、石垣島の山里節子さんが、おばあのためのとぅばらーま(八重山伝統の抒情詩・唄)をいくつも作ってくれているのだが、新たな一作が手作りのサーターアンダギーとともに届いて、文子さんはその内容に涙して、節子さんに会いに行きたい、と訴えているのだ。」
(2)「その歌詞の内容は、私の感性で現代語訳すれば。『水は流れて行くけれど、堰き止めることだってできる。だから文子おばあも、時間の流れを堰き止めて、もう年をとらないでいてください。ずっと今のまま、元気なまま、私たちに力をくださいね』、という、節子さんらしい、お茶目で尊敬と愛が溢れている歌だった。私は、自分の二つの映画のそれぞれ主人公である二人の女性が相思相愛になって行く様を、とても嬉しく見ていた。しかし、突然石垣に行きたい、と言われても……。」
(3)「ちょうど、5月16日に自衛隊配備について予定地に近い於茂登で市長と住民の意見交換会があり、私は一泊で行くつもりでいた。でも、車椅子を押しながら撮影は出来ない。逡巡しつつも、私は一泊で来週行くけれど、と伝えると『私は行くならば、一泊というわけにはいかんさ。二泊はしないと』とケロっという。えーと、私も予算も時間も厳しいんだけどな、と言いかけたが、恩返しをするチャンスでもある、と思い直して『よしわかった。航空券も宿も任せて。体調次第でドタキャンも覚悟で段取りします』と言った。」
(4)「自衛隊のミサイル基地に抗う地元の人たちを応援したい、こんな機会は願ってもないと、文子さんは於茂登に行く気も満々だった。辺野古の、数えで90になるおばあが現地に来てくれたと、喜んでくれる人もいるかもしれない。早速相談すると、幸い山里節子さんも大歓迎。あっという間に受け入れ態勢を作って下さった。そしておばあのお世話をしながら石垣まで同行してもいいというSさんのご厚意も得て、80代、60代、50代の女3人の珍道中となった。」
(5)「大好きな文子おばあの前では少女のように無邪気になる石垣の節子さん。彼女がおばあのために用意していたプログラムは完璧だった。八重山古謡の会に招いたり、手作りの晩餐会を開いたり、節子さん自らハンドルを握りつつ、観光案内に加え、要所要所に古謡やわらべ歌や即興曲が挿入される。歩くように気ままに停車するその運転は、きっと私だけではなく他のドライバーもドキドキさせたと思うが、それも石垣島ならではで、クラクション一つ鳴らされなかった。私も、お手伝いもしながらで撮影に徹することは出来なかったが、なるべくこの奇跡的な旅の一部始終を記録すべく頑張った。その様子は、いつか何かで出したいけれど、あまりに中身の濃い時間だったので『文子おばあとセッちゃん』というテーマは今回は出し惜しみをすることにする。動画は、自衛隊配備の現場の話だけを編集した。」
(6)「でもその前に一つだけ、節子さんの魅力に痺れたエピソードを紹介する。風光明媚で石垣観光のハイライトである川平湾に文子おばあを案内したときのこと。エメラルド色のグラデーションの海を間近に眺めてもらおうと、白砂の上まで車椅子を移動させると、文子さんは足で白砂を掻き分けながら、『なんて綺麗な砂だろう! 真っ白で柔らかくて。ビニール袋がなかったかね、少し持って帰りたいけれど』と言った。」
(7)「Sさんと私は袋を探したけれどなかったのでなす術なく立っていると、節子さんがサッと浜に自生する植物の大きな葉っぱを2、3枚ちぎり、いたずらの準備をする小学3年生の少女のような顔をして、重ねて広げた葉の上に砂を集め始めた。そして首にかけていた白い手ぬぐいで葉っぱごと白砂を包み込んで縛り、器用に持ち手まで作って大きなおにぎりほどの包みを作った。そして得意げに私たちに見せて、目をキラキラさせながらおばあにプレゼントした。」
(8)「80歳の節子さんから89歳の文子おばあへの贈り物は、川平の白砂の葉っぱ包み。この、1円もかからないけれどおばあの最高の笑顔につながるギフトをとっさに繰り出す技を、この砂だけではない、旅のいろんな場面で私は見た。誰かを自分のフィールドに案内して喜ばせたい、という状況に誰でも立つことがあるだろうが、今回、節子さんはじめ八重山の人たちが文子おばあに見せた歓迎は格別だった。数えきれず訪れたこの島だが、おばあと同行したからこそ、その底抜けの情けの深さに唸らされた旅だった。」


 話は、核心に触れる。


(1)「さて、本題はここからだ。奄美も宮古島も新たに配備される陸上自衛隊のミサイル部隊の基地建設が着手され、どんどん進んでいく状況の中、予定地の住民が結束して抵抗している石垣島が今や最後の砦となっている。しかし、容認派の中山市長が再選され、包囲網はジリジリと狭めらる中で、市長が『意見交換会』なるものを於茂登、開南という2地区を対象に今月16日に実施すると通告してきた。」
(2)「この問題が持ち上がった3年前から、地元ではまず、国や防衛省を交えずに市長と住民で話し合いたいと要望していた。それがついに開催された。しかし、この日参加者はたったの7人。ほとんどの住民が、遅きに失した『意見交換会』をボイコットした。これだけの報道を見れば、話し合いを望んだのに拒んだのは反対している住民、と早合点しそうだが、経緯は全く逆だった。」
(3)「おととしの暮れ、『年明けに住民と意見交換をする』と言ったはずの中山市長が、その年内に自衛隊基地建設をめぐる手続きの開始を許可してしまった。住民軽視に憤る公民館長らは、まずは約束を破ったことを謝って、手続き開始を撤回して、ちゃんと市長として住民と向き合ってほしいと訴え続けた。ところが謝罪も撤回もなく、面会もままならず、こじれにこじれた末に『公民館という自治組織が話し合いに応じない』からと、行政の力で地域の学校の体育館を借りて意見交換会なるものを強行した。これには学校の父母らも反発した。賛成反対はさておき、学校施設を政治的なことに利用するのはやめてほしいと要請。しかし全ては無視され、このイベントは強行された。出席すれば、手続きは踏んだとしてアリバイに使われる。出席しなければ、意見を聞くために地域に出かけて行ったが住民は応じてくれなかったという構図が作られる。」
(4)「思案の末、住民らは、このやり方自体がおかしいと会場の外で訴えながら、地域を限定せずに広く市民と意見交換ができる場を作って欲しいと要請書を市長に手渡すことにした。しかし、動画にある通り、中山市長は完全に無視して会場に入ってしまった。」
(5)「『標的の島 風かたか』の主人公の一人である、元於茂登公民館長の嶺井善さんの苦悩の表情に、胸が締め付けられる思いだった。この3年で、農業に誇りを持って地域をリードしてきた精悍な顔つきだった嶺井さんが、眉間の深い皺、覚悟を決めた目つき、深い悲しみや怒りを宿したオーラを放っていた。誰が、彼をここまで追い込んできたのか。何がこの地域を分断させようとしているのか。いばらの道を団結力で乗り越え歩んできた開拓団の村を、今さらに苦しめようとする力を私は心の底から憎む。」
(6)「20年以上、辺野古の基地建設に抗ってきた文子おばあは、この集会で『これは八重山の問題ではない。私たちみんなの問題です』と切り出した。沖縄が今またどんな残酷な運命に引き込まれようとしているのか、彼女にはよく見えているのだ。『73年前、日本の軍隊が沖縄に入ってきた時、私たちを守るものだと信じて自分たちの食べ物もみんな差し出したけど、軍隊は住民を守るものではなかったんです』。」
(7)「沖縄戦を一言で総括するなら、毎度同じことを書いていると言われようが、おばあの言う通り『軍隊は自国民を守るものではなかった』という一言に尽きるのだ。第32軍の幹部だった神直道参謀は戦後、インタビューに答えてこう暴露している。『沖縄戦で、住民を守るということは、作戦に入っていなかった』と。では、自衛隊はどうなのか。悪しき日本軍の伝統を引き継いだのか、断ち切ったのか。そんな一番大事な沖縄戦の失敗が繰り返されないという確信を、容認している人たちは本当に得ているのだろうか。」
(8)「『私は悔しいです』。文子さんは言った。『皆さんのお爺さんお婆さんは、もう戦争がわからない世代です。あの苦しみを伝えられなくなってる。生き残った私には、それが悔しいんです』」
(9)「なぜ、たくさんの血を吸ったこの島で、戦争の教訓が学ばれないのか。文子さんはギリギリと悔しがっている。心配、ではなく、くやしい、のだ。あのおびただしい死は無駄だったのか。いっそ死んでいた方が楽だと繰り返し思った戦後の苦しみは、意味がなかったのか。またも魔の手が忍び寄る石垣島に、死ぬ前に一度行って伝えることは伝えておきたい。節子さんに会うことだけでなく、おばあが切羽詰まって私に石垣に連れて行けと行ったのはこのことだったのだと、文子さんの一途な執念にまたも圧倒された瞬間だった。」


 そうなんですよね。三上さん。
「えーと、私も予算も時間も厳しいんだけどな、と言いかけたが、恩返しをするチャンスでもある、と思い直して『よしわかった。航空券も宿も任せて。体調次第でドタキャンも覚悟で段取りします』と言った。」、という周りとの関係や三上さんの心根が、ましてそれが実現できることが素晴らしい。
 そして、やはり、「なぜ、たくさんの血を吸ったこの島で、戦争の教訓が学ばれないのか。文子さんはギリギリと悔しがっている。心配、ではなく、くやしい、のだ。あのおびただしい死は無駄だったのか。いっそ死んでいた方が楽だと繰り返し思った戦後の苦しみは、意味がなかったのか。またも魔の手が忍び寄る石垣島に、死ぬ前に一度行って伝えることは伝えておきたい。節子さんに会うことだけでなく、おばあが切羽詰まって私に石垣に連れて行けと行ったのはこのことだったのだと、文子さんの一途な執念にまたも圧倒された瞬間だった。」、ということを私も伝えたい。




by asyagi-df-2014 | 2018-06-04 10:17 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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