2018年 05月 12日 ( 2 )

沖縄-辺野古-沖縄 高江から-2018年5月12日

 「昨年8月、サンフランシスコ第9巡回控訴裁判所(連邦高裁)が一審の判断を破棄し、連邦地裁へ審理を差し戻した。」(琉球新報)ジュゴン訴訟で、原告側は、申し立て書面を米サンフランシスコ連邦地裁に提出した。
 この準備書面では、「(1)国防総省がジュゴンへの影響を考慮する過程で、原告や関係者を参加させなかったのは違法とすること(2)新基地建設がジュゴンに影響を与えないとする国防総省の調査報告書を無効とすること(3)基地建設業者の基地内への立ち入りを許可しないこと―の3点を求めた。」(琉球新報)、とされる。
新しい展開が始まらなければ。
 何故なら、「豪州でオスプレイ墜落:ダウンウォッシュで操縦不能か 米軍紙報道」、と沖縄タイムスは伝えるから。




 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2018年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2018年5月12日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-「知事と協議を」 原告が書面提出 米ジュゴン訴訟 来月結審-2018年5月12日 05:00


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「日米の環境保護団体が、米国防総省に辺野古新基地建設中止を求めた米ジュゴン訴訟で、原告側が11日までに申し立て書面を米サンフランシスコ連邦地裁に提出した。書面では、米国が基地建設に当たり、県知事ら関係者と米国家歴史保存法(NHPA)に基づく協議をしなかったことなどを訴えた。6月28日(現地時間)に公開審理があり、同日結審する見込み。判決は数カ月後に言い渡される。」
②「原告の真喜志好一さん、東恩納琢磨さんらが11日、県庁で会見し、書面提出を明らかにした。提出は現地時間の4月27日。」
③「ジュゴン訴訟は2003年の提訴以降、原告適格の有無など手続き面の議論が続いている。原告が訴えたNHPAに基づく米政府の行為について、審理されるのは実質初めて。原告が提出した書面は、日本の準備書面に当たる『略式判決申し立て書面』。英文22ページにわたる。裁判所に対し(1)国防総省がジュゴンへの影響を考慮する過程で、原告や関係者を参加させなかったのは違法とすること(2)新基地建設がジュゴンに影響を与えないとする国防総省の調査報告書を無効とすること(3)基地建設業者の基地内への立ち入りを許可しないこと―の3点を求めた。」
④「原告と被告が2度にわたり裁判所に書面を提出した後、6月28日にサンフランシスコ連邦地裁で審理が開かれる。」
⑤「昨年8月、サンフランシスコ第9巡回控訴裁判所(連邦高裁)が一審の判断を破棄し、連邦地裁へ審理を差し戻した。」


(2)沖縄タイムス-辺野古新基地:K4護岸付近で工事進む 抗議船から市民ら中止訴え-2018年5月12日 12:26


 沖縄タイムスは、「沖縄県名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前のテントでは、12日午前から新基地建設に反対する市民ら約80人が座り込みを続けている。市民らは『基地のない平和な沖縄を子どもたちに受け継いでいこう』」と呼び掛けた。正午までに工事用車両の搬入はなかった。シュワブ沿岸の『K4』護岸では、砕石を海中に投入し、ショベルカーで足場を固める作業が続けられた。抗議船に乗った市民らは『工事をやめて』と訴えた。」、と報じた。


(3)沖縄タイムス-辺野古新基地反対、歩むほどに 880人が5.15行進-2018年5月12日 10:20


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「中北部コースの500人(主催者発表)は名護市辺野古のキャンプ・シュワブゲート前で出発式。山城博治実行委員長は『憲法が変わろうとする今、若者たちが戦場に送られることがないよう決意を固め、戦争への道を止めよう』とあいさつ。参加者は額の汗を拭いながら金武町の米軍キャンプ・ハンセンゲートまでの約17キロを歩いた。」
②「南部コースは380人(同)が那覇市の県民広場に集まり、ひめゆりの塔までの約19キロを行進した。」
③「12日は、読谷村役場から北谷町役場までの中北部基地コースと、平和祈念公園から南風原町役場までの南部戦跡コースに分かれて歩く。最終日の13日は宜野湾市役所から宜野湾海浜公園まで行進。午後1時半から同屋外劇場で開かれる『5・15平和とくらしを守る県民大会』」に参加する。」
④「中北部コースの参加者は午前9時40分、名護市辺野古のキャンプ・シュワブゲート前から金武町のキャンプ・ハンセンを目指して歩きだした。先頭集団の平松勇貴さん(28)=鹿児島県=は『ここが辺野古か』と、フェンス越しに基地を眺めた。『3日間歩いて、平和や基地はどうあるべきかを考えたい』と前を向いた。」
⑤「海外からの参加もあった。韓国水原市七宝山のフリースクールの生徒14人は、『ぬちどたから(命どぅ宝)』と書かれた横断幕を掲げた。小学6年生のイ・ヘチャンさん(11)は『沖縄の人が反対しているのに、米軍と日本が一緒に基地を造るのはなぜ』と不思議がる。教師のイ・ミョンギさんは『平和は自国だけでなく、他の地域でも大切。平和を分かち合うことの大切さを学んでほしい』と期待を込めた。」
⑥「『最近まで基地問題に関心はなかった』と話すのは、JA沖縄労組の具志堅良太さん(26)。勤務先の本島北部で『米軍ヘリ墜落のような事故が身の回りで起きたら心配』という農家の声を聞き、今回初めて参加を決めた。『県外から来た人と意見交換できれば』と意気込んだ。」
⑦「7回目の参加になる砂辺槙吾さん(26)=読谷村=は『行進する自分たちの姿を見てもらい、基地問題に感心が薄い人にも平和の大切さを感じてもらえれば』と汗を拭った。」(北部報道部・山田優介、社会部・豊島鉄博)


(4)沖縄タイムス-豪州でオスプレイ墜落:ダウンウォッシュで操縦不能か 米軍紙報道-2018年5月12日 09:39


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「【平安名純代・米国特約記者】米海兵隊機関紙マリンコー・タイムズは10日、昨年8月にオーストラリア東部の沖合で米軍普天間飛行場所属のMV22オスプレイ1機が墜落し、乗員3人が死亡した事故原因について、エンジンの排気熱によるダウンウォッシュ(下方への風圧)を受け、操縦不能となっていた可能性が高いと報じた。識者は、オスプレイの操縦の複雑さが事故につながった要因と指摘した。」
②「同紙は、墜落時の状況を検証した事故調査委員会メンバーの証言として、墜落機は揚陸艦への着艦を試みた際に発生したダウンウォッシュがローターに流れ込んだため出力を失い、操縦士が体勢を立て直せないまま揚陸艦に接触した後、海中に墜落したなどと報じた。」
③「また、緊急時の脱出訓練を徹底していれば、死亡した3人は助かっていた可能性があるなどとの事故調査委の証言も伝えた。」
④「米国防分析研究所(IDA)元主任分析官でオスプレイの専門家レックス・リボロ氏は、本紙の取材に対し『オスプレイは、着陸時に他機種の約2倍に相当する吹き下ろし気流が発生し、周囲のものを吹き飛ばしたり着陸を困難にする。他機種より複雑な操縦技術を要するため、小さな操縦ミスが大事故につながる』と指摘した。」
⑤「墜落機は、米豪の合同軍事演習『タリスマン・セーバー』に参加していた。」


(5)沖縄タイムス-ネラーさん本当に知らなかったの? 元住民を傷付ける「普天間、人いなかった」発言-2018年5月12日 07:08


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「イチから分かるニュース深掘り 普天間飛行場問題(上):米海兵隊トップのネラー司令官が2日の米国防総省での記者会見で『普天間飛行場の建設時(1945年)の写真を見ると、数キロ内に人は住んでいなかった。現在はフェンスまで都市地域が迫っている』と発言した。『危険になったから名護市辺野古の新基地建設を進める』という意図を持つとみられるが、明らかな誤解、デマだ。沖縄の施政権を米国が日本へ返還してから46年目の5月15日を前に、普天間飛行場問題を振り返る。」(政経部・福元大輔)
②「村役場があり8800人生活:-海兵隊のトップが『普天間飛行場は人の住んでいない所に造った』と言ったんだよね。何が誤解なの?」:『人の住んでいない所に造ったわけではないよ。普天間飛行場がある場所には戦前、当時の宜野湾村役場や宜野湾国民学校があり、南北に宜野湾並松(ジノーンナンマチ)と呼ばれた街道が走っていたんだ』」
③「-人は住んでいたの。:『宜野湾市史によると、沖縄戦前年の1944年、当時の村内に22の字があり、人口は1万3635人だったんだ。飛行場はそのうちの14字にまたがる宜野湾村の中心地に建設され、その14字には8880人が生活していたよ』」
④「-どうして飛行場を造る必要があったのかな。:『沖縄は航空機で本土を攻撃し、戻ってこれる距離にあり、米軍は出撃拠点として目を付けていたんだ。45年の沖縄戦で、沖縄本島に上陸した米軍は飛行場に適した宜野湾の土地を奪い、そこに2300メートルの滑走路2本と、爆弾を積むB29爆撃機の駐機場220カ所などを造る計画だったんだよ』」
⑤「住民は収容所や疎開先にいた:-いつできたの。:『米軍の記録では45年6月17日に飛行場建設の任務を部隊に割り当てたんだ。日本軍の司令官が自決し、組織的戦闘が終結したとされるのは6月23日だよね。つまり人々を追い払い、戦争真っただ中に、飛行場を造り始めたことが分かるね』」
⑥「-戦争中にできたの?:『8月23日までに約1800メートルの滑走路1本と、駐機場75カ所、誘導路などが使用可能だったんだ。戦争が終わった後も、さらに滑走路や周囲を拡張したよ』」
⑦「-住民はどうなったのかな。:『その間、疎開したり、収容所に入れられたりしていたんだ。45年10月以降に少しずつ帰村を許されたけど、戻ってみると、自宅や畑はフェンスに囲まれていたよ。だから、米軍に割り当てられた飛行場周辺の土地で、集落を作り直すことを余儀なくされたんだ』」
⑧「ふるさと追われた人の気持ち」:-ネラーさんは知らなかったのかな。:『【人の住んでいない場所に飛行場ができた】という発言は、作家の百田尚樹さんなど、これまでもあったね。【何もないところに造ったのに周りに人が住んだ。危険だから名護市辺野古へ移設しようとしたら、反対する人がいる】と言いたいんだろうけど、実態とかけ離れているね』。『元住民たちは【ネット情報をうのみにした幼稚な発言だ】【ふるさとを追われた人の気持ちを知らず、ばかにしている】と非難しているよ』」
⑨「-沖縄の他の米軍基地もそうなの。:『県の資料によると、沖縄戦の前に旧日本軍が所有していた土地は540ヘクタールだったんだ。米軍が上陸後、沖縄の施政権を停止し、軍事占領した土地はその30倍に上る1万7400ヘクタール。52年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効後、米軍統治下で住民の土地は強制接収され、72年に施政権が返還されるまでに沖縄の米軍基地の面積は約2万8600ヘクタールに膨らんだんだ。今は約1万8500ヘクタールに減ったけど、それでも全国の米軍専用施設面積の70・3%が沖縄に集中しているね』」
⑩「-沖縄には軍用地主が多いよね。:『本土の米軍基地は国有地や旧日本軍跡地を利用したため、9割近くが国有地なんだ。それに対し、住民から強制的に土地を接収した沖縄では、国有地が3割ほどで、残りは民間や地方自治体の土地だよ。普天間飛行場の91%は民有地で、地主は約3400人。この数字を見ただけでも、人が住んでいなかった所に飛行場を造ったというのが間違っていることが分かるんじゃないかな』」


(6)沖縄タイムス-沖縄旅行キャンセル5000人超え はしか流行で-2018年5月12日 06:34


 沖縄タイムスは、「沖縄県観光振興課は11日、県内での麻疹(はしか)流行による旅行客のキャンセル数が687件の5244人となり、初めて5千人を超えたと発表した。香港からの団体旅行客3団体、450人がキャンセルするなど、前回集計の9日から33件796人増となっている。内訳は旅行者からの報告が307件3523人で、ホテルから8件78人。海外からは台湾の352件423人、香港の14件726人。中国の3件6人、韓国の1件25人、その他が2件463人となっている。重複の可能性もある。県地域保健課は11日、10日にはしかの疑いのある2人を検査したが、新たな感染者は確認できなかったと発表した。3月下旬に県内で4年ぶりに患者が確認されてから合計94人。このうち75人はすでに治癒したとみられる。」、と報じた。


(7)琉球新報-K4護岸の造成進む ゲート前100人超が抗議 搬入確認なし-2018年5月12日 12:51


 琉球新報は、「【辺野古問題取材班】新基地建設工事が進む名護市辺野古の海上では12日、砕石が海に投入され、K4護岸の造成工事が進む様子が確認された。米軍キャンプ・シュワブのゲート前では、雨が降る中で100人を超える市民らが集まり、新基地建設に抗議した。同日午前11時半までに工事資材の搬入は確認されなかった。抗議船に乗った市民は「工事を止めろ」と訴えた。カヌーチームも海上で抗議した。」、と報じた。




by asyagi-df-2014 | 2018-05-12 17:40 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄タイムスの『沖縄・基地白書』を読む。(22)

 沖縄タイムスは、「国内の米軍専用施設面積の70・4%が集中する沖縄では、名護市辺野古の新基地建設以外にも騒音や墜落の危険性などの問題を抱えている。国防や外交の視点ではなく、住民の暮らしの目線から沖縄の米軍基地問題を検証する。」、と『沖縄・基地白書』の連載を始めた。

 今回は、第21回-「沖縄・基地白書(21)駐機場再使用、裏切られた町民の『悲願』 運用を優先させる米軍」(2018年5月7日)から。
 今回の話は、第1部 被害 嘉手納町(4)
沖縄タイムスは、「嘉手納基地周辺に住み、基地と折り合ってきた人々からも『最近の運用実態や騒音は度を超している』と批判の声が強まっている。『日米合意の範囲内』などと意に介さない米軍の態度も怒りを増大させている。我慢に我慢を重ねる住民と、運用や既得権を優先させる米軍との認識には大きなズレが生じている。」、と報告する。
 また、「『海軍駐機場の移転は嘉手納町民の悲願であった』。昨年6月、當山宏町長は県庁での記者会見で声を荒らげていた。嘉手納町屋良の住宅地域から県道をはさんで50〜60メートルしか離れていない海軍駐機場は、昼夜を問わないエンジン調整の騒音や排ガスの悪臭などで周辺住民を苦しめてきた。」、と沖縄タイムスは続ける。
 どいうことが起こっているのか。
その実態を次のように指摘する。


(1)「行政機関の騒音測定は70デシベル以上の航空機騒音を対象にしている。離着陸の一時的な騒音と違い、エンジン調整は断続的で、70デシベルを超えなくても不快感を生む。漂う悪臭には健康被害が頭をよぎり、窓を閉める生活を余儀なくされてきた。」
(2)「住民らは『玄関前に大型バスが常に停車しているような状態』『「心がかきむしられる』と被害を訴えた。要請を続け、移転が決まったのは1996年の日米特別行動委員会(SACO)の最終報告。それから約20年後の昨年1月、ようやく移転が実現した。」
(3)「全てが解決したわけではないが、住民らは『鳥やカエルの鳴き声が聞こえるようになった』とわずかな変化を喜んだ。」
(4)「しかし、米軍は移転から20日もたたないうちに旧駐機場を再使用したのだ。さらに反対の声を押し切る形で、同5月にも在韓米軍の偵察機が駐機した。」
(5)「『完全に期待を裏切られた』。當山町長の落胆は大きかった。」
(6)「駐機場は日本側が157億円を支出し、基地内の沖縄市側へ移転した。桑江朝千夫市長も『厳しい現実を抱えながら、嘉手納町の負担軽減のための移転と理解していた。いとも簡単に約束がほごにされたと考えている』と、米軍の傍若無人な振る舞いを非難した。」
(7)「移転後の駐機場跡地は舗装されたままだ。在日米空軍は2009年の日米合同委員会で再使用に合意していると主張。『移転は悲願』という町民の思いをよそに、日本政府は『騒音を発生させない格納庫や保管庫、倉庫などでの使用』を追認している。」


 沖縄タイムスは、最後をこのようにまとめる。


「いつでも後戻りできる状態にある旧駐機場。屋良に26年間住む町議の花城勝男さん(61)は『旧駐機場に芝を張るなど、はっきりと使えないようにしてほしい』と強調。従来の米軍の姿勢から『騒音を発生させないと言っても信用できない。有事になれば自由使用するのは目に見えている』と嘆いた。」
(「沖縄・基地白書」取材班・福元大輔)=日〜火曜日掲載


[メモ]日本予算で増設 負担軽減と逆行
 1996年のSACO最終報告には「沖縄県民の負担を軽減し、それにより日米同盟関係を強化する」と狙いを定めている。その中の一つが、嘉手納基地の海軍駐機場の移転だ。
 地元住民は移転後の旧駐機場を使用しないと認識してきたが、日米はそれを否定する。日本の予算で駐機場を増設したことになりかねず、負担軽減と逆行している。當山宏嘉手納町長、桑江朝千夫沖縄市長、野国昌春北谷町長は一斉に反発。「SACOが破綻する」と憤っている。


 嘉手納基地の海軍駐機場の移転は、SACO合意による「沖縄の負担軽減」の成果であるとことあるごとに、日本政府は利用してきたのではなかったか。
 もはやSACOも、沖縄の負担軽減策も破綻している。




by asyagi-df-2014 | 2018-05-12 05:52 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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