2017年 07月 05日 ( 2 )

沖縄-辺野古- 高江-から-2017年7月5日

 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2017年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。


 「毎日のように砕石が大浦湾に投下されているが、新基地建設反対をわれわれは諦めていない」、と団結の声。また、「沖縄の近代史の中でこれだけ長く続いた闘いはないのではないか。」、とも。
 「米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設で、米軍キャンプ・シュワブゲート前での建設反対の座り込みが6日で3年を迎える。」、と琉球新報。


 2017年7月5日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


1)琉球新報-明日で反対座り込み3年 辺野古新基地建設-2017年7月5日 13:15


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設で、米軍キャンプ・シュワブゲート前での建設反対の座り込みが6日で3年を迎える。5日午前、ゲート前には約120人の市民らが座り込み「毎日のように砕石が大浦湾に投下されているが、新基地建設反対をわれわれは諦めていない」などの声を上げ、団結している。」
②「この日、名護市は午前中に気温30度を記録した。日光が照りつける中、市民らは日傘などで日よけをし、額に汗を流してゲート前に座り込んだ。ゲート前の座り込みの司会を務めた平和市民連絡会の城間勝事務局長(71)は座り込みが3年を迎えることについて『参加してくれる人がよくこんなに長く頑張ってくれたと思う。沖縄の近代史の中でこれだけ長く続いた闘いはないのではないか』と話した。」
③日々、大浦湾に砕石などが投下されている現状については『新基地建設の全体像から見れば、工事の現状はまだまだ初期段階だ。今ならまだ基地建設反対が間に合う』と話し、今後も座り込みに多くの人が参加するよう呼び掛けた。」
①「一方、海上ではシュワブ沿岸の『K9護岸』で資材を積んだトラックが砕石や砂袋を投下し、重機で敷きならす作業が進められた。」


(2)琉球新報-重機走行で県道70号損傷 米軍北部訓練場N1ゲート前-2017年7月5日 07:30


 琉球新報は、「東村と国頭村に広がる米軍北部訓練場内のヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)工事に関して、工事に関わる重機がN1地区ゲート前の県道70号を走ったため、重機の走行用ベルトが道路の表面を削り、白く傷ついた跡が県道70号に残った。ベルト跡は2メートル以上にわたって見られた。沖縄防衛局は3日午前に県道70号を管理する県北部土木事務所に傷付けた県道70号の状況を説明した。沖縄防衛局は本紙取材に『準備が整い次第、補修工事を実施する』とした。」。と報じた。


(3)琉球新報-「やんばるは県民の水がめ」 ヘリパッド建設で市民座り込み-2017年7月5日 12:59


 琉球新報は、「東村と国頭村に広がる米軍北部訓練場のヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設で5日午前、ヘリパッド建設に反対する市民9人がN1ゲート前に座り込み、抗議の声を上げた。機動隊が市民を強制排除した後、資材や重機を積んだ工事車両が15台ほど北部訓練場内に入った。」、と報じた。
 また、「那覇市から座り込みに参加した仲本政幸さん(73)は毎週東村高江に通い、ヘリパッド建設に反対してきた。『やんばるは県民の水がめであり、大自然の宝庫。ここに来るのは高江の人のためでもあるが、県民のためでもある』と話した。」、と伝えた。


(4)琉球新報-ヤンバルクイナ放鳥 交通事故で治療 国頭-2017年7月5日 13:49


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「国頭村謝敷の県道2号で6月27日、交通事故に遭い保護されたヤンバルクイナの雄1羽が放鳥された。治療したNPO法人どうぶつたちの病院沖縄の職員らが見守る中、籠から放たれたクイナは、森の中へと駆けていった。クイナの放鳥は今年2件目。」
②「ヤンバルクイナは雄の成鳥で体長約35センチ、体重約480グラム。22日に県道2号で事故に遭った。事故直後に現場を通り掛かったどうぶつたちの病院職員が救護し、うるま市の同病院へ搬送した。全身打撲があったが骨折などはなく、回復も早かったことなどから事故から5日で放鳥した。」
③「どうぶつたちの病院によると、今年に入り、ヤンバルクイナの交通事故は26日現在で14件発生している。交通事故以外の原因(野犬や野猫、カラスによる捕食など)も含めて24日現在で、32件の救護・死骸回収が発生しており、約半分の15件が6月に発生している。同病院の金城道男理事は「繁殖期が続いており、餌を探しに道路に出てくることが多い。ヤンバルクイナを見つけるぐらいの気持ちでゆっくり走ってもらいたい」と呼び掛けた。」


(5)沖縄タイムス-辺野古新基地:石材の設置作業続く 市民ら海と陸から抗議-2017年7月5日 11:13


 沖縄タイムスは、「沖縄県名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ北側の新基地建設工事現場では5日、K9護岸建設予定地で石材を入れた網袋を設置する作業が行われた。建設に反対する市民らは船やカヌーに乗って抗議した。ゲート前では市民約100人が座り込みをしながら、歌を歌ったり『違法工事をやめろ』と声を上げたりして抗議した。午前10時半までに工事車両の搬入はなく、暑さ対策のため近くのテント内に移って監視を続けている。」、と報じた。


(6)沖縄タイムス-「自衛隊は石垣島の経済発展阻む」 尖閣慰霊祭で非戦訴え-2017年7月5日 07:47


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「戦時中、疎開船が米軍機の攻撃を受けた『尖閣列島戦時遭難事件』の犠牲者を悼む慰霊祭(主催・尖閣列島戦時遭難者遺族会)が3日、沖縄県石垣市新川の慰霊之碑であった。約50人が参列し、尖閣近海の平穏と恒久平和を願った。式辞で慶田城用武会長(74)は石垣島への自衛隊配備計画に触れ『経済発展の阻害要因となる』などと反対した。」
②「慶田城会長は、強行採決された『共謀罪』法などの成立や南西地域への自衛隊配備計画など近年の政治状況に懸念を示し『魚釣島の領土問題は経済や文化を通し信頼関係を築き、外交で解決すべきだ』と指摘した。その上で、『石垣島は経済が自立可能な宝の島。経済の発展の阻害要因となる自衛隊配備はやめるべきです』などと訴え、非戦・平和への思いを語った。」
③「1945年7月3日、台湾へ向かう疎開船2隻が米軍の攻撃を受けて少なくとも80人余が犠牲となった尖閣列島戦時遭難事件。72年たった慰霊祭に参加できた生存者は2人。高齢化で遺族らの参加も減る中、父や母の思いを胸に次世代へ語り継ごうと誓う参列者の姿があった。」
④「事件は、疎開船2隻のうち1隻が沈没し、もう1隻は航行不能で尖閣諸島の魚釣島へ漂着した。銃撃死や溺死、漂着先での約1カ月間で餓死者も出たが、正確な犠牲者数は不明という。「いつも私たちを連れて海で手を合わせ、無言で涙を流した姿が忘れられない」。浦添市の崎村サヨさん(69)=石垣市出身=は慰霊祭で、父・知名定喜さん(享年60)の無念を語った。知名さんは当時34歳で、前妻と子ども3人の家族全員を失った。妻たちは台湾で働く知名さんの元へ疎開し、一緒になるはずだった。崎村さんは知名さんと再婚した豊子さん(99)との長女。幼くして亡くなった兄姉の話は幼少時から聞いていた。」
⑤「慰霊祭は、足を悪くした豊子さんに代わり3年前から参列。『生きていればやりたいこともあっただろうし無念だったろう。顔も見たこともない兄姉だが、母にも【絶対に忘れないで】と言われた。生きている限り、父と母の思いを大事にしたい』と涙をぬぐった。
四男・知名克昇さん(55)は別の兄姉がいたことを最近聞いて初めて参列。『母が父の墓に供えた物を海へ流したのは覚えている。語り継ぎ、平和な日が続くようにしたい』と話した。」




by asyagi-df-2014 | 2017-07-05 17:31 | 沖縄から | Comments(0)

本からのもの-日本人のための平和論

著書名;日本次のための平和論
著作者:ヨハン・ガルトゥング
出版社;ダイヤモンド社


 ガルトゥングの「日本次のための平和論」における主張のすべては、次のことに尽きる。


 日本を苦しめている問題の根本原因は何か。そうたずねられれば、まず米国への従属という事実を挙げなくてはならない。近隣諸国とのあいだで高まる緊張はその帰結である。


 つまり、日本の実態は国際的に見てもこう取られざるを得ないものであるということである。
 鳩山元首相の「県外移転」発言が、自分自身の一つのタブ-を破ったように、当たり前の主張なのだということをあらためて確認している。
ここで、この本で赤線を引いた箇所を引用する。


(1)アメリカ人は、報復は禁止されているが先制攻撃や予防的暴力は禁止されていない、と強弁する。・・・つまり、報復ではないということで暴力を正当化しているわけである。・・・これが米国が行っていることの実態、より正確にいえばアメリカ帝国が行っていることの実態である。帝国とは、中央と周辺のあいだに不公平な交換が行われるシステムのことだ。そこには、経済的には搾取と被搾取、軍事的には殺害と被殺害、政治的に支配と被支配、文化的にはモデルと模倣という関係が存在する。周辺諸国の仕事は、帝国の敵に先制攻撃を仕掛け、帝国の被害を予防するための殺害である。


(2)ととえば、だれかが「私たちは広島に原爆を落とさなくてはならない。それは神が私たちに与えた使命だ」と主張すれば、ほとんどの人がその正気を疑うだろう。しかし、その主張が隠されたかたち、あるいは無害な表現にかたちを変えられて発せられたら、気づかいないうちに心の底に根を下ろすおそれがある。いつの間にか意識化で同じ考えを持つ人々で部屋がいっぱいになったら、集団が一気にその方向で動き始めるかもしれない。その意味では、だれも疑いを差し挟まない、当然のことと思われる考えほど、一気に間違った行動を引き起こす危険性を秘めていると言える。そういうわけで私は、世界を旅し、各国の深層分化を探り、隠された筋書きの存在に警鐘を鳴らしている。アベノミクスEU種の文化人類学的アプローチで平和学に取り組んでいるところである。


(3)正当化できる暴力-武力介入-というものがあるのだろうか。私は以下の条件が満たされるなら、最後の手段として力の行使は否定できないと考える。
1.直接的または構造的な暴力による苦しみが耐えがたいレベルに達している。
2.考え得る平和的手段はすべて試したが効果がなく、外交交渉も役に立たない。
3.暴力の行使が必要最小限に抑えられること。
4.勝利や英雄的行為の追求ではなく、正しい動機に基づく行動であるか、慎重なじこぎんみがおこなわれること。
5.平和的で非暴力な手段の模索が並行して続けられること。


(4)(「暴力に関するセビリア声明」」)
 声明は最後にこう結ばれている。「戦争が人間の心の中で起こるように、平和もまた人間の心の中で起こる。戦争を生みだした人間は、平和を生みだすこともできる。戦争も平和も責任は私たち一人ひとりにある。


(5)テロリズムとは、政治的目標を達成するための暴力をともなう戦術である。政治的手段としての暴力には、テロリズムを含めて4つの形態がある。
1.戦争
2.ゲリラ戦
3.国家テロリズム
4.テロリズム


(6)戦争は、軍服を着た兵士が、別の軍服を着た兵士と闘うことである。軍服を着用することで兵士に敵を殺す資格が与えられる。ゲリラ戦は、軍服を着用しない兵士が軍服を着用した兵士と闘うことである。国家テロリズムは通常、軍服を着た高官が軍服を着ていない民間人の上に爆弾を落とすことである。そしてテロリズムは、民間人が民間人を攻撃することである。形は違うが、すべてに共通するのは、政治目的のために暴力を使うということだ。・・・戦争とは他の手段を持ってする政治の延長である。だとすれば、ゲリラ戦も、国家テロも、そして単純なテロも、すべて政治の延長ということになる。しかし、政治目的を達成するためであれば、はるかにすぐれた方法がある。対話。協調行動、共同プロジェクト、トラウマの解消、根底にある対立の解消などがそれである。


(7)残念なことだが世界のどの国でも、すべての外国人が潜在的なテロリストとなる。米国、イギリス、オーストリア、フランス、そして日本でも。っだから世界は新たな外国人嫌悪の時代に入った。恐怖と嫌悪の対象は時代とともに変わる。かってそれはロシア人であり東ヨ-ロッパ人であった。今日それはイスラム教徒となり、そこにふたたびロシア人が加えられつつある。・・・暴力の根底にはトラウマと対立がある。私たちは何がトラウマとなっているのかを見極め、対立の原因を知る努力を必要がある。そのためには、もしかしたら将来テロリストを輩出するかもしれない集団とも腹を割って対話し、彼らと敵対している自分たちの立場を自問することも必要である。100%成功する和解の方法があると考えるほど私は愚かではない。あらゆる戦争や対立に効く万能薬はない。だが確かに言えることは、何もしなければ日本は相次ぐテロの標的になるということである。誰もそんなことは望まないはずだ。


(8)私は、日本は労働力不足問題は移民に頼るのではなく、自国でできる解決策に着手すべきだと言いたい。移民に頼る方向に舵を切る前に、産業分野ではハイテク技術のさらなる活用や高齢者の活用、農業分野では、高齢者の活用による農業再建を考えるべきだ。 とくに農業再建は日本にとって重要なテーマで、安全保障の基本である食糧自給にも繋がる。そのためには衰退の一途を辿る農村の活性化が急務だ。方策としては、若者と高齢者をつなぎ、高等教育を受けた人々とそうでない人々をつなぎ、農業と小規模な製造業をつなぐための協同組合を推奨する。
 そこに教育的要素を加味することで、若者たちは農村での暮らしを体験し、農村の人々は若者たちを通して都市の文化に触れることができる。社会が、過疎化した時代遅れの農村集落と、さまざまな機会や創造性を謳歌する都市に二分化されたような時代はもう終わりにきている。両者をミックスすることでよりよい未来が開けるはずだ。
 日本農民は土地に感謝し、土地を慈しみ、土地とともに生きようとする志を持っている。しかし、だからといって昔ながらの手法に縛られる必要はなく、新しい方法でも農業を営むことはできるはずだ。高齢者だけになり、彼らが働けなくなったら農場が崩壊し、地域が過疎化してしまうような農業は、とても持続可能とは言えない。


(9)平和には「消極的平和」と「積極的平和」がある。ただ暴力や戦争がないだけの状態を積極的平和、共感に裏付けられた協調と調和がある状態を積極的平和という。
 平和運動の原点から言えば、消極的平和のための運動は、戦争反対を訴えたり、対立の解消やトラウマの緩和をめざすもので、意識は過去や現在に向けられていると言える。一方、積極的平和のための運動は、新しい仕組みや協力関係を築こうとするもので、意識は未来に向いていると言える。


(10)消極的平和のための運動の問題は、前向きなメッセージが伝わらないという点にある。伝わるのは、何かに対する拒絶だけである。反対の考え方を持つ人々を変えられないばかりか、より強い反感を抱かせることも少なくない。何かに反対しているということだけで、内容に関係なく抵抗感を抱く人もいる。ノルウェーではこれを「否定の平和」と言う。その反対派「肯定の平和」である。
 人々の考えを変え、賛同者を増やしたいのなら、何か前向きで肯定的なこと、すなわち積極的平和のメッセージを発することが必要である。政府を動かしたいのなら、避難や罵倒ではなく、彼らが積極的に取り組める提案や要求を肯定的なメッセージに乗せて伝えるのである。そのメッセージを掲げて、権力の中枢である国会や省庁に足を運び、議員や官僚と対話をするとよいだろう。この方法はいくつかの国で一定の成果を収めている。
「沖縄を平和の島に!」
「尖閣に日中友好の家を作ろう!」
「和解の少女像を大使館前に!」
「無限の自然エネルギーを活用しよう!」
 これが積極的なメッセージであり、そこに込められた政治的意志は聞く人の耳に届くだろう。「戦争反対」は正しいメッセージだが、それだけでは十分ではないのである。


(10)今の日本を見ると、今や想像力も勇気も見る影はなく、ワシントンから聞こえてくる主人の声に従うという態度が蔓延している。国の独立と外交政策における想像力は足並みを揃えて進。それこそが、日本が米国から独立しなくてはならない理由である。もし日本が米国の呪縛から自らを解き放つことができれば、持てる想像力と勇気を-今度は戦争のためではなく平和構築のために-解き放つことができる。そうすれば、対等な立場で米国と良好な関係を結ぶことができ、平和実現のために独自の外交を展開することもできる。


(11)ショ-ペンハウア-の4段階
1.沈黙-新しい考えに触れたとき、人々の最初の反応は沈黙である。
2.嘲笑-「現実がわかっていない」「バカじゃないのか」と否定される。
3.疑い-「本当に狙い何だ?」「だれかの回し者だろう」と疑いの目で見られる。
4.同意-「私も前からそう考えていた」と言われる(この反応は政治家に多い)。
 これに当てはめるなら、鳩山は「嘲笑」の段階にいる。日本で鳩山の評価が低いのは、米国の意に反してモスクワとの関係を改善しようとして罰せられたからだと私は考えている。彼が他国のエージェントだと疑われているとまでは思わないが、集団主義的な日本人は、鳩山由紀夫という名前に対する適切な反応は冷笑であると学んだようだ。日本全体がそう反応しているように思えてならない。


(12)以上の認識と危機感から、私は新しい憲法9条の制定に賛成する。しかしその内容は、憲法改正を望む大方の人々が考えている内容とは異なる。私は、新9条が、より前向きな意思の表明となることを願う。これまで通りの反戦憲法であるにとどまらず、積極的平和の構築を明確に打ち出す真の平和憲法であって欲しい。平和とかを何か明記し、公平と共感の精神を高く掲げるものであったほしい。



こうしたヨハン・ガルトゥングの指摘は、2017年6月23日の翁長雄志沖縄県知事の「平和宣言」を鮮やかに蘇させる。
 「平和の礎」の建立こそ、積極的平和主義の道筋であり、この「平和宣言」には、世界への平和のメッセージが鋭く盛り込まれたいた。
 最後に、「今の日本を見ると、今や想像力も勇気も見る影はなく、ワシントンから聞こえてくる主人の声に従うという態度が蔓延している。」、との言葉は、まさしく、 日本という国が、「米国の目下の政府として、対米従属政策を『国是』とする」、ことを言い当てたものである。




by asyagi-df-2014 | 2017-07-05 05:45 | 本等からのもの | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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