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 深刻な人権侵害。(3)

 「創氏改名2・0」との題は、あまりに深刻な人権侵害。
 このような人権侵害が許されると判断する根拠は何なのか。

 「創氏改名2・0」コラムのその後の動きについて、朝日新聞は2025年8月27日、「作家が新潮社に契約解消を申し入れへ コラム問題めぐり「絶望した」」(堀越理菜、伊藤宏樹)、と次のように報じた。

1.「週刊新潮」が掲載したコラム「変見自在」で、作家の深沢潮さんらが「日本名を使うな」などと名指しで差別を受けた問題で、深沢さんの代理人弁護士は27日、「新潮社が最後まで向き合おうとしなかった」として、深沢さんが新潮社に契約解消を申し入れ、刊行した作品の出版権を引き揚げる意向を明らかにした。7月下旬のコラム掲載から1カ月ほどで、やりとりは決裂した形になった。
(新潮社が「勝手に引いた分断線」 元週刊誌記者が考える表現者の責任)
1.深沢さんは、新潮社に問題の総括と文書での謝罪を行い、批判・反論のために週刊新潮に最低8ページの誌面を確保するよう求めていた。これに対し、新潮社は12日付で「厳しいご批判を受ける事態に至った」などと文書で回答した。
2.この回答について、深沢さん側は「『批判を受ける事態』になったことの謝罪にしか読めない」と判断。コラムが差別的で人権侵害にあたるとの認識を持っているかや、反論のための分量や方法について具体的な提案をするよう、新潮社に改めて回答を求めていた。
(「反論する意欲も喪失した」)
1.代理人によると、新潮社の再回答は22日付。コラムを掲載した経緯について「筆者(高山正之氏)によれば、当該コラムの主眼は『朝日新聞の報道姿勢を問うたもの』であり、編集部もそのように読み取り、掲載に至りました」と説明。「『差別的かつ人権侵害にあたる』というご指摘、ご批判について真摯(しんし)に受け止めており、そのような文章を掲載した責任を痛感しております」との釈明があったが、コラムの記述への新潮社としての認識については言及がなかった。
2.また、深沢さんが批判・反論をするために、2ページを提供するとの回答があったという。
3.この回答を受け、深沢さんは、新潮社がコラムの問題点に向き合おうとしない姿勢に失望し、契約解消を決めたという。「新潮社の媒体で反論する意欲も喪失した」としている。
4.深沢さんは27日、代理人を通じて「私の気持ちが傷ついたのは、コラムが差別的で人権侵害にあたるからです。新潮社として差別や人権侵害への認識に向き合わないことに、絶望しました。これまでのやりとりに疲弊しております」とするコメントを出した。
5.深沢さんが出版権を引き揚げる意向を示し、今後どう対応するかについて、新潮社は朝日新聞の取材に「弊社にはまだ何も届いておりません」と回答した。
(https://digital.asahi.com/articles/AST8W35L8T8WUCVL02DM.html?pn=5&unlock=1#continuehere 参照)

 確かに、この「創氏改名2・0」コラムが引き起こした人権侵害は、「私の気持ちが傷ついたのは、コラムが差別的で人権侵害にあたるからです。新潮社として差別や人権侵害への認識に向き合わないことに、絶望しました。これまでのやりとりに疲弊しております」(朝日新聞)、との深沢さんの悲鳴とも取れる訴えに込められている。

 なお、朝日新聞は、このことに関連して、次の記事を掲載して押さえた。

(1)朝日新聞-「コラムは新潮の思想の核心部分」 過去に批判呼んでも続いた連載-2025年8月20日 6時30分
1.在日コリアンの作家らの実名を挙げて「日本名を名乗るな」と書いた週刊新潮の連載コラム「変見自在」が、終わることになった。名指しされた作家が涙ながらに声を上げ、多くの作家仲間らも同調。新潮社の社内からも疑問の声が上がり、20年以上続いた同誌の「看板コラム」は事実上の打ち切りとなった。
2.「高山氏と編集部で協議の結果、本コラムは今回で終了することになりました。長年のご愛読ありがとうございました」
3.20日発売の週刊新潮。高山正之氏のコラム「変見自在」の最終回には、編集部の名前でこのような説明が添えられている。
4.問題のコラムは、7月24日発売号に掲載された「創氏改名2・0」と題したコラムだ。日本のほかにルーツを持つ大学教授や作家、俳優の名前を挙げて、「日本も嫌い、日本人も嫌いは勝手だが、ならばせめて日本名を使うな」と結ぶ内容だった。
5.「高山さんの連載は、いつも挑発的で露悪的なきわどいところをひょいひょいと歩いてきた印象だったが、今回は誰が見てもダメだろうという表現のまま出てしまった」。ある社員はこう語る。
6.コラムは掲載後、SNS上で話題になり、新潮社内でも内容に疑問を持つ声が出た。同社関係者によると、掲載直後に社内で連載を打ち切った上で、編集部として謝罪コメントを出す働きかけが起きたという。
7.ただ、当初は、そうした声が大きなうねりにはならなかった。
8.新潮社を巡っては、2018年にLGBTについて「支援の度が過ぎる」という趣旨の寄稿や企画が批判され、休刊に追い込まれた月刊誌「新潮45」の件が記憶に新しい。この関係者は社内で「休刊時のような騒動を繰り返したくない意地があった」と話す。
9.ただ、8月4日に事態が動く。コラムで名指しされた1人、在日コリアンで作家の深沢潮さんが会見した。
(「差別感じられる悪意」作家からも批判続々)
1.「怒り、悲しみ、吐き気、そして恐怖といった感情が混じり合って、しばらくぼうぜんとした」
2.弁護士が同席した会見場で、深沢さんは、声を詰まらせながら、コラムで傷ついた思いを語った。30歳で日本国籍を得ていることにも触れ、「レイシズムに基づいた差別扇動や事実誤認があるコラムが、信頼していたデビュー版元の媒体に載ったことは、私1人で済ませていい問題ではない」と、声を上げるに至った経緯を語った。
3.深沢さんの思いに多くの作家らが同調し、約40人がメッセージを寄せた。
4.週刊新潮に小説を連載中だった作家の村山由佳さんは「差別と中傷に満ちみちたコラムの掲載を、どうして事前に止められなかったのか」「編集部への信頼をもとに原稿を寄せてきた者として、深い失望と憂慮を覚えます」と編集部の対応を疑問視した。
5.数多くの韓国文学を翻訳してきた斎藤真理子さんは「新潮社はこんな著者を擁護していては、自社の社員も出版文化そのものも守れない」と糾弾。日本ペンクラブ会長も務める小説家の桐野夏生さんも「女性差別も感じられる悪意だ」と非難した。
6.掲載から4週間弱、コラムは終了が決まった。
7.高山氏のコラムを巡っては、過去にも差別的な表現を繰り返してきた、と複数の社員は語る。
8.例えば、2016年1月には、「帝王切開は陣痛がない分、母性が希薄になりがちで、子も人格的におかしくなるという説もある」などと論拠を示さず掲載し、後日、作家の川上未映子さんが同誌で連載中のコラムで「こんな明らかな妄言が活字になって何十万部も発行される週刊誌に掲載されることが驚き」などと批判することがあった。
9.ただ、それでも連載は続いた。別の社員は「このコラムは新潮の思想の核心部分でもある。うちの読者が望んでいるのはその部分だった」と語る。
10.社内で多くの社員が内容を不安視するなか、続いてきた連載。今回の終了決定を受け、社員の1人はこう語った。「打ち切りが決まってホッとしている。それでも(問題は)これで終わりじゃない」
(https://digital.asahi.com/articles/AST8M416BT8MUCVL033M.html?pn=11&unlock=1#continuehere 参照)

(2)朝日新聞-新潮社が「勝手に引いた分断線」 元週刊誌記者が考える表現者の責任(聞き手・伊藤宏樹)-2025年8月26日 6時30分
1.在日コリアンの作家らを名指しして、「日本名を使うな」と書いた週刊新潮の高山正之氏による連載コラム「変見自在」が終了した。7月下旬の掲載から4週間弱での突然の幕引きで、8月20日発売号の最終回では「高山氏と編集部で協議の結果」という説明だけが載った。いま新潮社に求められることは何か。差別やヘイトスピーチの問題に詳しいノンフィクションライターの安田浩一さんに聞いた。
2.コラムで「日本名を使うな」と指摘された一人、作家の深沢潮さんが8月4日に開いた記者会見に参加しました。深沢さんはコラムに傷ついた思いや、内容に抗議する意思を示し、また会場では、深沢さんに連帯する作家たちのメッセージが次々と紹介されました。
3.この会見直後、新潮社は、ホームページで深沢さんへの謝罪文を公表して「力量不足を痛感」としました。ただ、何があったかということへの言及もなく、コラムで実名を挙げた大学教授や俳優への言及もありませんでした。突然の連載終了は「文句を言うなら、終わらせればいいだろ」という態度にしか見えず、深沢さんや読者、社会に対してあまりにも誠実さを欠いています。
(「誇りをかけて対応を」)
1.このコラムの最大の問題点は、深沢さんをはじめ、海外にルーツを持つマイノリティーの人々の心を傷つけただけでなく、こうした人々と一緒に生きてきた社会そのものを壊したことです。露骨な差別と排外主義を続ける筆者を起用し続けた新潮社の責任は大きいと思います。
2.いまこれほど様々な形で、人と社会が分断を強いられている状況の中で、いかにその心をつなぎ、ともに多様性のある社会を作っていくべきなのかということが、表現をなりわいとする者たちの責任だと思います。
3.表現は、誰かを排除して成り立つ社会のためには存在しないと考えていますが、今回のコラムが成したのは、それとは正反対の世界観でした。
4.週刊誌記者をしていた僕は、嫌らしい仕事もいっぱいしてきたけど、ずっと雑誌に育ててもらった「雑誌の子」という自覚があります。大きな新聞やテレビが報じなかったり、報じることができなかったりしたことを世の中にきちんと見せつける仕事に誇りを感じてきたのです。
5.短期集中で目いっぱい取材をし、きちんと裏取りをして、人が見向きもしなかったことに果敢に食い込んでいくという、そういう週刊誌の躍動感が今でも好きで、痛快さを世の中に見せつけることこそが、週刊誌の本来の姿だと思います。
6.むき出しのヘイトスピーチで排他的、排外的な気分をあおり、マイノリティーをたたくことに血道を上げるのは、週刊誌の仕事ではないし、メディアの自滅にしかつながりません。
7.僕は「分断」という言葉が好きではありません。マイノリティーが望んで分断を起こすわけではなく、必ず社会的に大きな力を持つ側が勝手に線引きをし、分断を強いるんです。今回は、それを大手出版メディアがやってしまった。個人の存在や尊厳を傷つけ、社会に分断線を引いた以上、生じた亀裂をどう埋め戻すのか。130年近い歴史のある文芸出版社の誇りをかけて具体的に対応する必要があります。
(https://digital.asahi.com/articles/AST8T40ZWT8TUCVL02HM.html?pn=5&unlock=1#continuehere 参照)


by asyagi-df-2014 | 2025-09-23 19:42 | 人権・自由権 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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