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 沖縄-辺野古-高江から-2024年6月23日

 2024年6月23日。
 沖縄は慰霊の日の朝を迎えた。
 「沖縄は23日、住民を巻き込んで20万人超が犠牲となった沖縄戦から79年の「慰霊の日」を迎えた。県内各地で犠牲者を悼む催しが営まれ、恒久平和を誓う。糸満市摩文仁の平和祈念公園では、午前11時50分から県や県議会が主催する沖縄全戦没者追悼式が開かれる。正午の時報に合わせて黙とうし、戦没者に祈りをささげる。追悼式では、玉城デニー知事が平和宣言。不戦と恒久平和を希求する沖縄の心を国内外に発信する。岸田文雄首相らも参列する。式典終了後の一般焼香も実施する。」、と沖縄タイムス。
 「沖縄は23日、沖縄戦の組織的戦闘が終結したとされる『慰霊の日』を迎えた。多くの一般住民を巻き込み、悲惨な地上戦などが展開された沖縄戦から79年。激戦地となった沖縄本島南部の糸満市摩文仁にある『平和の礎(いしじ)』をはじめ、沖縄県内各地の慰霊塔や戦跡にはこの日、多くの人々が訪れ、世界の恒久平和への誓いを新たにする。」、と琉球新報。

 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 何よりも、自らが沖縄から受け取るものを明確にするために。それは、捉え直しとして。
 2024年度も、改めて琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。

(1)沖縄タイムス-きょう沖縄「慰霊の日」 戦後79年 犠牲者悼み恒久平和を誓う(社会部・下里潤、豊島鉄博)(知事メッセージ)-2024年6月23日 3:47

 沖縄タイムスは、表題を次のように報じた。

1.沖縄は23日、住民を巻き込んで20万人超が犠牲となった沖縄戦から79年の「慰霊の日」を迎えた。県内各地で犠牲者を悼む催しが営まれ、恒久平和を誓う。
2.糸満市摩文仁の平和祈念公園では、午前11時50分から県や県議会が主催する沖縄全戦没者追悼式が開かれる。正午の時報に合わせて黙とうし、戦没者に祈りをささげる。
3.追悼式では、玉城デニー知事が平和宣言。不戦と恒久平和を希求する沖縄の心を国内外に発信する。岸田文雄首相らも参列する。式典終了後の一般焼香も実施する。
4.県庁と平和祈念公園を往復する無料シャトルバスも運行。午前8~10時にかけ約10分おきに県庁正面玄関前を出発。帰りの便は午後1~3時に公園を出る。車いす対応バスは2便で、午前9時半と午前10時に県庁を出発し、帰りは午後2時と午後3時発となる。
5.県警関係者によると、今年の沖縄全戦没者追悼式では、過去最大規模だった昨年同様、千人以上の警察官を動員する予定。式典会場は入場の際に金属探知や手荷物検査がある。県警の担当者は「首相をはじめとした警護対象者だけでなく、参加者全員の安全確保のための対応だ」と説明している。(社会部・下里潤、豊島鉄博)
(慰霊の日 玉城デニー知事のメッセージ)
 本日、「慰霊の日」を迎えるに当たり、全戦没者のみ霊に対し、謹んで哀悼の誠をささげます。

 沖縄は、先の大戦において、一般住民を巻き込んだ凄惨(せいさん)な戦闘の地となり、多くのかけがえのない尊い生命と、美しい自然、財産および貴重な文化遺産を失いました。

 終戦から79年もの月日が流れましたが、今なお、その傷痕は癒えることはなく、戦争で犠牲になられた方々のみ霊に対する哀悼の念は、一層深まるばかりです。

 私たちは、沖縄戦をとおして、戦争の愚かさと平和の尊さを学びました。戦争体験者が苦しくも語り継いでいただいた戦争の実相と教訓を、次の世代へ正しく伝えるとともに、平和を願う「命どぅ宝」という「沖縄のこころ」を世界に発信し続けることで、平和な社会を築きあげることが、私たちの使命であり、大きな責務であります。

 「慰霊の日」は、この冷厳な歴史的事実を厳粛に受け止め、戦争による惨禍が再び起こることのないよう、人類普遍の願いである恒久平和を希求するとともに、戦没者のみ霊を慰める日として定められています。

 県民の皆さまには、御家族や御友人と共に戦没者を追悼し、平和を誓う日としていただきたいと思います。

 本日は、沖縄県の主催により糸満市摩文仁の平和祈念公園において午前11時50分から「2024年沖縄全戦没者追悼式」を開催します。

 それぞれの家庭や職場においても、正午の時報に合わせて戦没された方々のみ霊に1分間の黙とうをささげてくださいますようお願いいたします。

 2024年6月23日
沖縄県知事 玉城デニー
(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1383370 参照 2024年6月23日)

(2)沖縄タイムス-沖縄戦を指揮した牛島司令官の軍服を展示 陸自、旧日本軍との連続性示す 施設を改修中で今後の扱いは「未定」(編集委員・阿部岳)-2024年6月23日 4:07

 沖縄タイムスは、表題を次のように報じた。

1.沖縄の陸上自衛隊第15旅団が、沖縄戦を指揮した牛島満・日本軍司令官の軍服を那覇駐屯地内の展示施設に陳列していたことが22日までに分かった。旅団によると施設は今月から一般公開を休止してリニューアル作業をしていて、今後の軍服の取り扱いは未定。沖縄住民に多大な犠牲を強いた責任者をしのぶ遺品の展示は、日本軍と自衛隊の連続性を示している。(編集委員・阿部岳)
2.牛島司令官の軍服は中将の襟章が付いた上下で、ガラスケースに入れられている。妻から寄贈を受けたとの説明文も添えられている。15旅団の公式ホームページ(HP)でも写真を紹介している。
3.展示施設は広報資料館「鎮守(ちんじゅ)の館」。沖縄戦の経過をジオラマと映像、ナレーションで伝える「戦史模型」がある。ナレーションで日本軍を「わが軍」と呼ぶほか、スクリーンには「皇国の春」を待ち望む牛島司令官の辞世の句を投影する。施設では15旅団の活動も同時に紹介している。
4.15旅団は本紙取材に対し「広報資料館は展示を分かりやすくし、建物の老朽化に対応するため刷新を予定している」と説明。軍服や戦史模型の取り扱いについて「今は決まっていない」と述べた。今月上旬から一般公開を中止していて再開時期は未定だという。
5.15旅団はHPにも牛島司令官の辞世の句を掲載しており、皇国史観を受け継ぐものと批判されている。市民団体などが相次いで削除を要請しているが、22日時点でも削除はされていない。
6.今年4月には、陸自第32普通科連隊(さいたま市)がX(旧ツイッター)に「大東亜戦争」という用語を使って投稿。侵略戦争の正当化だと批判され、その後削除した。中央の陸上幕僚監部は本紙取材に対し「情報発信の趣旨が正しく伝わるよう、広報実施担当官などに指導している」と説明した。
(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1383368 参照 2024年6月23日)

(3)沖縄タイムス-平和への願いを託した千羽鶴を再生紙に 沖縄・ひめゆり資料館から寄贈受け 50キロ分が贈答箱に 愛知のパッケージ会社(政経部・村井規儀)-2024年6月23日 4:21

 沖縄タイムスは、表題を次のように報じた。

1.平和の願いが託された折り鶴(千羽鶴)を原料に再生紙「カラフルウイッシュ」を製造するクラウン・パッケージ(愛知県)は、2023年11月から沖縄県糸満市のひめゆり平和祈念資料館に寄贈された折り鶴を展示後に引き取っている。再生紙で商品を入れる贈答箱などを作ることで、多くの人が手に取ったり、目にしたりする機会になる。平和の願いを広げる取り組みだ。カラフルウイッシュを化粧箱に用いる県内企業は「贈る方も贈られた方も平和へ思いを寄せるきっかけになれば」と期待する。(政経部・村井規儀)
2.クラウン・パッケージは見た目のきれいな「美粧段ボール」など幅広くパッケージ製品を手がける。カラフルウイッシュに使う折り鶴の回収は、16年の広島平和記念公園から始まり、21年に長崎原爆資料館が加わった。木材パルプに折り鶴を混ぜ合わせて再生紙を製造する。色はグリーンとブルー、ピンク、イエローの4色。細かくちりばめられた折り紙はアクセントの役割を果たしている。
3.「全国へ活動を広げるには沖縄の折り鶴も欠かせない」とクラウン・パッケージが、ひめゆり平和祈念資料館に相談。同館は趣旨に賛同し、ひめゆりの塔前や同館の正面玄関に半年間ほど展示した後に折り鶴を譲り渡すことになった。
4.今年は、ひめゆり資料館からまず重さにして50キロ分の折り鶴を引き取る予定。那覇市の就労支援センター「あいこ」で、千羽鶴をつなぐひもや糸などを取り外し、金と銀、黒色の折り鶴を取り除く。分別した折り鶴を県外へ送り、再生紙「カラフルウイッシュ」を製造する。県内では数社が使用している。そのうち、沖縄アロエ(名護市)はギフト用の化粧箱に使う。箱の側面に趣旨を記載。「平和の願いを発信し、資源の循環でSDGsにもつながる」と共感している。
5.カラフルウイッシュの問い合わせはクラウン・パッケージ沖縄営業所、電話098(995)9429。
(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1383402 参照 2024年6月23日)

(4)沖縄タイムス-政府、水道水のPFAS全国調査 汚染の実態確認へ-2024年6月23日 4:51

 沖縄タイムスは、表題を次のように報じた。

1.発がん性が指摘される有機フッ素化合物(PFAS)が各地の浄水場や河川で検出されている事態を受け、政府が水道水の全国調査に乗り出したことが22日、分かった。汚染の実態把握が急務と判断した。PFASに特化し、小規模事業者にも対象を拡大した大規模調査は初めて。政府関係者が明らかにした。今後進める水質目標の見直しに生かす。
2.政府が5月下旬、47都道府県の担当部署や国認可の水道事業者などに文書で要請した。PFASの健康影響については確定的な知見がなく、政府は水道水や河川の暫定目標値について、代表的な物質PFOSとPFOAの合計で1リットル当たり50ナノグラム(ナノは10億分の1)としている。
3.PFASは水や油をはじき、熱に強い特徴があり、フライパンのコーティングや食品包装など幅広く使われてきた。自然環境では分解されにくく「永遠の化学物質」とも呼ばれる。米軍や自衛隊基地、化学工場周辺で検出される事例が多い。
4.環境省が38都道府県の河川や地下水を対象にした2022年度の調査では、沖縄など16都府県で目標値を超えた事例があった。
5.今回の調査対象は、水道の蛇口から出る水などで20~24年度に検出された最大濃度や、関連する浄水場の名前など。目標値を超えた場合の対応や、検査していない場合は理由や今後の実施予定についても回答を求める。期限は9月末。
6.岡山県吉備中央町の浄水場では、目標値の28倍となる1リットル当たり1400ナノグラムのPFASが検出。取水源の上流近くに野ざらしで保管された使用済み活性炭から流出した可能性が高い。政府関係者は「工場などが上流になくても、下流で高濃度になる可能性が否定できない状況だ」と危機感を強めている。
7.PFASは近年、日本水道協会の水道統計でも検査項目の一つとして調べられているが、対象は給水人口が5千人超と規模の大きい水道事業などに限定。今回は小規模な簡易、専用水道にも対象を広げた。
8.[ことば]:PFAS:有機フッ素化合物のうち、ペルフルオロアルキル化合物とポリフルオロアルキル化合物の総称。1万種類以上の物質があるとされる。耐熱や水、油をはじく特性から布製品や食品容器、フライパンのコーティングのほか、航空機用の泡消火剤に使われてきた。有害な化学物質を規制する「ストックホルム条約」でいくつかの物質が対象となっており、国内ではPFOSが2010年、PFOAが21年に輸入や製造が原則禁止され、その後PFHxSも追加された。
(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1383369 参照 2024年6月23日)

(5)沖縄タイムス-米軍の大型無人偵察機MQ4C 嘉手納配備から1カ月、飛行わずか2回 国、監視の重要性を強調 周辺市町は長期化を懸念(中部報道部・砂川孫優、比嘉大熙)-2024年6月23日 4:41-[フォローアップ]

 沖縄タイムスは、表題を次のように報じた。

1.米海軍の大型無人偵察機MQ4Cトライトンが米軍嘉手納基地に一時配備されて1カ月が経過した。防衛省関係者によると、この1カ月間で嘉手納での飛行はわずか2回(20日時点)にとどまっている。一方、基地周辺自治体や住民は運用の長期化を懸念する。国が中国などを念頭に沖縄周辺海域での監視活動の重要性を強調するからだ。米軍が「10月まで」とする配備計画を順守するか、懐疑的な見方が広がる。沖縄防衛局は県の要請に「10月以降、一時展開の計画はない」と否定する。(中部報道部・砂川孫優、比嘉大熙)
2.嘉手納基地には先月20日にグアムから1機目が飛来した。今月9日には2機目が飛来し、一時配備に伴う移駐が完了した。
3.2機は海軍の格納庫に駐機。1機が17日午前5時37分に嘉手納から初めて飛行し、約35分後に着陸。20日午後3時45分にも1機が嘉手納を離陸、約2時間20分後に戻った。2回の飛行が同じ機体か、別々の機体かは分かっていない。
4.MQ4を巡っては、米国で試験飛行中にエンジンが停止して滑走路に胴体着陸する重大事故(クラスA)を起こした。また、米海軍がマルチ情報収集能力の欠陥などで同機の調達を当初の70機から27機へ大幅に削減したことなどが次々に判明している。
5.米軍や防衛省はMQ4の騒音について「エンジンが小型民航機と同等」と強調するが、深夜早朝の離着陸時に北谷町砂辺で「騒々しい街頭」に相当する71・8~72・2デシベルを観測した。
6.住民や自治体は、航空機騒音規制措置(騒音防止協定)が規制する午後10時から翌午前6時の時間帯の運用に加え、安全性や騒音被害の増加を懸念する。
7.20日、防衛局への要請で県の溜政仁知事公室長は、長時間飛行が可能なMQ4の運用について、夜間早朝を避けた離着陸を提案。「米軍に対し(夜間早朝飛行を避けるよう)口酸っぱく申し入れてほしい」と強く求めた。
8.一方、偵察や情報収集などの任務を担う同機が、5~10月までと限定した一時配備に、疑問を抱く。
9.溜氏は「安全保障環境が厳しいという中での配備だが、なぜ嘉手納に半年だけ移駐するのか。理屈が分からない」と迫り、来年以降は配備しないよう求めた。
10.対応した森広芳光企画部長は「来年以降について説明できるものはない」と述べ、嘉手納への具体的な配備理由に言及しなかった。
11.基地周辺自治体でつくる地元の「嘉手納飛行場に関する三市町連絡協議会(三連協)」は、配備期間を延長しないよう日米関係機関に要請している。
12.米軍の運用を注視する構えだが、三連協関係者は「騒音防止協定違反の可能性や高い騒音も観測され、被害が拡大する恐れがある」と不安視。県議選で玉城デニー県政の与野党が逆転したことにも触れ「保革関係なく嘉手納の基地負担軽減に力を入れてほしい」と注文した。
(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1383350 参照 2024年6月23日)

(6)沖縄タイムス-自衛隊強化に警鐘 第15旅団のHPに旧軍司令官の辞世の句掲載 皇国史観の継承を想起させる動き(社会部・大野亨恭(社会部・勝浦大輔))-2024年6月23日 5:25-[戦後80年へ]

 沖縄タイムスは、表題を次のように報じた。

1.沖縄戦から79年。南西諸島で配備を強める自衛隊は、第15旅団のホームページに旧日本軍第32軍の牛島満司令官の辞世の句を掲載するなど、旧軍擁護や皇国史観の継承を想起させる動きをしている。沖縄戦で旧軍からスパイ視されたり、スパイ容疑で住民が殺害された様子を目の当たりにしたりした体験者は「自衛隊は戦争をする組織であってはならない」と警鐘を鳴らしている。
(モールスまねてスパイ容疑 「昔の軍隊戻ってならぬ」 高良健二さん(94)=県立二中1年生時)
1.「この家を全部捜索しろ」。県立第二中学校(現那覇高校)1年生だった高良健二さん(94)は、二重三重に取り囲んだ日本兵から銃剣を突きつけられた。遊び心でハーモニカでまねたモールス信号が日本兵の耳に入り、スパイ容疑をかけられたのだった。
2.1944年、二中に入学した高良さんは、学生生活に胸躍らせた。剣道や柔道、英語や漢文と文武に励む環境が誇らしかった。だが、1カ月もたつと、学校に日本兵が入ってきた。生徒たちは陣地構築に駆り出され、校舎は10月の空襲でなくなった。
3.45年に入ると、暮らしていた豊見城村渡橋名から軍命で内陸の饒波に移動させられた。着の身着のままの移動。食料などを取りに毎晩、渡橋名とを往復した。
4.その最中の5月だった。不気味なほど静まり返った集落内で寂しさを紛らわすため、日本兵から教わったモールス信号をハーモニカでまね、軍歌を歌った。いきなり数十人の日本兵が現れ「敵に情報を流したな」とスパイ視された。よく見ると、渡橋名にいたころ「おう、ぼうず」と声をかけられた優しい兵士。見たことのない冷徹な目をしていた。
5.住居からアンテナ機器は見つからず、二中で教わったことなどを説明し解放された。戦後、スパイ容疑で殺された住民がいることを知った。「あの時説明できなかったら私も-」。今でも悪夢を見る。
6.戦後79年たち、配備を増強する自衛隊。旧軍の思想を継承するかのような出来事が続くことに「昔の軍隊になってはいけない」と危惧する。軍がいたから住民が犠牲になった。だからこそ自衛隊は「専守防衛でなければならない」と強く思う。「戦争をする組織であってはならない。国民全体で自衛隊の動きをしっかり見なければ」(社会部・大野亨恭)
(友軍が住民虐殺 目の当たり 「戦争起こす軍いらない」 知念マサ子さん(88)=久米島で戦争経験)
1.「日本軍はきらい。何もしてくれなかったし、ただ怖かった」。久米島町(旧仲里村)で沖縄戦を経験した知念マサ子さん(88)にとって、「友軍」と呼ばれ地域に居座っていた日本軍に全く良い印象はない。日本軍にスパイ視され虐殺された地元住民の姿を、その目で実際に見てきた。
2.戦時中は9歳の小学3年生だった。貧しく、口にするものは芋ばかり。それなのに、いつからか島を拠点としていた日本軍は住民から食料を奪っていた。
3.「夜な夜な各家を回り、その家庭でご飯や天ぷらなどごちそうを振る舞わせていた」。寝ていると、家の周りを集団で歩く兵士の軍靴の音、腰回りの銃剣がジャラジャラと鳴る音が聞こえ、「とても怖かった」。
4.米軍機の機銃掃射から逃げたこともあるが、それ以上に恐ろしかったのは日本軍が住民を殺したことだ。
5.ある男性がスパイ視され、男性の妻、まだ幼い子の3人が日本兵に刀で刺し殺され、焼かれた。別の女性もスパイ視され、殺される前に着物で正装して川で自死した。どちらも亡くなっている姿を目の当たりにした。「あんなに小さい子も、ジリジリと焼かれて…。本当にかわいそうだった」と声を詰まらせる。
6.「友軍にやられた。それしかない」。知念さんにとって日本軍は戦争被害の象徴ともいえる。一方、戦後に発足した自衛隊については、災害救援を評価。「南西シフト」などの昨今の自衛隊の動きについては「よく分からない」と素直に述べる。
7.はっきりと言えることは「戦争を絶対にしてはいけない」と「『軍』はいらない」ということだ。「思い出したくもない悲惨な記憶。だけど、本当にあったことだと子どもたちに伝えてきた。戦争はダメだよ」と強く訴えた。(社会部・勝浦大輔)
(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1383409 参照 2024年6月23日)

(7)琉球新報-祈り深く きょう慰霊の日 沖縄戦から79年-2024年06月23日 00:00

 琉球新報は、表題を次のように報じた。

1.沖縄は23日、沖縄戦の組織的戦闘が終結したとされる「慰霊の日」を迎えた。多くの一般住民を巻き込み、悲惨な地上戦などが展開された沖縄戦から79年。激戦地となった沖縄本島南部の糸満市摩文仁にある「平和の礎(いしじ)」をはじめ、沖縄県内各地の慰霊塔や戦跡にはこの日、多くの人々が訪れ、世界の恒久平和への誓いを新たにする。
2.玉城デニー沖縄県知事は「平和な社会を築き上げることが、私たちの使命であり、大きな責務」とのメッセージを発表し、慰霊の日正午の黙とうを呼びかけた。
3.戦争で亡くなった多くの犠牲者を悼み、世界の恒久平和を願う沖縄全戦没者追悼式(沖縄県・沖縄県議会主催)が23日午前11時50分から、糸満市摩文仁の平和祈念公園で開かれる。追悼式では、正午に黙とうをささげ、玉城知事が平和宣言を読み上げる。岸田文雄首相や額賀福志郎衆院議長、尾辻秀久参院議長も出席する。
4.沖縄戦などで命を落とした人々の名前を記す平和の礎には今年、県出身の24人を含む181人の名前が追加で刻銘された。刻銘総数は24万2225人となった。
(https://ryukyushimpo.jp/news/entry-3224399.html 参照 2024年6月23日)

(8)沖縄タイムス-平和世を誓う夏 戦後79年の「慰霊の日」 沖縄戦の犠牲者を悼む(社会部・下里潤)-2024年6月23日 10:30

 沖縄タイムスは、表題を次のように報じた。

1.戦後79年の「慰霊の日」を迎えた23日、県内各地では20万人を超える沖縄戦犠牲者を悼む催しが営まれ、島全体が恒久平和への祈りに包まれた。戦没者の名が刻まれた糸満市摩文仁の県平和祈念公園内の「平和の礎」には早朝から足を運ぶ人たちが絶えず、子どもから高齢者まで幅広い世代が犠牲者を追悼し、花や線香を手向けていた。
2.同公園では午前11時50分から、沖縄全戦没者追悼式(主催・県、県議会)を開催。玉城デニー知事が平和宣言を読み上げる他、県立宮古高校3年の仲間友佑ゆうすけさんが平和の詩「これから」を朗読する。岸田文雄首相ら政府関係者も参列する。正午の時報に合わせ、参列者が1分間の黙とうをささげる。
3.沖縄戦は「鉄の暴風」と形容されるほど激しい空襲や艦砲射撃が降り注ぎ、一般県民約9万4千人と日米軍人・軍属など合わせて20万人余が亡くなった。太平洋戦争などの犠牲者を追悼する平和の礎には、今年追加された181人を含め、計24万2225人の名が刻まれた。
4.来年は戦後80年の節目となり、戦争体験者がいなくなる時代が目前に迫る。沖縄戦の「悲劇の始まり」の場所とされる首里城地下の第32軍司令部壕への関心が高まる中、二度と過ちを繰り返さないための記憶の継承が課題となっている。
5.一方で「台湾有事」が強調され、南西諸島への自衛隊配備が強化されている。先島諸島に陸上自衛隊の駐屯地が相次いで開設され、うるま市の勝連分屯地には新たなミサイル部隊が配備された。また陸自第15旅団がホームページに日本軍の牛島満司令官の辞世の句を掲載していることが発覚。戦争体験者や市民団体から「皇国史観を想起させる」「戦争美化だ」などと抗議や削除を求める声が広がっている。
6.さらに、沖縄戦を美化するような記述が目立つ教科書が相次いで文科省の検定に合格。住民虐殺など日本軍の加害性への言及がない教科書もあり、一面的な見方につながるとの懸念が強まっている。(社会部・下里潤)
(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1383503 参照 2024年6月23日)

(9)沖縄タイムス-沖縄戦を学ぶ手がかりに 工夫凝らし継承 市町村・沖縄県発刊の地域史リスト一覧(社会部・吉田伸、當銘悠)-2024年6月23日 10:02-[記憶を積む 地域史と沖縄戦]

 沖縄タイムスは、表題を次のように報じた。

1.1970年代の「沖縄県史」「那覇市史」の刊行をきっかけに、県内の各市町村で戦争体験をつづる市町村史発刊への取り組みが進んだ。住民への聞き取りなどから地域ごとに異なる証言や資料が積み上げられ、沖縄戦の全体像が明らかになっていった。戦争に関する記述がある地域史は、本紙調べで少なくとも190冊に上る。これまで集められてきた記録と、刻まれた証言を活用した各自治体の工夫を紹介する。
(豊見城市が特設サイトを開設)(証言映像を全編公開  47万回超視聴も)(中城村は戦跡マップ作成 全世帯配布)
1.豊見城市は2019年、公式ホームページに特設サイト「豊見城市と沖縄戦」を開設した。31人の沖縄戦の証言をまとめたDVD「語り継ぐ受け継ぐ豊見城の戦争記憶 総集編」(42分)も制作し、映像は全編を特設サイトで公開している。視聴数は1万4千回を超える。
2.平和な村が次第に緊迫し、戦争に突入。米軍に捕らわれた後の収容所での生活、戦後復興などの証言を時系列で紹介している。証言は31人分を個別に見ることもできて、映像によっては47万回以上視聴されている。
3.特設サイトには、証言の聞き取りに誰もが活用できる「質問項目票」も自由にダウンロードできるようになっている。市が実際に使っている調査票で、同市文化課の島袋幸司学芸員は「証言収集は私たちだけでは限界がある。家族に体験者がいれば、自分たちで聞き取り、思いを継ぐことができる」と説明する。
4.豊見城市立伊良波中学校は23年、映像証言を使って平和学習を行った。コロナ禍で生徒一人一人に配ったタブレットを活用。証言を視聴し、感想を小さな新聞にまとめて発表する取り組みに発展させた。
5.授業を担当し、自身も豊見城出身の内山直美教頭(現在は豊崎中教頭)は「体験者が自分の地域の人たちなので生徒が身近に感じられる。証言は地域や年齢、性別がさまざまで、それぞれ異なる体験をしている。とても良い教材で活用しやすい」と話した。
6.中城村が発行した「ガイドブック 中城村の戦争遺跡」と「中城村の戦跡マップ」
中城村が発行した「ガイドブック 中城村の戦争遺跡」と「中城村の戦跡マップ」
7.久米島町は21年、久米島町史資料編1「久米島の戦争記録」を発刊した。戦争体験者71人の証言を収録したほか、鹿山事件(久米島住民虐殺事件)の関係資料などを収録する。島内の全小中学校に寄贈した。
8.久米島博物館の山里直哉学芸員は、小中学校の教員のほとんどが島外から赴任する20代前半の教員と説明。「沖縄本島の戦争を教えることが多い印象だが、町史で島の実情に触れて、地域の戦争も子どもたちに伝えてほしい」と願った。
9.中城村は20年に「ガイドブック 中城村の戦争遺跡-沖縄戦の記憶と痕跡を歩く」と「中城村の戦跡マップ」を作成し、村内の全世帯に配った。戦跡など77カ所の地図を収録。集落ごとの空撮写真に場所を明示して、解説している。
10.名護市は22年、本島北部の沖縄戦の歴史や戦跡などを紹介するガイドブック「私たちのまちは戦場だった-おじぃ、おばぁが見た沖縄戦」を小中学生の学習参考書として発行した。
11.子どもたちが自分の学校周辺でガイドブックを持ち歩き、現在の景色と重ね合わせながらイメージできるよう写真や図、イラストを多く掲載。平和学習で活用されている。(社会部・吉田伸、當銘悠)
(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1383331 参照 2024年6月23日)

(10)沖縄タイムス-沖縄陸自、黎明之塔への集団参拝を見合わせ 慰霊の日3年連続 牛島満司令官らまつる-2024年6月23日 7:35

 沖縄タイムスは、表題を次のように報じた。

1.沖縄の陸上自衛隊は慰霊の日の23日、日本軍の牛島満司令官らをまつる黎明(れいめい)之塔への集団参拝を見合わせた。集団参拝しないのは3年連続となる。
2.陸自は2004年から21年まで18年連続で、牛島司令官が自決したとされる未明の時間に合わせ、トップを先頭に制服で参拝していた。
(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1383483 参照 2024年6月23日)

(11)沖縄タイムス-[表層深層]不安拡大 重い腰上げる 政府 欧米は厳格化の流れ 水道水PFAS全国調査-2024年6月23日 4:00

 沖縄タイムスは、表題を次のように報じた。

1.有機フッ素化合物(PFAS)が全国各地で高い濃度で検出される中、政府が水道水の汚染実態の把握に向けて重い腰を上げた。健康影響に対する科学的な評価はまだ定まっていないが、欧米は予防的に水質基準を厳格化する動きが進む。ただ政府内には規制強化に慎重な声もあり、地域住民の不安解消につながるかは見通せない。
2.「住民が不安を抱えている」「(国の)暫定目標値を超えた場合、どう対応すればいいのか」。井戸水や河川で汚染が確認された京都府の西脇隆俊知事と広島県東広島市の高垣広徳市長が6月初旬、相次いで対策強化を伊藤信太郎環境相らに訴えた。
3.青森県や沖縄県の水道水やため池でも、国の暫定目標値を超える濃度で検出された。米軍基地との関連も指摘される。静岡市では工場周辺の排水から検出された。ある自治体の担当者は「国の手引には除去などの対応指針がほとんどない」と焦りを募らせる。
(病院に相談外来)
1.汚染源が特徴的なのが岡山県吉備中央町だ。浄水場で国の目標値の28倍となるPFASが検出された。PFASを吸着させた活性炭が浄水場の上流付近で野ざらし保管されており、町はそこから流出したとみている。県関係者は「全国どこでも同じ問題が起きうる」と指摘する。
2.住民が独自に行った血液検査では、検査した27人全員から高濃度のPFASが検出された。町は実態把握のため、水の供給区域の住民らを対象に10月に全国で初めて公費での血液検査をすることを決定。岡山市の総合病院は住民の不安に応えるため「PFAS相談外来」を始めた。
3.環境省は国内外の知見の収集を進めるが、幹部の一人は「水質や地域などで対策の効果は異なる」と話す。また血中濃度だけ測定しても健康影響は把握できないとして、汚染地域での公費での血液検査には後ろ向きだ。
(許容量据え置き)
1.健康影響を巡っては、米科学・工学・医学アカデミーが7種類のPFASの合計が血液中で1ミリリットル当たり20ナノグラム(ナノは10億分の1)を超えると、健康影響のリスクが増すと指摘。世界保健機関(WHO)傘下の国際がん研究機関(IARC)は2023年12月、発がん性に対する評価を引き上げたと発表した。代表的な物質PFOAを4段階中で最も高い「発がん性がある」グループ、PFOSを下から2番目の「可能性がある」グループに分類した。
2.米環境保護局(EPA)は今年4月、この2物質の飲料水の規制値について、それぞれ1リットル当たり4ナノグラムと世界的に厳しい値に設定した。欧州は被害を未然に防止する予防原則を重視。ドイツは28年に飲料水基準を引き上げ、4種類のPFAS合計で1リットル当たり20ナノグラムとする。
3.一方、日本の目標値は2物質の合計で1リットル当たり50ナノグラムと相対的に高い数値。近く見直しが必要か検討するが、今月20日に内閣府の食品安全委員会作業部会が取りまとめた健康影響の評価書案では発がん性や免疫などへの影響について「証拠は不十分」などとし、人が1日に摂取する許容量を現行の水準に据え置いた。
4.京都大の原田浩二准教授(環境衛生学)は作業部会の判断について「慎重すぎる」と指摘。汚染の影響は農業や産業など多岐にわたるため、実態を把握した上で「環境省だけでなく、政府全体で対応すべきだ」と強調した。
(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1383420 参照 2024年6月23日)

(12)沖縄タイムス-日本の中立、虐殺を助長 ガザにも「法の支配」を[安田菜津紀エッセイ]-2024年6月23日 7:00-[心のお陽さま 安田菜津紀](30)

 沖縄タイムスは、表題を次のように報じた。

1.昨年の10月以来、イスラエル軍によるガザでの虐殺は凄(せい)惨(さん)を極めている。国際刑事裁判所(ICC)のカーン主任検察官は5月20日、戦争犯罪などの疑いでイスラエルのネタニヤフ首相やガラント国防相らの逮捕状を請求すると発表した。
2.彼らが、ガザという狭く、逃げ場のない地で人々を散々追い詰め、いたぶり、傷だらけにしたあげく、ラファという南部の限られた場所に追いやり、命を奪ってきた人間たちであることは明白だ。それが罪にならなくて何が罪になるというのか。
3.その翌日、上川陽子外務大臣は、逮捕状請求について「今後の動向を重大な関心を持って、引き続き注視してまいりたい」と述べるにとどまり、フランスのようなICC支持の言及はなかった。
4.この空虚さは何だろうか。医師である蟻塚亮二さんの著書「沖縄戦と心の傷 トラウマ診療の現場から」の中の言葉を思い出す。被害と加害が生じている場での「支援者」のあり方について、こう綴(つづ)っていた。
5.「支援者が中立であることはとても有害だ」「むしろいない方がいい」「対立構図の中で、『中立を貫く支援者』は、逆にとても政治的な立場と行動を示すことになる」
6.圧倒的な力の不均衡の下、現在進行形で起きている虐殺への「中立」的な立場もまた、「有害」ではないのか。
7.その後、国際司法裁判所(ICJ)がラファへの攻撃の即時停止を命じたが、なおもイスラエル軍は、人々が身を寄せ合っていた難民キャンプを攻撃し、平然と人々を焼き殺していった。「どんなに殺しても、支援をしてくれる国、見過ごしてくれる国はある」と、権力者たちに思わせているのも、この「中立」ではないのだろうか。
8.「なんで、なんで、なんでこれを誰も止められないの」とラファにいる友人からも悲鳴が届く。本来、一日たりともあってはならないはずの事態が、300日近く続いている。ロシアによるウクライナ侵攻後に、岸田文雄首相らが強調していた「法の支配」を、今こそ加害者に問い、歯止めをかけるべきだろう。(認定NPO法人Dialogue for People副代表/フォトジャーナリスト)
(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1383429 参照 2024年6月23日)

(13)琉球新報-沖縄全戦没者追悼式 デニー知事が平和宣言 自衛隊増強に「強い不安」 交流による信頼関係を 慰霊の日(宮沢之祐)-2024年06月23日 12:39

 琉球新報は、表題を次のように報じた。

1.沖縄県は23日、沖縄戦で命を落とした20万人余に心を寄せ、平和を誓う「慰霊の日」を迎えた。79年前の激戦地、糸満市摩文仁の平和祈念公園では、県と県議会が主催する沖縄全戦没者追悼式が開かれた。
2.玉城デニー知事は平和宣言の中で「自衛隊の急激な配備拡張が進み、県民は強い不安を抱いてる」と、国が沖縄で進める防衛力強化に言及。参列した岸田文雄首相らを前に「沖縄の現状は、無念の思いを残して犠牲になられた御霊を慰めることになっているのか」と問いかけた。
3.式には遺族らに加え、額賀福志郎衆院議長や尾辻秀久参院議長も参列。正午の時報と共に黙とうした。
4.玉城知事は平和宣言で「抑止力の強化が地域の緊張を高めている」とした上で、平和を願う「沖縄のこころ」を国内外に発信することが世界の恒久平和につながると指摘。しまくとぅばと英語を交え、交流による信頼関係の構築を訴えた。
5.また、県遺族連合会の我部政寿会長は、終戦から79年がたつ中、遺児の平均年齢が83歳となった組織の維持の難しさに触れつつ「二度と戦没者遺族を出さないという強い信念をもって、これからも活動する」と誓った。
6.沖縄戦などで亡くなった人の名前を記す同公園の「平和の礎」には、今年も181人の追加があり、刻銘総数は24万2225人に。日曜の慰霊の日とあって訪れる人は早朝から途切れず、碑の前には手向けられた花束が並んだ。(宮沢之祐)
(https://ryukyushimpo.jp/news/entry-3225796.html 参照 2024年6月23日)

(14)琉球新報-【特別号】沖縄戦から79年 慰霊の日 平和 次代へ-2024年06月23日 09:42

 琉球新報は、表題を次のように報じた。

1.沖縄は23日、沖縄戦の組織的戦闘が終結したとされる「慰霊の日」を迎えた。多くの一般住民を巻き込み、悲惨な地上戦などが展開された沖縄戦から79年。県内各地の慰霊塔や戦跡には朝から多くの人々が訪れ、再び戦場にならないようにと不戦の誓いを新たにした。
2.戦争で亡くなった20万人余りを悼み、世界の恒久平和を願う「沖縄全戦没者追悼式」(県・県議会主催)が午前11時50分から、糸満市摩文仁の平和祈念公園で開かれる。平和祈念公園には早朝から多くの遺族らが訪れ「平和の礎」に花を手向け、手を合わせた。
3.平和の礎には国籍を問わず、沖縄戦などで命を落とした人々の名が刻まれている。今年、県出身の24人を含む181人が追加され、刻銘総数は24万2225人となった。
4.追悼式では、正午に黙とうをささげ、玉城デニー知事が平和宣言を読み上げる。
5.県遺族連合会の我部政寿会長が追悼の言葉を述べ、来賓の岸田文雄首相と額賀福志郎衆院議長、尾辻秀久参院議長もそれぞれあいさつをする。
6.また、県立宮古高校3年の仲間友佑さんが自作の平和の詩「これから」を朗読。世界で戦争が続くことに抗して「もっともっとこれからも/僕らが祈りを繋つなぎ続けよう」と誓う。
7.23日は各地で追悼式や慰霊祭が行われる。市民有志が平和の礎に刻銘された名前を読み上げていた取り組みは、この日の追加刻銘分で全て読み終える。
(https://ryukyushimpo.jp/news/entry-3220156.html 参照 2024年6月23日)

(15)琉球新報-【特別号】癒えぬ戦禍の傷 遺族、犠牲者思い涙 慰霊の日 沖縄戦から79年(狩俣悠喜、吉田健一)-2024年06月23日 10:06

 琉球新報は、表題を次のように報じた。

1.住民の4人に1人が亡くなった沖縄戦の終結から79年となる慰霊の日の23日、糸満市米須の魂魄の塔や摩文仁の平和の礎には早朝から多くの遺族や親族らが訪れ、亡くなった家族らに思いを寄せて恒久平和を願った。
2.米軍から移動を命じられた真和志村(現那覇市)の村民らが1946年2月、米須一帯の遺骨を収集して収めたのが魂魄の塔。収集された遺骨は5、6年の間で3万を超えた。23日午前6時すぎには、家族連れが花や飲み物を備えていた。
3.20日に梅雨明けした沖縄。23日午前7時時点で、手元の温度計で気温は、真夏日の31度になっていた。真榮城玄信さん(91)は、沖縄戦で、兄の玄徳さんを21歳で、玄松さんを19歳で亡くした。玄徳さんの写真と玄松さんの召集令状を手に魂魄の塔を訪れた。
4.「兄貴たちの犠牲の上で豊かな生活がある。安らかに眠ってほしいと語りかけた」と真榮城さん。ウクライナ侵攻などについて触れ「戦争で苦しむのは結局市民だ。政治家はしっかりしてほしい」と厳しい表情で語った。
5.今年新たに県出身者24人を含む181人の名前を追加刻銘された平和の礎いしじにも、早朝から遺族らが訪れた。家族の名前が刻まれた礎に花を手向け、手を合わせていた。刻まれた名前をなぞり、涙を流す人もいた。戦後79年がたった今も癒えない傷や怒り、悲しみを抱える県民は少なくない。
6.沖縄戦で叔父夫婦を失った新垣毅さん(45)は1人で平和の礎を訪れた。「20年前に沖縄に戻ってきてから毎年、礎を訪れている。慰霊の日は平和について考える日にしたい」と話した。
7.平和の礎には今年新たに追加された181人を含め24万2225人の名前が刻まれている。(狩俣悠喜、吉田健一)
(https://ryukyushimpo.jp/news/entry-3225676.html 参照 2024年6月23日)


by asyagi-df-2014 | 2024-06-24 06:47 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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