「コロナの法改正 罰則が先行する危うさ」、と朝日新聞社説。
2021年 01月 22日
確かに、罰則ありきの手法は、自らの誤謬をごまかすためにこれまでも仕組まれてきた。
コロナ禍は、あらゆる問題点を亜ぼりだしてきたが、一方では、「自粛」という沈黙を強いてきている気がする。
朝日新聞は2021年1月16日、「コロナの法改正 罰則が先行する危うさ」、と社説で論評した。
自らの「沈黙」という自粛を打ち破る意味で、この社説を押さえる。
朝日新聞(以下、「朝日」)は、この社説を、「政治の怠慢や判断の甘さを棚に上げ、国民に責任を転嫁し、ムチで従わせようとしている。そんなふうにしか見えない。」と始める。
このことの「朝日」の「罰則の先行」に関する問題点は次のもの。
(1)新型コロナ対策として、政府が進めている一連の法改正の内容が明らかになりつつある。共通するのは、制裁をちらつかせて行政のいうことを聞かせようという強権的な発想だ。
(2)例えば特別措置法をめぐっては、緊急事態宣言の発出前でも「予防的措置」として知事が事業者や施設に対し、営業時間の変更などを要請・命令できるようにする、応じない場合に備えて行政罰である過料の規定を設ける、などが検討されている。
(3)要請や命令の実効性を高めたいという狙いはわかる。だが倒産や廃業の危機に直面し、通常どおり仕事をせざるを得ないのが、このコロナ禍における事業者の現実ではないか。
この上で、「朝日」は、「まず考えるべきは、休業や時短に伴う減収分を行政が適切に支援し、人々が安心して暮らせるようにすることであり、それを法律に明記して約束することだ。ところが政府案では、そうした措置は国・自治体の努力義務にとどまる見通しだという。」及び「本末転倒というほかない。どうしたら事業者の理解と協力を得られるかという視点から、全体像を見直す必要がある。」、と断じる。
何が問題なのか。
「朝日」は、「感染症法の改正では、保健所の調査を拒む、うその回答をする、入院勧告に従わないといった行為に、懲役刑や罰金刑を科す案が浮上している。接触者や感染経路を割り出す作業はむろん大切だ。だが、いつどこで誰と会ったかはプライバシーに深くかかわる。刑罰で脅せば、市民との信頼関係のうえに成り立ってきた調査が変質し、かえって協力が得られなくなる事態を招きかねない。」とし、「何より今は、一部で疫学調査が満足にできないレベルにまで感染者が増え、入院相当と診断されても受け入れ先が見つからない状態だ。いったい何を意図しての罰則の提案なのか。そもそも調査や入院勧告の拒否、無断外出などの件数がどれほどあるか、理由は何で、どんな支障が出ているか、政府は具体的なデータを示していない。罰則を必要とする事情を説明しないまま、ただ感染抑止のためだと言われても、真っ当な議論は期待できないし、社会の認識が深まるはずがない。」、と批判する。
最後に、「朝日」は、「日本にはハンセン病患者の強制隔離など深刻な人権侵害の歴史がある。医学界はおととい緊急声明を出し、感染症の制御で必要なのは国民の理解と協力であり、強制的な措置はむしろデメリットが大きいとした。ほかならぬコロナ対応の現場を担う当事者の声に、政府は真摯に耳を傾けるべきだ。」、とまとめる。
この「朝日」の最後のまとめは、重要な指摘である。
目の前に、真実は横たわっている。
by asyagi-df-2014
| 2021-01-22 07:26
| コロナ禍を生きる
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