東京地裁は、安全保障関連法が憲法に違反するかが争われた訴訟の判決で、憲法判断をせずに原告の請求を棄却。

 朝日新聞は2019年11月7日、表題について、「安保法制違憲訴訟、原告敗訴 東京地裁も憲法判断せず」、と次のように伝えた。


(1)集団的自衛権の行使を認めた安全保障関連法が憲法に違反するかが争われた訴訟の判決で、東京地裁(前沢達朗裁判長)は7日、憲法判断をせずに原告の請求を棄却した。全国各地で起こされている一連の訴訟で、判決は札幌地裁に続いて2件目。原告側は控訴する方針。
(2)2016年の安保法施行により、憲法前文にある平和に生きる権利(平和的生存権)や人格権が侵害されて精神的苦痛を受けたとして、市民ら約1550人が国に1人10万円の賠償を求めていた。
(3)判決は「平和とは抽象的な概念で、個人の思想や信条で多様なとらえ方ができる」と指摘した上で、平和的生存権は国民に保障された具体的な権利とはいえないと判断した。
また、安保法の施行によって「戦争やテロの恐れが切迫し、具体的な危険が発生したとは認めがたい」とも言及。人格権が侵害されたとの訴えも退けた。違憲性については、具体的な権利の侵害があったとは認められないとして判断を示す必要はないと結論づけた。
(4)判決後、原告側の弁護団は会見し、「違憲性の判断を回避し、司法の誇りを捨て去った『忖度』判決と言われてもやむをえない」と批判した。」
(5)安保法制をめぐる訴訟は全国22の裁判所や支部で25件起こされ、原告の数は7700人にのぼる。                               (新屋絵理)


 また、このことに関して、東京新聞(以下、「東京」)は2019年11月8日、「安保法制判決 司法は本質を直視せよ」、と社説で論評した。
 「東京」は、「安全保障関連法は『違憲だ』とする集団訴訟で東京地裁は訴えを退けた。ただ合憲とも言わず憲法判断を避けたのは、問題の本質を直視しない表れではないか。司法の消極主義は極めて残念だ。」、と断じた。
また、「東京」はこの判決について、「ピストルの例え話をしよう。銃弾が発射され、標的の人に向かって飛んでいる。それを超スローモーションで見たら…。確かに銃弾は空中にあるので、その時点では人には何ら被害は起きていない。しかし、危険は刻一刻と迫り、いずれは人に命中する。」、と例えた。
 「東京」の指摘の根拠は、次のもの。


(1)二〇一四年に政府は従来の解釈を一転させ、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定をした。それに基づき安保法制がつくられ、一六年に施行された。事実上の解釈改憲であり、大多数の憲法学者から当時、「違憲」「違憲の疑い」と指摘された。
(2)安保法制は野党や国民からも「戦争法案」と呼ばれ、「戦争ができる国」へと変質しているとの声が上がった。元内閣法制局長官は別の裁判所で「丸ごと違憲」と証言している。
(3)確かにかつての「専守防衛」の枠から逸脱する防衛力が装備されつつある。自衛隊の任務も変わりつつある。例えば海上自衛隊の護衛艦「いずも」は事実上の空母に改修され、F35B戦闘機が搭載予定だからだ。これは憲法九条下で保有できないとされてきた攻撃型空母の機能を果たしうる。
(4)防衛費も二〇年度の概算要求は約五兆三千二百億円と過去最大規模に膨らむ。軍事大国化はもはや懸念の域を超えつつある。中東で米国が求める有志連合には加わらないが、自衛隊がいずれ中東地域に派遣され、近くの米軍艦船が攻撃されたら、自衛隊は紛争に巻き込まれる恐れはないか。交戦状態にならないか。閣議決定以来、なし崩し的に事は進み始めている。


 「東京」は、最後に、次のように警鐘を鳴らした。


(1)全国二十二の地裁で起こされた訴訟だ。東京の原告は実に約千五百五十人。みんなが迫りくる“ピストルの弾”という危険におびえている。札幌地裁に続き、今回も判決は「原告の精神的苦痛は義憤ないし公憤。法的保護を与えられるべき利益でない」と一蹴した。だが、この訴訟の本質は、安保法制に対する憲法判断を迫ったものだ。
(2)それに応答しない判決は肩透かし同然である。ならば「合憲」と言えるのか。違憲なら止めねばならぬ。その役目は今、司法府が負っている。裁判官にはその自覚を持ってもらいたい。


 原告側弁護団の「違憲性の判断を回避し、司法の誇りを捨て去った『忖度』判決と言われてもやむをえない」、との告発を噛みしめる




by asyagi-df-2014 | 2019-11-13 07:13 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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