沖縄-辺野古-沖縄 高江から-2019年8月14日

 沖縄の旧盆の13日、日常の平穏は持たされなかった。
「【宜野湾】沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落から15年となる13日は旧盆のウンケーでもあったが、米軍普天間飛行場は朝から戦闘機やヘリの離着陸が繰り返された。宜野湾市の基地被害110番には午後3時すぎまでに市民から『大切な日なので静かにして』『うるさい。異常だよ』などの苦情が10件寄せられた。県と宜野湾市の騒音測定調査によると、滑走路の延長線上にある上大謝名公民館で、F35B2機が離陸した午前10時52分とFA18戦闘機2機が離陸した午後2時29分、最大112・9デシベルの騒音が発生した。CH53Eヘリや輸送機MV22オスプレイの離着陸もあった。」、と琉球新報。
「テレビで甲子園の野球観戦をしていた男性(65)=市神山=は、騒音で音声が何度もかき消され『嫌だね』とため息をついた。『ここ数日は特にひどい。せめて旧盆の最終日までは静かにしてほしい』と切に願った。」(琉球新報)の声を誰が発せさせているのか。


 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2019年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2019年8月14日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-米軍ヘリ沖国大墜落 事故から15年の日も米軍機騒音 ウンケー重なり、市民怒り-2019年8月14日 08:00


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「【宜野湾】沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落から15年となる13日は旧盆のウンケーでもあったが、米軍普天間飛行場は朝から戦闘機やヘリの離着陸が繰り返された。宜野湾市の基地被害110番には午後3時すぎまでに市民から『大切な日なので静かにして』『うるさい。異常だよ』などの苦情が10件寄せられた。」
②「県と宜野湾市の騒音測定調査によると、滑走路の延長線上にある上大謝名公民館で、F35B2機が離陸した午前10時52分とFA18戦闘機2機が離陸した午後2時29分、最大112・9デシベルの騒音が発生した。CH53Eヘリや輸送機MV22オスプレイの離着陸もあった。」
③「上大謝名に住む女性(81)は午前9時前、台所で旧盆の準備をしている時にF35の「ゴー」という音を聞いた。『とても嫌な気持ちになった。先祖にも失礼だ』と眉をひそめた。」
④「旧盆中、家族連れでにぎわう市内の公園。子どもと訪れていた女性(43)=市我如古=は『昨日から飛び交い、低空飛行のジェット機を見た時は怖かった』と表情を曇らせた。『旧盆中は静かにしてほしい』と訴えた。」
⑤「テレビで甲子園の野球観戦をしていた男性(65)=市神山=は、騒音で音声が何度もかき消され『嫌だね』とため息をついた。『ここ数日は特にひどい。せめて旧盆の最終日までは静かにしてほしい』と切に願った。」


(2)琉球新報-高江の土壌、県外で処分 2017年の米軍ヘリ炎上 米、日本側に知らせず-2019年8月14日 07:00


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「2017年に東村高江で発生した米軍ヘリ不時着・炎上事故で、米軍が現場から持ち去って浦添市の牧港補給地区(キャンプ・キンザー)に運び込んでいた土壌の一部が、既に県外で処分されていたことが13日までに分かった。在日米軍は琉球新報の取材に『日本本土の適切な施設で処分した』と回答したが、処分の方法や時期、量などは明らかにしていない。」
②「米軍は事故当初から日本側を事故機周辺に近づけさせず、一方的に土壌を持ち去った。さらに日本政府に知らせずに処分しており、事故の実態を検証する重要な材料が失われた。なお、約2立方メートルの土壌がキンザー内に残されており、米軍は今後、米本国に運んで処分するとした。」
③「調査団体『インフォームド・パブリック・プロジェクト』の河村雅美代表が土壌の処理状況に関する資料を情報公開請求したが、沖縄防衛局はほとんどが黒塗りの資料を提出した。これを受け、本紙が在日米軍に取材した。土壌の管理状況を把握するため県などが求めていたキンザー内への立ち入りを認めなかった理由について、米軍は『日米合同委員会の環境分科委員会を通じて調査を要請する手順が定められているが、現在までに要求はない』との見解を示した。」


(3)沖縄タイムス-新基地建設の軟弱地盤 改良事業を発注 契約した3社に防衛省OB再就職-2019年8月14日 06:30


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「名護市辺野古の新基地建設を巡り、沖縄防衛局は9日、大浦湾側で確認されている軟弱地盤を地盤改良するための基本設計の作成と環境影響を検討する各事業を7月23日に契約したことをホームページで公表した。契約4社のうち3社は防衛省OBが再就職した企業となっている。」
②「基本設計は日本工営・日本港湾コンサルタント共同体が4億6805万円(落札率99・92%)、環境影響検討はいであ・沖縄環境保全研究所共同体が6710万円(同99・04%)で契約。日本港湾コンサルタント以外の3社は防衛省OBが再就職していることが明らかになっている。」
③「防衛局が地盤を改良するためには玉城デニー知事に建設計画の変更を申請する必要がある。政府は年内にも申請を目指している。」
④「各事業は4月から5月にかけて入札を受け付け、入札参加社が6月に提案書を提出し、7月に見積もり合わせを経て契約された。」


(4)沖縄タイムス-日本の土地で米軍事故 実現しない日本側による捜索・検証 沖縄県が2017年に日米地位協定の改定求める-2019年8月14日 16:30


 沖縄タイムスは、「沖縄県は2017年9月に政府へ日米地位協定の改定を要請した中で、米軍施設・区域の外で起きた米軍機事故に関して『日本の当局が捜索、差し押さえ、検証できる権利を行使する』『事故現場などの必要な統制は日本の当局が主導する』ことを明記するよう求めている。改定は実現していない。県は要請で、04年の沖国大米軍ヘリ事故で米海兵隊員が現場を統制し、県民の強い反発を招いたこと、08年10月に名護市で発生したセスナ機墜落事故で日本側が機体の差し押さえに同意を求めたものの、米軍が拒否したことを問題視した。理由では『施設・区域の外では米国の管理権が及ばないことから日本側が検証や現場統制などを行う必要がある』と説明している。」、と報じた。


(5)沖縄タイムス-[視点]沖国大ヘリ墜落15年 大学は事故伝え続けて-2019年8月14日 15:00


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「沖国大へのヘリ墜落から15年。旧盆中とはいえ、大学主催の集会に参加した一般学生は数えるほどしかいなかった。」
②「沖国大が実施した学生アンケートでは、墜落事故の『詳細を知っている』割合が15・9%。1年生に限ると10・8%まで下がる。事故で焦げたアカギや校舎の壁を保存している学内の『ポケットパーク』や、図書館にある事故関連資料室の存在は4割が知らない。毎年のように開いている集会についても、知っているのは3割未満だ。」
③「『事故についてどう感じるかは個人の自由。誘導しようとしていて気持ち悪い』『アンケート自体が不愉快』。自由記述を見ると、知ろうとすることそのものに否定的な学生もいる。」
④「大学が墜落の事実を十分伝えられていないのは事実だろう。ただ大学側も、試行錯誤しながら『記憶の継承』に取り組んでいる。アンケートを通じて学生の声に耳を傾けたのは、この15年で初めて。墜落を目撃した教職員のインタビューを映像にまとめたのも初めてだ。」
⑤「映像製作に関わった学生3人は『たまたま映像関係のゼミに所属していて声が掛かった』という。多くの学生と同じようにポケットパークや資料室に縁がなかったが、インタビューを撮る中で発見があった。3人は今『基地に賛成か反対かは別にして、墜落の事実は拒絶せず知ったほうがいい』と口をそろえる。」
⑥「必要なのは、きっかけだ。普天間飛行場に隣接する大学として、芽が出ると信じて種をまき続けてほしい。」                             (中部報道部・平島夏実)


(6)沖縄タイムス-「テープを出せ」喜べなかったスクープ映像 沖国大ヘリ墜落、テレビ記者が感じた怒りと理不尽さ-2019年8月14日 11:43


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「15年前の8月13日に起きた沖縄国際大学への米軍ヘリコプター墜落事故では、米軍が大学構内を含む民間地を一方的に封鎖した。日本側の警察、消防のほか、宜野湾市長も、副知事も立ち入りを許されない『日本の主権が侵害された空間』が突然生じたのだ。事故機が衝突した大学本館の内部に入り、事故現場を撮影した琉球朝日放送(QAB)の記者とカメラマンは、米兵から録画済みテープを出すよう威圧されながら『事故の実態を報道する』と逃げ切った。米軍の対応は日米地位協定に違反していると指摘してきた新垣勉弁護士は『日本の対米従属的な姿勢は15年たっても改善されていない』と語る。」 (政経部・福元大輔)
(2)本館の窓ガラスを粉々に割った大きな部品が部屋の中に横たわっていた。その窓から焼け焦げた機体がはっきりと見えた。QABの実近良雄記者(現コンテンツビジネス部専任部長)と、笠間博之カメラマン(現報道部映像デスク)は、事故から約2時間後、報道機関として最も墜落現場に近づいた。米軍が立ち入りを規制していた本館内には警報器が鳴り響き、焦げ臭さが漂っていた。他のマスコミは自分たちのいる建物にカメラを向けている。ただならぬ緊張が走った。」
(3)「本館に入る前、現場周辺に到着した2人は米軍の取材妨害に遭い続けた。米兵がカメラの前に帽子をかざし、『ノーキャメラ』と執拗(しつよう)に追いかけてきた。『少しでも核心に近づきたい』『迫力ある絵を撮りたい』。そんな報道マンの意識が、いらだちを増幅させていった。」
(4)他のマスコミや市民らの不満や怒りも高まっていた。『米軍に規制する権利があるのか』『ここは植民地ではない』。あちらこちらで怒号が飛び交った。」

■どこまでばかにする気か
(5)「事故の1時間後、事故機と同じ普天間飛行場所属のCH46ヘリが現場上空を旋回した。『どこまでばかにする気か』。ヘリを追う笠間さんのカメラは震えた。「駄目と言われるまで進んでみよう」。実近さんの提案で、本館に近づいてみた。『むやみやたらに入ろうとしたわけではない』。本館の裏側に規制線のない、開いたままの扉があった。ピザやハンバーガーを食べる米兵2人と目が合ったものの、止められることはなかった。本館の1階、2階、3階と撮影した。ヘリコプターの部品の一つ一つがテープに刻まれる。機体は原形をとどめていない。事故の実相が少しずつ見えてきた。」
(6)10~15分後、3階の外階段に出た時、事故機のそばにいた米兵に見つかった。5~6人に階段を引きずられるように下ろされ、1階で囲まれた。」
(7)「『テープを出せ』『身分証を見せろ』。米兵から発せられる高圧的な大声を日本人が通訳する。『民間地で撮影したのに、なぜそんなことを言われるのか。怒りと戸惑いがあった』と笠間さん。『それでも視聴者に伝えなければならない』と必死だった。隙を見て抜け出すと、米兵が追ってきた。騒ぎを知った学生が間に入り、時間をつくってくれた。途中で実近さんにテープを渡し、空になったカメラを米兵に見せ、逃げ切った。」
(8)笠間さんは『スクープを喜べる感情はなかった』、実近さんは『体に危害を加えないだけで、すごい怒鳴り声で威圧された。怒りと理不尽さを感じ、ショックを受けた』と振り返る。」
(9)「この事故の後、日米ガイドラインで事故現場の規制ルールが策定されたが、2人は『ルールを作っても、民間地での地元の人との接し方や、人権感覚が改善されない限り、米軍とのトラブル、混乱といった問題は解決しない』と語気を強めた。」



by asyagi-df-2014 | 2019-08-14 17:36 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
画像一覧
更新通知を受け取る