水俣病は、終わっていないということ。(3)-熊本日日新聞20180926-

 水俣病は、1968年9月26日に政府が水俣病を公害と認定してから50年の節目を迎えた。
「水俣病は終わっていない」ということの確認のために、熊本日日新聞(以下、「熊日」)の社説を見る。
 「熊日」は2018年9月26日、「水俣病公害認定50年 被害を直視する覚悟必要だ」、と社説で論評した。
「熊日」は、「水俣病はきょう、政府の公害認定から50年の節目を迎えた。公害健康被害補償法(公健法)に基づいて熊本・鹿児島両県に患者認定を申請し、結果を待つ人は8月末で1800人を超える。また、認定や補償を求め約1500人が訴訟を続けている。」
、と「水俣病は終わっていない」状況を指摘し、「国、熊本県、チッソは、解決とは程遠いこうした現実を直視し、水俣病問題への対応を根本から見直すべきだろう。」、と主張する。
「熊日」は、この現在に至る水俣病問題を、次のように指摘する。


(1)1968年9月26日、当時の園田直厚相は56年に公式確認された水俣病について、「水俣湾でとれる魚介類を多量に食べることによって起こる中毒性の中枢神経系疾患」とする政府見解を発表。「原因は新日本窒素(現チッソ)の水俣工場から排出されたメチル水銀化合物による公害病」と初めて認めた。
(2)公式確認以降、疑惑の目を向けられるたびに反論を重ねるチッソを、政府が加害者の席に座らせた意義はあっただろう。ただ水俣病の歴史をひもとくと、政府自身も原因究明を阻む側に立っていたことが分かる。公式確認から公害認定まで12年を要した政府対応の遅れが、より多くの命と健康を傷つけることにつながった。もっと早く手を打っていれば、65年に公式確認され、水俣病と同時に公害認定された新潟水俣病も被害の拡大を防げたのではないか。
(3)水俣病患者の発生は60年を最後として終息している-。政府見解はこう言い切った。被害を小さく見せようとする政府の意図が透けるようだ。59年の見舞金契約、73年の1次訴訟とその後の補償協定締結、95年の政府解決策、2009年成立の水俣病特別措置法。何度も「終わった」とされた水俣病だが、問題が再燃するたびに、行政は目の前の対応に終始し、矛盾を拡大してきた。


 「熊日」は、最後に、「中川雅治環境相は、きのうの閣議後記者会見で『現在も公健法の認定申請や訴訟を行う人が多くいることを重く受け止めている』と述べ、水俣病発生当初の対策の遅れが被害を拡大させたとの認識を示した。熊本・鹿児島両県による認定患者は2282人。2度の政治決着に伴って一時金などを支給された未認定患者は4万人を超える。国は、水俣病被害の大きさをありのままに捉える覚悟を持つべきだ。」、と断じる。



 確かに、国、熊本県、チッソは、解決とは程遠い「水俣病は終わっていない」という水俣病問題の現実をきちんと把握し、この問題への対応を根本から見直さなけねばならない。




by asyagi-df-2014 | 2018-10-08 06:43 | 水俣から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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