「魂の飢餓感」。こんな表現ができる人が政治家だった。(2)

 「魂の飢餓感」。
こんな表現ができる人が政治家だった。
 「政治の幅は生活の幅を上回れない」。
 この埴谷の言葉に挑戦する人だった。


ここは、沖縄タイムス(以下、「「タイムス」」)の社説を見る。
「タイムス」は、次のように記す。


(1)「翁長雄志知事が8日夕、膵臓(すいぞう)がんのため、入院中の浦添市内の病院で急逝した。67歳だった。」
(2)「そのわずか1時間半ほど前、謝花喜一郎副知事が県庁で記者会見し、知事の職務代理を置くことを発表したばかりだった。」
(3)「あまりにも突然の訃報というしかない。」
(4)「翁長知事は4月に膵臓の腫瘍の摘出手術を受け、ステージ2の膵臓がんだったことを公表していた。5月に退院した後は、抗がん剤治療を受けながら県議会や慰霊の日の式典など公務をこなしてきた。しかし新基地建設を巡り埋め立て承認撤回を表明した7月27日の会見以降、公の場には姿を見せていなかった。がんは肝臓にも転移し、7月30日に再入院していたという。」


 「タイムス」は、沖縄県知事翁長の『姿』をこう描写する。


(1)「糸満市摩文仁で開かれた慰霊の日の沖縄全戦没者追悼式で、知事は直前までかぶっていた帽子を脱ぎ、安倍晋三首相を前にして、声を振り絞って平和宣言を読み上げた。」
(2)「『新基地を造らせないという私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません』」
(3)「翁長知事は在任中の4年間、安倍政権にいじめ抜かれたが、この姿勢が揺らぐことはなかった。安易な妥協を拒否し、理不尽な基地政策にあらがい続ける姿勢は、国際的にも大きな反響をよんだ。」
(4)「知事は文字通り命を削るように、辺野古反対を貫き、沖縄の自治と民主主義を守るために政府と対峙し続けたのである。」
(5)「その功績は末永く後世まで語り継がれるに違いない。心から哀悼の意を表したい。」

 「タイムス」は、翁長さんの人となりを示す。


(1)「翁長知事は政治家一家で育った。」
(2)「旧真和志村長だった父助静さんは、軍用地の一括払いなどを巡る『島ぐるみ闘争』の超党派代表団に選ばれ、沖縄の声を全国に伝えた。」
(3)「元副知事の兄助裕さんは、1994年の知事選に立候補し『保革を超え、県民の心を一つにした県政を』と訴えた。」
(4)「翁長知事は父親や兄から保守中道の姿勢を受け継ぎ、県民が心を一つにして基地問題に取り組むことが必要だと説き続けた。」
(5)「仲井真弘多前知事が2010年11月、再選を期して立候補した時、辺野古反対を公約に掲げるよう仲井真氏に直談判したのは翁長知事である。」
(6)「4年前の知事選では翁長氏が仲井真氏に10万票近い大差をつけて当選、保革を超えた新しい政治潮流の台頭に全国から多くの期待が寄せられた。」


 新聞社である「タイムス」は、最後に、沖縄の政治状況を伝える。


(1)「公選法により後継を選ぶ知事選は、県選挙管理委員会に死亡を通知後、50日以内に実施される。9月中となる見込みだ。県政奪還を狙う自民党県連などでつくる候補者選考委員会は既に宜野湾市の佐喜真淳市長の擁立を決めている。」
(2)「県政与党や知事を支える県選出国会議員、オール沖縄の代表は、一日も早く今後の対応を協議し、志半ばに倒れた翁長知事の遺志を受け継ぐ後継候補を決めなければならない。」
(3)「県内政治の流動化が一気に加速しそうだ。」


 確かに、「魂の飢餓感」と言い切る感性と知識の人は、「安倍政権にいじめ抜かれたが、この姿勢が揺らぐことはなかった。安易な妥協を拒否し、理不尽な基地政策にあらがい続けた」(沖縄タイムス)との人でもあった。
 この「魂の飢餓感」を言い切るには、命を削ってでも、辺野古反対を貫き、沖縄の自治と民主主義を守るために政府と対峙し続けなくてはならなかった。
 政治家翁長は、個人の記憶の深く残る人となった。



by asyagi-df-2014 | 2018-08-16 06:11 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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