沖縄タイムスの『沖縄・基地白書』を読む。(30)

 沖縄タイムスは、「国内の米軍専用施設面積の70・4%が集中する沖縄では、名護市辺野古の新基地建設以外にも騒音や墜落の危険性などの問題を抱えている。国防や外交の視点ではなく、住民の暮らしの目線から沖縄の米軍基地問題を検証する。」、と『沖縄・基地白書』の連載を始めた。

 今回は、第28回-「沖縄・基地白書(28)わが子は無事だった… 今でも涙にじむ落下物事故 「世界一危険な基地」の不条理」(2018年6月10日)から。
 今回の話は、第1部 被害 普天間飛行場。
こう始まる。


(1)「2017年12月7日、米軍普天間飛行場の北側に位置する宜野湾市野嵩の緑ヶ丘保育園で大きな音が鳴り響いた。」
(2)「『ドン、ガガガガ』」
(3)「1歳の子どもたちが遊ぶ部屋のトタン屋根に落ちたのは円筒。高さ約9・5センチ、直径約7・5センチ、厚さ約8ミリの円筒には『REMOVE BEFORE FLIGHT』(飛行前に外せ)と英語表記の赤いラベルが貼られていた。落下の数分前、沖縄防衛局の離陸調査では滑走路から野嵩向けにCH53大型輸送ヘリが離陸していた。けが人はいなかったが、子どもの命が危険にさらされた事故は県内外に衝撃を与えた。」


 この話は、決着が放棄されたままに今も続く。


(1)「その1週間後、12月13日に普天間に隣接する普天間第二小学校のグラウンドにCH53ヘリの窓が落下。在沖海兵隊はその日のうちに県に謝罪し、日本政府と米軍は学校上空の飛行を『最大限可能な限り避ける』ことを合意した。沖縄防衛局は上空を飛ばないよう監視するためカメラ設置や職員を配置するが、合意された文言はあいまいで、実効性は不透明なままだ。」
(2)「米軍が『世界一危険な基地』と自認する普天間飛行場は開発段階から死亡事故が多発し、現在でも事故が多いオスプレイや、2004年に沖縄国際大学に墜落したCH53ヘリなどが常駐する。」
(3)「宜野湾市のど真ん中にある飛行場の周囲には18の小中学校、高校、大学があり、保育園や幼稚園、公共施設は120以上に上る。」
(4)「普天間第二小での窓落下など落下物事故を含めた普天間所属機の事故は、宜野湾市によると1972年の本土復帰から今年2月までに135件発生。年平均で約3回事故が発生し、住民は日常的な騒音被害だけでなく事故による命の危険にさらされている。」
(5)「市普天間に住む宮城智子さん(48)は緑ヶ丘保育園で事故があった際に娘が年長クラスに通い、今年4月に普天間第二小に入学。長男は普天間第二小の事故当時に6年生だった。わが子は無事だったが、当時を思うと今でも涙がにじむ。自身も宜野湾で育ち、すぐそばにあるフェンスはなくならないと思っていた。事故後は『事故が起き続けている中で、市民が声を上げてもなぜなくならないのか』と考えるようになった。」
(6)「事故を受け、保育園の保護者が立ち上がり国や県に保育園の上を米軍機が飛ばないよう求める嘆願書を提出した。しかし、具体的な対応を示さない国に不条理を強く感じている。」
(7)「『声が届かない。米軍と国民どっちを見ているのか』」
(「沖縄・基地白書」取材班・銘苅一哲)

※[メモ]安全対策強化の場周経路形骸化
「日米両政府は1996年に普天間飛行場に関する騒音防止協定を結び、米軍機の飛行ルートや高度を定める『場周経路』について『できる限り学校や病院、住宅密集地上空を避ける設定をする』と規定した。実際には日常的に学校の上を飛行する状態が続き、2004年に沖縄国際大学にCH53ヘリが墜落した。沖国大の事故を受け日米は07年に滑走路への進入路を改善し住宅地密集地を回避する案を合意。しかし、沖縄防衛局の航跡調査では交通量の多い国道58号や西海岸地域上空を飛行する実態が明らかになっており、住民からも場周経路が守られていないとの指摘が続いている。」


 政治は、自らの過ちを、住民の日常性の中に埋没させてきた。
 また、政治は、こうした悪しき手法を繰り返してきた。
しかし、その日常性こそが人の命を奪う元凶であることに、気づかされないはずはない。
それは、あまりにも、政治が人の命を奪ってきたから。
 心は叫び出す。
 「事故が起き続けている中で、市民が声を上げてもなぜなくならないのか」、と。




by asyagi-df-2014 | 2018-06-19 07:03 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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