沖縄タイムスの『沖縄・基地白書』を読む。(13)

 沖縄タイムスは、「国内の米軍専用施設面積の70・4%が集中する沖縄では、名護市辺野古の新基地建設以外にも騒音や墜落の危険性などの問題を抱えている。国防や外交の視点ではなく、住民の暮らしの目線から沖縄の米軍基地問題を検証する。」、と『沖縄・基地白書』の連載を始めた。
 今回は、第12回-「沖縄・基地白書(12)住宅近くの実弾射撃『異常さ分かった』 流弾におびえる集落」(2018年3月16日)から。
 今回の話は第1部 被害 金武町伊芸。
実弾射撃訓練との『共生』を強いられ続けている所の話。
 沖縄タイムスは、始める。


(1)「『パン、パン、パラパラ−』。金武町伊芸区。沖縄自動車道に隣接する小高い丘から米軍キャンプ・ハンセンを望むと、都市型戦闘訓練施設の奥の山から、実弾射撃の音が響いた。住宅街から一番近い演習場レンジ4までの距離はわずか300メートル足らず。住民は実弾射撃訓練との『共生』を強いられ続けている。」
(2)「ハンセンは、実弾射撃訓練が認められている海兵隊の演習場で、金武町と恩納村、宜野座村、名護市にまたがる。中でも、伊芸区は戦後1947年に区域の8割が演習場として強制接収された。」
(3)「ピストルなどの小型武器での訓練が朝鮮、ベトナム戦争を機に規模は拡大。73年からは県道104号を封鎖して恩納岳に向け実弾砲撃演習を繰り返した。着弾のたびに住宅街にさく裂音が響き、窓が揺れ、赤ちゃんが泣いた。演習は97年まで続いた。『演習は本土に移った。でも、平穏は戻らなかった』。伊芸区の山里均区長は、深いため息をつく。」
(3)「県のまとめでは、復帰後、県内では米軍基地から民間地への被弾が27件発生している。だが、伊芸区の記録では56年以降、流弾や砲弾の破片落下、演習場内での不発弾爆発などの事件・事故は42件に上る。記憶に新しいのは2008年12月の被弾事件だ。住宅の車のナンバープレートに銃弾がめり込んでいるのが見つかった。『犠牲になるのはいつも区民。今だって、どこから弾が飛んでくるか分からない』。」
(4)「被弾事件現場の向かいに住む安富祖毅さん(71)は演習場に囲まれた区の現状をこう訴える。銃弾が見つかったのは自宅から10メートル足らずの駐車場。当時、小学校低学年だった孫が、いつも遊んでいる場所だった。『区民が演習場を誘致したわけではない。演習が続く限り、何が起きるか分からない』と不安を口にする。」
(5)「事件後、県内外からマスコミが殺到し、被害状況を伝えた。だが『関心があるのは一瞬』。いつの間にか熱は冷め、10年たった今、危険だけが変わらず残る。」
(6)「金武町議会の米軍基地問題対策調査特別委員会の委員長を務めた仲間昌信前町議は、104号越え演習の移転先の矢臼別(北海道)、王城寺原(宮城県)演習場などを視察し『住宅がどこにもない』ことに驚いた。『住宅近くの実弾射撃がいかに異常かが分かった』と明かす。その上で「「本土の無関心が基地負担の押し付けにつながっている。日本を守る安全保障で住民の命が脅かされることがあってはならない」と訴える。
(「沖縄・基地白書」取材班・大野亨恭)
(7)[メモ]流弾事件未解決 地位協定が壁に:「県内でたびたび発生する米軍基地内からの流弾事件は『未解決』が多い。壁となっているのが日米地位協定と合意議事録だ。米軍基地内で日本側の捜査当局の捜索や検証は米軍の同意が必要で、仮に米軍が立ち入りを認めても立件は極めて困難だ。2002年に名護市数久田で発生したシュワブからの被弾事件で、県警は立ち入りや試射を実施したが米軍は関連を否定し、立件は見送り。08年金武町伊芸の被弾事件では米軍が県警の立ち入りを認めたのは発生から10カ月後。那覇地検は不起訴処分とし、米軍は否定したため迷宮入りした。」


 確かに、常に、強調されるのは、「本土の無関心が基地負担の押し付けにつながっている。日本を守る安全保障で住民の命が脅かされることがあってはならない」、ということだ。
 これは、日本人に向けて発信されている。




by asyagi-df-2014 | 2018-03-26 07:18 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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