自民党の改憲案の『愚』。社説、論説から。~愛媛新聞20180225~

 愛媛新聞2018年2月25日、「「教育」自民改憲案 機会均等は既に定められている」、とその社説で論評した。
この中で、愛媛新聞は、「教育を改憲の道具として都合良く利用することに、異議を唱えたい。」、とに断ずる。
 また、その理由を、「自民党の憲法改正推進本部は教育の充実に関する改憲条文案を大筋で了承した。教育を受ける権利を定めた26条1項に『経済的理由によって教育上差別されない』の一文を加え、新たに3項を設けて、国に教育環境を整備する努力義務を課す。しかし26条は、すべて国民は『ひとしく教育を受ける権利を有する』と定めている。それを受けた教育基本法4条も『経済的地位』などによって『教育上差別されない』としており、改憲しなくても、機会の均等は既に明文化されている。」、と明確にする。


 また、次のように続ける。


(1)「格差が深刻化した現代、等しく受けられるはずの教育の環境が整っておらず、解決が喫緊の課題であることはいうまでもない。だが、その原因は憲法の不備にあるのではない。憲法に定められていながら、努力を怠っている政治の問題だ。」
(2)「3項条文案の『国は、教育環境の整備に努めなければならない』は、国の当然の責務。そう考えているのなら、改憲に時間を費やす前に、無償化や奨学金制度拡充などの仕組みづくりと財源確保を急がねばならない。」
(3)「そもそも、自民が進める改憲の目的が教育の充実からかけ離れている。背景にあるのは、安倍政権が本丸とする9条改憲への協力を、日本維新の会から取り付けるという政治的思惑だ。維新の改憲案は、幼児教育から高等教育までの無償化を盛り込んでいる。主張の一部を取り入れることで理解を得て、9条改憲につなぐ狙いがある。」
(4)「ただ、無償化を憲法に明文化すると、実行できなかった際に訴訟リスクを負う。自民は、先の衆院選で唐突に無償化を公約に掲げたが、毎年4兆円を超えるとされる財源のめどが立たない。そこで、改憲イコール無償化と受け止められないよう『無償化』の表現を避けた。」


 この問題に関しては、愛媛新聞は、「こうして『細心の注意』で妥協の産物を考えた結果、党内から必要性に疑念の声が上がり、維新からも同意を得られていない。『国民投票にかかる850億円の経費を教育無償化に回した方がいい』(社民党の照屋寛徳国対委員長)との指摘は、もっともだろう。」、とまとめるのである。


 さらに、「新設の3項案に、教育の役割として『国の未来を切り拓く』との文言が盛られたことも看過できない。政府は今、学費免除や給付型奨学金について、対象を社会や産業界のニーズを踏まえた大学に限定し、企業などでの実務経験のある教員の配置も要件として検討している。改憲で、国の思惑通りに働く人の育成や人事への介入を進めることはあってはならない。」、と疑問を呈する。


 愛媛新聞は、「教育」自民改憲案の『愚』を、「日本の教育費の公的負担は先進国の中で最低水準にある。国際人権規約で義務付けられている高等教育の無償化も守っていない。学びたいと思えば誰でも自由に学べる制度の、一刻も早い実現を求めたい。それは、改憲しなくてもできる。」、ろ描ききる。


 確かに、愛媛新聞が指摘するように、次のことが言える。


Ⅰ.政権政党の成長戦略という格差を認める政治の中で、当然のごとく格差は拡大され、、深刻な社会不安をもたらしている。この格差は教育の分野にも持ち込まれ、憲法26条で謳われている等しく受けられるはずの教育条件もまた、「格差」に翻弄されてしまっている。この責任は、当たり前のことであるが、憲法が不備でるからではない。日本国憲法を実行しようとしない政治に問題があるのである。
Ⅱ.3項条文案の『国は、教育環境の整備に努めなければならない』は、政権政党の当然の責務である。まずは、日本国憲法にそって、政治的努力(無償化や奨学金制度拡充などの仕組みづくりと財源確保)を行わなければならない。





by asyagi-df-2014 | 2018-03-04 07:00 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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