日米からの『不適切発言』を許してはいけない。-沖縄タイムス・琉球新報社悦20180127から-

 沖縄タイムスと琉球新報は、2018年1月27日付けの社説で、「沖社説-[日米「不適切発言」]苦しむ県民に追い打ち」「琉球新報社説-相次ぐ問題発言 撤回し謝罪を求める」、とそれぞれ論評した。
 二社の「事実経過」と「主張」は、次のものである。


Ⅰ.事実経過

(沖縄タイムス)

(1)「米軍ヘリの不時着が相次いでいることについて、米海兵隊のネラー総司令官は25日、事故を未然に防ぐための予防的着陸だったとして『非常に素直に言って良かった』と述べた。ワシントンで開かれたシンポジウムでの発言である。『誰も負傷しなかったし、機体も失わなかった。私は心配していない』とも語った。」
(2)「ハリス米太平洋軍司令官も9日、ハワイで小野寺五典防衛相と会談した際、『一番近い安全な場所に(機体を)降ろす措置に満足している』と述べている。」
(3)「2016年12月、オスプレイが大破した名護市安部海岸での事故は、『クラスA』に分類される重大事故だった。ところがニコルソン四軍調整官は、集落を避けて海岸に『不時着』させたパイロットの技量をたたえ、県民をあぜんとさせた。」
(4)「04年8月、米軍ヘリが沖縄国際大構内に墜落炎上したときは、ワスコー在日米軍司令官が『ベストな対応』だと言い放った。」
(5)「内閣府の松本文明副大臣は25日、共産党の志位和夫委員長が衆院本会議の代表質問で米軍機事故などに触れた際、『それで何人死んだんだ』とヤジを飛ばした。開いた口が塞(ふさ)がらない。まるで問題を起こした米軍よりも県民を責めるような口ぶりである。この程度のことで大騒ぎするなと言いたかったのか。」
(6)「村営ヘリポートにAH1攻撃ヘリが不時着したばかりの渡名喜村の桃原優村長は記者団に語った。『もし人が死んでいたら、あなたはどうするのだと聞きたい』。」
(7)「共産党が記者会見でこの発言を取り上げ問題が広がったため、松本氏は26日、急きょ安倍晋三首相に辞表を提出し、受理された。あっという間の辞任劇の背景にあるのは、28日に告示される名護市長選である。」


(琉球新報)

(1)「沖縄県民の命を軽視し、人権感覚が著しく欠如した発言が日米で相次いでいる。」
(2)「米海兵隊のネラー総司令官が、沖縄で相次ぐ米軍ヘリコプターの不時着について『予防着陸で良かったと思っている。負傷者もなく、機体を失うこともなかった』と述べた。米国防総省のマッケンジー統合参謀本部中将も『予防着陸』であり『特に心配していない』と述べた。」
(3)「一方、米軍ヘリの窓落下事故や不時着をただす共産党の志位和夫委員長の代表質問中に、松本文明内閣府副大臣が『それで何人死んだのか』とやじを飛ばし辞任した。」
(4)「県民を恐怖に陥れた事態を軍の責任者として謝罪するどころか『良かった』と開き直り、あるいは内閣の一員として不適切なやじである。看過できない。発言の撤回と謝罪を強く求める。」


Ⅱ.主張

(沖縄タイムス)

(1)「これらはすべて『軍の論理』である。米軍高官の共通認識だと言っていいだろう。」
(2)「事故やトラブルが多発し住民に大きな不安を与えているにもかかわらず『軍の論理』で正当化するのは、占領者意識というしかない。住民は、憲法第13条で保障された平穏な日常を求める権利(幸福追求権)を脅かされているのである。事態は極めて深刻なのに日米双方から伝わってくるのは県民感情を逆なでする『不適切発言』ばかりだ。」
(3)「米軍高官の発言といい、松本氏の国会でのヤジといい、両者には共通する点がある。代々そこで暮らしてきた人びとの生活感情や米軍基地を巡る歴史の記憶、基地被害の実態にあまりにも無頓着で、住民目線を決定的に欠いている点だ。」
(4)「政府に対する不信感と失望感は広がる一方だが、絶望している場合ではない。日米は地元沖縄の動きを注意深く観察しており、『まだこの程度』と思っている間は、大きな変化は起こらないだろう。政治を動かすには大きなうねりをつくり出すことが必要だ。」


(琉球新報)

(1)「米連邦航空局のホームページは『予防着陸』とは『これ以上の飛行は勧められず、空港またはそれ以外の場所で、前もって着陸すること』と説明している。つまり危険性を薄めた印象を受ける『予防着陸』であっても緊急の着陸に変わりはなく、問題なしと片付ける事態ではないのだ。」
(2)「マッケンジー中将は、在日米軍は、日本との相互防衛のために駐留しており『その責任を果たすために、訓練の継続が必要であり、沖縄の人々の不安を高めたとしても、同盟国を支えるために訓練は続けなければならない』とも述べた。米軍にとって沖縄県民は守るべき『同盟国』の一員ではないのか。県民の命を危険にさらしても構わない日米同盟なら必要ない。」
(3)軍用地の強制接収に抵抗する島ぐるみ闘争が最高潮に達したころ、軍事植民地のような米国統治に対し、人民党書記長(当時)の瀬長亀次郎さんが県民大会でこう訴えた。
「一リットルの水も、一粒の砂も、一坪の土地もアメリカのものではない。空気はわれわれがただで吸わせている」。火を噴くような62年前の演説は、現在の米軍にも当てはまる。」
(4)「問題は米軍だけではない。松本氏のやじは、志位氏が『危険な基地が沖縄にある限り、危険は変わらない』と強調し、普天間飛行場の無条件撤去などを求めたところで発せられた。聞きようによっては、一連の米軍事故で死人は出ていないじゃないか、とも受け取れる。辞任して済む話ではない。松本氏は発言の真意を説明する責任がある。」
(5)「防衛省によると、在日米軍の航空機やヘリによる事故・トラブルは2016年の11件から17年は2・27倍の25件に増加した。一歩間違ったら大惨事になる可能性があった。安倍晋三首相は今国会で『沖縄の方々に寄り添う』と答弁しているが、政権内で共有していないのか。松本氏はかつて沖縄・北方担当副大臣を務めている。安倍首相の任命責任は重大である。」


 確かに、こうした一連の発言に接した時、大きな違和感を感じさせられた。
 その正体は、「米軍高官の発言といい、松本氏の国会でのヤジといい、両者には共通する点がある。代々そこで暮らしてきた人びとの生活感情や米軍基地を巡る歴史の記憶、基地被害の実態にあまりにも無頓着で、住民目線を決定的に欠いている点だ。」(沖縄タイムス)、ということであった。
 問題は、「住民は、憲法第13条で保障された平穏な日常を求める権利(幸福追求権)を脅かされているのである。」(琉球新報)、という自覚を持つことができるかにかかっている。
 それは、たとえ、日本国憲法そのものが「構造的沖縄差別」を持つものに変えられた歴史を持つものであってもである。
 今、しなければならないこと。
「政治を動かすには大きなうねりをつくり出すことが必要だ。」(沖縄タイムス)、ということだ。





by asyagi-df-2014 | 2018-02-02 07:21 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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