沖縄-辺野 高江-から-2017年12月17日

 「被害を受けた牧草地は、日米が補償する方針だが、まだ原状回復はされていない」、と琉球新報は伝える。
 なのに、考えられないことが起きる。しかも事前の説明もなく、当初は、「村長、区長と一緒に北中城村の米軍キャンプ瑞慶覧に同日来てほしいと、村役場を通じ招かれていた」という。
「沖縄県東村高江の米軍ヘリ不時着・炎上事故で、在沖米軍は15日、事故現場となった牧草地地主の西銘晃さん(64)に感謝状を贈った。」(琉球新報)。
牧草地地主は、、突然の感謝状について、「あきれて物が言えない。我慢してくれたから感謝状なのか。何か自分から協力したわけでない。何に対する感謝状なのか」(琉球新報)、困惑しているという。
牧草地を壊されただけでなく、日常性をも奪った「罪」を、植民者は気づかないふりをするということなのか。




 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2017年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2017年12月17日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-ジュゴン保護「移入で」 生態専門家批判「短絡的」 辺野古・環境監視委員ら提言-2017年12月17日 06:00


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「11月末に開催された日本サンゴ礁学会第20回大会で、同会会員で普天間飛行場代替施設建設事業に係る環境監視等委員会の委員でもある識者らが、県内海域に生息するジュゴンの保護対策として『外部からの導入を検討することが必要』と提言していたことが16日までに分かった。識者らは5日に防衛省であった環境監視等委員会の会合でも他の委員に資料を配布し、同様の説明をしていた。トキやオオカミの繁殖事例とジュゴンを同列に扱うことについて、海洋生態学に詳しい識者は提言に対し『短絡的で根本的解決には到底至らない』と指摘している。」
②「提言は『琉球列島におけるジュゴン個体数の減少と人間活動』と題した報告書の中でまとめられていた。サンゴ礁学会としての公式見解ではなく、学会内の発表となっている。提言をまとめたのはサンゴ礁学会会員を含む5人で、うち4人は環境監視等委員会の委員も務める。提言者の一人、京都大フィールド科学教育研究センターの荒井修亮氏は『トキも中国からの導入で繁殖できたし、海外でもオオカミやヒョウなど成功事例はある』と述べ、導入案の有効性を主張する。また環境監視等委員会の目的は『あくまで工事を中止するためではなく、いかに最大限の環境配慮をするか検討するものだ』と話した。」
③「報告書で識者らはジュゴンの個体数が激減し、現在は本島北部にしか生息していない理由の一因に、1970年代以降に加速した本島中南部沿岸での開発行為を挙げていた。海洋生態学に精通する向井宏北海道大名誉教授は『委員は開発行為がジュゴンに与える影響を熟知した上で、埋め立て工事にお墨付きを与えるつもりか』と述べ、移設ありきの保護措置の提言を批判した。」
④「また向井名誉教授はジュゴンが好んで利用する海草藻場は限定的で、その重要な地点の一つが辺野古・大浦湾だと指摘。『いくら藻場を植え付けたり海外からジュゴンを連れて来たりしたとしても、そこに豊かな環境がなければいずれは滅びるのは明白だ』と述べ、科学的根拠や実効性の乏しい助言を呈す環境監視等委員会の資質に疑問を呈した。」
⑤「今回の提言について、沖縄防衛局は『あくまで委員の先生方の見解であり、防衛局としては今後も指導を受けながら勉強したい』と話している。」(当銘千絵)


(2)琉球新報-被害我慢で「感謝状」? 高江米軍ヘリ炎上 「何に対して」地主困惑-2017年12月16日 10:30


①「【東】沖縄県東村高江の米軍ヘリ不時着・炎上事故で、在沖米軍は15日、事故現場となった牧草地地主の西銘晃さん(64)に感謝状を贈った。米軍から事前の説明はなく、突然の感謝状に西銘さんは『あきれて物が言えない。我慢してくれたから感謝状なのか。何か自分から協力したわけでない。何に対する感謝状なのか』と話し、困惑している。」
②「西銘さんによると、村長、区長と一緒に北中城村の米軍キャンプ瑞慶覧に同日来てほしいと、村役場を通じ招かれていたが、西銘さんは多忙を理由に断っていた。この時は『食事会』との説明だったという。」
③「米軍側から15日午前9時ごろ『北部訓練場への通りすがりに寄りたい』と電話があった。その際は理由を言っていなかった。約30分後に米海兵隊政務外交部長のダリン・クラーク大佐が西銘さん宅を訪れ、ニコルソン在沖四軍調整官名の感謝状を渡した。米軍はツイッターの投稿で『多大なるご迷惑と、その後の協力に感謝』と趣旨を説明している。」
④「被害を受けた牧草地は、日米が補償する方針だが、まだ原状回復はされていない。」


(3)沖縄タイムス-「怖い」絶叫、女性落水 抗議船に保安官乗り込み沈没寸前 辺野古新基地-2017年12月17日 05:00


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「新基地建設が進む沖縄県名護市辺野古沖で16日、抗議する市民の船に海上保安官が乗り込んで定員をオーバーし、不安定になって女性(40)=名護市=が海に落ちた。船は両舷からの浸水が激しく沈没寸前に。『怖い』と絶叫し続けた女性は『死んでしまうと思った』と語った。」
②「現場は臨時制限区域の外側で、立ち入り禁止ではない外洋。午前9時ごろ、抗議のため石材運搬船に近づいた『ぶるーの船』に対し、海保のゴムボート2隻が左右から体当たりし、さらに挟み込んで停船させた。保安官の1人が市民に『ばか』と発言し、抗議すると『規制します』と保安官3人が乗り込んできた。」
③「定員いっぱいの5人が乗った小さな船にさらに保安官3人が乗り、もみ合いもあって大きく揺れた。『海水がガバガバ入ってきて、転覆すると思った。逃げなければ』と考えた女性は次の瞬間、海に落ちていた。海保のボートに引き上げられ、けがはなかった。」
④「同乗していた北上田毅さん(72)は『定員いっぱいだと事前に伝えたのに無視した。海保が一番安全を侵害している』と憤った。操船した大畑豊さん(54)も『もっと安全な規制の仕方があるはずだ』と批判した。」
⑤「この日は初めて本部港から海路で石材が搬入された。同乗していた男性(49)は『ここまでやるのか。政府が高江で陸自ヘリを使った時も思った』。ゲート前で座り込んだ女性(66)は『わざわざ船を使って増えた工費も血税から捻出される』と怒った。」
⑥「第11管区海上保安本部は取材に対し、『再三の警告にもかかわらず、危険な行為をしていた。安全確保の観点から、一時的に定員を超えることもある。正当な行為だと認識している』と回答した。『ばか』と発言した保安官には指導したことを明らかにし、『このような事がないよう改めて指導していく』と説明した。」


(4)沖縄タイムス-辺野古新基地阻止へ連帯 米VFPメンバーらシンポ-2017年12月17日 11:55


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「来沖中の米平和団体『ベテランズ・フォー・ピース(VFP)』の退役軍人ら15人を招いたシンポジウムが16日、那覇市の八汐荘であった。VFPのメンバーらは沖縄の基地の現状について意見を述べ、辺野古に新基地を造らせないため、共に闘う決意をした。シンポには母親が沖縄出身の県系2世で、米国で沖縄の問題を伝える活動に取り組む2人も登壇した。」
②「視察を終えての心情を『怒り』と表現したアリス・ニューベリーさん(23)=ワシントンDC在住=は『フェンスがあること自体がおかしい。この土地は日本、米国のものではない。沖縄の人々のものだ』と指摘。世界各地の沖縄の若者と連帯し『一緒に闘い続けたい』と前を向いた。」
③「普天間基地移設問題を20年間見守ってきたというピート・ドクターさん(49)=ハワイ在住=は、次々に石材が投入される海を見て『胸が張り裂けそう』。だが、諦めずに闘い続ける県民の姿に『希望が見えた。国際的な支援も広がっている。私も世界的に活動を広げたい』と話した。」


(5)沖縄タイムス-本部町の砕石、辺野古に搬入 沖縄防衛局が工事加速へ-2017年12月17日 11:43


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「沖縄防衛局は16日午前、辺野古新基地建設用の砕石を石材運搬船で米軍キャンプ・シュワブ内の建設現場に運んだ。運搬船は15日、初めて本部港塩川地区から出港していた。海路による石材搬入は11月の国頭村の奥港に続いて2回目。ゲート前の座り込みで滞りがちな陸路の搬入を補い、工事を加速させる狙いがある。」
②「10トンダンプ約150台分の砕石を積んだ石材運搬船は午前9時半すぎ、辺野古崎北側の『K9』護岸近くに到着。喫水が深くて水深の浅い護岸には接岸できないとみられ、備え付けのクレーンで石材をいったん台船に移し替えた。台船が護岸まで運び、その後ダンプが基地内へと運び込んだ。」
③「本部港を管理する本部町が11日、搬送業者に岸壁と荷さばき施設の使用許可を出していた。奥港に比べると冬場も波が穏やかなことが多く、三つの採石場にも近いため、利用が増える可能性がある。」


(6)沖縄タイムス-そもそも普天間第二小はなぜ米軍基地に隣接しているのか?-2017年12月17日 11:39


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「米軍普天間飛行場に隣接する宜野湾市立普天間第二小学校では、米軍航空機の上空通過が常態化している。CH53Eのヘリ窓落下事故でクローズアップされたのは、なぜそこに学校があるのか、という疑問だ。」(政経部・福元大輔)
②「第二小は1980年から10年以上、移転問題に揺れたが、実現しなかった。」
③「普天間小の過密化を解消するため69年、普天間小敷地内に第二小を暫定的に設置。翌70年、現在の場所に一部校舎が完成した。文部省(当時)基準の4割にも満たない狭い敷地だったため、市は70年代から普天間飛行場の一部を返還させて敷地の拡張を模索する。もともと「休眠状態」と言われた普天間飛行場に、常駐機が増えたのはその後だ。首都圏の米空軍基地を大幅に削減し、機能を横田基地に集約する『関東計画』の影響などで、79年に本土から移駐。返還予定だった北谷町のハンビー飛行場の米軍ヘリなども常駐するようになり、第二小の教育環境は悪化した。」
④「市は80年9月25日、第二小の移転先として普天間飛行場から500メートルほど離れたキャンプ瑞慶覧の一部(西普天間住宅地区)返還を求め、那覇防衛施設局(当時)へ要請書を提出。1週間後の10月2日、滑走路で離着陸訓練中のOV10軽攻撃機が墜落し、移転の機運は一気に高まった。用地取得費25億円の捻出は、市の財政規模では困難だった。国は『用地費の補助は制度にない』と型通りの対応で、補助の見通しが立たない中、84年12月8日、米側が条件付きで一部返還に応じると回答した。その条件の一つが、第二小敷地と全ての建物を、普天間飛行場として米側に提供することだった。」
⑤「当時の西銘順治知事は普天間飛行場返還を含む基地の整理縮小を訴えていた。安次富盛信市長は移転を決断しないまま3選を目指した85年7月の市長選で、革新の桃原正賢氏に敗れた。盛信氏の次男・修氏は取材に『防衛施設庁側は、第二小の移転は市長の決断次第と言っていた。父にとって編入条件の受け入れは、移転が実現する一方、市民の理解を得られるのか、もろ刃の剣の側面があった』と振り返っている。」
⑥「市長就任後、条件を知った桃原氏も『基地の整理縮小を求める民意に背く』と、86年11月に条件の撤回と、あらためて用地取得のための補助金交付を防衛施設局へ要求した。国や米軍への要請、交渉を続けたが、『子どもたちの安全を守りたい』という声は届かなかった。」
⑦「計画浮上から12年後の92年9月、第二小PTAが臨時総会で移転断念を決意した。用地取得費が計画当初の25億円から50億~60億円に高騰。移転実現の見通しが立たず、老朽化した校舎の現在地での建て替えを優先した。当時の校長は新校舎落成記念誌に『関係省庁は沖縄の実情を全くくみ取らず、全国共通メニューで操作していて、政治的配慮に欠けていたと思う』と書き残している。」


(7)沖縄タイムス-米軍ヘリ窓落下:再発防止で自民にPT-2017年12月17日 11:30


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「自民党の沖縄振興調査会(猪口邦子会長)と美ら島議員連盟(細田博之会長)の合同会議が15日、党本部で開かれた。米軍大型輸送ヘリの窓が普天間第二小学校に落下するなど相次ぐ事件や事故を受け、党内に原因究明と再発防止ついて議論するプロジェクトチーム(PT)の設置を求めることを決めた。」
②「会議に出席した照屋守之県連会長は、米軍関係者による事件や米軍機の事故を挙げ『極めて異常な状況。県民には米軍、日米両政府、自民党に対する強い不信感がある。政府や米軍に任せるだけではなく、党本部がPTをつくり、根本的要因、整備の仕方、国防の在り方などを議論しなければ、県民に対する責任を果たせない』と訴えた。」
③「猪口会長は会合後、記者団に『事件・事故が多発すると経済や地域振興に向けたやる気、フロントランナーになる決意が、減退する懸念がある。(米軍の事件事故に)振興調査会も無縁ではない』と述べ、岸田文雄政調会長に提案をする考えを示した。」




by asyagi-df-2014 | 2017-12-17 18:05 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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