安倍晋三政権の「蛮行」に強く抗議する。
2016年 07月 23日
安倍晋三政権の「蛮行」に強く抗議する。
例えば、防衛省関係者の「『防衛局は自主アセスなど法律にはなくても県の要望に応えている。県も車両の撤去くらい協力してくれてもよかった。支援者の手前、知事は先延ばししたかっただけだ』と皮肉った。」、との声を沖縄タイムスは伝えた。
この声の向こう側には、安倍晋三首相や管官房長官の「問答無用」とほくそ笑む顔が見える。
しかし、今回のことで、この両者が失ったものは、「何があっても人の命を守る」という政治家としての「矜持」であり、日本という国への市民からの「信頼感」であった。
このことに関して、琉球新報及び沖縄タイムスは2016年7月23日、その社説で、「ヘリパッド工事再開 許されぬ建設強行 政府は計画見直し話し合え」、「[辺野古提訴・高江強行]蛮行に強く抗議する 県は対抗手段練り直せ」、と主張した。
まずは、この両社社説を取りあげる。
何故、「蛮行」なのか、について、琉球新報は、次のように指摘する。
①「県民世論を踏みにじる暴挙だ。沖縄防衛局は米軍北部訓練場内のヘリパッド建設工事を強行した。警察力で基地ゲート周辺の県道を封鎖し、反対行動を排除した上での工事再開である。反対行動のテントや駐車車両も強制撤去された。生活道路を封鎖し、工事に反対する住民、県民を排除した建設強行は、米軍占領下の『銃剣とブルドーザー』による軍用地強制接収をも想起させる。一方で政府は辺野古新基地建設に向け、県を相手取る違法確認訴訟を提訴した。新基地陸上部の工事も近く強行する構えだ。『問答無用』がまかり通る異常事態だ。」
②「警察の対応は常軌を逸している。道路を封鎖し、反対行動を排除する強硬措置は、市民の自由な活動を妨害するものだ。資材搬入の実力阻止といった行為に対する制約ではない。道路封鎖は、反対行動に向かおうとする人々をあらかじめ排除するもので、民主主義社会で正当に保障される『表現の自由』の抑圧にほかならない。」
③「工事の強硬再開を前に周辺道路では、法律専門家が違法性を指摘する警察の車両検問もあった。名桜大学の大城渡准教授はこうした警察活動に対し『国策を批判する市民運動を抑圧する動きであり、戦時下の治安維持法を想起させる』と指摘している。沖縄にとどまらず国民の人権、民主主義そのものが危機にひんしている。」
また、このことについて、沖縄タイムスは次のように指摘する。
①「政府は『和解の精神』を自ら踏みにじったのだ。選挙で示された沖縄の民意を一切考慮せず、話し合いによる解決を望む沖縄の人々の心を傷つけたのだ。」
②「高江では、全国から動員された機動隊など約500人の警察官が、生活道である県道を封鎖し、人と車の通行を遮断。抗議の住民を力で排除する強引なやり方で、ヘリパッド工事が再開された。」
③「機動隊とのもみ合いで男性1人が肋骨(ろっこつ)を折る大けがを負い、3人が救急搬送されるなど現場は大混乱となった。蛮行としか言いようがない。」
④「北部訓練場の一部返還のためとはいえ、なぜ人の住む高江の集落を取り囲むように6カ所ものヘリパッドを造らなければならないのか。最も近い民家からは400メートルしか離れておらず、すでに完成した2カ所のヘリパッドではオスプレイが昼夜を問わず飛び回り、住民からの苦情が相次いでいる。住民生活を考慮しない訓練優先の移設計画だったのだ。」
⑤「オスプレイ配備にともなう環境への影響を評価した米軍の「環境レビュー」は米側が一方的に作成したもので、県民の意見は反映されていない。」
⑥「21日の緊急抗議集会であいさつした安次嶺雪音さんは「豊かな自然の中で子育てしたいのに、オスプレイが飛ぶので国頭村へ避難している」と窮状を訴えた。」
この上で、琉球新報と沖縄タイムスは、このように主張する。
琉球新報は、「日本政府がオスプレイ配備を認めたのはSACO報告から14年後の2010年。オスプレイ配備を前提とした合意形成や環境影響評価が行われないまま辺野古新基地建設、北部訓練場内へのヘリパッド建設が進められた経緯がある。オスプレイは開発段階から重大事故が相次ぎ「未亡人製造機」とも揶揄(やゆ)された。その配備が隠蔽(いんぺい)されたまま合意された辺野古新基地計画、ヘリパッド建設計画は破棄されてしかるべきだ。(略)ヘリパッドがオスプレイ運用を前提とし、住民被害が明確である以上、県知事も東村長も県民、村民の生命と健康、やんばるの自然を守る立場から「ヘリパッド反対」を言明すべきだ。沖縄本島北部の海、山の自然、住民の命が辺野古新基地とヘリパッドの建設で危機にさらされている。建設に反対する県民の心も踏みにじられている。
建設強行は県民の人権だけでなく世界自然遺産に値する豊かな自然、日本の国益をも損なう。政府は無謀な建設を中止し、計画見直しを県や住民と話し合うべきだ。」、と。
沖縄タイムスは、「安倍政権がこのような強硬な姿勢を打ち出した以上、国の出方を見て対応するというこれまでの県の防御的なやり方には限界がある。県は早急に対抗手段を練り直さなければならない。『辺野古が唯一』『沖縄でなければ抑止力は維持できない』という政府の従来の主張は海兵隊の分散配備が進んだことで事実上破綻している。その事実を全国にアピールし、国民の不安を和らげることも必要だ。それぞれの分野の専門家に声を掛け、全国規模、あるいは世界的規模の応援団を組織化することが急務である。」、と。
最後に、沖縄タイムスは、「『辺野古・高江』問題はなぜ、これほどまでこじれてしまったのか。」、についてこのように説明する。
①「第一に、負担軽減がすべての出発点であったにもかかわらず、中北部では負担軽減の名に値しない『移転・新設・再配置による恒久基地化』が進められ、辺野古への新基地建設が目的化してしまったこと。」
②「第二に、カネと振興策をからませる『アメとムチ』政策が沖縄の人々の自尊心を深く傷つけ、沖縄社会を分断し、政府に対する強烈な不信感を生んだこと。」
③「第三に、こんな狭い島に巨大な空軍基地と演習場が住宅地に隣接し存在すること自体、米本土にも日本本土にも例がなく、住民生活への配慮を著しく欠いていること。」
④「第四に、オスプレイ配備に象徴されるように、不都合なことを隠し続け、説明責任を果たさない政府の姿勢が、住民や自然保護団体の反発を招いていること、などである。」
この上で、沖縄タイムスは、「海兵隊の本土移駐に頑強に反対する半面、『沖縄からは動かないでほしい』と懇願する政府の姿勢は、沖縄からみれば『構造的差別』そのものである。『辺野古・高江』問題は単なる基地問題ではない。沖縄の未来と沖縄の人々の尊厳、日本の民主主義の質が問われている。」、とまとめる。
今回の安倍晋三政権の「蛮行」は、どちらかというと「辺野古」と「高江」に分けられてきたものが、「辺野古・高江」問題として、正確に位置づけることになった。
沖縄タイムスのこの四つの指摘は、現在の状況を映し出している。
確かに、「『辺野古・高江』問題は単なる基地問題ではない。沖縄の未来と沖縄の人々の尊厳、日本の民主主義の質が問われている。」、のである。
以下、琉球新報及び沖縄タイムスの引用。
琉球新報-<社説>ヘリパッド工事再開 許されぬ建設強行 政府は計画見直し話し合え-2016年7月23日 06:01
県民世論を踏みにじる暴挙だ。沖縄防衛局は米軍北部訓練場内のヘリパッド建設工事を強行した。警察力で基地ゲート周辺の県道を封鎖し、反対行動を排除した上での工事再開である。
反対行動のテントや駐車車両も強制撤去された。生活道路を封鎖し、工事に反対する住民、県民を排除した建設強行は、米軍占領下の「銃剣とブルドーザー」による軍用地強制接収をも想起させる。
一方で政府は辺野古新基地建設に向け、県を相手取る違法確認訴訟を提訴した。新基地陸上部の工事も近く強行する構えだ。「問答無用」がまかり通る異常事態だ。
市民運動を抑圧
警察の対応は常軌を逸している。道路を封鎖し、反対行動を排除する強硬措置は、市民の自由な活動を妨害するものだ。資材搬入の実力阻止といった行為に対する制約ではない。道路封鎖は、反対行動に向かおうとする人々をあらかじめ排除するもので、民主主義社会で正当に保障される「表現の自由」の抑圧にほかならない。
工事の強硬再開を前に周辺道路では、法律専門家が違法性を指摘する警察の車両検問もあった。
名桜大学の大城渡准教授はこうした警察活動に対し「国策を批判する市民運動を抑圧する動きであり、戦時下の治安維持法を想起させる」と指摘している。沖縄にとどまらず国民の人権、民主主義そのものが危機にひんしている。
建設が強行されるヘリパッドは、オスプレイを配備予定の辺野古新基地と一体的な施設だ。既設ヘリパッドには既にオスプレイが飛来しているが、辺野古新基地建設により、両施設間をオスプレイが日常的に行き交うことになる。
県内移設を条件とする米軍普天間飛行場の返還と、ヘリパッド移設を条件とする北部訓練場の過半の返還は、1996年の日米特別行動委員会(SACO)最終報告に盛り込まれた。
米国はSACO最終報告草案に、オスプレイ沖縄配備を盛り込んでいたが、日本政府は欠陥機と疑われるオスプレイ配備への世論の反発を恐れて文書から削除させ、ひた隠しにしてきた。
日本政府がオスプレイ配備を認めたのはSACO報告から14年後の2010年。オスプレイ配備を前提とした合意形成や環境影響評価が行われないまま辺野古新基地建設、北部訓練場内へのヘリパッド建設が進められた経緯がある。
オスプレイは開発段階から重大事故が相次ぎ「未亡人製造機」とも揶揄(やゆ)された。その配備が隠蔽(いんぺい)されたまま合意された辺野古新基地計画、ヘリパッド建設計画は破棄されてしかるべきだ。
住民の懸念現実に
訓練場内のヘリパッド建設地に近い東村高江区は建設反対決議を繰り返し、建設が強行された場合は「阻止行動も辞さない」ことも決議し、訴えてきた。
ヘリパッドが建設されれば「人間は住めなくなる」という住民の懸念は現実となった。夜間の騒音発生回数が2年前に比べ22倍にも激増。眠れない児童生徒が学校を休む事態となっているのだ。
このような事態を重く見た翁長雄志知事が、工事再開を「容認できない」と表明したのは当然だ。東村の伊集盛久村長は、北部訓練場の過半返還のためヘリパッド建設を容認する立場だが、オスプレイの運用には反対している。
ヘリパッドがオスプレイ運用を前提とし、住民被害が明確である以上、県知事も東村長も県民、村民の生命と健康、やんばるの自然を守る立場から「ヘリパッド反対」を言明すべきだ。
沖縄本島北部の海、山の自然、住民の命が辺野古新基地とヘリパッドの建設で危機にさらされている。建設に反対する県民の心も踏みにじられている。
建設強行は県民の人権だけでなく世界自然遺産に値する豊かな自然、日本の国益をも損なう。政府は無謀な建設を中止し、計画見直しを県や住民と話し合うべきだ。
沖縄タイムス社説-[辺野古提訴・高江強行]蛮行に強く抗議する 県は対抗手段練り直せ-2016年7月23日 05:00
名護市辺野古の新基地建設を巡り政府は22日、県を再び提訴した。東村高江では同日早朝、機動隊が市民を強制排除しヘリパッド工事を強行した。
政府は「和解の精神」を自ら踏みにじったのだ。選挙で示された沖縄の民意を一切考慮せず、話し合いによる解決を望む沖縄の人々の心を傷つけたのだ。
言葉では言い表せない強い憤りをもって政府に抗議したい。
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政府が県を相手取り違法確認訴訟を福岡高裁那覇支部に起こした。辺野古沿岸部の埋め立て承認を取り消した翁長雄志知事が、取り下げを求める政府の是正指示に従わないことの違法性を確認する訴訟である。
菅義偉官房長官は「和解条項に基づく手続き」と説明するが、あまりにも一方的で一面的な解釈だ。
国地方係争処理委員会は国による是正指示の適否を示さず、県と国の双方に問題解決に向けた話し合いを促した。
国と自治体の安全保障を巡る対立を憂慮し、適否を判断しないという異例の結論を出して両者の協議を求めたのである。
今年1月、福岡高裁那覇支部が出した和解勧告文も話し合い解決を求めるものだった。県と国が3月に合意した和解条項は、違法確認訴訟には触れていない。そもそもそういう事態を想定していなかったのである。
話し合いによる解決を放棄し、国の側から和解条項にはない違法確認訴訟を提起するのは、合意を逸脱する行為である。
■ ■
高江では、全国から動員された機動隊など約500人の警察官が、生活道である県道を封鎖し、人と車の通行を遮断。抗議の住民を力で排除する強引なやり方で、ヘリパッド工
事が再開された。
機動隊とのもみ合いで男性1人が肋骨(ろっこつ)を折る大けがを負い、3人が救急搬送されるなど現場は大混乱となった。蛮行としか言いようがない。
北部訓練場の一部返還のためとはいえ、なぜ人の住む高江の集落を取り囲むように6カ所ものヘリパッドを造らなければならないのか。
最も近い民家からは400メートルしか離れておらず、すでに完成した2カ所のヘリパッドではオスプレイが昼夜を問わず飛び回り、住民からの苦情が相次いでいる。住民生活を考慮しない訓練優先の移設計画だったのだ。
オスプレイ配備にともなう環境への影響を評価した米軍の「環境レビュー」は米側が一方的に作成したもので、県民の意見は反映されていない。
21日の緊急抗議集会であいさつした安次嶺雪音さんは「豊かな自然の中で子育てしたいのに、オスプレイが飛ぶので国頭村へ避難している」と窮状を訴えた。
安倍政権がこのような強硬な姿勢を打ち出した以上、国の出方を見て対応するというこれまでの県の防御的なやり方には限界がある。
県は早急に対抗手段を練り直さなければならない。
「辺野古が唯一」「沖縄でなければ抑止力は維持できない」という政府の従来の主張は海兵隊の分散配備が進んだことで事実上破綻している。その事実を全国にアピールし、国民の不安を和らげることも必要だ。
それぞれの分野の専門家に声を掛け、全国規模、あるいは世界的規模の応援団を組織化することが急務である。
「辺野古・高江」問題はなぜ、これほどまでこじれてしまったのか。
■ ■
第一に、負担軽減がすべての出発点であったにもかかわらず、中北部では負担軽減の名に値しない「移転・新設・再配置による恒久基地化」が進められ、辺野古への新基地建設が目的化してしまったこと。
第二に、カネと振興策をからませる「アメとムチ」政策が沖縄の人々の自尊心を深く傷つけ、沖縄社会を分断し、政府に対する強烈な不信感を生んだこと。
第三に、こんな狭い島に巨大な空軍基地と演習場が住宅地に隣接し存在すること自体、米本土にも日本本土にも例がなく、住民生活への配慮を著しく欠いていること。
第四に、オスプレイ配備に象徴されるように、不都合なことを隠し続け、説明責任を果たさない政府の姿勢が、住民や自然保護団体の反発を招いていること、などである。
海兵隊の本土移駐に頑強に反対する半面、「沖縄からは動かないでほしい」と懇願する政府の姿勢は、沖縄からみれば「構造的差別」そのものである。
「辺野古・高江」問題は単なる基地問題ではない。沖縄の未来と沖縄の人々の尊厳、日本の民主主義の質が問われている。