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沖縄-米下院歳出委員会のトム・コール下院議員(共和)は初めて、辺野古移設以外の選択肢が受け入れ可能だとの認識を示す。

 標題について、琉球新報は2016年5月18日、「訪米中の翁長雄志知事は16日、米上下両院の議員4人と面談した。米下院歳出委員会のトム・コール下院議員(共和)は『1960年代のフランスや90年代にフィリピンがそうだったように、(辺野古移設に関し)日本政府が要請すれば変更の可能性がある。日本政府が解決策を出せば、それを尊重するよう、私は(米)政府に働き掛ける。沖縄にとって平等な解決策が出てくることを期待したい』と述べた。翁長知事に対し、現職の米連邦議員が辺野古移設以外の選択肢が受け入れ可能だとの認識を示したのは初めて。」、と報じた。
 また、「翁長知事によると、非公開で面談した4議員のうち、コール氏とエマー下院議員(共和)の2氏は発言趣旨の公開を了承した。コール氏は『連携して、沖縄にとってよりよい解決策を見いだす手伝いができればと思う』と述べ、エマー氏は『知事が言った背景を調べてみたい。この問題が沖縄の人にとって重要であると理解した。環境の問題もあることを認識した』と述べたという。」、と伝えた。


 以下、琉球新報の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2016-05-19 10:59 | 沖縄から | Comments(0)

本からのもの-「慰安婦」問題・日韓「合意」を考える-日本軍性奴隷制の隠蔽を許さないために

著書名;「慰安婦」問題・日韓「合意」を考える-日本軍性奴隷制の隠蔽を許さないために
著作者:前田朗 編・著
出版社;彩流社

 2015年12月28日の日韓外相会談での「慰安婦」問題解決についての合意内容について、西野瑠美子は、「責任と反省なき二重基準で、『私たち』はこの過去を終わらせることができるか」の中で、次のように押さえる。


①「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」ことに対して、「日本政府は責任を痛感している」
②内閣総理大臣として「心からおわびと反省の気持ちを表明する」
③「心の傷を癒す措置」として韓国政府が財団を設立し、日本政府が10億円を拠出する
④③の措置を着実に実施することを前提に、「慰安婦」問題が「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」
⑤日韓両政府は今後、国連等国際社会においてこの問題について互いに非難・批判することは控える
⑥在韓国の日本大使館前の「平和の礎」(少女像)について、韓国政府は「適切に解決されよう努力する」(移転・撤去を含む)


 この「日韓合意」について、注文をつけながらも一定の評価をした者として、きちんと整理する必要を個人的には感じてきた。
 この本でも、「『慰安婦問題』(日本軍性奴隷制)の解決を求めてきた市民運動、研究者の間でも、評価は必ずしも一様ではない。全面的に批判する論者もいれば、一定の評価をしつつ注文をつける形の意見表明も見られる。」、と指摘されている。

この本では、今回の「日韓合意」の評価のために、「はじめに」の中で、次の三つの視点を定めている。


 第一に、被害者がどのように受け止めたか、が重要であること。
 第二に、「慰安婦」問題に対する安倍晋三政権のこれまでの姿勢、戦後70年の「安倍談話」、及び今後の対応がどのようなものであるかも見ておく必要があること。
 第三に、日韓のみならず、東アジアにおいて、ひいては国際社会にどのような意味を有するか、を見定める必要があること。


 この提起された視点のうち、特に、第一と第三の視点のなかで、この「日韓合意」について考える。


 まず、第一の視点に関して、梁澄子(やん・ちんじゃ)は、「責任転嫁を許さない」の中で、韓国市民が「合意」に反対する理由を、次の五点にまとめる。


①第一に、被害者を交渉と協議の主体と見なさず、せいぜい賠償の客体程度に位置づけていること。生存する被害者たちに対して事前に何らの説明も、協議もなかったばかりでなく、すでにこの世を去った被害者たちが全く視野に入っていない。
②第二に、第12回アジア連帯会議が求めた「事実と責任の認定」、すなわち「法的責任の認定」がなされず、1995年の「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)の「首相の手紙」の中で示された「お詫びと反省」が繰り返されただけで、1995年時点から一歩も前進していないということ。
③第三に、日本政府が10億円を拠出して韓国政府が設立する財団は、賠償と見なすことはできないということ。
④第四に、真相究明、記憶の継承と歴史教育、追悼事業、歴史わい曲発言への反駁など、日本がとるべき後続措置について何らの言及もないこと。
⑤第五に、韓国政府が得たものはあまりにも小さいにもかかわらず、日本政府に約束したものはあまりにも大きいということ。


 また、梁は、「年頭の韓国で私が目の当たりにしたのは、挺対協の下に組織された「合意」反対運動ではなく、市民の中から湧き上がる怒りの表出としての自発的な動きの数々だった」、と韓国民衆の動きを伝えた。
 この上で、梁は、「日本の市民がなすべきことは何か」について、次のように触れる。


「日本では、あたかも韓国の運動、とりわけ挺対協が『解決』の障害物であるかのように喧伝する報道もあり、被害者と支援団体が『説得』の対象であるかのように語られてる。日本政府は、在韓国日本大使館前の『平和の礎』について韓国政府に『関連団体との協議』を通した『適切な解決』を約束させ、『元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行う』財団の設立と運営を韓国政府に押し付けて、『日本が失ったのは10億円』(岸田外相)、『ここまでやった上で約束を破ったら、韓国は国際社会の一員として終わる』(安倍首相)とうそぶいている。その上で、韓国政府がいかに被害者と支援団体を『説得』できるかに、『合意』の成否がかかっているかのような世論形成が進められているのである。本来、加害国が果たすべき責任を被害国に押し付けて、今や問題解決の鍵を握るのは韓国政府と韓国社会であるかのような構図を作り出そうとする安倍政権の目論見を、日本の市民が座視してはならないと思う。」


 次に、提起された第三の視点について、まず、「『日韓合意』は韓国のみならず、東アジア各国の被害女性たちが四半世紀にわたって訴え続けてきた声に耳を傾けることなく、日韓両政府間の都合で、米日韓の軍事同盟の利害に基づいてなされた疑いが強い。法的責任も公式謝罪も賠償もなく、再び基金を設立するという内容は、かって失敗した『女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)』の愚を繰り返すものではないだろうか。」、と押さえられているとともに、「『慰安婦』問題は戦時性暴力、戦時性奴隷制であり、国際法に違反する重大人権侵害であり、日本政府に法的責任がある。従って、公式謝罪と賠償を行うべきであることは、国連人権機関による勧告において繰り返されてきたことである。」、と指摘する。


だから、岡野八代は、「フェミニズム倫理学から考える、日韓合意」のなかで、今回の「日韓合意」の問題点ををこう分析している。


「今回の『日韓合意』は、長年にわたり被害女性達が訴えてきた解決策についてなんら触れず、しかも、『慰安所』で行われていたどのような行為が、『女性の名誉と尊厳を深く傷つけた』のかを明示せず、またしても金銭的な解決(のみ)を強調する形で提示する。そのうえ、日本政府が行ういかなる修復的行為が、植民地主義を含めた日本の過去に遡る、そして、新しい関係性の構築のための未来に向けて担われるべきなのかについては、口をつぐむ。」


 後は、幾つかの問題点について触れる。


(1)この間、この問題で象徴的に扱われてきたのが、「平和の礎」(少女の像)である。
 西野瑠美子は、「そもそも、『平和の礎』(少女像)は、『もし、私だったら』と被害女性の心を想像し、共感してもらいたいという願いを込めて民間人が製作・設置したものだ。制作者のキム・ソギョンさんは、『一番大切にしたこと。それは人々と意思疎通できるものにすることでした。だから、小さく低い等身大の像をつくった』と、語っている。
 平和の礎は、日本の中で声高に叫ばれている『反日の象徴』ではなく、『慰安婦』のような歴史を二度と繰り返してはいけないという記憶の継承と平和を希求する人々の願いの象徴だ。』」、とする。


(2)「慰安婦」問題の根幹の一つには、「慰安婦」問題を性奴隷制として捉えることができるかどうかということにある。
このことに関して、前田朗は、「「慰安婦」問題を奴隷制、性奴隷制の観点から検討してきた法的議論を再整理して、日韓合意の限界を確認する」として次のように論理を展開する。
まず、「慰安婦」問題は、「そもそも、1990年代に国連人権機関で行われて、決着のついた問題である。それにもかかわらず、日本政府は新たな証拠を提出することもなく、根拠不明のまま見解を変更し、一方的に国際社会に向けて唱え始めた。論点は多岐にわたるが、基本となるのは、次の論点である。」、とし「慰安婦」問題の法的考察には次の押さえが必要とされるとする。


 第1に、国際法における奴隷制、性奴隷制の定義である。
 このことについて、「安倍首相をはじめとする日本政府は、国際法における奴隷制の定義を無視する。メディアや一部の論者の強制連行否定論も、国際法を意図的に無視して、『強制連行がなかった』という主張と『奴隷制ではなかった』という主張を混同している。」、と指摘する。
 第2に、「慰安婦」問題の法的考察には当時の国内法の検討も欠かせない。
 このことについて、「当時の国内刑法を見るならば、国外移送目的誘拐罪、未成年者誘拐罪をはじめとする誘拐罪の規定が重要であることが判明する。」、と指摘する。
 第3に、「軍の関与」をめぐって行われてきた議論である。
 このことについて、「『軍の関与』と『業者の実行行為』を対比して、後者があったことを理由に前者を否定する奇妙な論法が持ち出される。『軍の関与』とはいかなる事態であるのか。国際法における国家責任はどのような場合に論定されるのかを見定める必要がある。」、と指摘する。

 また、前田朗は、「国際法における性奴隷制」について、詳細に説明する。
 まずは、「1 性奴隷制の定義」に関して。


①「慰安婦」問題において性奴隷制、戦時奴隷制といった表現を採用したのは、国連事件機関である。1990年代前半、国連人権委員会、及びその下部機関である差別防止少数者保護小委員会(国連人権小委員会)において、「慰安婦」問題の基本的事項とその法的議決を巡る議論が積み重ねられた。
②その結果、ラディカ・クマラスワミ「女性に対する暴力特別報告者」が「慰安婦」問題の調査を行い、日本および韓国を訪問して、両政府から資料提供を受け、「慰安婦問題報告書」を作成し、1996年の国連人権委員会に提出した。
③同報告書は満場一致で採択された。
④クマラスワミ報告書は、「戦時、軍によって、または軍のために、性的サービスを与えることを強制された女性の事件を軍事的性奴隷制の敢行」と定義した。
⑤1989年にはゲイ・マクドウーガル「戦時性奴隷制度特別報告者」が「慰安婦」問題の調査を行い、「慰安婦問題報告書」を国連人権小委員会に提出した。
⑥ラディカ・クマラスワミ報告書及びマクドウーガル報告書の前提となっているのは、20世紀初頭の国際条約であり、特に醜業条約と奴隷条約である。
⑦旧日本軍の「慰安婦」問題をめぐる議論はこうした国際動向とと並行し、密接に関連しながらすすめられたのである。


 次は、「2 白色奴隷条約(醜業条約)」に関して。 

①1910年の醜業婦ノ取締ニ関スル国際条約(醜業条約、白色奴隷条約とも呼ばれる)は、性的サービスの強制に関する最初期の重要条約である。
②日本政府はこの条約を批准したが、植民地に適用しない旨の留保宣言をしたことが知られている。
③「強制があったかなかったか」に絞ってみると、次のことが言える。第1に、日本軍に「慰安婦」とされた非常に多くの未成年女子(なかには15歳や16歳の女子が多数いた)については、本人に同意能力がなく、すべて第1条件に当たる。それゆえ「強制」であった。ただし、条約が国内に適用されないとすれば、「犯罪」として処罰しなかったことは条約違反とまでは言えないことになる。
④第2に、「慰安婦」とされた成年女性のうち、許偽によって騙されて連れ出された事案は「強制」でった。ただし、国内に適用されないとすれば、「犯罪」として処遇しなかったことは条約違反とまでは言えない。


 次は、「3 奴隷条約」に関して。


①1926年の奴隷条約は「奴隷の禁止」と「奴隷取引と「奴隷の禁止」を掲げている。
②驚いたことに、日本政府は現在に至るまで奴隷条約を批准していない。「慰安婦」問題があるため、批准することができないのだ。条約を批准していなくても、①奴隷の禁止と②奴隷取引の禁止は1930年代には慣習国際法の地位を獲得していたされている。条約を批准していなくても、文明国ならば守らなければならない。
③それゆえ、「慰安婦」問題で強制の有無を問う場合に、①奴隷の禁止と②奴隷取引の禁止に関する奴隷条約の定義をもとに判断することになる。
④安倍首相をはじめとする否定論者は「強制連行はなかったから奴隷制ではなかった」と主張するが、強制連行がなくても奴隷は奴隷である。強制連行は、②奴隷取引の禁止の一部に関係しても、①奴隷の禁止の要素ではないからである。契約による奴隷もいれば、奴隷が産んだ子どもも奴隷となる。奴隷化には多様な形態があった。
⑤奴隷概念を正しく解釈して、クマラスワミ報告書は、「慰安婦」は奴隷に当たり、日本政府は奴隷の禁止に違反した、と結論づけた。
⑥「慰安婦」訴訟における山口地裁下関支部判決も「慰安婦」が奴隷状態に置かれていたと認定した。他にも「慰安婦」:に対する性サービスの強制を認定した判決が複数存在する。


 次は、「4 強制労働条約」に関して。


①日本政府は1932年にこの条約を批准したにもかかわらず、その後、「慰安婦」政策を採用した。1990年代に「慰安婦」論議が行われた時に、最初に問われたのが強制労働条約との関係である。
②「慰安婦」問題について、日本政府は、条約の「適用除外・適用除外にあたる」という主張をした。強制労働条約第2条2項(d)に当たるという。1996年4月の国連人権委員会で、日本政府は、「戦争の場合だから『慰安婦』について条約の適用がない。それゆえ、適法とは言えず、日本政府に責任はない」と主張した。しかし、ILOの条約担当者が、「第2条2項(d)は緊急ノ場合を意味している。緊急時に慰安所に行くというのはどういうことか。慰安所がないと住民ノ全部又ハ一部ノ生存又ハ幸福ヲ危殆ナラシムルとはどういう意味か。慰安所は第2条第2項(d)の要件に当たらない」と明確にした。」③ILO条約適用専門委員会は、1996年以来、何度も何度も日本政府に勧告を出してきた。「強制労働条約に違反した」からである。


 次は、「5 人道に対する罪」に関して。


 クマラスワミ報告書は「『慰安婦』の場合における女性および少女の誘拐および組織的強要は、明らかに文民である住民に対する非人道的行為であり、人道に対する罪を構成する」と判定した。マクドウーガル報告書も、日本軍「慰安婦」制度が人道に対する罪に当たると判断した。


 次は、「国内法における誘拐罪」に関して。


 「慰安婦」強制連行を誘拐罪として処罰した大審院判決が二つ発見された。大審院は現在の最高裁判所に相当する。刑法256条の国外移送目的誘拐罪と、刑法224条の未成年者誘拐罪の事案である。


 最後に、「国家の責任とは」-「軍の関与」をめぐって」に関して。


①日韓合意では、「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」ことに対して「日本政府は責任を痛感している」とされた。しかし、日本政府は法的責任を否定しているので、「責任」とは道義的責任を意味する。ここで利用されるのが民間企業である。「軍の関与」はあったが、民間業者が主体であったので、日本政府には法的責任はない、という奇怪な論理が駆使される。
②第1に、仮に民間業者が連行や慰安所管理を行ったとしても、「慰安所」政策は軍が方針を決定し、運営方法も規則で定め、「慰安所」を軍が利用したのであるから、民間業者と軍は共犯である。
③第2に、クマラスワミ報告書が定義したように、「軍によって、または軍のために、性的サービスを与えることを強制された女性の事件を軍事的性奴隷制の敢行」と呼ぶのであるから、「軍の関与」があれば、性奴隷制度を実施した主体が日本軍であることは明白である。
④第3に、1993年の「女性に対する暴力撤廃宣言」第2条(c)は「どこで発生したかを問わず、国家によって行われた、または許された身体的、性的および心理的暴力」を禁止し、第4条は「国家は、女性に対する暴力を非難すべきであり、その撤廃に関する義務を回避するために、いかなる慣習、伝統または宗教的考慮をも援用すべきではない」とする。「軍の関与」があったということは、日本軍が性奴隷制度を非難するどころか、これを許していたのである。
⑤第4に、2002年の国連総会決議の盛り込まれた「国際違法行為に対する国家責任(国家責任条約草案)第2条は、国家の国際違法行為が作為だけでなく、不作為からなる行為によっても成立するとしている。同第8条は「個人又は個人集団が、行為を成し遂げる中で、事実上、国家の命令、指揮、統治により行動している場合、それらの個人又は個人集団の行為は、国際法上の国家の行為と考えられる」としている。民間業者がやったことだという弁解は、通用しない。


 前田朗は、このように論理展開した上で、今回の「日韓合意」について次のように告発する。
 まさしく、今回の「日韓合意」の問題を言い当てている。


 「『慰安婦』問題は、当時、日本政府が基本方針を立案し、日本軍は要請し、指揮し、監督する中で、軍および民間業者が被害女性を選定し、連行し、『慰安所』で性的サービスを強制した事件である。
 そして、戦争終結後、日本軍および民間業者は多くの被害女性を海外に置き去りにし、場合によっては証拠隠滅のために殺害した。
 半世紀を経て、朝鮮半島、中国、台湾、フィリピン、インドネシア、東ティモール、ビルマなどアジア各地の被害女性たちがカムアウト史、人間の尊厳の回復を求め、公式謝罪と賠償を求めてきたが、四半世紀にわたって解決を拒否してきたのは日本国家と日本社会である。日韓合意は女性差別と人種・民族差別が複合する人道に対する罪を改めて隠蔽し、歴史に禍根を残す茶番劇と言わざるを得ない。」


 なお、「米国の介入」ということについて、この本ではあまり中心的には捉えられていなかった。
 この問題について、前田朗は『慰安婦』問題の現在(三一書房)」のなかで、鈴木裕子の「解決には程遠い今回の日華『合意』を採り上げ、鈴木は次のように指摘している。


「この度の『合意』の影には、米国の深い介入がある。在米の米山リサトロント大学教授は、『今回の日韓合意』を米国は高く評価した、と指摘。米国が日本に韓国との『和解』を勧めるのは、自衛隊に米軍の肩代わりをしてもらうにはアジアの同盟国の理解が必要との考えているから、と言う(『【戦える国】に変質 言わねばならないこと』『東京新聞』1月14日付)。わたくしも同感である。要するにこのたびの『日韓合意』は、米国政府の意向を強く受け、被害当事者の意思を無視して日韓両政府が政治的に妥協した政治的産物にほかならない。」


 つまり、今回の日韓合意は、米国の米軍再編に、日韓両国が組み込まれた結果でしかない。だから、「米国政府の意向を強く受け、被害当事者の意思を無視して日韓両政府が政治的に妥協した政治的産物にほかならない。」、と。
 この手法は、沖縄の辺野古新基地建設をめぐる状況を、そのまま説明するものでもある。


 最後に、第Ⅱ部の各界からのメッセージの中で、崔善愛さんの次の言葉が、胸を揺さぶった。


日本政府よ。
そのひとの手をとったことがありますか?ハルモニを襲う激しい頭痛、その呻きと叫びの涙を見たことがありますか?

慰安婦にされたハルモニに会うことをせず、その「謝罪」はいったい誰に向かっているのか。

女性を人として尊敬することを知らない人々よ。
動かぬ少女像の何を恐れるのか。

「謝罪」という名の罪の「撤去」を、少女たちの魂はゆるさない。


by asyagi-df-2014 | 2016-05-19 05:27 | 本等からのもの | Comments(0)

沖縄-辺野古新基地建設にともなう海上警備費に、なんと、2年半で159億円。それも、ALSOK(東京)、ライジングサンセキュリティーサービス(東京)が独占。

 「1日2千万円を超える期間もあった」。
 何のことか。
 それは、「名護市辺野古の新基地建設に伴う陸上、海上の民間警備費」、だった。
 

 このことについて、沖縄タイムスは2016年5月15日、「名護市辺野古の新基地建設に伴う陸上、海上の民間警備費が2014年6月~16年12月の2年半で少なくとも159億円に上ることが分かった。日数で割ると1日2千万円を超える期間もあった。一般競争入札には毎回、陸上、海上で各1社だけが参加していて、落札率は軒並み99%を超えている。」、と報じた。
沖縄タイムスは、このよう伝える。


①「沖縄タイムスは業務を発注する沖縄防衛局に警備費の総額、99%超の高落札率に対する見解を照会したが、14日までに回答はない。警備費は資料が公表されていない期間があるため、実際にはもっと膨らむ。
②「キャンプ・シュワブゲート前を中心とした陸上の警備業務は綜合警備保障(ALSOK、東京)、辺野古沖の海上はライジングサンセキュリティーサービス(東京)が独占している。新基地工事が始まった14年当初、警備業務は大成建設(東京)が受注した工事業務に含まれ、2社に再委託されていた。この期間の警備費は陸上が少なくとも約39億円、海上が同じく約40億円。
③「その後、警備業務が独立して発注されるようになった。入札が計4回あり、陸上が約19億円と約15億円、海上が約23億円と約20億円で契約された。落札率は99・8%、99・2%、99・5%、99・9%。1日当たりの費用が陸上約900万円、海上約1100万円に上る時期もあった。


 沖縄タイムスは、このことを、「自治体の元土木技師で、情報公開請求を通じて防衛局の資料を入手した北上田毅さん(70)は『全国市民オンブズマン連絡会議は落札率95%以上は談合の疑いが極めて強いとしている。今回のケースでは入札に1社ずつしか参加しておらず、官製談合が疑われる』と指摘している。」、と伝えた。


 これだけじゃないよ。
 信じられないかもしれない、いや、やっちゃあいけないことだよ。
「受注した警備会社1社だけの見積もりに基づいて予定価格を決めていた」、と。
 不正はびこる、「随意」契約。
 やらせと強行は、安倍晋三政権の十八番。
 どうしても、無理を利かせないと終わらない。


 このことについて、沖縄タイムスは2016年5月17日、「名護市辺野古沖の新基地建設予定海域の警備業務発注をめぐり、沖縄防衛局は16日、受注した警備会社1社だけの見積もりに基づいて予定価格を決めていたことを明らかにした。手続きに違法性はないものの、受注会社は自らの見積もりに沿って予定価格を推測できた。結果的に入札の落札率は99%を超え、税金を節約する機会が失われた。」、と報じた。


 以下、沖縄タイムスの引用。




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by asyagi-df-2014 | 2016-05-18 12:13 | 沖縄から | Comments(0)

京都府宇治市のウトロ地区に、韓国や日本国内から訪れる人が相次いでいる。

 朝日新聞は、2016年5月14日に、「在日の韓国・朝鮮人が暮らす京都府宇治市のウトロ地区。今年に入り、韓国や日本国内から訪れる人が相次いでいる。なぜなのか。」、との記事を掲げた。
 本当に、何故なのか。
朝日新聞は、こう切り出す。


「太平洋戦争中、国策の京都飛行場建設に動員された朝鮮人の労働者らが敷地の一角で生活した。もとの地名は『宇土口』だったが、地域の人々が呼んだという『ウトロ』が戦後に定着。敗戦時には約1300人がいたとされ、今も地区(約2・1ヘクタール)には55世帯・約130人が暮らす。立ち退きを求められたが、2011年までに韓国政府系財団の出資や寄付金などで一部の土地を買収。宇治市、京都府、国が公営住宅2棟を建てることが決まった。住宅建設や周辺の整備に伴い、『飯場』跡も残る建物の取り壊しが早ければ6月にも始まる。『記録や記憶に残したい』。そう考える人たちが次々と足を運ぶようになった。」


 続けて、韓国から訪れる人たちについて。


「著名タレントのウトロ訪問が韓国の人気テレビ番組で放映された昨秋以降、韓国からは修学旅行生や数十人規模のグループがたびたび訪れる。2月には釜山の東亜大建築科生ら12人が路地で写真を撮影したり、巻き尺で建物の寸法を測ったりした。ジオラマを作り、釜山でウトロの変遷を紹介する展示会を開くためだ。
 学生らに話をしたのは姜景南(カンギョンナム)さん(90)。母と朝鮮半島南部の泗川(サチョン)から父がいた大阪に来たこと。戦争末期、空襲から逃れてウトロにたどり着いたこと。飯場跡のバラックで暮らし、子ども6人を育てたこと。チャ・ユンジョンさん(21)は『在日の歴史を学べました。おばあさんたちが懸命に生活してきた痕跡がなくなるのは残念』と話した。韓国からの訪問客の案内役を務める南山城同胞生活相談センター代表の金秀煥(キムスファン)さん(40)は『住民たちも、また来たなあと喜んでいます』と話す。
 今月上旬には韓国KBSテレビのクルーが訪れ、俳優のユン・ユソンさんが住民らと交流する様子を撮影した。在外コリアンを紹介する特集番組で、プロデューサーのキム・アリさんは『撤去が始まれば風景が変わる。記録しておくのは歴史的にも意味がある』と話した。」


 日本国内から訪れる人は。


「国内からも訪れる。3月には、福岡などの在日コリアンと日本人の計5人が来た。北九州市の在日2世の裵東録(ペトンノク)さん(72)は『八幡にあった朝鮮人集落を思い出しました。私もこんな家に住んでたけん』。案内した『ウトロを守る会』の斎藤正樹さん(66)は『戦争が終わると動員された朝鮮人は見捨てられ、地区の人々は貧困に苦しんだ。ウトロはその歴史を伝える貴重な教材です』と語る。」


 確かに、まずは知ることが大事。
 そして、「戦争が終わると動員された朝鮮人は見捨てられ、地区の人々は貧困に苦しんだ。ウトロはその歴史を伝える貴重な教材です」、のは何故なのかと。


 以下、朝日新聞の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2016-05-18 05:27 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

沖縄-沖縄復帰44年。各紙の新聞から考える。

 2016年5月15日、沖縄は日本復帰から44年目の朝を迎えた。
 日本本土に吹き荒れる憲法改悪の流れや戦争法の実態化の恐れが、沖縄が負わされてきた「歴史」を、少しは実像として結ぶことができているだろうか。
 1972年5月15日からの44年。
 この日の意味を、全国の新聞の社説から考える。
 各紙の社説の見出しは、次のものである。


(1)琉球新報社説-きょう復帰44年 「自治」県民の手に 沖縄の進路、自ら決める
(2)沖縄タイムス社説-[復帰44年 辺野古では]脅かされる自治と人権
(3)信濃毎日新聞社説-苦難の歩み知ることから 沖縄復帰の日に
(4)中日新聞社説-沖縄は憲法の埒外か 週のはじめに考える


 文字面だけを見た時、沖縄の二紙の主張が、「現状は克服すべき未来への糧として新しい時代を思考するもの」であるのに対して、他の二紙は、「現状認識の重要性を問う」ものに留まっているような気がする。それが、まずは、すぐれて始まりであるとしても。
 もしかしたら、このことが日本の現状なのかかもしれない。
 さて、各紙社説の要約である。

(1)各紙の主張
(琉球新報)
①44年という歳月は沖縄に何をもたらしのだろうか。1972年、県民が願ったのは平和憲法への復帰であり、自治の確立だった。
②44年間、沖縄への構造的差別を温存しただけとは思いたくない。44回目の「復帰の日」、改めて沖縄の進路は自ら決める「自立の日」として足元を見詰め直したい。
③安倍政権は地方創生を掲げ「多様な支援と切れ目のない施策」を打ち出すという。ならば沖縄の自治を尊重し、「平和を希求する」島づくりにこそ手を貸すべきではないか。国内外から多くの観光客が訪れ、アジアの玄関口として物流拠点としても期待される沖縄なら、日本経済のけん引役となり得る。いつまでも「基地の島」であることを県民は望んでいない。
④見せ掛けだけの「負担軽減」はもうやめてもらいたい。
⑤安倍政権は集団的自衛権の行使容認をはじめ、憲法を骨抜きにしている。民意を顧みない姿勢は沖縄への強権的態度と通じる。こうした時代だからこそ、屋良建議書が重視した「自治」を県民の手に取り戻すきっかけの日としたい。
(沖縄タイムス)
①施政権返還からきょうで44年。その現実は今も変わらない。その象徴が「辺野古」である。
②憲法が保障する人権や地方自治を本土並みに享受する。安保が必要だと言うなら全国で負担を分かち合う。沖縄の主張の最大公約数は、実に慎ましやかなものだ。米軍基地を沖縄に押しつけるだけでは、問題は何も解決しない。
③米軍を法的にコントロールするため米軍に国内法を適用し、政治的にコントロールするため日米合同委員会を国会が監視し統制する。その仕組みづくりがほんとうの「主権回復」に向けた第一歩だ。
(信濃毎日新聞)
①亀裂の原因ははっきりしている。沖縄の基地の負担が軽減されていないことだ。
②差し当たりは日米地位協定を、せめて欧州諸国並みの内容に改めたい。改定が実現するまでの間は運用の改善で対処したい。
③本土の私たちは何をすべきか。まずは沖縄の苦難の歩みを知ること。そして、辺野古は白紙に戻して沖縄の負担軽減に本気で取り組むよう、日本政府に求めていくことではないか。夏の参院選は政党、政治家の姿勢を見極め、主権者としての責任の一端を果たすときになる。
(中日新聞)
①安倍晋三首相は夏の参院選で勝利し、自民党結党以来の党是である憲法の自主的改正に道を開きたいとの意欲を隠そうとしません。
 国民から改正論が澎湃(ほうはい)と沸き上がる状況ならまだしも、世論調査で反対が半数を超す状況で改正に突き進むのなら強引です。憲法擁護義務を課せられた立場なら、憲法理念が実現されていない状況の解消が先決ではないのか。
②沖縄県民の民意や基本的人権が尊重され、米軍基地負担も劇的に軽減される。沖縄で憲法の理念が実現すれば、国民が憲法で権力を律する立憲主義が、日本でも揺るぎないものになるはずです。


(2)沖縄の把握
(琉球新報)
①現状を振り返ると、米軍基地の重圧は変わらず、米軍関係者による事件・事故も絶えない。憲法が保障する「平和的生存権」が沖縄では軽んじられている。基地問題では、名護市辺野古での新基地建設といった沖縄の主体性を無視した政府の強権的な姿勢も目立つ。
②米統治27年間の課題を洗い出した「屋良建議書」は、Ⅰ政府の対策は県民福祉を第一義、Ⅱ明治以来、自治が否定された歴史から地方自治は特に尊重、Ⅲ何よりも戦争を否定し平和を希求する、Ⅳ平和憲法下の人権回復、Ⅴ県民主体の経済開発、を日本政府に求めた。屋良建議書の要求は現代にも共通する。逆に言えば「当然の願望」がいまだ実現していない。
③象徴的なのが辺野古の新基地建設を巡る県と国の対立だ。選挙で示された新基地建設に反対する民意を政府は平然と無視し、地方自治を侵害している。裁判所の和解に基づいて現在は工事が中断しているが、国は事あるごとに「辺野古は唯一の解決策」と繰り返す。沖縄の自治、民意、自己決定権といった当然の権利に対する敬意が全く見えない。
④平和的生存権を脅かす事件も相変わらずなくならない。3月にはキャンプ・シュワブ所属の米兵が那覇市内で女性暴行事件を起こした。深夜外出や飲酒を規制する米軍の対策に何ら実効性がないことも分かった。
⑤基地の過重負担も政府は放置したままだ。西普天間住宅地区(約51ヘクタール)の返還をもって政府は「沖縄の負担軽減」を強調するが、本土では2014年以降に345ヘクタールの米軍専用施設が返還されている。結果的に在日米軍専用施設に占める沖縄の負担は14年時点の73・8%から74・46%に微増した。
⑥高校教科書検定での事実誤認問題に象徴されるように、沖縄経済が「基地に依存する」という神話は県外になおはびこる。沖縄の基地関連収入が県経済に占める割合は1972年度は15・5%だったが、13年度現在5・1%だ。44年間の経験から明らかなのは、米軍基地は経済の阻害要因でしかなく、返還地利用によって沖縄は飛躍的に発展したことだ。軍用地料の収入や基地従業員の所得など返還前に得ていた経済取引額と、製造業の売上高といった返還後の経済取引額を比較した「直接経済効果」は北谷町の桑江・北前地区で108倍、那覇新都心地区で32倍と跳ね上がった。
(沖縄タイムス)
①憲法が適用されていなかった米軍政下の沖縄に初めて、「憲法記念日」が設けられたのは51年前の1965年5月3日のことである。「日本国憲法の沖縄への適用を期する」という沖縄住民の切実な願いが込められていた。
②72年の施政権返還によって憲法とともに、日米地位協定も本土並みに適用されるようになり、米軍基地が集中する沖縄は、「憲法体系」と「安保体系」が日常的に摩擦を起こすようになった。
③名護市辺野古沖で沖縄防衛局発注の海上警備を請け負う民間の警備会社が、新基地建設に反対し抗議行動を展開する市民の名前を特定し、行動を記録していることが分かった。 約60人分の顔写真や名前を記したリストが存在するというから驚きだ。警備員は船やカヌーに乗った市民をカメラに収め、画像をリストと照らし合わせ、行動を記録していたという。沖縄市にあるこの警備会社は、沖縄防衛局から警備業務を受注している会社(東京)の100%子会社。防衛局はそのようなことまで指示したのだろうか。この行為は表現の自由に重大な萎縮効果を及ぼすだけでなく、肖像権やプライバシーの侵害行為にあたる可能性も強い。「安保体系」が優先され、人権や地方自治を定めた「憲法体系」が脅かされている現実を浮き彫りにした事例だ。
 今回の辺野古のケースは、過去の各種判例から判断しても違法性が強い。
④沖縄で「憲法体系」と「安保体系」のきしみが耐え難いほどひどくなったのは、軍政下に米軍によって一方的に建設された普天間飛行場を、民意に反して強引に県内に移設しようとするからだ。
(信濃毎日新聞)
①昨年の5・15。翁長雄志沖縄県知事は記者会見し、厳しい表情で語った。「本土並みを合言葉に県民の努力で勝ち取った復帰だったが、県民の望んできた形になっていない」
 米軍普天間飛行場の辺野古移設を巡る政府との対立が影を落とす会見になった。
②国土面積の0・6%しかない沖縄に在日米軍専用施設の74%が集中している―。しばしば挙げられる数字である。かつてはそうでなかった。52年にサンフランシスコ講和条約が発効してから本土の基地は整理、統合が進んだのに対し、沖縄の基地は削減されなかった。その結果の集中である。本土で基地反対運動が高まる中、基地が本土から移ってくるケースも少なくなかった。例えば56年には岐阜、山梨から沖縄に海兵隊が移転している。53年に浅間山麓で燃え広がった米軍演習地計画の反対運動は、そんな歩みの一こまだ。浅間の計画は撤回されている。
 大きくとらえると、沖縄が本土の米軍基地削減の動きに取り残され、時にしわ寄せをされたのが復帰までの歩みだった。
③復帰により、沖縄は日米安保体制に組み入れられた。以後、日本政府は沖縄でも米軍に用地を提供する義務を負うことになった。そこで制定されたのが公用地暫定使用法(沖縄における公用地等の暫定使用に関する法律)である。米施政下で「銃剣とブルドーザー」により囲い込まれた土地を、復帰後も提供し続けるための法律だ。施行は71年12月31日。復帰の5カ月前だった。「日本の平和憲法の下に、と願っていたが、本土復帰してみると日米安保条約の下に返されてしまったように感じる」
 90〜98年に県知事を務めた大田昌秀さんは以前、共同通信のインタビューで述べていた。
 一つの自治体にのみ適用される法律は住民投票で過半数の同意がなければ制定できない―。憲法95条である。沖縄県民の意思とお構いなしに決まった公用地法は憲法の精神にも反している。
④政府はいま辺野古に新しい基地を造ろうとしている。基地はますます固定化する。反対する地元の声に対しては、「移設が唯一の解決策」と繰り返すばかりで耳を傾けない。現地では機動隊が座り込みをごぼう抜きし、海上で抗議のボートを排除する。「銃剣とブルドーザー」を連想させる手荒さだ。
 沖縄の苦難の歴史を考えれば、新基地を押しつけるのは理不尽に過ぎる。政府は辺野古をあきらめ、普天間の県外、国外移設に向け米側と交渉すべきだ。
 沖縄の人々が「本土による沖縄差別」と指摘する出来事がある。▽琉球王国を日本に組み入れた「琉球処分」▽沖縄を捨て石に本土決戦の時間稼ぎをした沖縄戦▽沖縄を本土から切り離して米統治下に置くことを認めたサンフランシスコ講和条約―などだ。
⑤辺野古移設を強行すれば新たな差別として沖縄の歴史に刻まれるだろう。亀裂は決定的になる。
(中日新聞)
①敗戦から四カ月後の一九四五(昭和二十)年十二月、「改正衆議院議員選挙法」が成立し、女性の国政参加が認められました。翌四六(同二十一)年四月には戦後初の衆院選が行われ、日本初の女性議員三十九人が誕生します。
 今年は日本で女性が参政権を行使してから七十年の節目でもあります。日本の歴史に新たな一歩を記す一方、このとき国政参加の道が断たれた地域がありました。
 住民を巻き込んだ激しい地上戦の末、米軍の支配下に置かれた沖縄県と、戦争末期に参戦した旧ソ連軍が不法に占拠した北方四島(歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島)です。
 改正法が付則で、沖縄県と北方四島については、勅令で定めるまでの間、選挙を行わないと決めていたからです。
②当然、沖縄県側は反発します。県選出の漢那憲和(かんなけんわ)衆院議員は改正法案を審議する委員会で、県民が先の大戦中、地上戦で多大な犠牲を強いられたことに言及して、こう指摘します。
 「沖縄県民といたしましても、帝国議会における県民の代表を失うことは、その福利擁護の上からも、また帝国臣民としての誇りと感情の上からも、まことに言語に絶する痛痕事であります」
 しかし、沖縄側の訴えもむなしく法律は成立し、一二(明治四十五)年から選出されていた県選出衆院議員は途絶えてしまいます。
③五二(昭和二十七)年四月二十八日に発効したサンフランシスコ平和条約により、沖縄県が正式に米国の施政権下に置かれる前に、沖縄県民は日本の国政から切り離されてしまったのです。
④戦後初の衆院選は、日本の未来を切り開く新憲法を審議する議員を選ぶ選挙でもありましたが、その「制憲議会」に沖縄県選出議員の姿はありませんでした。
⑤国民主権、平和主義、基本的人権の尊重。明治憲法に代わる新しい日本国憲法の理念、基本原理は軍国主義によって戦禍を強いられた当時の日本国民にとって輝かしいものだったに違いありません。
 ただ沖縄県は日本国憲法の枠外に置かれ、日本の独立回復後も、苛烈な米軍統治下に置かれます。
⑥米軍は「銃剣とブルドーザー」と呼ばれる強権的手法で、民有地を強制収用し、軍事基地を次々と建設、拡張しました。県民は米軍の事故や米兵らの事件・事故の被害にも苦しめられます。
 県民の「自治」組織である琉球政府の上には、現地軍司令官の軍事権限に加えて行政、司法、立法の三権を有する琉球列島統治の最高責任者として高等弁務官が君臨しました。米陸軍軍人だったポール・キャラウェイ高等弁務官は「(沖縄の)自治は神話であり、存在しない」とまで言い放ちます。
 人権無視の米軍統治は憲法の理念には程遠い世界でした。沖縄県民にとって七二(同四十七)年五月十五日の本土復帰は「日本国憲法への復帰」でもあったのです。
⑦しかし、沖縄県では憲法の理念が完全に実現したとは、いまだに言えません。「憲法の埒(らち)外」「憲法番外地」とも指摘されます。
⑧ 沖縄県には在日米軍専用施設の約74%が集中し、さらに普天間飛行場(宜野湾市)の返還と引き換えに名護市辺野古沿岸部に新しい基地を造ろうとしています。有事には出撃拠点となる基地の過剰な存在は憲法の平和主義や法の下の平等と相いれません。
 県内に多くの米軍基地がある限り、爆音被害や事故、事件はなくならない。憲法よりも米兵らの法的特権を認めた日米地位協定が優先され、県民の基本的人権は軽んじられているのが現状です。
⑨県民が衆院選や県知事選、名護市長選など選挙を通じて、辺野古移設に反対する民意を繰り返し表明しても、日本政府は「唯一の解決策」との立場を変えようとしない。沖縄では国民主権さえ空洞化を余儀なくされているのです。


 2016年5月15日、日本復帰44年。
 各紙の社説から読み取れたことは次のことである。
まずは、「本土の私たちは何をすべきか。まずは沖縄の苦難の歩みを知ること。そして、辺野古は白紙に戻して沖縄の負担軽減に本気で取り組むよう、日本政府に求めていくことではないか。夏の参院選は政党、政治家の姿勢を見極め、主権者としての責任の一端を果たすときになる。」(信濃毎日新聞)、ということ。
 それは、「44年間、沖縄への構造的差別を温存しただけとは思いたくない。44回目の『復帰の日』、改めて沖縄の進路は自ら決める『自立の日』として足元を見詰め直したい。」(琉球新報)、のために。
 というのは、「沖縄県民の民意や基本的人権が尊重され、米軍基地負担も劇的に軽減される。沖縄で憲法の理念が実現すれば、国民が憲法で権力を律する立憲主義が、日本でも揺るぎないものになるはずです。」(中日新聞)、であるから。
 そのためには、現実的対応策として、「米軍を法的にコントロールするため米軍に国内法を適用し、政治的にコントロールするため日米合同委員会を国会が監視し統制する。その仕組みづくりがほんとうの「主権回復」に向けた第一歩だ。」(沖縄タイムス)、ということを確立させる。
 だからこそ、この日を、「44年という歳月は沖縄に何をもたらしのだろうか。1972年、県民が願ったのは平和憲法への復帰であり、自治の確立だった。」(琉球新報)、と刻みつけよう。


 以下、琉球新報、沖縄タイムス、の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-05-17 05:50 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄-5・15平和行進に、2500人が集結。「力を合わせ、この国が再び戦争国家へまい進することをみんなで止めていこう」、と。

 沖縄で、5.15平和行進が行われた。
 このことについて、沖縄タイムスは2016年5月15日、「3日間の平和行進を締めくくる『復帰44年 5・15平和とくらしを守る県民大会』(5・15平和行進実行委員会、沖縄平和運動センター主催)が15日午後、那覇市の新都心公園で開かれ、晴天の中、行進を終えた約2500人(主催者発表)が集結。憲法改悪や基地の強化・拡大に反対する大会宣言を決議し、辺野古新基地建設に反対していこうと決意を新たにした。ことし39回目を迎えた平和行進は、13日にスタート。3日間で県外参加者1200人余りを含む延べ約4500人が、平和への願いを込めて歩を進めた。」、と報じた。
 また、「大会宣言には、憲法改悪や日米両政府による米軍・自衛隊基地の強化と拡大に強く反対し、続発する米兵による犯罪への糾弾と日米地位協定の抜本的改正を要求することなどが盛り込まれた。参加者は脱原発社会や世界平和のために闘い抜くことを確認し、連帯の拳を上げた。」、と伝えた。


 以下、沖縄タイムスの引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-05-16 17:04 | 沖縄から | Comments(0)

「政府が、アイヌ民族の生活・教育支援を目的とする新法制定に向けた検討に着手」について。

 政府のアイヌ新法制定の検討について、東京新聞は2016年5月10日、「政府がアイヌ民族の生活や教育を支援する新法を制定する方向で検討を始めたことが10日、関係者への取材で分かった。政府のアイヌ政策推進会議が今月中旬に公表する報告書に新法の検討について明記する方針。」、と報じた。
 このことについて、北海道新聞は2016年5月13日の社説で、「アイヌ新法 手厚い支援を求めたい」と記した。
このアイヌ新法について考える。
北海道新聞の要約は次のとおりである。


(1)新法の必要性
①新法の必要性は、2009年に政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」がまとめた報告書に既に明記されている。それがようやく具体的に動きだすことになる。
②かつての同化政策や差別的な扱いによって、生活や教育面で厳しい環境下にあるアイヌの人々は今も少なくない。手厚い支援が求められる。
③新法制定に向けては、こうした現実をきちんと踏まえた検討を進めるよう求めたい。
④1997年にはアイヌ文化振興法が制定されたが、これは名称の通り、文化の振興に特化した法律だ。生活支援などは盛り込まれていない。
⑤道内のアイヌ民族については、道が国の補助を受けて、年10億円規模で奨学金や就労支援などの事業を行っている。それでも、道が13年、アイヌ民族が住む道内66市町村を対象に行った調査では、アイヌ民族の世帯の生活保護率が平均的な世帯の1・4倍と高く、大学進学率は0・6倍と低かった。かつてに比べれば経済格差は縮まってきてはいる。それでも、解消へ取り組みはまだ十分とは言えない。


(2)新法の内容
①北海道アイヌ協会は、新法の制定を通じて、幼児期からの教育支援や、無年金の高齢者救済などを継続的に実施できる体制を整備したい考えという。同協会などの要望にしっかりと耳を傾けてもらいたい。
②同時に、新法制定に当たっては、08年に衆参両院が全会一致で行った「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」も考慮する必要がある。
 この決議を受け政府も初めて、アイヌ民族を先住民族と認める官房長官談話を出した。
 一方、法律上ではアイヌ民族の先住民族としての位置づけがまだ明確になっていない。
 海外では、先住民族に対する権利侵害への反省から、国内法の制定で人権を保障しようとする動きもみられる。


(3)北海道新聞の主張
①新法を巡る論議では、生活・教育支援の拡充はもちろんだが、国会決議や官房長官談話も踏まえて、先住民族としての位置づけを盛り込むことも、ぜひ検討してもらいたい。
②大切なのは、不当な差別や貧困の根絶につなげることである。


 アイネ新法を考える上で必要なこと、まず第1に、この新法の制定は、「不当な差別や貧困の根絶につなげる」ためにあることを基本にすること、第2に、「アイヌ民族を先住民族とする」ことの位置づけがなされなくてはならないこと、第3に、そのためには、当該者の意見を十分に反映させる必要があること。


以下、北海道新聞の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-05-16 05:55 | 自由権 | Comments(0)

沖縄-沖縄防衛局が発注の海上警備で、「表現の自由」の侵害が。

 標題について、沖縄タイムスは2016年5月14日、「名護市辺野古沖の海上警備で、警備員が新基地建設に抗議する市民の名前を特定し、行動を記録していることが分かった。約60人分の顔写真や名前を記したリストがあって、撮影した写真と照合している。警備業務は沖縄防衛局が発注しているもので、『表現の自由』の侵害との批判が出そうだ。沖縄タイムスは市民の名前を特定する必要性やプライバシーとの関係を防衛局に問い合わせているが、防衛局は『回答を準備中』として答えていない。」、と報じた。
 また」その内容については、「海上警備を請け負うマリンセキュリティー(沖縄市泡瀬)の複数の警備員によると、会社の船にはマニュアルが備えられている。リストはその中の一部で、市民の顔写真に加えて名前が分かる範囲で掲載されている。名前を把握できていない人には番号が振られている。警備員は船やカヌーに乗った市民をデジタルカメラで撮影、画像を拡大してリストと照らし合わせる。『操船者』『乗員』『カヌー』などに分類して名前、進行方向などを把握。報告は現場指揮を執る母船や現地本部を通じて防衛局に伝わっている。」、と伝えた。
 さらに、「こうした監視は、立ち入り禁止の臨時制限区域の外でも実施している。また、市民が拠点とする汀間漁港敷地内の車からも監視していて、出港準備の段階から把握する。
 警備員によると、リスト掲載の市民の顔写真は覚えるように指導される。報道関係者の写真や名前はリストにはない。ただ、腕章などから報道機関名を特定したり、海域を見渡す名護市瀬嵩の丘の上にテレビカメラなどが見えるときには報告したりすることを求められる。」、と報じた。


 以下、沖縄タイムスの引用。




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by asyagi-df-2014 | 2016-05-15 17:31 | 沖縄から | Comments(0)

産経は、「教職員の政治活動に罰則 自民、特例法改正案、秋の臨時国会にも提出」とリーク。

 私自身も、政権がマスコミを利用して観測記事を書かせて、それを判断基準にしてきたという経過を身を以て知ってきた。
 なかなか産気新聞を直接読む機会はないため、2016年5月10日の澤藤統一郎の憲法日記の「アベ政権が牙をむいてきた-「教特法に刑罰導入の改正法案」については、安倍晋三政権のやり方に驚かされるでけでなく、いよいよ感が強い。
 この産経新聞の記事は次のものである。


①「自民党は9日、今夏の参院選から選挙権年齢が『18歳以上』に引き下げられることを踏まえ、公立高校の教職員の政治活動を禁じる教育公務員特例法を改正し、罰則規定を設ける方針を固めた。早ければ今秋の臨時国会に改正案を提出する。」
②「同法は『政党または政治的目的のために、政治的行為をしてはならない』とする国家公務員法を準用する規定を定めているが、罰則がないため、事実上の『野放し状態』(同党幹部)と指摘されていた。
③「改正案では、政治的行為の制限に違反した教職員に対し、『3年以下の懲役又は100万円以下の罰金』」程度の罰則を科することを想定している。また、私立学校でも政治的中立性を確保する必要があるとして私立校教職員への規制も検討する。これまで『国も自治体も、私立には口出ししない風潮があった』(同党文教関係議員)とされるが、高校生の場合は全国で約3割が私立に通学する実情がある。党幹部は『私立でも政治的中立性は厳格に守られなければならない』と指摘。小中学校で政治活動をした教職員に罰則を科す『義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法』を改正し、私立高の教職員にも罰則を適用する案が浮上している。」
④「日本教職員組合(日教組)が組合内候補者を積極的に支援するなど選挙運動に関与してきた過去を踏まえ、組合の収支報告を義務付ける地方公務員法の改正についても検討する。」


 澤藤統一郎の憲法日記は、この問題について、まずは、「教育現場での教員の政治的問題についての発言は、残念ながら萎縮しきっていると言わざるをえない。それをさらに、刑罰の威嚇をもって徹底的に押さえ込もうというのだ。闘う力もあるまいと侮られての屈辱ではないか。」、と現場の闘う状況を概観する。
 そして、問題点を次のように指摘する。


①「この改正法案の当否以前の問題として、罰則をもって禁じなければならないような『高校教職員の政治活動』の実態がどこにあるというのだろうか。1954年教育二法案制定当時と今とでは、政治状況はまったく違っている。かつての闘う日教組は、今や文科省との協調路線に転換している。「日の丸・君が代」問題でも、組合は闘わない。個人が、法廷闘争をしているのみではないか。
②「教育二法とは、『義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法』(教員を教唆せん動して特定の政治教育を行わせることを禁止)と、『教育公務員特例法』(教員の政治的行為を制限)とのこと。当時の反対運動の成果として、教特法への刑事罰導入は阻止された。それを今、60年の時を経て導入実現しようというのだ。
③「『政治的中立』の名をもって圧殺されるものが政権批判であることは、現場では誰もが分かっていることだ。さらに、萎縮を求められるものは『憲法擁護』であり、『平和を守れ』、『人権と民主主義を守れ』、『立憲主義を尊重せよ』という声だ。憲法に根拠をおく常識も良識も党派性を帯びた政治的発言とされてしまうのだ。」
④「教育基本法(第14条)は、『良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない。』と定める。明日の主権者を育てる学校が、政治と無関係ではおられない。18歳選挙権が実現した今となればなおさらのこと。刑事罰導入はいたずらに、政治的教養教育、主権者教育の限りない萎縮をもたらすことが目に見えている。それを狙っての法改正と指摘せざるをえない。


 澤藤統一郎さんは、この問題に対して、次のように主張する。


①「今、教育現場において『教育基本法の精神に基き、学校における教育を党派的勢力の不当な影響または支配から守る』ためには、政権の教育への過剰な介入を排除することに主眼を置かねばならない。」
②「教育公務員も思想・良心の自由の主体である。同時に、教育という文化的営為に携わる者として、内在的な制約を有すると同時に、権力からの介入を拒否する権利を有する。」
③「『教職員の政治活動に罰則』という、教職員の活動への制約は、政権の教育支配の一手段にほかならない。憲法をないがしろにし、教育基本法を敵視するアベ政権が、危険な牙をむいてきたといわなければならない。」                    ④「改憲反対勢力がこぞって反対しなければならないテーマがひとつ増えた。」


 この安倍晋三政権による「教職員の政治活動に罰則」化は、憲法をないがしろにする、日本国憲法改正への一過程である。
 確かに、これまでも「政治的中立」とは、政権政党への権力集中を補完するものでしかない。そこで求められるものは、『憲法擁護の萎縮』であり、『平和を守れ』、『人権と民主主義を守れ』、『立憲主義を尊重せよ』という憲法に根拠をおいた真っ当な思想信条の否定やそれに基づく憲法実現のための運動の排除である。
 やはり、何としても、安倍晋三政権の教育への過剰な介入を阻止しなけねばならない。


 以下、澤藤統一郎の憲法日記及び産経新聞 の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2016-05-15 05:56 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

沖縄-ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)が、沖縄進出を撤回。

 ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)が、沖縄進出を撤回したことについて、沖縄タイムスは2016年5月12日、「大阪市の米映画テーマパーク、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の運営会社ユー・エス・ジェイは、県内での新たなテーマパーク計画の撤回を11日までに決めた。昨年発足した新たな経営陣が、大阪の施設に集中投資する方針を決めたことが理由。同日午後、同社CEO(最高経営責任者)のジャン・ルイ・ボニエ氏が那覇市内のホテルで安慶田光男副知事と会談し、伝えた。」、と報じた。
 これに関連して、国と沖縄県の反応について、「菅氏は『民間企業の経営判断だが極めて残念だと思う』と述べた。また、USJ進出を見据えて本年度の内閣府沖縄関係予算に盛り込んだ北部地域の調査費1億2千万円については『USJに使うことはない』との考えを示した。安慶田副知事は同日午後に県庁内で記者団の取材に応じ、『沖縄観光のブランド力の向上につながると考えていたところであり非常に残念』とコメントした。」、と伝えた。
 あわせて、沖縄タイムスは、「一企業への対応では異例の支援体制を敷いた首相官邸はショックを隠せず、菅義偉官房長官は落胆をあらわにした。県側にも失望感はあるが、集客力がある美ら海水族館を“外資”から守れた安堵(あんど)感も漂う。政府がUSJ進出を、辺野古新基地建設に理解を求めるてこに使うという警戒感を持っていた県関係者からは『最初から筋の良くない話だった』と冷静な見方も上がる。」、と報じた。
 特に、沖縄県側の思惑については、次のように報じた。


①「進出断念の理由は、県幹部の間で『大株主や新役員の意向』との見方で一致する。別の幹部は『沖縄観光も右肩上がり。こちらに落ち度があったわけではなかった』と胸をなで下ろす。」
②「進出予定地だった海洋博記念公園(本部町)で、特に高い集客力を誇る美ら海水族館。運営財団幹部は『県民の財産』と誇りを持ち、沖縄近海の海洋生物や植物などの学術研究機能も兼ね備える。『営利企業が経営すれば、直接の利益を生まない部門は切り捨てられる』(財団OB)との警戒感もあった。」
③「USJ側は進出時の施設規模や事業計画を具体的に公表していたわけではなく、観光を担当する県幹部には『生煮えの構想』とも映っていた。
④「県庁内には、政府がUSJ進出に肩入れしてきた理由を『辺野古の新基地建設に理解を得る手段の一つ』とする冷めた観測もある。翁長雄志知事の周辺からは、知事の口癖を引用し、こんな表現が漏れた。『最初から“話クヮッチー”(話のごちそう、実現性が乏しい話)だったんでしょ』」


 この話が出た時から、辺野古新基地建設との関連がちらついていた。それは、「辺野古の新基地建設に理解を得る手段の一つ」ではないかとの杞憂であった。
したがって、今回の「撤回」を受けての沖縄県側からの「最初から筋の良くない話だった」との声は、「何でもあり」の安倍晋三政権の政治手法から予想されることではあった。
 まさに、「最初から“話クヮッチー”(話のごちそう、実現性が乏しい話)だったんでしょ」、ということだったのだ。


 以下、沖縄タイムスの引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-05-14 12:06 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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