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沖縄から-「普天間飛行場代替施設建設事業にかかる公有水面埋め立て承認の取り消し」を各新聞から読み取る。

 2015年10月13日翁長沖縄県知事が行った「普天間飛行場代替施設建設事業にかかる公有水面埋め立て承認の取り消し」について、2015年10月14日、各紙は、次のように主張した。


①沖縄タイムス社説-[知事 承認取り消し]国民的議論を喚起せよ-
②琉球新報社説-承認取り消し 民意実現の出発点に 政府は新基地断念すべきだ-
③北海道新聞社説-辺野古承認撤回 移設作業の全面停止を-
④東奥日報社説-泥沼化避け対話の道探れ/辺野古承認取り消し-
⑤秋田魁新報社説-「辺野古」対立激化 政府は対抗より対話を-
⑥茨城新聞論説-辺野古承認取り消し ほかに道はないのか-
⑦新潟日報社説-承認取り消し 辺野古移設の前提崩れた-
⑧中日新聞社説-辺野古取り消し 県内移設は白紙に戻せ-
⑨福井新聞論説-辺野古承認取り消し 「沖縄の痛み」に向き合え-
⑩京都新聞社説-辺野古埋め立て  取り消し決断は民意だ-
⑪神戸新聞社説-辺野古取り消し/計画の妥当性を検証せよ-
⑫中国新聞社説-辺野古承認取り消し 問われる「基地と自治」-
⑬愛媛新聞社説-辺野古承認取り消し 泥沼の闘争に政府は終止符打て -
⑭徳島新聞社説-辺野古取り消し やむにやまれぬ決断だ-
⑮高知新聞社説-【辺野古取り消し】国の姿勢に募る違和感国の姿勢に募る違和感 -
⑯朝日新聞社説-辺野古移設 沖縄の苦悩に向き合え-
⑰毎日新聞社説-辺野古取り消し やむを得ない知事判断-
⑱東京新聞社説-辺野古取り消し 県内移設は白紙に戻せ-
⑲読売新聞社説-辺野古取り消し 翁長氏は政府との対立煽るな-
⑳産経新聞主張- 承認取り消し 知事の職責放棄するのか-
㉑日本経済新聞社説-沖縄の基地のあり方にもっと目を向けよ-


 これは、「社説・論説47NEWS」から地方紙を、残りは各紙の主張・主張から、2015年10月14日付けのものを取り出したものだ。13日を受けて14日に見解を出すという行為がやはり大きいという気がしている。
さて、ここで取りあげた21社の社説等の見出しの特徴は、読売と産経の二社の突出した表現の異様さだろう。あらためて、ジャーナリズムのあり方を考えさせられる。

 ここでは、各新聞社の社説等で特に気になった指摘及びその主張のいくつかを取りあげる。


(1)指摘事項
①沖縄タイムス
・翁長知事には忘れられない光景がある。那覇市長時代の13年4月、衆院予算委員会と南部市町村会の懇談会における自民党委員の発言である。「本土で嫌だって言っているんだから、沖縄で受け入れるしかないだろう。不毛な議論はやめよう」と言い放った。自民党議員のあからさまな発言は、中谷元・防衛相の言葉にも通じる。中谷防衛相は「(本土は)今はまだ整ってないから、沖縄が受けるしかないんですよ」と言った。基地を沖縄に押し込める思考停止ぶりは何も変わらない。海兵隊駐留が沖縄でなければならない軍事的理由はない。政治的に不都合だから沖縄に配備し続けているのであり、元防衛相の森本敏氏も現職時代に明言している。理不尽としかいいようがない。
・何度民意を示しても一顧だにせず辺野古の陸でも海でも公権力を強引に行使し、けが人が出ても問答無用とばかりに作業を強行する。そのようにして新基地を建設し、他国の軍隊に差し出そうとする主権国家がどこにあるだろうか。このような事例が他府県のどこにあるだろうか。
②琉球新報
・知事は埋め立て承認取り消し後の会見で、普天間飛行場は戦後、県民が収容所に入れられている間に、強制接収されて建設されたことをあらためて強調した。その上で「辺野古に移すということは、土地を奪っておきながら代わりのものも沖縄に差し出せという理不尽な話」と批判した。普天間飛行場が国際法に反して建設されたことは明らかである。知事の批判は当然だ。
・菅義偉官房長官は知事の承認取り消しを「沖縄や政府が重ねてきた普天間飛行場の危険性除去の努力を無にするものだ」と批判した。「政治の堕落」を指摘されたことから何ら学んでいないと言わざるを得ない。車の窃盗犯が持ち主である被害者に「古くなった車を返すから新車をよこせ」と開き直るような姿勢は改めるべきである。政府はそんな犯罪的な行為を国民の面前で恥ずかしげもなく行っているのである。これで法治国家と言えるだろうか。官房長官が知事を批判するなど、筋違いも甚だしい。
③北海道新聞
・翁長氏は先の政府側との協議で、沖縄に米軍基地が集中する現状や海兵隊が駐留する必然性など根本的な疑問への回答を求めた。しかし政府側は普天間返還の日米合意を振りかざすばかりで、辺野古への移設を唯一の解決策とする明確な根拠を示せなかった。
④東奥日報
・今秋の本体工事着手を目指す政府側は、沖縄防衛局が行政不服審査法に基づき国土交通相に審査請求と取り消し処分の効力停止を申し立てる。申し立ては認められ、本体工事が始まることになるだろう。
⑤秋田魁新報
・だが法廷闘争で政府が勝っても、沖縄県の政府への不信は強まるばかりではないか。在沖米軍への沖縄県民の視線は一層厳しくなり、日米安保体制を維持する上で不安材料となる恐れもある。基地問題の研究者は、政府が辺野古移設に固執するほど、基地が集中する現状に不満を募らせている沖縄県民と、本土国民の分断が進むと懸念する。そうした事態は、政府と沖縄県という行政機関同士の対立以上に不幸なことだと指摘している。
⑧中日新聞
・こうした歴史的経緯を顧みず、駐留継続の合理的な理由も説明せず、米軍基地を引き続き押し付けるのであれば、沖縄県民に過重な米軍基地負担と犠牲を強いる「沖縄差別」でしかない。
⑨福井新聞
・これでは、強権力で県民から土地を収奪した「銃剣とブルドーザー」と同じではないか。戦後70年を経て今なお大戦の傷跡が生々しい沖縄は、米国に従属する政府の圧力にさらされている。「沖縄の土地は誰のもの」。県民はそう激怒しているのではないか。
・政府に辺野古以外の選択肢を含め打開策を探る動きはない。そればかりか3次改造内閣で新沖縄北方担当相に地元沖縄選出の女性参院議員を充てた。「県外移設」から「容認」に変節した議員である。来年の選挙を控え、政府は県民の「分断」を図るのだろう。「沖縄に寄り添う」としてきた安倍政権の本性が透ける。
⑩京都新聞
・安倍晋三政権は沖縄県民の苦悩に向き合う気がないのか。
⑭徳島新聞
・政府と県は8~9月に集中協議を行い、融和を図る機運も出ていた。それがここまでこじれたのは、沖縄の民意をくみ取ろうとしない政府側に責任があるといえよう。集中協議で政府は、「辺野古が唯一の解決策」という主張を変えなかった。これでは、歩み寄りの糸口など見つかるまい。
⑮高知新聞
・防衛局は行政不服審査法に基づき審査請求と指示の効力停止を申し立て、農相が効力停止を決めた経緯がある。ところが農相は今も、審査請求への結論を出していない。中途半端な状態のまま、国は移設作業を進めていることになる。埋め立て承認取り消しに対しても、防衛局は同様の申し立てを行い、所管する国土交通相が効力停止を認める公算が大きい。しかし行政不服審査はそもそも、行政処分に不満がある国民の救済を目的とした制度とされる。国の機関(防衛局)がこれを使い、国(国交相)が判断することへの疑問も指摘されている。
⑯朝日新聞
・ 戦後、米軍に土地を強制接収され、次々と米軍基地が造られた歴史。戦後70年、米軍による犯罪や事故に巻き込まれる危険、航空機の騒音などの「基地被害」と隣り合わせの生活を余儀なくされてきた歴史。そして、いまなお全国の米軍専用施設面積の73・8%が、国土の0・6%にすぎない沖縄県に集中している現実。これはまさに、沖縄に対する「差別」ではないのか。日米安保条約を支持する政府も国民も、そうした沖縄の現実に無関心でいることによって、結果として「差別」に加担してこなかったか――。
⑰毎日新聞
・行政不服審査法は、行政に対して国民の権利を守るのが本来の趣旨だ。国が国に訴え、それを同じ国が判断することには違和感がある。
⑱東京新聞
・沖縄県民は、国政や地方自治体の選挙を通じて県内移設に反対する民意を示し続けてきたが、安倍政権は無視してきた。選挙で支持されたからと強弁して安全保障法制の成立を強行する一方で、沖縄の民意を無視するのは二重基準ではないのか。
㉑日本経済新聞
・一連の法手続きは公権力が個人の私権を侵害した場合の救済措置として設けられた。その仕組みのもとで政府と地方自治体が争うのは、政治の調整力のなさを露呈するものである。
・米軍基地を全廃すべきだと考える沖縄県民はさほど多くない。県民の怒りの矛先は、基地が沖縄に偏りすぎているといくら言っても、全く振り向かない本土の無関心に向いている。


(2)主張
①沖縄タイムス
・国の埋め立てを承認した前知事の判断を後任の知事が取り消すのは前例がない。取り消しを発表した翁長知事にとっても、沖縄県にとっても歴史的な重い判断である。翁長知事は会見で「日本国民全体で日本の安全保障を考えてもらいたい」「日本全体で安全保障を考える気概がなければ他の国からも尊敬されない」と繰り返した。翁長知事が就任以来強調してきたのは、沖縄の過重負担の上に成り立っている日米安保体制のいびつさである。翁長知事が退路を断ち、背水の陣で訴えたことを、本土の人たちはよそ事でなくわが事として受け止めてほしい。これを機会に米軍駐留と負担について国民的議論を巻き起こす必要がある。
②琉球新報
・阻止運動を県外、国外に広げ、新基地建設断念と普天間飛行場の閉鎖を勝ち取る新たな出発点に、承認取り消しを位置付けたい。
・新基地建設は沖縄だけの問題ではない。普遍的な問題を包含している。新基地建設に反対する圧倒的な民意を、政府は踏みにじろうとしている。日本の民主主義が問われているのである。日米同盟を重視し、民意は一顧だにしない政府を認めていいのかが突き付けられているのである。優れて国民的問題だ。知事は「これから節目節目でいろんなことが起きると思う」と述べている。新基地建設問題の本質をしっかり見極めてほしいということだ。そのことを深く自覚し、声を上げ続けることが今を生きる私たちの将来世代に対する責任である。
③北海道新聞
・このままでは国と県の対立はさらに深刻化する。政府は移設作業を全面的に停止し、県側との対話と計画の見直しを進めるべきだ。
④東奥日報
・移設作業の現場に近い陸地と海上では反対派の市民らが気勢を上げ、興奮と緊迫感が高まっているという。対立の出口が見えないままでは、不測の事態が起きることも懸念される。普天間移設をめぐり辺野古以外の選択肢も含めて米政府とあらためて協議するなど、政府は打開に動くべきではないか。
⑤秋田魁新報
・政府は、移設先を辺野古に限定する明確な理由を示していない。日米安保の将来像について沖縄県が求める説明もしていない。こうした地元の疑問を置き去りにして本体着工を強行するようでは、暴挙とのそしりを免れない。
⑦新潟日報
・埋め立て工事の前提は崩れた。政府は作業を中止して、米国とともに辺野古移設以外の選択肢を探るべきだ。
・政府は辺野古移設で危険な普天間飛行場の固定化を避けると主張した。だが、沖縄県内における固定化の実態は変わらない。辺野古なら普天間と違い、住宅街の上空を飛行しないと説明しても、墜落事故で住民が巻き添えになる危険性はつきまとうのだ。承認取り消しは、米国も重く受け止めるべきだ。
・日米両政府は、抵抗の意味に今度こそ正面から向き合わねばならない。沖縄の思いをくみ取り、沖縄とともに考えることが、私たちにも問われる。
⑧中日新聞
・翁長知事の判断は妥当である。
・安倍政権が今なすべきは、選挙で示された沖縄県民の民意を謙虚に受け止め、普天間飛行場の県内移設を白紙に戻し、県外・国外移設を米側に提起することである。県側に法的に対抗することでは、決してないはずだ。
⑪神戸新聞
・移設作業を強引に進めても対立は解消しない。政府はこの機会に立ち止まり、計画の進め方を含め、その妥当性を検証すべきではないか。
⑬愛媛新聞
・ここまで対立を先鋭化させたのは、基地問題に関して「辺野古移設が唯一の解決策」との一点張りで、民意を一顧だにしない政府の強権的な態度にほかならない。抗議する市民への警察官や海上保安官らによる取り締まりが厳しさを増す現在、さらに力ずくで本体工事に突入すれば、流血の事態さえ現実のものとなりかねない。暴挙は断じて許されない。政府には、事態を重く受け止め工事を中止するよう強く求める。県民の声を聞き、苦難の歴史と向き合い、基地負担軽減策を練り直して米国との協議のやり直しへかじを切るべきだ。
⑭徳島新聞
・政府は対抗措置を講じた後、今秋にも本体工事に着手する方針だが、強引に推し進めるのではなく、沖縄の声に耳を傾けるべきだ。辺野古以外の選択肢も視野に、計画を再考することが解決の近道ではないか
⑮高知新聞
・沖縄をこれ以上追い詰めることのないよう、国に慎重な対応を求める。
⑯朝日新聞
・政府は直ちに行政不服審査請求などを行う方針だ。政府と県が行政手続き上、司法上の対抗策を打ち合うなかで、民意に反した基地建設が進む。そんな異常事態は、何としても避けなければならない。政府は埋め立ての法的根拠を失った以上、計画は白紙に戻し改めて県と話し合うべきだ。
・政府に求められるのは、沖縄の苦悩を理解し、人権や自己決定権に十分配慮する姿勢だ。まず計画を白紙に戻すことが、そのための第一歩になる。
⑱東京新聞
・沖縄県の翁長雄志知事が辺野古沿岸部の埋め立て許可を取り消した。これ以上の米軍基地押し付けは認めない決意の表れである。政府は重く受け止め、普天間飛行場の県内移設は白紙に戻すべきだ。
・安倍政権が今なすべきは、選挙で示された沖縄県民の民意を謙虚に受け止め、普天間飛行場の県内移設を白紙に戻し、県外・国外移設を米側に提起することである。県側に法的に対抗することでは、決してないはずだ。
㉑日本経済新聞
・米軍普天間基地の移設を巡る政府と沖縄県の対立がいよいよ抜き差しならないところまで来た。残念な事態と言わざるを得ない。どうすれば折り合えるのかを国民全体でよく考えたい。
・本土のわがままで沖縄がひどい目にあっている。県民がそう思っている限り、たとえ最高裁が名護市への移設にお墨付きを与えても摩擦はなくならない。移設を円滑に進めるのに必要なのは、本土側の真摯な取り組みである。

(3)あえて、読売新聞と産経新聞の主張
⑲読売新聞
・菅官房長官が「関係者が重ねてきた、普天間飛行場の危険性除去に向けた努力を無視するもの」と翁長氏を批判したのは当然だ。
・翁長氏は承認取り消しが認められなかった場合、工事差し止めなどを求めて提訴する構えで、法廷闘争になる公算が大きい。その場合、政府は、関係法に則のっとって粛々と移設を進めるしかあるまい。
・疑問なのは、翁長氏が先月下旬、国連人権理事会で「沖縄の自己決定権や人権がないがしろにされている」などと訴えたことだ。違和感を禁じ得ない。沖縄の「先住民性」や、独裁国家の人権抑圧を連想させ、国際社会に誤ったメッセージを送る恐れがある。
・翁長氏は、沖縄選出の島尻沖縄相の就任について「基地と振興策が混同すれば、ややこしいことにならないか」と発言した。辺野古移設には反対しつつ、沖縄振興予算も確保しようという発想は、虫がいいのではないか。
⑳産経新聞主張
・辺野古移設が頓挫すれば、尖閣諸島周辺などで野心的な海洋進出を繰り返す中国の脅威に対し、抑止力を維持することができない。市街地の中心部にある普天間飛行場の危険性も除去できない。いずれも危険に直面するのは沖縄県民である。地方行政のトップとして、こうした判断が本当に許されるのか。


 さて、結論から言えば、中日新聞の「翁長知事の判断は妥当である。」、との指摘が大方の結論である。
 安倍晋三政権は、この間、沖縄県側が主張してきた「歴史的経過」「構造差別の実態」「沖縄の自己決定権」等について、もう一度きちんと深く考え直さなければならない。
 そして、まずは、中日新聞の「安倍政権が今なすべきは、選挙で示された沖縄県民の民意を謙虚に受け止め、普天間飛行場の県内移設を白紙に戻し、県外・国外移設を米側に提起することである。県側に法的に対抗することでは、決してないはずだ。」、という立場を取る必要がある。
 安倍晋三政権の選択すべき道は、「沖縄の苦悩を理解し、人権や自己決定権に十分配慮する姿勢だ。まず計画を白紙に戻すことが、そのための第一歩になる。」(朝日新聞)、ということだ。
 最後に、福井新聞の「3次改造内閣で新沖縄北方担当相に地元沖縄選出の女性参院議員を充てた。『県外移設』から『容認』に変節した議員である。来年の選挙を控え、政府は県民の『分断』を図るのだろう。『沖縄に寄り添う』としてきた安倍政権の本性が透ける。」、との指摘は痛烈である。
 
 以下、各新聞社の社説等の引用。(非常に、長文です。)





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by asyagi-df-2014 | 2015-10-14 15:05 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-翁長雄志沖縄県知事は13日午前、名護市辺野古沿岸部の埋め立て承認を取り消したと発表。

 翁長雄志沖縄県知事は、2015年10月13日、記者会見で、「本日、普天間飛行場代替施設建設事業に係る公有水面埋立承認を取り消しました。」、と切り出した。


 翁長沖縄県知事は、「県は、去る7月16日、埋立承認の法律的な瑕疵を検証する第三者委員会の検証結果報告を受け、関係部局において内容等を精査したところ、承認には取り消しうべき瑕疵(かし)があるものと認められたことから、承認取り消しに向けた意見聴取及び聴聞の手続きを行ったところであります。聴聞手続きにおいて、沖縄防衛局長から、陳述書が提出されたところですが、聴聞の主宰者からの調書、報告書の内容についても十分に参酌(さんしゃく)して、予定される不利益処分について検討しました。その結果、承認取り消しが相当であると判断し、本日付けで、沖縄防衛局長に対し、公有水面埋立承認取消通知書を発出したところであります。今後も、辺野古に新基地は造らせないという公約の実現に向け、全力で取り組む考えであります。」、と述べた。
 また、この間の経過について、「思い返してもなかなか沖縄の考え方、思い、今日までのいろんなこと、ご理解をいただけるようなものがなかったような感じがします。」、と安倍晋三政権への思いを語るともに、「これから、裁判を意識してのことが始まっていくが、いろんな場面、場面で私どもの考え方を申し上げて、多くの国民や県民、ご理解をいただけるような、そういう努力をきょうから改めて出発していくという気持ちです。」、と決意を表明した。
 さらに、「承認取り消しという行為自体が、どのような歴史的な意義があるか。防衛局の方では私人と同じ立場での不服審査が有力といわれているが、政府のこの問題に対する向き合い方についてどう考えるか。」、という質問については、「今回、承認の取り消しに至るわけでありますが、これは沖縄県の歴史的な流れ、あるいは戦後の70年のあり方、そして現在の0・6%に74%という沖縄の過重な基地負担ですね、過重な基地負担、こういったことがですね、まずしっかりと多くの県民や国民の前で議論がされるところに一つは意義があると思います。もう一つは日本国全体からしても、地方自治体がこのようなところまで国にある意味では追い詰められると。私たちからすると日米両政府というのは大変大きな権力をもっておりますし、法律的な意味合いから言っても大変ある意味で大きな権力を相手にしているなというような感じをしています。そういたしますと、基地問題はある意味では沖縄が中心的な課題を背負っているわけでありますが、これから日本の国の全体として地方自治のあり方が本当に1県、あるいはある地域に対してこういったこと等が起きた時の日本の将来のあり方というものについて、このものと今回のものは多くの国民に見ていただけるのではないかと思っております。そういう意味からすると一義的に沖縄の基地問題、歴史等と含めてのことでありますが、日本の民主主義というそういったものに対して国民全体が考えていただけるような、そういうものになればいいのかなと思っております。 それから法律的な面は私が答えると、間違ってもいけないですが、一つ今日までよく言われていることの今の質問なので、お答えしたいと思いますが、私人として国がそういう訴えをするということは、私たちからするとですね、それはできないだろうというふうには思っています。それから、国が同じ国の中でそういったものに判断を下すというのも、今いう国と地方自治という意味からしても、いろんな意味合いからしても、多くの方々が疑問に思うことではないかなと思ってますので、これはこの辺り言わせてもらって、あとまた詳しいことがありましたら、またお聞きをしてからにしたいと思います。」、と答えている。
 「辺野古の埋め立てを認めないということは、普天間を日本国全体でどうしてほしいという思いか。」、という記者の質問には、「普天間をどうするかということであります。私は菅官房長官ともそうでありますが、一つには普天間飛行場の原点は戦後、県民が収容所に入れられている間に強制接収されたものであります。それ以外の基地もすべて強制接収されたわけで、沖縄県民自ら差し出した基地は一つもありませんよという話をさせていただいています。まず一義的には普天間の危険性除去をする時に、辺野古に移すということは、自分で土地を奪っておきながら、代わりのものを沖縄に差し出せというような理不尽な話が通るかというのが一つ大きなものがあります。もう一つは辺野古という、大浦湾という美しいサンゴ礁の海、ジュゴン、ウミガメがいるようなところを、こうも簡単に埋めていいのか、ということも含めて、国民の皆さん方にご理解いただきたいなと思っています。」、と説明している。


 このことについて、沖縄タイムスは2015年10月13日、「翁長雄志知事は13日午前、県庁で記者会見し名護市辺野古沿岸部の埋め立て承認を取り消したと発表した。前県政の承認の手続きに『瑕疵(かし)がある』と判断した。翁長知事は『承認は取り消すべき瑕疵があると判断した。今後も辺野古に新基地は造らせないという公約実現に向け、全力で取り組む』と述べ、新基地建設を阻止すると強調した。承認取り消しで、沖縄防衛局は埋め立ての根拠を失い、辺野古沖での作業ができなくなる。県は、承認の過程を検証した第三者委員会の『瑕疵あり』の結論を踏まえ、埋め立て承認申請では普天間飛行場の代替施設を県内に建設する根拠が乏しく、環境保全策が不十分な点などを指摘。埋め立ての必要性を認めることができないと判断した。」、と報じた。
 また、政府の対応について、「取り消しを受けて、防衛局は公有水面埋立法を所管する国土交通相に対し、県の取り消しの効力を止める執行停止と、無効化を求める審査請求をする見通し。」、と伝えた。

 この翁長沖縄県知事の発表を受けて、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前での「沖縄平和運動センター山城博治議長は『待ちに待った日が来た。国がどんな対抗措置を取ろとも、勇気と自信を持って頑張ろう』と力強く決意を宣言した。」、と伝えた。また、「その日がとうとうやってきたという思い。知事の発表を全面的に支持していく」との稲嶺進市名護市長の声を伝えた。

 一方、安倍晋三政権側の対応について、「菅義偉官房長官は13日午前の閣議後会見で、翁長雄志知事による名護市辺野古沿岸部の埋め立て承認の取り消しを受け、公有水面埋立法を所管する国土交通相へ取り消しの無効を求める審査請求と裁決が出るまでの執行停止を含め、早急に対抗策に着手する考えを示した。」、 「中谷元・防衛相は13日午前の閣議後会見で、翁長雄志知事による名護市辺野古沿岸部の埋め立て承認の取り消しを受け、公有水面埋立法を所管する国土交通相へ14日以降に取り消しの無効を求める審査請求と裁決が出るまでの執行停止を求める考えを明らかにした。」、と報じた。



 今回の普天間飛行場代替施設建設事業に係る公有水面埋立承認を取り消しは、辺野古新基地建設の反対は、翁長沖縄県知事の言う「一義的に沖縄の基地問題、歴史等と含めてのことでありますが、日本の民主主義というそういったものに対して国民全体が考えていただけるような、そういうものになればいいのかなと思っております。」、という指摘を、日本全体としてきちっと受け取ることに尽きる。


以下、沖縄タイムスの引用。






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by asyagi-df-2014 | 2015-10-13 20:47 | 沖縄から | Comments(0)

貧困問題-子どもの貧困。「布団なんて3年ぶりやな」。少年は言った。

 成人までの2年の「福祉の空白」について、朝日新聞は2015年10月11日、「成人までの2年『福祉の空白』親失踪の兄妹、施設頼れず」、との記事を掲載した。
 問題は、「児童福祉法の『児童』は18歳未満をさす。児童養護施設への入所は児童に限られ、2人がすぐに入れる施設は見つからなかった。」、ということであり、成人までの2年の「福祉の空白」であった。
 このことについて、「18歳から成人までの2年間は『福祉の空白』と言われる。児童福祉法では守られず、一方で未成年のため大人として扱われず、部屋を借りるなど生活に必要な契約行為を単独で行うのが難しい。日本弁護士連合会は親権を代行する未成年後見制度での弁護士活用を呼びかけるが、ほぼ無報酬なうえに親並みの損害賠償責任を負うなどのリスクもあり、担い手が少ない。行政やボランティアによる支援もまだ十分ではない。
 西南学院大の安部計彦(かずひこ)教授(児童福祉論)は『空白の2年を支援する福祉メニューは限定的で、希望と合致しないことも多く、改善が必要』と指摘。『貧困状態の親元に仕方なく戻り、厳しい状況に追い込まれるケースも少なくない。施設を出た後のケアができる人材と態勢を整え、選挙権同様、18歳を大人とすることで一定の解決にはなるのではないか』と話す。」、と指摘する。

 この記事からの言葉を並べてみる。


・弁護士は「このままでは死ぬ」と感じた。
・「布団なんて3年ぶりやな」。
・「みんなが少しずつ泣いてこの子らを助けませんか」と説得して回った。
・冬は毛布1枚を親子3人で取り合って寝た。「真ん中が一番、毛布にくるまれるから、いかに先に寝るか争っていた」
・「もうダメだわ」。父が家を出て約3週間。施設に残っている友人に連絡した。その初めてのSOSが施設を支援する弁護士に届き、妹と共に保護された。
・「あの電話をしていなかったら人生終わってた」
・「死ぬ心配ないし、昔よりは幸せ」


 「このままでは死ぬ」という状況まで追い込んでしまったことを解決するには、受けとめなくてはならないものがあまりにも多い。

 以下、朝日新聞引用。






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by asyagi-df-2014 | 2015-10-13 05:27 | 書くことから-貧困問題 | Comments(0)

貧困問題-児童虐待は、統計を取り始めた1990年度から24年連続で過去最多を更新。

 児童虐待に関して、朝日新聞は2015年10月8日、「全国の児童相談所(児相)が2014年度に対応した児童虐待は8万8931件で、前年度から1万5129件(20・5%)増えた。統計を取り始めた1990年度から24年連続で過去最多を更新。厚生労働省が8日に速報値を公表した。検証を経て13年度中に虐待で死亡したと確認された事例も同時に公表され、対象の子どログイン前の続きもは69人に上った。厚労省が集計したのは、住民や警察などから通報や相談を受けた児相が、18歳未満の子どもに対する虐待と判断して対応した件数。12、13年度は前年度より1割程度の増加だったが、昨年度は2割と急増した。」、と報じた。
 一方、「児相は虐待の早期発見に向け、今年7月から24時間対応の共通ダイヤル『189』を導入。だが、人手不足は深刻だ。13年度に心中以外の虐待死事例を担当した児童福祉司33人が受け持っていた件数は1人あたり109・1件(うち虐待は65件)。検証した有識者委員会は『一つ一つの事例に丁寧に関わることが難しくなっている』と指摘する。」、と問題点を合わせて指摘している。
 また、琉球新報は2015年10月9日、沖縄県での児童虐待の件数が過去最悪の件数になったことを受け、「児童虐待の背景には核家族化や貧困、地域の絆の希薄化などさまざまな要因が指摘されている。だがそれは子どもたちの責任ではない。社会のひずみによって子どもたちを苦しめたり、犠牲にしたりすることをこれ以上、顕在化させてはならない。』、と報じた。
 更に、この問題の解決に向けて、安倍晋三政権に向けて、次のように主張した。


「政府は、児童虐待ゼロに向けた幅広い国民運動を呼び掛けるべきだ。安倍晋三首相はアベノミクスに力を入れるが、経済が豊かになれば、子どもを取り巻く環境が全て改善されるというものではない。児童相談所の人員強化に加え、保護施設など受け皿の拡充など取り組むべき課題は多い。子どもの『安全保障』を最重要課題として取り組むべきである。虐待から子どもを守るため、親権停止制度が12年4月に創設され、14年度は全国で23件の申し立てがあり、17件で親権停止が認められた。子ども本人も申し立てができるようになったことで、親の暴力からの救済手段として期待されているが、経済的支援といった制度の充実などの課題がある。経済的支援がないことで、心に傷を負った子どもを孤立させてはならない。親権停止が認められた子どもがしっかりと自立できるよう、政府は手厚い支援策を講じるべきである。」


 琉球新報の「子どもたちが夢や目標に向かって歩み、世界に羽ばたく権利を等しく保証する社会でありたい。児童虐待の根絶なしには、全ての子どもたちが輝く未来を描くことはできない。」、を肝に銘じたい。

 以下、朝日新聞及び琉球新報の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2015-10-12 17:16 | 書くことから-貧困問題 | Comments(0)

貧困問題-子どもの貧困の実態をまずは知ろう。

 「一億総活躍」という話を聞いたとき、その思慮のなさに呆れ果てた。
 ただ、この記事を始め、貧困の問題、特に子どもの貧困の問題を見つめる時、少なくとも、「一億総活躍」が、貧困解決に向けた国を挙げた取り組みとして位置づけられたらと、片方では考えてしまう。
 安倍晋三政権の「成長戦略」が、経団連と共謀した「武器輸出」拡大戦略であったことを確認した今では、この政権の下では、「格差」が拡大こそされるが、人類の長年の懸案であった貧困の解決には向き合うとはしないことがはっきりしている。
 だとしたら。


 子どもの貧困の実態について、朝日新聞は2015年10月10日、「保護された姉妹、1カ月ぶり入浴 親子が月4万円で生活」、と記事を掲載した。

 その記事は、「6畳ほどの面談室に、すえた臭いが広がった。2年前の9月。関東地方にあるDV被害者のシェルターの職員は、39歳の母親と7歳の長女、4歳の次女を迎えた。差し出したオレンジジュースを、姉妹は一気に飲み干した。白とピンクの長袖シャツはあかで灰色に変わり、頭にはシラミがいた。」、と始まり、「一家の手荷物は、ランドセルとポリ袋二つ。サイズの合わないシャツ、穴の開いた靴下や下着が、汚れたまま詰め込まれていた。風呂は約1カ月ぶりだという。翌日から一緒に入り、姉妹の髪をとかし、数百匹のシラミをつぶした。『お姉ちゃん、もうこれでいじめられなくなるね』。次女がそう言うのを何度も聞いた。いま、3人は母子生活支援施設で暮らし、自立を模索する。」、と続いた。
 また、首都大学東京の阿部彩教授の現状や課題についての指摘を載せている。


「親の経済状況でいや応なく不利を背負った子どもが、大人になっても貧困から抜け出せない連鎖が広がっている。低所得の背景にある非正規労働は拡大している。
 親自身が抱える困難もある。労働政策研究・研修機構の調査では、子ども時代に、親の生活保護受給や離婚、虐待、父との死別を一つでも経験した母親は、未経験の母親に比べて貧困率が約2~3倍だった。母子世帯の母親のうつ傾向も、配偶者のいる母親の2~3倍だ。
 病気やうつ、失職、離婚などが一つでも起きると、今そうでない人も貧困になりうる。この母子のように、要因が複数になると深刻な事態に陥りやすい。
 子どもは、人権の剝奪(はくだつ)と言わざるを得ないほどの衣食住の不足、不健康、低学力、孤立やいじめ、非行、不登校、自尊心の低下などのリスクにさらされる。日本ではこうした問題について、何十年も親の資質やしつけなどの面から論じ、背後にある貧困をきちんと直視してこなかった。
 将来の社会の担い手である子どもの貧困を放置すると、社会的損失になる。児童扶養手当の拡充など経済的支援は必須だ。そのうえで、教育や医療面での支援など、親を含めた包括的対策が求められている。」

     
 「貧困の連鎖」となる子どもの貧困が何故問題なのか。
 将来を担って行く子どもたちの多くが、人権の剝奪(はくだつ)と言わざるを得ないほどの状況に追い込まれている状況にあり、こうした子どもたちを放置することは、社会的損失になる。
 これほどはっきりしている理由はない。
 阿部彩教授の「児童扶養手当の拡充など経済的支援は必須だ。そのうえで、教育や医療面での支援など、親を含めた包括的対策が求められている。」との指摘は、緊急性のある政策課題である。

 以下、朝日新聞の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2015-10-12 05:28 | 書くことから-貧困問題 | Comments(0)

本からのもの-「沖縄の米軍基地」

著書名;沖縄の米軍基地
著作者;高橋 哲哉
出版社;集英社新書



 私たちは、この間の辺野古新基地建設の動きの中で、1995年に「本土」に突きつけられた「沖縄からの異論」が、実際は「沖縄の構造的差別」を表すものであったことに気づかされてきた。
だから、沖縄の米軍基地問題が、「安全保障を求めるなら、また平和や『安保廃棄』を求めるなら、基地を引き取りつつ自分たちの責任でそれを求めるべきである」ということにたどり着かざるを得ないことについて、どこかの場面では薄々は気づいていたのではないか。
 実は、高橋哲哉(以下、高橋とする)は、この本で、このことを整理してみせたのである。

 高橋のこの本での結論は、次のものである。
 「県外移設は、平和を求める行為と矛盾しないのはもとより、『安保保障』の主張と矛盾するものではない。『本土』の人間が安全保障を求めるなら、また平和や『安保廃棄』を求めるなら、基地を引き取りつつ自分たちの責任でそれを求めるべきであり、いつまでも沖縄を犠牲にしたままでいることは許されない。県外移設が『本土』と沖縄、『日本人』と『沖縄人』の対立を煽るとか、『連帯』を不可能にするなどという批判は当たらない。県外移設で差別的政策を終わらせてこそ、『日本人』と『沖縄人』が平等な存在としてともに生きる地平が拓けるのである。」、と。
 つまり、沖縄からの県外移設の要求に答えるのが「本土」の人としての責任ではないか、と。
 「『本土』の人間が安全保障を求めるなら、また平和や『安保廃棄』を求めるなら、基地を引き取りつつ自分たちの責任でそれを求めるべきである」、と説くのである。
 高橋は、もういいかげんにして、構造的差別を沖縄に押しつけたままにするのを見直せと、言っているのである。


また、高橋はこの本で、本土の人間は「基地を引き取りつつ自分たちの責任でそれを求めるべきである」であること述べるとともに、このことについての「本土」の側と沖縄からの批判を取りあげ、明快にきちっと反論してみせる。
まずは、「私は、沖縄に向き合うために、すなわち『憲法九条を守る』というだけではどうしても足りない現実があることを認めざるを得ない。」、と視点を定める。その上で、沖縄の構造的差別について、それをもたらしてきた「本土」の側の考え方を、例として、沖縄戦における参謀本部作戦課長・服部卓四郎大佐の言葉を引く。
 「沖縄は本土のためにある!それを忘れるな。本土防衛が遅れている今、沖縄のために本土の兵力を割くわけにはいかん。」。
 これは、日本が沖縄に対してとり続けてきた対応を、単に戦後という枠組みだけでなく、象徴的に現した言葉である、と紹介する。
 そして、この言葉を高橋は、「日米安保体制、自衛隊、憲法九条の三者セットで成り立ってきた戦後日本の『平和』は、沖縄を犠牲とすることで初めて可能だったのではないか。戦後の『平和』の『現状維持』論は、沖縄の米軍基地問題を放置することにならないか。」、という指摘に結びつける。
 一方、戦後の沖縄の側の思いは、「保守は基地容認、革新は安保廃棄・基地即時撤去という従来の政治地図のなかでは、基地負担の異常な不平等の解消を理由に『本土』への移設を求める意見は、なかなか形になりにくかっただけではない。基地被害の実態を知ればこそ、嫌がる『本土』の人々に基地引き取りを要求するには勇気がいる。」ということにあった、と指摘する。
 そして、現在の沖縄の人々の思いを、「そのあとの日本政府や日本人の対応を見て、自分達がそう考えても、『本土』の人間は沖縄の基地問題にまったく関心がない、というのがよく分かった。だから今では、『本土』に持っていけばいいんじゃないか、という意見が当たり前のように出るようになっている。『本土』のことを思いやっても、向こうはそれを利用して踏みつけにするだけだ、というのがよく分かったわけです。・・・『本土』の人間の無関心に応じて沖縄人も変わってきていると思います。」という目取真俊の言葉として指摘する。


 高橋は、今までの沖縄と「本土」の関係を理解するために、社会学者野村浩也氏の「ポジショナリティ」分析から、その考え方を発展させる。
 一つには、「日本人は、植民者であり、沖縄人は被植民者である。沖縄に米軍基地を押しつけてきたのは、日本人だから、日本人は、植民地支配者であり、差別者であるという自分の政治的権力的な位置-『ポジショナリティ』と呼ばれる-を離れるためには、沖縄に押しつけてきた米軍基地を引き取らなければならない。」、と。
 もう一つは、「日本人は、自らの植民地主義を暴露されるような問いを向けられたとき、沈黙するだけで現状を維持し、自分達の利益を守ることができる、と野村氏は言う。それが、植民者の被植民者に対する『権力的沈黙』である。この場合の『沈黙』は、無視であったり、はぐらかしであったり、居直りであったり、種々の形態をとることができる『応答の拒絶』である。」、と。

 高橋は、こうして、「安保が必要だと言うなら、『本土』も応分の負担をすべきではないのか。基地は全国で平等に負担すべきではないのか。安保を必要としている『本土』に引き取るべきではないのか。日本人は、安全保障の代価を沖縄人に押しつけず、自らの責任において引き受けるべきではないのか」、と米軍基地の県外移設の意味を説明する。
いやむしろ、「なぜ沖縄だけは、『政治的に許容できるところ』になってしまうのか。それは、沖縄に対して圧倒的な権力を有する日本政府と『本土』の日本人が、沖縄の人々の声をまさに、『権力的沈黙』によって無視しているのではないか。」と、問い返す。


また、高橋は、在日米軍基地をめぐる根本的な矛盾について、次のように言い当てる。
「在日米軍基地を必要とし、それを置くことの利益を享受しながら(日米安保条約は『日本の平和と安全に役立っている』と感じながら)、米軍基地を置くリスクを負うことは拒絶する。これは端的に言って、無責任、ということではないだろうか。もしも『本土』の日本国民が米軍基地を必要とし、それを置いているならば、それを置くことに伴うリスクは、自らこれを引き受ける責任があるはずだ。その責任を負わずに、リスクは他者に、その大きな部分を沖縄という小さな他者に負わせて、利益を享受している。基地のない『本土』の地域住民が享受している利益は、『日本の平和と安全』という利益だけではない。沖縄の人々が集中的に負わされている基地負担を免れる、という利益をも享受しているのである。」、と。

 こうした論理展開の中で、高橋は、米軍基地の県外移設の意味について、次のように更に明確に位置づける。
 「沖縄にある米軍基地は、本来、『本土』の責任において引き受けるべきものなのに、『本土』はその責任を果たしていない。県外移設要求は、その責任を果たすことを求めているのである。日米安保条約下では、沖縄にある米軍基地は、本来『本土』にあるべきものなのだ。日米安保体制を成り立たせている『本土』にではなく、小さな沖縄にその意に反して多くの基地が置かれているところに、在日米軍基地をめぐる根本的な矛盾がある。県外移設とは、この矛盾を解消し、在沖米軍基地を、安保体制下において本来あるべき場所に戻すという意味を持っているのである。」、と。

 続いて、高橋は、米軍基地の県外移設を阻むものに、「反戦平和運動」の限界からくるものがある、と次のように提起をする。
 「反戦平和運動は、日米安保条約を廃棄すれば在日米軍基地を撤去でき、したがって沖縄の米軍基地もなくすことができる、と主張してきた。だが実際には、『安保廃棄、全基地撤去』を金科玉条のように唱え続けることで、むしろ県外移設に反対する側に立ち、『県外移設』という考え方をタブ-化する傾向さえあった、というのが現実である。現在の『護憲派』(「リベラル左派)」などという表現もある)に位置する人びとは、今やこの点で根本的な自己点検を求められている、と言わざるをえない。」、と。
 何故なら、「反戦平和運動」として唱えられてきたこうした考え方は、「問題は、その何十年の間、米海兵隊の今普天間基地にある軍団は、どこに置けばいいのだろうか、ということだ。」という問いに答えきれないでいるから。
 つまり、沖縄にとっての「いつまで待たせるのか」という根本的かつ切実な問いに、答えきれていないのが、日本『本土』の歴史であったのではないか、と高橋は説くのである。。

 あわせて、県外移設要求に関して、「連帯ができなくなるからよくない」や「運動の分裂を招くからよくない」といった批判について、「県外移設要求が連帯を困難にするとしたら、それは『本土』が県外移設を拒むからにほかならない。その責任は『本土』の側にあるはずなのに、『連帯できなくなるからよくない』と言うならば、県外移設を要求すること自体に問題があるかのようにして、県外移設要求を封殺する結果を招いてしまうことになる。」、ときちっと反論する。
 その上で、戦後の護憲運動や平和運動が、ある種の差別性を内在していたという指摘を次のように展開する。
 「『本土』では停滞を余儀なくされている反戦平和運動が、自らにとっての『カンフル剤』として、場合によっては『アリバイ』として、沖縄の運動との『連帯』を利用し、沖縄を『反戦平和の聖地』に祭り上げていく傾向があったのではないか。そこに真摯な意図がある場合でも、沖縄の運動を日本の運動の『前衛』と称し、日本の運動を存続させる目的でそれを利用してきた傾向はなかったか。」、と。
 そして、こうした構図への違和感を、「私が違和感を持つのは、多くの日本人が、沖縄が『基地の島』であることを当然視しているだけでなく、日本の反戦平和運動家の多くが、お謹話に反基地運動があることを当然視していることである。まるで沖縄は『反基地運動の島』であるかのように。まるで沖縄は反戦平和運動のためにあるかのように。」、と吐露する。


 こうして、高橋は、論理展開の帰結として、次のことを、結論づける。
 「運動家であれ、ジャーナリストであれ、市民であれ、『本土』の側がおとぎ話の反基地運動を賞賛したり、その存在を自明視したりするのはおかしい。『本土』の側がなすべきことは、とりわけ反戦運動家であればなおさらなすべきことは、沖縄を反基地運動の必要がない島に戻すこと、沖縄の人びとが普通の生活者として安心して暮らしていけるようにすること、すなわち、沖縄の米軍基地問題を『本土』の責任で解消することである。」、と。
 高橋は、「安保条約をどうするかは、」『本土』の有権者の意志にかかっているのであって、『本土』の国民の責任なのだ。日本の反戦平和運動は、県外移設を受け入れたうえで、『安保廃棄』は『本土』で自分たちの責任で追及するのが筋なのである。」、と。

 高橋は、これまでも、「日米安保体制は沖縄の犠牲のうえにのみ成り立ってきた『犠牲のシステム』であると論じてきた。
 県外移設はこの犠牲を沖縄から『本土』に写すだけで、『犠牲のシステム』の解消にならないのではないか」という予想される意見にも、このように答える。
 まず第一に、「沖縄の米軍基地と『本土』の米軍基地を同じ『犠牲』という言葉で語ってよいのかどうか。『天皇メッセージ』の言葉を想起すれば、『米国の利益』と『日本の防衛』のために『軍事占領』状態が継続されてきたのであり、『本土』の国民はそこから利益を得る一方、沖縄は犠牲を払わされてきたのである。しかし『本土』にとっては、安保も米軍基地も押しつけられたものではない。日米安保条約を維持して在日米軍に安全保障を託すべく、多数の国民が政治的選択をして今日に至っているのである。『本土』の国民にとって米軍基地負担は、自らの政治的選択の結果として、本来引き受けるべき責任と言うべきのではなかろうか。もしも県外移設によって米軍が沖縄から『本土』に移転し、それによって耐えがたい犠牲を生じるというのであれば、それは『本土』が自らの責任で除去すべきののではないか。」、と。
 第二に、「沖縄の犠牲を『本土』に移転してよいのか、と言うとき、具体的に、県外移設によって、『本土』にどれだけの負担が生じると考えられているのか。これほど大きな格差のある負担を、同じ『犠牲』の移転だと言って拒んでよいのだろうか。」、と。

 「本土の沖縄化」という言葉にも、「『本土』で米軍の基地機能や訓練が強化されると、計画等が報じられると、『本土』の運動家や知識人から、「『本土の沖縄化』に反対する」という声がしばしば聞かれる。・・・『本土の沖縄化に反対』という言葉は、沖縄の負担は仕方がないが『本土』の負担は困るという『本土』の意識を批判せず、それを助長してしまうのではないか。米軍の沖縄集中(『隔離』)を自明とし、その被害が内包されているのではないか。」、とその違和感を指摘する。
 その上で、「県外移設は『本土の沖縄化』ではないし、ありえない、と付け加えたい。何故ならすでに見たように、在日米軍基地の七割以上が集中する沖縄の全基地を『本土』に移設したとしても、現在の沖縄のようになることはありえないからである。」、と言い切る。

 高橋は、こうした理論の延長上で、石田武氏と新城郁夫氏への反論を展開しているが、このことについては、これまで触れてきたことと重なることになるので割愛する。

 さて、高橋は最終的に、次のように二つの押さえをする。
 一つ目は、「何よりも重要なことは、野村氏が言うように、ポジショナリティとしての『日本人』は『やめることができる』ということである。ポジショナリティとしての『日本人』をやめるとは、『沖縄人』に対する差別者、意識的・無意識的な植民地主義者であることをやめる、ということにほかならない。差別者と被差別者として対立することは、不幸なことである。県外移設要求は、そうした差別・被差別の関係を平等な関係に変え、不幸な関係を終わらせようという『沖縄人』からの、『呼びかけ』なのである。」、と。
 二つ目は、「『日本人』と『沖縄人』のポジショナリティ(政治的権力的位置)を問題にすると、『二項対立』だと言って、ただちに問題の無効を宣言する人びとがいる。それも、しばしばデリダの名前をちらつかせながら。・・・日本人と沖縄人という政治的権力的位置の違いから、前者が後者を差別したり支配したるする構造があるとき、両者の『対立のかなたにただちに飛躍』して『連帯』しようとしたり、日本人でも沖縄人でもない『ある種の中立化にあまりにてっとり早く移行すること』は『以前の領域を元のまま放置する』結果になってしまう。デリダの言う『転倒の局面』は、差別されてきた沖縄人として平等の権利を要求して立ち上がること、声を上げること、差別してきた者を『日本人よ!』と名指し、『今こそ基地を引き取れ』と要求すること、と理解することもできるだろう。このようにして権力関係の領野に『介入』し、これを『変形』し支配・従属の関係とは別の関係に向けて両者を解放していく、そうした行為こそ、『日本人/沖縄人』の二項対立を脱構築することであり、『日本人/沖縄人』の概念を最初から無効として切り捨てるのは、現に存在する権力関係を否認することにほかならない。」、と。
 あわせて、「中国脅威論」と沖縄問題について、「『日本を取り巻く安全保障環境の変化』として、南西方面への中国軍の進出の活発化を強調し、沖縄に基地を置かざるを得ないと主張する議論が目につく。」と分析し、このことについては、「この論理は、まさに沖縄を『日本防衛』のための軍事要塞としてもっぱら『本土』のために利用してきた、従来の論理の反復ではないか。沖縄を『皇土防衛』のための『捨て石』にした沖縄戦の発想とどこが本質的に違うのか。」、と喝破し、次のようにまとめる。
 「沖縄が、米軍基地の存在ゆえにミサイル攻撃や空爆の標的になることは十分考えられる。沖縄の人びとがそれを認めないのは当然で、『中国の脅威』に対抗して米軍の日本駐留が必要だと言うなら、そのリスクと負担は『本土』で引き受けるべきだろう。『中国の脅威』を理由に沖縄に軍事基地を押しつけるのは、かっての韓国併合の論理と瓜二つである。ロシアの南下に対抗するためには朝鮮半島が必要であり、そのためには併合しかなかった、日本に併合されたほうが朝鮮半島の人びとにとってもよかったのだ、云々。中国の進出に対抗するためには沖縄の軍事拠点化が必要であり、そのためには米軍駐留もやむをえない。そのほうが沖縄の人びとにとっても安全なのだ、云々。これらの論理がそっくりなのは、両者とも本質的に植民地主義の論理だからである。韓国併合の場合も沖縄の軍事拠点化の場合も、日本にとって重要なのは『本土』の利益・国益であって、朝鮮半島も沖縄も、大江氏の言う『日本の【中華思想】的感覚』『本土の日本人のエゴイズム』に奉仕させられているのである。」、と。

 高橋の「沖縄の米軍基地」を受けとめるとすれば、「今、求められているものは、この高橋の問題提起を、緊急な課題として、「本土」の一人ひとりが真摯に受けとめることである。」、ということになる。


 最後に、高橋は、本書の中で、「県外移設」に関わって、「熟慮したいのは、日本の安全保障のために米軍に便り、その米軍の駐留先として沖縄を利用するという構図が、この『天皇メッセージ』から今日の日米安保体制に至るまで貫かれているのではないか、ということだ。一方は天皇の意志、他方は日本政府とそれを成り立たせる主権者・国民の意思という違いを超えて、共通の構図がここには存在している。この構図を崩さない限り、私もその一人である現在の日本国民は、戦後直後の昭和天皇の発想から何ほども抜け出られていないということになるだろう。」、ともう一つの大事な提起をしている。
このことについて、この書のなかでは詳細には言及されていないが、是非とも今後、理論展開してほしいものである。




by asyagi-df-2014 | 2015-10-11 05:50 | 本等からのもの | Comments(0)

労働問題-福島県内で除染作業を請け負った342社のうち233社(68%)で労働基準関係法令違反

福島労働局が発表した労働基準関係法令違反について、福島民報は2015年10月10日、「福島労働局が平成27年上半期(1~6月)に県内で除染作業を請け負ったうちの342社を検査した結果、68%に当たる233社で労働基準関係法令違反があった。同労働局が9日、発表した。作業員への割増賃金不払いや、作業時の被ばく線量を正確に測定していないケースなどが目立つ。違反率は以前から改善されておらず、市町村から『労働環境を整えないと作業員が不足し、将来的に除染が遅れる可能性もある』とする指摘が出ている。」、と報じた。
 また、その違反の内容について、「労基法違反の項目では『割増賃金の支払い』が49件と最も多く、週40時間を超す時間外労働に対する不払いなどが含まれている。労働安全衛生法・除染電離則関係では、現場土壌の放射性物質測定などを怠った『事前調査不足』が39件、線量計を正しく装着させなかった案件など『放射線量測定での違反』が34件を数えた。」、と伝えた。
 さらに、構造的問題として、「除染業務には元請けと複数の下請け業者が関わっている。同労働局は、元請けが下請けの作業員の労働実態を十分把握し切れないケースもあるとみている。このため、元請けのゼネコン関係者を集めた会議を開き、元請け・下請けとも法令順守を徹底するよう呼び掛けていく。高橋仁監督課長は『元請け業者も作業現場を確認するよう促していきたい』としている、と指摘している。


 以下、福島民報の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2015-10-10 17:51 | 書くことから-労働 | Comments(0)

沖縄から-辺野古承認取り消しで沖縄県は抗告訴訟を検討。

 辺野古新基地建設問題での埋め立て承認取り消しについて、沖縄タイムスは2015年10月10日、「名護市辺野古の新基地建設で、翁長雄志知事の埋め立て承認取り消しに対し、沖縄防衛局が行政不服審査法(行服法)に基づく執行停止を国土交通相に申し立てた場合を想定し、沖縄県は執行停止の決定差し止めや、決定後にその取り消しを求めるなどの抗告訴訟の提起を検討していることが、9日までに分かった。この場合の訴訟について、法律上の明文がないため、県は弁護士らと相談し、調整を進めている。」、と報じた。

 翁長沖縄知事の「連休明けの早い時期に取り消しに踏み切る考えを明言」を受けて、日本は新しい段階に進む。

 以下、沖縄タイムスの引用。





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by asyagi-df-2014 | 2015-10-10 09:42 | 沖縄から | Comments(0)

原発問題-愛媛県議会が、四国電力伊方原発3号機の再稼働を認める決議案を本会議で可決

 伊方原発再稼働に関して、朝日新聞は2015年10月9日、「愛媛県議会は9日、四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の再稼働を認める決議案を本会議で可決した。また、県内の経済団体などから出された早期再稼働を求める請願4件も賛成多数で採択。再稼働に同意する姿勢を明確にした。今回の決議では、3号機の再稼働について『必要性が認められるものと判断する』と明記。一方、中村時広知事に対し、『将来的に原子力に依存しない経済・社会構造の確立を目指すよう国に要請すること』なども求めた。決議案を提案した議員の所属する自民、公明などの賛成多数で可決した。」、と報じた。

 以下、朝日新聞の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2015-10-10 05:40 | 書くことから-原発 | Comments(0)

沖縄から-防衛局、沖縄県の聴聞欠席

 辺野古新基地建設に関連して沖縄防衛局が「聴聞」に出頭しなかったことについて、沖縄タイムスは2015年10月8日、「名護市辺野古の埋め立て承認の取り消しに向けて、沖縄県は7日、沖縄防衛局から意見を聞く『聴聞』を開いたが防衛局は出頭せず、取り消し前の手続きを全て終えた。翁長雄志知事は7日夜、県庁で記者団に対し『聴聞の調書と報告書の内容を踏まえて最終判断をする。できるだけ早い時期に取り消すことになる』と述べ、連休明けの13日にも取り消す考えを示した。」、と報じた。
 このことについての沖縄防衛局の対応について、「防衛局は『承認手続きに瑕疵(かし)はなく、取り消しは違法』とする陳述書を事前に提出し、出頭に代えるとしていた。」、と伝えた。
 また、「理解できない」とする稲嶺進名護市長の「『菅官房長官はこれまで、法治国家と言ってきた。県知事が承認を取り消せば着工の根拠はなくなる』と指摘。『(国は)前知事の判断(埋め立て承認)を根拠にやってきたが、新知事の取り消しも行政の手続き上、許されたものだと思う。それを守らないのは法治国家に反するのではないか』と話した。」、との発言を掲載した。

 以下、沖縄タイムスの引用。





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by asyagi-df-2014 | 2015-10-09 16:53 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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