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原発問題-東京電力福島第一原発事故収束作業に伴う白血病の発症で、初の労災認定。

 福島県の富岡労働基準監督署が福島第一での被ばくが白血病の大きな原因になった可能性があるとした判断について、東京新聞は2015年10月21日、「厚生労働省は二十日、東京電力福島第一原発事故後の作業で被ばくした後に白血病になった元作業員に、労災保険を認定した。事故収束作業に伴う白血病の発症で労災が認められたのは初めて。」、と報じた。
 このことについて、「厚労省によると、労災が認められたのは発症時三十代後半だった男性。建設会社の社員として二〇一一年十一月~一三年十二月、複数の原発で作業した。一二年十月以降の一年一カ月間は福島第一を担当。原子炉建屋に覆いを造ったり、使用済みの防護服などを焼却する施設を建設した。男性は一三年十二月に福島第一を去った後に体の不調を感じ、白血病と診断され労災申請した。現在は通院治療している。白血病の労災が認められるには、年五ミリシーベルト以上を被ばくし、作業開始から発症まで一年以上あることが基準。男性の累積被ばく線量は一九・八ミリシーベルトで、福島第一での線量は大半の一五・七ミリシーベルトを占めた。福島県の富岡労働基準監督署は、厚労省の専門家による検討会の見解を聴いた上で、福島第一での被ばくが白血病の大きな原因になった可能性があると判断した。男性には医療費や休業補償が支払われる。」、と詳細に伝えた。


 東京電力福島第一原発事故の問題が、事故の収束作業に携わる労働者(作業者)の労働条件や健康被害などの命の問題であることが、とかく忘れ去られている。
 東京新聞の「福島第一原発での作業をし、白血病となった男性が初めて労災認定されたことに、作業員からは『認められてよかった』との声が上がったが、収束作業の現場が被ばくとの闘いであることは変わりない。他のがんなどの労災認定には高いハードルが設けられていることなど、作業員を取り巻く環境は課題が山積している。」、との指摘をいろんな場所で克服していく必要がある。
 東京新聞は現状の課題を次のようにまとめている。
①白血病の認定条件の一つは「年五ミリシーベルト以上の被ばく」。東電のまとめによると、事故発生後、福島第一での作業に関わって累積で五ミリシーベルト以上被ばくした人は二万人強いる。二〇一一年度だけで一万人以上が五ミリシーベルト超被ばくしていることなどから、「累積五ミリシーベルト以上」の二万人強の多くが、「年五ミリシーベルト以上」という条件に当てはまるとみられる。仮に白血病になった場合、救済の道が開けたことは安心材料になる。ただ、胃がんなどでは明確な基準が定まっておらず、一〇〇ミリシーベルト以上の被ばくが認定の一つの目安とされるなど、白血病に比べ厳しい運用がされている。
②胃など三カ所のがんになった元作業員は、高線量の作業をしたが、記録上の線量が一〇〇ミリシーベルトに満たないなどとして労災が認められなかった。この男性を含め、線量計を低線量の場所に置いて作業していたと証言した作業員は少なくない。その場合、実際の被ばく線量は記録より高くなる。
③現場では、がれきが除去されるなどして当初よりは線量が下がった。現在はタンク増設や敷地内の舗装が中心のため、作業員の被ばく線量も全般的には低めで推移している。だが今後、廃炉作業は原子炉へと近づく。ベテラン作業員は「来年はもっと高線量の作業が増える。がんになる人が増えたら、福島第一に来なくなる人が出てくるかもしれない」と懸念した。


 福島県の富岡労働基準監督署の今回の判断について、厚労省の対応は、「厚労省は『労災認定は補償が欠けることがないよう配慮した行政上の判断で、科学的に被ばくと健康影響の因果関係を証明したわけではない』としている。」、という段階に止まっている。
 しかし、東京新聞が伝えるように、本当に必要なものは、「現場の作業員の技術者の作業員は『がんになるのでは、と不安になることもある。どうすれば認定されるのか、決めてほしい』と話した。別の作業員も『福島第一で命をかけて働いている。(国は)家族のためにも救済側に立ってほしい』と訴えた。」、という声にきちんと応えることである。

 以下、東京新聞の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2015-10-24 05:45 | 書くことから-原発 | Comments(0)

沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第33回

沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。

 
 今回の報告は、「2015年10月13日は、沖縄県の歴史に残る日になった。」、で始まる。
 私たちはこの日をどのように迎えることができたのか。
 せめて、三上さんの伝える2015年10月13日を感じ取ろう。


 三上さんは、この日を、次のように写し取った。


 去年の11月、翁長知事を知事に選出してからおよそ1年。当選後はすぐにでも辺野古埋め立てを撤回、または取り消して欲しいと現場は期待した。しかし第三者委員会を立ち上げて慎重な上にも慎重な検討を重ねていった翁長知事。その手法に焦燥感を募らせた人も多かった。それでも、政府を動かすために島ぐるみで積み上げ、作り上げていった一体感に水を差すことはすまいと、お互いに立場の違う県民同士がずいぶん辛抱をしあってきたと思う。疑心暗鬼に陥りそうになる仲間を交互になだめながら、新たな信頼や連帯を構築しつつ、県民も鍛えられていった期間だった。そして一日千秋の思いで待っていた沖縄県としての「取り消し」だから、今後やってくる嵐はさておき現場は躍り上がるほどの喜びを爆発させた。


 また、こんなふうにも描く。


 ヒロジさんはこの日を迎えた心情をこう表現した。
 「これからやってくる怒濤のような嵐に立ち向かっていこうというふうに、沖縄がここまで団結したことはない。わたしは今この歴史のなかに生きていることを喜びとします。明日私の命を取るなら取れ! しかし今日ここにいて、ここで叫んで、歴史を開く、未来を開くという決意は変わらない。その喜びを毎日嚙み締めながら生きていきたい。生きたい。みなさん。是非、感激と感動と誇りを持って立ち向かっていきましょう」

 明日、命が費えるとしても、今日ここで叫び、未来を開くという決意は変わらない。6カ月もベッドの上に縛られ、たくさんの管を入れられて身動きもできない中で、生きたい、現場に立って叫びたい、せめて最後の日まで、歴史の中に生きた感触を体中にみなぎらせて、喜びとして嚙み締めたい、そう強く強く願って現場に戻った彼の言葉から、私たちはこの闘争の意味も、生きるという行為そのもののダイナミズムも教わっていく。

 なんという場なんだろう。自分の命の先にあるものたちへ繫いでいく大切なもの。その形を確かに見た気がした。それは、みんなで丸い虹を見たような体験だった。美しい虹の本来の姿、なかなか実像を結ばない「理想」の純然たる形を目の当たりにしたら、みんなで喜び溢れてそこに向かって歩いて行くことになるだろう。そんな丸い虹を天空に浮かび上がらせる力のあるリーダーが、翁長知事を始め、ヒロジさんももちろん、この島にはわんさかいるのだ。


 最後に、こんな言葉で終える。


 中谷防衛大臣は言う。「知事による埋立て承認の取り消しは違法である」。政治家の言葉は重く、灰色だ。彼らは丸い虹を見たことがあるのだろうか。数年や数カ月間だけ大臣など要職につく政治家たちと、島の歴史から未来まで、先祖から子孫までを見据えて今この瞬間に責任を果たそうとする島人と、どちらのパワーが本物なのか。この島が包含するエネルギーは、消して侮れない。何度も天空に丸い虹を映し出し、後生の先祖も揺り起こして共に島の未来に生きる子どもたちに繋がる道を笑って進もうというものたちを、誰もとめることはできないだろう。


 私たちは、ともに、丸い虹を見たい。

 以下、三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第33回の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2015-10-23 05:34 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-1995年の県民大会から20年、新基地建設阻止へ連帯の集会が開催

 表題について沖縄タイムスは2015年10月22日、「米軍普天間飛行場の返還の契機となった米兵の暴行事件に抗議する1995年の県民大会から20年となった21日、沖縄県議会与党5会派などが『国際反戦デー県民行動』を実施した。那覇市の県庁前県民広場での集会は500人を超える参加者が名護市辺野古の新基地建設の断念、安全保障関連法の廃止を政府に求め、集会後は国際通りをデモ行進した。県議会与党連絡会の仲宗根悟座長(社民・護憲)は『基地の整理縮小などを求めた県民大会から20年が経過したが、基地の重圧は増すばかりだ。翁長雄志知事の辺野古埋め立て承認取り消しを支持し、屈せず頑張ろう』と連帯を呼び掛けた。」、と報じた。

 以下、沖縄タイムスの引用。





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by asyagi-df-2014 | 2015-10-22 13:48 | 沖縄から | Comments(0)

原発問題-「脱原発をめざす首長会議」、四国電力伊方原発3号機をめぐり「避難計画に全く現実性がない」と厳しく批判し、再稼働に反対した。

 伊方原発の再稼働について、「脱原発をめざす首長会議」が再稼働に反対したこについて、東京新聞は2015年10月18日、「現職、元職の首長らでつくる『脱原発をめざす首長会議』は18日、福島県南相馬市で記者会見を開き、四国電力伊方原発3号機をめぐり『避難計画に全く現実性がない』と厳しく批判し、再稼働に反対した。」、と報じた。
 「脱原発をめざす首長会議」は、2015年10月18日、内閣総理大臣(原子力防災会議議長)安倍晋三及び愛媛県知事中村時広に向けて、四国電力伊方原発3号機再稼働について、「伊方原発3号機の再稼働には、中村知事による『地元同意』が前提条件となる。少なくともその判断は、11月の原子力総合防災訓練を経て、 上記(別紙内容)のような問題が完全に解決していることが確認されないかぎり、 なされてはならない』、という申し入れを行った。

 「脱原発をめざす首長会議」が指摘する避難に関する問題は、下記の4点である。


①伊方原発より西側には約5千人が住んでいるが、放射性物質が漏れた場合には原発の近くの道を通って東側へ避難することは困難。計画では、その際はフェリーを使って大分県側に避難するとしているが、住民を運ぶバスやフェリーの事業者との覚書はまだ締結されておらず、 基本的な輸送手段が確保されていない。
②原発事故と地震や津波が同時に起きる「複合災害」 に見舞われれば、道路が寸断され、 港が損壊するため、避難できずに、屋内に退避することになるが、原発より西側には、放射性物質を除去する換気設備付きのシェルター施設は四つしかない。収容人数はわずか470人であるという。
③伊方町に隣接している八幡浜市の防災担当者は、複合災害が起きた際には「道路がどれだけ渋滞するのかなど、詰められていない部分は多い」と話しているという。
④原発から20キロの老人介護施設には50人近いお年寄りが入所しており、その多くが自力で歩けないため、かりに船で避難するとすれば港までの輸送手段が必要だが、確保のめどはない。さらに、避難先となる大分県では、 お年寄りを受け入れる施設が決まっていない。


 「脱原発をめざす首長会議」は、あわせて、政府の原子力防災会議に対して、「政府の原子力防災会議は上記のような問題を認識しつつ、避難計画を了承したとすれば、住民の安全と生命をどのように考えているのか、 国の責務を本当に自覚しているのだろうかという疑問を持たざるを得ない。」、と指摘している。


 安倍晋三首相及び中村時広愛媛県知事は、この申し入れを、きちんと受けとめなくてはならない。

 以下、東京新聞の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2015-10-22 05:21 | 書くことから-原発 | Comments(0)

沖縄から-辺野古新基地建設にかかる天然記念物ジュゴンの保全計画を監視する「環境監視等委員会」の委員が計画策定

 こんなことは沖縄だけでなく日本のどこでも許されていいはずはない。

 標題について、沖縄タイムスは2015年10月21日、沖縄県名護市辺野古の新基地建設で、天然記念物ジュゴンの保全計画が、国の建設工事を監視する「環境監視等委員会」の荒井修亮委員(京都大学教授)、原武史委員(全国水産技術者協会理事長)の研究成果を基に作られていたことが20日、分かった。」、「全13委員のうちジュゴンの専門家は両委員のみ。計画策定から実施までに関係の深い研究者や受注業者が、事業の適正運営をチェックする側にも関与していたことになる。」、と報じた。
問題はこれだけにとどまらず、「一方で監視委の運営は、両委員と共に研究を進めていた環境コンサルタント『いであ』(東京都)が請け負っていた。同社は計画策定段階から関連事業を多数受注しており、保全策の妥当性を審議する監視委の独立・公平性がいっそう問われそうだ。」、と伝えた。

 以下、沖縄タイムスの引用。






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by asyagi-df-2014 | 2015-10-21 16:10 | 沖縄から | Comments(0)

「普天間飛行場代替施設建設事業にかかる公有水面埋め立て承認の取り消し」を考える-自由人権協会声明とともに

 公益社団法人自由人権協会(以下、自由人権協会とする。)は2015年10月13日、「普天間飛行場代替施設建設事業にかかる公有水面埋め立て承認の取り消し」に関して声明を発表した。
 自由人権協会は、まず最初に、「沖縄県知事の辺野古埋立承認取消処分をめぐる国と県との争いは、行政不服審査法が定める審査請求によってではなく、 地方自治法が定める手続に基づく国地方係争処理委員会ないし裁判所の審査・判断によって解決されるべきである。」、と結論づける。
 その声明では、この結論を導く出すためにその根拠を二点、次のように上げる。
(1)行政不服審査法による審査請求 ・執行停止はできないこと。
① 国 (防衛省沖縄防衛局長) は、 日米安全保障条約に基づき米国に軍事基地を提供するという行政目的のために埋立ての承認申請を行ったのであるから、 この承認認申請は行政主体である国の行政機関としての行為である。
②本件公有水面埋立て承認の取消しは、行政主体である県の機関である沖縄県知事が、 同じく行政主体である国の機関である沖縄防衛局長に対し行ったものであり、 この承認取消処分は行政機関同士の間でなされたものである。 本件取消処分の相手方である沖縄防衛局長は、 権利主体ではなく、 行政主体の機関という 「固有の資格において」 処分の相手方になったのであり、 この処分について審査請求などの不服申立てをすることはできない。
③このことは行政不服審査法57条3項から導かれるが、2014(平成26)年改正の行政不服審査法(未施行)7条2項では、「国の機関…に対する処分で、 これらの機関…がその固有の資格において当該処分の相手方となるもの…については、この法律の規定は、適用しない」と、より明確に規定している。
(2)国地方係争処理委員会及び高等裁判所の判断に委ねるべきであること。
①国は、 審査請求と執行停止の手続を進め、 これによって今後の手続のすべてを国(国土交通大臣)の下で行うこととして、地方自治法の定める本来の手続である国地方係争処理委員会や高等裁判所による審査・判断を回避しようとしている。このような国の対応は明らかに違法である。
①したがって、国が行政不服審査法による審査請求等を行うことなく、知事の承認取消処分の是非については、第三者機関である国地方係争処理委員会や高等裁判所の判断に委ねるべきであること。


 どのように考えても、「地方自治法の定める本来の手続である国地方係争処理委員会や高等裁判所による審査・判断を回避」することは、間違いである。

 以下、声明の引用。





by asyagi-df-2014 | 2015-10-21 05:58 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-辺野古新基地建設に関わる「環境監視等委員会」の3人の委員が寄付を受け、他の一人の委員は関連法人から報酬。

 標題について、沖縄タイムスは2015年10月20日、「名護市辺野古の新基地建設工事で、環境面から国に指導・助言する「環境監視等委員会」(委員長・中村由行横浜国立大学大学院教授)の3委員が、就任決定から約1年間で、建設事業の受注業者から約1100万円の寄付を受けていたことが19日、分かった。他の1委員は、受注業者と関係の深いNPO法人の理事を務め、年間200万円の報酬を受けていた。」、と報じた。
 その詳細についても、「14年3月から辺野古沿岸部のジュゴンの監視業務など9件、計18億9452万円を受注した『いであ』(共同企業体含む)は、ジュゴンの生態に詳しい京都大学教授の荒井修亮委員に『学術研究や指導』を目的に、13~14年度で計800万円を寄付。同社は取材に『2000年からご指導いただいており、委員就任と関係ない』と説明。荒井委員も『何らやましいことはなく、審議に手心も加えていない。いであを含めた共同研究の知見で委員に選出されたと思う。ただ外形的に不適切なら委員辞任も考える』と答えた。」、「護岸工事など2事業で計18億円を受注する東洋建設(同)は15年6月、中村委員長に50万円を寄付。同社は監視委との関連を否定した上で『海洋工事に助言を求めるため本年度から奨学助成した』と説明した。」、「サンゴ移植など2事業で計12億円を受注するエコー(同)は、サンゴ礁に詳しい東京大学大学院教授の茅根創委員に3~4年前から年50万円を寄付したが、同社は『15年前から交流しており、技術向上が目的。委員就任と一切関係ない』。ケーソン工事で141億円を受注する五洋建設(同)も、14~15年で200万円の寄付を認めた上で『詳細な回答は控える』とした。」、「いであ本社内に事務所のあるNPO法人『地球環境カレッジ』理事として、年200万円の報酬を受け取る全国水産技術者協会理事長の原武史委員は『審議とは全く無関係。辺野古の海を守るため、水産研究者として言うべきことは言ってきた』と強調した。」、と伝えた。

 このことについて、沖縄タイムスは、「工事に伴う環境保全策について国に指導できる立場にいる委員13人のうち4人が、国の関連事業を受注した業者などから金銭を受け取っていたことになり、委員会運営の中立・公平性をめぐり議論を呼びそうだ。」、とあくまで優しく論評したが、「国の関連事業を受注した業者などから金銭を受領」していたという事実は、委員会の中立性や公平性を著しく損なうものである。

 もちろん、沖縄タイムスはその社説で、「生物多様性豊かな海を守る砦(とりで)となるべき専門家が、事業を行う業者との関係を疑われているのである。第三者機関として最も大切な信頼性が損なわれたのだから、名前の挙がった委員は即刻、辞任すべきだ。」、と警告した。
 また、「防衛局は委員への寄付の事実を知っていたのか。事前に申告を求めなかったのか。その責任も問われている。」、とあわせて追求する。



 国は、「議事録を全て公開し、委員会の存続も含め、内容を一から検証する必要」(沖縄タイムス)がある。


 以下、沖縄タイムスの引用。





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by asyagi-df-2014 | 2015-10-20 16:21 | 沖縄から | Comments(0)

本からのもの-「沖縄の自己決定権」


著書名;沖縄の自己決定権
著作者;琉球新報社 新垣 毅
出版社;高文研


 「Ⅰ章、Ⅱ章関連=略年表」の事実が、現在の沖縄の状況、日本の状況を如実に語っている、と新垣は指摘する。
 これを書き出してみる。

・1854   琉米修好条約締結
・1855   琉仏修好条約締結
・1859   琉欄修好条約締結
・1879   松田、武装警官160人余、鎮台兵400人を引き連れて3度目の来琉。「処分」を断行、首里城明け渡しを迫る。


 この米仏欄との修好条約が、また「琉球処分」が、どのような位置づけや意味づけを持っているのかについて理解することが、沖縄の自己決定権を捉える指標となる。
例えば、大城立裕の言葉を引く。

「『琉球処分』は日本政府からの言い分であり、客観的に見ると日本国による極めて暴力的な琉球王国の併合だ。半面、ウチナンチュ-は昔から日本への同化の機会が四度あった。(この同化の失敗について問われて)失敗の原因は、沖縄差別であり、今も続く日本の帝国主義だ。沖縄を国防の前線としてしか認めていない。ただ、沖縄にとって不幸なのは、沖縄の生活文化の中に、日本についていこうという習慣がある。この矛盾だ。潜在意識には同化思考がある。」

 確かに、大城のこの言葉は、沖縄と日本の関係を言い当てている。
 また、この同化ということについては、「民衆にまで浸透した同化思考は、『天皇陛下万歳』と叫び『立派な日本人』として死ぬ、沖縄戦の戦場動員へとつながっていく。」、と新垣は指摘する。
 こうした状況を踏まえて、「沖縄の自己決定権」を考える上で、「琉球処分」について正しく捉え直すことが重要であるとする。
 なぜなら、「『琉球処分』は『不正』という認識は、沖縄の自己決定権追及の重要な根拠となりうる。」から、と説明する、
 この「不正」の根拠を新垣は次のように上げる。

①「だが、政府は、一八七二年にでっち上げた、天皇による”抜き打ち疑似冊封の君臣関係”を根拠に琉球国の権限放棄を命じ、それに従わなかったことを理由に武力で威嚇し、琉球国をつぶしたのだった。」
②「『琉球処分』という言葉は、でっちあげた天皇との”君臣関係”を根拠にしている。中国との外交禁止や裁判権移譲などに従わず『天皇の命令に背いた』として、一方的に罪を琉球にかぶせ、王国を葬り去る政府の意図が、『処分』の二字に含まれている。」
③「明治政府はあえて、『処分』という言葉を使い続けた。琉球併合を国内問題に矮小化し覆い隠す姿勢がそこに表れていた。政府の姿勢は、琉球併合の国際法上の位置づけなどについて説明責任を果たさない今も変わらない。『琉球処分』『頑固党』『脱清人』などの言葉を『処分官』の目線で無批判に使うことへの検証が求められている。」
④「日本政府は、『廃藩置県』からまだ約1年しかたたないのに『琉球はわが所属』とする『廃藩置県』の前提をみずから覆し、中国市場からの利益と引き換えに琉球の一部である宮古・八重山を中国に引き渡す案を提起したのだ。」
⑤「沖縄県は一九二〇年代まで、政府の補助金よりも多くの税金を納めた。例えば、一九二一年(大正一〇年)は補助金191万円に対し、納めた税金は743万円だった。」
⑥「本土では、一八九〇年(明治23)に府県制が公布され、同時に第1回衆議院選挙が実施されたが、沖縄での府県制施行は一九〇九(明治42)年で、最初の衆議院選挙は一九一二年だった。」

 これに加えて、「琉球処分」の「不正」を国際法の観点から追及し、その結論を次のように展開する。

「一八七九年の『琉球処分』について、今日の国際法研究者は、琉球国が米国など三カ国と結んだ修好条約を根拠に『国際法に照らして不正だ』との見解を示している。研究者は三条約締結の事実から『琉球は国際法上の主体であり、日本の一部ではなかった』と指摘する。その琉球に対し、軍隊や警察が首里城を包囲し、『沖縄県設置』への同意尚泰王に迫った日本政府の行為は、当時の慣習国際法が禁じた『国の代表者への強制』に当たるという。しかも、慣習法を成文化したウィ-ン条約法条約51条を基に、現在からさかのぼって主権=自己決定権の保障を要求できるというものだ。」

 つまり、「国際法の研究者は、米仏欄の三国と結んだ修好条約を根拠に、国際法に照らして不正との見解を出しており、ウィ-ン条約法条約51条を基に現在からさかのぼって主権=自己決定権の保障を要求できる」、と新垣は沖縄の自己決定権の根拠を明確にする。
 また、「国際法に違反した国家は、違反行為の停止、真相究明、謝罪、金銭賠償などの義務を負う。琉球併合の場合は『自己決定権の行使を沖縄に保障するなどの観点から、今日的議論につなげられる』」、とも評価している。
 琉球新報は2014年5月に、このことについて外務省に質問書を出している。
政府の回答は、「『琉球処分』の意味するところについては、さまざまな見解があり、確立した定義があるとは承知しておらず、外務省として確定的なことを述べるのは困難である。」、であった。琉球新報は、「曖昧模糊とした回答だったが、明確に否定もしなかった。」、と分析する。
 なお、この米仏欄の三国と結んだ修好条約の原本は日本政府は没収し、現在、外務省が保持している。これに関連して、2013年6月12日那覇市議会で平良識子市議は、「本来ならば沖縄が所有すべきだ」と那覇市に条約返還を国に求めるよう要求し、その後も返還を求める声を上げ続けている。
 元外務相勤務の佐藤勝は「琉球が国際法の主体だったのは間違いない。そうでないと条約を結べない。フランス、オランダとも条約を結んだ。琉球が国際法の主体と認められていたことが重要だ。ならば今、東京の外交史料館に原本があるのか。政府は説明責任がある。」、と指摘している。
この問題は、さらに、「アジア史研究では、『韓国併合』と『琉球併合』の様相は近似しいるとの指摘がある。どちらの『併合』も伊藤博文が主導した。」、と展開されていく。 このことの追及、植民地主義の克服が、今後、より一層重要になってくる。
これについては、上村英明の次の指摘が参考になる。


「韓国の研究者や政府も51条に照らして韓国併合条約は無効だと主張している。日本政府はそれを認めていない。琉球の場合、無効か有効化の議論よりも、併合の構造が米軍基地問題など、現在の権利侵害に直結していることが重要だ。米国は琉球を国際法の主体と認識し条約を締結し、批准した。日本の武力併合に『おかしい』と言うべきだった。琉球人が、『米国はなぜ不正義の上に権利を確保しているのか』と国際社会に訴えてもおかしくない。」


 Ⅳ章「自己決定家確立へ向かう世界の潮流」と、Ⅴ章「『自治』実現への構想」については、非常に参考になるものを、書き出してみた。

 まずは、「2 非核非武装の独立国・パラオ」から、パラオ自治政府が1981年に施行した憲法第13条について。

①「戦争に使用するための核兵器、化学兵器、ガズもしくは生物兵器、原子力発電所やそこから生じる核廃棄物のような有害物質は、国民投票数の4分の3以上の承認がなければ、パラオ領域内で使用し、実験し、処理してはならない。」
② 次に、非核憲法派の指導者のベラ・サクマさんの「太平洋で同じ船に乗っている」という言葉。
③「子どもや家族、生活を守るには自己決定権が必要だ。パラオは小さいが独立し、大国と同じ権利を持つ国連の一員だ。時代は変わり、、国は互いに自己決定権を尊重し合う時代だ。非武装でもやっていける。」
④「ジュゴンがいるのは太平洋では沖縄とパラオだけだ。海はつながっている。太平洋で同じ船に乗っている。一緒に闘いを続けよう。」

 また、パラオの闘いの歴史と現状について、次のように紹介する。

「島の苦しい経験があった。他国による占領。戦争、マーシャル諸島の核実験に、住民は傷ついた。さらに、『動物園政策』と呼ばれた米国の支配が続いた。太平洋戦争後、米国はミクロネシア地域への出入りを行政官などに限定し、経済活動を徹底管理したのである。この状況を脱しようと、パラオの人びとはを求めた。92%高支持率で憲法を承認し、米国による国連信託統治の下、一九八一年に自治政府を勝ち取る。サクマさんは、この歴史の教訓が刻印されている憲法は『パラオ人の精神的支柱だ』と強調する。パラオは非核・非武装憲法を維持したまま、独立を果たす。現在は、米軍の施設は事務所や住宅が数棟だけの小規模施設が1つあるだけだ。実戦部隊はいない。協定で演習場で合意した地域も使われていない。」 

 このパラオの実践は、沖縄の現実を、「パラオ人には、島は家(ホーム)だという精神がある。米軍基地や核はホームを破壊する。日本や米国は私らを『守ってあげる』という口実で勝手に島を使っただけで、多くの被害をもたらした」という言葉として、あたかも告発しているように読み取れる。

 一九八九年のスイスでの国の非武装化の賛否を問う国民投票の指導者であったクリストフ・バルビー弁護士のじっくり噛み締めたい次の言葉。

「軍隊を捨てるというのは、権利を諦めることではない。創造的、人道的な解決法があるのを示すことだ。暴力のない世界をつくることは可能だ。」 

 北海道大公共政策大学院院長の山崎幹根教授の日本の地域民主主義への提言。
 この言葉は、辺野古新基地建設や東村高江の米軍ヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設の問題点を端的に説明する。

「国策によるアメとムチで地方に自発的服従を強い、中央各省の裁量の範囲で部分的に分権や特区を認める手法はもう限界だ。」

 中国新華社の2014年11月の沖縄知事選挙の記事。「中国脅威論」へのもう一つの提示。

「知事選は本質的には県民が自己決定権を追求する闘いだった。県民は沖縄の発展の道を選択する権利があるか否か、あるいは東京の決定に従うしかないのか、沖縄の長期にわたる大衆運動には、こうした人権、自治権、自主権への要求に終始貫かれている」


 最後に、新垣は、「沖縄の民意が日本政府に無視され続けている中、日本の国民世論の喚起はもとより、国際世論の喚起が事態打開の鍵を握る。沖縄の自己決定権が保障されるよう粘り強く主張し続け、国連などに訴えていくことが課題となっている。」とまとめている。


by asyagi-df-2014 | 2015-10-20 05:30 | 本等からのもの | Comments(0)

沖縄から-朝日新聞とともに米兵暴行事件1995を振りかえる。

 朝日新聞は、「沖縄が本気で怒った日」として、1995年を振りかえる記事を掲載した。
 1995年10月21日に宜野湾市で開催された沖縄県民総決起大会は、8万5千人とも言われた大きな怒りのうねりとなって、私たちを圧倒した。
 特に、この大会で壇上に上がった普天間高校の3年生の仲村清子(すがこ)さん=現在は改姓=の決意表明は、沖縄の生き苦しさの現状を、日本という国のいびつさのすべてを、凛と張った清冽な声で、私たちの魂を揺さぶった。


基地が沖縄に来てから、ずっと加害はくり変えされてきました。
基地がある故の苦悩から、私たちを解放してほしい。
今の沖縄はだれのものでもなく、沖縄の人々のものだから。
私たちに静かな沖縄を返してください。
軍隊のない、悲劇のない、平和な島を返してください 。


 この時の様子を、「当時18歳で、宜野湾市の普天間高校の3年生。所属していた演劇部の顧問から何人かの生徒に話があり、私があいさつを引き受けた。事件は衝撃だった。米兵の起こした事件に県民は怒り、日米地位協定をたてに(起訴前に容疑者の米兵の)身柄を引き渡さない米軍の対応で、また打ちのめされた。戦後50年を迎えて平和とか未来を考えようとしている時に、沖縄がまだ占領下にいるような理不尽さを、ゴンと突き付けられた感じだった。原稿には、沖縄の『普通の高校生』が日々感じている矛盾を書いた。友人とも話して思ったのは、『基地あるがゆえの苦悩』は、ほとんど地位協定から生まれているということ。だから、その弊害をあいさつでは強く訴えた。」、と伝えた。
 また、朝日新聞は、1児の母となり、今では米軍普天間飛行場から約1キロの場所に住みその上空をオスプレイが飛ぶという、その後の20年を経験した彼女の今の声を伝えた。

「沖縄の基地をめぐる状況は、少しずつ良くなっていると思う。でも、大きくは変わらなかった」、と。
 また、次のように伝える。
 「大会の次の年、地元の普天間飛行場の返還が決まった。『違う、本質はそこじゃないよ』と思った。返還は結構だけど、問題は基地の面積じゃなくて米軍のあり方。全廃されず、県内で移すだけなら、地位協定の理不尽さは繰り返される。その後、地位協定は運用の改善はあったが、根本的には見直されなかった。今も宜野湾市に住んでいるが、深夜にヘリが飛ぶのを止められない。事件を起こして基地に逃げ込む米兵もいて、残念でならない。18歳のときは、理不尽がなくなる世界が来ると信じていたけど、現実は厳しい。」、と。
 さらに、「翁長雄志知事が名護市辺野古の埋め立て承認を取り消した。20年前のように沖縄は国と対立するかもしれない。でも、それを分かって県民は今の知事を選んだ。二度と沖縄が戦場にならないように、新しく基地を造らせたくない人が多いんだと思う。大会でも言ったが、沖縄の人はあきらめてはいけないし、絶対にあきらめないですよ。」、と。

 この決起集会で、もう一つ記憶に残っているのは、次の太田知事の挨拶である。


「まず最初に、県民の皆さまにお詫び申し上げたいことは、行政の責任者として、一番大事な幼い子どもの人間としての尊厳を守ることができなかったことについて、心の底から、お詫び申し上げたいと思う。本当に申しわけありませんでした。」


 この「行政の責任者として、一番大事な幼い子どもの人間としての尊厳を守ることができなかったこと」への表明は、現在の翁長沖縄県知事の「普天間飛行場代替施設建設事業に係る公有水面埋立ての承認の取消し」に繋がる痛烈な思いである。
 この決起集会では、「米当局者と軟弱外交ぶりを露呈したわが国政府に、満腔(まんこう)の怒りを表明する」などとする決議文が採択された。
 沖縄の「満腔(まんこう)の怒り」は、新たに辺野古新基地建設や高江ヘリパット建設問題等を抱えたなかで、増幅されこそすれ全く解決されていない。

 以下、朝日新聞及び沖縄県民総決起大会での決意表明(挨拶)の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2015-10-19 16:31 | 沖縄から | Comments(0)

貧困問題-「貧乏なのに進学した罰」とは。

「大阪市の一等地にあるマンションの一室が、その風俗店の待機部屋だ。20歳前後の女性たちが試験勉強したり、お菓子を食べたり。予約が入ると従業員に客の特徴を聞いて、バッグを手に部屋を出る。短大2年の女性(20)もその一人。高卒より上の学歴があれば、大きな企業に就職して貧困から抜け出せるのではないかと期待して短大へ進んだが、資金的にも精神的にも行き詰まり、週2、3回、働いている。嫌だったが、お金が欲しかった。『貧乏なのに進学した罪』だと思った。」。
 朝日新聞の2015年10月15日の特集「子どもと貧困」はこう書き出していく。
また、「風俗店で働く女性らを支援する一般社団法人『Grow As People』代表の角間(かくま)惇一郎さんは『病気や育児、就活などで短時間しか働けない女性が生活費を稼ごうと思うと選択肢は限られる』と話す。一時的でも風俗を仕方なく選ぶ女性もいるという。角間さんは『行政の支援は個々のニーズに対応しきれていない面がある』と指摘。『住居や託児所などを用意する風俗店もあり、一部の困窮した女性にとってセーフティーネットになっている』とみる。特にここ数年は風俗店で働く学生が増えているといい、『風俗以外の現実的な解決策を社会が用意する必要があるのではないか』と話す。」、と日本の病巣を描く。
 「貧乏なのに進学した罪」などど言わせてしまう、例えば、「経済協力開発機構(OECD)の加盟34カ国中、半数の17カ国が大学の授業料を無償化。日本は有償の国の中でも授業料が高額な部類に入るうえに唯一、国による給付型の奨学金がない」といった日本の構造的問題を、中京大学の大内裕和教授(教育社会学)の声として、「学生に学ぶ時間を提供できない教育政策に問題がある」、「日本の高等教育予算は先進国最低。親の所得に関係なく学べるように、諸外国並みに学費を下げ、給付型奨学金を導入すべきだ」、と指摘する。

 どう考えても、「貧乏なのに進学した罪」など言わせてしまう国としてのあり方は、間違っている。

 以下、朝日新聞の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2015-10-19 05:32 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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