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確かに、「それほど、広告ボイコットは効くのである。」

 江川紹子さんのブログに出会った。
 今回の事も含めて、江川の主張は、「言論の自由を重んじる社会では、言論には言論で対抗するのが、原則だろう。自由な議論の中で、事実に反する見解や陰謀史観の類いは淘汰されたり、人々に信頼されなくなっていく。」と、いうことである。
 今回の自民党議員からの「広告ボイコットは効く」発言の真意を、江川の文章の「マルコポーロ事件」から、あらためて教えてもらった。
 江川は、その顛末を次のように伝える。

 発端は、文藝春秋社が発行していた月刊誌『マルコポーロ』2月号に掲載された「ナチ『ガス室』はなかった」と題する記事だった。巷に転がっているホロコーストを否定したり矮小化する文献や資料を切り貼りしたもので、ユダヤ人大量虐殺は作り話などとする内容だった。これに憤慨した米国のユダヤ人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」(SWC)が、駐米大使などに抗議をする一方、大手企業に同誌への広告出稿を取りやめるよう働きかけた。

 SWCは、同誌に対しては直接抗議せず、反論掲載などの同誌からの交渉申し入れにも一切取り合わなかった。同誌が発売されたのは1月17日だが、同月19日には広告ボイコット要請を行う素早さだった。フォルクスワーゲン、カルティエジャパン、マイクロソフト、フォリップモリス、三菱自動車や三菱電機などが、広告拒否を表明。カルティエのように、『マルコ』一誌だけでなく、文藝春秋社のすべての雑誌から広告撤退を決めた社もあった。

 決着がつくのは早かった。文藝春秋社は、同月27日には同誌の廃刊を決め、渡米した担当者がSWC側に謝罪。30日には廃刊を正式に社内外に伝えている。その後、社長が引責辞任した。

 江川は綴る
 「それほど、広告ボイコットは効くのである。」と。
 「異論を封じるだけでなく、身内の言論も規制する。ますます『不自由』で、いよいよ『非民主的』になってゆく自民党。『自由民主党』の名称は、もう返上した方がいいのではないか。」とも。

 人の意見にすがりついてはいけないなと感じながらも、江川紹子さんの指摘に大きく頷いている。

 以下、江川紹子のブログの引用。






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by asyagi-df-2014 | 2015-07-02 05:44 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

沖縄からー「明らかに動員」発言に対する沖縄戦遺族の怒り

沖縄タイムスは、2015年6月30日、「党青年局長を更迭された木原稔衆院議員(45)=熊本1区=が、23日の沖縄全戦没者追悼式で安倍晋三首相に怒号を浴びせた参列者について『明らかに動員されていた』と、インターネット動画サイトで述べていたことが29日までに分かった。」と、報じていた。
 この「明らかに動員されていた」と述べていた問題について、沖縄からは、怒りの声が大きくなっている。

 沖縄タイムスは2015年7月1日、「安倍首相に対し『式典に参加する資格はないぞ』と声を上げ、警官に会場の外へ連れ出された那覇市の男性(82)は、祖父と兄を沖縄戦で亡くした遺族の一人として自主的に参加した。やじは、悩んだ末の発言だった。『新基地建設を強行し、安保法案成立を急ぐ首相をじかに見て、黙ってはいられなかった』。
 木原氏の発言については『都合よく一方的に【動員】と決め付けることで、県民の声を封殺しようとしている』と指摘。その上で『声を上げたのは自分だけではない。政府や首相に対する反発は大きいと感じた。平和を願うあの場に、今の首相はふさわしくない』と強調した。
 県遺族連合会前会長の照屋苗子さん(79)は『何を持って動員したと言っているのか』と木原氏を批判。『追悼式には、戦争で肉親を失った遺族がさまざまな思いを抱えながら自主的に参加している。発言は、絶対に許すことはできない』と怒りを口にした。
  追悼式に参加した高嶋伸欣(のぶよし)琉球大学名誉教授(73)は『政府の偏見がここまで来たか』とあきれる。『翁長知事の平和宣言には万雷の拍手が起こった。その盛り上がりを受けての首相への怒号。事前に準備したものとは思えない』と指摘した。
  名桜大学3年の女性(20)=うるま市=は『祖父の弟に手を合わせにきたのに【動員された】との発言に腹が立つ。沖縄の人たちはみんな平和を願ってあの場所に集まっている】と憤った。」との、沖縄の声を伝えた。

 木原議員は、例えば、沖縄タイムス発行の「沖縄の『岐路』」を購入し、熟読する必要がある。

以下、沖縄タイムの引用。


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by asyagi-df-2014 | 2015-07-01 16:54 | 沖縄から | Comments(0)

原発問題-グラーフェンラインフェルト原発の稼働を27日深夜に停止

東京新聞は、2015年6月28日、「ドイツのエネルギー最大手エーオンは28日、南部バイエルン州のグラーフェンラインフェルト原発の稼働を27日深夜に停止したと発表した。ドイツは2011年の東京電力福島第1原発事故を受けて脱原発を決めており、稼働原発は残り8基となった。」と、報じた。

 ドイツの計画は、国策として、着々と進められている。

 以下、東京新聞の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2015-07-01 12:05 | 書くことから-原発 | Comments(0)

原発問題-中国電力、島根原発で虚偽記録作成

東京新聞は、2015年6月30日、中国電力は30日、島根原発(松江市)で発生した低レベル放射性廃棄物を処理する際に使う計測器が正常かどうかの確認作業を怠ったのに、作業をしたとする虚偽の記録を作成していたと発表した。放射性廃棄物の漏えいなど外部環境への影響はないとしている。」と、報じた。

 このことは、危険な原子力発電業務をを担うだけの責任能力が、中国電力には、ないことを示しているのではないか、

 以下、東京新聞の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2015-07-01 11:46 | 書くことから-原発 | Comments(0)

沖縄から-検証~百田発言

百田氏の発言に対して、琉球新報は「検証ー百田発言」を著し、きちっと反論をした。
 この間の百田氏の動きは、二度目の「やはり、つぶさなくてはならない」という講演での発言になる。
まあ、百田氏に関しては、この検証で充分である。
 つまり、これ以降、この百田氏の言動を踏襲する人は、明らかなあやまちを侵すことになることを自覚する必要がある。
 また、この間の経過すれば、安倍晋三政権にはこの「検証」を国民に説明する責任がある。

 以下、琉球新報の検証記事をそのまま引用する。

(1)「もともと普天間基地は田んぼの中にあった」

普天間飛行場:米軍が住民排除戦前は村役場も-2015年6月27日


 【宜野湾】宜野湾市内13区にまたがる米軍普天間飛行場は沖縄戦で1945年4月に本島に上陸した米軍が住民を強制排除し、占拠した。同月下旬に本土決戦に備え、滑走路建設が始められた。
 現在の飛行場施設内には宜野湾村役場(当時)や住居、畑、馬場、国の天然記念物に戦前指定されていた「宜野湾並松」などがあり、住民の生活風景が米軍によって奪われた。
 米軍は土地接収後、居住していた住民を野嵩収容所などに送り、立ち入りを禁止した。宜野湾市史によると、住民は46年9月に出された宜野湾村嘉数への帰村許可を皮切りに、沖縄戦前に居住していた地域に帰ることが許された。だが、現在の飛行場区域内で暮らしていた人々は帰ることが許されず、周辺への居住を余儀なくされた。神山、中原、新城、宜野湾などの地域ではいまでも多くの土地が接収されたままだ。
 また百田尚樹氏が取り上げた普天間飛行場の騒音訴訟で、那覇地裁沖縄支部は(1)騒音の特質から騒音実態を把握することは容易でない(2)地元回帰意識の強さや地理や交通、住宅事情を考慮するとやむなく住み始めた人が相当数いる(3)騒音はいずれ解消されると合理的な見通しで住み始めた人が相当数いる-との判決を下している。基地周辺に「選んで住んだ」との指摘は当てはまらない。


(2)「(米兵よりも)沖縄人自身が起こしたレイプ犯罪の方がはるかに率が高い」

性的暴行件数:単純比較できずに疑問-2015年6月27日


 百田尚樹氏は性的暴行の発生率について、在沖米兵に比べて県民の方がはるかに高いとの発言をした。2012年、13年、14年に米軍人・軍属が性的暴行で県警に摘発された件数は1件、0件、1件だった。12年に摘発された日本人は16件に上るなど件数だけで比較すれば、米兵が特別に凶悪との印象は受けない。
 だが公務員であり日米地位協定で守られている米兵と、一般県民を同列に比較することを疑問視する声がある。米兵による性犯罪に詳しい宮城晴美氏は「性的暴行の起訴率も十数%という米兵と日本人とは罰せられ方が違う」と話す。
 性的暴行の発生件数と認知件数には大きな開きがあるとの指摘もある。捜査関係者は「性犯罪は通報されない事案も多く、認知件数は氷山の一角だ。殺人のように発覚しやすい犯罪の発生率が低いというならともかく、性犯罪の発生率が低いから良いという話にはならない」と語る。
 基地内で発生した性犯罪は「基本的には見えない」(同捜査関係者)との声もある。
 実際、県警の犯罪統計に基地内で発生した性的暴行は含まれていない。10年10月~11年9月の1年間に在沖海兵隊基地内で発生した性的暴行事件は67件だったと米海軍省と海兵隊本部が発表している。
 宮城氏は在沖米兵の性的暴行の発生率は不明としながら「そもそも単純に比較するものではなく、戦後70年間、米兵が女性に好き放題してきた歴史を考えなければいけない」と強調した。


(3)「基地地主たちは年収何千万円だ」

軍用地料:200万円未満が大半-2015年6月27日


 百田尚樹氏は「基地の地主たちは年収何千万円だ。だから地主が六本木ヒルズに住んでる。大金持ちだから、彼らは基地なんて出て行ってほしくない。もし基地移転ということになったら、えらいことになる」とも述べた。
 だが県基地対策課のまとめ(2013年)によると、県内の軍用地主のうち、軍用地料の受取額は100万円未満が54・2%、100万円以上200万円未満が20・8%を占める。大部分が200万円未満で「年収何千万円」と懸け離れている。
 県軍用地等地主会連合会(土地連)の真喜志康明会長は26日、「大きな額をもらっているのはほんの一部。事実とは少し異なる」と述べ、発言は事実誤認だとの認識を示した。
 一方、これまで実施されてきた米軍用地の跡地利用は、むしろ県経済を引っ張る発展モデルとして成功を収めてきた。
 県企画部は地代収入や軍雇用者所得、基地交付金など返還前に得ていた経済取引額と、商業店舗や製造業の売上高、不動産賃貸額といった返還後の経済取引額とを比較した「直接経済効果」をまとめている。それによると返還前にハンビー飛行場だった北谷町桑江・北前地区で108倍。那覇市小禄金城地区で14倍、那覇新都心地区で32倍とそれぞれ経済活動が大幅に上がっている。


by asyagi-df-2014 | 2015-07-01 10:08 | 沖縄から | Comments(0)

「日の丸・君が代訴訟」で「裁量権の逸脱」の2回の断罪

 個人的理由でネットを見られない間に、大きな判決が出されていました。
 根津公子さんも、「須藤典明裁判長『「主文を読み上げ、その後理由を言います』 と言い、『主文 控訴人らの敗訴部分を取り消す。』 と言った時に、 河原井さんの損害賠償請求が認められたんだとしか、 受け取ることができませんでした。」と、報告しています。
 また、根津公子さんは、「判決文には目障りな文言が散見されますし、完全勝訴ではありませんが、 2012年最高裁判決に立ったこの判決は、最高裁が都教委の『上告』 を受理しにくいような骨組みになっています。政治的判断を悪く働かせない限り、最高裁はこの判決を否定できないと思います。 同一の「過去の処分歴等』 (『等』は不起立前後の態度等を含む)を繰り返し使い、 例外的に根津だけに累積加重処分を適法としてきた判決や田中聡史さんへの累積加重処分などに、 多少でも歯止めをかけることになるとも思います。」と、まとめています。

 ここでは、週刊金曜日1045号(2015年6月26日)の「『日の丸・君がと訴訟』 都教委にあびせたダブルパンチ!」から記事を抜粋する。

(1)2007年の卒業式の「君が代」斉唱時に起立せず、都教委から停職6ヶ月の懲戒処分を受けた市立中学校(当時)の元教師・根津公子さんが処分取り消しを求めていた訴訟で、東京高裁は、5月28日、裁量権の逸脱を認め、一審判決を取り消し、慰謝料10万円の支払を都に命じた。
(2)須藤典明裁判長は、1回目で戒告、2回目以降は減給、停職と処分を機械的に加重していくとついには免職になり、「思想信条を捨てるか、それとも教職員としての身分を捨てるかの二者択一 の選択を迫られる」ことになり、「思想・良心の自由の実質的な侵害につながる」と判示した。
(3)一緒に提示していた都立養護学校(当時)の元教師・河原井純子さんについては一審の停職処分の取り消しに加えて、慰謝料10万円の支払を都に命じた。
(4)根津さんは、「この判決は、思想・良心の『間接的制約』になるとした最高裁判決を越える。少なくとも処分は停職3ヶ月までで、免職は違法と歯止めをかけたことがうれしい」と喜びを語った。

(5)5月25日、定年後の再雇用を拒否された都立高校の元教師22人が損害賠償を求めた裁判の判決があり、東京地裁の吉田徹裁判長も都教委の裁量権逸脱、濫用を認め、都に総額5370万円の損害賠償を命じた。
(6)吉田裁判長は、学習指導要領で国旗国歌条項が他の特別行事より特段区別した位置づけが与えられていないのに都教委は不規律のみを不当に重く扱う一方、定年退職者の生活保障と教職経験者の経験の活用という再雇用制度の趣旨にも反する賭した。そして、原告17人の「定年後の生活の糧を奪い去るという非常さに全身の力が抜ける感覚を覚え、何より教師としての自分を全否定された屈辱感にさいなまされた」などの「精神的損害」を例示した上で損害額を算定した。

(7)都教委は、両訴訟に上告、控訴した。

 週刊金曜日の「2008年3月、根津公子さんは免職の危機にあったが、応援の市民らと約3週間都教委と交渉を続け、免職を食い止めた。当時の教育長が教育長室で『根津をクビにできない!』と叫んだと教育庁関係者から根津さんは聞いたという。」との記事と生徒に挨拶をする根津さんの写真は、この間の闘いの様子を熱く語りかけてくれる。

 今は、根津さん、河原井さんたちの闘いに、感謝するのみである。

 以下、根津さんの報告の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2015-07-01 05:53 | 書くことから-労働 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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