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「沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない。」と言う「文化人」。

「沖縄県の地元紙が政府に批判的だとの意見が出たのに対し、百田氏は『沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない。あってはいけないことだが、沖縄のどこかの島が中国に取られれば目を覚ますはずだ』と主張した。」と、共同通信は報じた。

 この時期に、百田尚樹という「文化人」にすがるしかない自民党とは、何なのか。
「 沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない。」と、言い切ってしまう「文化人」は、真の意味での表現者なのか。
 「あってはいけないことだが、沖縄のどこかの島が中国に取られれば目を覚ますはずだ。」とは、安倍晋三政権の今の粗野なロジックそのものだ。

 以下、共同通信記事及び沖縄タイムスの引用。





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by asyagi-df-2014 | 2015-06-26 16:59 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

原発問題-旧国土庁は、東京電力福島第一原を高さ八メートルの津波が襲った場合、1~4号機の建屋が浸水するとの予測図作製。

 東京新聞は、2015年6月25日、「福島県の沖合で巨大地震が発生し東京電力福島第一原発を高さ八メートルの津波が襲った場合、1~4号機の建屋が浸水するとの予測図を一九九九年に旧国土庁が作製していたことが分かった。国は自治体が津波防災対策を検討する「基礎資料」として作った」と、報じた。
 また。あわせて、「原発事故を防ぐための電力会社の対策強化には生かされなかった。」と、続けた。
 さらに、「予測図は福島県に提供されたが『その後どのように活用されたかは把握していない』としている。」と、報じた。

 このことの問題点については、「原発と大津波」の著者でサイエンスライターの添田孝史さんの話として、次のように指摘している。 

「津波で浸水被害が出ることが想定外ではなかったことが明白になった。内閣府は『雑な推計だった』と言うが、5、6号機は浸水を免れるなど東日本大震災での被害傾向とも合致する。使いようがあったはずの予測図なのに、全く生かされなかった。東京電力も浸水予測の根拠となった国の津波試算を把握しながら、被害を減らす対策を取らず、試算をつぶそうとする逆方向の努力をしていた。予備バッテリーの購入や非常用発電機の移動など、できる対策はいくらでもあったはずだ。」

 「雑な推計だった」という政府の回答は、いかにも無答責のの体質を証明している。何も対応をしなかった東京電力の責任と政府の責任は、このことによって証明されている。
  
 以下、東京新聞の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2015-06-26 07:22 | 書くことから-原発 | Comments(0)

沖縄から-「慰霊の日」を感じ取るために(3)

2015年6月23日及び6月24日の各地方新聞の社説及び論調を通して、「慰霊の日」をどのように捉えているかについて、考えてみる。
 ここに掲げた各地方紙は、その論調の強さに違いはあれ、沖縄の状況や引いては日本の状況について、概ね共通的な論調を持っている。
 安倍晋三政権への「異論」である。
 まとめてみれば、次ようなものである。

(事実認識)
①沖縄は終戦後も苦難の歴史を歩んできた。国土面積の0・6%の県土に、全国の米軍専用施設面積の74%が集中している。そして政府はいま、宜野湾市の普天間飛行場の代わりとして、名護市辺野古沖に新たな基地を造ろうとしている。昨年の知事選や衆院選の沖縄4小選挙区全てで辺野古移設反対派の候補者が当選し、民意が示されたにもかかわらずである
②「なぜ沖縄は、こんな目に遭わなければならなかったのか」。本土の盾となった沖縄で、この日は県民が遺恨の念を胸に刻む日でもある。
③住民を守るはずの日本兵が、泣き声が敵に聞かれるとして赤ん坊を殺害したり、住民を壕から追い出したりしたとの証言も残っている。沖縄では、あちこちでこうした悲劇の現場に行き当たる。
 戦争の本当の恐ろしさとは、人間が人間性を失うことだ。
 ガマの暗闇に立ち、そこに響いた絶望の声を想像すれば、戦争の実相に少しだけ近づける。

(主張)
①秋田魁新報
・翁長氏は「沖縄は孤立している。1人で政府と闘っている。こうした状況を地方自治の危機と捉え、日本全体で考える必要がある」と話す。この訴えの通り、基地問題は国民が共有すべきものだという認識を持てるかどうかが問われている。
・辺野古移設以外に方法はないのか。そもそも日本国内に現行規模の米軍兵力を駐留させる必要性が本当にあるのか。同じ地方に暮らす者として、沖縄の人々と思いを重ね、政府に疑問をぶつけていくべきだ。これ以上、沖縄に孤立感を味わわせてはならない。
②岩手日報
在日米軍の再編に伴い海兵隊の主力がグアムに移転すれば、残るのはほぼ通年、海外遠征を主務とする部隊になるという。地元紙出身のジャーナリスト屋良朝博氏は「兵力がなくなるのを抑止力とは言わない」と解説した。
 そうした認識に立てば、国が「国益」を前面に出して専権的に基地建設を強行する理屈は通りにくい。
③山陽新聞
沖縄県内の激戦地跡では毎年100~200人の戦没者の遺骨が見つかっているが、地中にはまだ約3千人分の遺骨があるとされる。大量の不発弾も残され、戦後、爆発事故で710人が犠牲になった。処理にはさらに70年を要するとみられている。
 本土で暮らす私たちも沖縄戦の歴史を共有し、沖縄の苦悩に心を寄せる日としたい。
④西日本新聞
国会では、戦争の実体験を持つ世代はごくわずかになった。安保法制をめぐる国会審議を聞くと、法案に賛成する側も反対する側も、言葉が軽いのが気になる。
 「抑止力」「自衛」「平和」「戦争」-。実体験の裏打ちのない言葉で、戦後日本の平和主義を左右する法案を論議することに、危うさを覚えざるを得ない。
 安全保障について語る議員は、今こそ沖縄を訪れ、そこで起きたことを聞き、戦争の実相に思いをめぐらす努力をすべきだろう。
 ガマの暗闇の中で耳を澄ましてほしい。死者たちの声に。
⑤北海道新聞
・いま、沖縄では基地問題をめぐって政府への不満がこれまでにないほどに強まっている。「もう我慢できない」。それが県民の正直な気持ちだろう。
 戦争を知る年代層が減り、沖縄の犠牲に報いようとする国民感情が薄れていないか。世代を超え戦争の惨禍を伝えることが大事だ。
 政府は沖縄の70年の歴史を直視し、これ以上の負担を強いる政策を進めてはならない。
・たとえ普天間基地の返還が実現しても、辺野古に新たな機能を持った施設ができれば引き続き沖縄の負担は続くからだ。
 本当に負担軽減を実現するなら、県外、国外に移設する以外にないことを政府は認識すべきだ。
⑥福井新聞
日米同盟を強化し、安保政策の大転換に突き進む安倍政権。今後も強権力で沖縄の抵抗を排除し、近隣国の侵攻を防ぐ「抑止力」として本土の盾になることを強要するのだろう。戦後70年を経てなお沖縄は心の傷が癒えないままだ。

 沖縄タイムス及び琉球新報の社説には、ここでは言及しない。
 わかりにくいことがあったら、この二紙にたどり着けばいい。
 
 以下、各新聞社の社説の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2015-06-26 06:20 | 沖縄から | Comments(0)

本からのもの-「戦場ぬ止み  辺野古・孝江からの祈り」

著書名;「戦場ぬ止み  辺野古・孝江からの祈り」
著作者;三上智恵
出版社;大月書店


 慟哭の書である。
 「優しい島」は痛苦のなかで、それでも「優しい国」を目指すという。
 「異論」の行き着く先は、それでも「優しい国」であると。

三上智恵は、後書きで次のように記す。

 「しかし、この抵抗は、水道の蛇口から飛び散る水を、手のひらで押さえて止めているようなものだ。そうやって必至に止めている間に誰かが元栓を閉めてくれない限り、ことは終わらない。手のひらの限界はいつか来る。
 元栓を閉める力は政治であり、その政治を動かしているのはみなさんだ。国民のみなさんが、島を挙げて”いくさ場”を終わらせたいと訴えている沖縄の現状をちゃんと知ってくれさへすれば政治は動くと思う。知れば、見殺しにしていいと思う人はまずいないはずだ。そう信じてこの本を書き、映画を作った。そして、軍事優先の国家に進みつつあるこの国を立ち止まらせ、沖縄の民意を尊重することから、国民の手に民主主義を揺るぎないものとして取り戻そうという流れになってくれれば、日本は文子おばあの悲願である「優しい国」に変貌してくれるだろう。・・・沖縄は苦しんだ分、耐えてきた分だけ大きな使命を果たす力があると信じている。歴史を背負い、不屈の精神でぶつかっていく沖縄の激動の日々を全国に届ける役割を担えれば、私は本望である。」

 ここにすべてがこめられている。


by asyagi-df-2014 | 2015-06-25 05:40 | 本等からのもの | Comments(0)

沖縄から-「慰霊の日」を感じ取るために(2)

 2015年6月23日、「慰霊の日」を、沖縄タイムスは、「戦後70年を迎えた『慰霊の日』の23日、沖縄県内は20万人超の戦没者を追悼する鎮魂の祈りに包まれた。糸満市摩文仁の平和祈念公園内の『平和の礎(いしじ)』や、糸満市米須の『魂魄(こんぱく)の塔』には、早朝から多くの戦争体験者や遺族が訪れた。激しい戦場の記憶や亡き家族の思い出を呼び覚まして目を潤ます高齢者ら。子や孫らは花束を供え、手を合わせた。』、また、「沖縄戦では住民、日米軍人ら20万人超が亡くなった。『平和の礎』は今年新たに87人(県内33人、県外54人)が加わり、刻銘総数は24万1336人となった。」と、報じた。
 さらに、「不戦を誓った戦後70年の日本の歩みを覆すように国会では安全保障関連法案が審議され、戦争につながると危機感を抱く県民は少なくない。平和国家が岐路に立たされる政治状況の中、住民を巻き込んだ地上戦である沖縄戦の実相を風化させずに継承したいとする体験者の思いは切実だ。
 一方で、今なお県内には米軍専用施設の73・8%が集中し、過重な基地負担は県民生活や振興開発に影響を及ぼしている。
 米軍普天間飛行場の移設問題では、知事選など昨年の選挙で相次いで示された民意を無視する形で、政府は名護市辺野古移設を強行する姿勢を崩していない。翁長雄志知事は就任後初の平和宣言で、移設作業の中止を決断するよう政府に求めた。」と、伝えた。

 翁長雄志沖縄県知事は、その平和宣言の中で、「政府においては、固定観念に縛られず、普天間飛行場を辺野古へ移設する作業の中止を決断され、沖縄の基地負担を軽減する政策を再度見直されることを強く求めます。」と、辺野古新基地建設の見直しを求めた。
 また、「戦後70年を迎え、アジアの国々をつなぐ架け橋として活躍した先人たちの『万国津梁』の精神を胸に刻み、これからも私たちは、アジア・太平洋地域の発展と、平和の実現に向けて努力してまいります。
 未来を担う子や孫のために、誇りある豊かさを創りあげ、時を超えて、いつまでも子どもたちの笑顔が絶えない豊かな沖縄を目指します。
 慰霊の日に当たり、戦没者のみ霊に心から哀悼の誠をささげるとともに、沖縄が恒久平和の発信地として輝かしい未来の構築に向けて、全力で取り組んでいく決意をここに宣言します。」と、宣言した。

 さらに、「追悼式では、翁長雄志知事が就任後初の平和宣言をしたほか、県議会の喜納昌春議長は式辞で『二度と戦争を起こさないために悲惨な沖縄戦の実相を子々孫々に語り継ぐ』と不戦を宣言。県民に寄り添い県民の自己決定権を尊重する決意を語った。
 県遺族連合会の照屋苗子会長は『忌まわしい地獄のような戦争体験が昨日のように脳裏に浮かび胸が張り裂ける』と遺族や体験者の気持ちを代弁し、み霊に哀悼の意をささげた。米軍普天間飛行場問題にも言及し『早急なる県外移設を熱望すると同時に戦争につながる基地建設には遺族として断固反対する』と語った。
 与勝高校3年の知念捷(まさる)君が『平和の詩』に選ばれた『みるく世がやゆら」を朗読した。
 戦争体験者の高齢化が進む中、県は戦後70年となることしの追悼式を、沖縄戦の歴史的教訓を正しく伝え、次世代に平和の尊さを継承する場と位置付けた。」と、伝えた。

 2015年6月23日の「慰霊の日」は、翁長雄志沖縄県知事の平和宣言も含めて、この「慰霊の日」を、「戦後70年となることしの追悼式を、沖縄戦の歴史的教訓を正しく伝え、次世代に平和の尊さを継承する場と位置づけた。」ことが、際立っている。
 
 後は、日本人として、このことにどのように答えていくかである。

 以下、沖縄タイムスの引用。




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by asyagi-df-2014 | 2015-06-24 16:27 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-「慰霊の日」を感じ取るために

2015年6月23日、沖縄は「慰霊の日」を迎えた。
 手もとに、沖縄タイムスの「慰霊の日」特集号が届いた。
 8ページの特集である。

 最初に、静かに深く語りかけるのは、伊江島のニィヤティヤガマの「千人ガマ」の写真である。
そこに、浮かび上がるのは、日本語と英文の次の文字である。

                 鉄の暴風 忘れまい
                  We Wont’Forget
                      "tyhoon of Streels”
戦後 70年
戦禍の涙 今も
70Years After WWⅡ
        Tears Over Ravages of War Never Dry

 沖縄タイムスは、「慰霊の日」をこのように綴る。

 沖縄は、23日、戦後70年の「慰霊の日」を迎える。20万人余りの命が奪われ、「ありったけの地獄を集めた」と表現された沖縄戦。苛烈な戦火を乗り越えてきた70年の歩みには、心を奮い立たせ、怒りを分かち合う言葉、悲しみを癒し、勇気づける歌があった。 今なお、不発弾が地中に埋まり、数多くの遺骨が人知れず眠る。沖縄の「戦後」は終わっていない。住民の土地を強制収用して造られた米軍基地の問題は、重い課題として横たわり続けている。沖縄の来し方と行く末に、鎮魂の祈りとともに思いをはせる。

 沖縄の戦後は終わっていない。

 この日に、このことの思いを感じ取る必要がある。
せめて、「戦世からぬ」の「名言・優言」を魂に刻もう。

命どう宝
艦砲ぬ喰ぇ-残さ-
ヒヤミカチ ウキリ
沖縄を返せ
ひるまさ変わたる くぬ沖縄


by asyagi-df-2014 | 2015-06-23 18:14 | 沖縄から | Comments(0)

砂川事件最高裁大法廷判決を考える。

 「週刊金曜日6/19/20151044号」(以下、「金曜日」とする。)と、「戦争をさせない1000人委員会」の砂川事件最高裁大法廷判決Q&Aを参考に、砂川事件最高裁大法廷判決を考える。

 安倍晋三政権は、この間、砂川事件の最高裁大法廷判決(1959年)を理論の支柱として錦の旗のごとくふりかざしてきた。
 もうすでに、どこに真実があるのかは、決着がついているはずなのだが、安倍晋三政権は、立ち止まって熟考をしようとはいない。
 改めてこのことを押さえてみる。
 「金曜日」は、安倍晋三政権の側の考え方のポイントを次のように指摘する。
(1)集団的自衛権行使を容認する47年見解にある「自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置」という論理は、砂川判決(昭和34年12月16日)の「自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置」という論理と同一の「基本的な論理」である。
(2)自国防衛を目的とする「限定的な集団的自衛権行使」は、これらの「自衛の(ための)措置」は、これらの「自衛の(ための)措置」と適合する。つまり、47年見解だけでなく、砂川判決も「限定的な集団的自衛権行使」を容認している。
(3)最高裁判決が容認しているのだから7.1閣議決定と安保法制は、違憲ではない。

  次に、「金曜日」は、この安倍晋三政権の論理については、①47年見解と砂川判決の「基本的な論理のズレ、②そもそも砂川判決から集団的自衛権行使を読み取ることは論理として不可能、という二点を立証すれば論破できるとしている。
 具体的に、上記の①はについては、政権側が「47年見解の読み替え」により「限定的な集団自衛権行使」を解禁した法理としているのは、砂川判決の「基本的な論理」の一部であり、政権側の勝手な解釈に過ぎないこと。
 ②については、砂川判決は、旧安保条約に基づく刑事特別法の合憲性が争われた事案であり集団的自衛権は争点にすらなっていないこと。
 特に、②については、第一に、判決文の論理的読み方から無理がある、第二に、ハンケチ以前にも歴代政府は一貫して集団的自衛権行使を違憲としてきた、第三に、判決間もない昭和35年4月28日の国会答弁から2015年月1日までも、「集団的自衛権行使は違憲」としてきた、と指摘する。

 最終的に、「金曜日」は、「安倍首相と高村副総裁は、『高度の政治性を有するものについてては、一件極めて明白に違憲無効でない限り、内閣及び国会の判断に従う』という砂川判決の統治行為論の法理を引用し、解釈変更は最高裁から委ねられた裁量の範囲内という主張を行っています。しかし、47年見解の読み替えの暴挙が『一見極めて明白に違憲』であることは明々白々であり、最高裁が解釈改憲を合憲とすることは、司法権が法の支配と日本語を崩壊させる暴挙を侵すことになる」と、主張する。

 「戦争をさせない1000人委員会」の砂川事件最高裁大法廷判決Q&Aでも、次のように指摘している。

 「砂川大法廷判決は、集団的自衛権行使を容認しているのでしょうか?」という質問に対しては、「とんでもありません。砂川大法廷判決で問題とされたのは、『在日米軍』が憲法第9条2項によって保持を禁じられた『戦力』に該当するかどうかということで、集団的自衛権など全く問題にされていませんでした。」。

 砂川判決そのものについては、「①まず、わが国の防衛は『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼する』ことによって行うというものです。これは具体的には国際連合のことです。
砂川事件一審の東京地裁伊達判決は、国際連合の軍隊は憲法の禁じる『戦力』に該当しないが、米軍は該当するとして、日米安保条約は憲法違反としました。ところが最高裁大法廷判決は、国連軍だけと狭く考えるのでなく、米軍も認めていいのではないかとし、
①『憲法9条の趣旨に則して同条2項の法意を考えて見るに、同条項において戦力の不保持をも規定したのは、わが国がいわゆる戦力を保持し、自らその主体となってこれに指揮権、管理権を行使することにより、同条1項において永久に放棄することを定めたいわゆる侵略戦争を引き起こすがごときことのないようにするためであると解する』として、米軍は日本政府の指揮下にないから、そのような虞(おそれ)はないとして在日米軍は憲法が保持を禁じる『戦力』には該当しないと結論付けたのです。」。

 砂川判決は、「日本の自衛隊が合憲か違憲かについての判断」についても、「判決は、日本が個別的自衛権を有するのは当然としていますが、そのために軍隊を持つことができるかどうかについては『同条2項がいわゆる自衛のための戦力の保持を禁じたものであるか否かは別として』と述べ、判断を回避しています。このように砂川大法廷判決は、自衛隊の合憲・違憲すら判断していないのですから、集団的自衛権行使容認か否かなど全く論じていないのです。当時の15人の裁判官たちには、合憲か違憲かすら判断されていない自衛隊が、日本の防衛でなく、海外に出て行って米軍と一体となって活動することが起こりうるなどとは全く想定できないことであったでしょう。」。

 このように、この間の論理には、決着がついている。

 以下、「戦争をさせない1000人委員会」の砂川事件最高裁大法廷判決Q&Aの引用。




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by asyagi-df-2014 | 2015-06-23 06:00 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

労働者派遣法改正を東海林智さんの記事で考える。

 朝日新聞は、2015年6月19日、「派遣社員の受け入れ期間の制限を事実上なくす労働者派遣法改正案が19日午後の衆院本会議で採決され、与党の賛成多数で可決された。今後は参議院で審議されることになる。与野党で激しく対立してきた同法案は成立に近づいた。」と、報じた。
このことについて、週刊金曜日6/19/2015-1044号の東海林智さんの「『3年で切り捨て』を認める法改悪の非道 いよいよ『生涯派遣』の時代が迫る」を基に、考える。

 東海林は、改正の要点を次のようにまとめる。
(1)今回の改正は、派遣の期間の制限を業務単位から人単位に改めた。派遣労働者が一つの企業で働ける期間の上限を一律3年間とした。そのため、これまで期間の制限がなかった通訳や秘書など専門26業務も3年が上限となった。つまり、26業務で働いている人も3年で雇い止めになる。
(2)派遣労働者を使う企業は同じ労働者を3年以上使うことはできないが、人を変えれば同じ仕事にまた派遣労働者を使うことができる。これまでの派遣労働を利用する際の「派遣労働は臨時的、一時的なものに限る」との原則をないがしろにしたもので、正社員の派遣労働への置き換えなど派遣労働がどんどん拡大する危険性が指摘されている。
(3)派遣労働者が淡い期待をかけていた「同一労働同一賃金法」は、「均等な待遇及び均衡の取れた待遇」と変更され、この均衡の言葉が入ったことで骨抜きにされてしまった。

 東海林は、この記事では派遣労働者の怒りの声を、あわせて伝えた。
 (1)については、「30代半ばを過ぎ、正社員での就職は難しく、せめて長期間働ける専門業務を探してようやく仕事を見つけた。なのに、3年で雇い止めではやってられない」と。
 (2)については、「これまで3年の制限があったから、正社員にしてでも使いたいと思ったら正社員に登用されるケースもあった。しかし、今回の改正で、人を変えれば派遣を使い続けることができるし、課を変えれば同じ人を派遣として使い回すことも可能となる。派遣先は正社員として雇う理由がなくなる」、また、「派遣先が変わる度に賃金はリセットされ下がるだろう.改正で処遇はむしろ悪くなる。」と。

 この記事の最後に、東海林は、こうまとめている。
 「私たちはぎりぎりで踏ん張り、誇りを持って仕事をしている。この改悪に黙っていられない」。との声を紹介し、「誰のための改正か」と。


by asyagi-df-2014 | 2015-06-22 11:08 | 書くことから-労働 | Comments(0)

あしゃぎから-持続可能な社会を考える。

 2015年4月に、田舎に定住しました。
 必要に迫られて、散歩をしていると、気づくことがあります。

ホーケキョケキョ ケキョケキョ   キークァイ  キイーキッキキ
いろいろな鳥のさえずりに囲まれるだけでなく

シュワゴー ドッグドッグ トクトク シュラゴー
はりめぐされた水路からの音が、「しっかりな」と語りかけてきます

 この山里(中間山地)を活かしている水音
 そうかこれが持続可能な音なのかもなと

 人が住み、生きるために、稲を作り畑を活かす
 稲のために作物のために、水路を作る
 持続可能な社会と殊更唱えるまでもなく
 今日のために生きていくことが明日に繋がるように
 しっかり生きていくということ 内実など問う暇がないほどに
 そうかこの音が、持続可能な社会の入り口か
 だとしたら、この音は明日へつなげていく必要がある


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ことしもまた、見事に田植えを終えています。
ただ、持続可能な営みが、個人的な努力だけに追い込まれている気がする。

私の散歩の風景です。

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by asyagi-df-2014 | 2015-06-21 05:41 | あしゃぎ | Comments(0)

オスプレイの横田基地配備の中止等を求めるために

 2015年5月22日の東京弁護士会の会長声明に続き、日本弁護士連合会の会長声明が、2015年6月17日、「横田飛行場へのCV-22オスプレイの配備の中止を求める会長声明」として出された。

 この声明の本旨は、次のようにまとめられる。
(問題点)
① オスプレイについては、その安全性には大きな疑念がある。
②2015年5月17日、MV-22オスプレイはハワイのオアフ島で着陸に失敗し、乗員2名が死亡し、安全性への疑念はますます現実化している。
③横田基地も普天間基地も住宅密集地の真中にあることから、CV-22オスプレイ配備の強行やCV-22、MV-22オスプレイの飛行訓練の実施は、日本国民の生命、身体、財産に対する重大な侵害のおそれを生じさせるものであり、人格権(13条)、財産権(29条)、平和のうちに生存する権利(前文、9条、13条等)等を保障する日本国憲法の精神に反し、到底看過できない。
④オスプレイの飛行による墜落の危険や騒音・低周波、回転翼による強い下降気流等による環境破壊の危険は、東京都、沖縄県にとどまらず、全国に広がろうとしている。
(問題の根底の指摘)
この問題の根底には、米軍について、日米地位協定上、航空法の多くの条項の適用が除外される等、我が国が主体的に主権の行使を行うことが著しく制約されているという日本占領時代の考えが色濃く残る不平等かつ不合理な制度上の問題がある。上記訓練ルート等は、本来日米地位協定に基づく提供施設・区域ではないにもかかわらず、日本政府が米軍による訓練を認めざるを得ないこともその一例である。
(結論)
日米両政府に対し、CV-22オスプレイの横田基地への配備の中止を求めるとともに、日本政府に対し、CV-22オスプレイの配備の中止を米国政府に求めるよう要請する。そして、普天間基地に配備されたMV-22オスプレイの運用を停止することと併せて、日米地位協定を日本の領域主権が行使できるよう直ちに抜本的に見直すことを求めるものである。

 オスプレイの配備については、東京弁護士会や日弁連の声明によって、その問題点は明確にされている。
 安倍晋三政権は、早急に、オスプレイの運用を停止するとともに、日米地位協定の抜本的な見直しをするべきである。

 以下、日弁連会長の声明の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2015-06-20 06:11 | 米軍再編 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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