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集団的自衛権-補足資料(NPJ通信 井上正信弁護士)

 「閣議決定」に反対するために、補足資料載せます。
 以下、「NPJ通信 井上正信弁護士」の引用。 

2014年7月1日閣議決定への分析・批判(緊急)

閣議決定全文を新聞で読み、緊急に分析をしましたので、以下に紹介します。

1 これまでの憲法解釈のどこを変更したのか

安倍首相は記者会見で、「現行憲法の解釈の基本的考え方は変わらない。海外派兵は一般的には許されないという従来の原則は変わらない。」、「今回の新三要件も、今までの三要件と基本的な考え方はほとんど同じと言ってよく、表現もほとんど変わっていない。憲法解釈の基本的な考え方は変わらない。」と述べた。本当にそうなのか?

従来の三要件は次の通り。

自衛権発動の三要件
①我が国に対する急迫不正の侵害あること、すなわち武力攻撃が発生したこと
②この場合これを排除するために他に適当な手段がないこと
③必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
新三要件は次のとおり。
武力行使(自衛のための措置)の三要件
①我が国に対する武力攻撃が発生した場合、我が国と密接な関係にある国に対する武力攻撃が発生した場合、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合
②これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない場合
③必要最小限度の実力行使

新三要件は、第一要件で集団的自衛権が行使できること、「明白な危険」という新しい要件を付け加えたことで、これまでの三要件とは異質なものである。第二要件でも第一要件に対応して、「我が国の存立を全うし、国民を守るため」が加えられている。

海外派兵は一般的に許されないのか?

海外派兵とは政府解釈によると、「武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣すること」(昭和55年10月28日政府答弁書)である。閣議決定文書では新三要件のうち、③要件がそれに該当する可能性があるが、「他国の領土、領海、領空には派遣しない」とはどこにも述べていない。政府見解(想定問答集)でも、その点は曖昧であり、機雷掃海では他国の領海内でも活動できるとしている。そうすると、海外派兵の上記定義を前提にする限り、海外派兵は許されないとの従来の原則は放棄されたものである。

2 集団的自衛権の限定行使か?歯止めになるのか?

閣議決定は、「安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であっても、その目的、規模、態様等によっては、我が国の存立を脅かすことも現実に起こりうる。」とのべ、新三要件の①「我が国と密接な関係にある他国」という要件も外している(閣議決定に内在する矛盾でもある)。つまり地理的限定はないのである。閣議決定はこの安全保障環境の変容につき、「脅威がどの地域において発生しても、我が国の安全保障に直接的な影響を及ぼしうる状況になっている。」と述べていることを受けたものである。

集団的自衛権行使の際の武力行使についても閣議決定は何らの限定を加えていない。「後方支援と武力行使の一体化」についての閣議決定は、集団的自衛権行使とは別分野である。新三要件の③要件の記述のみである。従来の自衛権発動三要件の下での③要件は、専守防衛の観点から限定になっていたが、閣議決定の新三要件の③要件は、集団的自衛権行使を含むものであるから、限定にはならない。「我が国と密接な関係にある他国」という限定要件が既に閣議決定では無視されている。「我が国の存立を脅かす」場合には「我が国と密接な関係にある他国への武力行使」と判断するのであろう。

武力行使に歯止めはあるのか。歯止めという以上、政府による自衛隊派遣、武力行使の判断に対する歯止めである必要がある。「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される」と二重要件で歯止めをかけているような記述だが、政府見解(想定問答集)では、国家と国民は一体であるとして加重要件ではないと明確に否定している。そうであるなら、「我が国の存立が脅かされる」という判断だけで集団的自衛権が発動されることとなる。ではその政府の判断に対する歯止めはあるのか。「我が国の存立が脅かされる」という判断と、その「明白な危険」が歯止めの記述と思われるが、いずれも曖昧な概念であり、政府の恣意的判断が容易な概念である。さらに、その判断に至った情報が特定秘密保護法で国民や報道機関、国会までも隠されれば、歯止めなき海外派兵になる。

3 国連の集団的措置(軍事的措置)への参加は可能か?

閣議決定には国連の集団的措置(軍事的措置)への参加はしないとはどこにも記述がない。むしろ閣議決定は国連の集団的措置(軍事的措置)へ参加する途を開いているのだ。閣議決定は「自衛権発動の三要件」とはせず、わざわざ「自衛のための措置」という新しい概念を導入している。自衛権行使と自衛のための措置とでは国際法上の意味は全く異なる。我が国が国際法上個別的自衛権や集団的自衛権を行使している際に、当該武力紛争に対して安保理が憲章第42条の軍事的措置を決議した場合、憲章第51条により、それ以降の自衛権行使は違法となる。閣議決定は「国際法上の根拠と憲法解釈は区別して理解する必要がある。」と述べていることに注目すべきである。つまり、憲法解釈上は「自衛の措置」だが、国際法上の根拠はこれとは異なるというものである。閣議決定は自衛の措置が「国際法上は、集団的自衛権が根拠となる場合がある。」と述べている。つまり、集団的措置は排除されていないのだ。政府解釈(想定問答集)は、「新三要件」を満たすならできるとしている。

4 国際平和協力活動

閣議決定は「2国際社会の平和と安定への一層の貢献」という表題で、「後方支援と武力行使一体化」原則の変更と、「国際的な平和協力活動に伴う武器使用」を拡大しようとしている。

「後方支援と武力行使一体化」原則の変更は、国連安保理による軍事的措置へ参加する場合に適用される記述と考えられる。ここで述べているのは、戦場で戦闘行為が行われている場合以外には後方支援活動が可能であるというものである。後方支援活動中に戦闘が始まれば、自衛隊は活動を中止するというが、敵部隊は自衛隊部隊を攻撃するはずであるから、当然それに備えた部隊編成と装備で後方支援を行うはずである。そうなれば、後方支援といいながら際限なき武力行使の突破口に過ぎないことになる。

「国際的な平和協力活動に伴う武器使用」では、「駆け付け警護」と「任務遂行のための武器使用」権限を付与しようとしている。その結果、治安維持活動まで行うことを想定している記述となっている。これはイラクにおいて米・英軍が行った掃討作戦と何ら異ならない軍事活動になり得る。

閣議決定は「2国際社会の平和と安定への一層の貢献」において、在外邦人救出活動を含めている。この活動は、こてこての国益を前面に出した活動であり、これを「2国際社会の平和と安定への一層の貢献」へ入れている閣議決定は、きわめて出来の悪い文書となっているのである。


by asyagi-df-2014 | 2014-07-05 05:50 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

集団的自衛権15-閣議決定を批判する20140704

(最初に)

 7月1日の閣議決定について、次の観点から反対する。

  第1に、今回の閣議決定は、近代国家の成立基盤である立憲主義や日本国憲法を破壊しようとするものであり、ひいては命の問題を軽視するものである。
 第2に、この閣議決定は、アメリカの覇権戦略に日本を組み込む新しい米軍再編-アメリカの戦争のための武力行使-の一環として強行されたものである。
 第3に、この閣議決定は、国民の中で十分に議論されることがなかった。また、憲法に拘束されるはずの政府が閣議決定を行ったことは、背理である

 以下、具体的に考える。
 沖縄県の地方紙である琉球新報と沖縄タイムスの社説は、この閣議決定を「クーデター」あるいは「憲法クーデター」と厳しく批判する。
 何故なら、沖縄にとっては、「集団的自衛権の行使容認、ガイドライン見直し、辺野古移設の3点セットによって沖縄の軍事要塞(ようさい)化が進むのは間違いない。沖縄が標的になり、再び戦争に巻き込まれることがないか、県民の不安は高まるばかりである」(沖縄タイムス)という道筋が、辺野古や高江への日本政府のこれまでの施策を通して、沖縄県民にとっての将来の現実として明確に捉えられるからである。
 しかし、これは沖縄だけにとどまる問題ではなく、日本全体が、「日本が集団的自衛権を行使すると、日本が他国間の戦争において中立国から交戦国になるとともに、国際法上、日本国内全ての自衛隊の基地や施設が軍事目標となり、軍事目標に対する攻撃に伴う民間への被害も生じうる」(日弁連会長声明20140701)ことになる。
 つまり、第1に、今回の閣議決定は、近代国家の成立基盤である立憲主義や日本国憲法を破壊しようとするものであり、ひいては命の問題を軽視するものである。
 だとしたら、この閣議決定は、やはり「クーデター」的行為として位置づけるだけの状況認識が必要である。もちろん片方では、「閣議決定だけではほとんど意味はありません。確かにこれまでの政府解釈を根本的に変更するのですから、大きな一歩を踏み出したことは間違いありません。しかしそれだけで物事が変わるというものではないという点も、抑えておく必要があります」(NPJ通信・井上正信弁護士)ということもこれからの運動の視点として、あわせて持たなければならない。

 かって訪れた韓国ピョンテクの平和センターは、「在韓米軍の役割を韓半島固定の軍隊ではなく、いつでもどこでも移動可能な迅速機動軍として再編することが在韓米軍再編の本質だ。これによるアメリカの覇権戦略に基づいて不必要な地域紛争に巻き込まれ、日常的にテロと戦争の驚異に苦しむことになる」と、米軍再編問題の本質について説明してくれた。これまでも、日本が「『武力行使』に踏み込むことは『アメリカの戦争』に組み込まれることだ」との指摘がなされてきた。
 この視点から考えた時、第2に、この閣議決定は、アメリカの覇権戦略に日本を組み込む新しい米軍再編の一環として強行されたものであると捉える必要がある。そしてその結果日本は、「アメリカの覇権戦略に基づいて不必要な地域紛争に巻き込まれ、日常的にテロと戦争の驚異に苦しむことになる」という実態がもたらされることになる。

 また、今回の閣議決定までの手続きについて、「自民、公民両党の与党協議はわずか11回、非公開だった。議論を尽くすことをせず、結論だけを急いだ。国会論議も衆参でわずか2日間しか設定しなかった。しかも閣議決定案が出る前である。横暴この上ないやり方でなされた閣議決定はとても歴史的審判に耐えられない」(沖縄タイムス20140702)と、その結論ありきの強行手法が指摘される経過をたどった。
 したがって、第3に、この閣議決定は、憲法の基本原理に関わる重大な変更、すなわち憲法第9条の実質的な改変を、国民の中で十分に議論することすらなく、解釈変更で強行的に行ったものであり、「憲法に拘束されるはずの政府が閣議決定を行うことは背理である」(日弁連会長声明20140701)ということに尽きる。
 今回の閣議決定までの過程でふと思い浮かべたのが、日本憲法第12条の次の「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」という記述である。まさに、「国民の不断の努力」を妨げてしまうのが、この閣議決定ではないのか。

(閣議決定全文を読む)

 閣議決定全文について、具体的に考える。
 以下、閣議決定全文を「全文」と読み替える。

 「国際社会もまた、わが国がその国力にふさわしい形で一層積極的な役割を果たすことを期待している」とされている。
 端的に言えば、この「国力」という言い方は、「軍事力」という言葉に置き換えて使用されている。本来、国際社会が期待するものは、それぞれの国家が、それぞれの憲法に基づくその国のあり方を追求する中で、その役割を主体的に果たしていくことのはずである。しかし、「全文」では、「軍事力」(「国力」)が備わればこの役割を果たすと結論づけられている。このことを立証するものは、この「全文」では全くない。これまでの国のあり方を変える以上、このことについてきちっと説明する必要がある。

 「国際協調主義に基づく『積極的平和主義』の下、国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に貢献するためには、切れ目のない対応を可能とする国内法制を整備しなければならない」とされている。
 この場面でも、またぞろ出された「積極的平和主義」という表現であるが、これについての具体的な定義はなされていない。また、その具体的なイメージも提起されていない。
 どうやら、ここでいう「積極的平和主義」とは、前段までの文章とのつながりから考えると、「軍事力を背景にした威嚇及び軍事力の実行による恫喝行為や侵略行為に基づく『平和的行為』」ということらしい。明らかに論理矛盾である。

 「無力攻撃に至らない侵害への対処」や「国際的な平和協力活動に伴う武力行使」について縷々述べられている。
 こうしたことへの対処の基本は、まずは外交的努力が前提とされなけねばならないはずである。このことへの記述はほんのわずかしか表現されていない。

 「米軍部隊に対して武力攻撃に至らない侵害が発生した場合を想定し、自衛隊法第95条による武器等防護のための『武器の使用』の考え方を参考にしつつ、自衛隊と連携してわが国の防衛に資する活動(共同訓練を含む)に現に従事している米軍部隊の武器等であれば、米国の要請または同意があることを前提に、当該武器等を防護するための自衛隊法第95条によるものと同様の極めて受動的かつ限定的な必要最小限の『武器の使用』を自衛隊が行うことができるよう、法整備をすることとする」と位置づけられている。
 このことによって、自衛隊の軍事的役割の拡大を、一方的に決定するもののなっている。結局、自衛隊の「国軍」化であり、活動領域の拡大と海外での「武力行使」の容認である。

 あわせて、「自衛隊は、各種の支援活動を着実に積み重ね、わが国に対する期待と信頼は高まっている。安全保障環境がさらに大きく変化する中で、国際協調主義に基づく『積極的平和主義』の立場から、国際社会の平和と安定のために、自衛隊が幅広い支援活動で十分に役割を果たすことができるようにすることが必要である」とされている。
 そもそも、わが国に対する期待と信頼は、日本国憲法下における外交的努力によるものであったはずである。ここでも、自分に都合のよい論理展開だけが行われている。

 「米国の要請または同意があることを前提に、・・・受動的かつ限定的な必要最小限の『武器の使用』を自衛隊が自衛隊が行うことができるよう、法整備をすることとする」とされている。
 これは、今回の閣議決定が「アメリカの戦争のための武力行使」ということの表明であることを示している。自衛隊の軍事的役割が拡大され、自衛隊の活動範囲は、「戦地」にまで広がることになる。

「国際的な平和協力活動に伴う武器使用」という表現
 ここでいきなり、「武力行使」は、集団的自衛権の範疇を飛び越えて、集団安全保障まで拡大される。やはり、到底許されるものではない。

「憲法第9条の下で許容される自衛の措置」という表現
 ここでいう「自衛」とは、明らかに「武力行使」を指す。この「武力行使」が許される根拠は、次のように組み立てられている。
①これまでの憲法解釈のままでは必ずしも十分な対応ができない恐れがある
② 憲法第9条が、わが国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を取ることを禁じているとはとうてい解されない。
③この自衛の措置は、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり、そのための必要最小限度の「武力の行使」は許容される。
④1972年10月14日に参院決算委員会に対し政府から提出された資料「集団的自衛権と憲法との関係」に明確に示されているところである
⑤この基本的な論理は、憲法第9条の下では今後とも維持されなければならない。
 こうして並べてみると、説明しているようで、全く説明になっていない。特に、④の説明は、「集団的自衛権は使えない」とした見解を解釈変更したものに過ぎない。これは、「倒錯の論理」そのものでしかない。こうした論理を使用しなければならないほど、①②③については、説明できなかったことを表している。これまた、論理矛盾である。

 最後に、公明党が関与したとされる「武力行使(自衛のための措置)の新三要件」について。
 従来の「自衛権発動の三要件」は、①我が国に対する急迫不正の侵害あること、すなわち武力攻撃が発生したこと、②この場合、これを排除するために他に適当な手段がないこと、③必要最小限実力行使にとどまるべきこと、であった。
 これに対して、新三要件は次のように規定されている。
 第一要件は、①我が国に対する武力攻撃が発生した場合、我が国と密接な関係にある国に対する武力攻撃が発生した場合、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合。
 第二要件はこれを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない場合。
 第三要件は、必要最小限度の実力を行使すること。
 具体的には、次のように記述されている。
「こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、わが国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った」
 この新三要件は、従来の「自衛権発動の三要件」とどのように違うのか。なかなか理解することは難しいので、NPJ通信・井上正信弁護士の文書から、これを説明として引用する。
 「新三要件は、第一要件で集団的自衛権が行使できること、『明白な危険』という新しい要件を付け加えたことで、これまでの三要件とは異質なものである。第二要件でも第一要件に対応して、『我が国の存立を全うし、国民を守るため』が加えられている」
 「海外派兵とは政府解釈によると、『武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣すること』(昭和55年10月28日政府答弁書)である。閣議決定文書では新三要件のうち、③要件がそれに該当する可能性があるが、『他国の領土、領海、領空には派遣しない』とはどこにも述べていない。政府見解(想定問答集)でも、その点は曖昧であり、機雷掃海では他国の領海内でも活動できるとしている。そうすると、海外派兵の上記定義を前提にする限り、海外派兵は許されないとの従来の原則は放棄されたものである」


by asyagi-df-2014 | 2014-07-04 22:05 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

残業代ゼロ問題-新しい労働時間制度を考える

 政府の成長戦略に盛り込まれた「新しい労働時間制度」(労働時間に関係なく成果に応じて賃金を支払う新制度の導入)について考える。
 日本労働弁護団の「政府の『新しい労働時間制度』に反対する声明」から、このことを考える。
 まずこの声明で最初に押さえられているのは、「政府の『新しい労働時間制度』(以下『新制度』)は、『労働時間と報酬のリンクを切り離し、』実際に働いた時間と関係なく成果に応じた賃金のみを支払うことを基本とすると説明しており、新制度の対象労働者には法定労働時間を超える労働(残業)と賃金との関係を切断し、現行の労働基準法が定める法定労働時間の規制の適用を全面的に排除する内容になっている。」ということである。
 つまり、第1の問題点は、「現行の労働基準法が定める法定労働時間の規制の適用を全面的に排除する内容になっている」ことであり、これまでの労働法制にかけられた規制緩和の究極の到達点になってしまうということになる。
 第2の問題点は、「政府が導入しようとする新制度は、時間外労働(残業)という概念自体を無くし、労働者が目標を達成し成果を出すためにいくら長時間労働をしようと、割増賃金を支払わなくてすむ(残業代はゼロ円)というものであり、これは労働基準法の労働時間規制を適用しない制度(いわゆるホワイトカラー・エグゼンプション)を導入することに他ならない」ということである。
このことから、政府の新制度は、「わが国で働く労働者の命と健康を脅かす極めて危険な内容であり、過労死を容認し助長する『過労死促進法』の制定を求めるに等しい」ものである。
また、この新制度にの説明するものについても、「適用対象労働者の範囲については、『職務が明確で高い能力を有する労働者』という要件はあまりに抽象的であり、およそ対象が限定されていない。これでは使用者の一方的解釈によってあらゆる種類の労働者が対象となるおそれが高く、まったく歯止めにならない」という指摘が当たる。
 さらに、「若者を過酷な労働で使い潰す『ブラック企業』の中には、新入社員を将来の管理職だといって残業代を支払わない企業や有期雇用社員を店長にして残業代を支払わない企業もある。政府の新制度は、ブラック企業をますます助長させる危険性のあるものともなっている」し、また、「年収1000万円以上という年収要件にしても、ひとたび新制度が立法化されて新しい適用除外制度が導入されれば、あとはなし崩し的に年収要件が引き下げられ、適用対象労働者が拡大していくのは必至である」という実態からくる問題点を抱えたままである。


by asyagi-df-2014 | 2014-07-03 05:40 | 書くことから-労働 | Comments(0)

沖縄から-2014年7月1日の辺野古から

辺野古に関して、大きな二つの動きがあった。
 「辺野古の制限水域と予備費を閣議決定」と「辺野古崎周辺に警戒船な14隻、新基地着工へ」とその動きを沖縄タイムスは報じた。
 以下、沖縄タイムス引用。


 【東京】政府は1日午前の閣議で、米軍普天間飛行場の沖縄県名護市辺野古への移設に向けて、辺野古沖の臨時制限区域(約561ヘクタール)を常時立ち入り禁止とすることと、同区域を日本政府が共同使用することを決定した。普天間移設関連経費として、予備費約142億円、複数年分の契約を含む非特定国庫債務負担行為として約545億円の支援も決定した。
 キャンプ瑞慶覧の西普天間地区について、返還前立ち入り調査のための共同使用も決定した。


 米軍普天間飛行場返還に伴う名護市辺野古への新基地建設で、沖縄防衛局が工事着手予定としている1日午前、埋め立て予定の辺野古崎周辺の海上では調査船や警戒船、海上保安庁のボートなど14隻ほどが確認された。

 午前10時現在、キャンプ・シュワブ内で目立った動きは確認できていない。建設に反対する住民らは工事着手に警戒を強めている。


辺野古移設工事始まる シュワブ既存施設を解体
 【東京】小野寺五典防衛相は1日午前の閣議後会見で、米軍普天間飛行場の沖縄県名護市辺野古への移設について沖縄防衛局が県に提出した工事着手届けを踏まえ、「本日8時30分ごろ、キャンプ・シュワブ内の仮設ヤードとして使用する区域において、既設の建物の解体に着手した」と現場での作業に着手したと述べた。

 小野寺氏は、移設作業について「普天間の危険性除去を一日も早く進めるために、今後も関係の手続き、工事について対応したい」と述べた。

 菅義偉官房長官も1日午前の記者会見で、工事着手したとした上で「政府としては埋め立て承認を受けている。法的に基づいて淡々と手続きをして、着手する」と述べた。


by asyagi-df-2014 | 2014-07-02 05:33 | 沖縄から | Comments(0)

集団的自衛権14-閣議決定全文

 閣議決定「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」について、沖縄タイムス、以下引用。

 わが国は、戦後一貫して日本国憲法の下で平和国家として歩んできた。専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず、非核三原則を守るとの基本方針を堅持しつつ、国民の営々とした努力により経済大国として栄え、安定して豊かな国民生活を築いてきた。また、わが国は、平和国家としての立場から、国際連合憲章を順守しながら、国際社会や国連をはじめとする国際機関と連携し、それらの活動に積極的に寄与している。こうしたわが国の平和国家としての歩みは、国際社会において高い評価と尊敬を勝ち得てきており、これをより確固たるものにしなければならない。

 一方、日本国憲法の施行から67年となる今日までの間に、わが国を取り巻く安全保障環境は根本的に変容するとともに、さらに変化し続け、わが国は複雑かつ重大な国家安全保障上の課題に直面している。国連憲章が理想として掲げたいわゆる正規の「国連軍」は実現のめどが立っていないことに加え、冷戦終結後の四半世紀だけをとっても、グローバルなパワーバランスの変化、技術革新の急速な進展、大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発および拡散、国際テロなどの脅威により、アジア太平洋地域において問題や緊張が生み出されるとともに、脅威が世界のどの地域において発生しても、わが国の安全保障に直接的な影響を及ぼし得る状況になっている。さらに、近年では、海洋、宇宙空間、サイバー空間に対する自由なアクセスおよびその活用を妨げるリスクが拡散し深刻化している。もはや、どの国も一国のみで平和を守ることはできず、国際社会もまた、わが国がその国力にふさわしい形で一層積極的な役割を果たすことを期待している。

 政府の最も重要な責務は、わが国の平和と安全を維持し、その存立を全うするとともに、国民の命を守ることである。わが国を取り巻く安全保障環境の変化に対応し、政府としての責務を果たすためには、まず、十分な体制をもって力強い外交を推進することにより、安定しかつ見通しがつきやすい国際環境を創出し、脅威の出現を未然に防ぐとともに、国際法にのっとって行動し、法の支配を重視することにより、紛争の平和的な解決を図らなければならない。

 さらに、わが国自身の防衛力を適切に整備、維持、運用し、同盟国である米国との相互協力を強化するとともに、域内外のパートナーとの信頼および協力関係を深めることが重要である。特に、わが国の安全およびアジア太平洋地域の平和と安定のために、日米安全保障体制の実効性を一層高め、日米同盟の抑止力を向上させることにより、武力紛争を未然に回避し、わが国に脅威が及ぶことを防止することが必要不可欠である。その上で、いかなる事態においても国民の命と平和な暮らしを断固として守り抜くとともに、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の下、国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に貢献するためには、切れ目のない対応を可能とする国内法制を整備しなければならない。

 5月15日に「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」から報告書が提出され、同日に安倍晋三首相が記者会見で表明した基本的方向性に基づき、これまで与党において協議を重ね、政府としても検討を進めてきた。今般、与党協議の結果に基づき、政府として、以下の基本方針に従って、国民の命と平和な暮らしを守り抜くために必要な国内法制を速やかに整備することとする。

 1 武力攻撃に至らない侵害への対処

 (1)わが国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増していることを考慮すれば、純然たる平時でも有事でもない事態が生じやすく、これによりさらに重大な事態に至りかねないリスクを有している。こうした武力攻撃に至らない侵害に際し、警察機関と自衛隊を含む関係機関が基本的な役割分担を前提として、より緊密に協力し、いかなる不法行為に対しても切れ目のない十分な対応を確保するための態勢を整備することが一層重要な課題となっている。

 (2)具体的には、こうしたさまざまな不法行為に対処するため、警察や海上保安庁などの関係機関が、それぞれの任務と権限に応じて緊密に協力して対応するとの基本方針の下、おのおのの対応能力を向上させ、情報共有を含む連携を強化し、具体的な対応要領の検討や整備を行い、命令発出手続きを迅速化するとともに、各種の演習や訓練を充実させるなど、各般の分野における必要な取り組みを一層強化することとする。

 (3)このうち、手続きの迅速化については、離島の周辺地域等において外部から武力攻撃に至らない侵害が発生し、近傍に警察力が存在しない場合や警察機関が直ちに対応できない場合(武装集団の所持する武器等のために対応できない場合を含む)の対応において、治安出動や海上における警備行動を発令するための関連規定の適用関係についてあらかじめ十分に検討し、関係機関において共通の認識を確立しておくとともに、手続きを経ている間に、不法行為による被害が拡大することがないよう、状況に応じた早期の下令や手続きの迅速化のための方策について具体的に検討することとする。

 (4)さらに、わが国の防衛に資する活動に現に従事する米軍部隊に対して攻撃が発生し、それが状況によっては武力攻撃にまで拡大していくような事態においても、自衛隊と米軍が緊密に連携して切れ目のない対応をすることが、わが国の安全の確保にとっても重要である。自衛隊と米軍部隊が連携して行う平素からの各種活動に際して、米軍部隊に対して武力攻撃に至らない侵害が発生した場合を想定し、自衛隊法第95条による武器等防護のための「武器の使用」の考え方を参考にしつつ、自衛隊と連携してわが国の防衛に資する活動(共同訓練を含む)に現に従事している米軍部隊の武器等であれば、米国の要請または同意があることを前提に、当該武器等を防護するための自衛隊法第95条によるものと同様の極めて受動的かつ限定的な必要最小限の「武器の使用」を自衛隊が行うことができるよう、法整備をすることとする。

 2 国際社会の平和と安定への一層の貢献

 (1)いわゆる後方支援と「武力の行使との一体化」

 ア いわゆる後方支援と言われる支援活動それ自体は、「武力の行使」に当たらない活動である。例えば、国際の平和および安全が脅かされ、国際社会が国連安全保障理事会決議に基づいて一致団結して対応するようなときに、わが国が当該決議に基づき正当な「武力の行使」を行う他国軍隊に対してこうした支援活動を行うことが必要な場合がある。一方、憲法第9条との関係で、わが国による支援活動については、他国の「武力の行使と一体化」することにより、わが国自身が憲法の下で認められない「武力の行使」を行ったとの法的評価を受けることがないよう、これまでの法律においては、活動の地域を「後方地域」や、いわゆる「非戦闘地域」に限定するなどの法律上の枠組みを設定し、「武力の行使との一体化」の問題が生じないようにしてきた。

 イ こうした法律上の枠組みの下でも、自衛隊は、各種の支援活動を着実に積み重ね、わが国に対する期待と信頼は高まっている。安全保障環境がさらに大きく変化する中で、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の立場から、国際社会の平和と安定のために、自衛隊が幅広い支援活動で十分に役割を果たすことができるようにすることが必要である。また、このような活動をこれまで以上に支障なくできるようにすることは、わが国の平和および安全の確保の観点からも極めて重要である。

 ウ 政府としては、いわゆる「武力の行使との一体化」論それ自体は前提とした上で、その議論の積み重ねを踏まえつつ、これまでの自衛隊の活動の実経験、国連の集団安全保障措置の実態等を勘案して、従来の「後方地域」あるいはいわゆる「非戦闘地域」といった自衛隊が活動する範囲をおよそ一体化の問題が生じない地域に一律に区切る枠組みではなく、他国が「現に戦闘行為を行っている現場」ではない場所で実施する補給、輸送などのわが国の支援活動については、当該他国の「武力の行使と一体化」するものではないという認識を基本とした以下の考え方に立って、わが国の安全の確保や国際社会の平和と安定のために活動する他国軍隊に対して、必要な支援活動を実施できるようにするための法整備を進めることとする。

 (ア)わが国の支援対象となる他国軍隊が「現に戦闘行為を行っている現場」では、支援活動は実施しない。

 (イ)仮に、状況変化により、わが国が支援活動を実施している場所が「現に戦闘行為を行っている現場」となる場合には、直ちにそこで実施している支援活動を休止または中断する。

 (2)国際的な平和協力活動に伴う武器使用

 ア わが国は、これまで必要な法整備を行い、過去20年以上にわたり、国際的な平和協力活動を実施してきた。その中で、いわゆる「駆け付け警護」に伴う武器使用や「任務遂行のための武器使用」については、これを「国家または国家に準ずる組織」に対して行った場合には、憲法第9条が禁ずる「武力の行使」に該当する恐れがあることから、国際的な平和協力活動に従事する自衛官の武器使用権限はいわゆる自己保存型と武器等防護に限定してきた。

 イ わが国としては、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の立場から、国際社会の平和と安定のために一層取り組んでいく必要があり、そのために、国連平和維持活動(PKO)などの国際的な平和協力活動に十分かつ積極的に参加できることが重要である。また、自国領域内に所在する外国人の保護は、国際法上、当該領域国の義務であるが、多くの日本人が海外で活躍し、テロなどの緊急事態に巻き込まれる可能性がある中で、当該領域国の受け入れ同意がある場合には、武器使用を伴う在外邦人の救出についても対応できるようにする必要がある。
 ウ 以上を踏まえ、わが国として、「国家または国家に準ずる組織」が敵対するものとして登場しないことを確保した上で、PKOなどの「武力の行使」を伴わない国際的な平和協力活動におけるいわゆる「駆け付け警護」に伴う武器使用および「任務遂行のための武器使用」のほか、領域国の同意に基づく邦人救出などの「武力の行使」を伴わない警察的な活動ができるよう、以下の考え方を基本として、法整備を進めることとする。

 (ア)PKO等については、PKO参加5原則の枠組みの下で、「当該活動が行われる地域の属する国の同意」および「紛争当事者の当該活動が行われることについての同意」が必要とされており、受け入れ同意をしている紛争当事者以外の「国家に準ずる組織」が敵対するものとして登場することは基本的にないと考えられる。このことは、過去20年以上にわたるわが国のPKO等の経験からも裏付けられる。近年のPKOにおいて重要な任務と位置付けられている住民保護などの治安の維持を任務とする場合を含め、任務の遂行に際して、自己保存および武器等防護を超える武器使用が見込まれる場合には、特に、その活動の性格上、紛争当事者の受け入れ同意が安定的に維持されていることが必要である。

 (イ)自衛隊の部隊が、領域国政府の同意に基づき、当該領域国における邦人救出などの「武力の行使」を伴わない警察的な活動を行う場合には、領域国政府の同意が及ぶ範囲、すなわち、その領域において権力が維持されている範囲で活動することは当然であり、これは、その範囲においては「国家に準ずる組織」は存在していないということを意味する。

 (ウ)受け入れ同意が安定的に維持されているかや領域国政府の同意が及ぶ範囲等については、国家安全保障会議(NSC)における審議等に基づき、内閣として判断する。

 (エ)なお、これらの活動における武器使用については、警察比例の原則に類似した厳格な比例原則が働くという内在的制約がある。

 3 憲法第9条の下で許容される自衛の措置

 (1)わが国を取り巻く安全保障環境の変化に対応し、いかなる事態においても国民の命と平和な暮らしを守り抜くためには、これまでの憲法解釈のままでは必ずしも十分な対応ができない恐れがあることから、いかなる解釈が適切か検討してきた。その際、政府の憲法解釈には論理的整合性と法的安定性が求められる。したがって、従来の政府見解における憲法第9条の解釈の基本的な論理の枠内で、国民の命と平和な暮らしを守り抜くための論理的な帰結を導く必要がある。

 (2)憲法第9条はその文言からすると、国際関係における「武力の行使」を一切禁じているように見えるが、憲法前文で確認している「国民の平和的生存権」や憲法第13条が「生命、自由および幸福追求に対する国民の権利」は国政の上で最大の尊重を必要とする旨定めている趣旨を踏まえて考えると、憲法第9条が、わが国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を取ることを禁じているとはとうてい解されない。一方、この自衛の措置は、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり、そのための必要最小限度の「武力の行使」は許容される。これが、憲法第9条の下で例外的に許容される「武力の行使」について、従来から政府が一貫して表明してきた見解の根幹、いわば基本的な論理であり、1972年10月14日に参院決算委員会に対し政府から提出された資料「集団的自衛権と憲法との関係」に明確に示されているところである。

 この基本的な論理は、憲法第9条の下では今後とも維持されなければならない。

 (3)これまで政府は、この基本的な論理の下、「武力の行使」が許容されるのは、わが国に対する武力攻撃が発生した場合に限られると考えてきた。しかし、冒頭で述べたように、パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等によりわが国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしても、その目的、規模、態様等によっては、わが国の存立を脅かすことも現実に起こり得る。

 わが国としては、紛争が生じた場合にはこれを平和的に解決するために最大限の外交努力を尽くすとともに、これまでの憲法解釈に基づいて整備されてきた既存の国内法令による対応や当該憲法解釈の枠内で可能な法整備などあらゆる必要な対応を取ることは当然であるが、それでもなおわが国の存立を全うし、国民を守るために万全を期す必要がある。

 こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、わが国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った。

 (4)わが国による「武力の行使」が国際法を順守して行われることは当然であるが、国際法上の根拠と憲法解釈は区別して理解する必要がある。憲法上許容される上記の「武力の行使」は、国際法上は、集団的自衛権が根拠となる場合がある。この「武力の行使」には、他国に対する武力攻撃が発生した場合を契機とするものが含まれるが、憲法上は、あくまでもわが国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち、わが国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として初めて許容されるものである。

 (5)また、憲法上「武力の行使」が許容されるとしても、それが国民の命と平和な暮らしを守るためのものである以上、民主的統制の確保が求められることは当然である。政府としては、わが国ではなく他国に対して武力攻撃が発生した場合に、憲法上許容される「武力の行使」を行うために自衛隊に出動を命ずるに際しては、現行法令に規定する防衛出動に関する手続きと同様、原則として事前に国会の承認を求めることを法案に明記することとする。

 4 今後の国内法整備の進め方

 これらの活動を自衛隊が実施するに当たっては、NSCにおける審議等に基づき、内閣として決定を行うこととする。こうした手続きを含めて、実際に自衛隊が活動を実施できるようにするためには、根拠となる国内法が必要となる。政府として、以上述べた基本方針の下、国民の命と平和な暮らしを守り抜くために、あらゆる事態に切れ目のない対応を可能とする法案の作成作業を開始することとし、十分な検討を行い、準備ができ次第、国会に提出し、国会におけるご審議をいただくこととする。

(集団的自衛権とは、自国が攻撃されていなくても、アメリカなど密接な関係にある国に対する武力攻撃を、自国への攻撃とみなして実力で阻止できる権利のこと。国連憲章で認められている。これまで日本は、「国を防衛するための必要最小限度の範囲を超える」として、その行使は憲法上許されないとしてきた。安倍晋三政権は憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認を検討しているが、「日本が戦争できる国になる」と懸念する声も根強い。)


by asyagi-df-2014 | 2014-07-01 20:40 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

集団的自衛権-安部晋三内閣での閣議決定を受けて

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 閣議決定された。
 閣議決定を受けて、5時半から街で、抗議のアピールをした。
 6時前に地方紙の特報(号外)がデパートの玄関柱に貼られた。
 これを迎える熱狂は全く起きなかった。
 しかし、反対の意思も少しも動かなかった。道路の向こう側では、反対の取り組みが行われていたにもかかわらず。

 反論理性の輩達に、やはり論理を持って抵抗していくために。
 私自身は、このアピールの基に。

①「一度解釈変更を認めさせてしまえば、今後はどうにでもできる権限を無制限に手に入れた。」と考えていますから、決して、あきらめずに許さない。
②次の順番として、日本国憲法を粉々にしてやろうと考えています。だから、日本国憲法は、壊させない。
③「他国に軍事力を行使しない国」の理念を、そう簡単には明け渡さない。
④ 結局、「憲法と国民をあまりに軽んじている」ことがはっきりしたのだから、憲法も国民も大事にする政治を取り戻す。

 実は、2009年のメハンニやピョンテク等への韓国平和ツアーでの一つの出来事への想いが強く残っています。
 ある夜、韓国側の人たちと日本から来た者との間で、交流会を持ちました。
その中で、声を荒げることになったのが、「日本は軍事大国である」ということについてでした。私以外の誰もが、そうであるということだったのですが、私一人が「そうとも言えない面もある」と言ったことから始まりました。韓国側から見れば当然とも言えるのですが、当時の私としては、「でも、日本国憲法はそれを許していない」という思いが強かったものですから、強く主張したものでした。初めから論理的には矛盾していたにもかかわらず、軍事大国化の現実を見ることよりも、日本国憲法がまだあるじゃないかと、日本国憲法はある間は何とか守れると、酔いの勢いも借りて主張したような気がします。

 今回、改めて自分の不明さを実感しています。


by asyagi-df-2014 | 2014-07-01 20:03 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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