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大阪再審無罪。

 標題について、朝日新聞は2016年8月11日、「大阪市東住吉区で1995年に青木めぐみさん(当時11)が焼死した住宅火災の再審で、大阪地裁(西野吾一〈ごいち〉裁判長)は10日、殺人や現住建造物等放火などの罪で無期懲役が確定した母親の青木恵子さん(52)と同居人の朴龍晧(たつひろ)さん(50)に無罪判決を言い渡した。有罪の柱だった朴さんの自白について『取調官による暴行や虚偽をもとにした追及があった』と指摘。青木さんの自白と共に、調書類の証拠能力を否定した。戦後に発生し、死刑か無期懲役が確定した事件のうち、再審無罪は9件目で計11人に上った。大阪地検は上訴権を放棄し、2人の無罪は即日確定した。青木さんは捜査・公判の違法性を明らかにするため、国家賠償請求訴訟を起こす。」、と報じた。
 また、朝日新聞は判決内容や青木さん、朴さんのコメントを次のように伝えた。


(1)「2人は保険金目的で車庫にガソリンをまいて放火し、入浴中のめぐみさんを焼死させたとして逮捕・起訴された。」
(2)「判決は、弁護団が再審請求中にした再現実験では、ガソリンをまききる前に気化して風呂釜の種火につき、数秒で大規模火災が起きたことを踏まえ、『自白通りの放火は困難』と認めた。一方で満タン給油していた軽ワゴン車のガソリンが漏れた可能性があると指摘。火災は自然発火の可能性があるとした。」
(3)「判決後、青木さんは会見し、『完全な真っ白な無罪判決で本当によかった』と笑顔を見せ、『訴えてきたことがやっと認めてもらえた』と話した。大阪地検が上訴権を放棄し、即日判決が確定したことについては『明日から普通の母親として生きていける』とのコメントを出した。」
(4)「朴さんは判決後の会見で検察に対し『裁判で(捜査書類など)大切な証拠を隠してきた。しっかり判決を受け止めてほしい』と求めた。上訴権を即日放棄したことについて、会見後『検察の理念に立ち返った結果。再審無罪判決を真摯(しんし)に受け止められたものとして意義深い』とのコメントを出した。」


 さらに、「大阪地検の田辺泰弘・次席検事は10日夕、『お二方が長年にわたって服役して無罪に至ったことは遺憾』と述べた。しかし、『謝罪する予定はない』と話し、『無罪を積極的に裏付ける証拠が提出されたわけではない』と理由を説明した。」、と報じた。


 このこことに関連して、朝日新聞は2016年8月11日、「大阪再審無罪 誤判の究明がなお必要」、とその社説で、次のように批判した。


(1)「自白偏重の捜査は許されないことを、警察と検察はあらためて肝に銘じるべきだ。」
(2)「注目すべきなのは、有罪の根拠とされた2人の自白を証拠から排除したことだ。『最初から犯人扱いし、相当な精神的圧迫を加えた』『取調官による誘導の疑いがある』。地裁は取り調べについてそう指摘した。自白に偏った予断捜査を厳しく戒めたといえよう。」
(3)「判決は誤判の原因には言及しなかった。2人は保険金目的で自宅に放火したとされた。しかし裁判のやり直しの過程で、車のガソリン漏れによる自然発火の可能性が高いことが、弁護側の再現実験で明らかになっていた。当初の捜査で自然発火の可能性を詰めなかったのはなぜか。自白通りならやけどをしているはずなのに、それがないのを裁判所はなぜ見逃したのか。再審開始決定時から指摘されてきたこうした疑問に、判決はこたえていない。裁判所もこの誤判にかかわった当事者であることを忘れてはならない。」
(4)「大切なのはなぜ捜査当局や司法が誤ったかを明らかにし、共有することだ。ふつうの市民が裁判員になる時代だからこそ、どこに落とし穴があるのか、みんなが知る意義は大きい。」
(5)「自白偏重を改めるため、今春、取り調べの録音・録画(可視化)を義務付ける法改正がなされた。だが、対象は限定されている。このままで十分か、さらに検討が必要だ。」


 よく理解できないのは、「裁判所の『お二方が長年にわたって服役して無罪に至ったことは遺憾』と述べた。しかし、『謝罪する予定はない』と話し、『無罪を積極的に裏付ける証拠が提出されたわけではない』と理由を説明した。」という裁判所の見解である。
 だとしたら、誤判の究明は、裁判所にとって最大の課題である。、


 以下、朝日新聞の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-08-15 09:16 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

集団的自衛権-自衛隊派遣のリスク

 新外交イニシアティブは、そのブログで、2016年5月20日に開催した今井高樹氏(日本国際ボランティアセンター(JVC)スーダン駐在スタッフ現地代表)の講演の様子を報告した。
この講演内容(「自衛隊派遣のリスクを考える―南スーダン現地からの報告―」)は、非常に重要であるので、要約の要約ということになるが、掲載する。


(1)南スーダン
1956年にイギリスの植民地から独立したスーダンでは、北部「アラブ」系の支配層と南部の非アラブ系民族の間で、第一次(1955~1972年)・第二次(1983~2005年)あわせて半世紀に及ぶ内戦が続いた。2005年に南北包括和平協定が結ばれ、2011年の住民投票によって南スーダンが分離独立したが、2013年7月、サルバ・キール大統領がリエック・マチャール副大統領を含む全閣僚を解任。同年12月15日、ジュバの政府軍内部での衝突を契機に、各地で激しい戦闘が繰り広げられた。その後、ディンカ族を中心とする政府軍SPLA(大統領派)と、ヌエル族を中心とする反政府軍SPLA-IO(前副大統領派)による対立が続いた。

(2)南スーダンの状況
①現在は大規模な衝突が起きているわけではないものの、昼夜ともに銃を用いた襲撃、強盗や強姦が行われ、日本人は長期滞在できない状態になっており、滞在も首都ジュバに限られている。私は2007年から3年間、JVCの駐在員として独立前の南スーダン(当時はスーダンの一部)で暮らしていたが、2013年12月以降治安や経済状況は著しく悪化。通貨価値は6分の1に低下し、外貨がないため輸入もできず、ガソリンや食料品は闇マーケットでの高価な取引に限られている。今年の国連の報告によると国内(170万人)・国外(70万人)あわせておよそ240万人が避難民となっており、農業を営めないことによる食糧不足も深刻化し、同報告では約280万人が飢餓状態に陥っているという。
②2015年8月、両勢力の間で和平合意が結ばれるが、現政府(大統領側)が2015年10月に独自に決定したディンカ族に有利な線引きによる州数(10州から28州へ)の変更(「28州問題」)等により協議は難航。今年4月29日、統一政府が樹立されマチャール氏が副大統領に再任し、閣僚(総数30)の配分もSPLM(大統領派)53%(16)、SPLM-IO(反政府派)33%(10)、SPLM-FD(中立派) 7%(2)、その他諸政党2%(2)と合意に沿ったものとなった一方、政府軍・反政府軍の統合の問題や「28州問題」が今後新たな紛争の火種になりかねないとみている。

(3)国連PKOの状況
①国連PKOに関しては、南北スーダンの和平プロセスを支援するUNMIS(United Nations Mission in Sudan)が2011年の南スーダン独立に伴い任務を終了し、国家建設の支援にあたるUNMISS (United Nations Mission in South Sudan) が設立された。このUNMISSは2013年12月以降、市民保護に重点が置かれ、主に国内避難民約18万人を各地で保護する国連のキャンプ(PoC(Protection of Civilians))の警護や人道支援関係者の保護を行っていたが、2015年8月の和平合意後、「国連安保理決議2252(2015年12月15日)」により、「人権に関する監視・調査」、「人道支援のための条件整備・後方支援(治安情報提供・武装警護等)」、「和平合意の履行支援(統一政府樹立に向けた行政支援・停戦監視メカニズムの支援・治安部隊の統合への支援など)」などの任務が加えられた。
②PKO側に対しても、国連ヘリの撃墜、国連車両やPKO駐屯地、避難民収容施設への襲撃などが起きており、2013年12月以降41名の犠牲者が出ている。ただし襲撃者は政府軍・反政府軍の他に民兵や暴徒もいるため、「武装グループ」が誰なのか明らかでない場合も多く、不用意に反撃をすると住民を巻き込む危険性やPKO部隊への反感を呼び起こす恐れがある。PKOは部隊が「紛争」の当事者とならないよう戦闘に巻き込まれることを避けており、今年2月に国連難民キャンプが襲撃された際も、威嚇射撃、催涙弾での対応に留めたという。現在PKO部隊は、いわゆる「駆け付け警護」に相当するような救出作戦も展開しておらず、基本的には交渉による解決を図っている。そのため、現地情勢の把握や当事者との信頼醸成が重要な能力となる。

(4)自衛隊の任務としての「駆け付け警護」や「安全確保業務」、「宿営地の(他国軍との)共同防衛」について
①このような現地の状況があるため、この度のPKO法の改定で自衛隊の任務に加わった「駆け付け警護」や「安全確保業務」、「宿営地の(他国軍との)共同防衛」に対し、外国のNGOは「奇妙な発想」とみており、日本の大半のNGOも「迷惑」「困る」という認識である。もし自衛隊が襲撃に対して軍事的な介入を行っていけば、政治的・軍事的に中立な技術立国としての信頼が損なわれるばかりでなく、「武装グループ」や住民の反感が高まることで攻撃の対象になる危険性や、「日本」への敵対感情を生み出すことにもつながりかねない。
②自衛隊は、武力介入を行わないという中立な立場によって築かれた信頼関係を活かし、武力衝突が繰り返されないよう、政府・警察官に対する人権についての研修、行政機構や法律の整備の指導、教育支援や復興支援等、いた非軍事面での重要な役割を果たせると考える。


 以下、新外交イニシアティブの引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-06-11 04:56 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

日本弁護士連合会の「安保法制に反対し、立憲主義・民主主義を回復するための宣言」を考える。

 日本弁護士連合会(以下、日弁連とする)は、2016年5月27日に定期総会を開催し、総会決議として、「安保法制に反対し、立憲主義・民主主義を回復するための宣言」(以下、「宣言」とする)を採択した。

 これまでも、日弁連の会長声明や人権宣言及び大会決議等は、考え方を整理するために参考にさせてもらってきた。
 再度、安保法制を捉え直し、立憲主義・民主主義の危機を乗り越えるために、この「宣言」を考える。
 その要約は、次の通りである。


(1)確認する安保法制とは。

 「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律」(平和安全法制整備法)及び「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律」(国際平和支援法)(以下併せて「安保法制」という。)。

(2)この施行された安保法制の内容について。

 安保法制は、「存立危機事態」なる要件の下に、歴代内閣が憲法上許されないとしてきた集団的自衛権の行使を容認した。また、「重要影響事態」や「国際平和共同対処事態」において外国軍隊の武力行使と一体化したといえる範囲にまで後方支援を拡大し、国連平和維持活動(PKO)等に従事する自衛隊に対しては、「駆け付け警護」等の新たな任務と任務遂行のための武器使用権限を付与することを認めた。さらには艦船・航空機を含む米軍等外国軍隊の武器等を防護するための武器使用を自衛官に認めたものである。

(3)この安保法制の問題点。

①安保法制が容認した集団的自衛権の行使や後方支援の拡大等は、海外での武力の行使を容認し、又は、武力の行使に至る危険性が高いものであり、日本国憲法前文及び第9条に定める恒久平和主義に反する。                          
②憲法改正手続を経ずに、閣議決定及び法律の制定によって実質的に憲法を改変しようとするものであり、立憲主義に反するものである。
③国会(第189回国会)の審議において、政府は集団的自衛権の行使を容認する根拠として、1972年10月14日に参議院決算委員会に提出された政府見解や1959年12月16日に最高裁判所が出したいわゆる砂川事件最高裁判決を挙げていたが、これらは根拠になり得ないものであり、外国領域における集団的自衛権行使の唯一想定される適用場面として説明されたホルムズ海峡の機雷封鎖も、参議院審議の最終局面では立法事実となり得ないことが明らかになった。このように、集団的自衛権の行使を容認する政府の説明は説得力に乏しく、報道機関の世論調査においても同国会での成立に反対するとの意見が多数を占めていた。
④2015年7月16日の衆議院本会議に続き、同年9月17日の参議院「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」においても、採決が強行された。憲法違反の安保法制が、言論の府であるべき国会において、十分な説明が尽くされないまま採決が強行されたことは、立憲主義・民主主義国家としての我が国の歴史に大きな汚点を残したものであった。

(4)安保法制が、2016年3月29日に施行されたことの意味。

 安保法制が本年3月29日に施行されたことにより、我が国は、集団的自衛権に基づく武力の行使や、後方支援として米軍等へ弾薬を提供したり、PKOや米軍等の武器等防護として自己保存を超える武器を使用したりすることで、海外における武力の行使に踏み出しかねない段階に至った。立憲主義及び民主主義の危機はより一層深刻であり、平和国家としての我が国の在り方が変わろうとしている。

(5)現在の状況を座視しないための日弁連の主張。

①安保法制の立法化の過程では、若者、母親、学者その他の市民各界・各層が、自発的かつ主体的に言論、集会等の行動を通じて政治に参加する民主主義の大きな発露があった。そのような政治参加の声を国政に反映させることは、立憲主義及び民主主義の回復を支えるものである。また、安保法制が施行された今、人権を擁護し、立憲主義及び民主主義を回復するために、弁護士会を含む法曹の役割、そして司法が果たすべき責任もまた重大である。
②当連合会は、2015年5月29日の定期総会において、戦前、弁護士会が戦争の開始と拡大に対し反対を徹底して貫くことができなかったことを省み、安保法制に反対し、立憲主義を守る活動に全力を挙げて取り組むことを宣言した。当連合会は、これまでの取組の成果を踏まえ、改めて憲法の立憲主義及び恒久平和主義の意義を確認するとともに、今後とも安保法制の適用・運用に反対しその廃止・改正を求めることを通じて立憲主義及び民主主義を回復するために、市民と共に取り組むことを決意する。


(6)今、再確認しなければならないこと。

①立憲主義及び恒久平和主義の意義の確認。
・立憲主義とは、憲法によって個人の自由・権利を確保するために国家権力を制限することを目的とする近代憲法の基本理念である。日本国憲法は、基本的人権の永久・不可侵性を確認するとともに(第97条)、憲法の最高法規性を認め(第98条第1項)、国務大臣、国会議員等の公務員の憲法尊重擁護義務を規定し(第99条)、立憲主義を基本理念としている。
・日本国憲法は、全世界の国民が平和的生存権を有することを確認するとともに(前文)、戦争と武力による威嚇又は武力の行使を禁止することに加え(第9条第1項)、戦力の不保持、交戦権の否認を定めることで(同条第2項)、徹底した恒久平和主義を基本原理とした。
・日本国憲法は、その前文において「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」としており、立憲主義に基づく平和主義を宣言している。
②保法制が日本国憲法の恒久平和主義及び立憲主義に反していることの確認。
・第一に、我が国に対する武力攻撃が発生していない場合においても、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされる等の要件を満たす場合(存立危機事態)に、自衛隊が地理的限定なく国外に出動して米軍等外国の軍隊と共に武力を行使することを可能としている。これは、集団的自衛権に基づく武力の行使を容認するものである。
・第二に、我が国の平和と安全に重要な影響を与える「重要影響事態」や、国際社会の平和と安全を脅かす「国際平和共同対処事態」において、現に戦闘行為が行われている現場でなければ、地理的限定なく世界中で、武力を行使する米軍等外国の軍隊に、自衛隊が弾薬の提供等までを含む支援活動(後方支援)を行うことを可能としている。これでは、自衛隊の活動は従前禁止されてきた外国軍隊の武力行使との一体化は避けられず、海外での武力の行使に至る危険性の高いものである。
・第三に、これまでの国連平和維持活動(PKO)のほかに、国連が統括しない有志連合等の「国際連携平和安全活動」にまで活動範囲を拡大している。そしてその両方において、従来禁止されてきた安全確保業務、「駆け付け警護」、共同宿営地防護を新たな任務とし、それらに伴う任務遂行のための武器使用等を認めている。しかし、任務遂行のための武器使用は、相手からの妨害を排除するためのものであるから、自衛隊員を殺傷の現場にさらし、さらには戦闘行為から武力の行使に発展する道を開くものである。これは、海外での武力の行使に至る危険性の高いものである。
・第四に、武力攻撃に至らない侵害への対処として、新たに艦船・航空機等を含む外国軍隊の武器等の防護を自衛官の権限として認めている(自衛隊法第95条の2)。これは、現場の判断により戦闘行為に発展しかねない危険性を飛躍的に高め、実質的に集団的自衛権の行使と変わらない事態すら危惧される。
・ このように安保法制は、集団的自衛権の行使や海外での武力の行使を容認することになる。これは、戦争の違法化(戦争放棄に関する条約(パリ不戦条約、1928年)・国際連合憲章第2条第3項及び第4項)を推し進めて、戦争の放棄のみならず、戦力の不保持と交戦権の否認を規定した日本国憲法第9条第2項の意義を否定するものである。そして、同時に、これら武力の行使は、自衛隊員はもとより、自国・他国の国民を殺傷する現実をもたらし、諸国民の平和的生存権を保障する日本国憲法前文にも違反するものである。さらに、安保法制は、後記のとおり、閣議決定に基づき、法律の制定・改正によって、日本国憲法第9条等の恒久平和主義の実質的内容を改変しようとするものであり、それは、国民の自由・権利そして平和を、権力に縛りをかける憲法によって守ろうとする立憲主義を踏みにじるものである。
③立憲主義及び民主主義の危機の状況の確認。
・安保法制の提出に至る経緯
・安保法制をめぐる国会審議
・衆議院本会議での採決の強行
・市民の自発的かつ主体的な政治参加の広がり
・参議院特別委員会での採決の強行と参議院本会議での可決
・立憲主義及び民主主義の危機
 
(7)安保法制施行による立憲主義の危機の深化の確認。(どういうことが実際に起きるのかについての確認)

①安保法制の施行
・政府は、2016年3月22日、安保法制の施行について閣議決定をし、同法は同月29日施行された。
 これにより、我が国は、集団的自衛権に基づく武力行使や、戦闘行為の現場近くで弾薬の提供等までを含む後方支援、PKOや米軍等の武器等防護として自己保存を超える武器の使用を行うなど、海外における武力の行使に踏み出しかねない段階に至った。
・既に防衛省は、民間会社との間で、自衛隊員や武器の運搬に使う民間フェリー確保のための事業契約を締結したことや、民間船舶の船員を予備自衛官として確保することなどが報じられている。
・このように準備が進められる中で、安保法制が施行されることにより、立憲主義の危機はより一層深刻であり、平和国家としての我が国の在り方が根本から変わろうとしている。
②海外でのPKOへの新たな任務と権限の付与
・当面危惧される一例が、南スーダンにPKOとして派遣されている自衛隊への新たな任務と権限の付与であるといわれている。PKOは、伝統的には、紛争当事者の停戦合意、中立性の維持、自己防衛以外の武力不行使の原則の下での停戦監視が主たる任務とされ、軽武装でその任務に当たってきた。しかし、南スーダンを含め冷戦崩壊後のPKOにおいては、その主たる任務が住民保護とされ、そのための武力行使権限も付与されている。そのため、任務遂行の過程で住民に紛れた武装勢力からPKO部隊が攻撃を受け、それに反撃することで武力紛争状態になりPKO部隊自身が国際法上の紛争当事者(交戦主体)になる事態が生じている。
・南スーダンにおいて武力紛争が継続していることが指摘されている中で(2016年2月4日衆議院予算委員会での質疑)、日本国憲法第9条第2項で交戦権を放棄している日本の自衛隊が、安全確保業務、「駆け付け警護」、宿営地共同防護等の新たな任務と、その任務遂行のための武器使用等の権限が付与されて派遣されることになれば、自衛隊員が自ら殺傷し、殺傷されるという非常に危険な状態に至るおそれがより一層現実化する。

(8)立憲主義・民主主義の回復に向けた展望の確認。

①立憲主義回復における司法の果たすべき役割

・近代立憲主義憲法は、個人の権利・自由を確保するために国家権力を制限することを目的とするが、この立憲主義思想は、法の支配の原理と密接に関連する。
 法の支配の原理は、専断的な国家権力の支配(人の支配)を排斥し、権力を法で拘束することによって、国民の権利・自由を擁護することを目的とする原理であるが、そこでは憲法の最高法規性の観念、権力によって侵されない個人の人権、法の内容・手続の公正を要求する適正手続に加えて、権力の恣意的行使をコントロールする裁判所の役割が重要である。
・憲法違反の安保法制が施行されるに至ったことから、今後、安保法制の適用・運用から個人の基本的人権を擁護し、立憲主義を回復するために、法曹の役割、そして司法の果たすべき責任は重要である。立憲主義が侵されようとしている中で、司法には、裁判手続を通じて立憲主義を回復することが期待されている。

②市民の自発的かつ主体的な政治参加の広まり
・安保法制に関する国会審議の在り方や採決強行を受けて、若者、母親、学者その他の市民各層に立憲主義及び民主主義が侵されようとしていることへの危機感が強まり、そのことが市民の自発的かつ主体的な政治参加の広がりを生み出してきた。
・市民が集会・デモなどに参加するなど、自発的かつ主体的に言論、集会等の行動を通じて政治に参加し国政に民意を反映させることは、民主主義の大きな発露でありその健全性を示すものである。それは、立憲主義及び民主主義の回復を支えるものである。
③当連合会、弁護士会及び弁護士会連合会の取組
・戦前、弁護士会は、言論・表現の自由が失われていく中、戦争の開始と拡大に対し反対を徹底して貫くことができなかった。今、弁護士及び弁護士会が「基本的人権を擁護し、社会正義を実現する」という立場から意見を述べ行動しなければ、弁護士及び弁護士会は、先の大戦への真摯な反省と、そこから得た痛切な教訓を生かせないことになる。
・当連合会、全国の弁護士会及び弁護士会連合会は、このような立場から、安保法制に関する憲法上の問題点を解明しそれを広く訴え続けてきた。
・立憲主義及び民主主義の危機がより一層深刻になる中で、立憲主義及び民主主義を回復するために、弁護士会がその責任を果たすことが更に求められている。
④立憲主義・民主主義の回復のために
 2015年10月21日、衆議院において総議員の4分の1以上の議員が臨時国会の召集を求めたのに対し、政府は召集を見送った。憲法第53条は、いずれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、「内閣は、その召集を決定しなければならない」と定めているが、その決定を行わなかった。
 憲法違反の安保法制の可決・施行に続き、臨時国会の召集に応じないことや政府関係者が国家緊急権の創設や日本国憲法第9条の改変等に言及する状況の下、当連合会は、これまでの取組の成果を踏まえ、改めて憲法の立憲主義及び恒久平和主義の意義を確認するとともに、今後とも憲法に違反する安保法制の適用・運用に反対し、その廃止・改正を求めることを通じて、立憲主義及び民主主義を回復するために、市民と共に取り組むことを決意する。



 私たちが、再確認することは、「安保法制が本年3月29日に施行されたことにより、我が国は、集団的自衛権に基づく武力の行使や、後方支援として米軍等へ弾薬を提供したり、PKOや米軍等の武器等防護として自己保存を超える武器を使用したりすることで、海外における武力の行使に踏み出しかねない段階に至った。立憲主義及び民主主義の危機はより一層深刻であり、平和国家としての我が国の在り方が変わろうとしている。」、ということである。
 こうした状況をどのように克服していくかが問われるわけである。
日弁連は、そのための決意を、「改めて憲法の立憲主義及び恒久平和主義の意義を確認するとともに、今後とも憲法に違反する安保法制の適用・運用に反対し、その廃止・改正を求めることを通じて、立憲主義及び民主主義を回復するために、市民と共に取り組むことを決意する。」、とした。
 私たち市民もまた、ひとり一人が、明確な意思を持って、立憲主義及び民主主義を回復するために取り組まねばならない。


 以下、日本弁護士連合会の「安保法制に反対し、立憲主義・民主主義を回復するための宣言」の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-05-30 05:37 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

産経は、「教職員の政治活動に罰則 自民、特例法改正案、秋の臨時国会にも提出」とリーク。

 私自身も、政権がマスコミを利用して観測記事を書かせて、それを判断基準にしてきたという経過を身を以て知ってきた。
 なかなか産気新聞を直接読む機会はないため、2016年5月10日の澤藤統一郎の憲法日記の「アベ政権が牙をむいてきた-「教特法に刑罰導入の改正法案」については、安倍晋三政権のやり方に驚かされるでけでなく、いよいよ感が強い。
 この産経新聞の記事は次のものである。


①「自民党は9日、今夏の参院選から選挙権年齢が『18歳以上』に引き下げられることを踏まえ、公立高校の教職員の政治活動を禁じる教育公務員特例法を改正し、罰則規定を設ける方針を固めた。早ければ今秋の臨時国会に改正案を提出する。」
②「同法は『政党または政治的目的のために、政治的行為をしてはならない』とする国家公務員法を準用する規定を定めているが、罰則がないため、事実上の『野放し状態』(同党幹部)と指摘されていた。
③「改正案では、政治的行為の制限に違反した教職員に対し、『3年以下の懲役又は100万円以下の罰金』」程度の罰則を科することを想定している。また、私立学校でも政治的中立性を確保する必要があるとして私立校教職員への規制も検討する。これまで『国も自治体も、私立には口出ししない風潮があった』(同党文教関係議員)とされるが、高校生の場合は全国で約3割が私立に通学する実情がある。党幹部は『私立でも政治的中立性は厳格に守られなければならない』と指摘。小中学校で政治活動をした教職員に罰則を科す『義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法』を改正し、私立高の教職員にも罰則を適用する案が浮上している。」
④「日本教職員組合(日教組)が組合内候補者を積極的に支援するなど選挙運動に関与してきた過去を踏まえ、組合の収支報告を義務付ける地方公務員法の改正についても検討する。」


 澤藤統一郎の憲法日記は、この問題について、まずは、「教育現場での教員の政治的問題についての発言は、残念ながら萎縮しきっていると言わざるをえない。それをさらに、刑罰の威嚇をもって徹底的に押さえ込もうというのだ。闘う力もあるまいと侮られての屈辱ではないか。」、と現場の闘う状況を概観する。
 そして、問題点を次のように指摘する。


①「この改正法案の当否以前の問題として、罰則をもって禁じなければならないような『高校教職員の政治活動』の実態がどこにあるというのだろうか。1954年教育二法案制定当時と今とでは、政治状況はまったく違っている。かつての闘う日教組は、今や文科省との協調路線に転換している。「日の丸・君が代」問題でも、組合は闘わない。個人が、法廷闘争をしているのみではないか。
②「教育二法とは、『義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法』(教員を教唆せん動して特定の政治教育を行わせることを禁止)と、『教育公務員特例法』(教員の政治的行為を制限)とのこと。当時の反対運動の成果として、教特法への刑事罰導入は阻止された。それを今、60年の時を経て導入実現しようというのだ。
③「『政治的中立』の名をもって圧殺されるものが政権批判であることは、現場では誰もが分かっていることだ。さらに、萎縮を求められるものは『憲法擁護』であり、『平和を守れ』、『人権と民主主義を守れ』、『立憲主義を尊重せよ』という声だ。憲法に根拠をおく常識も良識も党派性を帯びた政治的発言とされてしまうのだ。」
④「教育基本法(第14条)は、『良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない。』と定める。明日の主権者を育てる学校が、政治と無関係ではおられない。18歳選挙権が実現した今となればなおさらのこと。刑事罰導入はいたずらに、政治的教養教育、主権者教育の限りない萎縮をもたらすことが目に見えている。それを狙っての法改正と指摘せざるをえない。


 澤藤統一郎さんは、この問題に対して、次のように主張する。


①「今、教育現場において『教育基本法の精神に基き、学校における教育を党派的勢力の不当な影響または支配から守る』ためには、政権の教育への過剰な介入を排除することに主眼を置かねばならない。」
②「教育公務員も思想・良心の自由の主体である。同時に、教育という文化的営為に携わる者として、内在的な制約を有すると同時に、権力からの介入を拒否する権利を有する。」
③「『教職員の政治活動に罰則』という、教職員の活動への制約は、政権の教育支配の一手段にほかならない。憲法をないがしろにし、教育基本法を敵視するアベ政権が、危険な牙をむいてきたといわなければならない。」                    ④「改憲反対勢力がこぞって反対しなければならないテーマがひとつ増えた。」


 この安倍晋三政権による「教職員の政治活動に罰則」化は、憲法をないがしろにする、日本国憲法改正への一過程である。
 確かに、これまでも「政治的中立」とは、政権政党への権力集中を補完するものでしかない。そこで求められるものは、『憲法擁護の萎縮』であり、『平和を守れ』、『人権と民主主義を守れ』、『立憲主義を尊重せよ』という憲法に根拠をおいた真っ当な思想信条の否定やそれに基づく憲法実現のための運動の排除である。
 やはり、何としても、安倍晋三政権の教育への過剰な介入を阻止しなけねばならない。


 以下、澤藤統一郎の憲法日記及び産経新聞 の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2016-05-15 05:56 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

日本国憲法-日本弁護士連合会会長声明が語ること。

 日本弁護士連合会(以下、日弁連とする)は、2016年5月3日、「憲法記念日を迎えるにあたっての」として、会長声明を発表した。
69回目を迎えた憲法記念日を、日弁連の思いとともに、日本国憲法を考えたい。

 日弁連は、「日本国憲法は、個人の自由・権利を保障するため憲法により国家権力を制限するという立憲主義を基本理念とし、基本的人権の尊重、恒久平和主義、国民主権を基本原理としている。今日ほど、この基本理念や基本原理に基づく政治の実現が期待されている時はない。」、と日本国憲法の危機の状況を明確にする。
 その上で、日弁連はその使命を、現状と照らしあわせて、次のように記す。

(1)本年4月14日以降、熊本県を中心に地震が続いており、大勢の被災された方々が今なお大きな不安の中で過ごされている。今何よりも、被災された方々への支援と、被災地域の一刻も早い復旧・復興が求められている。そのことは、被災された方々の生存権等を含む基本的人権を保障するという憲法上の要請である。
(2)本年3月29日に施行された安保法制は、集団的自衛権の行使を容認するなど恒久平和主義に反するとともに、立憲主義及び国民主権に反するものであり、当連合会は、その廃止・改正を求めている。
(3)本年6月19日、選挙権年齢を18歳以上に引き下げる改正公職選挙法が施行されることを受け、日本の未来を担う若者の積極的な政治参加が広がるとともに、憲法への理解が進展することが期待される。

 日弁連は、「日本国憲法の基本理念や基本原理を堅持し、その実現に向けて、市民と共に全力を尽くすことを誓う。」、とその決意を表明する。


 2016年5月3日、憲法記念日に、「日本国憲法は、個人の自由・権利を保障するため憲法により国家権力を制限するという立憲主義を基本理念とし、基本的人権の尊重、恒久平和主義、国民主権を基本原理としている。」、ということを、まずは、自分の中に深く沈静させること。
 また、市民の一人として、その実現に尽くそう。


 日弁連会長声明の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-05-05 17:45 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

「安保法制違憲訴訟の会」は、全国で約1000人が違憲訴訟の原告になり、行政訴訟と、国家賠償訴訟の2件を東京地裁に起こし、続いて各地の地裁に提訴。

 標題について、毎日新聞は2016年3月29日、「全国の弁護士有志でつくる『安保法制違憲訴訟の会』が29日、東京都内で記者会見し、全国で約1000人が違憲訴訟の原告に加わる意向を示していることを明らかにした。4月下旬にも安全保障関連法に基づく自衛隊の出動差し止めを求める行政訴訟と、慰謝料を求める国家賠償訴訟の2件を東京地裁に起こし、続いて各地の地裁に提訴する。」、と報じた。
 東京地裁の訴訟について、「東京地裁の訴訟は、空襲・原爆の被害者や基地周辺住民らが原告となる。慰謝料は『安保関連法施行で平和的生存権や人格権が侵害された』などとして1人10万円を請求する方針。同会共同代表の福田護弁護士は『基地がテロや攻撃の対象となり、周辺住民は生命、身体の危険にさらされる。戦争ができる国になり、日本の社会や文化が変質することがあってはならない』と話した。」、と伝えた。


 以下、毎日新聞の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-04-01 17:19 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

安保法制施行に抗議しその適用・運用に反対する会長声明(日弁連)を考える。

 日弁連は、2016年3月29日、「安保法制施行に抗議しその適用・運用に反対する会長声明」を発表した。
 このことについて考える。
この会長声明の要約は次のものである。


(1)反対の理由

①安保法制は、「存立危機事態」なる要件の下に、歴代内閣が憲法上許されないとしてきた集団的自衛権の行使を容認し、外国軍隊の武力行使との一体化に当たるとして禁じてきた範囲にまで後方支援を拡大し、国連平和維持活動(PKO)に従事している自衛隊に駆け付け警護等の新たな任務と任務遂行のための武器使用権限を付与すること等を認めている。                                      ②これらにより我が国が武力紛争の当事者となる危険性が現実のものとなろうとしている。その意味で、この安保法制は、憲法前文及び同第9条に定める恒久平和主義に反し、平和的生存権を侵害するとともに、憲法改正手続を経ずに一内閣の閣議決定による憲法解釈の変更に基づき法案を作成し、国会で可決されたものであり、実質的に憲法を改変するものとして立憲主義に反している。
③このような憲法違反の安保法制が施行され、我が国が集団的自衛権の行使としての武力行使をした場合はもちろん、PKOや米軍等の武器等防護による武器使用や後方支援の拡大に踏み出せば、外国軍隊の武力行使と一体視され、我が国が相手国からの攻撃の対象になる可能性も高まる。
④海外にPKOとして派遣されている自衛隊に対し、駆け付け警護等の新たな任務と、任務遂行のための武器使用権限が付与されるならば、自衛隊員が任務遂行中に武装勢力などの攻撃を受け、それに反撃することで戦闘行為となり、自ら殺傷し、殺傷されるという極めて危険な事態に至るおそれがある。

(2)日弁連の姿勢
①これらは、恒久平和主義が破られ、平和的生存権の侵害が一層現実化することを意味し、立憲主義は危殆に瀕すると言わなければならない。
②よって、当連合会は、憲法違反の安保法制の施行に抗議するとともに、その適用・運用に強く反対し、改めて安保法制の廃止を求めるものである。


 この戦争法の施行は、「恒久平和主義が破られ、平和的生存権の侵害が一層現実化することを意味し、立憲主義は危殆に瀕すると言わなければならない。」、ことを深く肝に命じるものである。


 以下、日弁連会長声明の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-03-31 06:16 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

2016年3月29日0時。戦争法(安全保障関連法)が施行された。

 2016年3月29日0時、戦争法(安全補償関連法)-「歴代政権が憲法9条の下で禁じてきた集団的自衛権の行使を可能にし、他国軍の後方支援など自衛隊の活動を飛躍的に拡大させる安全保障関連法」(沖縄タイムス)-が、施行された。
 この問題を、各紙の社説・論説で考える。
 各紙の見出しは次のものである。


【3月28日】
(1)山陰中央新報論説-安保法施行へ/国民の理解が不可欠だ
(2)高知新聞社説-【安保法施行】「粛々と」では済まない
(3)西日本新聞社説-安保法施行 転換の是非問い続けよう
【3月29日】
(4)朝日新聞社説-安全保障法制の施行 「違憲」の法制、正す論戦を
(5)毎日新聞社説-安保法施行 思考停止せずに議論を
(6)東京新聞社説-安保関連法施行 「無言館」からの警鐘
(7)読売新聞-安保関連法施行 迅速な危機対処へ適切運用を
(8)北海道新聞社説- 安保関連法施行 重大な懸念は変わらない
(9)東奥日報社説-幅広い理解得られるか/安保法施行
(10)岩手日報論説-安保法施行 違憲の疑い晴れぬまま
(11)信濃毎日新聞社説-安保をただす 関連法施行 9条改憲の一里塚の懸念
(12)神戸新聞社説-安保法施行/「理解を得た」とは言い難い
(13)愛媛新聞社説-安保法施行 忘れず諦めず「ノー」を誓う日に
(14)宮崎日日新聞-安保法施行
(15)南日本新聞社説-[新安保政策・安保関連法施行] 「崇高な痩せ我慢」をやめていいのか
(16)沖縄タイムス社説-[安保法施行]違憲の疑い放置するな


 こうした社説等の見出しから伺えるのは、第一に、「違憲の疑い晴れぬまま『粛々と』では済まないために、思考停止せずに議論を行い、国民の理解を不可欠とする」、ということになる。
 この上で、忘れず諦めず「ノー」と言い続ける。何故なら、戦争法は9条改憲の一里塚だからである。
 もちろん、相変わらず読売新聞の「『違憲』批判は的外れだ」との突出ぶりは際立っている。


 最後に、毎日新聞は、無言館から鳴らす警鐘として、無言館館主の窪島誠一郎さん(74)の声を伝えて、この問題への主張とした。


「日本は一センチでも戦争に近寄ってはいけない国だ。角を曲がって戦争の臭いがしたら、戻ってこなければいけない。このままほっておけば『無言館』がもう一つ増える時代がやってくる」。


 この言葉を深く自覚したい。


 以下、各紙の社説・論説等の引用。(また、長文です)





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by asyagi-df-2014 | 2016-03-30 06:18 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

ワシントン・ポストの社説で、「報道圧力 安倍政権はやめよ」、と。

 標題について、琉球新報は2016年3月9日、「米有力紙ワシントン・ポストは6日、政治的に公平でない放送を繰り返す放送局に電波停止を命じる可能性に言及した高市早苗総務相の発言や安倍晋三首相に近い自民党議員による勉強会での沖縄2紙への圧力などを取り上げ、安倍政権はメディアに圧力をかけるべきではないと批判する社説を掲載した。」、「ワシントン・ポスト紙は高市氏の発言の背景には安保法制に関する報道など『メディアに対する安倍晋三首相のいら立ち』があると分析した。NGO『国境なき記者団』が調査した2015年のランキングで、日本の『報道の自由度』が180カ国中61位となっていることも紹介した。」と報じた。
 また、ワシントン・ポスツの社説の内容について、「『日本が戦後に成し遂げたことの中で最も誇るべきものは、経済の奇跡ではなく、独立したメディアを含む自由主義制度の確立だ』と指摘。『首相にいかなる目標があっても、それら(自由主義制度)を犠牲にして追求するべきではない』と強調した。」。と伝えた。


 日本のマスコミは、このワシントン・ポストの指摘をどのように受け止めることができるのだろうか。


 以下、琉球新報の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-03-15 06:20 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

「国立大学の卒業式等での国旗掲揚・国歌斉唱に関する文部科学大臣の発言の撤回を求める憲法研究者声明」を読む。

 「STOP!違憲の『安保法制』 憲法研究者共同ブログ」では、2016年3月8日、次のように述べています。


「2016年3月8日に、憲法研究者の有志89名が共同で声明を発表しました。本声明は、2月21日と23日に馳浩文部科学大臣が、卒業式などで国歌斉唱をしない方 針を示した岐阜大学の学長の判断を『恥ずかしい』と批判したことに対して、抗議の意思を表明し、当該発言の撤回を求めるものです。
 馳文部科学大臣の当該発言は、各国立大学の自律的な判断を事実上否定するものであり、憲法23条で保障された大学の自治の趣旨に反することは明らかです。学問研究・高等教育機関である大学が、その研究・教育の内容や方法について、政府の意向を過度に忖度して、学問的な専門的知見に基づく判断を歪めることになれば、それは大学だけでなく、社会全体にとって大きな損失をもたらすことになります。なぜなら、その社会では、ある物事の見方や考え方について、学問的知見よりも、時の政府の都合や利益が優先されることになり、果てには、その時に力を持つ者の恣意や専横がまかり通ることになってしまうからです。
 是非、声明本文をお読みください。」


 この「声明」を読む。
(1)事実経過
①馳浩文部科学大臣は、2016 年 2 月 21 日の金沢市での記者会見で、卒業式などで国歌斉唱を しない方針を示した岐阜大学学長に対し、「国立大として運営費交付金が投入されている中であ えてそういう表現をすることは、私の感覚からするとちょっと恥ずかしい」と述べたと報道され、続い て 23 日にも文部科学省での定例記者会見で「日本人として、特に国立大学としてちょっと恥ずか しい」との批判を繰り返しました。
②この問題は、昨年 2015 年 6 月 16 日、下村博文前文部科学大臣が、全国 86 の国立大学の学 長に対し、卒業式や入学式での国旗掲揚と国歌斉唱を求めたことに始まりました。下村氏は、あく までも「お願い」であり、受け入れるかどうかは各国立大学の判断だと述べました。しかし、国立大 学の財政が、文部科学省の裁量に基づく資金配分に大きく委ねられている以上、「お願い」とは 言っても、その事実上の影響力は極めて大きなものです。将来的な資金配分での不利益の可能 性を恐れて、各国立大学の学長が、大臣の意向を過度に忖度し、「お願い」を受け入れざるをえ ないと判断してしまうかもしれない状況が作り出されました。したがって、下村氏の「お願い」自体、 大学の自治の観点からは大きな問題点を含むものでした。
③馳大臣は、下村氏の「お願い」を受け入れず、国歌の斉唱を行わないと決めた岐阜大学を名指 しで批判しました。馳大臣の批判は、下村氏の要請が決して「お願い」にとどまるものではなかっ たことを証明するものです。
④各国立大学がその「お願い」を受け入れない判断をすることがますます難しい状況 になっています。
(2)反論
①安倍内閣による国旗掲揚・国歌斉唱の要請は、事実上の強制力を有するものであると評価せざるをえません。こうした事実上の強制力を伴うものであることが明らかに なった以上は、この要請は、国立大学の自律的な判断を否定しようとするものであり、憲法 23 条 の大学の自治の趣旨に反するものと言わざるをえません。
②憲法 23 条が保障する学問の自由が大学の自治を要請するのは、真理を追究する学問研究が
政治権力から独立して自律的に行われることが、結果として、より善き社会を作っていくことに貢 献するからです。逆に言えば、戦前の滝川事件、天皇機関説事件を引くまでもなく、政治権力が 大学の自治的決定や研究者の学問内容に干渉しようとするとき、その社会は誤った道を進んでい る危険があるのです。だからこそ、この問題には敏感に反応しなければならないと私たちは考えま す。
③憲法学の通説的見解は、戦前の経験を踏まえ、政治権力は学問内容や大学の自治的決定に 絶対に介入してはならないと考えています。その理由は、一旦、政治権力の介入を受け入れてし まえば、それを限定するのは非常に難しくなるからです。
④馳大臣は、「恥ずかしい」という理由に関して、国立大学には国費が投入されているから ということを挙げていますが、この理由は成り立たないものです。なぜなら、そもそも国費を投入さ れていることを理由に、大学は、研究および教育の内容・方法に関する国のお願いを受け入れな ければならないのであれば、それは大学の自治がまったく保障されないのと同じだからです。学 問研究・高等教育機関であることを理由に国費が投入されている以上は、それに関する国民への 責任の果たし方は、大学自身が決めることができなくてはいけません。仮に文部科学大臣の「お 願い」を過度に忖度して、大学が、学問的・教育的な専門的判断を歪めるようなことをするならば、 それこそが学問研究・高等教育機関としての国民に対する責任の放棄です。
⑤国旗・国歌だけは例 外だ、という見解があるかもしれませんが、卒業式等での教育内容・方法の問題である以上は、そ こでの国旗・国歌の取り扱い方も大学の自治の例外ではありません。
 大学がこの要求を受け入れるならば、その他の要求にも従わざるをえません。萎縮した研究者 は、権力に都合の悪い研究はしなくなるかもしれません。それが、日本社会にとって本当によいこ とでしょうか。
(3)結論
 国立大学の入学式・卒業式で国旗を掲揚し、国歌を斉唱するかどうかを決定する 権限は、各国立大学にあります。大学が決定したことを、文部科学大臣は受け入れなければなり ません。馳大臣による批判は、憲法 23 条の趣旨に違反することは明らかです。私たちは、馳大臣 に対し、発言の撤回を求めます。


 この問題ではっきりしていることは、「安倍内閣による国旗掲揚・国歌斉唱の要請は、事実上の強制力を有するものであること」、そしてこれに基づく一連の策動は、「憲法23条で保障された大学の自治の趣旨に反することは明らかであること」、ということである。


以下、「声明」の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-03-12 06:10 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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