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年金抑制法案が、強行採決される。(3)

 年金制度改革法案は2016年11月25日、衆院厚生労働委員会で、自民、公明、日本維新の会の賛成多数で可決されました。
 毎日新聞は2016年11月28日、このことに関して、藤田孝典 / NPO法人ほっとプラス代表理事(以下、藤田)とする)の記事(「『年金減額』高齢者の困窮は国会議員に伝わったか」)を掲載しました。
 藤田は、「私は、年金額の抑制が、ただでさえ生活に困窮している低所得者、低年金者の暮らしを直撃するので、改正に反対しています。」、との立場を明確にしています。
 藤田は、反対の理由を二点、「理由の一つ目は、かなり時期尚早ではないか、国民に法案が十分理解、周知されていないのではないかという懸念です。二つ目は、今の高齢者の生活困窮の実態がひどいことになっている現実です。彼らの生活は相当に逼迫(ひっぱく)しています。」、と挙げています。


 記事は、「25日の衆院厚労委員会に参考人として呼ばれ、反対の立場から高齢者の困窮について説明し、慎重でていねいな議論を国会議員のみなさんにお願いしました。その内容を紹介します。」(藤田孝典)、と始められています。
 藤田は、日本の現実を次のように伝えます。


(1)私たちのNPO法人「ほっとプラス」はさいたま市にあり、年間500件の相談を受けています。10代から80代まで、生活に困った人たちが相談に来ますが、そのうち半数は高齢者、年金受給額が足りない、という人たちです。もし、このまま景気浮揚がないまま年金が減らされたら、どうなるか。今相談に来る高齢者たちの多くは病院の受診回数、服薬回数を減らしています。年金が不十分な人は、本当は受診しないといけないのに、医師の指導に従えない状況になっています。介護サービスを入れないと生活できない要介護度4の女性は、年金額が少ないので要介護度1相当のサービスしか受けられていません。所得が低いほど、趣味や楽しみ、社会参加を抑制する傾向もみられます。すると地域社会との接点が減り、歩くなど病後のリハビリも不十分になります。外出しないと肉体的・精神的な健康状態も悪化します。これらの状況が将来の医療費、介護費増大につながらないか、心配です。


(2)所得に応じた健康格差が、今まで以上に拡大する恐れもあります。低所得の高齢者がいかに健康を害しているか、多くの研究者が指摘するところです。数千円、数万円の年金減額はわずかな額と思われがちですが、特に低所得者への影響は非常に大きいと言わざるを得ません。65歳以上の高齢者の相対的貧困率は18%と、高水準です。貧困ラインは1人暮らしで年間所得122万円、2人暮らしだと170万円です。それ以下で暮らしている人が18%います。1人暮らしだと貧困率は4~5割という数字もあります。つまり、現行の年金制度、支給額でも生活できない人にとって、年金が生活保障となっていない実態があるのです。少なく見積もっても、約700万人の高齢者が生活保護基準、もしくは基準以下で生活していることになります。今の高齢者の年金水準は低い、というのが研究のスタンダードです。


(3)私は2015年に「下流老人」という本を出版し、現状に警鐘を鳴らすため高齢者の厳しい実情を紹介しました。相談に来た埼玉県内の男性(76)は長く飲食店に勤め、今は月額9万円の厚生年金で暮らしています。年金額がもし減らされたら、この男性の生活はいったいどうなるのだろう、と想像してしまいます。彼は、家賃5万円の民間賃貸住宅で暮らしています。年金額が足りないので、野草を食事にしていました。先進国の日本で、年金が足りない、野草を食べないと生きていけない人が現実にいるのです。彼は「野草には救われた。恥ずかしいがホームレス専用の炊き出しに並んだこともあった」と語っていました。


(4)うつ病の娘の看病をしながら暮らす高齢夫婦は、月額17万円の厚生年金を受給しています。77歳の夫、74歳の妻、48歳の娘の3人暮らしで、男性は金型工として長く町工場で働いてきました。しかし、娘さんの治療、医療費があるため、1カ月の出費は26万円になるといいます。自宅を売却したお金と年金が命綱なんだ、と語っていました。でも年金は上がらず、下がる一方。そこに働けない娘もいる。17万円ではとても暮らしていけない。夫婦二人が健康なうちはなんとかなるが、どちらかが病気になったらおしまいだ、とも言っていました。貯金もできない暮らしだと。このような相談が毎日のように寄せられます。
(5)別の70代のご夫婦の場合、2人で国民年金が月額9万円。それでは足りないので、夫が新聞配達をしながらなんとかやりくりして暮らしています。医師には仕事を止められていますが、働かないと暮らせない状況です。


(6)相談の中には、自殺や一家心中、介護殺人を考えているという声も多くあります。年金減額がどのような影響をもたらすのか、このような実態を考慮しながら検討してほしいと思います。
(7)「最終的に生活保護を受ければいいじゃないか」という声がありますが、現在、生活保護は機能しているとは言えません。貧困状態にある約700万人の高齢者のうち、今生活保護を受給できているのは100万人程度しかいません。残る600万人は本当は生活保護を受けられるのに、受けていないのです。中には「生活保護は恥ずかしい」「生活保護を受けると(車を手放すなどの)さまざまな制限があるから嫌だ」という人もいます。生活保護を社会的スティグマ(烙印=らくいん)と考える人もいます。年金が少なければ生活保護を受ければいいのですが、これだけ捕捉率が低いと選択肢になりにくいのです。


 藤田は、今の日本の現状を踏まえて、このように主張します。


(1)もし万一、年金減額となるのなら、高齢者の支出を抑える政策を導入する必要があるでしょう。そうでないと厳しい生活がさらに厳しくなります。高い医療費、介護費のほかに、住宅費も重い負担です。特に低所得であればあるほど、民間賃貸住宅の家賃負担は大きいものです。家賃を下げる、租税や保険料を下げる、さらに地方では欠かせない軽自動車の保有維持の負担を減らす、電気ガス水道の支出を減らすといった政策導入を、ぜひ検討していただきたいと思います。
(2)最後に、この年金法案は、高齢者とその家族の命と暮らしに重大な影響を与えます。しかし、この審議が国民に広く共有されているとは思えません。ぜひ時間をかけて、ていねいに審議していただきたいと思います。


 安倍晋三政権は、あたかも未来を開くかのように奢る。
 しかし、自らが作り上げてきた世界(政策)は、藤田が指摘する状況を作り上げてきた。
 「家賃を下げる、租税や保険料を下げる、さらに地方では欠かせない軽自動車の保有維持の負担を減らす、電気ガス水道の支出を減らすといった政策導入」は、彼らの世界では帳尻合わせにならないから、顧みられない。
 せめてとした「この年金法案は、高齢者とその家族の命と暮らしに重大な影響を与えます。しかし、この審議が国民に広く共有されているとは思えません。ぜひ時間をかけて、ていねいに審議していただきたいと思います。」、という願いも、奢りの中で、否定されてしまった。
 では。


 以下、毎日新聞の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-11-30 07:17 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

年金抑制法案が、強行採決される。(2)

 年金制度改革法案は2016年11月25日、衆院厚生労働委員会で、自民、公明、日本維新の会の賛成多数で可決された。
 秋田魁新聞は、この年金制度改革法案の内容について次のように説明している。


(1)法案には、毎年度行われる支給額の改定について、二つの抑制策が盛り込まれている。一つは、保険料を負担する現役世代に配慮し、物価が上がっていても賃金が下がれば年金を減額する「賃金スライド」の導入。もう一つは、賃金や物価が上がった場合でも、支給総額の伸びを長期にわたって約1%ずつ抑える「マクロ経済スライド」の強化だ。デフレ時は適用しない決まりだが、実施しなかった抑制分を翌年度以降に持ち越し、景気回復時にまとめて実施する。
(2)年金は、現役世代の保険料と国庫負担を中心に、不足分は積立金を取り崩して財源にしている。少子高齢化に伴い保険料収入が減少する一方、年金受給者は増えており、制度を持続させることが大きな課題だ。
(3)政府は、抑制策によって支給水準を引き下げることが年金財源の余裕を生み、将来世代にも一定水準の支給が可能になるとし、世代間の公平性が保たれると主張する。法案が成立すれば、マクロ経済スライドの強化は2018年度から、賃金スライドは21年度から実施される。一方、野党は「老後の暮らしが成り立たなくなる」と反発する。厚労省は抑制策が05年度から実施された場合、10年後の支給額は国民年金(老齢基礎年金)で1人当たり3%、月2千円ほど減額になると試算したが、民進党は独自試算で5・2%の減額になるとし「年金カット法案」と批判している。


この法案について、2016年11月26日に確認できた4社の社説の見出しは、次のものである。


(1)北海道新聞社説-年金改革法案 将来への不安残す採決
(2)秋田魁新聞社説-年金改革 暮らしと制度の両立を
(3)新潟日報社説-年金制度改革 丁寧な説明が求められる
(4)中国新聞社説-年金改悪法案 不安置き去りの法案だ


 4社ともが、この法案に対してそれぞれの危惧感を表明している。
 各紙は、具体的に次のように主張している。


Ⅰ.北海道新聞社説
(1)高齢者の年金額を減らさず、現役世代につけを回さない方法はないのか。年金は国民全体にかかわる問題だけに与野党とも知恵を絞り、合意点を見いだせるよう議論を尽くすべきである。
(2)きるだけ現役世代につけを回さないようにするのは当然だ。少子高齢化が進み、年金を支える人が減るだけになおさらである。だが、年金は余裕のある人も、そうでない人も抑制される。医療や介護の負担も重くなっている。これ以上、年金が減ると生活を切り詰めるのが容易でない高齢者も少なくないだろう。実際に年金だけで生計を立てられない高齢者は増えている。今年8月に生活保護を受けた世帯のうち、65歳以上の世帯は5割を超え、過去最多だった。政府は消費税率の10%への引き上げ後、低所得高齢者向けに年金を最大年6万円上乗せする制度の導入を検討している。だがこれだけではとても十分とは思えない。
(3)与野党の駆け引きで終わらせてはならない。年金は世代間の信頼が土台になければ成り立たない。求められているのは、どの世代も納得できる制度づくりである。


Ⅱ.秋田魁新聞社説
(1)年金は国民全てに関わる身近な制度だけに、丁寧な審議が求められる。だが、法案に盛り込まれた抑制策によって将来どれだけ支給額が減るのか、厚生労働省と民進党それぞれの試算に差があることなどについて、審議が尽くされたとは言い難い状況だった。
(2)政府・与党の正当性ばかり主張し、野党の役割をないがしろにする発言だ。採決が強行された背景に、そのような独善的な発想があるのではないかと危惧を覚える。政府・与党には異なる意見に耳を傾け、徹底的に審議に応じる姿勢を求めたい。
(3)老後の暮らしと制度の持続性をどう両立させるのかは避けて通れない難しい問題であり、与野党が知恵を絞る必要がある。野党はぜひとも対案を示し、建設的な議論につなげてほしい。


Ⅲ.新潟日報社説
(1)懸念されるのは、年金生活者の暮らしである。厚生労働省は、法案に盛られた新ルールが2005年度に施行されていたと仮定した場合の試算を公表している。それによると、本年度の国民年金(老齢基礎年金)の支給額は約3%、月2千円程度減るが、43年度は想定と比べて約7%、月5千円程度増える。厚労省は、順調な経済状態が続く前提で試算した。民進党が「国民に誤解を与える」と批判したのは当然だ。政府は現実に近い条件で支給額を再試算し、結果を公表するべきである。
(2)制度改革によって年金を抑制すれば、高齢者の生活への影響は避けられない。一方、現行制度のままでは、若年層の年金に対する不安は解消されない。年金制度は、現役世代から高齢者への「仕送り方式」で運営されている。痛みは世代間で分かち合わざるを得ない。高齢者と現役世代双方が納得できる制度に向けて建設的な議論が必要である。


Ⅳ.中国新聞社説
(1)改革法案は、将来の年金水準を確保するため、支給額の抑制を強化する内容が柱である。老後の暮らしに直結する問題だけに、政府には丁寧な説明が求められていたはずだ。だが、「審議が深まっていない」と採決に反対する民進党など野党に対し、与党は「20時間を超えれば十分」と押し切った。単に時間の問題ではないが、同じような重要法案の場合、約30時間は審議している。拙速との批判も仕方あるまい。数の力で押し切るかのような与党の国会運営が何度も繰り替えされるのが残念でならない。制度改革に対する国民の疑問や日案も払拭されたとは言い難い。
(2)賃金の下落幅で年金が減額される点を捉えれば、民進党などが批判するように「年金カット」のルール変更といえる。しかし、公的年金制度は現役世代から集めた保険料で高齢者への給付を賄う「仕送り方式」が基本である。一定の給付財源を世代を超えて分け合う仕組みになっているため、いまの高齢者への給付額が多ければ、将来世代にしわ寄せが及ぶ。逆に抑制に早く取り組めば、将来の給付水準が改善される。若い世代につけを回さないよう、年金財政のバランスを取るのが狙いともいえる。世代間で痛みを分かち合うという意味では、今回のルール変更もやむをえない選択ではなかろうか。ただ、問題となるのは、年金の多い人も少ない人も給付が同じように抑えられる点だ。低年金で暮らす人たち低所得者に対するセーフティーネットは欠かせないだろう。
(3)今国会での成立にこだわる理由は見当たらない。年明けの通常国会に持ち越しても構わないのではないか。苦しい生活を強いられている低年金者の痛みを和らげると同時に、世代間の公平をどう図るのか。負担と給付のあり方について誠意ある議論を望みたい。


 さて、この年金制度改革法案の強行採決をどう受け止めるべきか。
 中国新聞の次の見解が、現在の日本の現状の中では、一般的な見方なのかもしれない。


「賃金の下落幅で年金が減額される点を捉えれば、民進党などが批判するように『年金カット』のルール変更といえる。しかし、公的年金制度は現役世代から集めた保険料で高齢者への給付を賄う『仕送り方式』が基本である。一定の給付財源を世代を超えて分け合う仕組みになっているため、いまの高齢者への給付額が多ければ、将来世代にしわ寄せが及ぶ。逆に抑制に早く取り組めば、将来の給付水準が改善される。若い世代につけを回さないよう、年金財政のバランスを取るのが狙いともいえる。世代間で痛みを分かち合うという意味では、今回のルール変更もやむをえない選択ではなかろうか。ただ、問題となるのは、年金の多い人も少ない人も給付が同じように抑えられる点だ。低年金で暮らす人たち低所得者に対するセーフティーネットは欠かせないだろう。」


 しかし、政権の方針が「軍事拡大に向けた成長戦略」にあり、大企業による利重寡占が政権の使命である時、国民の大多数は置き去りにされる。
 根本の問題は、このことにある。 大多数の国民にもたらされるのは窮乏化なのである。
 換えなくてはいけないのは、国の基本方針なのである。
だから、せめて、「今国会での成立にこだわる理由は見当たらない。年明けの通常国会に持ち越しても構わないのではないか。」(中国新聞)ということになる。


 以下、各新聞社の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-11-29 08:50 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

年金抑制法案が、強行採決される。

 年金制度改革法案は2016年11月25日、衆院厚生労働委員会で、自民、公明、日本維新の会の賛成多数で可決された。
このことについて、朝日新聞は2016年11月26日、次のように報じた。


(1)公的年金の支給額を引き下げる新しいルールを盛り込んだ年金制度改革法案は25日の衆院厚生労働委員会で、自民、公明、日本維新の会の賛成多数で可決された。民進、共産両党は審議継続を求めたが、与党が採決を強行した。政府・与党は同法案の今国会成立に万全を期すため、11月末までの臨時国会の会期を延長する方針だ。今国会では、環太平洋経済連携協定(TPP)の承認案と関連法案に続く採決強行となった。年金制度改革法案は29日に衆院を通過する見通しだ。
(2)法案に盛り込まれた新ルールでは、これまで賃金が下がっても物価が上がれば年金が据え置かれていたシステムを変え、新たに賃金の下げ幅に連動して支給額も下げる。2021年度から導入する方針だ。また、支給額が上がる場合でも増加額を毎年1%程度ずつ目減りさせる「マクロ経済スライド」のルールも、18年度から強化する。こうした減額ルールを設けるのは、将来の年金水準を維持する狙いがある。
(3)安倍晋三首相は25日の委員会で「いわば将来の年金水準確保法案だ。世代間の公平性が確保され、若い世代が安心して今の高齢者の年金を支えることができる」と説明。野党側は「老後の実態を見ていない。このまま年金を削って年金の役割を果たせるとは思えない」(長妻昭・元厚生労働相)と反発した。採決後、民進党の蓮舫代表は記者団に「首相の思うがままに立法府は動くと勘違いしている。政権のおごり、上から目線が非常に残念だ」と述べた。
(4)一方、現在の会期では参院での審議時間が確保できないことから、自民党の二階俊博幹事長は首相と会談し、会期を延長する方針を確認。政府・与党は12月半ばまで延長する方向で調整に入った。


 また、朝日新聞は、年金改悪の強行採決について次のように記した。


「『私が述べたことを全くご理解頂いていないようであれば、こんな議論を何時間やっても同じですよ』。安倍晋三首相はこの日の委員会で『強行採決は行わないと約束を』と求める野党議員に言い放った。その後、採決は強行された。」

 さらに、その背景について、次のような視点を示した。


(1)背景には、萩生田光一官房副長官の「田舎のプロレス」発言のように、数を持たぬ野党を軽んじ、数で押し切ればいいという自民党内の空気がある。年金問題は国民の生活にとって極めて重要なテーマだが、議論は不十分だった。与党は数を持つ責任ゆえに、野党に対してもっと真摯(しんし)に向き合う必要があったはずだ。
(2)ある自民党国対委員長経験者は「権力は恐れおののき使うもの」と語る。野党のためではない。国会運営でおごりを見せれば、民意という形で自分にはね返ってくると知っているからだ。ところがいまの自民党は数の力にまかせ、野党の背後にもいる多くの国民の存在を忘れているようだ。


 年金は、国の基本政策の基本の一つである。
 その方向性は、筋力を握った政権がどこに視点が向いているのかを端的に示す。
 むごい政権である。


 以下、朝日新聞の引用。







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by asyagi-df-2014 | 2016-11-28 10:39 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

弁護士、「通行妨害 損害賠償請求訴訟」を起こす。

 オスプレイパット建設に反対する市民らの弁護活動を行う、高江弁護団を構成する弁護士である三宅峻司さんが、オスプレイパット建設予定地への自分自身への通行妨害に対して、損害賠償請求訴訟を提起しました。
辺野古高江新聞のブログがこのことを掲載しました。
三宅弁護士は、次のように述べています。



 私に対する、オスプレイパット建設予定地への通行妨害に対して、 損害賠償請求訴訟を提起しました。
 当日、N1テントに向かいましたが、行く目的は、何ですかと聞かれたので、 話しませんと答えると、そのまま留め置かれました。
 根拠を聞いても、応答はなく、そのまま、2時間あまり、留め置かれました。
 当日、ネクタイをして、上等車に乗っていましたが、前後に、ビデオカメラが張り付いて、 留め置かれました。
 弁護士バッジを付けた背広は、畳んで、後部座席に置いていましたが、有名な弁護士ではないので、そのまま、留め置かれました。
 この裁判で、質問を発する法的根拠、留め置かれたことに対する法的根拠、を明らかにしたいと思います、
 
 弁護士ですが、「本人」ですので、本人訴訟です。 損害賠償請求額は、50万円で 簡裁に提訴しました。
 弁護士なのに、法的根拠も明らかにさせきれず、2時間も留め置かれたことは、法律専門家として、「恥」ではありますが、小さな事に対しても、黙っていないことが、民主主義と正義の実現であると考えて、訴訟を提起しました。 


三宅弁護士が明らかにした「訴状」によると、今回の不法行為の内容は次のものでした。


1 原告は、沖縄県公安委員会の管理のもとに職務を行う、警視庁警察官によって、2
016年11月3日午前11時42分から、同日午後1時55分まで、2時間以上に渡って、違法に車両内に拘束され身体活動の自由を奪われたものである。

2 身体拘束の経過は次の通りである。
① 原告は、2016年11月3日午前11時ころ、県道70号線を、高江共同売店方向から、高江ヘリパット建設車両出入口方向に向けて、普通乗用自動車を運転して走行中、同日午前11時38分ころ、北部訓練場メインゲート前で、沖縄県公安委員会の要請によって派遣された愛知県警警察官に停止を命ぜられ、一旦停止した。
 停止前には、強制的に停止させられた車両が二台あったが、同警察官は、原告の車両に対して、直ちに進行することを命じた。
 これに対して、先行して停車させている車両の停止を継続させることは違法であると抗議したが、後続車両が着いて、進路を妨害する結果となったことから、そのまま進行した。
② ところが、走行を開始して、約1分後、警視庁警察官が、「検問所」と表記する場所にカラーコーンを置いて、車両進行を規制し、さらにその車線を進行すると、移動式車止めと、「止まれ」との三角旗を持つ警視庁警察官が立って、原告の車両を停止させた。
③ 同日午前11時43分、同警察官は原告に対して、以下の質問を発した。
 「何の目的で行くのですか」
 原告は、質問に対して、「答える必要はない。質問の根拠は何ですか、質問を発する根拠を示して下さい」と応答した。
 これに対して、警察官は何らの回答もなく、停止するよう命じた。
 いつまで停止させるのか、停止させる根拠は何かと繰り返し説明を求めたが、一切応答せず、車両前に車止めを置き、車両横に警察官が立ち、走行を妨害し、原告を車内に拘束する状態が続いた。警察車両は、後方に品川800せ474のナンバープレートを付けていた。
④ 12時03分、原告車両の後方に、 一般車両3台、バイク1台が停止させられたが、同12時07分には、原告の車両を追い抜いて進行させた。
 これに対して、原告は、隣接して立つ警察官に、「私も発進しても良いか」と確認するが、「ダメだ」と回答がなされた。その際、停止させる根拠を述べるように求めたが、一切の回答はなかった。
⑤ 12時12分には、わナンバーのレンタカーが、原告の停止車両の横を走行していった。
⑥ 12時17分 沖縄県警警察官と思われる、マスクと色の濃いサングラスを掛けた私服警察官が、原告車両前の移動式車止めの前にビデオカメラを置いて、撮影を開始した。
⑦ 12時30分、原告の車両の後方に警察車両が接近し停まり、車内から、ビデオカメラを構えた警察官が出てきて、ビデオ撮影を開始した。
⑧ 12時32分、後方で一般車両が停止させられるが、その後原告の車両を追い抜いて走行した。
⑨ 12時35分 停止させられた後続バイクが発進していった。
⑩ 13時30分、隣接して立つ警察官に対して、いつまで進行を妨害するのか上司に確認を取るように求めたところ、「もうすぐ終わります」との回答があったが、その意味についての説明はなかった。 
⑪13時49分 後方県警車両がUターンしていなくなる
⑫ 13時55分 拘束を解除、進行が可能となる。

3 この2時間余りの間で、原告が停車させられた場所を通過する工事車両の運行は、25分に1回程度であり、一般車両の運行も前記3回程度であって、頻回な車両運行がなされる状態ではなかった。また、工事車両出入口ゲート方向から、高江共同売店方向に至る一般車両も通行している状態であり、原告車両の運行によって、車両通行の妨害や、支障を来たすような事態が予測されるとの事情もなかった。

4 原告は、名護警察署に違法勾留されている被疑者との接見を終えて走行しており、服装は、ワイシャツにネクタイを着けて、弁護士バッチを付けた背広は、後部座席に畳んで置いていた。

5 原告は、通常の市民として、交通を妨害する恐れのある運転行為を行っていた事情もなく、警察官職務執行法による、質問を発する条件も何ら充たしておらず、免許証の提示要求すら受けていない。

6 原告は、何らの法的根拠もなく、2時間以上に渡り車内に閉じ込められて身体を拘束されるという不法行為により、精神的肉体的苦痛を受けると共に、高江弁護団としての弁護活動を行うことを不可能にさせられたものである。
また、原告の車両の前後にビデオカメラを設置し、原告の行動を撮影監視するという行動を2時間あまり継続しており、プライバシーに対する重大な侵害行為であると言わざるを得ない。


 また、沖縄県、沖縄県公安委員会の責任と賠償請求について、訴状では次のようになっています。


(沖縄県、沖縄県公安委員会の重大な責任)
1 原告の被った違法な身体拘束は、高江において日常的に行われている行為である。
他府県警察官は、身体拘束に止まらず、暴行、暴言行為を繰り返し、警察権力を濫用して市民に対するなりふり構わない弾圧行為を繰り返している。
2 高江弁護団は、警察による違法な警察権力の行使を監視することも弁護士としての業務の一環としてあるのである。
 弁護士法第1条は、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」「弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。」と定めており、違法な警察力の行使から、市民の人権を守ることは、弁護士の使命である。
3 本件違法行為が発生し、その他、多数の市民に対する人権侵害行為が繰り返されるのは、沖縄県公安委員会が、東京都公安委員会、千葉県公安委員会、神奈川県公安委員会、愛知県公安委員会、大阪府公安委員会及び福岡県公安委員会に対して、「沖縄県内における米軍基地移設工事等に伴い生ずる各種警備事象への対応のため」と称して、援助の要求を行い、500人を超える警察官を導入したことに起因するものであり、さらに、沖縄県公安委員会が援助要請によって来沖して警察官に対して警察法上行うべき「管理」すら、行っていないことに起因するものである。

(賠償請求)
1 原告は、警察法60条1項による、沖縄県公安員会の援助の要請に基づき沖縄に派遣され、同法3項により、沖縄県公安委員会の管理のもとに職務を行った警視庁警察官により、2016年11月3日午前11時42分から、同日午後1時55分まで、2時間以上に渡って、違法に車両内に拘束され身体活動の自由を奪われた上、その間、車両前後からビデオ撮影を行われて、プライバシーを侵害されて重大な精神的苦痛を受けたものである。
2 また、 高江弁護団として、警察による違法な警察権力の行使を監視し、市民の人権を守るとの業務を妨害されたものである。
3 原告の被った精神的苦痛は金銭では購えないが、これを慰謝するには、金500,000円が相当である。
4 被告は、前記の通り、沖縄県公安委員会の援助の要請により派遣され、沖縄県公安委員会の管理のもとで、職務を行う警視庁警察官の行った不法行為について、国家賠償法1条によって、
その責任を免れないというべきである。


 この訴訟では、「因って原告は被告に対して、金500,000円及びこれに対する不法行為の日である2016年11月3日から、支払済みまで、年五分の金員を付して支払うよう求める次第である。」、と請求しています。


 「弁護士なのに、法的根拠も明らかにさせきれず、2時間も留め置かれたことは、法律専門家として、『恥』ではありますが、小さな事に対しても、黙っていないことが、民主主義と正義の実現であると考えて、訴訟を提起しました。」 
 三宅弁護士の行動に深く敬意を表します。


 以下、辺野古高江新聞の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-11-22 09:44 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

「駆け付け警護」「宿営地の共同防護」の新任務を考える。(3)

 安倍晋三政権は、2016年11月15日の閣議で、南スーダン国連平和維持活動(PKO)に参加する陸上自衛隊に、安全保障関連法に基づく「駆け付け警護」の新任務を付与する実施計画の変更を決定した。また、閣議に先立つ国家安全保障会議(日本版NSC)では、同じく新任務の「宿営地の共同防護」を付与する方針も確認した。
 このことについて、考える。
2016年11月16日付けの九州地区の各紙の社説または論説の見出しは次のとおりである。


(1)琉球新報社説-「駆け付け警護」付与 国のカタチ破壊する暴挙 自衛隊撤退を検討すべきだ
(2)沖縄タイムス社説-[駆け付け警護]政府は責任もてるのか
(3)南日本新聞社説- [駆け付け警護] 見切り発車の新任務付与を危惧する
(4)佐賀新聞論説-駆け付け警護 任務できる治安状況か
(5)宮崎日日新聞社説-駆け付け警護現地の状況認識甘くないか 
(6)西日本新聞社説-自衛隊新任務 原則をなし崩しにするな
(7)大分合同新聞論説-駆け付け警護任務付与 活動拡大を危惧する
(8)熊本日日新聞社説-駆け付け警護 リスクを直視しているか


 このように、今回取りあげた8社は、いずれも政府への危惧感等を明確にしている。
ここで、各紙の主張を見てみる。
Ⅰ.琉球新報の主張
(1)憲法9条が禁じる海外での武力行使につながる恐れがあり、平和国家日本の国のカタチを破壊する暴挙だ。自衛隊員が危険にさらされるのみならず人命を奪う事態もあり得る。断じて認められない。
(2)「比較的」との曖昧な言葉で、自衛隊に駆け付け警護の危険な任務を押し付けるのである。自衛隊員の命に政府として責任を持つそぶりも感じられない。自衛隊員の安全軽視を放置してはならない。
(3)安全対策も不十分だ。政府は「安全を確保しつつ有意義な活動を実施することが困難と認められる場合」が生じれば、国家安全保障会議(NSC)の審議後、部隊を撤収するとしている。だが、部隊が戦闘に巻き込まれた場合、NSCの判断を待つ余裕はない。これで自衛隊員の安全が確保されると考えるのは浅はかである。
 救助の要請を受け、武器を持って出動する新任務の訓練期間はわずか2カ月だった。防衛相は「十分、対応可能なレベルに達した」と強調している。だが軍事の専門家でもない防衛相の言葉を信じる国民はいまい。駆け付け警護などの訓練と実際とでは大きく異なるだろう。状況判断を誤れば、自衛隊員が命の危険にさらされることは明らかだ。
(4)憲法解釈の変更を反映させた安全保障関連法が15年9月に成立し、今年3月に施行され、自衛隊の任務が大幅に拡大された。自衛隊の本来の任務である「専守防衛」を大きく逸脱する危険な領域へと日本は入ったのである。
 安倍政権は駆け付け警護付与を突破口にして「戦争ができる国」への転換を狙っていることは間違いない。最終的には憲法9条を改正し、自衛隊が世界のどこでも武力行使を全面的に行えるようにする可能性がある。
 衆参両院で改憲勢力が改憲発議に必要な3分の2を占めてもいる。憲法9条は風前のともしびである。そう言わざるを得ない状況にあることを、国民全体で強く認識する必要がある。
Ⅱ.沖縄タイムスの主張
(1)陸自は先月、「駆け付け警護」など新任務の訓練を初めて報道陣に公開した。訓練では「法的に何ができて何ができないかを体に染みこませた」という。
 憲法9条は交戦権を明確に否定している。だが、武装集団は9条を考慮して襲ってくるわけではない。憲法9条を前提にした「想定」と、南スーダンの厳しい「現実」には大きな裂け目があり、「想定」が突発的な「現実」に飲み込まれるおそれがある。
 国民的合意が得られず、理由もはっきりしないまま、隊員を危険な新任務に就かせるのには賛成できない。
(2)「比較的安定」という判断がどのような物差しに基づいているか、つまびらかでないが、実績を作りたいあまり現地情勢を甘く見積もっているところはないか。
(3)政府は、PKO参加5原則が満たされていても活動実施が困難な場合は撤収する、ことを15日の閣議で決めている。状況判断の難しさは想像するにあまりある。銃の引き金に指をかける行為は、隊員自身にとって途方もない判断になるだけでなく、国のあり方をも揺さぶる重さを秘めている。隊員はその重さに耐えられるだろうか。PKOそのものが変質しつつある現実を踏まえ、国際貢献のあり方を検討し直すべき時期にきている。
Ⅲ.南日本新聞の主張
(1)いよいよ自衛隊が未知の領域に足を踏み入れる。
 海外での武力行使を禁じた憲法9条の縛りも緩む。
(2)自衛隊はこれまで海外で一発の銃弾も撃たず、一人の戦死者も出していない。戦闘に巻き込まれる危険が増すことは避けられない。海外での武力行使を禁じた憲法9条の縛りも緩む。
(3)「積極的平和主義」を掲げる安倍晋三首相に、新任務付与の責任と覚悟はあるのだろうか。なぜ今、新任務が必要か、隊員の安全が確保できる情勢なのか。疑問や懸念を置き去りにした見切り発車の感が強い。深く危惧する。
(4)南スーダンで「紛争当事者間の停戦合意」を軸とするPKO参加5原則が満たされているかを問い直す必要もある。
(5)1992年の初めてのPKO派遣から四半世紀がたつ。国際貢献活動としての理解が定着してきたのも、平和憲法の枠内での活動に徹したためだろう。新任務を巡りPKOは大きな曲がり角に立つ。
(6)政府の判断だけで安保政策を押しつければ、民意との乖離(かいり)は広がるばかりだ。政府は10月下旬の時点で部隊を撤退させた国はないとし、自衛隊は「国際社会の平和と安定に貢献している」と強調する。だが、それも安保政策に国民の幅広い支持があっての話だ。安倍政権は肝に銘じるべきだ。
Ⅳ.佐賀新聞の主張
(1)集団的自衛権を盛り込んだ安全保障関連法にもとづく初めての任務だ。ただ、南スーダンは内戦状態といわれ、武装集団への応戦が迫られる危険な事態も起こりうる。これまで他国で1発の銃弾も撃たず、犠牲者を出すことがなかった自衛隊にとって大きな転機を迎える。
(2)政府は「駆け付け警護」と「宿営地共同防衛」だけ、活動範囲は「首都とその周辺」だけとしているが、想定外の事態は常に起こりうる。PKO宿営地に逃げてきた住民を追って、武装集団が押し寄せたことも過去にあった。自衛隊が本格的な戦闘に巻き込まれる可能性は否定できないはずだ。
(3)憲法が海外での武力行使を禁じていることを考えれば、紛争国への関わり方には制約がある。まだ国民の議論は十分と言えない。政府の実績づくりのために憲法の戦争放棄の精神がなし崩しになったり、自衛隊員が危険な状況に置かれてはならない。
Ⅴ.宮崎日日新聞の主張
(1)政府は安全保障関連法に基づいて、南スーダンに派遣する国連平和維持活動(PKO)の陸上自衛隊に、武器使用の範囲を拡大した「駆け付け警護」の新任務を加えることを閣議決定した。これまで他国民に向けて1発の銃弾も撃たず、自らの犠牲者も出さなかった自衛隊の活動は大きく変質する。
(2)安保関連法は10本の法改正と1本の新法が一括審議された。PKO活動について十分な議論が尽くされたか。新任務に国民の理解と支持が得られているかは疑問だ。安倍政権が掲げる「積極的平和主義」の下に、海外での武力行使を禁じた憲法9条の制約を緩めた活動の拡大を危惧する。
(3)疑問があるのはそもそもの派遣自体の判断だ。政府見解はジュバの状況は「楽観できないが、現在は比較的落ち着いている」とした。だが7月に政府軍と反政府勢力の間で大規模戦闘が発生。反政府勢力トップは内戦を継続する考えを示している。国連はジュバの治安情勢について「不安定な状況が続いている」と報告書をまとめた。極めて流動的で不測の事態も懸念される状況と言うべきだ。
(4)稲田防衛相や首相補佐官らは短期間、現地を視察。政府見解では反政府勢力には「系統だった組織性」はなく、陸自派遣にPKO法上問題はないとした。状況認識が甘くないか。
(5)PKOは1992年の初めての派遣から四半世紀。停戦合意の維持などから住民保護へと活動実態が変わったと指摘されるPKOに、日本がどう関わっていくのか。あらためて検討すべき時だ。
Ⅵ.西日本新聞の主張
(1)国連が主体となって地域の平和を守る活動に、日本が積極的に貢献していくことは重要である。自衛隊が民間人の安全確保に協力することにも異存はない。しかし、現在の南スーダンの混乱した情勢に照らせば、今回の新任務付与は、日本が平和主義と国際貢献を両立させるために守ってきた重要な原則を、なし崩しにする恐れをはらんでいる。
(2)まずはPKO参加5原則との整合性である。南スーダンでは大統領派の政府軍と前副大統領派の反政府軍との戦闘が続いている。7月には自衛隊が活動する首都ジュバで大規模な市街戦が起きた。「紛争当事者間の停戦合意が成立」などの5原則を満たしていないとの指摘がある。そこで新任務を実施すれば、自衛隊が両派の対立に巻き込まれかねない。
(3)そもそも南スーダンに派遣されている自衛隊は施設部隊であり、主な仕事は道路建設だ。治安維持に適した部隊ではない。内戦ともいえる国で道路建設を続行し、隊員を危険にさらすことに国民の理解は得られるのか。新任務に突き進むのではなく、むしろ撤収を検討すべき情勢だ。自衛隊の派遣にこだわらず、日本が南スーダンのために何ができるか、幅広く考える時ではないか。
Ⅶ.大分合同新聞の主張
(1)1992年の初めてのPKO派遣から四半世紀。隊員が戦闘に巻き込まれるリスクは確実に高まる。これまで他国民に向けて1発の銃弾も撃たず、自らの犠牲者も出さなかった自衛隊の活動内容は大きく「変質」する。
(2)10本の法改正と1本の新法が一括審議された安保関連法でPKO活動について十分な議論が尽くされたか。新たな任務に国民の理解と支持が得られているかは疑問だ。
(3)安倍政権が掲げる「積極的平和主義」の題目の下に、海外での武力行使を禁じた憲法9条の制約を緩めた活動の拡大を危惧する。
(4)停戦合意の維持などから住民保護へと活動実態が変わったと指摘されるPKOに日本がどう関わっていくのか。あらためて検討すべきだ。
(5)実施計画の変更では「安全を確保しつつ有意義な活動を実施することが困難な場合」は部隊を撤収することも盛り込み、首相は「撤収をちゅうちょすることはない」と述べた。しかし「派遣ありき」を前提とするような姿勢で、状況を的確に判断できるのか。懸念と疑問は尽きない。
Ⅷ.熊本日日新聞の主張
(1)海外で1発の銃弾も撃ったことがなく、自らの犠牲者を出さなかった自衛隊の活動が大きく変わり、戦闘に直面するリスクが増大するのは避けられない。
(2)稲田防衛相や首相補佐官らが、短期間現地を視察。政府見解は反政府勢力に「系統だった組織性」はなく、陸自派遣にPKO法上問題はないとしたが、リスクを直視していないのではないのか。
(3)実施計画の変更では「安全を確保しつつ有意義な活動を実施することが困難と認められる場合」は部隊を撤収することも盛り込み、安倍晋三首相は「撤収をちゅうちょすることはない」と述べた。しかし、武器を持って出動する新任務は、これまでの自衛隊活動の中では未経験の事態への対処となる。状況判断を誤れば、大きな危険にさらされるのは間違いない。拙速に事を進めているのではないか。
(4)政府は、安保関連法で可能となった新たな国際貢献の実績作りを着実に進めたい考えとみられるが、「付与ありき」の判断なら将来に禍根を残しかねない。


 また、沖縄タイムスは、新任務について次のように指摘する。


「離れた場所にいる国連や非政府組織(NGO)の職員らが武装集団や暴徒に襲われた際、武器を使って警護するのが『駆け付け警護』である。宿営地が武装集団に襲撃されたとき、他国軍とともに『宿営地の共同防衛』にあたる任務も新たに付与する予定だ。新任務は、自衛隊員が戦闘場面に直面し、『殺すリスク』と『殺されるリスク』がともに高まるという点で、派遣される隊員に大きな負担を負わせることになる。その面の論議が不十分だ。」


 特に、琉球新報の「憲法9条が禁じる海外での武力行使につながる恐れがあり、平和国家日本の国のカタチを破壊する暴挙だ。自衛隊員が危険にさらされるのみならず人命を奪う事態もあり得る。断じて認められない。」及び沖縄タイムスの「憲法9条は交戦権を明確に否定している。だが、武装集団は9条を考慮して襲ってくるわけではない。憲法9条を前提にした『想定』と、南スーダンの厳しい『現実』には大きな裂け目があり、『想定』が突発的な『現実』に飲み込まれるおそれがある。国民的合意が得られず、理由もはっきりしないまま、隊員を危険な新任務に就かせるのには賛成できない。」、との主張は特筆に値する。
 このことは、日本国憲法の改憲・改悪が、そのまま沖縄に強い影響を与えることを両社が自覚していることを示している。
 琉球新報の「狙いは9条改正だ」、との指摘はまさしくこのことからの告発なのである。


 以下、各紙の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-11-21 14:40 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

「駆け付け警護」「宿営地の共同防護」の新任務を考える。(2)

 安倍晋三政権は、2016年11月15日の閣議で、南スーダン国連平和維持活動(PKO)に参加する陸上自衛隊に、安全保障関連法に基づく「駆け付け警護」の新任務を付与する実施計画の変更を決定した。また、閣議に先立つ国家安全保障会議(日本版NSC)では、同じく新任務の「宿営地の共同防護」を付与する方針も確認した。
 このことについて、考える。
2016年11月16日付けの朝日新聞、毎日新聞、東京新聞、読売新聞紙の社説の見出しは次のようになっている。


(1)朝日新聞社説-駆けつけ警護 納得できぬ政府の説明
(2)毎日新聞社説-駆け付け警護 慎重のうえにも慎重に
(3)東京新聞社説-南スーダンPKO 新任務より撤収の勇気を
(4)読売新聞社説-駆けつけ警護 安全確保しつつ新任務を担え


 今回も、「安全確保しつつ新任務を担え」と主張する読売新聞の異端ぶりが際立つ。
 読売以外の主張は、「新任務より撤収の勇気を」「納得できぬ政府の説明」「慎重のうえにも慎重に」、と反対や疑問が基調になっている。


 各紙の主張は次のようになっている。
Ⅰ.朝日新聞の主張
(1)事実上の内戦状態にある南スーダンでの新任務の付与に、あらためて反対する。
(2)政府は、憲法との整合性を保つため設けられた「PKO参加5原則」は維持されていると繰り返す。実態とかけ離れていないか。現状は「紛争当事者間の停戦合意」や「紛争当事者の安定的な受け入れ同意」が確立した状況とは考えにくい。
(3)政府がいま、急ぐべきは新任務の付与ではない。内戦状態が拡大して、道路や施設整備が難しくなった場合の、自衛隊の撤収に向けた準備ではないか。日本がめざすのは、あくまで南スーダンの国造りであって、自衛隊の派遣継続で存在感を示すことではない。
そのためにも、支援の重点を切り替える必要がある。自衛隊の「出口戦略」を描き、人道支援や外交努力など日本らしい貢献策を強めていく時だ。
Ⅱ.毎日新聞の主張
(1)新任務の付与は、昨年9月に安全保障関連法が成立したことで可能になった。安保関連法のうち、私たちは集団的自衛権の行使容認や重要影響事態法には反対してきたが、国際協力活動の意義は認めてきた。
(2)駆け付け警護には、確かにリスクはある。だが、特殊な訓練を受けた自衛隊にしかできない任務であることも事実だ。人命尊重を考えると、厳しい歯止めをかけたうえで、極めて慎重に判断し、運用することが最低限の条件だ。任務付与といっても、必ずやらなければならないということではなく、実施するかどうかは、状況を見て部隊長が判断する。自衛隊の能力を超える場合は、救援要請を断るしかない。安倍晋三首相は「PKO参加5原則が満たされている場合でも、安全を確保しつつ有意義な活動を実施することが困難と判断する場合には、撤収をちゅうちょすることはない」と語った。政府は現地の治安情勢を正確に把握し、状況次第で撤収を決断する覚悟も必要だ。
Ⅲ.東京新聞の主張
(1)一九九二年のカンボジアから始まった自衛隊の国連平和維持活動(PKO)参加は、二十四年を経て歴史的転換点に立っている。
(2)問題となるのは、自らを守るという武器使用の一線を越え、任務を遂行するための武器使用が可能になることだ。
(3)海外で武力の行使はしないという抑制的な姿勢が、戦後日本の国際的な信頼と経済的繁栄をもたらしたことは紛れもない事実だ。
(4)市民を巻き込んだ戦闘の危険すら否定できない情勢で現地にとどまることが、日本の活動として本当に適切なのだろうか。駆け付け警護に当たる自衛隊が武装勢力との間で本格的な戦闘に発展すれば、双方に犠牲が出ることも避けられないだろう。戦闘相手が、五原則で想定している国家や国家に準ずる組織でないとしても、憲法が禁じる海外での武力の行使と同様の軍事的行為に当たるとの批判は免れまい。
(5)専守防衛に徹する平和国家であり、欧州各国とは違ってアフリカを植民地支配したこともない日本だからこそ得られる信頼があり、できる貢献があるはずである。政府は各国に呼びかけ、インフラ整備をはじめ医療・衛生、教育・人材育成など非軍事の民生支援の検討を急いだらどうか。日本から遠い地で、厳しい状況下で任務に当たる自衛隊員には敬意を表するが、有意義な活動ができない治安情勢に至った場合、安倍晋三首相には躊躇(ちゅうちょ)なく撤収を決断する勇気を求める。
Ⅳ.読売新聞の主張
(1)駆けつけ警護は、国連や民間活動団体(NGO)の職員らが武装集団などに襲われた際、救援に向かう任務である。従来は、正当防衛・緊急避難でしか武器が使用できないという過剰な法律上の制約から、実施できなかった。1992年に自衛隊がPKOに参加して以来、人道上の最低限の国際的責務さえ果たせない不正常な状況がようやく是正される。
(2)疑問なのは、野党が、こうした実情を踏まえず、新任務は危険だと批判ばかりしていることだ。
(3)駆けつけ警護は、あくまで一時的、応急的な任務だ。施設部隊が主体の陸自が救援要請されるケースは、近くに他国の歩兵部隊がいないなど、極めて限られる。陸自の能力上も、武力衝突の現場に駆けつけることは想定されない。無論、新たな任務には、危険が伴う。そのリスクを最小限にする不断の努力が欠かせない。
(4)現地で得た情報や教訓を踏まえて、様々なケースを想定した陸自の訓練や装備を中長期的に充実させることも大切となろう。


 加えて、スーダンの最近の状況について朝日新聞はこのように押さえている。


(1)現地の治安情勢は予断を許さない。国連の事務総長特別顧問は今月11日、南スーダンで「民族間の暴力が激化し、ジェノサイド(集団殺害)になる危険性がある」と警告した。
(2)国連南スーダン派遣団(UNMISS)にも混乱が広がっている。7月の首都ジュバでの大規模戦闘では、各国の文民警察官らが国外に退避。今月に入ってケニア出身の司令官が更迭され、これに反発したケニアは部隊の撤退を始めた。
(3)武器は全土に拡散し、7月の戦闘の際は国連施設も略奪の被害を受けた。この戦闘で政府軍とPKO部隊が一時交戦したとの認識を、南スーダン情報相が本紙の取材に示している。



 さて、問題は、毎日新聞の指摘する「新任務の付与は、昨年9月に安全保障関連法が成立したことで可能になった。」、ということにある。
 このことの判断なしに今回の新任務の付与の意味は語れないはずである。
 ただ、毎日の「安保関連法のうち、私たちは集団的自衛権の行使容認や重要影響事態法には反対してきたが、国際協力活動の意義は認めてきた。」、とはどういうことなのかきちっとした説明が必要である。


 以下、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞、読売新聞の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-11-20 06:08 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

「駆け付け警護」「宿営地の共同防護」の新任務を考える。

 東京新聞は2016年11月15日、「政府は十五日午前の閣議で、南スーダン国連平和維持活動(PKO)に参加する陸上自衛隊に、安全保障関連法に基づく「駆け付け警護」の新任務を付与する実施計画の変更を決定した。閣議に先立つ国家安全保障会議(日本版NSC)では、同じく新任務の「宿営地の共同防護」を付与する方針も確認した。」、と報じた。
 このことに関して、澤藤統一郎さんは「澤藤統一郎の憲法日記」のブログで2016年11月7日、自衛隊員よ。危険を背負わされて、南スーダンに行くなかれ。」、と記した。
澤藤さんのこのブログから「『駆け付け警護』『宿営地の共同防護』の新任務」について考える。


Ⅰ.何が問題なのか。


(1)大統領派と副大統領派の戦闘の現実を、「戦闘ではない、衝突に過ぎない」と無責任なレトリックで、危険な地域に危険な任務を背負わしての自衛隊派遣である。これは、海外派兵と紙一重。
(2)これまで派遣されていたのは「南スーダン派遣施設隊」の名称のとおり、施設科(工兵)が主体。道路修復などもっぱらインフラ整備を主任務としてきた。今度は、普通科(歩兵)だ。危険を認識し覚悟しての自衛隊派遣。派遣される自衛隊員も危ないし、自衛隊員の武器使用による死傷者の出ることも予想されている。
(3)アベ政権が、危険を承知で新任務の自衛隊派遣を強行しようというのは、憲法を壊したいからだ。憲法の平和主義を少しずつ侵蝕して、改憲の既成事実を積み上げたい。いつの日にか、「巨大な既成事実が憲法の理念を押さえ込む」ことを夢みているのだ。
(4)1992年6月成立のPKO協力法(正式には、「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」)審議は、国論を二分するものだった。牛歩の抵抗を強行採決で押し切って、にようやくの成立となった。もちろん、憲法との整合性が最大の問題だった。
(5)そもそも1954年成立の自衛隊法による自衛隊の存在自体が憲法違反ではないか。これを、与党は「自衛権行使の範囲を超えない実力は戦力にあたらない」として乗り切った。そのため、参議院では全員一致で「自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議」をしている。
(6)PKO協力法は、その自衛隊を海外に派遣しようというもの。明らかに違憲ではないかという見解を、法に「PKO参加五原則」を埋め込むことで、「戦闘に参加する恐れはない。巻き込まれることもない」として、乗り切ったのだ。
(7)そして今度は、「駆けつけ警護」と「宿営地の共同防護」だ。場合によっては、積極的に武器使用を辞さない覚悟をもっての自衛隊派遣を許容する法が成立し、運用されようとしている。これを許せば、いつたい次はどうなることやら。


Ⅱ.改憲問題対策法律家6団体連絡会の「南スーダン・PKO自衛隊派遣に反対する声明」(2016年10月27日)から見えるもの。
 まず、「声明」は問題点を次のように指摘する。


(1)1992年にPKO法が制定された時、PKO活動の変質(米ソ冷戦前は北欧やカナダなどが原則非武装で、派遣国の停戦・受入合意がある場合にPKO活動を行っていたが、米ソ冷戦後は時にアメリカなどの大国が重武装で、しかも派遣国の停戦・受入合意がない場合でもPKO活動を実施するようになった)と憲法との関係(自衛隊をPKO活動に「派遣」するのは憲法9条違反ではないかという議論)から、当時の野党は国会で牛歩戦術まで使って抵抗したほど議論があった。
 そのため、政府・与党もPKO法を制定したものの、PKO法に基づく参加に当たっての基本方針として5原則(①紛争当事者間での停戦合意の成立、②紛争当事者のPKO活動と日本のPKO活動への参加の同意、③中立的立場の厳守、④上記原則が満たされない場合の部隊撤収、⑤武器使用は要員の生命等の防護のために必要最小限のものに限られること)を定め、自衛隊のPKO活動はあくまで復興支援が中心で、武器使用は原則として自己及び自己の管理に入った者に限定し、派遣部隊も施設部隊が中心であった。
(2)南スーダンでは、今年4月に大統領派と反政府勢力の前第1副大統領派とが統一の暫定政府を立ち上げたが、今年7月に両派で大規模な戦闘が発生し、この戦闘ではPKO部隊に対する攻撃も発生し、中国のPKO隊員と国連職員が死亡している。国連安保理は、今年8月にアメリカ主導で南スーダン政府を含めたいかなる相手に対しても武力行使を認める権限を付与した4000人の地域防衛部隊の追加派遣をする決議案を採択したが、この決議には南スーダンの代表自体が主要な紛争当事者の同意というPKOの原則に反しているという理由で反対し、ロシアや中国なども棄権している。今月も大統領派と前第1副大統領派との間での戦闘が拡大し、1週間で60人もの死者を出している。この状況はとてもPKO参加5原則を満たしている状況とはいえない。そして、政府が今後予定しているのは、施設部隊に加えて普通科部隊や、さらに中央即応集団の部隊も派遣される可能性があり、他国部隊を守るために武器使用に踏み切るならば、憲法9条で否定された武力行使にあたることになる。


 この上で、改憲問題対策法律家6団体連絡会は、「憲法違反の『戦争法』(いわゆる『安保関連法』)の廃止を引き続き求めていくとともに、かかる状況の下での自衛隊の南スーダンへの派遣と新任務の付与に断固として反対するものである。」、と結論づける。


Ⅲ.状況の悪化について。


 澤藤さんは、「その後、実態は悪化している。」、と次のように続ける。


(1)ケニア政府は11月3日、現地部隊にUNMISSからの即時撤退を命じた。同国は南スーダンの隣国、1230人を派遣してUNMISS総人員約1万3000人の主力をなし、UNMISSの司令官を出す地位にあった。ところが、潘基文国連事務総長はこのオンディエキ司令官を解任した。同国部隊が撤退した事情は、「今年7月首都ジュバで発生した政府軍と反政府勢力との戦闘のなか、政府軍の攻撃で多くの住民が死傷し、海外の援助関係者がレイプなどの被害に遭ったにもかかわらず、UNMISSの歩兵は動かなかった」「このため、国連は1日公表の報告書で、文民保護に失敗したと断定。司令官だったオンディエキ氏はその責任を追及されたとみられる」と報じられている。
(2)文民警察を派遣していた英国、ドイツ、スウェーデン、ヨルダンなども、7月の戦闘を契機に「安全確保」などの理由で文民警官を国外に退避させている。新たな任務を帯びた自衛隊は、そんなところに行くのだ。


 澤藤さんは、「澤藤統一郎の憲法日記」で、最後に次のようにまとめる。


「UNMISSの一員としての自衛隊は、その任務遂行のためには南スーダン政府軍との交戦が避けられない。既に、PKO参加五原則の要件は崩壊している。敢えての自衛隊派遣と駆けつけ警護等による武器使用は、憲法の許すところではない。」


 そして、こう語りかける。


「自衛隊員よ。南スーダンに行くなかれ。」


 以下、澤藤統一郎の憲法日記の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-11-17 06:52 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

陸上自衛隊に「駆け付け警護」を可能にする新任務付与を閣議決定。

 東京新聞は2016年11月15日、標題について次のように報じた。


(1)政府は十五日午前の閣議で、南スーダン国連平和維持活動(PKO)に参加する陸上自衛隊に、安全保障関連法に基づく「駆け付け警護」の新任務を付与する実施計画の変更を決定した。閣議に先立つ国家安全保障会議(日本版NSC)では、同じく新任務の「宿営地の共同防護」を付与する方針も確認した。稲田朋美防衛相は、十二月十二日から実際に駆け付け警護の実施が可能となることも明らかにした。実施に必要な指揮権を切り替える派遣命令を今月十八日に出す方針。 
(2)二十日から順次派遣される陸自第九師団(青森市)を中心とする交代部隊が新任務を担う。自衛隊の海外任務を大幅に拡大した安保法が適用される初のケースとして、活動が始まる。
(3)駆け付け警護は、離れた場所にいる国連職員らが武装集団に襲われた際、自衛隊が武器を持って緊急的に助けに行く任務。
 交代部隊は道路整備などを担当する施設部隊を中心とする約三百五十人。施設部隊の活動地域は首都ジュバ周辺に限定し、駆け付け警護の対象範囲も同じ地域内になる。政府は、実際の任務は原則として現地の警察や他国の歩兵部隊に委ねる方針で、自衛隊の警護対象にはジュバ市内の大使館関係者ら在留邦人二十人を想定している。
(4)駆け付け警護では、銃による威嚇や警告射撃が新たに認められた。武器を向けられたり発砲されたりした場合は「正当防衛・緊急避難」として危害を加える反撃が可能。今までにない任務で、自衛隊員のリスクが高まるとの指摘がある。
(5)ジュバ市内では七月に大統領派と反政府勢力との銃撃戦が発生し、二百七十人以上が死亡。十月にはジュバから約六百キロ離れた地域の戦闘で五十人以上が死亡した。政府は稲田氏や柴山昌彦首相補佐官を現地に派遣し、治安について「状況は楽観できないが、ジュバ市内は比較的落ち着いている」との見解をまとめ、交代部隊が必要な訓練を終えたとして任務付与に踏み切った。
(6)宿営地の共同防護は、他国軍と一緒にPKOの活動拠点を守る任務。安保法に新任務として明記された。
(7)安倍晋三首相は十五日午前の参院環太平洋連携協定(TPP)特別委員会で、南スーダンのPKOへの陸上自衛隊派遣に関し「安全を確保しつつ有意義な活動を実施することが困難と判断される場合は、撤収をちゅうちょすることはない」と述べた。
 首相は南スーダンの治安情勢について「状況は極めて悪く、多くの市民が殺傷される事態がたびたび生じている」と指摘。しかし、海外での武力行使を避けるためのPKO参加五原則は守られているとし「危険を伴う活動ではあるが、自衛隊にしかできない責務をしっかり果たすことができる」と強調した。


 以下、東京新聞の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-11-16 05:45 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

日弁連の、「憲法の恒久平和主義を堅持し、立憲主義・民主主義を回復するための宣言」を読む。

 日本弁護士連合会は、2016年10月7日、「憲法の恒久平和主義を堅持し、立憲主義・民主主義を回復するための宣言」を採択した。
 宣言は最初にこう切り出す。
 「今、この国の在り方すなわち憲法体制が、大きく変えられようとしている。」、と。
 この言葉にすべてが集約されている。
この宣言をこのように受け取った。


Ⅰ.何が問題なのか。
 憲法9条に違反する平和安全法制整備法及び国際平和支援法(以下「安保法制」という。)が2015年9月19日に国会で採決され、2016年3月29日に施行された。これによって日本は、集団的自衛権を行使して他国の戦争に参加し、あるいは海外での他国の武力の行使と一体化する危険を免れないこととなった。


Ⅱ.このことはどのような意味を持つのか。
(1)日本国憲法の役割
1.1945年、日本は、アジア・太平洋戦争の惨禍に対する痛切な反省に立ち、その惨禍をもたらした国家主義と軍国主義を排し、個人の尊厳に立脚して、主権が存する国民による全く新たな憲法体制を構築することとなった。そして制定された日本国憲法は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」、世界に先駆ける徹底した恒久平和主義を高らかに謳った。
2.戦後70年の日本の歴史において、憲法9条は、現実政治との間で深刻な緊張関係を強いられながらも、集団的自衛権の行使の禁止、海外における武力行使の禁止などの基本的な原則を内容とする法規範として、平和主義の基本原理を確保するための現実的な機能を果たしてきた。これによって日本は、国際社会の中で、平和国家としての一定の評価を得てきた。
(2)安倍晋三政権の策動
1.この間、日本を取り巻く安全保障の環境が一層厳しさを増していることを理由に、特定秘密保護法の制定、国家安全保障戦略の策定、武器輸出禁止原則の転換などが進められた上、解釈で憲法を改変し安保法制を整備するための閣議決定がなされ、これを受けて憲法に違反する安保法制が制定されるに至った。ここに、内閣及び国会によって立憲主義が踏みにじられ、同時に、憲法9条の上記法規範としての機能も損なわれることとなった。
2.政府は、安保法制法案を国会に提出するよりも前に内容を先取りする新たな日米防衛協力のための指針を合意し、法案の国会審議においても、多くの専門家の違憲性の指摘や法案成立反対の多数世論にもかかわらず、また集団的自衛権の行使等を必要とする立法事実すらあいまいなまま、審議を十分に尽くすことなく、採決を強行した。その過程は、言論の府としての国会による代表民主制の機能を阻害するものであった。


Ⅲ.これから現実としておこること。
(1)安保法制が施行された今、この国は、政府の判断と行為によって、集団的自衛権が行使されることなどが、現実の問題として危惧される状況にある。しかも特定秘密保護法の下では、市民は、政府の判断の是非を検討するため必要な情報を十分に知らされず、民主主義事後的な検証すら保障されない。政府に対する監視にとって表現の自由の保障が不可欠であるが、政府・与党関係者がメディアの政治的公平性を問題視し、放送局の電波停止にまで言及する等、表現の自由への介入の動きも際立ってきている。
(2)このような状況は、日本が戦後70年間にわたって憲法9条の下で培ってきたかけがえのない平和国家としての理念と実績を損ない、海外においても武力の行使ができる国となり、個人の尊厳と人権の尊重を基本とする憲法の価値体系が影響を受けて、国の基本的な在り方が変容させられてしまいかねないものである。


Ⅳ.日本弁護士連合会の決意
(1)今ほど、立憲主義、民主主義、恒久平和主義という憲法的価値の真価が問われているときはない。そして、この憲法的価値の回復と実現は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士からなる当連合会としての責務である。また、安保法制が制定・施行された現在、立憲主義の理念に基づいて権力の恣意的行使を制限し、法の支配を確保すべき司法の役割は大きく、その一翼を担う当連合会の果たすべき役割もまた重大である。
(2)今、この国の歴史の大きな岐路に立って、当連合会は、民主主義を担う市民とともに、立憲主義国家が破立壊され、この国が再び戦争の破局へと向かうことの決してないよう、憲法の恒久平和主義を堅持し、損なわれた立憲主義と民主主義を回復するために、全力を挙げることをここに表明するものである。


 この宣言から受け取るのものは次のことである。


(1)今、この国の歴史の大きな岐路に立っていることを深く自覚すること。
(2)立憲主義国家が破立壊され、この国が再び戦争の破局へと向かうことの決してないよう、憲法の恒久平和主義を堅持し、損なわれた立憲主義と民主主義を回復するために、全力を挙げて取り組むこと。
(3)こうした考え方を持った人々と広範な闘いを共闘すること。


 以下、日本弁護士連合会の宣言の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-11-07 10:03 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

日本国憲法は公布七十年の節目の日に考える。

 2016年11月3日、日本国憲法は公布七十年の節目を迎えた。
東京新聞は、「<憲法70年を歩く>きょう公布70年 沖縄を誰が守る」、との記事を掲載した。
東京新聞は、沖縄の現状を通して、この国の憲法の意味を問うた。
まずは、東京新聞はこのように沖縄の今を描写する。


 沖縄県北部・東村(ひがしそん)の森で見つけた木の実。楕円(だえん)形で筋状の出っ張りがある。そう、ウルトラマンの顔そっくり。水辺に落ち、川や海に浮かんで運ばれる。
 そこから連なる亜熱帯の森に東村高江(たかえ)周辺の米軍用ヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)建設現場がある。
 「排除ッ!」。機動隊の隊列が、ゲート手前の路上に座り込む市民の腕や足をつかみ、羽交い締めにし、力ずくで路肩へと抱え出す。後ずさりし、記者の足に触れた女性の背中は震えていた。


 続いて、「『教授』と呼ばれる元裁判官」を描く。


 この抗議現場に通い、「教授」と呼ばれる元裁判官がいる。仲宗根(なかそね)勇さん(75)で、裁判所職員から「弱者の権利を守りたい」と五十一歳で簡易裁判所の判事になった。指名されると、スピーチに立つ。「警察官諸君! 憲法が保障する人権と自由を害する権限の乱用があってはならない。警察法二条に書いてあるぞ」
 沖縄は一九四五年の地上戦の末、米軍の支配下に置かれる。日本国憲法は、七二年の本土復帰まで適用されなかった。仲宗根さんは当時、近所の畑で「黒い塊」を見た。米兵に乱暴された女性の死体だった。地元うるま市でも米軍は「銃剣とブルドーザー」で土地を奪い、基地を広げた。


 東京新聞は、仲宗根勇さんの痛烈な批判を伝える。


 「むき出しの暴力だった。だからこそ憲法が沖縄人に光り輝いて見えた。人権が守られる、平和な暮らしを取り戻せる、とね」。ところが公布七十年の節目を前にして起こったことは。「解釈改憲で集団的自衛権が容認され、憲法違反の安全保障関連法が成立してしまった」

「沖縄では機動隊や海保の国家暴力を総動員しているのに、『彼らは国民のために頑張っている』と煙幕を張るためだ」。

「国家の暴走を縛る憲法と立憲主義が、時の権力者の恣意(しい)で着物のように簡単に脱ぎ捨てられた。米軍統治時代よりもワジワジして(怒って)いる」


 あわせて、前泊博盛沖縄国際大教授の次の声を伝える。


「在日米軍は、本土からは外国の脅威を倒してくれるウルトラマンに見えるが、沖縄から見ると怪獣でしかない。私たちを守ってくれる真のウルトラマンは憲法のはず」。


 東京新聞の辻渕智之記者は、こう続ける。


「だが七十年前に生まれたその『実』は根づくどころか、どこかに漂流しようとしている。」


 確かに、日本国憲法は、沖縄で最も光り輝いていた時が一瞬であったとしてもあった。
 それは、「むき出しの暴力だった。だからこそ憲法が沖縄人に光り輝いて見えた。人権が守られる、平和な暮らしを取り戻せる、とね」、と。
しかし、「解釈改憲で集団的自衛権が容認され、憲法違反の安全保障関連法が成立してしまった」。
 果たして、日本国憲法はどんなかたちで漂流しているというのか。
 思っているほどには、すでに中味はなくなってしまっているのではないか。
 でも、実を育てるのは、人の営みのはずである。
 少なくとも、日本国憲法で育った来た証は、それぞれが持っているはずなのだから。


 以下、東京新聞の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-11-06 09:15 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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