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集団的自衛権15-閣議決定を批判する20140704

(最初に)

 7月1日の閣議決定について、次の観点から反対する。

  第1に、今回の閣議決定は、近代国家の成立基盤である立憲主義や日本国憲法を破壊しようとするものであり、ひいては命の問題を軽視するものである。
 第2に、この閣議決定は、アメリカの覇権戦略に日本を組み込む新しい米軍再編-アメリカの戦争のための武力行使-の一環として強行されたものである。
 第3に、この閣議決定は、国民の中で十分に議論されることがなかった。また、憲法に拘束されるはずの政府が閣議決定を行ったことは、背理である

 以下、具体的に考える。
 沖縄県の地方紙である琉球新報と沖縄タイムスの社説は、この閣議決定を「クーデター」あるいは「憲法クーデター」と厳しく批判する。
 何故なら、沖縄にとっては、「集団的自衛権の行使容認、ガイドライン見直し、辺野古移設の3点セットによって沖縄の軍事要塞(ようさい)化が進むのは間違いない。沖縄が標的になり、再び戦争に巻き込まれることがないか、県民の不安は高まるばかりである」(沖縄タイムス)という道筋が、辺野古や高江への日本政府のこれまでの施策を通して、沖縄県民にとっての将来の現実として明確に捉えられるからである。
 しかし、これは沖縄だけにとどまる問題ではなく、日本全体が、「日本が集団的自衛権を行使すると、日本が他国間の戦争において中立国から交戦国になるとともに、国際法上、日本国内全ての自衛隊の基地や施設が軍事目標となり、軍事目標に対する攻撃に伴う民間への被害も生じうる」(日弁連会長声明20140701)ことになる。
 つまり、第1に、今回の閣議決定は、近代国家の成立基盤である立憲主義や日本国憲法を破壊しようとするものであり、ひいては命の問題を軽視するものである。
 だとしたら、この閣議決定は、やはり「クーデター」的行為として位置づけるだけの状況認識が必要である。もちろん片方では、「閣議決定だけではほとんど意味はありません。確かにこれまでの政府解釈を根本的に変更するのですから、大きな一歩を踏み出したことは間違いありません。しかしそれだけで物事が変わるというものではないという点も、抑えておく必要があります」(NPJ通信・井上正信弁護士)ということもこれからの運動の視点として、あわせて持たなければならない。

 かって訪れた韓国ピョンテクの平和センターは、「在韓米軍の役割を韓半島固定の軍隊ではなく、いつでもどこでも移動可能な迅速機動軍として再編することが在韓米軍再編の本質だ。これによるアメリカの覇権戦略に基づいて不必要な地域紛争に巻き込まれ、日常的にテロと戦争の驚異に苦しむことになる」と、米軍再編問題の本質について説明してくれた。これまでも、日本が「『武力行使』に踏み込むことは『アメリカの戦争』に組み込まれることだ」との指摘がなされてきた。
 この視点から考えた時、第2に、この閣議決定は、アメリカの覇権戦略に日本を組み込む新しい米軍再編の一環として強行されたものであると捉える必要がある。そしてその結果日本は、「アメリカの覇権戦略に基づいて不必要な地域紛争に巻き込まれ、日常的にテロと戦争の驚異に苦しむことになる」という実態がもたらされることになる。

 また、今回の閣議決定までの手続きについて、「自民、公民両党の与党協議はわずか11回、非公開だった。議論を尽くすことをせず、結論だけを急いだ。国会論議も衆参でわずか2日間しか設定しなかった。しかも閣議決定案が出る前である。横暴この上ないやり方でなされた閣議決定はとても歴史的審判に耐えられない」(沖縄タイムス20140702)と、その結論ありきの強行手法が指摘される経過をたどった。
 したがって、第3に、この閣議決定は、憲法の基本原理に関わる重大な変更、すなわち憲法第9条の実質的な改変を、国民の中で十分に議論することすらなく、解釈変更で強行的に行ったものであり、「憲法に拘束されるはずの政府が閣議決定を行うことは背理である」(日弁連会長声明20140701)ということに尽きる。
 今回の閣議決定までの過程でふと思い浮かべたのが、日本憲法第12条の次の「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」という記述である。まさに、「国民の不断の努力」を妨げてしまうのが、この閣議決定ではないのか。

(閣議決定全文を読む)

 閣議決定全文について、具体的に考える。
 以下、閣議決定全文を「全文」と読み替える。

 「国際社会もまた、わが国がその国力にふさわしい形で一層積極的な役割を果たすことを期待している」とされている。
 端的に言えば、この「国力」という言い方は、「軍事力」という言葉に置き換えて使用されている。本来、国際社会が期待するものは、それぞれの国家が、それぞれの憲法に基づくその国のあり方を追求する中で、その役割を主体的に果たしていくことのはずである。しかし、「全文」では、「軍事力」(「国力」)が備わればこの役割を果たすと結論づけられている。このことを立証するものは、この「全文」では全くない。これまでの国のあり方を変える以上、このことについてきちっと説明する必要がある。

 「国際協調主義に基づく『積極的平和主義』の下、国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に貢献するためには、切れ目のない対応を可能とする国内法制を整備しなければならない」とされている。
 この場面でも、またぞろ出された「積極的平和主義」という表現であるが、これについての具体的な定義はなされていない。また、その具体的なイメージも提起されていない。
 どうやら、ここでいう「積極的平和主義」とは、前段までの文章とのつながりから考えると、「軍事力を背景にした威嚇及び軍事力の実行による恫喝行為や侵略行為に基づく『平和的行為』」ということらしい。明らかに論理矛盾である。

 「無力攻撃に至らない侵害への対処」や「国際的な平和協力活動に伴う武力行使」について縷々述べられている。
 こうしたことへの対処の基本は、まずは外交的努力が前提とされなけねばならないはずである。このことへの記述はほんのわずかしか表現されていない。

 「米軍部隊に対して武力攻撃に至らない侵害が発生した場合を想定し、自衛隊法第95条による武器等防護のための『武器の使用』の考え方を参考にしつつ、自衛隊と連携してわが国の防衛に資する活動(共同訓練を含む)に現に従事している米軍部隊の武器等であれば、米国の要請または同意があることを前提に、当該武器等を防護するための自衛隊法第95条によるものと同様の極めて受動的かつ限定的な必要最小限の『武器の使用』を自衛隊が行うことができるよう、法整備をすることとする」と位置づけられている。
 このことによって、自衛隊の軍事的役割の拡大を、一方的に決定するもののなっている。結局、自衛隊の「国軍」化であり、活動領域の拡大と海外での「武力行使」の容認である。

 あわせて、「自衛隊は、各種の支援活動を着実に積み重ね、わが国に対する期待と信頼は高まっている。安全保障環境がさらに大きく変化する中で、国際協調主義に基づく『積極的平和主義』の立場から、国際社会の平和と安定のために、自衛隊が幅広い支援活動で十分に役割を果たすことができるようにすることが必要である」とされている。
 そもそも、わが国に対する期待と信頼は、日本国憲法下における外交的努力によるものであったはずである。ここでも、自分に都合のよい論理展開だけが行われている。

 「米国の要請または同意があることを前提に、・・・受動的かつ限定的な必要最小限の『武器の使用』を自衛隊が自衛隊が行うことができるよう、法整備をすることとする」とされている。
 これは、今回の閣議決定が「アメリカの戦争のための武力行使」ということの表明であることを示している。自衛隊の軍事的役割が拡大され、自衛隊の活動範囲は、「戦地」にまで広がることになる。

「国際的な平和協力活動に伴う武器使用」という表現
 ここでいきなり、「武力行使」は、集団的自衛権の範疇を飛び越えて、集団安全保障まで拡大される。やはり、到底許されるものではない。

「憲法第9条の下で許容される自衛の措置」という表現
 ここでいう「自衛」とは、明らかに「武力行使」を指す。この「武力行使」が許される根拠は、次のように組み立てられている。
①これまでの憲法解釈のままでは必ずしも十分な対応ができない恐れがある
② 憲法第9条が、わが国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を取ることを禁じているとはとうてい解されない。
③この自衛の措置は、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり、そのための必要最小限度の「武力の行使」は許容される。
④1972年10月14日に参院決算委員会に対し政府から提出された資料「集団的自衛権と憲法との関係」に明確に示されているところである
⑤この基本的な論理は、憲法第9条の下では今後とも維持されなければならない。
 こうして並べてみると、説明しているようで、全く説明になっていない。特に、④の説明は、「集団的自衛権は使えない」とした見解を解釈変更したものに過ぎない。これは、「倒錯の論理」そのものでしかない。こうした論理を使用しなければならないほど、①②③については、説明できなかったことを表している。これまた、論理矛盾である。

 最後に、公明党が関与したとされる「武力行使(自衛のための措置)の新三要件」について。
 従来の「自衛権発動の三要件」は、①我が国に対する急迫不正の侵害あること、すなわち武力攻撃が発生したこと、②この場合、これを排除するために他に適当な手段がないこと、③必要最小限実力行使にとどまるべきこと、であった。
 これに対して、新三要件は次のように規定されている。
 第一要件は、①我が国に対する武力攻撃が発生した場合、我が国と密接な関係にある国に対する武力攻撃が発生した場合、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合。
 第二要件はこれを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない場合。
 第三要件は、必要最小限度の実力を行使すること。
 具体的には、次のように記述されている。
「こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、わが国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った」
 この新三要件は、従来の「自衛権発動の三要件」とどのように違うのか。なかなか理解することは難しいので、NPJ通信・井上正信弁護士の文書から、これを説明として引用する。
 「新三要件は、第一要件で集団的自衛権が行使できること、『明白な危険』という新しい要件を付け加えたことで、これまでの三要件とは異質なものである。第二要件でも第一要件に対応して、『我が国の存立を全うし、国民を守るため』が加えられている」
 「海外派兵とは政府解釈によると、『武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣すること』(昭和55年10月28日政府答弁書)である。閣議決定文書では新三要件のうち、③要件がそれに該当する可能性があるが、『他国の領土、領海、領空には派遣しない』とはどこにも述べていない。政府見解(想定問答集)でも、その点は曖昧であり、機雷掃海では他国の領海内でも活動できるとしている。そうすると、海外派兵の上記定義を前提にする限り、海外派兵は許されないとの従来の原則は放棄されたものである」


by asyagi-df-2014 | 2014-07-04 22:05 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

集団的自衛権14-閣議決定全文

 閣議決定「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」について、沖縄タイムス、以下引用。

 わが国は、戦後一貫して日本国憲法の下で平和国家として歩んできた。専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず、非核三原則を守るとの基本方針を堅持しつつ、国民の営々とした努力により経済大国として栄え、安定して豊かな国民生活を築いてきた。また、わが国は、平和国家としての立場から、国際連合憲章を順守しながら、国際社会や国連をはじめとする国際機関と連携し、それらの活動に積極的に寄与している。こうしたわが国の平和国家としての歩みは、国際社会において高い評価と尊敬を勝ち得てきており、これをより確固たるものにしなければならない。

 一方、日本国憲法の施行から67年となる今日までの間に、わが国を取り巻く安全保障環境は根本的に変容するとともに、さらに変化し続け、わが国は複雑かつ重大な国家安全保障上の課題に直面している。国連憲章が理想として掲げたいわゆる正規の「国連軍」は実現のめどが立っていないことに加え、冷戦終結後の四半世紀だけをとっても、グローバルなパワーバランスの変化、技術革新の急速な進展、大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発および拡散、国際テロなどの脅威により、アジア太平洋地域において問題や緊張が生み出されるとともに、脅威が世界のどの地域において発生しても、わが国の安全保障に直接的な影響を及ぼし得る状況になっている。さらに、近年では、海洋、宇宙空間、サイバー空間に対する自由なアクセスおよびその活用を妨げるリスクが拡散し深刻化している。もはや、どの国も一国のみで平和を守ることはできず、国際社会もまた、わが国がその国力にふさわしい形で一層積極的な役割を果たすことを期待している。

 政府の最も重要な責務は、わが国の平和と安全を維持し、その存立を全うするとともに、国民の命を守ることである。わが国を取り巻く安全保障環境の変化に対応し、政府としての責務を果たすためには、まず、十分な体制をもって力強い外交を推進することにより、安定しかつ見通しがつきやすい国際環境を創出し、脅威の出現を未然に防ぐとともに、国際法にのっとって行動し、法の支配を重視することにより、紛争の平和的な解決を図らなければならない。

 さらに、わが国自身の防衛力を適切に整備、維持、運用し、同盟国である米国との相互協力を強化するとともに、域内外のパートナーとの信頼および協力関係を深めることが重要である。特に、わが国の安全およびアジア太平洋地域の平和と安定のために、日米安全保障体制の実効性を一層高め、日米同盟の抑止力を向上させることにより、武力紛争を未然に回避し、わが国に脅威が及ぶことを防止することが必要不可欠である。その上で、いかなる事態においても国民の命と平和な暮らしを断固として守り抜くとともに、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の下、国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に貢献するためには、切れ目のない対応を可能とする国内法制を整備しなければならない。

 5月15日に「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」から報告書が提出され、同日に安倍晋三首相が記者会見で表明した基本的方向性に基づき、これまで与党において協議を重ね、政府としても検討を進めてきた。今般、与党協議の結果に基づき、政府として、以下の基本方針に従って、国民の命と平和な暮らしを守り抜くために必要な国内法制を速やかに整備することとする。

 1 武力攻撃に至らない侵害への対処

 (1)わが国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増していることを考慮すれば、純然たる平時でも有事でもない事態が生じやすく、これによりさらに重大な事態に至りかねないリスクを有している。こうした武力攻撃に至らない侵害に際し、警察機関と自衛隊を含む関係機関が基本的な役割分担を前提として、より緊密に協力し、いかなる不法行為に対しても切れ目のない十分な対応を確保するための態勢を整備することが一層重要な課題となっている。

 (2)具体的には、こうしたさまざまな不法行為に対処するため、警察や海上保安庁などの関係機関が、それぞれの任務と権限に応じて緊密に協力して対応するとの基本方針の下、おのおのの対応能力を向上させ、情報共有を含む連携を強化し、具体的な対応要領の検討や整備を行い、命令発出手続きを迅速化するとともに、各種の演習や訓練を充実させるなど、各般の分野における必要な取り組みを一層強化することとする。

 (3)このうち、手続きの迅速化については、離島の周辺地域等において外部から武力攻撃に至らない侵害が発生し、近傍に警察力が存在しない場合や警察機関が直ちに対応できない場合(武装集団の所持する武器等のために対応できない場合を含む)の対応において、治安出動や海上における警備行動を発令するための関連規定の適用関係についてあらかじめ十分に検討し、関係機関において共通の認識を確立しておくとともに、手続きを経ている間に、不法行為による被害が拡大することがないよう、状況に応じた早期の下令や手続きの迅速化のための方策について具体的に検討することとする。

 (4)さらに、わが国の防衛に資する活動に現に従事する米軍部隊に対して攻撃が発生し、それが状況によっては武力攻撃にまで拡大していくような事態においても、自衛隊と米軍が緊密に連携して切れ目のない対応をすることが、わが国の安全の確保にとっても重要である。自衛隊と米軍部隊が連携して行う平素からの各種活動に際して、米軍部隊に対して武力攻撃に至らない侵害が発生した場合を想定し、自衛隊法第95条による武器等防護のための「武器の使用」の考え方を参考にしつつ、自衛隊と連携してわが国の防衛に資する活動(共同訓練を含む)に現に従事している米軍部隊の武器等であれば、米国の要請または同意があることを前提に、当該武器等を防護するための自衛隊法第95条によるものと同様の極めて受動的かつ限定的な必要最小限の「武器の使用」を自衛隊が行うことができるよう、法整備をすることとする。

 2 国際社会の平和と安定への一層の貢献

 (1)いわゆる後方支援と「武力の行使との一体化」

 ア いわゆる後方支援と言われる支援活動それ自体は、「武力の行使」に当たらない活動である。例えば、国際の平和および安全が脅かされ、国際社会が国連安全保障理事会決議に基づいて一致団結して対応するようなときに、わが国が当該決議に基づき正当な「武力の行使」を行う他国軍隊に対してこうした支援活動を行うことが必要な場合がある。一方、憲法第9条との関係で、わが国による支援活動については、他国の「武力の行使と一体化」することにより、わが国自身が憲法の下で認められない「武力の行使」を行ったとの法的評価を受けることがないよう、これまでの法律においては、活動の地域を「後方地域」や、いわゆる「非戦闘地域」に限定するなどの法律上の枠組みを設定し、「武力の行使との一体化」の問題が生じないようにしてきた。

 イ こうした法律上の枠組みの下でも、自衛隊は、各種の支援活動を着実に積み重ね、わが国に対する期待と信頼は高まっている。安全保障環境がさらに大きく変化する中で、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の立場から、国際社会の平和と安定のために、自衛隊が幅広い支援活動で十分に役割を果たすことができるようにすることが必要である。また、このような活動をこれまで以上に支障なくできるようにすることは、わが国の平和および安全の確保の観点からも極めて重要である。

 ウ 政府としては、いわゆる「武力の行使との一体化」論それ自体は前提とした上で、その議論の積み重ねを踏まえつつ、これまでの自衛隊の活動の実経験、国連の集団安全保障措置の実態等を勘案して、従来の「後方地域」あるいはいわゆる「非戦闘地域」といった自衛隊が活動する範囲をおよそ一体化の問題が生じない地域に一律に区切る枠組みではなく、他国が「現に戦闘行為を行っている現場」ではない場所で実施する補給、輸送などのわが国の支援活動については、当該他国の「武力の行使と一体化」するものではないという認識を基本とした以下の考え方に立って、わが国の安全の確保や国際社会の平和と安定のために活動する他国軍隊に対して、必要な支援活動を実施できるようにするための法整備を進めることとする。

 (ア)わが国の支援対象となる他国軍隊が「現に戦闘行為を行っている現場」では、支援活動は実施しない。

 (イ)仮に、状況変化により、わが国が支援活動を実施している場所が「現に戦闘行為を行っている現場」となる場合には、直ちにそこで実施している支援活動を休止または中断する。

 (2)国際的な平和協力活動に伴う武器使用

 ア わが国は、これまで必要な法整備を行い、過去20年以上にわたり、国際的な平和協力活動を実施してきた。その中で、いわゆる「駆け付け警護」に伴う武器使用や「任務遂行のための武器使用」については、これを「国家または国家に準ずる組織」に対して行った場合には、憲法第9条が禁ずる「武力の行使」に該当する恐れがあることから、国際的な平和協力活動に従事する自衛官の武器使用権限はいわゆる自己保存型と武器等防護に限定してきた。

 イ わが国としては、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の立場から、国際社会の平和と安定のために一層取り組んでいく必要があり、そのために、国連平和維持活動(PKO)などの国際的な平和協力活動に十分かつ積極的に参加できることが重要である。また、自国領域内に所在する外国人の保護は、国際法上、当該領域国の義務であるが、多くの日本人が海外で活躍し、テロなどの緊急事態に巻き込まれる可能性がある中で、当該領域国の受け入れ同意がある場合には、武器使用を伴う在外邦人の救出についても対応できるようにする必要がある。
 ウ 以上を踏まえ、わが国として、「国家または国家に準ずる組織」が敵対するものとして登場しないことを確保した上で、PKOなどの「武力の行使」を伴わない国際的な平和協力活動におけるいわゆる「駆け付け警護」に伴う武器使用および「任務遂行のための武器使用」のほか、領域国の同意に基づく邦人救出などの「武力の行使」を伴わない警察的な活動ができるよう、以下の考え方を基本として、法整備を進めることとする。

 (ア)PKO等については、PKO参加5原則の枠組みの下で、「当該活動が行われる地域の属する国の同意」および「紛争当事者の当該活動が行われることについての同意」が必要とされており、受け入れ同意をしている紛争当事者以外の「国家に準ずる組織」が敵対するものとして登場することは基本的にないと考えられる。このことは、過去20年以上にわたるわが国のPKO等の経験からも裏付けられる。近年のPKOにおいて重要な任務と位置付けられている住民保護などの治安の維持を任務とする場合を含め、任務の遂行に際して、自己保存および武器等防護を超える武器使用が見込まれる場合には、特に、その活動の性格上、紛争当事者の受け入れ同意が安定的に維持されていることが必要である。

 (イ)自衛隊の部隊が、領域国政府の同意に基づき、当該領域国における邦人救出などの「武力の行使」を伴わない警察的な活動を行う場合には、領域国政府の同意が及ぶ範囲、すなわち、その領域において権力が維持されている範囲で活動することは当然であり、これは、その範囲においては「国家に準ずる組織」は存在していないということを意味する。

 (ウ)受け入れ同意が安定的に維持されているかや領域国政府の同意が及ぶ範囲等については、国家安全保障会議(NSC)における審議等に基づき、内閣として判断する。

 (エ)なお、これらの活動における武器使用については、警察比例の原則に類似した厳格な比例原則が働くという内在的制約がある。

 3 憲法第9条の下で許容される自衛の措置

 (1)わが国を取り巻く安全保障環境の変化に対応し、いかなる事態においても国民の命と平和な暮らしを守り抜くためには、これまでの憲法解釈のままでは必ずしも十分な対応ができない恐れがあることから、いかなる解釈が適切か検討してきた。その際、政府の憲法解釈には論理的整合性と法的安定性が求められる。したがって、従来の政府見解における憲法第9条の解釈の基本的な論理の枠内で、国民の命と平和な暮らしを守り抜くための論理的な帰結を導く必要がある。

 (2)憲法第9条はその文言からすると、国際関係における「武力の行使」を一切禁じているように見えるが、憲法前文で確認している「国民の平和的生存権」や憲法第13条が「生命、自由および幸福追求に対する国民の権利」は国政の上で最大の尊重を必要とする旨定めている趣旨を踏まえて考えると、憲法第9条が、わが国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を取ることを禁じているとはとうてい解されない。一方、この自衛の措置は、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり、そのための必要最小限度の「武力の行使」は許容される。これが、憲法第9条の下で例外的に許容される「武力の行使」について、従来から政府が一貫して表明してきた見解の根幹、いわば基本的な論理であり、1972年10月14日に参院決算委員会に対し政府から提出された資料「集団的自衛権と憲法との関係」に明確に示されているところである。

 この基本的な論理は、憲法第9条の下では今後とも維持されなければならない。

 (3)これまで政府は、この基本的な論理の下、「武力の行使」が許容されるのは、わが国に対する武力攻撃が発生した場合に限られると考えてきた。しかし、冒頭で述べたように、パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等によりわが国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしても、その目的、規模、態様等によっては、わが国の存立を脅かすことも現実に起こり得る。

 わが国としては、紛争が生じた場合にはこれを平和的に解決するために最大限の外交努力を尽くすとともに、これまでの憲法解釈に基づいて整備されてきた既存の国内法令による対応や当該憲法解釈の枠内で可能な法整備などあらゆる必要な対応を取ることは当然であるが、それでもなおわが国の存立を全うし、国民を守るために万全を期す必要がある。

 こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、わが国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った。

 (4)わが国による「武力の行使」が国際法を順守して行われることは当然であるが、国際法上の根拠と憲法解釈は区別して理解する必要がある。憲法上許容される上記の「武力の行使」は、国際法上は、集団的自衛権が根拠となる場合がある。この「武力の行使」には、他国に対する武力攻撃が発生した場合を契機とするものが含まれるが、憲法上は、あくまでもわが国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち、わが国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として初めて許容されるものである。

 (5)また、憲法上「武力の行使」が許容されるとしても、それが国民の命と平和な暮らしを守るためのものである以上、民主的統制の確保が求められることは当然である。政府としては、わが国ではなく他国に対して武力攻撃が発生した場合に、憲法上許容される「武力の行使」を行うために自衛隊に出動を命ずるに際しては、現行法令に規定する防衛出動に関する手続きと同様、原則として事前に国会の承認を求めることを法案に明記することとする。

 4 今後の国内法整備の進め方

 これらの活動を自衛隊が実施するに当たっては、NSCにおける審議等に基づき、内閣として決定を行うこととする。こうした手続きを含めて、実際に自衛隊が活動を実施できるようにするためには、根拠となる国内法が必要となる。政府として、以上述べた基本方針の下、国民の命と平和な暮らしを守り抜くために、あらゆる事態に切れ目のない対応を可能とする法案の作成作業を開始することとし、十分な検討を行い、準備ができ次第、国会に提出し、国会におけるご審議をいただくこととする。

(集団的自衛権とは、自国が攻撃されていなくても、アメリカなど密接な関係にある国に対する武力攻撃を、自国への攻撃とみなして実力で阻止できる権利のこと。国連憲章で認められている。これまで日本は、「国を防衛するための必要最小限度の範囲を超える」として、その行使は憲法上許されないとしてきた。安倍晋三政権は憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認を検討しているが、「日本が戦争できる国になる」と懸念する声も根強い。)


by asyagi-df-2014 | 2014-07-01 20:40 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

集団的自衛権-安部晋三内閣での閣議決定を受けて

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 閣議決定された。
 閣議決定を受けて、5時半から街で、抗議のアピールをした。
 6時前に地方紙の特報(号外)がデパートの玄関柱に貼られた。
 これを迎える熱狂は全く起きなかった。
 しかし、反対の意思も少しも動かなかった。道路の向こう側では、反対の取り組みが行われていたにもかかわらず。

 反論理性の輩達に、やはり論理を持って抵抗していくために。
 私自身は、このアピールの基に。

①「一度解釈変更を認めさせてしまえば、今後はどうにでもできる権限を無制限に手に入れた。」と考えていますから、決して、あきらめずに許さない。
②次の順番として、日本国憲法を粉々にしてやろうと考えています。だから、日本国憲法は、壊させない。
③「他国に軍事力を行使しない国」の理念を、そう簡単には明け渡さない。
④ 結局、「憲法と国民をあまりに軽んじている」ことがはっきりしたのだから、憲法も国民も大事にする政治を取り戻す。

 実は、2009年のメハンニやピョンテク等への韓国平和ツアーでの一つの出来事への想いが強く残っています。
 ある夜、韓国側の人たちと日本から来た者との間で、交流会を持ちました。
その中で、声を荒げることになったのが、「日本は軍事大国である」ということについてでした。私以外の誰もが、そうであるということだったのですが、私一人が「そうとも言えない面もある」と言ったことから始まりました。韓国側から見れば当然とも言えるのですが、当時の私としては、「でも、日本国憲法はそれを許していない」という思いが強かったものですから、強く主張したものでした。初めから論理的には矛盾していたにもかかわらず、軍事大国化の現実を見ることよりも、日本国憲法がまだあるじゃないかと、日本国憲法はある間は何とか守れると、酔いの勢いも借りて主張したような気がします。

 今回、改めて自分の不明さを実感しています。


by asyagi-df-2014 | 2014-07-01 20:03 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

集団的自衛権-13-地方の声はどうなのか

 最悪の事態が進行している。
 現在の状況がどうなっているのかを確認する必要がある。
 東京新聞は、2014年6月29日に「地方190議会批判 集団的自衛権 広がる『反対』『慎重に』」と、地方の様子を伝えた。
 これが事実ではないのか。
以下、東京新聞引用。

 安倍政権が目指す集団的自衛権行使容認の閣議決定に対し、地方議会で反対、慎重な対応を求める意見書を可決する動きが急速に広がっている。本紙の調べで、今月だけで少なくとも百二十超の議会に上り、これまでに可決済みは百九十(二十八日時点)となった。自民党会派の賛同も目立つ。閣議決定を急ぐ政府と、それを懸念する地方の溝はさらに広がった。 (関口克己)

 本紙の三月末時点での集計では、同様の意見書は約六十あった。だが、安倍晋三首相が五月十五日、行使容認を検討する意向を記者会見で表明すると、それに抗議する形で議決の動きが勢いを増した。

 都道府県レベルでは長野、岐阜両県議会がいずれも六月に慎重審議を求める意見書を可決。市町村議会では三十二都道府県の百八十八に増えた。最多は長野県で、県議会のほか四十五市町村となった。自民党県連が県内市町村に意見書提出要請をした岐阜県は、九市町村となっている。

 逆に、全国千七百八十八の自治体で政府方針を支持する意見書は一つもない。

 東日本大震災で被災した福島県南相馬市議会は十九日、自民系会派を含め全会一致で容認反対を議決。「震災と原子力災害で助けられた自衛隊員が海外に出て武力を行使することは容認できない」と訴えた。

 二十五日には、自民党の石破茂幹事長のお膝元となる鳥取県境港市議会も、行使容認反対の意見書を可決した。自民党の高村正彦副総裁は二十七日、相次ぐ意見書可決に「地方議会も日本人であれば、慎重に勉強してほしい」と反論したが、与党は協議開始から一カ月余りで結論を出そうとしている。


by asyagi-df-2014 | 2014-06-30 21:44 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

集団的自衛権-12-20140627・28の社説から考える

6月27日と28日に出された各社の社説に、7月1日にも閣議決定されようとする集団的自衛権を考える。

 南日本新聞は、次のように出張する。
「集団的自衛権は他国への武力攻撃を、自国に対する攻撃と見なして反撃できる権利だ。
閣議決定されれば、憲法9条に照らし、戦後日本の安全保障政策の根幹をなしていた『専守防衛』の縛りを解くことになる。」
「多くの国民が納得するとは思えない。本来なら解散して、国民に信を問うべき重大な政策転換である。国会審議だけでなく、幅広く慎重な議論が必要だ。振り返ると、これまでの与党協議は驚くほど性急だった。」
 この社説の結論である「いくら修正して限定的容認と強調しても専守防衛からの逸脱に変わりはない。論議なしのなし崩しの容認は許されまい。」ということについては、誰が考えても理解できる今回の欠陥である。

 続いて、東京新聞はその社説で、次のように主張した。
「武力で他国を守る集団的自衛権の行使容認をめぐり、政府は二十七日午前の与党協議で、憲法解釈変更を盛り込んだ閣議決定の最終案を提示した。」
「新たな武力行使の三要件として「密接な関係国への武力攻撃で、国民の生命や権利が根底から覆される明白な危険がある」などを規定。こうした武力行使が「国際法上は集団的自衛権が根拠となる場合がある」と、安倍晋三首相がこだわる集団的自衛権の文言も盛り込んでいる。しかし、「明白な危険」は政府の判断に委ねられており、拡大解釈の懸念がある。」
「与党は七月一日に次回の協議を行う。政府は与党合意が得られれば、同日中にも閣議決定したい考えだ。」
 特に、武力行使の要件が、「明白な危険」の判断が政府にゆだねられていることの矛盾を指摘している。一方的かつ強行に憲法解釈を行うやり方を現政府の手段が、その危険性を証明している。結局、一度解釈変更を認めさせてしまえば、今後はどうにでもできる権限を無制限に与えたことになる。

 また、琉球新報も次のように続ける。
「9回を数えた与党協議の大半は、集団的自衛権行使容認を前提とした事例の検討や閣議決定案の文言をめぐる調整に費やされている。法解釈の議論というよりは、公明党が合意できる表現を探すための「言葉遊び」の側面が強い。」
「最終案は集団的自衛権行使容認だけでなく、『集団安全保障』の武力行使への自衛隊参加にも含みを残している。戦後、長らく日本の安全保障政策の根幹をなしていた『専守防衛』という方針の破棄を意味する。『他国に軍事力を行使しない国』としての国際的信用もかなぐり捨てることになる。」
 ここでは、「他国に軍事力を行使しない国」という痛切な反省の上に立った崇高な理念を今こんなに簡単に捨てていいのかと問うている。
 特に、沖縄県の二紙に特有な「沖縄は住民を巻き込んだ国内唯一の地上戦を経験した。日本が再び戦争ができる国になる動きを許すことはできない。」との新聞社としての決意を表明している。

 同様に、沖縄タイムスも問題点を指摘する。
「集団的自衛権の行使にあたる「強制的な停船検査」など与党に示した八つの事例は、閣議決定後に関連法整備を進めれば、いずれも自衛隊による活動が可能となる。その分、自衛隊の国外での活動が急速に拡大するのは確実だ。政府の想定問答集によると、戦時のシーレーン(海上交通路)での機雷掃海など、国連の集団安全保障に基づく武力行使についても限定的に容認する考えである。」
「集団的自衛権の行使にあたるとして禁じられてきた米艦防護が可能になれば、朝鮮有事において自衛隊が参戦する可能性も高まる。中台危機の場合、どうなるのか。現行憲法の下では集団的自衛権の行使はできない、という憲法解釈を維持している間は、そのことを理由に米軍の要請を断ることができた。だが、いったん行使容認に踏み切れば米軍との一蓮托生(いちれんたくしょう)の度合いは一気に高まるだろう。」
 これまでも、立憲主義の否定につながるということは多くのものが主張してきた。「憲法解釈の変更によって集団的自衛権が使えるようになれば、9条の条文はいじっていないのに、9条でしばりをかけることができなくなる。憲法によって政府をしばるという立憲主義もまた、危機的な状況にある。」ということである。

 さらに、毎日新聞社も指摘する。
「憲法解釈変更の根拠は、1972年の政府見解だ。見解の一部をつまみ食いして、集団的自衛権の行使についての結論だけを『許されない』から『許される』に逆転させた。政府の想定問答は『見解の基本的論理の枠内で導いた論理的帰結。解釈改憲ではない』としている。」
「強引な理屈でも、いったん閣議決定してしまえば、あとはあいまいな基準のもと時の政権の判断次第で何でもできる。政府のそんな狙いが透けて見えるようだ。憲法と国民をあまりに軽んじている。」
 このように流布されてきた憲法解釈変更の考え方とされた1972年の政府見解の流用は、ここで指摘されているように欺瞞に過ぎない。

 ここでは、5社の社説を見たが、こうした論点をまとめると、今回の集団的自衛権に反対する理由が明確となる。


by asyagi-df-2014 | 2014-06-29 05:50 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

集団的自衛権-10

 集団的自衛権を論議していると思っていたら、今度は、「集団安全保障」。
 これだけの問題を、簡単に解釈変更すること自体が、どう考えても無理である。
 合わせて、作家高村薫さんの「私は大阪人。何が得なのかを合理的に考えると、結論は『戦争をしない』。1千兆円の借金を抱える日本に戦争ができますか。力を入れるべきなのは、平和のための外交なんです」(朝日新聞2014年6月22日掲載)との意見に、深く同感する。
 集団安全保障については、以下、朝日新聞の6月22日の記事引用。

やさしい言葉で一緒に考える 集団安全保障
 他国を守るために戦争に加わる集団的自衛権の行使に向けて、安倍晋三首相たちが議論を進めていくなかで、今度は「集団安全保障」という考え方が焦点になってきました。耳慣れない言葉ですが、日本が他の国と集団安全保障に加わって「武力の行使」をする、ということが問題になっているのです。ますます複雑ですね。そこで今回は、集団安全保障と武力の行使について、言葉の意味をわかりやすく解きほぐします。みなさんがこの問題を考える材料になればと考えています。

 ■どんな意味? 「仲良く助け合い国際貢献する」と「みんなで戦って懲らしめる」の2種類ある

Q 今回、安倍首相は集団的自衛権を使いたいといって議論しているはずだったよね。集団安全保障の考えはいつ出てきたの?
A 自民党が、6月20日の公明党との話し合いのなかで言った。でもその前から、政府は集団安全保障をより広く使いたいと考えていた。17日、与党に示した閣議決定の原案にも集団安全保障の話が出てくるよ。

Q ちょっと待って。17日に出てきた集団安全保障と、20日に出てきた集団安全保障は違うものなの?
A 政府の言う「武力の行使」を伴うかどうかだね。

Q 武力の行使って戦争に加わることだったっけ。
A そう。戦争をしない集団安全保障は「仲良く助け合って国際貢献をする」と言える。こちらには、すでに日本は参加している。たとえばイラク戦争。自衛隊はイラクに行ったけど、非戦闘地域(注〈1〉)でだけ活動した。住民に水を補給し、学校や道路をつくったんだ。国連による平和維持活動(PKO)に加わってきたのもこのパターンだ。

Q 非戦闘地域って戦争をしていない場所ってこと?
A そう。似た考えに「後方支援」がある。他国の軍隊同士が戦う前線から離れた場所で味方を助けること。1997年に改定された日米ガイドライン(注〈2〉)に盛り込まれた。

Q 非戦闘地域も後方支援も、実際にそんな線引きはできるの?
A 日本は戦争に加わらないと言ってきたから、強引に理屈づけした面はある。

Q イラク戦争で米国や英国はイラクと戦ったよね。
A そちらは国連での話し合いや決議に基づく集団安全保障。武力の行使を伴い、「みんなで戦って懲らしめること」と言えるね。

 ■首相の狙いは? 武力を使う「懲らしめ」にも日本が加われるようにしたいと思っている

Q でも、20日に出てきた侵略国を懲らしめる戦争に直接加わる集団安全保障は、他国を守るために戦争する集団的自衛権とも、全然違う話に思えるけど。
A その通り、全然違うよ。首相や自民党は、他国を守る集団的自衛権だけでなく、集団安全保障でも武力を使いたいと思っている。それは、海外で自衛隊が機雷(海にまかれて、船を感知して爆発する兵器)を爆破し、取り除く活動にこだわっているからだ。

Q それは、これまでも自衛隊がやっていたのでは?
A 停戦後にね。ペルシャ湾でやった。戦争が終わった後なら、捨てられた危険物を取り除く活動とみて、仲良く助け合う集団安全保障の考え方でできる。でも、もし戦争中に機雷を爆破して取り除こうとすると、敵の攻撃に反撃する行為になるので、それも「武力の行使」になるというのが国際的な共通認識だ。

 自民党の主張によれば、機雷の除去を頼まれたら、まず集団的自衛権を使って取り除く。その後に国連が侵略国に制裁を加えることを認める決議などを出せば、機雷を除く活動も集団的自衛権ではなく、今度は「懲らしめ」の集団安全保障を使うことになる。

Q そうすると、17日の閣議決定原案にある、仲良く助け合う集団安全保障は武力の行使はしないから、一切武器は使わないんだね。
A 違う。武器の使用はある程度認められていた。

Q ややこしいなあ。武力は使わないけど、武器を使ってもいいの?
A そう。でもそれは自分と、自分と一緒に行動している人を守るためだけだった。もし襲われたら、反撃して守ることができる(注〈3〉)。正当防衛と呼ばれる考え方だね。安倍首相は今回、この守る範囲を広げようとしているんだ。

 離れた場所にいる人が襲われたとき、武器を持って助けに行く「駆けつけ警護」(注〈4〉)という考え方で、5月15日の首相会見でも言っているよ。

Q それは、憲法がこう理解できるという解釈を変更しなくていいの?
A 政府はしなくていいと言っているね。自衛隊が国連平和維持活動に加わるルールを定めたPKO協力法の改正でできると。

 ■なにが問題? 一度戦争に加われば抜けられなくなる危険もある

Q わかりにくいね。首相は結局、集団安全保障でも集団的自衛権でももっと戦争に参加し、武器を使いやすくしたいようにみえる。
A 閣議決定の原案には、「憲法9条の下で許容される自衛の措置」が書かれている。どういう時に、集団的自衛権を使えるかの条件ということだ。

Q 以前から認めていた個別的自衛権については、使う条件があったの?
A もちろんあったよ(注〈5〉)。今回の原案で、集団的自衛権に加えて集団安全保障も入るとなると、「自衛」を「武力の行使」に書き換えるかもしれない。つまり、集団安全保障と集団的自衛権で、いつ武力の行使をするかということだ。

Q いつ戦争をするのか、でしょ。説明してよ。
A こう読める。「(1)日本が戦争を仕掛けられた時。または、他国が戦争を仕掛けられたことで、日本が滅亡するかもしれず、私たちの命が危なくなり、自由や人権が奪われるかもしれないおそれがある時」

Q おそれって何?
A 可能性といえるね。

Q 可能性がどのくらいある時?
A わからない。

Q はっきりしないなあ。
A 続けるね。(2)として「(1)のような状態を止めて、私たちの命や人権を守るために、外交交渉や説得はもうできない。つまり戦争をするしか方法がないとき」。さらに(3)として「必要最小限度しか戦ってはいけない」とある。

Q 必要最小限度ってどのくらい?
A わからない。これまで認めていたのは、日本に直接攻撃を仕掛けられた場合の個別的自衛権だけだった。でも、集団的自衛権や集団安全保障で一度戦争に加われば、いくら首相が「必要最小限度」と言いはっても、実際の戦争は思惑通りには進まない。どんどん深みにはまって抜けられなくなる危険もあるよね。

 【注〈1〉】非戦闘地域
 2001年のテロ対策特別措置法、03年のイラク特措法で、自衛隊は非戦闘地域で活動すると定めた。従来の政府の定義は「現に戦闘行為が行われておらず、活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがない」地域。自衛隊派遣にあたって海外での武力の行使を禁じた憲法9条に反しないと説明するために設けた概念だった。小泉純一郎首相は国会で定義を問われ、「自衛隊が活動する地域は非戦闘地域だ」と答弁。今回の閣議決定原案は戦闘地域と非戦闘地域の区別をなくし、「現に戦闘行為を行っている現場」でも「人命救助を目的」とした活動であれば可能とした。

 【注〈2〉】日米ガイドライン
 正式には「日米防衛協力のための指針」。日米安全保障条約に基づき日米両政府が自衛隊と米軍の役割分担を定めた文書。冷戦期の1978年、ソ連の日本侵攻に備えてつくられ、冷戦後の97年には、北朝鮮の核・ミサイル開発などを踏まえ、朝鮮半島の有事(戦争)を想定して改定(見直し)された。日米は中国の海洋進出などを念頭に今年末までに再改定することで合意している。

 【注〈3〉】従来の武器使用基準
 自衛隊員はPKOで、自分自身に加え、「共に現場に所在する(一緒にいる)」日本のPKO要員(文民を含む)や他国の部隊が襲われた時も、武器を使って反撃することができる。襲われた人の「生命または身体」を守るための「必要最小限」の武器使用であれば、憲法9条の禁じる武力の行使にあたらないとされている。過去のテロ対策特措法やイラク特措法に基づく海外派遣でも、同じ基準だった。
 【注〈4〉】駆けつけ警護
 自衛隊員と離れた所にいる人が襲われた時、自衛隊員が駆けつけて武器を使って警護することは、憲法の禁じる武力の行使にあたる恐れがあるとして、現在は認められていない。安倍首相は5月15日の記者会見で、PKO要員や日本のNGO(非政府組織)が攻撃を受けている図をパネルで示し、「近くで協力してPKO活動をしている要員もいる。彼らが武装集団に襲われても、自衛隊は救うことができない」と強調。武器使用の基準を見直すべきだと訴えた。
 【注〈5〉】自衛権の要件
 日本が直接攻撃された場合、自ら守る個別的自衛権を使う従来の「自衛権発動の3要件」は、(1)我が国に対する急迫不正の侵害がある(2)これ(侵害)を排除するために他の適当な手段がない(3)必要最小限度の実力行使にとどまる――の3点。政府が1954年の自衛隊発足直前に定め、60年間維持してきた。


by asyagi-df-2014 | 2014-06-22 07:37 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

集団的自衛権-09

 戦争させない1000人委員会は、2014年6月18日、安全保障法制の整備に関する与党協議会に、「集団的自衛権」行使容認の閣議決定を断念することを求める要請書を提出した。
 以下、引用。


                              2014年6月18日

安全保障法制の整備に関する与党協議会
座長 高村 正彦 様

                    戦争をさせない1000人委員会
                           事務局長 内田 雅敏


「集団的自衛権」行使容認の閣議決定を断念することを求める要請書
 
 現在、自民党と公明党両党議員で構成される「安全保障法制の整備に関する与党協議会」において、「集団的自衛権」の行使を「限定的」に容認する閣議決定文案が議論されていると報道されています。

 私たちは、17日の与党協議で提示された「わが国または他国に対する武力攻撃が発生し、わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれ」という集団的自衛権行使の要件は、具体性を欠き、きわめて曖昧であると考えます。「おそれ」という曖昧な文言は、行使の要件を無分別に拡大しかねないものです。また、「集団的自衛権」を行使することによって、直接利害関係のない日本が敵対国と認定され、戦争に巻き込まれる可能性は否めません。

 挙げられている「集団的自衛権」行使の可能性の事例は、軍事的常識に照らしても、およそ現実性のないものです。追加された、ホルムズ海峡で機雷除去の活動の議論など、地理的に離れた地域での軍事関連活動にまで言及されていることは、戦争に関して将来に大きな不安を抱かせるものです。

 「ホルムズ海峡は、日本にとって死活的に重要だ」とする安倍晋三首相の言葉は、「満蒙は日本の生命線」と喧伝し、1931年から15年もの長期にわたる泥沼の戦争に突入した日本の過去を想起します。

 日本は戦後、憲法9条のもと、非戦・非軍事を謳って来ました。戦争は、取り戻すことがかなわない、甚大な被害を人々にもたらすものであり、私たちは痛切な反省の中で、その過ちをふたたび繰り返さないことを誓ったのではないのでしょうか。戦争の悲惨さを決して忘れてはなりません。他国との問題は、外交的対話による平和的解決を追求していくべきです。

 私たちは、日本が、軍事力や軍事的産業に頼ることなく、ましてや生命や環境を破壊することない、平和的な社会経済の発展をめざすことを望みます。どうか、戦後一貫して守り続けてきた、「日本国憲法は集団的自衛権の行使を認めていない」とする憲法解釈を変更することのないよう、心から要請いたします。


by asyagi-df-2014 | 2014-06-20 07:00 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

集団的自衛権-08

朝日新聞は、2014年6月19日、「集団的自衛権、与党協議続行を確認。首相と山口代表会談と報じる。
 以下、引用。


 安倍晋三首相と公明党の山口那津男代表は19日昼、首相官邸で会談した。他国を武力で守る集団的自衛権の行使をめぐる与党協議について、閉会後も議論を続けていくことを確認した。憲法解釈を変えて集団的自衛権を使えるようにするための閣議決定に関しては、文案の中身や日程について具体的な発言はなかったという。山口氏が会談後、記者団に明らかにした。

 会談では、集団的自衛権の行使容認について、山口氏が「党内にはいろいろな意見がある」と話し、党の意見集約には時間がかかるとの見通しを説明。これに対し、安倍首相は「与党協議をしっかりとお願いしたい」と述べたという。山口氏は会談後「首相は与党に協議をお願いしているのだから、それを見守るということだろう」と語った。

 政府の閣議決定原案について、公明内では「行使の範囲が広がってしまう」として否定的な意見が根強い。このため、政府・自民は、今国会中の閣議決定はあきらめ、文面の文言について大詰めの調整を行っている。ただ、政府・自民側は、安倍首相が豪州を訪問する7月初めまでには閣議決定を行いたい考えで、来週中に閣議決定の文面での合意を目指している。

 一方、この日の党首会談では、今国会を延長せず、22日に閉会することも確認した。


by asyagi-df-2014 | 2014-06-19 19:41 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

集団的自衛権を考える-07


集団的自衛権を考える-07

 
自民党は、本気である。
 集団的自衛権を使えるようにするため、自衛権発動の新しい前提条件(新3要件)を公明党に示した。
 この要件を、誰が、どのような基準で、どのような形で決定するというのか。そもそも限定容認そのものが許されるものではない。
 ここでも、公明党応援歌を歌うしかないのか。

 集団的自衛権をめぐる朝日新聞の記事、以下、引用。

集団的自衛権をめぐる考え方
 自民党は13日、集団的自衛権を使えるようにするため、自衛権発動の新しい前提条件(新3要件)を公明党に示した。安倍晋三首相がめざす集団的自衛権行使を認める閣議決定案の柱となる。公明の山口那津男代表も同日、「合意をめざしたい」と述べ、限定的に行使を容認する方向で党内調整を始めた。憲法9条の下で専守防衛に徹してきた日本だが、この枠組みが外れることになる。
 これまで自衛権は、憲法9条のもと日本が直接攻撃を受けた時にだけ反撃できる「個別的自衛権」に限られ、その発動の3要件の一つが「我が国に対する急迫不正の侵害がある」ことだった。

 だが、自民党の高村正彦副総裁が13日の与党協議で示した「新3要件」では、「他国に対する武力攻撃が発生し」た時も自衛権を発動できるとし、集団的自衛権の行使容認を明確にした。

 加えて自民は新3要件の一つに、1972年の政府見解で示された「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがあること」との文言も盛り込んだ。公明がこの72年見解を踏まえ、集団的自衛権を狭く限定する形での容認を検討していることから、公明の理解を得やすくする狙いがある。しかし、72年見解は「集団的自衛権の行使は憲法上認められない」と結論づけており、都合のよい部分だけを切り取ったに過ぎない。

 政府は13日、新3要件を内閣法制局に示し、細かな文言調整をするよう審査を指示した。公明党と合意に至れば、集団的自衛権の行使を認める閣議決定案に盛り込む考えだ。

 ただ、新3要件には、ときの政権の判断で自衛隊の活動範囲を拡大できるようなあいまいな表現がある。

 公明党は朝鮮半島有事での対応など極めて狭い範囲に限って認めることを想定しており、早速、「自衛隊の活動が際限なく広がりかねない」(党幹部)との批判が出ている。今後の協議で文言をめぐる攻防が予想される。(蔵前勝久)

 ■参戦の道、歯止めきかぬ

 《解説》自民党が提示した新3要件は、日本を守る場合に限って武力を使うことを認める「専守防衛」という、戦後日本が長年にわたって守ってきた基本方針を事実上放棄するものだ。新3要件が適用されれば、日本は自分の国への攻撃がなくても、ときの政権の政治判断によって、他国どうしの戦争に参戦できるようになる。

 日本は先の大戦の反省を踏まえ、これまでの3要件では、日本を防衛する目的であっても自衛隊の出動を厳格に抑制してきた。武力行使が可能となるのは、自国が直接攻撃される「急迫不正の侵害」という明確な基準を設けた。さらに、政府は武力行使が可能となる具体的な場面を国会答弁などで例示してきた。

 例えば、北朝鮮を念頭に置いた弾道ミサイル攻撃への対応については、相手国から「東京を火の海にしてやる」という表明があり、発射態勢になった場合などと、具体的に答えている。

 一方、今回の発動要件は「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれ」としており、極めてあいまいだ。ときの政権が「我が国の存立が脅かされるおそれがある」と判断すれば、「地球の裏側」での戦争でも、参戦できるようになる。

 自民党の提案は集団的自衛権の行使を認めているうえ、その歯止めにもならない。行使に慎重姿勢を示してきた公明党は、これにどう向き合うつもりか。「平和の党」を自任する公明党の存在意義が問われている。(園田耕司)

 ◆自民党が集団的自衛権を行使するのに必要とする自衛権発動の「新3要件」

 憲法第9条の下において認められる「武力の行使」については、

 (1)我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがあること

 (2)これを排除し、国民の権利を守るために他に適当な手段がないこと

 (3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

 という三要件に該当する場合に限られると解する。


by asyagi-df-2014 | 2014-06-15 13:08 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

集団的自衛権を考える-06-「世界平和アピール7人委員会」のアピール


集団的自衛権を考える-06-「世界平和アピール7人委員会」のアピ-ル

  「 黙っているわけにはいきません。今こそ主権者である日本の国民は、自らの考えを発言し、政府に誤りない日本の針路を選ばせるべきときです」
 この提言に沿って、このブログでの発信を続けます。
 以下、「世界平和アピール7人委員会」のアピールを引用。

民主主義を破壊する閣議決定を行わせないために、国民は発言を

2014年6月12日
世界平和アピール七人委員会
武者小路公秀 土山秀夫 大石芳野 小沼通二 池内了

 安倍晋三首相は、「国の交戦権は認めない」と明記している日本国憲法の根幹に反する集団的自衛権の武力行使容認をめざし、憲法を改正しないまま、あいまいな形で速やかに最終的閣議決定を行い、実施を強行しようとしています。私たちはこの動きに強く反対します。
 首相は、米国との絆を絶対視し、日本国内の米軍基地と無関係に日本周辺の米国海軍が攻撃されるとか、米国本土が攻撃されるなどの現実的でない事例を示して限定するかのように見せかけています。ところが、武力行使は対立する一方の考える通りに進むものではないので、空想的な限定は意味を持ちません。最前線だけで戦闘行為が行われる時代ではなく、攻撃と防御は一体化しています。したがって武力行使の範囲が限りなく拡大することを可能にする議論になっています。
 一連の動きに対して、自衛隊員も含めて人を殺すことはいけないという規範の下で生きてきた国民の支持は得られていません。専門家集団である憲法学者は一致して反対しています。それなのに、国会での審議も最短時間に留め、異なる意見には一切耳を傾けようとしていません。与党間協議でさえ十分な検討の時間を割くことなく駆け抜けようとしています。
 国連憲章には確かに集団的自衛権が認められています。しかしこれは安全保障理事会が必要な措置を取るまでの間の臨時的な権利です。権利は義務ではありません。行使しなくても、行使できなくても問題ありません。日本は、1956年の国連加盟以来この点での支障は一度も起きていないのです。国連憲章の本来の原則は、紛争の平和的解決であり、平和に対する脅威、平和の破壊に対する非軍事的措置が優先されています。紛争解決へは、非難の応酬でなく、外交手段と民間交流の推進による信頼醸成の強化、軍備増強でなく軍縮への努力こそ進めなければならないのです。これは日本国憲法の基本的精神に沿う途です。
 首相の言動は、国民主権の下での三権分立に基づく法治国家としての日本を破壊し、日本が攻めてくることはないと信じてきた周辺諸国をはじめとする世界における日本の評価をおとしめ、近隣諸国の軍備増強に口実を与え、日本の危険を増大させるという取り返しのつかない汚点を歴史に残すことになります。
 黙っているわけにはいきません。今こそ主権者である日本の国民は、自らの考えを発言し、政府に誤りない日本の針路を選ばせるべきときです。


by asyagi-df-2014 | 2014-06-15 05:53 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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