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大阪地裁は、「国の不指定とした処分を取り消す」、と判決を出す。(3)-澤藤統一郎の憲法日記より-

 朝日新聞は2017年7月28日、「朝鮮学校を無償化の対象から外した国の政策の誤りを、厳しく指摘した28日の大阪地裁判決。「国の不指定とした処分を取り消す」。裁判長が判決主文を読み上げると、一瞬間をあけて、生徒や学校関係者らで埋まった傍聴席から、歓声が上がった。」、と報じた。
 この判決について、澤藤統一郎の憲法日記は2017年7月28日、「大阪地裁、朝鮮学校への差別行政を糺す!」、と評した。
 この要約は、次のとおり。


Ⅰ.判決の概要


(1)この裁判は、2013年1月24日の提訴。原告は、東大阪市で大阪朝鮮高級学校などを運営する学校法人「大阪朝鮮学園」。被告は、国。朝鮮学校を無償化の対象から外した国の「不指定処分」の取消を求める取消請求と、指定の義務付け請求の訴訟。今月19日の、同種訴訟での広島地裁判決が原告敗訴だっただけに、本日の判決はとりわけの感動をもって受けとめられた。原告弁護団の丹羽雅雄団長は、「裁判所は良心と法の支配のもとで適正な事実認定、判断を下した。我々の全面勝訴だ」とコメントしている。
(2)高校の授業料の無償化(就学支援金支給)制度は2010年、民主党政権時代に導入された。この制度から、朝鮮学校だけを対象から外したのが、第2次安倍政権。ブラジル学校、中華学校、韓国学校、インターナショナルスクールなど、39校の外国人学校が文部科学大臣の指定を受けているが、朝鮮学校10校だけが除外されているという。「拉致問題の進展がない」「朝鮮総連との密接な関係から国民の理解を得られない」ことを理由とするもの。高校生に何の責任もないこと。
(3)この制度で、外国人学校が無償化(就学支援金支給)の対象となるには文部科学大臣の指定を受ける必要があり、すべての朝鮮学校がその申請をしたが、2013年2月に申請拒否の処分となった。本日の判決は、原告の請求を認容して、国の「就学支援金の不支給処分を取り消す」とともに、被告国に対して「就学支援金の支給処分をせよ」と命じた。これは、安倍内閣の民族差別政策に対する断罪でもある。


Ⅱ.判決の意味


(1)この種の訴訟は、行政裁量との闘いである。裁判所は民主的な手続で運営されている(はずの)行政の裁量を大幅に認める。法の趣旨や理念から大きく外れる場合に限って、処分が違法となる。裁判所は民主的な手続によって構成されない。その裁判所の行政への介入は最小限度であるべきという司法消極主義が、わが国の伝統となっているのだ。広島地裁判決は、このハードルを越えられないものだった。
(2)本日の判決は、軽々とこのハードルを越えた。原告側の主張は、「北朝鮮との外交問題を理由に不利益を与えるのは差別意識を助長し違法」という平等権(憲法14条)を骨子とするもの。本日の大阪地裁(西田隆裕裁判長)判決は、「無償化に関する法律を朝鮮学校に適用することは、『拉致問題の解決の妨げになり、国民の理解が得られない』という外交的、政治的意見に基づいて対象から排除したと認められ」「教育の機会均等とは無関係の外交的、政治的意見に基づく処分で違法、無効」と指摘して、国の処分を取り消し、無償化の対象に指定するよう命じた、と報じられている。



 今回の大阪地裁の判決が、「『無償化に関する法律を朝鮮学校に適用することは、【拉致問題の解決の妨げになり、国民の理解が得られない】という外交的、政治的意見に基づいて対象から排除したと認められ』『教育の機会均等とは無関係の外交的、政治的意見に基づく処分で違法、無効』と指摘して、国の処分を取り消し、無償化の対象に指定するよう命じた」、というものであったことを確認する。



 加えて、澤藤さんは、最後を、「いま、安倍内閣が揺らいでいる。安倍内閣の憲法無視の姿勢がようやくににして批判の対象になってきているということであり、近隣諸国民や在日に対する敵意涵養政策が揺らいでいるということでもある。民族差別や憎悪を助長する政策頓挫の意味は大きい。次は、9月13日の東京地裁判決に注目するとともに、支援の声を送りつつ期待したい。」、と結んでいる。



by asyagi-df-2014 | 2017-08-07 06:34 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

大阪地裁は、「国の不指定とした処分を取り消す」、と判決を出す。(2)-朝日新聞社説より-

 朝日新聞は2017年7月28日、「朝鮮学校を無償化の対象から外した国の政策の誤りを、厳しく指摘した28日の大阪地裁判決。「国の不指定とした処分を取り消す」。裁判長が判決主文を読み上げると、一瞬間をあけて、生徒や学校関係者らで埋まった傍聴席から、歓声が上がった。」、と報じた。
 この判決について、朝日新聞は2017年7月30日、「朝鮮学校判決 国は速やかに支給を。」、と評した。
 朝日新聞の要約は、次のとおり。


Ⅰ.判決の内容


(1)国が主張したのは、朝鮮学校が北朝鮮や朝鮮総連とつながりをもち、「『不当な支配』を受け、適正な学校運営がされない懸念がある」という点だった。
(2)判決は、朝鮮高級学校で北朝鮮を賛美する内容の教育があり、総連の一定の関与があることは認めた。ただ、補助教材を活用するなどし、教育内容が一方的ではなく、さまざまな見方を教えているとも指摘、「教育の自主性を失っているとまでは認められない」と述べた。
(3)国は「支援金が授業料にあてられない懸念がある」としたが、判決は、裏付けの事実がないとして認めなかった。実態を十分に調べず、こうした主張をする姿勢が、学校への偏見を広めたことを国は反省すべきだ。
(4)朝鮮学校の無償化問題では、広島地裁が19日、学校と総連との関係が強かったとして「不支給は適法」との判決を出しており、地裁で判断が分かれた。国の言い分の追認に終始した広島の審理に対し、大阪地裁は卒業生や元教員らの証人尋問をし、学校側から提出された保護者へのアンケートまで証拠として検討した。朝鮮学校の実情を把握するため、より丁寧な裁判で導いた結論といえる。


Ⅱ.判決の主旨


(1)経済的事情で勉学を断念することがないよう、国の負担で教育の機会均等を確保する。判決が判断の軸にしたのは、高校無償化法にあるこの目的だ。
(2)無償化は民主党政権が2010年に始めたが、朝鮮半島情勢を理由に適用を見送った。第2次安倍内閣では下村博文・文科相が拉致問題などを理由に「国民の理解が得られない」とし、13年2月、不支給を決めた。
(3)大阪地裁はこうした国の対応を「教育の機会均等の確保とは無関係な外交的、政治的判断に基づき、法の趣旨を逸脱し、違法で無効だ」と結論づけた。
(4)教育制度を政治・外交課題と同一線上で論じ、混同することを、厳しく戒めたといえる。


Ⅲ.朝日新聞の主張


(1)日本で学ぶ全ての生徒に公平に教育の機会を与える、という制度の原点に立った判決だ。
(2)国は司法の判断を重く受けとめ、速やかに支給すべきだ。
(3)いま、朝鮮学校に通う生徒は日本で生まれ育った在日コリアン4世が中心だ。民族の言葉や文化を大切にしながら、日本で生きていきたいと学んでいる。多様なルーツや教育の自主性を尊重するのか。問われているのは、社会のあり方だ。


 確かに、「朝鮮学校に通う生徒は日本で生まれ育った在日コリアン4世が中心だ。民族の言葉や文化を大切にしながら、日本で生きていきたいと学んでいる。多様なルーツや教育の自主性を尊重するのか。問われているのは、社会のあり方だ。」、という朝日新聞の指摘は、重要だ。




by asyagi-df-2014 | 2017-08-05 05:29 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

大阪地裁は、「国の不指定とした処分を取り消す」、と判決を出す。

 朝日新聞は2017年7月28日、標題について次のように報じた。


(1)朝鮮学校を無償化の対象から外した国の政策の誤りを、厳しく指摘した28日の大阪地裁判決。「国の不指定とした処分を取り消す」。裁判長が判決主文を読み上げると、一瞬間をあけて、生徒や学校関係者らで埋まった傍聴席から、歓声が上がった。
(2)大阪朝鮮高級学校を運営する学校法人「大阪朝鮮学園」が大阪地裁に提訴した時、中級学校3年だった金宏城(キムグァンソン)さん(19)は法廷で判決を聞いた。「どんな結果になるのか不安だったが、ほっと一安心。司法は公平な判断をしてくれた」と喜びをにじませた。
(3)在日4世である自分のルーツを知った上でどう生きていくかを考えたいと、日本の高校ではなく高級学校を選んだ。当時はなぜ朝鮮学校だけが除外されたのかよく理解できなかった。だが、朝鮮大学校(東京都)に進学し、歴史や政治を学ぶうちに「制度的な差別なのではないか」と考えるようになった。
(4)朝鮮学校の教員をしていたこともある母から、どんなにサッカーやラグビーが強くても、高校体育連盟に加盟できず、総体に出場できない時代があったと聞いた。同胞が一丸となって加盟を勝ち取ってきたと知った。無償化不適用も根っこは同じ。先輩たちが闘ってきたように、今度は自分たちが頑張る番じゃないかと思ってきた。
(5)月に一度は、東京・霞が関の文部科学省前で朝鮮学校の無償化適用を訴えるデモ「金曜行動」に参加する。同じ大学校に通う仲間や日本の友人らとともに、ビラを配り、署名を集める。「どんな子どもにも等しく学ぶ権利がある。無償化適用は自分たちの世代で解決したい」
(6)大阪朝鮮高級学校2年の女性(17)は朝鮮学校だけが無償化の対象にならないことで、アイデンティティーを否定され続けていると感じてきた。国側が拉致問題や朝鮮総連との関係を主張することに強い違和感があった。「政治と教育は関係ない。責任を罪のない子どもに押しつけないでほしい」という。いま中級学校2年の妹も高級学校への進学を希望している。妹が通う時には、無償化適用を受けていてほしいと願ってきた。


 広島地裁の判決時に、「『審査基準も合理的で、差別には該当しない。』、との地裁の判決は、歪んだ現状認識に寄り添い、日本国憲法による不断の努力を冷酷に切り捨てている。」、と批判した、
 今回は、「朝鮮学校を無償化の対象から外した国の政策の誤りを、厳しく指摘した」(朝日新聞)判決となった。
 日本の司法は、まだ自らの存在を示すことができる。




by asyagi-df-2014 | 2017-07-30 06:17 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

広島地裁は、「国に裁量の逸脱はなく、適法だ」、と言い放つ。(2)

 広島地方裁判所は2017年7月19日、高校の授業料無償化の対象から朝鮮学校を除外した国の処分をめぐる裁判で、「国に裁量の逸脱はなく、適法だ」として、広島朝鮮高級学校側の訴えを退けた。
 「審査基準も合理的で、差別には該当しない。」、との地裁の判決は、歪んだ現状認識に寄り添い、日本国憲法による不断の努力を冷酷に切り捨てている。
 このことを、東京新聞(2017年7月21日)、朝日新聞(2017年7月21日)、毎日新聞(2017年7月20日)の社説で考える。
 この3社の社説の見出しは、順番に、「朝鮮学校訴訟 無償化の原点に戻れ」「朝鮮学校無償化 子の救済は大人の責任」「朝鮮学校の無償化で初判断 制度の理念に反しないか」、となる。
 3紙の主張の要約は次のようになる。


Ⅰ.主張


(朝日新聞)
(1)教育の機会を公平に保障するという制度の理念に立ち返って判断すべきなのに、あまりに粗雑な論理で導いた判決だ。
(2)問われているのは、子どもの学ぶ権利に関わる教育行政の公平性である。原告側は控訴する方針という。高裁は丁寧な審理を尽くしてほしい。


(東京新聞)
(1)いわば大人の都合で、子どもの学びの機会に格差が生じるのは残念でならない。広島地裁は、朝鮮学校を高校無償化の対象から外した国の処分を適法と判決した。大人の責任で実現せねばならない。
(2)高校に当たる高級部では、日本で生まれ育った千三百人余りが学んでいる。日本の大学の多くは、卒業生に受験資格を認めている。国側はこうした現実を踏まえ、就学支援金が確実に授業料に使われる仕組みを勘考できないものか。
(3)北朝鮮は核やミサイルを開発し、日本人拉致問題の解決には後ろ向きだ。朝鮮総連を含め、国民が注ぐまなざしは厳しい。本来、子どもの教育に政治的、外交的な問題を絡めるべきではない。だが、朝鮮学校の教育内容や財務、人事といった運営を巡る疑念が晴れない限り、税金投入に国民の理解は得られにくい。子どもの学ぶ権利の救済、機会の保障はもちろん、大人の責任である。


(毎日新聞)
(1)社会全体で子供の成長を支えようとする制度の理念に、例外が認められるかどうかが争われた。
(2)一方、学校側にも改善する点はあるだろう。判決は、無償化で生徒に支援金を支給しても授業料に充てられない恐れを指摘する国の主張を認めている。学校側も反論するのであれば、そうした懸念を拭う努力を重ねていくべきだ。肝心なのは、子供の学ぶ権利と機会を確保することである。教育内容や財務状況を広く社会に開示し、情報公開を進めていくことで、理解を深めていく必要がある。


Ⅱ.問題点
(朝日新聞)
(1)判決が焦点をあてたのは、学校と朝鮮総連との関係だ。国は、過去の新聞記事や公安調査庁の報告書をもとに、「朝鮮総連の『不当な支配』を受け、無償化のための支援金が授業料に使われない懸念がある」と主張。判決はこれを認めた。この先も資金流用がありうると、どんな証拠に基づいて判断できたのか。地裁が取りあげたのは、約10年前の別の民事訴訟の判決だ。「総連の指導で学園の名義や資産を流用した過去がある」と指摘し、「そのような事態は今後も起こりえると考えられた」と結論づけた。総連の支配の継続については「変更や見直しを示す報道が見当たらなかった」ことを理由にした。朝鮮学校が総連と関係があるとしても「不当な支配」とまでいえるのか。地裁が実態の把握に力を尽くしたとは言い難い。
(2)原告側は生徒や教員の証人尋問や学校での現場検証を求めた。だが、地裁は採用せず、代わりに授業内容などのビデオ映像が法廷で上映された。少なくとも朝鮮学校や総連の関係者を証人として法廷に呼び、財務資料を提出させるなどし、国の主張が正当かを具体的に確認すべきではなかったか。
(3)政治・外交問題に直接関係のない朝鮮学校の生徒に、まるで「制裁」を科すような施策には、国連の人種差別撤廃委員会も懸念を示している。中華学校やブラジル人学校など40余りの外国人学校が無償化の対象になっている。申請を国が認めなかったのは朝鮮学校だけ。制度の本来の目的に立ち返り、国は適用を検討すべきだ。多くの大学・短大が朝鮮高級学校生の受験資格を認めているのも、日本の高校に準じた教育水準とみなしているからだ。


(東京新聞)
(1)問題の根っこは、子どもに代わって学校側が就学支援金を受け取る代理受領の仕組みにあろう。朝鮮学校は、北朝鮮や在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の影響下にあり、無償化の資金が授業料に充てられないことが懸念されると、国側は主張していた。
(2)とはいえ、無償化制度の理念は、学校運営そのものの支援ではない。すべての高校生が家庭の収入にかかわらず、学ぶ機会に等しくアクセスできるよう、社会全体で負担を分かち合うことである。
(3)その理念を重視し、責任のない卒業生らの救済に動こうとした形跡は、広島地裁の判断からは読み取れなかった。国側と学校側との相互不信の谷間に、個々の子どもが落ち込んでいるように見える。


(毎日新聞)
(1)今回の裁判所の判断は、無償化制度の趣旨に合っているのだろうか。無償化は、高校段階の個々の生徒に対し、国として学びの機会を経済的に支援するのが基本理念だ。学校自体への支援制度ではない。
(2)朝鮮学校は終戦直後、在日朝鮮人の子供に朝鮮語を教えるため、各地にできた「国語講習所」が前身だ。現在は66校(休校5校)ある。高校にあたる「高級部」は全国に10校あり、1300人余りが学んでいる。朝鮮語で授業し、朝鮮史など民族教育に特徴があるが、数学や化学などは日本の学習指導要領に沿った内容だ。日本の大学の大半は、卒業生に日本の高校生と同様、受験資格を認めている。インターナショナルスクールなどと同じ「各種学校」にあたるが、これらは無償化の対象になっている。
(3)生徒は日本で生まれ育ち、日本社会の中で生活している。子供に責任のない理由で、無償化の対象から外すのは制度の理念に整合しない。



 問われているのは、「社会全体で子供の成長を支えようとする制度の理念に、例外が認められるかどうかが争われた。」(毎日新聞)ということである。
 また、日本国憲法26条に規定された「子どもの学ぶ権利に関わる教育行政の公平性である。」(朝日新聞)、が試されたのである。
日本国憲法26条の教育の無償化とは、「高校段階の個々の生徒に対し、国として学びの機会を経済的に支援するのが基本理念だ。学校自体への支援制度ではない。」(毎日新聞)、ということの真実さへ、日本の司法は、手放さそうとしている。
 このままでは、日本の司法は、その意味を失ってしまう。




by asyagi-df-2014 | 2017-07-29 12:16 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

広島地裁は、「国に裁量の逸脱はなく、適法だ」、と言い放つ。(1)

 広島地方裁判所は2017年7月19日、高校の授業料無償化の対象から朝鮮学校を除外した国の処分をめぐる裁判で、「国に裁量の逸脱はなく、適法だ」として、広島朝鮮高級学校側の訴えを退けた。
 「審査基準も合理的で、差別には該当しない。」、との地裁の判決は、歪んだ現状認識に寄り添い、日本国憲法による不断の努力を冷酷に切り捨てている。
 このことを、毎日新聞は2017年7月20日、次のように報じた。


(1)朝鮮学校を高校無償化の適用対象外にしたのは憲法違反だなどとして、広島朝鮮初中高級学校(広島市東区)を運営する「広島朝鮮学園」と元生徒ら約110人が対象外適用の取り消しや慰謝料など約6000万円を国に求めた訴訟で、広島地裁は19日、原告の訴えを全面的に退けた。小西洋裁判長は対象外とした文部科学相の判断について「裁量の範囲逸脱や乱用が認められるとはいえない」と述べた。原告側は近く控訴する方針。
(2)同種訴訟は大阪、東京、名古屋、福岡の4地裁で係争中で、今回が初の判決だった。 判決などによると、高校無償化は2010年4月に当時の民主党政権が導入。私立高校などの生徒には学校を通じて就学支援金が支給される。政府は同年11月の北朝鮮の韓国砲撃で、朝鮮学校の支給審査を停止した。さらに12年12月に発足した第2次安倍政権は、拉致問題の進展がないことなどを理由に支給対象外とする方針を発表。文科省は13年2月、支給基準を定めた省令を削除して朝鮮学校を対象外とした。
(3)原告側は他の外国人学校は対象となっているとし、「政治的、外交的な理由から差別的に扱われている」と主張。民族教育などを学ぶ権利や教育の機会均等を保障する憲法、国際人権法などに違反すると訴えていた。
(4)判決は、北朝鮮や朝鮮総連と朝鮮学校が密接な関係にあり、「不当な支配」を受けて教育基本法に違反する恐れがあるとする国側の主張を認め、「就学支援金が授業料に使われないことが懸念される」と指摘。「審査基準も合理的で、差別には該当しない。適用対象となった他の外国人学校には類似の事情は認められない」とした。文科省は「国の主張が認められたものと受け止めている」とのコメントを発表した。
(5)「権利を得られない悔しさと、やるせない思いでいっぱいです」。広島朝鮮初中高級学校を高校無償化の対象外とすることを認めた19日の広島地裁判決に、元生徒で原告の団体職員、黄希奈(ファンフィナ)さん(25)=広島市南区=は涙をこらえて話した。
 黄さんは出身の岡山県の初中級学校を卒業後、中四国で唯一、高級部がある広島朝鮮学校へ進んだ。無償化法は2年時に成立したが、国は朝鮮学校の支給審査を停止。黄さんは仲間と無償化適用を求める署名活動をしたが実現せず、進学を諦める同級生もいた。「無償化が適用されていれば、大学に進む費用の準備もできた。同じ思いをする後輩が増えると思うと悔しい」と唇をかんだ。
(6)高級学校を運営する広島朝鮮学園の金英雄(キムヨンウン)理事長(59)は記者会見で「多文化共生の歩みに逆行し、到底容認できない」と語気を強めた。高級部は70人が在籍。2012年度以降は広島県・市が合わせて年間約2000万円の補助金支給を凍結し、学校の年間予算は前年度から約2割減った。15年度は授業料を増額。一般校に進む生徒が増え、10年度より在校生は2割以上減った。
(7)弁護団長の足立修一弁護士は「朝鮮学校に対して差別をしていいと言っているに等しい判決」と批判した。



by asyagi-df-2014 | 2017-07-29 06:04 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

日本国憲法をどのようにしたいのか。(2)

 毎日新聞は2017年5月3日、「安倍晋三首相は3日、憲法改正推進派の民間団体が東京都内で開いた集会に自民党総裁としてビデオメッセージを寄せ、『2020年を新しい憲法が施行される年にしたいと強く願っている』と表明した。憲法9条をあげ、戦争放棄をうたった1項と戦力不保持を定めた2項を堅持した上で、自衛隊の存在を明記する条文を加えるよう主張。改憲による高等教育までの教育無償化にも前向きな考えを示した。」、と報じた。
 また、その安倍晋三首相のビデオメッセージの発言骨子について、「①国会議員が憲法改正の発議案を国民に提示するための具体的な議論を始めなければならない時期だ、②9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む考え方は国民的な議論に値する、③教育は極めて重要なテーマ。高等教育も全ての国民に開かれたものとしなければならない、④2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」、と伝えた。


やはり、この問題について、きちんと向き合わなければならない。


 琉球新報は2017年6月22日、「自衛隊「防衛の実力組織」 自民改憲案たたき台判明」、と報じた。
 この自民改憲案たたき台は次の内容である。


(1)自民党の憲法改正推進本部が、憲法9条に自衛隊の存在を明記する安倍晋三首相(党総裁)提案を踏まえ、今後の議論のたたき台とする条文案が21日、判明した。現行9条と別立ての「9条の2」を新設し、自衛隊について「わが国を防衛するための必要最小限度の実力組織」と規定。戦力不保持などを定めた現行9条2項を受ける形で「自衛隊を設けることを妨げるものと解釈してはならない」と明示した。首相が自衛隊の指揮監督権を持つことも盛り込んだ。党関係者が明らかにした。
(2)自民党は年内の改憲案策定を目指しており、早ければ秋にも具体的な条文案を巡って公明党との調整に着手したい意向。





by asyagi-df-2014 | 2017-06-22 12:25 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

日本国憲法をどのようにしたいのか。(1)

 毎日新聞は2017年5月3日、「安倍晋三首相は3日、憲法改正推進派の民間団体が東京都内で開いた集会に自民党総裁としてビデオメッセージを寄せ、『2020年を新しい憲法が施行される年にしたいと強く願っている』と表明した。憲法9条をあげ、戦争放棄をうたった1項と戦力不保持を定めた2項を堅持した上で、自衛隊の存在を明記する条文を加えるよう主張。改憲による高等教育までの教育無償化にも前向きな考えを示した。」、と報じた。
 また、その安倍晋三首相のビデオメッセージの発言骨子について、「①国会議員が憲法改正の発議案を国民に提示するための具体的な議論を始めなければならない時期だ、②9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む考え方は国民的な議論に値する、③教育は極めて重要なテーマ。高等教育も全ての国民に開かれたものとしなければならない、④2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」、と伝えた。


やはり、この問題について、きちんと向き合わなければならない。


 朝日新聞は2017年6月20日、「首相、改憲案を自民議員に自ら説明へ 整合性問う声受け」、と報じた。
 いよいよ、この問題が動き出した。
 朝日新聞は次のように伝えた。


(1)安倍晋三首相(自民党総裁)は20日、憲法9条に自衛隊を明記するとした自身の改憲案について、党所属議員全員を対象とする両院議員総会で直接説明する方針を固めた。時期は今後調整する。石破茂・元防衛相らから2012年の党改憲草案との整合性を問う声が消えず、首相自ら説明する必要があると判断したとみられる。
(2)首相は同日、党憲法改正推進本部の保岡興治本部長と官邸で協議。保岡氏はその後、国会内で石破氏と面会し、首相の方針を報告した上で「議論を前に進めさせて欲しい」と伝えた。保岡氏によると、首相との協議では、9条への自衛隊明記や教育無償化など改憲4項目について、党としての議論を8月までにいったん終えることでも合意した。
(3)保岡氏は同日、推進本部の幹部会でも首相の説明方針を報告。幹部会では9条について議論が行われ、1、2項を残して自衛隊を明記する首相案について、石破氏が「3項にどう書くのか。『陸海空軍その他の戦力は保持しない』『国の交戦権は認めない』とした2項と、どう矛盾なく説明するのか」と反論した。




by asyagi-df-2014 | 2017-06-21 12:15 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

『憲法9条一項・二項は残し、三項を新設し自衛隊を書き込む』を考える。(2)-神奈川新聞社説(20170603)-

 『憲法9条一項・二項は残し、三項を新設し自衛隊を書き込む』を考える。
 神奈川新聞は2017年6月3日、安倍首相が2020年の改正憲法の施行を目標として、改憲への姿勢を鮮明にしたことについて、「憲法9条改正 矛盾孕む空疎な提案だ」、とその社説で断定した。
 まず、この社説を要約する。


Ⅰ.矛盾の根拠


(1)戦争放棄などを定めた9条1項、2項を維持した上で自衛隊に関する条文を追加する考え方を示した。だが、2項の戦力不保持を改めないままでは説明がつかず、新たな矛盾を孕む空疎な提案だ。
(2)首相は「自衛隊の存在を憲法上に位置づけ、『自衛隊が違憲かもしれない』などの議論が生まれる余地をなくすべきだ』と明文化の意義を強調した。しかし、長年積み重ねられてきた9条の解釈をあまりに軽視している。
(3)自衛隊は歴代内閣の憲法解釈で一貫して合憲とされてきた。ただし必要最小限の実力組織としてであり、PKO(国連平和維持活動)参加など活動の幅を広げても他国の戦争に加担しないよう歯止めもかけられてきた。9条の下での抑制的なあり方に国民の理解も深まっている。
(4)そもそも自民党の改憲草案は一項をほぼ踏襲する一方、二項は全面的に改め国防軍を創設する内容だった。草案自体の問題はここではおくとしても、首相は草案の記載内容を党内論議も経ず簡単に翻した。
(5)首相に近い立場のメディアや似た考えを持つ団体の集会で考えを伝える手法も独り善がりにしか映らない。国民の理解を得るべく、疑問や批判に耐える真摯な姿勢が感じられない。


Ⅱ.主張


(1)首相の説明通り現状追認が目的なら合憲とされているものをあえて明記することに意味はなく、膨大な政治的エネルギーを費やす価値もない。明文化により戦力不保持を定める2項が無力化され、自衛隊の活動を拡大できる解釈が生まれるなら首相の説明は姑息というほかない。
(2)憲法は国のかたちを定める最高法規である。政治家としての姿勢に疑問を抱かざるを得ない。
(3)戦後の出発点に先の敗戦があることを忘れてはいけない。「押し付け憲法」というなら、朝鮮戦争を機に米国の要請に応えた自衛隊も押しつけである。二度と悲劇は繰り返さないという信念で国民が守り続けてきた憲法を改めるには、それだけの理由と熟議が欠かせない。スポーツの祭典に合わせるような話ではない。



 確かに、安倍晋三首相の『憲法9条一項・二項は残し、三項を新設し自衛隊を書き込む』とは、「明文化により戦力不保持を定める2項を無力化し、自衛隊の活動を拡大する」ことを狙ったものでしかない。




by asyagi-df-2014 | 2017-06-19 10:19 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

『憲法9条一項・二項は残し、3項を新設し自衛隊を書き込む』を考える。(1)

 『憲法9条一項・二項は残し、3項を新設し自衛隊を書き込む』を考える。
 東京新聞は2017年5月21日、「核心」に「憲法から軍事力の統制なくなる」と石川健治東京大学法学部教授のインタビュー記事を掲載した。
この記事を基にこの問題を考える。
石川健治教授は、次のように説明する。


Ⅰ.統治機構の論点


(1)統治機構の論点は、常に三つの層をなして成立している。
(2)一層目は、法的な根拠があるかどうか。
(3)二層目は、その権限を実際に行使する正当性(資格や理由)があるかどうか。
(4)三層目は、権限を裏付ける財政面の決定統制も重要な層をなしている。
(5)これらの三層構造で権力は統治されている。


Ⅱ.日本国憲法九条をこの統治機構と関連して捉え直すとこうなる


(1)九条とりわけ二項(戦力の不保持)は本来、軍隊を組織する権限を国会から奪っている。しかし、すでにここは、自衛力という新手の論理が持ち込まれて、突破されている。それでも、二層と三層はその後も有効に機能してきた。
(2)九条を根拠に、自衛隊から権限行使の正当性を奪う二層目のコントロールについては、現在なお世論の強い後押しがある。
(3)何より、正当性に疑いがかけられた組織は、世間から後ろ指をさされることがないように、常に身を慎むことになる。自衛隊に対する国民の支持も、そうした慎みのある組織だからこそのこと。
(4)三層目の財政的統制については、二層目の存在を背景として大蔵省・財務省が杓子定規に軍拡予算の編成を阻んできたという側面が、特に大きい。
(5)戦後日本の軍事力が完璧にコントロールされて木田という事実が、九条方式ともいうべき軍事力統制システムの優秀さを証明している。


Ⅲ.3項に自衛隊を書き込むことはどのような意味を持つのか。


(1)九条に3項を新設して自衛隊に正当性を持たせてしまうと、まず二層目のコントロールが利かなくなってしまう。
(2)そしてそれを理由として、軍事力の財政的統制という三層目も、やすやすと突破されたしまう。
(3)軍事力のコントロールが、憲法上はなくなってしまう。かといって、九条方式に匹敵する、優秀な軍事力統制メニューが出されているわけではない。


四.軍拡路線の歯止めである三層が、九条3項の新設によって外されることによって起こること


(1)北東アジアにおける軍拡競争に巻き込まれざるを得なくなる。
(2)何より、九条改正によって初めて正当性を持たされた自衛隊が、それにあぐらをかいて変質してしまう心配がある。


 結局、『憲法9条一項・二項は残し、3項を新設し自衛隊を書き込む』ことは、日本国憲法から軍事力のコントロール機能を奪うことになる。
 石川健治教授は、このインタビューの最後を次のように締めています。


 「連戦連勝の選挙結果で得られた民主的正当性を背景にして、相次ぐ大臣の失言にみられる規律の緩みや、今回の改憲起案のような暴走気味の政権運営が目立つ、安倍政権自体がその雄弁な論証になっています。」


 確かに、安部晋三政権の存在そのものが、「否」の最大の根拠になっている。




by asyagi-df-2014 | 2017-05-27 06:21 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」、とはあんまりだ。

 毎日新聞は2017年5月3日、標題に関して、「安倍晋三首相は3日、憲法改正推進派の民間団体が東京都内で開いた集会に自民党総裁としてビデオメッセージを寄せ、『2020年を新しい憲法が施行される年にしたいと強く願っている』と表明した。憲法9条をあげ、戦争放棄をうたった1項と戦力不保持を定めた2項を堅持した上で、自衛隊の存在を明記する条文を加えるよう主張。改憲による高等教育までの教育無償化にも前向きな考えを示した。」、と報じた。
 また、その安倍晋三首相のビデオメッセージの発言骨子について、「①国会議員が憲法改正の発議案を国民に提示するための具体的な議論を始めなければならない時期だ、②9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む考え方は国民的な議論に値する、③教育は極めて重要なテーマ。高等教育も全ての国民に開かれたものとしなければならない、④2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」、と伝えた。
 この問題について、沖縄タイムス、毎日新聞、信濃毎日新聞の各社説を基に考える。


 まずは、この時期に、改憲派の民間団体に向けたメ-セ-ジの中での表明という安部晋三政権の手法について、考えてみる。信濃毎日新聞でも、「『2020年を新しい憲法が施行される年にしたい』と初めて具体的な時期を示している。なぜ、それほど急ぐのか。唐突な決意表明である。」、と指摘される問題部分である。
 このことについて、沖縄タイムスは2017年5月4日付けの社説で、次のように指摘する。


 「安倍首相は、読売新聞の3日付朝刊1面に掲載された単独インタビューでも、同じことを語っている。北朝鮮危機やテロの不安など、内外の政治状況を計算し尽くした上で、憲法施行70年という節目の日に合わせ、今後の憲法論議の方向性について自らアジェンダ(議題)を設定し、国民に示した。極めて巧妙なやり方である。ビデオメッセージで首相は、教育無償化にも前向きな姿勢を示した。これは日本維新の会が強い意欲を示している改正項目だ。公明党の引き込み、維新の会の協力、民進党の分裂、野党の足並みの乱れを一挙に誘う。そんな意図がメッセージに込められているのは明らかである。」


 こうした安部晋三政権の姑息な手法について、毎日新聞は「国会軽視の姿勢も問題だ。衆院の憲法審査会は参政権や国と地方などの課題を巡り有識者を呼んで議論している。自民党は野党第1党の民進党との調整を重視している。改憲案を審議する権限は憲法審査会にしかない。その頭越しで公明党などの改憲容認勢力さえ固めればいいという話ではないだろう。」、と批判する。
 したがって、「改憲派の会合での一方的なメッセージである。見過ごすことはできない。首相は自身の考えを国会できちんと説明する必要がある。」(信濃毎日新聞社説-2017年5月4日)、ということをきちんと行わさせなければならない。


 さて、このメ-セ-ジの本質的問題についてである。
 まず、沖縄タイムスは次の疑問を挙げる。


(1)政府の9条解釈では、自衛隊は憲法9条にうたわれた「戦力」には該当せず、「自衛のための必要最小限度の実力組織」と位置づけている。その解釈はどうなるのか。
(2)戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認を定めた9条1項、2項を変えずに、自衛隊の根拠規定だけを新たに追加することは、まっとうに考える限りほとんど不可能だ。
このような「ヌエ的な9条改正」が実現すれば、いずれ集団的自衛権もなし崩しで拡大されていくに違いない。
(3)日本の安全保障は「9条プラス日米安保」で成り立っている。沖縄県民は復帰後も、この日本特有の安保体制の負担を強いられてきた。これほど長期にわたって安全保障の負担と犠牲を一地域だけに過剰に強いる例は、ほかにない。9条改正によって、日米安保条約はどうなるのか。沖縄に常駐する地上兵力の海兵隊は撤去されるのか。そのような根本的な議論もないまま、「9条は改正するが、安保・地位協定・米軍基地はそのまま」ということになりかねないのである。そうなれば、沖縄の負担が半永久的に固定化し、米軍・自衛隊が一体となった「不沈空母」と化すのは避けられないだろう。


次に、毎日新聞は、次のように押さえる。いささか歯切れの悪い論調であるが。


(1)首相が施行時期を東京五輪開催年に重ねたことだ。両者は何の関係もない。自民党総裁の3選を見据え、任期中に改憲を実現したい思いからの後付けの理屈に聞こえる。
(2)首相は9条改正について1項の戦争放棄と2項の戦力不保持を堅持しつつ「自衛隊を明文で書き込む」ことを提起した。2項を抜本改正し国防軍などを創設するという従来の考え方からは退いたように見える。 自衛隊は政府解釈で合憲とされ、災害派遣や国連平和維持活動(PKO)などを通じて国民に定着し、高く評価されている。にもかかわらず、首相は一部の憲法学者らの「自衛隊違憲論」を引き合いに9条改正を主張した。これは説得力に欠けるのではないか。
(3)今の自衛隊は「自衛のための必要最小限度の実力」を超え、違憲となる「戦力」に相当するという議論もある。明記される自衛隊の位置付けが戦力不保持の規定とどう整理されるか、はっきりしない。
(4)首相が言う「新しい憲法」という表現からは、米国による「押しつけ憲法」から脱却したいことへのこだわりもにじむ。


 信濃毎日新聞は、次のように指摘する。


(1)憲法を尊重し、擁護する義務を負う首相が憲法記念日に改憲を主張する。強い違和感を抱かせる発言である
(2)改憲時期について「半世紀ぶりに夏季のオリンピック、パラリンピックが開催される2020年を未来を見据えながら日本が新しく生まれ変わる大きなきっかけにすべきだ」とし、20年施行という目標を明示した。期限をはっきりさせることで論議を加速させたいのか。衆参両院の憲法審査会では各党の主張の隔たりが大きい。改憲項目の絞り込みが進まず、国民的な議論も熟していない状況で3年後に施行とはあまりにも性急な提示だ。
(3)「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と定める2項を残し、どのように書き込もうというのか。専守防衛の枠から自衛隊が踏み出すことにならないか。疑問は尽きない。
(4)安倍政権は一内閣の判断で憲法解釈を変更し、違憲との批判を顧みることなく集団的自衛権行使の安全保障関連法を定めた。立憲主義を軽んじる首相の提案に乗ることはできない。
(5)首相は、未来と国民に責任を持つ政党として憲法審査会での「具体的な議論」をリードし、歴史的使命を果たしていきたいとも述べた。世論調査では、安倍政権下での改憲に過半数が反対と答えている。自身の悲願を果たしたいだけの身勝手な使命感ではないか。


 もちろん、この問題の本質は、「憲法を尊重し、擁護する義務を負う首相が憲法記念日に改憲を主張する。強い違和感を抱かせる発言である」、と信濃毎日新聞は主張するが、日本国憲法99条に関わる首相による重大な「憲法違反」であるということに尽きる。


 最後に、「改憲による高等教育までの教育無償化」についてである。
 戦後の長い間の教育条件整備や義務教育費無償化の運動の中で、学校教育法や義務教育費国庫負担法等の改正を要求してはきたが、このことに関しての憲法改正を唱えてきたわけではない。むしろ、日本国憲法にきちんと位置づけられているにもかかわらず、実現できていない行政の側の不作為を追求してきた。
 「2020」を唱えることによって、義務教育費無償化の運動側に対して、常に財源問題を持ち出して「否」としてきた側が、利用できるものはすべて利用するという思惑がはっきり見えている。
 結局、「改憲による高等教育までの教育無償化」は、「できてしまえば、いつでも、自らの手の中で。」、ということに過ぎない。




by asyagi-df-2014 | 2017-05-09 05:55 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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