カテゴリ:安倍首相靖国参拝違憲訴訟( 7 )

2016年12月の閣僚の靖國参拝に抗議します。

 2016年12月の閣僚の靖國参拝に対して、安倍靖国参拝違憲訴訟の会・東京は2016年12月31日、 安倍靖國参拝違憲訴訟の会・関西は2017年1月6日に、「2016年12月閣僚の靖国神社参拝抗議声明」をそれぞれが発表した。
この「声明」の意味を確認するとともに、安倍晋三政権の閣僚の行為に、強く抗議します。


Ⅰ.事実
 2016年12月28日、今村雅弘復興大臣が靖国神社拝殿前で参拝し、同29日には「防衛大臣である稲田朋美が一国民として参拝した」と称して稲田朋美防衛大臣が、靖国神社昇殿参拝を行った。


Ⅱ.総括的問題点
(1)日本国憲法第20条1項「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」に、明らかに抵触する閣僚の憲法違反行為である。
(2)「日米軍事同盟」の再確認と強化という政治的意図をもつ安倍首相の真珠湾訪問というこの時期の靖国神社参拝は、個人参拝ではなく政権党閣僚としての政治的参拝であることは明らかである。
(3)この参拝は日本国憲法に規定する政教分離条項明瞭に違反し、市民・国区民の平和的生存権を侵害する行為である

Ⅲ.稲田防衛大臣に関わる問題点
(1)稲田防衛大臣は、ハワイ訪問から安倍首相とともに12月28日夜に帰国したばかりであり、本来であれば、アジア諸国とりわけ中国、韓国との不戦の誓いを模索すべき時に、敢えて靖国神社参拝強行に及んだ。このことは、東アジアに対して喧嘩を売る行為に等しい。事実、中国、韓国からは、直ちに参拝行為に対する厳しい批判の声があがっている。
(2)稲田防衛大臣は、過去に「国民の一人ひとり、みなさん方一人ひとりが、自分の国は自分で守る。そして自分の国を守るためには、血を流す覚悟をしなければならないのです!」「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」と発言をしている。このような信念に基づいての防衛大臣靖国神社参拝は、東アジア諸国にとって、戦争準備行動と捉えられるのは自明のことである。
(3)稲田防衛大臣は、午前8時頃の靖国神社参拝に先立ち、午前6時30分ごろには靖国神社参拝を関係者に事前予告し、マスコミ取材および関係者の動員という周到な準備を行った上での参拝であり、あたかも靖国神社が「国から特権を受け」ているような印象を与えるような世論操作を行っている。個人的参拝でなく政権党閣僚としての政治的参拝であることは明らかである。
(4)稲田防衛大臣は、靖国神社をつぎのように認識していることを講演や執筆で明らかにしてきた。たとえば、「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」というごとくである。(『WiLL』2006年9月号)というごとくである。靖国神社に対する稲田防衛大臣のこのような認識は、私たちの靖国神社に対する認識とも一致する。つまり、稲田防衛大臣は、議員時代から、市民・国民に対し「戦死しても靖國神社で『英霊』として『感謝』するから、国のために命をささげて死ね」というメッセージを繰り返し発信してきたのである。しかも、稲田防衛大臣は、現職の大臣として、すでに自衛隊に対して南スーダン軍事介入の命令を発している。派遣された隊員たちは、殺し合いを余儀なくされているのである。
(5)今回の稲田防衛大臣の靖国参拝は憲法遵守義務を無視し、和たちの提起した訴訟に真っ向から対立するものであり、戦争責任を問い歴史の和解をめざす国際社会にも混乱をもたらした。私たちは到底これを許すことはできない。


Ⅳ.主張
(1)安倍晋三内閣総理大臣は、ハワイ真珠湾訪問に際し、「慰霊」という神道用語を多用し、マスコミもまた無批判に「慰霊」という神道用語を使っている。明らかに、憲法第20条3項(「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」)違反であり、私たちは厳重に抗議する。(安倍靖国参拝違憲訴訟の会・東京)
(2)私たちは、被告安倍晋三内閣総理大臣の「個人の信教の自由」に基づく靖国神社参拝正当化論の欺瞞性を打ち砕き、靖国神社参拝違憲判決を勝ち取るために、全力を尽くして闘い続けることをここに明らかにすると共に、首相・閣僚による憲法違反の靖国神社参拝を今後、行わないことを強く要求するものである。(安倍靖国参拝違憲訴訟の会・東京)
(3)安倍首相、稲田防衛大臣、今村復興大臣をはじめとする全ての閣僚に対し、憲法違反の靖国神社参拝を行わないことを強く要求するものである。(安倍靖国参拝違憲訴訟の会・関西)


 2016年12月の閣僚の靖國参拝は、(1)日本国憲法第20条1項「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」に、明らかに抵触する閣僚の憲法違反行為であること、(2)「日米軍事同盟」の再確認と強化という政治的意図をもつ安倍首相の真珠湾訪問というこの時期の靖国神社参拝は、個人参拝ではなく政権党閣僚としての政治的参拝であることは明らかであること、(3)この参拝は日本国憲法に規定する政教分離条項明瞭に違反し、市民・国区民の平和的生存権を侵害する行為であること、との理由から日本国憲法に違反しており、許されない行為です。
 あらためて、今回の行為に強く抗議し、安倍晋三政権には、憲法違反である靖国参拝を今後行わないように要求します。


 なお、安倍靖国参拝違憲訴訟は、「安倍靖国参拝違憲訴訟の大阪高裁判決は、2017年2月28日に予定されている。東京の闘いも2017年2月6日に結審が予定され、近く東京地裁で判決が行われる予定である。」、との状況を迎えています。
 ここで、連帯の闘いを。すべての人に。


 以下、安倍靖国参拝違憲訴訟の東京及び関西の「声明」の引用。





More
by asyagi-df-2014 | 2017-01-25 08:55 | 安倍首相靖国参拝違憲訴訟 | Comments(0)

安倍首相靖國参拝違憲訴訟での大阪地裁の不当判決を考える。(2)

 2016年1月28日の大阪地裁の不当判決を、「安倍首相靖國神社参拝違憲訴訟・関西」の抗議声明で考えます。

1.不当な判決内容。
(1)判決は、小泉首相靖国参拝違憲訴訟の2006 年最高裁判決にいう、「人が神社に参拝をしても他人の権利を侵害することはない。これは内閣総理大臣が靖国神社を参拝したとしても変わりがない(取意)」をなぞるだけのものであった。
(2)判決は、安倍靖国参拝の意味をこれら客観的に明らかな証拠を検討することなく、「平和を祈念した」と称する参拝後の安倍談話を長々と引用して権利侵害はないと損害賠償の請求を棄却した。
また、首相の参拝が違憲であることは2004 年小泉首相靖国参拝違憲訴訟福岡地裁判決が明確にしている。
2.不当な判決への反論。
・不当な判決内容の(1)について。
①ここにいう「人」は、違憲の戦争法をごり押しし、憲法そのものにも敵対しこれを破壊する意図を明確にしている内閣総理大臣の安倍晋三である。                     
②「神社」は、殺し合いを強いられた人を天皇に忠義を尽くした人として顕彰し未来の戦死を誘導する靖国神社である。                                   ③このことを踏まえれば、これを「人が神社に参拝する行為」と一般化同列化することができないことはだれが見ても明らかなことである。安倍靖国参拝はそれが単に政教分離規定に反する違憲行為として内心の自由等の権利を侵害するのみならず、いわば戦争準備行為なのであり、平和的生存権も侵害する行為である。
・不当な判決内容の(2)について。
①福岡地裁は、判決文の中で未来の参拝を差し止めるためにあえてこの判断をしたと述べている。私たちの訴訟団には、この判決を受けて損害賠償請求を断念した原告も含まれている。この人たちには、憲法尊重擁護義務を負う内閣総理大臣に対する(二度と参拝しないという)期待権が存在する。
②大阪地裁はこの期待権侵害を否定する理由として「その後の社会・経済情勢の変動や国民の権利意識の変化等によって裁判所の判断が変わることもあり得る」からというとんでもないことを言っている。次つぎに憲法秩序を破壊する現政権に媚を売るのみならず、行政の違憲行為をチェックするという司法の責任を今後も放棄する用意を恥じらいもなく述べているのである。
3.結論、宣言。
 私たち原告一同は、このような不当な判決を到底受け入れることはできない。断固抗議するとともに、控訴し闘いを持続することを宣言する。


 この大阪地裁の判決を読みながら、突出した違和感を覚えるのは、この抗議声明でも触れている「その後の社会・経済情勢の変動や国民の権利意識の変化等によって裁判所の判断が変わることもあり得る」というくだりである。
 これは、まさに、当事者としての裁判官の使命を放棄したものではないか。

 以下、抗議声明の引用。






More
by asyagi-df-2014 | 2016-03-01 06:38 | 安倍首相靖国参拝違憲訴訟 | Comments(0)

安倍首相靖國参拝違憲訴訟での大阪地裁の不当判決を考える。

 2016年1月28日の大阪地裁の不当判決を、「アジアネットワーク通信第13号」で高橋靖さんは伝えています。


「一月二八日(木)判決前、九時二五分からマスコミによる原告団入廷シーンの撮影。一〇時、いよいよ判決の言渡し。佐藤裁判長は「主文、原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」と主文を読み上げた後、要旨を読み上げた。」


 その判決要旨を、高橋さんは、次のように報告します。


①靖国神社の特殊性もある程度認め、首相の参拝の影響力も一定認めながらも、結局のところ、「人が神社に参拝する行為自体は、他人の信仰生活に対して圧迫、干渉を加えるような性質ではなく」そのことは「内閣総理大臣の地位にある者が靖国神社を参拝した場合においても異なるものではない」とし、よって被侵害利益はないとした二〇〇六年の最高裁判決を援用し、憲法判断から逃げ、原告の訴えを棄却しました。
②さらにたちの悪いのが、小泉首相靖国参拝違憲訴訟で違憲判決を勝ち取った原告の期待権侵害の訴えに対しては、最高裁判決は「錦の御旗」として援用しておきながら、首相の靖国参拝違憲訴訟の福岡地裁・大阪高裁の違憲判断については、「裁判所の判断は、その後の社会・経済情勢の変動や国民の権利意識の変動等によって変わることもあり得る」から「期待権が法的に保護される利益ではない」などと述べ。                                 
③あげくの果ては、安倍首相の談話をそのまま鵜呑みし「安倍首相は平和を祈念するために靖国神社を参拝した」とし、「その布教や宣伝のために参拝したものではない」と安倍首相を全面的に擁護する始末。まさに「最初に結論ありき」丸出しで、それに無理やりこじつけるために論理の矛盾もおかまいなしです。


 また、判決後の原告団及び弁護団の記者会見での失望と怒りの様子を報告します。


①小泉靖国参拝違憲訴訟で福岡地裁で違憲判決を勝ち取った木村真昭さんは、「福岡地裁では、裁判所は、原告らはこういう形でしか訴えることができなかったんだと原告の訴えをくみ取ってくれた。ところが、今日の判決は安倍首相の代弁をしている。われわれが主張した(違憲判決に対する)期待権について、裁判所は、違憲判断も社会・経済情勢によって変わるなどと言っているが、憲法とはそんなものか。せめて、司法の意地をみせてほしかった」。
②松岡さんは、「裁判所は憲法を守るところとちがうのか、と落胆した。安倍首相も平和を祈念しているというのは承服できない」、○○さん(仮名)は若者として「憲法「改正」の時代への危機感からこの訴訟に加わったが、判決では、憲法判断は社会情勢によって変わるなどと言っているが、じゃ、戦争になったら裁判所は戦争も認めるのか。たいへん憤りを感じる」。
③中島弁護士は、「裁判所は憲法判断から逃げていた。今回の判決では首相の靖国参拝が合憲になりうることまでにおわせる極めて後退的な判決だ」。                   
④加島弁護士は、「今日の裁判所は憲法判断を回避した。それは我々が考える裁判所の良心からずいぶんかけ離れている」。そして、原告団事務局の菱木さんは「自分では、(首相の靖国参拝に対して)合憲判断はできないくせに、「裁判所の判断は社会・経済情勢の変化によって変わり得るなどといいいかげんなことを述べているのには腹が立つ」と怒りを表しました。


 さらに、判決報告集会での中島弁護士からの判決の要旨の解説を報告します。


①判決では、被侵害利益はないということで、いきなり憲法判断を避けてしまっている。そうしたものだから、小泉首相靖国参拝違憲訴訟での違憲判断に対する期待権については「首相の靖国参拝違憲判断もその後の社会・経済情勢の変動により裁判所の判断が変わることもあり得る」と無理をしてしまっている。
②平和的生存権については、イラク派兵違憲訴訟名古屋高裁ではっきり権利として認められているにもかかわらず、平和のうちに生存する権利の具体的な内容は曖昧不明確であり裁判所に対して損害賠償や差止めを求めることができるとまで解することはできないとした。
③判決は、最初から結論を決めつけた上で書かれており、靖国参拝も安倍が「過去の痛切な反省に立って、二度と戦争を起こしてはならないと考えている」と言っているので、靖国神社の布教、宣伝に利用したものとは解されないとし、これまでの裁判所の判断よりずっと後ろ向けに流れていってしまっている。


 この「アジアネットワーク通信第13号」で、高橋さんは、次のように締めくくっている。


「大川弁護士は、今までの首相の靖国参拝訴訟の判決では、原告の主張するのは単なる『怒り、不快感、憤り』にすぎないとしていたが、今回はその内、『不快』しか書いていない。満身の『憤り』をもって控訴審に臨みたいと決意表明。われわれ原告団も全く同感です。今回の『最悪』の判決に対する怒りをバネに控訴審にのぞみます。いっしょにしぶとくがんばりましょう。原告以外の方も今後ともよりいっそうの支援をよろしくお願いします。 」


 この「満身の『憤り』をもって控訴審に臨みたい」という決意表明は、「安倍晋三首相の靖国神社参拝(2013年12月)は憲法の政教分離原則に反すると訴え、国内外の765人が首相と国、神社に1人1万円の慰謝料と参拝差し止めを求めた訴訟で、うち388人が9日、憲法判断に踏み込まず請求を全面的に棄却した1月28日の大阪地裁判決を不服として大阪高裁に控訴した。」(朝日新聞2016年2月9日)、という記事となった。


by asyagi-df-2014 | 2016-02-29 06:16 | 安倍首相靖国参拝違憲訴訟 | Comments(0)

安倍首相靖國参拝訴訟、原告388人が大阪高裁に控訴。

 安倍首相靖國参拝総称で訴えを棄却された原告は、2016年2月9日、大阪高裁に控訴した。
 このことについて、朝日新聞は2016年2月9日、「安倍晋三首相の靖国神社参拝(2013年12月)は憲法の政教分離原則に反すると訴え、国内外の765人が首相と国、神社に1人1万円の慰謝料と参拝差し止めを求めた訴訟で、うち388人が9日、憲法判断に踏み込まず請求を全面的に棄却した1月28日の大阪地裁判決を不服として大阪高裁に控訴した。」、と報じた。

 実は、朝日新聞は2016年1月28日、このことに関連して次のような声と記事を伝えていた。


「靖国参拝が平和を祈念するものと評価した判決。怒りを覚える」

「冗談じゃない」。父の命は国に奪われたに等しい。だれかの幸せも奪ったかもしれない。「何が神だ」

「国民の命を預かる一国の代表者が、周辺国との摩擦を承知で参拝するなんて」

「歴史学は実生活に還元させないと意味がない」

ただ、自分の思いを口にすることも、最近はためらうようになった。実名で提訴後の会見に出た同世代の友人は、ネットに「こういうことするのは朝鮮人」と書かれた。法廷には「朝鮮人」と叫ぶ集団も現れたと弁護団から聞いた。非難が激しくなると他の若者も口をつぐむと恐れ、法廷での意見陳述は控えた。

判決は憲法判断を避けた。「司法は空っぽだと言っているに等しい」と失望した。「でも訴訟は通過点。これからも考え、しゃべることはやめない」(

「憲法判断から逃げている姿勢が見られる」と批判。そのうえで「靖国参拝が合憲にもなり得ると含みを入れている。(過去に違憲と判断した判決から)後退している」

「今回の判決は後退どころか裁判所の存在理由を終わらせるでたらめなもの。せめて司法の意地はしめしてほしい。落胆している」


 判決で、「時代で判断が変わる」、と裁判所が言ってしまった。
 だが、あたりまえに、諦めるわけにはいかない闘いは続く。


 以下、朝日新聞の引用。





More
by asyagi-df-2014 | 2016-02-27 06:00 | 安倍首相靖国参拝違憲訴訟 | Comments(0)

大阪地裁は、安倍首相の靖国参拝訴訟で、原告の請求を棄却。

 安倍首相靖國参拝違憲訴訟について、朝日新聞は2016年1月28日、「安倍晋三首相による2013年12月の靖国神社参拝で精神的苦痛を受けたとして、国内外の戦没者遺族ら765人が安倍首相と国、神社に1人1万円の慰謝料を求めた訴訟の判決が28日、大阪地裁であった。佐藤哲治裁判長は『原告らの法的利益を侵害していない』として請求を退けた。参拝が憲法の政教分離原則に反するかは判断を示さず、今後の参拝差し止めを求めた訴えも棄却した。」、と報じた。

 この訴訟について、朝日新聞は、次のように紹介した。


「安倍首相は13年12月26日、礼服姿で公用車に乗り、戦没者約246万人が合祀(ごうし)されている靖国神社へ参拝。宮司の出迎えを受けて昇殿し、『二礼二拍手一礼』の神道形式をとり、『内閣総理大臣 安倍晋三』と記帳。私費で10万円の献花料を納めた。
 39都道府県や台湾に住む戦没者遺族や被爆2世、宗教者ら20~80代の原告団は、こうした参拝方法や外交上の影響が見込まれる韓国や米国にも事前通告した点を踏まえ、『職務として公的参拝したのは明らか』と指摘。公権力が特定の宗教と結びつくことを禁じた憲法20条の政教分離原則に反すると主張した。
 そのうえで、戦争責任を負うA級戦犯も含めた戦没者を『英霊』として顕彰する宗教施設を国の代表者が特別に支援する印象を与えたと指摘。戦没者が靖国に祭られていること自体をよしとしない遺族原告らは首相参拝で一層苦しみ、憲法上の内心・信教の自由、身近な人の死を悼む方法を自ら選ぶ自己決定権を圧迫されたと訴えた。
 さらに、集団的自衛権の行使容認などを進める安倍首相が、戦前の軍国主義を支えた靖国神社に参拝するのは「戦争の準備行為」とみなせると主張。戦争遺族以外の原告らも、憲法前文がうたう平和的生存権を侵されたとした。
 一方、安倍首相や国側は参拝はあくまで私人の立場で、首相個人の信教の自由の範囲内であり、政教分離原則に反しないと主張。参拝時の公用車使用は警備上の都合で、肩書付きで記帳したのも地位を示す慣例上の行為にすぎないとした。小泉参拝訴訟で最高裁判決(06年6月)が『参拝行為で不快の念を抱いたとしても、直ちに損害賠償の対象となる法的利益の侵害とは言えない』とした点も踏まえ、今回の参拝でも具体的な損害はないと反論した。
 靖国神社側も06年の最高裁判決を引き、首相の参拝が個人の利益を害しないことは明らかと主張。参拝の趣旨に沿った参拝をする人なら、安倍首相を含め誰でも参拝を受け入れているとしていた。」


 以下、朝日新聞の引用。





More
by asyagi-df-2014 | 2016-01-28 12:02 | 安倍首相靖国参拝違憲訴訟 | Comments(0)

安倍首相靖国参拝違憲訴訟の「原告第4準備書面」を読む

 2015年2月16日付けの原告第4準備書面は、「平和的生存権に関する被告らの主張に対する反論」とされている。
 安倍首相靖国参拝違憲訴訟の「原告第4準備書面」は、「本件参拝をした側である被告安倍晋三の政治的信条及び被告安倍晋三が内閣総理大臣として参拝した本件参拝の意味と、本件参拝を受け入れた側である被告靖國神社が被告国と不可分一体の関係にあり、かつ「日本を戦争できる国にするための神社」であるというその特殊性からして、本件参拝が「戦争準備行為等」に該当することは明らかである。」、と結論づける。

 あらためて、平和的生存権を捉え直し、「原告第三準備書面」でも指摘された靖國神社の存在そのものを再確認すること、あわせて、安倍晋三政権並びに安倍晋三首相への警戒・分析が重要であるために、この「原告第4準備書面」を読む。


1 反論
 
 まず、被告国の反論は、被告国の第1準備書面で二点にわたって次のように主張している。
【主張1】
「原告らのいう平和的生存権は(中略)抽象的かつ不明確であり、具体的な権利内容、規範基底、主体、成立要件、法的効果等のいずれをみても極めて曖昧なもの」とし、具体的権利性を有しないと主張。
【主張2】
いわゆる百里基地訴訟最高裁判決(平成元年6月20日第3小法廷判決)および本件同種における高裁判決を根拠に、平和的生存権が具体的権利性を有しないと主張。

 被告安倍晋三は、平成26年9月30日付けの準備書面(1)で次のように主張している。
【主張3】
「その具体的権利性が極めてあいまい」であり、「法的保護に値する法的根拠とはいえない」と主張。
【主張4】
百里基地訴訟に関する最高裁判決および本件同種訴訟に関する福岡高等裁判所平成4年2月28日判決および大阪高等裁判所平成4年7月30日判決が平和的生存権の具体的権利性を否定していると主張。

 被告靖國神社は、平成26年10月21日付けの第1準備書面で、次のように主張している。
【主張5】
「平和的生存権に具体的権利性が肯定される場合があると判断した名古屋高裁判決の当否は別にしても」としながら、「『人が神社に参拝する行為自体は、他人の信仰生活等に対して圧迫、干渉を加えるような正確のものではない』し、『国事に殉ぜられた人々』を合祀している靖國神社に参拝したからといって、それが『戦争の準備行為等』に該当しないことは多言を要しないことである」と主張。


2 原告らの主張


 原告は、第1次提訴事件及び第2次提訴事件でその訴えを明確にしてきた。
 第1次提訴事件では、次のように主張した。
(1)平和的生存権を「戦争放棄および戦力不保持を堅持した日本に生存する権利」と定義し、憲法前文、憲法9条、憲法13条を総合的に解釈することによって根拠づけられるもの。
(2)平和的生存権が具体的権利性を有することを主張した上で、少なくとも名古屋高裁判決が例示した場合においては平和的生存権が侵害されたと評価できるという立場のもと、本件においては、二つの要件事実(①国による戦争の準備行為が存在すること、②それにより個人の生命、自由が侵害の危険にさらされたこと)の該当する具体的事実が存在し、不法行為の成立要件たる平和的生存権侵害の事実が認められる。
 第2次提訴事件では、次のように主張した。
 第2次提訴事件では、第2次提訴事件の原告の中に台湾現原住民族に属し、日本国民でない者がいることから、平和的生存権を「戦争放棄および戦力不保持を堅持した社会に生存する権利」とする。
 その他、根拠規定、成立要検討は第1次提訴事件と同様。


3 反論に対する反論


 被告国、被告安倍晋三、被告靖國神社が準備した「反論」(【主張1】から【主張五】)に対して、原告はこの準備書面で次のように明確に反論する。


【主張1に対して】


(平和手生存家の権利内容)
 本件で原告らの主張する平和的生存権の権利内容は、「戦争放棄および戦力不保持を堅持した日本に生存する権利」であり、一義的に特定されている。
(根拠規定)
 本件で原告らの主張する平和的生存権根拠規定は憲法前文、憲法9条、憲法13条であり、特定されている。
(享有主体)
 平和的生存権の享有主体は、平和的生存権が憲法前文を重要な根拠とする権利であり、憲法前文においては「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚」し、「平和を愛する諸国民の公正と正義に信頼して、わららの安全と生存を保持しようと決意」したうえで、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」しているのであるから、自然人一般である、と主張。
(成立要件)
 平和的生存権が侵害される場合の要件は、①国による戦争の準備行為が存在すること、②それにより個人の生命、自由が侵害の危険にさらされたこと、として極めて具体的に特定している。
(法的効果)
(1)平和的生存権を裁判上主張することにより生じる法律効果(法的効果)としては、①国による戦争の準備行為が存在すること、②それにより個人の生命、自由が侵害の危険にさらされたこと、という二要件が充足される場合には、侵害行為の違法性と被侵害利益のいずれもが明白であるため、損害賠償請求権の発生が認められる。
②平和的生存権が憲法13条が定める基幹的人格的自律権の基礎をなす権利であることからして、損害賠償請求権に加えて差止請求権も発生する。


【主張2に対して】


(1)被告国は、百里基地訴訟最高裁判決を引用し、平和的生存権の裁判規範性を否定している。
 しかし、当該判決は、平和的生存権の権利主体性について判断したものではない。同判決の射程は、そこにいう「平和」は私法上の行為の効力、すなわち契約が有効か無効化の判断基準とならない、ということにとどまっているのであって、本件のような国家賠償請求権、差止請求権が問題になっている場合に該当するものではない。
※百里基地訴訟最高裁判決
「上告人らが平和的生存権として主張する平和とは、理念ないし目的としての抽象的概念であって、それ自体が独立して。具体的訴訟において私法上の行為の効力の判断基準になるものとはいえない」
(2)被告国は、本件同種訴訟に関する福岡高等裁判所平成4年2月28日判決および大阪高等裁判所平成4年7月30日判決が平和的生存権の具体的権利性を否定していることを指摘しているが、当該判決は、平成20年名古屋高裁判決によって乗り越えられたと考えるべきである。
(3)被告国は、平成20年名古屋高裁判決について、主文の結論に影響しないいわゆる「傍論」で平和的生存権の具体的権利性を肯定した点について、「被控訴人である国が上訴審における審査を受ける余地のないかたちで憲法判断を示したものであり、違憲審査の在り方を誤ったものである」と主張している。しかしながら、自衛隊のイラク派遣の違憲性の判断が求められた際には、平和的生存権の具体的権利性について判断することは必須であり、それは最終的に確認の利益や訴訟としての適法性を理由に請求が棄却されることとなっても変わるところはない。訴訟において裁判所が問いかけられた論点について正面から明確に回答を行ったという点で、平成20年名古屋高裁判決はむしろ積極的に捉えられるべきと言える。


【主張3・主張4に対して】


 これについては、【主張1に対して】【主張2に対して】で同様に反論している。


【主張5に対して】


 特に、靖國神社をどのように捉えるかということと関連して、重要な記述となる、
 以下、次のように指摘する。


(本件参拝の特殊性)
(1)本件では、参拝した側が通常の一般市民ではなく、憲法9条の「改正」を自らの政治家としての目標とする現在の日本国総理大臣であるところの被告安倍晋三であるという特殊性がある。
(2)参拝を受け入れた側が、国家から独立して存在する通常の神社ではなく、原告がこれまで説明するとおり、国家と一体となって戦争を推し進める神社であるところの被告靖國神社であるという特殊性がある。
(3)この参拝した側および参拝を受け入れた側の特殊性に鑑みると、本件参拝が「戦争の準備行為」に該当することは明らかとなる。


(参拝を受け入れた側の特殊性)

【被告靖國神社と国家との関わり】
(1)靖國神社は、明治時代に国家神道の頂点に位置するものとして創建されたものであり、天皇のために戦死したものを勲功顕彰するための宗教的施設であった。
(2)靖國神社は、日清戦争及び日露戦争を機に、戦死者を英霊として慰霊顕彰し、天皇制への帰依を強化する施設としての機能を発揮し、軍国主義の生成及び発展についての精神的支柱としての役割を果たすとともに、戦争完遂のために戦死を美化する宗教的思想的装置として極めて重要な役割をになった。
(3)第2次世界大戦後、靖國神社は宗教法人となったが、国家神道の思想を堅持しており、戦死者を神として崇めることにより、戦死を空襲などによる戦災者などとは明確に区別し、戦死を気高いものとして美化している点において第2次世界大戦前と何ら変わるところはなく、戦前の軍国主義的性格を継承している。
(4)被告靖國神社が行う最も重要な宗教的行為である戦没者の合祀は、敗戦後においても、被告国の主体的・積極的支援・協力がなければ不可の応であり、被告靖國神社は通常の神社とは異なり被告区にとの密接な、あるいは不可分一体ともいえる関係にある。
(5)合祀した戦没者や戦犯を祭神とする被告靖國神社は、だれを、いつ、合祀し祭神するかを主導していた被告国の関与なくして、存立し続けることは不可能でああった。被告国が合祀基準を定め、合祀者を選考し、合祀予定者を祭神名票に記入し、これお厚生省(厚労省)引揚援護局から被告靖國神社に送付することによって、被告靖國神社は初めて組の重要な宗教的行事である合祀を行うことができたのである。
(6)被告国の被告靖國神社に対する支援は、憲法89条に反することが明らかである。また、被告靖國神社が被告国から合祀予定者の情報の提供を受け入れてきたことは、憲法20条2項に反することは明らかである。
(7)被告靖國神社が被告国からの情報提供なくして存続し得ないという意味で、同神社が他の通常の神社と異なることは明白である。


【被告靖國神社の戦争称揚的教義】

 靖國神社は、戦争称揚的教義を有する、いはば「日本を戦争できる国にするための神社」であることは明らかである。その理由は、次のことによる。
①靖國神社の社憲(1952年9月30日)前文には、「本神社は明治天皇の思召に基き、嘉永6年以降國事に殉じられたる人々を奉齋し、その御名を万代に顕彰するため、明治二年六月二九日創立せられた神社である。」と記載されている。ここで靖國神社は、戦争に参加して命を落とすことことを「国事に殉ずる」、すなわち、すすんで国のために役立って命をささげたと規定しており、自らの「聖戦思想」すなわち、国の政策によって戦争に参加し、命を落とすことことは素晴らしいことであるという思想を鮮明にしている。
②靖國神社の社憲第一章(総則)第二条(目的)では、「本神社は御創立の精神の基づき、祭祀を執行し、祭神の神徳を弘め、その理想を祭神の遺族・崇敬者及び一般に宣揚普及し、社運の隆昌を計り、万世にゆるぎなき太平の基を開き、以て理想の實現に寄輿するを以て根幹の目的とする。」と記載されている。ここで被告靖國神社は、戦争に参加したことを「神徳」と表現しているが、かかる表現が戦争を称揚することに繋がることは論を俟たない。
③「靖國神社規則」第三條には、「本法人は明治天皇の宣らせ給うた『安國』の聖旨に基づき、國事に殉ぜられた人々を奉齋し、神道の祭祀を行ひ、その神徳をひろめ、本神社を信奉する祭神の遺族その他の崇敬者(以下「崇敬者」という)を教化育成し、社會の福祉に寄與し、その他本神社の目的を達成するための業務を行うことを目的とする。」と記載されているが、ここで靖國神社は、祀られている戦死者を顕彰することによって、後に続く者を聖戦思想のもと「教化育成」するという立場を明らかにしている。
④被告靖國神社の社憲および神社規則の内容からしても、靖國神社が決して憲法9条にいう「戦争の放棄」の思想に共鳴せず、むしろ国家と一体となり、自らが是とする「聖戦」を称揚し、その準備を促す役割を有していることは明らかであると言える。


(参拝主体の特殊性)


 ここでは、安倍晋三政権並びに安倍晋三首相への警戒・分析としても。


【被告安倍晋三の政治的信条】


 被告安倍晋三は、改憲、特に憲法9条に関する改憲について非常に強い意欲を有している。安全保障に関する同人の見解の是非はともかく、同人の政治的信条が憲法9条を変更し、日本を戦争できる国にすることにあることは明らかである。
【被告安倍晋三の具体的行為について】
(1)被告安倍晋三は、2012年冬の総選挙で政権公約に96條の先行改憲を掲げ、首相就任直後の衆議院本会議では、憲法96条の完成に取り組む方針を明言していた。同人の政治的信条が憲法9条改憲であることからすると、憲法96条改憲の議論も、憲法9条改憲の準備であると捉えることができる。
(2)2013年12月17日、第2次安倍内閣は「防衛計画の大綱(防衛大綱)」を閣議決定した。そこでは、陸海空の自衛隊の一体運用と機動力強化の方針が鮮明にされるとともに、裏付けとして今後5年間の防衛費の増額が打ち出されたまた、新型輸送機や無人偵察機、水陸両用車を調達する計画も盛り込まれている。
(3)武器輸出三原則(共産圏諸国、国連決議による武器禁輸対象国、国際紛争の当事者またはそのおそれのある国への武器輸出を認めないとする政策)の見直しも盛り込まれ、
防衛装備品の輸出や他国との共同開発にも道が開かれることになった。これら防衛大綱の内容が、専守防衛を旨とする憲法9条と親和しないことは論をまたない。
(4)2014年7月1日、第2次安倍内閣は臨時閣議において、他国への攻撃に自衛隊が反撃する集団的自衛権の行使を認めるために憲法解釈を変更するとの閣議決定を行った。被告安倍晋三は、その積み重ねを無視して、憲法の支柱である平和主義を根本から覆す解釈改憲を行ったものと評価することができる。かかる閣議決定による解釈改憲が、憲法9条を変更するという同人の政治的信条に基づくことは明らかである。
(5)2013年11月27日、第2次安倍内閣は、米国の国家安全保障会議(NSC)をモデルにした国家安全保障会議の創設関連法を国会で成立させ、それを受けて同年12月4日に国家安全保障会議(日本版NSC))を発足させた。日本版NSCは首相官邸に設置され、外交・安全保障に関する情報収集や政策決定を行うことになる。
(6)2014年12月6日、第2次安倍内閣は、特定秘密保護法を国会で成立させ、同法は同年12月10日から施行されている。特定秘密保護法と日本版NSC創設とは、一体となった日本の防衛力を高めるものと言える。かかる一連の政策も憲法9条の定める専守防衛の枠を越えるものと評価しうる。


【被告安倍晋三による本件参拝の意味】


(1)被告安倍晋三による本件参拝も、被告安倍晋三の政治的信条に基づき、一連の具体的行為の一環としてなされたものとして評価しなければならない。
(2)本件参拝は、靖國神社という戦前の全体主義的な政治的象徴を承認、称揚、鼓舞するという行為である。そして、被告安倍晋三が、これまでの内閣法制局の見解を無視し、集団的自衛権の行使について憲法に違反しないと主張している上記事実等から鑑みれば、本件参拝は、靖國神社の有していた戦前の軍国主義の精神的支柱としての役割を現在において積極的に活用しようという意図のもとに行われたものと考えざるをえない。被告安倍晋三が靖國神社に参拝し、「国のための戦士」を美化するのは、集団的自衛権の行使容認によって自衛隊の海外派兵が現実味を帯びてくる中で、再び日本国民を精神的に支配し、戦争協力に動員しようとしているものと言える。
(3)靖國神社は、上述のとおり、戦争称揚的性格を有しているところ、かかる神社に憲法9条改憲の意欲をもち、その実現のための具体的政策を遂行してきた被告安倍晋三が参拝するということは、当該参拝も、憲法9条を改憲し、戦争を準備するための意義を有するものである。


by asyagi-df-2014 | 2015-12-19 05:46 | 安倍首相靖国参拝違憲訴訟 | Comments(0)

安倍首相靖国参拝違憲訴訟の「訴状」から

 2014年4月11日、大阪地方裁判所に、被告靖国神社・被告安倍・非国国に対して、「安倍首相靖国参拝差止等請求事件」の訴えを起こした裁判も、いよいよ2016年1月28日の午前10時から判決言い渡しが行われます。
 この訴訟は、「原告らは、人格権及び憲法上の基本権に基づき、請求の趣旨記載のとおり、被告安倍が内閣総理大臣として靖國神社に参拝すること及び被告靖國神社がこれお受け入れることの差止めを求めるとともに、被告国に対しては国賠償1条、被告靖國神社及び被告安倍に対しては民法709条に基づき、各自連帯して各原告につき金1万円の慰謝料の支払い及びこれに対する本件参拝の日である2013年12月26日から支払い済みまで年5パ-セントの割合による遅延損害金の支払いを求める次第である。(訴状第7まとめ)」、というものです。
 この訴訟は、「『日本』の歴史認識を問い、戦争のない平和と真の民主主義を築くためのもの」、との位置づけを与えられています。
 今、戦争法案の可決や成長戦略のもとに「1億総活躍社会」実現への政策を見るとき、安倍晋三の「戻りたがり」病の弊害もここまできたかという思いがしています。
 この意味で、この訴訟は、図らずも、新たな意義づけが生まれています。

 「安倍首相の靖国参拝違憲訴訟・関西」による判決の日の参加呼びかけのビラには、次のように書かれています。


司法は意地を見せろ!

首相の靖国神社参拝について違憲判決が出て11年
それにもかかわらず参拝を行った安倍首相
明らかな憲法違反、そして平和を踏みにじる行為
この訴訟は「日本」の歴史認識を問い
戦争のない平和と真の民主主義を築くためのものでもあります
いよいよ判決。この国の司法はどこまでその正常な姿を保てているのか
さあ、見届けましょう。より多くの方々のご注目をお願いいたします。

 
 特に、2008年4月17日名古屋高裁判決を受け、「平和的生存権」について、具体的権利性及び裁判規範性との関連のなかで、どのような判断がもたらされるのかに注目しています。

 この「1.28」を、自分なりに見届けるために、「訴状」から、振り返ってみます。


(1)請求の趣旨
 請求の趣旨は、次のようになっています。


1 被告安倍晋三は、内閣総理大臣として靖國神社に参拝してはならない。
2 被告靖國神社は、被告安倍晋三の内閣総理大臣としての参拝を受け入れてはならない。3 被告らは、各自連帯して、原告それぞれに対し、金1万円及びこれに対する2013年12 月26日から支払い済みまで年5パ-セントの割合による金員を払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決及び第3項につき仮執行の宣言を求める。

(2) 請求の原因 第1当事者

 当事者として、原告は、「原告らはいずれも、被告安倍晋三(以下、「被告安倍」という)が内閣総理大臣に任命中である2013年12月26日、被告安倍が内閣総理大臣として靖國神社に参拝した行為(以下「本件参拝」及び被告靖國神社が本件参拝を受け入れた行為(本件参拝受入れ)」という)により後記のとおり権利ないし利益を侵害された者である。」。
 被告は、被告靖國神社、被告安倍、被告安倍。


 特に、靖國神社の特殊性及びその目的について、次のように言及している。


 靖國神社の神となるための条件はただひとつ、「天皇陛下のために戦死」したと認定されることであった。(大江志乃夫『靖國神社』岩波新書)。
 従って、合祀された者の中には、軍人(いわゆる戦争犯罪人を含む)、従軍看護婦・女学生、学徒などの軍属・文官・民間の者、台湾及び朝鮮半島出身者、戦病死を含む一方、内乱で賊軍とされた者や、空襲などによる戦災死者は含まれない。
 こうして明治維新前後の内乱での戦死者からアジア太平洋戦争での戦死者まで、合計246万余命が靖國神社に合祀され、「神」とされている。
 今も、存在の判明した戦死者等の対象者は「霊璽簿」と呼ばれる名簿に記載されて祀られ、「御霊」とされる。
 このように無限に祭神が増え続け、しかも祭神の全部が主神として祀られているところに、靖國神社の特殊性がある。

 被告靖國神社は、「『国事に殉ぜられた人々』を祀るための神社として、戦前からその目的を承継している。」、という成り立ちを持つものなのである。


(3)「第2 内閣総理大臣としての被告安倍の参拝及び被告靖國神社によるその積極的受入れ」は、省略。


(4)第3 本件参拝による原告らの権利利益の侵害

 このことについては、「被告安倍による本件参拝及び被告靖國神社による本件参拝受入れは、原告らの内申を自由に形成し変更する権利(「内心の自由形成の権利」ともいう)特定の宗教を信仰したり、あるいは宗教を信仰しないという信教の自由を維持し確保する権利(「信教の自由確保の権利」ともいう)、及び戦没者をどのように回顧し祭祀するかしないかに関して、自ら決定しこれを行う権利(「回顧・祭司に関する自己決定権」ともいう)並びに平和的生存権を違法に侵害するものである。」としている。

 特に、平和的生存権に関して、次のように主張する。
 平和的生存権の憲法上の根拠について、「当該平和的生存権を、憲法9条が定める戦争放棄と戦力不保持を単なる伽勘的な制度でなく国民の樹幹的権利として保障したものと捉えた上で、「戦争放棄および戦力不保持の原則を堅持した日本に生存する権利」として位置づけ、主張するものである(以下、この意味での権利を「平和的生存権」という)。そして「戦争放棄および戦力不保持の原則を堅持した日本に生存する権利」(平和的生存権)は、憲法13条が定める基幹的人格的自立権の基盤をなす権利といえるので、平和的生存権は、憲法前文、憲法9条、憲法13条を総合的に根拠として発生するものと解される。」。

 また、平和的生存権が具体的権利性を有していることについては、「現代社会においては、平和なしにはいかなる国民の権利も実現することができない。表現の自由、集会結社の自由、信教の自由、経済的自由もまた、平和な社会でなければ国民がこれを享受することができない。その意味で、平和な国に存在する権利こそ、あらゆる国民の権利を基礎づける究極的な権利であるということができる。この意味で、平和的生存権は、単なる抽象的な理念ではなく、具体的権利性および裁判規範性を有する権利であるといえる。」、とした。
 このことに、平成20年4月17日の名古屋高裁判決を加えて、平和的生存権に関する具体的権利性および裁判規範性については、「『戦争放棄および戦力不保持の原則を堅持した日本に生存する権利』として平和的生存権を指定したが、名古屋高裁判決は、『戦争や武力行使をしない日本に生存する権利』、『戦争や軍隊によって他者の生命を奪うことに加担させられない権利』、『他国の民衆への軍事的手段による加害行為と関わることなく、自らの平和的確信に基づいて平和のうちに生きる権利』、『信仰に基づいて平和を希求し、すべての人の幸福を希求し、そのために非戦・非暴力・平和主義に立って生きる権利』、『戦争放棄および戦力不保持の原則を堅持した日本に生存する権利』についても、当然に具体的権利性が付与されることになる」、とする。
 したがって、平成16年4月7日の福岡地裁判決は、この名古屋高裁判決によって乗り越えられたものとしている。


 次に、「内心の自由形成の侵害、信教の自由確保の権利及び回顧・祭祀に関する自己決定権に対する違法な侵害」については、①「本件参拝及び本件参拝受入れによる原告らの内心の自由形成の権利、信教の自由確保の権利または回顧・祭祀に関する自己決定権の侵害、②本社参拝の違法性(ア.本件参拝は、原告らの内心の重刑生の権利、信教の自由確保の権利又は回顧・祭祀に関する自己決定権を侵害するものである、イ.また、本社参拝の行為はそれ自体が違法なものである)、③本件参拝受入れの違法性、④本家参拝及び本件参拝受入れが原告らの平和的生存権を侵害、があるとし、「被告安倍による本件参拝および被告靖國神社による本件参拝受入れは、原告らの平和手生存権を違法に侵害するものである。」、とした。

 また、「本件参拝及び本件参拝受入れが原告らの平和的生存権を侵害すること」については、名古屋高裁判決の「例えば、憲法9条に違反する国の行為、すなわち戦争の遂行、武力の行使等や、戦争の準備行為等によって、個人の生命、自由が侵害され又は侵害の危機にさらされ、あるいは、現実的な戦争等による被害や恐怖にさらされるような場合、また、憲法9条に違反する戦争の遂行等への加担・協力を強制されるような場合には、平和的生存権の主として自由権的な態様の表れとして、裁判所に対し当該違憲行為の差止請求や損害賠償請求等の方法により救済を求めることができる場合があると解することができ、その限りでは平和的生存権に具体的権利性がある。」との解釈を受け、「少なくとも、名古屋高裁が例示した『戦争の遂行、武力の行使等や、戦争の準備行為等によって、個人の生命、自由が侵害され又は侵害の危機にさらされ、あるいは、現実的な戦争等による被害や恐怖にさらされるような場合、また、憲法9条に違反する戦争の遂行等への加担・協力を強制されるような場合』においては平和的生存権が侵害されたと評価できるという立場のもと、本件参拝および本件参拝受入れは『戦争準備行為等』に該当し、それにより原告らの『生命、自由』が『侵害の危機にさらされ』たことを立証し、もって平和的生存権が侵害されたことを主張する。」、とした。


(5)第4 損害
 本件参拝等による原告らの被害について、①原告らは、被告安倍の本件参拝及び被告靖國神社の本件参拝受入れによって、内心の自由の自由形成の権利、信教の自由確保の権利、回顧・祭祀に関する自己決定権を侵害された、②本件参拝等によって原告らの平和的生存権が侵害された、とした。
 この場合、①については、「その侵害は名誉毀損、プライバシ-侵害の場合と同様非財産的侵害である。これらの損害の程度は、名誉侵害やプライバシ-侵害の場合と同等以上ではあっても、劣ることはない。」。
 また、②については、「その侵害もまた非財産的損害であるが、現代社会においては、平和なしにはいかなる個人の権利も実現することができない、表現の自由、集会結社の自由、信教の自由、経済的自由もまた、平和な社会でなければ個人がこれを享受することができない。したがって、平和的生存権に関する侵害によって生ずる損害は、人格的生存の根幹に関わるものであり、損害の程度は名誉毀損等の場合や内心の自由形成に対する侵害の場合と同等以上であり、これらに劣ることはない。」。

 さらに、「内閣総理大臣の靖国参拝に対する損害賠償請求訴訟において、これまで、その損害は、原告らの憲法解釈に反して敢行されたことに対する不快感に過ぎないとか、焦燥感に過ぎないなどとして、原告ら主張の損害は法律上慰謝料をもって救済すべき損害に当たらないとする見解がこれまで行われてきた。」、という状況がこれまであったが、「しかしながら、原告らは本件訴訟においては、もはや単に違憲審査を求めているのではない。この間の小泉純一郎総理大臣の公式参拝(2001年8月13日)をめぐっては、明確に違憲と判断した判決が言い渡されただけでなく、憲法判断を行った判決のすべてが違憲であると認めており、合憲と判断した判決は皆無であることから明らかなとおり、護憲と解する余地はないこととなった。憲法判断を回避した判決においては、憲法判断に先立って原告らの求める慰謝料の基礎となる法的権利につき、法的保護に値しないものとする論法がとられた。しかし、違憲としか判断しようのない首相による靖國神社公式参拝が原告に与えた損害は、単なる公憤や焦燥感にすぎないといった次元のものとは到底いえない。」、とする。
 この上で、「憲法が現在及び将来の国民に信託した基本的人権は、また原告らにも信託されているものである。行政府の長として憲法を尊重し擁護すべき義務を負っている内閣総理大臣が、基本的人権を侵すなどということはあってはならず、憲法の上記義務に違反してなされた本件参拝によって被った原告らの損害が、単なる公憤、単なる不快感、単なる焦燥感で片づけられるものでなない。」、とまとめている。

 こうした中で、「被告安倍の靖國神社参拝及び被告靖國神社の本件受入れによって原告らが被った精神的被害は、到底金銭に換算できるものではないが、本訴訟においては、損害の一部として、各原告につき金1万円を請求することとする。」、とした。


(6)第5 責任原因
 被告安倍及び被告靖國神社は民法709条に基づき、また被告国は国家賠償法1条に基づき、原告らがこうむった前期損害を賠償すべき責任がある。



(7)差止め
 差止めの必要性については、「自民党員である内閣総理大臣による靖国参拝は、これまでも根強い反対世論や、本訴同様の訴訟提起(しかも下級審においては違憲との判断もある)にもかかわらずくり返されてきた事実がある。被告安倍は、内閣総理大臣となったからには靖國神社参拝は当然に行うべきである、との信念を明確視している。いかなる批判や反対を押し切ってこれを断行する強い意志を有していることが明らかである。靖國神社も、歴代の内閣総理大臣による参拝を強く求めてきたことは公知の事実である。したがって、今後も被告安倍が内閣総理大臣として靖國神社に参拝する恐れは決めて強い。」、と分析した上で、「原告らは、人格権並びに内心の自由、信教の自由及び平和的生存権などの憲法上の基本権に基づき、繰り返されるおそれのある被告安倍の靖國神社参拝及び被告靖國神社の参拝受入れにたいする差止請求権を有する。」、とした。


by asyagi-df-2014 | 2015-12-14 06:10 | 安倍首相靖国参拝違憲訴訟 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
画像一覧