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VAWWRAC(「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクション・センター)は、NHK(NHK番組「韓国 過熱する“少女像”問題~初めて語った元慰安婦~」)に、抗議文。

 「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクション・センター(Violence Against Women in War Research Action Center)-通称VAWW RAC(バウラック)-は、2017年1月31日、NHKに対して、「NHK番組『韓国 過熱する“少女像”問題~初めて語った元慰安婦~』 の偏向報道に抗議する」、とする「抗議文」を提出した。
 この「抗議文」の内容は次のものである。


Ⅰ.番組の実像


 番組は、「政治的に公平であること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」という放送法の趣旨に反して、少女像設置に反対し日韓「合意」履行を韓国に迫る日本政府の言い分だけに迎合し、視聴者・世論を誘導した悪質な偏向報道・御用放送でした。これまでもNHKは「慰安婦」問題の報道に関して萎縮し、政府の意向を忖度し、自主規制してきましたが、今回ほどそれらが露骨に現れた番組はありません。


Ⅱ.番組の問題点


ⅰ.第一に、番組は、「当事者の多様な声」に関して、日韓「合意」に基づく支給を受け入れ少女像設置に批判的な、すなわち日本政府の意向に沿った「元慰安婦」・家族のインタビューしか放映せず、これに反対する「多様な声」を伝えていません。
ⅱ.一方の当事者の声に基づき、番組は、韓国の世論や運動に対して偏向に満ちた情報操作をして、韓国への偏見をつくりだしています。


Ⅲ.番組の具体的な問題連


ⅰ.(第一に、番組は、「当事者の多様な声」に関して、日韓「合意」に基づく支給を受け入れ少女像設置に批判的な、すなわち日本政府の意向に沿った「元慰安婦」・家族のインタビューしか放映せず、これに反対する「多様な声」を伝えていません。)


(1)番組は日韓「合意」による「和解・癒やし財団」(以下、財団)から当事者「7割、34人」が支給を受入れ、「31人への支給が完了した」とナレーションを流しました。しかしこの「支給完了」に関しては、重大な疑惑が判明しています。先日100歳を迎え元「慰安婦」キム・ボクトゥクさんは入院していましたが、本人が知らない間に財団から現金が支給されたことが判明し(1月18日聯合ニュース)、本人が「返金してほしい」という肉声録音が公開されました。また財団が発足した際も、韓国政府関係者が被害者や家族に電話をかけ、食事や支援金をちらつかせて発足式に誘おうとしました。しかし番組放映前に判明したこれらの事実を番組は無視しました。
(2)被害当事者が高齢で判断が困難になっている現状を考えれば、「支給」受入がどこまで当事者の意志なのかは、まったく不明です。むしろ財団は、キム・ボクトゥクさんの事例が示すように、こうした現状や家族の困惑・窮状につけこんで支給を強行し、実績を誇示している可能性さえあります。
(3)番組が「多様な声」を伝えるのであれば、日韓合意に反対し少女像設置に賛同する被害女性の声も伝えるべきですが、この番組に限らずNHKはこうした声を一貫して無視してきました。これでは、NHKは報道機関として「政治的に公平」とは言えません。


ⅱ.(一方の当事者の声に基づき、番組は、韓国の世論や運動に対して偏向に満ちた情報操作をして、韓国への偏見をつくりだしています。)

(1)一方の当事者の声に基づき、番組は「韓国ではこうした元慰安婦たちの声が伝えられないまま、日韓合意の破棄を求める世論が強まっている」としただけではなく、韓国の少女像設置運動や日韓「合意」に反対する運動に対しても「当事者の声が置き去りにされている」とか、「決して多数ではない反対の声だけがクローズアップ」「野党も世論に迎合」「(大統領選挙で)慰安婦問題で日本を叩くポピュリズムに走っている」などと、ナレーション・ゲストの解説・司会・ソウル特派員を総動員して決めつける。
(2)例えば、韓国世論は日韓「合意」に対し直後から「50.7%」と過半数が反対でしたが、番組ではこれを伝えず、評価は「43%に上りました」と肯定的な評価を強調するナレーションを流しました。またゲストは「日本側は法的に解決済みなんだけども、……当事者の人々を実質的にどう救済するかということを重視する立場」、一方「韓国から見たときの正義にこだわって、それを求めるところに重点を置いているのが韓国側の考え方」だと解説、これを受け司会者が「韓国側が考える正義の名に置いて、当事者の声が置き去りにされている?」と質問し、ゲストがこれを肯定するという構成でした。即ち、「被害者を救済する日本」対「被害者を置き去りにする韓国」という虚構の図式を意図的に創りだし、日本の世論を誘導しています。
(3)しかも韓国内部の「冷静さを呼びかける論調」として日韓「合意」に肯定的なメディアと「財団」理事の声を取り上げ、一方の多数を占める韓国の世論や運動が「冷静でない」というイメージ操作をして、日本の視聴者の韓国社会への偏見を助長しました。
(4)このような報道が、日本政府の意向に忠実だったことは言うまでもありません。

Ⅳ.主張


ⅰ.私たちVAWW RACは、NHKが女性国際戦犯法廷をめぐる「番組改変事件」をまったく反省していないばかりか、日本政府の意向を忖度する姿勢をさらに深化させたことに強く抗議します。
ⅱ.NHKが報道機関である以上、日本政府の姿勢・対抗措置をも批判的に検証するとともに、日韓「合意」に反対し少女像設置を推進する韓国の「多様な声」について、さらには「慰安婦」問題の報道に対しても、「公平に」伝えることを要請します。


 NHKは、VAWW RACの「NHKが報道機関である以上、日本政府の姿勢・対抗措置をも批判的に検証するとともに、日韓『合意』に反対し少女像設置を推進する韓国の『多様な声』について、さらには『慰安婦』問題の報道に対しても、『公平に』伝えることを要請」を自らの存在理由を捉え直す中で、真摯に受けとめなければならない。


 以下、VAWWRAC抗議文の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2017-02-04 16:20 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

「朝鮮半島も沖縄も戦争が続いている」。キムウンソンさんとソギョンさん夫妻妻は語る。

 「従軍慰安婦」被害を象徴する「平和の少女像」を制作した韓国の彫刻家夫妻が2017年1月24~27日に沖縄県内を訪れた。
 このことについて、沖縄タイムスは2017年1月28日、次のように伝えた。


(1)韓国民として芸術家として被害の実相を明らかにしようと少女像を造り、さらに視野を広げるため初めて沖縄に足を運んだ。沖縄戦の激戦地やガマ、米軍基地の現状を見て回り、「非常につらいことを経験した人の魂を感じた」、運成さんは「困難な状況、悲しみがある」と語った。
(2)夫妻は韓国の市民団体の企画で訪れ、立命館大学の徐勝(ソスン)特任教授も同行。糸満市の喜屋武岬や平和祈念公園、米軍普天間飛行場を望む宜野湾市の嘉数高台と佐喜眞美術館、読谷村のチビチリガマ、彫刻家・金城実さんのアトリエなどを訪れた。
(3)少女像を巡っては昨年末、釜山の日本総領事館前に設置され、日本政府は対抗措置として駐韓大使を一時帰国させるなど日韓の政治問題化している。
(4)この状況について、「私たちの国に私たちの意思で被害の真実を明らかにする作品であり、誰もそれをやめさせることはできない。一方的な撤去要求にハルモニ(おばあさん)たちもショックを受けており、新たな加害に直面している」と述べた。何よりも大事なのは、元慰安婦の女性の気持ちだという。「自分たちの子どもたちの未来のために闘うハルモニが亡くなる前に、きちんとした謝罪をしてほしい」と訴えた。また、2人は韓国民の怒りの矛先は日本政府だけでなく、しっかりした謝罪と解決がないまま2015年12月に合意を結んだ韓国政府にも向かっているとも指摘した。
(5)現状に心を痛めつつも、「朝鮮半島も沖縄も戦争が続いている。芸術家として、平和の懸け橋になるための活動をしていきたい」と決意。両国の友好や未来に向け、民衆レベルでの交流が大切だと話した。


 キムウンソンさんとソギョンさん夫妻の「朝鮮半島も沖縄も戦争が続いている。芸術家として、平和の懸け橋になるための活動をしていきたい」、との決意は、重たく日韓歴史を射貫いている。
 確かに、「両国の友好や未来に向け、民衆レベルでの交流が大切だ」、との言葉も重く響くものだ。


 以下、沖縄タイムスの引用。






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by asyagi-df-2014 | 2017-02-02 08:44 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

「少女像」の設置と撤去の問題を考える。(2)-各紙の社説から-

 朝日新聞は2017年1月6日、釜山市の「少女像」の設置についての日本政府の対応について、「韓国・釜山の日本領事館前に設置された慰安婦像をめぐり、菅義偉官房長官は1月6日午前の記者会見で対抗措置を発表した。菅官房長官は、慰安婦問題を象徴する『少女像』の設置について、『日韓関係に好ましくない影響を与える』と発言。外交関係に関するウィーン条約に規定する領事機関の威厳等を侵害するもので、『極めて遺憾』と述べ、日本政府の立場を明確に示す当面の措置として下記4点を実施する旨を発表した。
・在釜山総領事館職員による、釜山関連行事への参加見合わせ、・長嶺駐韓国大使および森本在釜山総領事の一時帰国、・日韓通貨スワップ取り決めについての協議の中断、・日韓ハイレベル経済協議の延期」、と安倍晋三政権の対応について報じた。
 このことについて、2017年1月6日に読売新聞は「少女像釜山設置 日韓合意を損なう不法行為だ」と社説で触れた。また、2017年1月7日に、毎日新聞は「釜山の少女像 合意の崩壊を危惧する」、東京新聞は「日韓関係『逆風』 改善の流れを止めるな」、朝日新聞は「韓国との外交 性急な対抗より熟考を」、とその社説で主張した。
各紙の主張の主旨は次のものである。


Ⅰ.主張
(毎日新聞)
(1)日本政府は「領事関係に関するウィーン条約に規定する領事機関の威厳等を侵害する」として撤去を求めている。日韓合意では、ソウルの日本大使館前に建つ少女像について、韓国政府が日本政府の抱く「懸念を認知」し、「適切に解決されるよう努力する」とうたわれた。この問題で進展が見られない中での新たな少女像だ。民間団体による私有地への設置なら政府にできることは限られるが、外交公館前の公道である。明らかに合意の精神に反している。
(2)日本として強い不快感を示す外交的措置を取ることは必要だろう。ただ、今回の事態で互いの国民感情を悪化させ、合意そのものを揺るがせてはいけない。
(3)残念なのは、合意への韓国社会の理解が深まっていないように見受けられることだ。
だが実際には、合意に基づいて設立された財団による元慰安婦らへの現金支給事業は順調に進んでいる。合意時点で生存していた元慰安婦の7割超が事業を受け入れた。韓国ではほとんど報じられていないが、当事者の意向はもっと重視されるべきだ。
(東京新聞)
(1)新年早々、日韓関係がまた険しくなってきた。慰安婦問題での合意について、韓国で否定する動きが広がり、日本側は対抗措置を取った。一年かけて築いた改善の流れを止めてはならない。
(2)朴槿恵大統領は政権内の不正が発覚して国会で弾劾訴追され、職務停止中だ。時を合わせるように、国内では朴政権が進めた日韓合意を否定する動きが広がる。黄教安首相が大統領代行を務めるが、釜山での像設置は自治体が判断する事案だとして対応策を示せなかった。外交は機能停止状態だと受け止めざるを得ない。
(3)韓国の混迷は政治腐敗をただし、より民主的な体制を生み出すプロセスと言えるが、外交を混乱させぬよう国内政治とは一線を画すべきだ。日本側は繰り返される反日感情など、韓国情勢を注意深く見守る必要がある。
(朝日新聞)
(1)少女像問題の改善へ向けて、韓国政府は速やかに有効な対応策に着手すべきである。日本政府が善処を求める意思表示をするのも当然だ。しかし、ここまで性急で広範な対抗措置に走るのは冷静さを欠いている。過剰な反発はむしろ関係悪化の悪循環を招くだろう。日本政府はもっと適切な外交措置を熟考すべきである。
(2)日韓政府間ではこれまでも、歴史認識問題のために関係全体が滞る事態に陥った。
だからこそ、歴史などの政治の問題と、経済や文化など他の分野の協力とは切り離して考えるべきだ――。そう訴えてきたのは、当の日本政府である。少女像問題をきっかけに経済協議や人的交流も凍結するというのでは、自らの主張と行動が反対になる。今後の対韓交渉で説得力を失うものだ。日韓関係が再び、暗いトンネルに入りかねない局面である。ここは両政府が大局観に立ち、隣国関係を対立の繰り返しではなく、互恵へと深化させる価値を国内外に説くべき時だ。
(3)日本政府と同様に、韓国政府側の責任は重い。一昨年の日韓合意では、ソウルの日本大使館前にある少女像の扱いについて、韓国政府が「適切に解決されるよう努力する」ことが盛り込まれた。日本政府は、少女像が在外公館の安寧や威厳の維持を定めたウィーン条約に抵触するとして撤去を求めてきた。努力目標とはいえ、韓国側は合意の文言を尊重しなくてはならない。
(4)日韓合意は、元慰安婦らの心の傷をいかに癒やせるかを双方が考え、知恵を出し合った結果であり、いまの両政府の関係を発展させる出発点でもある。この合意を侵食するような行動は双方が慎むべきだ。両政府は合意の精神を着実に実践し、両国民の理解を深めるよう心を砕いてもらいたい。
(読売新聞)
(1)韓国政治が混迷する中で、対日関係を損なう不法行為が罷まかり通った。憂慮すべき事態である。韓国政府が、地方自治体の判断する事案だとして、自らの立場を明確にしないのは疑問だ。
(2)合意では、韓国が元慰安婦支援の財団を作り、日本が10億円を拠出する。問題の「最終的かつ不可逆的な解決」と確認する。日本が撤去を求めるソウルの日本大使館前の少女像を巡っては、韓国が適切な解決への努力を約束した。にもかかわらず、釜山で新たな像が設置されたのは遺憾だ。
(3)政局の主導権を握った野党陣営から大統領選出馬を目指す有力者らが、合意の再交渉を主張しているのは、看過できない。釜山の像設置も公然と支持した。反日感情を煽あおっているのではないか。
(4)日韓関係は、合意を契機に改善に向かいつつあった。新たな少女像の設置が、その動きに冷や水を浴びせた。日本国民の嫌韓感情が再び高まるのは避けられまい。日本との歴史問題を名分にすれば、国内法、国際法や他国との取り決めを順守しなくても許容される。そうした韓国の独善的な体質は、対外的なイメージを低下させるだけである。


Ⅱ.事実の確認
(毎日新聞)
(1)韓国では、朴槿恵(パククネ)大統領に対する弾劾審判の結果によっては今年前半にも大統領選が行われる。主要候補と取りざたされる政治家は軒並み合意に否定的だ。昨年末の世論調査でも「破棄すべきだ」という意見が6割近かった。
(2)だが実際には、合意に基づいて設立された財団による元慰安婦らへの現金支給事業は順調に進んでいる。合意時点で生存していた元慰安婦の7割超が事業を受け入れた。韓国ではほとんど報じられていないが、当事者の意向はもっと重視されるべきだ。
(東京新聞)
 慰安婦問題では、一五年末時点での生存者四十六人のうち、七割余の三十四人が日本側の拠出金を受け取る意向を示すなど、合意で決まった救済事業は着実に進んでいる。この事実を韓国側はもっと重く受け止めるよう望む。


 この問題についての深刻な両国の相違は、「「日韓合意」について、「日韓合意は、元慰安婦らの心の傷をいかに癒やせるかを双方が考え、知恵を出し合った結果であり、いまの両政府の関係を発展させる出発点でもある。」(朝日新聞)、と果たして捉えることができるかという判断の違いにある。
 日本側の毎日新聞、東京新聞、読売新聞、朝日新聞のどこもが、多少のニュアンスの違いはあっても、「日韓合意」を受け入れた立場で、このことを捉えている。
 しかし、例えば、韓国のハンギョレは2017年1月7日、「日本政府が報復措置の根拠にしている一昨年末の合意は、正義の原則を損ねたものであるだけに根本的に誤っている。」、という立場に立つ。
 また、ハンギョレは、「日韓合意」や今回の日本政府の対応について、次のように指摘する。


「日本政府は問題の根本原因が合意自体にあることを直視しなければならない。合意当時、日本政府は元慰安婦被害者に対する法的責任認定をはじめとして絶対的に必要な措置をほとんど取らなかった。そのうえ元慰安婦支援として10億円を出すことでこの問題が不可逆的・最終的に解決されたと宣言した。」
「少女像の設置が日本の責任回避と歴史無視に対する韓国市民の抗議であることを日本政府が分からないはずはないだろう。それなのに根本問題には目を瞑り少女像を撤去しろと言って超強硬報復行為をするのは懺悔と正義を求める声を力で押さえ付けようとすることに他ならない。」


 つまり、この大きな隔たりは、「日韓合意」をどう受け取るかにある。
確かに、私自身は、2015年末の「日韓合意」が出されたすぐの時には、高齢化した当事者のために緊急な何らかの救済策が必要であるとの判断に立った。
 しかし、この「日韓合意」には、ハンギョレが指摘する問題が残されたままであったし、韓国以外の被害国に補償の道が開かれることもなかった。
 だとするなら、「加害国の法曹人が先に頭を下げて、粘り強く待ち続けたからこそ、韓国のハンセン病患者たちが法と向き合うことができた」(ハンギョレ2016年10月26日)、という視点の中でしか、やはり、侵略された側の解決策には繋がらない。
 逆に、新たな「日韓合意」を、もう一度創り出す機会にしなれねばならないのではないか。



by asyagi-df-2014 | 2017-01-17 08:13 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

「少女像」の設置と撤去の問題を考える。

 朝日新聞は2017年1月6日、釜山市の「少女像」の設置についての日本政府の対応について、「韓国・釜山の日本領事館前に設置された慰安婦像をめぐり、菅義偉官房長官は1月6日午前の記者会見で対抗措置を発表した。菅官房長官は、慰安婦問題を象徴する『少女像』の設置について、『日韓関係に好ましくない影響を与える』と発言。外交関係に関するウィーン条約に規定する領事機関の威厳等を侵害するもので、『極めて遺憾』と述べ、日本政府の立場を明確に示す当面の措置として下記4点を実施する旨を発表した。
・在釜山総領事館職員による、釜山関連行事への参加見合わせ、・長嶺駐韓国大使および森本在釜山総領事の一時帰国、・日韓通貨スワップ取り決めについての協議の中断、・日韓ハイレベル経済協議の延期」、と安倍晋三政権の対応について報じた。
 一方、ハンギョレは2017年1月7日、その社説で、「市民の『少女像』に報復した日本の居直り」、と反論した。
ハンギョレの主張の主旨は次のものである。


Ⅰ.主張
(1)日本の今回の措置は不適切であることを越えて、居直りに近い。
(2)日本政府は問題の根本原因が合意自体にあることを直視しなければならない。
(3)日本政府が報復措置の根拠にしている一昨年末の合意は、正義の原則を損ねたものであるだけに根本的に誤っている。日本は報復措置を直ちに止めるのが当り前である。おりしも韓国の裁判所は合意に関連した交渉文書を公開せよとの判決を下した。政府は今からでも合意内容を全て明らかにし、国民の意思に沿った選択をせねばならない。


Ⅱ.経過の問題
(1)釜山に設置された少女像はろうそく集会の市民たちが一昨年末の慰安婦問題合意1周年を迎えて自発的に立てたものだ。民間次元で行われたことに反発して大使を本国に召還し、経済協力活動を中断する措置までしたことは理解し難い。
(2)日本のこうした強硬措置は、韓国で早期大統領選挙の可能性が高まるにつれ次の政権で合意の再協議の動きが起きることに備えてあらかじめ釘を刺そうとする計算に基づいていると見られる。


Ⅲ.合意自体の問題


(1)合意当時、日本政府は元慰安婦被害者に対する法的責任認定をはじめとして絶対的に必要な措置をほとんど取らなかった。
(2)そのうえ元慰安婦支援として10億円を出すことでこの問題が不可逆的・最終的に解決されたと宣言した。少女像の設置が日本の責任回避と歴史無視に対する韓国市民の抗議であることを日本政府が分からないはずはないだろう。それなのに根本問題には目を瞑り少女像を撤去しろと言って超強硬報復行為をするのは懺悔と正義を求める声を力で押さえ付けようとすることに他ならない。
(3)日本に強硬措置の糸口を与えてしまった韓国政府の無責任かつ外交力欠落も指摘せざるをえない。
(4)当初、韓国政府が10億円の義援金で事実上すべての責任を免除する合意をしたことからして誤りだった。しかも合意直後から韓国政府が10億円を受ける代価として少女像を撤去するという裏取引をしたという議論が起きた。日本政府は今回も少女像の問題に関連して「約束したことは必ず守らねばならない」と求めている。朴槿恵(パク・クネ)政権が自ら招いた外交屈辱である。


 この問題の本質が、「問題の根本原因が合意自体にあることを直視しなければならない。」、というハンギョレの指摘にあることを基本に置かなくてはならない。
 その上で、このことを考えるうえで手助けになるのが、2016年10月26日のハンギョレの「韓国のハンセン病訴訟手伝った日本の弁護士たち、加害国の良心的勢力の役割が重要」、との記事である。
 これを紹介する。ハンギョレはこのように紹介する。


Ⅰ.事実の経過


(1)この訴訟をはじめ、6件のハンセン病患者集団訴訟が政府の度重なる上訴により遅れているが、2000年代以前には訴訟すらも考えられなかった。ハンセン病患者に加えられた国家暴力は、真っ暗な法の死角地帯に置かれており、法曹人もこの問題に対する認識が全くなかった。
(2)2001年、一筋の光が差し込んだ。同年5月、熊本地方裁判所では「(日本)国のハンセン病患者隔離政策は違憲」という判決が下された。これによって「らい予防法」が廃止され、日本政府は「ハンセン病補償法」(「ハンセン病療養所入所者等 に対する補償金の支給等に関する法律」)を制定した。この訴訟を主導した徳田靖之護士は、韓国のハンセン病患者たちも日帝強制占領期(日本の植民地時代)に強制的に隔離・収容されたことを知り、韓国の弁護士と接触して被害者を捜した。国家暴力の被害者を自国民と非自国民に分けてはならないだけでなく、特に非自国民に対しては自分も加害者の位置に立つしかないと思ったからだ。彼に刺激を受けて韓国でも50人を超える弁護人団が構成された。
(3)小鹿島ハンセン病患者訴訟助けた徳田弁護士ら、自国民・非自国民に分けられないと判断、韓日政府に対する訴訟を積極的に支援。
(4)2003年、ついに小鹿島の病院の患者117人が日本政府に補償を申請したが、拒否されると、再び東京地方裁判所に訴訟を起こした。訴訟の費用はすべて日本の弁護士たちが負担した。2005年10月に判決が言い渡された1審訴訟では敗訴したが、2006年2月、日本の国会で補償法の改正案が可決され、日帝強制占領期韓国のハンセン病患者の被害者たちも、結局、補償を受けられるようになった。


 ハンギョレは、「現在韓国で行われている訴訟は、解放以後の韓国政府に責任を問うものだ。ところが、徳田弁護士が韓国を訪れてから、日本政府に補償を申請するまでに、2年という時間がかかった事情は何だろうか。」、と問う。
 その答えは、次のものであった。


「『初めて徳田弁護士が小鹿島を訪れた時、そこのハンセン病患者はみんな(彼を)あざ笑いました。一度も法の保護を受けたことがない一方、日帝強制占領期に日本人から受けた苦痛をはっきりと憶えていたからです。心を開き、心を尽くして話し合い、連帯感を育んで、一人またひとりと原告を集めて行きました』。ハンセン病患者の訴訟に主導的に参加しているチョ・ヨンソン弁護士は『加害国の法曹人が先に頭を下げて、粘り強く待ち続けたからこそ、韓国のハンセン病患者たちが法と向き合うことができた』と振り返った。」


 この姿にこそ、今回の問題を解く鍵があるのではないか。
 徳田弁護士達が示した方法こそが、「加害国の法曹人が先に頭を下げて、粘り強く待ち続けたからこそ、韓国のハンセン病患者たちが法と向き合うことができた」、という状況を開くことができる唯一の行動であったのだ。
 逆に言えば、安倍晋三政権の方法は、これと真逆の道を進んでいるのである。




by asyagi-df-2014 | 2017-01-16 08:28 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

「『少女A(ソウル)』と『少女B(釜山)』のつぶやき」

 澤藤藤一郎さんは、2017年1月7日のブログにで、「『少女A(ソウル)』と『少女B(釜山)』のつぶやき」を掲載しました。
 朝日新聞は2017年1月6日、「韓国・釜山の慰安婦像に対抗措置 日本政府、駐韓大使らに一時帰国を指示」、と報じていました。
 こんな時だからこそ、「『少女A(ソウル)』と『少女B(釜山)』のつぶやき」をじっくり読んでみました。
 長い文章ですが、そのまま引用します。


耳を澄ませば~「少女A(ソウル)」と「少女B(釜山)」のつぶやき-2017年1月7日


少女像A 釜山のBさん。こんにちは。私が、ソウルの日本大使館前で坐り続けている「平和の少女A」よ。

少女像B あら、ソウルのお姉様。私が、釜山の日本領事館前で坐りはじめた、「平和の少女B」です。よろしくね。

少女像A 暮れにはハラハラしてたのよ。せっかくのあなたのデビューの日に、強制撤去されて、運び去られたと聞いたものですから。

少女像B そうなんです。12月28日「日韓慰安婦問題合意」1周年抗議の日が、私の最初のお目見えの日。この日の午後1時前に私は、初めて公使館前に姿を現したの。でもね、4時間後には釜山市と東区の職員40人もが「違法だから撤去する」と、人々を蹴散らして私をトラックに乗せて運び去ったんですよ。とてもこわかった。

少女像A 恐かったでしょうね。でも、国中の人が声を上げてあなたを帰せと言ったのね。

少女像B その電話やメールの数がすごかったみたい。釜山市のインタネットサイトがパンクしてしまったほどですって。

少女像A それで、30日には元の場所に戻されたのね。

少女像B 12月31日の午後9時から除幕式を行うことが決められていたの。もしかしたら、私のいないさびしい除幕式になるかも知れないと悲しい思いだったけど、市民の力で像を取り返して領事館前に設置できるとなって、釜山は55000人の大集会で盛りあがった。その集会参加者がデモ行進して除幕式に駆けつけてくれたの。とても感動的で素敵なセレモニーだった。

少女像A あなたが連れ去られた12月28日は水曜日で、ソウルの私のまわりにもたくさんの市民が「水曜デモ」に集まっていた。その皆さんが、あなたのことをとても心配していたわ。その人たちも、釜山市や東区に電話でお願いや抗議をされたのでしょうね。

少女像B ところで、ソウルのお姉様はいつから、日本大使館の前に坐っていらっしゃるの?

少女像A 韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)が、日本軍「慰安婦」問題解決のために、日本大使館前で水曜デモをはじめたのが1992年1月8日。2011年12月14日がその1000回目を迎えたときに私がつくられ、それ以来私は坐り続けているの。ただ黙って、大使館をじっと見ているだけなのだけど。
歩道に埋め込まれた石碑には、「水曜デモ1000回を迎えるにあたり、その崇高な精神と歴史を引き継ぐため、ここに平和の碑を建立する」と韓国語・日本語・英語で刻まれてるのよ。

少女像B お姉様も私も、キム・ソギョン、キム・ウンソンご夫婦が制作されたブロンズ像よね。姉妹は今なん人いるのかしら。

少女像A 私とあなただけが有名だけど、それだけじゃない。韓国内に55人。アメリカのグレンデール市など、国外にも15人がいるそうよ。その中で、あなたが一番若いことになるけど、12月28日前には、あなたは秘密だったの?

少女像B そうではないのよ。2015年12月に日韓慰安婦合意が「成立」した直後に、若い世代を中心に「未来世代が建てる平和の少女像推進委員会」が立ち上げられて、16年1月から募金活動をはじめているの。多くの人が、当事者を抜きにしたままで、両国の政府と政府が勝手なことをしたという怒りが大きかったのだと思う。

少女像A カンパはどのくらい集まったの?

少女像B 目標が7500万ウォン(724万円)だったけど、8500万ウォン(820万円)が集まったの。カンパをしてくれたのは168団体、19学校、そして5138人の個人。

少女像A 私はまったく無許可だったけど、あなたの方は、像を領事館前に置くことの許可は得なかったの?

少女像B 委員会は昨年の3月から東区に対して、日本領事館前の歩道に少女像の設置を許可してほしいと要請したの。釜山市民8100人の署名を提出もした。でも、東区は少女像が道路法上の施設には該当しないという理由で建設を許可しなかった。

少女像A 本当の理由はどんなことでしょう。

少女像B 委員会と交渉した東区の区長は、最初は「日本領事館前ではダメだ。それ以外のところならどこでも許可する」と言っていたんだけど、この区長さん日本領事と面会してからは、「どこもダメ。一切ダメ」となったんですって。

少女像A それで、私と同じように、許可の無いままの設置となったというわけね。

少女像B たくさんの人の電話やメールのおかげで、立派な除幕式ができてとても嬉しい。

少女像A 年が明けてからの日本政府の対応を、あなたどう思う。

少女像B 私、日本の政府って恐い。特に、あの日本の首相は恐い。

少女像A 大使と公使を一時本国に引き揚げる、と言って実行したものね。

少女像B 「約束を実行しない韓国の方が悪い」と言うんだけど、ヘンな約束をしたのは、日本の政府と韓国の大統領でしょう。韓国の国民は、大統領のやり方を認めていない。国民も当事者も関与してないのに、「最終的かつ不可逆的に解決される」ってあり得ない。おかしいですよね。「日本大使館近くの少女像については、韓国政府が適切に解決されるよう努力する」って、これもおかしい。政府の努力ではどうにも解決できないことでしょう。

少女像A 日本の首相のものの言い方を聞いていると、「謝ってあげた」「ホントは悪いと思っていないけれど、問題を解決しなければならないから謝ることにする」「謝ったから、もうこれで終わりだ」「これ以上、うるさいことを言うな」と聞こえるのよね。この人、日本が朝鮮や韓国に何をしてきたかを真面目に知ろうとしたことがあるのかしら。

少女像B 「いいか、一回だけ謝るぞ。一回こっきりだぞ」「二度とは謝らないから、蒸し返さないと約束しろ」と、こう言うんでしょ。これ、本当に謝る人の言葉ではあり得ない。

少女像A 問題は、従軍慰安婦だけのことではないのよね。日本は、国を奪い、文化を奪い、姓や言葉まで奪おうとした。植民地化以後の独立運動に対する大弾圧、関東大震災後の在日朝鮮人の虐殺…、そのすべてを「未来志向での解決を」という言葉でごまかそうとしてもね…。

少女像B 日本政府もひどいけど、韓国大統領も問題よね。よく分からないのは、朴大統領が、どうしてこんな「合意」を承諾したのかしら。

少女像A きっと、雲の上にいて、国民の気持ちが分からなくなってしまっているんだわ。

少女像B ね、私たちいつまで、ここに座り続けなけれぱならないのでしょうか。

少女像A 日本が、ドイツのような誠実な姿勢を見せてくれれば、私たちは、博物館か農家の庭先にでも引っ込んで余生を送ることができるんだと思うよ。私たちのとなりには、一脚の椅子があるでしょう。作者は、老いた元慰安婦の座るべき場所を象徴したそうだけど、そこに、子どもでも老人でも休ませてあげる。

少女像B でも、日本の今の首相じゃあ見込みはなさそうね。今の日本の保守政党が政権を握っているうちも無理のようね。

少女像A しばらくはこのまま、市民に守られてじっとしていましょうね。もうすぐの大統領選挙で、もう少しマシな政権になるでしょうし。

少女像B 日本の政権も変わってほしいわね。そして、韓国の国民だけでなく、日本の国民もご一緒に、私たちを暖かく見守ってくださると、とても嬉しいわ。


by asyagi-df-2014 | 2017-01-09 12:05 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

日本の植民地時代に、日本の軍需企業に強制動員された勤労挺身隊被害者らに、の不二越が賠償しなければならないという裁判所の判断が再び示された。

 標題について、ハンギョレ新聞は、次のように報じた。


(1)日帝強制占領期(日本の植民地時代)に日本の軍需企業に強制動員された勤労挺身隊被害者らに、戦犯企業の不二越が賠償しなければならないという裁判所の判断が再び示された。
(2)ソウル中央地裁民事19部(裁判長イ・ジョンミン)は23日、勤労挺身隊被害者のキム・オクスンさん(87)など5人が不二越に対して起こした損害賠償請求訴訟で「不二越は被害者たちに1億ウォン(約950万円)ずつ賠償せよ」と判決した。
(3)キムさんらは日本が太平洋戦争などを繰り広げた1944年から1945年まで、12~15歳の幼さで勤労挺身隊として動員され、不二越で軍需品の製作や分類などの作業をした。彼らは昨年4月、不二越に精神的・肉体的損害に対する慰謝料を請求する訴訟を起こした。不二越側は「韓国ではなく、日本で裁判が行われるべきであり、1965年に韓日両国が結んだ韓日請求権協定により個人の損害賠償請求権は消滅した」と主張した。ソウル地裁は不二越の主張をほとんど認めなかった。まず「日本国内には物的証拠がほとんどないうえに、被害者らは全員韓国に居住している」として、裁判管轄権は韓国の裁判所にあると明示した。さらに、「1965年の請求権協定の適用対象に反人道的不法行為と植民支配に直結した不法行為に対する個人の損害賠償請求権が含まれたと見ることはできない」として、個人の損害賠償請求権は消滅していないと指摘した。また、「韓国と日本の間で国交は正常化されたが、関連文書が公開されておらず、被害者らは個人請求権の行使を期待することが難しかった」として、請求権の行使時期を両国の国交が正常化された1965年と見なす不二越の主張も退けた。
(4)ソウル地裁は、勤労挺身隊に志願して不二越に動員されたか否かによる慰謝料の差額を設けず、被害者らが請求した賠償額の1億ウォンを全額認めた。ソウル地裁は「不二越の加害行為は不法であり、被害者らの受けた苦痛が大きい」として、このように判断した。
 これは勤労挺身隊被害者らに対する不二越の責任を認めた2度目の判決だ。2014年10月、ソウル中央地裁・民事47部(裁判長ホン・ドンギ)は、K氏(87)など勤労挺身隊被害者と遺族17人が不二越に対して起こした訴訟で、「不二越は被害者にそれぞれ8000万ウォン(約760万円)~1億ウォンを賠償せよ」と判決した。


 以下、ハンギョレ新聞社の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-12-06 07:21 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

山川出版が、来春から使われる高校日本史教科書(日本史B)で、沖縄戦「集団自決(強制集団死)」に関する記述を復活させた。

 沖縄タイムスは206年12月1日、標題について、次のように報じた。


(1)来春から使われる高校日本史教科書で、山川出版が日本史Bの「詳説日本史 改訂版」で沖縄戦「集団自決(強制集団死)」に関する記述を復活させたことが30日分かった。同教科書は、主に普通科高校などが使う日本史Bの中でシェア6割を占めるが、2007年度以降に供給された本からは記述がなくなり、沖縄戦体験者らが復活を求めていた。
ことし9月5日に山川出版が訂正申請し、10月3日に文部科学省が承認した。
(2)記述が復活したのは、沖縄戦に関するコラム。検定に通った段階では「(略)島民を巻き込んでの激しい地上戦となり、おびただしい数の犠牲者を出し、6月23日、組織的な戦闘は終了した」との表現で「集団自決」への言及はなかったが、変更後は「(略)島民を巻き込んでの激しい地上戦となり、『集団自決』に追い込まれた人びとも含めおびただしい数の犠牲者を出し、6月23日、組織的な戦闘は終了した」と修正された。
(3)「9・29県民大会決議を実現させる会」は同社に対し、日本軍による「集団自決」や住民虐殺について追記するようこれまで繰り返し求めており、8月にも文書を送付していた。
(4)「集団自決」を巡っては、06年度の検定で、日本軍による「強制」との記述が認められなくなった。一方、山川出版はこれに先立ち、05年度検定に申請した本から自主的に記述をなくしていた。教科書検定問題に詳しい高嶋伸欣琉球大学名誉教授は「遅きに失した感もあるが、圧倒的なシェアを持つ出版社が記述を復活した意味は大きい。沖縄の地道な活動が功を奏した」と評価した上で、「強制の主体が日本軍という点が明確でなく、さらに改善を求めていく必要がある」と指摘した。専門高校などが主に使う日本史Aでは、山川出版も「日本軍によって壕を追い出されたり、あるいは集団自決に追いこまれた住民もあった」と記述している。


 また、沖縄タイムスはこのことについて、その意義や課題を次のように解説している。


(1)山川出版が「集団自決(強制集団死)」の記述を復活させた。圧倒的なシェアを持つ教科書が沖縄戦の象徴的な出来事を扱わない、という事態が回避された意義は大きい。(2)ただ「集団自決」に追いこんだ主体が日本軍という重要な点が抜けており、歴史の本質を学ぶには不十分だ。
(3)同社が「詳説日本史」から自主的に「集団自決」の記述をなくしたのは2005年度の検定申請本から。日本軍の「強制」記述を書き換えさせた06年度検定よりも前のことであり、検定によって削除された記述の復活という運動からは外れがちだった。しかし同教科書の採択は毎年約30万人分に上る。近年では、山川出版への働き掛けが最優先との見方が強まっていた。
(4)教科書記述の復活や検定意見の撤回などを求めた2007年9月29日の県民大会以降、多くの教科書会社は「軍命」や「強制」に近い記述に戻している。「9・29県民大会決議を実現させる会」などの地道な取り組みが、教科書会社や世論を動かしてきたのは間違いない。
(5)しかし「集団自決」に追いこんだのが「だれか」を明確にする視点は、この運動の出発点だ。県民大会から来年で10年。各教科書会社には、史実を踏まえた正しい記述をする努力がさらに求められる。


 なお、沖縄タイムスは、他の教科書会社の記述内容を、「今春の検定に通った各社の『集団自決(強制集団死)』に関する記述」、としてあわせて次のように紹介している。


(1)清水書院:味方であるはずの日本軍による県民の殺害、「集団自決」の強要などの悲劇も生じた
(2)東京書籍:日本軍によって「集団自決」に追いこまれたり、スパイ容疑で虐殺された一般住民もあった
(3)実教出版:日本軍は県民を壕から追い出してアメリカ軍の攻撃にさらしたり、沖縄の言葉で話をするとスパイの容疑で殺害したりした。日本軍は手榴弾を配るなどして、800人以上の県民を「集団自決」(強制集団死)に追いこんだ
(4)第一学習:スパイ容疑や作戦の妨げになるなどの理由で、日本軍によって殺された人もいた。日本軍は住民の投降を許さず、さらに戦時体制下の日本軍による住民への教育・指導や訓練の影響などによって、「集団自決」に追いこまれた人もいた


 以下、沖縄タイムスの引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-12-05 08:51 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

「恨(ハン)之碑」の建立10年追悼会が開かれた。李熙子(イヒジャ)共同代表は、講演で、「これまでの道のりを無駄にしないためにも次世代への継承が大切だ」と呼び掛けた。

 沖縄読谷にある恨之碑建立が10年を迎えた。
 このことについて、琉球新報は2016年6月12日、「沖縄戦時に日本軍によって朝鮮半島から強制連行された軍夫や『慰安婦』らを慰霊する『恨(ハン)之碑』の建立10年追悼会『恨を抱えて希望を語る』が11日、読谷村瀬名波で開かれた。追悼会に先立ち、太平洋戦争被害者補償推進協議会の李熙子(イヒジャ)共同代表(73)が講演し『これまでの道のりを無駄にしないためにも次世代への継承が大切だ』と呼び掛けた。関係者や地域住民、研究者ら約100人が参加した。追悼会では彫刻家の金城実さんが彫った恨之碑の前で、建立を呼び掛けた僧侶の知花昌一さんらが読経し、平和を願った。参列者が花を手向け、李さんや元軍夫の家族などが碑に酒をかけて犠牲者を悼んだ。」、と報じた。
 また、追悼会の様子について、「韓国語の『恨』は日本語の『恨み』だけを意味せず、悲しみ、不満、怒り、後悔などが長い間、しこりとなった感情を意味する。建立時に中心的な役割を果たした牧師の平良修さんは、そういった感情を乗り越えようという意味も含まれていると解説し『痛みが一つのバネになり、苦しみがあって友達になろうとしているのが恨だ。ここにしか新しい平和の可能性はない』と訴えた。講演した李さんは韓国で、最も多くの人が強制連行された英陽(ヨンヤン)にも1999年に恨之碑が建てられ、読谷の碑と向かい合うように立っていることに触れ『碑がどのように造られたのか、次世代に伝えてくれますか』と問いかけた。」、と伝えた。


以下、琉球新報の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-06-20 05:55 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

京都府宇治市のウトロ地区に、韓国や日本国内から訪れる人が相次いでいる。

 朝日新聞は、2016年5月14日に、「在日の韓国・朝鮮人が暮らす京都府宇治市のウトロ地区。今年に入り、韓国や日本国内から訪れる人が相次いでいる。なぜなのか。」、との記事を掲げた。
 本当に、何故なのか。
朝日新聞は、こう切り出す。


「太平洋戦争中、国策の京都飛行場建設に動員された朝鮮人の労働者らが敷地の一角で生活した。もとの地名は『宇土口』だったが、地域の人々が呼んだという『ウトロ』が戦後に定着。敗戦時には約1300人がいたとされ、今も地区(約2・1ヘクタール)には55世帯・約130人が暮らす。立ち退きを求められたが、2011年までに韓国政府系財団の出資や寄付金などで一部の土地を買収。宇治市、京都府、国が公営住宅2棟を建てることが決まった。住宅建設や周辺の整備に伴い、『飯場』跡も残る建物の取り壊しが早ければ6月にも始まる。『記録や記憶に残したい』。そう考える人たちが次々と足を運ぶようになった。」


 続けて、韓国から訪れる人たちについて。


「著名タレントのウトロ訪問が韓国の人気テレビ番組で放映された昨秋以降、韓国からは修学旅行生や数十人規模のグループがたびたび訪れる。2月には釜山の東亜大建築科生ら12人が路地で写真を撮影したり、巻き尺で建物の寸法を測ったりした。ジオラマを作り、釜山でウトロの変遷を紹介する展示会を開くためだ。
 学生らに話をしたのは姜景南(カンギョンナム)さん(90)。母と朝鮮半島南部の泗川(サチョン)から父がいた大阪に来たこと。戦争末期、空襲から逃れてウトロにたどり着いたこと。飯場跡のバラックで暮らし、子ども6人を育てたこと。チャ・ユンジョンさん(21)は『在日の歴史を学べました。おばあさんたちが懸命に生活してきた痕跡がなくなるのは残念』と話した。韓国からの訪問客の案内役を務める南山城同胞生活相談センター代表の金秀煥(キムスファン)さん(40)は『住民たちも、また来たなあと喜んでいます』と話す。
 今月上旬には韓国KBSテレビのクルーが訪れ、俳優のユン・ユソンさんが住民らと交流する様子を撮影した。在外コリアンを紹介する特集番組で、プロデューサーのキム・アリさんは『撤去が始まれば風景が変わる。記録しておくのは歴史的にも意味がある』と話した。」


 日本国内から訪れる人は。


「国内からも訪れる。3月には、福岡などの在日コリアンと日本人の計5人が来た。北九州市の在日2世の裵東録(ペトンノク)さん(72)は『八幡にあった朝鮮人集落を思い出しました。私もこんな家に住んでたけん』。案内した『ウトロを守る会』の斎藤正樹さん(66)は『戦争が終わると動員された朝鮮人は見捨てられ、地区の人々は貧困に苦しんだ。ウトロはその歴史を伝える貴重な教材です』と語る。」


 確かに、まずは知ることが大事。
 そして、「戦争が終わると動員された朝鮮人は見捨てられ、地区の人々は貧困に苦しんだ。ウトロはその歴史を伝える貴重な教材です」、のは何故なのかと。


 以下、朝日新聞の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2016-05-18 05:27 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

「沖縄戦被害・国家賠償訴訟」の判決を各新聞社の社説から考える。

 2012年8月15日に提訴された、沖縄戦の被害者に対する賠償を国に求める初の訴訟となった「沖縄戦被害・国家賠償訴訟」の那覇地裁の判決について、沖縄タイムスは2016年3月16日、「沖縄戦で身体・精神的被害を受けたとして、住民とその遺族79人が謝罪と1人あたり1100万円の損害賠償を国に求めた「沖縄戦被害・国家賠償訴訟」の判決が16日午後、那覇地裁(鈴木博裁判長)であった。鈴木裁判長は、住民ら原告の訴えを棄却した。太平洋戦争当時、空襲などの戦火に巻き込まれた民間被害者たちが損害賠償などを求める集団訴訟は、名古屋、東京、大阪でも起きたが、いずれも最高裁で訴えは退けられている。住民側は、元軍人らは法律にのっとって救済されてきたのに対し、国が住民や遺族らを救済する法律を作ってこなかったことを指摘し、平等を保障する憲法に反するなどと訴えていた。一方、国側は太平洋戦争当時、国の賠償責任を認める法律はなく、民法で認められた賠償請求できる20年が過ぎていることを挙げ、住民側の権利が消滅しているとして却下を求めていた。」、と報じた。
 この訴訟の争点について、沖縄タイムスは、①原告の住民は「集団自決(強制集団死)」の強制や壕追い出し、10・10空襲などの被害者や遺族。旧日本軍は沖縄戦で住民を守らず戦闘を続け、一般人への被害を拡大させたと指摘。民法の不法行為に当たるとしている、②また戦後、民間人の被害を補償する法律を制定してこなかったと国の不作為を批判。国は国家賠償法に基づき、賠償責任を負うべきなどと主張している、③一方国側は、旧日本軍の戦時中の行為や国家賠償法施行以前での国家の行為から生じる損害について、国は賠償責任を負わないと主張。また「原告らの請求は法に基づかない」と指摘。「沖縄戦の実態や原告らの被害の事実を確定するまでもなく、棄却されるべきだ」としている、と伝えていた。


 今回の「沖縄戦被害・国家賠償訴訟」の那覇地裁の判決について、各紙の社説をもとに考える。
 2016年3月17日現在でこのことを採り上げた社説は、確認できるだけで3社であった。
その社名と見出しは、次のものである。

(1)北海道新聞社説-沖縄戦訴訟 民間被害者の救済急げ
(2)琉球新報社説-沖縄戦訴訟棄却 国民全てに平等な補償を
(3)沖縄タイムス社説-[沖縄戦国賠訴訟]被害に背向けた判決だ


 これを要約すると次のようになる。
Ⅰ 判決への疑義
(1)北海道新聞
①戦争当時は国家が賠償する法律はなく、法的責任は負わないとする国側の主張を全面的に認めた。「鉄の暴風」と呼ばれる砲爆撃や激しい地上戦があった沖縄戦で、民間人被害の救済を求めた訴訟は初めてだったが、原告敗訴が確定した東京や大阪の大空襲訴訟の判断を越えることはなかった。判例があるとはいえ、新法による救済措置を求めるなど、被害者に寄り添った判断を示せなかったのか、疑問が残る。
②判決は、被害救済は立法府に委ねられるべき事柄だとも言及している。ならば、国会や行政は判決に安堵(あんど)せず、早急に救済策を講じるべきだ。高齢化している被害者を放置していいはずがない。軍人や軍属、遺族らは戦後施行された「戦傷病者戦没者遺族等援護法」などにより、恩給や給付金を受けられた。しかし、民間人はかやの外で、不平等さを指摘する声は根強くある。
③今回の訴訟で、原告側は「国は住民を保護すべき義務に違反した」と主張。旧日本軍は住民を避難用の壕(ごう)から追い出して死亡させたり、集団自決(強制集団死)を迫られたりしたとも訴えた。これに対し、国側は賠償責任を否定するとともに、これまでの同種裁判を踏まえ、「戦争の被害は国民が等しく耐え忍ぶべきだった」との「受忍論」を展開した。無謀な戦争を推進し、国民に協力を強制しながら「被害は我慢を」というばかりではやりきれない。国も司法も、被害者にもっと向き合う姿勢が求められよう。
④残念なのは、弁護団が被害の一つとした原告37人の心的外傷後ストレス障害(PTSD)について判決が考慮しなかったことだ。車や飛行機の大きな音を聞くと砲爆撃を思い出し、眠れないなどの声は切実だ。被害者対策で今後、論点になるのではないか。ドイツやイタリア、英国などが人道的見地から民間人に補償していることも参考にしたい。
(2)琉球新報
①全ての国民が法の下に平等であるという憲法14条がむなしく感じられる。
②判決は、国家賠償法施行前だったため、国が賠償責任を負わないとする「国家無答責の法理」によって遺族らの求めを退けた。判決はさらに、旧軍人や軍属が「戦傷病者戦没者遺族等援護法(援護法)」で補償されるのに対し、被告らへの補償がないことを「不合理であるということはできない」としている。憲法14条は人種、性別、信条のほか「社会的身分」により、差別されないと規定している。「軍人・軍属」という身分によって補償の有無が決まるのは憲法の理念に照らして不条理としかいえない。
③沖縄戦で被害を受けた人のうち、直接戦闘行為に加わらなかった「軍属」「準軍属」として援護法に基づく補償を受けたのは陣地構築や弾薬・患者輸送、「強制集団死」(集団自決)、スパイ嫌疑による犠牲者などとなっている。今回の訴訟の原告は米軍の爆撃などによる負傷者、旧日本軍に壕を追い出された人、近親者が戦死した人、戦争孤児などだ。
 沖縄戦の特徴は「住民を巻き込んだ国内唯一の地上戦」という言葉に示される。生活の場に軍隊が土足で踏み込み、本土決戦への時間稼ぎ、捨て石とされた。国策の名の下、県民は個人の意思と関係なく、戦争に巻き込まれたのだ。判決はそうした沖縄戦の実態に向き合おうとしていない。                            ④原告の中には、戦争当時の記憶が心の傷となり心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された人もいる。補償が不十分というだけでなく、被害は現在も続いている。国立国会図書館がまとめた「戦後処理の残された課題」(2008年12月)によると「欧米諸国の戦争犠牲者補償制度には、『国民平等主義』と『内外人平等主義』という2つの共通する特徴がある」という。民間人と軍人・軍属、自国民と外国人の差別なく国の責任で補償するという考え方だ。
(3)沖縄タイムス
①沖縄戦の実態を踏まえることなく、被害者の苦しみに背を向ける冷たい判決である。
②争点となったのは国民保護義務違反という国の不法行為責任。地裁は「戦時中、国の権力行使について賠償責任を認める法律はなかった」と国家無答責の法理によりこれを否定した。日本軍の加害行為、住民の被害事実といった沖縄戦の特殊性には踏み込まず、一般論に終始した内容だ。
③戦争被害で国は、元軍人や軍属に年金を支払うなど手厚い補償を敷いている。原告が訴えたのは「人の命に尊い命とそうでない命があるのか。救済が不十分なのは憲法の平等原則に反する」との立法の不作為でもあった。しかし判決は「戦争被害者は多数に上り、誰に対して補償をするかは立法府に委ねられるべき。軍の指揮命令下で被害を受けた軍人らへの補償は不合理ではない」と訴えを退けた。
④最高裁で原告敗訴が確定したものの被害を認定した東京大空襲国賠訴訟などと比べ「判決は後退している」(瑞慶山茂弁護団長)と指摘されるように、救済の扉のノブに手をかけることもなく、国の姿勢をことごとく追認するものである。  
⑤各地の空襲訴訟も同様に民間人への損害賠償を求めるものだが、地上戦の舞台となった沖縄と本土では戦争体験の質がまったく異なっている。本土決戦の時間を稼ぐための「捨て石」となった沖縄戦の特徴は、軍人よりも住民犠牲が多かったことだ。判決は「実際に戦地に赴いた」特殊性を軍人・軍属への補償の理由に挙げるが、沖縄では多くの住民が戦地体験を強いられたようなものだ。
⑥今回の裁判の過程で、原告の約半数が心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱えていることが明らかになった。戦争で肉親を失い、けがを負い、戦後はトラウマに苦しんでいるというのに、誰も責任をとらないのはおかしい。
Ⅱ 各新聞社の主張
(1)北海道新聞
 安倍晋三首相は昨年6月の衆院予算委員会で、補償について「立法や行政が、みんなで考えていく問題」と答弁している。そうであるならば、政治は言葉だけに終わらせず、きちんと結果を出すべきだ。
(2)琉球新報
 戦後70年以上、日本政府は戦争被害者の補償を差別し、裁判所もそれを追認している。これ以上放置することは許されない。政府は戦争への責任を認め、新たな補償の在り方を早急に検討すべきだ
(3)沖縄タイムス
 司法には人権保障の最後の砦(とりで)としての役割を、国会には救済の道を開く新たな制度の創設を求めたい。


 大事な事実は、「戦後70年以上、日本政府は戦争被害者の補償を差別し、裁判所もそれを追認している。」、ということである。
 このことは、日本国憲法一四条をどのように実践していくかということに、深く関わる事例である。
 この意味から、確かに、「これ以上放置することは許されない。」。
 政府は、「戦争への責任を認め、新たな補償の在り方を早急に検討すべきだ」。また、国会には、「救済の道を開く新たな制度の創設を求めたい。」。


 以下、各新聞社の社説等の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2016-03-20 06:15 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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