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生活保護基準の切り下げは許されない。(3)

 生活保護基準の切り下げの問題に関して、認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい(以下、もやい)は、「生活扶助基準の引き下げを止めてください」、との緊急声明を出した。
 この声明から、生活保護基準の改定切り下げの問題を考える。
厚労省は2017年12月8日に、生活保護基準部会を開催し、「生活扶助基準の検証結果(案)」「有子扶助・加算に関する検証結果(案)」「これまで出された検証手法に関するご意見について」の資料が明らかにするなかで、具体的な今後の生活扶助基準の見直しについての「提案」を明らかにした。
 この「提案」について、もやいは、次のように具体的に反論する。


Ⅰ.生活扶助基準が大幅に削減されること
(1)この「生活扶助基準の検証結果(案)」においては、二つの新たな生活扶助基準の計算方法が書かれており(「展開方法①」と「展開方法②」)、この通りに基準が見直されるとすると、多くの世帯で可能性があります。
(2)例えば、都市部(1級地の1)で夫婦子1人世帯 (30代夫婦+子3~5歳)の場合、現行基準が148380円のところ、展開方法①だと144760円、展開方法②だと143340円となります。どちらの方法でも4000円~5000円の減額となります。また、同じく都市部の母子世帯 (子2人) (40代親+中学生+小学生)の場合は、現行基準が155250円のところ、展開方法①だと145710円、展開方法②だと144240円となり、こちらはどちらも1万円以上の減額となります。そして、同様に都市部の高齢単身世帯 (65歳)に関しては、現行基準で79790円のところ、展開方法①では73190円、展開方法②だと74370円とこちらも減額です。もちろん、世帯構成によっては展開方法①の場合は現行基準を上回る、などのものもありますが、現実には高齢単身世帯が多いことなどの実際の生活保護世帯の世帯類型でみれば、総じて引き下げといった方向性であることは明らかです。

Ⅱ.算定基準の問題
(1)また、そもそもが、これはすでに様々な指摘があることでもありますが、生活扶助基準を計算するときに、第1・十分位(最も所得が低い下位10%層)の消費実態と比較するという方法自体に問題があります。生活保護制度自体の捕捉率が2~3割と言われている現状で、第1・十分位と比較しそこに基準を合わせていくことは、引き下げありきの議論であると言わざるを得ません。低所得者は所得が低いわけですから必ずしも消費を満足にできません。その低所得者の消費実態をもとに最低生活基準を定めるのではなく、物価の上昇等をふまえた現実に即した基準の検討をおこなってもらいたいと思います。
(2)加算に関しても現段階でまだ金額は明らかになっていませんが、「有子扶助・加算に関する検証結果(案)」を見る限りにおいては、大幅な減額になる可能性もあります。そもそもが「母子加算」に関しては、子どもにかかる費用というよりは、ひとり親で子育てをすることに対しての「加算」であるにも関わらず、親が二人いる世帯と「固定的経費の割合は変わらない」という発想は筋違いであるとも考えます。

Ⅲ.これまでに生活扶助基準の引き下げが行われてきた結果
(1)生活扶助基準の引き下げは、今回が初めてではありません。2013年8月から、すでに段階的に生活扶助基準の引き下げはおこなわれ、生活保護世帯の家計の平均6%がカットされました。しかも、子どものいる世帯ほど結果的に多く削減される計算方法がとられており、同年に成立した「子どもの貧困対策基本法」の理念と矛盾したものとなっています。
(2)そして、2014年4月からは、消費税が8%となり、低所得者、生活保護世帯の暮らしを圧迫しています。また、物価の上昇や円安の影響により、食料品や灯油代等の値上げも、喫緊の課題として家計を直撃しています。
(3)実際に、報道等ですでに「生活扶助の1割カット」というニュースを見て、不安に感じた生活保護利用者より当団体にも相談が寄せられています。2013年の生活扶助基準の引き下げ以降、生活保護利用者の生活は苦しくなる一方です。必要なのは引き下げではなく支援を手厚くしていくことなのではないでしょうか。


 もやいは、最後に、「私たち、〈もやい〉は、まだ案の段階であるものの、生活扶助基準の引き下げに対して大きな懸念を感じております。また、拙速な議論による引き下げには強く反対いたします。さらなる生活扶助基準の引き下げをいますぐに止めていただくよう、声明します。」、と声明を結んだ。


 私たちが確認しなければならないのは、生活扶助基準が大幅に削減されると、直接、生活そのものを脅かされるということ。また、 今必要なのは、引き下げではなく支援を手厚くしていくことであるということ。




by asyagi-df-2014 | 2018-01-13 07:05 | 持続可能な社会 | Comments(0)

生活保護基準の切り下げは許されない。(2)

 日本弁護士連合会は2017年12月20日、「生活保護基準について一切の引下げを行わないよう求める会長声明」を発表した。
この声明で考える。
 何が問題なのか。
 「声明」は、「厚生労働省は、2017年12月8日の第35回社会保障審議会生活保護基準部会において、2018年度から生活扶助基準本体や母子加算を大幅に引き下げる案(以下「厚労省案」という。)を示した。2004年からの老齢加算の段階的廃止、2013年からの生活扶助基準の削減(平均6.5%、最大10%)、2015年からの住宅扶助基準・冬季加算の削減に引き続くもので、特に、子どものいる世帯と高齢世帯が大きな影響を受ける。」、と説明する。
「声明」は、次のように続ける。


(1)厚労省案によれば、子どものいる世帯の生活扶助費は、都市部の夫婦子2人世帯で13.7%(2万5310円)も大幅削減され、母子加算が平均2割(都市部で2万2790円の場合4558円)、3歳未満の児童養育加算(1万5000円)が5000円削減され、学習支援費(高校生で5150円の定額支給)が廃止される可能性がある。また、高齢(65歳)世帯の生活扶助費は、都市部の単身世帯で8.
3%(6600円)、夫婦世帯で11.1%(1万3180円)、それぞれ大幅削減される可能性がある。 
(2)今回の引下げの考え方は、生活保護基準を第1・十分位層(所得階層を10に分けた下位10%の階層)の消費水準に合わせるというものである。しかし、我が国では、厚生労働省が公表した資料によっても、生活保護の捕捉率(生活保護基準未満の世帯のうち実際に生活保護を利用している世帯が占める割合)が2割ないし3割程度と推測され、第1・十分位層の中には、生活保護基準以下の生活を余儀なくされている人たちが多数存在する。この層を比較対象とすれば、生存権保障水準を引き下げ続けることにならざるを得ず、合理性がないことが明らかである。特に、第1・十分位の単身高齢世帯の消費水準が低過ぎることについては、生活保護基準部会においても複数の委員から指摘がなされている。また、同部会報告書(2017年12月14日付け)も、子どもの健全育成のための費用が確保されないおそれがあること、一般低所得世帯との均衡のみで生活保護基準を捉えていると絶対的な水準を割ってしまう懸念があることに注意を促しているところである。

 
 こうした考え方の上で、声明は、生活保護基準について一切の引下げを次のように批判する。


(1)いうまでもなく、生活保護基準は、憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」の基準であり、最低賃金、就学援助の給付対象基準、介護保険の保険料・利用料や障害者総合支援法による利用料の減額基準、地方税の非課税基準等の労働・教育・福祉・税制などの多様な施策の適用基準と連動している。生活保護基準の引下げは、生活保護利用世帯の生存権を直接脅かすとともに、生活保護を利用していない市民生活全般にも多大な影響を及ぼすのである。
(2)大幅削減に対する批判に配慮し、厚生労働省は、減額幅を最大5%にとどめる調整に入ったとの報道もある。しかし、5%であっても大きな削減であるし、削減の根拠に合理性がない以上、削減幅を減らしたから許されるというものではない。更なる生活保護基準の引下げそのものが、これまでの度重なる生活保護基準の引下げによって既に「健康で文化的な生活」を維持し得ていない生活保護利用者を更に追い詰め、市民生活全般の地盤沈下をもたらすものであり、容認できない。


 日弁連は、この会長声明で、「厚労省案の撤回は当然の前提として、本年末に向けての来年度予算編成過程において、一切の生活保護基準の引下げを行わないよう求めるものである。」、と結論づける。


 確かに、私たちが共有しなければならないのは、「生活保護基準の引下げは、生活保護利用世帯の生存権を直接脅かすとともに、生活保護を利用していない市民生活全般にも多大な影響を及ぼすのである」こと、「更なる生活保護基準の引下げそのものが、これまでの度重なる生活保護基準の引下げによって既に『健康で文化的な生活』を維持し得ていない生活保護利用者を更に追い詰め、市民生活全般の地盤沈下をもたらすものである」こと、である。
ともに、一切の生活保護基準の引下げを行わないことを要求する。




by asyagi-df-2014 | 2018-01-12 06:57 | 持続可能な社会 | Comments(0)

生活保護基準の切り下げは許されない。

 生活保護基準の改定切り下げの問題を、沖縄タイムスは2017年12月17日、社説と憲法学者である木村草太の「[木村草太の憲法の新手](70)」で取りあげた。
何が問題なのか。
この沖縄タイムスの記事で考える。
木村草太は、次のように押さえる。


1.「2018年は、5年ごとに行われる生活保護基準改定の年だ。この連載でも指摘したように、13年に実施された基準改定では、(1)物価下落率の計算が不当に操作されたこと(2)生活保護を受けていない一般世帯の収入下位10%のグループと比較したこと(3)物価下落を二重に評価したこと-などの問題がある。本来ならば、来年の改定では、そうした問題を是正すべきだ。しかし、ここまでの報道を見る限り、情勢は楽観できない。」
2.「12月8日、厚労省は、社会保障審議会生活保護部会に『生活扶助基準の検証結果(案)』など三つの資料を提出した。さらに12日には、これらの資料を踏まえ、報告書案も提出された。これらの資料・報告書からは、日常生活費に関わる『生活扶助』の支給基準を、一般世帯の収入下位10%のグループの消費支出額に合わせようとする意図が読み取れる。」
3.「資料によると、例えば、『都市部の子ども二人の母子世帯』では、現行の生活扶助支給基準が月15万5250円であるのに対し、一般世帯の収入下位10%グループの消費支出は14万5710円から14万4240円程度となっている。もしも、この報告書案に従って生活保護基準を改定するならば、『都市部の子ども二人の母子世帯』では1万円近くも生活扶助基準額が切り下げられることになろう。」
4.「しかし、よく考えてほしい。日本の生活保護制度の捕捉率は2割から3割程度と言われている。つまり、本来であれば生活保護を受ける資格があるのに、生活保護を利用できていない人は、以前からかなり多い。その上、13年の基準改定では、『最低限度の生活』が不当に低く設定された。もしも13年に適正な基準が決定されていれば、『最低限度の生活』に必要な収入を確保できていないとして、生活保護の利用資格を認められる人の範囲は、今よりも広かったはずだ。つまり、13年時と比べても、一般世帯の収入下位10%のグループには、『最低限度の生活』ができていないのに、生活保護を利用できていない人が、より多く含まれていることになる。このグループの消費支出に、生活扶助基準を合わせれば、憲法25条1項が保障する生存権が実現できなくなってしまう。」
1.「貧困問題に取り組むNPO法人「もやい」は、この点を懸念して、『【緊急声明】生活扶助基準の引き下げを止めてください』を出し、『引き下げありきの議論であると言わざるを得ません』と指摘している。」


 木村草太は、この記事を、次のように結んでいる。


「こうした生活保護切り下げへの懸念に対しては、『不正受給があるから仕方ない』といった反論の声も聞かれる。しかし、生活保護費を切り下げたからといって、不正受給が減るわけではない。不正受給を減らしたいなら、不正の有無を十分にチェックし、生活保護受給者に適切な受給を指導できるよう、ケースワーカーの人員を増やすべきだろう。ケースワーカーを増員すれば、現場に余裕が生まれる。支援を必要とする人の個性に合わせて、きめの細やかな支援を届けることができるようになるだろう。生活保護の捕捉率も上がるだろう。これは、一石三鳥だ。」


 木村草太の指摘から確認できることは、今回の生活保護基準改定の切り下げの政策は、安倍晋三政権の意図-「日常生活費に関わる「生活扶助」の支給基準を、一般世帯の収入下位10%のグループの消費支出額に合わせようとする意図」-が背景にはっきりあるといことである。
 また、「日本の生活保護制度の捕捉率は2割から3割程度と言われている」ことや「13年の基準改定では、『最低限度の生活』が不当に低く設定された」ということから、このままでは。「一般世帯の収入下位10%のグループには、『最低限度の生活』ができていないのに、生活保護を利用できていない人が、より多く含まれていることになる。このグループの消費支出に、生活扶助基準を合わせれば、憲法25条1項が保障する生存権が実現できなくなってしまう。」、ということにになる。


 沖縄タイムスは、生活保護基準の切り下げについて次のように押さえる。


1.「2018年度は、5年ごとに実施される生活保護基準の見直しの年になる。その見直しで、厚生労働省は生活保護費のうち食費や光熱費などに充てる『生活扶助』の支給額を段階的に引き下げ、3年かけて国費を約160億円削減する方針を示した。年齢や世帯の構成などによっても異なるが、都市部などでは最大5%の減額になる。計算方法によっては一部増額となる場合もあるが、総じて引き下げの方向だ。」
2.「13年度の前回改定でも、生活扶助が3年かけて6・5%減額された。今回、厚労省は約14%もの大幅引き下げを目指していた。厚労省の審議会で反対が出て、幅は抑えられたが、連続しての減額であることには変わりない。」
3.「生活保護受給世帯は今年9月で約164万世帯、212万人以上おり、世帯数は20年間で約2・7倍に増えた。受給者の半数が1人暮らしの高齢者のほか、4分の1も傷病・障がい者の世帯である。現行支給額でも、苦しい生活を余儀なくされている人は少なくない。減額は、社会の支えを必要とする人たちにとって、冷たい措置である。社会のセーフティーネットの機能が低下することを強く懸念する。」
4.「生活扶助引き下げ方針の根拠は、一般の低所得世帯の消費支出に比べ、保護費の支給額が多いとの調査結果が出たことだ。生活扶助は一般家庭の消費支出とのバランスをみて改定される仕組みとなっている。低所得者の消費が低くなったら、生活扶助も減額することになる。しかし、厚労省の審議会でも『一般低所得世帯との均衡のみで生活保護基準の水準を捉えていると、絶対的な水準を割ってしまう』などと、算定方法に懸念が示された。さらに、算定方法の見直しを念頭に『これ以上、下回ってはならないという水準の設定について考える必要がある』との意見も出た。前回の改定時にも審議会は算定方法の見直しを迫った。人の命や暮らしに関わる大事な仕組みについて看過し、同じ指摘を受けるのは厚労省の怠慢である。」


 また、沖縄タイムスは、生活保護基準の引き下げの問題点について、次のように指摘する。


「生活保護基準の引き下げは、受給者だけの問題ではない。低い所得で生活をしている人たちの暮らしにも影響を与えかねない。生活保護基準が下がると、住民税の非課税基準も下がる。これまで無税だった低所得者が課税されたり、医療、介護、教育、福祉などでの低所得者向けの減免が受けられなくなる可能性もある。これでは、たとえ賃金が多少上がったとしても、可処分所得が減少する世帯が増え、結局、経済の底上げにもつながらない。生活保護基準の引き下げは見直されるべきだ。」


 確かに、次のことが言える。


Ⅰ.現行支給額でも、苦しい生活を余儀なくされている人は少なくない。減額は、社会の支えを必要とする人たちにとって、冷たい措置である。社会のセーフティーネットの機能が低下することがを強く懸念されるということ。
Ⅱ.生活保護は、本当に必要とする人の2割しか受給していないとされる。8割の人が、生活保護基準以下の収入で生活をしていることになる。社会の安全網は十分に行き渡らず、生活扶助も減額する。憲法25条がうたう「健康で文化的な最低限度の生活」が保障されなくなること。つまり、低い所得で生活をしている人たちの暮らしにも影響を与えかねないこと。
Ⅲ.このことは、「生活保護基準が下がると、住民税の非課税基準も下がる。これまで無税だった低所得者が課税されたり、医療、介護、教育、福祉などでの低所得者向けの減免が受けられなくなる可能性もある。これでは、たとえ賃金が多少上がったとしても、可処分所得が減少する世帯が増え、結局、経済の底上げにもつながらない」ことになる。、
Ⅳ.こうしたことから、生活保護基準の引き下げは見直されなければならない。




by asyagi-df-2014 | 2018-01-11 06:56 | 持続可能な社会 | Comments(0)

サーロー節子さんのノーベル平和賞の受賞講演を読む。

 朝日新聞は2017年12月12日、ノルウェーのオスロで2017年12月10日あったノーベル平和賞の受賞講演に関して、次のように報じている。


(1)「ノルウェーのオスロで10日あったノーベル平和賞の受賞講演で、国際NGO『核兵器廃絶国際キャンペーン」(I(アイ)CAN(キャン))のベアトリス・フィン事務局長(35)と、ICANの運動をリードした一人で被爆者のサーロー節子さん(85)=カナダ在住=は、迫る核兵器使用の危機を説いた。法的な核兵器の禁止を訴えたが、核を安全保障の柱に据える国々は早速、冷ややかな反応を見せた。」
(2)「フィンさんの言う危機の一つは、核兵器が偶発的に使われることだ。『唯一の理性的な行動は、突発的なかんしゃくによって、私たちが互いに破壊されてしまうような状況で生きることをやめることだ』と述べると、大きな拍手を浴びた。フィンさんは、米国とソ連による冷戦時代から、核武装国が9カ国まで増えた状況の変化を指摘。『テロリストもいれば、サイバー戦争もある。これらすべてが、私たちの安全を脅かしている』とし、核が使われる危険性が高まっていると警鐘を鳴らした。」
(3)「広島と長崎への原爆投下後、世界が核戦争を回避してこられたのは『分別ある指導力に導かれたからではなく、これまで運がよかったからだ』と断じた。さらに北朝鮮などの国名を挙げ、『核兵器の存在は核競争への参加へと他者を駆り立てている』と主張した。核による反撃能力を示して敵の核攻撃を封じ込めようとする『核抑止』では核使用の恐怖から逃れられないとの見方も示した。」
(4)「続いて講演したサーローさんは、被爆者として見た原爆投下後の惨状を克明に描写し、核兵器は『必要悪ではなく、絶対悪』と言い切った。核武装する国々が『この美しい世界を将来世代が暮らしていけないものにすると脅し続けている』とし、いかなる国家にも『よい爆弾』はないとの主張を繰り広げた。演説の終盤には、日本政府などの『【核の傘】なるものの下で共犯者となっている国々の政府の皆さん』に対し、『人類を危機にさらしている暴力システムに欠かせない一部分なのです』と警告。態度を改め、核兵器禁止条約へ参加するよう求めた。」
(5)「だが、授賞式が開かれたノルウェーのソルベルグ首相は11日の記者会見で、『兵器のない世界をどう達成するかにはICANと意見の相違がある。核保有国が関与しない核禁条約には署名しない。これでは核兵器は減らないからだ』と述べた。ノルウェーは北大西洋条約機構(NATO)加盟国で、米国をはじめとする核保有国の『核の傘』の下にいる。」


 このように、オスロで二人が「迫る核兵器使用の危機を説いた。」にも関わらず、「法的な核兵器の禁止を訴えたが、核を安全保障の柱に据える国々は早速、冷ややかな反応を見せた。」、という。
 しかし、世界は、ベアトリス・フィンさんの次の言葉を超えるものを提示することができていない。むしろ、危機は面前に迫っているとも言える。


『唯一の理性的な行動は、突発的なかんしゃくによって、私たちが互いに破壊されてしまうような状況で生きることをやめることだ』
『テロリストもいれば、サイバー戦争もある。これらすべてが、私たちの安全を脅かしている』


 だとするならば、サーロー節子さんの声をじっくり聞こう。


 皆さま、この賞をベアトリスとともに、ICAN運動にかかわる類いまれなる全ての人たちを代表して受け取ることは、大変な光栄です。皆さん一人一人が、核兵器の時代を終わらせることは可能であるし、私たちはそれを成し遂げるのだという大いなる希望を与えてくれます。
 私は、広島と長崎の原爆投下から生き延びた被爆者の一人としてお話をします。私たち被爆者は、70年以上にわたり、核兵器の完全廃絶のために努力をしてきました。
 私たちは、世界中でこの恐ろしい兵器の生産と実験のために被害を受けてきた人々と連帯しています。長く忘れられてきた、ムルロア、インエケル、セミパラチンスク、マラリンガ、ビキニなどの人々と。その土地と海を放射線により汚染され、その体を実験に供され、その文化を永遠に混乱させられた人々と。


 私たちは、被害者であることに甘んじていられません。私たちは、世界が大爆発して終わることも、緩慢に毒に侵されていくことも受け入れません。私たちは、大国と呼ばれる国々が私たちを核の夕暮れからさらに核の深夜へと無謀にも導いていこうとする中で、恐れの中でただ無為に座していることを拒みます。私たちは立ち上がったのです。私たちは、私たちが生きる物語を語り始めました。核兵器と人類は共存できない、と。


 今日、私は皆さんに、この会場において、広島と長崎で非業の死を遂げた全ての人々の存在を感じていただきたいと思います。皆さんに、私たちの上に、そして私たちのまわりに、25万人の魂の大きな固まりを感じ取っていただきたいと思います。その一人ひとりには名前がありました。一人ひとりが、誰かに愛されていました。彼らの死を無駄にしてはなりません。
 米国が最初の核兵器を私の暮らす広島の街に落としたとき、私は13歳でした。私はその朝のことを覚えています。8時15分、私は目をくらます青白い閃光(せんこう)を見ました。私は、宙に浮く感じがしたのを覚えています。
 静寂と暗闇の中で意識が戻ったとき、私は、自分が壊れた建物の下で身動きがとれなくなっていることに気がつきました。私は死に直面していることがわかりました。私の同級生たちが「お母さん、助けて。神様、助けてください」と、かすれる声で叫んでいるのが聞こえ始めました。
 そのとき突然、私の左肩を触る手があることに気がつきました。その人は「あきらめるな! (がれきを)押し続けろ! 蹴り続けろ! あなたを助けてあげるから。あの隙間から光が入ってくるのが見えるだろう? そこに向かって、なるべく早く、はって行きなさい」と言うのです。私がそこからはい出てみると、崩壊した建物は燃えていました。その建物の中にいた私の同級生のほとんどは、生きたまま焼き殺されていきました。私の周囲全体にはひどい、想像を超えた廃虚がありました。
 幽霊のような姿の人たちが、足を引きずりながら行列をなして歩いていきました。恐ろしいまでに傷ついた人々は、血を流し、やけどを負い、黒こげになり、膨れあがっていました。体の一部を失った人たち。肉や皮が体から垂れ下がっている人たち。飛び出た眼球を手に持っている人たち。おなかが裂けて開き、腸が飛び出て垂れ下がっている人たち。人体の焼ける悪臭が、そこら中に蔓延(まんえん)していました。
 このように、一発の爆弾で私が愛した街は完全に破壊されました。住民のほとんどは一般市民でしたが、彼らは燃えて灰と化し、蒸発し、黒こげの炭となりました。その中には、私の家族や、351人の同級生もいました。
 その後、数週間、数カ月、数年にわたり、何千人もの人たちが、放射線の遅発的な影響によって、次々と不可解な形で亡くなっていきました。今日なお、放射線は被爆者たちの命を奪っています。


 広島について思い出すとき、私の頭に最初に浮かぶのは4歳のおい、英治です。彼の小さな体は、何者か判別もできない溶けた肉の塊に変わってしまいました。彼はかすれた声で水を求め続けていましたが、息を引き取り、苦しみから解放されました。
 私にとって彼は、世界で今まさに核兵器によって脅されているすべての罪のない子どもたちを代表しています。毎日、毎秒、核兵器は、私たちの愛するすべての人を、私たちの親しむすべての物を、危機にさらしています。私たちは、この異常さをこれ以上、許していてはなりません。


 私たち被爆者は、苦しみと、生き残るための、そして灰の中から生き返るための真の闘いを通じて、この世に終わりをもたらす核兵器について世界に警告しなければならないと確信しました。くり返し、私たちは証言をしてきました。
 それにもかかわらず、広島と長崎の残虐行為を戦争犯罪と認めない人たちがいます。彼らは、これは「正義の戦争」を終わらせた「よい爆弾」だったというプロパガンダを受け入れています。この神話こそが、今日まで続く悲惨な核軍備競争を導いているのです。


 9カ国は、都市全体を燃やし尽くし、地球上の生命を破壊し、この美しい世界を将来世代が暮らしていけないものにすると脅し続けています。核兵器の開発は、国家の偉大さが高まることを表すものではなく、国家が暗黒のふちへと堕落することを表しています。核兵器は必要悪ではなく、絶対悪です。


 今年7月7日、世界の圧倒的多数の国々が核兵器禁止条約を投票により採択したとき、私は喜びで感極まりました。かつて人類の最悪のときを目の当たりにした私は、この日、人類の最良のときを目の当たりにしました。私たち被爆者は、72年にわたり、核兵器の禁止を待ち望んできました。これを、核兵器の終わりの始まりにしようではありませんか。
 責任ある指導者であるなら、必ずや、この条約に署名するでしょう。そして歴史は、これを拒む者たちを厳しく裁くでしょう。彼らの抽象的な理論は、それが実は大量虐殺に他ならないという現実をもはや隠し通すことができません。「核抑止」なるものは、軍縮を抑止するものでしかないことはもはや明らかです。私たちはもはや、恐怖のキノコ雲の下で生きることはしないのです。


 核武装国の政府の皆さんに、そして、「核の傘」なるものの下で共犯者となっている国々の政府の皆さんに申し上げたい。私たちの証言を聞き、私たちの警告を心に留めなさい。そして、あなたたちの行動こそ重要であることを知りなさい。あなたたちは皆、人類を危機にさらしている暴力システムに欠かせない一部分なのです。私たちは皆、悪の凡庸さに気づかなければなりません。


 世界のすべての国の大統領や首相たちに懇願します。核兵器禁止条約に参加し、核による絶滅の脅威を永遠に除去してください。
 私は13歳の少女だったときに、くすぶるがれきの中に捕らえられながら、前に進み続け、光に向かって動き続けました。そして生き残りました。今、私たちの光は核兵器禁止条約です。この会場にいるすべての皆さんと、これを聞いている世界中のすべての皆さんに対して、広島の廃虚の中で私が聞いた言葉をくり返したいと思います。「あきらめるな! (がれきを)押し続けろ! 動き続けろ! 光が見えるだろう? そこに向かってはって行け」


 今夜、私たちがオスロの街をたいまつをともして行進するにあたり、核の恐怖の闇夜からお互いを救い出しましょう。どのような障害に直面しようとも、私たちは動き続け、前に進み続け、この光を分かち合い続けます。この光は、この一つの尊い世界が生き続けるための私たちの情熱であり、誓いなのです。



 私たちもまた、「あきらめるな! (がれきを)押し続けろ! 動き続けろ! 光が見えるだろう? そこに向かってはって行け」、とのサーロー節子さんの声に復唱しながら前に進もう。





by asyagi-df-2014 | 2017-12-13 06:23 | 持続可能な社会 | Comments(0)

「二度と朝鮮半島を戦場にしてはならない  米朝は武力ではなく対話による解決を」。

 ベテランズ・フォー・ピース・ジャパン(VFPJ)の井筒高雄代表は4日、都内で記者会見した。
この会見で、井筒高雄代表は「ミサイル発射を続ける北朝鮮に対する日米両政府の対応について、「さらなる圧力が行き着く先は、軍事行動しかない」と警鐘を鳴らし、外交交渉で解決するよう求めた。沖縄を含む在日米軍基地がある地域が巻き込まれる可能性」(沖縄タイムス)を指摘した。
 また、沖縄タイムスは、井筒高雄代表の次の指摘を伝えた。


(1)圧力や経済制裁は「失敗している」とし、軍事行動に行き着きかねない状況を指摘。安倍晋三首相が軍事行動を示唆するトランプ米大統領と電話会談を重ねたり、小野寺五典防衛相が集団的自衛権を行使可能な存立危機事態の認定に言及したりしていることに「本当にそこまでの覚悟があるのか」と疑問を呈した。
(2)自衛隊が巻き込まれる可能性も指摘し、「基地がある地域は沖縄に限らず、攻撃対象としてのリスクは上がる」と強調した。
(3)地対空誘導弾パトリオット(PAC3)などを中心とした今の日本のミサイルへの対処能力については、「北朝鮮のミサイルが単発ならやりようがあるが、複数発射されたら守れる能力、迎撃態勢はまったく不十分だ」と指摘した。


 なお、2017年8月17日、ベテランズ・フォー・ピース・ジャパン(VFPJ)はほかの35団体とともに、「二度と朝鮮半島を戦場にしてはならない  米朝は武力ではなく対話による解決を」、との緊急声明を発表した。
 この緊急声明は、「私たちは現在の米国と朝鮮民主主義人民共和国の間の対立による戦争の危機に対し、東アジア地域に暮らす市民として強い恐怖を感じている。そして、私たちは、この危機を回避するために、米朝両政府に対しては、いかなる挑発的言動も、いかなる軍事的行動も自制するよう強く求めます。また、日本 政府と韓国政府には朝鮮半島の緊張を高める米軍との合同軍事演習の中止を強く求めます。」、と主張している。
また、具体的に次のような要求を。各国に示している。


(1)朝鮮民主主義人民共和国に対してはグアム島周辺に向けてのミサイル発射の自制 を求めます。
(2)米国に対しては、同国に対するいかなる先制を含む軍事的攻撃を行わないことを国際社会に約束することを求めます。
(3)また、朝鮮戦争の現在の停戦協定から包括的な平和協定締結に向けて早急かつ具体的な対話を行うことを強く求めます。
(4) 韓国、ロシア、中国、日本の各国政府に対しては、米朝のリーダーに対し挑発的 言動の停止を即刻要求すること、そして米朝の外交交渉再開への支援、また6者協議の再開に向けて早急に最大限の努力を行うことを求めます。


 
 昨今の状況は、より一層戦争へのキナ臭さを感じさせるものになっている。
この緊急声明は、最後にこのようにまとめている。


Ⅰ.1950年に勃発した朝鮮戦争において朝鮮・韓国の市民300万人以上が犠牲とな り、ヒロシマ・ナガサキでは原爆によって20万人以上の市民が犠牲となりました。
Ⅱ.私たちはこのような非人道的悲劇を二度と繰り返してはなりません。そして、万が一、再び朝鮮半島で軍事衝突が発生すれば中国、ロシアという核保 有国をも巻き込んだ東北アジア全域での核戦争へと発展する可能性があると言わ ざるを得ません。
Ⅲ.国際社会は今年7月、核兵器禁止条約を生み出し、核兵器廃絶という人類にとっ て重要な人道的目標に向かい歩みを始めました。今回の大陸間弾道ミサイルを巡 る緊張はまさに、その目標達成に向けての最大の試練です。
Ⅳ.私たちは、朝鮮半島の緊張を生み出している当事国の政府が人間の理性に基づ き、朝鮮半島の恒久平和と非核化の実現に向けて真摯に対話を始めることを切に要求します。


 あらためて、この緊急声明を繰り返し要求する。


 私たちは、朝鮮半島の緊張を生み出している当事国の政府が人間の理性に基づ き、朝鮮半島の恒久平和と非核化の実現に向けて真摯に対話を始めることを切に要求します。




by asyagi-df-2014 | 2017-09-06 06:13 | 持続可能な社会 | Comments(0)

高校生平和大使は国連軍縮会議での核廃絶演説ができなかった。

 「軍縮会議の様子を議場上の傍聴席から見守る高校生平和大使ら」と題された何とも言えない脱落感を醸し出す朝日新聞の8月23日付けの写真が、日本という国の現状を映し出しているではないか。
 朝日新聞は2017年8月23日、標題について、このように伝えた。


(1)核廃絶と世界平和を訴える第20代高校生平和大使の22人が22日、スイス・ジュネーブの国連欧州本部を訪れ、軍縮会議本会議を傍聴した。2014年から16年にかけて、代表の高校生が本会議で日本政府代表団の一員として演説する機会を与えられてきたが、今年は実現しなかった。
(2)在ジュネーブ日本政府代表部は本会議での高校生の演説について、「問題視する国があった。軍縮会議では全会一致で議決するのがルールなので、指摘を重んじた」と見送った理由を説明した。日本政府が不参加を表明している核兵器禁止条約と、今回の決定は関係がないとしている。
(3)代わりに在ジュネーブ日本政府代表部で前日21日夕に開かれた高見沢将林(のぶしげ)・軍縮大使主催のレセプションで、招待された外交官や国際機関職員らに対して発言する機会を与えられた。広島大学付属高校2年の小林美晴さん(16)は、曽祖母が原爆で犠牲になったことに触れて「核なき世界のために、被爆者の声を世界の人々に伝えていきます」と英語で演説すると、大きな拍手が起きた。
(4)一行は22日午後、核廃絶と世界平和を求める21万4300筆の署名を国連軍縮部幹部に手渡した。


 このことを、2017年8月25日の西日本新聞社説(「高校生平和大使 核廃絶へ尊い20年の活動」)及び2017年8月26日の毎日新聞社説(「核廃絶の高校生演説見送り 外務省はだれを守るのか」)で考える。
 これまでの高校生平和大使の活動を、西日本新聞は次のように紹介する。


(1)核兵器廃絶を訴える高校生平和大使の活動が20年目を迎えた。戦争や被爆の体験が風化する中、若者による活動の意義は大きい。
(2)インドとパキスタンが核実験をした1998年、長崎の平和団体が被爆地の声を世界に伝えようと、未来を担う高校生を国連に派遣したのが始まりだった。
(3)高校生大使は毎春、公募で選ばれ、1年交代で後輩に引き継がれる。これまで国内外の約200人が務めた。長崎や広島を訪れる修学旅行生との交流、各地の活動報告会のほか、4年目からは核兵器廃絶署名を集めて国連に届ける。署名は計160万筆を超えた。
(4)炎天下の夏も雪が舞う冬も、街頭に立ち核兵器廃絶を訴える歴代高校生大使の地道な活動は尊い。
(5)今年も22人の平和大使が今月21、22両日、スイス・ジュネーブの国連欧州本部を訪れ、1年分の約21万4千筆の署名を提出した。国連での核兵器禁止条約採択も反映し、署名は過去最多となった。


 また、毎日新聞は、このことに関しての経過と問題点を次のように指摘する。


(1)演説は3年前から始まったが、特例的な演説を問題視する国があり、今年は実施に必要な全会一致の賛同を得られなかったという。政府間交渉の場である軍縮会議での民間人の演説は確かに異例だ。それが定例となったのは、唯一の被爆国である日本の高校生が被爆者の声を伝え、核廃絶を訴える意義を各国が認め合っていたからだろう。
(2)その貴重な機会が奪われた。とても残念だ。
(3)高校生大使は全国の高校生が核廃絶の署名を集め国連に届ける活動だ。今年は20年目で過去最多の21万4300筆の署名が集まった。2014年には日本政府代表団の一員に登録することで演説が実現し、昨年まで続けられた。
(4)異議を唱えた国を政府は明らかにしていない。被爆国の立場を強調することに反発する近隣国もあれば、核廃絶をけん制する友好国もある。問題は演説を続けられるよう日本がどれだけ外交努力を払ったかだ。
(5)政府は軍縮大使主催のレセプションで発言の場を設けたが、社交的な場でもあり、公式の本会議での演説とは発信力も異なる。
(6)本会議では北朝鮮の核・ミサイル開発を巡り米国と北朝鮮が非難し合い、核問題が大きな論点になった。そういうときこそ、核廃絶や世界平和を願う若者たちの訴えに耳を傾けるべきではなかったか。
(7)7月には核兵器禁止条約が国連で採択された。日本は交渉に参加せず、条約への署名もしない方針だ。外務省は政府の条約反対の立場と演説見送りは無関係だと言う。だが、条約を歓迎する高校生たちが政府見解と異なる意見を表明しないかと憂慮したのではないか、という見方もある。
(8)疑念をきっぱり否定するなら、来年以降、本会議での演説を復活できるよう尽力してほしい。


 西日本新聞は、今回のことについて、「平和大使の純粋な訴えはきっと世界へ通じると信じたい。」、とまとめる。
 しかし、「政府は軍縮大使主催のレセプションで発言の場を設けたが、社交的な場でもあり、公式の本会議での演説とは発信力も異なる。」(毎日新聞)ことは、どうしようもない事実である。また、最初に「始める」ことを勝ち取った時の大変さよりも、一度失ったものを再度始めることの困難さは計り知れない。
 やはり、問われなければならないのは、「異議を唱えた国を政府は明らかにしていない。被爆国の立場を強調することに反発する近隣国もあれば、核廃絶をけん制する友好国もある。問題は演説を続けられるよう日本がどれだけ外交努力を払ったかだ。」(毎日新聞)、ということだ。
 毎日新聞は、「条約を歓迎する高校生たちが政府見解と異なる意見を表明しないかと憂慮したのではないか」、というこの報道を受けた多くの者が抱いた疑念について、「疑念をきっぱり否定するなら、来年以降、本会議での演説を復活できるよう尽力してほしい。」と記す。
 そして、「悲惨な歴史を受け継ぎ、世界に発信する若者の活動がなくては、被爆国の経験は歴史に埋もれてしまう。政府が優先すべきは、一部の異論に折れるのではなく、若き語り部の活動を守り、後押しすることだ。」、と書き込む。


 核兵器禁止条約への日本は交渉に参加せず、条約への署名もしないという安倍晋三政権の方針が、「高校生平和大使は国連軍縮会議での核廃絶演説ができなかった。」という状況を生みだしてしまった。
確かに、今必要なことは、日本という国が、「悲惨な被爆国の歴史を受け継ぎ、世界に発信する若者の活動」を支えることである。




by asyagi-df-2014 | 2017-09-02 06:05 | 持続可能な社会 | Comments(0)

沖縄ジュゴン訴訟控訴審判決を見る。

 沖縄タイムスは、2017年8月23日、標題について、次のように報じた。


(1)沖縄県名護市辺野古の新基地建設は米文化財保護法(NHPA)に違反するとして、日米の自然保護団体などが米国防総省に同法を順守するまでの工事停止を求めた『沖縄ジュゴン訴訟』の控訴審判決が21日(現地時間)、米サンフランシスコ第9巡回区控訴裁判所であった。同裁判所は『原告には訴訟を起こす資格(原告適格)があり、主張は政治的ではない』と指摘。原告側の主張を一部認めて一審の同連邦地裁判決を破棄し、審理を地裁に差し戻した。
(2)原告側によると、同省は連邦地裁での審理に応じるか、判決を不服として連邦最高裁に上告することができるという。今後の裁判所の審理によっては、工事が一時的に停止する可能性がある。
(3)判決で同控訴裁判所は、原告には米国防総省に対し、①ジュゴンの保護措置をせずに埋め立て工事をすることは違法だと確認する、②日本政府へ出す辺野古沿岸部への立ち入り許可の事前差し止めを求める―両利益があると判示。埋め立て工事の一時停止につながる差し止め請求ついては、「政治的な問題ではない」と指摘した。


 この沖縄ジュゴン訴訟について、 沖縄タイムスは2017年8月23日に、「[ジュゴン訴訟差し戻し]米世論をかき立てたい」、琉球新報は2017年8月24日に「米ジュゴン訴訟 差し戻しは賢明な判断」、とそれぞれ社説で論評した。
 残念ながら、2017年8月24日以前に、沖縄県の2紙紙以外に沖縄ジュゴン訴訟を社説で扱った新聞社はない。
 したがって、沖縄ジュゴン訴訟を、この2紙から考える。
この沖縄ジュゴン訴訟控訴審判決の意味を2紙は、次のように押さえる。


Ⅰ.沖縄タイムス


(1)門前払いから一転、控訴審判決は審理を連邦地裁に差し戻した。原告側主張が認められた。意義は大きい。
(2)判決は「原告には訴訟を起こす資格(原告適格)があり、請求は政治的でない」として一審の連邦地裁判決を破棄、審理を地裁に差し戻した。原告が国防総省を訴える権利が認められ、地裁では新基地建設でジュゴン保護の義務が尽くされているか再検証を迫られる可能性が出てきた。
(3)「新基地建設計画は進んでいる」との国防総省の主張に対しても、判決は「これまでの歴史で何度も停止し、再開や計画の変更を繰り返してきた」と判示している。納得できる指摘だ。
(4)控訴審判決に関し、原告の米環境団体幹部は「現在の基地建設計画では、ジュゴンは生息できない」と断言する。気掛かりなのは、大浦湾を含む周辺海域に生息するジュゴン3頭のうち1頭が15年6月以来確認されていないことだ。音に敏感で、防衛省が大浦湾で海底の掘削調査を進めていた時期と重なるからだ。
(5)控訴審判決は米国の法廷で新基地建設の正当性を問う場ができたことを意味する。米国の世論をかき立てることにもつなげたい。


Ⅱ.琉球新報


(1)名護市辺野古の新基地建設を巡り当事国である米国で、司法が賢明な判断を下した。
(2)一審の連邦地裁は、外交や防衛問題には司法が介入できないとする「政治的問題の法理」を採用して実質審理を避けた。しかし、今回の連邦高裁は、原告には訴訟を起こす資格「原告適格」があると判断した。今後、ジュゴン保護の実質審理を通して、新基地建設の不条理を米国民に訴える意義は大きい。
(3)原告側が訴えの根拠としたのは米国の国家歴史保存法(文化財保護法、NHPA)だ。米政府に国内だけでなく他国の法で保護された文化財も保護対象とすると定めている。原告はこれまで、ジュゴンは日本の文化財保護法に基づく天然記念物であり、米政府は保護する義務があると主張してきた。
(4)一審の中間判決は、国防総省がジュゴンの保護計画を作成していないことは違法との判断を示していた。このため国防総省は「ジュゴンへの影響はない」と結論づけた報告を提出した。日本政府の環境アセスメントなどを踏襲した内容だが、日本のアセスは生物多様性への影響を十分考慮したものとは言えない。一方、連邦高裁は「環境分析を終え最終的な計画を策定した上で、普天間飛行場代替施設計画(FRF)に着手している」という日本政府の主張に納得していない。「一時停止や再開、計画変更を繰り返しているのが現状だ」と指摘しているからだ。
(5)指摘のように沖縄防衛局は新たな海上ボーリング調査を計画している。海上ヤードの設置も取りやめとなっており、今後、設計や工法など工事計画が大幅に変更される可能性が浮上している。変更するならNHPAに基づく新たな分析が必要になるだろう。連邦高裁からすれば「議論は収束していない」のである。差し戻し審で、ジュゴン保護に関する審理が尽くされることを期待する。


 今回の沖縄ジュゴン訴訟の控訴審判決から、沖縄の2紙をまとめると、次のことが言える。


Ⅰ.地裁では新基地建設でジュゴン保護の義務が尽くされているか再検証を迫られる可能性が出てきた。また、連邦高裁からすれば「議論は収束していない」のである。差し戻し審で、ジュゴン保護に関する審理が尽くされなければならない。
Ⅱ.今後、設計や工法など工事計画が大幅に変更される可能性が浮上している。変更するならNHPAに基づく新たな分析が必要になる。
Ⅲ.日本政府は、米国で差し戻し審の結果が出るまで、新基地建設工事を中止しなければならない。
Ⅳ.沖縄防衛局のジュゴン生息調査で、辺野古北側の嘉陽沖や西海岸の古宇利島沖などでジュゴン3頭を確認していた。しかし、3頭のうち1頭が2015年6月を最後に約2年間、同じ海域で確認できていない。ジュゴンが来ないのは、新基地建設工事に伴い大きな環境変化が生じ、ジュゴンの生息に影響を与えたことの証拠だ。環境は保全されていないのである。差し戻し審で、ジュゴンに影響なしとした国防総省の報告を、しっかり検証しなければならない。




by asyagi-df-2014 | 2017-08-30 07:05 | 持続可能な社会 | Comments(0)

「核兵器禁止条約」の採択を日弁連会長声明から読む。

 「核兵器禁止条約」が2017年7月7日、国連で採択された。
 このことを、朝日新聞は2017年7月7日、「核兵器の使用や保有などを法的に禁ずる核兵器禁止条約が7日午前(日本時間7日深夜)、米ニューヨークの国連本部で開かれている条約交渉会議で採択された。広島と長崎への原爆投下から72年。『ヒバクシャにもたらされた苦痛』との一節を前文に入れ、人道的見地から核兵器の存在を否定する条約が誕生した。」、と伝えていた。
日本弁護士連合会は、2017年7月10日、「『核兵器禁止条約』の採択に関する会長声明」
を発表した。
この声明を読む。


Ⅰ.日弁連の立場

(1)当連合会は、本年3月27日から始まった「核兵器のない世界」を国際法規範として確立することを目的とする史上初の本国連会議に注目し、6月6日付けで「『核兵器禁止条約』の早期実現を求める会長声明」を発表するとともに、NGOとして参加し、同国連会議の第二会期中の6月19日には、 当連合会の代表が発言を行った。
(2)当連合会が1954年の第5回定期総会において、「原子力の国際管理、平和利用、原子兵器の製造、使用、実験禁止に関する宣言」を行い、1978年には当連合会独自の「核兵器使用禁止条約案」を発表し、当時のワルトハイム国連事務総長に提出するなど、核兵器禁止条約締結を求めてきた歴史を振り返るとき、今回の条約採択については、当連合会としても、高く評価し、心から歓迎する。


Ⅱ.「核兵器禁止条約」の意義

(1)核兵器の完全な廃絶こそ、核兵器が再び使用されない唯一の方法であるとして(前段第2段)、核兵器の使用がもたらす「壊滅的な結果に対して、人類は適切に対処できない上、その影響は国境を越え、人類の生存、環境、社会経済的な発展、世界経済、食料の安全及び現在と将来の世代の健康に重大な影響を与え、しかも、電離放射線の影響を含めて女性及び少女の健康に対し均衡を失する悪影響を及ぼす」(前段第4段)とし、その使用は、「武力紛争に適用される国際法の規則、特に国際人道法の原則及び規則に違反する」(前段第9段)ことを確認したことは、これまでの当連合会の意見と一致するものである。
(2)締約国に課される法的義務としての核兵器その他核爆発装置についての禁止行為(第1条)として、「使用」だけでなく「使用の威嚇」を加えたこと、他に「開発、実験、生産、製造、その他の方法による取得・保有・貯蔵」、更には「移譲、直接・間接の受領、禁止行為の援助・奨励・勧誘、配置・配備・設置の許可」を含めて、これら全てを禁止したことは画期的である。
(3)被爆者の声を受け入れ、「核兵器の使用又は実験によって影響を受けた自国の管轄下にある個人について、適用可能な国際人道法及び国際人権法に従い、医療をはじめリハビリテーションや心理的な支援を含めて、年齢及び性別に配慮した援助を適切に提供し、社会的・経済的に社会に包摂されるようにする」ことを締約国の義務とし(第6条第1項)、さらに、採択に当たり、「過去に核兵器またはその爆発装置の使用を行った締約国は、犠牲者の援助のために、影響を与えた他の締約国に対し、十分な援助を行う責任を有する」ことを定めたこと(第7条第6項)の意義も大きい。


Ⅲ.日弁連の主張

(1)当連合会は、1950年の第1回定期総会において、「地上から戦争の害悪を根絶し、平和な世界の実現を期する」と宣言して以降、繰り返し核兵器の廃絶や被爆者の援護を求め、世界の諸国間で核兵器禁止条約が締結されるよう提言してきた。
(2)その立場からすれば、当面は締約国間の法的義務を定める本条約が、「締約国会議及び検討会議に、条約の締約国ではない国及び国際連合その他関連する国際機関、地域的機関、赤十字国際委員会、国際赤十字・赤新月社連盟、関連する非政府機関をオブザーバーとして出席するよう招請する」(第8条第5項)としたことは、今後の核兵器禁止条約の国際的な広がりと市民社会の世論形成にとって有益であると評価する。
(3)また、このことは、日本政府が、原子爆弾の投下による被害を受けた唯一の被爆国として、積極的な役割を果たす礎となることを期待するものである。


 確かに、核兵器の使用は、「武力紛争に適用される国際法の規則、特に国際人道法の原則及び規則に違反する」(前段第9段)、とされたことの意味は大きい。
 また、「締約国に課される法的義務としての核兵器その他核爆発装置についての禁止行為(第1条)として、「使用」だけでなく『使用の威嚇』を加えたこと、他に『開発、実験、生産、製造、その他の方法による取得・保有・貯蔵』、更には『移譲、直接・間接の受領、禁止行為の援助・奨励・勧誘、配置・配備・設置の許可』を含めて、これら全てを禁止したこと」は素晴らしいことである。
 問題は、日本政府のあり方である。




by asyagi-df-2014 | 2017-07-26 07:31 | 持続可能な社会 | Comments(0)

「ヒバクシャにもたらされた苦痛」との一節を前文に入れた核兵器禁止条約が、米ニューヨークの国連本部で開かれている条約交渉会議で採択。

 朝日新聞は2017年7月8日、標題について次のように報じた。


(1)核兵器の使用や保有などを法的に禁ずる核兵器禁止条約が7日午前(日本時間7日深夜)、米ニューヨークの国連本部で開かれている条約交渉会議で採択された。広島と長崎への原爆投下から72年。「ヒバクシャにもたらされた苦痛」との一節を前文に入れ、人道的見地から核兵器の存在を否定する条約が誕生した。
(2)この日の交渉会議には国連加盟193カ国中124カ国が出席。投票の結果122カ国が賛成した。北大西洋条約機構(NATO)に加わるオランダが反対。シンガポールは棄権した。
(3)条約は核兵器の使用、開発、実験、製造、取得、保有、貯蔵、移転など幅広く禁止。当初案で除外されていた、核使用をちらつかせる「脅し」の禁止も最終的に盛り込まれた。また、核兵器の使用や実験の影響を受けた人々に、医療などの援助を提供することもうたった。
(4)9月20日から各国の署名手続きが始まる。批准国数が50カ国に達した後、90日をへて発効する。ただし、批准しない国には効力がない。条約推進国側は、核兵器の「非人道性」を強調することで国際世論を喚起し、核兵器の廃絶を後押しする狙いがある。
(5)日本政府は3月の交渉会議で「北朝鮮の脅威といった現実の安全保障問題の解決に結びつくとは思えない」と表明し、5核保有国などと歩調を合わせてボイコットした。米国の「核抑止力」を国家安全保障の柱に据える国々は、近い将来の条約加盟が見通せない状況だ。(ニューヨーク=松尾一郎、金成隆一)
(6)核兵器禁止条約が採択された。前文は「核兵器使用の犠牲者(ヒバクシャ)と核兵器実験の被害者にもたらされた苦痛と被害を心に留める」とうたう。核兵器は国家安全保障の「必要悪」などではなく、人類に被害をもたらす「絶対悪」だと訴えてきた広島・長崎の被爆者の願いが盛り込まれた形だ。
(6)米ソ冷戦期のピーク時に7万発超あった核兵器は約1万5千発にまで減った。とはいえ、核保有国が核軍縮の「段階的アプローチ」の第一歩と位置づける包括的核実験禁止条約(CTBT)は、成立から20年余り経っても米国や中国などが批准しないため、今も発効していない。大多数の非核保有国はこうした現状に強く異議を唱え、世界の核被害者らとともに「人道的アプローチ」を進めてきた。
(7)2013~14年に「核兵器の人道的影響に関する国際会議」を開催。広島・長崎の被爆者や世界各地の核実験場の風下被曝(ひばく)者らの証言を聞き、「核と人類は共存できない」と結論づけた。こうした世界の核被害を国際社会が再認識し、可視化したのが核兵器禁止条約だ。条約には「放射線の女性への悪影響」や「被害者支援と環境回復」など、「風下」の核被害者らの視点が多く盛られた。「核兵器は非人道的で使えない」との「悪の烙印(らくいん)」を押し、すでに禁止条約が発効している生物・化学兵器や対人地雷、クラスター弾といった非人道兵器と核兵器を同列に並べることで、核兵器に対する価値観の大転換につなげる狙いだ。
(8)核保有国に同調して日本政府は交渉に参加しなかった。だが条約は発効後、締約国会議への非締約国のオブザーバー参加を認める。被爆国・日本が世界の核被害者たちに寄り添うかどうかが問われそうだ。


 朝日新聞は2017年7月9日、この採択を、「『核兵器のない世界』の実現に向けた歴史的な一歩だ。」、と評価した。
一方、採択について、「採決では国連に加盟する国の3分の2近い122カ国が賛成した。米ロ英仏中などの核保有国や北朝鮮は交渉をボイコットし、日本や韓国、北大西洋条約機構(NATO)加盟国など、米国の核の傘に入る国々もオランダを除いて参加しなかった。交渉では『核の使用をちらつかせる脅し』が禁止対象に加わった。核保有国はもちろん、核の傘の下の国が条約に入るのは困難になった。日本の大使は『署名しない』と断言した。」、と伝えた。
 しかし、この採択の意味を次のように解説する。


(1) 条約は国際的な規範である。発効すれば、核兵器の抑止力に頼った安全保障政策は国際法上、正当化できなくなる。その意義は大きい。
(2)すでに中南米や南太平洋、東南アジア、アフリカ、中央アジアでは核兵器を禁じる非核兵器地帯が実現している。条約で「核兵器は違法」との規範を確立することは、核に固執する国々に政策転換を迫る、さらなる圧力となるだろう。そうした国々の政治家や国民に認識してもらいたいのは、核兵器の非人道性だ。
(3)広島、長崎で20万人以上が殺され、生き延びた人も放射線の後遺症に苦しむ。核保有国は戦後も世界中で2千回を超す核実験を繰り返し、先住民を中心に多くの人々を被曝(ひばく)させた。条約の前文は、核兵器使用の犠牲者(ヒバクシャ)や核実験被害者の「受け入れがたい苦痛と被害」に触れた。核がもたらす非人道的な結末を二度と繰り返してはならない、という固い決意が込められている。


 また、日本政府の姿勢については、次のように批判する。


(1)この点で国際社会を失望させたのは、交渉を冒頭で退席した日本政府だ。被爆国でありながら、米国の核の傘に頼る安全保障政策を変えようとしない。
(2)核・ミサイル開発を急ピッチで進める北朝鮮は深刻な脅威だ。一方の北朝鮮は、米国の核こそ脅威だと反論する。双方が核に依存し続ける限り、核が使われるリスクは消えず、核兵器のない世界も近づかない。
(3)日本は、条約成立へ向けた各国の動きを、核の傘からの脱却をはかる機会ととらえ、その道筋を真剣に考えるべきだ。


 さらに、朝日新聞は、「条約は、加盟国が集まる会合に、非加盟国がオブザーバーとして参加できる規定も盛り込んだ。日本はこうした機会を積極的に生かし、条約への早期加盟の可能性を探ってほしい。」、と結んだ。


 ここでもまた、「米国の目下の政府として、対米従属政策を『国是』としてきた」日本という構図が際立つ。


 朝日新聞は、こうも伝える。


 核兵器禁止条約採択後の7日午後(日本時間8日早朝)、米ニューヨークの国連本部。カナダ在住の被爆者、サーロー節子さん(85)の力強い声が響く。

 「私はこの日を70年以上待ち続けていました」
 明瞭で、訴えかけるような英語のスピーチに、各国代表やNGO関係者らがじっと耳を傾ける。
 これまでの核抑止政策を失敗と断じ、「我々は取り返しのつかない環境汚染を繰り返しません。将来世代の命を危険にさらすことを続けません。世界各国の指導者たちに懇願します。もしあなたがこの惑星を愛しているのなら、この条約に署名してください」。
 最後は、こう締めくくった。
 「核兵器はこれまでずっと、道徳に反するものでした。そして今では、法律にも反するのです。一緒に世界を変えていきましょう」


 やはり、「核兵器はこれまでずっと、道徳に反するものでした。そして今では、法律にも反するのです。一緒に世界を変えていきましょう」、との声に続こうではないか。





by asyagi-df-2014 | 2017-07-16 06:05 | 持続可能な社会 | Comments(0)

今村復興相が、「自主避難は『本人の責任』」、と言い放つ。

 朝日新聞は2017年4月5日、標題について、「今村雅弘復興相は4日午前の閣議後会見で、東京電力福島第一原発事故で今も帰れない自主避難者について、国が責任を取るべきでは、との記者の問いに対し、『本人の責任でしょう。(不服なら)裁判でも何でもやればいいじゃないか』と発言した。記者が重ねて質問すると『出て行きなさい』などとして質問を打ち切った。同日夕、記者団に『感情的になったのはおわびする』と釈明したが、自主避難者への発言は『私は客観的に言ったつもりだ』と撤回しなかった。」、と報じた。
 このことに対して、原子力損害賠償群馬弁護団(団長鈴木克昌弁護士)は、2017年4月5日付けで、「今村雅弘復興大臣の発言に対する抗議声明」を今村雅弘復興大臣に送付しています。

 この声明に基づき、大事なことを確認します。
 まず、自己責任発言についてです。

Ⅰ.前橋地方裁判所(原道子裁判長)は,福島県から群馬県に避難した原告などが国と東京電力を相手に提起した損害賠償請求訴訟において,国に東京電力と同等の賠償責任を認めた上,原告となった自主避難者のほとんどの人について,避難することが合理的であったこと,また,種々の理由で避難を継続していることも合理的であることを認めました。
 すなわち,上記前橋地裁判決は,自主避難者が避難したことや避難を継続していることは,自己責任ではなく,国に法的な責任があることを認めていること。
 
 次に、政治家としての使命に関してです。

Ⅱ.三権分立の下では,行政府は,司法によって具体的な事件を通じて国民の権利利益を擁護すべき判断が下されたときは,その判断を真摯に受け止める必要があります。今村復興大臣の上記発言は,三権分立の理解に欠けているものと言わざるを得ません。

 あわせて、声明に触れられている次の事項についても、極めて不当なものであると言えます。

Ⅲ.「それなりに国の責任もありますねと言った。しかし,現実問題として,補償の金額はご存知のとおりの状況でしょう。」と述べています。
 上記発言は,明らかに上記前橋地裁判決を念頭に置いた発言です。このような発言は,我々の依頼者が裁判に訴えなければならなかった事情を全く知らないが故の極めて軽率な発言であるとともに,我々の依頼者である原告を侮辱するものである。




by asyagi-df-2014 | 2017-04-06 08:14 | 持続可能な社会 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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