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「水銀に関する水俣条約」が、2017年8月16日に発効。

 「水銀に関する水俣条約」が2017年8月16日に発効した。
 このことについて、毎日新聞は2017年8月16日、次のように報じた。


(1)水銀の環境への排出を防ぐための国際ルール「水銀に関する水俣条約」が16日に発効した。発効に伴い、水銀を含んだ蛍光灯や電池などの製品の製造や輸出入が2020年までに原則禁止されるほか、今後15年以内に水銀鉱山からの採掘もできなくなる。また途上国での零細小規模金採掘(ASGM)での水銀使用も減らすよう求める。条約事務局によると条約を締結したのは、14日現在で73カ国と欧州連合(EU)。
(2)国連環境計画(UNEP)によると、人為的に大気中へ排出されている水銀は年間約2000トン。半数以上が途上国でのASGMや、石炭など化石燃料を燃やすことによって排出される。UNEPなどは多量の水銀が排出されていることを問題視し、2009年から条約採択に向けた国際交渉を開始。13年10月に熊本県水俣市と熊本市で開かれた外交会議で採択した。
(3)採択に際しては、世界最大規模の有機水銀中毒事件「水俣病」の被害を繰り返さない決意を込めた日本の提案で、条約名に「水俣」の地名が冠された。【五十嵐和大、渡辺諒】
(4)水俣条約=骨子 :①化粧品や血圧計など水銀を含む製品の製造や輸出入を2020年までに原則禁止 。②輸出が認められた製品でも、輸入国の事前の書面同意が必要
・歯科用水銀合金使用を削減、③零細小規模金採掘は使用を削減。可能なら廃絶、④新規水銀鉱山の開発禁止。既存鉱山からの産出は発効から15年以内に禁止、⑤石炭火力発電所の水銀排出を削減


 熊本日日新聞は2017年8月16日、このことについて、「水銀による環境汚染や健康被害の防止を目指す「水銀に関する水俣条約」が発効した。世界から水俣病のような水銀被害を根絶するための確かな一歩となることを期待したい。」と記し、「水俣条約発効 まず日本政府が被害直視を」、と社説を掲げた。
 熊本日日新聞は、その経過と意義について、次のようにまとめる。


 条約は2013年10月、水俣、熊本両市で開いた外交会議で採択された。35の条文と五つの付属書で構成し、採掘から廃棄まで全ての段階で規制措置を規定。水銀を使った製品は原則として20年までに製造・輸出入を禁止する。採択後、各国は国内法を整備して締結作業を進め、日本は16年2月に締結。
 今年5月、締結国が発効に必要な50カ国に達した。最大排出国の中国だけでなく、米国やEU、水銀を使用する小規模金採掘の従事者が多いブラジルなども締結国となった意義は大きいと言える。


 ただ一方で、「いまだに多くの人が健康被害や差別に苦しみ、訴訟も続いている現実がある」ことから、水俣病患者や支援者らの中には、「『水俣病が既に解決済みの問題として世界に誤解されてしまうのではないか』という懸念が強くある。」、と熊本日日新聞は押さえる。
 また、熊本日日新聞は、その懸念の理由を次のように指摘する。


(1)患者らが強く求めている不知火海沿岸住民の健康調査も実施されておらず、被害の全容は解明されていない。水銀を含む未処理の汚泥が封じ込められた水俣湾の埋め立て地の問題もある。
(2)公式確認から61年が過ぎても多くの問題がなお山積みの状態だ。そうした現状から目を背けたまま条約への対応を進めてきた日本政府に対し、患者らはもどかしさと割り切れなさを感じている。


 さらに、熊本の水俣病患者や支援者らの「声」や「思い」-「いずれも、条約発効が水俣病問題の幕引きに利用されることを警戒してのことだ。」-を、次のように届ける。


(1)7月1日、水俣市で一足早く開かれた発効記念行事。国連環境計画や環境省の関係者が顔をそろえる中、水俣病語り部の会の緒方正実会長は「水俣病は解決していない。公害が起きれば、人々は長い間向き合わなければならない」と訴えた。
(2)一般参加者として式典を見守った水俣病被害者互助会の佐藤英樹会長も「いまだに苦しんでいる被害者がいることを多くの人に知ってもらいたい」と注文した。
(3)胎児性患者の坂本しのぶさんは、9月にスイスのジュネーブで開かれる第1回締約国会議(COP1)に合わせて現地入りする。坂本さんの欧州訪問は、1972年にスウェーデンのストックホルムで開かれ、水俣病の存在を世界に伝えた国連人間環境会議以来45年ぶり。体調に不安を抱えながらもジュネーブ行きを決断させたのは、解決には程遠い水俣病の現実を再び訴えなければならないという使命感にほかならない。


 最後に、熊本日日新聞は、「条約の前文には『水俣病の教訓を認識し、水銀を適正管理することで健康被害を防ぐ』と記されている。条約が掲げる目的を達成するためには、まず日本政府が水俣病の現実を直視し、誠実に解決に取り組まなければならない。そこで得られる教訓こそ、世界の水銀被害防止にも役立つはずだ。」、と訴える。


 確かに、水俣病問題の本質は、「日本政府が水俣病の現実を直視し、誠実に解決に取り組まなければならない。」、ということにある。




by asyagi-df-2014 | 2017-08-17 05:41 | 水俣から | Comments(0)

大阪地裁は2017年5月18日、損害賠償を理由に原因企業チッソが患者認定に伴う補償を拒むのは不当として、勝訴原告2人の遺族が補償を受ける地位の確認を求めた訴訟で、遺族の訴えを認める判決を言い渡した。

 熊本日日新聞は2017年5月19日、標題について次のように報じた。


(1)水俣病関西訴訟の判決による損害賠償を理由に原因企業チッソが患者認定に伴う補償を拒むのは不当として、勝訴原告2人の遺族が補償を受ける地位の確認を求めた訴訟で、大阪地裁は18日、遺族の訴えを認める判決を言い渡した。同社は控訴するかどうかについて「コメントを差し控える」としている。
(2)遺族が求めたのは1973年、当時の患者とチッソが締結した補償協定に基づく補償。1600万~1800万円の一時金などが柱で、締結後に認定された患者にも適用する規定がある。裁判では関西訴訟で賠償された勝訴原告の場合も対象となるかどうか、協定の解釈が争われた。
(3)北川清裁判長は判決理由で「補償協定は損害賠償に関する和解契約」とする一方、「チッソが、甚大な被害をもたらした反省から損害賠償として認められる程度を超えた救済を行うと定めたと解すべきだ」と指摘。「訴訟で確定判決を得たことを患者に不利に解釈するのは相当とはいえない。賠償後に対象外とするのは協定の趣旨に反する」とし、「関西訴訟で賠償を受けた以上、全損害は補われており、補償は解決済み」としてきたチッソの主張を退けた。
(4)患者認定を巡る問題にも言及。77年に旧環境庁が示した、複数症状の組み合わせを基本要件とする判断条件について「認定範囲が実質的に縮小され、勝訴原告らのように認定を数十年待ち続ける患者が現れた」と述べた。
(5)勝訴原告2人はいずれも不知火海沿岸出身で、70年代に患者認定を申請。認定されないため関西訴訟の原告に加わり、2004年に650万円の賠償を命じる判決が確定した。2人とも死去後、行政訴訟などを経て患者認定された。
(石貫謹也、内田裕之)





by asyagi-df-2014 | 2017-05-19 11:44 | 水俣から | Comments(0)

「カナダ水俣病」の先住民が被害訴え、熊本市で講演。

 標題について、東京新聞は2017年2月18日、次のように報じた。


①「カナダ・オンタリオ州の製紙工場が1960年代に河川に流した排水に水銀が含まれ、水俣病と同じ神経障害の症状が出た先住民3人が18日、熊本市の熊本学園大で講演した。『行政の補償は不十分で、汚染も放置されたままだ』と被害対策の不十分さを訴えた。」
②「2014年に現地調査した熊本学園大水俣学研究センターが企画。花田昌宣教授によると、住民の大多数に当たる3千人近くが健康被害を受けた可能性があり、一定の症状がある住民には政府機関などで構成する『水銀障害委員会』が補償金を支払うが、受給は住民の2割程度にとどまる。カナダ政府は『カナダ水俣病』の存在を公式に認めていない。」


 「カナダ政府は『カナダ水俣病』の存在を公式に認めていない。」とは、日本の水俣病の悪しき政府対応が、そのまま踏襲されているとの批判が当てはまるのではないか。




by asyagi-df-2014 | 2017-02-19 12:04 | 水俣から | Comments(0)

水俣病-水俣病の病態解明と治療開発につながる発見。

 朝日新聞は、標題について、「国立大学法人新潟大学が、メチル水銀は血管内皮増殖因子の発現亢進により血液脳関門の障害を来すことが明らかに!-水俣病の病態解明と治療開発につながる発見」、と次のように報じた。


(1)水銀による健康被害は今なお世界中で発生していますが,新潟大学脳研究所神経内科の高橋哲哉助教及び下畑享良准教授らは,メチル水銀中毒の動物モデルを用いて,血管内皮増殖因子(VEGF)が,水俣病で侵される小脳や後頭葉に強く発現し,脳血管を破綻することを初めて発見しました。また,VEGFを中和する抗体療法は,モデル動物の症状を改善しました。これらは,水俣病の病態解明と治療開発につながる発見となります。
 本研究は,2011年より新潟大学神経内科主導で,国立水俣病総合研究センターとの共同研究として行い,2017年1月25日(水),PLOS ONE 誌(2014年IF3.234)に掲載されました。
(2)本研究成果のポイントは、①メチル水銀による脳血管への影響について,動物レベルで初めて明らかにした。②メチル水銀により,ふらつきや視野の狭窄といった症状が生じるメカニズムを明らかにした。③メチル水銀中毒の急性期治療は,メチル水銀を体内から排泄するキレート剤しかなかったが,今回の研究は新たな治療薬の開発につながる画期的なものと言える。




by asyagi-df-2014 | 2017-01-25 12:07 | 水俣から | Comments(0)

水俣-公式確認から60年、水俣病の犠牲者慰霊式。「チッソは、主人に本当に『すまなかった』と思うなら、逃げたりしないで、水俣病のことをちゃんと伝えてほしい」、と。

 熊本日日新聞は2016年10月30日、標題について次のように報じた。


(1)公式確認から60年を迎えた水俣病の犠牲者慰霊式が29日、水俣市の水俣湾埋め立て地で営まれた。患者や遺族ら約750人が犠牲者を悼み、公害の原点とされる環境破壊と深刻な被害への反省を誓った。西田弘志市長は式辞で「水俣病の歴史をしっかりと受け止め、教訓を現在、将来に生かし、次の世代に引き継ぐ」と述べた。慰霊式は、市や被害者団体などでつくる実行委主催。これまで、水俣病が公式確認された5月1日に開かれてきたが、今年は熊本地震の影響で延期されていた。
(2)「水俣病慰霊の碑」前に、患者や市民、行政、原因企業チッソの関係者らが参列。黙とうして献花台に花を手向けた。亡くなった認定患者のうち、新たに申し出のあった8人の名簿を奉納。奉納者は計396人となった。行政が認定した患者は8月末現在、熊本、鹿児島両県で計2282人で、1886人が亡くなった。
(3)「祈りの言葉」では患者・遺族を代表し、公式確認された1956年に夫を亡くした認定患者の大矢ミツコさん(90)=水俣市=が「チッソは、主人に本当に『すまなかった』と思うなら、逃げたりしないで、水俣病のことをちゃんと伝えてほしい」と語った。
(4)今後の患者認定審査について、蒲島郁夫知事は「これまで申請している人の審査を(任期中の)4年間で完了できるように、審査業務を加速させたい」と強調。就任後初めて参列した山本公一環境相は式典後、チッソの事業を担う子会社JNCの株式売却について「認定申請中の人や裁判中の人が多く、救済が完了したとは言い難い。売却を承認できる環境にはない」と述べた。


 水俣病は、終わっていない。


 以下、熊本日日新聞の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-10-30 20:26 | 水俣から | Comments(0)

水俣-水俣病救済のあり方が問われている。-対象地域外から訴え-。

 朝日新聞は2016年10月3日、「救済線引きに疑問符 1万人検診記録、医師団と朝日新聞分析 水俣病」、「水俣病救済『症状で判断を』 対象地域外から訴え」、と水俣病救済のあり方について報じた。
このことについて朝日新聞の記事を基に考える。
朝日新聞〈以下、朝日とする〉は、まず、水俣病救済のあり方の問題について始める。


 水俣病は政府が定めた地域や年代の線引きの外に広がっている――。今も続く民間医師団による検診の分析結果は、その可能性を強く示す。政府や自治体は不知火(しらぬい)海周辺の被害実態を解明しないまま、救済策の対象を限った。それが、公式確認から60年を経ても問題が解決しない要因になっている。


 朝日は、民間医師団の検診の様子を伝える。


(1)熊本県水俣市の南隣、鹿児島県出水(いずみ)市。9月25日に民間医師団の検診があった。不知火海に浮かぶ長島(鹿児島県長島町)で暮らす男性会社員(58)は、幼い頃からの手の震えや頻発する足のこむら返りが気になり、友人の勧めで受診した。
(2)男性が生まれ育った島の西側の地域には県が認定した水俣病患者はおらず、被害者救済策の対象地域外。男性も「自分には関係ないと思っていた」。ただ、高校時代には漁のアルバイトをした。卒業して上京するまで食卓には豊富な魚が上っていた。医師団はこの日、男性を含む40~80代の受診者11人を、1人当たり40分~2時間かけて検診。全員に水俣病の症状を確認した。
(3)医師団が、潜在被害の調査を続けて40年余り。検診記録は今春までの10年余で1万人超になり、その後も検診の度に症状のある人が見つかる。過去の居住歴が確認できた人は3千人を超え、検診結果を分析した結果、被害者救済策の対象地域内外の集団で症状の現れ方がよく似ていた。
(4)水俣病を研究する岡山大大学院の頼藤貴志准教授(疫学)は、結果の詳細な評価には、対象地域内外の住民に占める受診者の割合や、比較対象とした非汚染地域の住民の情報が必要とした上で「(救済策の)対象地域・年齢でない人でも、症状の見られた割合の傾向が似ている。水俣病特有の神経症状や関係の疑われる症状があるということではないか」と指摘する。


 朝日は、水俣病の現状について、次のように報告する。


(1)水俣病は国の基準に基づいて熊本、鹿児島両県が認定し、原因企業のチッソが補償する患者と、県は患者と認定していないが症状のある被害者がいる。
(2)国の水俣病患者認定基準は、感覚障害を中心とする複数の症状の組み合わせを要件とし、厳格過ぎると指摘されてきた。典型症状の感覚障害がありながら認定されない人々は、訴訟で補償を求めた。和解を迫られた国は1995年、患者が受ける補償より低額の一時金などを1万人余に払う政治解決策で収束を図った。
(3)2004年には、不知火海沿岸地域から関西地方に移った人々が起こした訴訟で、最高裁が国の基準より幅広く被害を認めた。それでも国は基準を見直さず、09年に成立した水俣病被害者救済法(特措法)に基づく救済策をとり、3万6千人余を対象とした。2度の政治解決策で、患者が出た地域かどうかで救済対象を線引きした。
(4)国の基準によって認定されない人がいただけでなく、認定患者が差別や偏見にさらされるなか、症状の出た身内を隠し、認定の申請自体をためらう人々も少なくなかった。こうして、患者と認定される人が抑えられ、被害実態に合わない線引きができ、救済対象地域が狭まった可能性がある。救済策の締め切り後も、認定申請や訴訟が相次いでいる。
(5)医師団や複数の患者・被害者団体は、不知火海沿岸に居住歴のある人の網羅的な健康調査と被害の実態解明を国に求めているが、実現していない。
(6)チッソは水俣病の公式確認後も12年にわたりメチル水銀を含む廃水を不知火海に流し続け、行政は規制しなかった。04年の最高裁判決では、被害の拡大を放置した国と熊本県の責任が確定した。民間医師団の団長を務める藤野糺(ただし)医師は「(国などの)加害者が調査もせずに線引きすることは許されない」と話す。


 朝日は、この問題について、「症状で判断を」「海はつながっている」、今も被害を訴える人々がいる、とその声を伝える。


Ⅰ.伊佐市に住む税所(さいしょ)秀孝さん(78)の場合。
(1)山あいの農村地帯の公園に「やまの」と書かれた看板や線路の一部が残る。鹿児島県伊佐市(旧山野町など)の山野駅跡だ。1988年に山野線が廃止されるまで、約20キロ離れた熊本県水俣市と結ばれていた。
(2)伊佐市に住む税所(さいしょ)秀孝さん(78)は高校時代を鮮明に思い出す。毎朝8時ごろ、山野駅から水俣と逆方面の汽車に乗ると、てんびん棒や籠で魚を運ぶ行商人が大勢、車内にいた。雨の日はひときわ生臭い。行商人は沿線で物々交換をし、夕方には空いた籠に米などを入れて水俣方面行きの列車に乗った。税所さんの家は、なじみの3人の行商の女性から魚を買っていた。
(3)地元の金鉱山で働いたが、30歳ごろから手足のこむら返りが起き、50歳を超えて悪化。しびれもあって溶接やボルト締めがうまくできなくなった。こたつの熱に気づかず低温やけどもした。病院で受診しても原因はわからなかった。
(4)新聞や自宅に投函(とうかん)された患者団体のチラシで、水俣病被害者への政府の救済策を見て、自分もそうかもしれないと初めて疑った。ただ、自分が「不治の病」の水俣病と認められたくないとの思いもあり、ためらった末に申請期限間際の2012年7月に申請した。だが伊佐市は救済の対象地域外。魚を日常的に食べたと証明できず、症状があるかどうかの検診すら受けられなかった。「魚の領収証なんか、残っていない」
(5)水俣病じゃないと確認したい。その一心で14年に医師団の検診を受けると「水俣病の症状がある」と告げられた。「ショックだった」。積年の苦しみに怒りも湧き、15年1月、国と熊本県、原因企業チッソに損害賠償を求める訴訟の原告になった。裁判で体がよくなるわけではないが、せめて医療費給付をと願う。


Ⅱ.中村利博さん(66)の場合。
(1)不知火海を挟んで水俣の対岸の熊本県天草市で漁業を営む中村利博さん(66)も、救済策から外された。住んでいる宮野河内地区は対象地域外だが、12年1月の医師団による検診で症状が確認された。
(2)65年ごろから手足にこむら返りが起きるようになったが、水俣病と結びつけて考えなかった。水俣病といえば、全身がけいれんするような劇症患者のイメージだったためだ。十数年前から手がしびれて力が入らず、30分ほどでできた網の修理に40~50分かかるようになった。船上でふらつき、口からよだれが出ても気づかない。風呂場で裸になってケガに気づくこともあった。
(3)昔から三度の食卓に刺し身や煮付けが並んだ。小学校高学年から父の漁を手伝い、中学卒業後は父や兄と一緒に本格的に海へ出た。天草の目の前に浮かぶ、水俣病の認定患者の出ている獅子島(鹿児島県長島町)沿岸でタイを取り、水俣沖で操業する巻き網漁船にも乗った。救済策の申請に合わせて漁協組合員証を県に提出したが「水俣湾または周辺海域の魚介類を入手したことが確認できなかった」として非該当を通知された。悔しくて涙がこみ上げ、訴訟に加わった。
(4)年を重ねるに連れて思い起こすのは、20年ほど前に70代で亡くなった母の姿。両手の指が曲がり、こむら返りやしびれでいつも痛みを訴えていた。母も水俣病だったのだろうと思う。「自分もそうなるのでは」。不安がよぎる。



 今、私たちは、この声をきちっと聞くことである。


「魚の流通ルートを調べればわかるはずなのに……。症状を見て判断してほしい」
「海はつながっとっとやけんな。不公平やっかな」
「早く被害を認めてほしい。平等にもれなく救済をしてもらいたい」


 その上で、次のことの実現に向けて、早急に動き出さなければならない。


 国などの加害者が調査もせずに線引きすることは許されない。
 したがって、国は、水俣病の救済に向けて、不知火海沿岸に居住歴のある人の網羅的な健康調査と被害の実態解明を、行わなければならない。


 以下、朝日新聞の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-10-07 05:55 | 水俣から | Comments(0)

水俣-福岡高裁は、水俣病補償で、全面敗訴とした一審熊本地裁判決を変更し、不支給とした県の処分を取り消す判決を言い渡した。

 標題について、熊本日日新聞は2016年6月17日、「水俣病患者と認定される前に損害賠償請求訴訟に勝訴して賠償金を得たことを理由に、認定に伴う障害補償費を支給しないのは違法として、大阪府東大阪市の川上敏行さん(91)が県の支給決定を求めた行政訴訟の控訴審で、福岡高裁は16日、川上さんを全面敗訴とした一審熊本地裁判決を変更し、不支給とした県の処分を取り消す判決を言い渡した。」、と報じた。
 この訴訟について、「川上さんは水俣病関西訴訟で原因企業チッソから850万円の賠償を受けた後、県が患者認定。公害健康被害補償法(公健法)に基づく障害補償費を請求したが、県は不支給とした。行政訴訟では『同じ理由で被った損害が補われた場合は支給を免れる』」とした公健法の規定を県が適用したことの妥当性が争われた。」、と伝えた。
 また、判決について、「公健法の規定について、賠償金を受けた場合でもあくまでその金額を限度に支給義務が免除されるにとどまると解釈。『賠償金で全ての損害が補われたとして一切支給しないのは、公健法の規定の趣旨から逸脱する』とし、県の規定適用を違法と断じた。一方で、支給義務付けの請求は『県が判断すべき』として原告側の訴えを退けた。」、と報じた。
 さらに、熊本県の対応について、「県は上告について『現時点では対応を決めていない』としている。」、と伝えた。


 以下、熊本日日新聞の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2016-06-18 12:21 | 水俣から | Comments(0)

水俣-新潟地裁西森政一裁判長は、新潟水俣病の訴訟で、7人について市の判断を取り消して患者と認めるよう新潟市に命じ、2人は訴えを退けた。

 標題について、朝日新聞は2016年5月31日、「水俣病の症状があるのに患者と認めなかった新潟市の判断は不当だとして、新潟市内の男女9人(うち1人は故人)が、市に患者と認めるよう求めた訴訟の判決が30日、新潟地裁であった。西森政一裁判長は、7人について市の判断を取り消して患者と認めるよう新潟市に命じ、2人は訴えを退けた。原告側は控訴を検討するという。」、と報じた。
 この訴訟について、「最高裁判決後、行政訴訟で水俣病の患者認定について判決が出たのは初めて。原告は最高裁判決前に申請を退けられており、今回の訴訟で新潟市が患者認定をしなかった判断の取り消しを求めていた。西森裁判長はこの日の判決で、最高裁の判断を踏襲し、感覚障害だけでも患者と認定できるとした。その上で、7人は公健法で患者と認められた同居家族がいたことや、毛髪から検出された水銀の値などから、川魚を食べたことで『高度のメチル水銀曝露(ばくろ)を受けた』とし、患者と認めるよう新潟市に命じた。一方、残る2人は『魚介類を多食した的確な証拠がない』と退け、症状が他の原因による可能性が否定できないとした。」、と伝えた。
 朝日新聞は、この件に関して、次のようにまとめた。


①「この日の新潟地裁の判断が、認定から漏れた多くの水俣病の症状を訴える人たちに与える影響は小さくない。新潟水俣病では、現在も162人が結果待ちの状況で、すでに棄却された延べ1388人の中からも、改めて認定申請する人が出てくる可能性もある。」
②「熊本で水俣病の認定を求める人たちも判決の行方を見守ってきた。熊本学園大の水俣学研究センター長を務める花田昌宣教授は、『熊本地裁で審理中の訴訟も、新潟の判決を踏まえた結論になるのではないだろうか』とみる。」
③「この日の判決は同居家族に認定患者がいるかどうかで判断が分かれた。原告弁護団は記者会見で、患者認定のあり方を変えるべきだと主張した。」


 以下、朝日新聞の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2016-06-03 17:32 | 水俣から | Comments(0)

水俣-水俣病、公式確認から60年。

 2016年5月1日、水俣病の公式確認から60年を迎えた。
 朝日新聞社と熊本学園大学水俣学研究センター(熊本市)は共同で、水俣病の患者・被害者らにアンケートを実施した。
朝日新聞は2016年5月1日、アンケート結果を、「水俣病の公式確認から5月1日で60年となるのを前に朝日新聞社と熊本学園大学水俣学研究センター(熊本市)は共同で、水俣病の患者・被害者らにアンケートを実施した。6割超が『水俣病問題は解決していない』と回答。多くは、救済されていない被害者や、患者への認定や損害賠償を求める人たちが今もいることを理由に挙げた。」、と報じた。
 このアンケートの結果について次のように伝えた。


①「この10年で水俣病の典型的な症状がひとつでも悪化したと答えた人は回答者の9割超に達した。差別や偏見を近年も受けたとする人が2割超いた。国は『最終解決』を掲げた救済策による救済の申請を2012年に締め切ったが、問題の根深さが改めて示された。


②「水俣病では、公害健康被害補償法で国の認定基準に基づき、熊本、鹿児島両県が認定した患者と、未認定だが症状が確認され、医療費などを受ける被害者がいる。ほかにも症状を訴え、患者認定を求めている人や裁判で損害賠償を求めている人らがおり、患者・被害者らを含め、複数の団体をつくっている。
 アンケートでは、こうした11の団体・施設を通じ、会員ら8948人にアンケート用紙を送付。2610人から回答を得た。回答者は40歳代~100歳代で平均年齢は70・3歳。回答者の6割が認定患者や過去2回の政治決着で救済を受けるなどした人で、3割は認定申請・訴訟中などの人だった。」


③「水俣病問題の現状について尋ねたところ、『解決していない』が65・8%、『解決した』3・1%だった。医療費などを受ける被害者でも5~6割が『解決していない』と答えた。未解決の理由(複数回答)では『まだ救済されていない被害者がいる』79・6%、『患者認定を求める人や、損害賠償を求めて裁判を起こしている人がいる』62・7%、『(原因企業の)チッソや国、熊本県がきちんと責任を認めていると思えない』44・9%――と続いた。


④「手足のしびれや感覚障害などが水俣病の典型症状とされ、この10年間でこうした症状がひとつでも『特に悪くなった』と回答した人は96・5%だった。水俣病だと気づいた時期には幅があり、40年以上前が18・5%だった一方、『10年前』と『最近』が計35・1%だった。」


⑤「患者・被害者の大半は外見は水俣病とわからない。水俣では雇用や商取引などでチッソが地域経済に大きな影響を持ち、補償を求める被害者らへの差別・偏見が長年指摘されてきた。アンケートでも、自分自身や家族の差別・偏見に関する経験があると30・5%の人が回答。この数年間に差別・偏見を経験した人も23・3%いた。」


 このアンケート結果について、朝日新聞は、「熊本学園大水俣学研究センター長の花田昌宣教授は『①患者・被害者団体の会員らを対象に幅広いテーマで意識を尋ねた調査は例がない。②補償や一時金を受けることを非難された経験が目立ち、子や孫など身内にも相談をしたことがない人が少なくなかった。③水俣病に負のイメージを抱き、団体の会員でも水俣病を隠す人が多いことがわかる。④行政は残された被害者が声を上げるのを待つのでなく、広く医療費などを給付する必要がある』と話している。」、と報じた。


 このアンケートが示した、「この10年で水俣病の典型的な症状がひとつでも悪化したと答えた人は回答者の9割超に達した。」、「水俣病問題の現状について尋ねたところ、『解決していない』が65・8%、『解決した』3・1%だった。」、という回答は、日本という国が水俣病に示した結果でしかない。
 つまり、終わらない水俣病にどのように向き合うのかが、政府だけでなく日本人一人ひとり問われている。


 さて、この問題について、幾つかの新聞社が2016年4月30日及び5月1日付けで社説等で採り上げた。 その見出しは次のとおりである。
(1)朝日新聞社説-水俣病60年 解決遠い「公害の原点」
(2)読売新聞社説-水俣病60年 「脱水銀」で世界に貢献したい
(3)西日本新聞社説-水俣病確認60年 苦難の歴史を胸に刻んで
(4)南日本新聞社説-[水俣病60年] 全容解明へ「あたう限り」健康調査を
(5)北海道新聞社説-水俣病60年 被害の全面救済を急げ
(6)神戸新聞社説-水俣病確認60年/被害の全容解明が急務だ
(7)熊本日日新聞社説- 水俣病60年 実態見据え“真の救済”を


 水俣病の理解に向けて、要約する。


(1)事実
(朝日新聞)
①被害者らの多くが「問題は解決していない」と考えている。熊本学園大の水俣学研究センターと朝日新聞が行った認定患者や被害者への「60年アンケート」でも、回答者2610人の3分の2がそう答えた。救済から漏れた被害者の存在や不十分な国の制度、年を重ねるにつれ悪化する症状と、アンケートからは被害を受けた人々の不満や不安が伝わってくる。
②なぜ解決できないのか。認定患者をできるだけ増やさないようにしてきた政府の姿勢が、真っ先に問われる。
③1977年に認定基準を狭めて以降、感覚障害だけの患者がなかなか認定されなくなった。その結果、チッソが原因企業の熊本、鹿児島両県の認定患者は2280人にとどまる。被害の救済より、補償金を払うチッソの経営に配慮してきたと見られても仕方がない。
④認定されない人々は、損害賠償を求めて次々に提訴した。このため、政府は95年、2009年と2度にわたる政治決着で、「患者」と区別する「被害者」と位置づけ、一時金支給などの救済策を実施した。対象者は、最初の政治決着が約1万人、2度目は約3万6千人。その他、医療費などを受けた人も含めると、被害者は7万人超にまで膨れ上がった。
⑤一方で、2度目の救済からは約9600人が漏れた。対象地域や年齢の設定が狭すぎた、と専門家から批判が出ている。さらに、認定申請者はいまも2100人を超え、1300人が国や熊本県、チッソに損害賠償を求める裁判を続けている。
(読売新聞)
⑥被害者たちが患者認定や損害賠償を求める訴訟を相次いで提起した。公式確認からの60年は、争いの歴史だったとも言えよう。
⑦最高裁は、環境省よりも緩やかな基準で、被害者を水俣病と認めた。行政と司法の二重基準が事態を複雑にした。未認定の被害者に一時金などを支払う救済策も、2度にわたり実施されたが、あくまで認定を求める人は今も多い。
(西日本新聞)
⑧八代海(不知火海)沿岸の水俣市で1950年ごろ、多数のネコが奇病で死ぬ現象が頻発する。その後、住民の間でも手足のしびれや視野狭窄(しやきょうさく)、運動失調などを訴える原因不明の中枢神経疾患が相次ぐようになった。56年4月、水俣市の少女が重い症状でチッソ水俣工場付属病院に入院する。事態を重く見た当時の細川一院長(故人)が同年5月1日、地元の保健所に報告した。これが水俣病の公式確認である。
⑨「患者が確認された頃から行政が真剣に取り組んでいたら、こんなに多くの患者を出し、被害が何十年も続くことはなかった」。今年1月9日、水俣病問題の研究者や患者支援者などが参加して水俣市で開かれた交流集会で、胎児性患者坂本しのぶさんの母親フジエさんは、怒りをにじませながら、こう証言した。60年が経過しても、水俣病の患者や被害者が苦しめられる本質はここにある。
⑩チッソが水俣病の原因となるメチル水銀を生成するアセトアルデヒドの製造を中止したのは、公式確認から12年後の68年5月だ。国が公害認定したのは、それから4カ月後だった。なぜ、被害の拡大を防げなかったのか。
⑪当時の日本は戦後復興から高度経済成長期にあった。政府がチッソの経済活動を制限することで国全体の成長が鈍ることを恐れ、対策が遅れたとの指摘もある。
 早い段階で原因究明を徹底的に行っていれば、これほど被害は広がらなかったはずだ。最高裁判決が被害拡大防止を怠った行政の責任を厳しく指摘したのも、確認から50年近く過ぎてからである。
⑫公害認定の翌年に救済の特別措置法が公布され、法律に基づく認定制度が始まる。74年には公害健康被害補償法(公健法)が施行され、公健法に基づく認定審査が行われるようになった。当初、国は単独の症状でも患者と認める認定基準を示したが、他の病気との区別が困難として77年には複数の症状へと変更した。これ以降、患者認定されない人たちが急増することになる。新たな立法措置などで2度の政治決着が図られたが、その後も司法に救済を求める訴訟が相次いでいる。
⑬水俣病をめぐっては、地域社会で被害者と市民が分断される悲劇も起こった。水俣の再生を願い、船を岸壁につなぐロープの「もやい綱」に例えた「もやい直し」を掲げ、市民の絆を再び結び合わせる活動は今も行われている。
⑭公害問題の原則は汚染者負担(PPP)である。公害を発生させた側が被害補償の責任を負う。とはいえ、民間企業には財政面で限界がある。水俣病の認定患者を原因企業が補償する協定が73年に締結されて以降、チッソは経営危機に陥り、公的支援によって経営が維持されている。一方、化学メーカーとしての業績は順調で利益を生む体質が定着しつつある。チッソは救済法に基づいて収益事業を分社化したJNCの上場を目指す。何の落ち度もない被害者の苦しみは続き、原因企業は再生に向けて歩を進める。これほど不条理なことはない。
(南日本新聞)
⑮あれから明日で60年。水俣病問題は終息どころか、その兆しさえ見えない。2009年の特別措置法で「あたう(可能な)限り救う」とした国の責務はいったいどうなったのか。
⑯1日の犠牲者慰霊式は熊本地震の折から延期された。昨年までの名簿奉納は388人。すべて公害健康被害補償法(公健法)に基づく認定患者だ。総数は、鹿児島関係493人を含め2280人で8割以上が亡くなった。だがこの患者数は、チッソの近くの丘から望む不知火海の広がりに比べいかにも少ない。代わりに、2度の政治決着による被害者という名の「患者」が6万人以上に上る。このうち鹿児島関係は約1万8000人だ。さらに患者認定の審査待ちの人が両県で2000人以上、損害賠償訴訟の原告も千人を超える。行政などの場当たり的な救済が解決を長引かせたのは明らかである。
⑰被害を受けた側の要望に沿い、納得してもらうまで加害側が償うのが社会の道理ではないか。加害側の国が、法に定める沿岸住民らの健康調査を拒むことなど許されまい。
 国は水俣病問題の解決につながるよう、熊本県や被害者が求める健康調査に踏み出すべきである。
⑱水俣病問題の解決には患者認定の厳しい基準も立ちはだかる。公健法に基づく認定基準は、1971年に当時の環境庁通知で、「有機水銀の影響が否定できない場合は認定」と緩やかだった。ところが申請が増えるなどした77年に「複数の症状の組み合わせが必要」と厳格化した。一方、司法では国の71年基準に近い判決が相次いだ。
 福岡高裁は85年、77年の基準は「厳格に失する」と批判、2013年の最高裁判決も「感覚障害のみで水俣病」と認定した。だが環境省は複数症状を組み合わせる基準を続けた。その上で14年、「複数が原則だが感覚障害だけでも認定可能」という新指針を熊本、鹿児島両県へ通知した。しかし、内容は申請者の同居家族に認定患者がいたかどうかのほか、水銀摂取の明確な証明も求める厳しいものだった。これでは、被害者側が「申請者の個別の症状で判断してほしい」と反発するのは当然だ
(北海道新聞)
⑲被害者を長年苦しめてきたのが、患者認定の高いハードルだ。国は原則、手足の感覚障害と他の症状の組み合わせを認定の条件としている。救済の間口は狭い。政府は95年と2009年、未認定患者への一時金支払いを柱とする政治決着を図った。だが、受け取るための申請には期限が設けられ、多くの被害者が取り残された。
⑳熊本、鹿児島両県の認定患者は2月末現在2280人で、審査待ちの人も約2千人という。認定されず、国相手の訴訟に踏み切った原告は1千人以上に上る。差別や偏見を恐れて申請自体を諦める人もいる。高度経済成長という国策を支えた企業に体をむしばまれ、被害の声さえ上げられない現実は、あまりに理不尽だ。
(神戸新聞)
㉑法的な責任は明白だ。チッソの加害責任、損害賠償義務は確定し、最高裁判所は元社長と元工場長の有罪判決を出した。さらに国と熊本県が被害を拡大させた責任を認め、2013年には患者の認定基準を緩和し幅広く救済するよう命じた。
○22しかし、いったいどれぐらいの人が発症しているのかは今も分からない。これまで何度も政治決着が図られてきたが、国は今も被害調査に及び腰だ。そして幕引きばかりを急、ぎ、場当たり的な対応で被害者を翻弄(ほんろう)してきた。国の責任は大きい。
 国や熊本県、チッソに賠償を求める訴訟も続いている。認定の審査をめぐっては、最高裁の判決後も基準を変えようとしない環境省の姿勢に反発が広がる。加えて高齢化する被害者や胎児性、小児性患者の介護の問題など、被害は形を変えて人々を苦しめている。
(熊本日日新聞)
○23熊本、鹿児島両県が認定した患者数は2千人を超える。だが、今なお多くの人が救済を求めて行政に認定を申請し、訴訟も相次いでいる。全面解決には程遠い。
○24水俣病は、チッソ水俣工場がメチル水銀を含む排水を海に流し、汚染された魚介類を食べた住民らが手足の感覚障害や視野狭窄[しやきょうさく]などを発症。チッソ付属病院の故細川一院長が、水俣保健所に「原因不明の疾患が発生」と届け出たのが1956年5月1日だった。
○25「日本人は豊かになったと言われるが、私たちはなぜこんな目に遭うのだろう。悪いことは何もしていないのに」。公式確認のきっかけとなった水俣市の患者田中実子さん(62)の姉下田綾子さん(72)はそう話す。言葉を発することのできない妹の介護を続け、自身も未認定患者救済策の対象者だ。被害者すべてが抱くであろうこのやり切れない思いは、年月が過ぎるほど一層深くなっている。
 国はその思いに誠実に応えてきただろうか。感覚障害に運動失調や視野狭窄など複数症状の組み合わせを求める認定基準は、大量の棄却処分を生んだ。被害を矮小[わいしょう]化しようとする姿勢は司法から何度も指摘されたが、変わることはなく、混乱を拡大させるという状況が繰り返されている。
○262013年に最高裁は感覚障害だけの水俣病を認定、幅広く患者を救済する判断を示した。環境省は翌年、認定基準の運用に関する新通知を示した。単一症状でも総合的な検討で認定するが、汚染魚多食の裏付けを求めるなど申請者に負担を強いる内容だ。最高裁判断とは裏腹に、かえって救済の門を狭めたと言わざるを得ない。
○27県は昨年7月、水俣病認定審査会を2年4カ月ぶりに開いた。従来の認定基準の大枠は維持したままで、これまで74人の審査で認定は2人、65人は棄却、7人の処分を保留した。認定者の症状や検討内容などは非公表。棄却が相次ぐ状況も変わらず、最高裁判断をどう生かして被害者を救済するのか、県の姿勢が見えてこない。認定審査を待つ申請者は、鹿児島も合わせると2千人を超える。その現実を直視すべきだ。


(2)主張
(朝日新聞)
①被害の広がりの全容をつかむには、発生地域周辺で、広く住民の健康調査をするしかない。それなのに政府はこれまで、時間の経過などを理由に調査を拒んできた。だが、どんな症状がどの範囲で発生しているかは今でも十分把握が可能だ。
②60年を経てなお、不知火海周辺に水俣病の「深い闇」が広がる。政府は徹底的に潜在する被害を掘り起こすべきだ。その結果をもとに、現行の認定制度や救済策を総合的に見直すことこそ、水俣病問題の根本解決には欠かせない。
(読売新聞)
③公害の原点である水俣病の公式確認から、1日で60年を迎えた。悲惨な被害を繰り返さぬよう、環境保全の重要性を再認識する機会としたい。
④環境省は、高齢化する被害者の介護体制の整備など、可能な限りの支援に努めねばならない。
⑤水俣病を教訓に、国内では「脱水銀」の取り組みが進んできた。水銀を使わない化学製品の合成方法が開発された。体温計や乾電池からも、水銀が姿を消した。蛍光灯などでも、出来るだけ早く水銀ゼロを達成したい。
⑥日本は、汚染状況の監視や水質、大気の浄化などの面で優れた技術を持つ。これらを途上国に提供することは有意義な国際貢献だ。
(西日本新聞)
⑦政府はこれまで、被害の実態調査をすることなく真の被害者救済を怠ってきた。水俣病への根強い差別と偏見を恐れて、患者認定をためらう被害者も少なくない。
⑧国が果たすべき責任は、患者や被害者の苦しみと真摯(しんし)に向き合って全面解決を図ることである。それが実現するまで、水俣病に終わりはないはずだ。
⑨報道する私たちも、今まで国を動かすことができなかった力不足を改めて反省したい。
 水俣病が地域と住民にもたらした底知れぬ苦難の歴史を胸に刻み、あたう限りの被害者が救済されるまで、私たちは水俣病を問い続けていきたいと思う。
(南日本新聞)
⑩チッソと国、熊本県は司法が断罪した責任をいま一度深く自覚すべきだ。有毒のメチル水銀を垂れ流した過失と、その規制を怠った加害の「罪」である。
⑪行政やチッソのその場しのぎの対応が続くのは、被害の全容がいまだ不明だからだ。60年を前に、被害者らが不知火海沿岸の健康調査や環境調査を求めるのはもっともである。
 熊本県の蒲島郁夫知事も3月の臨時会見で「健康調査は特措法に明記されている。国と県が一緒にやることが現実的なので、早く国に求めていきたい」と語った。知事は「法律に書いてあることをお願いするわけだから、当然のこと」と念押しした。その通りであろう。国へ早急に働きかけ、あたう限りの住民の健康調査をすべきである。
⑫水俣病発病が疑われる不知火海沿岸をくまなく調べるのはもちろん、長年放置されたままの行商の魚による汚染の解明も必要だ。被害者団体が、鹿児島県内の山間部などでの集団検診で得たデータも重ねながら、被害の全容に迫ってもらいたい。
⑬は新指針の内容はもとより、厳格すぎる認定基準そのものを見直すべきである。
「水俣病事件は私たちの生きているこの時代に衆人環視の中で起きた」「力の強い者が都合のよいように操作することで終始した」。水俣病問題を追及したNHK職員、故宮澤信雄さんは著書「水俣病事件四十年」でそう訴えた。
 チッソや国、熊本県、そして衆人である私たちはどこで過ちを犯したのか。幕引きを急げば、産業優先の水俣の惨劇を、またどこかで繰り返すことになりかねない。
(北海道新聞)
⑭厳しい認定基準は抜本的に見直すべきだ。確認60年の節目に、全面救済への道筋をきちんとつける必要がある。最高裁は13年、「複数の症状の組み合わせがない患者も、認定される余地がある」との判断を示している。幅広い救済が司法の流れといえよう。国はこれを踏まえて、機械的で画一的な認定行政を改めるべきだ。
⑮胎児性・小児性水俣病の問題も、忘れてはならない。汚染された魚介類を母親が摂取したり、幼少期に直接食べたりして発症した。加齢とともに歩行が困難になるなど重症化する人が目立つが、全体像は分かっていない。国には、早急に現地の健康調査を行い、医学的な原因解明を進めるよう求めたい。
(神戸新聞)
⑯なぜ、水俣病の問題は解決しないのか。根本的な原因は被害の全容が明らかになっていないことにある。
⑰症状が出ても原因が分からず被害に苦しんでいる人や、さまざまな事情で名乗り出ていない人がいる。被害者団体は不知火海(しらぬいかい)沿岸の住民健康調査を求めている。国は今こそ、その要求に応えるべきだ。
⑱社会全体で水俣病の問題は「終わらない」と受け止める必要がある。
 患者の早期救済を訴え続け、4年前に亡くなった原田正純(まさずみ)医師は「水俣病は鏡である」との言葉を残した。そして「水俣病を起こした真の原因は人を人と思わない差別であり、それが被害を拡大させ、救済を怠らせている」と語った。
 「水俣病は鏡である」。社会のしくみや政治のありようを映す鏡に、どんな姿が映し出されているのか。被害者は問うている。
(熊本日日新聞)
⑲水俣病問題に幕を引きたい国は09年、水俣病特別措置法を施行し未認定患者救済で政治決着を図った。一定の感覚障害が認められれば一時金210万円を支給、約3万6千人が対象となった。しかしそのことによって、あらためて被害が広範囲にわたっている現実が浮き彫りになった。患者側は不知火海沿岸の広い地域での住民健康調査を求めているが、行政は応じていない。これでは患者の切り捨てにつながりかねない。行政は幕引きを急ぐことなく、真摯[しんし]に実態を見据えてほしい。
⑳被害者の高齢化が進む中、救済は待ったなしである。国も県もこの60年の歩みから学び、“真の救済”の道へ踏み出すべきだ。


 これまでも、水俣病の根本解決を阻んできたのは、一つには、「広く住民の健康調査をするしかない。それなのに政府はこれまで、時間の経過などを理由に調査を拒んできた。」(朝日新聞)、という日本政府の姿勢にあった。
 朝日新聞は、今の状況を、「60年を経てなお、不知火海周辺に水俣病の『深い闇』が広がる」、と指摘する。したがって、日本政府は、「“真の救済”の道」(熊本日日新聞)へ踏み出さなければならない。そのためには、早急に、広く住民の健康調査を行なう必要がある。
 気になるのは、「日本は、汚染状況の監視や水質、大気の浄化などの面で優れた技術を持つ。これらを途上国に提供することは有意義な国際貢献だ。」との読売新聞の主張である。
 これまでも、世界の水銀汚染の公害基準が不充分で歪んだ日本の水準に均されてしまっている、という批判が行われてきた。これまでの日本政府の水俣病に対する取り組みへの真摯な反省がないままに、国際貢献が行われることは、不充分で歪んだ日本の水準を広めることにしかならない。
「水俣病事件は私たちの生きているこの時代に衆人環視の中で起きた」、「力の強い者が都合のよいように操作することで終始した」、と指摘した故宮澤信雄さんの訴えを肝に命じたい。
 南日本新聞は、「チッソや国、熊本県、そして衆人である私たちはどこで過ちを犯したのか。幕引きを急げば、産業優先の水俣の惨劇を、またどこかで繰り返すことになりかねない。」、と訴える。
 確かに、私たちは、この訴えとともにある。
 立ち止まる大地には、「日本人は豊かになったと言われるが、私たちはなぜこんな目に遭うのだろう。悪いことは何もしていないのに」、との悲痛な声が溢れている。


 以下、朝日新聞の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-05-02 05:53 | 水俣から | Comments(0)

水俣-ハンセン病元患者家族59人は、国に謝罪と1人当たり550万円の損害賠償を求めて熊本地裁に提訴。

 ハンセン病元患者家族が国を提訴した件について、熊本日日新聞は2016年2月16日、「ハンセン病患者を強制隔離した国の政策によって差別や偏見などの被害を受けたとして、元患者らの家族59人が15日、国に謝罪と1人当たり550万円の損害賠償を求めて熊本地裁に提訴した。家族の被害をめぐる集団訴訟は初めて。原告は37~92歳の男女で、東北から沖縄まで県内を含む西日本を中心に居住。菊池恵楓園(合志市)など全国13の国立療養所などの入所者や退所者の子ども、配偶者、きょうだいも含まれる」、と報じた。。
 また、この訴訟内容について、「訴状によると、国はらい予防法が廃止される1996年まで隔離政策を続け、患者だけでなく家族への差別・偏見を助長。治療薬の普及などで遅くとも60年以降は隔離の必要性が失われたのに、国は差別・偏見を解消する措置を講じなかった。このため家族は地域や学校で差別され、婚約の破談や離婚、転職を余儀なくされた。親を憎むなど家族関係が破壊されたケースもあり、『個人の尊厳が損なわれた』と訴えている。」、と伝えた。
 特に、「2001年の熊本地裁判決(確定)は、国が60年以降も隔離政策を続けたのは違憲と判断し、元患者らの損害を認定。国は全国原告団協議会との基本合意などに基づき、元患者らに和解一時金(補償金)を支給してきたが、家族の被害は対象外とされてきた。」、とこの提訴の意味を報じた。


 以下、熊本日日新聞の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-02-16 16:47 | 水俣から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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